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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-26
(45)【発行日】2024-07-04
(54)【発明の名称】積層コイル部品およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01F 17/04 20060101AFI20240627BHJP
   H01F 17/00 20060101ALI20240627BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20240627BHJP
   H01F 1/26 20060101ALI20240627BHJP
   H01F 1/33 20060101ALI20240627BHJP
   H01F 27/255 20060101ALI20240627BHJP
【FI】
H01F17/04 F
H01F17/00 D
H01F1/147 166
H01F1/26
H01F1/33
H01F27/255
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2021008636
(22)【出願日】2021-01-22
(65)【公開番号】P2022112728
(43)【公開日】2022-08-03
【審査請求日】2023-08-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000003067
【氏名又は名称】TDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001494
【氏名又は名称】前田・鈴木国際特許弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】近藤 真一
(72)【発明者】
【氏名】稲垣 尭
(72)【発明者】
【氏名】和田 龍一
(72)【発明者】
【氏名】永井 雄介
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 孝志
【審査官】木下 直哉
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-117898(JP,A)
【文献】特開2018-113340(JP,A)
【文献】特開2011-100841(JP,A)
【文献】特開2008-106133(JP,A)
【文献】特開2013-181124(JP,A)
【文献】特開2015-044906(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 17/00 -17/04
H01F 1/147
H01F 1/20 - 1/33
H01F 27/255
H01F 37/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コイル導体と磁性素体とが積層された素子を有する積層コイル部品であって、
前記磁性素体は軟磁性粒子およびエポキシ樹脂を含み、
前記軟磁性粒子は軟磁性金属粒子を有し、
前記エポキシ樹脂はエポキシ当量が150以下であり、
前記エポキシ樹脂が前記軟磁性粒子間の隙間スペースに充填される積層コイル部品。
【請求項2】
前記エポキシ樹脂が式(1)~式(3)のうち少なくとも1種以上のエポキシ樹脂を含み、Rはそれぞれ独立にHまたはメチル基である請求項1に記載の積層コイル部品。
【化1】
【化2】
【化3】
【請求項3】
前記エポキシ樹脂が式(1)のエポキシ樹脂を含む請求項2に記載の積層コイル部品。
【請求項4】
前記軟磁性粒子は軟磁性金属粒子と、前記軟磁性金属粒子を被覆する酸化被膜と、を有する請求項1~3のいずれかに記載の積層コイル部品。
【請求項5】
前記酸化被膜の平均厚みが5nm以上60nm以下である請求項4に記載の積層コイル部品。
【請求項6】
前記軟磁性金属粒子におけるFeの含有量が92.5質量%以上97.0質量%以下、Siの含有量が3.0質量%以上7.5質量%以下であり、前記軟磁性金属粒子はCrを実質的に含有しない請求項1~5のいずれかに記載の積層コイル部品。
【請求項7】
前記コイル導体と前記磁性素体との合計質量に対する前記エポキシ樹脂の質量比率が0.5質量%以上5.0質量%以下である請求項1~6のいずれかに記載の積層コイル部品。
【請求項8】
コイル導体と磁性素体とが積層された素子を有する積層コイル部品の製造方法であって、
