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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-21
(45)【発行日】2024-07-01
(54)【発明の名称】毛髪強化剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 8/36 20060101AFI20240624BHJP
   A61K 31/19 20060101ALI20240624BHJP
   A61P 17/14 20060101ALI20240624BHJP
   A61Q 5/00 20060101ALI20240624BHJP
【FI】
A61K8/36
A61K31/19
A61P17/14
A61Q5/00
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2017145500
(22)【出願日】2017-07-27
(65)【公開番号】P2019026574
(43)【公開日】2019-02-21
【審査請求日】2020-06-05
【審判番号】
【審判請求日】2022-09-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(74)【代理人】
【識別番号】100149294
【弁理士】
【氏名又は名称】内田 直人
(72)【発明者】
【氏名】石森 綱行
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 大介
【合議体】
【審判長】阪野 誠司
【審判官】野田 定文
【審判官】冨永 保
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/088551(WO,A1)
【文献】特開2016-17069(JP,A)
【文献】特表2013-520468(JP,A)
【文献】特開2007-176826(JP,A)
【文献】国際公開第2017/091794(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/091797(WO,A1)
【文献】KPSS,USA,Leave-In Serum,ID#945606,Mintel GNPD [online],2008年7月掲載,令和4年12月14日検索
【文献】Skin Research and Technology,2017,Vol.23,Iss.4,p.539-544
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 8/00- 8/99
A61Q 1/00-90/00
Mintel GNPD
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
グリオキシル酸塩化ステアリルトリメチルアンモニウム、中和剤及び水のみからなる、毛髪の引っ張り強度を向上させるための毛髪強化剤組成物
【請求項2】
前記組成物のpHが1.0~3.0の範囲内である、請求項1に記載の毛髪強化剤組成物。
【請求項3】
(1)請求項1に記載の毛髪強化剤組成物を毛髪に塗布し、
(2)塗布した状態で毛髪を放置し、
(3)毛髪を水洗し、
(4)毛髪を乾燥させる工程を含む、毛髪の引っ張り強度を向上させるための毛髪強化処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は毛髪強化剤に関する。より詳しくは、毛髪を被膜等で被覆するのではなく、毛髪自体を強化することのできる毛髪強化剤に関する。また本発明は、前記毛髪強化剤を用いた毛髪強化剤組成物及び毛髪強化処理方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
毛髪は、主成分であるケラチンのポリペプチド鎖が種々の側鎖結合でつながりながら網目構造をとっている(図1参照)。平常時はα-へリックス構造(らせん状)をとっている毛髪ケラチンのポリペプチド主鎖は、引っ張られることによりβ-ケラチン(ジグザグ状)に変形することで毛髪が伸長すると考えられている。健常な毛髪では、引っ張り応力をとれば元の長さに回復するが、パーマネントウェーブ処理やブリーチング等の化学処理や紫外線等の外的刺激によって傷んだ毛髪では強度が低く切れやすい傾向があった。
【0003】
