(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-21
(45)【発行日】2024-07-01
(54)【発明の名称】エポキシ樹脂組成物
(51)【国際特許分類】
C08L 63/00 20060101AFI20240624BHJP
C08G 59/66 20060101ALI20240624BHJP
C08G 59/40 20060101ALI20240624BHJP
C08K 3/36 20060101ALI20240624BHJP
C08K 5/08 20060101ALI20240624BHJP
C08K 5/541 20060101ALI20240624BHJP
C09J 163/00 20060101ALI20240624BHJP
C09J 11/06 20060101ALI20240624BHJP
C09J 11/04 20060101ALI20240624BHJP
【FI】
C08L63/00 C
C08G59/66
C08G59/40
C08K3/36
C08K5/08
C08K5/541
C09J163/00
C09J11/06
C09J11/04
(21)【出願番号】P 2020005946
(22)【出願日】2020-01-17
【審査請求日】2023-01-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123788
【氏名又は名称】宮崎 昭夫
(74)【代理人】
【識別番号】100127454
【氏名又は名称】緒方 雅昭
(72)【発明者】
【氏名】山持 晴加
(72)【発明者】
【氏名】飯島 康
(72)【発明者】
【氏名】今村 功
(72)【発明者】
【氏名】山内 幸子
(72)【発明者】
【氏名】木原 博樹
【審査官】横山 法緒
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-088825(JP,A)
【文献】特開2006-312312(JP,A)
【文献】国際公開第2013/089100(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/173991(WO,A1)
【文献】特開2015-117262(JP,A)
【文献】特開2014-133875(JP,A)
【文献】特開2015-221900(JP,A)
【文献】特開2021-028367(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L 1/00-101/14
C08K 3/00-13/08
C08G 59/00-59/72
C09J 9/00-201/10
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エポキシ樹脂、チクソ剤、光塩基発生剤、及びエーテル骨格ポリチオールを含み、
前記エーテル骨格ポリチオールは、ペンタエリトリトールトリプロパンチオール、トリメチロールプロパンジプロパンチオール及びペンタエリトリトールテトラプロパンチオールからなる群より選ばれる少なくとも1つであり、
前記エーテル骨格ポリチオールが、前記エポキシ樹脂100質量部に対して、60~72質量部であることを特徴とするエポキシ樹脂組成物。
【請求項2】
前記光塩基発生剤の含有量が、前記エポキシ樹脂100質量部に対して、3~15質量部である、請求項1に記載のエポキシ樹脂組成物。
【請求項3】
前記エーテル骨格
ポリチオールが、ペンタエリトリトールトリプロパンチオールである、請求項1または2に記載のエポキシ樹脂組成物。
【請求項4】
さらに増感剤を含む、請求項1~3の何れか1項に記載のエポキシ樹脂組成物。
【請求項5】
前記増感剤の含有量が、エポキシ樹脂100質量部に対して、3~10質量部である、請求項4に記載のエポキシ樹脂組成物。
【請求項6】
前記増感剤は、2-エチルアントラキノン、若しくは1-クロロアントラキノンである、請求項4または5に記載のエポキシ樹脂組成物。
【請求項7】
さらに、シランカップリング剤を含む、請求項1~6の何れか1項に記載のエポキシ樹脂組成物。
