(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-26
(45)【発行日】2024-07-04
(54)【発明の名称】フェールセーフ機構を備える免震建物
(51)【国際特許分類】
E04H 9/02 20060101AFI20240627BHJP
F16F 15/02 20060101ALI20240627BHJP
【FI】
E04H9/02 331Z
E04H9/02 341C
F16F15/02 C
(21)【出願番号】P 2020177795
(22)【出願日】2020-10-23
【審査請求日】2023-05-16
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 刊行物「日本建築学会2020年度大会 学術講演梗概集・建築デザイン発表梗概集」(発行者「一般社団法人日本建築学会」発行日「令和2年7月20日」)で公開
(73)【特許権者】
【識別番号】000166432
【氏名又は名称】戸田建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090387
【氏名又は名称】布施 行夫
(74)【代理人】
【識別番号】100090398
【氏名又は名称】大渕 美千栄
(72)【発明者】
【氏名】石田 琢志
(72)【発明者】
【氏名】稲井 慎介
(72)【発明者】
【氏名】小阪 宏之
(72)【発明者】
【氏名】丸尾 純也
(72)【発明者】
【氏名】谷地畝 和夫
(72)【発明者】
【氏名】太田 行孝
(72)【発明者】
【氏名】豊嶋 昭彦
(72)【発明者】
【氏名】得能 将紀
【審査官】伊藤 昭治
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-196648(JP,A)
【文献】特開2011-052494(JP,A)
【文献】特開2011-141026(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E04H 9/02
F16F 15/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
免震機構を備えた免震建物であって、
前記免震建物は、前記免震機構よりも上の上部構造体にフェールセーフ機構を備え、
前記フェールセーフ機構は、前記免震建物の2次以上の固有振動モードの少なくとも1つに対して同調効果を発揮する同調型マスダンパーを含み、
前記同調型マスダンパーは、当該同調型マスダンパーが設置された設置層の直上層である特定層における負担せん断力または層間変位の伝達関数のピーク値が最小となるように最適化されることを特徴とする、フェールセーフ機構を備える免震建物。
【請求項2】
請求項1において、
前記フェールセーフ機構は、前記上部構造体の下半分の下層部における前記
免震機構の直上層である第1設置層と当該第1設置層の1層または複数層飛ばした上の層である前記設置層とをつないで設けられることを特徴とする、フェールセーフ機構を備える免震建物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェールセーフ機構を備える免震建物に関する。
【背景技術】
【0002】
免震建物は、免震機構が設置された例えば基礎を含む下部構造体と、免震機構に支持された上部構造体とを含み、免震機構によって地震等の水平方向の揺れが上部構造体に伝わることを抑制する。
【0003】
一般に、免震建物は、上部構造体の側面と擁壁との間に上部構造体の水平移動を許容するクリアランスが設けられている。特許文献1では、当該免震建物における想定を超える大きな水平方向の揺れが生じる場合に、上部構造体と擁壁とが衝突する際の衝撃を緩和するゴム製の衝撃吸収部材を擁壁に設けることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1の発明によれば、ゴム製の衝撃吸収部材を擁壁に設けるため、衝撃吸収部材の厚さの分だけクリアランスが小さくなり、または、衝撃吸収部材の厚さの分だけクリアランスを大きく設定する必要があった。
【0006】
そこで、本発明は、免震建物における上部構造体と擁壁とのクリアランスを阻害することなく、上部構造体が擁壁に衝突した時の衝撃力を緩和するフェールセーフ機構を備える免震建物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の態様または適用例として実現することができる。
【0008】
[1]本発明に係るフェールセーフ機構を備える免震建物の一態様は、
免震機構を備えた免震建物であって、
前記免震建物は、前記免震機構よりも上の上部構造体にフェールセーフ機構を備え、
前記フェールセーフ機構は、前記免震建物の2次以上の固有振動モードの少なくとも1つに対して同調効果を発揮する同調型マスダンパーを含み、
