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特許7510375情報処理装置、情報処理方法及びプログラム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-25
(45)【発行日】2024-07-03
(54)【発明の名称】情報処理装置、情報処理方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   G06Q 10/04 20230101AFI20240626BHJP
   G06Q 50/06 20240101ALI20240626BHJP
   G16Y 10/35 20200101ALI20240626BHJP
【FI】
G06Q10/04
G06Q50/06
G16Y10/35
【請求項の数】 18
(21)【出願番号】P 2021046319
(22)【出願日】2021-03-19
(65)【公開番号】P2022145070
(43)【公開日】2022-10-03
【審査請求日】2023-02-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】317015294
【氏名又は名称】東芝エネルギーシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100107582
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 毅
(74)【代理人】
【識別番号】100118876
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 順生
(74)【代理人】
【識別番号】100103263
【弁理士】
【氏名又は名称】川崎 康
(72)【発明者】
【氏名】進 博正
(72)【発明者】
【氏名】志賀 慶明
(72)【発明者】
【氏名】愛須 英之
(72)【発明者】
【氏名】木村 功太朗
【審査官】原 忠
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-053839(JP,A)
【文献】特開2016-164712(JP,A)
【文献】特開2020-149232(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06Q 10/00 - 99/00
G16Y 10/35
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象物の市場価格の実績データを、市場価格が前記対象物の取引市場で採用される頻度が所定の閾値よりも高い実績データを第1データに分類し、前記閾値以下の実績データを第2データに分類する分類部と、
前記第1データ及び前記第2データを頻度に応じた期間内に取得する取得部と、
前記取得部で取得された前記第1データ及び前記第2データに基づいて、前記実績データを予測するための学習データを生成する学習部と、
前記学習データに基づいて、前記対象物を売買する際の入札量と前記対象物の売買価格との関係を示す需給曲線を推定する需給曲線推定部と、
前記需給曲線に基づいて前記市場価格を予測する市場価格予測部と、
を備える、情報処理装置。
【請求項2】
前記取得部は、前記第1データを取得する期間を、前記第2データを取得する期間よりも短くする、請求項1に記載の情報処理装置。
【請求項3】
前記需給曲線推定部は、前記需給曲線を推定するための需給曲線パラメータを生成する、請求項1又は2に記載の情報処理装置。
【請求項4】
前記需給曲線は、供給曲線と、需要曲線とを含み、
前記供給曲線として階段状関数を生成する供給曲線生成部をさらに備え、
前記需給曲線推定部は、前記階段状関数と前記需要曲線とに基づいて、前記需給曲線パラメータを生成する、請求項3に記載の情報処理装置。
【請求項5】
前記階段状関数は、供給量に応じて段階的に売り価格が上昇する関数である、請求項4に記載の情報処理装置。
【請求項6】
前記階段状関数は、シグモイド関数である、請求項4又は5に記載の情報処理装置。
【請求項7】
前記需要曲線は、買い入札量に応じた直線に近似される、請求項4乃至6のいずれか一項に記載の情報処理装置。
【請求項8】
前記対象物は、電力であり、
燃料原価を予測する燃料原価予測部を備え、
前記需給曲線推定部は、前記予測された燃料原価と、前記学習データとに基づいて、前記需給曲線を推定する、請求項1乃至3のいずれか一項に記載の情報処理装置。
【請求項9】
前記対象物は、電力であり、
燃料原価を予測する燃料原価予測部を備え、
前記供給曲線生成部は、前記予測された燃料原価に基づいて、前記階段状関数の階段の高さを調整する、請求項4乃至7のいずれか一項に記載の情報処理装置。
【請求項10】
前記対象物は、電力であり、
発電する電源の構成を予測する電源構成予測部と、
エリアごとの需給実績データと、前記予測された電源構成とに基づいて、買い入札量予測データを生成する残余需要推定部を備える、請求項1乃至9のいずれか一項に記載の情報処理装置。
【請求項11】
前記電源は、火力、水力、揚水、及び再生可能エネルギの少なくとも一つを含む、請求項10に記載の情報処理装置。
【請求項12】
前記再生可能エネルギは、太陽光、風力、地熱、太陽熱、及びバイオマスの少なくとも一つを含む発電である、請求項11に記載の情報処理装置。
【請求項13】
前記対象物は、電力であり、
電源の種類ごとの売り入札量を予測する電源入札予測部と、
エリアごとの需給実績データと、前記予測された電源の売り入札量とに基づいて、売り入札量予測データを生成する電源運用推定部を備える、請求項1乃至12のいずれか一項に記載の情報処理装置。
【請求項14】
前記対象物は、電力であり、
発電する電源の構成を予測する電源構成予測部と、
エリアごとの需給実績データと、前記予測された電源構成とに基づいて、買い入札量を予測する残余需要推定部と、
電源の種類ごとの売り入札量を予測する電源入札予測部と、
エリアごとの需給実績データと、前記予測された電源の売り入札量とに基づいて、売り入札量予測データを生成する電源運用推定部と、
