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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-25
(45)【発行日】2024-07-03
(54)【発明の名称】複合型糖鎖を遊離する方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 19/28 20060101AFI20240626BHJP
   C12P 21/02 20060101ALI20240626BHJP
   C12N 9/24 20060101ALN20240626BHJP
【FI】
C12P19/28 ZNA
C12P21/02 B
C12N9/24
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2019135853
(22)【出願日】2019-07-24
(65)【公開番号】P2020022440
(43)【公開日】2020-02-13
【審査請求日】2022-07-22
(31)【優先権主張番号】P 2018141928
(32)【優先日】2018-07-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000173924
【氏名又は名称】公益財団法人野口研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100139594
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100194973
【弁理士】
【氏名又は名称】尾崎 祐朗
(72)【発明者】
【氏名】高島 晶
(72)【発明者】
【氏名】黒河内 政樹
(72)【発明者】
【氏名】天野 純子
(72)【発明者】
【氏名】松田 昭生
【審査官】中野 あい
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-080453(JP,A)
【文献】国際公開第2013/051608(WO,A1)
【文献】"ACCESSION: R7DEW3 (entry version 20), ORFNames=BN686_01484 [Tannerella sp. CAG:51]",2018年02月28日,UniProt Entry history [online], 28-FEB-2018 uploaded , UniProt, <URL: https://rest.uniprot.org/unisave/R7DEW3?format=txt&versions=20 >, [24-MAY-2023 retrieved] ,which retrieved from the internet: <URL: https://www.uniprot.org/uniprotkb/R7DEW3/history >
【文献】"ACCESSION: R5IK23 (entry version 18), ORFNames=BN472_01808 [Tannerella sp. CAG:118]",2017年11月22日,UniProt Entry history [online], 22-NOV-2017 uploaded , UniProt, <URL: https://rest.uniprot.org/unisave/R5IK23?format=txt&versions=18 >, [24-MAY-2023 retrieved] ,which retrieved from the internet: <URL: https://www.uniprot.org/uniprotkb/R5IK23/history >
【文献】"ACCESSION: A0A1B1S6C5 (entry version 11), ORFNames=A4V02_00305 [Parabacteroides sp. YL27(Muribaculum intestinale YL27)]",UniProt Entry history [online], 22-NOV-2017 uploaded , UniProt, <URL: https://rest.uniprot.org/unisave/A0A1B1S6C5?format=txt&versions=11 >, [24-MAY-2023 retrieved] ,which retrieved from the internet: <URL: https://www.uniprot.org/uniprotkb/A0A1B1S6C5/history >
【文献】"ACCESSION: A0A1Q6GL14 (entry version 6), ORFNames=BHV75_07725 [Bacteroides oleiciplenus]",2018年01月31日,UniProt Entry history [online], 31-JAN-2018 uploaded , UniProt, <URL: https://rest.uniprot.org/unisave/A0A1Q6GL14?format=txt&versions=6 >, [24-MAY-2023 retrieved],which retrieved from the internet: <URL: https://www.uniprot.org/uniprotkb/A0A1Q6GL14/history >
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00-41/00
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖タンパク質、糖ペプチド、または糖鎖から複合型糖鎖を遊離する方法であって、糖鎖の非還元末端側の糖の相違を認識する微生物由来のエンドグリコシダーゼを用いて非変性条件で複合型糖鎖を遊離し、前記エンドグリコシダーゼがTannerella属細菌由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼであるEndo-Tsp1006であって、以下の(a)、(b)または(c)のタンパク質であることを特徴とする方法。
(a)配列表配列番号3のアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列表配列番号3のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつEndo-Tsp1006酵素活性を有するタンパク質
(c)配列表配列番号3のアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、かつEndo-Tsp1006酵素活性を有するタンパク質
【請求項2】
糖タンパク質、糖ペプチド、または糖鎖から複合型糖鎖を遊離する方法であって、糖鎖の非還元末端側の糖の相違を認識する微生物由来のエンドグリコシダーゼを用いて非変性条件で複合型糖鎖を遊離し、前記エンドグリコシダーゼがMuribaculum属細菌由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼであるEndo-Bac1008であって、以下の(a)、(b)または(c)のタンパク質であることを特徴とする方法。
(a)配列表配列番号7のアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列表配列番号7のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつEndo-Bac1008酵素活性を有するタンパク質
(c)配列表配列番号7のアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、かつEndo-Bac1008酵素活性を有するタンパク質
【請求項3】
糖タンパク質、糖ペプチド、または糖鎖から複合型糖鎖を遊離する方法であって、糖鎖の非還元末端側の糖の相違を認識する微生物由来のエンドグリコシダーゼを用いて非変性条件で複合型糖鎖を遊離し、前記エンドグリコシダーゼがTannerella属細菌由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼであるEndo-Tsp1263であって、以下の(a)、(b)または(c)のタンパク質であることを特徴とする方法。
(a)配列表配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列表配列番号1のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつEndo-Tsp1263酵素活性を有するタンパク質
(c)配列表配列番号1のアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、かつEndo-Tsp1263酵素活性を有するタンパク質
【請求項4】
