IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ アルパイン クオンタム テクノロジーズ ゲーエムベーハーの特許一覧

特許7510540トラップされたイオンの運動状態を励起するための装置及び方法
<>
  • 特許-トラップされたイオンの運動状態を励起するための装置及び方法 図1
  • 特許-トラップされたイオンの運動状態を励起するための装置及び方法 図2
  • 特許-トラップされたイオンの運動状態を励起するための装置及び方法 図3
  • 特許-トラップされたイオンの運動状態を励起するための装置及び方法 図4
  • 特許-トラップされたイオンの運動状態を励起するための装置及び方法 図5
  • 特許-トラップされたイオンの運動状態を励起するための装置及び方法 図6
  • 特許-トラップされたイオンの運動状態を励起するための装置及び方法 図7A
  • 特許-トラップされたイオンの運動状態を励起するための装置及び方法 図7B
  • 特許-トラップされたイオンの運動状態を励起するための装置及び方法 図8A
  • 特許-トラップされたイオンの運動状態を励起するための装置及び方法 図8B
  • 特許-トラップされたイオンの運動状態を励起するための装置及び方法 図8C
  • 特許-トラップされたイオンの運動状態を励起するための装置及び方法 図9
  • 特許-トラップされたイオンの運動状態を励起するための装置及び方法 図10
  • 特許-トラップされたイオンの運動状態を励起するための装置及び方法 図11
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-25
(45)【発行日】2024-07-03
(54)【発明の名称】トラップされたイオンの運動状態を励起するための装置及び方法
(51)【国際特許分類】
   B82Y 10/00 20110101AFI20240626BHJP
   G06N 10/40 20220101ALI20240626BHJP
【FI】
B82Y10/00
G06N10/40
【請求項の数】 14
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2023089806
(22)【出願日】2023-05-31
(65)【公開番号】P2023182540
(43)【公開日】2023-12-26
【審査請求日】2023-05-31
(31)【優先権主張番号】22178978
(32)【優先日】2022-06-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】522222788
【氏名又は名称】アルパイン クオンタム テクノロジーズ ゲーエムベーハー
【氏名又は名称原語表記】ALPINE QUANTUM TECHNOLOGIES GMBH
(74)【代理人】
【識別番号】100107456
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 成人
(74)【代理人】
【識別番号】100162352
【弁理士】
【氏名又は名称】酒巻 順一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100123995
【弁理士】
【氏名又は名称】野田 雅一
(72)【発明者】
【氏名】エルハルト, アレクサンダー
(72)【発明者】
【氏名】フェルドカー, トーマス
(72)【発明者】
【氏名】ジェイコブ, ゲオルク
【審査官】植木 隆和
(56)【参考文献】
【文献】特開平03-101419(JP,A)
【文献】特開2005-335020(JP,A)
【文献】再公表特許第2006/027863(JP,A1)
【文献】国際公開第2022/090381(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B82B 3/00
G02 21/32
H01S 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
トラップされたイオンの運動状態を励起するための装置であって、
第2の周波数とは異なる第1の周波数を有する第1のレーザビームと、前記第2の周波数を有する第2のレーザビームとを出射するように構成されたレーザユニットと、
前記第1のレーザビームと前記第2のレーザビームとを前記トラップされたイオンの位置に集束させるように構成された対物レンズであって、前記第1のレーザビーム及び前記第2のレーザビームは、該対物レンズ内の少なくとも1つの共通レンズを通過する、対物レンズと、
前記レーザユニットを制御することにより、前記第1のレーザビーム及び前記第2のレーザビームを用いて、前記トラップされたイオンの位置において、前記トラップされたイオンに力を誘起する移動定在波を生成するように構成されたコントローラと、
を備える装置。
【請求項2】
前記トラップされたイオンの位置において前記移動定在波によって誘起される力は
状態依存力、及び
前記トラップされたイオンに対する前記対物レンズの光軸に垂直な力
のうちの1つ以上である、請求項1に記載の装置。
【請求項3】
前記対物レンズは、前記第1のレーザビーム及び前記第2のレーザビームを、同一の伝搬方向にて前記少なくとも1つの共通レンズに向けるように更に構成される、請求項1に記載の装置。
【請求項4】
前記コントローラは、前記少なくとも1つの共通レンズを通過前の前記第1のレーザビーム及び前記第2のレーザビームと同じ伝搬方向を得るように、前記第1のレーザビーム及び前記第2のレーザビームを方向づけるよう1つ以上の光学部品を制御するように更に構成される、請求項1に記載の装置。
【請求項5】
前記第1のレーザビームと前記第2のレーザビームとは、前記少なくとも1つの共通レンズを通過する前に所定の距離だけ離間している、請求項1に記載の装置。
【請求項6】
前記第1の周波数と前記第2の周波数とは、前記トラップされたイオンの運動モード及び所定の離調に対応する周波数だけ異なる、請求項1に記載の装置。
【請求項7】
前記トラップされたイオンは第1のトラップされたイオンであり、第2のトラップされたイオンは前記対物レンズの焦点面に位置し、前記第1のトラップされたイオンおよび前記第2のトラップされたイオンはトラップ軸上に位置し、
前記レーザユニットは、第4の周波数とは異なる第3の周波数を有する第3のレーザビームと前記第4の周波数を有する第4のレーザビームとを出射するように更に構成され、
前記第3のレーザビーム及び前記第4のレーザビームは、前記対物レンズ内の前記少なくとも1つの共通レンズを通過し、
前記コントローラは、前記第3のレーザビーム及び前記第4のレーザビームを用いて、前記第2のトラップされたイオンに力を誘起するよう前記レーザユニットを制御するように更に構成されている、請求項1に記載の装置。
【請求項8】
前記少なくとも1つの共通レンズを通過する前の前記第1のレーザビーム及び前記第2のレーザビームの伝搬方向は、前記少なくとも1つの共通レンズを通過する前の前記第3及び第4のレーザビームの伝搬方向と、対物レンズの主面に対するそれぞれの入射角において異なる、請求項7に記載の装置。
【請求項9】
前記第1のレーザビームと前記第2のレーザビームとは、前記第1のトラップされたイオンを軸方向に励起するため前記少なくとも1つの共通レンズを通過する前に、前記トラップ軸に対して軸方向に所定の距離だけ離間しているか、又は
前記第1のレーザビームと前記第2のレーザビームとは、前記第1のトラップされたイオンを径方向に励起するため少なくとも1つの共通レンズを通過する前に、前記トラップ軸に対して径方向に所定の距離だけ離間している、請求項7に記載の装置。
【請求項10】
前記コントローラは、前記第1のレーザビーム及び前記第2のレーザビームを使用して前記第1のトラップされたイオンに力を誘起すると同時に、前記第3のレーザビーム及び前記第4のレーザビームを使用して前記第2のトラップされたイオンに力を誘起するよう、前記レーザユニットを制御するように更に構成されている、請求項7に記載の装置。
【請求項11】
前記コントローラは、前記第1のトラップされたイオンの位置及び前記第2のトラップされたイオンの位置において移動干渉パターンを生成するよう、前記レーザユニットを制御するように更に構成されている、請求項10に記載の装置。
【請求項12】
前記第1のトラップされたイオン及び前記第2のトラップされたイオンは、量子システムに含まれ、
前記第1の周波数と前記第2の周波数とは、前記量子システムのモード周波数及び所定の離調によって異なり、
前記第3の周波数と前記第4の周波数とは、前記量子システムの前記モード周波数及び前記所定の離調によって異なる、請求項10又は11に記載の装置。
【請求項13】
前記第1の周波数は、前記第1のイオンの第1の状態から仮想状態への遷移に基づいており、
前記第2のレーザビームは、前記第2の周波数及び第5の周波数を有しており、
前記第2の周波数は、前記第1のイオンの仮想状態から第2の状態へのレッドサイドバンド遷移及び第1の所定の離調に基づいており、
前記第5の周波数は、前記第1のイオンの仮想状態から前記第2の状態へのブルーサイドバンド遷移及び第2の所定の離調に基づいており、
前記第3の周波数は、前記第2のイオンの第1の状態から仮想状態への遷移に基づいており、
前記第4のレーザビームは、前記第4の周波数及び第6の周波数を有しており、
前記第4の周波数は、前記第2のイオンの仮想状態から第2の状態へのレッドサイドバンド遷移及び第3の所定の離調に基づいており、
前記第6の周波数は、前記第2のイオンの仮想状態から第2の状態へのブルーサイドバンド遷移及び第4の所定の離調に基づいている、請求項10又は11に記載の装置。
【請求項14】
トラップされたイオンの運動状態を励起する方法であって
第2の周波数とは異なる第1の周波数を有する第1のレーザビームと前記第2の周波数を有する第2のレーザビームとを生成するステップであって、前記第1のレーザビーム及び前記第2のレーザビームは、前記トラップされたイオンの位置に集束され、前記第1のレーザビーム及び前記第2のレーザビームは、対物レンズ内の少なくとも1つの共通レンズを通過する、生成するステップと、
前記第1のレーザビーム及び前記第2のレーザビームを用いて、前記トラップされたイオンの位置において、前記トラップされたイオンに力を誘起する移動定在波を生成するステップと、
を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
[0001]本発明の実施形態は、イオンの励起又はもつれ(entanglement、エンタングルメント)の分野に関する。
【背景】
【0002】
[0002]多くの技術的アプリケーション(例えば、量子コンピューティング、量子シミュレーション、原子及び分子実験、分光法、原子時計等)は、2つ以上のレーザビームを使用してイオンを励起することを必要とする一方で、そのアプリケーションの仕組みにより、ターゲットへの光学的アクセスは限定的である。
【0003】
[0003]例えば、励起されるイオンはイオントラップにトラップされている場合がある。このようなイオントラップの仕組みは、真空チャンバ内に複数の電極を含んでいる場合がある。しかしながら、これらの構成要素は、トラップされたイオンへの光学的アクセスを低減する可能性がある。
【0004】