従来から、傷んだ毛髪を修復するために、ケラチン加水分解物等のタンパク質誘導体を適用することが知られている。しかしながら、ケラチン加水分解物等は毛髪表面のキューティクルの変形(剥離)等を修復する効果は有するが、毛髪強度を向上させる効果はなかった。
【0004】
特許文献1には、カチオン化蛋白誘導体及び中性アミノ酸からなる毛髪修復組成物並びに当該組成物に被膜形成高分子化合物を含有する毛髪強化剤が開示されている。特許文献2には、緩衝液であるA剤と、D,L-ピロリドンカルボン酸、アミノ酸、及びグルタチオンから選択される少なくとも1種とヒドロキシプロピルセルロースを含有する水溶液であるB剤とからなる2液の毛髪強化剤が開示され、前記A剤とB剤が毛髪上で水に不溶性のガム状物質を形成して毛髪を強化すると記載されている。即ち、これら従来技術は、毛髪表面を高分子被膜やガム状物質で覆うことによって毛髪強度を向上させる技術である。
【0005】
一方、グリオキシル酸は、クセ毛の抑制や縮毛の矯正のための毛髪処理剤において使用されており、例えば、特許文献3には、グリオキシル酸を含む水溶液を毛髪に塗布して放置し、ヘアドライヤーで毛髪を乾燥させた後、約200℃の高温で毛髪矯正アイロンを用いて毛髪を矯正する方法が開示されている。また、特許文献4には、グリオキシル酸に加えてグアニジン塩及び/又は尿素を含有する毛髪処理剤が開示され、優れた毛髪伸長(クセ抑制)効果を奏することが記載されている。しかしながら、グリオキシル酸の毛髪強度を向上させる機能については全く知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平10-175824号公報
【文献】特開2010-189286号公報
【文献】特許第5919267号公報
【文献】特許第5947340号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、前記従来技術に鑑みてなされたものであり、毛髪自体の強度を向上させることのできる毛髪強化剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、前記の課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、従来は毛髪伸長(縮毛矯正)に使用されていたグリオキシル酸が、毛髪自体の強度を向上させる機能を有することを初めて見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、グリオキシル酸からなる毛髪強化剤、当該毛髪強化剤を含む毛髪強化剤組成物、及び当該毛髪強化剤を用いた毛髪強化処理方法を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る毛髪強化剤は、毛髪等のケラチン線維を構成するポリペプチド鎖の間に新たな結合を形成することによりケラチン線維の強度を向上させることができる。
本発明における「毛髪強化」あるいは「毛髪の強度向上」とは、毛髪自体の強度を向上させることを意味する。傷んだ毛髪(ダメージヘア)の「強化」は、傷んだ毛髪の強度を向上させて「補修」することも含み、その結果として毛髪に「はり」や「こし」を付与することになる。したがって、本発明における「毛髪強化」は、「毛髪の補修」及び「毛髪へのはり、こし付与」も包含すると解する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】毛髪内に存在する結合の種類を例示する模式図である。(出典:「新化粧品学」第2版、光井武夫編、南山堂、2001年、第66頁)
図2】実施例1/比較例1の組成物で処理した毛髪の強度測定結果を示すグラフである。
図3】実施例2/比較例2の組成物で処理した毛髪の強度測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の毛髪強化剤はグリオキシル酸からなる。グリオキシル酸は、下記式(I)で表される構造を有する化合物である。
【0013】
【化1】
【0014】
図1に模式的に示すように、毛髪内には種々の側鎖結合が存在し、これらの結合を介してケラチンのポリペプチド鎖がつながることにより毛髪の構造が保持されている。図1の(塩結合)は、リジンやアルギニン残基等の(+)に荷電したアンモニウムイオンとアスパラギン酸残基等の(-)に荷電したカルボキシレートイオンとの相互の静電的結合を表し、(ペプチド結合)はグルタミン酸等の-COOH基とリジン残基等の-NH2基との脱水結合(-CONH-)を表し、(シスチン結合)は、硫黄(S)を含むタンパク質に特有な結合であり、他の線維にはみられないジスルフィド結合を表し、(水素結合)は、アミド基とそれに近接するカルボキシル基間の結合である(「新化粧品学」第2版、光井武夫編、南山堂、2001年、第66~67頁参照)。
