(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-24
(45)【発行日】2024-07-02
(54)【発明の名称】建設機械の水中制御システム
(51)【国際特許分類】
B63C 11/00 20060101AFI20240625BHJP
【FI】
B63C11/00 E
(21)【出願番号】P 2023120430
(22)【出願日】2023-07-25
(62)【分割の表示】P 2019192086の分割
【原出願日】2019-10-21
【審査請求日】2023-07-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000000549
【氏名又は名称】株式会社大林組
(74)【代理人】
【識別番号】110000176
【氏名又は名称】弁理士法人一色国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】沼崎 孝義
(72)【発明者】
【氏名】青山 裕作
【審査官】福田 信成
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-039438(JP,A)
【文献】特開昭48-020302(JP,A)
【文献】特開2014-116752(JP,A)
【文献】特開平09-018377(JP,A)
【文献】特開2019-043289(JP,A)
【文献】特開2005-325684(JP,A)
【文献】特開2019-178940(JP,A)
【文献】特開平06-233376(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B63C 11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水中で作業を行う建設機械を水中音響通信を利用して制御するための、建設機械の水中制御システムであって、
前記建設機械に対して、
「右回転」「左回転」「停止」「ニュートラル」のうちのいずれか1つの指令情報を音波として
直接発信する指令情報発信装置と、
該指令情報発信装置から、前記音波として発信された前記指令情報を受信し、該指令情報に基づいて前記建設機械の動作を制御する機械制御装置と、を備え、
該機械制御装置が前記建設機械に装備され
るとともに、該建設機械が水中吊荷旋回装置であり、
前記音波が、500Hz以上10kHz以下の範囲内で
周波数帯域を異ならせて複数設定されており、複数の該音波各々で、同一の前記指令情報を発信し、
前記指令情報発信装置に、水中雑音を検知する雑音検知部を設け、検知した前記水中雑音とは異なる周波数帯域を使用して前記音波を発信することを特徴とする建設機械の水中制御システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水中で作業を行う建設機械を制御するための、建設機械の水中制御システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、海洋工事や護岸工事において、水中で作業を行うダイバーの作業性及び安全性を確保することが課題となっており、例えば、特許文献1では、ダイバーが水中で建設作業を行う機械を操作する際の、支援を行う水中作業支援システムが開示されている。
【0003】
具体的には、水中で作業する機械に可視光受信部を設ける一方で、水中作業員が装備する水中作業員用機器に可視光送信部を設け、水中作業員による機械の操作を水中可視光通信により実施するものである。これにより、水中作業員は、機械との間に十分な距離を確保することができるため、機械との接触・挟まれ災害や、配線に絡まるなどの機械への巻き込まれ災害を低減することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、水中可視光通信による機械の操作は、通信状況が水中の濁度等に依存しやすく、水中が濁っている場合には通信可能な距離が著しく短くなる。このような状況下で作業を行うには、水中作業員が機械に接近して操作せざるを得ず、水中作業員の安全性を確保することが困難となる。
