(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-28
(45)【発行日】2024-07-08
(54)【発明の名称】発酵調味料の製造方法
(51)【国際特許分類】
A23L 27/24 20160101AFI20240701BHJP
A23L 27/50 20160101ALI20240701BHJP
【FI】
A23L27/24
A23L27/50 B
(21)【出願番号】P 2020038429
(22)【出願日】2020-03-06
【審査請求日】2023-01-13
(73)【特許権者】
【識別番号】590002389
【氏名又は名称】静岡県
(74)【代理人】
【識別番号】100205914
【氏名又は名称】堀越 総明
(74)【代理人】
【識別番号】100162189
【氏名又は名称】堀越 真弓
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 資之
【審査官】手島 理
(56)【参考文献】
【文献】特開昭59-154959(JP,A)
【文献】特開2006-254828(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第102987334(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒスチジンを含有する原料に
プロテアーゼと乳酸菌を添加し、
食塩と炭水化物資材は添加せずに、該乳酸菌存在下で前記原料を該
プロテアーゼにより
40~55℃でプロテアーゼ処理する酵素処理工程と、
前記プロテアーゼ処理された原料を
10~15℃で乳酸菌発酵する発酵工程と、を有することを特徴とする発酵調味料の製造方法。
【請求項2】
ヒスチジンを含有する原料に酵素と乳酸菌を添加し、該乳酸菌存在下で前記原料を該酵素により酵素処理する酵素処理工程と、
酵素処理された原料を加熱処理する加熱殺菌工程と、
さらに乳酸菌を接種する乳酸菌接種工程と、
前記接種された乳酸菌により乳酸菌発酵する発酵工程と、を有することを特徴とする発酵調味料の製造方法。
【請求項3】
前記酵素処理工程において添加された乳酸菌と、前記乳酸菌接種工程において接種された乳酸菌とは、同じ乳酸菌であることを特徴とする請求項2に記載の発酵調味料の製造方法。
【請求項4】
前記乳酸菌は、ラクトバチルス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)、ラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis)及びラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)からなる群より選択された少なくとも1種の乳酸菌であることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の発酵調味料の製造方法。
【請求項5】
前記乳酸菌発酵工程における発酵温度を10~15℃とすることを特徴とする請求項
2~4のいずれか1項に記載の発酵調味料の製造方法。
【請求項6】
前記酵素処理工程で添加される前記酵素はプロテアーゼであり、
酵素処理時間は6時間以上とすることを特徴とする請求項
2~5のいずれか1項に記載の発酵調味料の製造方法。
【請求項7】
前記ヒスチジンを含有する原料が、カツオ、サバ、マグロ、サンマ、アジ及びイワシからなる群より選択された少なくとも1種の魚であることを特徴とする請求項1~6のいずれか1項に記載の発酵調味料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒスチジンを含有する原料、主に魚介類の内臓や魚肉を原料とした発酵調味料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、食のグローバル化や嗜好の多様化により、醤油・味噌等の主要な調味料だけでなく、多種多様な調味料が求められている。特に、魚介類を発酵させて得られる調味料、いわゆる「魚醤」は、魚介類を原料とすることから、濃厚な旨味を有する調味料として知られている。
【0003】
伝統的な魚醤は、原料である魚介類の腐敗を防ぐために、原料に20~30重量%もの大量の食塩を添加してよく混合した後、これを数カ月以上保存して発酵させることによって製造されている。すなわち、高濃度の食塩存在下で雑菌の繁殖を防ぎつつ、原料中のタンパク質等を、自己消化酵素及び環境中の微生物又は魚介類に内在する微生物がゆっくりと分解していくことによって魚醤が作られる。従って、伝統的な製法では、魚醤に含まれる塩分濃度が非常に高くなり、塩味が強いことから調味料として使用できる量が限定されてしまうこと、及び、魚醤が出来上がるまでの製造期間が長いという問題点があった。
【0004】
そこで、特許文献1では、低塩分で、比較的短期間で製造することができる魚醤の製造方法として、魚介類を加熱殺菌した後、エキス分及びタンパク質等を抽出し、この抽出液にタンパク質分解酵素を作用させて濃縮した後、酵母と乳酸菌とを加えて20~30日間発酵する方法が提案されている。
【0005】
他方、魚介類を原料とする加工食品の製造にあたっては、魚介類を加工処理している間に、ヒスタミン生成菌が繁殖してヒスタミンが生成され、加工食品中にアレルギー様食中毒の原因となるヒスタミンが高濃度に蓄積される場合があることが知られている。魚介類、特にカツオ、サバ及びマグロといった青魚にはヒスタミンの前駆物質となる遊離ヒスチジンが多く含まれており、ヒスタミン生成菌も魚介類の体内及び海水中に常在している。それゆえ、青魚を原料とし、加工期間も長期間である魚醤は製品中のヒスタミン濃度が高くなりやすい。2020年6月から施行される食品衛生法の改正においては、HACCPに沿った衛生管理の制度化が盛り込まれており、ヒスタミンの管理が課題となっている。たとえば、国際的な食品規格であるCODEX規格では、魚醤についてはヒスタミン濃度400mg/kg以下、魚加工食品の缶詰等についてはヒスタミン濃度200mg/kg以下とのリスク管理における基準値が定められている。
