IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 独立行政法人物質・材料研究機構の特許一覧

特許7511881ナノ構造体、酸素発生反応用の触媒、及び、ナノ構造体の製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-28
(45)【発行日】2024-07-08
(54)【発明の名称】ナノ構造体、酸素発生反応用の触媒、及び、ナノ構造体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01F 7/784 20220101AFI20240701BHJP
   B01J 31/12 20060101ALI20240701BHJP
   B01J 37/12 20060101ALI20240701BHJP
   B82Y 40/00 20110101ALI20240701BHJP
   C01B 13/02 20060101ALI20240701BHJP
   C07C 275/02 20060101ALI20240701BHJP
   C07C 309/04 20060101ALI20240701BHJP
【FI】
C01F7/784
B01J31/12 M
B01J37/12
B82Y40/00
C01B13/02 B
C07C275/02 CSP
C07C309/04
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020127104
(22)【出願日】2020-07-28
(65)【公開番号】P2022024484
(43)【公開日】2022-02-09
【審査請求日】2023-03-17
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和2年4月28日公開 American Chemical Society発行 Chemistry of Materials,2020,vol.32,P.4332-4240 https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/acs.chemmater.0c00512
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】馬 仁志
(72)【発明者】
【氏名】フェ ユアンチン
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 高義
【審査官】小川 武
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-056035(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0187473(US,A1)
【文献】欧州特許出願公開第02261177(EP,A1)
【文献】中国特許出願公開第106477621(CN,A)
【文献】Xiaohe Liu ,ら,A General Strategy to Layered Transition-Metal Hydroxide Nanocones: Tuning the Composition for High Electrochemical Performance,Adv. Mater. ,2012年,Vol.24,P.2148-2153 全13頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 275/02
C01B 13/02
C01F 7/784
B01J 31/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
中空の略円錐状のナノ構造体であって、
前記ナノ構造体は、側面の厚み方向に積層されたシート状の主層と、前記主層の間に配置されたアニオンとを含み、
前記主層は、
Coである第1金属の2価のカチオン、並びに、Feである第2金属の3価のカチオンを含む水酸化物を含み、
前記水酸化物は、前記2価のカチオン、及び、前記3価のカチオンからなる群より選択される少なくとも一方に水酸化物イオンが4配位してなる四面体構造、並びに、前記2価のカチオン、及び、前記3価のカチオンからなる群より選択される少なくとも一方に水酸化物イオンが6配位してなる八面体構造を有し、
前記アニオンは、以下の式1~3からなる群より選択される少なくとも1種のアニオンを含む、ナノ構造体。
【化1】

(上記式1~3中、Lは単結合、又は、酸素原子を表し、Rは炭素数3~30個のアルキル基を表す。)
【請求項2】
前記アニオンが前記四面体構造の頂点の酸素原子に配位している、請求項1に記載のナノ構造体。
【請求項3】
一般式:[Co 2+ 1-p Fe 3+ (OH)2-q(Z)p+[An- p/n・mHO]p-で表される、請求項1又は2に記載のナノ構造体。
(上記一般式中、Zは前記アニオンを表し、Aは前記アニオンとは異なる他のアニオンを表し、pは0より大きく、1未満の数でありqは0より大きく1未満の数であり、nは1以上の数を表し、mは0以上の数を表す。)
【請求項4】
前記他のアニオンが、更に、 又はBr 少なくとも1種を含む、請求項に記載のナノ構造体。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載のナノ構造体を含む、酸素発生反応用の触媒。
【請求項6】
溶媒と、塩基性化合物と、以下の式1~3からなる群より選択される少なくとも1種のアニオンと、CoFeの金属の2価のカチオンと、を含み、更にZn2+を含んでもよい溶液を不活性ガス雰囲気で反応させて、中空の略円錐状であって、前記2価のカチオンを含み、更に、Zn2+を含んでもよい水酸化物を含む前駆体を得ることと、
前記前駆体中のFeの金属の少なくとも一部を2価から3価へと酸化させ、請求項1~5のいずれか1項に記載のナノ構造体を得ることと、を含む、ナノ構造体の製造方法。
【化1】

(上記式1~3中、Lは単結合、又は、酸素原子を表し、Rは炭素数3~30個のアルキル基を表す。)
【請求項7】
前記金属の酸化がヨウ素、及び、臭素からなる群より選択される少なくとも1種を用いて行われる、請求項6に記載のナノ構造体の製造方法。
【請求項8】
前記塩基性化合物が尿素、及び、ヘキサメチレンテトラミンからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項に記載のナノ構造体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノ構造体、酸素発生反応用の触媒、及び、ナノ構造体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水電解用の酸素発生反応(OER:Oxygen Evolution Reaction)の高活性な触媒として使用できる化合物が求められている。
近年のこのような用途に使用できる化合物のひとつとして、層状複水酸化物(Layered double hydroxides;LDH)が注目されている。非特許文献1には、Ni2+Mn3+層状複水酸化物からなるナノシートが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Nanoscale,2016,vol.8,p.10425-10432
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載されたナノシートは、優れた触媒活性を有していた。しかし、一つの活性点において単位時間あたりに基質を生成物に変換できる分子数の最大値であるターンオーバー頻度(TOF)については改善の余地があった。
【0005】
