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  • 特許-溶接構造物及びその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-27
(45)【発行日】2024-07-05
(54)【発明の名称】溶接構造物及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/30 20060101AFI20240628BHJP
   B23K 9/167 20060101ALI20240628BHJP
   B23K 9/173 20060101ALI20240628BHJP
   B23K 9/23 20060101ALI20240628BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20240628BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240628BHJP
   C21D 8/02 20060101ALN20240628BHJP
【FI】
B23K35/30 320B
B23K9/167 A
B23K9/173 A
B23K9/23 B
C22C38/00 302H
C22C38/58
C21D8/02 D
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020562547
(86)(22)【出願日】2019-12-27
(86)【国際出願番号】 JP2019051604
(87)【国際公開番号】W WO2020138490
(87)【国際公開日】2020-07-02
【審査請求日】2021-06-04
【審判番号】
【審判請求日】2023-04-06
(31)【優先権主張番号】P 2018248459
(32)【優先日】2018-12-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(72)【発明者】
【氏名】及川 雄介
(72)【発明者】
【氏名】柘植 信二
(72)【発明者】
【氏名】江目 文則
【合議体】
【審判長】粟野 正明
【審判官】池渕 立
【審判官】佐藤 陽一
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-196894(JP,A)
【文献】特開2017-179427(JP,A)
【文献】特開2019-218613(JP,A)
【文献】国際公開第2012/111535(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/121380(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C38/00-38-60
B23K35/30
B23K9/167
B23K9/173
B23K9/23
C21D8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.001~0.050%、
Si:0.05~0.80%、
Mn:0.10%~2.00%、
Cr:21.50~26.00%、
Ni:3.00~7.00%、
Mo:0.50~2.50%、
N:0.100~0.250%、
Al:0.003~0.050%、
を含有し、
Oは0.0060%以下、
Pは0.050%以下、
Sは0.0050%以下に制限し、
かつ下記式(1)で定義されるPREN値が28.0以上で、
残部がFeおよび不純物からなる二相ステンレス鋼母材と、
溶接金属及び熱影響部とを含む溶接部とを備える溶接構造物であって、
前記溶接金属は、
質量%で、
C:0.001~0.060%、
Si:0.05~0.80%、
Mn:0.10%~3.00%、
Cr:21.50~28.00%、
Ni:4.00~10.00%、
Mo:1.00~3.50%、
N:0.080~0.250%、
Al:0.001~0.100%、
を含有し、
Oは0.150%以下、
Pは0.050%以下、
Sは0.0200%以下に制限し、
かつ下記式(1)で定義されるPREN値が30.0以上で、
残部がFeおよび不純物からなり、
前記二相ステンレス鋼母材のオーステナイト量は30~70面積%、前記溶接金属及び溶接熱影響部のオーステナイト量はそれぞれ15~70面積%であって、
前記溶接部及び前記二相ステンレス鋼母材を含む孔食試験片の50℃で測定したJIS G0577 A法による孔食電位が0.30V vs SSE以上であることを特徴とする溶接構造物。
PREN=Cr+3.3Mo+16N・・・(1)
ただし、式(1)中における元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を示し、含有していない場合は0を代入する。
【請求項2】
前記二相ステンレス鋼母材の成分が式(2)を満たし、且つ前記二相ステンレス鋼母材及び前記溶接金属のN量が式(3)を満足し、
更に前記二相ステンレス鋼母材がNbを質量%で0.005~0.150%含有する場合、前記二相ステンレス鋼母材のクロム窒化物析出温度TNが1010℃以下であり、前記二相ステンレス鋼母材がNbを質量%で0.005%以上含有しない場合、前記二相ステンレス鋼母材のクロム窒化物析出温度TNが980℃以下であることを特徴とする、請求項1に記載の溶接構造物。
Tα=1455-13.6Cr+22.7Ni-11.2Mo+2.1Mn+781.8N≧1330・・・(2)
N≧(0.08Cr+0.08Mo-0.06Ni-1.21)/0.6×0.15・・・(3)
ただし、式(2)、(3)中における元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を示し、含有していない場合は0を代入する。
ただし、クロム窒化物析出温度TNは、以下の[1]から[6]の手順により実験的に求められる特性値である。
[1] 10mm厚の供試鋼を、熱延後一旦1050℃×20分の熱処理を行ったのち800~1100℃の任意の温度で20分間均熱処理を行い、その後5秒以内に水冷を行う。
[2] 冷却後の供試鋼表層を#500研磨する。
[3] 3g試料を分取し、室温の非水溶液(3%マレイン酸と、1%テトラメチルアンモニウムクロライドとを含み、残部がメタノール)中で電解(100mV定電圧)してマトリックスを溶解する。
[4] 0.2μm穴径のフィルターで残渣(すなわち、析出物)を濾過し、析出物を抽出する。
[5] ICPを用いて、残渣の化学組成を分析し、前記残渣に含有されるクロム含有量(質量%)を求める。この残渣中のクロム含有量をクロム窒化物の析出量の指標とする。
[6] [1]の均熱処理温度を種々変化させ、残渣中のクロム含有量が0.03%以下となる均熱処理温度のうちの最低温度をTNとする。
【請求項3】
前記二相ステンレス鋼母材の成分が式(2)を満たし、且つ前記二相ステンレス鋼母材及び前記溶接金属のN量が式(3)を満足し、
更に前記二相ステンレス鋼母材がNbを質量%で0.005~0.150%含有する場合、前記二相ステンレス鋼母材のクロム窒化物析出温度TNが1010℃以下であり、前記二相ステンレス鋼母材がNbを質量%で0.005%以上含有しない場合、前記二相ステンレス鋼母材のクロム窒化物析出温度TNが980℃以下であり、
クロム窒化物析出温度TNは、下記推定式(4)又は式(5)であることを特徴とする、請求項1に記載の溶接構造物。
Tα=1455-13.6Cr+22.7Ni-11.2Mo+2.1Mn+781.8N≧1330・・・(2)
N≧(0.08Cr+0.08Mo-0.06Ni-1.21)/0.6×0.15・・・(3)
ただし、式(2)、(3)中における元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を示し、含有していない場合は0を代入する。
8Cr-20Ni+30Mo+50Si-10Mn+550N+730(前記二相ステンレス鋼母材がNbを質量%で0.005~0.150%含有する場合)・・・(4)
8Cr-20Ni+30Mo+50Si-10Mn+550N+700(前記二相ステンレス鋼母材がNbを質量%で0.005%以上含有しない場合)・・・(5)
ただし、式(4)、(5)中における元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を示し、含有していない場合は0を代入する。
【請求項4】
前記二相ステンレス鋼母材及び前記溶接金属のうち少なくとも1つは、更に
Nb:0.005~0.150%
Ti:0.003~0.020%
Ta:0.005~0.200%、
Zr:0.001~0.050%
Hf:0.001~0.080%
Sn:0.005~0.100%、
W:0.01~1.00%
Co:0.01~1.00%
Cu:0.01~3.00%
V:0.010~0.300%
B:0.0001~0.0050%
Ca:0.0005~0.0050%
Mg:0.0005~0.0050%
REM:0.005~0.050%
のうち1種または2種以上を含有していることを特徴とする請求項1乃至3のうちいずれか1項に記載の溶接構造物。
【請求項5】
前記二相ステンレス鋼母材の組成を有する熱延用素材を、下記式(6)で示す圧減比が3.0以上、かつ下記式(7)で示す1050℃以下の圧下率が30%以上となるように熱間圧延し、クロム窒化物析出温度TN+20℃以上1100℃以下で5分以上熱処理して、前記二相ステンレス鋼母材を製造することを特徴とする、請求項2乃至4のうちいずれか1項に記載の溶接構造物の製造方法。
