(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-25
(45)【発行日】2024-07-03
(54)【発明の名称】抗癌剤及びその使用
(51)【国際特許分類】
A61K 31/122 20060101AFI20240626BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20240626BHJP
【FI】
A61K31/122
A61P35/00
(21)【出願番号】P 2019228526
(22)【出願日】2019-12-18
【審査請求日】2022-10-28
(73)【特許権者】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100139686
【氏名又は名称】鈴木 史朗
(74)【代理人】
【識別番号】100192773
【氏名又は名称】土屋 亮
(72)【発明者】
【氏名】高橋 智聡
(72)【発明者】
【氏名】河野 晋
(72)【発明者】
【氏名】パイン リン
【審査官】梅田 隆志
(56)【参考文献】
【文献】MATILAINEN, S. et al.,European Journal of Human Genetics,2015年,Vol. 23,No. 3,pp.325-330.
【文献】TESSEM, M.B. et al.,PLOS ONE,2016年,Vol. 11,No. 4, Article:e0153727,pp.1-15.
【文献】KOKA, P.S., et al.,Experimental Biology and Medicine,2010年,Vol. 235,No. 6,pp.751-760.
【文献】リン パインほか,第78回日本癌学会学術総会抄録集,2019年09月28日,Article:E-3037,p.1496.
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-31/80
A61P 1/00-43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表される化合物を有効成分とする、Succinate-CoA Ligase ADP-Forming Beta Subunit(SUCLA2)遺伝子の欠失を伴う前立腺癌用抗癌剤。
【化1】
【請求項2】
前記前立腺癌が、RB Transcriptional Corepressor 1(RB1)遺伝子を更に欠失している、請求項1に記載の抗癌剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗癌剤及びその使用に関する。より詳細には、本発明は、抗癌剤、癌患者に抗癌剤の投与が有効か否かを判定するためのキット、及び、抗癌剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
癌細胞のゲノムにおいて、癌抑制遺伝子のホモ接合性の欠失が典型的に認められる。そして、癌抑制遺伝子の欠失はしばしば隣接する遺伝子の欠失を伴うことが知られている(例えば、非特許文献1を参照)。
【0003】
例えば、RB Transcriptional Corepressor 1(RB1)遺伝子は、第13番染色体長腕(13q14)に位置する癌抑制遺伝子であり、同じく第13番染色体長腕(13q14)に位置するSuccinate-CoA Ligase ADP-Forming Beta Subunit(SUCLA2)遺伝子の近傍に位置している。
【0004】
発明者らは、前立腺癌がRB1遺伝子とSUCLA2遺伝子を高頻度に両欠失していることを見出した。前立腺癌は、治療抵抗性のクローンの出現頻度が高く、難治性であり、より効果的な治療法の開発が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Muller F. L., et al., Passenger deletions generate therapeutic vulnerabilities in cancer, Nature, 488 (7411), 337-342, 2012.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、SUCLA2遺伝子の欠失を伴う癌を治療する新たな技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下の態様を含む。
[1]下記式(1)で表される化合物を有効成分とする、Succinate-CoA Ligase ADP-Forming Beta Subunit(SUCLA2)遺伝子の欠失を伴う癌用抗癌剤。
【化1】
[2]前記癌が、RB Transcriptional Corepressor 1(RB1)遺伝子を更に欠失している、[1]に記載の抗癌剤。
[3]前記癌が、前立腺癌、膀胱癌、浸潤性乳癌、漿液性卵巣嚢腫、膠芽腫、肉腫又は肺腺癌である、[1]又は[2]に記載の抗癌剤。
[4]SUCLA2遺伝子のゲノムDNA増幅用プライマーセット、SUCLA2遺伝子のゲノムDNAに対するプローブ、SUCLA2遺伝子のcDNA増幅用プライマーセット、SUCLA2遺伝子のmRNAに対するプローブ、又は、SUCLA2タンパク質に対する特異的結合物質、を含む、癌患者に下記式(1)で表される化合物を有効成分とする抗癌剤の投与が有効か否かを判定するためのキット。
【化2】
[5]癌組織試料において、SUCLA2遺伝子のゲノムDNAを検出する工程を含み、SUCLA2遺伝子のゲノムDNAの欠失が検出されたことが、前記癌組織試料が由来する癌の治療に下記式(1)で表される化合物を有効成分とする抗癌剤の投与が有効であることを示すか、SUCLA2遺伝子のmRNAの発現を検出する工程を含み、SUCLA2遺伝子のmRNAの発現の低下が検出されたことが、前記癌組織試料が由来する癌の治療に下記式(1)で表される化合物を有効成分とする抗癌剤の投与が有効であることを示すか、又は、SUCLA2タンパク質の発現を検出する工程を含み、SUCLA2タンパク質の発現の低下が検出されたことが、前記癌組織試料が由来する癌の治療に下記式(1)で表される化合物を有効成分とする抗癌剤の投与が有効であることを示す、前記癌組織試料が由来する癌の治療に下記式(1)で表される化合物を有効成分とする抗癌剤の投与が有効であるか否かを判定する方法。
【化3】
[6]癌患者由来の生体試料中の、メチルマロン酸、スクシニルカルニチン、メチルマロニルカルニチン、プロピオニルカルニチン、メチルクエン酸又は3-ヒドロキシプロピオン酸の含有量を定量する工程を含み、メチルマロン酸、スクシニルカルニチン、メチルマロニルカルニチン、プロピオニルカルニチン、メチルクエン酸又は3-ヒドロキシプロピオン酸の含有量が対照と比較して有意に高いことが、前記癌患者の癌の治療に下記式(1)で表される化合物を有効成分とする抗癌剤の投与が有効であることを示す、前記癌患者の癌の治療に下記式(1)で表される化合物を有効成分とする抗癌剤の投与が有効であるか否かを判定する方法。
【化4】
[7]被験物質の存在下で、癌抑制遺伝子の近傍に位置する代謝遺伝子を欠失した細胞株を培養する工程と、前記細胞株の生存率を測定する工程と、を含み、前記生存率が、対照と比較して有意に低下することが、前記被験物質が、前記代謝遺伝子の欠失を伴う癌用抗癌剤の候補であることを示す、前記代謝遺伝子の欠失を伴う癌用抗癌剤のスクリーニング方法。
[8]前記細胞株が前記癌抑制遺伝子を更に欠失している、[7]に記載のスクリーニング方法。
[9]前記癌抑制遺伝子がRB1遺伝子であり、前記代謝遺伝子がSUCLA2遺伝子である、[8]に記載のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、SUCLA2遺伝子の欠失を伴う癌を治療する新たな技術を提供することを目的とする。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】(a)及び(b)は、実験例1の結果を示すグラフである。