【0006】
本発明は、かかる課題に鑑みなされたものであって、その主な目的は、水中で作業を行う建設機械を無線通信技術を利用して制御する際の通信安定性を確保することの可能な、建設機械の水中制御システムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
かかる目的を達成するため、本発明の建設機械の水中制御システムは、水中で作業を行う建設機械を水中音響通信を利用して制御するための、建設機械の水中制御システムであって、前記建設機械に対して、「右回転」「左回転」「停止」「ニュートラル」のうちのいずれか1つの指令情報を音波として直接発信する指令情報発信装置と、該指令情報発信装置から、前記音波として発信された前記指令情報を受信し、該指令情報に基づいて前記建設機械の動作を制御する機械制御装置と、を備え、該機械制御装置が前記建設機械に装備されるとともに、該建設機械が水中吊荷旋回装置であり、前記音波が、500Hz以上10kHz以下の範囲内で周波数帯域を異ならせて複数設定されており、複数の該音波各々で、同一の前記指令情報を発信し、前記指令情報発信装置に、水中雑音を検知する雑音検知部を設け、検知した前記水中雑音とは異なる周波数帯域を使用して前記音波を発信することを特徴とする。
【0008】
本発明の建設機械の水中制御システムによれば、無線通信技術として水中音響通信を利用することから、水質等に依存することなく様々な水環境の作業現場であっても、建設機械を安定して制御できる。したがって、例えば濁度の高い水中であっても、ダイバー等の水中作業員は、建設機械との間に一定距離を保持しつつ安全に、水中で作業する建設機械の制御を行うことが可能となる。
【0009】
また、一般に、水中音響通信で使用される30~40kHz程度の可聴域を超える超音波を使用する場合と比較して、ドップラーシフトと称される送波器と受波器との間で生じる相対的な速度差に起因して周波数帯域が変化する現象や、マルチパスフェージングと称される音波の受信強度が変動する現象が生じやすい水環境下にあっても、その影響を最小限にとどめることができ、水中音響通信の安定性を向上することが可能となる。
【0010】
さらに、指令情報発信装置は、少なくとも指令情報を発信する送波器を水中に配置すれば、建設機械に設けた機械制御装置との間で水中音響通信を行うことができるから、現場作業員は、水中でなくとも船上や陸上にいながら、建設機械を制御するための指令情報を指令情報発信装置に入力できる。したがって、ダイバー等の水中作業員による潜水作業時間を削減する、もしくは水中作業員の省人化を図るなど、現場作業員の作業性及び安全性を向上することが可能となる。
【0012】
本発明の建設機械の水中制御システムによれば、同一の指令情報を、搬送波周波数帯域が異なる複数の搬送波各々で搬送するため、受信する際には、上記のドップラーシフトやマルチパスフェージングといった様々な現象や、水中雑音等による影響の最も少ないものを選択して受信し、指令情報を得ることができ、通信安定性をより向上して、確実に建設機械を制御することが可能となる。
【0014】
本発明の建設機械の水中制御システムによれば、雑音検知部で検知した水中雑音の周波数情報に基づいて、水中雑音もしくはその高調波の周波数成分のいずれにも該当しない周波数帯域に属するものを、搬送波として選択できる。したがって、水中音響通信の障害となる様々な水中雑音のうち、少なくとも周波数情報が取得できたものに起因して、通信障害を引き起こす可能性を排除でき、水中音響通信の安定性をより向上することが可能となる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、搬送波周波数帯域が100Hz以上20kHz以下の範囲、好ましくは、500Hz以上10kHz以下の範囲に設定された搬送波を用いた水中音響通信を利用するから、様々な水環境の作業現場であっても水中音響通信の安定性を確保でき、水中で作業を行う建設機械を安全に制御することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の実施の形態における水中制御システムを利用して水中吊荷旋回装置を制御する様子を示す図である。