熱延用素材の厚さ/二相ステンレス鋼母材の厚さ・・・(6)
(1050℃以下に到達した時の厚さ-二相ステンレス鋼母材の厚さ)/1050℃以下に到達した時の厚さ×100・・・(7)
ただし、クロム窒化物析出温度TNは、以下の[1]から[6]の手順により実験的に求められる特性値、又は下記推定式(4)又は式(5)である。
[1] 10mm厚の供試鋼を、熱延後一旦1050℃×20分の熱処理を行ったのち800~1100℃の任意の温度で20分間均熱処理を行い、その後5秒以内に水冷を行う。
[2] 冷却後の供試鋼表層を#500研磨する。
[3] 3g試料を分取し、室温の非水溶液(3%マレイン酸と、1%テトラメチルアンモニウムクロライドとを含み、残部がメタノール)中で電解(100mV定電圧)してマトリックスを溶解する。
[4] 0.2μm穴径のフィルターで残渣(すなわち、析出物)を濾過し、析出物を抽出する。
[5] ICPを用いて、残渣の化学組成を分析し、前記残渣に含有されるクロム含有量(質量%)を求める。この残渣中のクロム含有量をクロム窒化物の析出量の指標とする。
[6] [1]の均熱処理温度を種々変化させ、残渣中のクロム含有量が0.03%以下となる均熱処理温度のうちの最低温度をTNとする。
8Cr-20Ni+30Mo+50Si-10Mn+550N+730(前記二相ステンレス鋼母材がNbを質量%で0.005~0.150%含有する場合)・・・(4)
8Cr-20Ni+30Mo+50Si-10Mn+550N+700(前記二相ステンレス鋼母材がNbを質量%で0.005%以上含有しない場合)・・・(5)
ただし、式(4)、(5)中における元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を示し、含有していない場合は0を代入する。
【請求項6】
前記溶接金属は、溶加棒を使用する炭酸ガスを用いたガスシールドアーク溶接またはタングステンアーク溶接を用いて形成され、下記式(8)で定義される溶接入熱量Qが5,000J/cm以上50,000J/cm以下、下記式(9)で定義される母材希釈率Dが50%以下の溶接条件で形成されたことを特徴とする、請求項5に記載の溶接構造物の製造方法。
Q=[溶接電流(A)]×[溶接電圧(V)]÷[溶接速度(cm/s)]・・・(8)
D=[二相ステンレス鋼母材の溶融体積]/[全溶接金属体積]×100・・・(9)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二相ステンレス鋼を用いた溶接構造物及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
直近の震災等の自然災害の多発に伴い、津波や水害に対応した構造物の建設及び改修強化が各所で進められている。これらは近年の津波や水害の想定水位の見直しにより、構造がより大規模化している。これらの建造物の中で、河川に建造する水門や堤防の道路部に建造する陸閘門は、可動部であることから鋼材もしくはアルミニウムが使用されている。
【0003】
最近、これら水門や陸閘門に、オーステナイト系ステンレス鋼又は二相ステンレス鋼を適用することが多くなってきている。
【0004】
水門のうち、河口部に設置されるものは、海水もしくはそれに近い高塩分濃度の水中に没していることとなり、高い耐食性が必要とされる。オーステナイト系ステンレス鋼の場合、SUS304では耐食性不足となる場合が多く、より耐食性の良好なSUS316Lが使用されることが多い。
【0005】
二相ステンレス鋼は耐食性に加え、強度が他のステンレス鋼や炭素鋼より高く薄肉軽量化できることから、構造の大規模化に伴う重量増を軽減できる大きなメリットがフィットし、広く使われるようになった。
【0006】
二相ステンレス鋼のJIS鋼種は、SUS821L1,SUS323L,SUS329J1,SUS329J3L,SUS329J4L,SUS327Lの6鋼種がある。そのうちSUS821L1はSUS304の代替として、SUS323LはSUS316Lの代替として開発された鋼種であり、SUS329J3L,SUS329J4L,SUS327Lはそれより過酷な環境において耐食性を有する高耐食鋼種である。
【0007】
二相ステンレス鋼の場合、溶接部の靭性、耐食性低下を考慮する必要がある。二相ステンレス鋼に添加されたNは、溶接時の加熱冷却によってCr窒化物として析出する。この窒化物は、割れの伝播を促進することで溶接部の靭性を低下させ、また、析出によりCrが消費されいわゆるCr欠乏層を生じることで耐食性を低下させる。
【0008】
水門等の溶接構造物の場合、数十mmといった厚手の板を溶接するために、何十パスもの溶接を行うことがあり、その結果窒化物析出及びそれに伴い溶接部の靭性及び耐食性低下も激しいものになることがある。
【0009】
前述のSUS323Lは、母材の耐食性はSUS316Lと同等以上であるが、溶接の条件によってはSUS316Lの耐食性レベルを下回ることがある。SUS821L1は特許文献1に示すように溶接部の耐食性低下を抑制しうる成分系であるが、SUS304代替鋼のため、汽水環境における溶接構造物への利用には不向きである。より高耐食の鋼種のうちSUS329J3L,SUS329J4L,SUS327Lは、非常に優れた耐食性を有するが、高価なMoを3%以上含有し非常に高コストである。
【0010】
残るSUS329J1は、母材の耐食性はSUS323Lより高くMoの含有量も少ないことから、汽水環境における溶接構造物への利用に適しているが、大きな課題として溶接部の耐食性低下が激しいことがある。これに対する対策として、例えば特許文献2ではNiとの関係で適切なNを添加することで、溶接部の耐食性を向上させたSUS329J1の改良型の二相ステンレス鋼が記載されている。但し、当該鋼はTIG溶接による溶加材無し前提で成分設計されており、前記二相ステンレス鋼を溶接して製造された溶接構造物が母材及び溶接部において靱性をどの程度有するのか、特許文献2には明らかにされていない。
【0011】
また、特許文献3では窒素を含む被覆剤を塗布した溶加材を用いて溶接金属内に窒素を混合させる溶接方法が記載されているが、特殊な溶加材を必要とする上、母材の溶接熱影響部についてはなんら改善が為されない。
【0012】
特許文献4は、元素成分を適正化することによって、オゾン含有水環境で耐食性を有する二相ステンレス鋼溶接構造体を開示している。但し、母材の溶接熱影響部についての言及は無い。また、特許文献5は、元素成分を適正化することによって、HAZ部での窒化物析出による耐食性低下が抑制された二相ステンレス鋼を開示している。しかし、いずれの発明も、汽水環境における使用を前提としたものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】特許第5345070号公報
【文献】特開昭62-267452号公報
【文献】特開2014-14830号公報
【文献】特開2018-168461号公報
【文献】特開2012-197509号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、従来技術の上記事情に鑑み、Mo含有量が3%未満の二相ステンレス鋼を用いて、汽水環境における溶接部の耐食性に優れ、構造物として靱性に優れた溶接構造物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するために、本発明者らは、鋼材の成分、溶接金属の成分、鋼材の製造条件、溶接条件に関して、汽水環境における耐食性及び靱性の向上の観点から詳細な研究を行った。
【0016】
一般にステンレス鋼の耐孔食性は孔食指数で順位付けが行われるが、種々の計算式が提案されている。孔食指数(PREN)としては二相ステンレス鋼ではCr+3.3Mo+16Nの式で表現される場合が多い。
【0017】
本発明者らは、この式を用いて、SUS329J1の組成範囲にNを含有させることによって、SUS329J1の溶接部の耐食性を高める方法についてシミュレーション計算で見積もり、実験にて確認した。その結果、母材については、溶接熱影響部のCr窒化物析出による耐食性低下を考慮しても、前記PREN(下記の式(1))の値が28以上であれば要求される耐食性を満たしうること、更に溶接金属については、上記に加え成分偏析を生じることによる局所的耐食性低下を考慮しても、後述の通りオーステナイト量を確保したうえで、PREN値を30.0以上かつMoを適宜増量する事で、耐食性がSUS316Lと同等以上の二相ステンレス鋼を得られることを明らかにした。
PREN=Cr+3.3Mo+16N・・・(1)
【0018】
ここで、SUS316Lと同等以上の耐食性とは、「50℃で測定したJIS G0577 A法による孔食電位が0.30V vs SSE以上になる」ことである。
【0019】
また、鋼材の溶接時に鋼材が長時間フェライト単相域に晒される場合、フェライト相の粗大化が助長され、溶接熱影響部の靭性が低下する。溶接熱影響部の靱性の低下を防止するには、鋼材の成分は以下の式(2)を満たすことが好ましいことを本発明者らは見出した。
Tα=1455-13.6Cr+22.7Ni-11.2Mo+2.1Mn+781.8N≧1330・・・(2)
【0020】
