(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-26
(45)【発行日】2024-07-04
(54)【発明の名称】高純度カチオン系重合体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C08F 8/00 20060101AFI20240627BHJP
C08F 26/02 20060101ALI20240627BHJP
C08F 4/04 20060101ALI20240627BHJP
【FI】
C08F8/00
C08F26/02
C08F4/04
(21)【出願番号】P 2020060213
(22)【出願日】2020-03-30
【審査請求日】2022-08-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000003975
【氏名又は名称】日東紡績株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】弁理士法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】照内 洋子
【審査官】久保 道弘
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-043174(JP,A)
【文献】特開2001-226421(JP,A)
【文献】特開2005-097636(JP,A)
【文献】特開昭60-115935(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08F 8/00
C08F 26/02
C08F 4/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)水系溶媒中において、アゾビス(アミジノアルカン)の付加塩からなるラジカル重合開始剤の存在下、カチオン系単量体の酸付加塩を重合する工程;
b)工程a)で得られた重合体を、アルカリで中和処理する工程;及び
c)工程b)で生じた中和塩を除去する工程;
を有する
、カチオン系重合体の製造方法において、
工程b)の後、工程c)の前に、温度50~90℃の範囲内に加温する工程
、及び該加温する工程の後に脱モノマーを行う工程を更に有し、且つ、
工程a)に供される前記カチオン系単量体の酸付加塩のモル数xに対する、工程b)の開始から工程c)の終了までに添加したアルカリの合計モル数yの比x:yが、1:1.09~1:1.5の範囲内である、
上
記カチオン系重合体の製造方法。
【請求項2】
上記カチオン系単量体の酸付加塩が、アリルアミン系単量体の塩酸塩である、請求項1に記載
のカチオン系重合体の製造方法。
【請求項3】
前記アゾビス(アミジノアルカン)が、下記一般式式(I)で表される構造を有する、請求項1又は2に記載
のカチオン系重合体の製造方法
【化1】
(式中、R
1およびR
2は、それぞれ炭素数1~3のアルキル基を示し、それらはたがいに同一であっても異なっていてもよい。)。
【請求項4】
前記ラジカル重合開始剤が2,2′-アゾビス(2-アミジノプロパン)付加塩である請求項1又は2に記載
のカチオン系重合体の製造方法。
【請求項5】
工程c)における中和塩の除去を電気透析で行なう、請求項1から4のいずれか一項に記載
のカチオン系重合体の製造方法。
【請求項6】
カチオン系重合体が、サクシンイミド誘導体の含有量が、1,500ppm以下であり、Naイオン含有量が、10ppm以下である
、カチオン系重合体溶液の形態で得られる、請求項1から5のいずれか一項に記載
のカチオン系重合体の製造方法。
【請求項7】
カチオン系重合体が、サクシンイミド誘導体の含有量が、1,500ppm以下であり、NH
4イオン含有量が、15ppm以下である
、カチオン系重合体溶液の形態で得られる、請求項1から5のいずれか一項に記載
のカチオン系重合体の製造方法。
【請求項8】
カチオン系重合体が、サクシンイミド誘導体の含有量が、1,500ppm以下であり、Clイオン含有量が、500ppm以下である
、カチオン系重合体溶液の形態で得られる、請求項1から5のいずれか一項に記載