前記需給曲線を推定するための需給曲線パラメータに基づいて需要曲線モデルを生成するモデル生成部と、を備え、
前記市場価格予測部は、前記エリアごとの需給実績データと、前記買い入札量と、前記売り入札量とを前記需要曲線モデルに入力して、前記市場価格の予測データを生成する、請求項1乃至9のいずれか一項に記載の情報処理装置。
【請求項15】
前記市場価格の予測データを出力する出力部を備える、請求項14に記載の情報処理装置。
【請求項16】
前記出力部は、前記市場価格の予測データの予測根拠情報として、前記売り入札量、前記買い入札量、及び前記需給曲線パラメータを対応づけて出力する、請求項15に記載の情報処理装置。
【請求項17】
コンピュータは、
対象物の市場価格の実績データを、市場価格が前記対象物の取引市場で採用される頻度が所定の閾値よりも高い実績データを第1データに分類し、前記閾値以下の実績データを第2データに分類し、
前記第1データ及び前記第2データを頻度に応じた期間内に取得し、
前記取得された前記第1データ及び前記第2データに基づいて、前記実績データを予測するための学習データを生成し、
前記学習データに基づいて、前記対象物を売買する際の入札量と前記対象物の売買価格との関係を示す需給曲線を推定し、
前記需給曲線に基づいて前記市場価格を予測する情報処理方法。
【請求項18】
コンピュータに、
対象物の市場価格の実績データを、市場価格が前記対象物の取引市場で採用される頻度が所定の閾値よりも高い実績データを第1データに分類し、前記閾値以下の実績データを第2データに分類するステップと、
前記第1データ及び前記第2データを頻度に応じた期間内に取得するステップと、
前記取得された前記第1データ及び前記第2データに基づいて、前記実績データを予測するための学習データを生成するステップと、
前記学習データに基づいて、前記対象物を売買する際の入札量と前記対象物の売買価格との関係を示す需給曲線を推定するステップと、
前記需給曲線に基づいて前記市場価格を予測するステップと、を実行させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の一実施形態は、情報処理装置、情報処理方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
電力自由化を背景として、電力の市場価格を予測する手法が提案されている。従来方式は、実績データと回帰モデル(統計モデル)に基づく方式が中心であり、短期的かつ高頻度の事象に対する予測精度が高い一方で、長期的かつ低頻度の事象に対する予測精度が低いのが課題である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特許第4329644号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の一実施形態では、市場価格を精度よく予測できる情報処理装置、情報処理方法及びプログラムを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の課題を解決するために、本発明の一実施形態によれば、対象物の市場価格の実績データを、市場価格が前記対象物の取引市場で採用される頻度に応じて複数のデータに分類する分類部と、
前記複数のデータを頻度に応じた期間内に取得する取得部と、
前記取得された期間に基づいて、前記対象物を売買する際の入札量と前記対象物の売買価格との関係を示す需給曲線を推定する需給曲線推定部と、を備える、情報処理装置が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0006】
図1】一実施形態による情報処理装置の概略構成を示すブロック図。
図2A】実績学習フェーズの処理手順の概略を示すフローチャート。
図2B】予測分析フェーズの処理手順の概略を示すフローチャート。
図3A】実績学習フェーズの処理手順の詳細を示すフローチャート。
図3B】予測分析フェーズの処理手順の詳細を示すフローチャート。
図4】東京エリアの需給主要成分に関する頻度分布図。
図5A】東京エリアの需要と価格との対応関係を示す散布図。
図5B】東京エリアの火力発電量と価格との対応関係を示す散布図。
図6】供給曲線の波形図。
図7A】JEPXのスポット市場の実績値から作成した火力供給量とエリア価格の散布図。
図7B】東京エリアの価格の頻度分布図。
図8】実績値から学習した供給曲線の学習用データと供給曲線モデルを示す図。
図9】365日分の供給曲線パラメータを可視化した結果を示す図。
図10】東京エリア価格の実績値、供給量と各日の供給曲線から求めた予測値の可視化例を示す図。
図11】2019年の市場価格に関する実績値と予測値の時/月毎平均値を示す図。
図12】2019年の市場価格に関する実績値と予測値の時/月毎平均値を示す図。
図13】火力供給曲線の時間変化を捉えるため、年/月毎のパラメータ平均値で可視化したグラフ。
図14】火力供給曲線の時間変化を捉えるため、年/月毎のパラメータ平均値で可視化したグラフ。
図15】JEPXが取引実績データで公開する需給曲線を示す図。
図16A】売買入札量とシステムプライスの散布図。
図16B】売買入札量とシステムプライスの散布図。
図17A】売買約定率(約定割合)とシステムプライスの散布図。
図17B】売買約定率(約定割合)とシステムプライスの散布図。
図18】2019年度と2020年度の実績データと学習済み供給曲線の可視化例を示す図。
図19】学習済み供給曲線と約定率を組み合わせてシステムプライスの計算結果を示す図。
図20】実績データの散布図と選択期間を変えた供給曲線の可視化例を示す図。
図21】学習データごとの供給曲線に基づく予測値を示す図。
図22】学習データごとの供給曲線に基づく予測値を示す図。
図23】学習データ選択期間の異なる供給曲線に基づき予測したシステムプライスを示すグラフ誤差を示す図。
図24】価格の高騰/暴落に注目した予測精度の評価例を示す図。
図25】高騰予測に対する価格閾値とF値の関係を示す図。
図26】暴落予測に対する価格閾値とF値の関係を示す図。
図27】予想した市場価格を時系列で可視化した事例を示す図。
図28】東京エリアの需給実績データから求めた再生可能エネルギーの推定値及び予測分析の想定値を示す図。
