(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-25
(45)【発行日】2024-07-03
(54)【発明の名称】シールリングおよびそれを含む密封構造体
(51)【国際特許分類】
F16J 15/3272 20160101AFI20240626BHJP
F16J 15/18 20060101ALI20240626BHJP
【FI】
F16J15/3272
F16J15/18 C
(21)【出願番号】P 2023529636
(86)(22)【出願日】2022-04-08
(86)【国際出願番号】 JP2022017399
(87)【国際公開番号】W WO2022270127
(87)【国際公開日】2022-12-29
【審査請求日】2023-12-15
(31)【優先権主張番号】P 2021102898
(32)【優先日】2021-06-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004385
【氏名又は名称】NOK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100137589
【氏名又は名称】右田 俊介
(74)【代理人】
【識別番号】100160864
【氏名又は名称】高橋 政治
(74)【代理人】
【識別番号】100158698
【氏名又は名称】水野 基樹
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 英也
【審査官】後藤 健志
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-292296(JP,A)
【文献】特開2015-218791(JP,A)
【文献】実開平04-063864(JP,U)
【文献】登録実用新案第3230072(JP,U)
【文献】国際公開第2019/004268(WO,A1)
【文献】国際公開第2021/251319(WO,A1)
【文献】特開2022-058162(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 15/18
F16J 15/3272
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸と、前記軸が挿入される軸孔を有する部材と、前記軸の外面と前記軸孔を構成する前記部材の内面との隙間を密封するためのシールリングと、を有する密封構造体であって、
前記軸は前記外面にその軸心線を中心とする円環状の溝を有し、その溝の底面には周方向において1箇所以上に、さらに前記軸心線へ近づく方向へ凹む凹部を有し、
前記シールリングはその内周面から前記軸心線へ近づく方向へ突き出る凸部を前記凹部と同数有し、前記凸部における最も前記軸心線に近い箇所の径は、前記軸における前記溝の前記底面の径よりも小さく、前記溝の内部に収容されると前記凸部が前記凹部に収容されるように構成され、
前記軸が回転したとき、前記凸部の周方向における端面Xおよび前記凹部の周方向における端面Yが互いに接して、前記シールリングが外径側に押し出されるように構成され、
前記軸心線に垂直方向の断面において前記端面Xおよび前記端面Yはいずれも直線であり、前記端面Xを表す直線の前記シールリングの径方向に対する角度αおよび前記端面Yを表す直線の前記軸の径方向に対する角度δが、共に45度以上であることを特徴とする、密封構造体。
【請求項2】
前記シールリングは合口部を有し、
前記軸心線に垂直方向の断面において、前記合口部を基準として20~60度の範囲内に前記端面Xの周方向の中心X
cが存在する、請求項1に記載の密封構造体。
【請求項3】
前記凸部および前記凹部が各々2以上存在し、
前記軸心線に垂直方向の断面において、前記合口部を基準として左右対称の位置に前記凸部および前記凹部が存在する、請求
項2に記載の密封構造体。
【請求項4】
軸と、前記軸が挿入される軸孔を有する部材と、を有し、前記軸はその外面にその軸心線を中心とする円環状の溝を有し、その溝の底面には周方向において1箇所以上に、さらに前記軸心線へ近づく方向へ凹む凹部を有し、前記軸心線に垂直方向の断面において前記凹部の周方向における端面Yは直線であり、その直線の前記軸の径方向に対する角度δが45度以上をなす密封構造体において用いられる、前記軸の前記外面と前記軸孔を構成する前記部材の内面との隙間を密封するためのシールリングであって、
その内周面から前記軸心線へ近づく方向へ突き出る凸部を前記凹部と同数有し、前記凸部における最も前記軸心線に近い箇所の径は、前記軸における前記溝の前記底面の径よりも小さく、前記溝の内部に収容されると前記凸部が前記凹部に収容されるように構成され、
