(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-27
(45)【発行日】2024-07-05
(54)【発明の名称】グリース組成物およびグリース封入軸受
(51)【国際特許分類】
C10M 169/06 20060101AFI20240628BHJP
C10M 107/02 20060101ALI20240628BHJP
C10M 115/08 20060101ALI20240628BHJP
C10M 125/10 20060101ALI20240628BHJP
C10M 137/10 20060101ALI20240628BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20240628BHJP
F16C 19/22 20060101ALI20240628BHJP
F16C 33/66 20060101ALI20240628BHJP
F16C 33/78 20060101ALI20240628BHJP
C10N 10/02 20060101ALN20240628BHJP
C10N 10/12 20060101ALN20240628BHJP
C10N 30/00 20060101ALN20240628BHJP
C10N 40/02 20060101ALN20240628BHJP
C10N 50/10 20060101ALN20240628BHJP
【FI】
C10M169/06
C10M107/02
C10M115/08
C10M125/10
C10M137/10 A
F16C19/06
F16C19/22
F16C33/66 Z
F16C33/78 Z
C10N10:02
C10N10:12
C10N30:00 Z
C10N40:02
C10N50:10
(21)【出願番号】P 2020015327
(22)【出願日】2020-01-31
【審査請求日】2022-09-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】川村 隆之
【審査官】齊藤 光子
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-053989(JP,A)
【文献】特開2006-342261(JP,A)
【文献】特開2018-065971(JP,A)
【文献】特開2004-301167(JP,A)
【文献】特開2013-035882(JP,A)
【文献】特開2017-036385(JP,A)
【文献】特開2016-175962(JP,A)
【文献】特開2007-327638(JP,A)
【文献】特開平05-263091(JP,A)
【文献】特開2016-196553(JP,A)
【文献】特開2006-342939(JP,A)
【文献】特開2016-133143(JP,A)
【文献】特開2005-112902(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M 101/00-177/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基油と増ちょう剤と添加剤とを含むグリース組成物であって、
前記増ちょう剤が、ジイソシアネート成分とモノアミン成分とを反応して得られるジウレア化合物であり、前記モノアミン成分が、脂肪族モノアミンおよび脂環式モノアミンであるか、または芳香族モノアミンであり、
前記添加剤が、モリブデン酸ナトリウムと、炭素数1~30の第1級アルキル基を有するジアルキルジチオリン酸亜鉛とを含み、
前記グリース組成物は、第2級アルキル基を有するジアルキルジチオリン酸亜鉛を含ま
ず、
前記モリブデン酸ナトリウムは、前記グリース組成物全量に対して0.1~5質量%含まれ、前記ジアルキルジチオリン酸亜鉛は、前記グリース組成物全量に対して0.1~5質量%含まれることを特徴とするグリース組成物(ただし、2,2,4-トリメチル-1,2-ジヒドロキノリンまたはその重合物を含むグリース組成物を除く)。
【請求項2】
前記基油がポリ-α-オレフィン油を含むことを特徴とする請求項1記載のグリース組成物。
【請求項3】
内輪と、外輪と、該内輪および外輪の間に介在する複数の転動体と、前記複数の転動体の周囲に封入されたグリース組成物とを有するグリース封入軸受であって、
前記グリース組成物が請求項1
または請求項2記載のグリース組成物であることを特徴とするグリース封入軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリース組成物、および該グリース組成物が封入されたグリース封入軸受に関し、特に、自動車電装・補機用転がり軸受に用いられるグリース組成物およびそのグリース封入軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車における電装部品や補機、産業機械におけるモータといった各部品の回転部には転がり軸受が使用されている。例えば、自動車電装・補機としては、オルタネータ、プーリ、カーエアコン用電磁クラッチ、ファンカップリング装置、電動ファンモータなどがある。自動車用アイドラプーリは、エンジンの回転を自動車の補機に伝える駆動ベルトのベルトテンショナーとして使用されるものである。これらに使用される転がり軸受には、潤滑性を付与するためにグリースが封入されている。
