(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-27
(45)【発行日】2024-07-05
(54)【発明の名称】立体音響システム
(51)【国際特許分類】
H04S 7/00 20060101AFI20240628BHJP
H04R 3/00 20060101ALI20240628BHJP
H04R 1/40 20060101ALI20240628BHJP
H04R 1/32 20060101ALI20240628BHJP
【FI】
H04S7/00
H04R3/00 320
H04R3/00 310
H04R1/40 310
H04R1/40 320A
H04R1/32 310Z
H04R1/32 320
(21)【出願番号】P 2020045899
(22)【出願日】2020-03-17
【審査請求日】2022-09-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】505372871
【氏名又は名称】国立大学法人東京芸術大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】田部 洋祐
(72)【発明者】
【氏名】山内 源太
(72)【発明者】
【氏名】亀川 徹
(72)【発明者】
【氏名】丸井 淳史
【審査官】間宮 嘉誉
(56)【参考文献】
【文献】特開昭61-262000(JP,A)
【文献】特開昭51-3601(JP,A)
【文献】DIAZ, Christopher,Three Etudes for Symmetrical Cuboctahedral Speaker Array: An Exploration of Aural Space-Time Symmetry,UC Riverside Electronic Theses and Dissertations,米国,University of California, Riverside,2019年12月,pp. i-viii, 1-94,[online],[retrieved on 2020-11-10],Retrieved from the Internet: <URL: https://escholarship.org/content/qt0032x4pv/qt0032x4pv.pdf>
【文献】MILLER III, Robert E.,Transforming Ambiophonic + Ambisonic 3D Surround Sound to & from ITU 5.1/6.1,Proc. 114th Convention of Audio Engineering Society,NL,Audio Engineering Society,2003年03月22日,pp.1-16,<URL: https://www.aes.org/e-lib/browse.cfm?elib=12488>
【文献】YOKOYAMA, Sakae et al.,6-Channel Recording/Reproduction System for 3-Dimensional Auralization of Sound Fields,Acoustical Science and Technology,日本,Acoustical Society of Japan,2002年03月04日,Vol.23, No.2,pp.97-103,<URL: https://www.jstage.jst.go.jp/article/ast/23/2/23_2_97/_article/-char/ja>,https://doi.org/10.1250/ast.23.97
【文献】TANABE, Yosuke et al.,Tesseral Array for Group Based Spatial Audio Capture and Synthesis,Proc. International Conference on Audio for Virtual and Augmented Reality,Audio Engineering Society,2020年08月17日,p.1,<URL: https://www.aes.org/e-lib/browse.cfm?elib=20877>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G10G 1/00- 7/02
G10H 1/00- 7/12
G10K 15/00-15/12
H04R 1/20- 1/40
H04R 3/00- 3/14
H04S 1/00- 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
12個のマイクロホン及び14個の双対マイクロホンを音響収録空間に三次元配置した収録部と、
12個のスピーカ及び14個の双対スピーカを音響再現空間に三次元配置した再現部と、を備え、
前記再現部は、前記収録部によって収録された音響信号に基づいて前記音響収録空間の再現を行うものであり、
前記12個のマイクロホンの配置点を結んで構成される音響収録多面体と、前記12個のスピーカの配置点を結んで構成される音響再現多面体とは、互いに概同型であり、その形状が立方八面体であり、
前記14個の双対マイクロホンの配置点を結んで構成される双対音響収録多面体と、前記14個の双対スピーカの配置点を結んで構成される双対音響再現多面体とは、互いに概同型であり、その形状が菱形十二面体であり、
前記菱形十二面体は、前記立方八面体と概同型の関係にある立方八面体と双対である、立体音響システム。
【請求項2】
前記音響収録空間と前記音響再現空間とは同一の空間であり、且つ、前記音響収録多面体と前記音響再現多面体とは概合同であ
り、
