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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-26
(45)【発行日】2024-07-04
(54)【発明の名称】心不全マーカー
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20240627BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20240627BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20240627BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/53 D
C12M1/34 F
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2021555121
(86)(22)【出願日】2020-11-06
(86)【国際出願番号】 JP2020041513
(87)【国際公開番号】W WO2021090909
(87)【国際公開日】2021-05-14
【審査請求日】2023-08-10
(31)【優先権主張番号】P 2019201842
(32)【優先日】2019-11-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304028346
【氏名又は名称】国立大学法人 香川大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000001926
【氏名又は名称】塩野義製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】南野 哲男
(72)【発明者】
【氏名】横山 聖太
(72)【発明者】
【氏名】河上 良
【審査官】海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-327921(JP,A)
【文献】特表2016-520843(JP,A)
【文献】特表2017-526924(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)被験者から採取した尿のアンジオテンシノーゲン量値を測定すること、及び
(B)同じ被験者から以前採取した尿のアンジオテンシノーゲン量値と(A)で測定したアンジオテンシノーゲン量値とを比較すること、
を含む、心不全リスク測定方法。
【請求項2】
被験者が心不全寛解者である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
被験者が心不全寛解者であり、
以前採取した尿が、心不全寛解時に採取した尿である、
請求項1に記載の方法。
【請求項4】
尿のアンジオテンシノーゲン量値が、尿中アンジオテンシノーゲン質量を尿中クレアチニン質量で除した値である、請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
被験者が心不全寛解者であり、心不全発症時において次の要件(i)~(iii)を少なくとも1つ満たす者である、心不全寛解者の予後診断のために用いる、請求項2~4のいずれかに記載の方法。
(i)75歳以上である
(ii)高血圧の既往がある
(iii)NYHA(New York Heart Association)の心機能分類(重症度)がIII以上である
【請求項6】
尿のアンジオテンシノーゲン量値が、尿中アンジオテンシノーゲン質量を尿中クレアチニン質量で除した値であって、当該値を「尿中アンジオテンシノーゲン質量(μg)/尿中クレアチニン質量(g)」に換算したとき、
以前採取した尿のアンジオテンシノーゲン量値が250以下である、
請求項3に記載の方法。
【請求項7】
被験者が心不全による入院経験者であり、
(A)において被験者から採取した尿が、被験者の再来院時又は再入院時に採取した尿である、
請求項1~6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
(A)被験者から採取した尿のアンジオテンシノーゲン量値を測定すること、及び
(B)同じ被験者から以前採取した尿のアンジオテンシノーゲン量値と(A)で測定したアンジオテンシノーゲン量値とを比較すること、
を含み、
被験者が心不全による入退院経験者であり、
尿のアンジオテンシノーゲン量値が、尿中アンジオテンシノーゲン質量を尿中クレアチニン質量で除した値であって、当該値を「尿中アンジオテンシノーゲン質量(μg)/尿中クレアチニン質量(g)」に換算したとき、
以前の退院時の尿のアンジオテンシノーゲン量値と比べて、尿のアンジオテンシノーゲン量値が1.2倍以上である場合に、当該被験者を退院時に比べ心不全リスクが高まった被験者として選定する方法。
【請求項9】
被験者が、以前の退院時の尿のアンジオテンシノーゲン量値が250以下である被験者である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
アンジオテンシノーゲン量測定用試薬及びクレアチニン量測定用試薬を備えた、心不全リスク測定用キット。
【請求項11】
アンジオテンシノーゲン量測定用試薬が抗アンジオテンシノーゲン抗体を含み、
クレアチニン量測定用試薬がピクリン酸を含む、
請求項10に記載のキット。
【請求項12】
心不全の診断、心不全の予後予測若しくは予後判定、又は心不全重症度判断のための、請求項10又は11に記載のキット。
【請求項13】
請求項1~9のいずれかに記載の方法のための、請求項10又は11に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、心不全マーカー及び心不全リスク測定方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
高齢化が進む我が国では今後さらに心不全の有病率が急上昇し、慢性心不全患者は2035年には130万人にまで増加すると予測されている。これに急性増悪による救急受診、再入院を繰り返すという心不全の病態が重なるため、医療体制への負担増が予想される。この状態は『心不全パンデミック』とも呼ばれ危惧されている。特に急性増悪を来した患者の最初の受け皿となりうるかかりつけ医(地域医療・在宅医療)の現場はどのように対応していくべきか課題は多い。
【0003】
急性増悪イベントの繰り返しにより、心不全予後は相加的に悪化していくとされている事から、その時々のイベント発生時に適切に対処できれば心不全の予後が改善される可能性がある。よって慢性期治療を念頭に急性期治療を行う事が重要である。死亡率の改善とともに心不全増悪による再入院を防ぐことが心不全の治療の大きな目標の一つとなるのである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Nishijima Y, et al., J Renin Angiotensin Aldosterone Syst 2014, 15:505-508.