図29】再生エネルギ増加を想定した市場価格の平均値を時/月毎に可視化した結果を示す図。
図30】再生エネルギ増加を想定した市場価格の平均値を時/月毎に可視化した結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下、図面を参照して、情報処理装置、情報処理方法及びプログラムの実施形態について説明する。以下では、情報処理装置の主要な構成部分を中心に説明するが、情報処理装置には、図示又は説明されていない構成部分や機能が存在しうる。以下の説明は、図示又は説明されていない構成部分や機能を除外するものではない。
【0008】
図1は一実施形態による情報処理装置1の概略構成を示すブロック図である。図1の情報処理装置1は、対象物の市場価格を予測する機能を備えている。対象物とは、電力、水、ガスなどのように、市場で売買される任意の物である。以下では、対象物が電力である例を主に説明する。
【0009】
図1の情報処理装置1は、分類部2と、取得部3と、学習部4と、需給曲線推定部5とを備えている。このうち、分類部2と、取得部3と、需給曲線推定部5が必須の構成部分である。
【0010】
分類部2は、対象物の市場価格の実績データを、市場価格が対象物の取引市場で採用される頻度に応じて複数のデータに分類する。より具体的には、分類部2は、電力の市場価格の実績データを、個々の市場価格が採用される頻度に応じて複数のデータに分類する。実績データは、電力の市場価格と、電力の供給量と、電力を使用するエリアと、電力を使用する時間帯や日にち、季節等とを含むデータである。電力市場では、電力の需要と供給に応じて、電力の市場価格が変化する。一般には、実績データのうち、電力の市場価格が安いデータは頻度が高く、電力の市場価格が高いデータは頻度が低い。そこで、分類部2は、電力の市場価格の実績データを、高頻度のデータ(第1データ)と低頻度のデータ(第2データ)とに分ける。高頻度のデータとは、電力の市場価格の安価な実績データであり、低頻度のデータとは、電力の市場価格の高い実績データである。
【0011】
本実施形態では、分類部2が実績データを高頻度のデータと低頻度のデータに分類する例を説明するが、頻度がそれぞれ異なる3種類以上のデータに分類してもよい。
【0012】
取得部3は、分類部2にて分類された複数のデータのそれぞれを、対応する頻度に応じた期間内に取得する。例えば、取得部3は、高頻度のデータを取得する期間を、低頻度のデータを取得する期間よりも短くする。高頻度のデータは、時間帯又は日ごとなどの短期間内に数多く出現するデータであるため、短期間内に高頻度のデータを取得することで、そのデータの傾向を把握することができる。一方、低頻度のデータは、年ごと等の長期間内に低頻度で出現するデータであるため、長期間をかけて低頻度のデータを取得することで、そのデータの傾向を把握することができる。取得部3は、定められた期間内に取得したデータを、一時的に不図示の記憶部等に記憶してもよい。
【0013】
学習部4は、取得された期間に基づいて、対象物を売買する際の入札量と対象物の売買価格との関係を示す需給曲線を推定する。より具体的には、学習部4は、取得部3で取得されたデータに基づいて、実績データを予測するための学習データを生成する。より具体的には、学習部4は、それぞれ定められた期間内に取得された高頻度のデータと低頻度のデータに基づいて、学習データを生成する。高頻度のデータだけで学習データを生成すると、電力の需要が一時的に急増したときの実績データを反映させることができない。電力の需要が一時的に急増したときの実績データは低頻度のデータであり、学習部4は、高頻度のデータと低頻度のデータをともに用いて学習データを生成することにより、現実の電力の需給状況を反映させた学習データを生成できる。
【0014】
需給曲線推定部5は、学習データに基づいて、対象物の入札量と価格との関係を示す需給曲線を推定するための需給曲線パラメータを生成する。需給曲線は、電力の市場価格を予測するために用いられる。需給曲線パラメータは、需給曲線モデルを生成するために用いられる。
【0015】
需給曲線は、後述するように、供給曲線と需要曲線とを含んでおり、供給曲線と需要曲線との交点が市場価格になる。
【0016】
図1の情報処理装置1は、実績データ記憶部6を備えていてもよい。実績データ記憶部6は、電力の過去の実績データを記憶する。実績データ記憶部6は、例えば、エリアごとに、電力供給量と、電力需要量と、市場価格とを対応づけて記憶する。上述した分類部2は、実績データ記憶部6から実績データを取得して、高頻度のデータと低頻度のデータに分類してもよい。
【0017】
図1の情報処理装置1は、供給曲線生成部7を備えていてもよい。供給曲線生成部7は、需給曲線の一部である供給曲線として例えば階段状関数を生成する。階段状関数とは、電力の供給量に応じて段階的に価格が上昇する関数である。階段状関数は、例えばシグモイド関数であってもよい。一方、需要曲線は、買い入札量に応じた直線に近似してもよい。需給曲線推定部5は、階段状関数と需要曲線とに基づいて、需要曲線パラメータを生成してもよい。
【0018】
図1の情報処理装置1は、燃料原価予測部8を備えていてもよい。燃料原価予測部8は、燃料原価を予測する。需給曲線推定部5は、燃料原価予測部8で予測された燃料原価と、学習データとに基づいて、需給曲線を推定してもよい。燃料原価が変わると、電力供給業者が供給する電力の価格が変わるため、供給曲線の形状が変化する。よって、燃料原価の予測結果を考慮に入れて、需給曲線を推定することで、需給曲線の予測精度を向上できる。例えば、上述した供給曲線生成部7は、燃料原価予測部8で予測された燃料原価に基づいて、階段状関数の階段の高さを調整する。
【0019】
図1の情報処理装置1は、エリア需給データ取得部9と、電源構成予測部10と、残余需要推定部11を備えていてもよい。
【0020】
エリア需給データ取得部9は、実績データ記憶部6に記憶された実績データに基づいて、エリアごとの需給実績データを取得する。
【0021】
電源構成予測部10は、発電する電源の構成を予測する。電源とは、火力、水力、原子力、揚水、再生可能エネルギなどがある。再生可能エネルギとは、太陽光、風力、地熱、太陽熱、バイオマスなどによる発電である。電源構成予測部10は、どの電源がどのくらい電力を発電するかを予測する。