また、ガスシールドアーク溶接及びタングステンアーク溶接によって、溶接熱影響部のオーステナイト量は母材のオーステナイト量を下回り、フェライト過多によって靭性が低下し、オーステナイト相で耐食性が低下するおそれがある。
溶接金属は特に冷却速度が大きいため、オーステナイト相が再析出し得る時間が限られるだけでなく、局所的な成分低下を考慮する必要があり、更に靭性を確保する点から、Ni量を適宜増量する必要があるという観点から、本発明者ら鋭意検討を行った。
その結果、溶接熱影響部及び溶接金属のオーステナイト量の下限をそれぞれ15%とした場合であっても、鋼材及び溶接金属のN量が下記式(3)を満たすように組成を調整することによって、二相ステンレス鋼の強度、耐食性の向上に有効に作用することを、本発明者らは見出した。
N≧(0.08Cr+0.08Mo-0.06Ni-1.21)/0.6×0.15…(3)
【0021】
当該式(3)は、本発明における、溶接熱影響部及び溶接金属のオーステナイト量の下限をそれぞれ15%とした時に、二相ステンレス鋼の強度、耐食性の向上に有効に作用するN量を、主要元素であるCr,Ni,Mo含有量から推定する式である。これらの知見から、本発明を成したものであり、その要旨とするところは以下の通りである。
【0022】
(1)質量%で、
C:0.001~0.050%、
Si:0.05~0.80%、
Mn:0.10%~2.00%、
Cr:21.50~26.00%、
Ni:3.00~7.00%、
Mo:0.50~2.50%、
N:0.100~0.250%、
Al:0.003~0.050%、
を含有し、
Oは0.0060%以下、
Pは0.050%以下、
Sは0.0050%以下に制限し、
かつ下記式(1)で定義されるPREN値が28.0以上で、
残部がFe及び不純物からなる二相ステンレス鋼母材と、
溶接金属及び熱影響部とを含む溶接部とを備える溶接構造物であって、
前記溶接金属は、
質量%で、
C:0.001~0.060%、
Si:0.05~0.80%、
Mn:0.10%~3.00%、
Cr:21.50~28.00%、
Ni:4.00~10.00%、
Mo:1.00~3.50%、
N:0.080~0.250%、
Al:0.001~0.100%、
を含有し、
Oは0.150%以下、
Pは0.050%以下、
Sは0.0200%以下に制限し、
かつ下記式(1)で定義されるPREN値が30.0以上で、
残部がFe及び不純物からなり、
前記二相ステンレス鋼母材のオーステナイト量は30~70面積%、前記溶接金属及び溶接熱影響部のオーステナイト量はそれぞれ15~70面積%であって、
前記溶接部及び前記二相ステンレス鋼母材を含む孔食試験片の50℃で測定したJIS G0577 A法による孔食電位が0.30V vs SSE以上であることを特徴とする溶接構造物。
PREN=Cr+3.3Mo+16N・・・(1)
ただし、式(1)中における元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を示し、含有していない場合は0を代入する。
(2)前記二相ステンレス鋼母材の成分が式(2)を満たし、且つ前記二相ステンレス鋼母材及び前記溶接金属のN量が式(3)を満足し、
更に前記二相ステンレス鋼母材がNbを質量%で0.005~0.150%含有する場合、前記二相ステンレス鋼母材のクロム窒化物析出温度TNが1010℃以下であり、前記二相ステンレス鋼母材がNbを質量%で0.005%以上含有しない場合、前記二相ステンレス鋼母材のクロム窒化物析出温度TNが980℃以下であることを特徴とする(1)に記載の溶接構造物。
Tα=1455-13.6Cr+22.7Ni-11.2Mo+2.1Mn+781.8N≧1330・・・(2)
N≧(0.08Cr+0.08Mo-0.06Ni-1.21)/0.6×0.15・・・(3)
ただし、式(2)、(3)中における元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を示し、含有していない場合は0を代入する。
ただし、クロム窒化物析出温度TNは、以下の[1]から[6]の手順により実験的に求められる特性値である。
[1] 10mm厚の供試鋼を、熱延後一旦1050℃×20分の熱処理を行ったのち800~1100℃の任意の温度で20分間均熱処理を行い、その後5秒以内に水冷を行う。
[2] 冷却後の供試鋼表層を#500研磨する。
[3] 3g試料を分取し、室温の非水溶液(3%マレイン酸と、1%テトラメチルアンモニウムクロライドとを含み、残部がメタノール)中で電解(100mV定電圧)してマトリックスを溶解する。
[4] 0.2μm穴径のフィルターで残渣(すなわち、析出物)を濾過し、析出物を抽出する。
[5] ICPを用いて、残渣の化学組成を分析し、前記残渣に含有されるクロム含有量(質量%)を求める。この残渣中のクロム含有量をクロム窒化物の析出量の指標とする。
[6] (1)の均熱処理温度を種々変化させ、残渣中のクロム含有量が0.03%以下となる均熱処理温度のうちの最低温度をTNとする。
(3) 前記二相ステンレス鋼母材の成分が式(2)を満たし、且つ前記二相ステンレス鋼母材及び前記溶接金属のN量が式(3)を満足し、
更に前記二相ステンレス鋼母材がNbを質量%で0.005~0.150%含有する場合、前記二相ステンレス鋼母材のクロム窒化物析出温度TNが1010℃以下であり、前記二相ステンレス鋼母材がNbを質量%で0.005%以上含有しない場合、前記二相ステンレス鋼母材のクロム窒化物析出温度TNが980℃以下であり、
クロム窒化物析出温度TNは、下記推定式(4)又は式(5)であることを特徴とする、(1)に記載の溶接構造物。
Tα=1455-13.6Cr+22.7Ni-11.2Mo+2.1Mn+781.8N≧1330・・・(2)
N≧(0.08Cr+0.08Mo-0.06Ni-1.21)/0.6×0.15・・・(3)
ただし、式(2)、(3)中における元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を示し、含有していない場合は0を代入する。
8Cr-20Ni+30Mo+50Si-10Mn+550N+730(前記二相ステンレス鋼母材がNbを質量%で0.005~0.150%含有する場合)・・・(4)
8Cr-20Ni+30Mo+50Si-10Mn+550N+700(前記二相ステンレス鋼母材がNbを質量%で0.005%以上含有しない場合)・・・(5)
ただし、式(4)、(5)中における元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を示し、含有していない場合は0を代入する。
(4)前記二相ステンレス鋼母材及び前記溶接金属のうち少なくとも1つは、更に
Nb:0.005~0.150%
Ti:0.003~0.020%
Ta:0.005~0.200%、
Zr:0.001~0.050%
Hf:0.001~0.080%
Sn:0.005~0.100%、
W:0.01~1.00%
Co:0.01~1.00%
Cu:0.01~3.00%
V:0.010~0.300%
B:0.0001~0.0050%
Ca:0.0005~0.0050%
Mg:0.0005~0.0050%
REM:0.005~0.050%
のうち1種または2種以上を含有していることを特徴とする(1)乃至(3)のうちいずれかに記載の溶接構造物。
(5)前記二相ステンレス鋼母材の組成を有する熱延用素材を、下記式(6)で示す圧減比が3.0以上、かつ下記式(7)で示す1050℃以下の圧下率が30%以上となるように熱間圧延し、クロム窒化物析出温度TN+20℃以上1100℃以下で5分以上熱処理して、前記二相ステンレス鋼母材を製造することを特徴とする、(2)乃至(4)のうちいずれかに記載の溶接構造物の製造方法。
熱延用素材の厚さ/二相ステンレス鋼母材の厚さ・・・(6)
(1050℃以下に到達した時の厚さ-二相ステンレス鋼母材の厚さ)/1050℃以下に到達した時の厚さ×100・・・(7)
ただし、クロム窒化物析出温度TNは、以下の[1]から[6]の手順により実験的に求められる特性値、又は下記推定式(4)又は式(5)である。
[1] 10mm厚の供試鋼を、熱延後一旦1050℃×20分の熱処理を行ったのち800~1100℃の任意の温度で20分間均熱処理を行い、その後5秒以内に水冷を行う。
[2] 冷却後の供試鋼表層を#500研磨する。
[3] 3g試料を分取し、室温の非水溶液(3%マレイン酸と、1%テトラメチルアンモニウムクロライドとを含み、残部がメタノール)中で電解(100mV定電圧)してマトリックスを溶解する。
[4] 0.2μm穴径のフィルターで残渣(すなわち、析出物)を濾過し、析出物を抽出する。
[5] ICPを用いて、残渣の化学組成を分析し、前記残渣に含有されるクロム含有量(質量%)を求める。この残渣中のクロム含有量をクロム窒化物の析出量の指標とする。
[6] [1]の均熱処理温度を種々変化させ、残渣中のクロム含有量が0.03%以下となる均熱処理温度のうちの最低温度をTNとする。
8Cr-20Ni+30Mo+50Si-10Mn+550N+730(前記二相ステンレス鋼母材がNbを質量%で0.005~0.150%含有する場合)・・・(4)
8Cr-20Ni+30Mo+50Si-10Mn+550N+700(前記二相ステンレス鋼母材がNbを質量%で0.005%以上含有しない場合)・・・(5)
ただし、式(4)、(5)中における元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を示し、含有していない場合は0を代入する。