【文献】Rafiq K, et al., Circulation 2012, 125:1402-1413.
【文献】Katsurada A, et al., Am J Physiol Renal Physiol 2007, 293:F956-960.
【文献】Suzaki Y, et al., Peptides 2006, 27:3000-3002.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前述のごとく、心不全患者の管理に関する問題は極めて大きな問題である。急性期医療機関だけでなく、かかりつけ医(地域医療、在宅医療)の現場においても心不全患者の管理を行っていく事が必要不可欠である。しかし現在心不全の病態を反映するマーカーとして頻用されているナトリウム利尿ペプチド(BNP)やN末端プロB型ナトリウム利尿ペプチド(NT-proBNP)は血液検体や一定の測定時間を必要とする点から、かかりつけ医の段階で日常的に使用する事は現実的ではない。また、かかりつけ医の現場において非循環器専門医が心臓超音波検査を頻繁に施行しながら心不全患者の管理を行っていく事も難しい。
【0006】
そこで、本発明者らは、簡易に、好ましくは非侵襲的な検査により利用できる、心不全マーカーを提供することを目的に検討を行った。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するため、尿に注目した。簡易で非侵襲的な尿検査により心不全のリスクを測定する事ができれば、その利用価値は非常に大きい。
【0008】
本発明者らは、尿中アンジオテンシノーゲン(AGT)量が、心不全のリスクと関連する可能性を見いだし、さらに検討を重ねた。
【0009】
本開示は例えば以下の項に記載の主題を包含する。
項0.
(A)被験者から採取した尿のアンジオテンシノーゲン量値を測定すること
を含む、心不全リスク測定方法。
項1.
(A)被験者から採取した尿のアンジオテンシノーゲン量値を測定すること、及び
(B)同じ被験者から以前採取した尿のアンジオテンシノーゲン量値と(A)で測定したアンジオテンシノーゲン量値とを比較すること、
を含む、心不全リスク測定方法。
項2.
被験者が心不全寛解者である、項1に記載の方法。
項3.
被験者が心不全寛解者であり、
以前採取した尿が、心不全寛解時に採取した尿である、
項1に記載の方法。
項4.
尿のアンジオテンシノーゲン量値が、尿中アンジオテンシノーゲン質量を尿中クレアチニン質量で除した値である、項1~3のいずれかに記載の方法。
項5.
被験者が心不全寛解者であり、心不全発症時において次の要件(i)~(iii)を少なくとも1つ満たす者である、心不全寛解者の予後診断のために用いる、項2~4のいずれかに記載の方法。
(i)75歳以上である
(ii)高血圧の既往がある
(iii)NYHA(New York Heart Association)の心機能分類(重症度)がIII以上である
項6.