[0004]例えば、量子コンピューティングの分野では、このようなトラップされたイオンがキュービットレジスタとして使用される。このイオンレジスタ上に量子ゲートを実装することによって量子演算を実行するために、1つ以上のトラップされたイオンが、トラップされたイオンに向けられたレーザビームを使用して励起され、及び/又はもつれる。
【概要】
【0005】
[0005]トラップされたイオン励起は、トラップされたイオンへの片側アクセス(single-sided access、シングルサイドアクセス)によって行うことが望ましい場合がある。
【0006】
[0006]いくつかの実施態様において、これは、共通レンズによって集束される2つのレーザビームを組み合わせることにより定在波を生成することで達成される。
【0007】
[0007]本発明は、独立クレームの範囲によって定義される。有利な実施形態のいくつかは、従属クレームに記載される。
【0008】
[0008]一実施形態によれば、トラップされたイオンを励起するための装置が提供される。この装置は、第2の周波数と異なる第1の周波数を有する第1のレーザビームと第2の周波数を有する第2のレーザビームとを出射するように構成されたレーザユニットと、第1のレーザビームと第2のレーザビームとをトラップされたイオンの位置に集束させるように構成される対物レンズであって、第1のレーザビーム及び第2のレーザビームは、対物レンズ内の少なくとも1つの共通レンズを通過する、対物レンズと、第1のレーザビーム及び第2のレーザビームを用いて、トラップされたイオンの位置において、トラップされたイオンに力を誘起する移動定在波を生成するレーザユニットを制御するように構成されたコントローラと、を備える。
【0009】
[0009]例示的な実装形態では、トラップされたイオンの位置において移動定在波によって誘起される力は、状態依存力、及びトラップされたイオンに対する対物レンズの光軸に垂直な力のうちの1つ以上である。
【0010】
[0010]例えば、対物レンズは、第1のレーザビーム及び第2のレーザビームを、同一の伝搬方向にて少なくとも1つの共通レンズに向けるように更に構成される。
【0011】
[0011]例示的な実装形態では、コントローラは、少なくとも1つの共通レンズを通過する前の第1のレーザビーム及び第2のレーザビームと同じ伝搬方向を得るように、第1のレーザビーム及び第2のレーザビームを方向付けるよう1つ以上の光学部品を制御するように更に構成される。
【0012】
[0012]例えば、第1のレーザビームと第2のレーザビームとは、少なくとも1つの共通レンズを通過する前に所定の距離だけ離間している。
【0013】
[0013]例示的な実装形態において、第1の周波数と第2の周波数とは、トラップされたイオンの運動モード及び所定の離調に対応する周波数だけ異なる。
【0014】
[0014]例えば、トラップされたイオンは第1のトラップされたイオンであり、第2のトラップされたイオンは対物レンズの焦点面に位置し、第1及び第2のトラップされたイオンはトラップ軸上に位置し、レーザユニットは、第4の周波数とは異なる第3の周波数を有する第3のレーザビームと第4の周波数を有する第4のレーザビームとを出射するように更に構成され、第3のレーザビーム及び第4のレーザビームは、対物レンズ内の少なくとも1つの共通レンズを通過し、コントローラは、第3のレーザビーム及び第4のレーザビームを用いて、第2のトラップされたイオンに力を誘起するようレーザユニットを制御するように更に構成されている。
【0015】
[0015]例示的な実装形態において、少なくとも1つの共通レンズを通過する前の第1及び第2のレーザビームの伝搬方向は、少なくとも1つの共通レンズを通過する前の第3及び第4のレーザビームの伝搬方向と、対物レンズの主面に対するそれぞれの入射角において異なる。
【0016】
[0016]例えば、第1のレーザビームと第2のレーザビームとは、第1のトラップされたイオンを軸方向に励起するため少なくとも1つの共通レンズを通過する前に、トラップ軸に対して軸方向に所定の距離だけ離間しているか、又は第1のレーザビームと第2のレーザビームとは、第1のトラップされたイオンを径方向に励起するため少なくとも1つの共通レンズを通過する前に、トラップ軸に対して径方向に所定の距離だけ離間している。
【0017】
[0017]例示的な実装形態において、コントローラは、第1のレーザビーム及び第2のレーザビームを使用して第1のトラップされたイオンに力を誘起すると同時に、第3のレーザビーム及び第4のレーザビームを使用して第2のトラップされたイオンに力を誘起するよう、レーザユニットを制御するように更に構成されている。
【0018】
[0018]例えば、コントローラは、第1のトラップされたイオンの位置及び第2のトラップされたイオンの位置において移動干渉パターンを生成するよう、レーザユニットを制御するように更に構成されている。
【0019】
[0019]例示的な実装形態において、第1のトラップされたイオン及び第2のトラップされたイオンは、量子システムに含まれ、第1の周波数と第2の周波数とは、量子システムのモード周波数及び所定の離調によって異なり、第3の周波数と第4の周波数とは、量子システムのモード周波数及び所定の離調によって異なる。
【0020】
[0020]例えば、第1の周波数は、第1のイオンの第1の状態から仮想状態への遷移に基づいており、第2のレーザビームは、第2の周波数及び第5の周波数を有し、第2の周波数は、第1のイオンの仮想状態から第2の状態へのレッドサイドバンド遷移及び第1の所定の離調に基づいており、第5の周波数は、第1のイオンの仮想状態から第2の状態へのブルーサイドバンド遷移及び第2の所定の離調に基づいており、第3の周波数は、第2のイオンの第1の状態から仮想状態への遷移に基づいており、第4のレーザビームは、第4の周波数及び第6の周波数を有し、第4の周波数は、第2のイオンの仮想状態から第2の状態へのレッドサイドバンド遷移及び第3の所定の離調に基づいており、第6の周波数は、第2のイオンの仮想状態から第2の状態へのブルーサイドバンド遷移及び第4の所定の離調に基づいている。
【0021】
[0021]一実施形態によれば、トラップされたイオンを励起する方法が提供される。この方法は、第2の周波数とは異なる第1の周波数を有する第1のレーザビームと第2の周波数を有する第2のレーザビームとを生成するステップであって、第1のレーザビーム及び前記第2のレーザビームはトラップされたイオンの位置に集束され、第1のレーザビーム及び第2のレーザビームは、対物レンズ内の少なくとも1つの共通レンズを通過する、ステップと、第1のレーザビーム及び第2のレーザビームを用いて、トラップされたイオンの位置において、トラップされたイオンに力を誘起する移動定在波を生成するステップと、を備える。
【0022】
[0022]現在開示されている主題のこれら及び他の特徴、並びに構造の関連要素の操作方法及び機能、部品の組み合わせ及び製造の経済性は、添付の図面を参照しつつ、以下の説明及び添付の特許請求の範囲(これら全てが本明細書の一部を構成する)を考慮することにより、より明らかになるであろう。しかしながら、図面は例示及び説明のみを目的とするものであり、開示された主題を限定的に定義するものとして意図されたものではないことを明示的に理解されたい。
【図面の簡単な説明】
【0023】
[0023]様々な実施形態の性質及び利点は、以下の図を参照することによって理解されるであろう。
図1図1は、トラップされたイオンを励起する装置を示すブロック図である。
図2図2は、ラマン型モルマーソーレンセンゲートにおけるイオンの例示的なエネルギー準位及び遷移周波数を示す。
図3図3は、光シフトゲートにおけるイオンの例示的なエネルギー準位及び遷移周波数を示す。
図4図4は、2つのイオンのアドレッシングを示す概略図である。
図5図5は、2つの平行なレーザビームによる単一イオンのアドレッシングを示す概略図である。
図6図6は、2つの平行なレーザビームそれぞれによる2つのイオンのアドレッシングを示す概略図である。
図7A図7A~Bは、軸方向に所定の距離だけ離間している2つのレーザビームを一つのイオンに集束させる様子を例示的に示す図である。
図7B図7A~Bは、軸方向に所定の距離だけ離間している2つのレーザビームを一つのイオンに集束させる様子を例示的に示す図である。
図8A図8A~Cは、径方向に所定の距離だけ離間している2つのレーザビームを一つのイオンに集束させる様子を例示的に示す図である。
図8B図8A~Cは、径方向に所定の距離だけ離間している2つのレーザビームを一つのイオンに集束させる様子を例示的に示す図である。
図8C図8A~Cは、径方向に所定の距離だけ離間している2つのレーザビームを一つのイオンに集束させる様子を例示的に示す図である。
図9図9は、レーザビームの例示的な光路の体系を示す。
図10図10は、トラップされたイオンを励起するための例示的なフローチャートである。
図11図11は、トラップされたイオンを励起する装置に含まれる例示的なコントローラを示すブロック図である。
【詳細な説明】
【0024】
[0024]以下の説明では、本開示の一部を構成し、例示として本発明の実施形態の特定の態様又は本発明の実施形態が使用されうる特定の態様を示す添付図面を参照する。本発明の実施形態は、他の態様で使用することができ、図に示されていない構造的又は論理的変更を含むことが理解される。従って、以下の詳細な説明は、限定的な意味で解釈されるべきではなく、本発明の範囲は添付の請求項によって定められる。
【0025】
[0025]本明細書に記載される種々の例示的な実施形態及び/又は態様の特徴は、特に記載されない限り、互いに組み合わされてもよいことが理解される。
【0026】
[0026]以下の説明において、「端部」、「上方」、「下方」、「右」、「左」、「垂直」、「水平」、「上部」、「底部」、「横」、「縦」という用語、及びそれらの派生語は、図面に記されている通りに開示された主題に関連するものとする。しかしながら、開示された主題は、はっきりとそうではないと特定されている場合を除いて、種々の代替的な変形及びステップシーケンスを想定しうることが理解されるべきである。また、添付の図面に示され、以下に記載される特定のデバイス及びプロセスは、開示された主題の例示的な実施形態又は態様にすぎないことも理解されたい。従って、本明細書に開示される実施形態又は態様に関連する特定の寸法及び他の物理的特性は、他に示されない限り、限定的なものとして考慮すべきではない。
【0027】
[0027]本明細書において使用されるいかなる態様、部品、要素、構造、作用、工程、機能、指示等は、そのように明示的に記載されない限り、必須又は本質的であると解釈されるべきではない。また、本明細書で使用される場合、冠詞「a」及び「an」は、1つ以上の項目を含むことを意図しており、「1つ以上」及び「少なくとも1つ」とほとんど同じ意味で使用されうる。更に、本明細書で使用される場合、「セット」という用語は、1つ以上の項目(例えば、関連項目、非関連項目、関連項目と非関連項目との組合せ等)を含むことを意図しており、「1つ以上」又は「少なくとも1つ」とほとんど同じ意味で使用されうる。1つの項目のみが意図される場合、「1つ」という用語又は類似の表現が使用される。また、本明細書中で使用される場合、「有する(has, have, having等)」という用語は非限定的であることを意図している。更に、「に基づく」という表現は、特に明記されない限り、「少なくとも部分的に基づく」ことを意味することを意図している。