【0006】
そこで、特許文献2では、ヒスタミン含量を低減することができる魚醤の製造方法として、原料となる魚介類をクエン酸等の酸類で数日間処理した後、食塩10重量%と米麹を添加して数カ月発酵熟成する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平5-199848号公報
【文献】特開2007-151430号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Enache, E. et al., “Heat resistance of histamine-producing bacteria in irradiated tuna loins.” J. Food Prot., 2013年, Vol.76, No.9, p.1608-1614
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1に記載された魚醤の製造方法では、低塩分の魚醤を1カ月程度で製造することができるが、製造工程中のヒスタミン生成の抑制等については検討されていない。特許文献1における製造方法では、原料の魚介類は加熱殺菌されているものの、ヒスタミン生成菌にはMorganella morganii、Klebsiella oxytoca、Klebsiella pneumoniae、Photobacterium damselae等の様々な菌種が存在しており、この中には耐熱性を有する菌も報告されている(非特許文献1)。それゆえ、加熱殺菌後に行われる、エキス分及びタンパク質の抽出工程や、タンパク質分解酵素を作用させる工程等において、時間の経過と共にヒスタミン生成菌が繁殖し、ヒスタミンが生成する懸念を有する。
【0010】
他方、特許文献2に記載された魚醤の製造方法では、製造工程中におけるヒスタミン生成が抑制されることが記載されているが、酸類で処理した後の発酵工程においては、食塩が10重量%添加されている。これは、伝統的製法で使用される食塩の量(20~30量%)と比較すると低減されてはいるものの、さらに、食塩の量を低減することが求められている。
【0011】
したがって、本発明は上述した点に鑑みてなされたもので、その目的は、食塩を実質的に添加せずに、ヒスチジンを含有する原料からのヒスタミン生成を抑制し、発酵調味料中のヒスタミン濃度を低濃度に管理できる発酵調味料の製造方法を提供することにある。
【0012】
また、本発明の他の目的は、発酵調味料を短期間で製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するため、本発明の発酵調味料の製造方法は、ヒスチジンを含有する原料に酵素と乳酸菌を添加し、乳酸菌存在下で原料を酵素により酵素処理する酵素処理工程と、酵素処理された原料を乳酸菌発酵する発酵工程と、を有している。
【0014】
酵素処理工程において酵素と乳酸菌を添加し、乳酸菌が優占的に存在するようにしながら酵素処理を行うことにより、食塩を添加しない状態でも、酵素処理中の原料からのヒスタミン生成が抑制される。また、この酵素処理により原料の分解が促進され、発酵調味料の製造にかかる期間が短縮される。さらに、酵素処理後の原料を乳酸菌発酵する工程においても、食塩が添加されていないので乳酸菌の増殖が妨げられず、乳酸菌が迅速に優占種となって増殖するため、ヒスタミン生成が抑制されると共に発酵も促進される。
【0015】
また、本発明の発酵調味料の製造方法は、ヒスチジンを含有する原料に酵素と乳酸菌を添加し、乳酸菌存在下で原料を酵素により酵素処理する酵素処理工程と、酵素処理された原料を加熱する加熱殺菌工程と、さらに乳酸菌を接種する乳酸菌接種工程と、接種された乳酸菌により乳酸菌発酵する発酵工程と、を有している。
【0016】
酵素処理工程において酵素と乳酸菌を添加し、乳酸菌が優占的に存在するようにしながら酵素処理を行うことにより、食塩を添加しない状態でも、酵素処理を行っている間、原料からのヒスタミン生成が抑制される。また、この酵素処理により原料の分解が促進され、発酵調味料の製造にかかる期間が短縮される。そして、酵素処理された原料を加熱殺菌することにより、酵素が失活すると共に乳酸菌も殺菌されるが、同時に優占種ではない他の雑菌やヒスタミン生成菌も一定程度殺菌される。これにより、引き続いて行う乳酸菌発酵において、ヒスタミン生成菌の増殖及びヒスタミンの生成活動をより確実に抑制することができる。加熱殺菌工程後に乳酸菌が再び接種されるところ、加熱殺菌前にも乳酸菌が生育していたため、乳酸菌に馴化された環境となっており、再添加した乳酸菌が迅速に増殖される。そして、新たに接種された乳酸菌により乳酸菌発酵する工程においても、食塩が添加されていないので乳酸菌の増殖が妨げられず、乳酸菌が迅速に優占種となって増殖するため、ヒスタミン生成が抑制されると共に発酵も促進される。
【0017】
なお、本明細書において、殺菌とは、全ての微生物を死滅させることではなく、一定程度の数の微生物を死滅させて、害がない程度まで微生物の数を減少させることをいう。
【0018】
また、本発明の発酵調味料の製造方法は、酵素処理工程において添加された乳酸菌と、乳酸菌接種工程において接種された乳酸菌とは、同じ乳酸菌であることも好ましい。これによって、加熱殺菌前にその乳酸菌が生育していた環境に対し、同じ乳酸菌を接種することから、より馴化された環境となっており、接種した乳酸菌が迅速に増殖される。
【0019】
また、本発明の発酵調味料の製造方法は、乳酸菌が、ラクトバチルス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)、ラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis)及びラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)からなる群より選択された少なくとも1種の乳酸菌であることも好ましい。これにより、本発明の発酵調味料を製造する際に利用される乳酸菌として好適なものが選択される。