前記軸が回転したとき、前記端面Yおよび前記凸部の周方向における端面Xが互いに接して、外径側に押し出されるように構成され、
前記軸心線に垂直方向の断面において前記端面Xは直線であり、その直線のその径方向に対する角度αが45度以上であることを特徴とする、シールリング。
【請求項5】
合口部を有し、
前記軸心線に垂直方向の断面において、前記合口部を基準として20~60度の範囲内に前記端面Xの周方向の中心X
cが存在する、請求項4に記載のシールリング。
【請求項6】
前記凸部が2以上存在し、
前記軸心線に垂直方向の断面において、前記合口部を基準として左右対称の位置に前記凸部が存在する、請求
項5に記載のシールリング。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はシールリングおよびそれを含む密封構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば電気自動車(EV)やハイブリッド電気自動車(HEV)等のモータ機構の減速機において、減速機内の冷却用の油の漏洩を防止するために密封構造体が用いられる。
このような密封構造体の中にはシールリングがあり、シールリングは、軸とこの軸が挿入される軸孔との隙間を密封するために用いられる。シールリングは、軸の外周面に形成された溝の内部に収容され、軸孔を構成する部材の内面と接触することにより軸と軸孔との隙間を密封し、密封対象物(例えば減速機内の冷却用の油)が軸孔から出てしまうことを抑制し、また、軸と軸孔との隙間における冷却用の油等の油圧を保持する。
また、シールリングは、通常、無端ではなく、分断されていて、この分断された部分に合口部を有する(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ここで、電気自動車(EV)やハイブリッド電気自動車(HEV)のモータ機構の減速機内の冷却用の油による油圧は、微小若しくは無圧である。すなわち、シールリングに加わる油圧は、自動変速機(AT)や無段変速機(CVT)等において作動油を密封するために用いられるシールリングに加わる圧力(油圧)よりも格段に低くなる。
【0005】
このような減速機等の低圧環境において用いられるシールリングは、通常、樹脂材料を用いて射出成形等の方法によって成形される。また、例えば射出成形によって成形した場合、シールリングは合口部が広がった状態で形成された後、所望の径となるように矯正(縮径)される。ただし、合口部やその近傍は矯正し難い。特に樹脂材料としてPEEK(ポリエーテルエーテルケトン)やPPS(ポリフェニレンサルファイド)等の硬質樹脂を用いた場合、所望の径への矯正がより困難である。
【0006】
この矯正によって合口部やその近傍が所望の径に矯正されない場合、使用状態におけるシールリングの真円度が不足し、軸孔を構成する部材の内面とシールリングの外周面との間に隙間が形成される。シールリングが自動変速機(AT)や無段変速機(CVT)等に用いられる場合、高圧の作動油の油圧がかかることにより、シールリングが軸孔の内面に押し付けられ、シールリングの真円度不足に基づく外周側の隙間は消滅する。しかし、減速機のような低い油圧がかかる、または油圧がかからない場合、シールリングが軸孔の内面に押し付けられ難いため、シールリングの外周側に隙間が形成されてしまうおそれがある。
【0007】
このように、電気自動車(EV)やハイブリッド電気自動車(HEV)のモータ機構の減速機等、低圧環境で用いられるシールリングについて、シールリングの真円度不足に基づく軸孔の内面とシールリングの外周面との隙間の発生を抑制可能にする技術が求められていた。
【0008】
本発明は上記のような課題を解決することを目的とする。すなわち、本発明は、軸孔の内面とシールリングの外周面との隙間の発生を抑制することができるシールリングおよびそれを含む密封構造体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は以下の(1)~(6)である。
(1)軸と、前記軸が挿入される軸孔を有する部材と、前記軸の外面と前記軸孔を構成する前記部材の内面との隙間を密封するためのシールリングと、を有する密封構造体であって、
前記軸は前記外面にその軸心線を中心とする円環状の溝を有し、その溝の底面には周方向において1箇所以上に、さらに前記軸心線へ近づく方向へ凹む凹部を有し、
前記シールリングはその内周面から前記軸心線へ近づく方向へ突き出る凸部を前記凹部と同数有し、前記凸部における最も前記軸心線に近い箇所の径は、前記軸における前記溝の前記底面の径よりも小さく、前記溝の内部に収容されると前記凸部が前記凹部に収容されるように構成され、