そこで、本発明は、OER触媒として使用すると、優れたTOFを有するナノ構造体を提供することを課題とする。
また、本発明は、酸素発生反応用の触媒、及び、ナノ構造体の製造方法を提供することも課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を達成すべく鋭意検討した結果、以下の構成により上記課題を達成することができることを見出した。
【0007】
[1] 中空の略円錐状のナノ構造体であって、上記ナノ構造体は、側面の厚み方向に積層されたシート状の主層と、上記主層の間に配置されたアニオンとを含み、上記主層は、Co、Fe、Ni、Mn、Cu、及び、Znからなる群より選択される少なくとも1種の金属である第1金属の2価のカチオン、並びに、Co、Fe、Ni、Mn、及び、Cuからなる群より選択される少なくとも1種の金属である第2金属の3価のカチオンを含む水酸化物を含み、上記水酸化物は、上記2価のカチオン、及び、上記3価のカチオンからなる群より選択される少なくとも一方に水酸化物イオンが4配位してなる四面体構造、並びに、上記2価のカチオン、及び、上記3価のカチオンからなる群より選択される少なくとも一方に水酸化物イオンが6配位してなる八面体構造を有し、上記アニオンは、後述する式1~3からなる群より選択される少なくとも1種のアニオンを含む、ナノ構造体。
[2] 上記アニオンが上記四面体構造の頂点の酸素原子に配位している[1]に記載のナノ構造体。
[3] 一般式:[X2+ 1-p3+ (OH)2-q(Z)p+[An- p/n・mHO]p-で表される、[1]又は[2]に記載のナノ構造体。
[4] 上記他のアニオンが、更に、I、Br、及び、CO 2-からなる群より選択される少なくとも1種を含む、[1]~[3]のいずれかに記載のナノ構造体。
[5] [1]~[4]のいずれかに記載のナノ構造体を含む、酸素発生反応用の触媒。
[6] 溶媒と、塩基性化合物と、後述する式1~3からなる群より選択される少なくとも1種のアニオンと、Co、Fe、Ni、Mn、及び、Cuからなる群より選択される少なくとも1種の金属の2価のカチオンと、を含み、更にZn2+を含んでもよい溶液を不活性ガス雰囲気で反応させて、中空の略円錐状であって、上記2価のカチオンを含み、更に、Zn2+を含んでもよい水酸化物を含む前駆体を得ることと、上記前駆体中のCo、Fe、Ni、Mn、及び、Cuからなる群より選択される少なくとも1種の金属の少なくとも一部を2価から3価へと酸化させ、[1]~[5]のいずれかに記載のナノ構造体を得ることと、を含む、ナノ構造体の製造方法。
[7] 上記2価のカチオンが、Co、Fe、Ni、Mn、及び、Cuからなる群より選択される2種以上の2価のカチオンを含む、[6]に記載のナノ構造体の製造方法。
[8] 上記2価のカチオンが、Co、Fe、及び、Niからなる群より選択される少なくとも2種以上の2価のカチオンを含む、[6]に記載のナノ構造体の製造方法。
[9] 上記金属の酸化がヨウ素、及び、臭素からなる群より選択される少なくとも1種を用いて行われる、[6]~[8]のいずれかに記載のナノ構造体の製造方法。
[10] 上記塩基性化合物が尿素、及び、ヘキサメチレンテトラミンからなる群より選択される少なくとも1種である、[6]~[9]のいずれかに記載のナノ構造体の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、OER触媒として使用すると、優れたTOFを有するナノ構造体を提供できる。また、本発明は酸素発生反応用の触媒、及び、ナノ構造体の製造方法も提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】Co(II)Fe(II)水酸化物ナノコーンの走査型電子顕微鏡(SEM)像である。
図2】ヨウ素を用いて酸化処理した後のCo(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンの透過型電子顕微鏡(TEM)像である。
図3】Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンの高分解能透過電子顕微鏡(HRTEM)像である。
図4】Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンの制限視野電子回折(SAED)パターンである。
図5】Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンの元素ラインスキャン分析の結果である。
図6】Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのCo(コバルト)の元素マップを表す図である。
図7】Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのFe(鉄)の元素マップを表す図である。
図8】Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのO(酸素)の元素マップを表す図である。
図9】Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのS(硫黄)の元素マップを表す図である。
図10】Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのI(ヨウ素)の元素マップを表す図である。
図11】Co(II)水酸化物ナノコーン、Co(II)Fe(II)水酸化物ナノコーン、及び、ヨウ素酸化処理によって得られたCo(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのXRD(X‐ray diffraction)パターンを表す図である。
図12】Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンの結晶構造の推測図である。
図13】Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのCo 2pのX線光電子分光(XPS)スペクトルである。
図14】Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのFe 2pのX線光電子分光(XPS)スペクトルである。
図15】Co(II)Fe(II)ナノコーンの25-1000℃の温度範囲での熱重量分析結果を表す図である。
図16】コバルトベースの水酸化物ナノコーンの正規化されたUV-Vis(紫外可視)吸着スペクトル測定結果である。
図17】Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーン等のラマンスペクトルである。
図18】Co-O(6配位)とCo-O(4配位)との結合を表すモデル図である。
図19】Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのCo K-edgeのXANES(X線吸収端近傍分光法)結果である。
図20】Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのCo Fe-edgeのXANES結果である。
図21】Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのCo K-edgeの拡張X線吸収微細構造(EXAFS)のフーリエ変換(FT)を表す図である。
図22】Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのFe K-edge拡張X線吸収微細構造(EXAFS)のフーリエ変換(FT)を表す図である。
