(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-28
(45)【発行日】2024-07-08
(54)【発明の名称】注入用潤滑剤
(51)【国際特許分類】
C10M 103/06 20060101AFI20240701BHJP
C10M 105/12 20060101ALI20240701BHJP
C10N 10/12 20060101ALN20240701BHJP
C10N 30/00 20060101ALN20240701BHJP
C10N 30/06 20060101ALN20240701BHJP
C10N 40/32 20060101ALN20240701BHJP
C10N 50/02 20060101ALN20240701BHJP
【FI】
C10M103/06 C
C10M105/12
C10N10:12
C10N30:00 Z
C10N30:06
C10N40:32
C10N50:02
(21)【出願番号】P 2024031902
(22)【出願日】2024-03-04
【審査請求日】2024-03-13
(31)【優先権主張番号】P 2023182209
(32)【優先日】2023-10-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】323012173
【氏名又は名称】木下 尚行
(74)【代理人】
【識別番号】110002446
【氏名又は名称】弁理士法人アイリンク国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】木下 尚行
【審査官】齊藤 光子
(56)【参考文献】
【文献】US Research Nanomaterials,Inc,Tungsten Disulfide WS2 Nanopowder/Nanoparticles(Tungsten(IV)sulfide,WS2,40-8 0nm,99.9+%,Amorphous),[online],2021年01月17日,[2023年11月24日検索]Wayback Machine,インターネット<URL: https://web.archive.org/web/20210117134522/https://www.us-nano.com/inc/sdetail/1030>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M 101/00-177/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
自転車用チェーンの部品間の隙間である微小隙間に注入する注入用潤滑剤であって、
二硫化タングステン粉末及び揮発性溶媒のみからなり、
上記二硫化タングステン粉末の含有割合が、25〔重量%〕以下である
注入用潤滑剤。
【請求項2】
上記揮発性溶媒は、低級アルコールである
請求項1に記載の注入用潤滑剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、例えば自転車の摺動面間などに用いる、微小隙間用の注入用潤滑剤に関する。
【背景技術】
【0002】
摺動部分に注入する潤滑剤として、オイルやワックスが知られている。また、より高性能な潤滑剤として、摩擦係数が小さい固体潤滑剤成分をオイルやワックスに混合したものが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記のような、オイルやワックスを媒体とした潤滑剤は、必要個所への付着性には優れているが、例えば、自転車のチェーンや軸受などの微小隙間に浸透しにくいという問題があった。
オイルやワックスなどを、隙間の外側から無理やり押し込むようにするため、摺動部分だけでなく、外周面にも余分なワックス等が付着してしまう。そして、オイルやワックスに砂や塵埃などの異物が付着して塊になってしまう。また、自転車のチェーン等では、走行中に、固形化したワックス等がチェーン等から周囲に飛散してしまうこともある。
【0005】
この発明の目的は、微小隙間にスムーズに浸透して、外部にはみ出したり、異物を付着させたりすることなく、低摩擦を実現する注入用潤滑剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
第1の発明は、自転車用チェーンの部品間の隙間である微小隙間に注入する注入用潤滑剤であって、二硫化タングステン粉末及び揮発性溶媒のみからなり、上記二硫化タングステン粉末の含有割合が、25〔重量%〕未満である。
【0007】
第2の発明は、上記揮発性溶媒が低級アルコールである。
【発明の効果】
【0008】
第1の発明によれば、粘度が低い液体状の潤滑剤を微小隙間に注入しやすい。注入された潤滑剤は、摺動面に広がり、揮発性溶媒が蒸発した後には、二硫化タングステンのみが摺動面に残って低摩擦を実現できる。
また、潤滑剤には、オイルやワックスのような粘着物質が含まれないので、潤滑剤に、塵埃などが付着して塊になったり、それが飛散したりすることもない。
【0009】