【0015】
例えば、パーマネントウェーブを形成する際は、上記側鎖結合の中でのジスルフィド結合(シスチン結合)を還元剤によって切断し、ウェーブ形成した状態で酸化剤を用いて新たなジスルフィド結合を形成する。しかし、一度切断されたジスルフィド結合の全てが再結合せず、毛髪内の側鎖結合の総数が減少するため、毛髪の強度が低下すると考えられる。また、毛髪に対して酸化染色やブリーチング等の化学処理を行った場合や、紫外線等の外的刺激によっても側鎖結合の一部が切断され、毛髪の強度低下が生じているとも考えられる。
【0016】
本発明者等は、毛髪をグリオキシル酸で処理することにより、ケラチンのポリペプチド鎖間にカルボキシメチレン基を介した新たな結合を生じさせて毛髪強度を向上させることができることを初めて見出した。この新たな結合は、ケラチンのポリペプチド鎖を構成するリジン(Lys)残基、チロシン(Tyr)残基、及びアルギニン(Arg)残基から選択されるアミノ酸残基間(即ち、Lys-Lys間、Lys-Arg間、Lys-Tyr間、Tyr-Tyr間、Arg-Tyr間、又はArg-Arg間)に形成される架橋結合であると推測される。
【0017】
本発明は、前記毛髪強化剤(即ち、グリオキシル酸)を含有する毛髪強化剤組成物にも関する。
本発明の毛髪強化剤組成物は、水性媒体中にグリオキシル酸を含有する形態とするのが好ましい。水性媒体とは、水、あるいは、水と水溶性又は親水性の媒体(例えば、炭素数3以下の低級アルコール等)との混合物である。
【0018】
本発明の毛髪強化剤組成物におけるグリオキシル酸の配合量は、特に限定されないが、好ましくは組成物全体に対して、1~30質量%、より好ましくは3~20質量%。さらに好ましくは5~15質量%である。配合量が1質量%未満であると毛髪の強度向上効果が得られ難く、30質量%を超えて配合しても効果の更なる向上はなく、組成物の酸性が強くなりすぎるので好ましくない。
【0019】
本発明の毛髪強化剤組成物は、そのpHを3以下、好ましくは2.5以下、より好ましくは2以下に調製するのが好ましい。組成物pH値の下限値は特に限定されないが、通常は1.0以上に調製される。組成物のpHは、グリオキシル酸の酸性を中和することにより適宜調整できる。中和剤(pH調整剤)としては、水酸化ナトリウムや水酸化カリウム等の無機塩基、トリエタノールアミンやイソプロパノールアミン、塩基性アミノ酸等の有機塩基を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0020】
本発明の毛髪強化剤組成物は、グリオキシル酸及び任意の中和剤に加えて、毛髪処理用の化粧品や医薬品等に通常用いられる他の任意成分を、本発明の効果を損なわない範囲内で添加することができる。このような任意成分としては、例えば、カチオン性高分子、アミノ酸、ペプチド、プロテイン、金属イオン封鎖剤、油分、粉末成分、界面活性剤、増粘剤、香料、色素等を含有することができる。
【0021】
本発明にかかる毛髪強化剤組成物の剤型は、所望の効果が充分に発揮されるのであれば特に限定されないが、例えば、液状、乳液状、ゲル状、フォーム状、クリーム状などの剤型を採りうる。
【0022】
本発明は、前記毛髪強化剤組成物を用いた毛髪強化処理方法も提供する。
本発明の毛髪強化処理方法は、(1)上記毛髪強化剤又は毛髪強化剤組成物を毛髪に塗布し、(2)塗布した状態で毛髪を放置し、(3)毛髪を水洗し、(4)毛髪を乾燥させ、(5)任意に整髪用アイロンで毛髪を処理する工程を含む。このような毛髪強化処理方法は、ヘアサロン等で実施するのに適している。
【0023】
(1)塗布工程
本発明の毛髪強化剤組成物は、シャンプー前のドライ毛に適用することも可能であるが、毛髪強化剤(グリオキシル酸)が毛髪に浸透しやすいことから、シャンプーで予め洗浄し水分を切ったウェットケアや、付着した水分をタオルで取り除いたタオルドライヘアに適用することが好ましい。
【0024】
(2)放置工程
毛髪強化剤組成物の塗布後、室温(約25℃)にて10~30分間、より好ましくは15~20分間放置し、毛髪強化剤を毛髪に作用させる。放置時間が10分間未満では、毛髪を十分に強化することができず、一方、放置時間が30分間を超えても、放置時間に見合った毛髪強化効果の更なる向上は期待できない。