図23】Co(II)Fe(II)ナノコーンのリニアスイープボルタンメトリー(LSV)曲線である。
図24図23のタフェルプロットである。
図25】ベンチマーク触媒であるRuOと比較したOER反応における水酸化物ナノコーンのLSV曲線である。
図26図25のタフェルプロットである。
図27】Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンの異なるスキャンレート条件(10、20、40、60、80、100mVs-1)でのサイクリックボルタンメトリー測定結果である。
図28】Co(II)Fe(III)水酸化物ナノプレートレットの異なるスキャンレート条件(10、20、40、60、80、100mVs-1)でのサイクリックボルタンメトリー測定結果である。
図29図27及び図28からをもとに算出されたスキャンレートに対する電流密度の関係をあらわす図である。
図30】Co(II)Fe(III)ナノプレートレット、Co(II)Fe(II)ナノコーン、Co(II)Fe(III)ナノコーン、及び、市販のRuO電極触媒の1.53VでのEIS(Electrochemical impedance spectroscopy)測定結果である。
図31】Co(II)Fe(III)ナノコーンとRuOの10mA cm-2でのクロノポテンシオメータ試験結果である。
図32】Co(II)Fe(III)ナノプレートレット、Co(II)Fe(III)ナノコーン、α-Ni(OH),NiMn-LDH,NiFeLDHのOER触媒の1.53 V(対RHE)でのTOF値である。
図33】Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのファラデー効率を表す図である。
図34】クロノポテンシオメトリ後のCo 2p高分解能XPSスペクトルである。
図35】クロノポテンシオメトリ後のFe 2p高分解能XPSスペクトルである。
図36】クロノポテンシオメトリ後のラマン分光結果である。
図37】格子内のFe(O)とFe(T)の結晶場図である。
図38】従来型とMix-O/T LDHの状態密度DOS(density of states)を表す図である。
図39】従来型(左)とMix-O/T LDH(右)の脱水素反応のエネルギーを表す図である。
図40】Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのOERの推定プロセスを表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明について詳細に説明する。
以下に記載する構成要件の説明は、本発明の代表的な実施形態に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に制限されるものではない。
なお、本明細書において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
【0011】
[ナノ構造体]
本発明の実施形態に係るナノ構造体(Nanostructure)は、中空の略円錐状のナノ構造体であり、その形状から「ナノコーン(nano cone(s));NC(s)」ともいう。
【0012】
本ナノ構造体の側面は、側面の厚み方向に積層されたシート状の主層と、上記主層の間に配置されたアニオンとを含む積層構造からなる。従って、円錐の高さ方向に略垂直な方向の断面には、同心円状に、複数の主層が配置されている。
本ナノ構造体は、平板状のシートを巻き取って形成されたような構造を有しており、本明細書において、このような構造を「ロールアップ(roll-up)構造」ともいう。
【0013】
この主層は、Co(コバルト)、Fe(鉄)、Ni(ニッケル)、Mn(マンガン)、Cu(銅)、及び、Zn(亜鉛)からなる群より選択される少なくとも1種の金属(第1金属)の2価のカチオン、並びに、Co、Fe、Ni、Mn、及び、Cuからなる群より選択される少なくとも1種の金属(第2金属)の3価のカチオンを含む水酸化物を含む、複合水酸化物である。
【0014】
主層が複合水酸化物を含んでおり(典型的には複合水酸化物からなり)、その層間には、アニオンが配置(挿入)されている本ナノ構造体は、層状複水酸化物「LDH」としての特徴を有している。
すなわち、主層が含む複合水酸化物は、第1金属の2価のカチオンに加えて、第2金属の3価のカチオンを含んでいるため、全体として正電荷を有しており、層間に挿入されたアニオンにより電気的に中性化されている。
【0015】
第1金属としては、Co、Fe、Ni、及び、Mnからなる群より選択される少なくとも1種が好ましく、Co、Fe、及び、Niからなる群より選択される少なくとも1種(鉄族元素)がより好ましい。本ナノ構造体の主層は、第1金属の2価のカチオンの1種を単独で含有してもよく、2種以上を含有していてもよい。
【0016】
また、第2金属は、Co、Fe、Ni、Mn、及び、Cuからなる群より選択される少なくとも1種の金属である。本ナノ構造体の主層は、第2金属の3価のカチオンの1種を単独で含有してもよく、2種以上を含有していてもよい。
【0017】
なかでも、より優れた本発明の効果を有するナノ構造体が得られる点で、第1金属、及び/又は、第2金属として、Co、Fe、及び、Niからなる群より選択される少なくとも1種を含有することが好ましく、Co、及び、Feからなる群より選択される少なくとも1種を含有することがより好ましい。
また、第1金属及び第2金属の少なくとも一方がCoを含有することが好ましい。
【0018】
また、第1金属と第2金属とは、同一種類の金属を含んでいてもよい。言い換えれば、第1金属のカチオンとして主層がCo2+を含む場合、主層は、第2金属としてCo3+を含んでもよい。
【0019】
主層を構成する複合水酸化物は、第1金属の2価のカチオン、及び、第2金属の3価のカチオンを有しており、これらから選択される少なくとも一方に水酸化物イオンが4配位してなる四面体構造(Tetrahedral:T)を有している。また、同じく上記から選択される少なくとも一方に水酸化物イオンが6配位してなる八面体構造(Octahedral:O)も有している。
【0020】
一般的なLDHの主層は、いわゆるブルーサイト様の結晶構造、すなわち、2価、及び、3価の金属イオンに水酸化物イオンが6配位してなる八面体構造が整列した結晶構造を有している。
【0021】
一方、本ナノ構造体の主層は、LDH様の複層構造を有しているにも関わらず、主層は、4配位四面体構造、及び、6配位八面体構造の両方を含んだ結晶構造を有している。
本ナノ構造体は、いわば「Mix-O/T LDH」ともいえ、この点で、従来知られたLDH、及び、ナノコーンとの間に構造の相違点を有する。
なお、本ナノ構造体は、典型的には、後述する実施例により理解されるように、4配位四面体構造の頂点に、所定の鎖長のアルキル基を有するアニオン(後述する「特定アニオン」)が配位している。
【0022】
なお、本ナノ構造体において、4配位四面体構造を形成するカチオンは、第1金属の2価のカチオン、第2金属の3価のカチオンのいずれか一方、又は、両方でよい。また、6配位八面体構造を形成するカチオンは、第1金属の2価のカチオン、第2金属の3価のカチオンのいずれか一方、又は、両方でよい。
【0023】
例えば、第1金属がCo(コバルト)、第2金属がFe(鉄)である場合、Co2+が4配位四面体構造、及び、6配位八面体構造を形成し、Fe3+も4配位四面体構造、及び、6配位八面体構造を形成してもよい。
【0024】
本ナノ構造体の主層の間には、アニオンが配置(挿入)され、正電荷を有する主層の電荷が中和されている(中性化されている)。
層間に配置されるアニオンは、以下の式1~3からなる群より選択される少なくとも1種のアニオン(以下、「特定アニオン」ともいう。)を少なくとも含む。