前記双対音響収録多面体と前記双対音響再現多面体とは概合同である、請求項1記載の立体音響システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、立体音響システム並びに収録装置及び再現装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、3次元の立体音響を収録・再現する方法として、アンビソニックス方式が知られている。非特許文献1においては、アンビソニックスは、音の入射の方向性表現に基づいて、 モノホニックから2チャンネルステレオ、水平面のサラウンド、三次元音響までの階層構造に発展させた方式であること、そして、三次元音場の表現や再現のために、球面調和関数が導入されたことが説明されている。言い換えると、アンビソニックスは、音響収録空間に複数配置されたマイクロホンで収録された音響信号を、波面の入射方向に関して球面調和関数で階層的に展開し、得られた球面調和関数に基づいて、音響再現空間に複数配置されたスピーカで立体音響再現を行う方式である。
【0003】
特許文献1には、アンビソニックス方式の一例として、音場再生装置、縮尺模型、音源、及びスピーカを備える音場再生システム、実音場における集音方法としてAフォーマット及びBフォーマットのうち、Aフォーマットでは、4個のカーディオイド型マイクロホンを正四面体の頂点に配置したものを用いる方法、または、球表面上に設置した多チャンネルマイクロホンを用いる方法、Bフォーマットでは、マイクロホンユニットの中心付近に、双指向性マイクロホンを、x,y,z軸方向用に1個ずつと無指向性マイクロホン1個を配置したものを用いること等が開示されている。
【0004】
また、アンビソニックス方式以外の方法として、非特許文献2には、音の主観評価実験ツールとして開発された6チャンネルの録音/再生システムが記載されている。非特許文献2には、このシステムは、実験室の実験で三次元の音場を再現するためのものであり、実際の音場で音を記録するために90度ごとに組み合わされた6つの単方向マイクが使用されること、再生システムとして、無響室に6台のスピーカを設置し、各方向の録音信号を再生すること、このシステムは、一般的なオーディオ録音/再生システムに拡張できることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】安藤彰男:高臨場感音響技術とその理論,IEICE Fundamentals Review, Vol.3, No.4, pp.33-46 (2010)
【文献】S. Yokoyama et al.: 6-channel recording/reproduction system for 3-dimensional auralization of sound fields, Acoustical Science and Technology 23, 2, pp.97-103 (2002)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非特許文献1に記載のアンビソニックス方式においては、立体音響を球面調和関数に基づいて再現する都合上、波面の入射方向を高精度に再現する際に、音響収録空間の複数のマイクロホンの数を増やして密に配置する必要と、音響再現空間の複数のスピーカの数を増やして密に配置する必要とから、立体音響システムが複雑且つ大型化する課題があった。したがって、マイクロホンの数やスピーカの数の増加は、球面調和関数の計算負荷の増大につながるため、臨場感の高い立体音響の収録及び再現と、簡易で計算負荷の少ない立体音響システムとの両立に課題があった。さらに、高周波領域においては、両耳間時間差や両耳間レベル差、両耳間エンベロープ時間差といったパラメータにより、立体音響の知覚が説明できるという聴覚心理的な研究成果もあり、従来システムの複雑且つ大型化を必要とする高精度の波面再現は、臨場感の高い立体音響の収録及び再現という観点において、必ずしも唯一の手段ではないという可能性があった。
【0008】
一方、非特許文献2に記載のシステムにおいては、正八面体の中心を通じて対向する頂点同士の合計3組のマイクロホン又はスピーカの対により、デカルト座標系におけるx,y,z軸方向の直交する波面の入射方向を構成し、そのベクトル和により任意の波面の入射方向を表現するため、収録された音響信号をそのまま再生することで、簡易に計算負荷を少なく音響収録空間を立体的に再現することができる。
【0009】
しかし、非特許文献2に記載のシステムにおいては、空間を直交する合計3組のマイクロホン又はスピーカの対により波面の入射方法を表現する都合上、異なる位置に配置された2つ以上の複数の相関の高い音源から放射された音場を表現する際、実際の音響収録空間と異なる音場が再現される可能性があるという課題があった。
【0010】
本発明は、上記課題に着目したものであって、臨場感の高い立体音響の収録及び再現を、簡易に計算負荷を少なく実現する立体音響システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記課題を解決する手段を複数含んでいるが、その一例は、次のとおりである。
【0012】
本発明の立体音響システムは、12個のマイクロホンを音響収録空間に三次元配置した収録部と、12個のスピーカを音響再現空間に三次元配置した再現部と、を備え、再現部は、収録部によって収録された音響信号に基づいて音響収録空間の再現を行うものであり、12個のマイクロホンの配置点を結んで構成される音響収録多面体と、12個のスピーカの配置点を結んで構成される音響再現多面体とは、互いに概同型であり、その形状が立方八面体である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、音響収録多面体と音響再現多面体とが互いに概同型であるため、収録された音響信号に含まれる音響収録多面体の幾何学的な時間空間情報は、音響信号をそのまま、或いは軽微な補正を施して再生することで、音響再現空間に再現することができる。
【0014】
また、本発明によれば、立方八面体の中心を通じて対向する頂点同士の合計6組のマイクロホン又はスピーカの対により、波面の入射方向を構成し、そのベクトル和により任意の波面の入射方向を表現するため、両耳聴取で認識可能な2つの音源から到来する波面を表現することが可能である。したがって、簡易に計算負荷を少なく、臨場感の高い立体音響の収録・再現を実現することができる。
【0015】
上記した以外の課題、構成及び効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】実施例1に係る立体音響システムの音響収録多面体及び音響再現多面体並びにこれらの関係を示す模式構成図である。
【
