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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-24
(45)【発行日】2024-07-02
(54)【発明の名称】ウイルス不活化製剤
(51)【国際特許分類】
   A01N 37/06 20060101AFI20240625BHJP
   A01N 31/02 20060101ALI20240625BHJP
   A01P 1/00 20060101ALI20240625BHJP
   A61K 31/045 20060101ALN20240625BHJP
   A61K 31/194 20060101ALN20240625BHJP
   A61P 31/02 20060101ALN20240625BHJP
   A61P 31/14 20060101ALN20240625BHJP
【FI】
A01N37/06
A01N31/02
A01P1/00
A61K31/045
A61K31/194
A61P31/02
A61P31/14
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021561857
(86)(22)【出願日】2021-06-17
(86)【国際出願番号】 JP2021023059
(87)【国際公開番号】W WO2021256540
(87)【国際公開日】2021-12-23
【審査請求日】2022-03-03
【審判番号】
【審判請求日】2022-10-26
(31)【優先権主張番号】P 2020105931
(32)【優先日】2020-06-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2021039224
(32)【優先日】2021-03-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000208787
【氏名又は名称】株式会社ダイイチ
(73)【特許権者】
【識別番号】506350252
【氏名又は名称】西日本長瀬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100112335
【弁理士】
【氏名又は名称】藤本 英介
(74)【代理人】
【識別番号】100101144
【弁理士】
【氏名又は名称】神田 正義
(74)【代理人】
【識別番号】100101694
【弁理士】
【氏名又は名称】宮尾 明茂
(74)【代理人】
【識別番号】100124774
【弁理士】
【氏名又は名称】馬場 信幸
(72)【発明者】
【氏名】奥薗 一彦
(72)【発明者】
【氏名】土居 繁
【合議体】
【審判長】瀬良 聡機
【審判官】冨永 保
【審判官】松元 麻紀子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第6066670(US,A)
【文献】米国特許出願公開第2001/0053378(US,A1)
【文献】特開平6-256129(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第111213786(CN,A)
【文献】特開2015-168637(JP,A)
【文献】国際公開第2020/090545(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2007/0280901(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第111557938(CN,A)
【文献】国際公開第2020/245573(WO,A1)
【文献】特開2020-180082(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N
REGISTRY(STN)
CAplus(STN)
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JMEDPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウイルス不活化成分としてフマル酸を0.03~0.6質量%含有すると共に、不活化する対象のウイルスが、ネコカリシウイルス及び/又は新型コロナウイルス(SARS-CoV2)であることを特徴とするウイルス不活化剤。
【請求項2】
ウイルス不活化成分としてフマル酸を0.03~1質量%とエタノールとを含有し、不活化する対象のウイルスが、ネコカリシウイルス及び/又は新型コロナウイルス(SARS-CoV2)であることを特徴とするウイルス不活化剤。
【請求項3】