また、二硫化タングステンが必要個所からはみ出さないため、二硫化タングステンを無駄にすることがない。
さらに、自転車に用いる場合、チェーンを自転車に装着したままで、粘度が低い液体状の潤滑剤を微小隙間に注入できる。例えば、チェーンにワックスを塗布する場合には、加熱して液体状にしたワックスに自転車から取り外したチェーンを浸してワックスを浸透させなければならない。しかし、この発明の潤滑剤を用いれば、ワックスの溶解、自転車からのチェーンの取り外し、チェーンの再取り付けなどの手間が一切不要になる。
【0010】
第2の発明によれば、潤滑剤の粘度が低く、微小隙間に注入しやすい。また、揮発性溶媒が水性なので、隙間の外にはみ出した液体を拭取る必要がない。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、微小隙間への潤滑剤の浸透性を確認するための鉛直浸透試験方法の説明図である。
【
図2】
図2は、鉛直浸透試験結果を示す写真である。
【
図3】
図3は、実施形態の水平浸透試験方法の説明図である。
【
図4】
図4は水平試浸透験結果を示す模式図で、(a)はサンプルF(30〔重量%〕)、(b)はサンプルG(25〔重量%〕)の場合である。
【
図6】
図6は、水平浸透試験結果を示すグラフである。
【
図7】
図7は、実施形態の潤滑剤の拡散状態を示す写真である。
【
図9】
図9は、自転車のチェーンの部分断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
この発明の一実施形態を以下に説明する。
実施形態の注入用潤滑剤は、揮発性溶媒としてのイソプロピルアルコールに、二硫化タングステン粉末を混合し、イソプロピルアルコールと二硫化タングステンのみからなる液状のものである。
具体的には、秤量した二硫化タングステン粉末に、純度99.9%以上のイソプロピルアルコールを加え、容器に入れ蓋を閉めて振とうして混合した。このとき、二硫化タングステン粉末の含有量を変えて複数の濃度の潤滑剤を調整した。
【0013】
調製された潤滑剤は液状であり、二硫化タングステン粉末の含有割合が多くなると、多少粘度が高くなるように見える。
上記二硫化タングステン粉末は、平均粒径が0.5〔μm〕、静摩擦係数が0.07、動摩擦係数が0.03の粉体である。
実施形態の潤滑剤を、摺動面となる微小隙間に注入すれば、短時間に微小隙間でイソプロピルアルコールが蒸発し、摺動面には二硫化タングステン粉末のみが残される。
二硫化タングステン粉末は、上記したように摩擦係数が非常に低い物質なので、イソプロピルアルコールが蒸発した後、固形潤滑剤として機能することが期待できる。
【0014】
[鉛直浸透試験]
以下に、実施形態の潤滑剤の、微小隙間への浸透性を確認する試験について説明する。
図1は、鉛直浸透実験に用いる試験用治具である。
この試験では、
図1に示すように、一対のガラス板1,2の間にスペーサー3,4を設けて、ガラス板1,2の対向間隔dを60〔μm〕に調整して用いた。上記ガラス板1,2は、長さSが76〔mm〕、幅Wが25〔mm〕のプレパラート用のスライドガラスであり、平滑な表面を備えている。
【0015】
上記のようなガラス板1,2の幅Wを上下方向にして立てた状態で、上方からガラス板1,2間に図示しないボトル先端のスポイト5で潤滑剤を滴下する。その後、ガラス板1,2間における当該ガラス板1,2の上縁からの潤滑剤の浸透距離を測定した。
滴下した潤滑剤のサンプルは、二硫化タングステン粉末の含有割合を、60〔重量%〕としたサンプルA、50〔重量%〕にしたサンプルB、45〔重量%〕にしたサンプルC、40〔重量%〕にしたサンプルDの4種類である。
なお、60〔μm〕の間隔は、
図9に示す自転車用チェーンにおける部品間の隙間g1,g2,g3,g4に相当する。また、自転車用チェーンにおける部品間の隙間g1,g2,g3,g4は、自転車用チェーンのメーカや仕様等によって異なると考えられるが、自転車用チェーンのメーカや仕様等によっても、60〔μm〕の間隔から大きくかけ離れたものにはならないと考えている。
【0016】
[鉛直浸透試験結果]
図2は、上記のガラス板1,2間に、二硫化タングステン粉末の含有割合を変えた潤滑剤を浸透させた浸透試験結果であり、ガラス板1の表面側から撮った写真である。
二硫化タングステン粉末の含有割合は、
図2において左側から順に、サンプルA,B,C,Dの写真である。この写真でガラス板1,2間に広がっている黒色部分が、潤滑剤中の二硫化タングステン粉末である。二硫化タングステン粉末の、ガラス板1の上端1aからの到達距離は
図2に表示したように、サンプルAでは2.60〔mm〕、サンプルBでは3.25〔mm〕、サンプルCでは5.15〔mm〕、サンプルDでは5.70〔mm〕であった。
【0017】
この試験結果から、二硫化タングステン粉末の含有割合が50〔重量%〕以上では、滴下した潤滑剤の全量がガラス板1,2間に浸透せず、ガラス板1,2の上縁の上に二硫化タングステン粉末が盛り上がったままになり、浸透距離も4〔mm〕未満であった。