のカチオン系重合体の製造方法。
【請求項9】
前
記カチオン系重合体溶液が、アリルアミン系(共)重合体溶液である、請求項6から8のいずれか一項に記載
のカチオン系重合体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高純度のカチオン系重合体の製造方法に関する。さらに詳しくは、本発明は、特に高純度が求められる電子材料用原料や医薬品原料等に好適な高純度のカチオン系重合体を製造する方法及びその応用に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アリルアミン系(共)重合体に代表されるカチオン系重合体は水溶性であることを活かして様々な分野に幅広く用いられており、例えば凝集剤や汚泥脱水剤をはじめ、接着剤、製紙用薬剤、帯電防止剤、塗料、アンカーコート剤、染料固着剤、インクジェット式印刷用薬剤などの各種機能性材料の原料に利用されている。
カチオン系重合体の製造は、通常、カチオン系単量体であるモノアリルアミン塩酸塩等の重合性単量体の酸付加塩を、重合開始剤(例えば、2,2’-アゾビス-2-メチルプロピオンアミジン等の無機酸塩または有機酸塩)の存在下に重合させ、得られたアリルアミン系(共)重合体の塩酸塩等のカチオン系重合体の酸付加塩を、アルカリで中和処理し、副生する中和塩を除去するため透析等の精製手段に付する。これにより、遊離の(酸付加塩を実質的に有さない)アリルアミン系(共)重合体等の遊離のカチオン系重合体を製造することができる。
【0003】
より高純度のカチオン系重合体を得るため、上記製造方法への種々の改良が提案されている。例えば、アリルアミン系(共)重合体の製造においては、重合開始剤に由来するテトラメチルサクシンイミド(TMSI)等のサクシンイミド誘導体を除去するために、イオン交換膜電気透析で除去可能な無機塩を加えて電気透析を行うことが提案されている(例えば、特許文献1参照。)。
また、重合開始剤と次亜リン酸やその塩の存在下でカチオン系単量体を重合させることや、重合開始剤の存在下でカチオン系単量体を重合させた後、次亜リン酸やその塩を添加して加熱処理することで、重合開始剤やそれ由来の変性物をサクシンイミド誘導体などに変換し、ろ別により除去する方法も提案されている(例えば、特許文献2参照。)。
【0004】
電子材料用原料や医薬品原料等の用途においては、特に高純度のカチオン系重合体が求められており、TMSI等の重合開始剤由来の不純物の残存量低減だけでなく、金属イオンの残存量低減も重要となっている。上記で提案されている改良手法は、重合開始剤由来の不純物の低減には一定の有効性を有するものの、必ずしも残存の金属イオン量を十分に低減することができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2010-43174号公報
【文献】特開2001-253905号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記の背景技術に鑑みてなされたものであり、TMSI等の重合開始剤由来の不純物の残存量が低減できるだけでなく、ナトリウムイオン等の金属イオンの残存量をも効果的に低減することができる、高純度カチオン系重合体の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、カチオン系単量体の酸付加塩を重合して得られた重合体をアルカリで中和処理し、次いで透析等の精製工程に付して副生した中和塩を除去する従来の製造方法において、アルカリでの中和処理後に加温工程を加えること、及びカチオン系単量体の酸付加塩に対するアルカリの割合を適宜調整することで、開始剤由来の不純物と、不純物として含まれる金属イオンとを、ともに効率よく低減できることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち本発明は、
[1]
a)水系溶媒中において、アゾビス(アミジノアルカン)の付加塩からなるラジカル重合開始剤の存在下、カチオン系単量体の酸付加塩を重合する工程;
b)工程a)で得られた重合体を、アルカリで中和処理する工程;及び
c)工程b)で生じた中和塩を除去する工程;