【0025】
(3)水洗工程
毛髪を水又はぬるま湯ですすぎ、毛髪強化剤組成物を毛髪から洗い流す。毛髪から毛髪強化剤組成物を洗い流すことにより、その後の毛髪の乾燥や、取り扱いが容易になる。
【0026】
(4)乾燥工程
水洗後、水分をタオルで拭き取った後に、ヘアドライヤーで乾燥させる。
【0027】
(5)アイロン工程(任意)
上記(4)で乾燥させた毛髪は既に強度が向上しているが、任意に、140~200℃、好ましくは約180℃に熱した整髪用アイロンで毛髪に機械力及び熱を加えながら毛髪を伸ばす工程を実施してもよい。
【0028】
本発明に係る毛髪強化処理方法によれば、グリオキシル酸の作用によって、ケラチンを構成するポリペプチド鎖のリジン、チロシン、及びアルギニン残基間に架橋結合が新たに形成され、毛髪の強度が格段に向上する。
【0029】
以上、グリオキシル酸について詳細に説明したが、上記の内容はグリオキシル酸に限られず、ピルビン酸についても同様に上述した効果が得られる。
【実施例
【0030】
以下に具体例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。また、以下の実施例等における配合量は特に断らない限り質量%を示す。
【0031】
下記の表1に掲げた組成を有する毛髪処理用組成物を調製した。実施例1は、本発明に係る毛髪強化剤組成物であり、比較例1は従来からダメージヘアの補修に使用されている加水分解タンパク質を配合した処理剤組成物である。
【0032】
【表1】
【0033】
健常な毛髪の束を、ブリーチング剤(PRIMIENCE CL13(資生堂プロフェッショナル(株)製))を用いて1回のブリーチ処理を行った。続いて、縮毛矯正剤(クリスタライジングストレートEX(資生堂プロフェッショナル(株)製))を用いて縮毛矯正処理を2回行った。
【0034】
上記のようにして調製したダメージヘアの束(同量)に、実施例1及び比較例1の組成物を塗布し、15分間放置した後、水洗し、ドライヤーで乾燥させた。
【0035】
前記処理を施した毛髪束の一端を固定して垂直方向に引っ張り応力を付加した。毛髪が破断したときの応力値(破断点応力)を、未処理のダメージヘアと比較して図2に示す。
図2のグラフから明らかなように、化学処理によってダメージを受けて強度低下した毛髪を、本発明に係る実施例1の組成物で処理すると強度が格段に向上し、処理サイクル数を3回にすると更に強化された。従来の補修剤である比較例1でも或る程度の強度向上は見られたが、その程度は本発明には及ばず、処理サイクルを増やしても強度の更なる向上は観察されなかった。
【0036】
従来は、縮毛矯正(ストレートパーマ)もパーマネントウェーブ形成と同様に毛髪にダメージを与える処理であると認識されていた。しかしながら、縮毛矯正作用を有することが知られたグリオキシル酸は、毛髪にダメージを与えるのではなく、逆に毛髪の強度を向上させる効果を発揮する。そして、その毛髪強化(ダメージ修復)効果は、従来から汎用されてきた補修剤よりも強力であることが確認された。
【0037】
次に、下記の表2に掲げた組成を有する毛髪処理用組成物を調製した。実施例2は、本発明に係る毛髪強化剤組成物であり、比較例2は汎用されているパーマネント処理剤(還元剤)組成物である。
【0038】
【表2】
【0039】
健常な毛髪の束(同量)に、実施例2及び比較例2の組成物を塗布し、15分間放置した後、水洗し、ドライヤーで乾燥させた。次いで、180℃に設定した整髪用アイロンを用いて、スルー法にて3回アイロン処理を行った。
前記の処理サイクルを1回又は3回実施した。
【0040】
前記処理を施した毛髪束の一端を固定して垂直方向に引っ張り応力を付加した際の、毛髪の伸長率(横軸)と応力(縦軸)との関係を図3のグラフに示す。また、毛髪の長さが3%伸びるのに要した応力値、毛髪が破断したときの応力値を以下の表3に示す。
【0041】
【表3】
【0042】
図3及び表3に示した結果から明らかなように、パーマネントウェーブ処理で用いられる還元剤であるチオグリコール酸を配合した比較例2の組成物で処理した毛髪は、未処理の毛髪に比較して強度が低下しており、処理サイクル数を3回にした場合には更に強度低下がみられた。これに対して、グリオキシル酸を含む実施例2の組成物で処理すると、未処理の毛髪に比較して明らかに強度が向上しており、処理サイクル数を3回にすると更に強化された。
図1
図2
図3