図2】実施例1に係る収録装置の一例を示す斜視図である。
【
図3】実施例1に係る音響再現多面体であって直方体形状の音響再現空間に形成されるものを示す模式構成図である。
【
図4】実施例1に係る立体音響モデルであって立方八面体が対応するものを示す模式図である。
【
図5】実施例1に係る立体音響システムの回転対称性を示す模式図である。
【
図6】実施例1に係る立体音響システムの音響収録多面体及び音響再現多面体における音響信号の24×24行列の回転対称性に関する共分散行列を示す模式図である。
【
図7】実施例2に係る立体音響システムの音響収録多面体及び音響再現多面体並びにこれらの関係を示す模式構成図である。
【
図8】実施例2に係る立体音響システムにおける音響再現多面体の接続による大規模音響再現空間の表現を示す模式図である。
【
図9】実施例3に係る立体音響システムの音響収録多面体及び音響再現多面体並びにこれらの関係を示す模式構成図である。
【
図10】実施例4に係る立体音響システムの音響収録多面体及び音響再現多面体並びにこれらの関係を示す模式構成図である。
【
図11】実施例5に係る立体音響システムの音響収録多面体及び双対音響収録多面体並びに音響再現多面体及び双対音響再現多面体を示す模式構成図である。
【
図12】実施例6に係る立体音響システムの音響収録多面体及び双対音響収録多面体並びに音響再現多面体及び双対音響再現多面体を示す模式構成図である。
【
図13】
図12の収録部の具体例としての収録装置を示す斜視図である。
【
図14】
図12の再現部の具体例としての再現装置を示す斜視図である。
【
図15】実施例6に係る立体音響システムの直方体形状の音響再現空間に形成される音響再現多面体を示す斜視図である。
【
図16】実施例6に係る立体音響システムの菱形十二面体で充填されている音響空間を2次元断面における物理モデルを示す模式図である。
【
図17】実施例6に係る立体音響システムによる音響空間の物理モデルを用いた2次元音響空間の解析結果を示す固有モードの画像である。
【
図18】実施例7に係る立体音響システムの音響収録多面体及び音響再現多面体並びにこれらの関係を示す模式構成図である。
【
図19】実施例7に係る立体音響システムの再現装置の一部であるスピーカエンクロージャの具体例を示す斜視図である。
【
図20】アンビソニックス方式による従来の立体音響システムを示す構成図である。
【
図21】音響収録多面体及び音響再現多面体として正八面体を採用している従来の立体音響システムの音響収録多面体及び音響再現多面体並びにこれらの関係を示す模式構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、立体音響の収録、及び、収録された音響信号に基づく立体音響の再現を行う立体音響システム並びにこれに用いる収録装置及び再現装置に関する。
【0018】
本実施例では、図面を参照して、本発明に係る立体音響システムの実施形態について説明する。なお、各図において同一要素について同一の符号を記し、重複する説明は省略する。
【0019】
まず、
図20を用いて、本発明が解決しようとする第一の課題について詳説する。
【0020】
図20は、特許文献1に記載のアンビソニックス方式による従来の立体音響システムを示したものである。
【0021】
本図に示すように、従来の立体音響システムは、まず、音響収録空間1に複数設置されたマイクロホン2を用いて収録した音響信号3を、アンビソニックスエンコーダ4で波面の入射方向に関して球面調和関数で階層的に展開し、アンビソニックス方式の音響信号5を得る。次に、音響収録空間1で収録した音響信号3が音響再現空間6で再現されるように、アンビソニックスデコーダ7で再現音響信号8を生成し、音響再現空間6に複数設置されたスピーカ9で再現する。
【0022】
このように、アンビソニックス方式は、波面の入射方向を球面調和関数を用いて表現するため、波面の入射方向を高精度に再現する際に、音響収録空間1の複数のマイクロホン2の数を増やして密に配置して音響信号3を収録し、且つ、音響再現空間6の複数のスピーカ9の数も併せて増やして密に配置する必要がある。したがって、収録・再現に関する立体音響システムの複雑化及び大型化と、アンビソニックスエンコーダ4及びアンビソニックスデコーダ7における球面調和関数の計算負荷の増大につながる。このため、臨場感の高い立体音響の収録・再現と、簡易で計算負荷の少ない立体音響システムとの両立に課題があった。
【0023】
次に、
図21を用いて、本発明が解決しようとする第二の課題について詳説する。
【0024】
図21は、非特許文献2に記載の方式による従来の立体音響システムを示したものである。
【0025】
本図に示す立体音響システムは、6つのマイクロホン2を音響収録空間1に三次元配置して収録を行う収録部10と、収録部10によって収録された音響信号3に基づいて6つのスピーカ9を音響再現空間6に三次元配置して音響収録空間1の再現を行う再現部12と、により構成されている。収録部10である6つのマイクロホン2の配置点を結ぶことにより、音響収録多面体11が構成されている。再現部12である6つのスピーカ9の配置点を結ぶことにより、音響再現多面体13が構成されている。音響収録多面体11と音響再現多面体13とは、互いに正八面体と概同型52である。
【0026】
本方式によれば、正八面体の中心を通じて対向する関係53にあるマイクロホン2又はスピーカ9の対により、デカルト座標系におけるX軸、Y軸及びZ軸方向の直交する波面の入射方向が構成され、そのベクトル和により任意の波面の入射方向が表現される。これにより、収録された音響信号をそのまま再生することで、簡易に計算負荷を少なく音響収録空間1を立体的に再現することができる。その一方で、異なる位置に配置された2つ以上の複数の相関の高い音源から放射された音場を表現する際には、実際の音響収録空間1と異なる音場が再現される可能性があるという課題があった。
【0027】
これらの課題に鑑み、本明細書において開示する立体音響システムは、後で実施例として詳細に説明する
