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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-24
(45)【発行日】2024-07-02
(54)【発明の名称】測定装置および測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01R 33/24 20060101AFI20240625BHJP
   G01R 33/02 20060101ALI20240625BHJP
   G01N 24/00 20060101ALI20240625BHJP
   G01N 24/08 20060101ALI20240625BHJP
【FI】
G01R33/24
G01R33/02 A
G01N24/00 E
G01N24/08 510D
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2021546597
(86)(22)【出願日】2020-09-03
(86)【国際出願番号】 JP2020033470
(87)【国際公開番号】W WO2021054141
(87)【国際公開日】2021-03-25
【審査請求日】2023-04-24
(31)【優先権主張番号】P 2019168515
(32)【優先日】2019-09-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、文部科学省 科学技術試験研究委託事業、「固体量子センサの高度制御による革新的センサシステムの創出」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000107804
【氏名又は名称】スミダコーポレーション株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】水落 憲和
(72)【発明者】
【氏名】ヘルブスレブ エンスト デイヴィッド
【審査官】島田 保
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2015/0048822(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第108646203(CN,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0090033(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2010/0308813(US,A1)
【文献】特開2012-103171(JP,A)
【文献】E.D.Herbschleb, et al.,Ultra-long coherence times amongst room-temperature solid-state spins,Nature Communications,2019年08月28日,10,Article number:3766
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01R 33/00-33/26
G01N 24/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象との相互作用により変化する量子センサ素子の電子スピン状態を操作するための電磁波を、π/2パルス間の時間τが前記測定対象の物理量の強度に応じた可変値であり前記時間τが異な複数のパルスシーケンスにて、前記量子センサ素子に繰り返し照射する照射部と、
前記測定対象と相互作用した後の、複数の前記パルスシーケンスによる複数の前記電子スピン状態に基づいて、前記測定対象の前記物理量を算出する物理量測定部と、
を備える、測定装置。
【請求項2】
前記物理量測定部は、複数の前記パルスシーケンスによる複数の前記電子スピン状態を、推測統計学の手法に基づいて組み合わせて、前記物理量を算出する、請求項に記載の測定装置。
【請求項3】
前記推測統計学の手法はベイズ推定である、請求項に記載の測定装置。
【請求項4】
前記パルスシーケンスは、
量子化軸に沿った電子スピンを、前記量子化軸に垂直な平面に傾ける第1のπ/2パルスの照射と、
前記第1のπ/2パルスから第1の時間τ後に、前記測定対象との相互作用により位相緩和された前記電子スピンを前記平面内において反転させるπパルスの照射と、
前記πパルスから第2の時間τ後に、位相緩和された前記電子スピンを前記量子化軸に射影する第2のπ/2パルスの照射と、
を含み、
前記第1の時間τおよび前記第2の時間τは、前記測定対象の前記物理量の強度に応じた可変値である、請求項1からのいずれか一項に記載の測定装置。
【請求項5】
前記パルスシーケンスは、
量子化軸に沿った電子スピンを、前記量子化軸に垂直な平面に傾ける第3のπ/2パルスの照射と、
前記第3のπ/2パルスから第3の時間τ後に、前記測定対象との相互作用により位相緩和された前記電子スピンを前記量子化軸に射影する第4のπ/2パルスの照射と、
を含み、
前記第3の時間τは、前記測定対象の前記物理量の強度に応じた可変値である、請求項1からのいずれか一項に記載の測定装置。
【請求項6】
前記物理量測定部は、
前記測定対象と相互作用した後の前記電子スピン状態の位相の情報を読み出すための光を、前記量子センサ素子に照射する光照射部と、
前記光の照射によって前記量子センサ素子に生じる変化を検出する検出部と、
前記検出された変化から前記位相の情報を読み出し、読み出した前記位相の情報に基づいて前記物理量を算出するデータ処理部と、
を備える、請求項1からのいずれか一項に記載の測定装置。
【請求項7】
前記量子センサ素子は、色中心を有するセンサ素子である、請求項1からのいずれか一項に記載の測定装置。
【請求項8】
前記色中心は、炭素原子を置換した窒素(N)と前記窒素に隣接する空孔(V)との複合体である、請求項に記載の測定装置。
【請求項9】
前記物理量測定部は、電子スピンとの相互作用に関連する前記物理量として、磁場、電場、温度および力学量のうち、少なくとも一つを算出する、請求項1からのいずれか一項に記載の測定装置。
【請求項10】
測定対象との相互作用により変化する量子センサ素子の電子スピン状態を操作するための電磁波を、π/2パルス間の時間τが前記測定対象の物理量の強度に応じた可変値であり前記時間τが異な複数のパルスシーケンスにて、前記量子センサ素子に繰り返し照射するステップと、
前記測定対象と相互作用した後の、複数の前記パルスシーケンスによる複数の前記電子スピン状態に基づいて、前記測定対象の前記物理量を算出するステップと、を含む、測定方法。
【請求項11】
前記物理量を算出するステップは、
前記測定対象と相互作用した後の前記電子スピン状態の位相の情報を読み出すための光を、前記量子センサ素子に照射するステップと、
前記光の照射によって前記量子センサ素子に生じる変化を検出するステップと、
前記検出された変化から前記位相の情報を読み出し、読み出した前記位相の情報に基づいて前記物理量を算出するステップと、
を含む、請求項10に記載の測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子センサを用いる測定装置および測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンドの結晶構造において、窒素-空孔中心と呼ばれる複合欠陥が見られることがある。この窒素-空孔中心は、結晶格子の炭素原子の位置に置き換わる形で入った窒素原子と、その窒素原子の隣接位置に存在する(炭素原子が抜けている)空孔との対からなるもので、NV中心(Nitrogen Vacancy center)とも呼ばれている。ダイヤモンドの結晶構造には、NV中心以外にも、珪素-空孔中心(Silicon Vacancy center)と呼ばれる複合欠陥や、ゲルマニウム-空孔中心(Germanium Vacancy center)と呼ばれる複合欠陥が見られることがあり、NV中心を含むこれら複合欠陥は、色中心と呼ばれている。
【0003】