前記軸が回転したとき、前記凸部の周方向における端面Xおよび前記凹部の周方向における端面Yが互いに接して、前記シールリングが外径側に押し出されるように構成され、
前記軸心線に垂直方向の断面において前記端面Xおよび前記端面Yはいずれも直線であり、前記端面Xを表す直線の前記シールリングの径方向に対する角度αおよび前記端面Yを表す直線の前記軸の径方向に対する角度δが、共に45度以上であることを特徴とする、密封構造体。
(2)前記シールリングは合口部を有し、
前記軸心線に垂直方向の断面において、前記合口部を基準として20~60度の範囲内に前記端面Xの周方向の中心Xcが存在する、上記(1)に記載の密封構造体。
(3)前記凸部および前記凹部が各々2以上存在し、
前記軸心線に垂直方向の断面において、前記合口部を基準として左右対称の位置に前記凸部および前記凹部が存在する、上記(1)または(2)に記載の密封構造体。
(4)軸と、前記軸が挿入される軸孔を有する部材と、を有し、前記軸はその外面にその軸心線を中心とする円環状の溝を有し、その溝の底面には周方向において1箇所以上に、さらに前記軸心線へ近づく方向へ凹む凹部を有し、前記軸心線に垂直方向の断面において前記凹部の周方向における端面Yは直線であり、その直線の前記軸の径方向に対する角度δが45度以上をなす密封構造体において用いられる、前記軸の前記外面と前記軸孔を構成する前記部材の内面との隙間を密封するためのシールリングであって、
その内周面から前記軸心線へ近づく方向へ突き出る凸部を前記凹部と同数有し、前記凸部における最も前記軸心線に近い箇所の径は、前記軸における前記溝の前記底面の径よりも小さく、前記溝の内部に収容されると前記凸部が前記凹部に収容されるように構成され、
前記軸が回転したとき、前記端面Yおよび前記凸部の周方向における端面Xが互いに接して、外径側に押し出されるように構成され、
前記軸心線に垂直方向の断面において前記端面Xは直線であり、その直線のその径方向に対する角度αが45度以上であることを特徴とする、シールリング。
(5)合口部を有し、
前記軸心線に垂直方向の断面において、前記合口部を基準として20~60度の範囲内に前記端面Xの周方向の中心Xcが存在する、上記(4)に記載のシールリング。
(6)前記凸部が2以上存在し、
前記軸心線に垂直方向の断面において、前記合口部を基準として左右対称の位置に前記凸部が存在する、上記(4)または(5)に記載のシールリング。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、軸孔の内面とシールリングの外周面との隙間の発生を抑制することができるシールリングおよびそれを含む密封構造体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の密封構造体の軸心線Lに垂直な方向の概略断面図である。
【
図2】本発明の密封構造体の軸心線Lに平行な方向の概略断面図であって、
図1に示すA-A線断面図(概略断面図)である。
【
図4】
図3に示すシールリングの凸部の近傍を拡大した部分拡大斜視図(概略図)である。
【
図5】
図3に示すシールリングの合口部の近傍を拡大した部分拡大斜視図(概略図)である。
【
図6】本発明の密封構造体が有する軸および軸が挿入される軸孔の断面を示す概略断面図である。
【
図7】密封構造体の凸部および凹部の近傍を拡大して示す部分断面図である。
【
図8】凸部と凹部とが接触した状態を示す、密封構造体の凸部および凹部の近傍を拡大して示す部分断面図である。
【
図9】凸部と凹部とが接触した状態を示す、密封構造体の凸部および凹部の近傍を拡大して示す、別の部分断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明について説明する。
本発明は、軸と、前記軸が挿入される軸孔を有する部材と、前記軸の外面と前記軸孔を構成する前記部材の内面との隙間を密封するためのシールリングと、を有する密封構造体であって、前記軸は前記外面にその軸心線を中心とする円環状の溝を有し、その溝の底面には周方向において1箇所以上に、さらに前記軸心線へ近づく方向へ凹む凹部を有し、前記シールリングはその内周面から前記軸心線へ近づく方向へ突き出る凸部を前記凹部と同数有し、前記凸部における最も前記軸心線に近い箇所の径は、前記軸における前記溝の前記底面の径よりも小さく、前記溝の内部に収容されると前記凸部が前記凹部に収容されるように構成され、前記軸が回転したとき、前記凸部の周方向における端面Xおよび前記凹部の周方向における端面Yが互いに接して、前記シールリングが外径側に押し出されるように構成され、前記軸心線に垂直方向の断面において前記端面Xおよび前記端面Yはいずれも直線であり、前記端面Xを表す直線の前記シールリングの径方向に対する角度αおよび前記端面Yを表す直線の前記軸の径方向に対する角度δが、共に45度以上であることを特徴とする、密封構造体である。