【
図2】実験例6におけるスクリーニングの結果を示すグラフである。
【
図3】実験例7における細胞生存率の測定結果を示すグラフである。
【
図4】(a)~(d)は、実験例8におけるフローサイトメトリーの結果を示すグラフである。
【
図5】(a)及び(b)は、
図4(a)~(d)の結果に基づいて作成したグラフである。
【
図6】実験例9における腫瘍体積の測定結果を示すグラフである。
【
図7】(a)及び(b)は、実験例9における、対照群及びチモキノン投与群の担癌モデルマウスの代表的な写真である。
【
図8】実験例9において、対照群及びチモキノン投与群の担癌モデルマウスから摘出した腫瘍塊の写真である。
【
図9】
図8に示す腫瘍塊の腫瘍重量の測定結果を示すグラフである。
【
図10】実験例10において、切断カスパーゼ3陽性細胞の数を測定した結果を示すグラフである。
【
図11】実験例12におけるウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。
【
図12】実験例13におけるフローサイトメトリー解析の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[抗癌剤]
1実施形態において、本発明は、下記式(1)で表される化合物を有効成分とする、SUCLA2遺伝子の欠失を伴う癌用抗癌剤を提供する。下記式(1)で表される化合物は、チモキノン(CAS番号:490-91-5)である。実施例において後述するように、本実施形態の抗癌剤は、SUCLA2遺伝子の欠失を伴う癌細胞に対する細胞傷害性が高い。
【0011】
【0012】
本実施形態の抗癌剤が有効な癌は、SUCLA2遺伝子と共にRB1遺伝子を欠失している場合が多い。これは、癌悪性進展過程において癌抑制遺伝子を欠失する時に、近傍に位置する遺伝子を巻き込んで欠失するためであると考えられる。SUCLA2遺伝子と共にRB1遺伝子を欠失している癌としては、例えば、前立腺癌、膀胱癌、浸潤性乳癌、漿液性卵巣嚢腫、膠芽腫、肉腫、肺腺癌等が挙げられる。
【0013】
SUCLA2タンパク質は、TCA回路において、サクシニル-CoAをコハク酸に変換する酵素である、Succinate-CoA Ligaseヘテロダイマーのβサブユニットを構成するタンパク質である。SUCLA2タンパク質が欠失するか又は変異により活性が低下した場合、メチルマロニル-CoAムターゼが抑制される。この結果、血液中のメチルマロン酸、スクシニルカルニチン、メチルマロニルカルニチン、プロピオニルカルニチンの濃度が増加することが知られている。また、尿中のメチルマロン酸、メチルクエン酸、3-ヒドロキシプロピオン酸の濃度が増加することが知られている。
【0014】
本実施形態の抗癌剤は、SUCLA2タンパク質の上記活性、すなわち、サクシニル-CoAをコハク酸に変換する活性が低下した癌に有効である。本明細書において、「SUCLA2遺伝子の欠失を伴う癌」とは、SUCLA2遺伝子座の一部又は全部をホモ接合性又はヘテロ接合性に欠失した癌、SUCLA2遺伝子座に、SUCLA2遺伝子の発現を低下させる変異がホモ接合性又はヘテロ接合性に生じた癌、SUCLA2遺伝子座に、SUCLA2タンパク質の上記活性を低下させる変異がホモ接合性又はヘテロ接合性に生じた癌等であってよい。
【0015】
本実施形態の抗癌剤は、薬学的に許容される担体と混合された医薬組成物として製剤化されていることが好ましい。医薬組成物は、経口的に使用される剤型であってもよく、非経口的に使用される剤型であってもよい。経口的に使用される剤型としては、例えば錠剤、カプセル剤、エリキシル剤、マイクロカプセル剤等が挙げられる。非経口的に使用される剤型としては、例えば注射剤、吸入剤、坐剤、貼付剤等が挙げられる。
【0016】
薬学的に許容される担体としては、例えば、滅菌水、生理食塩水等の溶媒;ゼラチン、コーンスターチ、トラガントガム、アラビアゴム等の結合剤、結晶性セルロース等の賦形剤;アルギン酸等の膨化剤等が挙げられる。
【0017】
医薬組成物は添加剤を更に含んでいてもよい。添加剤としては、ステアリン酸マグネシウム等の潤滑剤;ショ糖、乳糖、サッカリン等の甘味剤;ペパーミント、アカモノ油等の香味剤;ベンジルアルコール、フェノールの安定剤;リン酸塩、酢酸ナトリウム等の緩衝剤;安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール等の溶解補助剤;酸化防止剤;防腐剤等が挙げられる。
【0018】
医薬組成物は、上記の担体及び添加剤を適宜組み合わせて、一般に認められた製薬実施に要求される単位用量形態で混和することによって製剤化することができる。
【0019】
患者への投与は、例えば、動脈内注射、静脈内注射等のほか、鼻腔内的、経気管支的、筋内的、経皮的又は経口的に当業者に公知の方法により行いうる。投与量は、患者の体重や年齢、患者の症状、投与方法等により変動するが、当業者であれば適当な投与量を適宜選択することが可能である。
【0020】
本実施形態の抗癌剤の投与量は、患者の症状等により変動するが、経口投与の場合、一般的に成人(体重60kgとして)においては、1日あたり約300~5000mg、例えば約1000~4000mg、例えば約200~2000mg程度を、1日1回、又は数回に分けて投与することが適切であると考えられる。
【0021】
非経口的に投与する場合、その投与量は、患者の症状、対象臓器、投与方法等により変動するが、全身投与を行う場合は、一般的に成人(体重60kgとして)においては、1日あたり約1~10g、例えば約1~5g、例えば約1~2g程度を、1日1回、又は数回に分けて投与することが適切であると考えられる。局所投与を行う場合は、一般的に成人(体重60kgとして)においては、1日あたり約300~1200mg、例えば約300~800mg、例えば約100~600mg程度を、1日1回、又は数回に分けて投与することが適切であると考えられる。
【0022】
[キット]
1実施形態において、本発明は、SUCLA2遺伝子のゲノムDNA増幅用プライマーセット、SUCLA2遺伝子のゲノムDNAに対するプローブ、SUCLA2遺伝子のcDNA増幅用プライマーセット、SUCLA2遺伝子のmRNAに対するプローブ、又は、SUCLA2タンパク質に対する特異的結合物質、を含む、癌患者にチモキノンを有効成分とする抗癌剤の投与が有効か否かを判定するためのキットを提供する。本実施形態のキットにより、癌患者にチモキノンを有効成分とする抗癌剤の投与が有効か否かを判定することができる。
【0023】
(ゲノムDNA増幅用プライマーセット)
本実施形態のキットは、SUCLA2遺伝子のゲノムDNA増幅用プライマーセットを含んでいてもよい。プライマーセットの塩基配列は、ゲノム上のSUCLA2遺伝子を増幅することができれば特に限定されない。
【0024】
癌患者由来の癌組織試料中のゲノムDNAを、SUCLA2遺伝子のゲノムDNA増幅用プライマーセットで増幅すると、癌組織試料中の癌細胞がゲノムDNA上にSUCLA2遺伝子を保持していた場合には、SUCLA2遺伝子の増幅が認められる。
【0025】
一方、癌組織試料中の癌細胞がゲノムDNA上のSUCLA2遺伝子をホモ接合性に欠失していた場合には、SUCLA2遺伝子の増幅が認められない。また、癌組織試料中の癌細胞がゲノムDNA上のSUCLA2遺伝子をヘテロ接合性に欠失していた場合には、SUCLA2遺伝子の増幅の減少が認められる。
【0026】
癌組織試料中の癌細胞がSUCLA2遺伝子をホモ接合性又はヘテロ接合性に欠失していた場合には、癌組織試料が由来する癌患者の癌の治療にチモキノンを有効成分とする抗癌剤の投与が有効であると判定することができる。
【0027】
(ゲノムDNAに対するプローブ)
本実施形態のキットは、SUCLA2遺伝子のゲノムDNAに対するプローブを含んでいてもよい。プローブの塩基配列は、ゲノム上のSUCLA2遺伝子を検出することができれば特に限定されない。プローブは核酸アレイを構成していてもよい。
【0028】