【0022】
残余需要推定部11は、エリアごとの需給実績データと、予測された電源構成とに基づいて、買い入札量予測データを生成する。電源ごとに単位電力当たりの価格が異なり、時間帯やエリアによっても価格が異なるため、残余需要推定部11は、エリアごとの需給実績データと、予測された電源構成とに基づいて、買い入札量を予測する。
【0023】
図1の情報処理装置1は、電源入札予測部12と、電源運用推定部13を備えていてもよい。
【0024】
電源入札予測部12は、電源の種類ごとに売り入札量を予測する。例えば、太陽光は昼間しか発電しないのに対して、風量は昼夜を問わず発電すると予測される。また、発電停止に手間がかかる石炭や原子力は、単位電力当たりの価格は安価であるが、常時、発電を行う方針になっているため、すべての時間帯で入札が行われると予測される。また、天然ガス等の発電を迅速に開始できる火力発電は、電力需要がピークになる時間帯だけ入札を行うと予測される。そこで、電源入札予測部12は、電源ごとの特性を考慮に入れて、電源の種類ごとの入札量を予測する。
【0025】
電源運用推定部13は、エリアごとの需給実績データと、予測された電源ごとの入札量とに基づいて、売り入札量予測データを生成する。エリアや時間帯等によって、個々の電源から供給される電力量と価格が異なっており、また、電力需要もエリアや時間帯等により異なる。そこで、電源運用推定部13は、エリアや電源ごとの特性等を考慮に入れて、売り入札量を予測する。
【0026】
図1の情報処理装置1は、モデル生成部14と市場価格予測部15を備えていてもよい。
【0027】
モデル生成部14は、需給曲線パラメータに基づいて需要曲線モデルを生成する。市場価格予測部15は、エリアごとの需給実績データと、買い入札量と、売り入札量とを需要曲線モデルに入力して、市場価格予測データを生成する。
【0028】
図1の情報処理装置1は、出力部16を備えていてもよい。出力部16は、市場価格予測データを生成する。また、出力部16は、市場価格予測データの予測根拠情報として、売り入札量、買い入札量、及び需給パラメータを対応づけて出力してもよい。
【0029】
図2A及び図2B図1の情報処理装置1の処理手順の概略を示すフローチャートである。図1の情報処理装置1は、まず、電力の市場価格に関する過去の実績データに基づいて、需給曲線を学習するための実績学習フェーズを行う。次に、学習された需給曲線に基づいて、電力の市場価格を予測分析する予測分析フェーズを行う。図2Aは実績学習フェーズの処理手順の概略を示すフローチャート、図2Bは予測分析フェーズの処理手順の概略を示すフローチャートである。
【0030】
実績学習フェーズでは、図2Aに示すように、分類部2にて、実績データを高頻度のデータと低頻度のデータに分類する(ステップS1)。次に、学習部4にて、高頻度のデータと低頻度のデータに基づいて、学習データを生成する(ステップS2)。次に、需給曲線推定部5にて、需給曲線を推定するための需給曲線パラメータを生成する(ステップS3)。
【0031】
ステップS3の後に、需給曲線推定部5は、燃料原価予測部8にて予測された燃料原価と、ステップS2で生成された学習データとに基づいて、需給曲線を推定するための需給曲線パラメータを修正してもよい(ステップS4)。
【0032】
予測分析フェーズでは、図2Bに示すように、残余需要推定部11にて、買い入札量を予測する(ステップS11)。残余需要推定部11は、エリアごとの需給実績データと、予測された電源構成とに基づいて、買い入札量予測データを生成する。
【0033】
次に、電源運用推定部13にて、売り入札量を予測する(ステップS12)。電源運用推定部13は、エリアごとの需給実績データと、予測された電源ごとの入札量とに基づいて、売り入札量予測データを生成する。
【0034】
次に、市場価格予測部15にて、エリアごとの需給実績データと、買い入札量と、売り入札量とを需要曲線モデルに入力して、市場価格予測データを生成する(ステップS13)。
【0035】
図3Aは実績学習フェーズの詳細な処理手順の一例を示すフローチャート、図3Bは予測分析フェーズの詳細な処理手順の一例を示すフローチャートである。
【0036】
実績学習フェーズでは、図3Aに示すように、市場取引とエリア需給の実績データを取得する(ステップS21)。次に、実績データを価格で割った値に基づいて、高頻度のデータと低頻度のデータに分類する(ステップS22)。ここでは、低頻度のデータは、実績データの中で価格の高いデータであり、高頻度のデータは低頻度のデータよりも価格の低いデータである。高頻度のデータは、低頻度のデータよりも短い期間内に取得される。
【0037】
次に、実績データの全期間にわたって学習を行ったか否かを判定する(ステップS23)。まだ学習を終わっていない実績データがある場合には、高頻度のデータと低頻度のデータを結合して学習データを生成する(ステップS24)。次に、供給曲線パラメータの初期値を生成する(ステップS25)。
【0038】
次に、学習した供給曲線と、実績データから得られる供給曲線との誤差が収束したか否かを判定する(ステップS26)。誤差が収束していなければ、誤差を学習データで評価し(ステップS27)、その評価結果に基づいて供給曲線パラメータを修正する(ステップS28)。その後、ステップS26以降の処理を繰り返す。ステップS26で収束したと判断されると、ステップS23以降の処理を繰り返す。ステップS23にて実績データの全期間にわたって学習を行ったと判断される場合は、最終的な供給曲線パラメータを出力する(ステップS29)。
【0039】
予測分析フェーズでは、図3Bに示すように、エリアごとの需給実績データと、図3Aの実績学習フェーズで得られた供給曲線パラメータと、予測分析シナリオとを取得する(ステップS31)。
【0040】
次に、各エリアの電力の全成分、具体的には需要データと供給データを修正したか否かを判定する(ステップS32)。まだ、修正していないデータがあれば、修正を行い(ステップS33)。ステップS32に戻る。
【0041】
ステップS32で全成分の修正が完了したと判定されると、残余需要を計算する(ステップS34)。ここでは、買い入札量を予測する。
【0042】