【
図2】本発明の実施の形態における建設機械の水中制御システムの概略を示す図である。
【
図3】本発明の実施の形態における指令情報の搬送に複数の搬送波を用いる事例を示す図である。
【
図4】本発明の実施の形態における指令情報の発信する際のフローを示す図である。
【
図5】本発明の実施の形態における水中制御システムにおける通信距離と受信レベルの減衰量との関係を示す図である。
【
図6】本発明の実施の形態における水中制御システムを利用して水中吊荷旋回装置を制御する際の他の事例示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の水中制御システムは、海洋や河川もしくは湖沼等、いずれの水環境にも採用可能であるが、本実施の形態では、海洋で採用する場合を事例に挙げ、建設機械の水中制御システムの詳細を、
図1~
図6を参照して説明する。
【0018】
また、水中で作業する建設機械もなんら限定するものではないが、本実施の形態では、水中吊荷旋回装置を採用することとし、この水中吊荷旋回装置を利用して、海中土木工事のうちの1つであるコンクリートブロックの据付け工事を実施する場合を事例に挙げる。
【0019】
図1で示すように、海底に据付け予定のコンクリートブロックBは、水中吊荷旋回装置50を介して、起重機船60に搭載されたクレーン61により水中に吊り下げられている。
【0020】
水中吊荷旋回装置50は、海底にテトラポッドや根固めブロック等のコンクリートブロックBを据付けるにあたり、吊持された態様のコンクリートブロックBの、旋回による方向転換や姿勢保持等の姿勢制御、及び位置決め時の微調整等を水中にて行うための装置である。なお、水中吊荷旋回装置50による姿勢制御の原理は、特許第5970946号公報を参照されたい。
【0021】
上述の水中吊荷旋回装置50は、外殻51の上面に、起重機船60のクレーン61から垂下されたワイヤー62を装着するためのシャックル52が、また、外殻51の下面に、コンクリートブロックBを吊持するための吊り治具53が、それぞれ備えられている。これにより水中吊荷旋回装置50は、吊り治具53にてコンクリートブロックBを吊持した状態で、シャックル52に装着されたワイヤー62を介して水中に垂下される。
【0022】
そして、コンクリートブロックBを海底に据付ける際には、ダイバー等の水中作業員Dによる目視により、もしくは海中に配備した監視用カメラ等により、コンクリートブロックBの位置や姿勢を確認しながら、水中吊荷旋回装置50を旋回させることによりコンクリートブロックBの方向転換等の姿勢制御を行う。
【0023】
こうして、コンクリートブロックBの姿勢制御や位置決めの微調整を行ったのち、クレーン61のオペレーターが、ワイヤー62を繰り出して水中吊荷旋回装置50およびコンクリートブロックBを降下させ、コンクリートブロックBを海底に据付ける。
【0024】
このような、水中作業によるコンクリートブロックBの据付け工事において、水中吊荷旋回装置50の制御は、ダイバー等の水中作業員Dもしくは起重機船60で乗務中の水上作業員Sが、水中制御システム100を利用して水中音響通信により行う。
【0025】
以下に、水中吊荷旋回装置50を操作する現場作業員が、
図1で示すように、起重機船60で乗務中の水上作業員Sである場合を事例に挙げ、水中制御システム100について詳細を説明する。
【0026】
≪水中制御システム≫
図1及び
図2で示すように、水中制御システム100は、水上作業員Sが水中吊荷旋回装置50に対する指令情報Mを、音波として発信する指令情報発信装置10と、この音波を受信し、指令情報Mに基づいて水中吊荷旋回装置50を制御する機械制御装置20と、を備える。
【0027】
<指令情報発信装置>
指令情報発信装置10は、