癌患者由来の癌組織試料由来のゲノムDNAにSUCLA2遺伝子のゲノムDNAに対するプローブをハイブリダイズさせると、癌組織試料中の癌細胞がゲノムDNA上にSUCLA2遺伝子を保持していた場合には、プローブがハイブリダイズし、SUCLA2遺伝子の存在を検出することができる。
【0029】
一方、癌組織試料中の癌細胞がゲノムDNA上のSUCLA2遺伝子をホモ接合性に欠失していた場合には、プローブがハイブリダイズできず、SUCLA2遺伝子の存在が認められない。また、癌組織試料中の癌細胞がゲノムDNA上のSUCLA2遺伝子をヘテロ接合性に欠失していた場合には、SUCLA2遺伝子にハイブリダイズするプローブの量の減少が認められる。
【0030】
癌組織試料中の癌細胞がSUCLA2遺伝子をホモ接合性又はヘテロ接合性に欠失していた場合には、癌組織試料が由来する癌患者の癌の治療にチモキノンを有効成分とする抗癌剤の投与が有効であると判定することができる。
【0031】
(cDNA増幅用プライマーセット)
本実施形態のキットは、SUCLA2遺伝子のcDNA増幅用プライマーセットを含んでいてもよい。プライマーセットの塩基配列は、SUCLA2遺伝子のcDNAを増幅することができれば特に限定されない。
【0032】
癌患者由来の癌組織試料からRNAを抽出し、SUCLA2遺伝子のcDNA増幅用プライマーセットを用いたRT-PCRにより増幅すると、癌組織試料中の癌細胞がSUCLA2遺伝子のmRNAを発現していた場合には、SUCLA2遺伝子のcDNAの増幅が認められる。
【0033】
一方、癌組織試料中の癌細胞がSUCLA2遺伝子のmRNAを発現していない場合には、SUCLA2遺伝子のcDNAの増幅が認められない。癌細胞がSUCLA2遺伝子のmRNAを発現していない場合としては、ゲノムDNA上のSUCLA2遺伝子をホモ接合性に欠失していた場合、遺伝子変異等によりSUCLA2遺伝子のmRNAを発現できなくなっている場合等が挙げられる。
【0034】
また、癌組織試料中の癌細胞がSUCLA2遺伝子のmRNAの発現を、対照細胞と比較して低下させている場合もある。このような場合としては、ゲノムDNA上のSUCLA2遺伝子をヘテロ接合性に欠失していた場合、遺伝子変異等によりSUCLA2遺伝子のmRNAの発現量が低下している場合等が挙げられる。このような場合には、癌組織試料中の癌細胞由来のRNAのRT-PCRによるSUCLA2遺伝子のcDNAの増幅量が対照細胞と比較して低下する。ここで、対照細胞としては、例えば、野生型の細胞が挙げられる。
【0035】
癌組織試料中の癌細胞がSUCLA2遺伝子のmRNAを発現していないか、又は、SUCLA2遺伝子のmRNAの発現量を低下させている場合には、癌組織試料が由来する癌患者の癌の治療にチモキノンを有効成分とする抗癌剤の投与が有効であると判定することができる。
【0036】
(mRNAに対するプローブ)
本実施形態のキットは、SUCLA2遺伝子のmRNAに対するプローブを含んでいてもよい。プローブの塩基配列は、SUCLA2遺伝子のmRNAを検出することができれば特に限定されない。プローブは核酸アレイを構成していてもよい。
【0037】
癌患者由来の癌組織試料からRNAを抽出し、SUCLA2遺伝子のmRNAに対するプローブをハイブリダイズさせると、癌組織試料中の癌細胞がSUCLA2遺伝子のmRNAを発現していた場合には、プローブがハイブリダイズし、SUCLA2遺伝子のmRNAの存在を検出することができる。
【0038】
一方、癌組織試料中の癌細胞がSUCLA2遺伝子のmRNAを発現していない場合には、プローブがハイブリダイズできず、SUCLA2遺伝子のmRNAの存在が認められない。癌細胞がSUCLA2遺伝子のmRNAを発現していない場合としては、ゲノムDNA上のSUCLA2遺伝子をホモ接合性に欠失していた場合、遺伝子変異等によりSUCLA2遺伝子のmRNAを発現できなくなっている場合等が挙げられる。
【0039】
また、癌組織試料中の癌細胞がSUCLA2遺伝子のmRNAの発現を、対照細胞と比較して低下させている場合もある。このような場合としては、ゲノムDNA上のSUCLA2遺伝子をヘテロ接合性に欠失していた場合、遺伝子変異等により、SUCLA2遺伝子のmRNAの発現量が低下している場合等が挙げられる。このような場合には、癌組織試料中の癌細胞から抽出したRNAに対するプローブのハイブリダイズ量が、対照細胞と比較して低下する。ここで、対照細胞としては、例えば、野生型の細胞が挙げられる。
【0040】
癌組織試料中の癌細胞がSUCLA2遺伝子のmRNAを発現していないか、又は、SUCLA2遺伝子のmRNAの発現量を低下させている場合には、癌組織試料が由来する癌患者の癌の治療にチモキノンを有効成分とする抗癌剤の投与が有効であると判定することができる。
【0041】
(特異的結合物質)
本実施形態のキットは、SUCLA2タンパク質に対する特異的結合物質を含んでいてもよい。特異的結合物質としては、抗体、抗体断片、アプタマー等が挙げられる。抗体断片としては、F(ab’)2、Fab’、Fab、Fv、scFv等が挙げられる。特異的結合物質は、SUCLA2タンパク質を検出することができれば特に限定されない。特異的結合物質は、固相に結合されて、例えば、フローストリップ、アレイ等を構成していてもよい。
【0042】
癌患者由来の癌組織試料からタンパク質を抽出し、SUCLA2タンパク質に対する特異的結合物質と接触させると、癌組織試料中の癌細胞がSUCLA2タンパク質を発現していた場合には、特異的結合物質が結合し、SUCLA2タンパク質の存在を検出することができる。
【0043】
一方、癌組織試料中の癌細胞がSUCLA2タンパク質を発現していない場合には、特異的結合物質が結合できず、SUCLA2タンパク質の存在が認められない。癌細胞がSUCLA2タンパク質を発現していない場合としては、ゲノムDNA上のSUCLA2遺伝子をホモ接合性に欠失していた場合、遺伝子変異等によりSUCLA2遺伝子のmRNAを発現できなくなっている場合、遺伝子変異等によりSUCLA2遺伝子のmRNAが翻訳できなくなっている場合等が挙げられる。
【0044】
また、癌組織試料中の癌細胞がSUCLA2タンパク質の発現を、対照細胞と比較して低下させている場合もある。このような場合としては、ゲノムDNA上のSUCLA2遺伝子をヘテロ接合性に欠失していた場合、遺伝子変異等により、SUCLA2遺伝子のmRNAの発現量が低下している場合、遺伝子変異等によりSUCLA2遺伝子のmRNAの翻訳効率が低下している場合等が挙げられる。このような場合には、癌組織試料中の癌細胞から抽出したタンパク質に対する特異的結合物質の結合量が、対照細胞と比較して低下する。ここで、対照細胞としては、例えば、野生型の細胞が挙げられる。
【0045】
癌組織試料中の癌細胞がSUCLA2タンパク質を発現していないか、又は、SUCLA2タンパク質の発現量を低下させている場合には、癌組織試料が由来する癌患者の癌の治療にチモキノンを有効成分とする抗癌剤の投与が有効であると判定することができる。
【0046】
[判定方法]
(第1実施形態)
第1実施形態の判定方法は、癌組織試料が由来する癌の治療にチモキノンを有効成分とする抗癌剤の投与が有効であるか否かを判定する方法であって、以下の(i)~(iii)のいずれかの方法である。
(i)癌組織試料において、SUCLA2遺伝子のゲノムDNAを検出する工程を含み、SUCLA2遺伝子のゲノムDNAの欠失が検出されたことが、前記癌組織試料が由来する癌の治療にチモキノンを有効成分とする抗癌剤の投与が有効であることを示す方法。
(ii)癌組織試料において、SUCLA2遺伝子のmRNAの発現を検出する工程を含み、SUCLA2遺伝子のmRNAの発現の低下が検出されたことが、前記癌組織試料が由来する癌の治療にチモキノンを有効成分とする抗癌剤の投与が有効であることを示す方法。
(iii)癌組織試料において、SUCLA2タンパク質の発現を検出する工程を含み、SUCLA2タンパク質の発現の低下が検出されたことが、前記癌組織試料が由来する癌の治療にチモキノンを有効成分とする抗癌剤の投与が有効であることを示す方法。
【0047】
《ゲノムDNAを検出する工程を含む方法》