次に、供給曲線を計算する(ステップS35)。次に、供給曲線を用いて、残余需要を市場価格に変換する(ステップS36)。
【0043】
次に、予測するべき全期間について市場価格を予測したか否かを判定する(ステップS37)。まだ、全期間についての予測をしていなければ、該当する期間における市場価格の統計値を計算し(ステップS38)、ステップS37に戻る。ステップS37で全期間についての予測をしたと判定されると、需給成分と市場価格の予測を出力する(ステップS39)。
【0044】
以下に、本実施形態による情報処理装置1の概要を具体的に説明する。以下では、日本卸電力取引所(以下、JEPX)が公開している電力の需要供給に関する実績データに基づいて需給曲線を予測し、予測した需給曲線に基づいて電力の市場価格を予測する手法について説明する。
【0045】
1.市場価格と需給成分の関係
図4は東京エリアの需給主要成分に関する頻度分布図(ヒストグラム)である。図4の横軸は電力供給又は需要量(GW)、縦軸は頻度である。図4には、東京エリアの需要と、火力と、水力と、太陽光発電実績と、揚水と、連系線のヒストグラムg1~g6が示されている。図4に示すように、電力供給側は火力と太陽光が主要成分で大きな割合を占めることが分かる。連系線は概ねプラス側(輸入側)となり、揚水は時間が短いものの、プラス/マイナスの振幅が大きいことが分かる。
【0046】
図5Aは東京エリアの需要と価格との対応関係を示す散布図である。図5Aの横軸は東京エリアの需要(kWh)、縦軸は東京エリアの価格(円/kWh)である。図5Bは東京エリアの火力発電量と価格との対応関係を示す散布図である。図5Bの横軸は東京エリアの火力発電量(kWh)、縦軸は東京エリアの価格(円/kWh)である。
【0047】
図5A図5Bのいずれの散布図も、需要が増えると価格が上がる傾向を示しているが、価格との関係に関しては、需要より火力発電の方が明瞭である。図5A図5Bからわかるように、電力の市場価格は火力の供給量で概ね決まる。
【0048】
1-1.需給曲線モデルの概説
電力需要と太陽光発電量は、時間帯や月、気温、日射強度と強く相関するので、カレンダ情報と気象条件から予測可能である。水力は、季節(月)や降水量との相関が弱く、予測困難である。火力、揚水及び連系線は、市場価格と比較的強い相関が認められる。
【0049】
以上から、カレンダ情報と気象条件から電力需要と太陽光発電量を求める回帰式と、火力、揚水及び連系線の供給量から市場価格を求める回帰式を作成した上で、需給バランスの関係式と組み合わせると、市場価格の予測分析を実現できそうである。なお、水力等の予測困難な成分は、主要成分ではないので、簡略化のために平年値などの定数と見なせばよい。
【0050】
エリアの電力量は、時間ごとに供給量と需要量が釣り合っている。エリア需給の主要成分に関する供給量と需要量の釣り合いを示す関係式は、以下の式(1)で表される。この関係式は、左辺の需要量Qdemandは、右辺の火力Qthermal、水力Qhydro、太陽光Qpv、揚水Qpumped、連系線Qlinkからの供給量と釣り合うことを意味する。
Qdemand=Qthermal+Qhydro+Qpv+Qpumped+Qlink …(1)
【0051】
式(1)の各項の制御可能性を考えた上で、需要量や再生エネルギ発電量などの制御困難な量を右辺へ移項し、火力発電量や揚水発電量の様に制御容易な量を左辺に移項する。右辺はカレンダ条件や気象条件に依存して、左辺は市場価格に依存すると考える。この様に考えると、予測分析のシナリオを与えると右辺が決まり、火力や揚水の供給曲線を与えると左辺との釣り合いから市場価格が決まると解釈できる。
(Qthermal+Qpumped)(Price)
=(Qdemand-Qhydro-Qpv-Qlink)(Calendar, Weather) …(2)
【0052】
火力は、現在のエリア需給で最大の供給成分であり、主に燃料費と熱効率の関係から市場価格を決めている。揚水は、火力の供給量から決まる市場価格の高低に応じて運転を決めると考えられる。この様に考えると主に火力の供給量が決まると、市場価格が決まると考えられる。以降、火力の供給量と市場価格の関係を決める供給曲線モデルを実績から学習した上で、再生エネルギ増加想定時の予測分析に活かす事例を解説する。
【0053】
2.供給曲線モデルの一例:エリア火力vsエリア価格
2-1.供給曲線の関数
供給曲線Pは、以下の式(3)に示すように、実績データの傾向を考えてパラメータを含む階段状の関数でモデル化する。各パラメータ{p}, {q}, rは、階段の位置を記述する役割を担い、「供給量がqkを超えると価格がpk-1からpkへと上昇する」と定義する。実績データからパラメータを学習する場合、モデル化関数をパラメータで微分できると都合が良いので、階段関数は、図6に示すように、滑らかなシグモイド関数θr(x)を用いる。この滑らかさのパラメータrは、供給量の定義域に対して小さな値を選べばよい。
【数1】
【0054】
図6は、式(3)の波形形状を示している。図6の横軸は供給量Q(GW)、縦軸は価格P(円/kWh)である。実績データが、供給量Qと価格Pの組{(Qt, Pt)|t∈T}で与えられるとき、供給曲線モデルのパラメータ{p}, {q}は、以下の式(4)に示すように、制約付きの平均二乗誤差(MSE:Mean Squared Error)の最小化問題の解として求まる。なお、記号|T|は、実績値に関するタイムスタンプ集合Tの要素数とする。
【数2】
【0055】
すなわち、パラメータをβ≡(p, q, r)と書くと、実績値のサンプル集合Tから学習した供給曲線モデルPは、以下の式(5)で表される。
【数3】
【0056】
2-2.供給曲線の学習
図7AはJEPXのスポット市場の実績値から作成した火力供給量とエリア価格の散布図、図7Bは東京エリアの価格の頻度分布図である。図7Aの横軸は火力供給量(kWh)、縦軸は東京エリアの価格(円/kWh)である。図7Bの横軸は東京エリアの価格(円/kWh)、縦軸は頻度である。
【0057】
図7Aの散布図は、火力の供給曲線が季節(月)で変化することを示す。図7Bの頻度分布図は、発生頻度の高いエリア価格が存在すること、価格の高い側は規則的な5.00円/kWh刻みとなることを示す。これらの特徴を考慮した上で、上述した供給曲線パラメータを決定する。