図2で示すように、指令入力部11、発振部12、搬送波選択部13、変調部14、アンプ15、及び送波器16を備える。なお、雑音検知部19については、後述する。
【0028】
指令入力部11は、コンクリートブロックBの姿勢制御を行うべく水上作業員Sが、水中吊荷旋回装置50の動作指令を入力する入力部を備えている。入力部はいずれでもよいが、例えば、ディスプレイを備えて置き、ディスプレイ上に表示された「右回転」、「左回転」、「停止」、「ニュートラル」等、少なくとも4つの動作指令に係る選択メニューの中から、水上作業員Sが適宜選択操作を行うことにより、水中吊荷旋回装置50の動作指令を入力することができるようにするとよい。
【0029】
また、指令入力部11は、入力部より入力された動作指令をデジタル信号化する機能を有しており、水上作業員Sによる動作指令を、ベースバンド信号となる指令情報Mに変換し、無線接続または有線接続された変調部14に出力する。
【0030】
発振部12は、搬送波Cとして使用する基準波Wを複数作成し、これらを無線接続または有線接続された搬送波選択部13に出力する。複数の基準波Wについて詳細は後述するが、
図3で示すように、それぞれが周波数帯域をずらすようにして作成されている。これら基準波Wが搬送波Cとして選択されると、基準波Wの周波数帯域は、搬送波Cの搬送波周波数帯域となる。
【0031】
搬送波選択部13は、複数の基準波Wの中から搬送波Cとして使用するものを2つ以上選択し、無線接続または有線接続された変調部14に出力する。本実施の形態では、受信方式に、複数の異なる周波数で送信された信号を受信する周波数ダイバーシティ技術を適用することを考慮し、選択する搬送波Cの数量を2つ以上としている。
【0032】
よって、搬送波Cの数量は、複数であれば例えば、作成した基準波Wのすべてを搬送波Cとして採用してもよい。なお、周波数ダイバーシティ技術を利用した受信方式については、機械制御装置20と併せて説明する。
【0033】
変調部14は、搬送波選択部13から入力された2つ以上の搬送波C各々に、指令入力部11から入力された指令情報Mを混合するいわゆる変調を行って、周波数帯域の異なる複数の変調波Mwを形成し、無線接続または有線接続されたアンプ15に出力する。変調方式としては、搬送波Cの周波数及び振幅を変化させることなく、位相を変化させることで変調するBPSK(2値位相偏移変調)方式を採用する。
【0034】
上記の構成により、変調部14から出力された同一の指令信号Mを搬送する複数の変調波Mwは、アンプ15で増幅されたのちに、送波専用トランスデューサである送波器16によりD/A変換されて、音波として海中に発信される。これら、複数の変調波Mw各々に基づく複数種類の音波は、それぞれ時間差を設けて発信してもよいし、全てを合成して同時に発信してもよい。
【0035】
なお、送波器16より発信される音波は、変調波MwをD/A変換したものであり、変調波Mwは、搬送波CをBPSK方式で変調したものであるから、その周波数帯域は、搬送波Cと同じ周波数帯域となる。
【0036】
なお、送波器16は、
図1で示すように、浮き63を利用して水中に吊り下げてもよいし、起重機船60より直接水中に吊り下げてもよい。また、指令入力部11、変調部14、発振部12、搬送波選択部13及びアンプ15は、起重機船60に搭載しておくとよい。また、本実施の形態では、アンプ15と送波器16とを有線接続しているが、無線接続であってもよい。
【0037】
さらに、指令情報発信装置10は、
図2で示すように、海中雑音Nを検知・解析するための雑音検知部19を備えている。雑音検知部19は、ノイズ集音用受波器17、ウェーブレット変換部18と、を備えている。なお、海中雑音Nとは例えば、船舶のエンジン音や通過音等の人工的な騒音や、海底の地殻変動や渦等により生じる自然発生音等、海中で生じるものであって水中無線通信では海中ノイズとして取り扱わられるあらゆる雑音を指す。
【0038】
ノイズ集音用受波器17は、受波専用トランスデューサを採用し、
図1で示すように、送波器16とともに浮き63を利用して水中に吊り下げられて、もしくは、起重機船60より直接水中に吊り下げられている。このように設置されるノイズ集音用受波器17は、