エポキシ当量が150以下であるエポキシ樹脂を前記素子に含浸する工程を含む積層コイル部品の製造方法。
【請求項9】
前記エポキシ樹脂が式(1)~式(3)のうち少なくとも1種以上のエポキシ樹脂を含み、Rはそれぞれ独立にHまたはメチル基である請求項8に記載の積層コイル部品の製造方法。
【化1】
【化2】
【化3】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、積層コイル部品およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
携帯機器等の各種電子機器の電源回路に用いられる電子部品として、トランス、チョークコイル、インダクタ等の積層コイル部品が知られている。
【0003】
このような積層コイル部品は、所定の磁気特性を発揮する磁性体の周囲に、電気伝導体であるコイルが配置されている構成を有している。磁性体としては、所望の特性に応じて、様々な材料を用いることができる。
【0004】
近年、積層コイル部品のさらなる小型化、低損失化、高周波数化に対応するため、軟磁性材料を磁性体として用いることが試みられている。
【0005】
ここで、積層コイル部品の磁性体として軟磁性材料を用いる場合、軟磁性材料の絶縁性が問題となる。特に、磁性体とコイル導体とが直接接触する場合には軟磁性材料の絶縁性が低いと電圧印加時にショートしてしまう。
【0006】
さらに、電源用チョークコイル等の磁心として絶縁性が低い軟磁性材料を用いると、軟磁性粒子に渦電流が発生し、渦電流による損失が発生してしまう。
【0007】
特許文献1には、積層インダクタに関する発明が記載されており、磁性体において、Fe-Si-Cr合金粒子同士の間の空隙に樹脂を含浸させている。
【0008】
特許文献2には、積層インダクタに関する発明が記載されており、軟磁性金属粒子同士の間の空隙に樹脂を含浸させており、軟磁性金属粒子が酸化被膜を有し、酸化被膜がSiを含む酸化物からなっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2012-238840号公報
【文献】特開2019-117898号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
現在では、各種磁気特性に加えて、さらに強度を向上させた積層コイル部品が求められている。
【0011】
本発明は、強度を向上させた積層コイル部品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る積層コイル部品は、コイル導体と磁性素体とが積層された素子を有する積層コイル部品であって、
前記磁性素体は軟磁性粒子およびエポキシ樹脂を含み、
前記軟磁性粒子は軟磁性金属粒子を有し、
前記エポキシ樹脂はエポキシ当量が150以下であり、
前記エポキシ樹脂が前記軟磁性粒子間の隙間スペースに充填される積層コイル部品である。
【0013】
前記エポキシ樹脂が式(1)~式(3)のうち少なくとも1種以上のエポキシ樹脂を含んでもよい。Rはそれぞれ独立にHまたはメチル基である。
【化1】
【化2】
【化3】
【0014】
前記エポキシ樹脂が式(1)のエポキシ樹脂を含んでもよい。
【0015】
前記軟磁性粒子は軟磁性金属粒子と、前記軟磁性金属粒子を被覆する酸化被膜と、を有してもよい。
【0016】
前記酸化被膜の平均厚みが5nm以上60nm以下であってもよい。
【0017】
前記軟磁性金属粒子におけるFeの含有量が92.5質量%以上97.0質量%以下、Siの含有量が3.0質量%以上7.5質量%以下であってもよく、前記軟磁性金属粒子はCrを実質的に含有しなくてもよい。
【0018】
前記コイル導体と前記磁性素体との合計質量に対する前記エポキシ樹脂の質量比率が0.5質量%以上5.0質量%以下であってもよい。
【0019】
本発明に係る積層コイル部品の製造方法は、コイル導体と磁性素体とが積層された素子を有する積層コイル部品の製造方法であって、
エポキシ当量が150以下であるエポキシ樹脂を前記素子に含浸する工程を含む積層コイル部品の製造方法である。
ル部品である。
【0020】
前記エポキシ樹脂が式(1)~式(3)のうち少なくとも1種以上のエポキシ樹脂を含んでもよい。Rはそれぞれ独立にHまたはメチル基である。
【化1】
【化2】
【化3】
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1図1は本発明の一実施形態に係る積層インダクタである。
図2図2図1の積層インダクタにおける磁性素体の断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を、図面に示す実施形態に基づいて説明する。