本実施形態の判定方法は、(i)癌組織試料において、SUCLA2遺伝子のゲノムDNAを検出する工程を含み、SUCLA2遺伝子のゲノムDNAの欠失が検出されたことが、前記癌組織試料が由来する癌の治療にチモキノンを有効成分とする抗癌剤の投与が有効であることを示す方法であってもよい。
【0048】
SUCLA2遺伝子のゲノムDNAの検出は、上述したSUCLA2遺伝子のゲノムDNA増幅用プライマーセット、SUCLA2遺伝子のゲノムDNAに対するプローブ等を用いて、上述したようにして行うことができる。
【0049】
癌組織試料中の癌細胞がゲノムDNA上のSUCLA2遺伝子をホモ接合性又はヘテロ接合性に欠失していた場合には、癌組織試料が由来する癌の治療にチモキノンを有効成分とする抗癌剤の投与が有効であると判定することができる。
【0050】
《遺伝子レベルでの発現を検出する工程を含む方法》
本実施形態の判定方法は、(ii)癌組織試料において、SUCLA2遺伝子のmRNAの発現を検出する工程を含み、SUCLA2遺伝子のmRNAの発現の低下が検出されたことが、前記癌組織試料が由来する癌の治療にチモキノンを有効成分とする抗癌剤の投与が有効であることを示す方法であってもよい。
【0051】
SUCLA2遺伝子の遺伝子レベルでの発現の検出は、上述したSUCLA2遺伝子のcDNA増幅用プライマーセット、SUCLA2遺伝子のmRNAに対するプローブ等を用いて、上述したようにして行うことができる。
【0052】
癌組織試料中の癌細胞がSUCLA2遺伝子のmRNAを発現していないか、又は、SUCLA2遺伝子のmRNAの発現量を対照細胞と比較して低下させている場合には、癌組織試料が由来する癌の治療にチモキノンを有効成分とする抗癌剤の投与が有効であると判定することができる。ここで、対照細胞としては、例えば、野生型の細胞が挙げられる。
【0053】
《タンパク質レベルでの発現を検出する工程を含む方法》
本実施形態の判定方法は、(iii)癌組織試料において、SUCLA2タンパク質の発現を検出する工程を含み、SUCLA2タンパク質の発現の低下が検出されたことが、前記癌組織試料が由来する癌の治療にチモキノンを有効成分とする抗癌剤の投与が有効であることを示す方法であってもよい。
【0054】
SUCLA2タンパク質の検出は、上述したSUCLA2タンパク質に対する特異的結合物質等を用いて、上述したようにして行うことができる。
【0055】
癌組織試料中の癌細胞がSUCLA2タンパク質を発現していないか、又は、SUCLA2タンパク質の発現量を対照細胞と比較して低下させている場合には、癌組織試料が由来する癌の治療にチモキノンを有効成分とする抗癌剤の投与が有効であると判定することができる。ここで、対照細胞としては、例えば、野生型の細胞が挙げられる。
【0056】
(第2実施形態)
第2実施形態の判定方法は癌患者の癌の治療にチモキノンを有効成分とする抗癌剤の投与が有効であるか否かを判定する方法であって、癌患者由来の生体試料中の、メチルマロン酸、スクシニルカルニチン、メチルマロニルカルニチン、プロピオニルカルニチン、メチルクエン酸又は3-ヒドロキシプロピオン酸の含有量を定量する工程を含み、メチルマロン酸、スクシニルカルニチン、メチルマロニルカルニチン、プロピオニルカルニチン、メチルクエン酸又は3-ヒドロキシプロピオン酸の含有量が対照と比較して有意に高いことが、前記癌患者の癌の治療にチモキノンを有効成分とする抗癌剤の投与が有効であることを示す方法である。
【0057】
第2実施形態の判定方法は、生体試料中の、メチルマロン酸、スクシニルカルニチン、メチルマロニルカルニチン、プロピオニルカルニチン、メチルクエン酸又は3-ヒドロキシプロピオン酸の含有量を指標とする点において第1実施形態の判定方法と主に異なる。上述したように、SUCLA2タンパク質は、TCA回路において、サクシニル-CoAをコハク酸に変換する酵素のサブユニットである。SUCLA2タンパク質が欠失するか又は活性が低下した場合、メチルマロニル-CoAムターゼが抑制される。この結果、血液中のメチルマロン酸、スクシニルカルニチン、メチルマロニルカルニチン、プロピオニルカルニチンの濃度が増加することが知られている。また、尿中のメチルマロン酸、メチルクエン酸、3-ヒドロキシプロピオン酸の濃度が増加することが知られている。
【0058】
第2実施形態の判定方法において、生体試料としては、尿、血液等を用いることができる。生体試料中の、メチルマロン酸、スクシニルカルニチン、メチルマロニルカルニチン、プロピオニルカルニチン、メチルクエン酸又は3-ヒドロキシプロピオン酸の含有量の定量は、例えば液体クロマトグラフィー(LC)-質量分析(MS)、LC-MS/MS、ガスクロマトグラフィー(GC)-MS、GC-MS/MS等により行うことができる。
【0059】
癌患者由来の生体試料中の、メチルマロン酸、スクシニルカルニチン、メチルマロニルカルニチン、プロピオニルカルニチン、メチルクエン酸又は3-ヒドロキシプロピオン酸の含有量が対照と比較して有意に高かった場合に、癌患者の癌の治療にチモキノンを有効成分とする抗癌剤の投与が有効であると判定することができる。ここで、対照としては、例えば、健常人由来の生体試料を用いることができる。
【0060】
[スクリーニング方法]
1実施形態において、本発明は、被験物質の存在下で、癌抑制遺伝子の近傍に位置する代謝遺伝子を欠失した細胞株を培養する工程と、前記細胞株の生存率を測定する工程と、を含み、前記生存率が、対照と比較して有意に低下することが、前記被験物質が、前記代謝遺伝子の欠失を伴う癌用抗癌剤の候補であることを示す、前記代謝遺伝子の欠失を伴う癌用抗癌剤のスクリーニング方法を提供する。
【0061】
本実施形態のスクリーニング方法により、代謝遺伝子の欠失を伴う癌に有効な抗癌剤をスクリーニングすることができる。被験物質としては、特に限定されず、例えば、天然化合物ライブラリ、合成化合物ライブラリ、既存薬ライブラリ等を用いることができる。
【0062】
本明細書において、代謝遺伝子とは、生体内のエネルギー恒常性において代謝経路を調節する酵素をコードする遺伝子を意味する。
【0063】
本明細書において、「癌抑制遺伝子の近傍に位置する代謝遺伝子」とは、癌抑制遺伝子を欠失する場合に、当該癌抑制遺伝子と共に欠失する場合がある代謝遺伝子を意味する。より具体的には、癌抑制遺伝子と同じ染色体上に位置し、癌抑制遺伝子との間の距離が例えば500kb以内、例えば300kb以内、例えば200kb以内である代謝遺伝子が挙げられる。
【0064】
癌抑制遺伝子の近傍に位置する代謝遺伝子の具体例としては、例えば、癌抑制遺伝子であるRB1遺伝子の近傍に位置するSUCLA2遺伝子、癌抑制遺伝子であるCyclin Dependent Kinase Inhibitor 2A(CDKN2A)遺伝子及びCyclin Dependent Kinase Inhibitor 2B(CDKN2B)遺伝子の近傍に位置するMethylthioadenosine Phosphorylase(MTAP)遺伝子、癌抑制遺伝子であるSMAD Family Member 4(SMAD4)遺伝子の近傍に位置するMalic Enzyme 2(ME2)遺伝子、癌抑制遺伝子であるATM Serine/Threonine Kinase(ATM)遺伝子の近傍に位置するAcetyl-CoA Acetyltransferase 1(ACAT1)遺伝子、癌抑制遺伝子であるRho Guanine Nucleotide Exchange Factor 12(ARHGER12)遺伝子の近傍に位置するSterol-C5-Desaturase(SC5D)遺伝子、癌抑制遺伝子であるPhosphatase And Tensin Homolog(PTEN)遺伝子の近傍に位置するGlutamate Dehydrogenase 1(GLUD1)遺伝子等が挙げられる。
【0065】
本実施形態のスクリーニング方法において、スクリーニングに使用する細胞株(試験対象細胞)は、代謝遺伝子を欠失し、その近傍の癌抑制遺伝子を保持していてもよいし、代謝遺伝子及びその近傍の癌抑制遺伝子の双方を欠失していてもよい。癌抑制遺伝子の近傍に位置する代謝遺伝子を欠失した細胞株は、ゲノム編集等により人工的に作製した細胞であってもよいし、樹立された細胞株であってもよい。