糖タンパク質、糖ペプチド、または糖鎖から複合型糖鎖を遊離する方法であって、糖鎖の非還元末端側の糖の相違を認識する微生物由来のエンドグリコシダーゼを用いて非変性条件で複合型糖鎖を遊離し、前記エンドグリコシダーゼがBacteroides属細菌由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼであるEndo-Bno1263であって、以下の(a)、(b)または(c)のタンパク質であることを特徴とする方法。
(a)配列表配列番号9のアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列表配列番号9のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつEndo-Bno1263酵素活性を有するタンパク質
(c)配列表配列番号9のアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、かつEndo-Bno1263酵素活性を有するタンパク質
【請求項5】
糖タンパク質、糖ペプチドまたは糖鎖から糖鎖を遊離する方法であって、非還元末端側の糖の相違を認識する複数のエンドグリコシダーゼを用いて非変性条件で糖鎖を遊離し、前記複数のエンドグリコシダーゼがTannerella属細菌由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼであるEndo-Tsp1457、Endo-Tsp1603、Endo-Tsp1263、Endo-Tsp1006、Muribaculum属細菌由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼであるEndo-Bac1008、およびBacteroides属細菌由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼであるEndo-Bno1263のいずれかの組合せ、あるいはすべてであり、
前記Endo-Tsp1457が、
(a)配列表配列番号5のアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列表配列番号5のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつEndo-Tsp1457酵素活性を有するタンパク質
(c)配列表配列番号5のアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、かつEndo-Tsp1457酵素活性を有するタンパク質、であり、
前記Endo-Tsp1603が、
(a)配列表配列番号11のアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列表配列番号11のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつEndo-Tsp1603酵素活性を有するタンパク質
(c)配列表配列番号11のアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、かつEndo-Tsp1603酵素活性を有するタンパク質、であり、
前記Endo-Tsp1263が、
(a)配列表配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列表配列番号1のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつEndo-Tsp1263酵素活性を有するタンパク質
(c)配列表配列番号1のアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、かつEndo-Tsp1263酵素活性を有するタンパク質、であり、
前記Endo-Tsp1006が、
(a)配列表配列番号3のアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列表配列番号3のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつEndo-Tsp1006酵素活性を有するタンパク質
(c)配列表配列番号3のアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、かつEndo-Tsp1006酵素活性を有するタンパク質、であり、
前記Endo-Bac1008が、
(a)配列表配列番号7のアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列表配列番号7のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつEndo-Bac1008酵素活性を有するタンパク質
(c)配列表配列番号7のアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、かつEndo-Bac1008酵素活性を有するタンパク質、であり、そして
前記Endo-Bno1263が、
(a)配列表配列番号9のアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列表配列番号9のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつEndo-Bno1263酵素活性を有するタンパク質
(c)配列表配列番号9のアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、かつEndo-Bno1263酵素活性を有するタンパク質、であることを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか一項に記載の方法を用いて複合型糖鎖を切断させた糖タンパク質、糖ペプチドまたは糖鎖を製造する方法。
【請求項7】
請求項に記載の方法を用いて特定構造の複合型糖鎖を切断させた糖タンパク質、糖ペプチドまたは糖鎖を製造する方法。
【請求項8】
非変性条件で、糖タンパク質、糖ペプチド、または糖鎖から複合型糖鎖を遊離させるための組成物であって、糖鎖の非還元末端側の糖の相違を認識する微生物由来のエンドグリコシダーゼを含前記エンドグリコシダーゼが、Endo-Tsp1263、Endo-Tsp1006、Endo-Bac1008、又はEndo-Bno1263であり、
前記Endo-Tsp1263が、
(a)配列表配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質、
(b)配列表配列番号1のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつEndo-Tsp1263酵素活性を有するタンパク質、又は
(c)配列表配列番号1のアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、かつEndo-Tsp1263酵素活性を有するタンパク質、であるEndo-Tsp1263、であり、
前記Endo-Tsp1006が、
(a)配列表配列番号3のアミノ酸配列からなるタンパク質、
(b)配列表配列番号3のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつEndo-Tsp1006酵素活性を有するタンパク質、又は
(c)配列表配列番号3のアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、かつEndo-Tsp1006酵素活性を有するタンパク質、であるEndo-Tsp1006、であり、
前記Endo-Bac1008が、
(a)配列表配列番号7のアミノ酸配列からなるタンパク質、
(b)配列表配列番号7のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつEndo-Bac1008酵素活性を有するタンパク質、又は
(c)配列表配列番号7のアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、かつEndo-Bac1008酵素活性を有するタンパク質、であり、そして
前記Endo-Bno1263が、
(a)配列表配列番号9のアミノ酸配列からなるタンパク質、
(b)配列表配列番号9のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつEndo-Bno1263酵素活性を有するタンパク質、又は
(c)配列表配列番号9のアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、かつEndo-Bno1263酵素活性を有するタンパク質、である、