(6)前記溶接金属は、溶加棒を使用するガスシールドアーク溶接またはタングステンアーク溶接を用いて形成され、下記式(8)で定義される溶接入熱量Qが5,000J/cm以上50,000J/cm以下、下記式(9)で定義される母材希釈率Dが50%以下の溶接条件で形成されたことを特徴とする、(5)に記載の溶接構造物の製造方法。
Q=[溶接電流(A)]×[溶接電圧(V)]÷[溶接速度(cm/s)]・・・(8)
D=[二相ステンレス鋼母材の溶融体積]/[全溶接金属体積]×100・・・(9)
【発明の効果】
【0023】
本発明により得られる溶接構造物は、河川の河口付近の水門のような汽水環境においてSUS316Lと同等以上の十分な耐食性を有し、更に高強度による軽量化を図れることから、大幅なコスト削減、高効率化に寄与する事が出来、産業面、環境面に寄与するところは極めて大である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】溶接構造物No.51~88の溶接部分の一部拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
[二相ステンレス鋼母材の組成]
以下に、まず本発明の溶接構造物を構成する二相ステンレス鋼母材の組成及び組織の限定理由について説明する。なお本明細書において特に断りのない限り成分に関する%は質量%を表す。
【0026】
[必須元素]
Cは、ステンレス鋼の耐食性を確保するために、0.050%以下の含有量に制限する。0.050%を越えて含有させると熱間圧延時にCr炭化物が生成して、耐食性、靱性が劣化する。好ましくは、0.030%以下であり、さらに好ましくは0.025%以下にするとよい。
一方、ステンレス鋼のC量を低減するコストの観点から0.001%を下限とする。
【0027】
Siは、脱酸のため0.05%以上含有させる。好ましくは、0.10%以上、さらに好ましくは0.20%以上にするとよい。
一方、0.80%を超えて含有させると靱性が劣化する。そのため、0.80%以下にする。好ましくは0.50%以下、さらに好ましくは0.40%以下にするとよい。
【0028】
Mnはオーステナイト相を増加させ靭性を改善する効果を有する。また窒化物析出温度TNを低下させる効果を有する。母材及び溶接部の靱性のため0.10%以上含有させる。好ましくは0.30%以上、さらに好ましくは0.50%以上にするとよい。
一方、Mnはステンレス鋼の耐食性を低下する元素であるので、Mnを2.00%以下にするとよい。好ましくは1.80%以下、さらに好ましくは1.50%以下にするとよい。
【0029】
Crは、本発明鋼の基本的な耐食性を確保するため21.50%以上含有させる。好ましくは22.00%以上、さらに好ましくは23.00%以上にするとよい。
一方で、Crを、26.00%を超えて含有させるとフェライト相分率が増加し靭性及び溶接部の耐食性を阻害する。このためCrの含有量を26.00%以下とした。好ましくは25.00%以下、さらに好ましくは24.50%以下にするとよい。
【0030】
Niは、オーステナイト組織を安定にし、各種酸に対する耐食性、さらに靭性を改善するため3.00%以上含有させる。Ni含有量を増加することにより窒化物析出温度を低下させることが可能になる。好ましくは、4.00%以上、さらに好ましくは5.00%以上にするとよい。
一方、Niは高価な合金であり、省合金型二相ステンレス鋼を対象とした本発明鋼ではコストの観点より7.00%以下の含有量に制限する。好ましくは6.50%以下、さらに好ましくは6.00%以下にするとよい。
【0031】
Moは、ステンレス鋼の耐食性を高める非常に有効な元素であり、SUS316以上の耐食性を付与するために0.50%以上含有させる。好ましくは0.80%以上、さらに好ましくは1.00%以上にするとよい。
一方、Moは高価であるとともに、金属間化合物析出を促進する元素であり、本発明鋼では熱間圧延時の析出を抑制する観点と経済的観点からMo含有量は少ない方が好ましいので2.50%以下とする。好ましくは2.00%未満、さらに好ましくは1.80%以下、より好ましくは1.50%以下にするとよい。
【0032】
Nは、オーステナイト相に固溶して二相ステンレス鋼の強度、耐食性を高める有効な元素であるため、0.100%以上含有させる。好ましくは0.120%以上、さらに好ましくは0.150%以上にするとよい。
一方、固溶限度はCr含有量に応じて高くなるが、本発明鋼においては0.250%超含有させるとCr窒化物を析出して靭性及び耐食性を阻害するようになる。そのため、N含有量を0.250%以下とした。好ましくは0.230%以下、さらに好ましくは0.200%以下にするとよい。
【0033】
Alは、鋼の脱酸のための重要な元素であり、また本鋼の介在物の組成を制御するため、Ca及びMgとともに含有させる。Alは鋼中の酸素を低減するためにSiとあわせて含有させてもよい。Alは介在物の組成を制御し耐孔食性を高めるために0.003%以上含有させる。好ましくは0.005%以上にするとよい。
一方、AlはNとの親和力が比較的大きな元素であり、過剰に添加するとAlの窒化物を生じてステンレス鋼の靭性を阻害する。その程度はN含有量にも依存するが、Alが0.050%を超えると靭性低下が著しくなるためその含有量を0.050%以下にするとよい。好ましくは0.040%以下、より好ましくは0.030%以下にするとよい。
【0034】
[残部]
本発明の溶接構造物を構成する二相ステンレス鋼母材の化学組成において、残部は、Fe及び不純物である。ここで、不純物とは、前記鋼母材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、当該鋼に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。主な不純物としては、P、S、Oが挙げられるが、これに限定されず、他の元素も不純物として含有されうる。
【0035】
O(酸素)は、不純物であり、ステンレス鋼の熱間加工性、靱性、耐食性を阻害する元素であるため、できるだけ少なくすることが好ましい。そのため、O含有量は0.006%以下に限定する。また、酸素を極端に低減するには精錬に非常に大きなコストが必要となるため、経済性を考慮すると酸素量は0.001%以上あってもよい。
【0036】
Pは原料から不可避に混入する元素であり、熱間加工性及び靱性を劣化させるため、できるだけ少ない方が好ましく、0.050%以下に限定する。好ましくは、0.040%以下にするとよい。Pを極低量に低減するには、精錬時のコストが高くなる。このため、コストの見合いよりP量の下限を0.010%にするとよい。
【0037】
Sは原料から不可避に混入する元素であり、熱間加工性、靱性及び耐食性をも劣化させるため、できるだけ少ない方が好ましく、上限を0.0050%以下に限定する。好ましくは、0.0020%以下、更に好ましくは0.0010%以下にするとよい。Sを極低量に低減するには、精錬時のコストが高くなる。このため、コストの見合いよりS量の下限を0.0001%にしてもよい。
【0038】
[28.0≦PREN;オーステナイト量が30面積%以上~70面積%以下]
河川の淡水、汽水等の自然水の環境下では、微生物の活動により二相ステンレス鋼の自然電位が高くなる。自然電位が高い環境下ではCr濃度の僅かな低下であっても耐食性に大きな影響を及ぼす。このため、本発明鋼が適用される環境下では、二相ステンレス鋼を溶接してCr窒化物が析出した場合、Cr窒化物周囲のCr欠乏層が孔食の起点となる。
【0039】
一般に二相ステンレス鋼においてオーステナイト量は、フェライト量と等量に近い方が好ましい。フェライト過多の場合は靭性が低下し、Cr窒化物の析出が起こりやすくなる。一方、オーステナイト過多の場合は応力腐食割れ、熱間圧延中の耳割れが起きやすくなる。更にいずれの場合もフェライト相,オーステナイト相間の成分差が激しくなり、どちらかの相で耐食性が低下する。本発明では、本発明の成分系において上記課題が生じ難いオーステナイト量の下限を30面積%とし、上限を70面積%と規定する。
【0040】
また、二相ステンレス鋼の場合、溶接熱影響部の耐食性低下を考慮して、同等の耐食性を狙う場合にオーステナイト系ステンレス鋼より高めのPRENを確保することが望ましい。実験を行った結果、耐孔食性の指標である下記(1)で定義されるPRENが28.0未満になると、二相ステンレス鋼母材のオーステナイト量が30.0~70.0面積%であっても汽水環境下において溶接熱影響部でSUS316Lを下回る耐食性となった。
PREN=Cr+3.3Mo+16N・・・(1)
ただし、式(1)中における元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を示し、含有していない場合は0を代入する。
【0041】
汽水等の環境下で溶接金属に孔食を発生させないために、本発明に係る溶接構造物用の二相ステンレス鋼母材は、オーステナイト量が30.0~70.0面積%、かつ前記式(1)で定義されるPREN値が28.0以上とする。二相ステンレス鋼母材の好ましいPREN値の下限は、30.0である。
【0042】