【0066】
本実施形態のスクリーニング方法において、細胞株の生存率の測定方法は特に限定されず、通常用いられる方法を適宜用いることができる。例えば、トリパンブルー、ヨウ化プロピジウム(PI)等により死細胞を選択的に染色し、全細胞数に対する死細胞の割合を生存率として用いてもよいし、3-(4,5-ジメチル-チアゾール-2-イル)-2,5-ジフェニルテトラゾリウムブロマイド(MTT)等のテトラゾリウム化合物を用いた方法により生細胞数を測定し、生存率を算出してもよい。
【0067】
被験物質の存在下で試験対象細胞を培養した結果、試験対象細胞の生存率が、対照と比較して有意に低下した場合、当該被験物質が、代謝遺伝子の欠失を伴う癌用抗癌剤の候補であると判定することができる。ここで、対照としては、例えば、野生型の細胞、代謝遺伝子を欠失させた細胞に更に代謝遺伝子を再導入した細胞等を用いることができる。
【0068】
試験対象細胞の生存率が、対照細胞と比較して低下したか否かは、例えば、下記式(F1)により殺傷割合(Killing ratio)を算出して判定してもよい。
殺傷割合=試験対象細胞の生存率/対照細胞の生存率 …(F1)
【0069】
試験対象細胞の生存率が、対照細胞の生存率と等しい場合、殺傷割合は1となる。殺傷割合の値が1より低いことは、試験対象細胞の生存率が、対照細胞の生存率よりも低いことを示す。そして、殺傷割合の値が低いほど、被験物質が試験対象細胞に特異的な細胞傷害性を有することを示す。
【0070】
[その他の実施形態]
1実施形態において、本発明は、チモキノンの有効量を、治療を必要とする患者に投与することを含む、SUCLA2遺伝子の欠失を伴う癌の治療方法を提供する。SUCLA2遺伝子の欠失を伴う癌については上述したものと同様である。
【0071】
1実施形態において、本発明は、以下の(i)~(iv)のいずれかの方法により、癌患者の癌の治療にチモキノンの投与が有効であるか否かを判定する工程と、前記癌患者の癌の治療にチモキノンの投与が有効であると判定された場合に、前記癌患者にチモキノンの有効量を投与する工程とを含む、癌の治療方法を提供する。
(i)癌患者由来の癌組織試料において、SUCLA2遺伝子のゲノムDNAを検出する工程を含み、SUCLA2遺伝子のゲノムDNAの欠失が検出された場合に、前記癌患者の癌の治療にチモキノンの投与が有効であると判定する方法。
(ii)癌患者由来の癌組織試料において、SUCLA2遺伝子のmRNAの発現を検出する工程を含み、SUCLA2遺伝子のmRNAの発現の低下が検出された場合に、前記癌患者の癌の治療にチモキノンの投与が有効であると判定する方法。
(iii)癌患者由来の癌組織試料において、SUCLA2タンパク質の発現を検出する工程を含み、SUCLA2タンパク質の発現の低下が検出された場合に、前記癌患者の癌の治療にチモキノンの投与が有効であると判定する方法。
(iv)癌患者由来の生体試料中の、メチルマロン酸、スクシニルカルニチン、メチルマロニルカルニチン、プロピオニルカルニチン、メチルクエン酸又は3-ヒドロキシプロピオン酸の含有量を定量する工程を含み、メチルマロン酸、スクシニルカルニチン、メチルマロニルカルニチン、プロピオニルカルニチン、メチルクエン酸又は3-ヒドロキシプロピオン酸の含有量が対照と比較して有意に高い場合に、前記癌患者の癌の治療にチモキノンの投与が有効であると判定する方法。
【0072】
上記(iv)において、生体試料としては、上述したものと同様であり、尿、血液等を用いることができる。また、生体試料中の、メチルマロン酸、スクシニルカルニチン、メチルマロニルカルニチン、プロピオニルカルニチン、メチルクエン酸又は3-ヒドロキシプロピオン酸の含有量の定量は、例えばLC-MS、LC-MS/MS、GC-MS、GC-MS/MS等により行うことができる。また、対照としては、例えば、健常人由来の生体試料を用いることができる。
【0073】
1実施形態において、本発明は、SUCLA2遺伝子の欠失を伴う癌の治療のためのチモキノンを提供する。SUCLA2遺伝子の欠失を伴う癌については上述したものと同様である。
【0074】
1実施形態において、本発明は、SUCLA2遺伝子の欠失を伴う癌の治療薬を製造するためのチモキノンの使用を提供する。SUCLA2遺伝子の欠失を伴う癌については上述したものと同様である。
【実施例】
【0075】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0076】
[実験例1]
(各種癌におけるRB1遺伝子及びSUCLA2遺伝子の欠失1)
公共の癌のゲノム解析データベース(cBioportal)を利用して、様々な癌種におけるRB1遺伝子の欠失及びSUCLA2遺伝子の欠失を検討した。
【0077】
図1(a)及び(b)は、解析結果を示すグラフである。
図1(a)はRB1遺伝子の結果を示し、
図1(b)はSUCLA2遺伝子の結果を示す。
【0078】
その結果、前立腺癌、漿液性卵巣嚢腫、膀胱癌、肉腫、浸潤性乳癌等の様々な癌腫において、RB1遺伝子の欠失が生じていることが明らかとなった。更に、前立腺癌、膀胱癌、浸潤性乳癌、漿液性卵巣嚢腫、膠芽腫、肉腫、肺腺癌等の様々な癌腫において、SUCLA2遺伝子の欠失が生じていることが明らかとなった。
【0079】
[実験例2]
(各種癌におけるRB1遺伝子及びSUCLA2遺伝子の欠失2)
免疫染色により、前立腺癌患者由来の癌組織切片におけるRB1タンパク質及びSUCLA2タンパク質の発現を検討した。癌組織切片としては、市販の組織マイクロアレイ(製品名「Tissue Microarray Human Tumor Tissue(Prostate Tumor, matched Prostatic Intraepithelial Neoplasia (PIN) and Normal Tissue)」、カタログ番号「TM0016」、provitro社)を用いた。なお、この組織マイクロアレイでは、患者情報はブラインドとされていた。
【0080】
下記表1に、前立腺癌患者由来の癌組織におけるRB1タンパク質及びSUCLA2タンパク質の発現の検討結果を示す。その結果、RB1タンパク質の発現が欠失した7例の前立腺癌のうち6例において、SUCLA2タンパク質の発現が欠失していることが明らかとなった。この結果は、少なくとも前立腺癌では、RB1遺伝子とSUCLA2遺伝子が、高頻度に両欠失していることを示す。
【0081】
【0082】
[実験例3]
(SUCLA2ノックアウト細胞株の樹立)
ゲノム編集により、ヒト前立腺癌細胞株であるDU145のSUCLA2遺伝子をノックアウトし、SUCLA2ノックアウト細胞を作製した。具体的には、まず、SUCLA2遺伝子の20塩基の塩基配列(CCGAGGCCGGTGGTTCCGAA、配列番号1)の相補鎖に制限酵素部位(BpiI)を付加したDNA断片を、制限酵素BpiI処理したPX458ベクター(アドジーン社)に挿入し、PX458-sgSUCLA2ベクターを得た。
【0083】
続いて、濃度5×106個/mLのDU145細胞に、8μgのPX458-sgSUCLA2ベクター及び2μgのpcDNA3.1ベクター(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を同時に導入した。遺伝子導入はNeonTransfection System(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いて、プロトコルにしたがい、パルス電圧1,250(V)、パルス幅2(ms)、パルス数2、100μLチップの条件で行った。
【0084】
遺伝子導入後、72時間、5%CO2、37℃で培養した後、培地を400μg/mL G418を含む培地に交換し、2週間培養することにより、PX458-sgSUCLA2及びpcDNA3.1の双方が導入された細胞を選択した。
【0085】