を有する、高純度カチオン系重合体の製造方法において、
工程b)の後、工程c)の前に、温度40~90℃の範囲内に加温する工程を更に有し、且つ、
工程a)に供される前記カチオン系単量体の酸付加塩のモル数xに対する、工程b)の開始から工程c)の終了までに添加したアルカリの合計モル数yの比x:yが、1:1.08~1:1.5の範囲内である、
上記高純度カチオン系重合体の製造方法、である。
【0008】
また、下記[2]から[9]は、いずれも本発明の好ましい一態様又は一実施形態である。
[2]
上記カチオン系単量体の酸付加塩が、アリルアミン系単量体の塩酸塩である、[1]に記載の高純度カチオン系重合体の製造方法。
[3]
前記アゾビス(アミジノアルカン)が、下記一般式式(I)で表される構造を有する、[1又は2に記載の高純度カチオン系重合体の製造方法
【化1】
(式中、R
1およびR
2は、それぞれ炭素数1~3のアルキル基を示し、それらはたがいに同一であっても異なっていてもよい。)。
[4]
前記ラジカル重合開始剤が2,2′-アゾビス(2-アミジノプロパン)付加塩である[1]又は[2]に記載の高純度カチオン系重合体の製造方法。
[5]
工程c)における中和塩の除去を電気透析で行なう、[1]から[4]のいずれか一項に記載の高純度カチオン系重合体の製造方法。
[6]
サクシンイミド誘導体の含有量が、1,500ppm以下であり、Naイオン含有量が、10ppm以下である、高純度カチオン系重合体溶液。
[7]
サクシンイミド誘導体の含有量が、1,500ppm以下であり、NH
4イオン含有量が、15ppm以下である、高純度カチオン系重合体溶液。
[8]
サクシンイミド誘導体の含有量が、1,500ppm以下であり、Clイオン含有量が、500ppm以下である、高純度カチオン系重合体溶液。
[9]
アリルアミン系(共)重合体溶液である、[6]から[8]のいずれか一項に記載の高純度カチオン系重合体溶液。
【発明の効果】
【0009】
本発明の高純度カチオン系重合体の製造方法は、TMSI等の開始剤由来の不純物を低減できるだけでなく、原料由来の不純物である金属イオンをも同時に低減することができるので、電子材料用原料や医薬品原料等の、特に高純度のカチオン系重合体が要求される用途向けのカチオン系重合体の製造において特に好適に用いられる。また、本発明の高純度カチオン系重合体の製造方法は、加温やアルカリの添加等の比較的簡単な操作を追加するだけで、従来のカチオン系重合体の製造方法の設備を、そのまま或いは比較的簡単な改良のみで使用することができるので、工業化に適し、コストや品質の安定性の観点でも高い実用的価値を有する。更に、特殊な添加剤等を加える必要がないため、他の不純物の混入リスクも極めて低い。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の高純度カチオン系重合体の製造方法は、
a)水系溶媒中において、アゾビス(アミジノアルカン)の付加塩からなるラジカル重合開始剤の存在下、カチオン系単量体の酸付加塩を重合する工程;
b)工程a)で得られた重合体を、アルカリで中和処理する工程;及び
c)工程b)で生じた中和塩を除去する工程;
を有する。
以下、上記工程a)からc)について、その好ましい形態を説明する。
【0011】
工程a)
本発明の製造方法を構成する工程a)においては、水系溶媒中において、アゾビス(アミジノアルカン)の付加塩からなるラジカル重合開始剤の存在下、カチオン系単量体の酸付加塩を重合する。
【0012】
ここで、水系溶媒としては、水、水と親和性を有する各種溶媒、及びそれらの組み合わせのいずれを用いてもよいが、その好ましい例としては、例えば水を始め、塩酸、硫酸、リン酸、ポリリン酸などの無機酸またはその水溶液、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、乳酸などの有機酸またはその水溶液、アルコール、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、さらには塩化亜鉛、塩化カルシウム、塩化マグネシウムなどの無機酸塩の水溶液などが挙げられる。これらは1種用いてもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。