このような密封構造体を、以下では「本発明の密封構造体」ともいう。
【0013】
また、本発明は、軸と、前記軸が挿入される軸孔を有する部材と、を有し、前記軸はその外面にその軸心線を中心とする円環状の溝を有し、その溝の底面には周方向において1箇所以上に、さらに前記軸心線へ近づく方向へ凹む凹部を有し、前記軸心線に垂直方向の断面において前記凹部の周方向における端面Yは直線であり、その直線の前記軸の径方向に対する角度δが45度以上をなす密封構造体において用いられる、前記軸の前記外面と前記軸孔を構成する前記部材の内面との隙間を密封するためのシールリングであって、その内周面から前記軸心線へ近づく方向へ突き出る凸部を前記凹部と同数有し、前記凸部における最も前記軸心線に近い箇所の径は、前記軸における前記溝の前記底面の径よりも小さく、前記溝の内部に収容されると前記凸部が前記凹部に収容されるように構成され、前記軸が回転したとき、前記端面Yおよび前記凸部の周方向における端面Xが互いに接して、外径側に押し出されるように構成され、前記軸心線に垂直方向の断面において前記端面Xは直線であり、その直線のその径方向に対する角度αが45度以上であることを特徴とする、シールリングである。
このようなシールリングを、以下では「本発明のシールリング」ともいう。
【0014】
本発明の密封構造体は、本発明のシールリングを含む。
【0015】
以下、本発明の密封構造体および本発明のシールリングについて図を用いて説明する。
なお、以下の図に示す本発明の密封構造体および本発明のシールリングは好適態様を示すものであり、本発明の密封構造体および本発明のシールリングは図に示す態様に限定されない。
【0016】
図1は、本発明の密封構造体の軸心線Lに垂直な方向の概略断面図である。
図2は、本発明の密封構造体の軸心線Lに平行な方向の概略断面図であって、
図1に示すA-A線断面図である。
図3は、シールリングの側面を示す概略図である。
図4は、シールリングの凸部の近傍を拡大した部分拡大斜視図(概略図)である。
図5は、シールリングの合口部の近傍を拡大した部分拡大斜視図(概略図)である。
図6は、本発明の密封構造体が有する軸および軸が挿入される軸孔の断面を示す概略断面図である。
なお、
図1~5はシールリングに外力が加わっていない状態(シールリングを溝に収容した状態で、且つ、軸が回転していなくてシールリングの凸部4が軸の凹部3の端面Yに乗り上げておらず、且つ、密封対象物(油)の圧がシールリングに対して作用してない状態)を示している。また、
図2において点線で示したシールリング2'は、外力が加わり移動した状態を示している。
【0017】
図1、2において本発明の密封構造体1は、軸50と、軸50が挿入される軸孔61を有する部材Rと、軸50の外面50aと軸孔61を構成する部材Rの内面62との隙間Sを密封するためのシールリング2と、を有する。
軸孔61は、車両や汎用機械に含まれる減速機等の少なくとも一部である部材Rに形成されたものである。
図1、2に示す好適態様では、減速機等の少なくとも一部である部材Rが含むハウジング60に軸孔61が形成されている。そして、軸50は軸孔61に挿入され、軸心線Lを中心として軸孔61に対して相対的に回転することができる。
密封構造体1は、例えば、EVやHEVのモータ機構の減速機やATやCTVの少なくとも一部を構成することができる。密封構造体1は、内部の油圧が低いモータ機構の減速機等の少なくとも一部を構成することが好ましい。
【0018】
シールリングについて説明する。
図1、2においてシールリング2(本発明のシールリングの好適態様)は、本発明の密封構造体1の一部を構成する。
【0019】
シールリング2は本体部20を有している。
図1~5に示すように、シールリング2を軸50の溝51へ配置したときに軸心線Lの周りに環状に延びる部分(リング部分)が本体部20である。
図1~5に示す好適態様において本体部20における軸心線Lに平行方向の断面の形状は矩形であるが、この形状は略矩形であってよく、楕円形等であってもよい。
【0020】
シールリング2を軸50の溝51へ配置したときに、本体部20における軸心線Lに近い内側の面を内周面21、それに対向する外側の面を本体部20における外周面22とし、それらの面をつなぎ、軸心線Lに平行な方向において相対する2つの面を本体部20における側面23および側面24とする。