エタノールの含有量が50質量%以下であることを特徴とする請求項2に記載のウイルス不活化剤。
【請求項4】
ウイルス不活化剤のpHが2.0~5.5であることを特徴とする請求項1~3のいずれか一つに記載のウイルス不活化剤。
【請求項5】
グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、キサンタンガム、安息香酸ナトリウム、ソルビン酸カリウム、ポリリジン、デヒドロ酢酸及びデヒドロ酢酸ナトリウムから選ばれる少なくとも1種を含有することを特徴とする請求項1~4のいずれか一つに記載のウイルス不活化剤。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一つに記載のウイルス不活化剤を繊維生地に付着又はバインダー成分と共に付着せしめたことを特徴とする繊維生地。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インフルエンザウイルス、ノロウイルス、新型コロナウイルス(SARS-CoV2)などのウイルス不活化製剤に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、ウイルスには、エンベロープを有するエンベロープウイルス(例えば、インフルエンザウイルス、コロナウイルス〔新型コロナウイルス(SARS-CoV2)を含む〕、RSウイルス、SARSウイルス等)や、エンベロープを有さないノンエンベロープウイルス(例えば、アデノウイルス、ノロウイルス、ロタウイルス、エンテロウイルス等)が存在している。
【0003】
これらのウイルスの中には、ヒトに感染するものもあり、感染予防のために従来からウイルス不活性化剤が用いられていた。
近年、ノロウイルス(ヒトノロウイルス)による感染性胃腸炎あるいは食中毒の発生が一年を通じて多発しており、特に11~3月が発生のピークとなっている。ノロウイルスは、カリシウイルス科、ノロウイルス属に分類されるエンベロープを有さないRNAウイルス(以下、「ノロウイルス等」と記載する)であり、アルコール(エタノール、イソプロパノール等)、熱、酸性(胃酸等)、又は、乾燥等に対して強い抵抗力を有する。潜伏期間は1~2日であると考えられており、嘔気、嘔吐、下痢の主症状が出るが、腹痛、頭痛、発熱、悪寒、筋痛、咽頭痛、倦怠感等を伴うこともある。
【0004】
ノロウイルス等の感染経路の一つとして経口感染が知られており、ノロウイルス等に汚染された食物や水等を経口摂取することにより感染が成立する。そのため、飲食店、給食施設、工場など食品を調理加工する場においては、食物や水等がノロウイルス等に汚染されないようにすることが求められている。
【0005】
上記ノロウイルス等のウイルスを不活性化させる方法等としては、例えば、塩素系漂白剤(次亜塩素酸ナトリウム等)を用いる方法が知られているが、塩素系漂白剤は、金属に対する腐食作用、皮膚等に対する刺激作用、衣類に対する漂白作用等がある。そのため、その使用が制限されるという欠点があり、特に、人体に対する安全性への配慮から作業者の手指、食器、調理台、調理器具等にこれらの薬剤類を用いることは適当とはいえず、まして食物に直接触れさせることも適当とはいえなかった。そのため、人体に対し安全であり、ノロウイルス等を不活性化できる剤や方法が望まれていた。なお、ヒトノロウイルスは、培養細胞を用いても増殖させることができない。そのため、ヒトノロウイルスの不活性化に対する各種消毒剤等の消毒効果などの検証には、代替ウイルスとしてネコカリシウイルス(FCV)やマウスノロウイルス(MNV)が広く用いられている。FCV及びMNVは、形態的特徴やゲノムの構造から、ヒトノロウイルスに近縁なウイルスであることが明らかにされている。
【0006】
一方、インフルエンザは、インフルエンザウイルスを病原体とする急性の呼吸器感染症であり、毎年違う型のインフルエンザが世界中で流行している。一般的に、インフルエンザウイルスの感染に対しては、ワクチン接種による予防や、ノイラミニダーゼ阻害剤等の薬剤による治療が行われているが、インフルエンザウイルスのタイプによってはそれらの効果が著しく異なるという問題がある。また、薬剤によっては副作用や耐性ウイルスの出現といった問題も残されている。このような問題に鑑み、インフルエンザウイルスの予防・治療に効果のある物質の探索においては、飲食品に配合されるような、人体に害の少ない安全・安心なインフルエンザウイルス不活化剤等が切望されている。
【0007】
従来において、上記のウイルスに対して、不活性化できる不活性化剤等としては、例えば、