NV中心は、空孔に電子が捕獲された状態(負電荷状態、以下「NV」と呼ぶ)においては、電子スピンと呼ばれる磁気的な性質を示す。このNVは、電子が捕獲されていない状態(中性状態、以下「NV」と呼ぶ)に比べて、長い横緩和時間(デコヒーレンス時間、以下「T」と呼ぶ)を示す。つまり、NVの電子スピン状態は、外部磁場の縦方向(以下、「量子化軸」と呼ぶ)に揃えた電子スピンの磁化を横方向に傾けた後、個々のスピンの歳差運動が原因となり個々の向きがずれていって、全体としての横磁化が消失するまでの時間が長い。また、NVは、室温(約300K)下であっても長いT値を示す。
【0004】
NVの電子スピン状態は外部の磁場に反応して変化し、この電子スピン状態の測定も室温下で可能であるため、NV中心を含むダイヤモンドは、磁場センサ素子の材料として利用できる。
【0005】
例えば特許文献1には、ダイヤモンド中の電子スピンによる磁気共鳴により、交流磁場を測定する方法が開示されている。スピンには、スピンエコー法に基づくパルスシーケンスが与えられている。
【0006】
例えば特許文献2には、ダイヤモンド中の電子スピンに対する光検出磁気共鳴(Optically Detected Magnetic Resonance: ODMR)法により、交流磁場を測定する方法が開示されている。NV中心はレーザ光により励起され、NV中心から放出される蛍光強度の変化を測定することにより、スピン状態に関する磁気共鳴信号(位相情報)が検出される。
【0007】
磁場センサ素子として利用されているセンサには、ダイヤモンドの色中心を用いたセンサ以外にも、例えば炭化ケイ素(SiC)中の色中心を用いたセンサや、光ポンピング磁力計(optically pumped atomic magnetometer, OPM)、超伝導量子干渉計(superconducting quantum interference device, SQUID)等の種々の種類が存在する。これらダイヤモンドの色中心、炭化ケイ素の色中心、光ポンピング磁力計、および超伝導量子干渉計は、量子効果を利用して物理量を計測していることから、量子センサと呼ばれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2012-103171号公報
【文献】特開2017-75964号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ダイヤモンド中の色中心を用いた磁場センサは非常に高感度であるため、微弱な磁場を測定することができる。しかしながら、スピンエコー法に基づくパルスシーケンスを用いた磁気共鳴法により測定可能な磁場等の範囲は、予め所定の範囲(例えば、5×10程度の範囲)に制限されており、測定可能な範囲を超えた磁場等を検出することはできない。
【0010】
例えば、或るデバイスにおける過電流による故障の有無を、磁場を測定することにより未然に検出しようとする場合を想定する。このような場合、デバイスが故障に至ろうとするサインである、僅かな漏れ電流の発生による磁場と共に、デバイスの故障による大きな過電流の発生による磁場を、一度に測定することが求められる。しかしながら、磁場センサが測定可能な磁場強度の範囲が狭く、漏れ電流による磁場の強度および過電流による磁場の強度の両方を測定可能範囲内に含んでいない場合、このような測定を行うことはできず、故障の有無を未然に検出することはできない。ダイヤモンド中の色中心をセンサに用いる磁場等の測定において、測定可能な磁場等の範囲を拡大すること、すなわち測定可能な磁場等のダイナミックレンジを拡大することが求められている。
【0011】
本発明は、量子センサを用いる測定において、センサ感度を維持しながら、測定可能な物理量の範囲を拡大することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するための本発明は、例えば以下に示す態様を含む。
(項1)
測定対象との相互作用により変化する量子センサ素子の電子スピン状態を操作するための電磁波を、π/2パルス間の時間τが可変値であるパルスシーケンスにて、前記量子センサ素子に照射する照射部と、
前記測定対象と相互作用した後の前記電子スピン状態に基づいて、前記測定対象の物理量を算出する物理量測定部と、
を備える、測定装置。
(項2)
前記照射部は、操作用の前記電磁波を、前記π/2パルス間の前記時間τが異なる複数のパルスシーケンスにて、前記量子センサ素子に照射する、項1に記載の測定装置。
(項3)
前記物理量測定部は、複数の前記パルスシーケンスによる複数の前記電子スピン状態を、推測統計学の手法に基づいて組み合わせて、前記物理量を算出する、項2に記載の測定装置。
(項4)
前記推測統計学の手法はベイズ推定である、項3に記載の測定装置。
(項5)
前記パルスシーケンスは、
量子化軸に沿った電子スピンを、前記量子化軸に垂直な平面に傾ける第1のπ/2パルスの照射と、
前記第1のπ/2パルスから第1の時間τ後に、前記測定対象との相互作用により位相緩和された前記電子スピンを前記平面内において反転させるπパルスの照射と、
前記πパルスから第2の時間τ後に、位相緩和された前記電子スピンを前記量子化軸に射影する第2のπ/2パルスの照射と、
を含み、
前記第1の時間τおよび前記第2の時間τは、前記測定対象の前記物理量の強度に応じた可変値である、項1から4のいずれか一項に記載の測定装置。
(項6)
前記パルスシーケンスは、
量子化軸に沿った電子スピンを、前記量子化軸に垂直な平面に傾ける第3のπ/2パルスの照射と、
前記第3のπ/2パルスから第3の時間τ後に、前記測定対象との相互作用により位相緩和された前記電子スピンを前記量子化軸に射影する第4のπ/2パルスの照射と、
を含み、
前記第3の時間τは、前記測定対象の前記物理量の強度に応じた可変値である、項1から4のいずれか一項に記載の測定装置。
(項7)
前記物理量測定部は、
前記測定対象と相互作用した後の前記電子スピン状態の位相の情報を読み出すための光を、前記量子センサ素子に照射する光照射部と、
前記光の照射によって前記量子センサ素子に生じる変化を検出する検出部と、
前記検出された変化から前記位相の情報を読み出し、読み出した前記位相の情報に基づいて前記物理量を算出するデータ処理部と、
を備える、項1から6のいずれか一項に記載の測定装置。
(項8)
前記量子センサ素子は、色中心を有するセンサ素子である、項1から7のいずれか一項に記載の測定装置。
(項9)
前記色中心は、炭素原子を置換した窒素(N)と前記窒素に隣接する空孔(V)との複合体である、項8に記載の測定装置。
(項10)
前記物理量測定部は、電子スピンとの相互作用に関連する前記物理量として、磁場、電場、温度および力学量のうち、少なくとも一つを算出する、項1から9のいずれか一項に記載の測定装置。
(項11)
測定対象との相互作用により変化する量子センサ素子の電子スピン状態を操作するための電磁波を、π/2パルス間の時間τが可変値であるパルスシーケンスにて、前記量子センサ素子に照射するステップと、
前記測定対象と相互作用した後の前記電子スピン状態に基づいて、前記測定対象の物理量を算出するステップと、
を含む、測定方法。
(項12)
前記物理量を算出するステップは、
前記測定対象と相互作用した後の前記電子スピン状態の位相の情報を読み出すための光を、前記量子センサ素子に照射するステップと、
前記光の照射によって前記量子センサ素子に生じる変化を検出するステップと、
前記検出された変化から前記位相の情報を読み出し、読み出した前記位相の情報に基づいて前記物理量を算出するステップと、
を含む、項11に記載の測定方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によると、量子センサを用いる測定において、センサ感度を維持しながら、測定可能な物理量の範囲を拡大することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の一実施形態に係る測定装置の概略的な構成を模式的に示す図である。
図2】本発明の一実施形態に係る測定方法により交流磁場をセンシングする場合のパルスシーケンスである。
図3】本発明による測定原理を説明するための図である。