量子コンピューティング
【0028】
[0028]量子コンピューティングでは、量子ビット又はキュービットは量子情報の基本単位を表し、古典的なコンピュータで「0」と「1」を表す2進数(ビット)の量子版に相当する。キュービットは2状態(又は2準位)系量子力学で表現される。基本的に、このような量子力学系は2つ以上の状態を有することができる。しかしながら、適切な系は、確実に識別可能な少なくとも2つの量子状態を有することが必要とされる。
【0029】
[0029]例えば、電子又は核スピン状態、原子又は核状態、核磁気共鳴状態、量子ドット内の電子状態等、少なくとも2つの識別可能な量子状態を含む様々な物理系が存在する。
【0030】
[0030]例えば、トラップされたイオンを使用する系(つまり、正味の電荷を有する原子又は分子)では、キュービット状態は、1つ以上のレーザビームから提供される放射線を用いて制御され、読み出されうる。好適な元素としては、例えば、ベリリウムBe、マグネシウムMg、カルシウムCa、ストロンチウムSr、バリウムBa、ラジウムRa及びイッテルビウムYbが挙げられる。
【0031】
[0031]イオンの内部キュービット準位は、基底準位及び長寿命励起準位、いわゆる準安定準位として選択することができ、いわゆる光キュービットを形成する。光キュービットでは、量子情報は光領域の周波数、すなわち380THzから800THzの範囲の周波数を有する電気多重極遷移によって接続された2つの電子状態で符号化される。
【0032】
[0032]あるいは、イオンのキュービット準位は、マイクロ波領域から電波領域において遷移周波数を有するイオンの基底状態内の2つの異なる磁気副準位であってもよく、いわゆるゼーマンキュービット又は超微細キュービットを形成する。超微細キュービットの状態を変化させるには、準位間の誘導ラマン遷移が適用されてもよい。ラマン遷移は仮想中間状態を介して第一超微細状態から第二超微細状態への電子の断熱的移動を容易にする。こうした遷移は、光波長を有してもよい。
【0033】
[0033]更に、イオンがイオントラップ内で十分に孤立した量子系を形成すると、トラップされ結晶化されたイオンの運動は量子化される。例えば、イオンは、ポールトラップ、ペニングトラップ等のトラップの中で線状鎖を形成する。イオントラップについては、「イオントラップ」の項で詳しく説明する。イオンの線状鎖全体の運動モード(例えば、振動モード)は、量子力学的調和振動子によって説明されうる。二イオン結晶の通常モードは、周波数ωで、2つのイオンの平衡からの変異が同じである「重心モード」と、周波数ω=31/2ωで、変位は等しいが反対方向である「伸縮モード」である。このような振動状態の2つの低準位状態は,いわゆる運動キュービットを形成しうる。
【0034】
[0034]レーザビームとの相互作用を利用して、トラップされたイオンをその振動基底状態近くまで冷却することができる。このようなイオンの冷却は、ドップラー冷却及び/又はサイドバンド冷却を利用することができる。内部キュービットの初期化は、個々のイオンにおけるレーザビーム誘導遷移によって同様に実行することができる。キュービットは、共鳴レーザビームを照射してその状態を蛍光発光により検出することにより読み出すことができる。このような共鳴レーザビームを使用した、キュービット準位の1つからイオンのより高い励起準位への高速単一光子遷移は、蛍光光子の放出をもたらし、この蛍光光子は、準位が占有されていれば検出されうる。準位が占有されていない場合、無作為に生成された暗計数を除いて、蛍光光子は検出されない。
【0035】
[0035]また、レーザビームとの相互作用も2つの状態間の遷移を促進する(つまり、1キュービット操作)。個々のキュービット状態をトラップされたイオンの集団運動モードに結合するレーザパルスを用いたキュービット状態依存力により、1対のキュービットがもつれる可能性がある(つまり、2キュービットゲート操作)。2つ以上のイオンに対しても同様の操作を行うことができる。1つ以上のキュービット操作のこれら及びその他の例は、例えば、以下の文献に記載されている。Haffner, C.F. Roos,R. Blatt, "Quantum computing with trapped ions", Physics Reports, Volume469, Issue 4, 2008年, 155-203ページ(https://doi.org/10.10.16/j.physrep.2008.09.003)又はG. Chen, et al., Quantum Computing Devices: Principles, Designs, andAnalysis. 米国, CRC Press, 2019年。

量子ゲート
【0036】
[0036]量子ゲートは、1つ以上のキュービットに対する基本的な回路操作である。イオンキュービットに対して実行される量子ゲートは、イオンとレーザビームとの相互作用によって誘起される制御された操作を含み、これによりキュービットの状態を操作する。このような単一及び複数のキュービット操作は、制御NOTゲート(CNOTゲート)、アダマールゲート(Hゲート)、及び位相ゲート(Pゲート)等の量子ゲートの実装を容易にし、これらは共にゲートのユニバーサルセットを形成する。
【0037】
[0037]1キュービット操作は単一のイオンの内部状態の波動関数回転をもたらす。例えば、そのような1キュービット操作は、内部キュービット状態を操作する際、同じ運動量子状態を維持しうる。適切な周波数を有する電磁場を適切な時間にわたり印加することにより、ある角度で内部キュービットに対しそのような回転が実行される。取得される角度は、強度、持続時間等の電磁場との相互作用、又はキュービット状態のエネルギー準位等のイオンの特性に依存しうる。
【0038】
[0038]2キュービットゲート操作は、2つのキュービットの波動関数を条件付きで結合する、すなわち、いわゆるエンタングルメントである。エンタングリング操作は、2つ以上のキュービットのそれぞれの波動関数の同時回転と説明することができる。例えば、内部キュービットは、運動キュービットの状態によって決定されるような方法で、運動キュービットに結合されることができる。例えば、第1のイオンの内部キュービットは、第2のイオンの内部キュービットに結合されうる。
【0039】
[0039]モルマーソーレンセンゲート(MSゲート)は、それぞれのイオンの第1のブルー運動サイドバンド及び第1のレッド運動サイドバンドの周波数δによって離調された2つのレーザビームの使用を含めて、2つ以上のイオンの内部キュービットをもつれさせる。特に、MSゲートは内部キュービット状態での誘導ラマン遷移を利用する。
【0040】
[0040]レッドサイドバンド及びブルーサイドバンドという用語は、(仮想)状態から/への、運動状態|n>に隣接する状態である|n-1>及び|n+1>のうちのいずれかの状態への/からの遷移を指す。この(仮想)状態状態から状態|n>への遷移よりもエネルギー差の大きい、この(仮想)状態から又はへの遷移は、ブルーサイドバンドと呼ばれる。この(仮想)状態から状態|n>への遷移よりもエネルギー差の小さい、この(仮想)状態から又はへの遷移は、レッドサイドバンドと呼ばれる。
【0041】
[0041]図2はイオンの内部状態と運動状態を例示的に示している。内部状態201及び202は、|0>及び|1>とも表記される、内部キュービットの2つの状態|↓>及び|↑>を形成する。イオンの運動状態230~232及び240~242は、量子数n、例えば、|n-1>、|n>、|n+1>により表記される。内部状態|↓>と|↑>とのエネルギー差は、イオンの運動状態を変化させないものの、
【数1】