尿のアンジオテンシノーゲン量値が、尿中アンジオテンシノーゲン質量を尿中クレアチニン質量で除した値であって、当該値を「尿中アンジオテンシノーゲン質量(μg)/尿中クレアチニン質量(g)」に換算したとき、
以前採取した尿のアンジオテンシノーゲン量値が250以下である、
項3に記載の方法。
項7.
被験者が心不全による入院経験者であり、
(A)において被験者から採取した尿が、被験者の再来院時又は再入院時に採取した尿である、
請求項1~6のいずれかに記載の方法。
項8.
(A)被験者から採取した尿のアンジオテンシノーゲン量値を測定すること、及び
(B)同じ被験者から以前採取した尿のアンジオテンシノーゲン量値と(A)で測定したアンジオテンシノーゲン量値とを比較すること、
を含み、
被験者が心不全による入退院経験者であり、
尿のアンジオテンシノーゲン量値が、尿中アンジオテンシノーゲン質量を尿中クレアチニン質量で除した値であって、当該値を「尿中アンジオテンシノーゲン質量(μg)/尿中クレアチニン質量(g)」に換算したとき、
以前の退院時の尿のアンジオテンシノーゲン量値と比べて、尿のアンジオテンシノーゲン量値が1.2倍以上である場合に、当該被験者を退院時に比べ心不全リスクが高まった被験者として選定する方法。
項9.
被験者が、以前の退院時の尿のアンジオテンシノーゲン量値が250以下である被験者である、項8に記載の方法。
項10.
アンジオテンシノーゲン量測定用試薬及びクレアチニン量測定用試薬を備えた、心不全リスク測定用キット。
項11.
アンジオテンシノーゲン量測定用試薬が抗アンジオテンシノーゲン抗体を含み、
クレアチニン量測定用試薬がピクリン酸を含む、
項10に記載のキット。
項12.
心不全の診断、心不全の予後予測若しくは予後判定、又は心不全重症度判断のための、項10又は11に記載のキット。
項13.
項1~9のいずれかに記載の方法のための、項10又は11に記載のキット。
項A.
尿中アンジオテンシノーゲンからなる心不全マーカー。
項B.
尿中アンジオテンシノーゲンの心不全マーカーとしての使用。
【発明の効果】
【0010】
本開示によれば、簡易で非侵襲的な尿検査により心不全のリスクを測定する事ができる。このため、例えば、心不全患者の管理において非常に有用であり、心不全患者の再入院予防や医療費削減にも繋がる。また例えば、かかりつけ医と急性期医療機関との連携に関しても、どちら側においても日常的に簡易に測定可能な心不全マーカーは大いに有用である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1a】急性心不全または慢性心不全憎悪により入院した患者の、尿中AGT量値(尿中AGT質量/尿中Cre質量)の測定結果を示す。
図1b】再入院患者について、尿中AGT/Cre値の変動と、NT-proBNPの変動とを、それぞれまとめたグラフを示す。
図2】(A)入院時における尿中AGT/Cre値と血中NT-proBNP値との相関関係、(B)退院時における尿中AGT/Cre値と血中NT-proBNP値との相関関係、及び(C)退院時における入院時からの尿中AGT/Cre値の変動(ΔuATG)と退院時における入院時からの血中NT-proBNP値の変動(ΔNT-proBNP)との相関関係、について検討した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本開示に包含される各実施形態について、さらに詳細に説明する。本開示は、心不全マーカー、及び心不全リスク測定方法等を好ましく包含するが、これらに限定されるわけではなく、本開示は本明細書に開示され当業者が認識できる全てを包含する。
【0013】
本開示に包含される心不全リスク測定方法は、(A)被験者から採取した尿のアンジオテンシノーゲン量値を測定する工程を含む。本明細書において、当該心不全リスク測定方法を「本開示の心不全リスク測定方法」と表記することがある。また、本開示の心不全リスク測定方法は、好ましくは、(B)同じ被験者から以前採取した尿のアンジオテンシノーゲン量値と(A)工程で測定したアンジオテンシノーゲン量値とを比較する工程をさらに含む。なお、本明細書において、これらの工程を(A)工程、(B)工程と表記することがある。