1) (A)低級アルコール35~75質量%と、(B)(b1)有機酸およびそのアルカリ金属塩、および/または(b2)無機酸およびそのアルカリ金属塩0.05~10質量%と、(C)モノグリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステルから選ばれる少なくとも一種の非イオン界面活性剤0.05~5質量%とを含有するとともに、(D)成分として水を含有し、且つ組成物の原液のpH(JIS Z-8802:1984「pH測定方法」)が、25℃で8~12の範囲に設定されていることを特徴とする殺菌消毒剤組成物(例えば、特許文献1参照)
2) (A)エタノールを50~70重量%、並びに、(B)有機酸(リンゴ酸、乳酸、クエン酸、酒石酸、サリチル酸、グルコン酸、アジピン酸、フィチン酸、酢酸、フマル酸、コハク酸、アスコルビン酸、ソルビン酸、安息香酸、プロピオン酸、及び、マレイン酸からなる群から選ばれた少なくとも1種)、(これらの)有機酸塩及びエタノールアミン類からなる群から選ばれた少なくとも1種を0.05~4.50重量%含み、pHが6~12であることを特徴とする、ノロウイルス用などの消毒液、さらに、(C)グリセリン脂肪酸エステルを0.20~0.30重量%含む消毒液(例えば、特許文献2参照)、
3) カリシウイルスの存在が疑われ、かつタンパク質を含有する物に、有効成分としてエタノールと酸を含み、pHが2.5~5.0の範囲にある水溶液からなる組成物を接触させることを含む、タンパク質共存下のカリシウイルスを不活化する方法(例えば、特許文献3参照)、
4) (a)エタノール濃度が65~75重量%、(b)グリセリン脂肪酸エステルの含有量が0.03~0.15重量%、(c)乳酸またはその塩の含有量が、乳酸として1.0~1.8重量%、(d)クエン酸またはその塩の含有量が、クエン酸として0.2~0.5重量%、(e)pH3~4であることを満たす水溶液である、抗ウイルス、抗細菌および抗真菌用の薬剤(例えば、特許文献4参照)、
5) 水と、エタノール8.05~85.70重量%と、陽イオンと、陰イオンと、酸剤とを含む水溶液状のウイルス不活性化剤であって、前記酸剤は、クエン酸、リンゴ酸、乳酸、リン酸、酒石酸、アジピン酸、コハク酸及びフィチン酸からなる群から選択される少なくとも1種であり、前記陽イオン及び前記陰イオンの種類は、K及びSO 2-の組み合わせ、Fe2+及びSO 2-の組み合わせ、Cu2+及びSO 2-の組み合わせ、K及びAl3+並びにSO 2-の組み合わせ、NH 及びAl3+並びにSO 2-の組み合わせ、Na及びNO の組み合わせ、NH 及びNO の組み合わせ、Na及びNO の組み合わせ、K及びNO の組み合わせ、NH 及びNO の組み合わせ、Na及びSCNの組み合わせ、又は、Na及びIの組み合わせであることを特徴とするウイルス不活性化剤(例えば、特許文献5参照)、
6) エタノールと、炭酸塩(炭酸ナトリウム、炭酸カリウム及び炭酸アンモニウムからなる群から選択される少なくとも1種)と、酸剤とを含むウイルス不活性化剤であって、前記ウイルス不活性化剤中の前記炭酸塩の質量濃度は、0.10重量%を超えて、8.00重量%未満であることを特徴とするウイルス不活性化剤(例えば、特許文献6参照)、などが知られている。
【0008】
上記特許文献1~6は、エタノールや各種酸などを用いる点で、本発明の近接技術を開示するものであるが、これらは下記の点等で本発明とは技術思想(構成及びその特有の作用効果)等が相違するものである。
上記特許文献1の実施例等には、低級アルコールとして、エタノール(危険物として取り扱われる有効成分量95%)35~75質量%と、有機酸としてクエン酸やその塩等を0.05~10質量%と、モノグリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステルなどを含有するとともに、且つ組成物の原液のpH(25℃)が、高アルカリ域の8~12の範囲に設定されている殺菌消毒剤組成物であり、本発明で用いるフマル酸を用いるものでなく、また、エタノールの濃度も高く、かつ、pHもアルカリ域のため、手荒れ等が生じやすいなどの課題があるものである。
上記特許文献2では、エタノールを50~70重量%と、有機酸としてフマル酸を併用できる記載があるが実施例のサポートはなく、しかも、フマル酸単独でウイルスの不活性化できることについての記載や示唆乃至実証はなされていないものであり、また、リンゴ酸、その塩などを用いた実施例1~4及び比較例1~2を考察すると、pHが酸性域(4.0、4.2)では消毒効果がないものである。
上記特許文献3~6は、エタノールと酸(クエン酸、乳酸等)との併用、更に、炭酸塩や陽イオン・陰イオンなどを各所定の濃度範囲でそれぞれ含有するものであるが、フマル酸の記載や示唆はないものであり、本発明とは技術思想が相違するものである。
【0009】