特定アニオンとしては、式1及び2からなる群より選択される少なくとも1種のアニオンが好ましく、式2で表されるアニオンがより好ましい。
なお、本ナノ構造体は、特定アニオンの1種を単独で含有してもよく、2種以上を含有していてもよい。
【0025】
【化1】
【0026】
上記式1~3中、Lは単結合、又は、酸素原子を表し、Rは炭素数3~30個のアルキル基を表す。
Rの炭素数は、4個以上が好ましく、6個以上がより好ましく、8個以上がより好ましく、10個以上が更に好ましく、12個以上が特に好ましく、28個以下が好ましく、26個以下がより好ましく、24個以下が更に好ましく、22以下が特に好ましく、20個以下が最も好ましい。
アルキル基の炭素数が上記数値範囲内であると、中空円錐状の構造がより形成されやすい点で好ましい。
【0027】
本ナノ構造体は、上記以外のアニオンを含有していてもよく、そのようなアニオンとしては、例えば、ハロゲン化物イオン(典型的にはヨウ化物イオン、臭化物イオン)、及び、炭酸イオン等が挙げられる。
【0028】
本ナノ構造体における、第1金属と第2金属の含有量比は、特に制限されないが、ナノ構造体中における第1金属の含有量に対する第2金属の含有量のモル基準の含有量比(第2金属/第1金属)が、1以上が好ましく、1.7以上がより好ましく、10以下が好ましく、8以下がより好ましく、6以下が更に好ましい。
本ナノ構造体が、2種以上の第1金属、及び/又は、第2金属を含有する場合には、その合計含有量が上記数値範囲内であることが好ましい。
【0029】
本ナノ構造体は、
一般式:[X2+ 1-p3+ (OH)2-q(Z)p+[An- p/n・mHO]p-
で表されることが好ましい。但し、上記式中、Xは、第1金属を表し、Yは第2金属を表し、Zは特定アニオンを表し、Aは特定アニオン以外の他のアニオン(典型的にはI、及び/又は、CO 2-)を表し、pは0より大きく、1未満の数でありqは0より大きく1未満の数であり、nは1以上の数を表し、mは0以上の数(典型的には、100未満の数)を表す。
【0030】
本ナノ構造体は、LDH様の複層構造を有している。また、主層のカチオンは、4配位四面体構造と6配位八面体構造とを有し、特定アニオンが主層の間に挿入されている点に特徴点の1つがある。
後述する実施例で示すとおり、このような特徴を有する本ナノ構造体はOER触媒として使用すると、優れたTOFを有する。
【0031】
[ナノ構造体の製造方法]
本発明の実施形態に係るナノ構造体の製造方法は、溶媒と、塩基性化合物と、以下の式1~3からなる群より選択される少なくとも1種のアニオンと、Co、Fe、Ni、Mn、及び、Cuからなる群より選択される少なくとも1種の金属の2価のカチオンと、を含み、更にZn2+を含んでもよい溶液を不活性ガス雰囲気で反応させて、底面が開口した中空の略円錐状であって、上記2価のカチオンを含み、更に、Zn2+を含んでもよい水酸化物を含む前駆体を得ることと(前駆体製造工程)、上記前駆体中のCo、Fe、Ni、Mn、及び、Cuからなる群より選択される少なくとも1種の金属の少なくとも一部を2価から3価へと酸化させること(酸化工程)と、を含む、ナノ構造体の製造方法である。
以下では、各工程について詳述する。
【0032】
(反応工程)
反応工程は、まず所定の成分を含む溶液から、所定の金属の2価のカチオンを含む水酸化物等を含むナノコーン(前駆体)を得る工程である。
【0033】
本工程で調製される溶液には、溶媒と、塩基性化合物と、特定アニオンと、所定の金属イオンとが含まれる。
溶液に含まれる溶媒としては特に制限されないが、後述する金属イオンを容易に発生させ得る点で、水を含むことが好ましく、水が好ましい。なお、溶媒中で金属イオンを発生し得る化合物を、本明細書においてイオン源化合物という。
【0034】
溶液は、Co、Fe、Ni、Mn、及び、Cuからなる群より選択される少なくとも1種の金属の2価のカチオンを含み、更に、Zn2+を含んでもよい。このような金属イオンを与える化合物としては、例えば、溶液中で上記金属イオンを発生し得る化合物(溶媒中で解離する塩等)が挙げられる。
なかでも、より簡便に金属イオンが得られる点で、イオン源化合物としては、上記金属の塩化物、及び、亜鉛の塩化物が好ましい。
【0035】
なかでもより簡便にナノ構造体が得られる観点から、溶液は、Co、Fe、Ni、Mn、及び、Cuからなる群より選択される金属の2価のカチオンを2種以上含むことが好ましい。この場合、溶液は、Co、Fe、及び、Niからなる群より選択される少なくとも1種の金属の2価のカチオンを少なくとも含むことが好ましく、Co、Fe、及び、Niからなる群より選択される金属の2価のカチオンを2種以上含むことがより好ましい。
【0036】
塩基性化合物としては、特に制限されないが、尿素、及び、ヘキサメチレンテトラミンからなる群より選択される少なくとも1種が好ましい。
【0037】
また、溶液は、特定アニオンを含む。特定アニオンはナノ構造体を構成する成分としてすでに説明したとおりであり、その好適形態も同様であるので、説明を省略する。
溶液中で特定アニオンを与える化合物としては、特定アニオンの塩が挙げられ、典型的には、特定アニオンのアルカリ金属塩が好ましい。
【0038】
溶液中の各成分の含有量としては、特に制限されないが、一般に、溶液中におけるイオン源化合物の含有量(モル基準)に対する、塩基性化合物の含有量の含有量比(モル基準)は、0.1~20が好ましく、1~15がより好ましく、3~10がさらに好ましい。
また、イオン源化合物の含有量(モル基準)に対する、特定アニオンの含有量の含有量比(モル基準)は、0.1~15が好ましく、1~10がより好ましく、1.5~4が更に好ましい。
なお、溶液中における溶媒の含有量としては特に制限されないが、溶液の固形分が、0.1~30質量%となるよう調整されることが好ましく、0.2~15質量%となるよう調整されることがより好ましく、0.3~10質量%となるよう調整されることがより好ましい。
【0039】
反応工程は、不活性ガス雰囲気下で実施される。不活性ガス雰囲気で反応させることにより、酸化しやすい金属カチオン(例えば、Fe2+)の酸化を抑制することができ、結果として、ナノコーン形状を誘起できる。
【0040】
反応温度としては特に制限されないが、より温度管理を容易に行える点で、溶媒の沸点程度が好ましく、具体的には、70~150℃が好ましく、還流することがより好ましい。
また、反応は常圧で行ってもよく、加圧して行ってもよいが、より簡便に反応させられる点で、反応は常圧下で行うことが好ましい。
反応時間としては特に制限されないが、1~24時間が好ましく、3~13時間がより好ましい。なお、反応は攪拌しながら行ってもよい。
【0041】
なお、イオン源化合物は、溶媒に対して一度に添加してもよいが、より均一な前駆体が得られる点で、複数回に分けて添加することが好ましい。例えば、Co2+、及び、Fe2+又はNi2+を含む溶液を調製する場合、まず、溶液にCo2+イオン源化合物を添加し、反応を開始し、一定時間(典型的には反応開始から0.5~3時間)経過後にFe2+イオン源化合物又はNi2+イオン源化合物を添加することが好ましく、更に、反応開始から4~6時間経過後にFe2+イオン源化合物又はNi2+イオン源化合物を添加することがより好ましい。
【0042】
(酸化工程)
酸化工程は、前駆体中のCo、Fe、Ni、Mn、及び、Cuからなる群より選択される少なくとも1種の金属の少なくとも一部を2価から3価へと酸化させる工程である。
酸化の方法としては特に制限されないが、前駆体の円錐形状を維持しつつ、LDH型、言い換えれば、2価と3価の金属をそれぞれ含む層状複水酸化物へと変換すること(トポタクチック(topotactic)な酸化反応)がより容易な観点から、ハロゲン化物イオンを用いて酸化反応を進めるのが好ましく、ヨウ化物イオン(I)、及び、臭化物イオン(Br)からなる群より選択される少なくとも1種のアニオンがより好ましい。