【0014】
被験者は特に限定されず、例えば健常人であっても心不全のリスクを有する人であってもよい。心不全のリスクを有する人としても、特に限定はされず、例えば肥満若しくは肥満のおそれのある者、高血圧若しくは高血圧のおそれのある者、高齢者、慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者、喫煙者、糖尿病患者若しくは糖尿病予備軍、心不全寛解者等が挙げられる。
【0015】
中でも、心不全寛解者は心不全の再発のリスクがあり、その経過を注意深く見守る必要があることが多いため、被験者が心不全寛解者である場合には、本開示の心不全リスク測定法は特に好適である。このことから、本開示の心不全リスク測定法は、特に、心不全寛解者の予後診断のために好ましく用いることができるといえる。
【0016】
本開示の心不全リスク測定法を、心不全寛解者の予後診断のために用いる場合、心不全寛解者は、心不全発症時において、次の要件(i)~(iii)を少なくとも1つ(1、2、又は3つ)満たす者であることが、より好ましい。(i)75歳以上である、(ii)高血圧の既往がある、(iii)NYHA(New York Heart Association)の心機能分類(重症度)がIII以上である。
【0017】
尿のアンジオテンシノーゲン量値としては、尿に含まれるアンジオテンシノーゲン量を反映する値であればよいが、同じ被験者から以前採取した尿のアンジオテンシノーゲン量値と比較するために好ましい値であることが望ましい。このような望ましいアンジオテンシノーゲン量値としては、例えば、1日の蓄尿中のアンジオテンシノーゲン質量若しくは濃度、あるいは、一定量の尿における、尿中アンジオテンシノーゲン質量を尿中クレアチニン質量で除した値(本明細書において「尿中AGT/Cre値」と表記することがある)等が好ましく挙げられる。簡便さの観点から、尿中AGT/Cre値が特に好ましい。なお、尿中AGT/Cre値は、例えば、一回の採尿で得られた尿を用いて求めてもよいし、複数回の採尿で得られた蓄尿を用いて求めてもよい。簡便さの観点から、一回の採尿で得られた尿を用いて求めることが好ましい。なお、尿中AGT/Cre値の算出方法は特に制限されない。例えば、尿中アンジオテンシノーゲン質量を尿中クレアチニン質量で除して求めてもよいし、尿中アンジオテンシノーゲン濃度を尿中クレアチニン濃度で除して求めてもよい。
【0018】
尿中のアンジオテンシノーゲン質量及びクレアチニン質量等の測定方法は、特に制限されず、公知の方法により測定することができる。例えば、ELISA法やイムノクロマト法等が挙げられる。また例えば、クレアチニン量の測定には、ヤッフェ法を用いることができる。また、これらの測定には、市販の測定キットを用いてもよい。例えばアンジオテンシノーゲン質量測定のためにHuman Total Angiotensinogen Assay Kit(株式会社免疫生物研究所)等を用いることができる。また例えば、クレアチニン質量測定のために、ラボアッセイクレアチニン(和光純薬工業株式会社)等を用いることができる。
【0019】
尿のアンジオテンシノーゲン量値には、個人差があるため、各個人における値の変化に応じてリスク測定を行うことが好ましい。尿のアンジオテンシノーゲン量値が、以前採取した尿のアンジオテンシノーゲン量値よりも高い場合に、以前尿を採取した時期に比べて心不全リスクが高まったと判断することができる。逆に、尿のアンジオテンシノーゲン量値が、以前採取した尿のアンジオテンシノーゲン量値よりも低い場合に、以前尿を採取した時期に比べて心不全リスクが低下したと判断することができる。
【0020】
