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特許7511832耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼによる核酸の切断方法
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  • 特許-耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼによる核酸の切断方法 図1
  • 特許-耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼによる核酸の切断方法 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-28
(45)【発行日】2024-07-08
(54)【発明の名称】耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼによる核酸の切断方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/10 20060101AFI20240701BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20240701BHJP
   C12N 9/16 20060101ALN20240701BHJP
【FI】
C12N15/10 Z ZNA
C12N15/09 Z
C12N9/16 Z
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020043919
(22)【出願日】2020-03-13
(65)【公開番号】P2021141868
(43)【公開日】2021-09-24
【審査請求日】2022-12-20
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西田 洋一
(72)【発明者】
【氏名】石野 良純
(72)【発明者】
【氏名】石野 園子
(72)【発明者】
【氏名】横井 崇秀
(72)【発明者】
【氏名】相澤 康則
【審査官】岡部 佐知子
(56)【参考文献】
【文献】特表2000-501615(JP,A)
【文献】国際公開第2016/039377(WO,A1)
【文献】特表2015-509005(JP,A)
【文献】国際公開第2014/142261(WO,A1)
【文献】国際公開第2004/022736(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多数配列を含む少なくとも一つの核酸、及び多数配列とは一又は複数の塩基が異なる少数配列を含む少なくとも一つの核酸を含む核酸集団において、少数配列を含む少なくとも一つの核酸を切断する方法であって、
(i)加熱処理により、前記核酸集団中の二本鎖核酸を解離させる工程、
(ii)冷却処理により、解離した核酸をハイブリダイゼーションさせる工程、
(iii)前記多数配列を含む少なくとも一つの核酸に由来する核酸鎖と前記少数配列を含む少なくとも一つの核酸に由来する核酸鎖のハイブリダイゼーションによって生じるミスマッチ塩基を含む二本鎖核酸を、少なくとも一つの耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼにより切断する工程、及び
(iv)切断された核酸鎖を除去する工程
を含み、
前記工程(i)~(iv)を、前記耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼの除去及び再添加を行わずに2~30回繰り返し、
前記耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼが、配列番号1又は3で示されるアミノ酸配列、配列番号1又は3で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列、又は配列番号1又は3で示されるアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列を含む、方法。
【請求項2】
前記少なくとも一つの耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼが、
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列、(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列、又は(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列、及び/又は
(d)配列番号3で示されるアミノ酸配列、(e)配列番号3で示されるアミノ酸配列において、47位及び76位以外において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列、又は(f)配列番号3で示されるアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有し、47位がセリン以外であり76位がアスパラギン以外であるアミノ酸配列