図1~5に示した好適態様において、内周面21および外周面22は、各々、軸心線Lを中心または略中心とする円筒面または略円筒面であり、側面23および側面24は軸心線Lに垂直方向の環状の平面である。
【0021】
また、
図1~5に示した好適態様においてシールリング2は無端ではない。つまり、周方向の1箇所において分断されており、
図1、3、5に示すように、この分断された部分に合口部5が設けられている。
合口部5は、シールリング2の熱膨張または熱収縮等によりシールリング2の周長が変化しても安定したシール性能を維持可能にする公知の構造となっている。合口部5の構造としては、例えば、
図5に示すように、外周面22側および両側面23、24側のいずれから見ても階段状に切断された、いわゆる特殊ステップカット構造や、ストレートカット構造、バイアスカット構造、ステップカット構造等がある。
【0022】
シールリング2は、
図1~4に示すように、本体部20の内周面21から軸心線Lへ近づく方向へ突き出る凸部4を有する。
凸部4の個数は、軸50に形成されている凹部3の個数と同一である。
また、
図1、3、4に示すように、凸部4は本体部20の内周面21において、周方向に延びるように存在している。ここで、周方向における凸部4の両端面を端面Xとする。
凸部4における端面Xは、
図1、
図3に示すような軸心線Lに垂直な方向の断面において直線である。ここで直線には、完全な直線だけでなく略直線(直線に近い曲線等)も含まれるものとする。
そして、
図3に示すように、軸心線Lに垂直な方向の断面において、端面Xがなす直線がシールリング2の径方向に対してなす角度αは45度以上であり、60度~70度であることが好ましい。ここで角度αは、
図3に示すような軸心線Lに垂直な方向の断面において端面Xの周方向における中心の点を中心X
cとし、この中心X
cと軸心線Lを示す点(軸心線Lに垂直な方向の断面において「軸心線Lを示す点」を、以下では単に「軸心線L」ともいう)とを結んだ直線を線dとしたときに、端面Xを表す直線とこの線dとがなす角度(90度以下の角度)である。
なお、
図1、
図3に示すような軸心線Lに垂直な方向の断面において端面Xが完全な直線ではない場合(例えば直線に近い曲線である場合)、
図1、
図3に示すような軸心線Lに垂直な方向の断面において端面Xを表す線の接線と線dとがなす角度(90度以下の角度)の平均値を角度αとする。
【0023】
凸部4において2つの端面Xを繋ぐ面であって、最も軸心線Lに近い内周側の面を係止面43とする。係止面43は平面であっても曲面であってもよい。係止面43は
図1、
図3に示すような軸心線Lに垂直な方向の断面において軸心線Lを中心とする円の一部(円弧)をなす曲面であることが好ましい。
【0024】
シールリング2の内周面21において、凸部4がその周方向へ延びる程度(凸部4の幅)を、
図1に示すような軸心線Lに垂直な方向の断面において、角度γで規定するものとする。
角度γは、
図1に示すように、2つの端面Xの各々における周方向の中心X
cと軸心線Lとを結んだ2本の線dがなす角度である。
角度γは5~15度であることが好ましい。
【0025】
凸部4がシールリング2の内周面21から軸心線Lへ近づく方向へ突き出ている程度(凸部4の肉厚)は、
図1、3に示すような軸心線Lに垂直な方向の断面において、本体部20の内周面21の半径m
1と、係止面43の半径m
2との差で認識される。
ここで、係止面43が
図1、3に示すような軸心線Lに垂直な方向の断面において、軸心線Lを中心とする円の一部(円弧)をなす曲面である場合、係止面43の半径m
2は一義的に決まるが、このような曲面でない場合、半径m
2は係止面43において最も軸心線Lに近い箇所において測定される半径を意味するものとする。
凸部4の肉厚(m
1-m
2)は1mm以上であることが好ましく、1mm~3mmであることがより好ましい。
凸部4の肉厚は、
図2に示すように、軸50の外面50aと軸孔61を構成する部材Rの内面62との間の径方向の長さ(幅)よりも大きくなっている。
【0026】
シールリング2の内周面21における凸部4の位置は特に限定されないが、
図1、3に示すような軸心線Lに垂直方向の断面において、合口部5を基準として20~60度の範囲内に端面Xの周方向の中心X
cが存在することが好ましい。
すなわち、
図1に示すような本発明の密封構造体の軸心線Lに垂直な方向の断面において、合口部5が備える内周側の凹み5aの周方向における中心と軸心線Lとを結んだ直線を基準線Kとし、周方向においてその基準線Kに最も近い位置に存在する凸部4を特定したときに、その凸部4の2つの端面Xのうち周方向において基準線Kと近い側の端面Xの中心X
cと軸心線Lとを結んだ線dが、基準線Kに対してなす角度(角度β)が20~60度となる凸部4が存在することが好ましい。