図4】本発明による測定原理を説明するための図である。
図5】本発明の一実施形態に係る測定方法の手順を示すフローチャートである。
図6】交流磁場をセンシングする場合の詳細な手順を示すフローチャートである。
図7】本発明の一実施形態に係る測定方法により静磁場をセンシングする場合のパルスシーケンスである。
図8】静磁場をセンシングする場合の詳細な手順を示すフローチャートである。
図9】実施例1における交流磁場の強度の測定結果を示すデータである。
図10】実施例1における静磁場の強度の測定結果を示すデータである。
図11】実施例2における測定感度と測定時間との関係を示すグラフである。
図12】実施例3における測定感度と測定時間との関係を示すシミュレーション値のグラフである。
図13】実施例4における交流磁場の強度の測定結果を示すデータである。
図14】ダイヤモンドのNV中心における電子のエネルギー準位を模式的に示す図である。
図15】光検出磁気共鳴法を用いた既存の手法により交流磁場をセンシングする場合のパルスシーケンスである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態を、添付の図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の説明および図面において、同じ符号は同じまたは類似の構成要素を示すこととし、よって、同じまたは類似の構成要素に関する重複した説明を省略する。
【0016】
なお、本明細書において、物理量(physical quantity)とは、物理学における一定の体系の下で次元が確定し、定められた物理単位の倍数として表すことができる量を意味する。物理量の一例としては、例えば、磁場、電場、温度および力学量(力学的なストレス、圧力等)が挙げられる。磁場、電場および力学量は、時間と共に変化しない物理量と、時間と共に方向が変化を繰り返す物理量とを含む。すなわち、磁場は、静磁場および交流磁場を含み、電場は、静電場および交流電場を含み、力学量は、静的な力学量および交流力学量を含む。
[第1の実施形態]
【0017】
本発明の第1の実施形態では、測定対象の物理量の一例として、測定対象から発生している交流磁場(alternating magnetic field)の強度を測定する場合について説明する。
[装置構成]
【0018】
図1は、本発明の一実施形態に係る測定装置10の概略的な構成を模式的に示す図である。
【0019】
測定装置10は、センサ素子1と、照射部2と、物理量測定部3とを備える。一例として、本実施形態では、共焦点レーザ顕微鏡を測定装置10の構成に用いることができる。
【0020】
センサ素子1は量子センサの素子である。本実施形態では、センサ素子1は、色中心を有しているダイヤモンドの結晶であり、色中心としてNV中心を用いる。NV中心は、炭素原子を置換した窒素(N)と、窒素に隣接する空孔(V)との複合体(複合欠陥)である。センサ素子1は、本実施形態では、測定装置10のプローブ11先端に取り付けられている。
【0021】
センサ素子1の電子スピン状態は、測定対象9との相互作用8により変化を受ける。本実施形態では、相互作用8は交流磁場による相互作用である。相互作用8が交流磁場による場合には、センサ素子1の色中心の電子スピン状態は、測定対象9から発生している交流磁場の強度に応じた状態となる。
【0022】
照射部2は、操作用電磁波照射部21を備える。本発明では、センサ素子1の電子スピン状態を操作するための電磁波は、パルス化された形式でセンサ素子1に照射される。操作用電磁波照射部21は、操作用の電磁波を、π/2パルス間の時間τが可変値であるパルスシーケンスにて、センサ素子1に照射する。好ましくは、操作用電磁波照射部21は、操作用の電磁波を、π/2パルス間の時間τが異なる複数のパルスシーケンスにて、センサ素子1に照射する。操作用電磁波照射部21が照射するパルスシーケンスについては、図2を参照して後述する。操作用電磁波照射部21には、公知のマイクロ波(microwave, MW)発振器を用いることができる。
【0023】
物理量測定部3は、測定対象9と相互作用した後のセンサ素子1の電子スピン状態に基づいて、測定対象9の物理量を算出する。好ましくは、物理量測定部3は、π/2パルス間の時間τが異なる複数のパルスシーケンスによる複数の電子スピン状態を、推測統計学の手法に基づいて組み合わせて物理量を算出する。本実施形態では、物理量測定部3は、測定対象9から発生している交流磁場の強度を算出する。物理量測定部3は、光照射部31と、検出部32と、データ処理部33とを備える。
【0024】
光照射部31は、測定対象9と相互作用した後のセンサ素子1の電子スピン状態の位相情報を読み出すための光を、センサ素子1に照射する。また、光照射部31は、センサ素子1の電子スピン状態を初期化するための光をセンサ素子1に照射する。光照射部31には、例えば種々の公知のレーザ発生装置を用いることができる。任意の構成として、光照射部31は、音響光学変調素子(Acoustic Optical Modulator: AOM)を備えることができる。
【0025】
検出部32は、センサ素子1に生じる変化を検出する。本実施形態では、検出部32は、センサ素子1から放出される光を検出することにより、公知の光検出磁気共鳴(Optically Detected Magnetic Resonance: ODMR)法により、磁気共鳴の信号を発光強度の変化として検出する。この場合、検出部32には、例えば公知のフォトダイオードを用いることができる。フォトダイオードには、例えばアバランシェフォトダイオードを用いることができる。
【0026】
なお、本実施形態では、照射部2において操作用の電磁波をパルス化した形式で照射している。よって、本実施形態では、具体的にはPulsed Optically Detected Magnetic Resonance(pODMR)法による検出を行う。
【0027】
データ処理部33は、検出部32と接続され、検出部32にて検出された変化から測定対象9と相互作用した後のセンサ素子1の電子スピン状態の位相情報を読み出し、読み出した位相情報に基づいて測定対象9の物理量を算出する。本実施形態では、データ処理部33は、測定対象9から発生している交流磁場の強度を算出する。データ処理部33には、例えば公知の汎用コンピュータや、スマートフォン等の種々の情報端末装置を用いることができる。
【0028】
データ処理部33は、測定装置10と一体化されて構成されていてもよいし、または図示するように、測定装置10の外部に設けられて、ネットワーク99を介して測定装置10と接続されていてもよい。
[測定原理]
【0029】
図14は、ダイヤモンドのNV-中心における電子のエネルギー準位を模式的に示す図である。
【0030】
本実施形態では、センサ素子1としてダイヤモンドのNV中心を用いる。NV中心の基底状態は磁気量子数m=-1,0,+1のスピン三重項状態であり、室温における定常状態では、基底状態において全ての準位は等しく分布している。
【0031】
基底状態にある磁気量子数m=0の電子は、波長が532nm(緑色)のレーザ光を照射されると励起状態へと遷移し、赤色の蛍光を放出して、磁気量子数m=0の基底状態に緩和する。
【0032】
一方、基底状態にある磁気量子数m=0の電子は、共鳴周波数が2.87GHzのマイクロ波を照射されると、電子スピン共鳴(ESR)が生じ、磁気量子数m=±1の二重縮退した基底状態へ遷移する。このような基底状態にある磁気量子数m=±1の電子は、波長が532nm(緑色)のレーザ光を照射されると励起状態へと遷移し、その後、ある一定の確率で、磁気量子数m=0の基底状態に戻る。このような一連の過程は、蛍光を放出しない無輻射での遷移である。
【0033】
このように、赤色の蛍光を放出する過程は、磁気共鳴が生じて、電子が磁気量子数m=±1の基底状態にある場合に起こり難くなる。また、磁気量子数m=±1の二重縮退した基底状態は、ゼーマン分裂により外部磁場の強度に比例して分離されるため、蛍光強度も電子が磁気量子数m=±1のどちらの状態であるかに応じて変化する。よって、マイクロ波の周波数を2.87GHz前後で掃引した際の、赤色の蛍光強度が低下した点として、磁気共鳴信号を検出することができる。