【0023】
本実施形態では、積層コイル部品として、図1に示す積層インダクタが例示される。
【0024】
図1に示すように、本実施形態に係る積層インダクタ1は、素子2と端子電極3とを有する。素子2は、磁性素体4の内部にコイル導体5が3次元的かつ螺旋状に埋設された構成を有している。素子2の両端には、端子電極3が形成されており、この端子電極3は、引出電極5a、5bを介してコイル導体5と接続されている。
【0025】
素子2の形状は任意であるが、通常、直方体状とされる。また、その寸法にも特に制限はなく、用途に応じて適当な寸法とすればよい。例えば、0.2~3.2mm×0.1~2.5mm×0.1~1.3mmとしてもよく、0.2~2.5mm×0.1~2.0mm×0.1~1.2mmとしてもよい。
【0026】
端子電極3の材質は、電気伝導体であれば、任意の材質とすることができる。例えば、Ag、Cu、Au、Al、Ag合金、Cu合金等が用いられる。特にAgを用いることが安価で低抵抗のため好ましい。端子電極3はガラスフリットを含有していてもよい。また、端子電極3は表面にめっきを施してもよい。たとえば、Cu、NiめっきおよびSnめっき、またはNiめっきおよびSnめっきを順番に施してもよい。
【0027】
コイル導体5および引出電極5a、5bの材質は、電気伝導体であれば、任意の材質とすることができる。例えば、Ag、Cu、Au、Al、Ag合金、Cu合金等が用いられる。特にAgを用いることが安価で低抵抗のため好ましい。
【0028】
磁性素体4は、図2に示すように軟磁性粒子11および樹脂13からなる。図2は磁性素体4の断面模式図である。また、磁性素体4のうち軟磁性粒子11以外の部分を隙間スペース12とする。そして隙間スペース12に樹脂13が充填され、樹脂13が充填されていない部分が空隙14となる。また、樹脂を充填する前の段階では、隙間スペース12は全て空隙14である。
【0029】
樹脂13を充填することで、樹脂13を充填しない場合と比較して軟磁性粒子11同士の間の絶縁性がさらに高くなり、Qがさらに向上する。さらに、積層インダクタ1の信頼性および耐熱性が向上する。
【0030】
ここで、本実施形態に係る積層インダクタ1は、樹脂13がエポキシ樹脂であり、当該エポキシ樹脂はエポキシ当量が150以下である。なお、エポキシ当量とは、1当量のエポキシ基を含むエポキシ基含有化合物の質量(単位:g/eq)である。
【0031】
ここで、エポキシ樹脂は比較的、硬化による体積減少が小さい。したがって、空隙14が少なくなり樹脂13の充填率が高くなる。エポキシ樹脂を用いる場合には、磁性素体4に含まれる樹脂13の含有量を多くすることができる。さらに、エポキシ当量が150以下であるエポキシ樹脂を用いる場合には、エポキシ樹脂の緻密な架橋ネットワークが形成され、架橋密度が高くなる。硬化による体積減少が小さい点と架橋密度が高い点との両方の点が作用することで磁性素体4の強度が高くなる。
【0032】
エポキシ当量が150以下であるエポキシ樹脂の種類には特に制限はない。1分子中にエポキシ基が3個以上含まれるエポキシ樹脂を用いることが好ましい。架橋密度が高くなりやすいためである。
【0033】
また、エポキシ当量が150以下であるエポキシ樹脂として下記の式(1)~式(3)のうち少なくとも1種以上のエポキシ樹脂を含むことが好ましく、式(1)のエポキシ樹脂を含むことがさらに好ましい。なお、Rはそれぞれ独立にHまたはメチル基である。
【化1】
【化2】
【化3】
【0034】
樹脂全体に占める式(1)~式(3)のいずれかのエポキシ樹脂の割合には特に制限はないが、合計で50質量%以上であることが好ましい。また、樹脂全体に占める式(1)のエポキシ樹脂の割合が30質量%以上であることがさらに好ましい。
【0035】
また、エポキシ当量が150以下であるエポキシ樹脂とエポキシ当量が150を上回るエポキシ樹脂とを混合する場合には、各エポキシ樹脂のエポキシ当量および混合割合から混合後のエポキシ樹脂のエポキシ当量を算出できる。そして、混合後のエポキシ樹脂のエポキシ当量が150以下であればよい。
【0036】
また、エポキシ当量が150以下であるエポキシ樹脂とシアネート化合物とを混合させて樹脂13としてもよい。シアネート化合物の種類には特に制限はないが、下記式(4)のシアネート化合物であることが好ましい。なお、Rはそれぞれ独立にHまたはメチル基である。
【化4】
【0037】
シアネート化合物の割合には特に制限はない。例えば、エポキシ樹脂とシアネート化合物との合計に対するシアネート化合物の割合が75質量%以下であってもよい。シアネート化合物の割合が大きいほど積層インダクタ1の耐熱性が向上するが、シアネート化合物の割合が大きすぎると磁性素体4の強度が低下しやすくなる。