前記同調型マスダンパーは、当該同調型マスダンパーが設置された設置層の直上層である特定層における負担せん断力または層間変位の伝達関数のピーク値が最小となるように最適化されることを特徴とする。
【0009】
[2]上記フェールセーフ機構を備える免震建物の一態様において、
前記フェールセーフ機構は、前記上部構造体の下半分の下層部における前記免震機構の直上層である第1設置層と当該第1設置層の1層または複数層飛ばした上の層である前記設置層とをつないで設けられることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るフェールセーフ機構を備える免震建物の一態様によれば、上部構造体と擁壁とのクリアランスを阻害することなく、上部構造体が擁壁に衝突した時の衝撃力を緩和する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図2】本実施形態に係る免震建物の質点系モデルである。
【
図3】地震入力時における主架構の負担せん断力の最大値分布と当該フェールセーフ機構がない場合に対する主架構の負担せん断力の最大値に対する応答比である。
【
図5】免震建物の各層における免震モードと衝突モードの層せん断力とヒルベルト・ファン変換(HHT)分析結果である。
【
図6】主架構モデルの2次及び3次の複素固有モードの実部を示す図である。
【
図7】主架構モデルと同調型マスダンパー付与モデルの1次から6次までの複素固有モードの実部を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の好適な実施形態について、図面を用いて詳細に説明する。なお、以下に説明する実施形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではない。また、以下で説明される構成の全てが本発明の必須構成要件であるとは限らない。
【0014】
本実施形態に係るフェールセーフ機構を備える免震建物の一態様は、免震機構を備えた免震建物であって、前記免震建物は、前記免震機構よりも上の上部構造体にフェールセーフ機構を備え、前記フェールセーフ機構は、前記免震建物の2次以上の固有振動モードの少なくとも1つに対して同調効果を発揮する同調型マスダンパーを含むことを特徴とする。
【0015】
1.免震建物の概要
図1を用いて、本発明の一実施形態に係るフェールセーフ機構30を備える免震建物1について説明する。
図1は、本実施形態に係る免震建物1の模式図である。
【0016】
図1に示すように、免震建物1は、免震機構22を備える。免震建物1は、上部構造体10と基礎21との水平方向の相対位置が、免震機構22を介して変化可能に構成される。免震建物1は、免震機構22よりも上の上部構造体10にフェールセーフ機構30を備える。
【0017】
上部構造体10は、下端が免震機構22に支持された例えば地上6階建ての鉄骨構造の構造躯体を有する。上部構造体10としては、鉄筋コンクリート構造、鉄骨鉄筋コンクリート構造等であってもよい。上部構造体10は、2階建て以上であることができ、特に高層ビルに適用可能である。上部構造体10の外周面が側面12である。上部構造体10の下半分である3階以下が下層部14である。
【0018】
下部構造体20は、例えば、基礎21と、基礎21の上に設置された免震機構22と、上部構造体10の側面12に対して所定のクリアランスucを隔てて形成された擁壁23と、を備える。クリアランスucは、基礎21に対して上部構造体10の水平方向への移動が許容される距離であり、免震建物1において想定される地震に応じて設定される。したがって、免震建物1の想定を超える地震に対してはクリアランスucでは足りずに上部構造体10の側面12が擁壁23に衝突する可能性がある。
【0019】
免震機構22は、上部構造体10を支え、上部構造体10に伝わる地震等の水平方向の揺れを低減させ、かつ、上部構造体10の相対位置の変化を元に戻す力を付与する機構である。免震機構22としては、積層ゴム、弾性すべり支承、転がり支承等の公知のアイソレータを採用することができ、減衰を付与するダンパーをさらに備えてもよい。
【0020】
2.フェールセーフ機構
図1~
図3を用いて、フェールセーフ機構30について説明する。
図2は、本実施形態に係る免震建物1の質点系モデル1aであり、
図3は、地震入力時における主架構の負担せん断力の最大値分布と当該フェールセーフ機構がない場合に対する主架構の負担せん断力の最大値に対する応答比である。
【0021】
図1に示すように、フェールセーフ機構30は、上部構造体10に設けられる。フェールセーフ機構30は、上部構造体10の下半分の下層部14に設けることが好ましい。擁壁衝突時の振動は、下層から上層へ伝搬するため、フェールセーフ機構30を下層部14に設けることで衝撃時の応答増大を効果的に抑制できる。本実施形態では、フェールセーフ機構30は、1階と3階との間に架け渡されて設けられるが、これに限らず、一つの階のみ例えば3階にのみ設けてもよい。
【0022】