<既存の手法によるパルスシーケンス>
【0034】
図15は、光検出磁気共鳴法を用いた既存の手法により交流磁場をセンシングする場合のパルスシーケンスである。図15に示す操作用の電磁波のパルスシーケンスは、スピンエコー法のハーンエコー法に基づくパルスシーケンスである。
【0035】
状態Iは、レーザ光の照射により電子スピンを初期化した状態を表している。量子状態を単位球面上に表す表記法であるBloch球において、電子スピンは、量子化軸であるz軸に沿った方向に揃っている。
【0036】
次いで、状態IIにおいてπ/2パルスを照射することにより、量子化軸に沿った電子スピンを、量子化軸に垂直な平面に傾ける操作を行う。電子スピンはxy平面に倒される。その後、xy平面に倒された電子スピンは、状態IIIにおいて、所定の時間τの間に、交流磁場および静磁場との相互作用によって位相緩和する。相互作用の強さは、電子スピンが感じる磁場の強度に対応している。
【0037】
状態IIIにおいて所定の時間τが経過した後、状態IVにおいてπパルスを照射することにより、測定対象との相互作用により位相緩和された電子スピンを、平面内において反転させる操作を行う。状態IIIから状態IVにおいて、電子スピンは、xy平面において回転している。この際、反転後の状態Vにおいて、電子スピンが再収束することにより、静磁場成分は打ち消されるが、交流磁場成分は、状態IIIのときと比べて強度が反転しているため打ち消されない。
【0038】
状態Vにおいて所定の時間τがさらに経過した後、状態VIにおいてπ/2パルスを照射することにより、位相緩和された電子スピンを量子化軸に射影する操作を行う。xy平面内に位置していた電子スピンは、量子化軸であるz軸に射影され、z軸に沿った方向に揃えられる。
【0039】
その後、状態VIIにおいて、センサ素子にレーザ光を照射して、センサ素子から放出される光を検出することにより、相互作用後の電子スピン状態の位相情報の読み出しが行われる。このようなパルスシーケンスを用いる、スピン状態に関する磁気共鳴信号(位相情報)の測定は、信号強度を積算してS/Nを向上させるために繰り返し実行される。
【0040】
図15に示す既存の手法により交流磁場をセンシングする場合のパルスシーケンスでは、π/2パルス間の時間τは、測定しようとする交流磁場の波長2πに対応する固定値であり、状態IIIの時間τおよび状態Vの時間τも固定値である。図15を参照して説明したように、電子スピンは、状態IIIから状態Vにおいてxy平面内において回転しながら位相緩和する。ここで、交流磁場の強度が大きいと、xy平面内における電子スピンの回転角が2πを超え、交流磁場の強度が小さいと、xy平面内における電子スピンの回転角が不足し、交流磁場の強度を測定することができないおそれがある。
【0041】
このような事情により、既存の手法では、測定しようとする交流磁場の強度には、xy平面内における電子スピンの回転角に関する制限が課されている。これに伴い、測定可能な交流磁場の強度の範囲も、時間τに応じた制限が課されており、時間τが固定されると交流磁場の範囲も固定される。
<本発明の手法によるパルスシーケンス>
【0042】
図2は、本発明の一実施形態に係る測定方法により交流磁場をセンシングする場合のパルスシーケンスである。図2に示す操作用の電磁波のパルスシーケンスは、スピンエコー法のハーンエコー法に基づくパルスシーケンスであり、π/2パルス間の時間τは可変値である。
【0043】
図15を参照して説明した既存の手法によるパルスシーケンスでは、π/2パルス間の時間τは、測定しようとする交流磁場の波長2πに対応する固定値であり、状態IIIの時間τおよび状態Vの時間τも固定値である。
【0044】
これに対し、本発明の手法によるパルスシーケンスでは、π/2パルス間の時間τは、測定しようとする交流磁場の強度に応じた可変値である。既存の手法によるパルスシーケンスでも説明したように、π/2パルス間の時間τは、測定しようとする交流磁場の強度に応じて設定されている。よって、測定に用いるパルスシーケンスにおいて、π/2パルス間の時間τを可変値とすることで、高い交流磁場強度を測定するための時間τと低い交流磁場強度を測定するための時間τとを混在させれば、従来のパルスシーケンスによる測定と同程度の、必要とされる測定感度を維持したまま、測定可能な交流磁場の強度の範囲を拡大すること、つまり測定可能な交流磁場強度のダイナミックレンジを拡大することができる。
【0045】
ここで、時間τを可変値とするために、或るパルスシーケンスにおいて種々の長さの時間τを設定しようとしても、パルスシーケンスのバリエーションが単一であれば、xy平面内における電子スピンの回転角の範囲がダイナミックレンジ内にはないおそれがあり、つまり交流磁場の強度を測定することができないおそれがある。よって、本発明の手法では、π/2パルス間の時間τが異なる複数のパルスシーケンスを用いる。図3および図4を参照して後述するように、本発明の手法では、複数のパルスシーケンスによる複数の結果をベイズの定理に基づいて組み合わせることにより、交流磁場の強度の測定値を決定する。
【0046】
図2を参照して具体的に説明する。本発明の手法では、スピン状態に関する磁気共鳴信号の測定を繰り返し実行して信号強度を積算する間、操作用の電磁波のパルスシーケンスを、π/2パルス間の時間τが互いに異なる複数のパルスシーケンスのいずれかに変更しながら、磁気共鳴信号を測定する。本実施形態では、操作用の電磁波のパルスシーケンスを、図2に例示する第1のパルスシーケンスSeq1~第4のパルスシーケンスSeq4の順に変更しながら、磁気共鳴信号を測定する。
【0047】
本実施形態において例示するパルスシーケンスでは、状態IIIの時間τと状態Vの時間τとは同じ長さの時間である。すなわち、例示するパルスシーケンスでは、πパルスは2つのπ/2パルス間の中間のタイミングにおいて照射される。これら時間τおよび時間τは、測定しようとする交流磁場の強度に応じた可変値である。
【0048】
例えば、第1のパルスシーケンスSeq1における状態IIIの時間τおよび状態Vの時間τを同じ時間τとすると、本実施形態では、第2のパルスシーケンスSeq2~第4のパルスシーケンスSeq4における状態IIIの時間τおよび状態Vの時間τは、第1のパルスシーケンスSeq1における状態IIIの時間τおよび状態Vの時間τの倍数である。
【0049】
具体的には、本実施形態では、第2のパルスシーケンスSeq2における状態IIIの時間τおよび状態Vの時間τは、第1のパルスシーケンスSeq1における時間τの半分の時間τ/2である。同様に、第3のパルスシーケンスSeq3における状態IIIの時間τおよび状態Vの時間τは、第1のパルスシーケンスSeq1における時間τの四分の一の時間τ/4であり、第4のパルスシーケンスSeq4における状態IIIの時間τおよび状態Vの時間τは、第1のパルスシーケンスSeq1における時間τの八分の一の時間τ/8である。
【0050】
なお、本実施形態では、状態Iにおいて電子スピン初期化用のレーザ光を照射するタイミングと、状態VIIにおいて位相情報読み出し用のレーザ光を照射して、放出される光を検出するタイミングとは、第1のパルスシーケンスSeq1~第4のパルスシーケンスSeq4の間で変化しない。
【0051】
図3および図4は、本発明による測定原理を説明するための図である。
【0052】
図3の(A)~(D)に示すように、スピンエコー法に基づくパルスシーケンスにおいて、π/2パルス間の時間を変化させると、Bloch球のxy平面において電子スピンが感じる磁場の強度の積分値は変化する。
【0053】
例えば、(A)に示すパルスシーケンスにおいて電子スピンが感じる磁場の強度の積分値をAとすると、π/2パルス間の時間を半分に短くした(B)に示すパルスシーケンスにおいて、電子スピンが感じる磁場の強度の積分値はA/2となる。同様に、(C)に示すパルスシーケンスでは、π/2パルス間の時間はさらに短くされ、電子スピンが感じる磁場の強度の積分値は約A/4である。(D)に示すパルスシーケンスでは、π/2パルス間の時間はさらに短くされ、電子スピンが感じる磁場の強度の積分値は約A/8である。このように、スピンエコー法に基づくパルスシーケンスにおいて、π/2パルス間の時間が変化すると、Bloch球のxy平面において電子スピンが感じる磁場の強度の積分値は変化する。なお、「約」と表現するように、電子スピンが感じる磁場強度の積分値は、π/2パルス間の時間には正確には比例しない。磁場強度の時間変化が正弦(sine)関数で表されるからである。