ここで、合口部5が
図5に示すように内周側に2以上の凹みを備える場合、合口部5の内周側の2以上の凹みのうち、合口部5の周方向における最も外側に存在する凹みに基づいて基準線Kを決定するものとする。例えば、
図5に示す態様では合口部5の内周側の2つの凹みが形成されている。そして、合口部5の内周側の2つ凹みのうち、左側に存在する凹み(凹み5a)が周方向において(合口部5の周方向の中心付近に存在する凹みと比べて)、より外側に存在するため、この凹みに基づいて基準線Kを決定する)。
【0027】
シールリング2は凸部4を2以上有することが好ましく、
図1、3に示すような軸心線Lに垂直方向の断面において、合口部5を基準として左右対称の位置に凸部4が存在することが好ましい。
すなわち、
図1、3に示すように、周方向において基準線Kに最も近い位置に存在する凸部4を特定したときに、基準線Kを基準として(基準線Kを対称軸として)その特定された凸部4に対する左右対象の位置に、別の凸部4が存在することが好ましい。
【0028】
シールリング2における凸部4の厚さは、
図2、4に示すように、軸心線Lに平行な方向において本体部20の厚さよりも小さくなっている。そのため、凸部4において軸心線Lに垂直な方向に延びる側面44および側面45は、各々、本体部20の側面23および側面24と面一となっておらず、段差が形成されている。ただし、凸部4の側面44、45は、本体部20の側面23、24と各々、面一となっていてもよく、また、凸部4の側面44と本体部20の側面23および凸部4の側面45と本体部20の側面24のいずれか一方が面一となっていてもよい。
【0029】
凸部4における最も軸心線Lに近い箇所の径、すなわち
図1にm
2で示した係止面43の半径は、軸50の底面52の径(
図1においてm
3で表される半径)よりも小さい。
そして、シールリング2は溝51に取り付けられると、凸部4が凹部3に収容されるように構成されている。
【0030】
シールリング2は、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)・ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等の樹脂材を用いて、例えば射出成型法によって成形することができる。
射出成形法によって成形された場合、シールリング2は合口部5が広がった状態で成形されるため、成形後、所望の径となるようにシールリング2は矯正(縮径)処理がなされる。
【0031】
軸について説明する。
図6に示すように、軸50はその外面50aに軸心線Lを中心とする円環状の溝51を有し、溝51の底面52には周方向において1箇所以上に、さらに軸心線Lへ近づく方向へ凹む凹部3を有する。
【0032】
凹部3は、シールリング2が溝51に取り付けられたときに、シールリング2の凸部4が収容されるように構成されている。
したがって、
図1、6に示すように、凹部3は軸50における溝51の底面52において、周方向に延びるように存在している。ここで、凹部3の周方向における両端面を端面Yとする。
凹部3における端面Yは、
図1、6に示すような軸心線Lに垂直な方向の断面において、直線である。ここで直線には、完全な直線だけでなく略直線(直線に近い曲線等)も含まれるものとする。
そして、
図6に示すように、軸心線Lに垂直な方向の断面において、端面Yがなす直線が軸50の径方向に対してなす角度δは45度以上となり、60度~70度であることが好ましい。ここで角度δは、
図6に示すような軸心線Lに垂直な方向の断面において端面Yの周方向における中心の点を中心Y
cとし、この中心Y
cと軸心線Lとを結んだ直線を線eとしたときに、端面Yを表す直線とこの線eとがなす角度(90度以下の角度)である。
角度δは角度αに対して±3度以内であることが好ましく、±2度以内であることがより好ましく、と±1度以内であることがさらに好ましい。
なお、
図1、6に示すような軸心線Lに垂直な方向の断面において端面Yが直線ではない場合(例えば直線に近い曲線である場合)、
図1、6に示すような軸心線Lに垂直な方向の断面において端面Yがなす線の接線と線eとがなす角度(90度以下の角度)の平均値を角度δとする。
【0033】
凹部3において2つの端面Yを繋ぐ面であって、最も軸心線Lに近い内周側の面を被係止面32とする。被係止面32は平面であっても曲面であってもよい。被係止面32は
図1、6に示すような軸心線Lに垂直な方向の断面において、軸心線Lを中心とする円の一部(円弧)をなす曲面であることが好ましい。
【0034】
軸50の溝51の底面52において、凹部3がその周方向へ延びる程度(凹部3の幅)を、