前記組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合型糖鎖を非変性条件で糖タンパク質、糖ペプチド、または糖鎖から遊離する方法、および該糖鎖が切断された糖タンパク質、糖ペプチド、または糖鎖の製造方法に関する。N結合型糖鎖は、還元末端側にあるジアセチルキトビオース(GlcNAc-GlcNAc)ユニットにβ1-4結合したマンノース(Man)があり、それに対してα1-3およびα1-6の結合様式でマンノースが結合している、コア5糖を形成している。以下に説明する複合型糖鎖は、これら両マンノースにβ1-2の結合様式でN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)が結合している。3本鎖以上の多分岐型の複合型糖鎖とは、上記両マンノースのいずれかあるいは両方に、β1-2の結合様式で結合したN-アセチルグルコサミンに加えて、β1-4あるいはβ1-6、もしくは両方の結合様式でN-アセチルグルコサミンが結合している糖鎖である。bisecting GlcNAcとは、ジアセチルキトビオースユニットにβ1-4結合したマンノースに対してβ1-4の結合様式で結合したN-アセチルグルコサミンのことであり、これを含む糖鎖がbisecting GlcNAc糖鎖である。非変性条件とは、界面活性剤、尿素、グアニジン塩酸塩などのタンパク質変性剤を添加することなく、タンパク質が本来とるべき立体構造を保持した状態にある条件のことである。
【背景技術】
【0002】
糖タンパク質の糖鎖には、セリン、スレオニン残基の側鎖部分の水酸基を介して糖鎖が結合したO結合型糖鎖とアスパラギン残基のアミド基を介して糖鎖が結合したN結合型糖鎖が存在する。N結合型糖鎖は、高マンノース型糖鎖(ジアセチルキトビオースにマンノースのオリゴマーが結合している糖鎖);複合型糖鎖(ジアセチルキトビオースにマンノースおよびN-アセチルグルコサミン、ガラクトース(Gal)、シアル酸(NeuAc)の少なくとも1つが結合した糖鎖);並びに混合(hybrid)型糖鎖(ジアセチルキトビオースに高マンノース型糖鎖と複合型糖鎖が混成している糖鎖)に大別される。構成糖、鎖長、結合様式等の違いによって様々な種類の糖鎖が存在し得る。
【0003】
bisecting GlcNAc糖鎖はヒトやマウスではN-アセチルグルコサミン転移酵素の一種であるGnT-IIIという酵素によって形成される。また3本鎖以上の多分岐型の複合型糖鎖は、ヒトやマウスではN-アセチルグルコサミン転移酵素の一種であるGnT-IV、GnT-V、GnT-IX、ニワトリではGnT-VIといった酵素によって形成される(図1)。本明細書において、「多分岐型糖鎖」とは、3本鎖以上の複合型糖鎖並びにbisecting GlcNAcを有する2本鎖以上の複合型糖鎖を意味する。
【0004】
N結合型糖鎖にbisecting GlcNAcが導入されると、αマンノシダーゼIIやN-アセチルグルコサミン転移酵素であるGnT-II、GnT-IV、GnT-Vといった酵素の反応が阻害され、複合型糖鎖の形成阻害や側鎖の伸長低下が起こる(非特許文献1)。がん細胞においては、GnT-Vによって細胞表面に露出したN結合型糖鎖にβ1,6結合で付加したGlcNAcが導入されると転移能が増大するが、GnT-IIIの過剰発現によってbisecting GlcNAcを導入し、GnT-VによるGlcNAc転移を阻害すると、がん細胞の転移が抑制されることが報告されている(非特許文献2)。また、アルツハイマー病の原因物質の一つであるアミロイドβの産生に関わるBACE1プロテアーゼがbisecting GlcNAc糖鎖の修飾をうけており、この糖鎖修飾を欠損させるとBACE1プロテアーゼの細胞内局在が変化して、アミロイドβの産生が抑制されるとの報告もある(非特許文献3)。
【0005】
N結合型糖鎖の構造解析や、糖タンパク質から糖鎖試料を調製するためには、糖タンパク質から糖鎖を遊離させる必要がある。糖タンパク質から糖鎖を遊離させる化学的な方法としては、糖鎖のアルデヒド基と特異的に結合するヒドラジド基を有する物質を用いる方法があるが、この方法ではタンパク質部分が分解されてしまい、又遊離した糖鎖の構造が部分的に変化する脱アセチル化並びにエピマー化が起こってしまう(特許文献1)。
【0006】
一方、Peptide-N-Glycosidase F(PNGase F)やEndo-β-N-Acetylglucosaminidase(ENGase)といった酵素を用いて糖タンパク質から糖鎖を遊離させる方法もある。PNGase FはN結合型糖鎖(高マンノース型糖鎖、混合型糖鎖、複合型糖鎖)とタンパク質との結合部位(GlcNAc-Asn結合)を、糖鎖の構造にかかわらず特異的に切断する。この際、糖鎖が結合していたAsn残基はAspに変換されるため、タンパク質のアミノ酸配列が変化し、タンパク質機能に影響を及ぼす可能性がある。またPNGase Fによる糖鎖切断では、糖鎖を効率よく除去するためにタンパク質を変性させることがあるため、糖鎖除去後のタンパク質の機能解析には向かない場合がある。
【0007】
ENGaseはN結合型糖鎖の還元末端側にあるジアセチルキトビオースユニット間を特異的に切断するが、この切断反応は各ENGaseの基質特異性に依存する。例えば、Streptomyces plicatus由来のEndoHは、高マンノース型糖鎖と一部の混合型糖鎖を切断できるENGaseであるが、複合型糖鎖は切断できない。切断反応後は、糖鎖が結合していたAsn残基に1残基のGlcNAcが残留している為、PNGase Fによる糖鎖切断反応時にみられるAsn残基のAspへの変換は起こらず、タンパク質のアミノ酸配列は変化しない。またENGaseによる糖鎖切断では、タンパク質を変性させなくても糖鎖を効率よく除去できる場合が多く、糖鎖除去後のタンパク質の機能解析が可能である。
【0008】
近年、糖タンパク質に結合している不均一な糖鎖を均一構造の糖鎖に置換する糖鎖リモデリング法が開発されている(非特許文献4,5、特許文献2)。この方法では、まずENGaseで糖タンパク質の糖鎖を切断し、その結果生じるGlcNAc残基(コアフコースが結合している場合もある)のみを持つ、糖鎖構造的にバリエーションのない均一な糖タンパク質をアクセプター分子とする。つぎに、ENGaseの糖鎖切断活性を抑制し、かつ糖転移活性を発揮させたENGase変異体(グライコシンターゼ)を用いて、化学合成等により調製した均一な糖鎖をアクセプター分子上のGlcNAc残基に転移させる。すると、均一な糖鎖構造をもつ糖タンパク質が調製できる。
【0009】
前述したように、bisecting GlcNAc糖鎖には様々な役割があり、該糖鎖を含む各種の糖タンパク質が存在する。また3本鎖以上の多分岐型糖鎖を含む糖タンパク質も各種存在するが、多分岐型糖鎖にはその占有領域が大きいことや多価結合性といった特徴があり、それらが糖タンパク質の機能、構造、安定性、および糖鎖を介した相互作用などに影響を与える可能性がある。糖タンパク質からこれらの糖鎖を遊離させる場合、PNGase Fを用いることができるが、多くの場合、糖タンパク質を変性させる必要がある。また、PNGase Fを用いて糖鎖を除去したタンパク質は、糖鎖付加部位であるAsn残基(糖鎖切断後はAspに変換される)上にGlcNAcが残留しないため、上記糖鎖リモデリング法の糖タンパク質のアクセプター分子として利用できない。
【0010】
一方、既存のENGaseの中には、様々な糖タンパク質からbisecting GlcNAc糖鎖を効率よく遊離できる酵素が見出されていない。また既存のENGaseの中には、糖タンパク質から一部の多分岐型糖鎖を遊離する活性を有する酵素が存在しているが、その基質特異性によって遊離できる糖鎖の構造が限定されていた。そのため従来技術では、bisecting GlcNAc糖鎖や多分岐型糖鎖を含む様々な糖タンパク質から、タンパク質を変性させることなく該糖鎖を効率よく遊離させることや、上記糖鎖リモデリング法に用いるための糖タンパク質のアクセプター分子を調製することは困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2009-142238号公報
【文献】国際特許公開公報WO2013/120066号
【非特許文献】
【0012】
【文献】Ellen W. Easton et al., J. Biol. Chem. 266, 21674-21680 (1991)
【文献】Masafumi Yoshimura et al., Proc.Natl. Acad. Sci.USA 92, 8754-8758 (1995)
【文献】Yasuhiko Kizuka et al., EMBO Molecular Medicine 7, 175-189 (2015)
【文献】Wei Huang et al., J.Am. Chem. Soc. 134, 12308-12318 (2012)
【文献】Masaki Kurogochi et al., PLoS One 10, e0132848 (2015)
【文献】Daotian Fu et al., Carbohydrate Res. 261, 173-186 (1994)
【文献】Michael J. Treuheit et al., Biochem. J. 283, 105-112 (1992)
【文献】Shinji Hashimoto et al., Cancer 101, 2825-2836 (2004)
【文献】Krista Y. White et al., J. Proteome Res. 8, 620-630 (2009)
【文献】Katsuko Yamashita et al., J. Biol. Chem. 258, 3099-3106 (1983)