【0038】
軟磁性粒子11は軟磁性金属粒子および軟磁性金属粒子を被覆する酸化被膜からなっていてもよい。
【0039】
軟磁性金属粒子の材質には特に制限はない。例えば、FeおよびSiを主に含むFe-Si系合金、または、Fe、Ni、SiおよびCoを主に含むパーマロイであってもよい。Fe-Si系合金であることが好ましい。
【0040】
軟磁性金属粒子の材質がFe-Si系合金である場合、Feの含有量およびSiの含有量の合計を100質量%として、Siの含有量は、Si換算で7.5質量%以下であることが好ましい。すなわち、Feの含有量は、Fe換算で、92.5質量%以上であることが好ましい。
【0041】
Siの含有量が多すぎる場合、成形する際の成形性が悪化し、その結果、焼成後の焼成体密度が低下する傾向にある。さらに、熱処理後の合金焼成粒子の酸化状態を適切に維持できず、特に透磁率が低下する傾向にある。
【0042】
また、Feの含有量およびSiの含有量の合計を100質量%とした場合、Siの含有量は、Si換算で、3.0質量%以上であることが好ましい。すなわち、Feの含有量は、Fe換算で、97.0質量%以下であることが好ましい。
【0043】
Siの含有量が少なすぎる場合、成形性は向上するものの、焼結後の軟磁性金属粒子の酸化状態を適切に維持できず、比抵抗が低下する傾向にある。
【0044】
本実施形態に係るFe-Si系合金は、Feの含有量とSiの含有量との合計を100質量%とした場合、その他の元素の含有量は、Oを除き、最大でも0.15質量%以下である。さらに、Crを実質的に含有しない。Crを実質的に含有しないとは、Crの含有量が0.03質量%以下であることを指す。すなわち、本実施形態では、Fe-Si系合金は、Fe-Si-Cr合金を含まない。
【0045】
また、本実施形態に係る軟磁性金属粒子はPを含有していてもよい。軟磁性金属粒子の材質がFe-Si系合金である場合、Pは、Feの含有量とSiの含有量との合計100質量%に対して、110~650ppm含有されていることが好ましい。軟磁性金属粒子がPを含有することで、比抵抗および磁気特性が向上した積層インダクタを得やすくなる。さらに、Pを上記の範囲で含有していることにより、磁性素体4においてショートが生じない程度の高い比抵抗を示しやすくなる。
【0046】
本実施形態に係る積層インダクタ1が上述した特性を有する理由については、例えば以下のような推測が成り立つ。すなわち、Fe-Si合金がリンを所定量含有した状態で熱処理されることにより、熱処理後の磁性素体4を構成する軟磁性金属粒子の酸化状態、すなわち酸化被膜の被覆率や厚み等が適切に制御されると考えられる。その結果、熱処理後の磁性素体4は、高い比抵抗を示し、しかも所定の磁気特性を発揮できる。したがって、本実施形態に係る磁性素体4は、コイル導体5と直接接触する磁性素体として好適である。
【0047】
なお、軟磁性金属粒子の材質がパーマロイである場合には、Fe、Ni、SiおよびCoの含有量の合計を100質量%として、Feの含有量が45~60質量%、Niの含有量が33~48質量%、Siの含有量が1~6質量%、Coの含有量が1~6質量%であることが好ましい。さらに、当該パーマロイはCrを実質的に含有しない。すなわち、Fe、Ni、SiおよびCoの合計含有量を100質量%とした場合にCrの含有量が0.06質量%(600ppm)以下である。さらに、Pなどのその他の元素の含有量は、Oを除き、最大でも0.15質量%(1500ppm)以下である。
【0048】
さらに、本実施形態に係る軟磁性金属粒子を被覆する酸化被膜はSiを含む酸化物からなる層を含むことが好ましく、軟磁性金属粒子とSiを含む酸化物からなる層とが接していることが好ましい。軟磁性金属粒子を被覆する酸化被膜がSiを含む酸化物からなる層を含むことにより、軟磁性粒子11同士の間の絶縁性が高くなることでQ値が向上する。また、軟磁性金属粒子を被覆する酸化被膜がSiを含む化合物からなる層を含むことで、Feの酸化物が形成されることを防止することもできる。
【0049】
軟磁性金属粒子を被覆する酸化被膜がSiを含む酸化物からなる層を含むか否か、および、樹脂13が隙間スペース12に充填されているか否かを確認する方法には特に制限はない。例えば、SEM-EDS測定およびSTEM-EDS測定を行い、目視にて軟磁性金属粒子を被覆する酸化被膜がSiを含む酸化物からなる層を含むか否か、および、樹脂13が隙間スペース12に充填されているか否かを確認することができる。また、後述する含浸率を確認することも可能である。