【0043】
酸化に用いる化学種は、標準酸化還元電位に基づいて容易に選択することができる。例えば、前駆体中に2価のコバルトと2価の鉄が含まれていて、このうちの鉄を3価に酸化する場合、ヨウ化物イオンを用いればよい。
一方で、コバルトを酸化させたい場合には、より強い酸化剤である臭化物イオンを用いればよい。(I+2e=2I E:0.535V(vs.NHE)、Br+2e=2Br E: 1.065V(vs.NHE))上記のような酸化方法としてはJournal of the American Chemical Society,2007,vol.129, p5257-5263、及び、Angewandte Chemie International Edition,2008,vol.47,p86-89に記載の方法を用いることができる。
【0044】
ハロゲン物イオンによる酸化の方法としては特に制限されないが、溶媒とヨウ素又は臭素とを含有する溶液に、前駆体を分散させる方法が挙げられる。溶媒としては特に制限されないが、例えば、クロロホルム、及び、アセトニトリル等が挙げられる。
この際、ヨウ素又は臭素の使用量として、3価に酸化すべき2価の金属の1.0モルに対して、0.9モル以上が好ましく、1.0モル以上がより好ましく、1.2モル以上が更に好ましい。上限は特に制限されないが、50モル以下が好ましく、30モル以下がより好ましい。
【0045】
ナノ構造体の製造方法は更に、余剰の未反応物(例えば、ヨウ素及び臭素等)を除去するために、得られたナノ構造体を洗浄する工程を更に有していてもよい。洗浄に使用する溶媒としては特に制限されないが、例えば、クロロホルム、低級アルコール、及び、これらの混合溶媒等が挙げられる。
【実施例
【0046】
以下に実施例に基づいて本発明をさらに詳細に説明する。以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す実施例により限定的に解釈されるべきものではない。
【0047】
[Co(II)Fe(II)水酸化物ナノコーンの合成]
金属塩(CoCl-6HO、NiCl-6HO、FeCl-4HO)の合計含有量5mmol、尿素の35mmol、及び、SDS(sodium dodecyl sulfonate)の12.5mmolを500mLの「Milli-Q(商標)」脱酸素水に溶解させた。
【0048】
次に、窒素ガス保護下で磁気撹拌しながら、上記溶液を8時間還流した。次に、窒素ガスで満たされたグローブバッグ内で上記溶液を急速ろ過し、脱気した「Milli-Q(商標)」水で洗浄し、固体生成物を回収した。
上記により、Co(II)、Co(II)Ni(II)、Co(II)Fe(II)の水酸化物ナノコーンを種々の設計比率で合成した。
上記のように、窒素ガス保護下で合成を実施することで、Fe2+からFe3+への酸化を抑制した。
【0049】
なお、反応が開始されてから1時間後と5時間後にNiCl-6HO、又は、FeCl-6HOを、それぞれ溶液に添加して、より均一な円錐構造を得た。
CoCl-6HOとFeCl-6HOの添加比を1:1、1.5:1、3:1、4:1(モル基準)とした場合、得られたCo(II)Fe(II)水酸化物ナノコーン中のCo/Fe比はそれぞれ1.6:1、4:1、6.6:1、9.4:1と数値化された。
【0050】
[Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンの合成]
密閉キャップ付きフラスコ中のI/CHCl溶液(0.2763g/100mL)の12mlに、調製したCo(II)Fe(II)水酸化物ナノコーンの0.05gを分散させ、室温で約12時間、磁気撹拌した。緑黄色の生成物を濾別し、濾液が無色になるまでクロロホルムとエタノールとで洗浄を繰り返すことによって回収し、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンを得た。
【0051】
図1は、調製したCo(II)Fe(II)水酸化物ナノコーンの走査型電子顕微鏡(SEM)像である。図1から、内部が中空の円錐構造を有する質の高い構造が合成されたことが理解される。図2は、ヨウ素を用いて酸化処理した後のCo(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンの透過型電子顕微鏡(TEM)像である。図1及び2から、酸化反応の前後でナノコーンの形態がよく持続していたことは明らかであり、トポタクチックな酸化反応によってナノコーンの形態が損なわれなかったことが理解される。
【0052】
図3は、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンの高分解能透過電子顕微鏡(HRTEM)像である。図3からは約2.58nmの間隔で積層された層状構造が認識される。
図4は、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンの制限視野電子回折(SAED)パターンである。図4からは楕円状の回折リングが確認される。
これは、a=0.31nmの格子定数を持つ六方晶相の面内、又は、[001]晶帯軸の回折リングであり、楕円状の回折パターンは、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンが水酸化物ナノシートを中空円錐状にロールアップして積み重ねた結果であることが理解される。
【0053】
図5は、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンの元素ラインスキャン分析の結果である。図5からは、円錐の高さ方向を横切るように切断した断面(楕円)の長軸方向のCoとFeの元素分布プロファイルが明らかになっている。ここから、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンが、底面が開口した中空構造を有していることがわかる。
【0054】
図6~10は、Co、Fe、S、OおよびIの元素マップを表す図である。図6~10からは、各元素が、明らかに管状壁(円錐の側面)に均一に分布していることが理解される。
【0055】
図11は、Co(II)水酸化物ナノコーン、Co(II)Fe(II)水酸化物ナノコーン、及び、ヨウ素酸化処理によって得られたCo(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのXRDパターンである。
【0056】
図11によれば、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンと、Co(II)Fe(II)水酸化物ナノコーンは、Co(II)水酸化物ナノコーンの層間間隔(2.40nm)より大きい層間間隔(2.58nm)を有していることが同定された。
なお、上記Co(II)水酸化物ナノコーンは、Advanced Function Material,2014,vol.24,p4292-4302の「4.experimental section」の「Synthesis of Layered Hydroxide NCs」に記載の方法により合成されたものである。
【0057】
また、ヨウ素酸化処理によって得られたCo(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンは、調製されたCo(II)Fe(II)水酸化物ナノコーンと同じXRDパターンを示したことから、ヨウ素酸化処理によってモルフォロジーや結晶構造の変化はないことが示唆された。