図2における質点系モデル1aは、免震建物1を等価せん断型の6質点系モデルとしたものである。免震機構22は、積層ゴムと弾性すべり支承、オイルダンパーで構成し、積層ゴムは弾性のせん断ばね、弾性すべり支承は完全弾塑性型の復元力を持つせん断ばね、オイルダンパーはバイリニア特性を持つMaxwellモデルとして各々モデル化した。上部構造体10はトリリニア型の弾塑性ばねでモデル化し、主架構の構造減衰は基礎固定時の1次固有振動数に対し、初期剛性比例型で例えば2%に設定することができる。免震建物1の側面12と擁壁23の間には、クリアランスucを介して擁壁剛性(擁壁ばねk
w)及び地盤剛性(地盤ばねk
g)・減衰(地盤ダッシュポットC
g)を設定する。フェールセーフ機構30は、破線で囲む領域に設定する。
【0023】
フェールセーフ機構30は、免震建物1の2次以上の固有振動モードの少なくとも1つに対して同調効果を発揮する同調型マスダンパー32を含む。これは、免震建物1が擁壁23に衝突した場合、建物固有の振動モードとして2次以上の振動成分が卓越するためである。同調型マスダンパー32は、1階と3階とを接続する例えば鉄骨の支持部材33に取り付けられる。同調型マスダンパー32は、上部構造体10に複数個設けてもよい。同調させる2次以上の固有振動モードとしては、下層部14における振幅が大きくなる例えば2次モードまたは3次モードを対象とすることが好ましい。同調型マスダンパー32による同調効果とは、選択したモードにおける上部構造体10の側面12が擁壁23に衝突した際の衝撃によって生じた特定層の層間変位または上部構造体10の主架構の負担せん断力を小さくすることであり、好ましくは最小化することである。同調手順については実施例を用いて後述する。
【0024】
フェールセーフ機構30は、
図2にモデル化して示すように、同調型マスダンパー32の質量体(等価質量m
d)及び同調型マスダンパー32の粘性部材(粘性係数c
d)と、支持部材33(支持部材剛性k
b)とで構成することができる。
図2では粘性部材をダッシュポットで示すが、粘性部材は粘性(減衰成分)に加えて弾性(ばね成分)を備えてもよい。同調型マスダンパー32としては公知機構、例えば特開2016-173014号公報に開示された制震装置及びその取付構造を採用することができる。
【0025】
同調型マスダンパー32は、同調型マスダンパー32が設置された層または当該層とは異なる特定層における負担せん断力または層間変位の伝達関数のピーク値が最小となるように最適化されることができる。特定層は、免震層(基礎21)よりも上の層であればい
ずれの階としてもよいが、衝突時の振動は下から上へ伝播するので同調型マスダンパー32が設置された階の直上層にすることが上の層へ振動を伝播するのを抑制できるため好ましい。本実施形態のように1階から3階に同調型マスダンパー32が架け渡された場合には、特定層は例えば直上層である4階における負担せん断力または層間変位に応じて設定することが好ましい。本実施形態では、負担せん断力を用いた例について説明する。
【0026】
図3の左側は、地震入力時における主架構の負担せん断力の最大値分布であり、
図3の右側は、同左側の結果に基づいて同調型マスダンパー32を設けたダンパー付与モデルの負担せん断力の最大値を、ダンパーを設けない原設計モデルの負担せん断力の最大値で割った応答比である。
図3に示すように、フェールセーフ機構30を設けることにより、第4層以上の負担せん断力が削減され、特に上端付近の第6層における負担せん断力が例えば20%も削減される。
【0027】
このように、免震建物1によれば、上部構造体10と擁壁23とのクリアランスucを阻害することなく、上部構造体10が擁壁23に衝突した時の衝撃力を緩和することができる。なお、擁壁23にゴム製の衝撃吸収部材が設けられても、衝撃吸収部材の小型化によるクリアランスucの確保が容易となる。
【実施例】
【0028】
図1~
図7を用いて、実施例を用いて同調型マスダンパー32を同調させる手順について具体的に説明する。
図4は、地震入力波の時刻歴加速度波形であり、
図5は、免震建物1の第2層、第4層、第6層における免震モードと衝突モードの層せん断力(各層の上段の図)とヒルベルト・ファン変換(HHT)分析結果(各層の下段の図)であり、
図6は、主架構モデルの2次及び3次の複素固有モードの実部を示す図であり、
図7は、主架構モデルと同調型マスダンパー付与モデルの1次から6次までの複素固有モードの実部を示す図である。なお、本実施例は
図1及び
図2を基にシミュレートしたものであり、その結果が
図3となる。また、
図5では層せん断力の瞬時振幅値をグラデーションで示し、黒色に近いほど増幅率が大きいことを示す。
【0029】
同調手順は、例えば、卓越周波数の確認、同調型マスダンパー32の設置階の決定、最適パラメータの導出、効果の確認を順に行うことで実行できる。
【0030】
A.卓越周波数の確認
想定を超える地震により