を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
(a)~(c)のいずれかのアミノ酸配列を含む耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼがG-G、G-T、及び/又はT-Tミスマッチを認識し、(d)~(f)のいずれかのアミノ酸配列を含む耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼがA-A、A-C、及び/又はC-Cミスマッチを認識する、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
(a)~(c)のアミノ酸配列を含む耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼ、及び(d)~(f)のアミノ酸配列を含む耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼを含む、少なくとも二つの耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼを使用する、請求項2又は3に記載の方法。
【請求項5】
切断された核酸鎖の除去を、サイズ分画又は一本鎖核酸が存在することを利用して行う、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
工程(i)を95℃以上の高温で行い、工程(ii)を毎分3℃以下の速度で徐冷することにより行い、工程(iii)を50℃~60℃の温度範囲で行う、請求項1~のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
工程(iii)を、さらに耐熱性菌由来のProliferating cell nuclear antigen(PCNA)の存在下で行う、請求項1~のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載の方法を含む、少数配列の割合が低減した核酸集団を生産する方
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多数配列を含む核酸及び少数配列を含む核酸を含む核酸集団において、少数配列を含む核酸を切断又は除去する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の遺伝子工学では、既存の核酸配列を基本とし、その一部を書き換える、又は他の生物由来等の核酸配列を挿入することで、遺伝子から産生される酵素等のタンパク質の産生効率の向上、機能の改変又は付加等を行ってきた。この場合、実験対象となる核酸配列の長さは一般に数千bpsから数万bps程度であり、既存のDNA合成酵素を使用した場合のエラー率約10-4~10-6程度の複製精度で十分であった。これに対し、今後発展が見込まれる合成生物学等の分野は、加えようとしている変化のスケールが大きく異なる。例えば、合成生物学では、例えば遺伝子調節配列及び複数の遺伝子を含む巨大な核酸配列(例えば、染色体レベルや真性細菌のゲノムレベルの核酸配列)を試験管内で増幅する必要性が増加すると見込まれている。このため、より巨大な核酸配列を含む分子をより精確に増幅し、多数配列に対する少数配列の割合が低い均質な核酸集団を調製する技術が重要となってくると考えられる。
【0003】
均質な核酸集団を得るために、エラー率の低いDNA複製酵素の開発が行われてきた。例えば、非特許文献1には、初期に利用が始まったThermus aquaticus由来のDNA複製酵素のエラー率よりも2桁程度低い、10-6程度のエラー率を有するDNA複製酵素が報告されている。一方、均質な核酸集団を得るためには、エラー率を下げて少数配列の出現率を低減させることに加えて、生じた少数配列を系から除去することも有効である。例えば、特許文献1には、以下の工程:(a)デュープレックスDNA分子を変性させ;(b)前記DNA分子をハイブリダイズさせて新しいDNAデュープレックス分子を形成させ;(c)前記デュープレックスDNA分子をDNAデュープレックスのトポロジーの不規則性を有するDNA分子と選択的に結合するDNA結合物質に暴露し;さらに(d)前記DNA結合物質が結合したDNA分子から分離することによって前記DNA分子を分離する;を含む、その大半が正確な配列を有するデュープレックスDNA分子プール中で配列エラーを有するデュープレックスDNA分子を分離する方法が記載されている。しかしながら、特許文献1に記載された方法は、十分に少数配列を系から除去できるものではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特表2005-518799号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】Lundberg,K.S.et al.,Gene,1991,108,1-6.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一実施形態において、本発明は、多数配列を含む核酸、及び少数配列を含む核酸を含む核酸集団において、少数配列を含む核酸を除去する方法を提供することを課題とする。