【0013】
工程a)で用いられるアゾビス(アミジノアルカン)の付加塩としては、下記一般式(I)で表されるアゾビス(アミジノアルカン)の付加塩を用いることが好ましい。
【化2】
上記一般式(I)におけるR
1およびR
2はそれぞれ炭素数1~3のアルキル基であり、具体的にはメチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基などを挙げることができる。R
1およびR
2は、たがいに同一でも異なっていてもよい。
【0014】
この一般式(I)表されるアゾビス(アミジノアルカン)の具体例としては、2,2′-アゾビス(2-アミジノプロパン)、2,2′-アゾビス(2-アミジノブタン)、2,2′-アゾビス(2-アミジノペンタン)、2,2′-アゾビス(2-アミジノ-3-メチルブタン)、3,3′-アゾビス(3-アミジノペンタン)、3,3′-アゾビス(3-アミジノヘキサン)、3,3′-アゾビス(3-アミジノ-4-メチルペンタン)、4,4′-アゾビス(4-アミジノヘプタン)などが挙げられる。
工程a)においては、ラジカル重合開始剤として、これらの化合物の付加塩が用いられるが、特に2,2′-アゾビス(2-アミジノプロパン)付加塩が好適である。
付加塩のうち好適なものとしては、例えば塩酸塩、硫酸塩、リン酸塩、アルキル硫酸塩、p-トルエンスルホン酸塩、ギ酸塩、酢酸塩、プロピオン酸塩などの無機酸付加塩または有機酸付加塩を挙げることができる。
工程a)においては、上記アゾビス(アミジノアルカン)の付加塩は、単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0015】
工程a)において用いられるカチオン系単量体の酸付加塩を与えるカチオン系単量体としては、特に制限はなく、カチオン性を有し、水系溶媒中において、アゾビス(アミジノアルカン)の付加塩からなるラジカル重合開始剤の存在下に重合しうる化合物を適宜使用することができる。
このようなカチオン系単量体としては、アリルアミン系単量体が好ましく、例えば、モノアリルアミン、N-メチルアリルアミン、N,N-ジメチルアリルアミン、N-シクロヘキシルアリルアミン、N,N-(メチル)シクロヘキシルアリルアミン、N,N-ジシクロヘキシルアリルアミン、ジアリルアミン、N-メチルジアリルアミン、N-ベンジルジアリルアミンなどのアリルアミン類の付加塩、さらには塩化ジアリルジメチルアンモニウム、臭化ジアリルジメチルアンモニウム、ヨウ化ジアリルジメチルアンモニウム、メチル硫酸ジアリルジメチルアンモニウム、塩化ジアリルメチルベンジルアンモニウム、臭化ジアリルメチルベンジルアンモニウム、ヨウ化ジアリルメチルベンジルアンモニウム、メチル硫酸ジアリルメチルベンジルアンモニウム、塩化ジアリルジベンジルアンモニウム、臭化ジアリルジベンジルアンモニウム、ヨウ化ジアリルジベンジルアンモニウム、メチル硫酸ジアリルジベンジルアンモニウムなどのジアリルアミンの四級アンモニウム塩などを好適に使用することができる。
アリルアミン系単量体以外のカチオン系単量体としては、N,N-ジアルキルアミノアルキル(メタ)アクリレート類、N,N-ジアルキルアミノアルキル(メタ)アクリルアミド類、ビニルアミンなどを例示できる。
上記付加塩としては、例えば塩酸塩、臭化水素酸塩、硫酸塩、亜硫酸塩、リン酸塩などが挙げられ、なかでも塩酸塩が好ましい。
【0016】
これらのカチオン系単量体の酸付加塩は1種のみを用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
また、カチオン系単量体の酸付加塩のみを重合してもよいし、それ以外の単量体と共重合してもよい。
後者の場合のそれ以外の単量体としては、酸付加塩を有さないカチオン系単量体、二酸化硫黄、ジカルボン酸、不飽和カルボン酸、不飽和スルホン酸やその塩をはじめとするアニオン性単量体等を挙げることができる。
それ以外の単量体の使用量にも特に制限は無いが、本発明の効果を十分に発揮する観点からは、カチオン系単量体の酸付加塩の使用量が、全ての単量体を基準として50モル%以上であることが好ましく、100モル%以上であることが特に好ましい。