【0050】
また、酸化被膜の厚みは任意である。Si酸化物層が軟磁性金属粒子と接すること以外は任意の構造とすることができる。例えば、酸化被膜がSi酸化物層のみからなっていてもよいし、Si酸化物層と別の酸化物層の多層構造としてもよい。軟磁性金属粒子と接しているSi酸化物層は実質的にSiの酸化物のみからなっていてもよい。酸化被膜の厚みおよび各層の厚みはSTEM-EDS測定画像を用いて測定することができる。本実施形態では、酸化被膜全体の平均厚みが5nm以上60nm以下となっていることが好ましい。なお、上記の平均厚みは、少なくとも50個以上の軟磁性粒子11について酸化被膜の厚みを測定した場合の厚みの平均とする。
【0051】
酸化被膜の形成方法は任意である。例えば軟磁性金属粉を焼成することにより形成できる。また、酸化被膜の厚みおよび各酸化物層の厚みは焼成温度や時間等の焼成条件やアニール条件等により制御できる。なお、酸化被膜が厚くなるほど隙間スペース12が小さくなり樹脂13の充填量が低下する。なお、Siの酸化物は実質的に酸化被膜のみに含まれ、酸化被膜よりも外側の隙間スペース12にはほとんど存在しないことが好ましい。
【0052】
軟磁性粒子11がサーメット粒子であってもよい。具体的には、軟磁性粒子11が1個の軟磁性金属粒子の周囲に軟磁性金属粒子よりも粒径が小さい複数のセラミック粒子が付着した構造を有してもよい。軟磁性金属粒子の材質には特に制限はない。例えば、上記のFe-Si系合金、または、上記のパーマロイであってもよい。セラミック粒子の材質にも特に制限はない。例えば、ZnSiOであってもよい。
【0053】
軟磁性粒子11の平均粒径(D50)には特に制限はない。例えば、2μm~20μmとしてもよい。
【0054】
続いて、上記の積層インダクタの製造方法の一例について説明する。まず、磁性素体を構成する軟磁性粒子の原料となる軟磁性粉末を作製する方法について説明する。本実施形態では、軟磁性粉末は、公知の軟磁性粉末の作製方法と同様の方法を用いて得ることができる。具体的には、ガスアトマイズ法、水アトマイズ法、回転ディスク法等を用いて作製することができる。これらの中では、所望の磁気特性を有する軟磁性粉末が得られやすいという観点から、水アトマイズ法を用いることが好ましい。さらに、軟磁性粉末の粒径を制御することで、最終的に得られる軟磁性粒子の平均粒径を制御することができる。
【0055】
水アトマイズ法では、溶融した原料(溶湯)をルツボ底部に設けられたノズルを通じて線状の連続的な流体として供給し、供給された溶湯に高圧の水を吹き付けて、溶湯を液滴化するとともに、急冷して微細な粉末を得る。
【0056】
Feの原料およびSiの原料を溶融し、さらにPを添加したものを、水アトマイズ法により微粉化することにより、本実施形態に係る軟磁性粉末を製造することができる。また、原料中、たとえば、Feの原料中にPが含まれている場合、Feの原料中のPの含有量と、添加するPの量との合計量を制御することで、最終的に得られる軟磁性粒子に含まれるPの量を制御することができる。溶融物を水アトマイズ法により微粉化してもよい。あるいは、Pの含有量が異なる複数のFeの原料を用いて、軟磁性粉末におけるPの含有量が上記の範囲内となるように調整された溶融物を水アトマイズ法により微粉化してもよい。
【0057】
続いて、このようにして得られた軟磁性粉末を用いて、積層インダクタを製造する。積層インダクタを製造する方法については制限されず、公知の方法を採用することができる。以下では、シート法を用いて積層インダクタを製造する方法について説明する。
【0058】
得られた軟磁性粉末を、溶媒やバインダ等の添加剤とともにスラリー化し、ペーストを作製する。そして、このペーストを用いて、焼成後に磁性素体となるグリーンシートを形成する。次いで、形成されたグリーンシートの上に、コイル導体ペーストを塗布してコイル導体パターンを形成する。コイル導体ペーストは、コイル導体となる金属(Ag等)を溶媒やバインダ等の添加剤とともにスラリー化して作製する。続いて、コイル導体パターンが形成されたグリーンシートを複数積層した後に、各コイル導体パターンを接合することで、コイル導体が3次元的かつ螺旋状に形成されたグリーン積層体が得られる。
【0059】
得られた積層体に対し、熱処理(脱バインダ工程および焼成工程)を行うことにより、バインダを除去し、軟磁性粉末に含まれる軟磁性粒子が焼成粒子となる。そして、焼成粒子同士が互いに接続されて固定された(一体化した)焼成体としての積層体を得る。脱バインダ工程における保持温度(脱バインダ温度)は、バインダが分解してガスとして除去できる温度であれば、特に制限されないが、本実施形態では、300~450℃であることが好ましい。また、脱バインダ工程における保持時間(脱バインダ時間)も特に制限されないが、本実施形態では、0.5~2.0時間であることが好ましい。