【文献】Midori Umekawa et al., J. Biol. Chem. 285, 511-521 (2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は上記背景技術に鑑みてなされたものであり、その課題は、前記問題点を解決し、2本鎖複合型糖鎖、あるいは3本鎖以上の多分岐複合型糖鎖、もしくはbisecting GlcNAc構造を含む複合型糖鎖を、非変性条件で、該糖鎖を含む糖タンパク質、糖ペプチド、または糖鎖からエンドグリコシダーゼを用いて遊離する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、驚くべきことに、Tannerella属細菌由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼであるEndo-Tsp1006およびMuribaculum属細菌由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼであるEndo-Bac1008が、糖鎖の非還元末端にα2,6シアル酸あるいはガラクトースが存在する2本鎖複合型糖鎖、あるいは3本鎖以上の多分岐複合型糖鎖、もしくはbisecting GlcNAc構造を含む複合型糖鎖を、非変性条件で、糖タンパク質から遊離する活性を有することを見出した。さらに、Tannerella属細菌由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼであるEndo-Tsp1263およびBacteroides属細菌由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼであるEndo-Bno1263が、糖鎖の非還元末端にN-アセチルグルコサミンが存在する2本鎖複合型糖鎖、あるいは3本鎖以上の多分岐複合型糖鎖、もしくはbisecting GlcNAc構造を含む複合型糖鎖を、非変性条件で、糖タンパク質から遊離する活性を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
本発明において、Tannerella属細菌由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼであるEndo-Tsp1006とは、以下の(a)、(b)または(c)の組換えタンパク質である。
(a)配列表配列番号3に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質。
(b)配列表配列番号3に記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつEndo-Tsp1006酵素活性を有するタンパク質。
(c)配列表配列番号3に記載のアミノ酸配列と相同性が90%以上のアミノ酸配列からなり、かつEndo-Tsp1006酵素活性を有するタンパク質。
【0016】
本発明において、Muribaculum属細菌由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼであるEndo-Bac1008とは、以下の(a)、(b)または(c)の組換えタンパク質である。
(a)配列表配列番号7に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質。
(b)配列表配列番号7に記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつEndo-Bac1008酵素活性を有するタンパク質。
(c)配列表配列番号7に記載のアミノ酸配列と相同性が90%以上のアミノ酸配列からなり、かつEndo-Bac1008酵素活性を有するタンパク質。
【0017】
本発明において、Tannerella属細菌由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼであるEndo-Tsp1263とは、以下の(a)、(b)または(c)の組換えタンパク質である。
(a)配列表配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質。
(b)配列表配列番号1に記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつEndo-Tsp1263酵素活性を有するタンパク質。
(c)配列表配列番号1に記載のアミノ酸配列と相同性が90%以上のアミノ酸配列からなり、かつEndo-Tsp1263酵素活性を有するタンパク質。
【0018】
本発明において、Bacteroides属細菌由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼであるEndo-Bno1263とは、以下の(a)、(b)または(c)の組換えタンパク質である。
(a)配列表配列番号9に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質。
(b)配列表配列番号9に記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつEndo-Bno1263酵素活性を有するタンパク質。
(c)配列表配列番号9に記載のアミノ酸配列と相同性が90%以上のアミノ酸配列からなり、かつEndo-Bno1263酵素活性を有するタンパク質。
【0019】
なお、糖鎖の非還元末端にα2,6シアル酸、ガラクトース、あるいはN-アセチルグルコサミンが混在する複合型糖鎖も、各糖鎖成分の数、結合位置、結合様式などによって、Endo-Tsp1006、Endo-Bac1008、Endo-Tsp1263あるいはEndo-Bno1263のいずれか、またはすべての酵素、あるいはこれらの酵素を組み合わせて用いることにより、切断されると考えられる。
【0020】
すなわち本発明は、2本鎖複合型糖鎖、あるいは3本鎖以上の多分岐複合型糖鎖、もしくはbisecting GlcNAc構造を含む複合型糖鎖を、非変性条件で、該糖鎖を含む糖タンパク質、糖ペプチド、または糖鎖から、非還元末端側の糖の相違を認識するエンドグリコシダーゼであるEndo-Tsp1006、Endo-Bac1008、Endo-Tsp1263あるいはEndo-Bno1263のいずれか、あるいはこれらの酵素を組み合わせて用いることにより遊離させる方法を提供するものである。
【0021】
また、本発明は、高マンノース型糖鎖を切断する活性を有するTannerella属細菌由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼであるEndo-Tsp1457あるいはEndo-Tsp1603、およびEndo-Tsp1006、Endo-Bac1008、Endo-Tsp1263などのエンドグリコシダーゼを組み合わせて用いることにより、糖タンパク質、糖ペプチド、または糖鎖から、非変性条件で特定構造の糖鎖を遊離する方法、およびそのようにして特定構造の糖鎖が切断された糖タンパク質、糖ペプチド、または糖鎖の製造方法、あるいは特定構造の糖鎖のみが残存した糖タンパク質、糖ペプチド、または糖鎖の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、前記問題点を解決し、試料を変性させることなく酵素処理という簡単なステップにより、効率的かつ低コストで、糖タンパク質、糖ペプチド、または糖鎖から、特定構造の糖鎖を遊離させることができる。また、このようにして遊離された糖鎖は、糖鎖構造解析の試料や、特定構造を有する糖鎖の原料として利用できる。さらに糖鎖が切断された糖タンパク質、糖ペプチドは、ENGaseおよびグライコシンターゼを用いた糖鎖リモデリング法のアクセプター基質として利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】代表的なbisecting GlcNAc糖鎖(G0B糖鎖)を含む多分岐型糖鎖の各種N-アセチルグルコサミン転移酵素による生合成経路を示す。
図2】Endo-Tsp1603、Endo-Tsp147、Endo-Tsp1263、Endo-Tsp1006、Endo-Bac1008およびEndo-Bno1263の各精製酵素のSDS-PAGEによる泳動パターンを示す。
図3A】精製酵素を用いて各種糖タンパク質を基質とした糖鎖切断反応を実施し、その反応産物をSDS-PAGEに供した結果を示す。糖鎖が切断されたタンパク質は「Deglycosylated」を冠して示している。
図3B】精製酵素を用いてovomucoidまたはribonuclease B(RNase B)を基質とした糖鎖切断反応を実施し、その反応産物をSDS-PAGEに供した結果を示す。糖鎖が切断されたタンパク質は「Deglycosylated」を冠して示している。
図4A】Endo-Tsp1457で切断したRNase Bの糖鎖を質量分析解析した結果を示した図である。
図4B】Endo-Tsp1263で切断したovomucoidの糖鎖を質量分析解析した結果を示した図である。