【0003】
転がり軸受において、使用条件が過酷になることで、転走面に白色組織変化を伴った特異的な剥離が早期に生じるおそれがある。この特異的な剥離は、通常の金属疲労により生じる転走面内部からの剥離とは異なり、転走面表面の比較的浅いところから生じる破壊現象で、水素が原因の水素脆性と考えられている。例えばグリースが分解して水素が発生し、それが転がり軸受の鋼中に侵入することで、水素脆性を起因とする早期剥離が起きると考えられる。水素は鋼の疲労強度を著しく低下させるため、接触要素間が油膜で分断される弾性流体潤滑と考えられる条件でも、交番せん断応力が最大になる転がり表層内部辺りに亀裂が発生、伝播して早期剥離に至る。
【0004】
従来、このような早期に発生する白色組織変化を伴った特異な剥離現象を防ぐ方法が種々検討されている。例えば、グリースに添加剤としてモリブデン酸塩と有機酸塩を添加する方法が提案されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、高温かつ高速条件に急加減速条件が加わるなど、転がり軸受の使用条件が益々過酷化している。過酷化された条件では、転動体と軌道輪との間における面圧が上昇し、急加減速によるすべりが増大しており、該部分における油膜切れ(潤滑不良)を起こしやすくなっている。このような環境下でも早期剥離を防ぐため、更なる方法が求められている。
【0007】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、水素脆性による早期剥離を効果的に防止できるグリース組成物、および該グリース組成物が封入されたグリース封入軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のグリース組成物は、基油と増ちょう剤と添加剤とを含むグリース組成物であって、上記添加剤が、モリブデン酸ナトリウムと、炭素数1~30の第1級アルキル基を有するアルキルジチオリン酸亜鉛とを含むことを特徴とする。
【0009】
上記モリブデン酸ナトリウムは、上記グリース組成物全量に対して0.1~5質量%含まれ、上記アルキルジチオリン酸亜鉛は、上記グリース組成物全量に対して0.1~5質量%含まれることを特徴とする。
【0010】
上記増ちょう剤がジウレア化合物であることを特徴とする。また、上記基油がポリ-α-オレフィン油(以下、PAO油という)を含むことを特徴とする。
【0011】
上記グリース組成物は、第2級アルキル基を有するアルキルジチオリン酸亜鉛を含まないことを特徴とする。
【0012】
本発明のグリース封入軸受は、内輪と、外輪と、該内輪および外輪の間に介在する複数の転動体と、上記複数の転動体の周囲に封入されたグリース組成物とを有するグリース封入軸受であって、上記グリース組成物が本発明のグリース組成物であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明のグリース組成物は、添加剤が、モリブデン酸ナトリウムと、炭素数1~30の第1級アルキル基を有するアルキルジチオリン酸亜鉛とを含むので、モリブデン酸ナトリウムの酸化膜形成、および第1級アルキル基を有するアルキルジチオリン酸亜鉛による被膜形成によって、グリースの分解が抑制されるとともに、水素の鋼中への侵入が抑制される。その結果、水素脆性による早期剥離を効果的に防止できる。
【0014】
本発明のグリース組成物は、第2級アルキル基を有するアルキルジチオリン酸亜鉛を含まないので、モリブデン酸ナトリウムの酸化膜の形成を阻害せず、該酸化膜による耐早期剥離性能を発揮させることができる。
【0015】
本発明のグリース封入軸受は、内輪と、外輪と、該内輪および外輪の間に介在する複数の転動体と、その転動体の周囲に、本発明のグリース組成物が封入されているので、過酷な使用条件下であっても、水素脆性を起因とする早期剥離を防止でき、より長時間の使用を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明のグリース封入軸受の一例である深溝玉軸受の断面図である。
【
図2】本発明のグリース封入軸受を用いたオルタネータを示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者らは、水素脆性による転走面での早期剥離を防止すべく、潤滑に供するグリース組成物について鋭意検討を行なった。その結果、モリブデン酸ナトリウムと、第1級アルキル基を有するアルキルジチオリン酸亜鉛を併用することで、予想外に優れた耐早期剥離防止性能が得られることを見出した。本発明は、このような知見に基づくものである。