続いて、薬剤選択後の細胞を0.3個/ウェルとなるように96ウェルプレートに播種して、1.5ヶ月培養し、クローンを得た。続いて、得られたクローンのうちウエスタンブロットによりSUCLA2発現が確認されず、サンガーシーケンスによりSUCLA2遺伝子の塩基配列にフレームシフトが認められたものをSUCLA2ノックアウト細胞として以下の実験に用いた。
【0086】
[実験例4]
(SUCLA2遺伝子発現用組換えレンチウイルスベクター及びウイルス液の作製)
SUCLA2遺伝子を発現させるための組換えレンチウイルスベクターを作製し、ウイルス液を調製した。まず、DU145細胞から全RNAを調整した。続いて、PrimeScrip II 1st strand cDNA Synthesis Kit (タカラバイオ)を用いてプロトコルにしたがって全RNAからcDNAを合成した。
【0087】
続いて、合成したcDNAを鋳型として、KOD plus(Toyobo)を用いたPCR反応により、5’末端にattB1配列を付加し、3’末端にattB2配列を付加し、ストップコドンを削除したSUCLA2遺伝子断片を増幅した。
【0088】
続いて、得られたPCR産物をGateway BP Clonase II Enzyme mix(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いてpDONR223ベクターにクローニングした。続いて、DNAシーケンサー3130(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いてベクターの塩基配列をシーケンスし、目的通りの遺伝子組換えができていることを確認した。
【0089】
続いて、Gateway LR Clonase Enzyme mix(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いて、pDONR223ベクターにクローニングしたSUCLA2遺伝子断片を、pLenti6.3/V5-DESTベクター(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)にサブクローニングした。以下、このベクターを「SUCLA2発現プラスミド」という場合がある。
【0090】
また、同様の方法により、LacZ遺伝子断片をpLenti6.3/V5-DESTベクターにサブクローニングした。以下、このベクターを「LacZ発現プラスミド」という場合がある。
【0091】
続いて、以下の方法により組換えレンチウイルスを作製した。まず、293FT細胞(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を、10%ウシ胎児血清(FBS)含有DMEMに6×106個/10cmディッシュとなるように播種し、5%CO2、37℃で24時間培養した。
【0092】
続いて、293FT細胞に、パッケージングプラスミド及び1μgのSUCLA2発現プラスミドを導入した。また、対照としてLacZ発現プラスミドを導入した。遺伝子導入は、OPTI-MEM 1mLにDNA3μg及び1mg/mLポリエチレンイミン(分子量15,000)を9μL添加後、室温で15分静置し、混合液を培地に滴下することで行った。
【0093】
遺伝子導入から18時間後に培地を交換し、48時間後に培地を回収した。回収した培地を0.45μm PVDF膜(ザルトリウス社)で濾過した後、ポリエチレングリコールを用いて濃縮し、8μg/mL polybrene(ナカライテスク社)を添加してウイルス液とした。
【0094】
[実験例5]
(SUCLA2再構成細胞株の樹立)
実験例3で作製したSUCLA2ノックアウト細胞に、実験例4で作製したウイルス液を用いてSUCLA2遺伝子を導入し、SUCLA2再構成細胞株を作製した。
【0095】
具体的には、まず、SUCLA2ノックアウト細胞を6ウェルプレートに3×105個/ウェルとなるように播種した。続いて、培地に実験例4で作製したウイルス液を添加して、SUCLA2ノックアウト細胞とウイルスを24時間接触させ、SUCLA2ノックアウト細胞にウイルスを感染させた。
【0096】
続いて、ウイルス感染後の細胞を、通常のDMEM培地(富士フイルム和光純薬社)で24時間培養した。続いて、培地に2μg/mLのピューロマイシン(インビボジェン社)を添加し、48時間培養することにより、ウイルス感染した細胞を選択した。得られた細胞株を、SUCLA2再構成細胞として以下の実験に用いた。
【0097】
また、LacZ発現プラスミドを用いて調製したウイルス液を、上記と同様にしてSUCLA2ノックアウト細胞に感染させ、ウイルス感染した細胞を選択した。得られた細胞株を、SUCLA2ノックアウト細胞(対照)として以下の実験に用いた。
【0098】
[実験例6]
(化合物ライブラリのスクリーニング)
実験例3で作製したSUCLA2ノックアウト細胞、及び、実験例5で作製したSUCLA2再構成細胞を用いて、SUCLA2ノックアウト細胞特異的に細胞傷害性を示す化合物をスクリーニングした。
【0099】
具体的には、化合物ライブラリ(Enzo Life Sciences社)に含まれる各化合物を、終濃度5μg/mLでSUCLA2ノックアウト細胞及びSUCLA2再構成細胞の培地に添加し、48時間培養した。続いて、市販のキット(製品名「Cell count reagent SF」、ナカライテスク社)を用いて各細胞の生存率を測定した。続いて、下記式(F2)にしたがって殺傷割合(Killing ratio)を算出した。
殺傷割合=SUCLA2再構成細胞の生存率/SUCLA2ノックアウト細胞の生存率 …(F2)
【0100】
図2は、スクリーニングの結果を示すグラフである。グラフの縦軸は殺傷割合を表し、横軸は化合物番号を示す。殺傷割合の値が高いほど、SUCLA2ノックアウト細胞特異的な細胞傷害性を有することを示す。その結果、チモキノンがSUCLA2ノックアウト細胞特異的な細胞傷害性を有することが明らかとなった。
【0101】
[実験例7]
(チモキノンの細胞傷害性のSUCLA2欠失依存性の検証)
チモキノンの細胞傷害性が、SUCLA2欠失依存性であるか否かを検討した。具体的には、まず、実験例3で作製したSUCLA2ノックアウト細胞、及び、実験例5で作製したSUCLA2再構成細胞を、それぞれ3×105個/6cmディッシュとなるように播種した。播種と同時に培地に、0、5、10、15、20、25μg/mLのチモキノンを加え、5%CO2、37℃で48時間培養した。
【0102】
続いて、培養上清及び残存している細胞を回収し、細胞懸濁液に等容量の0.5%トリパンブルー(ナカライテスク社)を添加して混和した。続いて、全細胞数及びトリパンブルー陽性細胞(死細胞)数を、全自動セルカウンターTC20(バイオラッド社)を用いて測定した。続いて、全細胞数に対するトリパンブルー陰性細胞数の割合を細胞生存率として算出した。
【0103】
また、場合により、次の方法で細胞生存率を算出した。まず、実験例3で作製したSUCLA2ノックアウト細胞、及び、実験例5で作製したSUCLA2再構成細胞を、それぞれ1×104個/ウェルとなるように96ウェルプレートに播種した。播種と同時に培地に、0、5、10、15、20、25μg/mLのチモキノンを加え、5%CO2、37℃で48時間培養した。
【0104】
続いて、各細胞のウェルに10μLの生細胞数測定試薬SF(ナカライテスク社)を加えて2時間反応させた。続いて460nmの吸光度をマイクロプレートリーダー(製品名「iMark」、バイオラッド社)で測定した。続いて、チモキノンを添加しなかった細胞の吸光度からブランクの吸光度を引いた値を100%として、細胞生存率を算出した。
【0105】
図3は、細胞生存率に基づいて作成した容量反応曲線のグラフである。
図3中、「-R」はSUCLA2再構成細胞の結果であることを示し、「KO」はSUCLA2ノックアウト細胞の結果であることを示す。
図3の横軸はチモキノンの濃度を示し、縦軸は応答率(%)を示す。
【0106】