【請求項8】
前記シランカップリング剤がエポキシ基またはメルカプト基を有する化合物である、請求項7に記載のエポキシ樹脂組成物。
【請求項9】
前記チクソ剤は、シリカフィラーである、請求項1~8の何れか1項に記載のエポキシ樹脂組成物。
【請求項10】
インクを吐出する記録素子基板、前記記録素子基板を支持し前記記録素子基板にインクを供給する供給流路を有する支持部材、および前記供給流路にインクを供給する流路部材を有する液体吐出ヘッドであって、
前記記録素子基板、前記支持部材および前記流路部材のいずれか2つの部材間の少なくとも一つの接合面が接着剤として請求項1~9の何れか1項に記載のエポキシ樹脂組成物を含むことを特徴とする液体吐出ヘッド。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、接着剤として有用なエポキシ樹脂組成物に関する。また、該組成物を接着剤として用いた液体吐出ヘッドに関する。
【背景技術】
【0002】
エポキシ系の樹脂組成物は、接着性が高く、耐薬品性も高いため接着剤として幅広く用いられている。特に、インクジェットヘッドに代表される液体吐出ヘッドを含む精密部品の接合には、耐インク性、組立時に部品の位置ずれを防ぐため、短時間での硬化性が求められる。また、微細な部分への接着剤を付与することを鑑みると、一液型の接着剤であることが好ましい。
このような特性を有する接着剤の代表としては、光カチオン重合型のエポキシ樹脂接着剤が挙げられる。この接着剤は、一液で可使時間が長く、数秒のUV照射、数秒の加熱で硬化するので工業的に好適に用いられている。例えば、被着体に接着剤を塗布後、UV照射を行い被着体を積層し100℃数秒の加熱で硬化するので、位置ずれも生じ難く、さらに、ワークを長く保持する必要もないため次工程に素早く移れる。
【0003】
光カチオン重合型エポキシ樹脂は、エポキシ環の開環によるエーテル結合が形成されるため、耐薬品性に優れている。しかしながら、エーテル結合が形成される分、水酸基等の接着に寄与する官能基が減少し、接着性が十分でない場合がある。一方、接着性を重視して、塩基により開始される反応を利用した光アニオン重合型エポキシ樹脂が知られている。光アニオン重合型エポキシ樹脂は、接着性に優れるものの、重合に必要な時間が長く、仮固定性がない。これは、光カチオン重合型における光酸発生剤で発生する酸に比べて、光アニオン重合型における光塩基発生剤で発生する塩基はそれほど塩基性が強くなく、光カチオン重合に比べて光アニオン重合は反応速度が遅くなるためである。
エポキシ樹脂の光アニオン重合の中で反応速度が速いものとして、ポリチオールを硬化剤として用いるチオール硬化が挙げられる。ポリチオールは、塩基性触媒または硬化促進剤の存在下でエポキシ樹脂と高速で反応する。このチオール硬化を用いて仮固定性を高めた接着剤として、特許文献1が知られている。特許文献1は、エポキシ樹脂、分子内に1つ以上のエステル結合をもつチオール化合物、光照射によって塩基を発生する光塩基発生剤を含有する接着剤組成物に関する。光照射によって光塩基発生剤から発生した塩基性物質がエポキシ樹脂のチオール化合物による硬化反応を促進することにより、仮固定性を向上させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1における接着剤組成物においても、前述の光カチオン重合と比べると反応速度が遅く、部品の仮固定に時間を要してしまう課題があった。加えて、光塩基発生剤はUV照射がなくても、室温環境下で徐々にではあるが分解が進む。分解して発生した塩基を触媒として徐々に硬化反応が進行するため、可使時間が短いという課題もある。
【0006】
したがって、本発明の目的は、一液で十分な可使時間があり、仮固定性、接着性に優れたエポキシ樹脂組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成する本発明は、
エポキシ樹脂、チクソ剤、光塩基発生剤、及びエーテル骨格ポリチオールを含み、
前記エーテル骨格ポリチオールは、ペンタエリトリトールトリプロパンチオール、トリメチロールプロパンジプロパンチオール及びペンタエリトリトールテトラプロパンチオールからなる群より選ばれる少なくとも1つであり、