【0017】
重合に際して、前記のカチオン系単量体の付加塩は、単離された結晶の形で使用されるのが普通であるが、上記の単量体またはその水溶液と酸とを混合させて、仕込み系中でその付加塩を生成させてもよい。言うまでもなく、酸の水溶液を重合媒体として使用する場合には、所定量のカチオン系単量体と酸の水溶液とを混合し、そのまま重合させることができる。
【0018】
工程a)における重合温度は、使用するカチオン系単量体の種類や水系溶媒の種類などにより異なるが、通常50℃~還流温度、好ましくは60~100℃の範囲である。また、重合時間は、使用するカチオン系単量体の種類、重合温度、ラジカル重合開始剤の量などに左右され、一概に定めることはできないが、通常200時間以内で十分である。カチオン系単量体の濃度は、その溶解度の範囲で高いほうが望ましいが、通常30重量%以上、好ましくは50~90重量%である。
工程a)における重合度には特に制限は無いが、用途等との関係から、10~2,600であることが好ましく、17~900であることが特に好ましい。
上記好ましい重合度は、重量平均分子量に換算すると概ね500~150,000に相当し、上記特に好ましい重合度は、重量平均分子量に換算すると概ね1,000~50,000に相当する。
【0019】
工程a)においてアゾビス(アミジノアルカン)の付加塩からなるラジカル重合開始剤の存在下カチオン系単量体を重合すると、ラジカル重合開始剤の多くがサクシンイミド誘導体に変換されうる。例えば、上記一般式(I)で表されるアゾビス(アミジノアルカン)の付加塩からなるラジカル重合開始剤は、その多くが一下記般式(II)で表されるサクシンイミド誘導体に変換されうる。
【化3】
(式中、R
1およびR
2は、上記一般式(I)について説明したものと同様である。)
【0020】
反応液(カチオン系重合体水系溶液)を冷却することにより、該サクシンイミド誘導体が結晶化して析出するので、この析出物を常法に従ってろ過などの手段により固液分離することにより、不純物であるサクシンイミド誘導体を一定程度除去することができる。
しかしながら、該サクシンイミド誘導体の相当量は水系溶媒中に残存するので、これだけではサクシンイミド誘導体を十分に除去することは困難である。また、該サクシンイミド誘導体の結晶化及び析出には相当の時間を要するので、生産性の観点からもこの方法のみでのサクシンイミド誘導体の除去には限界がある。
一方、析出せずに溶存しているサクシンイミド誘導体を例えば電気透析、好ましくはイオン交換膜電気透析、に付すことにより、サクシンイミド誘導体不純物を更に低レベルになるまで除去することができる。本発明においては、後述の工程c)においてサクシンイミド誘導体不純物を更に除去することが可能であり、その際の条件として、後述の特定のアルカリ添加量(工程a)に供される前記カチオン系単量体の酸付加塩のモル数に対する、アルカリのモル数の比)を満たすことで、サクシンイミド誘導体不純物を効果的に除去することができる。
【0021】
工程b)
本発明の製造方法を構成する工程b)においては、工程a)で得られた重合体を、アルカリで中和処理する。
これによりカチオン系重合体の付加塩である工程a)で得られた重合体から、遊離のカチオン系重合体を製造することができる。
一方で、工程b)の中和処理により、付加塩部分とアルカリとから中和塩が副生する。当該中和塩は、後述の工程c)において除去される。
【0022】
工程b)で用いるアルカリの形態には特に制限はないが、工程a)における水系溶媒との親和性の観点から水系溶媒溶液、特に水溶液の形態であることが好ましい。
また、アルカリの種類にも特に制限はなく、無機アルカリ、有機アルカリのいずれであってもよいが、コストや水系溶媒への溶解性等の観点から無機アルカリであることが好ましい。例えば水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、水酸化リチウム水溶液、水酸化バリウム水溶液、炭酸水素ナトリウム水溶液、炭酸カリウム水溶液、炭酸ナトリウム水溶液、アンモニア水又はこれらの混合物を好ましい例として挙げることができ、なかでも水酸化ナトリウム水溶液又は水酸化カリウム水溶液が好ましく、水酸化ナトリウム水溶液が特に好ましい。