【0054】
図4を参照する。スピンエコー法において、電子スピンはBloch球のxy平面において回転することから、スピンエコー法による測定信号41(41a~41c)は図4に示すように振動する。ここで、図15および図2に示すパルスシーケンスを参照して説明したように、スピンエコー法では、電子スピンがxy平面において回転し位相緩和する程度は、電子スピンが感じる磁場の強度の積分値に応じて増大する。よって、スピンエコー法では、測定される磁場の強度は或る範囲に制限される。測定される磁場強度の例示的な範囲を、図4中に符号42a~42hで示す。例えば、測定信号41の強度が破線43で示す或る信号強度である場合、各範囲42a~42hについて決定される磁場の測定値は、クロス記号「×」で示す測定点44で与えられる。
【0055】
磁場の強度の積分値Aに対応する測定信号41aでは、破線43上の或る信号強度に対応する8つの測定点44が存在する。磁場の強度の積分値A/2に対応する測定信号41bでは、破線43上の或る信号強度に対応する4つの測定点44が存在する。測定信号41bの周期が測定信号41aの周期の2倍になっている理由は、電子スピンが感じる磁場の強度の積分値が1/2倍に減少し、電子スピンがxy平面において回転する程度が1/2倍に減少するからである。同様に、磁場の強度の積分値A/4に対応する測定信号41cでは、破線43上の或る信号強度に対応する2つの測定点44が存在する。測定信号41cの周期が測定信号41aの周期の4倍になっている理由は、電子スピンが感じる磁場の強度の積分値が約1/4倍に減少し、電子スピンがxy平面において回転する程度が1/4倍に減少するからである。すなわち、電子スピンが感じる磁場の強度の積分値が減少すると、測定信号41の周波数も減少し、或る信号強度に対応する測定点44の数も減少する。
【0056】
本発明の手法では、図4に示されるように、異なる磁場強度の積分値に対応する複数の測定信号41を組み合わせることにより、最小の磁場強度の積分値によって制限される範囲内で、測定値を一意に決定する。これは、操作用の電磁波のパルスシーケンスを、π/2パルス間の時間が異なる複数のパルスシーケンスのいずれかに変更しながら磁気共鳴信号を測定することにより達成される。
【0057】
異なる磁場強度の積分値から得られる複数の測定信号41(41a~41c)は、ベイズの定理を通じて組み合わされ、ベイズ推定の手法に基づいて磁場強度の測定値が決定される。π/2パルス間の時間を変化させることにより得られる或る磁場強度の積分値Aについて測定信号Sが与えられるとすると、測定信号Sにより与えられる磁場Bの事後確率P(B|S)は、以下の式で表される。
【数1】
【0058】
ここで、P(B)は事前確率である。P(S)は磁場Bから独立しており、
【数2】
である。f(B)は、測定信号Sと磁場Bとの間の関係を表す関数である。P(S|S)はポアソン分布である。検出される光子の数が10個よりも多い場合には、P(S|S)は正規分布に近似することができる。関数f(B)は、図4に測定信号41(41a~41c)として与えられているように、測定信号Sと磁場Bの強度との波形により与えられる。
【0059】
最初の測定では、磁場Bに関する初期値が存在しないので、事前確率の分布は平坦である。残りの測定については、以前の事後確率が新しい事前確率となる。測定の残りについては、以前の事後確率が新しい事前確率となる。
【0060】
このように、ベイズ推定の手法に基づいて、π/2パルス間の時間が異なる複数のパルスシーケンスによる複数の確率分布を組み合わせると、残留する確率分布のピークの数は減少する。一方で、確率分布のピークの鋭さは、最初の測定と同様のままであり、測定感度は同様に維持される。
<測定対象の物理量の算出方法>
【0061】
光検出磁気共鳴(ODMR)法では、測定対象9と相互作用した後のセンサ素子1の電子スピン状態の位相情報(磁気共鳴信号)は、発光強度の変化として検出される。検出した位相情報は、測定対象の物理量に応じた状態となっている。よって、検出した相互作用後の電子スピン状態の位相情報を適切にデータ処理することにより、測定対象の物理量を算出することができる。測定対象の物理量は、電子スピンのハミルトニアンに基づいて算出することができる。
【0062】
電子スピンのハミルトニアンHgsは、以下の式で表される。
【数3】
【0063】
ここで、μはボーア磁子であり、gは電子のg因子であり、hはプランク定数である。ベクトルSは電子スピンである。ベクトルBは印加磁場である。Dgsは零磁場分裂定数である。S,S,Sはそれぞれ、電子スピンSのx,y,z方向成分である。dgs は、電気双極子モーメントである。E,Eはそれぞれ、電場のx,y方向成分である。
【0064】
1番目の項
【数4】
は、ゼーマン効果による項であり、電子スピンが磁場センサとして機能することを意味している。
【0065】
2番目の項および3番目の項は、双極子相互作用(すなわち、スピン間相互作用)による項である。2番目の項
【数5】
は、電子スピンが温度センサおよび力学量(圧力)センサとして機能することを意味している。3番目の項
【数6】
は、電子スピンが電場センサとして機能することを意味している。
【0066】
よって、磁場の強度は、1番目の項に基づいて算出することができる。温度および力学量の強度は、2番目の項に基づいて算出することができる。電場の強度は、3番目の項に基づいて算出することができる。
[測定手順]
<交流磁場のセンシング>
【0067】
図5は、本発明の一実施形態に係る測定方法の手順を示すフローチャートである。図5および図2を参照して、交流磁場をセンシングする場合の手順を説明する。
【0068】
ステップS1において、センサ素子1にレーザ光を照射することにより、センサ素子1の色中心(NV中心)の電子スピンを初期化する。その後、初期化されたNV中心の電子スピンを、測定対象9の交流磁場と相互作用させる。十分な時間の間、相互作用をさせると、NV中心の電子スピン状態は、交流磁場の強度に応じた状態となる。ステップS1の状態は、図2に示すパルスシーケンスの状態Iに対応している。
【0069】
ステップS2において、センサ素子1にスピン操作用の電磁波を照射することにより、磁場センシングを行う。本実施形態では、図6のステップS21A~S23Aに示す手順により、交流磁場のセンシングを行う。
【0070】
図6は、交流磁場をセンシングする場合の詳細な手順を示すフローチャートである。
【0071】
ステップS21Aにおいて、第1のπ/2パルスを照射することにより、量子化軸に沿った電子スピンを、量子化軸に垂直な平面に傾ける操作を行う。ステップS21Aの状態は、図2に示すパルスシーケンスの状態IIに対応している。
【0072】
その後、xy平面に倒された電子スピンは、第1の時間τの間に、交流磁場および静磁場との相互作用によって位相緩和する。第1の時間τは、測定しようとする交流磁場の強度に応じて各パルスシーケンス毎に異なる値(可変値)である。この第1の時間τの間に電子スピンが位相緩和する状態は、図2に示すパルスシーケンスの状態IIIに対応している。
【0073】
第1のπ/2パルスから第1の時間τが経過した後、ステップS22Aにおいて、πパルスを照射することにより、測定対象との相互作用により位相緩和された電子スピンを平面内において反転させる操作を行う。ステップS22Aの状態は、図2に示すパルスシーケンスの状態IVに対応している。
【0074】
その後、xy平面内において反転された電子スピンは、第2の時間τの間に再収束される。第2の時間τは、測定しようとする交流磁場の強度に応じて各パルスシーケンス毎に異なる値(可変値)である。この第2の時間τの間に電子スピンが再収束する状態は、図2に示すパルスシーケンスの状態Vに対応している。
【0075】