前記エーテル骨格ポリチオールの含有量が、前記エポキシ樹脂100質量部に対して、60~72質量部であることを特徴とするエポキシ樹脂組成物である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、一液で十分な可使時間があり、仮固定性、接着性に優れたエポキシ樹脂組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、少なくともエポキシ樹脂と、チクソ剤、光塩基発生剤、エーテル骨格ポリチオールを含むエポキシ樹脂組成物である。また、当該樹脂組成物は、任意に増感剤及び/またはシランカップリング剤を含むことができる。
本構成によれば、当該エポキシ樹脂組成物(接着剤)に光照射することにより、増感剤を含む場合は、増感剤による長波長領域の感度向上によって、光塩基発生剤から塩基性物質が発生する。発生した塩基性物質がエポキシ樹脂のエーテル骨格ポリチオールによる硬化反応を著しく促進させる。エーテル骨格ポリチオールはエステル骨格ポリチオールよりも反応性が高いため、短時間でゲル化が進行し、仮固定性の向上が可能となる。これは、発生した塩基性物質の存在下で硬化剤であるエーテル骨格ポリチオールからメルカプチドイオンが生成し、このメルカプチドイオンとエポキシ樹脂が高速で反応することによる。この高速反応は、メルカプチドイオンの相対求核反応速度が著しく速いためである。また、光アニオン重合であるため、接着性も著しく高い接着剤である。さらに、チクソ剤の添加によりチクソ性が発現し、分子の運動を抑えることができる。そのため、室温環境下で光塩基発生剤から分離して生じた塩基による硬化反応の進行を抑制することができ、十分な可使時間の発現が可能となる。
【0011】
以下、エポキシ樹脂組成物(以下、接着剤という)の構成成分についてそれぞれ説明する。
(エポキシ樹脂)
主剤となるエポキシ樹脂としては、接着剤用途に適した従来公知のエポキシ樹脂が制限無く使用できる。エポキシ樹脂の例としては、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ビスフェノールF型エポキシ樹脂、ビスフェノールAD型エポキシ樹脂などの芳香族(ビスフェノール型)エポキシ樹脂、またこれらに更にアルキレンオキサイドを付加させた化合物が挙げられる。さらにグリシジルエーテル、エポキシノボラック樹脂、ビスフェノールA型ノボラックジグリシジルエーテル、ビスフェノールF型ノボラックジグリシジルエーテル等のグリシジルエーテル型やグリシジルアミン型エポキシ樹脂、脂環式エポキシなども挙げられる。又、液状のエポキシ樹脂だけでなく、常温単体で固形のものでも、接着剤組成物中でエポキシ樹脂成分として液状になるものは使用することができる。常温単体で固形のエポキシ樹脂としては、ビフェニル骨格、ナフタレン骨格、クレゾールノボラック骨格、トリスフェノールメタン骨格、ジシクロペンタジエン骨格、フェノールビフェニレン骨格等を有するエポキシ樹脂が挙げられる。
【0012】
(硬化剤)
本発明の接着剤は、硬化剤としてエーテル骨格ポリチオールを含む。該エーテル骨格ポリチオールは、塩基性物質の存在下でメルカプチドイオンを生成し、このメルカプチドイオンがエポキシ基と反応する。この反応下では、エステル骨格ポリチオール硬化剤と比べ、エーテル骨格ポリチオール硬化剤の反応性が高い。エーテル骨格ポリチオール硬化剤としては、例えば、ペンタエリトリトールトリプロパンチオール(PEPT)、トリメチロールプロパンジプロパンチオール(TMPT)、ペンタエリトリトールテトラプロパンチオール(PETT)などが挙げられる。これらは、SC有機化学社から市販品として入手することができる。エポキシ樹脂100質量部に対しては、エーテル骨格ポリチオールが60質量部以上であることが好ましい。エポキシ樹脂に対してポリチオールの量が少なくなると、系全体の反応が遅くなり仮固定性の向上が望めない場合がある。また、インクジェットヘッドに代表される液体吐出ヘッドに対して本発明の接着剤を使用する場合、エポキシ樹脂100質量部に対して、エーテル骨格ポリチオールが60~72質量部であることが好ましい。エポキシ樹脂に対してポリチオールの量が少なくなると、前述の通り仮固定性の向上が望めない場合がある。対して、エポキシ樹脂に対してポリチオールの量が多くなると、未反応のポリチオールが増加する。未反応のポリチオールがインクに溶出することで、インクに対して膨潤しやすくなり、接液性が低下することがある。