【0058】
図12は、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンの結晶構造の推測図である。層間に存在するDS(dodecyl sulfonate ions)イオンの硫酸基は、1つの四面体頂点に配位していると推測される。一方、ヨウ化物イオンは、Fe2+のFe3+への酸化によって誘起される正電荷のバランスをとるために、層間の集合体へと取り込まれる。
【0059】
ヨウ素処理後のCo(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンの局所原子・電子構造、表面化学状態、及び、配位環境をX線光電子分光(XPS)、UV-vis吸光度、ラマンスペクトル、及び、拡張X線吸収微細スペクトル(EXAFS)により調べた。
【0060】
図13は、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのCo 2pのX線光電子分光(XPS)スペクトルである。図13を見ると、781.8eVに主ピークが現れており、これはCo2+種に起因するものと考えられる。
図14は、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのFe 2pのX線光電子分光(XPS)スペクトルである。図14を見ると、デコンボリュートしたFe 2pのスペクトルは、Co 2pのスペクトルよりも複雑であることが理解される。
【0061】
図14に示されるように、707-732eVには、Fe 2p1/2ピークとFe 2p3/2ピークのほか、Co LMM Augerピーク、Fe 2p3/2サテライトピークの成分からなる広いピークが出現した。しかし、713.6eVのピークは、一般的にFe3+の価数状態を同定する指標とされている。また、定量化の結果、NC中のCo、Feのモル比は約4であった。これは後述する誘導結合プラズマ(ICP)発光分析とよく一致した。
【0062】
図15は、Co(II)Fe(II)ナノコーンの25-1000℃の温度範囲での熱重量分析結果を表す図である。25~160℃の範囲での連続した質量損失は8.44%であり、これは層間の水分子の除去に起因する。
曲線は、170~800℃の間で、DSの燃焼に起因する質量損失を示し、43.36%の質量損失でデヒドロキシル化した。800℃での生成物はCoとCoFeであった。
【0063】
表1はICP-OESによる元素分析の結果を示す表である。表1に示した結果から、化学量論的には、Co、Feは、約4.04:1であった。
【表1】
【0064】
上記の結果から、Co(II)Fe(II)ナノコーンの化学組成は、Co2+ 0.80Fe2+ 0.20(OH)1.69DS0.31-HOと推定された。ヨウ素酸化処理後のCo(II)Fe(III)ナノコーンのエネルギー分散型X線分光器(EDS)による元素解析の結果、Fe:Iは3.97:1であり、理論値であるFe:I=1:1よりもはるかに大きく、炭酸アニオン(CO 2-)のインタカレーションの可能性を示唆している。
結果、Co(II)Fe(III)ナノコーンの化学組成は、Co2+ 0.80Fe3+ 0.2(OH)1.69DS0.31n- 0.2/nO(A=I又はCO 2-)と推定された。
【0065】
図16は、コバルトベースの水酸化物ナノコーン(Co(II)及びCo(II)Ni(II))の正規化されたUV-Vis吸着スペクトル測定結果である。八面体(O)配位と四面体(T)配位のCo2+のd-d吸収については、それぞれ465nmを中心とした広い吸収バンドと580nmと665nmに強いピークが割り当てられている。
【0066】
Co(II)Fe(II)及びCo(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのUV-Visスペクトルプロファイルはほぼ同じであり、トポタクチックな酸化反応が配位環境を変化させていないことが示唆された。しかし、Co(II)及びCo(II)Ni(II)水酸化物ナノコーンと比較して、Co(II)Fe(II)及びCo(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのTピークの強度が弱くなり、644nmから636nmにブルーシフトしたことや、Oピークが465nmから400nmにブルーシフトしたことから、Feには八面体と四面体の配位が共存していることが示唆された。
【0067】
図17はラマンスペクトルを表す図である。Co(II)ナノコーンでは、480cm-1と530cm-1を中心とする2つのバンドがそれぞれCo-O(Oh)対称振動とO-Co-O変角モードに割り当てられる。
更に、Co-O(O)(0.212nm)の結合長は、Co-O(T)(0.190nm)(図18はモデル図である。)よりもわずかに大きいので、Co-O(T)振動は低いラマンシフト領域に位置している。従って、452cm-1と439cm-1を中心とするバンドは、それぞれCo-O(T)対称振動とOCo-O変角モードに起因している。
【0068】
Co(II)Fe(III)ナノコーンの場合、Fe-O(O)対称振動は563cm-1に位置しており、これはCo-O(O)対称振動に非常に近く、Co(II)NCよりも広いバンドとなっている。Fe-O(T)/Co-O(T)、O-Fe-O(T)/O-Co-O(T)、及び、S-Oの振動は、425-465cm-1の範囲ではるかに広いバンドを構成するために互いに重なり合っている。ラマンの結果は、Co2+とFe3+の八面体と四面体の配位も支持している。
【0069】
X線吸収端近傍分光法(XANES)は、配位幾何学的な形状と電子構造を特徴づけるための強力な手法である。
図19、及び、図20は、それぞれCo(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのCo K-edgeのXANES、Fe K-edgeのXANESの結果を表す図である。図19、及び、図20において、約7700eVと7100eVに位置するプレエッジピークは、主にCoOとFeO四面体の1s→3dの吸収過程に起因している。
【0070】
図21、及び、図22は、拡張X線吸収微細構造(EXAFS)のフーリエ変換(FT)を表す図である。
R空間におけるCoとFeのK吸収端のフーリエ変換の横軸は、金属-酸素(M-O)と金属-金属(M-M)の結合長に対応している。Co(II)Fe(III)ナノコーンの場合、四面体配位には2種類の金属-酸素結合が存在する。1つは、DSイオンの頂点の硫酸基と配位している主層の酸素であり、金属-酸素結合(1T、結合長:1.5オングストローム以下)をもたらす。もう一つは、四面体と八面体の間で共有する酸素結合(2T、結合長:1.9オングストローム以下)である。一方、八面体には金属-酸素結合が1種類しかない(O、結合長:2.10オングストローム以下)。結合形態の模式図は図21、及び、図22にそれぞれ示されている。
【0071】
実際の結合長はR空間よりも0.35~5オングストローム長いため、1~3オングストロームの範囲にある3つのピークは、それぞれノイズピーク(NP)/M-O 1T、 M-O 2T/O、M-M O/T(M=Co、Fe)と解釈される。
【0072】
【表2】
【0073】
表2は、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのEXAFSのフィッティングパラメーターをまとめた表である。表2によれば、Co-OとFe-Oの配位数はともに4から6の間にあり、CoOとFeOの四面体とCoOとFeOの八面体が共存していることが確認された。Co-Oの配位数(5.2)に比べて、Fe-Oの配位数は4.8と小さく、Feの方が四面体配位を形成する傾向が強いことが示唆された。つまり、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンは、Co2+とFe3+の価数が混在する層状複水酸化物の特徴と、八面体配位と四面体配位が共存するα相の特徴を併せ持つと言える。