その結果、SUCLA2ノックアウト細胞に対するチモキノンのIC50(50%阻害濃度)は5.77μg/mLであり、SUCLA2再構成細胞に対するチモキノンのIC50は18μg/mLであった。この結果は、チモキノンの細胞傷害性が、SUCLA2欠失依存性であることを示す。
【0107】
[実験例8]
(チモキノンによる細胞傷害性の検討)
チモキノンによる細胞傷害がアポトーシスを伴うか否かを検討した。具体的には、まず、実験例3で作製したSUCLA2ノックアウト細胞、及び、実験例5で作製したSUCLA2再構成細胞を、それぞれ6×105個/6cmディッシュとなるように播種した。播種と同時に培地に、10μg/mLのチモキノンを加え、5%CO2、37℃で48時間培養した。また、対照として、チモキノンの代わりに溶媒のみ(DMSO)を添加した細胞も用意した。
【0108】
続いて、培地中の浮遊細胞および接着している細胞を回収し、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で2回洗浄した。続いて、eBioscience Annexin V-FITC Apoptosis Detection Kit(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いてアネキシンV陽性細胞を染色した。また、ヨウ化プロピジウム(PI)で死細胞を染色した。
【0109】
続いて、FACS Canto II(BDバイオサイエンス社)を用いて各細胞を解析した。アネキシンV-FITCの蛍光値が高く、PIの蛍光値が低い細胞は、アポトーシス初期の細胞であり、アネキシンV-FITCの蛍光値及びPIの蛍光値の双方が高い細胞は、アポトーシス後期の細胞である。
【0110】
図4(a)はSUCLA2ノックアウト細胞にDMSOを添加した結果を示すグラフである。
図4(b)はSUCLA2ノックアウト細胞にチモキノンを添加した結果を示すグラフである。
図4(c)はSUCLA2再構成細胞にDMSOを添加した結果を示すグラフである。
図4(d)はSUCLA2再構成細胞にチモキノンを添加した結果を示すグラフである。
図4(a)~(d)において、縦軸はPIの蛍光強度を示し、横軸はアネキシンV-FITCの蛍光強度を示す。
【0111】
また、
図5(a)及び(b)は、
図4(a)~(d)の結果に基づいて作成したグラフである。
図5(a)はアポトーシスを生じた細胞の割合を示すグラフであり、
図5(b)は生細胞の割合を示すグラフである。
図5(a)及び(b)中、「LacZ」はSUCLA2ノックアウト細胞の結果であることを示し、「A2R」はSUCLA2再構成細胞の結果であることを示し、「DMSO」はジメチルスルホキシドを添加した結果であることを示し、「TQ」はチモキノンを示す。その結果、チモキノンによるSUCLA2欠失細胞に対する細胞傷害は、アポトーシスを伴うことが明らかとなった。
【0112】
[実験例9]
(チモキノンの頻回投与によるインビボでの薬効評価)
実験例3で作製したSUCLA2ノックアウト細胞、及び、実験例5で作製したSUCLA2再構成細胞を、それぞれ5×106個/マウスの細胞数でKSN/slcマウス(8週齢、雄)の背部皮下にマトリゲル(BDバイオサイエンス社)とともに移植し、担癌マウスモデルを作製した。担癌マウスモデルは、チモキノンを頻回投与するTQ投与群と、チモキノンの代わりに溶媒のみを投与する対照群とに各群5匹ずつに分けた。
【0113】
各個体の平均腫瘍直径が7mmに到達した後、TQ投与群に対しては、48時間毎にそれぞれチモキノンを20mg/kg体重で計5回腹腔内投与した。一方、対照群に対しては、TQ投与群と同じ投与タイミングで溶媒のみを計5回腹腔内投与した。溶媒としては生化学用コーン油(富士フイルム和光純薬社)を用いた。
【0114】
各群のマウスについて、チモキノンの投与開始から0、3、6、9、11日後に、腫瘍体積を測定した。腫瘍体積の測定は次の通りに行なった。デジタルノギスを用いて、背部皮下に形成された腫瘍の長径と短径を測定し、(長径mm×短径mm×短径mm)/2の値を腫瘍体積として算出した。
【0115】
また、最終投与から24時間後に背部皮下に形成された腫瘍塊を摘出し、腫瘍重量及び個体体重を測定した。腫瘍重量及び腫瘍体積の群間比較には、GraphPad Prismを用いた。腫瘍重量及び各日の腫瘍体積の値について、各細胞におけるコントロール群とTQ投与群との間でTukey-Kramer testを実施し、両側検定にてP<0.01水準で有意差を判定した。
【0116】
図6は、腫瘍体積の測定結果を示すグラフである。
図6中、横軸はチモキノンの投与開始からの時間(日)を示し、縦軸は腫瘍体積の平均値(mm
3)を示す。また、「KO Cont.」は、SUCLA2ノックアウト細胞を移植して形成された腫瘍の対照群における結果であることを示し、「-R Cont.」は、SUCLA2再構成細胞を移植して形成された腫瘍の対照群における結果であることを示し、「KO+TQ」は、SUCLA2ノックアウト細胞を移植して形成された腫瘍のTQ投与群における結果であることを示し、「-R+TQ」は、SUCLA2再構成細胞を移植して形成された腫瘍のTQ投与群における結果であることを示す。
【0117】
図7(a)及び(b)は、チモキノンの投与開始から11日後の対照群及びTQ投与群のマウスの代表的な写真である。
図7(a)は対照群のマウスであり、
図7(b)はTQ投与群のマウスである。
図7(a)及び(b)中、「SUCLA2 KO」はSUCLA2ノックアウト細胞を移植して形成された腫瘍を示し、「SUCLA2 R」はSUCLA2再構成細胞を移植して形成された腫瘍を示す。
【0118】
図8は、チモキノンの投与開始から11日後の対照群及びTQ投与群のマウスから摘出した腫瘍塊の写真である。
図8中、「Control」は対照群のマウスから摘出した腫瘍塊の写真であることを示し、「TQ」はTQ投与群のマウスから摘出した腫瘍塊の写真であることを示す。
図8中、「SUCLA2-KO」はSUCLA2ノックアウト細胞を移植して形成された腫瘍を示し、「SUCLA2-R」はSUCLA2再構成細胞を移植して形成された腫瘍を示す。
【0119】
図9は、
図8に示す腫瘍塊の腫瘍重量の測定結果を示すグラフである。
図9中、グラフの縦軸は腫瘍重量を示し、「A2 KO」はSUCLA2ノックアウト細胞を移植して形成された腫瘍を示し、「A2 R」はSUCLA2再構成細胞を移植して形成された腫瘍を示し、「Cont」は対照群であることを示し、「TQ」はTQ投与群であることを示す。また、「*」はp<0.05で有意差が存在することを示し、「**」はp<0.01で有意差が存在することを示し、「ns」は有意差が存在しないことを示す。
【0120】
その結果、チモキノンの投与により、SUCLA2ノックアウト細胞を移植して形成された腫瘍の体積が有意に減少したことが明らかとなった。この結果は、チモキノンが、インビボでSUCLA2遺伝子の欠失を伴う癌に対する高い細胞傷害性を有することを示す。
【0121】
[実験例10]
(チモキノンを頻回投与した担癌マウスモデルの癌組織の免疫組織学的解析)
実験例10でTQ投与群及び対照群から摘出した腫瘍塊を4%パラホルムアルデヒド中、4℃で一晩固定し、定法にしたがってパラフィン包埋した。続いて、パラフィン包埋した腫瘍サンプルから、4μm厚の薄切標本を作製した。続いて、Histo-Clear(コスモバイオ社)を用いて脱パラフィンした後、エタノールでHisto-Clear(コスモバイオ社)を除去した。続いて、水道水を用いた流水洗浄を10分間行い、続いてPBSを用いて5分間の洗浄を3回行った。続いて、標準的なプロトコルにしたがって、ヘマトキシリン・エオジン染色及び免疫組織学染色を行った。
【0122】
免疫組織学染色では、10mMクエン酸緩衝液(pH6)を用いて加熱による抗原賦活処理を10分間行い、室温で冷却後、蒸留水を用いた5分間の洗浄を2回行った。続いて、3%H2O2を用いて内因性ペルオキシダーゼ賦活化処理を10分間行い、流水洗浄及びPBSを用いた洗浄を行った。
【0123】