【0013】
(光塩基発生剤)
光塩基発生剤としては、特に制限は無いが、強塩基を発生させることが可能な1,2-ジシクロヘキシル-4,4,5,5-テトラメチルビグアニジウム n-ブチルトリフェニルボレートや(Z)-{[ビス(ジメチルアミノ)メチリデン]アミノ}-N-シクロヘキシル(シクロヘキシルアミノ)メタンイミニウム テトラキス(3-フルオロフェニル)ボレートなどが挙げられる。商品名としては、WPBG-300、WPBG-345(富士フイルム和光純薬社製)などが挙げられる。これらは、単独では非常に短波長のUV光に感度を有しているが、増感剤との併用により400nm付近の長波長側まで感度を向上することができる。光塩基発生剤の含有量は、エポキシ樹脂100質量部に対して、1~20質量部の範囲で使用できるが、3~15質量部が好ましい。エポキシ樹脂100質量部に対して光塩基発生剤の含有量が1質量部以上であれば、系全体の反応が遅くなることがなく、仮固定性の向上が望める。一方、エポキシ樹脂100質量部に対して光塩基発生剤の含有量が20質量部以下であれば、室温環境下での光塩基発生剤の分解によって発生する塩基は十分少なく、十分な可使時間が望める。
【0014】
(チクソ剤)
本発明の接着剤はチクソ剤を含む。なかでも、分子の運動性を抑制して可使時間を向上させるチクソ剤としては、一般的なヒュームドシリカ(シリカフィラー)等に代表される無機微細物を用いることができる。但し、一般的には、光硬化させる材料には、光の透過性を確保する必要があるため、粒径の大きな固形物は添加しない。本形態においても粒径が大きいものを使用すると、UV光が遮蔽されてしまい、深部までUV光が到達しないおそれがある。そのため、平均粒径は40nm以下であることが好ましい。逆に、平均粒径が7nmより小さいものを使えば、UV光の遮蔽は少なく、形状保持性を発現しやすいが、プラネタリーミキサーやディスパーでは混合が不十分となってしまい、均一分散ができなくなってしまう場合がある。したがって、チクソ剤、特に無機微細粒子として平均粒径が7nm以上、40nm以下のものが好ましい。なお、平均粒径はメディアン径である。チクソ剤としてシリカフィラーを用いる場合、その充填量(全体の重量に対する充填したシリカフィラーの重量の割合)は、チクソ性を付与するために、0.1質量%以上が好ましい。ただし、高充填しすぎると、接着剤の塗布が困難になってしまうため、その充填量は20質量%以下が好ましい。シリカフィラーとしては表面処理されているものも使用することができる。表面処理剤は、低分子シロキサンを含むものがある。低分子シロキサンの少ない表面処理剤としては、ポリジメチルシロキサン処理、アルキルシリル処理が挙げられる。特に好ましいのは、アルキルシリル処理である。上市品としては、ポリジメチルシロキサン処理品としては、AEROSIL(登録商標)RY200、RY200L、R202、RY200S、NY50、NY50L、RY50、RY51(日本アエロジル社製)等が挙げられる。アルキルシリル処理としては、AEROSIL(登録商標)R805(日本アエロジル社製)等が挙げられる。処理していないものとしては、AEROSIL(登録商標)50、90,130,150,200,300(日本アエロジル社製)等が挙げられる。
【0015】
(増感剤)