図1に示すように、音響収録空間1における収録部10を構成するマイクロホン2の数を12個以上とし、幾何学的な配置である音響収録多面体11と、音響再現空間6における再現部12を構成するスピーカ9の幾何学的な配置である音響再現多面体13とを概同型15とすることを基本的な思想として案出したものである。ここで、音響収録多面体11及び音響再現多面体13は、両耳聴取で認識可能な2つの音源から到来する波面を表現できるように、12個以上の頂点で構成される多面体、例えば12個の頂点で構成される立方八面体と概同型15としている。
【0028】
以下、実施例について、図面を用いて説明する。
【0029】
なお、本明細書において「同型」とは、数学的な意味における「合同」及び「相似」を含む図形的な関係をいう。そして、「概同型」は、概ね「同型」であるという意味であり、例えば、2つの図形の対応する2つの頂点が、その図形の重心を原点とする極座標(球面座標)において、当該2つの頂点の座標ベクトルのなす角が0(零)でなくても「概同型」に該当する。ここで、当該2つの頂点の座標ベクトルのなす角は、15度以内であることが望ましい。よって、当該2つの頂点の座標ベクトルのなす角が15度以内であるときは、本明細書においては、2つの図形が「概同型」であるという概念に含まれるものとする。
【0030】
また、後述の実施例において用いる「概合同」という用語も、上記の「概同型」と同様に、概ね「合同」であるという意味であり、例えば、2つの図形の対応する2つの頂点が、その図形の重心を原点とする極座標(球面座標)において、当該2つの頂点の座標ベクトルのなす角が0(零)でなくても「概合同」に該当する。ここで、当該2つの頂点の座標ベクトルのなす角は、15度以内であることが望ましい。よって、当該2つの頂点の座標ベクトルのなす角が15度以内であるときは、本明細書においては、2つの図形が「概合同」であるという概念に含まれるものとする。
【実施例1】
【0031】
図1は、実施例1の立体音響システムを示したものである。
【0032】
本図に示すように、立体音響システムは、12個のマイクロホン2を音響収録空間1に三次元配置して収録を行う収録部10と、収録部10によって収録された音響信号3に基づいて12個のスピーカ9を音響再現空間6に三次元配置して音響収録空間1の再現を行う再現部12と、により構成されている。収録部10の12個のマイクロホン2の配置点を結ぶことにより、音響収録多面体11が構成されている。また、再現部12の12個のスピーカ9の配置点を結ぶことにより、音響再現多面体13が構成されている。音響収録多面体11と音響再現多面体13とは、互いに立方八面体と概同型15である。
【0033】
本実施例においては、収録された音響信号3は、臨場感に関連する音響収録多面体11の時間空間的な幾何学情報を含んでいる。したがって、音響収録多面体11と音響再現多面体13との歪などが小さい場合は、収録された音響信号3をそのまま再生することができる。また、音響収録多面体11と音響再現多面体13との歪が大きい場合や、マイクロホン2とスピーカ9との指向性の違いが無視できない場合は、それらに関連する軽微な補正を施して再生することで、簡易に計算負荷を少なく音響収録空間1の立体音響を音響再現空間6に再現することができる。また、立方八面体の中心を通じて対向する頂点同士の合計6組のマイクロホン2又はスピーカ9の対により、波面の入射方向を構成し、そのベクトル和により任意の波面の入射方向を表現する。このため、両耳聴取で認識可能な2つの音源から到来する波面を表現することが可能である。
【0034】
図2は、
図1の収録部10の具体例としての収録装置を示したものである。
【0035】
図2においては、12個の鋭指向のマイクロホン2がマイクロホンホルダ17に設置され、それぞれのマイクロホン2が立方八面体の頂点に配置されている。マイクロホン2の受音部は、外向きに設置されている。マイクロホンホルダ17は、マイクロホンスタンド16に支持されている。これにより、12個のマイクロホン2が立方八面体と概同型となるように放射状に配置され、多面体の中心に到来する波面の入射を立体的に収録することができる。
【0036】
図3は、直方体形状の音響再現空間に形成される音響再現多面体を示したものである。
【0037】
本図に示すように、リビングルームのような通常の室(音響再現空間)は、直方体形状であるため、収録された音響信号は、直方体形状に対応する音響再現多面体13により再現する可能性がある。直方体形状に対応する形状であっても、立方八面体と概同型と言える。
図1に示す立方八面体は、立方体の8つの頂点を辺の中点まで切り落とした立体であるため、音響再現多面体13を直方体形状の室に構成することが容易という特徴がある。
【0038】
図4は、立方八面体と対応する立体音響モデルを示したものである。
【0039】
本図においては、核となる球形状の音響要素である音響要素核18の周囲に12個の球形状の音響要素19が接するように並ぶ最密充填構造となっている。
【0040】
3次元音響空間のある点にエネルギが注入されると、その点を中心として、媒質の膨張と圧縮とによる音響エネルギの伝播現象が生じる。このような音響現象を表現するための最小構成要素として、エネルギの注入点として球形状の音響要素核18、及び、音響エネルギの伝播対象として、同じく球形状の音響要素19を考える。そして、3次元音響空間は、音響要素核18及び音響要素19が密に充填された均質な場と考える。
【0041】
すると、音響要素核18及び音響要素19の配置は、本図に示すようになる。この場合、周囲の音響要素19の重心を結んで構成される幾何学的な構造は、立方八面体となる。
【0042】
本実施例においては、このように立方八面体を基準として立体音響システムが構成される。このため、本実施例の立体音響システムは、幾何学的な思考に基づいた立体音響モデルと対応付けられる。
【0043】
図5は、本実施例に係る立体音響システムの回転対称性を示す模式図である。
【0044】
本図において、立方八面体20は、正三角形の面、正方形の面及び頂点に回転軸21、22、23を備えている。回転軸21、22、23は、軸の代表例である。ここで、軸の正方向及び負方向を考慮すると、回転軸21は正三角形の面の重心を通るものとして4つ設けられ、回転軸22は正方形の面の重心を通るものとして3つ設けられ、回転軸23は頂点を通るものとして6つ設けられている。
【0045】