図4C】Endo-Tsp1006で切断したα1-acid glycoprotein(α1-AGP)の糖鎖を質量分析解析した結果を示した図である。
図4D】Endo-Bac1008で切断したα1-AGPの糖鎖を質量分析解析した結果を示した図である。
図5】Endo-Tsp1263、Endo-Tsp1006およびEndo-Bac1008の基質特異性を調べるために用いた各種糖ペプチドの調製法を示す。
図6】Endo-Tsp1263、Endo-Tsp1006およびEndo-Bac1008の各種糖ペプチドに対する切断活性をまとめた図である。
図7】基質としてRNase B、Prostate specific antigen(PSA)、ovomucoidおよびα1-AGPを用いて、各種ENGaseによる糖鎖切断反応を実施し、その反応産物をSDS-PAGEに供した結果を示す。糖鎖が切断されたタンパク質は「Deglycosylated」を冠して示している。酵素溶液由来のバンドにはアスタリスク(*)を付している。
図8】基質としてovomucoidおよびgalactosylated ovomucoidを用いて、Endo-Tsp1263、Endo-Tsp1006およびEndo-Bac1008の各酵素による糖鎖切断反応を実施し、その反応産物をSDS-PAGEに供した結果を示す。糖鎖が切断されたタンパク質は「Deglycosylated」を冠して示している。
図9】RNase B、α1-AGP、およびovomucoidの混合溶液に対し、Endo-Tsp147、Endo-Tsp1263、Endo-Tsp1006およびEndo-Bac1008の各酵素を単独あるいは組み合わせて作用させて糖鎖切断反応を実施し、その反応産物をSDS-PAGEに供した結果を示す。糖鎖が切断されたタンパク質は「Deglycosylated」を冠して示している。
図10】野生型Endo-Tsp1006およびEndo-Tsp1006 N220Q変異体の糖転移活性を測定した結果をまとめた図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施態様および実施方法について詳細に説明するが、本発明は、以下の具体的形態に限定されるものでなく、技術的思想の範囲内で任意に変形することができる。
【0025】
図1に代表的なbisecting GlcNAc糖鎖(G0B糖鎖)を含む多分岐型糖鎖を示すが、本明細書中における「bisecting GlcNAc糖鎖」とは、G0B型糖鎖にさらにガラクトースやシアル酸による修飾が施された糖鎖を含み、また本明細書中における「多分岐型糖鎖」とは、図1に示す各種糖鎖にさらにN-アセチルグルコサミン、N-アセチルガラクトサミン(GalNAc)、ガラクトース、フコース(Fuc)、およびシアル酸などによる修飾が施された糖鎖を含む。これらの糖鎖については、特にことわりのない限り、全体の糖鎖構造に関して、構成糖、鎖長および結合様式の違いは問わない。
【0026】
本発明の各種多分岐型糖鎖を含む複合型糖鎖を非変性条件で遊離する方法は、該糖鎖を含む糖タンパク質、糖ペプチド、または糖鎖から、糖鎖の非還元末端側の糖の相違を認識するエンドグリコシダーゼを用いて該糖鎖を遊離させることを特徴とする。本発明では、エンドグリコシダーゼのうち、酵素番号EC3.2.1.96に分類されるEndo-β-N-Acetylglucosaminidase(ENGase)を用いる。好ましくは、本発明で用いるENGaseは微生物由来の酵素である。微生物は、特に限定されないが、Tannerella属、Prevotella属、Bacteroides属、Muribaculum属、Coprobacter属、Alloprevotella属、Porphyromonadaceae属、Barnesiella属、Paludibacter属、Muribaculum属、Butyricimonas属、Gabonia属、Hallella属、Chlamydia属、Bacillus属、Lactobacillus属、Paenibacillus属、Virgibacillus属などの脊椎動物の口腔や腸内に生息する微生物が好ましく、Tannerella属細菌、Bacteroides属細菌とMuribaculum属細菌が特に好ましい。
【0027】
Tannerella属細菌に由来するENGaseとしては、配列番号2、4、6または12の塩基配列を有する遺伝子によりそれぞれコードされる配列番号1、3、5または11のアミノ酸配列を有する酵素が挙げられる。またMuribaculum属細菌に由来するENGaseとしては、配列番号8の塩基配列を有する遺伝子によりコードされる配列番号7のアミノ酸配列を有する酵素が挙げられる。Bacteroides属細菌に由来するENGaseとしては、配列番号10の塩基配列を有する遺伝子によりコードされる配列番号9のアミノ酸配列を有する酵素が挙げられる。本発明においては、配列番号1のアミノ酸配列を有する酵素をEndo-Tsp1263と呼ぶ。また、配列番号3のアミノ酸配列を有する酵素をEndo-Tsp1006と呼ぶ。さらに、配列番号5のアミノ酸配列を有する酵素をEndo-Tsp1457と呼ぶ。また、配列番号11のアミノ酸配列を有する酵素をEndo-Tsp1603と呼ぶ。さらに、配列番号7のアミノ酸配列を有する酵素をEndo-Bac1008と呼ぶ。また、配列番号9のアミノ酸配列を有する酵素をEndo-Bno1263と呼ぶ。これらの酵素は、それぞれアミノ酸配列全長が1263残基、1006残基、1457残基、1603残基、1008残基および1263残基からなる。
【0028】
あるいは、本発明で用いるENGaseのうち、糖タンパク質、糖ペプチド、または糖鎖から、糖鎖の非還元末端にα2,6シアル酸またはガラクトースが存在する複合型糖鎖を遊離する際に用いるENGaseは、配列番号3または配列番号7のアミノ酸配列のいずれか一つと少なくとも50%、好ましくは少なくとも60%、より好ましくは少なくとも70%の相同性を有するアミノ酸配列を有しており、全長アミノ酸長が1000アミノ酸残基程度の、CAZy(Carbohydrate-Active enZymes Database; www.cazy.org)データベースの分類でGH85ファミリーに属する、活性部位にNxEモチーフとよばれるモチーフを有する酵素である。ここで、「相同性」とは、米国の国立生物工学情報センター(NCBI)により提供されるBLAST解析を標準設定で用いて算出された相同性を意味する。
【0029】
また、本発明で用いるENGaseのうち、糖タンパク質、糖ペプチド、または糖鎖から、糖鎖の非還元末端にN-アセチルグルコサミンが存在する複合型糖鎖を遊離する際に用いるENGaseは、配列番号1または配列番号9のアミノ酸配列と少なくとも50%、好ましくは少なくとも60%、より好ましくは少なくとも70%の相同性を有するアミノ酸配列を有しており、全長アミノ酸長が1200~1300アミノ酸残基程度の、CAZyデータベースの分類でGH85ファミリーに属する、活性部位にNxEモチーフとよばれるモチーフを有する酵素である。
【0030】
本発明で用いるENGaseは、いずれも糖タンパク質や糖ペプチドの糖鎖を遊離させる活性を有する。糖鎖の非還元末端にN-アセチルグルコサミンが存在する多分岐型糖鎖を含む複合型糖鎖を非変性条件で遊離する際に用いる酵素としては、Endo-Tsp1263およびEndo-Bno1263が特に好ましく、また、糖鎖の非還元末端にα2,6シアル酸あるいはガラクトースが存在する多分岐型糖鎖を含む複合型糖鎖を非変性条件で遊離する際に用いる酵素としては、Endo-Tsp1006およびEndo-Bac1008が特に好ましく、さらに、高マンノース型糖鎖を非変性条件で遊離する際に用いる酵素としては、Endo-Tsp1457およびEndo-Tsp1603が特に好ましいが、同様の活性を示す酵素であれば、他のエンドグリコシダーゼを用いても構わない。
【0031】
このような他のエンドグリコシダーゼとしては、微生物や動植物由来のENGaseや、該酵素を遺伝子組換え技術により改変した酵素、およびその酵素に各種のタグを付加した酵素などを挙げることができるが、これらはいずれも本発明の範囲に包含されるものである。
【0032】
遺伝子組換え技術により改変した酵素としては、野生型酵素のアミノ酸配列の一部を改変して、野生型酵素の機能や安定性を向上させた酵素や、糖転移活性などの糖鎖切断活性以外の活性を付与した酵素が含まれる。このうち、糖転移活性を付与した酵素を特にグライコシンターゼとよぶ。
【0033】
本発明で用いる酵素は、該酵素を生産する微生物の培養上清あるいは菌体から、一般的な酵素精製法に用いられるタンパク質抽出法や分画法および各種クロマトグラフィー操作を組み合わせて精製した酵素を用いてもよいし、該酵素をコードする遺伝子を含む組換えベクターにより形質転換された宿主細胞を培養することにより得られた培養物から、同様に精製した酵素を用いてもよい。
【0034】
各種クロマトグラフィー操作とは、ジエチルアミノエチル(DEAE)セファロース等のレジンを用いた陰イオン交換クロマトグラフィー法、スルホプロピル(SP)セファロース等のレジンを用いた陽イオン交換クロマトグラフィー法、ブチルセファロース、フェニルセファロース等のレジンを用いた疎水性クロマトグラフィー法、分子篩を用いたゲルろ過法、アフィニティークロマトグラフィー法、クロマトフォーカシング法、等電点電気泳動等の電気泳動法等の手法のことであり、これらを単独あるいは組み合わせて用い、最終的な酵素精製標品を得ることができる。