但し、二相ステンレス鋼母材のPRENを高めるためにCr、Moの含有量を過大にすると合金コストの増加を招き、Nの含有量を過大にするとCr窒化物を析出して靭性及び耐食性を阻害する。そのため、本発明において、二相ステンレス鋼のPREN値は、35.0以下が好ましい。尚、二相ステンレス鋼母材のオーステナイト量の好ましい下限は40.0面積%であり、好ましい上限は60.0面積%である。
【0043】
本発明におけるオーステナイト量は、二相ステンレス鋼母材の場合、母材鋼板のt/4(tは板厚)に相当する位置から厚鋼板の圧延方向と平行な断面を採取し、樹脂に埋込み鏡面研磨し、KOH水溶液中で電解エッチングを行った後、光学顕微鏡観察により画像解析を行うことによってフェライト分率(面積%)を測定し、残りの部分をオーステナイト量とすることによって求める。
【0044】
また、溶接金属及び溶接熱影響部のオーステナイト量は、溶接部(溶接金属及び溶接熱影響部)とその近傍の母材を含むように試験片を採取し、前記二相ステンレス鋼母材の圧延方向断面を鏡面研磨したものを用いて、二相ステンレス鋼母材の場合と同様の手法にて、エッチング処理、光学顕微鏡による観察及び画像解析を行うことにより、溶接金属及び溶接熱影響部のそれぞれの金属組織中のオーステナイト量を測定する。
【0045】
[溶接金属の組成]
次に、本発明における溶接構造物に形成される溶接金属の成分組成の限定理由を以下に説明する。なお、以下に示す「%」は、特に説明がない限り「質量%」を意味するものとする。
【0046】
以下に説明する溶接金属の各成分含有量は、ソリッドワイヤまたはフラックス入りワイヤの何れかを用いて、上記二相ステンレス鋼母材の成分の溶接金属への希釈を考慮し、ワイヤ中の成分を調整することで所定範囲に調整できる。
【0047】
[必須元素]
Cは耐食性に有害であるが、強度の観点からある程度の含有が好ましいため、C含有量は0.001%以上である。また、その含有量が0.060%超では溶接のままの状態及び再熱を受けるとCはCrと結合してCr炭化物を析出し、耐粒界腐食性及び耐孔食性が著しく劣化するとともに、溶接金属の靱性、延性が著しく低下するため、その含有量を0.001~0.060%に限定した。
【0048】
Siは脱酸元素として添加されるが、0.05%未満ではその効果が十分でなく、一方、その含有量が0.80%超では延性低下に伴い、靱性が大きく低下するとともに、溶接時の溶融溶込みも減少し、実用溶接上の問題になる。したがって、その含有量を0.05~0.80%に限定した。
【0049】
Mnは脱酸元素として、及びNの溶解度を増加させる元素として添加するが、その含有量が0.10%未満では効果が十分でなく、一方、3.00%を越えて含有すると延性が低下するのでその含有量の下限を0.10とし、上限を3.00%に限定した。Mn含有量は、好ましくは2.00%以下にすると良い。
【0050】
Crはステンレス鋼の主要元素として不働態皮膜を形成し耐食性の向上に寄与する。汽水環境下で優れた耐食性を得るには21.50%以上を含有させる。一方、Cr含有量が多いほど汽水環境下での耐孔食性は向上するが、シグマ相(σ相)などの脆い金属間化合物が析出しやすくなるため靱性が低下する。また、Crはフェライト生成元素であるため、オーステナイト相を確保するには、Ni、Cu、Nも増量させる必要があり、溶接に用いるワイヤの製造性が低下するとともに製造コストも高くなるため、その含有量の上限を28.00%とした。好ましくは26.00%以下にすると良い。
【0051】
Niは中性塩化物環境での腐食に対し、顕著な抵抗性を与え、かつ、不働態皮膜を強化するため、Ni含有量は多いほど耐食性に有効である。また、Niはオーステナイト生成元素であり、オーステナイト相を生成・安定にする。前述の通り、溶接金属は特に冷却速度が大きくオーステナイト相が再析出し得る時間が限られること、局所的な成分低下を考慮する必要があること、更に靭性を確保する点から、Ni量を適宜増量することが望ましい。本発明では、溶接金属において十分なオーステナイト生成を確保するため、溶接金属がフェライト生成元素であるCrを21.50~28.00%含有する場合の相バランスの観点から、鋼母材よりもNi含有量を高めることが好ましく、溶接金属では下限を4.00%とし、上限を10.00%とした。なお、Ni含有量の上限10.00%の限定理由は、溶接に用いるワイヤの製造コストが高くなるためである。好ましくは6.00%以上にすると良い。
【0052】
Moは不働態皮膜を安定化して高い耐食性を得るのに極めて有効な元素であり、特に塩化物環境での耐孔食性向上は顕著である。更に溶接金属については、上記に加え成分偏析を生じることによる局所的耐食性低下を考慮する必要がある。実験の結果、1.00%未満では耐食性向上効果は不十分であることが判った。また、溶接金属中のオーステナイトの減少を補償するため、溶接金属中のMo含有量を鋼母材よりも高めることが好ましい。
但し、その含有量が3.50%を越えるとシグマ相など脆い金属間化合物を生成して溶接金属の靱性が低下するため、下限を1.00とし、上限を3.50%に制限する。好ましくは2.00%以上で、3.00%以下にするとよい。
【0053】
Nは強力なオーステナイト生成元素であり、塩化物環境下での耐孔食性を向上させる。0.080%以上で耐孔食性及び耐隙間腐食性を向上させ、含有量が多いほどその効果は大きい。一方、N含有量を多くすると、特に、0.250%を越えると溶接中にブローホールが発生しやすい。したがって、N含有量の下限は0.080%、上限は0.250%に制限する。好ましくは0.100%以上で、0.200%以下にするとよい。
【0054】
Alは脱酸元素として添加されるとともに溶滴移行現象を向上させる元素として添加されるが、0.001%未満ではその効果が十分でなく、一方、その過剰な添加はNと反応してAlNを形成し、靱性を阻害する。その程度はN含有量にも依存するが、Alが0.100%を越えると靱性低下が著しくなるため、その含有量の下限を0.001%とし、上限を0.100%に限定した。
【0055】
[残部]
本発明の溶接構造物に形成される溶接金属の化学組成において、残部は、Fe及び不純物である。ここで、不純物とは、前記鋼母材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、当該鋼に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。主な不純物としては、P、S、Oが挙げられるが、これに限定されず、他の元素も不純物として含有されうる。
【0056】
O、P、Sは溶接金属において不可避成分であり、以下の理由で少なく制限する。
【0057】
Oは酸化物を生成し、過剰な含有は靱性を著しく低下させるため、その含有量の上限を0.150%とした。
【0058】
Pは多量に存在すると凝固時の耐高温溶接割れ性及び靱性を低下させるので少ない方が好ましく、その含有量の上限を0.050%とした。
【0059】
Sも多量に存在すると耐高温割れ性、延性及び耐食性を低下させるので少ない方が好ましく、0.0200%を上限とした。
【0060】
[PREN≧30.0; オーステナイト量が15面積%以上70面積%以下]
河川の淡水、汽水等の自然水の環境下では、微生物の活動により二相ステンレス鋼の自然電位が高くなる。自然電位が高い環境下ではCr濃度の僅かな低下であっても耐食性に大きな影響を及ぼす。このため、本発明鋼が適用される環境下では、二相ステンレス鋼を溶接してCr窒化物が析出した場合、Cr窒化物周囲のCr欠乏層が孔食の起点となる。本発明者らは、溶接構造物の二相ステンレス鋼溶接部のオーステナイト量が15面積%未満となるか、70面積%超となる場合、SUS316Lを下回る耐食性となることを明らかにした。
【0061】
鋼母材と同様に、溶接金属においても、オーステナイト量はフェライト量と等量に近い方が好ましい。しかし、溶接熱影響部及び溶接金属は、オーステナイト相生成量が少なくなりがちであり、出来る限りのオーステナイト相増量を図ることに加え、溶接金属については、溶接熱影響部より更にオーステナイト量が低下する事を抑制すべく、鋼溶接用ワイヤ等の溶加棒によって成分を改善する。その上で、SUS316Lと比べて耐食性が低下する課題を生じないオーステナイト量として15面積%以上~70面積%以下と規定する。
【0062】
また、耐孔食性の指標であるPRENについて、溶接金属のPRENが30.0未満になると、溶接金属のオーステナイト量が15面積%以上70面積%以下であっても、成分偏析を生じることによって局所的に耐食性が低下して、汽水環境下において溶接金属でSUS316Lの耐食性を下回る。
【0063】
このため、溶接金属では、オーステナイト量が15面積%以上70面積%以下、かつ溶接金属のPRENが30.0以上とする。溶接金属のオーステナイト量の好ましい下限は18.0面積%、更に好ましい下限は20.0面積%である。溶接金属のオーステナイト量の好ましい上限は60.0面積%であり、更に好ましい上限は50.0面積%である。また、溶接金属のPREN値は、二相ステンレス鋼母材のPREN値よりも高いことが好ましい。しかし、溶接金属のPRENを高めるためにCr、Moの含有量を過大にすると合金コストの増加を招き、Nの含有量を過大にすると溶接中にブローホールが発生しやすくなる。そのため、本発明において、溶接金属のPREN値は、35.0以下が好ましい。
【0064】
また、ガスシールドアーク溶接及びタングステンアーク溶接において、本発明の溶接構造物の溶接部の耐食性を確保するために、溶接熱影響部も、溶接金属と同様に、オーステナイト量を15面積%以上70面積%とする。
【0065】