【0020】
また、本発明の発酵調味料の製造方法は、乳酸菌発酵工程における発酵温度を10~15℃とすることも好ましい。これにより、ヒスタミン生成がより確実に抑制されると共に得られる発酵調味料の香りも向上する。
【0021】
また、本発明の発酵調味料の製造方法は、酵素処理工程で添加される酵素はプロテアーゼであり、酵素処理時間は6時間以上とすることも好ましい。これによって、原料がプロテアーゼによりアミノ酸に分解されるため、旨味が増大する。また、酵素処理時間を6時間以上とすることにより、添加した乳酸菌が確実に増殖し、優占的に存在するようになるため、他の雑菌及びヒスタミン生成菌の繁殖が抑制され、ヒスタミン生成が抑制される。
【0022】
また、本発明の発酵調味料のヒスチジンを含有する原料は、カツオ、サバ、マグロ、サンマ、アジ及びイワシからなる群より選択された少なくとも1種の魚であることも好ましい。これにより、発酵調味料の原料として好適なものが選択される。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、以下のような優れた効果を有する発酵調味料の製造方法を提供することができる。
(1)カツオやサバのようなヒスチジンを多く含む魚介類を原料としても、食塩を使用せずに、ヒスタミン生成を抑制することができ、発酵調味料のヒスタミン濃度を低濃度に管理することができる。
(2)原料の酵素分解処理と乳酸菌発酵処理とを併用すると共に、食塩を使用していないために乳酸菌による発酵が迅速に進み、製造期間が短縮される。
(3)食塩を実質的に添加していないので、得られた発酵調味料には塩辛さが無く、様々な料理や加工食品等に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明の第1の実施形態に係る発酵調味料の製造方法を概略的に示すフローチャートである。
【
図2】本発明の第2の実施形態に係る発酵調味料の製造方法を概略的に示すフローチャートである。
【
図3】実施例2における各試験区(乳酸菌を添加していない無添加区と、乳酸菌を添加した乳酸菌添加区)のヒスタミン濃度を示すグラフである。
【
図4】実施例3におけるカツオの内臓を原料とした際の発酵液中の各乳酸菌の生菌数を示すグラフである。
【
図5】実施例3におけるサバの内臓を原料とした際の発酵液中の各乳酸菌の生菌数を示すグラフである。
【
図6】実施例6における各試験区(乳酸菌を添加していない無添加区と、乳酸菌を添加した乳酸菌添加区)のエキス態窒素量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明を詳細に説明する。まず、
図1を参照し、第1の実施形態に係る発酵調味料の製造方法について説明する。
図1に示すように、本発明の実施形態にかかる発酵調味料の製造方法は、原料を準備する工程S0、原料を加熱殺菌する工程S1、乳酸菌を添加して酵素処理を行う工程S2、加熱殺菌工程S3、乳酸菌を再添加する工程S4及び発酵工程S5から概略構成される。
【0026】
(原料の準備)
まず、
図1に示す原料を準備する工程S0について説明する。本発明における原料としては、ヒスチジンを含有する原料が選択される。具体的には、魚介類が好適に選択され、特に限定されないが、一例として、カツオ、サバ、マグロ、ブリ、カジキ、サンマ、アジ、サワラ及びイワシ等の赤身魚が原料として好ましく採用され得る。これらの赤身魚類はヒスチジン含量が白身魚と比べて非常に高いことが知られているが、この種のヒスチジン含量が高い魚類を原料とした場合においても、本発明の製造方法によれば、ヒスタミンへの変換が抑制され、ヒスタミン濃度が低く管理された発酵調味料を製造できる。また、魚介類を原料とする場合には、魚介類の胃、腸、幽門垂及び精巣等の内臓、普通肉、血合肉及び頭肉等の魚肉、頭部、皮並びに軟骨等の様々な部位を原料として用いることができ、1種又は複数種類を混合して用いることができる。このうち、ヒスタミン生成菌が多く含まれている魚介類の内臓を原料として用いても、本発明の製造方法によれば、ヒスタミン濃度が低く管理された発酵調味料を製造できるため、通常であれば廃棄される胃、腸、幽門垂及び精巣等の内臓についても、原料として好適に用いることができる。
【0027】
(加熱殺菌)
次に、加熱殺菌処理工程S1について説明する。魚介類を原料とする場合には、ヒスタミン生成菌やその他雑菌が含まれることが推測されるため、加熱殺菌処理を行う。特に魚介類の内臓部位や凍結保存されていた魚介類を原料として使用する際には、これらの微生物が多く内在することが知られている。加熱殺菌処理は、発酵材料の中心部の温度を85℃で1分間以上加熱する方法又はこれと同等以上の効力を有する方法で行うことが好ましく、具体的な方法としては、煮沸処理又は蒸煮処理等が挙げられる。煮沸処理を行う場合には、煮沸した湯中に原料を直接投入すること等により行う。煮沸処理の時間は、10~90分間程度が好ましく、20~60分程度がより好ましい。また、蒸煮処理を行う場合には、水蒸気を原料に当てて加熱殺菌できる装置に原料を入れることにより行う。蒸煮処理の時間は、10分~90分程度が好ましく、20分~60分程度がより好ましい。これにより、原料中のヒスタミン生成菌やその他雑菌が殺菌され、原料中に含まれる自己消化酵素も失活するので、後の工程において添加される乳酸菌を優占的に増殖させることができる。また、ヒスタミン生成菌やその他雑菌が多く含まれない原料を用いる場合には、本工程を経ずに後述する工程を行うことも可能である。
【0028】
なお、上述した加熱殺菌処理工程S1を行うことによって、原料中に含まれる微生物が完全に死滅することはなく、特にヒスタミン生成菌は熱に強い菌種も存在するため、菌数は減少するものの残存してしまう可能性が高い。また、残存したヒスタミン生成菌は繁殖する環境にもよるが、6時間以上でヒスタミン生成が確認できるほど増殖する場合もある。よって、原料の酵素処理及び発酵処理を進めるにあたり、いかに残存するヒスタミン生成菌の増殖や活動を抑制するかが重要である。本発明においては、後述する工程によって、ヒスタミン生成菌の増殖及び活動を抑制している。