【0058】
スポット市場の供給曲線は、商品コマ(時間帯)毎に異なっていても良い。ただし、時間の連続する商品コマは、運転状態の近い電源が近い入札条件(量及ぼ価格)で市場に参加するため、入札の積み上げ結果である供給曲線も近いと考えられる。そこで、同じ日の供給曲線は、商品コマで共通と仮定した上で、供給曲線のパラメータを日毎に決定する。
【0059】
実績値は1日48点あるが、対象日により価格が高騰するサンプルを含まない。供給曲線のパラメータを学習する際に、価格高騰時のサンプルを含まないとすると、供給曲線の右上部分(価格が高騰する部分)を正しく学習できない。右上部分の形状は、価格スパイクを考える上で重要である。例えば、供給量と供給曲線から市場価格を予測したい場合、右上部分が不正確だと予測誤差が大きくなる。そこで、供給曲線のパラメータを学習する際に、対象日のサンプル(48点)に同じ月の価格高騰時のサンプルを追加する。具体的には、対象月の実績値から価格の99パーセンタイル点以上のサンプル(48×30÷100≒15点)を各日の学習データに追加する。
【0060】
図8は上記の手法により実績値から学習した供給曲線の学習用データと供給曲線モデルを示す図である。図8の横軸は火力(GW)、縦軸は東京エリアの価格(円/kWh)である。図8におけるプロットJEPXは対象日の実績値(48点)、プロットP99は対象月の価格上位の実績値、曲線SC1は対象日だけで学習した供給曲線モデル、曲線SC2は対象日に対象月を加えて学習した供給曲線モデルを示す。曲線SC1と曲線SC2の相違は、価格の高騰する右上部分にある。曲線SC1の方が曲線SC2よりも、価格が高騰しやすい特性になっている。
【0061】
図9は2019年の365日分の供給曲線パラメータP、Qを可視化した結果を示す図である。図9の横軸は日にち、縦軸は供給曲線パラメータP、Qの値である。供給量パラメータQ{q0~q6}の多い側は、概ね月毎に変化しており価格高騰の追加データで決まると考えられる。価格パラメータP{p0~p6}の高い側(40円/kWh以上)は、実績データに5.00円/kWh刻みの規則的な入札パターンが存在するので10.00円/kWh刻みで固定した。階段の滑らかさを決めるパラメータrは、学習データの幅からr=(Qmax-Qmin)/100とした。この供給曲線モデルは、学習データ数(48+15=)63個に対してパラメータ数(7×2-4=)10個しかなく、単調増加関数の制約もあるので、過学習は起きないと考えられる。
【0062】
2-3.供給曲線の評価
図10は、東京エリア価格の実績値P、供給量Qと各日の供給曲線Fから求めた予測値の可視化例を示す図である。図10の横軸は日にち、縦軸は東京エリアの価格(円/kWh)である。モデルSC1は、モデルSC2と比べて価格スパイクが起きやすい。このような供給曲線モデルの良否を評価するため、式(6)に示すように、エリア価格の予測誤差Errorを評価する。なお、ここで言う予測は「供給量が分かっている場合の予測」であり、予測誤差は供給曲線の不正確さだけから生ずる。
【数4】
【0063】
図11及び図12は2019年の市場価格に関する実績値と予測値の時/月毎平均値を示す図である。図11及び図12の横軸は期間(月)、縦軸は平均価格(円/kWh)である。なお、記号SC2xは、2018年の供給曲線パラメータを用いた予測値である。予測SC1は、予測SC2と比べて夕方ピーク時に価格がスパイクしやすく高めの価格を予測する。予測SC2は、実績と近い平均値を予測している。予測SC2xは、全体的に実績より高い価格を予測している。予測SC2と予測SC2xの相違は、2018年と2019年の供給曲線に関する相違に由来する。
【0064】
2-4.供給曲線の変化
図13及び図14は、火力供給曲線の時間変化を捉えるため、年/月毎のパラメータ平均値で可視化したグラフである。図13及び図14の横軸は火力(GW)、東京エリアの価格(円/kWh)である。例えば、2019年の供給曲線は、2018年を比べて供給量の少ない側で価格が下がる一方、供給量の多い側で価格が上がっている。また月毎の供給曲線は、価格の立ち上がる供給量に注目すると、春期は供給量が少なく夏期や冬期に供給量が増える傾向が分かる。
【0065】
3.供給曲線モデルの一例:売り約定率vsシステムプライス
図15はJEPXが取引実績データで公開する需給曲線を示す図である。図15の横軸は約定総量Q、縦軸は価格(円/kWh)である。需要曲線w1は買い入札の積み上げ結果、供給曲線w2は売り入札の積み上げ結果から決まる階段状の曲線となる。JEPXは、需給曲線の形状詳細を公開しておらず、売り入札量Qs、買い入札量Qd、約定量Q、システムプライスPのみ公開している。前日の「極端事象の発生条件」の結果、システムプライスの高騰や暴落は約定量だけでなく、売り買い入札量にも依存する。つまり供給曲線の関数形状は、先期の1変数関数「エリア火力→エリア価格」を今期の2変数関数「売り入札量、約定量→システムプライス」へ拡張してモデル化する。
【0066】
供給曲線の関数形状を考えるため、図16A及び図16Bに売買入札量とシステムプライスの散布図を示し、図17A及び図17Bに売買約定率(約定割合)とシステムプライスの散布図を示す。図16A図17AはJEPXの2019/04/01~2020/03/31の期間の散布図であり、図16B図17BはJEPXの2020/04/01~2020/05/31の期間の散布図である。これらの図の横軸は約定総量(kWh)、縦軸はシステム価格(円/kWh)である。
【0067】
なお、売買約定率は、約定量を売買入札量で規格化した無次元量(0-1)である。システムプライスの高騰/暴落に対応する横軸上の条件に注目した場合、図17A及び図17B図16A及び図16Bより狭い区間となり、明瞭な条件を示している。たとえば図17A及び図17Bは、売り約定率が0.55以下のとき価格が暴落し、売り約定率が1.0近くのとき価格が高騰する様子を示している。この結果は、売り約定率が高いと売れ残りが少なく価格が上がり、売り約定率が低いと売れ残りが多く価格が下がると自然に解釈できる。
【0068】