【0007】
また、本発明者は、合成生物学等の分野において核酸を調製するにあたって、少数配列を含む核酸の数をさらに低減又は除去することが必要であるという課題を新たに見出した。したがって、一実施形態において、本発明は、多数配列を含む核酸、及び少数配列を含む核酸を含む核酸集団において、少数配列を含む核酸を効率的に及び/又はより低頻度まで低減又は除去することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼを用いることによって、多数配列を含む核酸及び少数配列を含む核酸を含む核酸集団において、少数配列を含む核酸を効率的に切断又は除去し得ることを見出した。また、本発明者は、耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼを用いて温度サイクルを繰り返すことによって、少数配列を含む核酸をさらに低減又は除去できることを見出した。
【0009】
本発明は、以下の実施形態を包含する。
(1)多数配列を含む少なくとも一つの核酸、及び多数配列とは一又は複数の塩基が異なる少数配列を含む少なくとも一つの核酸を含む核酸集団において、少数配列を含む少なくとも一つの核酸を切断する方法であって、
(i)加熱処理により、前記核酸集団中の二本鎖核酸を解離させる工程、
(ii)冷却処理により、解離した核酸をハイブリダイゼーションさせる工程、及び
(iii)前記多数配列を含む少なくとも一つの核酸に由来する核酸鎖と前記少数配列を含む少なくとも一つの核酸に由来する核酸鎖のハイブリダイゼーションによって生じるミスマッチ塩基を含む二本鎖核酸を、少なくとも一つの耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼにより切断する工程を含み、
前記耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼが、配列番号1又は3で示されるアミノ酸配列、配列番号1又は3で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列、又は配列番号1又は3で示されるアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列を含む、方法。
(2)前記少なくとも一つの耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼが、
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列、(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列、又は(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列、及び/又は
(d)配列番号3で示されるアミノ酸配列、(e)配列番号3で示されるアミノ酸配列において、47位及び76位以外において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列、又は(f)配列番号3で示されるアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有し、47位がセリン以外であり76位がアスパラギン以外であるアミノ酸配列
を含む、(1)に記載の方法。
(3)(a)~(c)のいずれかのアミノ酸配列を含む耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼがG-G、G-T、及び/又はT-Tミスマッチを認識し、(d)~(f)のいずれかのアミノ酸配列を含む耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼがA-A、A-C、及び/又はC-Cミスマッチを認識する、(2)に記載の方法。
(4)(a)~(c)のアミノ酸配列を含む耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼ、及び(d)~(f)のアミノ酸配列を含む耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼを含む、少なくとも二つの耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼを使用する、(2)又は(3)に記載の方法。
(5)工程(iii)の後、(iv)切断された核酸鎖を除去する工程を含む、(1)~(4)のいずれかに記載の方法。
(6)切断された核酸鎖の除去を、サイズ分画又は一本鎖核酸が存在することを利用して行う、(5)に記載の方法。
(7)工程(i)~(iv)を2~30回繰り返す、(5)又は(6)に記載の方法。
(8)少数配列の割合が低減した核酸集団を生産する方法である、(5)~(7)のいずれかに記載の方法。