【0029】
(酵素処理工程+乳酸菌添加)
次に、乳酸菌を添加して酵素処理を行う工程S2について説明する。本工程では、上述の加熱処理工程S1を経た原料に対し、酵素と乳酸菌を添加する。本工程S2における酵素処理を効率よく行うため、原料はチョッパー等でミンチにしておくことが好ましい。さらに、酵素処理を効率的に行うと共に乳酸菌を増殖させるため、原料1重量部に対し、適量の水、例えば0.1~10重量部の水を加えて固液混合物とすることが好ましい。このとき、水に替えて、上述した加熱殺菌処理S1で原料を煮沸した際の煮熟水を用いることも可能である。
【0030】
本工程S2において添加される乳酸菌とは、乳酸を産生する微生物であり、具体的には、ラクトバシラス属、ラクトコッカス属、ロイコノストック属、エンテロコッカス属又はペディオコッカス属等の乳酸菌が挙げられる。具体的には、特に限定されないが、魚介類を原料とした際に、迅速な増殖効果及びヒスタミン生成抑制効果に優れる観点から、ラクトバシラス属及びラクトコッカス属の乳酸菌が好ましく、ラクトバチルス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)、ラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis)又はラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)がより好ましい。これらの乳酸菌は単独でも複数種を組み合わせて用いることが可能である。接種する乳酸菌は予め培養しておいたものを用い、105~107cfu/mLとなるように添加することが好ましく、106cfu/mL程度になるように添加することがより好ましい。
【0031】
本工程S2では酵素により原料の分解が行われる。用いられる酵素としては、プロテアーゼ活性、リパーゼ活性及びアミラーゼ活性等を有する酵素が挙げられる。酵素は1種でも複数種を組み合わせて使用することも可能である。このうち、魚介類を原料とした場合には、プロテアーゼ活性を有する酵素が好適に用いられ、至適pHが6~8程度の中性プロテアーゼがより好適に用いられる。具体的には、特に限定されないが、アロアーゼAP-10(ヤクルト薬品工業株式会社製品)、パンチダーゼNP-2(ヤクルト薬品工業株式会社製品)、プロテアックス(天野エンザイム株式会社製品)又はプロテアーゼM「アマノ」SD(天野エンザイム株式会社製品)等が挙げられる。酵素の添加量としては、添加する酵素毎に、原料重量に対して0.01~0.5重量%となるように添加することが好ましく、0.02~0.2重量%となるように添加することがより好ましい。
【0032】
酵素処理に係る温度は、用いる酵素の至適温度によって変動するが、添加した乳酸菌を保護するため、55℃以下とすることが好ましく、50℃以下とすることがより好ましい。食品分野で使用される酵素は至適温度が比較的高いものが多いので、具体的には、40~55℃とすることが好ましく、40~50℃とすることがより好ましい。酵素処理時間は、2~24時間が好ましく、6~12時間がより好ましい。これにより、原料の分解が促進され、発酵調味料の製造にかかる期間が短縮されると共に分解産物に起因する旨味が得られる。例えば、酵素としてプロテアーゼを用いた場合には、原料がプロテアーゼによりアミノ酸に分解されるため、遊離アミノ酸に起因して旨味が向上する。
【0033】
上述したように、添加された乳酸菌存在下で、原料の酵素分解が行われることにより、ヒスタミン生成菌の増殖活動が抑制され、ヒスタミン生成が抑制される。これによって、本発明の発酵調味料を安全に製造することができ、発酵調味料のヒスタミン濃度を低濃度に管理することができる。また、乳酸菌が酵素処理液中で生育することにより、酵素処理液が乳酸菌の生育に適する馴化した環境となり、後述の工程S4で再添加された乳酸菌が迅速に増殖する効果も有する。
【0034】
上述した工程S2の酵素処理によって、原料をどろっとした、ほぼ液状にまで分解させることができるが、固形物として残存したものについては、ろ過処理等で固液分離して除去することができる。
【0035】
(加熱殺菌)
次に、加熱殺菌処理工程S3について説明する。ここでは、酵素処理された原料(酵素処理液)を加熱殺菌する。加熱殺菌処理は、酵素処理液を85℃で1分間以上加熱する方法又はこれと同等以上の効力を有する方法で行うことが好ましく、具体的な方法としては、煮沸処理等が挙げられる。煮沸処理を行う場合には、酵素処理液を容器に入れ、煮沸した湯中で加熱することにより行う。煮沸処理の時間は、10~90分間程度が好ましく、20~60分程度がより好ましい。また、容器に酵素処理液を入れ、容器を直接加熱することにより、加熱処理を行ってもよい。これにより、酵素が失活すると共に添加されていた乳酸菌も殺菌されるが、同時に酵素処理液中に含まれる雑菌やヒスタミン生成菌も殺菌されるので、後の工程において添加される乳酸菌を優占的に増殖させることができる。
【0036】
(乳酸菌の再添加)
次に、乳酸菌を再添加する工程S4について説明する。本工程では、上述の加熱処理工程S3を経た原料の酵素処理液に対し、乳酸菌を再添加する。本工程S4において添加される乳酸菌は、上述した工程S2で説明を行った乳酸菌のいずれかを用いることが好ましいが、先の酵素処理工程S2で添加された乳酸菌と同じ乳酸菌を再添加することがより好ましい。これにより、その乳酸菌の生育に馴化した環境が形成されている酵素処理液に対し、同じ乳酸菌が添加されるため、添加された乳酸菌が迅速に増殖することができる。添加する乳酸菌は予め培養しておいたものを用い、105~107cfu/mLとなるように添加することが好ましく、106cfu/mL程度になるように添加することがより好ましい。
【0037】
(発酵)