[二相ステンレス鋼母材及び溶接金属の任意添加成分]
さらに、本発明の溶接構造物を構成する二相ステンレス鋼母材及び溶接金属(以下、単に「本発明の溶接構造物の母材及び溶接金属」ともいう。)は、以下の元素のうち1種または2種以上を必要に応じて0%以上含有することができる。もっとも、これらの元素をいずれも含有しなくとも本発明の目的は達成できる。
【0066】
Nbは、Nと親和力が強く、クロム窒化物の析出速度をさらに低下する作用を有する元素である。このため、本発明の溶接構造物の母材及び溶接金属では0.005%を下限として含有しても良い。好ましくは0.010%以上、さらに好ましくは0.020%以上、より好ましくは0.030%以上にするとよい。
一方、Nbが0.150%を越えて含有させるとNbの窒化物が多量に析出し、靱性を阻害するようになることから、その含有量を0.150%以下と定めた。好ましくは0.090%以下、さらに好ましくは0.070%以下、より好ましくは0.050%以下にするとよい。
なお、Nbは高価な元素であるが、品位の低いスクラップに含有されるNbを積極的に利用することで、ステンレス溶解原料コストを安価にすることができる。このような方法により、Nb含有鋼の溶解コストの低減を図ることが好ましい。
【0067】
Tiは、Nとの間に非常に強い親和力があり、鋼中でTiの窒化物を形成するため、Tiを含有させる場合は非常に少量とすることが望ましい。0.020%を超えて含有させるとTiの窒化物により靱性を阻害するようになることから、その含有量を0.020%以下、好ましくは0.015%以下、さらに好ましくは0.010%以下にするとよい。Tiを含有する場合、その効果を得るため0.003%以上含有させるとよく、好ましくは0.005%以上、さらに好ましくは0.006%以上にするとよい。
【0068】
Taは、介在物の改質により耐食性を向上させる元素であり、必要に応じて含有してもよい。0.005%以上のTaの含有によって、効果が発揮されるため、Ta量の下限を0.005%以上として含有しても良い。Ta量が0.200%超の場合、常温延性の低下や靭性の低下を招くため、Ta量の上限は、好ましくは0.200%以下であり、より好ましくは0.100%以下である。少量のTa量で効果を発現させる場合には、Ta量を0.050%以下とすることが好ましい。
【0069】
Wは、Moと同様にステンレス鋼の耐食性を向上させる元素であり、含有してもよい。本発明鋼において耐食性を高める目的のために含有させてもよい。しかし、高価な元素であるので、1.00%以下にするとよい。好ましくは0.70%以下、さらに好ましくは0.50%以下にするとよい。添加する場合、好ましくは0.05以上含有するとよい。Wを含有する場合、その効果を得るため、W含有量は、0.01%以上とするとよく、好ましくは0.05%以上、さらに好ましくは0.10%以上にするとよい。
【0070】
Vは、Nと親和力があり、クロム窒化物の析出速度を低下する作用を有する元素である。このため、含有させてもよい。しかし、0.300%を越えて含有させるとVの窒化物が多量に析出し、靱性を阻害するようになることから、Vの含有量は0.300%以下、好ましくは0.250%以下、さらに好ましくは0.200%以下にするとよい。Vを含有する場合、その効果を得るため、V含有量は0.010%以上とするとよく、好ましくは0.030%以上、さらに好ましくは0.080%以上にするとよい。
【0071】
Ca及びMgは本発明鋼の介在物の組成を制御し、本発明鋼の耐孔食性と熱間加工性を高めるために添加される。Ca及びMgを添加する鋼では、0.0030%以上0.0500%以下のAlとともに溶解原料を用いて添加され、もしくは脱酸及び脱硫操業を通じてその含有量が調整され、Caの含有量を0.0005%以上、Mgの含有量を0.0001%以上に制御する。好ましくはCaを0.0010%以上、Mgを0.0003%以上、さらに好ましくはCaを0.0015%以上、Mgを0.0005%以上にするとよい。
【0072】
一方、Ca及びMgは、いずれも過剰な添加は逆に熱間加工性及び靭性を低下するため、Caについては0.0050%以下、Mgについては0.0050%以下に含有量を制御するとよい。好ましくはCaを0.0040%以下、Mgを0.0025%以下、さらに好ましくはCaを0.0035%以下、Mgを0.0020%以下にするとよい。
【0073】
Coは、鋼の靭性と耐食性を高めるために有効な元素であり、含有してもよい。Coは、1.00%を越えて含有させても高価な元素であるためにコストに見合った効果が発揮されないようになるため、1.00%以下含有するとよい。好ましくは0.70%以下、さらに好ましくは0.50%以下含有するとよい。Coを含有する場合、その効果を得るため、Co含有量は0.01%以上とするとよく、好ましくは0.03%以上、さらに好ましくは0.10%以上にするとよい。
【0074】
Cuは、ステンレス鋼の酸に対する耐食性を付加的に高める元素であり、かつ靭性を改善する作用を有するため、含有してもよい。Cuを3.00%超含有させると熱間圧延後の冷却時に固溶度を超えてεCuが析出し脆化するので3.00%以下含有するとよい。好ましくは1.70%以下、さらに好ましくは1.50%以下含有するとよい。Cuを含有する場合、0.01%以上、好ましくは0.33%以上、さらに好ましくは0.45%以上含有させるとよい。
【0075】
Bは、鋼の熱間加工性を改善する元素であり、必要に応じて含有させてもよい。また、Nとの親和力が非常に強い元素であり、多量に含有させるとBの窒化物が析出して、靱性を阻害するようになる。このため、その含有量を0.0050%以下、好ましくは0.0040%以下、さらに好ましくは0.0030%以下にするとよい。Bを含有する場合、その効果を得るため、B含有量は0.0001%以上とするとよく、好ましくは0.0005%以上、さらに好ましくは0.0014%以上にするとよい。
【0076】
REMは鋼の熱間加工性を改善する元素であり、その目的で0.005%以上含有させても良い。好ましくは0.010%以上、さらに好ましくは0.020%以上含有するとよい。一方で過剰な添加は逆に熱間加工性及び靭性を低下するため、REMは0.050%以下で含有するとよい。好ましくは0.040%以下、さらに好ましくは0.030%以下にするとよい。
ここでREMはLaやCe等のランタノイド系希土類元素の含有量の総和とする。
【0077】
Zr、Hf、Snは粒界に偏析して溶接時の結晶粒の粗大化を抑制する。また、Zr、Hfは、熱間加工性や鋼の清浄度を向上ならびに耐酸化性改善に対しても、従来から有効な元素である。Snは表面近傍に濃化してCrの酸化を抑制する。
【0078】
これらの効果を得るため、Zr:0.001%以上、Hf:0.001%以上、Sn:0.005%以上を含有しても良い。本発明の溶接構造物は、その溶接金属部が、Ni、Cu、Mo、Wの元素群の代わりに、Zr、Hf、Snの元素群のうちの少なくとも1種の元素を前述の含有量の範囲で含有しても良い。
【0079】
一方、これらの元素の過度な添加は粒界強度低下による粒界破壊を助長するため、Zr:0.050%以下、Hf:0.080%以下、Sn:0.100%以下とする。
【0080】
[フェライト単相化温度]
本発明において、二相ステンレス鋼母材の成分は以下の式(2)を満たすことが好ましい。
Tα=1455-13.6Cr+22.7Ni-11.2Mo+2.1Mn+781.8N≧1330・・・(2)
Tαは二相ステンレス鋼母材を加熱した際に、オーステナイトが消失しフェライト単相となる温度(以下、「フェライト単相化温度」という。単位は℃である。)を推定する成分式である。このフェライト単相化温度が低いと、溶接時に長時間フェライト単相域に晒されることになり、フェライト相の粗大化が助長され、溶接熱影響部の靭性が低下する。実験の結果、Tαが1320℃を下回ると極端に熱影響部の靭性が低下することを見出したため、1330℃以上とした方が好ましい。より好ましくは1340℃以上である。
この式は、サーモカルク社の熱力学計算ソフト「Thermo-Calc 」(登録商標) を用いた平衡計算により求め、実験により修正した。
【0081】
[クロム窒化物析出温度とN量]
本発明において、二相ステンレス鋼母材及び溶接金属のN量は、以下の式(3)を満たすことが好ましい。
N≧(0.08Cr+0.08Mo-0.06Ni-1.21)/0.6×0.15・・・(3)
ただし、式(3)中における元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を示し、含有していない場合は0を代入する。
【0082】
式(3)は、本発明における、溶接熱影響部及び溶接金属のオーステナイト量の下限をそれぞれ15%とした時に、溶接熱影響部及び溶接金属のオーステナイト相に固溶して二相ステンレス鋼の強度、耐食性の向上に有効に作用する量を、主要元素であるCr,Ni,Mo含有量から推定する式である。
【0083】
二相ステンレス鋼のオーステナイト量を推定する成分式は、例えば特許文献1に記載のNi-bal.等多数あるが、これらはいずれも溶体化熱処理された鋼材のオーステナイト量を推定するものである。この場合、フェライト相にCr、Mo、オーステナイト相にNi,Nが分配濃化してそれぞれの相を形成する。
【0084】