本発明の接着剤は、光塩基発生剤の感光波長の光を照射することで、塩基を発生させることができるが、より短時間での照射による塩基の発生を促すために、増感剤を含むことが好ましい。特に、光塩基発生剤として強塩基を発生させるものは、増感剤を用いた方が分解性を高め、高反応性となる。増感剤としては、例えば、2-エチルアントラキノンや1-クロロアントラキノン、2-イソプロピルアントラキノンなどが挙げられる。反応性を高めるためには、光増感効果が高く、光塩基発生剤と相溶性が良い2-エチルアントラキノンや1-クロロアントラキノンがより好ましい。増感剤の含有量は、エポキシ樹脂100質量部に対して1~15質量部の範囲で使用できるが、3~10質量部であることが好ましい。増感剤の含有量が1質量部以上であれば、仮固定性の向上が望める。対して増感剤の含有量が15質量部以下であれば、十分な可使時間が望める。
【0016】
(その他の添加剤)
本発明に係る接着剤には、通常用いられる手法で希釈剤や他の添加剤を任意に加えても構わない。
例えば、接着性の向上を目的としてシランカップリング剤を添加することができる。シランカップリング剤としては、特に制限はないが、エポキシ樹脂やエーテル骨格ポリチオールと同じ官能基を有するエポキシ化合物(商品名としてはSilquest A-187、Silquest A-186(モメンティブパフォーマンスマテリアルズジャパン社製)など)や、メルカプト化合物(商品名としてはKBM-803、X-12-1156(信越化学工業社製)などが好ましい。
【0017】
(接着剤の製造方法、使用方法)
次に本発明の接着剤の製造方法に関して例を挙げて説明を行う。
本発明で使用する光塩基発生剤と増感剤は、通常パウダー状であるので、その他液体成分に溶解させて用いる。エポキシ樹脂、エーテル骨格ポリチオール硬化剤に溶解せても構わない。また、溶解を促進させるために加温することも可能である。
【0018】
本発明の接着剤はインクジェットヘッド等の液体(インク)を吐出する液体吐出ヘッドの部品を貼り合わせる接着剤として好適に使用できる。
図1はインクジェットヘッドの一形態を示す斜視図であり、
図2はインクジェットヘッドの概略断面図である。インクジェットヘッド1とは、インクを吐出する記録素子基板2、記録素子基板を支持しかつ記録素子基板にインクを供給する供給流路3を有する支持部材4、およびインクの供給流路にインクを供給する流路部材5からなる。流路部材5は、複数の部品から構成されていてもよい。例えば、
図2に示すような第一流路部材6、第二流路部材7、および第三流路部材8からなる流路部材5でもよい。インクジェットヘッドの製造工程ではこのような複数の流路部材、支持部材、記録素子基板などを精度よく貼り合わせる必要があるため、以下のような手順で組み立てられることがある。支持部材4に接着剤を塗布し、記録素子基板2を貼り合わせ、本硬化させる。第三流路部材8と第二流路部材7とを貼り合わせ、さらにその第二流路部材7に第一流路部材6とを貼り合わせ、流路部材5を作る。次に支持部材4と流路部材5の第一流路部材6とを仮固定する。最後に、本硬化させる。すなわち、記録素子基板、支持部材および流路部材のいずれか2つの部材間の少なくとも一つの接合面に、本発明に係る接着剤が含まれることになる。
【0019】
本発明の接着剤は十分な可使時間と仮固定性が両立し、塩基性のチオール硬化であるため水酸基等の接着に寄与する官能基が硬化反応により比較的失われず、接着性が著しく高い。さらに、ポリチオールがエーテル骨格を有することから、耐インク性が高い。そのため、インクに接液した後でも接着性が著しく高く、インクによる膨潤も抑制できるために接液性も良好である。したがって、支持部材4と第一流路部材6との接合面に好適に使用でき、インクジェットヘッドの部品を貼り合わせる接着剤に好適に使用できる。
【0020】
接着剤の塗布方法としては、ディスペンサ等の塗布手段を用いて、間欠的あるいは連続的に塗布してもよい。また、硬化の際には、増感剤が感度を有する光、特に紫外光を予め接着塗布面に照射して、光塩基発生剤から塩基を発生させ、次いで、部材を貼り合わせ、100℃程度に加熱すると、速やかにゲル化し、仮固定性が発揮できる。接合する部材が光を透過する場合は、貼り合わせた後に光照射して加熱してもよい。本発明の接着剤は、その反応性から、仮固定である第一の熱硬化、該第一の熱硬化よりも時間が長い本硬化である第二の熱硬化を二段階で行うことにより、特に精密貼り合わせの接合等に適している。本硬化である第二の熱硬化は、接着剤を十分に硬化させるため、第一の熱硬化よりも当然長い時間を要する。第二の熱硬化は、第一の熱硬化よりも高い温度であることが好ましい。硬化時間及び硬化温度は、接着剤の組成に応じて適宜最適な条件を選択すればよい。