次に、再添加した乳酸菌により発酵を行う工程S5について説明する。乳酸菌による発酵温度は、乳酸菌の増殖及び発酵速度を速めて製造期間を短縮する観点から、10~40℃とすることが好ましい。さらに、ヒスタミン生成菌や他の雑菌の繁殖を抑制する観点から、発酵温度を10~20℃とすることがより好ましい。発酵温度を10~20℃とすることにより、ヒスタミン生成がより抑制され、得られる発酵液の香りも向上する。また、発酵期間は、乳酸菌の再添加から2日~4週間程度、好ましくは3日~1週間程度とすることができる。発酵工程S5では、再添加した乳酸菌が迅速に増殖することにより酵素処理液の発酵及び熟成が短期間で行われると共に、乳酸菌が酵素処理液中で迅速に優占種となって増殖するため、発酵期間中に亘りヒスタミン生成が抑制され、発酵調味料のヒスタミン濃度を低濃度に管理することができる。発酵が完了した発酵液については、上述の工程S3等と同様の方法で加熱殺菌処理を行い、発酵調味料の完成とする。
【0038】
次に、
図2を参照し、第2の実施形態に係る発酵調味料の製造方法について説明する。
図2に示すように、本発明の実施形態にかかる発酵調味料の製造方法は、原料を準備する工程S0、原料を加熱殺菌する工程S1、乳酸菌を添加して酵素処理を行う工程S2、及び発酵工程S15から概略構成される。このうち、原料を準備する工程S0、原料を加熱殺菌する工程S1及び乳酸菌を添加して酵素処理を行う工程S2については、上述した第1の実施形態の場合と同様であり、その作用効果も同様である。よって、上述した第1の実施形態と異なる工程についてのみ以下詳述する。
【0039】
(発酵工程)
本実施形態に係る発酵構成S15について説明する。本実施形態では、酵素処理された原料(酵素処理液)について加熱殺菌を行わず、そのまま発酵処理工程S15に移行する。酵素処理液中には乳酸菌が優占的に含まれているため、新たに乳酸菌を添加せずとも、そのまま乳酸菌による発酵が進行する。このとき、乳酸菌による発酵温度は、ヒスタミン生成菌や他の雑菌の繁殖を抑制する観点から、発酵温度を10~20℃とすることが好ましく、10~15℃とすることがさらに好ましい。発酵温度を比較的低温の10~15℃とすることにより、ヒスタミン生成がより抑制され、得られる発酵液の香りも向上する。また、発酵期間は、乳酸菌の再添加から2日~4週間程度、好ましくは3日~1週間程度とすることができる。発酵工程S15では、酵素分解時に添加した乳酸菌が優占種のまま発酵が行われるため、発酵期間中に亘りヒスタミン生成が抑制され、発酵調味料のヒスタミン濃度を低濃度に管理することができる。発酵が完了した発酵液については、加熱殺菌処理を行い、発酵調味料の完成とする。
【0040】
(発酵調味料)
上述した第1及び第2の実施形態により得られた発酵調味料は、カツオやサバのようなヒスチジンを多く含む原料を用いても、ヒスタミン濃度が低濃度に抑制されている。また、食塩を添加していないことから、塩辛さがなく、原料に起因する旨味を有する。また、乳酸菌を用いて発酵を行っているため、発酵調味料中に加熱殺菌乳酸菌が109個/mL~1010個/mL含まれており、乳酸菌の有する整腸作用や免疫賦活作用等の機能も期待される。
【0041】
さらに、上述の工程により得られた発酵調味料は、主な原料として選択される、魚介類に起因する濃厚な旨味と有するが、製造工程中、食塩が添加されていないため、塩辛さがない。それゆえ、健康的にも味覚的にも使用量が限定されず、様々な用途に使用することができる。それゆえ、ラーメンのスープ、そばやうどん等の麺つゆ、付けダレ、だし汁、割下、鍋物用調味料、ドレッシング及びソース等の他、さまざまな加工食品を製造する際の原料としても使用され得る。
【実施例】
【0042】
以下、実施例及び比較例を用いて、本発明を詳細に説明する。以下の実施例で用いた、ヒスタミン生成菌の分離方法は下記の通りである。
【0043】
[ヒスタミン生成菌の分離方法]
カツオから採取した内臓を液体培地(Histidine Broth)に添加し、30℃で18時間培養した。なお、Histidine Brothは、ポリペプトン10g、イーストエキストラクト3g、D(+)-グルコース5g、L-ヒスチジン塩酸塩・1水和物4.57gを人工海水500mL及び蒸留水500mLに溶解させ、pH5.0に調整することにより得られたヒスチジンを含む液体培地である。18時間培養後の培養液を、同じくヒスチジンを含む寒天培地であるNiven Agar(Niven, C. F., et al., Differential planting medium for quantitave detection of histamine-producing bacteria, Applie. Environ. Microbiol., Vol.41, No.1, 1981年, p.321-322)に1白金耳塗抹し、30℃で18時間培養を行った。Niven Agar上で集落形成し、その周辺が紫色に変化した菌株を10株程度分離した。分離した各菌株を再びNiven Agarに移植し、30℃で18時間培養後、集落の周辺が紫色に変化した菌株を10株程度分離した。さらに、分離した各菌株を液体培地(Histidine Broth)中で30℃で3日間培養した。3日間培養後の各培養液中のヒスタミン濃度を測定し、最もヒスタミン濃度が高かった1株を選抜した。この株を内臓由来のヒスタミン生成菌として、以下実施例で用いた。
【0044】
また、カツオから採取した鰓についても上述と同様の方法にて、鰓由来のヒスタミン生成菌の分離を行った。分離した菌株中、最もヒスタミン濃度が高かった1株を鰓由来のヒスタミン生成菌として、以下実施例で用いた。
【0045】
[実施例1]
1-1.酵素処理工程中の乳酸菌によるヒスタミン生成の抑制(1)