【0060】
焼成工程における保持温度(焼成温度)には特に制限されないが、本実施形態では、550~850℃であることが好ましい。また、焼成工程における保持時間(焼成時間)も特に制限されないが、本実施形態では、0.5~3.0時間であることが好ましい。
【0061】
なお、本実施形態では、脱バインダおよび焼成における雰囲気を調整することが好ましい。具体的には、脱バインダおよび焼成を、大気中のような酸化雰囲気で行ってもよいが、大気雰囲気よりも酸化力の弱い雰囲気下、例えば窒素雰囲気下や窒素及び水素の混合雰囲気下で行うことが好ましい。このようにすることで、軟磁性粒子の比抵抗を高く維持しながら、磁性素体の密度を向上させ、さらに透磁率等を向上させることができる。また、軟磁性粒子の表面にSi酸化被膜を形成させやすくなり、Feの酸化物を形成させにくくなる。この結果、Feの酸化によるインダクタンスの低下を防止することができる。
【0062】
焼成後にアニール処理を行ってもよい。アニール処理を行う場合の条件は任意であるが、例えば500~800℃で0.5~2.0時間行ってもよい。また、アニール後の雰囲気も任意である。
【0063】
なお、上記の熱処理後の軟磁性粒子の組成は、上記の熱処理前の軟磁性粉末の組成と実質的に一致する。
【0064】
続いて、素子に端子電極を形成する。端子電極を形成する方法には特に制限はなく、通常は端子電極となる金属(Ag等)を溶媒やバインダ等の添加剤とともにスラリー化して作製する。
【0065】
次に、素子に対してエポキシ当量が150以下であるエポキシ樹脂を含浸させることで、隙間スペースに樹脂を充填する。エポキシ樹脂を含浸させる方法は任意である。例えば、真空含浸による方法が挙げられる。
【0066】
真空含浸は、上記の積層インダクタを樹脂中に浸漬させ、気圧制御を行うことにより行われる。樹脂は気圧を低下させることにより磁性素体内部に侵入する。そして、磁性素体の表面から内部には隙間スペースが存在するため、隙間スペースを介して毛細管現象の原理により樹脂が磁性素体内部に侵入することで、隙間スペースに樹脂が充填される。
【0067】
上記の樹脂はエポキシ樹脂と硬化剤との混合物であってもよい。硬化剤としてはエポキシ樹脂に用いられる周知の硬化剤を用いることができる。また、上記の樹脂はエポキシ樹脂と上記のシアネート化合物との混合物であってもよい。さらに、エポキシ樹脂、シアネート化合物および硬化剤以外の添加物を必要に応じて添加してもよい。
【0068】
大気圧基準での真空度は-95kPa~-90kPaであることが好ましい。真空度が-90kPaよりも悪い場合には真空含浸後の磁性素体内部に空隙が残りやすくなる。真空度が-95kPaよりも良くても積層インダクタに不具合が生じることはない。しかし、積層インダクタの製造コストが増加しやすくなる。
【0069】
積層インダクタを浸漬させる時間には特に制限はない。例えば1~10分としてもよい。浸漬時間が短すぎる場合には含浸率が低下する。浸漬時間が長すぎる場合には積層インダクタの製造コストが増加しやすくなる。
【0070】
次に、積層インダクタを溶媒で洗浄する。溶媒の種類は任意である。例えば、トルエン、アセトン、トルエンとイソブチルアルコール(IBA)とを混合した溶媒、アセトンとIBAとを混合した溶媒などが挙げられる。
【0071】
積層インダクタを溶媒で洗浄した後に、半硬化させたエポキシ樹脂を完全に硬化させる。例えば、180~190℃で5~10時間、加熱することでエポキシ樹脂を硬化させる。
【0072】
最終的に得られる積層インダクタの磁性素体における樹脂の含有量は1.5質量%以上5.0重量%以下であることが好ましい。樹脂が少なくなるほど強度が低下する傾向にある。また、樹脂が少なくなるほどインダクタンスが大きくなるが、Q値が小さくなる傾向にある。
【0073】
本実施形態では、樹脂の充填後に端子電極に電解めっきを施すことができる。樹脂が隙間スペースに充填されているため、積層インダクタをめっき液に投入してもめっき液が磁性素体内部に侵入しにくい。そのためにめっき後においても積層インダクタ内部でショートが発生せず、インダクタンスが高く保たれる。
【0074】
以上、本発明の実施形態について説明してきたが、本発明は上記の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の範囲内において種々の態様で改変しても良い。
【実施例
【0075】