(9)工程(i)を95℃以上の高温で行い、工程(ii)を毎分3℃以下の速度で徐冷することにより行い、工程(iii)を50℃~60℃の温度範囲で行う、(1)~(8)のいずれかに記載の方法。
(10)さらに耐熱性菌由来のProliferating cell nuclear antigen(PCNA)を用いる、(1)~(9)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、多数配列を含む核酸及び少数配列を含む核酸を含む核酸集団において、少数配列を含む核酸を切断又は除去し得る。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、本発明の一実施形態を示す概念図である。図1では、簡単にするため配列中の特定の塩基対がAT又はGCを含む一塩基多型の核酸集団を示す。図1の核酸集団において、AT塩基対を含む配列が多数配列であり、GC塩基対を含む配列が少数配列である(少数配列を太字で示す)。図中、ATまたはGCと文字で表されている両側に示されている線分の部分は同一の塩基配列を表している。図中、EndoMSは耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼを意味する。工程2~4では、ミスマッチを含む二本鎖核酸を丸で囲み、少数配列同士が再ハイブリダイズしてミスマッチを形成しない二本鎖を四角で囲んだ。
図2図2は、耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼの代わりに、MutS及びMutLを用いて、図1と同様に少数配列を除去する場合の例示的方法を示す概念図である。図2中の配列及び記号等は、基本的に図1と同様である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
一態様において、本発明は、多数配列を含む少なくとも一つの核酸、及び少数配列を含む少なくとも一つの核酸を含む核酸集団において、少数配列を含む少なくとも一つの核酸を切断又は除去する方法に関する。
【0013】
以下、本発明の方法を、図を参照して説明する。なお、これらの図及びそれに関する説明は、本発明の理解を容易にするためのものであって、何ら本発明の範囲を限定するものではない。
【0014】
図1は、本発明の一実施形態を示す概念図である。図1では、まず、加熱処理により二本鎖核酸を解離させ一本鎖核酸とする(工程1)。次に、冷却処理により二本鎖核酸を再ハイブリダイズさせて、少数配列と多数配列のミスマッチを含む二本鎖核酸を形成させる(工程2)。続いて、耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼを用いてミスマッチを含む核酸を切断する(工程3)。その後、切断された核酸を任意に除去してもよい(工程4)。図1に示される方法では、加熱処理及び冷却処理後に少数配列同士が再ハイブリダイズしてミスマッチを形成しない二本鎖が存在し、1~4の工程後に少数配列が残存している。これは、工程1~4を任意に繰り返すことにより除去し得る(工程5)。なぜなら、耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼは加熱処理後も変性せずに酵素活性を維持することができるためである。この際、酵素の除去及び再添加は必要ない。したがって、一実施形態において、本発明は、酵素の除去及び再添加を行わずに、繰り返し少数配列を除去できるという効果を奏する。
【0015】
図2は、耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼの代わりに、特許文献1に記載された核酸結合物質であるMutSを用いて、図1と同様に少数配列を除去する場合の例示的方法を示す概念図である。図2において、初期状態、工程1の加熱処理、及び工程2の冷却処理は図1と同様である。図2では、工程2の後、ミスマッチを含む二本鎖核酸をMutSが認識して結合する(工程3)。その後、MutLがミスマッチに結合したMutSを認識して結合し、核酸を切断する(工程4)。図2においても、図1同様、加熱処理及び冷却処理後に少数配列同士が再ハイブリダイズしてミスマッチを形成しない二本鎖が存在し、1~4の工程後に少数配列が残存している。これを取り除くために再度加熱処理を行うとMutS及びMutLには通常耐熱性がないため、変性する。変性したMutS及びMutLは、酵素活性は失われるが核酸結合能を保持していることがあり、ミスマッチ分解除去の阻害因子となる場合がある。このため再度加熱処理を行う前にMutS及びMutLを除去する必要がある。このように、MutSL系を利用した少数配列除去を含む核酸の除去法では、繰り返し少数配列を除くためには酵素除去及び酵素添加を改めて行う必要があり、効率的に少数配列を除去できるとは言えない。
【0016】
以下、本発明をより詳細に説明する。
本明細書において、「核酸」とは、プリン又はピリミジンから導かれる含窒素塩基、糖、及びリン酸を構成単位として有する有機化合物を意味し、これら核酸のアナログ等も包含する。核酸は、例えば、DNA、RNA、又はcDNA等であってよい。