【0018】
本発明のグリース組成物は、基油と増ちょう剤と添加剤とを含み、その添加剤が、モリブデン酸ナトリウムと、炭素数1~30の第1級アルキル基を有するアルキルジチオリン酸亜鉛を含むことを特徴としている。
【0019】
本発明に用いるモリブデン酸ナトリウムは、無水物でも水和物でも使用できる。モリブデン酸ナトリウムの配合量は、グリース組成物全量に対して、0.1~5質量%が好ましい。より好ましくは0.1~2質量%であり、さらに好ましくは1~2質量%である。モリブデン酸ナトリウムの配合量が0.1質量%未満では十分な耐剥離性が得られにくい。
【0020】
モリブデン酸ナトリウムは、軸受部における摩擦摩耗面または摩耗により露出した鉄系金属新生面に反応して、酸化鉄とともにモリブデン化合物を含有する膜を形成する。摩耗により生じる金属新生面が酸化鉄やモリブデン化合物被膜で覆われることで、金属新生面を触媒とするグリースの分解が抑制され、水素の生成が抑制される。
【0021】
本発明に用いるアルキルジチオリン酸亜鉛は、炭素数1~30の第1級アルキル基を有するアルキルジチオリン酸亜鉛(以下、pri-ZnDTPという)である。本発明において、pri-ZnDTPは下記式(1)で示される。
【0022】
【0023】
式(1)において、R1およびR2は、各々、炭素数1~30の第1級(プライマリー)アルキル基である。第1級アルキル基とは、置換基R1およびR2において、ジアルキルジチオリン酸亜鉛中の酸素原子に直接結合する炭素原子が1級炭素原子であることをいう。R1およびR2としては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、イソブチル基、ペンチル基、イソペンチル基、ヘキシル基、イソヘキシル基、2-エチルヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ドデシル基、テトラデシル基、ヘキサデシル基、オクタデシル基、エイコシル基、ドコシル基、テトラコシル基などが挙げれられる。なお、R1およびR2は、互いに同一であっても異なっていてもよい。式(1)において、置換基R1およびR2は、炭素数6~24が好ましく、炭素数8~16がより好ましい。
【0024】
本発明では、アルキルジチオリン酸亜鉛としてpri-ZnDTPを用いることで、モリブデン酸ナトリウムとの相乗効果により転走面での早期剥離を効果的に防止できる。なお、上記式(1)で表されるpri-ZnDTPとして、1種を用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。pri-ZnDTPの好ましい市販品としては、例えば、Lubrizol社製:Lubrizol1097などが挙げられる。
【0025】
pri-ZnDTPの配合量は、グリース組成物全量に対して、0.1~5質量%であることが好ましい。より好ましくは0.1~2質量%であり、さらに好ましくは1~2質量%である。pri-ZnDTPの配合量が0.1質量%未満では十分な相乗効果が得られにくい。
【0026】
本発明のグリース組成物は、下記式(2)で示される、第2級(セカンダリー)アルキル基を有するZnDTP(以下、sec-ZnDTPという)を含まないことが好ましい。
【0027】
【0028】
式(2)において、R3およびR4は、少なくとも一方が第2級(セカンダリー)アルキル基である。第2級アルキル基とは、置換基R3およびR4において、ジアルキルジチオリン酸亜鉛中の酸素原子に直接結合する炭素原子が2級炭素原子であることをいう。第2級アルキル基としては、例えば、イソプロピル基、セカンダリーブチル基、1-メチルブチル基、1-メチルペンチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基などが挙げられる。
【0029】
このsec-ZnDTPは分解しやすく、鋼材と反応しやすいため、モリブデン酸ナトリウムの酸化膜の形成を阻害する可能性がある。一方、pri-ZnDTPは、安定性に優れる。グリース組成物がsec-ZnDTPを含まない構成とすることで、モリブデン酸ナトリウムによる酸化膜を形成しやすくする。
【0030】
本発明のグリース組成物は、更に、上記式(1)以外の摩耗防止剤を含まないことが好ましい。その摩耗防止剤とは、上記sec-ZnDTPの他、ジアルキルジチオリン酸亜鉛中の酸素原子にアリール基が直接結合したジアリールジチオリン酸亜鉛や、アルキルジチオカルバミン酸亜鉛(ZnDTC)、アルキルジチオリン酸モリブデン(MoDTP)、アルキルジチオカルバミン酸モリブデン(MoDTC)などである。
【0031】