なお、従来より、エタノールを消毒用アルコール等として、また、上記各特許文献に記載されるように、他の各成分などと併用されているが、アルコール濃度が60質量%以上では、日本国では消防法に定める危険物に該当し、その取り扱いに注意する必要があり、また、一定以上の量を貯蔵・取り扱う場合には届出・申請が必要となるものである。
また、フマル酸は、食品添加物の酸味料として使用されており、有機酸の中でも殺菌力が非常に強いため、食品(野菜など)の洗浄や食品工場のタンク・ライン等の殺菌洗浄などに使用されているものであるが、フマル酸自体がインフルエンザウイルス、ノロウイルス、新型コロナウイルス(SARS-CoV2)に対して不活化できることは今まで知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2009-173641号公報(特許請求の範囲、実施例等)
【文献】特開2014- 19659号公報(特許請求の範囲、実施例等)
【文献】特開2014-129372号公報(特許請求の範囲、実施例等)
【文献】特開2019- 73453号公報(特許請求の範囲、実施例等)
【文献】特開2019-156810号公報(特許請求の範囲、実施例等)
【文献】特開2019-182761号公報(特許請求の範囲、実施例等)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記従来技術の課題及び現状などに鑑み、これを解消しようとするものであり、取り扱い性に優れ、無臭であり、安全かつ効率よくインフルエンザウイルス、ノロウイルス、新型コロナウイルス(SARS-CoV2)の不活化を実現できるウイルス不活化製剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記従来の課題等について、鋭意検討した結果、食品の酸味料として使用されている有機酸の中で、フマル酸をインフルエンザウイルス、ノロウイルス、新型コロナウイルス(SARS-CoV2)のウイルス不活化に利用できないかを検討・実証試験などを施したところ、上記目的のウイルス不活化製剤が得られることを見出し、本発明のウイルス不活化製剤を完成するに至ったのである。
すなわち、本発明の第1発明では、ウイルス不活化製剤は、フマル酸を主成分とすることを特徴とし、また、第2発明では、フマル酸とエタノールとを含有することを特徴とする。
前記フマル酸の含有量は0.005~1質量%であることが好ましく、また、前記エタノールの含有量は50質量%以下であることが好ましい。
前記ウイルス不活化剤のpHが2.0~5.5であることが好ましい。
前記ウイルス不活化剤には、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、キサンタンガム、安息香酸ナトリウム、ソルビン酸カリウム、ポリリジン、デヒドロ酢酸及びデヒドロ酢酸ナトリウムから選ばれる少なくとも1種を含有することが好ましい。
前記ウイルス不活化剤は、不活化できるウイルスがインフルエンザウイルス、ネコカリシウイルス、新型コロナウイルス(SARS-CoV2)であることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、取り扱い性に優れ、無臭であり、安全かつ効率よくインフルエンザウイルス、ノロウイルス、新型コロナウイルス(SARS-CoV2)の不活化を実現できるウイルス不活化製剤が提供される。
本発明の目的及び効果は、特に請求項において指摘される構成要素及び組み合わせを用いることによって認識され且つ得られるものである。本明細書における前述の一般的な説明及び後述の詳細な説明の両方は、例示的及び説明的なものであり、特許請求の範囲に記載されている本発明を制限するものではない。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本発明の実施形態を詳しく説明する。但し、本発明の技術的範囲は、下記で詳述するそれぞれの実施の形態に限定されず、特許請求の範囲に記載された発明とその均等物に及ぶ点に留意されたい。
本発明のウイルス不活化製剤は、第1発明ではフマル酸を主成分とすることを特徴とするものであり、また、第2発明ではフマル酸とエタノールとを含有することを特徴とするものである。
【0015】
用いるフマル酸は、インフルエンザウイルス(エンベロープウイルス)、ノロウイルス(ノンエンベロープウイルス)、新型コロナウイルス(SARS-CoV2)のウイルス不活化成分として使用するものであり、構造式〔HOOC-CH=CH-COOH(トランス体)〕で表され、水難溶性の結晶性の粉末である。
用いるフマル酸は、特に限定されないが、好ましくは、体積平均粒子径30μm以下、より好ましくは15μm以下、特に好ましくは10μm以下であり、原料として市販されているフマル酸を乾式又は湿式の方法で粉砕して上記好ましい粒径のものを使用する。また、原料製造時に好ましい粒径になるよう結晶化させて取り出したものを使用しても良い。