これらの回転軸21、22、23は、立体音響システムの音響収録多面体及び音響再現多面体における回転対称軸を表す。本実施例の立体音響システムにおいては、立方八面体の回転対称性を利用した演算が可能である。
【0046】
立方八面体は、正三角形の面の重心を通る120度毎の回転8種(T1,T1
2,T2,T2
2,T3,T3
2,T4,T4
2)、正方形の面の重心を通る90度毎の回転9種(S1,S1
2,S2,S2
2,S3,S3
2,S4,S4
2)、頂点を通る180度毎の回転6種(V1,V2,V3,V4,V5,V6)に、恒等変換Iを合わせた8+9+6+1=24種の回転対称変換を有する。
【0047】
この回転対称変換を利用した演算の一例として、まず、3次元パンニングを挙げる。ここでは、回転変換群を用いた本手法をGBAP法(Group Base Amplitude Panning)と呼ぶことにする。
【0048】
図2に示す立方八面体の収録部10で収録された音響信号3は、次の行列(式(1))で表される。
【0049】
【0050】
ここで、それぞれの行は、12個のマイクロホン2で収録された音響信号3と対応しており、列の長さnは、時間サンプル数に対応するため、行列Xは、12×n行列となる。今、正三角形の面の重心を通る120度毎の回転の一つT1を行列Xに施すと、例えば、行列は、次の式(2)で表されるように、行の要素が回転に応じて置換された形となる。
【0051】
【0052】
したがって、GBAP法では、120度の回転の中間角60度(=π/3[rad])を基準に仮想立体音響角度φ[rad]及び最大立体音響角度φ0=π/3[rad]を定めると、行列Xの利得wI及びT1(X)の利得wT1は、例えばサイン則に従って、次の式(3)で表される関係を有するものとなる。
【0053】
【0054】
或いは、同様にタンゼント則に従って、次の式(4)で表される関係を有するものとなる。
【0055】
【0056】
これらのいずれかにより、振幅パンニングの自然な拡張として、24種の回転対称変換による多様な3次元パンニングを実現することができる。
【0057】
次に、回転対称変換を利用した演算のもう一例として、収録された音響信号3の回転対称性に関する共分散行列を挙げる。
【0058】
通常、共分散行列は、それぞれのマイクロホン2で収録された音響信号3の間の共分散を計算し、その結果を、例えば、音響収録空間の解析や、音響再現空間の補正に用いる。しかし、その意味は、統計的であり、物理的な解釈が難しい。
【0059】
これに対して、本実施例の立体音響システムでは、回転対称性を利用することで、共分散行列の値に幾何学的な解釈の導入を可能とする。すなわち、24種の回転対称変換を施した24種の音響信号3の行列Xに関して、それぞれを1次元ベクトルに変換した後、共分散行列計算を行うと、24×24行列の回転対称性に関する共分散行列を得る。
【0060】
図6は、24×24行列の回転対称性に関する共分散行列を簡略化して示したものである。
【0061】
本図に示すように、行列の各要素は、恒等変換1種24、正三角形の面の重心を通る120度毎の回転8種25、正方形の面の重心を通る90度毎の回転9種26、頂点を通る180度毎の回転6種27の24種の回転対称変換に関する分散関係を示している。ここから、24種×24種の回転対称性に関する幾何学的な解釈を得ることができる。
【0062】
これにより、
図3に示すように、音響再現空間6に構成された音響再現多面体13が立方八面体に対して歪んで構成されている場合、或いは、マイクロホン2とスピーカ9との指向性の違いが無視できない場合であったとしても、例えば、音響再現空間6で得られた回転対称性に関する共分散行列を、音響収録空間1で得られた回転対称性に関する共分散行列と一致するように幾何学的な補正を施すことで、臨場感の高い音場を再現することが可能となる。
【0063】
なお、ここでは対称操作として回転対称変換に関して述べたが、本実施例の立体音響システムでは、例えば
図5に示すように、正三角形の重心を通る回転軸21と、正方形の面の重心を通る回転軸22と、を包含する平面である鏡映面352により、鏡映対称変換を利用することもできる。これにより、音の反射の表現が可能となり、また、鏡映対称性に関する共分散行列を計算することで、空間的な音の反射に関する幾何学的な解釈を得ることができる。
【実施例2】
【0064】
図7は、実施例2の立体音響システムを示したものである。
【0065】
本図に示すように、立体音響システムは、14個のマイクロホン2を音響収録空間1に三次元配置して収録を行う収録部10と、収録部10によって収録された音響信号3に基づいて14個のスピーカ9を音響再現空間6に三次元配置して音響収録空間1の再現を行う再現部12と、により構成されている。収録部10の14個のマイクロホン2の配置点を結ぶことにより、音響収録多面体11が構成されている。また、再現部12の14個のスピーカ9の配置点を結ぶことにより、音響再現多面体13が構成されている。音響収録多面体11と音響再現多面体13とは、互いに菱形十二面体と概同型28である。
【0066】
本実施例においては、菱形十二面体の中心を通じて対向する頂点同士の合計7組のマイクロホン2又はスピーカ9の対により、波面の入射方向を構成し、そのベクトル和により任意の波面の入射方向を表現する。このため、両耳聴取で認識可能な2つの音源から到来する波面を表現する最小構成の6組に、更に1組を加えた波面の表現力を提供することができる。
【0067】
なお、菱形十二面体は、立方八面体の正三角形及び正方形の面の重心を新たな頂点とした双対多面体であるため、回転対称性に関しては、立方多面体と同様に24種の回転対称変換を有する。
【0068】
また、菱形十二面体は、単体で3次元空間を充填できるという特徴を有する。
【0069】
図8は、菱形十二面体により3次元空間を充填した状態を示したものである。
【0070】
本図に示すように、音響再現空間6において菱形十二面体と概同型な音響再現多面体13を仮定したとき、平行移動した12個の音響再現多面体113を周囲に接続していくことで、音響再現空間6を隙間なく埋めることができる。これにより、聴者が物理的に、或いは仮想的に音響再現多面体13から、周囲に接続された音響再現多面体113へと移動する際の音場を再現する場合に、多面体同士の滑らかな接続が可能となるため、大規模な音響再現空間6を再現することができる。