本発明のグリース組成物に用いる基油は、通常、転がり軸受に用いられるものであれば、特に制限なく用いることができる。例えば、パラフィン系鉱油、ナフテン系鉱油などの鉱油、PAO油、アルキルベンゼン油などの合成炭化水素油、エステル油、エーテル油、シリコーン油、フッ素油などが挙げられる。これらの基油は、単独で用いられてもよく、2種以上が併用されてもよい。これらの中でも、基油が少なくとも合成炭化水素油を含む油であることが好ましい。
【0032】
合成炭化水素油としてはPAO油がより好ましい。PAO油は、α-オレフィンまたは異性化されたα-オレフィンのオリゴマーまたはポリマーの混合物である。α-オレフィンの具体例としては、1-オクテン、1-ノネン、1-デセン、1-ドデセン、1-トリデセン、1-テトラデセン、1-ペンタデセン、1-ヘキサデセン、1-ヘプタデセン、1-オクタデセン、1-ノナデセン、1-エイコセン、1-ドコセン、1-テトラドコセンなどが挙げられ、通常はこれらの混合物が使用される。
【0033】
基油のさらに好ましい態様としては、基油がPAO油のみからなる場合、基油がPAO油とエーテル油との混合油の場合、基油がPAO油とエステル油との混合油の場合がある。上記エーテル油の中でも、酸価安定性に優れ、高温耐久性にも優れることから、アルキルジフェニルエーテル油が好ましい。
【0034】
基油の動粘度(混合油の場合は、混合油の動粘度)としては、40℃において20~150mm2/sが好ましい。より好ましくは20~100mm2/sであり、さらに好ましくは50~80mm2/sである。
【0035】
上記基油は、基油および増ちょう剤の合計量(ベースグリース)に対して60質量%~95質量%含有することが好ましい。基油の含有量が60質量%未満では、寿命低下のおそれがあり、95質量%をこえると、相対的に増ちょう剤量が少なくなり、グリース化が困難になるおそれがある。より好ましくは、基油および増ちょう剤の合計量に対して上記基油が80質量%~90質量%含まれる。
【0036】
本発明のグリースに用いる増ちょう剤は、特に限定されず、通常グリースの分野で使用される一般的なものを使用できる。例えば、金属石けん、複合金属石けんなどの石けん系増ちょう剤、ベントン、シリカゲル、ジウレア化合物、トリウレア化合物、テトラウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物などの非石けん系増ちょう剤を使用できる。金属石けんとしては、ナトリウム石けん、カルシウム石けん、リチウム石けんなどが挙げられ、複合金属石けんとしては、複合リチウム石けんなどが挙げられる。これらの中でも、増ちょう剤として、ジウレア化合物を用いることが好ましい。
【0037】
ジウレア化合物は、ジイソシアネート成分とモノアミン成分とを反応して得られる。ジイソシアネート成分としては、フェニレンジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)などが挙げられる。ジウレア化合物としては、脂肪族ジウレア化合物、脂環式ジウレア化合物、芳香族ジウレア化合物が用いられ、これらは使用するモノアミン成分の置換基の種類によって分けられる。脂肪族ジウレア化合物の場合、モノアミン成分として脂肪族モノアミン(オクチルアミンなど)が用いられる。脂環式ジウレア化合物の場合、モノアミン成分として脂環式モノアミン(シクロヘキシルアミンなど)が用いられる。芳香族ジウレア化合物の場合、モノアミン成分として芳香族モノアミン(p-トルイジンなど)が用いられる。
【0038】
ジウレア化合物を増ちょう剤とするベースグリースは、基油中でジイソシアネート成分とモノアミン成分とを反応させて作製する。ベースグリースに占める増ちょう剤の配合割合は、5質量%~30質量%であり、好ましくは10質量%~20質量%である。
【0039】
本発明のグリース組成物には、本発明の目的を損なわない範囲でさらに他の添加剤を配合してもよい。例えば、アミン系、フェノール系、イオウ系化合物などの酸化防止剤、スルホン酸塩や多価アルコールエステルなどの防錆剤、エステル、アルコールなどの油性剤などが挙げられる。
【0040】
本発明のグリース組成物の混和ちょう度(JIS K 2220)は、200~350の範囲にあることが好ましい。ちょう度が200未満である場合は、油分離が小さく潤滑不良となるおそれがある。一方、ちょう度が350をこえる場合は、グリース組成物が軟質で軸受外に流出しやすくなり好ましくない。混和ちょう度は、250~300の範囲にあることがより好ましい。
【0041】
本発明のグリース組成物を封入してなるグリース封入軸受について
図1に基づいて説明する。
図1は深溝玉軸受の断面図である。転がり軸受1は、外周面に内輪転走面2aを有する内輪2と内周面に外輪転走面3aを有する外輪3とが同心に配置され、内輪転走面2aと外輪転走面3aとの間に複数個の転動体4が配置される。この転動体4は、保持器5により保持される。また、内・外輪の軸方向両端開口部8a、8bがシール部材6によりシールされ、少なくとも転動体4の周囲に上述のグリース組成物7が封入される。内輪2、外輪3および転動体4は鉄系金属材料からなり、グリース組成物7が転動体4との転走面に介在して潤滑される。