【0017】
本明細書において、「核酸集団」とは、多数配列を含む少なくとも一つの核酸、及び少数配列を含む少なくとも一つの核酸を含む集団を意味する。核酸集団としては、PCR産物、ゲノムDNA又はその断片等の生物試料由来の核酸、及び合成核酸等が挙げられる。本発明の方法に供される核酸集団は、求められる精度が特に高い合成核酸等であってよい。
【0018】
核酸集団は、溶液中に含まれていてもよい。溶液としては、水、生理食塩水、及び緩衝液等が挙げられる。緩衝液としては、例えばTris-HCl、MES、HEPES-KOH等のグッド緩衝液、リン酸ナトリウム緩衝液等のリン酸緩衝液、酢酸緩衝液、及びクエン酸緩衝液が挙げられる。限定されるものではないが、pH5~11又はpH6~9の緩衝液を用いることが、以下で記載する耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼが酵素活性を発揮する上で好ましい。溶液は、本発明の方法を促進するための他の成分、例えば金属イオン、界面活性剤、及びタンパク質(例えば、BSA(Bovine serum Albumin)等の血清アルブミン)の少なくとも一つを含んでいてもよい。金属イオンとしては、例えばマグネシウムイオン、マンガンイオン、亜鉛イオン、コバルトイオン、ナトリウムイオン、及びカリウムイオンが挙げられる。金属イオンは、塩化物、硫酸塩、又は酢酸塩等の塩の形態で供給され得る。例えば、マグネシウムイオンは溶液中の濃度、例えば終濃度で0.5~50mMの範囲、マンガンイオンは終濃度で0.5~15mMの範囲であってよい。また、ナトリウムイオン、カリウムイオン等の濃度は限定されないが、溶液中の濃度、例えば終濃度で例えば0~0.6M、0.01~0.2M、又は0.05~0.1Mであってよい。界面活性剤としては、Tween20、TritonX-100、及びNP-40等非イオン界面活性剤が挙げられる。限定はされないが、界面活性剤は溶液中の濃度、例えば終濃度で0~0.2%の範囲であってよい。溶液中の核酸の濃度は、10mM以下、5mM以下、又は1mM以下であってよく、また0.01mM以上、0.05mM以上、又は0.1mM以上であってよい。また、溶液は耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼをさらに含んでいてもよいし、或いは耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼは以下で記載する切断工程の前に添加しても良い。
【0019】
本明細書において、「多数配列」とは、核酸集団中において少数配列に対して多数を占める配列を意味する。本明細書において、「少数配列」とは、多数配列とは一又は複数の塩基が異なるが、その他の配列は同一である配列を意味する。1又は複数の範囲は限定しないが、例えば数個、例えば1~10個、1~8個、1~7個、1~6個、1~5個、1~4個、1~3個、1~2個、又は1個であってよい。少数配列は、例えば一塩基多型であってよい。核酸集団中の多数配列と少数配列の割合は限定しないが、例えば多数配列の割合を1とした場合の少数配列の割合は、例えば5×10-1~10-10、10-1~10-9、10-2~10-8、10-3~10-7、又は10-4~10-6であってよい。核酸集団は、複数の異なる少数配列を含む複数の核酸を含んでもよく、例えば、2以上、3以上、4以上、5以上、又は10以上の異なる少数配列を含んでもよい。
【0020】
多数配列及び少数配列の種類は制限しないが、多数配列はサイズ分画を可能にする程度に塩基長が均一であってよい(但し、サイズ分画が可能である限り、塩基長のばらつきが存在してもよい)。これにより、以下で記載するミスマッチエンドヌクレアーゼにより切断された分子をサイズ分画により取り除く方法が容易になり得る。また、多数配列及び少数配列は、PCR増幅等により得られる両端が平滑な核酸の集団であってよい。これにより、以下で記載する一本鎖特異的核酸を利用して切断された分子を取り除く方法が容易になり得る。多数配列及び少数配列の塩基長は限定しないが、例えば10以上、10以上、10以上、10以上、10以上、10以上、又は10以上であってよく、1012以下、1011以下、又は1010以下であってよい。
【0021】
一実施形態において、本発明の少なくとも一つの核酸を切断又は除去する方法は、核酸集団中の少数配列の割合が低減する方法、又は少数配列の割合が低減した核酸集団を生産する方法であるということもできる。
【0022】
本発明の方法は、(i)加熱処理により、前記核酸集団中の二本鎖核酸を解離させる工程(加熱処理工程)、(ii)冷却処理により、解離した核酸をハイブリダイゼーションさせる工程(冷却処理工程)、及び(iii)前記多数配列を含む少なくとも一つの核酸に由来する核酸鎖と前記少数配列を含む少なくとも一つの核酸に由来する核酸鎖のハイブリダイゼーションによって生じるミスマッチ塩基を含む二本鎖核酸を、少なくとも一つの耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼにより切断する工程(切断工程)を含む。以下、各工程について説明する。