【0016】
用いるフマル酸の含有量は、ウイルス不活化製剤全量に対して、0.005~1質量%(以下において、「質量%」を単に「%」として表記する)、更に好ましくは、0.03~0.6%とすることが望ましい。
このフマル酸の含有量が0.005%未満であると、本発明の効果が発揮できないことがあり、一方、1%超過であると、溶解性が十分でなく、好ましくない。
【0017】
また、本第2発明では、上記フマル酸単独でインフルエンザウイルス、ノロウイルス(ネコカリシウイルス代替)に対して不活化成分として作用するものであるが、更に、製品安定性の点、貯蔵安定性の点から、フマル酸とエタノールとを併用することができる。
この併用の場合における、フマル酸の含有量は、ウイルス不活化製剤全量に対して、上記フマル酸単独の場合と同様(0.005~1%、好ましくは、0.01~0.6%)であり、エタノールの含有量は、好ましくは、50%以下、更に好ましくは、5~40%、特に好ましくは、10~40%であることが望ましい。
このエタノールの含有量を50%以下とすることにより、危険物でなく、安全に取り扱い、また、安全に保管することができ、しかも、手にやさしく対応できものとなる。更に、5%以上とすることにより、製品・貯蔵安定性に優れた製品とすることができる。
【0018】
上記第1発明及び第2発明のウイルス不活化製剤は、好ましくは、抗ウイルス効果の点から、そのpHを2.0~5.5、更に好ましくは、2.2~4.0とすることが望ましい。
このpHを2.0以上とすることにより、手肌に優しい抗ウイルス剤とすることができ、一方、pHを5.5以下とすることにより、強い抗ウイルス効果製剤とすることができる。
上記pH範囲(2.0~5.5)の調整は、上記フマル酸の含有量の調整により、また、エタノールを併用する場合は、エタノールの含有量の調整により、更に、残部となる水(水道水、蒸留水、イオン交換水、精製水、純水、超純水など)の含有量により調整でき、更に、フマル酸塩・クエン酸塩・リンゴ酸塩・乳酸塩等の有機酸塩を添加することで、調整することができる。
【0019】
また、上記第1発明及び第2発明のウイルス不活化製剤は、好ましくは、可溶化性の点、製品安定性の点、防カビ効果の点から、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、キサンタンガム、安息香酸ナトリウム、ソルビン酸カリウム、ポリリジン、デヒドロ酢酸及びデヒドロ酢酸ナトリウムから選ばれる少なくとも1種を含有することが好ましい。
これらの成分は食品添加物として使用されているものであり、その安全性は確認されている。
【0020】
上記グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、キサンタンガムは、フマル酸の難溶性(水への溶解度:25℃、0.63g/100mL)を勘案し、ウイルス不活化製剤中での分散性能、分散安定性を向上させると共に、保湿成分として有用であり、好ましくは、ウイルス不活化製剤全量に対して、合計含有量を好ましくは、0.001~20%、更に好ましくは、0.003~17.5%とすることが望ましい。
【0021】
より好ましくは、第1発明では、フマル酸は、予め所定の体積平均粒子径となるフマル酸がグリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、キサンタンガムの上記分散安定剤等で分散された水分散液を用いることが好ましく、特に好ましくは、組成物全量に対して、体積平均粒子径が10μm以下の上記所定量のフマル酸と、キサンタンガム0.01~5%、グリセリン脂肪酸エステル0.025~12.5%、残部となる上記水を含有するフマル酸水分散液を用いることが望ましい。
また、第2発明では、組成物全量に対して、体積平均粒子径が10μm以下の上記所定量のフマル酸と、上記所定量のエタノールと、キサンタンガム0.01~5%、グリセリン脂肪酸エステル0.025~12.5%、残部となる上記水を含有するフマル酸エタノール水分散液を用いることが望ましい。
【0022】
また、上記安息香酸ナトリウム、ソルビン酸カリウム、ポリリジン、デヒドロ酢酸及びデヒドロ酢酸ナトリウムは、食品・化粧品で用いられている保存料であり、必要に応じて、これらの成分を含有させることで、フマル酸単独の場合などの防カビ対策、保存安定性を更に実現することができ、好ましくは、ウイルス不活化製剤全量に対して、合計含有量で0.01~5%、更に好ましくは、0.1~2%とすることが望ましい。
【0023】