以上から、価格の暴落/高騰予測に用いる供給曲線は、実績データから学習した売り約定率とシステムプライスの関数関係とする。
【0069】
図18は2019年度と2020年度の実績データと学習済み供給曲線の可視化例を示す図である。図18の左側は2019年度の通年データで価格の高騰/暴落事象を含む事例、右側は2020年度の2ヶ月(2020/04/01~2020/05/31)の価格の暴落事象のみ含む事例を示している。図18の横軸は約定割合、縦軸はシステム価格(円/kWh)である。図18の2020年度は価格の高騰事象を含まず供給曲線の右上を正確に決められない。
【0070】
図19は学習済み供給曲線と約定率を組み合わせてシステムプライスの計算結果を示す図である。図19の横軸は月又は日にち、縦軸はシステム価格(円/kWh)である。図19の左側は2019年度の通年の事例を示し、右側は2020年度の2ヶ月(2020/04/01~2020/05/31)の事例を示している。2019年度については高騰/暴落を捉えているが、2020年度の事例は暴落を捉えるものの高騰の予想を誤っている。この誤りは、2020年の実績データが高騰事象を含まず、供給曲線の形状が約定率の大きい側で不正確なことに由来する。
【0071】
3-1.供給曲線の推定方式
高頻度データは、時間帯や季節等で選択した上で供給曲線の学習データとする。高頻度データの選択(取得)方法に関する良否を分析するため、取得期間を年間、月間、週間、日間と変えて評価する。図20は、具体的な一日(2019年5月3日)における実績データの散布図と選択期間を変えた供給曲線の可視化例である。図20の横軸は売り約定率、縦軸はシステム価格(円/kWh)である。図20には、年間ベースでのシステム価格yと、月単位でのシステム価格mと、週単位でのシステム価格wと、日ごとのシステム価格dの売り約定率との関係が図示されている。一般論として高頻度データの取得期間が短期に選ぶと実績データを良く説明できるが、一方で供給曲線のパラメータ数(組)が増えるので過学習となり予測性(汎化性)が低下する。
【0072】
図21及び図22は学習データごとの供給曲線に基づく予測値(高騰事例と暴落事例)を示す図である。図21及び図22の横軸は月、縦軸はシステム価格(円/kWh)である。図21及び図22は、売り約定率を既知として供給曲線から予測した市場価格の誤差評価例を示しており、取得期間(y:年、m:付き、w:週、d:日)を変えた評価例を示している。図21は高騰時の様子を示しており、高騰時の特性は共通で、高騰時以外の時間帯も大きな差はない。図22は暴落時の様子を示しており、暴落時の特性は共通で、高騰時以外の時間帯も大きな差はない。
【0073】
3-2.定量予測の精度評価
図23は、学習データ取得期間の異なる供給曲線に基づき予測したシステムプライスを示すグラフ誤差である。高頻度データの取得期間が長い場合は、少ないパラメータで済む一方、やや誤差が大きい。「年間」の予測誤差は、「日間」と比べるとやや大きいが、「月間」や「週間」と比べると同等であり、パラメータ数の少なさを考えると良好と言える。
【0074】
3-3.分類予測の精度評価
図24は価格の高騰/暴落に注目した予測精度の評価例を示す図である。図24の横軸はシステム価格閾値(価格)(円/kWh)である。まず高騰または暴落を定義する価格の閾値を決めたうえで、予測値と実績値から二値分類表(混合表)を作成する。たとえば高騰予測の場合、予測値と実績値ともに閾値以上の件数をTPとして、予測値と実績値ともに閾値を下回る件数をTNなどと分類する。そして適合率「予測中の適合した割合」と再現率「正解中の適合した割合」を求めたうえで、適合率と再現率の調和平均値となるFスコアを求める。このFスコアに基づき分類精度を評価する。図24には、再現率w4と、Fスコア(F値)w5と、適合率w6が図示されている。
【0075】
評価にFスコアを用いる理由は、次の通りである。一般に適合率と再現率はトレードオフ的な関係となる。たとえば高騰予測の場合、適合率を上げるため価格の閾値を高く設定すると、正解中の適合する割合が減るので再現率が下がる。このように適合率と再現率がバランスよく高い場合が良い分類となる。調和平均値のF値は、適合率と再現率を電気抵抗と見なした場合の並列接続した抵抗値の2倍と解釈でき、双方が同程度であればF値も同程度となるが、一方がゼロに近くなると短絡パスが出来てF値もゼロに近くなる。この様にF値は、適合率と再現率をバランス良く見る指標であり、高騰予測の場合、F値が急落する直前の閾値が適当な分別閾値となる。
【0076】
図25は高騰予測に対する価格閾値とF値の関係を示す図である。図25の横軸はシステム価格閾値(円/kWh)である。図25には、年間ベースのF値yと、月単位のF値m、週単位のF値wと、日ごとのF値dがシステム価格閾値により変化する様子が示されている。
例えば高騰と見なす価格閾値を20円/kWhとした場合、どのモデルもF値が0.5程度となる。つまり20円/kWh以上か否かの再現率や適合率が大よそ0.5程度と解釈できる。
【0077】
図26は暴落予測に対する価格閾値とF値の関係を示す図である。図26の横軸はシステム価格閾値(円/kWh)である。図26には、年間ベースのF値yと、月単位のF値m、週単位のF値wと、日ごとのF値dがシステム価格閾値により変化する様子が示されている。例えば暴落と見なす価格閾値を7.5円/kWhとした場合、各モデルともF値が0.8程度となる。つまり7.5円/kWh以下か否かの予測に関して再現率や適合率が大よそ0.8程度と解釈できる。
【0078】
4.供給曲線モデルの応用例:再生エネ影響の予測分析
4-1.予測分析の方法
再生エネルギ導入量が変化した時の市場価格の変化を、上述した供給曲線モデルを用いて評価する。火力の供給量Q、再生エネルギの供給量Rとして、再生エネルギの導入量がα倍へ変化した場合、それぞれ再生エネルギの供給量はR'≡αR、火力の供給量はQ'≡Q-(α-1)Rへ変化する。つまり変化の前後で火力と再生エネルギの合計値が同じ(Q+R=Q'+R')とした。このとき変化の前後で同じ火力の供給曲線Fを仮定すると、変化後の市場価格はP'≡F(Q')となる。たとえば再生エネルギが増えて火力の供給量が減る分だけ市場価格が下がると考える。火力の供給量の減少分は、式(7)で表される。
【数5】
【0079】