図2で示すように、海中雑音Nを集音し、A/D変換して有線接続もしくは無線接続されたウェーブレット変換部18に出力する。
【0039】
ウェーブレット変換部18は、入力された海中雑音Nから時間情報(例えば、海中雑音Nの発生場所)と周波数情報Nfを取得し、少なくとも周波数情報Nfを有線接続もしくは無線接続された搬送波選択部13に出力する。
【0040】
すると、搬送波選択部13は、発振部12から入力された複数の基準波W各々のうち、周波数情報Nfから取得した海中雑音Nもしくはその高調波の周波数成分のいずれとも異なる周波数帯域に属するものを、搬送波Cとして適宜選択し、これを変調部14に出力する。
【0041】
これにより、水中制御システム100を利用して水中吊荷旋回装置50を制御するにあたって、水中音響通信の障害となる様々な海中雑音Nのうち、少なくとも雑音検知部19にて周波数情報Nfが取得できたものに起因して、通信障害を引き起こす可能性を排除することができる。
【0042】
<機械制御装置>
一方、機械制御装置20は、
図1で示すように、水中吊荷旋回装置50の外殻51に設置されており、その構成は、
図2で示すように、受波器21、周波数ダイバーシティ部22、アンプ23、復調部24、及び制御部25を備える。
【0043】
受波器21は、海中の様々な音波を集音し、A/D変換して入力電気信号Ms’とする受波専用トランスデューサであり、本実施の形態では、可聴域に対応可能なハイドロフォンを採用している。これら受波器21で集音する音波は、送波器16から発信された、複数の変調波Mwに基づく複数種類の音波に加えて、前述した様々な海中雑音Nが含まれている。
【0044】
また、送波器16から発信した音波であっても、海中雑音Nや海中で生じる様々な現象を受けて、音波が崩れている場合が想定される。なお、様々な現象とは、例えば、ドップラーシフトやマルチパスフェージングと称される現象が挙げられる。
【0045】
ドップラーシフトとは、海中に配置された送波器16と受波器21の間で、波や潮流等に起因する揺れにより生じる相対的な速度差により、送波器16から発信された音波を受波器21で受信した際に、音波の周波数帯域が変化している現象である。また、マルチパスフェージングは、送波器16から発信された音波を受波器21で受信した際、受信強度が変動した現象である。
【0046】
つまり、送波器16から発信された音波は、直進する経路をたどって受波器21に到達するものに加えて、
図1で示すように、海面や海底もしくは護岸R等の構造物で反射・回折する経路をたどって受波器21に到達するものも、複数存在する。マルチパスフェージングはこれにより生じる現象であり、複数の伝搬経路を経た音波どうしが干渉しあって、受信強度を大小に変動させる。
【0047】
したがって、A/D変換した入力電気信号Ms’をそのまま復調しても、指令情報Mを精度よく抽出できない場合が想定される。そこで、本実施の形態では、受波器21で受信した入力電気信号Ms’を、有線接続もしくは無線接続された周波数ダイバーシティ部22に出力する。
【0048】
周波数ダイバーシティ部22は、搬送波選択部13で選択された複数の搬送波C各々の搬送波周波数帯域、及び搬送波C各々の高調波(基本周波数の波形に対し、その整数倍の周波数の波形をいう)の周波数帯域を利用して、入力された入力電気信号Ms’の質を連続的に解析する。そして、入力電気信号Ms’のうち、搬送波Cもしくはその高調波に由来するものとして最も信頼できる信号を、変調波Mwもしくはその高調波に相当する処理済電気信号Msとして抽出し、有線接続もしくは無線接続されたアンプ23に出力する。
【0049】
また、周波数ダイバーシティ部22では、搬送波Cの搬送波周波数帯域及び搬送波Cの高調波の周波数帯域に対して、ドップラーシフトが生じた際に想定されるシフト量に応じた幅を持たせ、これを利用して電気信号Msの質を連続的に解析する。
【0050】