このように構成される本発明の第1発明、第2発明の各ウイルス不活化製剤は、取り扱い性に優れ、安全かつ効率よくインフルエンザウイルス、ノロウイルス、新型コロナウイルス(SARS-CoV2)の不活化を実現できる。特に、ノロウイルス(ネコカリシウイルスによる代替実験による)、インフルエンザウイルス、新型コロナウイルス(SARS-CoV2)の不活化効果が顕著である。
本発明のウイルス不活化剤は、食品工場、喫茶店、レストラン、ホテル、居酒屋、学校給食、セントラルキッチン、スーパーのバックヤード等の調理台、病院・介護施設、及びこれら施設の空間、冷蔵庫、保管庫のほか、テーブル、机、出入口のドアノブ等の硬表面、エレベーターの押しボタン、PCなどの画面、スマートフォン等のタッチ面などウイルスの付着する恐れがある部分に適用することができる。
マスク・タオル・シーツ・布巾・テーブルクロス・ウェットシート・除菌ウェットシート・白衣・衣料等、皮膚と接触する製品にも適用できる。
また、本発明のウイルス不活化剤は、マスク・タオル・シーツ・布巾・テーブルクロス・カーテン・白衣・衣料等の繊維、又は、床板・畳・壁・襖・椅子・テーブル・ドア・キッチン設備・調理台等の屋内設備、および、自動車の内装材等に、ウイルス不活化剤(フマル酸水溶液)に浸漬、もしくは散布後、乾燥する方法にて、フマル酸を固定し、抗ウイルス加工を施すことができる。更に、抗ウイルス効果を長期持続するために、ウイルス不活化剤にアクリル系・ポリウレタン系・ポリエステル系等の所定濃度のバインダーを併用(配合)して使用することができる。
【0024】
更に、フマル酸は、食品の酸味料として使用され、適用する濃度では、酸味もほとんどなく無臭・無色透明であり、農水産物等の生鮮品や、口腔・鼻腔・皮膚へも適用できる。
ウイルス不活化剤の使用方法としては特に限定されないが、例えば、対象物をウイルス不活化剤に浸漬、対象物にウイルス不活化剤を塗布又は噴霧(例えば、トリガースプレー、ディスペンサースプレー、エアゾール等)し、そのまま自然乾燥してもよいし、風乾、拭き取り等をして使用することができる。対象物に塗布又は噴霧する量としては、対象物にまんべんなく塗布又は噴霧できればよく、その量は特に限定されないが、例えば、約1~20mLである。
また、本発明のウイルス不活化剤は不織布に含浸させてウイルス不活化材とすることもでき、これをウェットシートとしてふき取り作業を行うことにより、効率的にウイルス不活化することができる。
【実施例
【0025】
次に、下記試験例により本発明を更に詳細に説明する。
〔試験例1:実施例1~2〕
下記組成のサンプル1,2を用いて、下記試験法により、ウイルス不活化の試験(評価)を行った。なお、試験サンプル1,2のpH値は、pHメーター HM-30G(東亜DKK社製)を用いて、液温25℃で、測定した(後述する試験例2以降についても同様に測定した)。
試験サンプル1の組成(全量100%):
フマル酸(体積平均粒子径が10μm、以下同様) 0.3%
キサンタンガム 0.002%
グリセリン脂肪酸エステル 0.005%
水(精製水) 99.693%
pH値 2.3
試験サンプル2の組成(全量100%):
フマル酸 0.3%
エタノール 50%
キサンタンガム 0.002%
グリセリン脂肪酸エステル 0.005%
水(精製水) 49.693%
pH値 2.3
【0026】
(試験方法)
上記で調製した試験サンプル1,2を用いて、下記試験ウイルスにより、抗ウイルス試験、具体的には各試験サンプル溶液0.9mlと試験ウイルス液0.1mlを混和し、30分間(5分間)静置する。その後、SCDLP:9mlを加え、10倍希釈系列を作製し、プラーク法により作用後のウイルス感染価を求めた。この数値が小さい程、ウイルス感染価が小さいことを示す。
これらの結果を下記表1に示す。
試験ウイルス1:Feline calicivirus F-9株(ネコカリシウイルス、ATCC VR-782)
宿主細胞:CRFK細胞(ATCC CCL-94)
試験ウイルス2:Influenza A virus (H3N2) A/Hong Kong/8/68株(A型インフルエンザウイルス、ATCC VR-1679)
宿主細胞:MDCK細胞(ATCC CCL-34)
【0027】
【表1】
【0028】
上記表1の結果から明らかなように、サンプル1及びサンプル2は、感染価が定量以下の10以下となり、抗ウイルス活性値は、5以上となった。
本発明となる実施例1及び2(サンプル1、2)の抗ウイルス製剤は、非常に強い抗ウイルス効果を発揮することが判明した。
【0029】
〔試験例2~6〕
次に、下記試験例2~6で、フマル酸と他の有機酸(クエン酸、乳酸)との比較によるウイルス不活化試験、フマル酸の濃度変化によるウイルス不活化試験、フマル酸とエタノールとの併用によるウイルス不活化試験、フマル酸の作用時間の変化によるウイルス不活化試験、新型コロナウイルス(SARS-CoV2)に対するウイルス不活化試験(上記抗ウイルス活性値を算出)を行った。なお、各サンプル溶液において、フマル酸などの濃度が同じサンプルの場合、pH値の記載は以後省略する。