によって求められる。隣接する2つの運動状態、例えば|n>と|n+1>とのエネルギー差は、イオンの内部状態を変化させないものの、
【数2】


によって求められる。運動状態を説明する調和振動子ポテンシャルにより、隣接する2つの運動状態はいずれも同じエネルギー差を有する。
【0042】
[0042]上述したレッド運動サイドバンドは、図2の例では、仮想状態220から状態|↓>|n+1>231への遷移に対応する。ブルー運動サイドバンドは、図2の例では、仮想状態220から状態|↓>|n-1>232への遷移に対応する。
【0043】
[0043]上述した離調δは、量子系の共振周波数に対するレーザの周波数の偏移(shift、シフト)に相当する。この共振周波数よりも低い周波数にチューニングされたレーザは赤方離調と呼ばれ、この共振周波数よりも高い周波数にチューニングされたレーザは青方離調と呼ばれる。エネルギーの偏移に対応する周波数の偏移は、この共振周波数を有する状態と隣接する共振状態とのエネルギー差よりも小さくなるように選択することができる。例えば、隣接する共振の周波数差が300kHz~5000kHzの範囲内である場合、離調δは、この周波数差よりも小さくなるように選択されてもよい。従って、この例では、隣接する共振の周波数差に応じて、1kHz~100kHzの範囲の離調を選択することができる。離調δは、所望のゲート速度、励起されるイオンの数、セットアップの特性等に依存しうる。共振周波数により近いレーザ周波数、すなわち、より小さい離調δは、ゲート速度を増加させうる。
【0044】
[0044]図2の例では、エネルギー準位250は、|↓〉|n-1〉232のエネルギー準位から周波数δで赤方離調され、エネルギー準位251は、|↓〉|n+1〉231のエネルギー準位から周波数δで青方離調される。
【0045】
[0045]MSゲートによる2つのイオンの波動関数の発展は次のように要約できる。
|↓>|↓>→cosθ|↓>|↓>+isinθ|↑>|↑>
|↓>|↑>→cosθ|↓>|↑>-isinθ|↑>|↓>
|↑>|↓>→cosθ|↑>|↓>-isinθ|↓>|↑>
|↑>|↑>→cosθ|↑>|↑>+isinθ|↓>|↓>
【0046】
[0046]ここで、|↓>及び|↑>は、内部キュービットの2つの状態を表し、θは、例えばレーザパルスの持続時間や量子系の特性等に依存する位相である。このような操作は、2つ以上のイオンのエンタングルメントを生じ、エンタングルメントの度合いは位相θに依存する。例えば、位相θ=π/2では、最大限にもつれた状態となる。このようなエンタグルメントは、複数のトラップされたイオンに対して全体的に行われてもよいし、2つ以上の選択されたイオンに対して局所的に行われてもよい。イオンの運動状態はMSゲートによって変化しない。
【0047】
[0047]2つのイオンを操作する、幾何学的位相ゲートとも呼ばれるライトシフトゲート(LSゲート)は、その2つのイオンが異なる内部キュービット状態にある場合、正味の位相シフトを蓄積する。2つのイオンが同じ内部キュービット状態にある場合、正味の位相シフトは得られない。LSゲートは回転ベースではMSゲートと形式的には同じであるが、実装では異なる。
【0048】
[0048]上述したように、粒子の運動は、粒子の相互クーロン反発力によって強く結合されており、ノーマルモードで説明することができる。LSゲートの状態依存変位力は、ストレッチモードの周波数に近い相対的離調Δω=ωL1-ωL2=ω+δを有する周波数を有する2つのレーザビームを用いて実装される。離調δは、ストレッチモード周波数に比べて小さい:|ω|≪|δ|。
【0049】
[0049]図3は、図2と同様に、イオンの内部状態と運動状態を例示的に示している。内部状態301及び302は、内部キュービットの2つの状態|↓>及び|↑>を形成する。イオンの運動状態330、331、340及び341は、量子数nにより、例えば|n>、|n+1>等として表記される。内部状態|↓>と|↑>とのエネルギー差は、イオンの運動状態を変化させないものの、
【数3】


によって求められる。隣接する2つの運動状態、例えば、|n>と|n+1>とのエネルギー差は、イオンの内部状態を変化させないものの、
【数4】


によって求められる。
【0050】
[0050]図3では、周波数ωL1を有する第1のレーザビームが、仮想準位321又は322への又はからの、運動状態|n>330又は340からの又はへの遷移を駆動する。周波数ωL2を有する第2のレーザビームは、仮想準位321又は322への又はからの、エネルギー準位350又は351からの又はへの遷移を駆動し、この遷移は、周波数δによって運動状態|n+1>331又は341で離調される。このような離調は、MSゲートに対する離調と同様に選択することができる。
【0051】
[0051]レーザビームによって生成された干渉パターンは、両方のイオンの位置で同じ位相を有する。従って、イオンが同じ内部状態にあるとき、各イオンを駆動する双極子力は同じであり、差分力は生じないので、ストレッチモードは励起されない。一方、イオンが異なる内部状態にある場合には、イオン間に差分力が存在し、ストレッチモードが励起される。
【0052】
[0052]得られた位相シフトは、離調δと変位パルス持続時間によって決定される。離調δにより、駆動力はストレッチモード周波数と非同期であるが、継続時間T=2π/δの後に再同期する。この期間中、運動の状態は、位相空間において円経路に沿って遷移され、閉じられた位相空間領域に等しい幾何学的位相を獲得しながら、時間T後に位相空間における起点に戻る。レーザビームの強度を選択することによって、例えば、π/2位相シフトを得ることができる。
【0053】
[0053]π/2位相シフトを適用したLSゲートによる2つのイオンの波動関数の発展は次のように要約できる。
|↓>|↓>→|↓>|↓>
|↓>|↑>→eiπ2|↓>|↑>
|↑>|↓>→eiπ2|↑>|↓>
|↑>|↑>→|↑>|↑>=e-iπ(eiπ/2|↑>)(eiπ/2|↑>)
【0054】
[0054]このようなLSゲートは、|↑>状態でのπ/2の個々のキュービット位相シフトを含むユニバーサル制御π位相ゲートと同等である。
【0055】
[0055]このような状態依存双極子力、すなわちイオンの内部キュービット状態に依存する力は、条件付励起によるエンタングリング操作をもたらす。

イオントラップ
【0056】
[0056]以下、「イオントラップ」という用語は、電場及び/又は磁場を使用してイオンをトラップするために使用可能な任意の装置を指す。例えば、イオントラップはペニングトラップ、ポールトラップ、三次元3Dイオントラップ及び/又は線形3Dトラップであってよい。本開示において、イオントラップという用語は、複数の電極を有するアセンブリを指し、この複数の電極は、駆動されると、イオンの移動の自由を制限する(トラップする)電場を生成し、イオンがそれらの電極の近傍における特定の(好ましくは小さい)領域から逃れられないようにする。実際のイオントラップ装置/システムは、固定手段、電気接点、ハウジング、電源、制御回路、イオンを冷却する手段等の更なる機械的及び電気的部品を含むことができることに留意されたい。
【0057】
[0057]ここで、「3Dトラップ」とは、表面トラップではない全てのトラップを指す。表面トラップとは、全ての電極が同じ平面に位置するトラップである。特に、3Dトラップは、ペニングトラップ又はポールトラップであってよい。通常、3Dイオントラップは、回転対称性、例えば、離散的円筒対称性又は連続的円筒対称性を有する。
【0058】
[0058]以下、一般性を失うことなく、このような円筒対称性の対称軸は、互いに直交する3つの単位ベクトル
【数5】