【0023】
加熱処理工程は、核酸集団中に含まれる二本鎖核酸を解離させる工程である。加熱処理における温度は、二本鎖核酸を解離させることができる限り限定しないが、例えば90℃以上であってよい。二本鎖核酸を完全に解離させるためより高温であることが好ましく、例えば95℃以上又は98℃以上であってよく、100℃以下であってよい。
【0024】
冷却処理工程は、加熱処理工程後に、解離された核酸鎖を再ハイブリダイゼーションさせる工程である。冷却処理における冷却速度及び冷却後温度は、解離した核酸鎖をハイブリダイゼーションさせることができる限り限定しないが、多数配列と少数配列で異なっている塩基部位以外のミスマッチ形成を阻害するため、ゆっくりと冷却させることが好ましい。例えば、冷却速度は毎分10℃以下、5℃以下、又は3℃以下であってよく、また毎分0.1℃以上、0.5℃以上、又は1℃以上であってよく、例えば毎分約0.1~10℃、0.5~5℃、又は1~3℃であってよい。冷却後温度は、限定しないが、例えば60℃以下、55℃以下、50℃以下、45℃以下、40℃以下、好ましくは35℃以下、30℃以下、又は25℃以下である。
【0025】
切断工程は、耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼにより、多数配列を含む少なくとも一つの核酸に由来する核酸鎖と少数配列を含む少なくとも一つの核酸に由来する核酸鎖のハイブリダイゼーションによって生じるミスマッチ塩基を含む二本鎖核酸を切断する工程である。切断工程における温度範囲は耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼが作用する限り限定しないが、例えば40℃~70℃、45℃~65℃、又は酵素の至適温度範囲であり得る50℃~60℃、53℃~57℃、又は約55℃であってよい。切断工程における反応条件は限定しないが、上記の核酸集団を含む溶液、例えば耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼが作用するのに好適な溶液を用いることができる。
【0026】
本明細書において「ミスマッチ」とは、二本鎖核酸中に存在するワトソン-クリック塩基対とは異なる塩基の対合、すなわちG(グアニン塩基)-C(シトシン塩基)塩基対、A(アデニン塩基)-T(チミン塩基)又はA-U(ウラシル塩基)塩基対以外の塩基の組み合わせを指す。
【0027】
本明細書において、「ミスマッチエンドヌクレアーゼ」とは、二本鎖核酸中のミスマッチ部位を切断する活性を有するヌクレアーゼを指す。ミスマッチエンドヌクレアーゼ活性は、ミスマッチ塩基対を形成するヌクレオチドに隣接するリン酸ジエステル結合を切断する活性の他、ミスマッチ塩基対から1~5塩基対、例えば1~3塩基対離れたヌクレオチドに隣接するリン酸ジエステル結合を切断する活性を包含する。本明細書において、ミスマッチエンドヌクレアーゼは、特定のミスマッチ塩基対を特異的に認識して二本鎖核酸を切断する活性を有するものであってよい。例えば、G-G、G-T、及び/又はT-Tミスマッチ、又はA-A、A-C、及び/又はC-Cミスマッチを認識及び/又は切断するミスマッチエンドヌクレアーゼが挙げられる。また、本明細書において耐熱性のミスマッチエンドヌクレアーゼは、40℃以上、50℃以上、又は60℃以上の温度において二本鎖核酸中のミスマッチ部位を認識及び/又は切断する活性を示すヌクレアーゼであってよい。
【0028】
耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼとしては公知のもの、例えばWO2016/039377に記載されたThermococcus kodakarensis由来の耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼ(本明細書中、EndoMSとも記載する)を使用することができる。EndoMSは配列番号1のアミノ酸配列を含み、G-G、G-T及び/又はT-Tミスマッチを認識して切断することが知られている。また、配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち、47番目のセリン残基及び76番目のアスパラギン残基が他のアミノ酸残基、例えばアラニン残基に、76番目がアラニン残基に置換されたアミノ酸配列を有する変異型ポリペプチドが、A-A、A-CあるいはC-Cミスマッチを認識して切断することがWO2016/039377に記載されている。したがって、本明細書における耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼとしては、配列番号1又は3で示されるアミノ酸配列、配列番号1又は3で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列、又は配列番号1又は3で示されるアミノ酸配列に対して例えば80%以上、85%以上、又は90%以上、好ましくは95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上の配列同一性のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列を含むミスマッチエンドヌクレアーゼを使用することができる。