πパルスから第2の時間τが経過した後、ステップS23Aにおいて、第2のπ/2パルスを照射することにより、位相緩和された電子スピンを量子化軸に射影する操作を行う。ステップS23Aの状態は、図2に示すパルスシーケンスの状態VIに対応している。
【0076】
図5を再び参照する。ステップS3において、センサ素子1にレーザ光を照射して、センサ素子1に生じる変化を検出することにより、相互作用後の電子スピン状態の、位相情報の読み出しを行う。本実施形態では、センサ素子1から放出される光を検出することにより、相互作用後の電子スピン状態の、位相情報の読み出しを行う。相互作用後の電子スピン状態の位相情報は、光検出磁気共鳴(ODMR)法により、発光強度の変化として検出部32を用いて検出する。ステップS3の状態は、図2に示すパルスシーケンスの状態VIIに対応している。
【0077】
ステップS4において、ステップS1~S3の一連の測定処理を、所定の回数繰り返し実行したか否かを判定する。一連の測定処理を所定の回数繰り返し実行している(ステップS4においてYes)場合は、ステップS6の処理を行い、所定の回数繰り返し実行していない(ステップS4においてNo)場合は、ステップS5の処理を行う。例示的には、一連の測定処理を繰り返し実行する回数は約1万回以上である。
【0078】
なお、一連の測定処理を繰り返し実行すると信号強度が積算されるため、測定処理を繰り返し実行する回数が増大するほど、信号のS/N比も向上する。
【0079】
ステップS5において、測定に用いるパルスシーケンスを、π/2パルス間の時間を変化させた別のパルスシーケンスに変更する。別のパルスシーケンスに変更した後は、変更後の別のパルスシーケンスにて、ステップS1~S3の一連の測定処理を実行する。
【0080】
例えば、直前のステップS1~S3の一連の測定処理を、図2に示す第1のパルスシーケンスSeq1にて行っていた場合は、繰り返し実行する次のステップS1~S3の一連の測定処理を、第2のパルスシーケンスSeq2にて行う。同様に、直前の一連の測定処理を第2のパルスシーケンスSeq2にて行っていた場合には、繰り返し実行する次の一連の測定処理を、第3のパルスシーケンスSeq3にて行う。以後、測定に用いるパルスシーケンスを、第1のパルスシーケンスSeq1~第4のパルスシーケンスSeq4の順に変更しながら、ステップS1~S3の一連の測定処理を繰り返し実行する。
【0081】
ステップS6において、測定対象の磁場の強度を算出する。検出部32にて検出した相互作用後の電子スピン状態の位相情報は、測定対象9の交流磁場に応じた状態となっている。よって、検出した相互作用後の電子スピン状態の位相情報を適切にデータ処理することにより、交流磁場の強度を算出することができる。例えば、相互作用後の電子スピン状態が基底状態となる確率を求めることにより、測定対象9の交流磁場の強度を算出することができる。強度の算出は、電子スピンのハミルトニアンHgsの、ゼーマン効果による項に基づいて行う。
【0082】
以上、本発明の第1の実施形態によると、量子センサを用いる測定において、センサ感度を維持しながら、測定可能な物理量の範囲を拡大することができる。これにより、測定可能な物理量のダイナミックレンジを拡大することができる。交流磁場を測定する第1の実施形態では、測定可能な交流磁場のダイナミックレンジを拡大することができる。
【0083】
本発明の一実施形態に係る測定装置10において、光検出磁気共鳴(ODMR)法により磁気共鳴の信号を発光強度の変化として検出する場合には、測定対象の物理量を電気ではなく光を用いて測定しているので、比較的高磁場または高電場の環境下においても物理量を測定することが可能である。
【0084】
センサ素子1にダイヤモンドの色中心や炭化ケイ素(SiC)中の色中心を用いる場合には、測定装置10は、冷却機構を用いることなく室温(約300K)下にて動作することができる。先進的な高感度の磁場センサの一例として知られている超伝導量子干渉計(SQUID)は、超伝導状態を維持するために、例えば液体窒素等による冷却機構を必要としている。これに対し、センサ素子1にダイヤモンドの色中心や炭化ケイ素(SiC)中の色中心を用いる場合には、測定装置10は冷却機構を備える必要が無いため、装置の小型化や、他の装置への搭載(例えば、自動車等の輸送機器への搭載)が容易である点において、他の先進的な磁場センサと比較して有利である。
[第2の実施形態]
【0085】
本発明の第2の実施形態では、測定対象の物理量の一例として、測定対象から発生している静磁場(static magnetic field)の強度を測定する場合について説明する。
【0086】
静磁場の強度を測定する第2の実施形態では、ステップS2における磁場センシングの詳細な手順が、交流磁場の強度を測定する第1の実施形態における手順と異なる。これ以外の手順については、第1の実施形態における手順と同様である。
<パルスシーケンス>
【0087】
図7は、本発明の一実施形態に係る測定方法により静磁場をセンシングする場合のパルスシーケンスである。図7に示す操作用の電磁波のパルスシーケンスは、スピンエコー法のラムゼー法に基づくパルスシーケンスであり、π/2パルス間の時間τは可変値である。
【0088】
本実施形態では、操作用の電磁波のパルスシーケンスを、図7に例示する第1のパルスシーケンスSeq1~第4のパルスシーケンスSeq4の順に変更しながら、磁気共鳴信号を測定する。ここで、本実施形態において例示するパルスシーケンスでは、状態IIにおけるπ/2パルスの照射と状態IVにおけるπ/2パルスの照射との間の状態IIIの時間τは、測定しようとする静磁場の強度に応じた可変値である。
【0089】
例えば、第1のパルスシーケンスSeq1における状態IIIの時間を時間τとすると、本実施形態では、第2のパルスシーケンスSeq2における状態IIIの時間は、第1のパルスシーケンスSeq1における時間τの半分の時間τ/2である。同様に、第3のパルスシーケンスSeq3における状態IIIの時間は、第1のパルスシーケンスSeq1における時間τの四分の一の時間τ/4であり、第4のパルスシーケンスSeq4における状態IIIの時間は、第1のパルスシーケンスSeq1における時間τの八分の一の時間τ/8である。
【0090】
なお、説明の便宜上、本実施形態では、状態Iにおいて電子スピン初期化用のレーザ光を照射するタイミングと、状態Vにおいて位相情報読み出し用のレーザ光を照射して、放出される光を検出するタイミングとは、第1のパルスシーケンスSeq1~第4のパルスシーケンスSeq4の間で変化しないとしている。
<静磁場(定磁場)のセンシング>
【0091】
図8は、静磁場をセンシングする場合の詳細な手順を示すフローチャートである。図5および図8を参照して、静磁場をセンシングする場合の手順を説明する。
【0092】
ステップS1の処理は、第1の実施形態における手順と同様である。ステップS1の状態は、図7に示すパルスシーケンスの状態Iに対応している。
【0093】
ステップS2において、センサ素子1にスピン操作用の電磁波を照射することにより、磁場センシングを行う。本実施形態では、図8のステップS21B~S22Bに示す手順により、静磁場のセンシングを行う。
【0094】
ステップS21Bにおいて、第1のπ/2パルスを照射することにより、量子化軸に沿った電子スピンを、量子化軸に垂直な平面に傾ける操作を行う。ステップS21Bの状態は、図7に示すパルスシーケンスの状態IIに対応している。
【0095】
その後、xy平面に倒された電子スピンは、第3の時間τの間に静磁場との相互作用によって位相緩和する。第3の時間τは、測定しようとする静磁場の強度に応じて各パルスシーケンス毎に異なる値(可変値)である。この第3の時間τの間に電子スピンが位相緩和する状態は、図7に示すパルスシーケンスの状態IIIに対応している。
【0096】
第1のπ/2パルスから第3の時間τが経過した後、ステップS22Bにおいて、第2のπ/2パルスを照射することにより、位相緩和された電子スピンを量子化軸に射影する操作を行う。ステップS22Bの状態は、図7に示すパルスシーケンスの状態IVに対応している。
【0097】