以下、実施例を用いて、発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0076】
(実験例1)
まず、原料として、Fe単体およびSi単体をそれぞれ準備した。次に、それらを混合して、水アトマイズ装置内に配置されたルツボに収容した。続いて、不活性雰囲気下において、ルツボ外部に設けたワークコイルを用いて、ルツボを高周波誘導により1600℃以上まで加熱し、ルツボ中のインゴット、チャンクまたはショットを溶融、混合して溶湯を得た。なお、リンの含有量の調整は、軟磁性金属粉末の原料を溶融、混合する際に、Fe単体の原料に含まれるリンの量を調整することで行った。
【0077】
次いで、ルツボに設けられたノズルから、線状の連続的な流体を形成するように供給された溶湯に、高圧(50MPa)の水流を衝突させ、液滴化すると同時に急冷し、脱水、乾燥、分級することにより、Fe-Si系合金粒子からなる軟磁性金属粉末を作製した。軟磁性金属粉末の粒子径が約3μmとなるように、製造条件、分級条件等を適宜制御した。
【0078】
得られた軟磁性金属粉末を、ICP分析法により組成分析した結果、全ての実施例および比較例で用いられる軟磁性金属粉末が、Fe:94質量%、Si:6質量%であり、P含有量が350ppmとなっていることを確認した。さらに、Fe、SiおよびP以外の元素、例えばCr等は実質的に含有していないことを確認した。
【0079】
上記の軟磁性金属粉末を、溶媒、バインダ等の添加物と共にスラリー化し、ペーストを作製した。そして、このペーストを用いて焼成後に磁性素体となるグリーンシートを形成した。このグリーンシート上に所定パターンのAg導体(コイル導体)を形成し、積層することにより、グリーンの積層体を作製した。
【0080】
得られたグリーン積層体を切断して、グリーン積層インダクタを得た。得られた積層インダクタに対して、不活性雰囲気下、400℃で脱バインダ処理を行った。その後、還元性雰囲気下750℃-1hの条件で焼成して焼成体を得た。得られた焼成体の寸法は、長さ1.0mm、幅0.5mm、高さ0.5mmであった。なお、不活性雰囲気とはNガス中のことであり、還元性雰囲気とはNとHガスとの混合ガスで、水素濃度1.0%の雰囲気のことである。得られた焼成体の両側端面に、端子電極用ペーストを塗布、乾燥し、650℃で0.5時間、焼付処理を行い、端子電極を形成して積層インダクタ(焼付品)を得た。
【0081】
次に、全ての試料について、得られた焼付品に対して樹脂原料の混合物を真空含浸し、洗浄し、その後加熱して樹脂を硬化させることで積層インダクタの隙間スペースに樹脂を充填した。
【0082】
試料番号1~6(実施例)では、まず、樹脂原料の混合物を作製した。式(1)で示されるエポキシ樹脂であるJER630(三菱ケミカル株式会社製)300gと、硬化剤である2E4MZ(四国化成工業株式会社製)30gと、を混合して樹脂原料の混合物を得た。
【0083】
樹脂原料の混合物に積層インダクタ(焼付品)を浸漬させた。
【0084】
次に、樹脂原料の混合物に浸漬させた積層インダクタ(焼付品)を真空加熱乾燥機に入れて真空引きし、真空度を-90kPaとした。真空引きした状態で5~10分、含浸した。
【0085】
次に、洗浄を行った。トルエンまたはアセトンを準備し、(トルエンまたはアセトン):IBAを重量比で8:2となるように混合した洗浄溶剤で積層インダクタを洗浄した。
【0086】
その後、加熱して樹脂を硬化させた。樹脂の硬化は180℃で10時間、加熱することで行った。
【0087】
含浸回数が2回以上である場合には、樹脂原料の混合物を真空含浸する工程から樹脂を硬化させる工程までを繰り返した。
【0088】
そして、電解めっきを施し、端子電極上にNiめっき層およびSnめっき層を形成した。
【0089】
以下、試料番号1~6以外の実験例における真空含浸について説明するが、記載のない部分については、試料番号1~4と同様とした。
【0090】
試料番号7(実施例)では、エポキシ樹脂をJER630からヒドロキノンジグリシジルエーテルとメチルヒドロキノンジグリシジルエーテルの50wt%-50wt%混合物に変更した点以外は試料番号1~4と同条件で実施した。樹脂含有量は表1に記載されている値となるようにした。ヒドロキノンジグリシジルエーテルとメチルヒドロキノンジグリシジルエーテルの50wt%-50wt%混合物は式(2)で示されるエポキシ樹脂である。試料番号8(実施例)では、エポキシ樹脂をJER630からEPICLON HP-4032に変更した点以外は試料番号1~4と同条件で実施した。樹脂含有量は表1に記載されている値となるようにした。EPICLON HP-4032は式(3)で示されるエポキシ樹脂である。