【0030】
〔試験例2:実施例3及び比較例1~2〕
下記表2に示す試験区を用いて、下記試験ウイルスにより、抗ウイルス試験、具体的には各試験サンプル溶液0.9mlと試験ウイルス液0.1mlを混和し、30分間静置する。その後、SCDLP:9mlを加え、10倍希釈系列を作製し、プラーク法により作用後のウイルス感染価を求め、抗ウイルス活性値を求めた。
これらの結果を下記表2に示す。
試験ウイルス:Feline calicivirus F-9株
(ネコカリシウイルス、ATCC VR-782)
宿主細胞:CRFK細胞(ATCC CCL-94)
【0031】
【表2】
【0032】
〔試験例3:実施例4~6及び比較例3〕
下記表3に示す試験区を用いて、下記試験ウイルスにより、抗ウイルス試験、具体的には各試験サンプル溶液0.9mlと試験ウイルス液0.1mlを混和し、30分間静置する。その後、SCDLP:9mlを加え、10倍希釈系列を作製し、プラーク法により作用後のウイルス感染価を求め、抗ウイルス活性値を求めた。
これらの結果を下記表3に示す。
試験ウイルス:Influenza A virus (H3N2)
A/Hong Kong/8/68株
(A型インフルエンザウイルス、ATCC VR-1679)
宿主細胞 :MDCK細胞(ATCC CCL-34)
【0033】
【表3】
【0034】
〔試験例4:実施例7~9〕
下記表4に示す試験区を用いて、下記試験ウイルスにより、抗ウイルス試験、具体的には各試験サンプル溶液0.9mlと試験ウイルス液0.1mlを混和し、5分間静置する。その後、SCDLP:9mlを加え、10倍希釈系列を作製し、プラーク法により作用後のウイルス感染価を求め、抗ウイルス活性値を求めた。
これらの結果を下記表4に示す。
試験ウイルス:Influenza A virus (H3N2) A/Hong Kong/8/68株(A型インフルエンザウイルス、ATCC VR-1679)
宿主細胞 :MDCK細胞(ATCC CCL-34)
試験ウイルス:Feline calicivirus F-9株(ネコカリシウイルス、ATCC VR-782)
宿主細胞 :CRFK細胞(ATCC CCL-94)
【0035】
【表4】
【0036】
〔試験例5:実施例10~17〕
下記表5、表6に示す試験ウイルスにより、抗ウイルス試験、具体的には各試験サンプル溶液0.9mlと試験ウイルス液0.1mlを混和し、一定時間(15秒、30秒、60秒、30分)静置する。その後、SCDLP:9mlを加え、10倍希釈系列を作製し、プラーク法により作用後のウイルス感染価を求め、抗ウイルス活性値を求めた。
これらの結果を下記表5、表6に示す。
【0037】
試験ウイルス:Influenza A virus (H3N2) A/Hong Kong/8/68株(A型インフルエンザウイルス、ATCC VR-1679)
宿主細胞 :MDCK細胞(ATCC CCL-34)
試験ウイルス:Feline calicivirus
F-9株(ネコカリシウイルス、ATCC VR-782)
宿主細胞 :CRFK細胞(ATCC CCL-94)
【0038】
【表5】
【0039】
【表6】
【0040】
〔試験例6:実施例18~19〕
下記試験方法により、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)への効果について試験した。
(試験方法)
1)下記表7に示す組成の液90μlに、ウイルス液10μlを加える。
2)室温で、1分間静置する。
3)10μlをとり、1000μlの細胞培養液へ懸濁する(1/100希釈)。
4)96-wellプレートを用いて、段階希釈する(TCID50法)
5)3日後に、TCID50値を測定し、ウイルス量を算出する。
※新型コロナウイルス (国立感染症より分与)
ウイルス名 :SARS-CoV-2
ウイルス株名:JPN/TY/WK-521
GISAID : EPI_ISL_408667
Reference : Matsuyama S et al., PNAS 2020, 117: 7001-7003
※培養細胞
細胞株:VeroE6/TMPRSS2
培養液:DMEM low Glc 10% FCS
これらの結果を下記表7に示す。
【0041】
【表7】
【0042】
〔試験例7:実施例20〕
下記試験方法によりフマル酸加工生地のインフルエンザウイルスへの効果について試験した。