【0023】
工程b)の温度にも特に制限は無いが、反応熱による過度の温度上昇を抑制し、かつ中和塩の過度の析出を抑制する観点から、通常は35~85℃で行われ、45~75℃で行うことが好ましく、50~70℃で行なうことがより好ましい。工程b)の反応時間は、反応温度等の条件により適宜選択できるが、30分間~100時間が好ましく、4~80時間がより好ましく、10~50時間がさらに好ましい。
【0024】
工程c)
本発明の製造方法を構成する工程c)においては、工程b)で生じた中和塩が重合体溶液から除去される。工程c)における中和塩の除去手段としては透析が好ましく、透析としては電気透析が特に好ましく、イオン交換膜電気透析が最も好適である。
【0025】
上述のように、工程c)においては中和塩のみならず、TMSI等の開始剤由来の不純物も除去される。本発明においては、工程b)と工程c)との間に加温工程を設けること、及び工程c)に至るまでのアルカリ添加量(工程a)に供される前記カチオン系単量体の酸付加塩のモル数に対する、アルカリのモル数の比)を特定数値範囲内とすることで、TMSI等の開始剤由来の不純物を効果的に除去することができる。
【0026】
工程c)を行う温度には特に制限は無いが、電気透析を行なう場合には通常5~60℃であり、10~45℃であることが好ましく、15~35℃であることが特に好ましい。
工程c)を行う時間にも特に制限は無いが、電気透析を行なう場合には通常1~100時間であり、2~80時間であることが好ましく、3~60時間であることが特に好ましい。
【0027】
本発明においては、工程a)に供される前記カチオン系単量体の酸付加塩のモル数xに対する、工程b)の開始から工程c)の終了までに添加したアルカリの合計モル数yの比x:yが、1:1.08~1:1.5の範囲内であることを要する。上記モル比x:yは、1:1.09~1:1.4の範囲内であることが好ましく、1:1.1~1:1.3の範囲内であることが特に好ましい。
モル比x:yが上記範囲内であることで、TMSI等の開始剤由来の不純物が効果的に除去されるメカニズムは必ずしも明確ではないが、所定量のアルカリの添加で実現される透析時の溶液の酸性度と、後述の所定の温度での加温との組み合わせにより、不純物イオンがイオン交換膜をより通過し難く、より分離され易い状態になり得ることと、なんらかの関係があるものと推定される。
【0028】
【化4】
工程a)に供されるxモルのカチオン系単量体の酸付加塩が、すべて重合体に取り込まれれば、上記式左辺の様に、xモルのカチオン系単量体の酸付加塩(ここでは、一例としてアリルアミン塩酸塩を示す。)由来の構成単位を有する重合体が得られる。これに同じく左辺に示す様にyモルのアルカリ(ここでは一例として、NaOHを示す。)を添加すると、もし全てのアルカリが酸付加塩と反応すれば、上記式右辺に示す様に、yモルの遊離のアリルアミン単位と、x-yモルのアリルアミン塩酸塩単位とを有する共重合体が得られる。
実際の反応では、必ずしも全てのアルカリが酸付加塩と反応しないので、過剰のアルカリ、すなわちy>xとなる量のアルカリを加える場合がある。本発明は、x:yのモル比をその様なアルカリ過剰な場合を含む特定の数値範囲に設定し、これを特定の条件下の加温工程と組み合わせることで、TMSI等の重合開始剤由来の不純物の残存量が低減できるだけでなく、ナトリウムイオン等の金属イオンの残存量をも効果的に低減することができる、という新たな知見に基づくものである。
【0029】
上記モル比を実現するためには、工程b)において所要の量のアルカリを全て添加してもよいし、工程b)でのアルカリの添加に加えて、工程c)に先立って及び/又は工程c)において、更にアルカリを添加してもよい。いずれの場合においても、工程a)に供される前記カチオン系単量体の酸付加塩のモル数xに対する、工程b)の開始から工程c)の終了までに添加したアルカリの合計モル数yの比x:yが、1:1.08~1:1.5の範囲内となることで、本発明の効果を実現できる。
【0030】