【0035】
このようにして精製した酵素を単独あるいは組み合わせて用いることにより、糖タンパク質、糖ペプチドから非変性条件で多分岐型糖鎖を含む特定構造の糖鎖を遊離することができる。遊離した糖鎖を回収し、分画精製すれば、多分岐型糖鎖を含む様々な構造をした糖鎖の原料として利用可能である。さらに、糖タンパク質、糖ペプチドから非変性条件で特定構造の糖鎖、あるいはすべての糖鎖を遊離した糖タンパク質、糖ペプチドは、上記に記載の各種クロマトグラフィー操作等を経て、精製標品を得ることができ、糖鎖リモデリング法のアクセプター基質として利用可能である。
【実施例
【0036】
以下に記載する実施例により、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、これらの実施例に限定されるものではない。
【0037】
<実施例1>多分岐型糖鎖を含む複合型糖鎖を非変性条件で糖タンパク質から遊離するエンドグリコシダーゼの調製方法とその活性測定
bisecting GlcNAc糖鎖は、ヒトやマウスではGnT-IIIという酵素によって形成される、図1に示すような特徴的な構造をもった糖鎖で、様々な糖タンパク質上に存在する。近年、ENGaseおよびその変異体を活用した、不均一な糖鎖を持つ糖タンパク質から均一な糖鎖を持つ糖タンパク質に置き換える糖鎖リモデリング法が開発されたが(非特許文献4,5、特許文献2)、本法を適用するために、糖タンパク質から各種の糖鎖を非変性条件下で遊離させる必要性が生じてきた。一方、様々な糖タンパク質からbisecting GlcNAc糖鎖を効率よく遊離させることができるENGaseはこれまでに報告がなく、非変性条件下で各種糖タンパク質から該糖鎖を遊離させることは困難であった。本発明ではこの課題の克服のため、様々な糖タンパク質からbisecting GlcNAc糖鎖を効率よく遊離させることができるENGaseの探索に取り組んだ。
【0038】
まず糖質関連酵素のデータベースであるCAZy、各種タンパク質のデータベースであるUniProt(www.uniprot.org)および米国の国立生物工学情報センター(NCBI)のデータベース(https://www.ncbi.nim.nih.gov)などを検索したところ、CAZyデータベースの分類でGH85ファミリーに属する微生物由来ENGaseによって形成される3つの酵素グループを見出した。
【0039】
グループ1はアミノ酸数が1000残基前後である酵素が属しており、グループ2はアミノ酸数が1250残基前後である酵素が属しており、グループ3はアミノ酸数が1300残基以上である酵素が属していた。各グループに属する酵素の基質特異性を調べるため、グループ1からはTannerella属細菌由来の1006アミノ酸残基の酵素(配列番号3、Endo-Tsp1006)およびMuribaculum属細菌由来の1008アミノ酸残基の酵素(配列番号7、Endo-Bac1008)、グループ2からはTannerella属細菌由来の1263アミノ酸残基の酵素(配列番号1、Endo-Tsp1263)およびBacteroides属細菌由来の1263アミノ酸残基の酵素(配列番号9、Endo-Bno1263)、グループ3からはTannerella属細菌由来の1457アミノ酸残基の酵素(配列番号5、Endo-Tsp1457)および1603アミノ酸残基の酵素(配列番号11、Endo-Tsp1603)について解析することにした。
【0040】
Endo-Tsp1006の遺伝子(配列番号4)、Endo-Bac1008の遺伝子(配列番号8)、Endo-Tsp1263の遺伝子(配列番号2)、Endo-Bno1263の遺伝子(配列番号10)、Endo-Tsp1457の遺伝子(配列番号6)およびEndo-Tsp1603の遺伝子(配列番号12)をそれぞれ人工合成し、これらを各々pGEX6P-1ベクター(GEヘルスケア)に挿入して、各酵素をグルタチオンS-トランスフェラーゼ(GST)との融合タンパク質として大腸菌にて発現させるための発現ベクターを構築した。この際、各酵素のC末端にはヒスチジン6残基で構成されるタグ配列が付加されるようにした。
【0041】
各発現ベクターを用いて大腸菌BL21(DE3)株を形質転換し、これら形質転換体を50μg/mLのアンピシリンが添加された100mLのLB培地にて、37℃で3時間培養した。つぎにイソプロピル-β-D-チオガラクトピラノシド(IPTG)を0.1mMになるように添加して、25℃で3時間培養した。その後、遠心分離にて菌体を回収し、ここにリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を5mL加えて懸濁し、超音波破砕器にて菌体を破砕した。ここに界面活性剤のTriton X-100を1%になるように加えて、室温で30分振盪後、遠心分離にて上清を回収した。この上清に適量のグルタチオンセファロース(GEヘルスケア)を加えて、4℃で16時間撹拌し、GST融合タンパク質をグルタチオンセファロースに吸着させた。
【0042】
上記グルタチオンセファロースを遠心分離にて回収後、PBSで十分に洗浄し、0.6mLのPreScission Protease(GEヘルスケア)用の反応液(50mM Tris-HCl, 150mM NaCl, 1mM EDTA, 1 mM DTT, pH7.0)に懸濁して、ここにPreScission Proteaseを2ユニット(1μL)加えて、4℃で16時間反応させた。この反応により、GST融合タンパク質からGSTが切断除去される。また、反応液に添加したPreScission Proteaseはグルタチオンセファロースに吸着され、遠心分離にてグルタチオンセファロースごと除去できる。
【0043】
上記反応により、GST融合タンパク質からGSTを切断除去した後、遠心分離にて反応液を回収した。この反応液を、VIVASPIN500(分画分子量3,000、ザルトリウス)を用いて限外ろ過濃縮し、精製酵素標品を得た。図2に各精製酵素のSDS-ポリアクリルアミド電気泳動(PAGE)による泳動パターンを示す。
【0044】
各酵素の基質特異性を調べるため、酵素0.4μgと変性処理を施していない各種糖タンパク質1~3μgを、50mMクエン酸緩衝液(pH5.0またはpH6.0[Endo―Bno1263とEndo―Tsp1603])中で混和し(反応液量10μL)、40℃(Endo―Tsp1603)または45℃、20時間反応させた後、SDS-PAGEに供して糖タンパク質糖鎖の切断状況を解析した。その結果(図3A)、Endo-Tsp1457は高マンノース型糖鎖が結合したribonuclease B(RNase B、非特許文献6)の糖鎖は切断できたが、複合型糖鎖が結合したα1-acid glycoprotein(α1-AGP、おもに2~4本鎖複合型糖鎖が結合;非特許文献7,8)、prostate specific antigen (PSA、おもに2~3本鎖複合型糖鎖が結合;非特許文献9)およびovomucoid(おもにbisecting GlcNAc含有複合型糖鎖が結合;非特許文献10)の糖鎖は切断できなかったことから、高マンノース型糖鎖を好基質とする酵素と考えられた。
【0045】
一方、Endo-Tsp1263はRNase BやPSAの糖鎖は一部しか切断できなかったが、ovomucoidの糖鎖はほぼ切断できたことから、bisecting GlcNAc含有複合型糖鎖を好基質とする酵素と考えられた。また、Endo-Tsp1006とEndo-Bac1008は、α1-AGPとPSAの糖鎖の大部分を切断することができたが、ovomucoidやRNase Bの糖鎖はほとんど切断しなかったことから、多分岐型を含む複合型糖鎖を好基質とする酵素と考えられた。
【0046】
また、Endo-Tsp1263と同じグループ2に属するEndo-Bno1263も、Endo-Tsp1263と同様にovomucoidの糖鎖をほぼ切断できた(図3B)。さらに、Endo-Tsp1457と同じグループ3に属するEndo-Tsp1603も、Endo-Tsp1457と同様にRNase Bの糖鎖を切断できた。
【0047】
Endo-Tsp1457で切断したRNase Bの糖鎖、Endo-Tsp1263で切断したovomucoidの糖鎖、Endo-Tsp1006あるいはEndo-Bac1008で切断したα1-AGPの糖鎖を質量分析により解析した結果を図4A~Dに示す。なお反応は、酵素7μgと変性処理を施していない各種糖タンパク質60μgを、50mMクエン酸緩衝液(pH5.0)中で混和し(反応液量10μL)、45℃、18時間反応させた。
【0048】