【0021】
支持部材4および流路部材5には、アルミナ等のセラミックスや変性ポリフェニレンエーテルザイロン樹脂(「ザイロン」(登録商標)L564Z、旭化成社製等)などの寸法精度に優れた樹脂(エンジニアプラスチック)が使われている。これらの材料は、本硬化の加熱にも十分な耐熱性を有している。
【実施例】
【0022】
以下に、本発明を実施例に基づいて説明するが、これに限定されるものではない。
表1および表2に、実施例及び比較例での組成比を示した。なお、実施例18及び21は、参考例である。
混練は、プライミクス社製 HIVIS MIX model3において、回転数60rpm、真空で5分間、主剤エポキシ樹脂とチクソ剤との混合は、60分行った。
【0023】
各接着剤の評価は、ゲルタイム、可使時間、インク接液前の接着性、インク接液後の接着性、接液性について実施した。以下の評価において、Cランクまでが実用可能であり、Dランクは実用に適さない。
【0024】
(仮固定性:ゲルタイム)
100℃に保持した100μm厚のサンプルにUV光を12J/cm2の照射量で照射し、ゲル化開始までの時間により以下の通り評価した。
A;8秒未満、
B:8秒以上10秒未満、
C:10秒以上12秒未満、
D:12秒以上。
【0025】
可使時間(ポットライフ)
接着剤組成物を調製後、室温で放置した際に、組成物粘度を1時間毎に測定し、粘度が2倍になるまでの時間とし、以下の通り評価した。
A:24時間以上、
B:12時間以上24時間未満、
D:12時間未満。
【0026】
(接着性)
インク接液前の接着性は、厚さ1mmのアルミナ基板と厚さ3mmのアルミナ基板とを用意し、何れかの基板上に100μm厚の接着剤を塗布形成したサンプルを準備した。接着剤に、UV光を12J/cm2の照射量で照射し、両アルミナ基板は接着剤を介して貼り合わせ、150℃で2時間硬化させた後に、両アルミナ基板を引きはがした。引き剥がしの際の状態により以下の通り評価した。
A:アルミナ基板が破損した、
B:接着剤が凝集破壊した、
C:接着剤の凝集破壊と接着剤と基板との界面剥離が混在していた、
D:接着剤と基板との界面剥離で剥がれた。
接液後の接着性は、同様に接着剤を介して接合したアルミナ基板をインク(サービスヘッド用インク キヤノン製)に浸漬させ、121℃で10時間加速試験したもので評価を行った。評価結果はインク接液前の接着性と同様とした。
【0027】
(接液性)
接着剤に対して質量比が20倍量の前述のインクに浸漬させて121℃で10時間加速試験を行い、硬化した接着剤の膨潤率を測定し、以下の通り評価した。
A:膨潤率が15%未満、
B:15%以上20%未満、
D:20%以上。
【0028】
実施例1~3は、エポキシ樹脂の種類を変えたが、いずれもゲルタイム、可使時間、接着性を十分満足させるものであった。実施例4、5はチクソ剤量を実施例1に対して増減させたが、実施例1と差はみられなかった。実施例6は、チクソ剤の種類を変えたが、実施例1と差は見られなかった。
実施例7~10は、光塩基発生剤の量を実施例1に対して増減させたが、減量するとゲルタイムが遅くなり、増量すると可使時間が短くなった。減量すると系全体の反応が遅くなり、増量すると光塩基発生剤の分解によって発生する塩基が増加するためであると考えられる。光塩基発生剤の量は、エポキシ樹脂100質量部に対して3~15質量部が好ましいことが確認された。
実施例11は光塩基発生剤の種類を変えたが、ゲルタイムが遅くなった。これは、光塩基発生剤の感度の違いによるものと考えられる。
実施例12~15は増感剤の量を実施例1に対して増減させたが、減量するとゲルタイムが遅くなり、増量すると可使時間が短くなった。増感剤の量は、エポキシ樹脂100質量部に対して3~10質量部が好ましいことが確認された。
実施例16、17は、増感剤の種類を変えたが、実施例16は実施例1と差が見られなかった一方で、実施例17はゲルタイムが遅くなった。これは、増感剤の光増感効果や光塩基発生剤との相溶性の違いによるものであると考えられる。