図27はこの方法で予想した市場価格を時系列で可視化した事例を示す図である。図27の横軸は月、縦軸は東京エリアの価格(円/kWh)である。曲線SC1は、対象日だけで学習した供給曲線モデルの予測値である。曲線SC2は、価格高騰時を考慮に入れた供給曲線モデルの予測値である。曲線PVは、太陽光2倍(α=2)想定の予測値であり、昼間に市場価格が下がる傾向を示す。曲線WFは、風力20倍(α=20)想定の予測値であり、昼夜を通して市場価格が下がる傾向を示す。
【0080】
以降、市場価格に対する再生エネルギ導入効果をより系統的に調べるため、将来の再生エネルギ導入量を想定した上で時間帯や季節ごとの影響を分析する。
【0081】
4-2.予測分析の想定
図28は、東京エリアの需給実績データから求めた再生可能エネルギーの推定値及び予測分析の想定値である。再生エネルギ発電量をR、容量C及び稼働率ηとすると、再生エネルギ発電量の年間平均値がR=ηCの関係となる。図28の推定値は、再生エネルギの平均稼働率(太陽光:約13%、風力:約18%)を用いて求めた。図28の想定値は、2019年を基準に太陽光が0倍と2倍(PV0とPV2)の容量、風力容量が20倍と40倍(WF20とWF40)の容量を想定した。なお想定PV0は「太陽光なしの価格」を調べる目的、想定WF20は「風力14GWの価格」を調べる目的で設けた。
【0082】
4-3.予測分析の結果
図29及び図30は再生エネルギ増加を想定した市場価格の平均値を時/月毎に可視化した結果である。図29及び図30の横軸は期間(時)、縦軸は平均価格(円/kWh)である。例えば、想定PV2(太陽光が2倍)の場合、市場価格は昼間だけ下がるので、8月ピークが抑制されるが18時ピークが抑制されない。一方、想定WF20(風力が220倍)の場合、市場価格は昼夜ともに下がるので、18時、4月及び8月ピークすべてが抑制される。この様に風力は太陽光と異なり夜間も発電するので、市場価格のピーク抑制効果が大きい。
【0083】
なお、再生エネルギ増加量は、想定PV2、想定WF20どちらも約14GWでなる。つまり同じ設備容量で市場価格の抑制効果を比べた場合、風力は太陽光の2倍近い効果を見込める。
【0084】
太陽光なし想定PV0は、年間の市場価格が約4.51円/kWh高くなる結果となる。想定PV0は、昼間、4月や8月に市場価格が高騰する傾向がある。一般に昼間や8月は需要の多い時期であるが、4月は需要の少ない時期である。特に4月の価格高騰は、仮定「供給曲線が2019年と同じ」の下で時期的に火力の供給量が減る一方で、太陽光なし想定より火力の需要量が増えた結果、引き起こされている。現実は、価格高騰が明らかな時期であれば火力の供給量が増えて供給曲線が変化するので、先の仮定が成り立たない。つまり想定PV0における4月の価格高騰は、予測の仮定から避けられないが、過大評価と考えられる。
【0085】
このように、本実施形態では、実績データを高頻度のデータと低頻度のデータに分類し、これらのデータに基づいて実績データを予測するための学習データを生成し、生成された学習データに基づいて需給曲線を推定するため、高頻度のデータだけで需給曲線を予測する場合と比べて、精度よく需給曲線を推定できる。
【0086】
需給曲線の一つである供給曲線を推定する際には、電源の供給量に応じて市場価格がステップ的に上昇する階段状関数を用いるため、供給曲線を簡易かつ精度よく予測できる。
【0087】
燃料原価を予測して、予測された燃料原価に基づいて階段状関数の階段の高さを調整することで、燃料原価を考慮に入れて供給曲線を推定できる。
【0088】
また、エリア需給実績データと将来の電源構成の予測に基づいて、買い入札量を予測するため、買い入札量を精度よく予測できる。また、エリア需給実績データと電源ごとの入札量の予測に基づいて、売り入札量を予測するため、売り入札量を精度よく予測できる。
【0089】
予測された電源構成、買い入札量予測データ、売り入札量予測データ、及び需給曲線モデルに基づいて、電源の市場価格を精度よく予測できる。また、予測根拠となる売り入札量、買い入札量、及び需給曲線パラメータを対応づけて出力することで、将来における需給曲線の推定と市場価格の予測に役立てることができる。
【0090】
上述した各実施形態で説明した情報処理装置1の少なくとも一部は、ハードウェアで構成してもよいし、ソフトウェアで構成してもよい。ソフトウェアで構成する場合には、情報処理装置1の少なくとも一部の機能を実現するプログラムをフレキシブルディスクやCD-ROM等の記録媒体に収納し、コンピュータに読み込ませて実行させてもよい。記録媒体は、磁気ディスクや光ディスク等の着脱可能なものに限定されず、ハードディスク装置やメモリなどの固定型の記録媒体でもよい。
【0091】
また、情報処理装置1の少なくとも一部の機能を実現するプログラムを、インターネット等の通信回線(無線通信も含む)を介して頒布してもよい。さらに、同プログラムを暗号化したり、変調をかけたり、圧縮した状態で、インターネット等の有線回線や無線回線を介して、あるいは記録媒体に収納して頒布してもよい。
【0092】
本開示の態様は、上述した個々の実施形態に限定されるものではなく、当業者が想到しうる種々の変形も含むものであり、本開示の効果も上述した内容に限定されない。すなわち、特許請求の範囲に規定された内容およびその均等物から導き出される本開示の概念的な思想と趣旨を逸脱しない範囲で種々の追加、変更および部分的削除が可能である。
【符号の説明】
【0093】
1 情報処理装置、2 分類部、3 取得部、4 学習部、5 需給曲線推定部、6 実績データ記憶部、7 供給曲線生成部、8 燃料原価予測部、9 エリア需給データ取得部、10 電源構成予測部、11 残余需要推定部、12 電源入札予測部、13 電源運用推定部、14 モデル生成部、15 市場価格予測部、16 出力部
図1
図2A
図2B
図3A
図3B
図4
図5A
図5B
図6
図7A
図7B
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16A
図16B
図17A
図17B
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26
図27
図28
図29
図30