図4Aには、RNase Bに結合していた糖鎖のうち、Endo-Tsp1457によって遊離されたM5型(マンノースを5個含む)からM9型(マンノースを9個含む)の高マンノース型糖鎖と考えられる糖鎖由来のシグナルが検出されている。また図4Bには、ovomucoidに結合していた糖鎖のうち、Endo-Tsp1263によって遊離されたbisecting GlcNAc構造を含む2本鎖から5本鎖の複合型糖鎖と考えられる糖鎖由来のシグナルが検出されている。このことは、Endo-Tsp1263はbisecting GlcNAc含有の多分岐型糖鎖の切断活性を有することを示唆する。なおこれらの糖鎖には、糖鎖の非還元末端に露出したN-アセチルグルコサミンが存在する。また図4C,Dには、α1-AGPに結合していた糖鎖のうち、Endo-Tsp1006あるいはEndo-Bac1008によって遊離されたシアル酸を含有した多分岐型糖鎖である2本鎖から4本鎖の複合型糖鎖と考えられる糖鎖由来のシグナルが検出されている。
【0049】
<実施例2>各種糖ペプチドを基質としてEndo-Tsp1263、Endo-Tsp1006およびEndo-Bac1008のエンドグリコシダーゼの基質特異性を調査する方法
Endo-Tsp1263、Endo-Tsp1006およびEndo-Bac1008については、基質特異性をより詳細に調べるため、各種糖ペプチドを基質として、それらの糖鎖の切断活性を測定した。なお、各種糖ペプチドは以下のようにして調製した(図5)。まず鶏卵由来のシアリルグリコペプチド(Sialylglycopeptide,SGP,α2,6A2-peptide;伏見製薬所)を原料として、これに酸処理を施してシアル酸を除去し、G2-peptideとした後に、ガラクトシダーゼを作用させてG0-peptideを調製した。これに対し、HEK293細胞に生産させたヒトのN-アセチルグルコサミン転移酵素GnT-IVまたはGnT-Vの組換え酵素を作用させて、それぞれGN3b-peptide、GN3a-peptideを調製した。これらにHEK293細胞に生産させたヒトのガラクトース転移酵素B4GalT1を作用させて、それぞれG3GN3b-peptide、G3GN3a-peptideを調製した。
【0050】
また、GN3a-peptideにGnT-IVを作用させて、GN4-peptideを調製した。さらに、GN4-peptideにB4GalT1を作用させて、G4GN4-peptideを調製した。このG4GN4-peptideに対し、HEK293細胞に生産させたヒトのα2,3シアル酸転移酵素ST3Gal-IVまたはα2,6シアル酸転移酵素ST6Gal-Iの組換え酵素を作用させて、それぞれα2,3A2―4G4-peptide、α2,6A2―4G4-peptideを調製した。
【0051】
また、G0-peptideにB4GalT1を作用させて、G2-peptideを調製した。ここにα2,3シアル酸転移酵素ST3Gal-IVを作用させて、α2,3A2-peptideを調製した。さらに、G0-peptideにHEK293細胞に生産させたヒトのN-アセチルグルコサミン転移酵素GnT-IIIを作用させて、G0B-peptideを調製した。これにB4GalT1を作用させて、G2B-peptideを調製した。また、G0-peptideにN-アセチルグルコサミニダーゼS(New England Biolabs)を作用させて、M3-peptideを調製した。
【0052】
また、G0-peptideにHEK293細胞に生産させたヒトのα1,6フコース転移酵素FUT8を作用させて、G0F-peptideを調製した。ここにB4GalT1を作用させて、G2F-peptideを調製した。また、SGPに酸処理を施して部分的にシアル酸を除去し、A1aG2-peptideおよびA1bG2-peptideとした後に、シアリダーゼとガラクトシダーゼを作用させてG1a-peptideとG1b-peptideを調製した。
【0053】
各酵素の基質特異性を調べるため、酵素0.25μgと0.25mMの各糖ペプチドを、50mMクエン酸緩衝液(pH5.0)中で混和し(反応液量10μL)、45℃、30分間反応させた後、質量分析にて糖ペプチド糖鎖の切断状況を解析し、比活性(mU/mg)をもとめた結果を図6に示す。その結果、Endo-Tsp1006およびEndo-Bac1008は、糖鎖の非還元末端にα2,6シアル酸またはガラクトースが存在する複合型糖鎖を効率よく切断すると考えられた。なお、両酵素とも非還元末端にガラクトースが存在するbisecting GlcNAc糖鎖であるG2B型糖鎖の切断活性も有していた。一方、Endo-Tsp1263は、bisecting GlcNAc糖鎖であるG0B型糖鎖とG2B型糖鎖に対して切断活性があると考えられていたが、糖鎖の非還元末端にN-アセチルグルコサミンが存在する複合型糖鎖を効率よく切断する事が分かった。よって、この酵素は、非還元末端にガラクトースが存在するbisecting GlcNAc糖鎖であるG2B型糖鎖の切断活性はとても低かった。
【0054】
<実施例3>各種糖タンパク質を基質として各種エンドグリコシダーゼの基質特異性を比較する方法
Endo-Tsp1263、Endo-Tsp1006およびEndo-Bac1008の上記の基質特異性をふまえ、図7には基質としてRNase B、PSA、ovomucoidおよびα1-AGPを用いて、各種ENGaseによる糖鎖切断反応を実施した結果を示す。なお反応は、酵素0.2~0.5μgと変性処理を施していない各種糖タンパク質1~3μgを、各酵素の反応用推奨緩衝液中で混和し(反応液量10μL)、それぞれの酵素反応に適した温度にて18時間反応させた。すなわち、Endo-Tsp1457、Endo-Tsp1263、Endo-Tsp1006、およびEndo-Bac1008は50mMクエン酸緩衝液(pH5.0)中で、45℃で反応させた。Endo-M、Endo-CC、EndoH、およびEndoF1は50mMクエン酸緩衝液(pH6.0)中で、37℃で反応させた。EndoF2およびEndoF3は50mMクエン酸緩衝液(pH4.5)中で、37℃で反応させた。なお、PNGase F(Glycopeptidase F、タカラバイオ)については、製品の添付説明書に従い、非変性条件と変性条件とで反応を行った。反応終了後、SDS-PAGEに供して糖タンパク質糖鎖の切断状況を解析した。
【0055】
RNase Bの糖鎖(高マンノース型糖鎖)は、Endo-M、Endo-CC、EndoH、EndoF1、EndoF2、EndoF3、およびEndo-Tsp1457を用いた反応では完全に切断されていた。PSAの糖鎖(おもに2~3本鎖の複合型糖鎖)は、Endo-M、Endo-CC、およびEndo-Tsp1263を用いた反応では一部の糖鎖が切断されただけであったが、EndoF2、EndoF3、Endo-Tsp1006、およびEndo-Bac1008を用いた反応ではほぼ完全に切断されていた。また、α1-AGPの糖鎖(おもに2~4本鎖複合型糖鎖)は、Endo-M、Endo-CC、EndoF2、およびEndoF3を用いた反応では一部の糖鎖が切断されただけであったが、Endo-Tsp1006およびEndo-Bac1008を用いた反応ではほぼ完全に切断されていた。非特許文献8,9によれば、PSAおよびα1-AGPの糖鎖の非還元末端の大部分にはシアル酸またはガラクトースが存在することが示唆されており、Endo-Tsp1006およびEndo-Bac1008が効率よく切断できる糖鎖構造をしていると考えられる。
【0056】
既存のENGaseの中には、様々な糖タンパク質からbisecting GlcNAc糖鎖を効率よく遊離できる酵素はこれまで見出されていない。図7においても既存のENGaseあるいはEndo-Tsp1006、Endo-Bac1008を用いた酵素反応では、おもにbisecting GlcNAc含有複合型糖鎖が結合しているovomucoidの糖鎖はほとんど切断されなかった。しかしながら、Endo-Tsp1263を用いた場合では、基質糖タンパク質であるovomucoidに変性処理を施すことなく、その糖鎖の大部分を効率よく遊離させることができた。非特許文献10によれば、ovomucoidの多分岐複合型糖鎖の大部分には、bisecting GlcNAc構造を含めて、非還元末端に露出したN-アセチルグルコサミンが存在しており、Endo-Tsp1263が効率よく切断できる糖鎖構造をしている。
【0057】
<実施例4>galactosylated ovomucoidを基質としてEndo-Tsp1263、Endo-Tsp1006およびEndo-Bac1008のエンドグリコシダーゼの基質特異性を調査する方法
図6によれば、Endo-Tsp1006およびEndo-Bac1008は、糖鎖の非還元末端にガラクトースが結合していないG0B型のbisecting GlcNAc糖鎖に対する切断活性は低いが、この糖鎖の非還元末端にガラクトースが2分子結合しているG2B型のbisecting GlcNAc糖鎖に対する切断活性は高い。これに対し、Endo-Tsp1263はG0B型のbisecting GlcNAc糖鎖に対する切断活性は高いが、G2B型のbisecting GlcNAc糖鎖に対する切断活性は低い。そこで、ovomucoidにヒトガラクトース転移酵素のB4GalT1を作用させて、ovomucoidの糖鎖の非還元末端にガラクトースを付加したgalactosylated ovomucoidを調製し、これに対するEndo-Tsp1263、Endo-Tsp1006、およびEndo-Bac1008の切断活性を調べてみた。