原料として、新鮮なカツオの内臓(胃、腸、幽門垂及び精巣)を用いた。さばいたカツオから胃、腸、幽門垂及び精巣を採取し、カツオの内臓中に含まれる酵素を直ちに失活させると共に内在している細菌を一定程度殺菌するため、十分な量の沸騰水に入れて30分間煮沸した。煮沸後、カツオの内臓を包丁でミンチ状にした。このミンチ状の原料と、この原料と等重量の水道水を1L容量のポリエチレン製容器に入れて混合した。この混合物に対し、プロテアーゼと、表1に示すように、内臓由来のヒスタミン生成菌、鰓由来のヒスタミン生成菌及び各種乳酸菌を添加した。プロテアーゼは、2種類の中性プロテアーゼ[アロアーゼAP-10(ヤクルト薬品工業株式会社製品)及びパンチダーゼNP-2(ヤクルト薬品工業株式会社製品)]を混合物の全体量に対して、それぞれ0.1重量%ずつ添加した。また、内臓由来のヒスタミン生成菌及び鰓由来のヒスタミン生成菌は、混合物の全体量に対して、それぞれ106cfu/mLとなるように添加した。各種乳酸菌については、ラクトバチルス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)、ラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis)及びラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)の3種類について試験を行い、いずれも混合物の全体量に対して106cfu/mLとなるように添加した。添加混合後、50℃に設定したウォーターバス内に容器を浸漬し、撹拌機で攪拌しながらプロテアーゼ処理を8時間行った。
【0046】
プロテアーゼ処理前(0時間)とプロテアーゼ処理8時間後の酵素処理液中のヒスタミン濃度を測定した。ヒスタミン濃度の測定は、ヒスタミン測定キット(チェックカラーヒスタミン、キッコーマンバイオケミファ株式会社製品)と分光光度計により行った。なお、表1に示すように、乳酸菌及びヒスタミン生成菌を添加していない試験区(無添加区)と、乳酸菌を添加していない試験区(乳酸菌無添加区)についても同様の試験を行った。各試験区におけるヒスタミン濃度を以下表1に示す。
【0047】
【0048】
表1に示すとおり、乳酸菌を添加した試験区1-3a~1-5aでは、プロテアーゼ処理工程中に亘ってヒスタミン濃度が検出限界以下だったのに対し、乳酸菌を添加していない試験区1-2aでは、プロテアーゼ処理8時間後には酵素処理液中のヒスタミン濃度が84ppmにまで上昇していた。
【0049】
1-2.酵素処理工程中の乳酸菌によるヒスタミン生成の抑制(2)
原料として、カツオに替えて新鮮なサバの内臓(胃、腸、幽門垂及び精巣)を用い、上述と同様の方法にてプロテアーゼ処理工程中のヒスタミン生成を調べる試験を行った。結果を以下表2に示す。
【0050】
【0051】
表2に示すとおり、乳酸菌を添加した試験区1-3b~1-5bでは、プロテアーゼ処理工程中に亘ってヒスタミン濃度が検出限界以下だったのに対し、乳酸菌を添加していない試験区1-2bでは、プロテアーゼ処理8時間後には酵素処理液中のヒスタミン濃度が62ppmにまで上昇していた。
【0052】
これらの結果から、酵素処理の際に乳酸菌を添加することで、ヒスタミン生成菌によるヒスタミン生成が抑制されることがわかった。これにより、多量の食塩を添加せずに、ヒスタミン生成菌によるヒスタミン生成を抑制できることが明らかとなった。
【0053】
[実施例2]
2.乳酸菌による発酵処理工程中のヒスタミン生成の抑制
原料として、冷凍カツオの内臓(胃、腸及び幽門垂)を用いた。解凍した冷凍カツオから胃、腸及び幽門垂を採取し、十分な量の沸騰水に入れて30分間煮沸した。なお、本実施例で用いた冷凍カツオは船上で死んでから冷凍保存されたカツオであり、新鮮なカツオよりもヒスタミン生成菌が多く含まれている。ヒスタミン生成菌には熱に強いタイプの菌も存在するため、本実施例の原料中に含まれるヒスタミン生成菌を30分間の煮沸処理で完全に死滅させることは困難であり、煮沸処理後もヒスタミン生成菌が一部残存する。この煮沸処理後、カツオの内臓を包丁でミンチ状にした。このミンチ状の原料と、この原料と等重量の煮熟水を1L容量のポリエチレン製容器に入れて混合した。この混合物に対し、乳酸菌(Lactobacillus fermentum)を混合物の全体量に対して10
6cfu/mLとなるように添加した。添加混合後、45℃に設定したウォーターバス内に容器を浸漬し、45℃にて24時間発酵を行った。その後、4℃の冷蔵庫にて容器を保存し、さらに30日間乳酸菌による発酵を行った。4℃の冷蔵庫に容器を保存した日を0日として、0、1、10、20及び30日経過後の発酵液中のヒスタミン濃度を測定した。ヒスタミン濃度の測定は実施例1と同様の方法にて行った。また、乳酸菌を添加していない試験区(無添加区)についても同様の試験を行った。結果を
図3のグラフに示す。
【0054】
図3に示すグラフによれば、乳酸菌を添加した試験区(乳酸菌添加区)では乳酸菌を添加した直後から30日目に亘るまで、発酵液中のヒスタミン濃度が10~12ppmと低濃度で推移した。一方、乳酸菌を添加しなかった無添加区は、時間の経過と共にヒスタミン濃度が増加し、20日目には49ppmにまで達した。この結果より、乳酸菌を添加して発酵処理を行うことにより、多量の食塩を添加せずとも、ヒスタミン生成菌によるヒスタミン生成を抑制できることがわかった。
【0055】
[実施例3]
3-1.乳酸菌の再添加による増殖の促進(1)
原料として、新鮮なカツオの内臓(胃、腸、幽門垂及び精巣)を用いた。さばいたカツオから胃、腸、幽門垂及び精巣を採取し、内臓中に含まれる酵素を失活させると共に内在している細菌を一定程度殺菌するため、十分な量の沸騰水に入れて30分間煮沸した。煮沸後、カツオの内臓を包丁でミンチ状にした。このミンチ状の原料と、この原料と等重量の水道水を1L容量のポリエチレン製容器に入れて混合した。この混合物に対し、プロテアーゼと、表3に示すように各種乳酸菌を添加した。プロテアーゼは、2種類の中性プロテアーゼ[アロアーゼAP-10(ヤクルト薬品工業株式会社製品)及びパンチダーゼNP-2(ヤクルト薬品工業株式会社製品)]を混合物の全体量に対して、それぞれ0.1重量%ずつ添加した。また、各種乳酸菌については、ラクトバチルス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)、ラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis)及びラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)の3種類について試験を行い、いずれも混合物の全体量に対して106cfu/mLとなるように添加した。添加混合後、50℃に設定したウォーターバス内に容器を浸漬し、撹拌機で攪拌しながらプロテアーゼ処理を8時間行った。