ステップS3の処理は、第1の実施形態における手順と同様である。ステップS3の状態は、図7に示すパルスシーケンスの状態Vに対応している。
【0098】
以後、第1の実施形態における手順と同様に、ステップS4において測定処理を実行した回数を判定し、ステップS5において、測定に用いるパルスシーケンスを、π/2パルス間の時間を変化させた別のパルスシーケンスに変更しながら、ステップS1~S3の一連の測定処理を、所定の回数繰り返し実行する。その後、ステップS6において、測定対象の磁場の強度を算出する。
【0099】
以上、本発明の第2の実施形態によると、量子センサを用いる測定において、センサ感度を維持しながら、測定可能な物理量の範囲を拡大することができる。これにより、測定可能な物理量のダイナミックレンジを拡大することができる。静磁場を測定する第2の実施形態では、測定可能な静磁場のダイナミックレンジを拡大することができる。
[その他の形態]
【0100】
以上、本発明を特定の実施形態によって説明したが、本発明は上記した実施形態に限定されるものではない。
【0101】
上記した実施形態では、センサ素子1としてダイヤモンドの結晶を用い、ダイヤモンドの色中心としてNV中心を用いているが、用いる色中心はNV中心に限定されない。NV中心に代えて、珪素-空孔中心またはゲルマニウム-空孔中心を、センサ素子1のダイヤモンドの色中心に用いることができる。また、色中心もダイヤモンド結晶の色中心に限定されず、種々の結晶の色中心をセンサ素子1に用いることができる。
【0102】
上記した実施形態では、ダイヤモンドの色中心をセンサ素子1に用いているが、用いるセンサ素子1はダイヤモンドの色中心に限定されない。センサ素子1に電磁波を照射して電子スピン状態を操作することができる限り、ダイヤモンドの色中心に代えて、炭化ケイ素(SiC)の色中心や、光ポンピング磁力計(OPM)、超伝導量子干渉計(SQUID)等の種々の量子センサをセンサ素子1に用いることができる。
【0103】
上記した実施形態では、相互作用後の電子スピン状態に関する磁気共鳴の信号を、光検出磁気共鳴(ODMR)法により発光強度の変化として検出しているが、磁気共鳴信号を測定する方法はこれに限定されない。スピンエコー法に基づくパルスシーケンスを用いて磁気共鳴信号を測定する限り、本発明の手法によるパルスシーケンスは、光検出磁気共鳴(ODMR)法を用いずに磁気共鳴信号を測定する手法についても同様に適用することができる。
【0104】
例えば、磁気共鳴信号は、公知の電気検出磁気共鳴(Electrically Detected Magnetic Resonance: EDMR)法により測定することができる。電気検出磁気共鳴(EDMR)法では、ダイヤモンドの色中心等のセンサ素子1の光励起により、スピン状態に依存した光電流が生成される。この光電流は、スピン状態に依存した励起状態の寿命の違いにより生成されている。検出部32は、センサ素子1の電気抵抗(またはセンサ素子1に生じる光電流)を検出することにより、磁気共鳴の信号を電気抵抗率の変化(または光照射による光電流の変化)として検出する。すなわち、検出部32は電気的検出部として機能する。検出部32には、例えば公知の電流計を用いることができる。
【0105】
上記した実施形態では、操作用の電磁波のパルスシーケンスを、図2または図7に例示する4つのパルスシーケンスSeq1~Seq4の順に変更しながら、磁気共鳴信号を測定しているが、用いるパルスシーケンスの数は例示する4つに限定されず複数であればよいし、複数のパルスシーケンスを変更する順序も制限されない。また、後述する実施例において説明するように、複数のパルスシーケンスの組み合わせ比率は適宜変更することができる。
【0106】
上記した実施形態では、図2に示す交流磁場をセンシングする場合のパルスシーケンスにおいて、状態Iのタイミングおよび状態VIIのタイミングは複数のパルスシーケンスの間で変化しないが、これら状態Iのタイミングおよび状態VIIのタイミングは、複数のパルスシーケンスの間で変化させてもよい。
【0107】
例えば、上記した実施形態では、第2のパルスシーケンスSeq2において、状態Iのタイミングから状態IIのタイミングの間にはブランクの時間が存在しているが、状態Iのタイミングを遅らせて、状態Iのタイミングの直後に状態IIのタイミングを位置させてもよい。同様に、第2のパルスシーケンスSeq2において、状態VIIのタイミングを早めて、状態VIのタイミングの直後に状態VIIのタイミングを位置させてもよい。第3のパルスシーケンスSeq3および第4のパルスシーケンスSeq4についても、第2のパルスシーケンスSeq2と同様である。また、図7に示す静磁場をセンシングする場合のパルスシーケンスにおける、状態Iのタイミングおよび状態Vのタイミングについても同様である。
【0108】
上記した実施形態では、図2に示す交流磁場をセンシングする場合の複数のパルスシーケンスにおいて、複数のパルスシーケンス間における状態IIIの時間τは倍数(=τ,τ/2,τ/4,τ/8)であるが、これら複数のパルスシーケンス間における状態IIIの時間τの長さの関係は、倍数に限定されない。例えば、第2のパルスシーケンスSeq2および第3のパルスシーケンスSeq3における状態IIIの時間τが、第1のパルスシーケンスSeq1における状態IIIの時間τの倍数(=τ/2,τ/4)であり、第4のパルスシーケンスSeq4における状態IIIの時間τのみが、第1のパルスシーケンスSeq1における状態IIIの時間τの例えば五分の一の時間τ/5であってもよい。すなわち、複数のパルスシーケンスSeq1~Seq4間において、時間τの長さの関係は、倍数(=τ,τ/2,τ/4,τ/8)ではなく任意とすることができる。状態IIIの時間τに限らず状態Vの時間τについても同様に、複数のパルスシーケンス間において時間τは任意とすることができる。また、図7に示す静磁場をセンシングする場合のパルスシーケンスにおける状態IIIの時間τについても同様に、複数のパルスシーケンス間において時間τは任意とすることができる。このように、π/2パルス間の時間τは任意であり、複数のパルスシーケンスにわたって可変値とすることができる。
【0109】
上記した実施形態では、図2に示す交流磁場をセンシングする場合のパルスシーケンスにおいて、状態IIIの時間τと状態Vの時間τとは同じ長さの時間であるが、これら時間τ,τは必ずしも同じ長さの時間である必要はない。時間τ,τが、基準となる第1のパルスシーケンスSeq1の時間τよりも十分に短い(例えば、τ,τ=τ/2程度)場合には、図2に示す交流磁場のパルスシーケンスにおいて、時間τ,τを異ならせることができる。すなわち、時間τ,τが十分に短い場合には、状態IIIの時間τおよび状態Vの時間τは、変曲点である状態IVと対称に設定される必要はない。
【0110】
上記した実施形態では、測定対象の物理量は磁場(交流磁場または静磁場)であるが、磁場に限らず、電場、温度および力学量(力学的なストレス、圧力等)を測定対象の物理量とすることができる。これら物理量は、電子スピンとの相互作用に関連する物理量であり、電子スピンのハミルトニアンに基づいて算出することができる。
【0111】
上記した実施形態では、交流磁場の強度の測定値を決定する際に、ベイズの定理に基づいて、π/2パルス間の時間が異なる複数のパルスシーケンスによる複数の結果(スピン状態に関する磁気共鳴信号、すなわち位相情報)を組み合わせているが、複数の結果を組み合わせる際に用いる手法はベイズの定理すなわちベイズ推定に限定されない。ベイズ推定に代えて、例えば最大事後確率推定法(maximum a posteriori estimation method)や、最尤推定法(maximum likelihood estimation)等を用いることができる。標本集団から母集団の性質を推定するためのこのような手法は、推測統計学(inferential statistics)の手法として知られている。
【実施例
【0112】
以下に本発明の実施例を示し、本発明の特徴をより明確にする。以下に説明する実施例1~実施例3では、磁場強度の測定およびシミュレーション計算を、第1の実施形態に係る測定方法に基づいて行った。センサ素子にはダイヤモンドのNV中心を用いた。
<実施例1>