図6に示すような軸心線Lに垂直な方向の断面において、角度εで規定するものとする。
角度εは、
図6に示すように、2つの端面Yの各々における周方向の中心Y
cと軸心線Lとを結んだ2本の線eがなす角度である。
角度εは角度γ+2度以上であることが好ましい。また、角度εは、角度γ+10度以下であってよい。
【0035】
凹部3が軸50の溝51における底面52から軸心線Lへ近づく方向へ凹んでいる程度(凹部3の深さ)は、
図1、6に示すような軸心線Lに垂直な方向の断面において、底面52の半径m
3と、被係止面32の半径m
4との差で認識される。
ここで、被係止面32が
図1、6に示すような軸心線Lに垂直な方向の断面において、軸心線Lを中心とする円の一部(円弧)をなす曲面である場合、被係止面32の半径m
4は一義的に決まるが、このような曲面でない場合、半径m
4は被係止面32において最も軸心線Lに近い箇所において測定される半径を意味するものとする。
凹部3の深さ(m
3-m
4)は凸部4の肉厚(m
1-m
2)以上であることが好ましい。そうでないと軸50が軸心線Lを中心として回転し難くなることがある。凹部3の深さ(m
3-m
4)は凸部4の肉厚(m
1-m
2)+1mm~3mmであることがより好ましい。
凹部3の深さ(m
3-m
4)は1mm以上であることが好ましく、1mm~2mmであることがより好ましい。
【0036】
前述のように、シールリング2は溝51に取り付けられると、凸部4が凹部3に収容されるように構成されている。したがって、凹部3は凸部4を収容できる位置に形成されている。すなわち、
図1に示すような軸心線Lに垂直な方向の断面において、凹部3の位置は、凸部4の位置とほぼ一致する。
また、前述のように、
図1、3に示すような軸心線Lに垂直方向の断面において、合口部5を基準として20~60度の範囲内に端面Xの周方向の中心X
cが存在する位置に凸部4が存在することが好ましいため、同様の考え方に基づいて、合口部5を基準として20~60度の範囲内に端面Yの周方向の中心Y
cが存在する位置に、凹部3が存在することが好ましい。
また、前述のように、
図1、3に示すような軸心線Lに垂直方向の断面において、合口部5を基準として左右対称の位置に2以上の凸部4が存在することが好ましいため、同様の考え方に基づいて、合口部5を基準として左右対称の位置に2以上の凹部3が存在することが好ましい。
【0037】
凹部3の軸心線Lと平行方向における幅は、
図2に示すように、凸部4の軸心線Lと平行方向における幅以上である。また、
図2に示すように、凹部3の軸心線Lと平行方向における幅は、溝51の底面52の軸心線Lと平行方向における幅と同じとなっており、凹部3の軸心線Lに垂直方向の側面34,35は、溝51の側面53,54と各々面一となっている。なお、凹部3の軸心線Lと平行方向における幅は、溝51の底面52の軸心線Lと平行方向における幅よりも小さくなっていてもよく、側面34,35と側面53,54との各々の間には段差が形成されていてもよく、また、凹部3の側面34と溝51の側面53および凹部3の側面35と溝51の側面54のいずれか一方が互いに面一となっており、他方が段差を形成していてもよい。
【0038】
このような本発明の密封構造体では、軸50が軸心線Lを中心として回転したとき、凹部3の周方向における端面Yおよび凸部4の周方向における端面Xが互いに接して、シールリング2が外周側に押し出されるように構成されている。
これについて
図7~9を用いて説明する。
【0039】
図7は、
図1に示した本発明の密封構造体1におけるシールリング2の凸部4および軸50の凹部3の近傍を拡大して示す部分断面図である。
前述のように、密封構造体1は、シールリング2を軸50の溝51に取り付け、凸部4が凹部3に収容された状態では、凸部4の係止面43と凹部3の被係止面32とに隙間が生じ得る。また、シールリング2の真円度が不足する場合等において、シールリング2の外周面22の合口部5の近傍の部分が軸孔61の内周面62に接触せず、この部分において、シールリング2の外周面22と軸孔61の内周面62との間に微小な隙間Sが生じることがある。
【0040】
シールリング2の外周面22と軸孔61の内周面62とは部分的には接触しているため、例えば減速機Rが使用されて軸50が回転すると、外周面22と内周面62との間の摩擦力によって、シールリング2が軸50に対して相対的に回転移動する。
この回転によってシールリング2の凸部4における一方の端面Xと軸50の凹部3の一方の端面Yとが近づく方向へ移動する。ここで、同時に凸部4における他方の端面Xと凹部3の他方の端面Yとは離れる。そして、端面Xと端面Yとが接すると、それ以上、シールリング2は軸50に対して相対に回転しなくなる。