によって軸が表される、デカルト座標系のz軸に平行であると仮定する。この状況において、対称軸は「軸方向」とも呼ばれ、
【数6】


は(点
【数7】


での)「径方向」とも呼ばれる。更に、対称軸は、複数のトラップされたイオンが通常沿って配置される軸であってもよいことに留意されたい。
【0059】
[0059]「ペニングトラップ」という用語は、静電場及び静磁場を使用してイオンをトラップするトラップを指す。通常、ペニングトラップでは静電場のみが用いられる。すなわち、通常、振動場及び/又は交流場(oscillating and/or alternating fields)は使用されない。例えば、荷電粒子を径方向に閉じ込めるには、軸方向に静磁場
【数8】


が使用されてもよい。磁場
【数9】


は、荷電粒子に角周波数ω=|B|・q/m(ここで、q及びmはそれぞれ荷電粒子の電荷及び質量である)で円運動をさせる。更に、荷電粒子を軸方向に閉じ込めるために、四重極静電ポテンシャルV(z,r)=V(z-r/2)を使用することができる。
【0060】
[0060]「ポールトラップ」という用語は、電場を使用してイオンをトラップするトラップを指す。通常、ポールトラップでは、電場のみを使用してイオンをトラップする。特に、通常、磁場は使用されない。一般に、ポールトラップの電場の少なくとも1つは交流(例えば、振動)電場であり、ポールトラップは静電場及び交流電場の両方を使用することができる。例えば、ポールトラップの交流場は、交流多重極電場、特に四重極電場であってよい。電圧の切り替えは無線周波数で行われることが多いため、これらのトラップは無線周波数(RF)トラップとも呼ばれる。
【0061】
[0061]線形3Dトラップは、特定のタイプの3Dトラップである。通常、線形3Dトラップでは、イオンは交流(AC)電場を用いて径方向に閉じ込められ、静的(DC)電位によって軸方向に閉じ込められる。従って、線形ポールトラップは、一般に、(線形)ポールトラップでもある。

トラップされたイオンの励起
【0062】
[0062]上述したように、量子ゲート操作を実行するためには、1つ以上のトラップされたイオンの内部状態及び/又は運動状態の制御された励起という前提条件がある。1つ以上のイオンは、「イオントラップ」の項で説明したように、イオントラップにトラップされていてもよい。
【0063】
[0063]イオンの励起は、例えば、図1に示されるような装置によって行われる。このようなトラップされたイオン160を励起するための装置100は、第1のレーザビーム130及び第2のレーザビーム140を出射するように構成されたレーザユニット110を含む。第1のレーザビーム130は、第1の周波数ωL1を有し、第2のレーザビーム140は、第2の周波数ωL2を有する。第1の周波数は第2の周波数と異なる。例えば、レーザユニット110は周波数の異なる2つのレーザビームを発生してもよい。例えば、レーザユニット110は、単一のレーザビームを発生し、発生されたビームを分割して2つのレーザビームを得るとともに、レーザビームの一方又は両方の周波数を調整してもよい。周波数調整は、例えば、音響光学変調器(AOM)等により行われる。第1のレーザビーム130及び第2のレーザビーム140のそれぞれの伝搬方向は、それぞれの波動ベクトル
【数10】


によって求められる。
【0064】
[0064]ただし、レーザユニット110は、2つのレーザビームを出射することに限定されない。一般に、レーザユニットは、2つ以上のレーザビームを出射するように構成されてもよい。
【0065】
[0065]例えば、レーザユニット110は、安定化されたダイオードレーザを含むことができる。個々のビームの周波数/位相及び振幅は、例えば、ダブルパス構成のAOMによって変調される。しかし、本開示はいかなる特定のレーザ源にも限定されず、固体結晶レーザのようなダイオードレーザ以外の他のレーザも使用することができる。
【0066】
[0066]装置100は更に、第1のレーザビーム130及び第2のレーザビーム140をトラップされたイオン160の位置に集束させるように構成された対物レンズ150を備える。第1レーザビーム130及び第2レーザビーム140は、対物レンズ150内の少なくとも1つの共通レンズ151を通過する。例えば、イオン160が線形イオントラップにトラップされている場合、トラップ軸は、対物レンズ150の焦点面に含まれてもよい。
【0067】
[0067]両方のレーザビームによって通過される少なくとも1つの共通レンズを含むこのような対物レンズは、イオンを含むトラップへの片側アクセスにより、トラップされたイオンの励起を容易にする。
【0068】
[0068]レーザユニット110は、第1及び第2のレーザビームを用いて、トラップされたイオン160に力を誘起する、いわゆる移動定在波がトラップされたイオン160の位置で生成されるように、コントローラ120によって制御される。移動定在波は、ノードが同じ速度で移動する定在波である。その速度は、第1の周波数ωL1と第2の周波数ωL2との差に依存する。移動定在波の(ノードの)伝搬方向は、結果として生じる第1及び第2のレーザビームの波動ベクトル
【数11】