【0113】
実施例1では、測定対象の試料(サンプル)に任意の強度で予め印加されている既知の交流磁場の強度を実際に測定し、試料に実際に印加されている磁場強度の値(設定値)と実測値との間のずれを確認した。また、第2の実施形態に係る測定方法に基づいて、静磁場についても交流磁場と同様の測定および確認を行った。
【0114】
図9は、実施例1における交流磁場の強度の測定結果を示すデータである。図10は、実施例1における静磁場の強度の測定結果を示すデータである。
【0115】
図9および図10において、グラフの横軸は印加した磁場強度を示し、縦軸は測定された磁場強度を示す。図9において、汎用的な手法で測定された交流磁場の測定値はクロス記号「×」でプロットされ、測定に用いた本発明によるパルスシーケンスでの交流磁場の感度に比例する量(不確かさ)は、ダイヤモンド記号「◇」でプロットされている。図10において、汎用的な手法で測定された静磁場の測定値はプラス記号「+」でプロットされ、測定に用いた本発明によるパルスシーケンスでの静磁場の感度に比例する量(不確かさ)は、サークル記号「○」でプロットされている。
【0116】
なお、交流磁場については、A,A/2,A/4,A/8,A/16,A/32,A/64,A/128,A/256の9つのパルスシーケンスを用いて、これら複数のパルスシーケンスを同じ比率で均等に組み合わせることにより測定を行った。同様に、静磁場については、A,A/2,A/4,A/8,A/16,A/32,A/64,A/128の8つのパルスシーケンスを用いて、これら複数のパルスシーケンスを同じ比率で均等に組み合わせることにより測定を行った。
【0117】
図9および図10の各測定結果に示すように、各測定において磁場の感度が変化していないことが確認された。また、各測定において設定値として試料に印加した磁場(交流磁場または静磁場)の強度の範囲は、1nT(ナノテスラ)未満から約10,000nT以上の範囲であり、これら磁場の強度の範囲は、ダイナミックレンジでいう10以上に相当した。
<実施例2>
【0118】
実施例2では、測定感度について、測定値とシミュレーション値とを比較した。
【0119】
図11は、実施例2における測定感度と測定時間との関係を示すグラフである。グラフ中、記号のプロットは測定値を表し、実線または破線のラインは理論計算によるシミュレーション値(理論値)を表す。
【0120】
本発明の手法による、π/2パルス間の時間τが異なる複数のパルスシーケンスによる測定値は、プラス記号「+」でプロットされ、シミュレーション値は実線のラインで表されている。本実施例では、磁気共鳴信号の測定を繰り返し実行して信号強度を積算する間の、第1のパルスシーケンスSeq1~第4のパルスシーケンスSeq4の組み合わせ比率は均等(1:1:1:1)である。
【0121】
第1の比較例は、第1のパルスシーケンスSeq1のみによる結果である。測定値はクロス記号「×」でプロットされ、シミュレーション値は破線のラインを用いて符号「A」を付して表されている。第2の比較例は、第2のパルスシーケンスSeq2のみによる結果である。測定値はサークル記号「○」でプロットされ、シミュレーション値は破線のラインを用いて符号「A/2」を付して表されている。第3の比較例は、第3のパルスシーケンスSeq3のみによる結果である。測定値はトライアングル記号「△」でプロットされ、シミュレーション値は破線のラインを用いて符号「A/4」を付して表されている。第4の比較例は、第4のパルスシーケンスSeq4のみによる結果である。測定値はダイヤモンド記号「◇」でプロットされ、シミュレーション値は破線のラインを用いて符号「A/8」を付して表されている。
【0122】
図15および図2を参照して理解されるように、図2に示す第1のパルスシーケンスSeq1は、図15に示す従来のパルスシーケンスと同じパルスシーケンスである。よって、第1の比較例として示す、第1のパルスシーケンスSeq1のみによる測定結果は、従来のパルスシーケンスによる測定結果と同等の結果を有している。したがって、図11に示すグラフにおいて、本発明の手法による複数のパルスシーケンスによる結果と第1の比較例による結果とを比較することにより、測定感度の変化の程度を把握することができる。例えば、本発明の手法による複数のパルスシーケンスによる結果が、第1の比較例による結果に接近するほど、測定感度の低下は抑えられているといえる。
【0123】
図11を参照すると、実線のラインで表されている、本発明の手法による複数のパルスシーケンスの均等な組み合わせによる結果は、グラフの横軸に示す測定時間が30秒~40秒頃において測定感度が急激に向上して、符号「A」を付して表されている第1の比較例による破線のラインに接近している。よって、本発明の手法による、π/2パルス間の時間τが異なる複数のパルスシーケンスによる測定は、従来のパルスシーケンスによる測定と同程度の測定感度を維持していることが示された。
<実施例3>
【0124】
実施例3では、第1のパルスシーケンスSeq1~第4のパルスシーケンスSeq4の組み合わせ比率について理論計算によるシミュレーションを行い、最適な組み合わせ比率について検討を行った。
【0125】
図12は、実施例3における測定感度と測定時間との関係を示すシミュレーション値のグラフである。理論計算によるシミュレーションでは、第1のパルスシーケンスSeq1~第4のパルスシーケンスSeq4の組み合わせ比率を次の5つのパターンに変化させた。なお、以下に記載する組み合わせ比率は、Seq1:Seq2:Seq3:Seq4(すなわち、A:A/2:A/4:A/8)である。
【0126】
第1の組み合わせは、1:1:1:100の組み合わせ比率である。第2の組み合わせは、1:2:3:4の組み合わせ比率である。第3の組み合わせは、1:1:1:1の組み合わせ比率である。第4の組み合わせは、4:3:2:1の組み合わせ比率である。第5の組み合わせは、100:1:1:1の組み合わせ比率である。
【0127】
図12を参照すると、第1のパルスシーケンスSeq1~第4のパルスシーケンスSeq4の組み合わせ比率を変化させることにより、必要とされる測定感度に至るための測定時間が変化することが示された。よって、図12に示すシミュレーション結果のグラフを参照すると、必要とされる測定感度と、測定可能な物理量の範囲(ダイナミックレンジ)と、測定時間とを総合的に考慮して、本発明の手法による、π/2パルス間の時間τが異なる複数のパルスシーケンスの組み合わせ比率を最適化することが可能であることが示された。
<実施例4>
【0128】
実施例4でも実施例1と同様の測定を行い、更に磁場範囲を広げ、試料に実際に印加されている磁場強度の値(設定値)と実測値との間のずれを確認した。測定は複数回行った。複数回行った測定において、実施例1よりも向上したダイナミックレンジが測定された。
【0129】
図13は、実施例4における交流磁場範囲と交流磁場の感度に比例する量(不確かさ)との関係を示す実験データである。図13において、グラフの横軸は印加した磁場範囲を示し、縦軸は交流磁場の感度に比例する量(不確かさ)を示す。図13において、汎用的な手法で測定された交流磁場の測定値はスター記号「☆」でプロットされ、交流磁場の感度に比例する量(不確かさ)は磁場範囲が広がるにつれて大きくなっている。一方、本発明によるパルスシーケンスでの交流磁場の感度に比例する量(不確かさ)は、サークル記号「○」でプロットされ、磁場範囲が広がっても維持されている。
【0130】
図13の測定結果に示すように、測定において磁場の感度が変化していないことが確認された。測定において設定値として試料に印加した交流磁場の強度の範囲は、約10nT(ナノテスラ)から約10nTの範囲であり、これら磁場強度の範囲の最大値は、今回用いたセンサ感度(~10nT/(Hz)1/2)に対して10に相当した。
【符号の説明】
【0131】
1 センサ素子
2 照射部
3 物理量測定部
8 相互作用
9 測定対象
10 測定装置
11 プローブ
21 操作用電磁波照射部
31 光照射部
32 検出部
33 データ処理部
99 ネットワーク
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15