図1の免震建物1の側面12が擁壁23に衝突した場合、衝突時に卓越する周波数を原設計モデルで確認するために、原設計モデルの設定を行い、解析用地震動を設定し、原設計モデルに解析用地震動を適用した際の衝突時の卓越周波数を分析した。
【0031】
図2におけるフェールセーフ機構30を除いた部分が原設計モデルである。原設計モデルは、地上6階建て鉄骨造の基礎免震建物であり、等価せん断型6質点系モデルとした。免震機構22は、例えば、積層ゴムと弾性すべり支承、オイルダンパーで構成される。積層ゴムは弾性のせん断ばね、弾性すべり支承は完全弾塑性型の復元力を持つせん断ばねとして各々モデル化することができる。オイルダンパーはバイリニア特性を持つMaxwellモデルとすることができる。上部構造はトリリニア型の弾塑性ばねでモデル化し、主架構の構造減衰は基礎固定時の1次固有振動数に対し、初期剛性比例型で2%とした。また、免震建物1の側面12と擁壁23のクリアランスu
cを600mmとして、擁壁剛性(擁壁ばねk
w)及び地盤剛性(地盤ばねk
g)・減衰(地盤ダッシュポットC
g)を擁壁23との間に設定した。
【0032】
免震建物1が擁壁23に衝突すると考えられる地震動としては、主に継続時間の長い海
溝型長大断層による地震と、フリングステップや指向性パルスによる長周期パルス波が考えられる。ここでは、より擁壁23に衝突する可能性が高いと考えられる長周期パルス波を対象として、1999年集集地震の台湾中央気象局TCU068観測記録のEW成分を用いた。擁壁23がない場合の免震機構22の水平方向の最大変位が650mmとなるように入力倍率を調整した。入力波の時刻歴加速度波形を
図4に示す。
【0033】
擁壁衝突時には、非線形挙動が卓越するため、例えば、瞬時周波数特性を抽出することが可能で、非定常性の強い信号分析にも適用可能であるヒルベルト・ファン変換(HHT)(Huang et al. (1998):The Empirical Mode Decomposition Method and the Hilbelt Spectrum for Non-Stationary Time Series Analysis, Proc. T. Soc. London A, Vol.454, pp.903-995.)分析で卓越周波数を確認することができる。
【0034】
解析手順としては、まず原設計モデルに対して時刻歴応答解析を行い、各層の層せん断力時刻歴波形を求め、得られた層せん断力時刻歴波形に経験的モード分解法(EMD)を適用して単純な固有振動モード(IMF)に分解する。次に、低周波数側は免震モードが、高周波数側は衝突によって励起されたモードが卓越すると仮定し、分解された各IMFについてHHT分析を行い、主要動部における瞬時周波数振幅最大値に対応する卓越周波数が例えば0.4Hz以下であるIMFの合計を免震モード、それ以上であるIMFの合計を衝突モードとし、双方でHHT分析を行う。
【0035】
図5に示す通り、衝突(同図における縦線は衝突時刻を示す)の前後で免震モードは性状が大きく変化しないのに対し、衝突モードは衝突直後に衝突階(第2層)において4Hz以上の高周波数帯域が卓越し(黒色が濃くなり)、その後上層に伝播していくにつれて2Hz付近の成分が卓越することが分かった。よって、上部構造体10では衝突直後に卓越周波数が確認でき、この例では2Hz付近の成分が卓越することが確認できる。なお、図示しないが他の地震動でシミュレートしても同様の結果が得られ、剛性及び減衰を低下させても同様の結果が得られた。
【0036】
原設計モデルについて、免震層クリアランス到達変位(600mm)での等価線形化モデルによる複素固有値解析を行い、各モードにおける固有振動数(f(Hz))及び減衰定数(h)を算出すると表1の結果が得られた。
【0037】
【0038】
表1より、HHT分析で求めた約2Hzの卓越成分は、2次(1.26Hz)と3次(2.5Hz)のほぼ中間値であることが確認できる。HHT分析に際して分離した高次モードには複数のモード成分が含まれることから、この2次と3次の中間値が検出されたと考えられる。以上から、衝突によって励起されるのは主にこの2つのモードであると考え、次項以降に示す同調型マスダンパーのパラメータは、この両者の増幅を抑制することを主眼に置いて設定した。
【0039】
B.同調型マスダンパーの設置階の決定
擁壁衝突時には免震機構22の直上階(1階)に入力された衝撃力が上昇波として上層階に伝播していく。従って、上層階の応答増幅の抑制には、同調型マスダンパー32を下層部14に設置し、卓越成分の増幅を遮断することが効果的である。
【0040】
図6で制御対象とする2次および3次の複素固有モードの実部に示すように、当該モードにおける下層部14の層間モードは上層部に比べて大きくないことから、より効率的な制御を行うため例えば、1階と3階を層飛ばしでつなぐなど、対象次数のモード振幅差が大きくなるように同調型マスダンパー32を設置することが好ましい。
【0041】
C.最適パラメータの導出