【0074】
Fe比の異なるCo(II)Fe(II)水酸化物ナノコーンのOER触媒としての性能を1M KOH溶液中の回転円盤電極(RDE)を用いて調べた。CoイオンはOERプロセスにおける主な酸素生成サイトとして機能するが、Feイオンは活性化中心と考えられる可能性が高い。
さらに、図23のリニアスイープボルタンメトリー(LSV)で明らかになったように、Fe比の増加に伴い、Co(II)9.4Fe(II)では340mVからCo(II)Fe(II)では310mVへと過電位が減少した。
【0075】
対応するタフェルプロット(図24)によると、Co(II)9.4Fe(II)水酸化物ナノコーン、Co(II)6.6Fe(II)、Co(II)4.0Fe(II)NCの傾きは、それぞれ、116.09mVdec-1、92.08mV dec-1、及び、69.54mVdec-1だった。
【0076】
図25は、ベンチマーク触媒であるRuOと比較したOER反応における水酸化物ナノコーンのLSV曲線である。Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンは、10mAcm-1の電流密度で263mVの最小の過電位を示し、これはRuO(290mV)よりも低かった。
一方、Co(II)Fe(II)水酸化物ナノコーンは320mVの大きな過電位を示した。これは、Feイオンの酸化により触媒性能が大幅に向上したことを示している。
【0077】
Journal of the American Chemical Society,vol.133,p.613-620(2011)には、DSがインタカレートされたCo(II)Fe(III)層状複水酸化物ナノプレートが、β-Co4/5Fe1/5(OH)のトポタクチックな酸化反応後、DSアニオン交換により調製されたことが記載されている。
【0078】
ヨウ化物がインタカレートされた場合と比較して、DSがインタカレートされたCo(II)Fe(III)層状複水酸化物ナノプレートの層間空間は拡大し、その結果、より大きな電流とそれに対応するより小さな過電位がもたらされる。DSがインタカレートされたCo(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンは、上記Co(II)Fe(III)層状複水酸化物ナノプレートの過電位よりも、さらに47mV小さい。
【0079】
このような違いは、OER触媒としてCo(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンを用いることの優位性を証明している。
図26は、図25のタフェルプロットである。図26に見られるように、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのターフェル傾きは、44.29mVdec-1であり、Co(II)Fe(III)ナノプレートレットの91.94mVdec-1、Co(II)Fe(II)水酸化物ナノコーンの69.54mVdec-1、及び、RuOの70.08mVdec-1より小さかった。
【0080】
Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンの高活性化の起源をさらに理解するために、Co(II)Fe(III)ナノプレートレットとCo(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンの二重層キャパシタンス(Cdl)を測定し、また、電気化学有効表面積(Electrochemical active surface area;ECSA)を見積もった。
なお、Co(II)Fe(III)ナノプレートレットは、Journal of the American Chemical Society,2007,vol.129,p5257-5263の「Experimental Section」に記載の方法により合成されたものである。
【0081】
図27は、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンの異なるスキャンレート条件(10、20、40、60、80、100mVs-1)でのサイクリックボルタンメトリー測定結果である。また、図28は、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノプレートレットの異なるスキャンレート条件(10、20、40、60、80、100mVs-1)でのサイクリックボルタンメトリー測定結果である。
図27及び図28の結果から、図29に示すように、ECSAを計算したところ、層間空間の拡大によって、ECSAがより高まることが理解される。
【0082】
DSがインタカレートされたCo(II)Fe(III)ナノプレートレットとCo(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンは層間間隔がほぼ同じ(~2.5nm)であるにもかかわらず、ECSAは、ナノプレートレットが5.4mFcm-2であるのに対して、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンはその略4倍の21.8mFcm-2だった。
【0083】
また、電気化学反応後の円錐状の形態は良好に保たれており、この特異な形態がECSAや触媒活性を高めるのに有利であることを示している。
図30に示すように、電気化学インピーダンス分光法(EIS)と等価回路を用いて電子移動速度を調べた。Co(II)Fe(III)ナノプレートレット、及び、RuOサンプルにおける単一の半円は、電極触媒表面と電解質の間の電荷移動抵抗(Rct)に対応する。一方、Co(II)Fe(II)水酸化物ナノコーンとCo(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンでは、2つの半円が観測された。
【0084】
高周波の半円はRctに対応しており、低周波の半円はファラデー過程での表面中間体(Ra)の吸着に起因していると考えられる。このことから、ファラデー過程ではナノコーンの四面体及び八面体配位が中間体の形成に寄与していると解釈できる。300mVの過電位下では、Co(II)Fe(III)ナノプレートレットやRuOよりもはるかに小さい1.77Ωの最小の電荷移動抵抗(Rct)がCo(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンで観測された(表3)。これは、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンがOERにおけるより早い電子移動速度を有していることを裏付けている。
【0085】
【表3】
【0086】
オキシ水酸化物の電子伝導度の順序は以下のようになることが知られている、NiOOH>CoOOH>FeOOH。これは、四面体コバルト配位、四面体鉄配位が、コバルト/鉄オキシ水酸化物(CoOOH/FeOOH)に酸化されやすいという事実によって説明できる。触媒活性の他に、触媒の電気化学的耐久性を10mAcm-2でのクロノポテンシオメータ試験により調べた。Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンは18時間後もほぼ一定の電位を保持していた。対照的に、RuOでは13時間後にわずかな電位上昇が観察された(図31)。
【0087】