本発明の製造方法は、上記工程b)と工程c)との間に加温工程を有する。加温工程においては、工程b)においてアルカリで中和処理された重合体(遊離の重合体)を含む水系溶液を、温度40~90℃の範囲内に加温する。加温工程の温度は、50~80℃であることが好ましく、55~75℃であることがより好ましい。
加温工程を行う時間にも特に制限は無いが、通常1~48時間であり、3~42時間であることが好ましく、6~36時間であることが特に好ましい。
当該加温工程を有することで、TMSI等の開始剤由来の不純物が効果的に除去されるメカニズムは必ずしも明確ではないが、所定の温度での加温と上述の所定量のアルカリの添加により、不純物イオンがイオン交換膜をより通過し難く、より分離され易い状態になり得ることと、なんらかの関係があるものと推定される。
【0031】
本発明の製造方法により得られる高純度カチオン系重合体は、通常水系溶媒溶液である溶液の形態で得られる。当該溶液中のTMSI等のサクシンイミド誘導体の含有量は従来技術と比較して大幅に低減されたものであり、例えば1,500ppm以下であり、好ましくは1,200ppm以下であり、特に好ましくは900ppm以下である。
当該溶液中の金属イオン含有量も、従来技術と比較して大幅に低減されたものであり、例えば100ppm以下であり、好ましくは50ppm以下であり、特に好ましくは30ppm以下である。特に、Naイオン含有量については、通常、10ppm以下であり、好ましくは9ppm以下であり、特に好ましくは7ppm以下である。
また、NH4イオン含有量については、通常15ppm以下であり、好ましくは10ppm以下であり、特に好ましくは8ppm以下である。
更に、Clイオン含有量については、通常500ppm以下であり、好ましくは400ppm以下であり、特に好ましくは300ppm以下である。
【0032】
用途
本発明の高純度カチオン系重合体の製造方法により得られる高純度カチオン系重合体は、TMSI等の開始剤由来の不純物と、原料由来の不純物である金属イオンとが、ともに従来技術の限界を超えて大幅に低減されているので、電子材料用原料や医薬品原料等の、特に高純度のカチオン系ポリマーが要求される用途において特に好適に使用される。また、それ以外にも、製紙処理剤、インク、塗料、接着剤、ディスプレイ用材料、光透過性材料をはじめとする各用途においても、好適に使用することができる。これら各種用途において、不純物が少ないことで、色調の改善や、保存安定性の向上等の優れた効果が実現される。
【実施例】
【0033】
以下、本発明を実施例/比較例を参照しながらさらに詳細に説明するが、本発明は、これにより何ら限定されるものではない。
【0034】
以下の実施例/比較例において、物性/特性の評価は下記の方法で行った。
(重合体の重量平均分子量)
重合体の重量平均分子量(Mw)は、日立ハイテクサイエンス製Chromaster(登録商標) 5450高速液体クロマトグラフを使用し、ゲル・パーミエーション・クロマトグラフィー(GPC法)によって測定した。
検出器はRI示差屈折率検出器、カラムはショーデックスアサヒパックの水系ゲル濾過タイプのGS-220HQ(排除限界分子量3,000)とGS-620HQ(排除限界分子量200万)とを直列に接続したものを用いた。サンプルは溶離液で0.5g/100mlの濃度に調製し、20μLを用いた。溶離液には、0.4mol/Lの塩化ナトリウム水溶液を使用した。カラム温度は30℃で、流速は1.0ml/分で実施した。
標準物質として、分子量106、194、440、600、1470、4100、7100、10300、12600、23000などのポリエチレングリコールを用いて較正曲線を求め、その較正曲線を基に重合体の重量平均分子量(Mw)を求めた。
【0035】
(重合体の重合収率)
GPC法により得られたチャート中のピーク面積比により求めた。
【0036】
(TMSI(テトラメチルサクシンイミド)濃度)
TMSI含有量の測定は、東ソー(株)L-8020型高速液体クロマトグラフを使用して行った。検出器はUV-8020型紫外可視検出器(波長210nm)、カラムは東ソー(株)TSKgel α-2500とTSKgel αガードカラムとを直列に接続したものを用いた。溶離液には50mMリン酸ナトリウム水溶液を用い、カラム温度は40℃、流速は1.0ml/分の条件で実施した。サンプルは溶離液で処理液を10倍に希釈調整したものを20μl注入した。