そして、
図8に示すように、凸部4における一方の端面Xと凹部3の一方の端面Yとが接触し、その後、シールリング2の全体が外径側へ押し出され、外径側へ移動していく。そのため、シールリング2の外周面22と軸孔61の内周面62との隙間Sが減少していく。
【0041】
その結果、
図9に示すように、シールリング2の外周面22と軸孔61の内周面62との隙間Sが消滅する。そして、隙間Sが存在することによって生じ得る、減速機内の油の漏れや外部から減速機内に異物が進入することが防止される。また、このような隙間Sの消滅は、前述のような無圧または低圧環境下でも生じる。すなわち、シールリング2にかかる油圧の大きさに拘わらず生じる。
【実施例】
【0042】
<実験1>
図1~
図9に示した態様の密封構造体であって、軸心線に垂直方向の断面における凸部の周方向の端面Xの径方向に対する角度αと、凹部の周方向の端面Yの径方向に対する角度δとが同一角度で、共に30度、45度、60度または78度であり、それ以外は同一とした4種類の密封構造体を用意した。ここで軸心線に垂直方向の断面において端面Xおよび端面Yはいずれも直線であった。
そして、各々の密封構造体について以下の条件で実験を行い、シールリングの外周面と軸孔の内周面との隙間(S:外周隙間)を測定した。測定結果を
図10に示す。なお、この隙間は径方向における最大値を意味する。
【0043】
[実験条件]
・軸孔の内径(呼び径):φ99.7mm
・圧力:なし
・トルク:10kPa+遠心油圧相当
・外周隙間Sを測定する際の雰囲気温度:25℃
・材質:PEEK
・凸部の位置(角度β):32.5度
・凸部の肉厚:1mm
・凸部の幅(角度γ):15度
【0044】
また、
図10には、合わせてFEM(有限要素法)解析を行う解析ソフトウェア(Marc、エムエスシーソフトウェア社製)を用いたシミュレーション結果も示した。シミュレーションは、上記の4種類の他、凸部が無い場合についても行った。
図10に示すように、シミュレーション結果は、実測結果と同様となった。
【0045】
図10に示すように、角度αが45度以上の場合に、外周隙間が小さくなることが確認できた。また、角度αが50度以上(好ましくは60度以上)の場合、特に外周隙間が小さくなる(具体的には外周隙間の最大値が0.01mm以下となる)ことが確認できた。
角度αは80度以下であることが好ましい。
【0046】
<実験2>
図1~
図9に示した態様の密封構造体であって、軸心線に垂直方向の断面において合口部を基準とした位置、すなわち角度βが32度または60度となる位置に端面Xの周方向の中心(X
c)が存在し、それ以外は同一とした2種類の密封構造体を用意した。ここで軸心線に垂直方向の断面において端面Xおよび端面Yはいずれも直線であり、また、端面Xの径方向に対する角度αと、端面Yの径方向に対する角度δとが同一となるようにした。
そして、各々の密封構造体について以下の条件で実験を行い、シールリングの外周面と軸孔の内周面との隙間(S:外周隙間)を測定した。測定結果を
図11に示す。なお、この隙間は径方向における最大値を意味する。
【0047】
[実験条件]
・軸孔の内径(呼び径):φ99.7mm
・圧力:なし
・トルク:10kPa+遠心油圧相当
・温度:25℃
・材質:PEEK
・角度α:45度
・角度δ:45度
・凸部の肉厚:1mm
・凸部の幅(角度γ):15度
【0048】
また、
図11には、実験1と同じ解析ソフトウェアを用いたシミュレーション結果も示した。シミュレーションは、軸心線に垂直方向の断面において合口部を基準として12度、22度、32度、42度、52度、62度、72度、82度の場合について行った。また、凸部が無い場合についても行った。
図11に示すように、シミュレーション結果は、実測結果と同様の傾向を示した。
【0049】
図11に示すように、軸心線に垂直方向の断面において合口部を基準として20~60度(特に30度程度)の位置に端面Xの周方向の中心が存在する場合に、外周隙間が小さくなる(具体的には外周隙間の最大値が0.01mm以下となる)ことが確認できた。
【0050】
この出願は、2021年6月22日に出願された日本出願特願2021-102898を基礎とする優先権を主張し、その開示のすべてをここに取り込む。
【符号の説明】
【0051】
1 密封構造体
2 シールリング
3 凹部
4 凸部
5 合口部
20 本体部
21 内周面
22 外周面
23,24 側面
3 凸部
32 被係止面
34,35 側面
4 凸部
43 係止面
44,45 側面
50 軸
50a 外周面
51 溝
52 底面
53,54 側面
60 ハウジング
61 軸孔
62 内周面
R 減速機
S 隙間
L 軸心線