更に、特定の過電位での単位時間あたりの各活性中心が開始する反応の総数であるターンオーバー頻度(TOF)は、触媒の活性を比較し、大規模応用の可能性を評価するための重要な指標の一つである。
【0088】
300mVの過電位でのCo(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのTOF値をCo(II)Fe(III)ナノプレートレット、及び、いくつかの報告(Journal of the American Chemical Society.2014,136,7077-7084.、Nanoscale 2016,8,10425-10432.、ACS Nano 2015, 9, 1977-1984.)されている水酸化物触媒の値とともに示した図が図32である。この比較から、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンの最高TOF値である0.14S-1は、OERのための最も活性な水酸化物触媒の一つである可能性があることが明らかになった。
さらに、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのファラデー効率を評価した図が図33である。その結果、97.1%効率は、電流が主に酸素発生のために消費されていることを示しており、実用化への大きな可能性を秘めている。
【0089】
性能向上の理由を明らかにするために、クロノポテンシオメトリ試験後の試料のXPS分析(図34~35)、及び、ラマン分光(図36)を行った。
図34及び35に示されたように、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーン中のCo 2pのXPSピークは、クロノポテンシオメトリ後に正のエネルギーにシフトしており、Co(II)Fe(III)ナノプレートレットと比較してCoの価数状態が高いことを示している。
【0090】
更に、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンでは、Fe 2pの価数が有意に変化していることがわかった。これは、ラマンスペクトル(図36)によってさらに裏付けられている。Co(II)NC中の490及び690cm-1を中心とする2つのバンドはCoOOHに関連しており、Co(II)Fe(III)ナノプレートレット、及び、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーン中の571cm-1及び640cm-1の2つの追加の特徴的なバンドはFeOOHに関連している。
【0091】
Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンは、ナノプレートレットよりもFeOOHの密度が高いピークを示した。遷移金属オキシ水酸化物(MOOH、M=Fe、Co、Ni)は、水酸化物上の不可逆的な表面再構成から生成される本質的な触媒活性種と考えられている。ラマン及びXPSの証拠に基づいて、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンがより高い遷移金属酸化状態、特にFeにおいて優れた能力を示すことが示された。この結果は、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンの非常に小さなRctの結果も説明できる(図30)、これは遷移金属オキシ水酸化物の高い含有量に起因している。
【0092】
Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンと、従来のLDHナノプレートレットと、オキシ水酸化物への変換能力をさらに理解するために、脱水素化のための状態密度(DOS)とエネルギー障壁をプローブするためにDFT(density functional theory)計算を行った。
【0093】
図37に示すように、Fe3+(O)とFe3+(T)の結晶場図は高スピン状態であった。しかし、M-O配位子結合の場合には、遷移金属のt2g軌道とOの2pπu軌道の間に激しい電子・電子反発が生じ、d軌道の分裂を引き起こしている。Fe3+(T)のt2g軌道を占めるスピン電子の数は少なく、その結果、Fe3+(O)よりもフェルミ準位に近いFe3+(T)-Oのt2g非占有軌道のエネルギー準位は低くなった。従来のLDHとCo(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのDOS計算では、Fe3+(T)の非占有状態が0.5eV付近にあることが確認されており、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンではFeの活性が高いことを示している(図38)。
【0094】
更に、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンとLDHのオキシ水酸化物への再構成は、脱水素化ほど単純ではないが、図39に示すように、脱水素化する能力は、おそらく最初で最も重要なステップである。Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンの四面体構造サイトのFe-O-H(0.22 eV)は、従来のLDHの八面体サイトの(0.33eV)よりも低い脱水素エネルギー(ΔGDe-H)を持っており、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンが相転移を受けやすいことを示している(DFT計算エネルギー、表4)。
【0095】
【表4】
【0096】
図40は、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンのOERの推定プロセスである。ステージ1のCo1-xFeOOHは、OER触媒反応全体の開始点である。注目すべきことに、ステージ4では、高スピンのFex+サイトがOの不対電子を安定化し、それに応じてエネルギー障壁を低下させる。ステージ4のOはHO溶媒分子とのO-Oカップリングを促進し、Co4+に吸着したOOHを形成する(ステージ5)。その結果、鉄の酸化状態が高くなると、OとO-Oの結合が促進され、過電位が低下し、TOF値が著しく向上することがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0097】
ヨウ素(I)を用いたトポロジカル酸化反応により、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンが合成された。XPS、UV、ラマン、XAFS分析の結果、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンは、八面体(O)/四面体(T)配位とLDHの両方が混在した特異な構造(Mix-Oh/Td LDH)を特徴とすることが確認された。Co2+とFe3+の金属カチオンは共に八面体/四面体配位である。
OER触媒反応では、四面体配位のCo2+の方が酸化状態の高いオキシ水酸化コバルトの生成を促進し、導電性を高めることができる。さらに、四面体配位のFe3+では、より顕著な価数増加が起こり、Oの安定化が容易になり、OER反応におけるエネルギー障壁が低下する。
更に、中空の円錐形状は非常に高いECSAをもたらす。これらの要因が、Co(II)Fe(III)水酸化物ナノコーンで観測された優れたOER活性の原因である。
本ナノコーンは、高性能OER水酸化物触媒に使用できる。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26
図27
図28
図29
図30
図31
図32
図33
図34
図35
図36
図37
図38
図39
図40