【0091】
試料番号9(比較例)では、エポキシ樹脂をJER630からEPICLON N655-EXP-Sに変更した点以外は試料番号1~4と同条件で実施した。樹脂含有量は表1に記載されている値となるようにした。EPICLON N655-EXP-Sのエポキシ当量は150を上回る。試料番号10(比較例)では、エポキシ樹脂をJER630からJER152に変更した点以外は試料番号1~4と同条件で実施した。樹脂含有量は表1に記載されている値となるようにした。JER152のエポキシ当量は150を上回る。
【0092】
試料番号12(比較例)では、樹脂原料の混合物としては、エポキシ当量170~180のビスフェノールA型エポキシ樹脂混合物(JER825)を用いた。試料番号13(比較例)では、樹脂原料の混合物としては、エポキシ当量160~170のビスフェノールF型エポキシ樹脂混合物(JER806)を用いた。真空含浸は6分行った。真空含浸時の真空度は-95kPaとなるようにした。試料番号12~13では、洗浄溶剤としてはトルエンを用い、IBAは用いなかった。樹脂の硬化は180℃で10時間、加熱することで行った。
【0093】
各試料における真空含浸後に樹脂を硬化させた含浸品およびめっき後のめっき品について、コイル導体と磁性素体の合計質量に対する樹脂の質量比率をTG-DTAを用いて測定した。結果を表1に示す。なお、全ての試料について、含浸品とめっき品とで樹脂の質量比率には実質的に変化が無かった。さらに、磁性素体の組成についてICP分析法を用いて確認し、原料である軟磁性金属粉末の組成と実質的に一致することを確認した。
【0094】
さらに、STEM-EDSを用いて倍率20000倍で7μm×7μmのサイズで観察し、Siが実質的に酸化被膜以外には存在しないことを確認した。また、全ての試料において軟磁性金属粒子、および、軟磁性金属粒子に接するSi酸化物層が存在していることを確認した。さらに、全ての試料について、酸化被膜の平均厚みが5nm以上60nm以下であることを確認した。
【0095】
各試料の積層インダクタについて、抗折強度を測定した。抗折強度は固着強度試験機アイコーエンジニアリング社製 CPU GAUGE 9500SERIES)を用いて10mm/minで測定した。結果を表1に示す。なお、表1に記載した結果は各10個の積層インダクタについて抗折強度を測定した平均値である。本実施例では、抗折強度が12.0N以上である場合を良好とした。
【0096】
【表1】
【0097】
表1より、樹脂としてエポキシ当量が150以下であるエポキシ樹脂を用いた試料番号1~8では、抗折強度が良好になった。また、式(1)のエポキシ樹脂であるJER630を用いた場合には他のエポキシ樹脂を用いた場合と比較して抗折強度が高くなった。さらに、樹脂含有量が多いほど抗折強度が高くなった。これに対し、樹脂としてエポキシ当量が150を上回るエポキシ樹脂を用いた試料番号9~10、12~13は抗折強度が低すぎる結果となった。
【0098】
(実験例2)
実験例2では、JER630と実験例1で用いた他のエポキシ樹脂とを混合させた点以外は実験例1の試料番号4と同様にして実施した。結果を表2に示す。なお、表2に記載した実験例は全てエポキシ樹脂のエポキシ当量が150以下である。

【0099】
【表2】
【0100】
表2より、JER630と他のエポキシ樹脂とを混合した場合でも抗折強度が高くなった。
【0101】
(実験例3)
実験例3では、式(4)に示すシアネート化合物をエポキシ樹脂(JER630)と混合することによる耐熱性および抗折強度の変化を確認した。
【0102】
具体的には、JER630とシアネート化合物とを表3に記載の質量比で混合させた点以外は、全て実験例1の試料番号2と同様にして実施した。
【0103】
加熱試験については、まず、得られた積層インダクタを10個、サンプリングして質量を測定した。次に、各積層インダクタを300℃で0.5時間、加熱した。そして、加熱後の各積層インダクタの質量を測定し各積層インダクタの質量減少率を算出した。なお、表3に記載した結果は各10個の積層インダクタについて質量減少率を算出した平均値である。
【0104】
【表3】
【0105】
表3より、シアネート化合物を含む割合が多いほど耐熱性が向上した。しかし、JER630を含まずシアネート化合物のみを含む場合には抗折強度が低下した。
【符号の説明】
【0106】
1… 積層インダクタ
2… 素子
3… 端子電極
4… 磁性素体
5… コイル導体
5a,5b…引出電極
11…軟磁性粒子
12…隙間スペース
13…樹脂
14…空隙
図1
図2