【実施例3】
【0071】
図9は、実施例3の立体音響システムを示したものである。
【0072】
本図に示すように、立体音響システムは、20個のマイクロホン2を音響収録空間1に三次元配置して収録を行う収録部10と、収録部10によって収録された音響信号3に基づいて20個のスピーカ9を音響再現空間6に三次元配置して音響収録空間1の再現を行う再現部12と、により構成されている。収録部10の20個のマイクロホン2の配置点を結ぶことにより、音響収録多面体11が構成されている。また、再現部12の20個のスピーカ9の配置点を結ぶことにより、音響再現多面体13が構成されている。音響収録多面体11と音響再現多面体13とは、互いに正十二面体と概同型29である。
【0073】
本実施例においては、正十二面体の中心を通じて対向する頂点同士の合計10組のマイクロホン2又はスピーカ9の対により、波面の入射方向を構成し、そのベクトル和により任意の波面の入射方向を表現するため、両耳聴取で認識可能な2つの音源から到来する波面を表現する最小構成の6組に、更に4組を加えた波面の表現力を提供することができる。
【0074】
回転対称性に関して、本発明の立体音響システムは、頂点を通る120度毎の回転20種、正五角形の面の重心を通る72度毎の回転24種、辺の中点を通る180度毎の回転15個に、恒等変換Iを合わせた20+24+15+1=60種の回転対称変換を有する。
【0075】
したがって、24種の回転対称変換を有する実施例1と比較して、60種の回転対称変換を有する本実施例は、GBAP法による3次元パンニングや、回転対称変換に関する共分散行列の計算及びその分析により、より高度で複雑な立体音響の表現を可能とする。
【実施例4】
【0076】
図10は、実施例4の立体音響システムを示したものである。
【0077】
本図に示すように、立体音響システムは、12個のマイクロホン2を音響収録空間1に三次元配置して収録を行う収録部10と、収録部10によって収録された音響信号3に基づいて12個のスピーカ9を音響再現空間6に三次元配置して音響収録空間1の再現を行う再現部12と、により構成されている。収録部10の12個のマイクロホン2の配置点を結ぶことにより、音響収録多面体11が構成されている。また、再現部12の12個のスピーカ9の配置点を結ぶことにより、音響再現多面体13が構成されている。音響収録多面体11と音響再現多面体13とは、互いに正二十面体と概同型30である。
【0078】
本実施例においては、正二十面体の中心を通じて対向する頂点同士の合計6組のマイクロホン2又はスピーカ9の対により、波面の入射方向を構成し、そのベクトル和により任意の波面の入射方向を表現するため、両耳聴取で認識可能な2つの音源から到来する波面を表現する表現力を提供することができる。
【0079】
なお、正二十面体は、正十二面体の正五角形の面の重心を新たな頂点とした双対多面体であるため、回転対称性に関しては、正二十面体と同様に60種の回転対称変換を有する。したがって、24種の回転対称変換を有する実施例1と比較して、より多様なGBAP法による3次元パンニングや、回転対称変換に関する共分散行列の計算及びその分析を実現する。
【実施例5】
【0080】
図11は、実施例5の立体音響システムを示したものである。
【0081】
本図に示すように、立体音響システムは、6個のマイクロホン2及び8個の双対マイクロホン32(計14個のマイクロホン)を音響収録空間1に三次元配置して収録を行う収録部10と、6個のスピーカ9及び8個の双対スピーカ35(計14個のスピーカ)を音響再現空間6に三次元配置して音響収録空間1の再現を行う再現部12と、により構成されている。
【0082】
収録部10の6個のマイクロホン2の配置点を結ぶことにより、正八面体である音響収録多面体11が構成されている。音響収録多面体11の面の重心31(当該面における重心31を通る法線上の点も含む。)に配置された双対マイクロホン32の配置点に関して、辺で接するもの同士を結ぶことにより、立方体である双対音響収録多面体33が構成されている。
【0083】
再現部12の6個のスピーカ9の配置点を結ぶことにより、正八面体である音響再現多面体13が構成されている。音響再現多面体13の面の重心34(当該面における重心34を通る法線上の点も含む。)に配置された双対スピーカ35の配置点に関して、辺で接するもの同士を結ぶことにより、立方体である双対音響再現多面体36が構成されている。音響収録多面体11と音響再現多面体13とは、概同型14である。そして、双対音響収録多面体33と双対音響再現多面体36とは、概同型14である。
【0084】
言い換えると、次のようになる。
【0085】
6個のマイクロホン2の配置点を結んで構成される音響収録多面体11と、6個のスピーカ9の配置点を結んで構成される音響再現多面体13とは、互いに概同型であり、その形状が正八面体である。そして、8個の双対マイクロホン32の配置点を結んで構成される双対音響収録多面体33と、8個の双対スピーカ35の配置点を結んで構成される双対音響再現多面体36とは、互いに概同型であり、その形状が立方体である。当該立方体は、当該正八面体と概同型の関係にある正八面体と双対である。
【0086】
ここで、ある多面体(例えば、音響収録多面体11)と双対の関係にある多面体(双対音響収録多面体33)である双対多面体とは、ある多面体において、面の重心を新たな頂点とし、辺で接する面の重心同士を辺で結び、頂点で接する面の重心を結ぶ多角形を面とすることにより形成された多面体をいう。
【0087】
音響収録多面体11と双対音響収録多面体33とは、辺で接している。また、音響再現多面体13と双対音響再現多面体36とは、辺で接している。
【0088】
本図に示す立体音響システムは、正八面体と、その双対多面体である立方体により、音響収録空間1及び音響再現空間6を構成する。したがって、正八面体の中心を通じて対向する頂点同士の3組と、立方体の中心を通じて対向する頂点同士の4組との合計7組のマイクロホン又はスピーカの対により、波面の入射方向を構成し、そのベクトル和により任意の波面の入射方向を表現する。このため、両耳聴取で認識可能な2つの音源から到来する波面を表現する最小構成の6組に、更に1組を加えた波面の表現力を提供することができる。