特に、アンジオテンシノーゲン量値は、以前採取した尿のアンジオテンシノーゲン量値よりも1.2倍以上変化した場合に、リスクが変化したと判断することが好ましい。当該値の変化が、1.3倍以上、1.4倍以上、1.5倍以上、1.6倍以上、1.7倍以上、1.8倍以上、1.9倍以上、又は2倍以上である場合に、リスクが変化したと判断することがより好ましい。当該値の変化が、2.5倍以上、3倍以上、3.5倍以上、4倍以上、4.5倍以上、又は5倍以上である場合に、リスクが変化したと判断することがさらに好ましい。
【0021】
特に、アンジオテンシノーゲン量値として尿中AGT/Cre値を用いる場合には、尿中AGT/Cre値が以前採取した尿中AGT/Cre値よりも1.2倍以上変化した場合に、リスクが変化したと判断することが好ましい。当該値の変化が、1.3倍以上、1.4倍以上、1.5倍以上、1.6倍以上、1.7倍以上、1.8倍以上、1.9倍以上、又は2倍以上変化した場合に、リスクが変化したと判断することがより好ましい。当該値の変化が、2.5倍以上、3倍以上、3.5倍以上、4倍以上、4.5倍以上、又は5倍以上である場合に、リスクが変化したと判断することがさらに好ましい。
【0022】
また、本開示の心不全リスク測定方法は、好ましくは、同じ被験者から以前採取した尿のアンジオテンシノーゲン量値と(A)工程で測定したアンジオテンシノーゲン量値とを比較する((B)工程)ところ、以前採取した尿は、1又は複数回採取した尿であってもよい。例えば、以前に1度、尿を採取してアンジオテンシノーゲン量値を測定していた場合、更に尿を採取してアンジオテンシノーゲン量値を測定して、以前の値と比較することにより、心不全リスクを測定することができ、また、以前に複数回尿を採取してアンジオテンシノーゲン量値を測定していた場合、更に尿を採取してアンジオテンシノーゲン量値を測定して、以前のそれぞれの値と比較することにより、心不全リスクの移り変わりをモニタリングすることもできる。
【0023】
本開示は、例えば、心不全入院患者が寛解し、退院した後の、心不全リスク管理を行うために特に好ましく用いることができる。上記の通り、退院後は、かかりつけ医(地域医療、在宅医療)の現場においても心不全患者の管理を行っていく事が必要不可欠であるところ、このような現場において日常的に使用できる心不全マーカーはこれまで存在していなかったため、本開示の心不全リスク測定方法が有効である。なかでも、例えば、心不全寛解時(より具体的には、例えば退院時)に尿を採取しておくことで、(そして、好ましくは当該尿中のアンジオテンシノーゲン量値を測定しておくことで、)退院後に定期的な心不全リスクの測定を簡便に行うことが可能となる。また、退院後、再来院又は再入院することとなった患者についても、本開示の方法により心不全の再発及び/又は悪化を判断するためにも有用である。再来院時に、再発及び/悪化と判断されれば、すみやかに再入院などの適切な処置を行うことが可能となる。再入院後も、心不全リスクのモニタリングのために好ましく用いることができる。
【0024】
なお、本開示の心不全リスク測定方法を、心不全寛解者(好ましくは、心不全により入院した後寛解して退院した経験のある心不全寛解者)に対し、尿中AGT/Cre値をアンジオテンシノーゲン量値として用いる場合において、尿中AGT/Cre値を「尿中AGT質量(μg)/尿中Cre質量(g)」と換算したとき、心不全発症時(特に入院時)尿中AGT/Cre値が500以下であることが好ましく、450以下、400以下、350以下、300以下、250以下、200以下、150以下、または100以下であることがより好ましい。当該値の下限は特に限定はされないが、例えば20、25、30、又は35以上が挙げられる。また、尿中AGT/Cre値を同様に算出したとき、寛解時(特に退院時)尿中AGT/Cre値が250以下であることが好ましく、200以下、150以下、または100以下であることがより好ましく、90、80、70、60、50、又は40以下であることがさらに好ましい。当該値の下限は特に限定はされないが、例えば1、2、3、又は4以上が挙げられる。