溶接熱影響部及び溶接金属の場合、加熱時に一旦フェライト単相となり、その後冷却時にオーステナイト相が生成する。実験の結果、溶接熱影響部及び溶接金属が冷却される際にはCr,Ni,Moはオーステナイト相にほとんど濃化せず、Nのみがオーステナイト相に濃化することによってオーステナイト相を形成することが分かった。また、前記冷却の際にオーステナイト相に濃化するN量はおおよそCr,Ni,Moの量によって変化し、オーステナイト生成元素のNiが高い場合は少ないN量となり、Cr,Moが高い場合では生成したオーステナイト相のN量が増加することが分かった。前記知見から、Nの濃化量が少ない場合は、溶接熱影響部及び溶接金属に含まれるNi量を増やすことによって、少ないN量で多量のオーステナイトを生成することが出来ると見込まれる。
【0085】
本発明の溶接構造物を構成する二相ステンレス鋼母材の材質に対して、主に影響する析出物はクロム窒化物である。
クロム窒化物は、CrとNが結合した析出物であり、二相ステンレス鋼においては立方晶のCrNまたは六方晶のCrNがフェライト粒内もしくはフェライト粒界に析出することが多い。これらのクロム窒化物が生成すると、衝撃特性を低下させるとともに、析出にともなって生成するクロム欠乏層により耐食性が低下する。
【0086】
このようなクロム窒化物の熱間圧延中における析出に関する指標となるクロム窒化物析出温度TNは、以下の手順により実験的に求められる特性値である。
(1) 10mm厚の供試鋼を、熱延後一旦1050℃×20分の熱処理を行ったのち800~1100℃の任意の温度で20分間均熱処理を行い、その後5秒以内に水冷を行う。
(2) 冷却後の供試鋼表層を#500研磨する。
(3) 3g試料を分取し、室温の非水溶液(3%マレイン酸と、1%テトラメチルアンモニウムクロライドとを含み、残部がメタノール)中で電解(100mV定電圧)してマトリックスを溶解する。
(4) 0.2μm穴径のフィルターで残渣(すなわち、析出物)を濾過し、析出物を抽出する。
(5) ICPを用いて、残渣の化学組成を分析し、前記残渣に含有されるクロム含有量(質量%)を求める。この残渣中のクロム含有量をクロム窒化物の析出量の指標とする。
(6) (1)の均熱処理温度を種々変化させ、残渣中のクロム含有量が0.03%以下となる均熱処理温度のうちの最低温度をTNとする。
【0087】
TNが低いほどクロム窒化物の析出する温度域が低温側に限定されるため、クロム窒化物の析出速度や析出量が抑制され、二相ステンレス鋼母材の耐食性が維持される。
【0088】
そのため、本発明の溶接構造物を構成する二相ステンレス鋼母材は、Nbを含有する場合、クロム窒化物析出温度TNが1010℃以下であり、Nbを含有しない場合、クロム窒化物析出温度TNが980℃以下であることが好ましい。
【0089】
前述したクロム窒化物析出温度TNは、下記式(4)又は式(5)を用いて推定しても良い。
8Cr-20Ni+30Mo+50Si-10Mn+550N+730(二相ステンレス鋼母材がNbを含有する場合)・・・(4)
8Cr-20Ni+30Mo+50Si-10Mn+550N+700(二相ステンレス鋼母材がNbを含有しない場合)・・・(5)
ただし、式(4)、(5)中における元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を示し、含有していない場合は0を代入する。
【0090】
[本発明の溶接構造物の製造方法]
次に、本発明の溶接構造物の製造方法について説明する。
[二相ステンレス鋼母材の製造方法]
【0091】
水門等に用いられる鋼材は例えば20mmや50mmといった、厚手のものが用いられることが多い。これら二相ステンレス鋼を製造する場合、母材の衝撃値が低下しその結果熱影響部では更に靭性が低下し問題となることがある。その現象を回避するためには、前述した二相ステンレス鋼母材の組成を有する熱延用素材を、下記式(6)で示す圧減比が3.0以上、かつ下記式(7)で示す1050℃以下の圧下率30%以上となるように熱間圧延することにより、適正なひずみを加え微細な組織とすることが有効である。
熱延用素材の厚さ/本発明の溶接構造物の二相ステンレス鋼母材の厚さ・・・(6)
(1050℃以下に到達した時の厚さ-本発明の溶接構造物の二相ステンレス鋼母材の厚さ)/1050℃以下に到達した時の厚さ×100・・・(7)
なお、「1050℃以下に到達した時の厚さ」とは、熱間圧延中に前記熱延用素材の表面温度を逐次測定し、1050℃以下に到達した際の厚さを測定して求める。
【0092】
また、二相ステンレス鋼において耐食性を低下させる金属間化合物やクロム窒化物を消失させるため、熱間圧延鋼板を、クロム窒化物析出温度(TN)+20℃以上1100℃以下で5分以上熱処理する。熱処理温度がTN+20℃未満であるか、熱処理時間が5分未満であると、熱間圧延によって析出したクロム窒化物が固溶せず、靭性,耐食性を損なう。また、熱処理温度が1100℃超であると、フェライト量が過多になる恐れがある。この熱処理は、熱間圧延工程から連続的に行っても良く、また、熱間圧延鋼板の冷却後、冷却された鋼板を再加熱することによって行っても良い。
【0093】
[溶接工程]
本発明では、優れた靱性と海水環境下での耐食性を有する溶接部を形成するために溶接金属を形成する際の溶接条件について以下のように限定するのが好ましい。
【0094】
本発明の溶接金属は、ガスシールドアーク溶接またはタングステンアーク溶接の何れの方法を用いて形成することができるが、溶接入熱量Q、母材希釈率Dを以下の理由から規定するのが好ましい。
【0095】
[溶接入熱量Q]
Cr、Moを含有する二相ステンレス鋼は、約700℃~900℃の温度域に保持されると、靭性に有害なシグマ相などの脆い金属間化合物が析出し、耐食性、靱性が著しく低下する。また、同様に耐食性、靭性に有害なCr窒化物は、約600℃から800℃の温度域で析出する。溶接金属は、凝固後の冷却過程において900℃~600℃を通過する時間が長くなると、シグマ相もしくはCr窒化物が多量に析出する。また、多層パス溶接により形成された溶接金属では、前層パスが後続パスによる熱サイクルを受け、600℃~900℃の温度域となる時間が長くなる場合も同様である。
【0096】
本発明では、上述したように二相ステンレス鋼母材及び溶接金属の成分組成を規定することにより、シグマ相などの金属間化合物及びCr窒化物の析出を抑え、靱性,耐食性に優れた二相ステンレス鋼母材及び溶接金属からなる溶接構造物が得られる。しかし、ガスシールドアーク溶接またはタングステンアーク溶接において、溶接入熱量Qが50,000J/cm超と過大になると、後述の母材希釈率が高くなるうえ冷却速度が小さくなり、900℃~600℃の冷却時間が長くなって、シグマ相などの金属間化合物やCr窒化物が析出し、耐食性、靱性が低下する危険性がある。このため、溶接構造物の耐食性、靱性を安定して確保するために、溶接構造物の製造条件、つまり溶接時の溶接入熱量は、50,000J/cm以下に限定するのが好ましい。
【0097】
尚、溶接入熱量Q(J/cm)は、以下の式(8)で定義される。
Q(J/cm)=[溶接電流(A)]×[溶接電圧(V)]÷[溶接速度(cm/s)]・・・(8)
【0098】
一方、溶接入熱量が5,000J/cm未満と過小になると、冷却速度が大きくなり、本発明のような成分規定を行ってもオーステナイト析出量が過少となる。
【0099】
[母材希釈率D]
本発明では、溶接金属の耐食性及びオーステナイト量を確保するために、溶接金属は、二相ステンレス鋼母材に対して、Mo含有量及びNi含有量、PRENの少なくとも1種が高いことが好ましい。しかしながら、母材による希釈率が高すぎると、適正な溶加棒を使用しても母材の混合が大きく、狙いの成分を得難くなる。つまり溶接条件として、溶接時の母材希釈率は、50%以下に限定するのが好ましい。母材希釈率Dは、以下の式で定義される。
D=[二相ステンレス鋼母材の溶融体積]/[全溶接金属体積]×100・・・(9)
【0100】
なお、本発明の溶接構造物は、適切な溶加棒及び溶接入熱制御を行う前提で、サブマージアーク溶接、プラズマ溶接等でも製造することができる。さらに、当該製造方法は、溶接構造物の製造に適用するだけではなく、それら構造物の補修溶接あるいは肉盛りなどにも適用できる。
【0101】
本発明では、上述のように成分含有量を規定した二相ステンレス鋼母材と溶接金属からなる溶接構造物を製造する際に、上述した溶接条件にて溶接を行うことにより、優れた靱性と汽水環境下での耐食性が確保された溶接金属を有する溶接構造物が安定して得られる。
【0102】
[50℃で測定したJIS G0577 A法による溶接部の孔食電位が0.30V vs SSE以上]
本発明の溶接構造物は、溶接金属及び熱影響部とを含む溶接部について50℃で測定したJIS G0577 A法による孔食電位が0.30V vs SSE以上になる。このように、本発明の溶接構造物は、汽水環境においてSUS316Lと同等以上の耐食性を有する。
【0103】
[溶接構造物の靭性]
本発明の溶接構造物を構成する二相ステンレス鋼母材は、JIS Z 2202に規定されたシャルピー衝撃試験方法により測定されたシャルピー衝撃値が、-20℃で100J/cm以上である。
また、本発明の溶接構造物の溶接熱影響部及び溶接金属は、JIS Z 2202に規定されたシャルピー衝撃試験方法により測定されたシャルピー衝撃値が、いずれも-20℃で50J/cm以上である。
【実施例
【0104】