【0089】
また、双対の多面体を基準とすることで、音響現象の背後にある双対関係、すなわち、音響現象における媒質の圧縮と膨張に伴う弾性、及び、媒質の運動に伴う慣性の双対性に関して物理的に解釈可能な形で収録及び再現することを可能とする。
【実施例6】
【0090】
図12は、実施例6の立体音響システムを示したものである。
【0091】
本図に示すように、立体音響システムは、26個のマイクロホン2を音響収録空間1に三次元配置して収録を行う収録部10と、26個のスピーカ9を音響再現空間6に三次元配置して音響収録空間1の再現を行う再現部12と、により構成されている。
【0092】
収録部10の12個のマイクロホン2の配置点を結ぶことにより、立方八面体である音響収録多面体11が構成されている。音響収録多面体11の面の重心31(当該面における重心31を通る法線上の点も含む。)に配置された双対マイクロホン32の配置点に関して、辺で接するもの同士を結ぶことにより、立方八面体の双対多面体である双対音響収録多面体33が構成されている。
【0093】
再現部12の14個のスピーカ9の配置点を結ぶことにより、音響再現多面体13が構成されている。音響再現多面体13の面の重心34(当該面における重心34を通る法線上の点も含む。)に配置された双対スピーカ35の配置点に関して、辺で接するもの同士を結ぶことにより、双対音響再現多面体36が構成されている。音響収録多面体11と音響再現多面体13とは、概同型37である。そして、双対音響収録多面体33と双対音響再現多面体36とは、概同型37である。
【0094】
なお、本図に示す菱形十二面体は、音響中心から同一半径の球面38にその頂点を配置した球面菱形十二面体である。
【0095】
図13は、
図12の収録部10の具体例としての収録装置を示したものである。
【0096】
図13においては、12個の鋭指向のマイクロホン2がマイクロホンホルダ17に設置され、それぞれのマイクロホン2が立方八面体の頂点に配置されている。マイクロホン2の受音部は、外向きに設置されている。マイクロホンホルダ17は、マイクロホンスタンド16に支持されている。
【0097】
また、14個の鋭指向の双対マイクロホン32がマイクロホンホルダ17に設置され、それぞれの双対マイクロホン32が菱形十二面体の頂点に配置されている。双対マイクロホン32の受音部は、外向きに設置されている。マイクロホンホルダ17は、マイクロホンスタンド16に支持されている。
【0098】
これにより、多面体の中心に到来する波面の入射を、音響現象の背後にある双対性に関して物理的に解釈可能な形で収録することができる。
【0099】
なお、収録する音場の絶対音圧の評価等の用途で、音響中心に全指向性マイクロホン39を設けてもよい。これにより、絶対音圧を全指向性マイクロホン39で捉え、
図12に示す周囲の音響収録多面体11及び双対音響収録多面体33により収録された音響信号3により、波面の到来と絶対音圧との物理的な関係を評価することが可能となるため、音場の絶対音圧評価が必要な、例えば騒音対策、設計等に活用することができる。
【0100】
図14は、
図12の再現部12の具体例としての再現装置を示したものである。
【0101】
図14においては、スピーカスタンド40に、12個のスピーカ9を立方八面体と概同型となるように配置するとともに、14個の双対スピーカ35を菱形十二面体と概同型となるように配置している。
【0102】
これにより、
図13の収録部10で収録された音響信号3をそのまま再生すること、あるいは、GBAP法などによる操作を施して再生することで、簡易に計算負荷を少なく音響収録空間1の立体音響を音響再現空間6に再現することができる。
【0103】
図15は、直方体形状の音響再現空間に形成される音響再現多面体を示したものである。
【0104】
本図に示すように、リビングルームのような通常の室(音響再現空間)は、直方体形状であるため、収録された音響信号は、直方体形状に対応する音響再現多面体13及び双対音響再現多面体36により再現する可能性がある。直方体形状に対応する形状であっても、立方八面体及び菱形十二面体と概同型と言える。立方八面体は、立方体の8つの頂点を辺の中点まで切り落とした立体であり、菱形十二面体は、直方体の8つの頂点及び6つの面の重心を結んだ立体と概同型であるため、音響再現多面体13を直方体形状の室に構成することが容易という特徴がある。
【0105】
なお、直方体形状の室に構成したことによる音響再現空間6の歪に関しては、例えば、
図6に示すような回転対称性に関する共分散行列を、音響収録空間1及び音響再現空間6でそれぞれ計算し、両者が合致するように音響信号に補正を行うなどの方法がある。
【0106】
また、本実施例の立体音響システムは、弾性と慣性との双対関係に基づいた立体音響の物理モデルと対応するという特徴もある。
【0107】
図16は、菱形十二面体で充填されている音響空間を2次元断面における物理モデル表現を示したものである。
【0108】
本図においては、弾性中心41から、全体で12方向(2次元断面であるため、図示しないものも含む。)のうちの6方向にバネとして表される音響コンプライアンス42が伸びている状態を示している。バネとバネとの間には、慣性中心として表される音響イナータンス43が配置されている。すなわち、弾性中心を結ぶ多面体は立方八面体20、慣性中心を面とする多面体は菱形十二面体152となる。このため、立方八面体20とその双対多面体である菱形十二面体152とは、立体音響の物理モデルと対応付けられる。
【0109】
本モデルは、物理モデルであるため、音響計算が可能である。簡単のため、ここでは2次元の波動に限定して言及する。
【0110】
音響計算の座標系は、本図に示すように、120度ずつ回転させたx1,x2,x3の3軸を取る。
【0111】
まず、空間を充填するセル(2次元の場合は六角形、3次元の場合は菱形十二面体)の閉曲面Sに囲まれた領域Vについて、質量保存則を考える。ある時刻において、Vに含まれる質量は、次の式(5)で表される。
【0112】
【0113】
ここで、δは音響要素の直径、ρは空気の密度である。
【0114】
したがって、単位体積当たりの質量変化は、次の式(6)で表される。
【0115】
【0116】