これにより、送波器16より送信した複数種類の音波のうち、海中雑音Nやマルチパスフェージング等の現象による影響を受けて、いずれかが崩れた状態にある場合、もしくはドップラーシフトに起因して周波数帯域が変化した場合等、いずれにあっても、受波器1で受信した音波の中から、変調波Mwもしくはその高調波に相当する処理済電気信号Msを、取得することが可能となる。
【0051】
アンプ23は、変調波Mwもしくはその高調波に相当する処理済電気信号Msを増幅して、有線接続もしくは無線接続された復調部24に出力する。復調部24は、増幅された処理済電気信号Msを復調し、指令入力部11で入力された動作指令に係る指令情報Mを取得して、有線接続もしくは無線接続された制御部25に出力する。制御部25は、復調部24で抽出された指令情報Mに基づいて、水中吊荷旋回装置50の動作を制御する。
【0052】
こうして水中制御システム100は、水中音響通信技術を利用して、指令情報発信装置10に入力された水中吊荷旋回装置50に対する水上作業員Sの動作指令を指令情報Mとして海中に発信し、また、これを機械制御装置20で受信することにより、水中吊荷旋回装置50の動作を指令情報Mに基づいて制御することが可能となる。
【0053】
≪水中制御システムを用いた水中吊荷旋回装置の制御方法≫
上記の構成を有する水中制御システム100を用いて、水中吊荷旋回装置50を制御する際の具体的な手順を、以下に説明する。
【0054】
まず、水中吊荷旋回装置50を制御するにあたって実施する準備工程を、
図2及び
図3を参照しつつ説明するが、本実施の形態では、搬送波Cの候補となる基準波Wを8つ準備する場合を事例に挙げることとする。
【0055】
図3で示すように、可聴域内(一般に、20Hzから20kHzの間)における所定の範囲から、周波数帯域が異なる例えば8個の基準波W(W1、W2、・・、W8)を作成するよう、指令情報発信装置10の発振部12を設定しておく。
【0056】
本実施の形態では、のちにBPSK方式で変調され音波として発信される搬送波Cに使用される基準波W(W1、W2、・・・、W8)の周波数帯域、つまりは搬送波周波数帯域を、可聴域のなかでも100Hz以上20kHz以下の範囲で作成することが好ましい。
【0057】
これは、20kHzを超えると、魚群探知や海底地形計測等で採用されている周波数帯域と錯綜しやすく、また、100Hzを下回ると、波長が長いことに起因してデータ送信に長時間を要することから、水中音響通信に不適であるだけでなく、長時間通信により送波器16の破損を生じさせやすく、機械的にも不利となりやすいことに起因する。
【0058】
なお、BPSK方式で変調され音波として発信される搬送波Cの搬送波周波数帯域の設定範囲は、500Hz以上10kHz以下がより好ましい。
【0059】
これは、10kHzを超えると、前述したドップラーシフトによる影響を受けやすく、送波器16と受波器21との間に生じる相対的な速度差が微小な場合にも、周波数の変化量(シフト量)が大きくなる。このような場合、機械制御装置20の受波器21で集音した音波の入力電気信号Ms’から、変調波Mwもしくはその変調波に相当する処理済電気信号Msを抽出する作業が煩雑で、水中制御システム100における無線通信の安定性確保が困難となりやすい。
【0060】
また、10kHzを超えると、前述したマルチパスフェージングと称される受信強度の変動が生じやすく、送波器16から発信された音波を、受波器21で受信できない事態が生じやすい。一方、100Hz~500Hzの周波数帯域は、船舶のエンジン音等の海中雑音と錯綜しやすいことに起因する。
【0061】
このため、本実施の形態では
図3で示すように、発振部12において、100Hz以上20kHz以下の範囲のなかでも、特に好適な500Hz以上10kHz以下の範囲から所定の帯域幅でチャンネル化した基準波W(W1、W2、・・・、W8)を、8つ形成する。なお、基準波Wの帯域幅はいずれでもよいが、搬送波周波数帯域の帯域幅として、1~2kHz程度が好ましいことから、本実施の形態では事例として、基準波Wに1kHzの帯域幅を持たせている。
【0062】