また、尿中AGT/Cre値を同様に算出したとき、尿中AGT/Cre値が退院時に採取した尿中AGT/Cre値よりも1.2倍以上変化した場合にリスクが高まったと判断することが好ましく、1.3倍以上、1.4倍以上、1.5倍以上、1.6倍以上、又は1.7倍以上変化した場合に、リスクが高まったと判断することがより好ましい。2倍以上、2.5倍以上、又は3倍以上変化した場合に同様に判断することも一形態としては有り得る。またさらに、この場合、対象とする心不全寛解者は、上記要件(i)~(iii)を少なくとも1つ満たす者であることが、さらに好ましい。
【0025】
また、本開示の心不全リスク測定方法を、心不全寛解者(好ましくは、心不全により入院した後寛解して退院した経験のある心不全寛解者)に対し、尿中AGT濃度値をアンジオテンシノーゲン量値として用いるに当たっては、尿中のAGT濃度が、心不全発症時(特に入院時)に300、250、200、又は150ng/ml以下であることが好ましく、140、130、120、110、又は100ng/ml以下であることがより好ましい。当該濃度の下限は特に限定はされないが、例えば1、2、3、又は4ng/ml以上が挙げられる。また、尿のAGT濃度が退院時に採取した尿のAGT濃度よりも1.5以上変化した場合にリスクが高まったと判断することが好ましく、1.6、1.7、1.8、1.9、又は2以上変化した場合にリスクが高まったと判断することがより好ましい。またさらに、この場合、対象とする心不全寛解者は、上記要件(i)~(iii)を少なくとも1つ満たす者であることが、さらに好ましい。
【0026】
またさらに、上記尿中AGT/Cre値と尿中AGT濃度値との両方を組み合わせてもちいることも、リスクを測定するためにより好ましい。
【0027】
またさらに、上記尿中AGT/Cre値について、下記式:
変化率(%)=(再入院時値-退院時値)/退院時値×100
で変化率を算出した場合において、当該変化率が40、45、又は50%以上であることが好ましく、100、150、又は200%以上であることがより好ましい。
【0028】
またさらに、上記尿のAGT濃度(ng/ml)について、同様に変化率を算出した場合において、当該変化率が50、55、60、又は65%以上であることが好ましく、70、80、90、又は100%以上であることがより好ましい。
【0029】
なお、本明細書において、心不全リスクとは、心不全の危険性と言い換えてもよく、心不全のリスクを測定するとは、被験者が心不全を発症していない者若しくは心不全寛解者である場合には、心不全を発症する危険性を測定すること等をいい、被験者が心不全発症者である場合には、その重症度を測定すること等をいう。
【0030】
例えば、本開示の心不全リスク測定方法により心不全リスクを測定することにより、心不全の診断(特に心不全の再発の診断)や、あるいは心不全の予後の経過のモニタリングを簡便におこなうことができる。このため、予後予測若しくは予後判定にも有用である。またあるいは、心不全を患った(特に再発した)場合において、その重症度を判断する指標とすることもできる。また例えば、心不全リスクが高まった対象(被験者)由来の尿を選定すること、ひいては心不全リスクが高まった対象を選定すること、のためにも有用である。心不全リスクが高まった対象を本開示の心不全リスク測定方法により早期に選定することができれば、丁寧な経過観察や早期の心不全の治療を行うこと(例えば心不全治療薬の投与を行うこと)が可能となり得る。
【0031】
なお、心不全を患うと、むくみや息切れ等の症状で苦しむことになる。また、心不全の症状が徐々に進行することに伴う不安や苦しみも生じる。さらには、患者自身の寿命が短くなる(予後不良)おそれもある。このような各項目の程度についても、本開示の心不全リスク測定方法を用いて心不全を発症する危険性及び/又は心不全の重症度を測定することにより、情報を得られると期待される。
【0032】