この質量変化は、音波が表面Sを通って領域Vに流れ込むことによって起こる。今、表面Sの面積要素dSを通って流出する質量を考える。それは、単位体積あたりρv
ndSである。ただし、v
nは粒子速度vの表面Sに対する外向き法線の方向成分であり、
図16の2次元モデルでは全部で3軸の成分を考える。全流出量は、次の式(7)で表されるものとなる。
【0117】
【0118】
ここで、正六角形の表面要素については、次の関係式(8)を用いた。
【0119】
【0120】
したがって、上記式(6)及び(7)より、次のように表される連続の式(9)を得る。
【0121】
【0122】
次に、運動方程式について考える。
図16に示す通り、各軸x
1,x
2,x
3での慣性中心である音響イナータンス43の運動は、1次元として考える。したがって、運動方程式は、1次元のときと同様に、次の式(10)で与えられる。
【0123】
【0124】
さらに、数値解析のために、上記の連続の式(9)及び運動方程式(10)を離散化する。弾性中心41を音圧参照点、慣性中心である音響イナータンス43を粒子速度参照点として、
図16に示すとおりの変数名を与える。上記の連続の式(9)における粒子速度の勾配は、オイラー法により、次の式(11)のように離散化する。
【0125】
【0126】
上記式(11)を上記の連続の式(9)に代入して整理すると、下記の離散化された連続の式(12)を得る。
【0127】
【0128】
また、上記の運動方程式(10)における音圧の勾配は、次の式(13)のように離散化する。
【0129】
【0130】
上記式(13)を上記の運動方程式(10)に代入して整理すると、例えばx1軸方向に関して次の式(14)を得る。
【0131】
【0132】
結局、上記式(12)及び上記式(14)より、次の状態空間方程式(15)を得る。
【0133】
【0134】
上式の第一項の行列は弾性及び慣性におけるエネルギの蓄積特性を表し、右辺第一項の行列は、弾性及び慣性要素の接続を表している。
【0135】
数値解析の一例として、次の式(16)で表される2次元矩形音響空間を考える。
【0136】
【0137】
境界は剛(粒子速度ゼロ)と仮定し、定式化した上記式(15)を結合し、対象の状態空間方程式を得た。なお、縦横は、それぞれ25分割し、合計625要素による計算を行った。
【0138】
図17は、上記式(15)から得られた状態空間方程式に関して固有値解析を行い、それぞれ得られた音響空間の固有モード及び固有周波数を示したものである。
【0139】
本図において、白色は音圧の節、黒色は音圧の腹を示しており、図中の例えば(1,0)は横方向に節が1個、縦方向に節が0個存在する固有振動を示している。また、図中のSimは本モデルにより得られた固有周波数、Exactはlx×lyの矩形の室における固有周波数の厳密解を示している。この厳密解は、次の式(17)で表される。
【0140】
【0141】
ただし、nx,nyは、いずれも0,1,2,3…となる。
【0142】
この結果から、モデルによる解析結果と厳密解とは、最大2.3%の誤差で一致していることがわかる。
【0143】
以上より、本実施例に係る立体音響システムの幾何学的構成に基づいて音響解析が実施できることを実証した。
【実施例7】
【0144】
図18は、実施例7の立体音響システムを示したものである。
【0145】
本図に示す立体音響システムは、音響収録空間1と音響再現空間6とが同一の空間であり、且つ、音響収録多面体11と音響再現多面体13とが概合同44である。したがって、収録部10と再現部12とが融合した立体音響システムとなり、収録部10で収録した音響信号3に対して、例えば回転操作、残響付加、音圧低減などのフィルタリングなどの操作45を施した音響信号を再現部12で再生することで、インタラクティブな立体音響システムを構成し、創造的な音場を提供することを可能とする。
【0146】
図19は、
図18の収録部10及び再現部12の具体例としての再現装置の一部を示したものである。
【0147】
図19においては、再現装置の一部であるスピーカエンクロージャ46が直方体形状の室の頂点252に設置された状態を示している。スピーカエンクロージャ46には、音響収録多面体11と音響再現多面体13とが概合同になるように、スピーカユニット50の近傍にマイクロホン2が設けられている。
【0148】
スピーカエンクロージャ46は、三角錐形状であり、壁A(47)、壁B(48)及び壁C(49)に接している。
【0149】
これにより、収録部及び再現部をコンパクトに収納した装置構成を有する立体音響システムを提供することができる。
【0150】
スピーカとしての低周波特性に関しては、壁A(47)、壁B(48)及び壁C(49)により構成される3辺付近に開口部51を設け、空間を利用するホーン型を採用してもよい。また、パッシブラジエーター型の低周波補償回路を設けてもよい。
【0151】
さらに、当該空間に光源を設け、開口部51を光の通路とすることで、間接照明としての機能も有するものとしてもよい。これにより、音波及び光を用いたインタラクティブな立体音響システムを構成することができる。
【符号の説明】
【0152】
1:音響収録空間、2:マイクロホン、3:音響信号、4:アンビソニックスエンコーダ、5:アンビソニックス方式の音響信号、6:音響再現空間、7:アンビソニックスデコーダ、8:再現音響信号、9:スピーカ、10:収録部、11:音響収録多面体、12:再現部、13:音響再現多面体、14、15、28、29、30、37、52:概同型、16:マイクロホンスタンド、17:マイクロホンホルダ、18:音響要素核、19:音響要素、20:立方八面体、21、22、23:回転軸、24:恒等変換1種、25:回転8種、26:回転9種、27:回転6種、31、34:重心、32:双対マイクロホン、33:双対音響収録多面体、35:双対スピーカ、36:双対音響再現多面体、38:音響中心から同一半径の球面、39:全指向性マイクロホン、40:スピーカスタンド、41:弾性中心、42:音響コンプライアンス、43:音響イナータンス、44:概合同、45:操作、46:スピーカエンクロージャ、47:壁A、48:壁B、49:壁C、50:スピーカユニット、51:開口部、53:中心を通じて対向する関係、152:菱形十二面体、252:室の頂点、352:鏡映面。