上記の準備工程が終了した後、水上作業員Sが指令情報発信装置10から機械制御装置20に向けて、指令情報Mを音波として発信する。以下にその手順を、
図4のフローに従って説明する。
【0063】
水上作業員Sは、海中に配備した監視用カメラやダイバー等水中作業員Dから取得した情報に基づいて、コンクリートブロックBの位置や姿勢を確認しながら、指令情報発信装置10の指令入力部11を適宜操作して、水中吊荷旋回装置50に「右回転」、「左回転」、「停止」、「ニュートラル」のうちのいずれか1つの動作指令を入力し、指令情報Mとして変調部14に出力する(Step1)。
【0064】
指令情報Mの出力と同時に、もしくはこれと前後して、水中で吊り下げられたノイズ集音用受波器17で、海中雑音Nの検知を試みる(Step2)。
【0065】
海中雑音Nが検知された場合には、上述したウェーブレット変換部18により海中雑音Nの周波数情報Nfを取得し、搬送波選択部13に出力する。そして、周波数情報Nf基づいて、基準波W(W1、W2、・・・、W8)のうち海中雑音Nもしくはその高調波の周波数成分に該当しない周波数帯域の搬送波Wを、変調部14に出力する(Step3)。
【0066】
例えば
図3では、搬送波選択部13が、8個の基準波W(W1、W2、・・・、W8)のうち、海中雑音Nもしくはその高調波の周波数成分に該当するものが、基準波W(W2、W4、W6、W7,W8)と5個存在していると判断し、これらを除去した残りの3個の基準波W(W1、W3、W5)を、搬送波(C1、C2、C3)として選択し、変調部14に出力している。
【0067】
一方、海中雑音Nが検知されない場合には、8個の基準波W(W1、W2、・・・、W8)の全てを変調部14に出力してもよいし、任意に複数個を選択してもよい(Step4)。
【0068】
なお、搬送波選択部13で搬送波Cとして選択された基準波Wの周波数帯域は搬送波周波数帯域となる。そして、搬送波Cは、周波数を変化させないBPSK方式で変調されて音波として発信されるから、これらの情報は、変調部14だけでなく機械制御装置20の周波数ダイバーシティ部22にも併せて出力しておく。
【0069】
次に、変調部14において、3つの搬送波(c1、c2、c3)各々と水中吊荷旋回装置50の動作指令に係る指令情報Mを混合するべく、BPSK方式で変調し、3つの変調波(Mw1、Mw2、Mw3)を取得する(Step5)。
【0070】
こののち、3つの変調波Mw(Mw1、Mw2、Mw3)各々をアンプ15で増幅し、送波器16でD/A変換して音波とし、海中に位置する機械制御装置20の受波器21に向けて発信する。3つの変調波Mw(Mw1、Mw2、Mw3)各々に基づく3種類の音波は、それぞれ時間差を設けて海中に向けて発信し、これを複数回にわたって繰り返す。
【0071】
こうして、海中に向けて発信された3種類の音波は、前述したように、機械制御装置20の受波器21でA/D変換されて、周波数ダイバーシティ部22を経て復調部24に出力される。そして、指令情報発信装置10の指令入力部11を介して入力した指令情報Mが取得される。
【0072】
これにより、制御部25は、指令情報Mに基づいて、水中吊荷旋回装置50を制御するから、水中吊荷旋回装置50は、水上作業員Sの動作指令に対応した、「右回転」、「左回転」、「停止」、「ニュートラル」のいずれかの動作を行うことが可能となる。
【0073】
上記の水中制御システム100を使用した場合の通信距離について、以下のとおり実験を行った。実験は、搬送波Cの搬送波周波数帯域を1kHz、変調方式を前述したBPSK方式、出力を10mWに設定し、機械制御装置20の受波器21を、指令情報発信装置10の送波器16から離間する方向に順次移動させ、約5mおきに受信レベルの減衰量を計測した。
【0074】
図5をみると、通信距離が大きくなるごとに変化する受信レベルの減衰は緩やかであり、38m程度離れた地点で減衰量が105db程度と、一般的に受信限界とされる120dbまでの減衰は見られなかった。これにより、機械制御装置20を設置した水中吊荷旋回装置50と、指令情報発信装置10の送波器16とを、少なくとも40m程度まで離間させても、水中制御システム100により水中吊荷旋回装置50を制御できることが分かる。