本開示は、尿中アンジオテンシノーゲンからなる心不全マーカー、及び尿中アンジオテンシノーゲンの心不全マーカーとしての使用、も包含する。上記の通り、尿中アンジオテンシノーゲン量値を用いることで、簡便に心不全リスクを測定することができ、前記心不全マーカーは当該測定のために有用である。当該心不全マーカーを用いることにより、前記の通り、心不全の診断(特に心不全の再発の診断)や、あるいは心不全の予後の経過のモニタリングを簡便におこなうことができる。このため、予後予測若しくは予後判定にも有用である。またあるいは、心不全を患った(特に再発した)場合において、その重症度を判断するために有用である。
【0033】
さらにまた、本開示は、アンジオテンシノーゲン量測定用試薬を備えた心不全リスク測定用キットも包含する。当該キットは、さらにクレアチニン量測定用試薬を備えるものであることが好ましい。また、当該アンジオテンシノーゲン量測定用試薬は、尿中アンジオテンシノーゲン量測定用試薬であることが好ましい。当該クレアチニン量測定用試薬は尿中クレアチニン量測定用試薬であることが好ましい。また、当該アンジオテンシノーゲン量測定用試薬は、抗アンジオテンシノーゲン抗体を含むことが好ましい。抗アンジオテンシノーゲン抗体により、ELISA法及びイムノクロマト法等により、尿中のアンジオテンシノーゲン量を好ましく測定することができる。また、当該クレアチニン量測定用試薬はピクリン酸を含むことが好ましい。ピクリン酸を用いることで、ヤッフェ法に基づき、尿中のクレアチニン量を好ましく測定することができる。
【0034】
なお、本明細書において「含む」とは、「本質的にからなる」と、「からなる」をも包含する(The term "comprising" includes "consisting essentially of” and "consisting of.")。また、本開示は、本明細書に説明した構成要件を任意の組み合わせを全て包含する。
【0035】
また、上述した本開示の各実施形態について説明した各種特性(性質、構造、機能等)は、本開示に包含される主題を特定するにあたり、どのように組み合わせられてもよい。すなわち、本開示には、本明細書に記載される組み合わせ可能な各特性のあらゆる組み合わせからなる主題が全て包含される。
【実施例
【0036】
以下、本開示をより具体的に説明するが、本開示は下記の例に限定されるものではない。
【0037】
18歳以上で急性心不全または慢性心不全憎悪により香川大学医学部附属病院救命救急センター若しくは心臓血管センターに入院した患者のうち、生存退院した患者(45名:平均年齢約76歳)を対象として、検討を行った。
【0038】
入院時と血行動態が安定し臨床的改善が得られた退院前において、尿中アンジオテンシノーゲン(AGT)やNT-proBNPの測定のために、対象患者の尿検体と血液検体を採取し、調査した。得られた随時尿の検体は遠心分離の後に-80℃で保存した。その後、ELISAキット(#27412 Human Total Angiotensinogen Assay Kit:株式会社免疫生物研究所)を用いてELISA法にて尿中AGT値を測定した。また、血中NT-proBNP量は、ヒトNT-proBNP測定用キット「エクルーシス(登録商標)試薬NT-proBNP II」(ロシュ・ダイアグノスティックス)を用いて測定した。
【0039】
また、アッセイキット(290-65901、ラボアッセイクレアチニン:和光純薬工業株式会社)を用いて、尿中クレアチニン(Cre)値(mg/dL)の測定を行い、尿中AGT(u-AGT)値(ng/mL)を尿中Cre値で除し、100倍することでクレアチニン補正を行った(尿中AGT/Cre値)。つまり、随時尿におけるクレアチニン補正は、1日のクレアチニン排泄量を1gと仮定し、その排泄されるクレアチニン1gに対する尿あたりのAGT含有量(μg)を算出した。このため、結果を示す際、単位は「μg/g Cr」と表記した。
【0040】