【0056】
プロテアーゼ処理8時間後の反応液をガーゼでろ過し、酵素処理液を得た。この酵素処理液を容器に入れ、沸騰水中で30分加熱して酵素を失活させると共に酵素処理液中に含まれる乳酸菌を死滅させた。この酵素処理液を室温で冷却し、常温になった時点で、表3に示すように、プロテアーゼ処理の際に添加された乳酸菌と同じ乳酸菌を10
6cfu/mLとなるように再添加した。乳酸菌が再添加された酵素処理液を15℃に設定した恒温槽にて保存し、乳酸菌による発酵を行った。乳酸菌添加直後を0日として、0、1、3、7、14及び21日経過後の発酵液中の乳酸菌の生菌数を希釈平板法により測定した。結果を以下表4及び
図4に示す。
【0057】
【0058】
また、表3に示すように、プロテアーゼ処理の際に乳酸菌を添加しなかった酵素処理液(試験区3-4a~3-6a)を別途調製し、30分煮沸処理した後に、各種乳酸菌を10
6cfu/mLとなるようにそれぞれ添加した。この乳酸菌を添加した酵素処理液を15℃に設定した恒温槽にて保存し、乳酸菌による発酵を行った。乳酸菌添加直後を0日として、0、1、3、7、14及び21日経過後の発酵液中の乳酸菌の生菌数を希釈平板法により測定した。結果を以下表4及び
図4に示す。
【0059】
【0060】
表4及び
図4に示されるように、Lactobacillus fermentumを用いた試験区では、プロテアーゼ処理時に乳酸菌を添加しなかった試験区3-4aでは、3日目から生菌数が増加したのに対して、プロテアーゼ処理時に乳酸菌を添加していた試験区3-1aでは、0日目から増加した。また、Lactococcus lactisを用いた試験区では、いずれの試験区も0日目から生菌数が増加したが、プロテアーゼ処理時に乳酸菌を添加した試験区3-2aの方が増殖速度が早く、接種1日後には生菌数が10
9cfu/mLのオーダーにまで達した。さらに、Lactobacillus paracaseiを用いた試験区では、プロテアーゼ処理時に乳酸菌を添加した試験区3-3aでは、接種から3日目に生菌数が10
9cfu/mLに達したが、プロテアーゼ処理時に乳酸菌を添加しない試験区3-6aでは、生菌数が10
9cfu/mLに達したのは7日目であった。
【0061】
3-2.乳酸菌の再添加による増殖の促進(2)
原料として、カツオに替えてサバの内臓(胃、腸、幽門垂及び精巣)を用い、上述と同様の方法にて乳酸菌の再添加と増殖速度との関係を調べる試験を行った。試験区の構成を以下表5に示し、結果を以下表6及び
図5に示す。
【0062】
【0063】
【0064】
表6及び
図5に示されるように、Lactobacillus fermentumを用いた試験区では、プロテアーゼ処理時に乳酸菌を添加しなかった試験区3-4bでは、7日目から生菌数が増加したのに対して、プロテアーゼ処理時に乳酸菌を添加していた試験区3-1bでは、0日目から増加し、接種3日後には生菌数が10
9cfu/mLのオーダーにまで達した。また、Lactococcus lactisを用いた試験区では、いずれの試験区も0日目から生菌数が増加したが、プロテアーゼ処理時に乳酸菌を添加した試験区3-2bの方が増殖速度が早く、接種1日後には生菌数が10
9cfu/mLのオーダーにまで達した。さらに、Lactobacillus paracaseiを用いた試験区では、プロテアーゼ処理時に乳酸菌を添加した試験区3-3bでは、接種から3日目に生菌数が10
9cfu/mLに達したが、プロテアーゼ処理時に乳酸菌を添加しない試験区3-6bでは、生菌数が10
9cfu/mLに達したのは14日目であった。
【0065】
以上の結果から、酵素処理時に乳酸菌を添加しておくことで、その後、加熱殺菌後に再添加した乳酸菌の増殖が促進されることがわかった。再添加された乳酸菌の増殖が促進されることにより、発酵工程においてもヒスタミン生成菌によるヒスタミン生成が迅速に抑制される。それゆえ、品質が安定した発酵調味料を製造することができる。また、発酵工程において乳酸菌の増殖が促進されることにより、乳酸菌による発酵・熟成も促進されるため、発酵期間を短縮すること、すなわち、発酵調味料の製造期間を短縮できることがわかった。
【0066】
[実施例4]
4.乳酸菌の添加による酵素処理液及び発酵液のpHの検討
乳酸菌を用いて原料を処理するにあたり、酵素処理液及び発酵液のpHに与える影響を調べた。実施例3において、プロテアーゼ処理工程における酵素処理液のpHと、再添加された乳酸菌による発酵工程における発酵液のpHを経時的に測定した。プロテアーゼ処理工程における酵素処理液のpHについては、乳酸菌添加直後(0h)と乳酸菌添加8時間後のpHを測定した。また、乳酸菌再添加後の発酵液のpHについては、1、3、7、14及び21日経過後のpHを測定した。また、比較のために、乳酸菌をプロテアーゼ処理及び発酵処理いずれも添加しない試験区(乳酸菌無添加)についても、それぞれpHの測定を行った。結果を以下表7に示す。
【0067】
【0068】
この結果によれば、乳酸菌の添加によって酵素処理液及び発酵液のpHが低下することはなく、乳酸菌無添加のものと同様のpHを示しており、酸味のような味覚に与える影響も見られなかった。
【0069】
[実施例5]
5-1.発酵温度の検討(1)