【0058】
酵素反応は、ovomucoidまたはgalactosylated ovomucoidを2.4μgと酵素0.25μgを、50mMクエン酸緩衝液(pH5.0)中で混和し(反応液量10μL)、45℃、23時間反応させた後、SDS-PAGEに供して糖タンパク質糖鎖の切断状況を解析した。なお、PNGase F(Glycopeptidase F、タカラバイオ)については、製品の添付説明書に従い、変性条件で反応を行った。その結果、ovomucoidの糖鎖は、図7同様、Endo-Tsp1263では大部分切断されたが、Endo-Tsp1006およびEndo-Bac1008ではほとんど切断されなかった(図8)。一方、galactosylated ovomucoidの糖鎖は、Endo-Tsp1263ではほとんど切断されなかったが、Endo-Tsp1006およびEndo-Bac1008では大部分が切断された。すなわち、糖鎖の非還元末端にガラクトースが存在しているbisecting GlcNAc含有多分岐複合型糖鎖に対しては、Endo-Tsp1006およびEndo-Bac1008を用いれば、変性処理を施すことなく、その糖鎖の大部分を効率よく遊離させることができるといえる。
【0059】
<実施例5>複数のエンドグリコシダーゼを用いて非変性条件でbisecting GlcNAc糖鎖を含む特定構造の糖鎖を遊離する方法
一般に、糖タンパク質には様々な構造の糖鎖が結合し得る。ENGaseを用いて各種の糖タンパク質から糖鎖を遊離させようとする場合、該糖タンパク質に結合している糖鎖の種類や切断反応に用いるENGaseの種類によっては、酵素の基質特異性の影響を受けて切断できない糖鎖が生じ、特定構造の糖鎖が結合したままの糖タンパク質や糖ペプチドが生成することになる。従って、様々な構造の糖鎖が結合した糖タンパク質からENGaseを用いて完全に糖鎖を遊離させたい場合や、特定構造の糖鎖のみを遊離させたい場合は、切断反応に用いるENGaseの基質特異性を考慮して、単独あるいは複数の酵素を組み合わせて用い、切断反応を実施する必要がある。本実施例ではそのような状況を想定し、複数のエンドグリコシダーゼを用いて非変性条件でbisecting GlcNAc糖鎖を含む特定構造の糖鎖を遊離する方法について検討した。
【0060】
高マンノース型糖鎖が結合しているRNase B、おもに2~4本鎖複合型糖鎖が結合しているα1-AGP、および糖鎖の非還元末端にN-アセチルグルコサミンが露出しているbisecting GlcNAc含有複合型糖鎖がおもに結合しているovomucoid(各1μg)の混合溶液(50mMクエン酸緩衝液、pH5.0)に対し、Endo-Tsp147、Endo-Tsp1263、Endo-Tsp1006およびEndo-Bac1008の各酵素(各0.6μg)を単独あるいは組み合わせて用い、糖鎖切断反応を実施した(45℃、20時間)。反応産物をSDS-PAGEに供した結果を図9に示す。
【0061】
図9の結果より、例えばこれらの糖タンパク質から糖鎖の非還元末端にN-アセチルグルコサミンが露出しているbisecting GlcNAc含有複合型糖鎖を含むすべての糖鎖を遊離させるためには、Endo-Tsp147、Endo-Tsp1263、Endo-Tsp1006の組合せ、あるいはEndo-Tsp147、Endo-Tsp1263、Endo-Bac1008の組合せ、もしくはEndo-Tsp147、Endo-Tsp1263、Endo-Tsp1006、Endo-Bac1008のすべての酵素を用いて糖鎖切断反応を実施すればよい。また、これらの糖タンパク質から糖鎖の非還元末端にN-アセチルグルコサミンが露出しているbisecting GlcNAc含有複合型糖鎖以外の糖鎖を遊離させるためには、Endo-Tsp147とEndo-Tsp1006の組合せ、あるいはEndo-Tsp147とEndo-Bac1008の組合せの酵素を用いて糖鎖切断反応を実施すればよい。
【0062】
上記のようにして基質特異性の異なるENGaseを単独あるいは複数組み合わせて用いることにより、糖タンパク質からbisecting GlcNAc糖鎖を含む特定構造の糖鎖を遊離させることや、特定構造の糖鎖のみを糖タンパク質上に残存させることが可能である。
【0063】
<実施例6>Endo-Tsp1006 N220Q変異体の糖転移活性を調査する方法
CAZyデータベースの分類でGH85ファミリーに属するENGaseについては、その活性部位にあるNxEモチーフなどに対してアミノ酸置換を導入した変異体が糖転移活性を発揮する場合があることが知られている(非特許文献11)。これは、ENGaseの活性部位などへの変異導入で、糖鎖切断活性が抑制されるとともに、ENGaseに元来備わっている糖転移活性が顕在化した結果と考えられる。そこで、Endo-Tsp1006について、このような糖転移活性を発揮する変異体が作製できるのかを検討することにした。
【0064】
Endo-Tsp1006のNxEモチーフのアスパラギンはN220である。そこで、このアスパラギンをグルタミンに置換したEndo-Tsp1006 N220Q変異体を作製することにした。変異導入用プライマー5'-AACTACCAGTGGGAAGATAGCGGTTAT-3'と5'-TTCCCACTGGTAGTTAATGCCATCACT-3'を用いて、polymerase chain reactionによりTsp1006遺伝子に変異導入を行った。この遺伝子をpGEX6P-1ベクター(GEヘルスケア)に挿入して、Endo-Tsp1006 N220Q変異体の発現ベクターを構築した。そして、上述した野生型Endo-Tsp1006の調製方法と同様にして、Endo-Tsp1006 N220Q変異体を取得した。
【0065】
つぎに、糖転移反応に必要なドナー基質の調製を行った。α1-AGPの糖鎖をEndo-Tsp1006で切断し、シアリダーゼ処理を行って、非還元末端がガラクトースである2~4本鎖複合型糖鎖の混合物を調製した。この糖鎖混合物にはG2型糖鎖、G3GN3b型糖鎖、G4GN4型糖鎖、G3GN3b型糖鎖のいずれかのN-アセチルグルコサミンにフコースが結合したG3F型糖鎖、およびG4GN4型糖鎖のいずれかのN-アセチルグルコサミンにフコースが結合したG4F型糖鎖が含まれる。この糖鎖混合物をオキサゾリン体化した糖鎖をドナー基質とした。また、糖転移反応のアクセプター基質には、Fmoc基が導入されたアスパラギンにコアフコース付きのN-アセチルグルコサミンが結合したFmoc-Asn(GnF)-OHを用いた。
【0066】
糖転移反応は、0.5mM Fmoc-Asn(GnF)-OH、3.0mMオキサゾリン化糖鎖(4本鎖糖鎖45%、3本鎖糖鎖45%、2本鎖糖鎖10%)、2μgのEndo-Tsp1006またはEndo-Tsp1006 N220Q変異体を50mM Tris-HCl(pH7.4)中で混和し(反応液量8μL)、25℃で60時間まで反応させた。その後、反応産物を高速液体クロマトグラフィーに供して解析し、各糖転移産物の割合を求めた。
【0067】
図10にその結果を示す。野生型Endo-Tsp1006の場合、微量の糖転移産物が検出されただけで、大部分は未反応のFmoc-Asn(GnF)-OH(Fmoc-GNFと略記)が残存していた。これは、野生型酵素では糖転移活性がほとんど発揮されていないのか、あるいは、糖転移産物が生じても、糖鎖切断活性によって糖転移産物の糖鎖が切断されている可能性が考えられる。一方、Endo-Tsp1006 N220Q変異体の場合では、G3GN3b型糖鎖の糖転移産物であるFmoc-Asn(GnF)-G3(G3と略記)の割合が22.6%、G4GN4型糖鎖の糖転移産物であるFmoc-Asn(GnF)-G4(G4と略記)の割合が19.3%、G2型糖鎖の糖転移産物であるFmoc-Asn(GnF)-G2(G2と略記)の割合が12.1%、G3F型糖鎖の糖転移産物であるFmoc-Asn(GnF)-G3F(G3Fと略記)の割合が7.2%、およびG4F型糖鎖の糖転移産物であるFmoc-Asn(GnF)-G4F(G4Fと略記)の割合が5.2%となり、本変異体の糖転移活性が確認できた。従って、Endo-Tsp1006は、変異導入することにより糖転移酵素(グライコシンターゼ)としても利用できるといえる。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明は、糖タンパク質、糖ペプチド、または糖鎖からエンドグリコシダーゼを用いて非変性条件で各種の多分岐型糖鎖を含む複合型糖鎖を遊離することができる。また糖タンパク質や糖ペプチドから、すべての糖鎖あるいは特定構造の糖鎖のみを遊離させた糖タンパク質や糖ペプチドを調製することができる。したがって本発明は、多分岐型糖鎖やbisecting GlcNAc糖鎖などの糖鎖試料の調製や、糖鎖リモデリングに用いるアクセプター分子としての糖タンパク質の調製、および各種糖鎖の機能解析などに適用でき、医薬品業界等においても利用可能である。
図1
図2
図3A
図3B
図4A
図4B
図4C
図4D
図5
図6
図7
図8
図9
図10
【配列表】
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