の方向に依存する。
【0069】
[0069]移動定在波によって誘起される力は、第1のトラップされたイオン160であるトラップされたイオン160に作用することができる。更に、移動定在波は、第2のトラップされたイオン161に力を誘起しうる。例示的な実装形態では、第1のトラップされたイオン160及び第2のトラップされたイオン161は、複数のトラップされたイオン160~162に含まれてもよい。複数のトラップされたイオンは、直鎖を形成してもよい。この例示的な実装形態では、第2のトラップされたイオン161は、そのような直鎖内の第1のトラップされたイオン160に隣接するイオンであってよい。このような直鎖は、イオンの2次元メッシュに含まれてもよい。
【0070】
[0070]トラップされたイオン160の位置で移動定在波によって誘起される力は、状態依存力であってもよい。このような状態依存力は、トラップされたイオン160の状態に依存する。「量子ゲート」の項で説明したように、キュービットのエンタングルメントを実行するために、このような状態依存力が適用される。例えば、力はトラップされたイオンのキュービット状態に依存する。誘起された力は、対物レンズ150の光軸に垂直なイオンに作用しうる。すなわち、力の方向は対物レンズ150の焦点面内にある。
【0071】
[0071]対物レンズは、第1のレーザビーム130及び第2のレーザビーム140を同じ伝搬方向で少なくとも1つの共通レンズ151に向けるように構成されることができる。すなわち、第1のレーザビーム130及び第2のレーザビーム140は、少なくとも1つの共通レンズ151を通過する前は平行に伝搬する。対物レンズ150は、レーザビームを共通レンズ151に向けるよう、少なくとも1つの共通レンズ151に加えて、例えば鏡、追加レンズ等の光学部品を含んでもよい。追加の光学部品は、第1のレーザビーム130及び/又は第2のレーザビーム140の光路の一部であってもよい。従って、対物レンズ150は、同じ伝搬方向を持たないレーザビームを受けることができる。
【0072】
[0072]あるいは、対物レンズ150(及び共通レンズ151)は、平行に伝搬するレーザビームを受けることができる。このような例示的な場合、第1のレーザビーム130及び第2のレーザビーム140は、対物レンズ150内の光路を共有してもよい。
【0073】
[0073]平行なレーザビームを得るために、第1のレーザビーム130及び/又は第2のレーザビーム140の光路に1つ以上の光学部品が含まれてもよい。そのような光学部品は、コントローラ120によって静的または動的に制御可能であってよい。1つ以上の光学部品は、1つ以上の鏡、1つ以上の追加レンズ、1つのアドレスユニット等を含むことができる。
【0074】
[0074]例えば、1つ以上の光学部品がレーザユニット110に含まれる。これにより、同一の伝搬方向を有する2つ以上のレーザビームが、レーザユニット110により出射されうる。例えば、1つ以上の光学部品は、レーザユニット110と対物レンズ150との間に配置される。
【0075】
[0075]トラップされたイオン160を励起するための装置100は、第1及び第2のレーザビームをトラップされたイオンの異なる可能な位置に集束させることを容易にするアドレスユニットを更に含むことができる。例えば、図4に示すように、アドレスユニット410は、レーザビーム430及び431を、複数のトラップされたイオン内の任意のイオン460及び461に向けることができる。図4に例示的に示されるように、イオン460は、光軸480に対して傾斜角度θを有するレーザビーム430によって照射されてもよい。イオン461は、光軸480に対して傾斜角θを有するレーザビーム431によって照射されてもよい。
【0076】
[0076]例えば、図5に示すように、アドレスユニット510は、第1のレーザビーム530及び第2のレーザビーム540の同じ伝搬方向を得るための1つ以上の光学部品を含む。アドレスユニット510は、1つ以上のレーザビームの周波数を適合させる手段を更に含むことができる。上述したように、このような周波数適合は、AOM又はその他の手段によって実行することができる。
【0077】
[0077]第1のレーザビーム130と第2のレーザビーム140とは、共通レンズ151を通過する前に、例えば所定の距離だけ離間している。この距離は、静的及び/又は動的に制御可能な光学部品によって適合されてもよい。第1及び第2のレーザビームの間の最大距離は、対物レンズ150の開口によって決められる。第1及び第2のレーザビームの間の距離が大きいほど、移動定在波の波長は小さくなる。移動定在波の波長が小さくなると、誘起される力が増加しうる。例えば、2つのレーザビームの間の距離は、固定された光学系(optics、オプティクス)によって予め定められてもよい。
【0078】
[0078]図3は、内部キュービット状態|↓>301及び|↑> 302それぞれの運動モード|n>のエネルギー準位を例示的に示している。
【0079】
[0079]第1レーザビーム130の第の1周波数ωL1及び第2レーザビーム140の第2の周波数ωL2は、トラップされたイオンの運動モードの2つの準位のエネルギー差に対応する周波数ω及び所定の離調δ、すなわち、|ωL1-ωL2|=ω+δによって異なるように調整されてもよい。「量子コンピューティング」の項で述べたように、1つ以上のトラップされたイオンの運動は、量子調和振動子ポテンシャルによって説明することができる。このようなポテンシャルは、等距離のエネルギー準位を含む量子系に量子化された運動モードを提供する。
【0080】
[0080]例えば、第1の周波数ωL1は、状態|↓>|n>330から仮想エネルギー準位321への遷移に対応してもよく、第2の周波数ωL2は、状態|↓>|n+1>から周波数δで離調される、仮想エネルギー準位321からエネルギー準位350への遷移に対応してもよい。例えば、第1の周波数ωL1は、状態|↑>|n>340から仮想エネルギー準位322への遷移に対応してもよく、第2の周波数ωL2は、状態|↑>|n+1>から周波数δで離調される、仮想エネルギー準位322からエネルギー準位351への遷移に対応してもよい。
【0081】
[0081]上述したように、トラップされたイオンは、1つ以上のトラップされたイオンのうちの第1のトラップされたイオンであってよい。図6に例示的に示されるように、第2のトラップされたイオン661は、対物レンズ150の焦点面470に配置されてもよい。例えば、第1のイオン660及び第2のイオン661は、複数のイオンに含まれていてもよい。第1及び第2のイオンは、トラップ軸上に位置してもよい。第1のイオン及び第2のイオンは、「イオントラップ」の項で説明したように、イオントラップにトラップされてもよい。このトラップ軸は、対物レンズの焦点面470内にあり、よって、対物レンズ150の光軸480に対して垂直である。
【0082】
[0082]上述したレーザユニット110は、さらに、第3のレーザビーム131及び第4のレーザビーム141を出射するように更に構成されている。第3のレーザビーム131は、第3の周波数ωL3を有し、第4のレーザビーム141は、第4の周波数ωL4を有する。第3の周波数は第4の周波数とは異なる。例えば、第3の周波数は第1の周波数に等しくてもよく、第4の周波数は第2の周波数に等しくてもよい。しかし、本発明はこのような周波数の選択肢に限定されるものではない。
【0083】
[0083]第3のレーザビーム131及び第4のレーザビーム134は、対物レンズ150の少なくとも1つの共通レンズ151を通過することができる。レーザユニット110は、コントローラ120によって制御され、第3のレーザビーム131及び第4のレーザビーム141を用いて、第2のトラップされたイオン661に力を誘起する。第1のトラップされたイオン660の励起と同様に、第3のレーザビーム131及び第4のレーザビーム141は、第2のトラップされたイオン661の位置において移動定在波を生成し、それが第2のトラップされたイオン661に力を誘起する。アドレスユニット610は、複数の対の平行なレーザビームを生成するように構成されてもよい。
【0084】
[0084]第1及び第2のレーザビームの特性及び/又は構成は、上述したように、第3及び第4のレーザビームにそれぞれ同様に適用することができる。
【0085】
[0085]第1及び第2のトラップされたイオンは、例えば、クーロン相互作用及び/又はイオントラップ設計等によって、空間的に離間していてもよい。よって、複数のトラップされたイオンのうち、特定のイオンをアドレッシングするために、対物レンズ150の光軸480に対するレーザビームの傾斜角を変化させることにより、その特定のイオンの位置に集束されたレーザビームの伝搬方向を調整してもよい。すなわち、少なくとも1つの共通レンズ151を通過する前の第1のレーザビーム130及び第2のレーザビーム131の伝搬方向と、少なくとも1つの共通レンズ151を通過する前の第3のレーザビーム140及び第4のレーザビーム141の伝搬方向とは、対物レンズ150の主面690に対するそれぞれの入射角において異なる。
【0086】
[0086]上述したように、第1のレーザビーム130と第2のレーザビーム140とは、共通レンズ151を通過する前に所定の距離だけ離間していてもよい。同様に、第3のレーザビーム131と第4のレーザビーム141とは、共通レンズ151を通過する前に所定の距離だけ離間していてもよい。
【0087】
[0087]第1のイオン660及び第2のイオン661は、光軸480に対して垂直なトラップ軸上に配置されてもよい。図7A及び図7Bに例示的に示すように、第1のレーザビーム730と第2のレーザビーム740とは、少なくとも1つの共通レンズ151を通過する前に、トラップ軸710に対して軸方向に所定の距離だけ離間していてもよい。図7Aは、軸方向の間隔を示している。図7Bは、第1のレーザビーム730及び第2のレーザビーム740の得られた波動ベクトル
【数12】


の表示を含む、軸方向の間隔を回転させた図である。例示的な波動ベクトル
【数13】


は、トラップ軸710に平行である。すなわち、一般性を失うことなく、トラップ軸710及び得られた波動ベクトル750はz軸に平行である。
【0088】
[0088]更なる例が、図8A~8Cに示されており、これらは、少なくとも1つの共通レンズ151を通過する前に、トラップ軸710に対して径方向に所定の距離だけ離間していてもよい、第1のレーザビーム830及び第2のレーザビーム840の3つの異なる図である。図7Aと同様に、図8Aのトラップ軸710はz方向を指している。図8Bは、径方向における所定の離間距離を示しており、これは、この例示的な実装形態におけるy方向に対応する。図8Cは、得られた波動ベクトル
【数14】


を含むy-z面における断面図である。この例示的な座標系において、得られた波動ベクトル
【数15】


はy軸に平行である。
【0089】
[0089]イオンを励起する対物レンズ150の主面690における2つのレーザビームの距離が大きいほど、移動定在波の波長が小さくなり、誘起された力が増大する。第1のイオンと第2のイオンとがもつれている場合、より長い距離が第1のイオンと第2のイオンとの結合を高め、よって量子ゲートの速度を速めることができる。
【0090】
[0090]第1のレーザビーム及び第2のレーザビームを用いて誘起される第1のトラップされたイオンに対する力と、第3のレーザビーム及び第4のレーザビームを用いて誘起される第2のトラップされたイオンに対する力とは、同時に誘起されてもよい。すなわち、コントローラ120は、第1のトラップされたイオン660及び第2のトラップされたイオン661に同時に力を誘起するために、1つ以上のレーザユニット110及び1つ以上の光学部品を制御して光路を調整するように更に構成されてもよい。
【0091】
[0091]第1のトラップされたイオン660に対する力及び第2のトラップされたイオン661に対する力は、移動干渉パターンによって誘起されてもよい。干渉パターンは、第1のトラップされたイオン660の位置で生成される移動定在波と、第2のトラップされたイオン661の位置で生成される移動定在波とが重ね合わされることによって生じうる。第1のトラップされたイオン660の位置及び第2のトラップされたイオン661の位置におけるこのような移動干渉パターンは、レーザユニット110を制御することを含めて生成されてもよい。
【0092】
[0092]1つ以上のイオンの制御された励起は、2つ以上のイオンをもつれさせうる、量子ゲートを実現するための前提条件である。量子ゲートの概要については、「量子ゲート」の項で説明した。
【0093】
[0093]例えば、装置は、第1及び第2のトラップされたイオンに対してLSゲートを実行することができる。LSゲートのそのような例示的な実装形態において、第1のトラップされたイオン660及び第2のトラップされたイオン661は、量子系として説明することができる。この量子系は、イオンの共通の運動モードを含むことができる。重心モード又は伸縮モードのような一般的な運動モードが励起されてもよい。
【0094】
[0094]このLSゲートの例示的な実装形態では、第1の周波数ωL1と第2の周波数ωL2とは、量子系のモード周波数ω及び所定の離調δ、すなわち、|ωL1-ωL2|=ω+δにおいて異なる。これについては、図3に関連して上述した。
【0095】
[0095]更に、LSゲートのこの例示的な実装形態では、第3の周波数ωL3及び第4の周波数ωL4は、量子系のモード周波数ω及び所定の離調δ、すなわち、|ωL3-ωL4|=ω+δにおいて異なる。
【0096】
[0096]例えば、第2の周波数及び第4の周波数は、400THzから800THzまでの範囲から選択される。この範囲内の周波数を有するレーザビームは、光学遷移を駆動する。この第1の例示的な実装形態において、第2の周波数及び第4の周波数は等しい、すなわち、ωL2=ωL4であってよい。
【0097】
[0097]所望の周波数差を得るために、第1の周波数は、ωL1=ωL2+ω+δによって求められ、第3の周波数はωL3=ωL4+ω+δによって求められる。LSゲートのこの例示的な実装形態において、第1の周波数及び第3の周波数は等しい、すなわち、ωL1=ωL3である。
【0098】
[0098]運動遷移ωの周波数は、1つ以上のトラップされたイオンを含む量子系の特性である。それは、例えば、イオンの種類、イオンの数、トラップ設計等の1つ以上に依存しうる。運動遷移ωの周波数は、通常300kHzから5000kHzの周波数範囲内にある。離調は、「量子ゲート」の項で説明したように選択することができる。
【0099】
[0099]ある例示的な実装形態は、ωL1=ωL2+ω+δ及びωL2の周波数を有してもよい2つの交差レーザビームによって実装される、軸方向に2つのイオンと50μsで相互作用する移動定在波を含むことができ、ここで、軸方向COM周波数は、ω=(2π)1000kHzであってもよく、離調はδ=(2π)20kHzとして選択されうる。必要なレーザパワーは、例えばレーザビームウエスト、レーザ波長、イオン質量、移動定在波から得られる波動ベクトル等の因子の1つ以上によって決定されうる特定の結合に依存する。例示的な完全にもつれ用LSゲートを実装するために、レーザパワーは、得られる結合強度が、この例示的な実装形態においては10kHzに対応する、離調の半分に対応するように調整される。
【0100】
[0100]第1のイオン及び第2のイオンのそのような励起を同時に行うことにより、「量子ゲート」の項で説明したように、そのようなLSゲート操作による2つのイオンのエンタングルメントを容易にすることができる。
【0101】
[0101]例えば、装置は、第1及び第2のトラップされたイオンに対してMSゲートを実行することができる。図2は、第1及び第2のトラップされたイオンのうちの1つのイオンのエネルギー準位を示す系(scheme、スキーム)を表してる。MSゲートのそのような例示的な実装形態において、第1の周波数ωL1は、第1のイオン660の第1の状態240から仮想状態220への遷移に基づいている。すなわち、第1の周波数は、第1のイオンの仮想状態220と第1の状態240とのエネルギー差
【数16】