【0042】
転がり軸受1において、内輪2、外輪3、転動体4、保持器5などの軸受部材を構成する鉄系金属材料は、軸受材料として一般的に用いられる任意の材料であり、例えば、高炭素クロム軸受鋼(SUJ1、SUJ2、SUJ3、SUJ4、SUJ5など;JIS G 4805)、浸炭鋼(SCr420、SCM420など;JIS G 4053)、ステンレス鋼(SUS440Cなど;JIS G 4303)、高速度鋼(M50など)、冷間圧延鋼などが挙げられる。また、シール部材6は、金属製またはゴム成形体単独でよく、あるいはゴム成形体と金属板、プラスチック板、またはセラミック板との複合体であってもよい。耐久性、固着の容易さからゴム成形体と金属板との複合体が好ましい。
【0043】
図1では軸受として玉軸受について例示したが、本発明のグリース封入軸受は、上記以外の円筒ころ軸受、円すいころ軸受、自動調心ころ軸受、針状ころ軸受、スラスト円筒ころ軸受、スラスト円すいころ軸受、スラスト針状ころ軸受、スラスト自動調心ころ軸受などとしても使用できる。
【0044】
本発明のグリース封入軸受を、自動車電装・補機に適用した構成を
図2により説明する。
図2はオルタネータの構造の断面図である。オルタネータは、静止部材であるハウジングを形成する一対のフレーム11a、11bに、ロータ12を装着されたロータ回転軸13が、上述のグリース組成物が封入された一対の転がり軸受1、1で回転自在に支持されている。ロータ12にはロータコイル14が取り付けられ、ロータ12の外周に配置されたステータ15には、120 °の位相で3巻のステータコイル16が取り付けられている。ロータ回転軸13は、その先端に取り付けられたプーリ17にベルト(図示省略)で伝達される回転トルクで回転駆動されている。プーリ17は片持ち状態でロータ回転軸13に取り付けられており、ロータ回転軸13の高速回転に伴って振動も発生するため、特にプーリ17側を支持する転がり軸受1は、苛酷な負荷を受ける。
【実施例】
【0045】
本発明を実施例および比較例により具体的に説明するが、これらの例によって何ら限定されるものではない。
【0046】
表1に示す組成のグリース組成物をそれぞれ調整した。表1中、基油と増ちょう剤の含有量は、ベースグリース(基油+増ちょう剤)に対する含有率(質量%)を示し、添加剤の含有量は、グリース組成物全量に対する含有率(質量%)を示している。なお、実施例1~4のグリース組成物は、添加剤として、モリブデン酸ナトリウムおよびpri-ZnDTPのみが配合されている。
【0047】
電装補機の一例であるオルタネータを模擬し、回転軸を支持する内輪回転の転がり軸受(内輪・外輪・鋼球は軸受鋼SUJ2)に調整した各グリース組成物を封入し、急加減速試験を行なった。回転軸先端に取り付けたプーリに対する負荷荷重を2334N、回転速度は0rpm~18000rpmで運転条件を設定し、さらに、試験軸受(6203)内に1.0Aの電流が流れる状態で試験を実施した。そして、軸受内に異常剥離が発生し、振動検出器の振動が設定値以上になって停止する時間(剥離発生寿命時間、h)を計測した。表1には、n=6の平均寿命を記載した。
【0048】
【0049】
表1の比較例4は、添加剤としてモリブデン酸ナトリウムのみを添加した場合を示している。これに対して、pri-ZnDTPを併用した実施例1~4では、剥離寿命が1.3倍以上延長した。特に、増ちょう剤に芳香族ジウレア化合物を用いた実施例4は、剥離寿命が比較例4に比べて1.5倍以上延長した。一方、モリブデン酸ナトリウムとsec-ZnDTPを併用した比較例1~3および比較例7では、剥離寿命が比較例4に比べて大幅に低下する結果となった。
【0050】
以上より、モリブデン酸ナトリウムとの併用において、pri-ZnDTPとsec-ZnDTPとでは耐早期剥離性能に顕著な差が見られた。つまり、pri-ZnDTPとの併用は相乗効果を示すのに対して、sec-ZnDTPとの併用はモリブデン酸ナトリウムの耐早期剥離性能を減弱させる。なお、添加剤としてsec-ZnDTPのみを用いた比較例5は、pri-ZnDTPのみを用いた比較例6に比べて、剥離寿命が長い結果となった。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明のグリース組成物は、転走面で生じる白色組織変化を伴った特異的な早期剥離を効果的に防止できるので、転がり軸受の軸受寿命に優れる。転がり軸受としては、特に、オルタネータ、カーエアコン用電磁クラッチ、中間プーリ、電動ファンモータ等の自動車電装部品、補機等の転がり軸受、モータ用軸受に好適である。
【符号の説明】
【0052】
1 転がり軸受
2 内輪
3 外輪
4 転動体
5 保持器
6 シール部材
7 グリース
8a、8b 開口部
11a、11b フレーム
12 ロータ
13 ロータ回転軸
14 ロータコイル
15 ステータ
16 ステータコイル
17 プーリ