ポリエステル生地(株式会社色染社製)を、0.3%のフマル酸液に浸漬し、絞った後に(絞り率110~115%)、80℃にて送風乾燥し、下記表8に示す付着量のフマル酸加工PET生地を作成した。このフマル酸加工生地を用いて、インフルエンザウイルスの抗ウイルス試験を実施した。試験方法〔JIS L 1922(ISO 18184)に準拠)〕を下記に示す。
【0043】
(試験方法)
1.各試験品に、試験ウイルス液を接種する(標準200μl/試験品)
2.25℃で2時間静置する。
(「接種直後」の対照試料は、静置せずにすぐに回収する)
3.SCDLP培地20mlを加え、中和及びウイルスの回収を行う。
4.10倍の段階希釈系列を作成する。
5.用意しておいた宿主細胞に、それぞれ回収原液及び希釈液を接種する。
6.1時間後、寒天培地を重層する。
7.4日間培養後、固定し、寒天を除去した後染色を行う。
8.プラークの数を目視で測定し、ウイルスの感染価を求める。
9.得られた感染価より、抗ウイルス活性値を算出する。
この試験結果を下記表8に示す。
試験ウイルス:Influenza A virus (H3N2) A/Hong Kong/8/68株(A型インフルエンザウイルス、ATCC VR-1679)
【0044】
【表8】
【0045】
〔試験例8:実施例21〕
フマル酸加工生地のネコカリシウイルスへの効果について試験した。
ポリエステル生地(株式会社色染社)を、0.6%のフマル酸液に浸漬し、絞った後に(絞り率110~115%)、80℃にて送風乾燥し、下記表6に示すフマル酸加工PET生地を作成した。フマル酸加工生地を用い、抗ウイルス試験を実施し、抗ウイルス活性値を求めた。
試験ウイルスとして、ネコカリシウイルスを用い、操作は、上記試験例7と同様の方法で抗ウイルス試験を実施した。
これらの結果を下記表9示す。
試験ウイルス:Feline calicivirus F-9株(ネコカリシウイルス、ATCC VR-782)
【0046】
【表9】

【0047】
〔試験例9:実施例22~26〕
フマル酸加工生地の抗ウイルス効果(バインダー併用)について試験した。
上記表7に示すフマル酸+バインダー加工ポリエステル生地(株式会社色染社)を作成し、抗ウイルス効果について評価した。
試験ウイルスとして、ネコカリシウイルスを用い、操作は、上記試験例7と同様の方法で抗ウイルス試験を実施した。
これらの結果を下記表10に示す。
試験ウイルス:Influenza A virus (H3N2) A/Hong Kong/8/68株(A型インフルエンザウイルス、ATCC VR-1679)
【0048】
【表10】

※抗ウイルス活性値:2以上(高価あり)、3以上(十分な効果あり)
上記表10中の各バインダー名は、下記のとおりである。
モビニール963 :日本合成化学工業株式会社(アクリル系)
ライトエポックTF3500 :北広ケミカル株式会社(シリコン系)
エバファノールN-33 :日華化学株式会社(ウレタン系)
ポリエスターWR901 :三菱ケミカル株式会社(ポリエステル系)
ニカゾール-RX-7013ED :日本カーバイド株式会社(アクリル系)
【0049】
更に、上記試験例9に付随して、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus
aureus NBRC12732 )を用いた試験を行った。
試験方法は、「JIS L 1902:2008(ISO 20743)、菌液吸収法」に準拠し、洗濯方法は、「JIS L 0217、103号」に準拠して、下記2種の生地を用いて菌液吸収法による定量試験(抗菌活性値を算出)により行った。
フマル酸-0.1%加工PET生地と、フマル酸-0.1%+モビニール963-3%加工PET生地について試験した。この結果を下記表11に示す。上記抗菌活性値Aは、2.0≦A≦3.0で「抗菌効果が認められる。」、3.0≦Aで「強い効果が認められる。」との評価となっている。
【0050】
【表11】
【0051】
上記表1~11の結果(実施例1~26、参考例1,2及び比較例1~3)を綜合的に考察すると、本発明となるウイルス不活化剤は、ノロウイルス、インフルエンザウイルス、新型コロナウイルス(SARS-CoV2)への不活化効果が認められ、その作業時間も15秒の短時間でも高い抗ウイルス効果を有することが確認された。
上記試験例7~9の結果を含めて考察すると、フマル酸のみも、バインダー併用も、抗ウイルス活性値は、4.4となり、高い抗ウイルス効果を有することが確認された。上記バインダーを併用するメリットとしては、フマル酸濃度を下げても同等の効果を示すことができ、また、洗濯耐性などが要求される場合にも、好ましい態様となることが判った。
【産業上の利用可能性】
【0052】
取り扱い性に優れ、無臭であり、安全かつ効率よくインフルエンザウイルス、ノロウイルス、新型コロナウイルス(SARS-CoV2)の不活化を実現できるウイルス不活化製剤が得られる。