に対応する。このイオンの第1の状態は、例えば、状態|↑>|n>であってよい。しかしながら、本発明は、この例示的な状態に限定されるものではなく、例えば、|↓>|n>、|↑>|n+1>、|↓>|n-1>等の他のイオンの状態を使用することができる。
【0102】
[0102]MSゲートのこの例示的な実装形態における第2のレーザビーム140は、多色レーザビームである。例えば、第2のレーザビーム140は、第2の周波数
【数17】


及び第5の周波数
【数18】


を有する。
【0103】
[0103]MSゲートのこの例示的な実装形態において、第2の周波数は、第1のイオン660の仮想状態220から第2の状態230へのレッドサイドバンド231遷移及び第1の所定の離調δに基づく。イオンの第1の状態が状態|↑>|n>であれば、イオンの第2の状態は状態|↓>|n>である。しかし、本発明は、このような例示的な状態の組み合わせに限定されるものではない。一般に、イオンの第2の状態は、イオンの第1の状態と同じ運動状態(例えば、|n>)を有し、イオンの第1の状態とは異なる内部キュービット状態を有する。
【0104】
[0104]内部キュービット状態|↑>と|↓>とのエネルギー差に対応する周波数で、同じ運動状態を有するものをωとして示す。
【0105】
[0105]すなわち、第2の周波数は、仮想状態220とエネルギー準位251との間の遷移に対応し、すなわち
【数19】


である。第1の所定の離調δは「量子ゲート」の項で説明したように選択される。
【0106】
[0106]MSゲートのこの例示的な実装形態において、第5の周波数は、第1のイオン660の仮想状態220から第2の状態230へのブルーサイドバンド遷移232及び第2の所定の離調δに基づく。
【0107】
[0107]すなわち、第5の周波数は、仮想状態220とエネルギー準位250との間の遷移に対応し、つまり、
【数20】


である。MSゲートのこの例示的な実装形態では、第2の所定の離調は、第1の所定の離調と同じ大きさだが、符号が異なる。しかし、本発明はこのような第2の所定の離調の選択に限定されるものではない。例えば、第2の所定の離調は、第1の所定の離調と等しくてもよい。例えば、第2の所定の離調は、第1の所定の離調と異なっていてもよい。
【0108】
[0108]第1のレーザビーム130と同様に、MSゲートの例示的な実装形態における第3のレーザビーム131の周波数(つまり、第3の周波数ωL3)は、第2のイオン661の第1の状態240から仮想状態220への遷移に基づいている。つまり、第3の周波数は、第2のイオン661の仮想状態220と第1の状態240とのエネルギー差
【数21】


に対応する。また、第3のレーザビームの周波数ωL3は、第1のレーザビームの周波数ωL1と同じであってもよい。
【0109】
[0109]MSゲートのこの例示的な実装形態における第4のレーザビーム141は、多色レーザビームである。例えば、第4のレーザビーム141は、第4の周波数
【数22】


及び第6の周波数
【数23】


を有する。
【0110】
[0110]MSゲートのこの例示的な実装形態において、第4の周波数は、第2のイオン661の仮想状態220から第2の状態230へのレッドサイドバンド231遷移と、第3の所定の離調とに基づいている。すなわち、第4の周波数は、仮想状態220と準位251との間の遷移に対応し、例えば
【数24】


である。第3の所定の離調δは、「量子ゲート」の項で説明したように選択される。
【0111】
[0111]MSゲートのこの例示的な実装形態において、第6の周波数は、第2のイオン230の仮想状態220から第2の状態へのブルーサイドバンド遷移232と第2の所定の離調とに基づく。すなわち、第6の周波数は、仮想状態220とエネルギー準位250との間の遷移に対応し、例えば、
【数25】


である。MSゲートのこの例示的な実装形態において、第4の所定の離調δは、第3の所定の離調と同じ大きさを有するが、符号が異なる。
【0112】
[0112]しかし、本発明は第4の所定の離調のこのような選択に限定されるものではない。例えば、第4の所定の離調は、第3の所定の離調と等しくてもよい。例えば、第4の所定の離調は、第3の所定の離調とは異なっていてもよい。更に、第3の所定の離調は第1の所定の離調と等しくてもよく、第4の所定の離調は第2の所定の離調と等しくてもよい。
【0113】
[0113]第4のレーザビームの周波数
【数26】


は、第2のレーザビームの周波数
【数27】


のぞれぞれと等しくてもよい。
【0114】
[0114]ある例示的な実装形態は、2つの交差又は共伝搬するレーザビームによって実施される、軸方向に2つのイオンと50μsの持続時間で相互作用する2つのレーザビームを含んでもよい。第1のレーザビームは、周波数ωL1を有し、第2のレーザビームは2つの周波数
【数28】


を有し、ここで周波数ωは、2つのキュービット状態のエネルギー差に相当し、軸方向COMモード周波数は、ω=(2π)1000kHzとすることができ、離調はδ=(2π)20kHzとすることができる。必要とされるレーザパワーは、例えばレーザビームウエスト、レーザ波長、イオン質量、得られる波動ベクトル等のいくつかの要因によって決定されうる特定の結合に依存する。例示的な完全にもつれたMSゲートを実装するため、レーザパワーは、この例示的な実装形態では10kHzに相当する離調の半分に対応するように調整される。
【0115】
[0115]第1のイオン及び第2のイオンをこのように同時に励起させることにより、「量子ゲート」の項で説明したように、そのようなMSゲート操作による2つのイオンのエンタグルメントを容易にすることができる。
【0116】
[0116]本開示の実施形態及び例は、上述の装置に関して提示されているが、装置によって説明される機能性を提供する対応する方法も提示されることに留意されたい。
【0117】
[0117]図10に示すように、本方法は、以下のステップを含む。
・S1010:第2の周波数とは異なる第1の周波数を有する第1のレーザビームと、第2の周波数を有する第2のレーザビームとを生成するステップと、
・S1020:第1のレーザビーム及び第2のレーザビームが、トラップされたイオンの位置に集光され、第1のレーザビーム及び第2のレーザビームは、対物レンズ内の少なくとも1つの共通レンズを通過するステップと、
・第1のレーザビーム及び第2のレーザビームを用いて、トラップされたイオンの位置で移動定在波を生成し、トラップされたイオンに力を誘起するステップ。