実施例18~22はエーテル型ポリチオールの量を実施例1に対して増減させたが、減量するとゲルタイムが遅くなり、増量すると接液性が低下した。減量すると系全体の反応が遅くなり、増量すると未反応のポリチオールが増加するためであると考えられる。実施例22はシランカップリング剤を使用しなかったが、インク接液前後の接着性が低下した。
実施例23~28は、実施例1に対してシランカップリングの種類を変えたが、エポキシ骨格、メルカプト骨格を持つシランカップリング剤は接着性が良好であったのに対し、イソシアネート骨格、フルオレン骨格のものはインク接液後の接着性が低下した。これはエポキシ樹脂やチオール硬化剤との親和性の違いによるものと考えられる。
【0029】
比較例1はチクソ剤を使用しなかったため、可使時間が悪化した。これはチクソ性がないために分子の運動性が高くなり、反応が抑制されないためであると考えられる。
比較例2はチクソ剤を使用せず、さらに光塩基発生剤ではなく光酸発生剤を使用したため、ゲルタイムは良好であったものの、可使時間とインク接液前後の接着性、接液性が悪化した。可使時間の悪化は前述の通り反応が抑制されないためであると考えられる。さらに、光塩基発生剤がアニオン重合反応であることに対して、光酸発生剤はカチオン重合反応であり、水酸基等の接着性に寄与する官能基が減少するためにインク接液前後の接着性、接液性が悪化したと考えられる。
比較例3、4はエーテル型ポリチオールではなく、エステル型ポリチオールを使用したため、ゲルタイムが悪化した。これは、エステル型ポリチオールの方がエーテル型ポリチオールと比較して反応性が低く、系全体の反応が遅くなるためであると考えられる。
【0030】
【0031】
【0032】
表1,2中の略号は、以下の通りである。
・jER828:商品名、ビスフェノールA型エポキシ樹脂(エポキシ当量:184~194)、三菱ケミカル社製
・jER807:商品名、ビスフェノールF型エポキシ樹脂(エポキシ当量:160~175)、三菱ケミカル社製
・jER152:商品名、フェノールノボラック型エポキシ樹脂(エポキシ当量:172~178)、三菱ケミカル社製
・WPBG-300:1,2-ジシクロヘキシル-4,4,5,5-テトラメチルビグアニジウム=n-ブチルトリフェニルボラート、富士フイルム和光純薬社製
・WPBG-345:(Z)-{[ビス(ジメチルアミノ)メチリデン]アミノ}-N-シクロヘキシル(シクロヘキシルアミノ)メタンイミニウム テトラキス(3-フルオロフェニル)ボレート、富士フイルム和光純薬社製
・2-エチルアントラキノン:東京化成社製
・1-クロロアントラキノン:東京化成社製
・2-イソプロピルアントラキノン:東京化成社製
・SP-170:商品名「アデカオプトマーSP-170」、ADEKA社製
・PEPT:ペンタエリスリトール トリプロパンチオール(チオール当量:約115)、SC有機化学社製
・TMMP:トリメチロールプロパン トリス(3-メルカプトプロピオネート)(チオール当量:約133)、SC有機化学社製
・A-187:商品名「Silquest A-187」、モメンティブパフォーマンスマテリアルズジャパン社製
・A-186:商品名「Silquest A-186」、モメンティブパフォーマンスマテリアルズジャパン社製
・KBM-803:商品名、3-メルカプトプロピルトリメトキシシラン、信越化学工業社製
・X-12-1156:商品名、多官能メルカプト基型シランカップリング剤、信越化学工業社製
・KBE-9007:商品名、3-イソシアネートプロピルトリエトキシシラン、信越化学工業社製
・X-12-1159L:商品名、多官能イソシアネート基型シランカップリング剤、信越化学工業社製
・OCG-157-3 大阪ガスケミカル社製
・アエロジル300:商品名「AEROSIL 300」、日本アエロジル社製
・アエロジルR805:商品名「AEROSIL R805」、日本アエロジル社製
【符号の説明】
【0033】
1 インクジェットヘッド
2 記録素子基板
3 供給流路
4 支持部材
5 流路部材
6 第一流路部材
7 第二流路部材
8 第三流路部材