【0029】
本明細書において、「1又は数個」の範囲は、例えば1から10個、好ましくは1から7個、さらに好ましくは1から5個、特に好ましくは1から3個、あるいは1個又は2個であってよい。
【0030】
本明細書において、アミノ酸配列に関する同一性の値は、2つのアミノ酸配列を整列(アラインメント)し、必要に応じてギャップを導入して、両者のアミノ酸一致度が最も高くなるようにしたときの、2つのアミノ酸配列間で同一アミノ酸の割合(%)をいう。配列同一性は、複数の配列間の同一性を演算するソフトウェア(例えば、FASTA、DANASYS、BLAST、及びGENETYX)を用いてデフォルトの設定で算出した値を示す。同一性の決定方法の詳細については、例えばAltschul et al,Nuc.Acids.Res.25,3389-3402,1977及びAltschul et al,J.Mol.Biol.215,403-410,1990を参照されたい。
【0031】
本明細書において、ミスマッチエンドヌクレアーゼの活性は、当業者に公知の方法、例えばWO2016/039377に記載された方法により測定することができる。手短には、ミスマッチ塩基対を含有する二本鎖核酸を調製した後、ミスマッチエンドヌクレアーゼと反応させ、切断核酸量を測定することで活性測定が実施される。切断された二本鎖核酸は、電気泳動等により分離して定量してもよいし、切断を受けた場合にのみ蛍光強度の増加が検出できるように標識した二本鎖核酸を使用することによって定量してもよい。
【0032】
一実施形態において、耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼは、(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列、(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列、又は(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列、及び/又は(d)配列番号3で示されるアミノ酸配列、(e)配列番号3で示されるアミノ酸配列において、47位及び76位以外において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列、又は(f)配列番号3で示されるアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有し、47位(又は配列番号3の47位に対応する位置)がセリン以外であり76位(又は配列番号3の76位に対応する位置)がアスパラギン以外であるアミノ酸配列を含む。なお、配列番号3の47位又は76位に対応する位置は、対象のアミノ酸配列と、配列番号3のアミノ酸配列をアライメントすることにより容易に定めることができる。
【0033】
一実施形態において、上記(a)~(c)のいずれかのアミノ酸配列を含む耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼがG-G、G-T、及び/又はT-Tミスマッチを認識して切断し、(d)~(f)のいずれかのアミノ酸配列を含む耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼがA-A、A-C、及び/又はC-Cミスマッチを認識して切断する。
【0034】
一実施形態において、異なる切断活性を有し得る耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼが組み合わせて使用される。これにより、様々なミスマッチ対を切断することが可能になる。例えば、(a)~(c)のアミノ酸配列を含む耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼ、及び(d)~(f)のアミノ酸配列を含む耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼを含む、少なくとも二つの耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼを使用してよい。
【0035】
また、切断工程では他のミスマッチエンドヌクレアーゼ又は耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼを組み合わせて使用してもよい。これにより、さらに多くのミスマッチ対を切断することが可能になる。例えば、MutS及びMutLを組み合わせて使用することができる。但し、MutS及びMutLは通常加熱処理により変性し、変性したMutS及びMutLはミスマッチ分解除去の阻害因子となる場合があるため、再度加熱処理を行う前にMutS及びMutLを除去する必要がある。一実施形態において、本発明は、このようなMutS及びMutL等の非耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼを切断処理において使用し、再度加熱処理を行う前に前記非耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼを除去する工程を含む。なお、非耐熱性ミスマッチエンドヌクレアーゼの除去は、サイズ分画等の当業者に公知の方法により行うことができる。