続いて、1%ウシ血清アルブミン(BSA)、5%ヤギ正常血清及び0.1%Triton-X100を含むPBSを用いてブロッキング処理を行った。続いて、1次抗体を反応させた。1次抗体として、抗切断カスパーゼ3抗体(セルシグナリングテクノロジー社)を使用した。それぞれ400倍に希釈して4℃で一晩インキュベートした。
【0124】
続いて、2次抗体として、EnVision+Dual Link System-HRP(マウス・ウサギ1次抗体両用タイプ、ダコ社)を切片に滴下し、HRPが接合したポリマーを反応させた。続いて、PBSによる5分間の洗浄を3回行い、Liquid DAB+ Substrate Chromogen System(ダコ社)を用いて発色反応を行った。
【0125】
発色反応時間は5分間とした。発色反応の後、PBSで5分間の洗浄を3回行い、ヘマトキシリン溶液(サクラファインテックジャパン)で対比染色し、脱水及び透徹した。その後、VectaMount Permanent Mounting Medium(ベクターラボラトリーズ社)を用いて封入した。
【0126】
続いて、顕微鏡観察を行い、切断カスパーゼ3陽性細胞の数を測定した。
図10は、一視野中の切断カスパーゼ3陽性細胞の数を測定した結果を示すグラフである。
図10中、「Cont.」は対照群から摘出した腫瘍塊の結果であることを示し、「TQ」はTQ投与群から摘出した腫瘍塊の結果であることを示し、「KO」はSUCLA2ノックアウト細胞を移植して形成された腫瘍の結果であることを示し、「-R」はSUCLA2再構成細胞を移植して形成された腫瘍の結果であることを示す。
【0127】
その結果、SUCLA2ノックアウト細胞を移植して形成された腫瘍にチモキノンを投与すると、切断カスパーゼ3陽性細胞の数が顕著に増加したことが明らかとなった。
【0128】
ところで、Gemininタンパク質は、細胞周期G1期において特異的に発現が減少することが知られているタンパク質である。更に検討を行った結果、SUCLA2ノックアウト細胞を移植して形成された腫瘍にチモキノンを投与すると、Geminin陽性細胞の数が有意に減少したことも明らかとなった。
【0129】
[実験例11]
(Cap analysis gene expression(CAGE)シーケンス法による細胞死誘導遺伝子の発現解析)
実験例5で作製したSUCLA2再構成細胞を1.2×106個/10cmディッシュに播種した。続いて、24時間培養後、終濃度が10μg/mLとなるようにチモキノンを添加し、5%CO2、37℃で6時間培養した。続いて、細胞から全RNAを回収し、精製した。RNAの精製はRNeasy Mini Kit(キアゲン社)を用いてプロトコルにしたがって行った。
【0130】
Bioanalyzer2100(アジレント・テクノロジー社)を用いて測定した、RNA integrity numberが7.0以上であり、吸光度比A260/280及び260/230が1.7以上である純度のRNAをCAGEライブラリ作成に用いた。
【0131】
まず、逆転写酵素を用いてRNAの5’末端キャップよりcDNAを合成すると同時に任意のCAGEバーコードタグを付加した。続いて、NextSeq 550(イルミナ社)を用いてCAGEタグ付加cDNAのシーケンスを行い、得られた配列からリボソーム及びA/C/G/T以外の塩基を含むRNAを除去した後、ヒトhg19ゲノムにBurrows-Wheeler Aligner ソフトウェア(v0.5.9)を用いてマッピングした。
【0132】
遺伝子発現は、マッピングされたタグをREproducible CLUStering methodによりクラスタリングして解析した。ただし、最大irreproducible discovery rateが0.1及び最小tags per millionが0.1を満たさない遺伝子は排除した。
【0133】
発現変動遺伝子検出及びジーンオントロジー解析は、Weighted Average Differentiation法を用いて行った。また、発現変動遺伝子のデータセット解析はGene Set Enrichment Analysisにより行った。下記表2に、ジーンオントロジー解析の結果を示す、表2中、「GO Term」は生物学的プロセスを示し、「FDR」は偽発見率を示す。その結果、チモキノン処理によりアポトーシス実行に関わる遺伝子の発現変動が起こることが明らかとなった。
【0134】
【0135】
[実験例12]
(チモキノンによるアポトーシス誘導効果の検討)
実験例3で作製したSUCLA2ノックアウト細胞、及び、実験例5で作製したSUCLA2再構成細胞を、それぞれ6×105個/6cmディッシュとなるように播種した。播種と同時にチモキノンを終濃度が10μg/mLとなるように培地に添加し、6時間培養した。
【0136】
続いて、RIPA改変細胞溶解バッファーを用いて、タンパク質を抽出後、TaKaRa BCA Protein Assay Kit(タカラバイオ株式会社)にてタンパク質濃度を測定し、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(PAGE)及びPVDF膜への転写を行った。続いて、ウエスタンブロッティングにより切断カスパーゼ3及び切断Poly(ADP-Ribose) Polymerase (PARP)を検出し、アポトーシス誘導効果を評価した。
【0137】
図11はウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。
図11中、「KO」はSUCLA2ノックアウト細胞の結果であることを示し、「-R」はSUCLA2再構成細胞の結果であることを示す。また、「DM」は対照としてDMSOを添加した結果であることを示し、「TQ」はチモキノンを添加した結果であることを示す。また、「Cont.」は親細胞株の結果であることを示す。その結果、チモキノン処理群ではアポトーシスの実行分子である切断カスパーゼ3のタンパク量が増加することが明らかとなった。
【0138】
[実験例13]
(チモキノンによるアポトーシス誘導効果のZ-VAD-FMKによる阻害)
実験例3で作製したSUCLA2ノックアウト細胞、及び、実験例5で作製したSUCLA2再構成細胞を、それぞれ6×105個/6cmディッシュとなるように播種した。播種と同時に、終濃度10μg/mLのチモキノンを単独で、又は、終濃度20μMの細胞透過性の全カスパーゼ阻害剤であるZ-VAD-FMK(プロメガ社)と共に培地に添加し、5%CO2、37℃で48時間培養した。
【0139】
続いて、培地中の浮遊細胞及び接着細胞を回収し、PBSで2回洗浄した。続いて、eBioscience Annexin V-FITC Apoptosis Detection Kit(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いてアネキシンV陽性細胞を染色した。また、ヨウ化プロピジウム(PI)で死細胞を染色した。続いて、FACS Canto II(BDバイオサイエンス社)を用いて各細胞を解析した。
【0140】
図12は、フローサイトメトリー解析の結果を示すグラフである。
図12中、縦軸は、アネキシンV陽性細胞(アポトーシスを起こした細胞)の割合(%)を示し、「SUCLA2-KO」はSUCLA2ノックアウト細胞の結果であることを示し、「SUCLA2-R」はSUCLA2再構成細胞の結果であることを示す。また、「DMSO」は対照としてDMSOを添加した結果であることを示し、「TQ」はチモキノンを添加した結果であることを示し、「TQ+Z-VAD-FMK」はチモキノン及びZ-VAD-FMKを添加した結果であることを示す。また、「N.S」は有意差が認められなかったことを示す。
【0141】
その結果、SUCLA2ノックアウト細胞では、チモキノンの投与によりアポトーシスが誘導され、チモキノンと共にZ-VAD-FMKを添加すると、アポトーシスが抑制されることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0142】
本発明は、SUCLA2遺伝子の欠失を伴う癌を治療する新たな技術を提供することを目的とする。
【配列表】