【0075】
なお、本実施の形態では、水上作業員Sが水中吊荷旋回装置50を制御する場合を事例に挙げたが、必ずしもこれに限定されるものではなく、海中で作業を行うダイバー等の水中作業員Dが制御してもよい。この場合には、
図6で示すように、指令入力部11、発振部12、搬送波選択部13、変調部14、アンプ15、及び送波器16を一体に備えた指令情報発信装置10を、水中作業員Dに携帯させるとよい。
【0076】
上記のとおり、水中制御システム100では、可聴域のなかでも100Hz以上20kHz以下の範囲、好ましくは、500Hz以上10kHz以下の範囲で設定した搬送波Cを使用する。これにより、水中音響通信で使用される30~40kHz程度の可聴域をはるかに超える超音波を使用する場合と比較して、ドップラーシフト、マルチパスフェージングといった通信障害を受ける環境下にあっても、その影響を最小限にとどめることができ、水中音響通信の安定性をより向上させることが可能となる。
【0077】
また、水質に依存することなく様々な水環境の作業現場において、水中吊荷旋回装置50を確実に制御することが可能となる。したがって、例えば濁度の高い水中において、指令情報発信装置10を携帯したダイバー等の水中作業員Dが、水中吊荷旋回装置50を制御する場合であっても、水中作業員Dと水中吊荷旋回装置50との間に一定距離を保って安全に、水中吊荷旋回装置50を制御することが可能となる。
【0078】
さらに、指令情報発信装置10は、少なくとも指令情報Mを発信する送波器16を水中に配置すれば、水中吊荷旋回装置50に設けた機械制御装置20との間で水中音響通信を行うことができる。したがって、現場作業員は、水中でなくとも船上や陸上から水中吊荷旋回装置50の動作指令を指令情報発信装置10に入力することにより、水中吊荷旋回装置50を制御できる。
【0079】
よって、ダイバー等の水中作業員Dによる潜水作業時間を削減する、もしくは水中作業員Dの省人化を図るなど、現場作業員の作業性及び安全性を向上することが可能となる。
【0080】
また、雑音検知部19を利用して、作業現場で生じる海中雑音Nの周波数情報Nfを取得できるため、周波数情報Nfに基づいて、海中雑音Nとは異なる搬送波周波数帯域を有する搬送波Cを使用して指令情報Mを搬送できる。これにより、水中音響通信の障害となる様々な海中雑音Nのうち、少なくとも周波数情報Nfが取得できたものに起因して、通信障害を引き起こす可能性を排除することができる。
【0081】
本発明の建設機械の水中制御システム100は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。
【0082】
例えば、本実施の形態では、基準波Wを8種類選択し、その中から搬送波Cを3種類選択したが、基準波W及び搬送波Cのいずれについても、その数量はこの数値に限定されるものではない。なお、複数の基準波Wは、互いに周波数帯域における中心周波数が、整数倍の関係とならないものを選択するとよい。
【0083】
また、水中制御システム100の指令情報発信装置10に雑音検知部19を設けたが、雑音検知部19は必ずしも備えなくてもよい。
【符号の説明】
【0084】
100 水中制御システム
10 指令情報発信装置
11 指令入力部
12 発振部
13 搬送波選択部
14 変調部
15 アンプ
16 送波器
17 ノイズ集音用受波器
18 ウェーブレット変換部
19 雑音検知部
20 機械制御装置
21 受波器
22 周波数ダイバーシティ部
23 アンプ
24 復調部
25 制御部
50 水中吊荷旋回装置(建設機械)
51 外殻
52 シャックル
53 吊り治具
60 起重機船
61 クレーン
62 ワイヤー
63 浮き
B コンクリートブロック
R 護岸
S 水上作業員
D 水中作業員
M 指令情報
W 基準波
C 搬送波
Mw 変調波
Ms’ 入力電気信号
Ms 処理済電気信号
N 海中雑音(水中雑音)
Nf 周波数情報