数値最適化計算により、特定層における主架構の負担せん断力を最小化するダンパーの最適パラメータを導出する方法について説明する。
【0042】
図2のクリアランスu
cの左側部分で示した免震層クリアランス到達変位(600mm)での等価線形化モデルに対し、免震層直上階(1階)に水平方向の強制外力Fが作用する計算モデルを考える。層間変位δを変数として、各階の力の釣り合い式を上階から足し合わせていくと、この計算モデルに対する振動方程式は下記式(1)で表される。ここで、M,C,Kは主架構質量、粘性係数、剛性である。
【0043】
【0044】
同調型マスダンパー32の減衰力(D)は、下記式(2)により示される。
【0045】
【0046】
上記式(1)より、層間変位δは、伝達関数Gを用いて下記式(3)により求められる。
【0047】
【0048】
これより、j層の主架構の負担せん断力Qjの伝達関数Qj/Fは下記式(4)により求められる。
【0049】
【0050】
上記式(4)に対し最適化計算を行い、ダンパー設置層の直上層である第4層(j層)の2次モード以降の伝達関数のピーク値が最小となる支持部材剛性kbとダンパーの粘性係数cdを求めた。j層は、ダンパー設置層であってもよいが、上述の理由からダンパー設置層以外の特定層であることが好ましく、しかも免震層に近い第4層の伝達関数を最小化することで、それより上層への振動伝播を抑制する狙いとした。最適化計算の解法には、Generalized Reduced Gradient (GRG) algorithm(一般化縮約勾配法)を用い、初期値には定点理論解を与えた。
【0051】
図6の固有モードから、定点理論解は2次モードよりも大きなモード振幅が得られる3次モードを対象として求めた。主架構の3次モードの一般化質量に対する質量比μをパラメータ(μ=0.05~0.11@0.01)として、上述の最適化計算により伝達関数(Q
4/F)のピーク値を求めた。
【0052】
最適化計算により求めたピーク値において、制御対象である2次モードの伝達関数(Q4/F)のピーク値はほぼ一定値を示し、質量比μによる性能差は見られなかった。そのため、1次モードのピーク値が極小値を示した質量比μ=0.09を後述の応答解析に用いる最適パラメータに採用した。
【0053】
質量比μ=0.09でのダンパーパラメータを用いて、同調型マスダンパー32を付与したモデル(以下、「ダンパー付与モデル」)での複素固有値解析を行った。複素固有モードの実部を
図7に示す。
【0054】
図7に示すように、3次から5次までの複数のモードで主架構(実線)とダンパー(破線)には大きなモード差が生じており、ダンパーが有効に作用するモード形であることが確認できた。また、2次においても主架構とダンパーには多少のモード差が生じており、ダンパーによる抑制効果が期待できる。
【0055】
D.効果確認
最適パラメータを用いた応答解析を行い、擁壁衝突時の増幅抑制の効果を検証した。
【0056】
図2のダンパー付与モデルにおいて、質量比μ=0.09でのダンパーパラメータは、同調型マスダンパー32の等価質量m
dが238.7ton、粘性係数c
dが0.288kNs/mm、支持部材剛性k
bが169.9kN/mmとして擁壁衝突時の応答解析を行った。その結果が
図3である。なお、同調型マスダンパー32のモデル化に当たり、本
検討の目的である高次モードに対する制御効果を明快にするため、粘性係数c
dは線形のダッシュポットとし、軸力制限機構は考慮していない。
【0057】
図3に示すように、ダンパーのパラメータを導出する際に最適化を行った第4層以上の層で原設計モデルよりも応答低減できており、狙った効果を確認することができた。最上層での低減効果が最も高く、約20%の低減率であった。
【0058】
本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、さらに種々の変形が可能である。例えば、本発明は、実施形態で説明した構成と実質的に同一の構成(例えば、機能、方法、及び結果が同一の構成、あるいは目的及び効果が同一の構成)を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成の本質的でない部分を置き換えた構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成と同一の作用効果を奏する構成又は同一の目的を達成することができる構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成に公知技術を付加した構成を含む。
【符号の説明】
【0059】
1…免震建物、1a…質点系モデル、10…上部構造体、12…側面、14…下層部、20…下部構造体、21…基礎、22…免震機構、23…擁壁、30…フェールセーフ機構、32…同調型マスダンパー、33…支持部材、cd…粘性係数、md…等価質量、kb…支持部材剛性、kg…地盤ばね、kw…擁壁ばね、Cg…地盤ダッシュポット、uc…クリアランス