原料として、新鮮なカツオの内臓(胃、腸、幽門垂及び精巣)を用いた。さばいたカツオから胃、腸、幽門垂及び精巣を採取し、カツオの内臓中に含まれる酵素を直ちに失活させると共に内在している細菌を一定程度殺菌するため、十分な量の沸騰水に入れて30分間煮沸した。煮沸後、カツオの内臓を包丁でミンチ状にした。このミンチ状の原料と、この原料と等重量の水道水を1L容量のポリエチレン製容器に入れて混合した。この混合物に対し、プロテアーゼと、表8に示すように、内臓由来のヒスタミン生成菌、鰓由来のヒスタミン生成菌及び各種乳酸菌を添加した。プロテアーゼは、2種類の中性プロテアーゼ[アロアーゼAP-10(ヤクルト薬品工業株式会社製品)及びパンチダーゼNP-2(ヤクルト薬品工業株式会社製品)]を混合物の全体量に対して、それぞれ0.1重量%ずつ添加した。また、内臓由来のヒスタミン生成菌及び鰓由来のヒスタミン生成菌は、混合物の全体量に対して、それぞれ106cfu/mLとなるように添加した。各種乳酸菌については、ラクトバチルス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)、ラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis)及びラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)の3種類について試験を行い、いずれも混合物の全体量に対して106cfu/mLとなるように添加した。添加混合後、50℃に設定したウォーターバス内に容器を浸漬し、撹拌機で攪拌しながらプロテアーゼ処理を8時間行った。プロテアーゼ処理8時間後の反応液をガーゼでろ過し、酵素処理液を得た。この酵素処理液を容器に入れ、加熱処理及び乳酸菌の再添加を行わずに、そのまま15℃及び30℃に設定した恒温槽に保存して発酵処理を行った。なお、表8に示すように、乳酸菌及びヒスタミン生成菌を添加していない試験区(無添加区)と、乳酸菌を添加していない試験区(乳酸菌無添加区)についても同様の試験を行った。
【0070】
プロテアーゼ処理前とプロテアーゼ処理8時間後の酵素処理液中のヒスタミン濃度を測定すると共に、酵素処理液の香りについて官能評価した。また、15℃又は30℃の恒温槽に保存した直後を0日として、3日後及び7日後の発酵液中のヒスタミン濃度を測定すると共に、発酵液の香りについて官能評価を行った。ヒスタミン濃度の測定は実施例1と同様の方法にて行った。また、香りの官能評価の評価基準は、「○:加熱殺菌直後の臭いと同じ」、「△:加熱殺菌直後の臭いと異なるが腐敗臭は感じない」及び「×:腐敗臭を感じる」である。ヒスタミン濃度の測定結果を表8に、香りの評価を表9に示す。
【0071】
【0072】
【0073】
表8及び表9に示すとおり、酵素処理後の加熱処理及び乳酸菌の再添加がない場合には、発酵温度を15℃とすることにより、ヒスタミン濃度を低減でき、発酵液の香りを改善できることがわかった。なお、コーデックス規格におけるヒスタミン濃度の規制値は、魚醤は400ppmであり、缶詰等は200ppmである。発酵温度を15℃とすることにより、いずれの試験区(5-3a~5-5a)においても、7日間発酵後のヒスタミン濃度は200ppmを下回っており、発酵期間を3日間とした場合には検出限界以下(試験区5-4a)又は100ppm以下であった。
【0074】
5-2.発酵温度の検討(2)
原料として、カツオに替えて新鮮なサバの内臓(胃、腸、幽門垂及び精巣)を用い、上述と同様の方法にて異なる温度での発酵処理を行い、各工程における酵素処理液及び発酵液中のヒスタミン濃度を測定すると共に、その香りについて官能評価を行った。ヒスタミン濃度の測定結果を表10に、香りの評価を表11に示す。
【0075】
【0076】
【0077】
表10及び表11に示すとおり、酵素処理後の加熱処理及び乳酸菌の再添加がない場合には、発酵温度を15℃とすることにより、ヒスタミン濃度を低減でき、発酵液の香りを改善できることがわかった。発酵温度を15℃とすることにより、いずれの試験区(5-3b~5-5b)においても、7日間発酵後のヒスタミン濃度は200ppmを下回っており、発酵期間を3日間とした場合にはいずれも100ppm以下であった。
【0078】
[実施例6]
実施例2で製造した冷凍カツオの内臓を原料とした発酵調味料について、旨味の指標となっているエキス態窒素量を調べた。実施例2における調味料の発酵工程において、4℃の冷蔵庫に容器を保存した日を0日として、0、3、10、20及び30日経過後の発酵液中のエキス態窒素量を測定した。エキス態窒素量の測定は各発酵液のサンプルに20%TCA溶液を等倍量加え、攪拌後、遠心分離(15分間×5000rpm)後の上清を用い、燃焼法により測定した。結果を
図6のグラフに示す。
【0079】
図6に示すグラフでは、各試験区の0日目のエキス態窒素量に対する増加割合を示している。これによれば、乳酸菌を添加した試験区(乳酸菌添加区)と無添加区とを比べると乳酸菌添加区のほうが0日目に対する増加量が多いことがわかった。また、エキス態窒素量は3日目のサンプルで大きく増え、それ以降の増加量は小さいことがわかった。これらのことから、乳酸菌が産生するプロテアーゼ等によりエキス態窒素量が増加し、得られる調味料に旨味が増えることがわかった。
【0080】
[実施例7]
7.発酵調味料を用いた加工品の製造
実施例3で製造したカツオの内臓を原料とした発酵調味料(発酵期間3日間)を利用し、低塩の鰹塩辛の製造を試みた。従来、鰹の塩辛は、生の鰹の内蔵(胃、腸及び幽門垂)に30~40重量%もの食塩をまぶして1ヶ月程度塩漬けし、ミンチ状に処理した後、3~4ヶ月発酵熟成させて、最後に調味料を加え製造されている。このようにして製造された従来の鰹の塩辛は、非常に高い塩分(10~20重量%)を含んでおり、常温流通も難しいことからその需要は限定されていた。
【0081】
そこで、まず、鰹の内蔵(胃、腸及び幽門垂)を加熱殺菌したのち、包丁でミンチ状にした。このミンチ状の鰹の内臓45重量部に対し、本発明の発酵調味料を45重量部と、従来品の鰹の塩辛を10重量部混合した。得られた混合物をレトルトパウチに入れ、120℃で40分間レトルト殺菌を行った。これによって、塩分が3~4%程度にまで低減され、かつ無菌化された低塩の鰹塩辛様の加工食品が得られた。試食したところ、食感及び旨味は従来の鰹の塩辛と同様であったが、塩味が抑えられていて食べ易く、美味しく感じられた。
【0082】
本発明は、上記の実施形態又は実施例に限定されるものでなく、特許請求の範囲に記載された発明の要旨を逸脱しない範囲内での種々、設計変更した形態も技術的範囲に含むものである。