【0037】
(金属イオン濃度)
ナトリウムイオン含有量の測定は、サーモフィッシャーサイエンティフィック(株)ICS-1100型陽イオンクロマトグラフを使用して行った。検出器は電気伝導度検出器、カラムはサーモフィッシャーサイエンティフィック(株)IonPac CG-14を用い、カラム温度は30℃とした。溶離液には関東化学(株)製10mMメタンスルホン酸水溶液を用い、流速は1.0ml/分、サプレッサーにはCERS500 4mmを用い、電流値は30mAの条件で実施した。サンプルは溶離液で処理液を100倍に希釈調整したものを25μl注入した。
【0038】
(比較例1)
温度計、撹拌機、冷却管を備えた2Lセパラブルフラスコに、57.88%モノアリルアミン塩酸塩水溶液646.58g、及び蒸留水223.75gを仕込み、60℃に加温した。内温安定後、開始剤V-50(2,2′-アゾビス(2-メチルプロピオンアミジン)二塩酸塩)16.84gを添加し、計48時間重合反応を行った。重合後、水冷して48時間放置後、25%NaOH水溶液691.20gを添加して中和し(モル比x:y=1:1.08)、中和後にエバポレーターによる脱モノマー(45℃、1時間)を行った。脱モノマー後、濃度12.7~13%に調整して電気透析による脱塩(約3時間、電導度が下がりきってから1時間後に終了)を行い、モノアリルアミン重合体を得た。
評価結果を表1に示す。
【0039】
(比較例2)
NaOH添加による中和の後であってエバポレーターによる脱モノマーの前に、65℃で90時間加熱したことを除くほか、比較例1と同様にして、モノアリルアミン重合体を得た。
評価結果を表1に示す。
【0040】
(実施例1)
NaOH添加による中和の後の加熱の条件を65℃48時間に変更したこと、及び電気透析前にNaOHを66g追加してモル比x:yを1:1.20に変更したことを除くほか、比較例2と同様にして、モノアリルアミン重合体を得た。
評価結果を表1に示す。
【0041】
(実施例2)
電気透析中(開始から40分、80分及び120分)にNaOHを添加し、その結果モル比x:yが通算で1:1.18となったことを除くほか、実施例1と同様にして、モノアリルアミン重合体を得た。
評価結果を表1に示す。
【0042】
(比較例3)
温度計、撹拌機、冷却管を備えた10Lセパラブルフラスコに、57.88%モノアリルアミン塩酸塩水溶液4041.12g、及び蒸留水1398.42gを仕込み、60℃に加温した。内温安定後、開始剤V-50(2,2′-アゾビス(2-メチルプロピオンアミジン)二塩酸塩)105.26gを添加し、計72時間重合反応を行った。重合後、水冷して、25%NaOH水溶液4320.00gを添加して中和し(モル比x:y=1:1.2)、中和後にエバポレーターによる脱モノマー(50℃、18時間)を行った。脱モノマー後、濃度12.6%に調整して電気透析による脱塩(約3時間、電導度が下がりきってから1時間後に終了)を行い、モノアリルアミン重合体を得た。
評価結果を表1に示す。
【0043】
【0044】
各実施例に示すように、本発明に規定する、中和処理工程後中和塩除去工程前の加温工程と、特定の酸付加塩対アルカリのモル比とを組み合わせることで、TMSI濃度及び金属イオン濃度を大幅に低減することができた。比較例2に示すように中和処理工程後中和塩除去工程前の加温工程のみ、又は比較例3に示すように特定のモル比のみ、でも若干のTMSI濃度低減が認められたが、本発明による低減効果には及ばなかった。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の高純度カチオン系重合体の製造方法は、比較的簡単な操作を追加するだけで、TMSI等の開始剤由来の不純物を低減できるだけでなく、原料由来の不純物である金属イオンをも同時に低減することができるので、電子材料用原料や医薬品原料等の、特に高純度のカチオン系ポリマーが要求される用途向けのカチオン系重合体の製造において特に好適に用いられ、化学産業、製紙産業、電気電子産業をはじめとする産業の各分野において、高い利用可能性を有する。