【0036】
本発明の方法は、(i)加熱処理工程、(ii)冷却処理工程、及び(iii)切断工程に加えて、他の工程、例えば(iv)切断された核酸鎖を除去する工程(除去工程)を含んでもよい。本明細書において、「除去」は分離であってもよい。切断された核酸鎖の除去は、当業者に公知の方法により行うことができ、例えばサイズ分画を利用して、又は一本鎖部分が存在することを利用して切断された核酸を取り除くことができる。
【0037】
サイズ分画は、核酸鎖のサイズに応じて核酸を分画する方法を意図し、例えばポリアクリルアミドゲル電気泳動等のゲル電気泳動、サイズ排除クロマトグラフィー、及び限外濾過等が挙げられる。切断後の核酸鎖は、ミスマッチ部分を含んだものに関してはミスマッチエンドヌクレアーゼの作用により多数配列を有する核酸分子より短いため、サイズ分画処理により取り除くことができる。但し、ミスマッチ部位が核酸分子の端点に近い場合、切断後の核酸分子と多数配列を有する核酸分子との塩基長の差が小さいため、一般のサイズ分画法による除去が困難となる場合がある。このような場合、以下に記載するように一本鎖核酸が存在することを利用して切断された核酸を取り除くことが好ましい。
【0038】
一本鎖部分が存在することを利用して切断された核酸を取り除く場合、加熱処理工程前の核酸集団に含まれる核酸分子の両端を平滑にしておくことが好ましい。これは、本発明の方法に供する前に核酸に対しPCR増幅等を行うことで容易に達成できる。これにより、ミスマッチエンドヌクレアーゼにより切断された核酸のみが切断断面において粘着末端となるため、一本鎖部分が存在することを利用して核酸を取り除く各種の方法が利用可能となる。例えば、一本鎖核酸特異的分解酵素を利用して切断された核酸を分解除去する方法、並びに一本鎖DNA結合タンパク質(Single-Stranded DNA Binding protein、SSB)を利用して切断された核酸を除去する方法が挙げられる。SSBを利用する方法としては、SSBを用いたカラム分画、並びにSSBが結合した磁気ビーズを利用する方法等が挙げられる。一本鎖DNA結合タンパク質としては、E.coli SSBタンパク質、T4ジーン32プロテイン、RecA、及びこれらのホモログが挙げられる。
【0039】
一実施形態において、本発明の方法に含まれる工程、例えば切断工程は、耐熱性菌由来のProliferating cell nuclear antigen(PCNA)の存在下で行う。PCNAの共存下でミスマッチを有する二本鎖核酸の切断を行うことにより、切断の効率が向上し得る。特に限定はされないが、Pyrococcus属、Thermococcus属、Methanopyrus属、及びMethanococcus属からなる群から選択される細菌由来のPCNA又はそれらのホモログを使用することができる。PCNAとしては、例えば配列番号5で示されるアミノ酸配列、配列番号5で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列、又は配列番号5で示されるアミノ酸配列に対して例えば80%以上、85%以上、又は90%以上、好ましくは95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上の配列同一性のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチドが挙げられる。
【0040】
一実施形態において、本発明の方法は、上記(i)~(iv)の工程を複数回繰り返す。(i)~(iv)の工程は、例えば2回以上、3回以上、4回以上、又は5回以上繰り返すことができ、また30回以下、20回以下、10回以下、又は6回以下繰り返すことができる。例えば、(i)~(iv)の工程は、2~30回、4~10回、又は5~6回繰り返すことができる。これにより、以下に記載する通り少数配列を含む少なくとも一つの核酸を繰り返し除去し、ほとんど又は完全に核酸集団から除去することができる。具体的には、(ii)の冷却工程において、少数配列を含む核酸同士がハイブリダイゼーションしてミスマッチを形成しない組み合わせの出現確率は、N-nである(核酸の全数をN、少数配列を含む核酸の数をnとした場合)。この値(及びnの値)は、(i)~(iv)の工程を繰り返し、Nがnに対して大きくなればなるほど、0に近くなる。
【0041】
一実施形態において、本発明の方法は、(i)~(iv)の工程において、核酸増幅を伴わない。一実施形態において、本発明の方法は、(i)~(iv)の工程において、プライマー及び/又はPCR酵素の使用を伴わない。しかしながら、これらの実施形態は、(i)~(iv)の工程の前又は後に核酸増幅を行うことを排除するものではない。
図1
図2
【配列表】
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