以下、実施例にて本発明を説明する。尚、以下の実施例において、便宜上、同一の鋼母材で構成された突き合わせ型の継手に基づいて本発明例が説明されるが、本発明に係る溶接構造物は、図示された構造に限定されない。本発明に係る溶接構造物は、突合せ継手だけでなく、T継手、十字継手、重ね継手等の一般の溶接継手の構造を有することができ、互いに異なる種類の溶接継手が組み合わされた構造を有していても良い。また、鋼母材が本発明の範囲を逸脱しない限りにおいて、本発明に係る溶接構造物は、鋼組成及び金属組織のうち少なくとも一種が異なる鋼母材が溶接された構造であっても良い。
【0105】
鋼No.24を除き、表1-1、表1-2に示す成分を有する二相ステンレス鋼を実験室の50kg真空誘導炉によりMgOるつぼ中で溶製し、扁平鋼塊に鋳造した。この扁平鋼塊の表面が平滑になるように前記扁平鋼塊を研削して約100mmの熱延用素材を作成した。前記熱延用素材を1180℃の温度に1~2h加熱後、1050℃以下の圧下率が35%となるように圧延し、板厚12mm×約700mm長の熱間圧延厚鋼板を得た。なお熱間圧延直後の温度が800℃以上の状態から200℃以下までスプレー冷却を実施した。その後、冷却された前記鋼板を加熱して1050℃×20分均熱する熱処理を行い、前記熱処理後に鋼板を水冷した。
【0106】
表1-1、表1-2のTα(℃)は、前記式(2)で定義される温度の値であり、「(3)式の値」は、前記式(3)で定義されるN量であり、「TN推定値(℃)」は、前記式(4)又は式(5)で定義される温度の値である。表1-1、表1-2に示すTN実測値は、各鋼母材のクロム窒化物析出温度の実測値であり、鋼No.24以外の各鋼母材から10mm厚の供試鋼を切り出し、前述した手順にて、前記切り出された供試鋼を均熱処理、均熱処理後の供試鋼からの析出物の抽出を行い、前記析出物中のクロム含有量が0.03%以下となる均熱処理温度のうちの最低温度を求めることにより測定した。
【0107】
表1-1及び表1-2において、鋼No.1~8は、表3及び表5に示される通り、本発明例の溶接構造物No.51~61を構成する二相ステンレス鋼母材である。
【0108】
鋼No.9~25は、比較例の溶接構造物No.62~73、81、84~88を構成する二相ステンレス鋼母材である。鋼No.9~17、20、21、24は、本発明の溶接構造物の鋼母材の成分組成の要件を満たさない鋼母材であり、鋼No.13、15、21はPREN値が本発明の溶接構造物の鋼母材の要件を満たさない二相ステンレス鋼母材である。鋼No.18は、N量が前記式(3)を満たさない二相ステンレス鋼母材である。鋼No.19は、フェライト量が過多となり、オーステナイト量が不十分になった二相ステンレス鋼母材である(表3、表5の溶接構造物No.73)。鋼No.22は、オーステナイト量が過多になった二相ステンレス鋼母材である(表3、表5の溶接構造物No.85)。鋼No.24は、市販品のSUS316Lで形成された12mm厚×約700mm長のステンレス鋼母材である。
【0109】
表1-1、表1-2の鋼No.1~25を鋼母材11a、11bとして、図1に示すように、開先角度を片側90°片側35°、ルート間隔4mmの開先を作成した。図1において、鋼母材11a及び11bは同一の鋼No.の鋼母材である。
【0110】
表2-1及び表2-2には、前記溶接構造物No.51~88を製造するために用いられた鋼溶接用ワイヤのNo.31~43の成分組成を示す。なお、ワイヤ径は1.2mmφである。前記溶接構造物No.51~88は、図1に示す突き合わせ型の溶接継手1であり、これらの溶接ワイヤを用いて、表1-1、表1-2の鋼No.1~25の鋼母材を当該鋼母材の裏面に裏当て金2を添え当てつつ突き合わせて溶接することにより製造した。溶接の条件は、表3に示す通りである。尚、ガスシールドアーク溶接(GMAW)の場合は、溶接電流:150~200A、アーク電圧:23~31V、溶接速度:5~40cm/min、CO2シールドガス流量:20リットル/minの条件で、溶接継手1を作製した。また、タングステンアーク溶接(GTAW)の場合は、溶接電流:180~220A、アーク電圧:11~14V、溶接速度:15~25cm/min、100%Arシールドガス流量:15リットル/minの条件で、溶接継手1を作製した。
【0111】
【表1-1】
【0112】
【表1-2】
【0113】
【表2-1】
【0114】
【表2-2】
【0115】
表3に、溶接構造物No.51~88の製造に使用した鋼母材と溶接ワイヤの組み合わせ、溶接方法、溶接入熱量を示す。なお、表3に示す溶接方法は、GMAWがガスシールドアーク溶接、GTAWがタングステンアーク溶接を示す。
【0116】
【表3】
【0117】
表4-1~表4-3は、表3の条件により形成された溶接金属12の組成、母材希釈率、PREN及び前記式(3)で定義されるN量(質量%)(「式(3)の値」)、前記式(4)又は式(5)から推定される温度(表4の項目「TN推定値(℃)」)を示す。
【0118】
尚、表4-1~表4-3において、空欄は、該当する成分が添加されていないことを示す。また、下線は、本発明の溶接構造物を構成する溶接金属の組成の範囲外であることを示す。
【0119】
【表4-1】
【0120】
【表4-2】
【0121】
【表4-3】
【0122】
溶接構造物No.62は、本発明例の溶接構造物No.61と同じ鋼母材及び鋼溶接用ワイヤを用いて製造したが、溶接時に油等が溶接部分に混入したため、溶接金属の炭素含有量が過剰になった。
【0123】
また、表3に示される溶接構造物No.51~88から、溶接熱影響部及び溶接金属を全て含むように、前記溶接熱影響部及び溶接金属近傍の鋼母材から孔食試験片を採取し、50℃の3.5%NaCl溶液中にて孔食電位の測定をJIS G0577に規定される方法に準拠して実施した。
【0124】
更に、溶接構造物No.51~86、No.88のそれぞれから、表層から板厚の1/4の深さにおいて、溶接継手の鋼母材、溶接熱影響部(溶接線から0.1mm外側)および溶接金属部がノッチ試験片のノッチ部分に対応するように、圧延直角方向にJIS Z 2202に規定シャルピー衝撃試験方法に基づいてVノッチ試験片を採取した。これらのVノッチ試験片のそれぞれに対して、試験温度-20℃でシャルピー衝撃試験を実施した。前記孔食電位及び前記シャルピー衝撃試験の結果を表5に示す。
【0125】
また、溶接構造物No.51~86、No.88の二相ステンレス鋼母材、溶接金属及び溶接熱影響部のそれぞれの金属組織に含有されるオーステナイト量は、前述した方法により測定した。その結果を表5に示す。溶接構造物No.51~86、88のそれぞれの金属組織は、表5に示されたオーステナイト相面積率(%)を含み、残部がフェライトである。
【0126】
表5の下線は、本発明の範囲外であることを示す。溶接構造物No.87は、市販品のSUS316Lを用いて製造されたものであり、オーステナイト相面積率及びシャルピー衝撃値の測定を省略した。
【0127】
表5から、本発明例No.51~61は、SUS316Lと同等以上の十分な耐食性を有することが分かる。また、本発明例No.51~61は、二相ステンレス鋼母材のシャルピー衝撃値が-20℃で100J/cm以上であり、且つ、溶接熱影響部及び溶接金属のシャルピー衝撃値が-20℃で50J/cm以上である。このように、本発明例No.51~61は、優れた耐食性に加えて、優れた靭性を有することが分かる。
【0128】
比較例の溶接構造物No.86は、溶接金属のPREN値が30.0未満になったために、耐食性がSUS316Lに達していない。
【表5】
【0129】
表6-1の製造条件にて、表1-1、表1-2の二相ステンレス鋼No.1、3、5と同一組成の熱間圧延厚鋼板(鋼母材No.1、3、5)を得た。「圧減比」は、前記式(6)で定義される値であり、「1050℃以下の圧下率」は、前記式(7)で定義される値である。「TN(℃)(実測値)」は、表1-1及び表1-2の鋼No.1~8等の二相ステンレス鋼母材と「TN(℃)(実測値)」と同様の方法にて測定した。なお、表6-1の製造条件以外の製造条件は、表1-1及び表1-2の鋼No.1~8等の二相ステンレス鋼母材の製造条件と同じとした。次いで、前記鋼母材No.1、3、5を用いて、表2の鋼溶接用ワイヤNo.31を用いて、表6-1に示す条件にて溶接構造物No.101~107を製造した。溶接構造物No.101~107の製造条件は、表6-1の製造条件を除いて、前記溶接構造物No.51~86、No.88と同じである。
【0130】
溶接構造物No.101~107のそれぞれについて、前記溶接構造物No.51~86等と同様の方法でシャルピー衝撃試験及び孔食電位の測定を実施した。その結果を表6-2に示す。尚、表6-2の下線は、本発明の範囲外であることを示す。
【0131】
【表6-1】
【表6-2】
【0132】
溶接構造物No.1、5は本発明の製造方法により製造されているので、シャルピー衝撃値が100J/cm超であった。これに対して、比較例のNo.2、3、6、7は、シャルピー衝撃値が100J/cm未満であり、比較例の溶接構造物No.4は、耐食性が低かった。
【産業上の利用可能性】
【0133】
本発明によれば、河川の河口付近の水門のような汽水環境においてSUS316Lと同等以上の十分な耐食性を有し、更に高強度による軽量化を図れることから、大幅なコスト削減,高効率化に寄与する事が出来、産業面、環境面に寄与するところは極めて大である。
【符号の説明】
【0134】
1 溶接継手
11a 鋼母材
11b 鋼母材
12 溶接金属12
図1