ソフトウェア及びハードウェアでの実装
【0118】
[0118]上述した方法のステップは、いずれも1つ以上のプロセッサによって実行されうるプログラムにコード命令として含まれうることに留意されたい。
【0119】
[0119]図9は、対物レンズ970を含む2つ以上のレーザビーム910の例示的な光路を示す。例示的な構成は、第1のAOM920、第2のAOM940、4Fリレー光学系930、拡張光学系950及びコリメーションレンズ960を含む。これらの光学部品は、上述の静的及び動的に制御される光学部品の例を提示する。更に、図9は、イオントラップへの光学的アクセスを提供する真空窓980と、トラップ軸990上へのレーザビームの集束とを示す。
【0120】
[0120]図11は、本開示に記載される装置に含まれる例示的なコントローラ1100を示す。例えば、コントローラは、レーザユニットを制御し、イオンを励起するために装置に含まれる更なる構成要素を更に制御してもよい。このようなデバイスは、メモリ1110、処理回路1120、並びに場合によってはトランシーバ1140及びユーザインターフェース1130を含むことができる。デバイスは、例えば、コンピューティングデバイス又は任意の他の適切なデバイス(の一部)であってもよい。
【0121】
[0121]メモリ1110は、プログラムを格納することができ、そのプログラムは処理回路1120によって実行され、上述の方法のいずれかのステップを実行しうる。処理回路は、1つ以上のプロセッサ及び/又は他の専用又はプログラム可能なハードウェアを含んでもよい。トランシーバ1140は、信号を受信及び/又は送信(制御)するように構成されてもよい。デバイス1100は更に、メッセージ又はデバイスの状態等を表示するための、及び/又はユーザの入力を受信するためのユーザインターフェース1130を含んでもよい。バス1101は、メモリ、処理回路、トランシーバ、及びユーザインターフェースを相互接続する。
【0122】
[0122]コントローラは、汎用プロセッサを使用することを除いて、任意のハードウェア手段によって実装することができ、フィールドプログラマブルゲートアレイ(FPGA)のようなプログラム可能なハードウェアによって、マイクロコントローラとして、又は特定用途向け集積回路(ASIC)のような特殊なハードウェアとして、実装することができることに留意されたい。上述のハードウェアと、場合によってはソフトウェアとの任意の組み合わせを使用することができる。
【0123】
[0123]上記の実施形態および例示的な実装形態は、いくつかの非限定的な例を示す。クレームされた主題から逸脱することなく、様々な変更が可能であることが理解されよう。例えば、本明細書に記載される中心的な概念から逸脱することなく、新しいシステム及びシナリオに適応させるために様々な変更を施すことができる。
【0124】
[0124]要約すると、本開示におけるいくつかの実施形態は、トラップされたイオンを励起する装置及び方法に関する。第1のレーザビーム及び第2のレーザビームは、対物レンズの少なくとも1つの共通レンズを通過する。2つのレーザビームは、トラップされたイオンの位置で対物レンズによって集束される。トラップされたイオンの位置において移動定在波が生成され、トラップされたイオンに力を誘起する。このような移動定在波を2つのイオンのそれぞれの位置で発生させることにより、2つのイオンをもつれ(entangle、エンタングル)させることができる。
[発明の項目]
[項目1]
トラップされたイオンを励起するための装置であって、
第2の周波数とは異なる第1の周波数を有する第1のレーザビームと、前記第2の周波数を有する第2のレーザビームとを出射するように構成されたレーザユニットと、
前記第1のレーザビームと前記第2のレーザビームとを前記トラップされたイオンの位置に集束させるように構成された対物レンズであって、前記第1のレーザビーム及び前記第2のレーザビームは、該対物レンズ内の少なくとも1つの共通レンズを通過する、対物レンズと、
前記第1のレーザビーム及び前記第2のレーザビームを用いて、前記トラップされたイオンの位置において、前記トラップされたイオンに力を誘起する移動定在波を生成する前記レーザユニットを制御するように構成されたコントローラと、
を備える装置。
[項目2]
前記トラップされたイオンの位置において前記移動定在波によって誘起される力は
状態依存力、及び
前記トラップされたイオンに対する前記対物レンズの光軸に垂直な力
のうちの1つ以上である、項目1に記載の装置。
[項目3]
前記対物レンズは、前記第1のレーザビーム及び前記第2のレーザビームを、同一の伝搬方向にて前記少なくとも1つの共通レンズに向けるように更に構成される、項目1に記載の装置。
[項目4]
前記コントローラは、前記少なくとも1つの共通レンズを通過前の前記第1のレーザビーム及び前記第2のレーザビームと同じ伝搬方向を得るように、前記第1のレーザビーム及び前記第2のレーザビームを方向づけるよう1つ以上の光学部品を制御するように更に構成される、項目1に記載の装置。
[項目5]
前記第1のレーザビームと前記第2のレーザビームとは、前記少なくとも1つの共通レンズを通過する前に所定の距離だけ離間している、項目1に記載の装置。
[項目6]
前記第1の周波数と前記第2の周波数とは、前記トラップされたイオンの運動モード及び所定の離調に対応する周波数だけ異なる、項目1に記載の装置。
[項目7]
前記トラップされたイオンは第1のトラップされたイオンであり、第2のトラップされたイオンは前記対物レンズの焦点面に位置し、前記第1のトラップされたイオンおよび前記第2のトラップされたイオンはトラップ軸上に位置し、
前記レーザユニットは、第4の周波数とは異なる第3の周波数を有する第3のレーザビームと前記第4の周波数を有する第4のレーザビームとを出射するように更に構成され、
前記第3のレーザビーム及び前記第4のレーザビームは、前記対物レンズ内の前記少なくとも1つの共通レンズを通過し、
前記コントローラは、前記第3のレーザビーム及び前記第4のレーザビームを用いて、前記第2のトラップされたイオンに力を誘起するよう前記レーザユニットを制御するように更に構成されている、項目1に記載の装置。
[項目8]
前記少なくとも1つの共通レンズを通過する前の前記第1のレーザビーム及び前記第2のレーザビームの伝搬方向は、前記少なくとも1つの共通レンズを通過する前の前記第3及び第4のレーザビームの伝搬方向と、対物レンズの主面に対するそれぞれの入射角において異なる、項目7に記載の装置。
[項目9]
前記第1のレーザビームと前記第2のレーザビームとは、前記第1のトラップされたイオンを軸方向に励起するため前記少なくとも1つの共通レンズを通過する前に、前記トラップ軸に対して軸方向に所定の距離だけ離間しているか、又は
前記第1のレーザビームと前記第2のレーザビームとは、前記第1のトラップされたイオンを径方向に励起するため少なくとも1つの共通レンズを通過する前に、前記トラップ軸に対して径方向に所定の距離だけ離間している、項目7に記載の装置。
[項目10]
前記コントローラは、前記第1のレーザビーム及び前記第2のレーザビームを使用して前記第1のトラップされたイオンに力を誘起すると同時に、前記第3のレーザビーム及び前記第4のレーザビームを使用して前記第2のトラップされたイオンに力を誘起するよう、前記レーザユニットを制御するように更に構成されている、項目7に記載の装置。
[項目11]
前記コントローラは、前記第1のトラップされたイオンの位置及び前記第2のトラップされたイオンの位置において移動干渉パターンを生成するよう、前記レーザユニットを制御するように更に構成されている、項目10に記載の装置。
[項目12]
前記第1のトラップされたイオン及び前記第2のトラップされたイオンは、量子システムに含まれ、
前記第1の周波数と前記第2の周波数とは、前記量子システムのモード周波数及び所定の離調によって異なり、
前記第3の周波数と前記第4の周波数とは、前記量子システムの前記モード周波数及び前記所定の離調によって異なる、項目10又は11に記載の装置。
[項目13]
前記第1の周波数は、前記第1のイオンの第1の状態から仮想状態への遷移に基づいており、
前記第2のレーザビームは、前記第2の周波数及び第5の周波数を有しており、
前記第2の周波数は、前記第1のイオンの仮想状態から第2の状態へのレッドサイドバンド遷移及び第1の所定の離調に基づいており、
前記第5の周波数は、前記第1のイオンの仮想状態から前記第2の状態へのブルーサイドバンド遷移及び第2の所定の離調に基づいており、
前記第3の周波数は、前記第2のイオンの第1の状態から仮想状態への遷移に基づいており、
前記第4のレーザビームは、前記第4の周波数及び第6の周波数を有しており、
前記第4の周波数は、前記第2のイオンの仮想状態から第2の状態へのレッドサイドバンド遷移及び第3の所定の離調に基づいており、
前記第6の周波数は、前記第2のイオンの仮想状態から第2の状態へのブルーサイドバンド遷移及び第4の所定の離調に基づいている、項目10又は11に記載の装置。
[項目14]
トラップされたイオンを励起する方法であって
第2の周波数とは異なる第1の周波数を有する第1のレーザビームと前記第2の周波数を有する第2のレーザビームとを生成するステップであって、前記第1のレーザビーム及び前記第2のレーザビームは、前記トラップされたイオンの位置に集束され、前記第1のレーザビーム及び前記第2のレーザビームは、対物レンズ内の少なくとも1つの共通レンズを通過する、生成するステップと、
前記第1のレーザビーム及び前記第2のレーザビームを用いて、前記トラップされたイオンの位置において、前記トラップされたイオンに力を誘起する移動定在波を生成するステップと、
を含む、方法。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7A
図7B
図8A
図8B
図8C
図9
図10
図11