結果を図1aに示す。図1aでは、尿中AGT/Cre値を「uAGT/uCr」と表記する。また、図1aでは入院時及び退院時の尿中AGT/Cre値を示す。対象患者5人については、再入院があったため、再入院時の尿中AGT/Cre値もあわせて示す。また、当該5人のデータについて、尿中AGT/Cre値の変動と、NT-proBNPの変動とを、それぞれまとめたグラフを図1bに示す。混合効果モデルを用いた解析により、これら図1bのグラフの一連の動きは、統計学的に有意に相関していることが確認された。
【0041】
NT-proBNPと同様に、尿中AGTの値が治療効果(心不全コントロール改善)に併せて、入院時と比較し退院時には低下する事が確認できた。また、特に再入院例は破線で示しており、初回入院時と同様に再上昇していることが確認できた。また、これらの低下及び再上昇は、おおよそ1.2~5倍程度の変化を伴っていることが見て取れた。
【0042】
なお、再入院した対象患者5について、入院時、退院時、及び再入院時の、尿中AGT/Cre値(具体的には、「尿中AGT質量(μg)/尿中Cre質量(g)」)及び尿中AGT濃度値(ng/mL)を下表に示す。また、当該表には、以下の式により算出した変化率(%)及び変化量の値もあわせて示す。
変化率(%)=(再入院時値-退院時値)/退院時値×100
変化量=再入院時値/退院時値
なお、当該再入院した対象患者は、いずれも、75歳以上であり、高血圧の既往があり、且つNYHA(New York Heart Association)の心機能分類(重症度)がIII以上であった。
【0043】
【表1A】
【0044】
【表1B】
【0045】
またさらに、(A)入院時における尿中AGT/Cre値と血中NT-proBNP値との相関関係、(B)退院時における尿中AGT/Cre値と血中NT-proBNP値との相関関係、及び(C)退院時における入院時からの尿中AGT/Cre値の変動(ΔuATG)と退院時における入院時からの血中NT-proBNP値の変動(ΔNT-proBNP)との相関関係、について検討した。結果を図2に示す。図2に示すように、上記(A)、(B)、及び(C)のいずれにおいても、相関関係が認められた(有意差有り)。
【0046】
血中NT-proBNP量は、心不全の診断、重症度、予後予測、及び予後判定等において、診断や評価の精度が高い重要な基準として広く容認されている(すなわち、ゴールデンスタンダードである)。この血中NT-proBNP値と尿中AGT/Cre値との間に相関関係が認められたことから、尿中AGT/Cre値は特に優れた(心不全の診断、重症度、予後予測、及び予後判定等の精度が高い)基準として用い得ると考えられる。
【0047】
またさらに、別の時期において、同センターに心不全で入院し、退院したものの再入院が認められた患者4名において、上記と同様に測定した、入院時、退院時、及び再入院時の、尿中AGT/Cre値(具体的には、「尿中AGT質量(μg)/尿中Cre質量(g)」)及び尿中AGT濃度値(ng/mL)を下表に示す。また、当該表には、上記と同様にして算出した変化率(%)及び変化量の値もあわせて示す。
【0048】
【表2A】
【0049】
【表2B】
【0050】
これらのことから、尿中AGT量値、特に尿中AGT濃度値や、尿中AGT/Cre値を用いることにより、心不全のリスクを測定可能であることがわかった。
【0051】
特に、尿中AGT濃度値については、上記変化量1以上、より好ましくは1.5以上であることにより、再入院となる可能性が高いことを示唆していると考えられた。また、尿中AGT/Cre値については、上記変化量が1以上、より好ましくは1.5以上であることにより、再入院となる可能性が高いことを示唆していると考えられた。
【0052】
なお、上記表1A及び1Bの対象患者2については、他の4人の患者(1、3、4、及び5)と比較して腎機能が各段に悪化しており、このために上記変化率や変化量の値が他の患者に比べて小さくなったものと推測された。
図1a
図1b
図2