これに対し、二硫化タングステン粉末の含有割合が、サンプルCに相当する45〔重量%〕以下では、滴下した潤滑剤の全量がガラス板1,2間に浸透し、浸透距離も5〔mm〕以上になった。また、ガラス板1,2の上縁の上に二硫化タングステン粉末が残ることもなかった。
このような結果は、二硫化タングステン粉末の含有割合が多くなると、潤滑剤の粘度が高くなるためと考えられる。
【0018】
一方、二硫化タングステン粉末の含有割合を少なくすればするほど、潤滑剤の粘度が下がって浸透性が向上すると考えられる。例えば、二硫化タングステン粉末の含有割合を12.5〔重量%〕とした不図示のサンプルEは、上記ガラス板1,2の上方から滴下した潤滑剤がガラス板1,2の下端となる25〔mm〕まで到達することを確認している。
これらの結果から、二硫化タングステンが45〔重量%〕以上では、滴下した潤滑剤の全量を60〔μm〕の微量隙間に浸透させることができないことが分かった。
【0019】
[水平浸透試験]
次に、
図3に示す水平浸透試験を行った。この水平浸透試験では、
図1に示した鉛直浸透試験に用いたガラス板1,2と同じものを水平にして、注入部p一か所からガラス板1,2間にスポイト5で潤滑剤を1滴分だけ注入した。
この試験に用いたサンプルは、二硫化タングステン粉末の含有割合を、30〔重量%〕としたサンプルF、25〔重量%〕のサンプルG、24〔重量%〕のサンプルH、23〔重量%〕のサンプルI、22〔重量%〕のサンプルJ、21〔重量%〕のサンプルK、20〔重量%〕のサンプルLの7種類である。
【0020】
それぞれのサンプルの浸透状態を写真撮影し、画像処理ソフトを用いて浸透面積を算出した。
この水平浸透試験では、ガラス板1,2間の微小隙間に、スポイト5による押圧力で潤滑剤が押し込まれて浸透するが、鉛直浸透試験のような重力の影響を受けにくい。実際に、自転車のチェーンの隙間g1からピン11に向かって注入する状態により近いと考えられる(
図9参照)。
【0021】
[水平浸透試験結果]
図4(a)、(b)は、二硫化タングステンの含有割合がサンプルF(30〔重量%〕)と、サンプルG(25〔重量%〕)の浸透状態の模式図である。サンプルFでは、
図4(a)に示すように注入部pの両脇にガラス板1,2の縁に沿った広がりができたが、矢印で示した注入方向への浸透はほとんどなかった。これに対し、サンプルGは、
図4(b)のように矢印方向へ浸透したことが確認できた。なお、粉末の含有割合が25〔重量%〕以下のサンプルF~Lは全て、矢印方向に浸透した。
【0022】
図5は、画像処理ソフトを用いて算出した浸透面積を示す表であり、
図6は、
図5の結果をグラフ化した図である。
図5、
図6に示すように、粉末の含有割合の変化に対する浸透面積の増加が、25〔重量%〕以下で急激に大きくなっている。
【0023】
これらの結果から、水平浸透試験でも、鉛直浸透試験と同様に、二硫化タングステン粉末の含有割合が少ないほど浸透しやすく、浸透面積が大きくなることが分かる。特に、
図5、
図6の結果から、二硫化タングステンの含有割合が25〔重量%〕で、潤滑剤の浸透性が変わり、浸透面積の変化割合も変わることが分かった。
すなわち、二硫化タングステン粉末の含有割合が25〔重量%〕以下で浸透性が急に高くなることが分かった。
【0024】
一方、二硫化タングステン粉末の含有割合が30〔重量%〕では、注入部pから微小隙間への浸透性が低く、開口部分に沿って二硫化タングステン粉末が固まってしまうことが分かった。そのため、追加注入も難しく、微小隙間に潤滑剤をいきわたらせることは困難である。
したがって、自転車の、チェーンや軸受部のような摺動面間の微小隙間へ注入する注入用潤滑剤としては、二硫化タングステン粉末の含有割合は25〔重量%〕以下が好ましいと考える。
【0025】
[拡散試験]
次に、二硫化タングステン粉末の含有割合を変化させ、潤滑剤中の二硫化タングステン粉末がどのくらい広がるのかを確認する拡散試験を行った。
試験サンプルは、二硫化タングステン粉末含有割合が、60〔重量%〕のサンプルAと、12.5〔重量%〕のサンプルE、1.0〔重量%〕のサンプルMの3種類である。
各サンプルA,E,Mを、スポイトによって、水平に置いた紙の上に1滴滴下し、拡散した面積を計測した。その計測を各サンプルA,E,Mでそれぞれ10回行なった。
【0026】
[拡散試験結果]
図7は、滴下した潤滑剤の拡散状態を示した写真である。
各サンプルについて、紙の上での広がりを計測した。具体的には、潤滑剤が広がったエリアの長径と短径とを計測し、その平均径の円の面積を拡散面積とした。その結果は
図8に示すとおりである。
【0027】
それぞれのサンプルについて、10点の平均値は、二硫化タングステン粉末の含有割合が、1〔重量%〕のサンプルMでは168.1〔mm2〕、12.5〔重量%〕のサンプルEでは69.0〔mm2〕、60〔重量%〕のサンプルAでは5.4〔mm2〕であった。なお、上記サンプルAでは、二硫化タングステン粉末が紙上に持ち上がった状態で固まってしまった。サンプルAは、粉末の含有割合が高いため、液体が十分に拡散しないうちにイソプロピルアルコールが蒸発してしまったためと考えられる。一方、サンプルFでは、拡散面積が非常に広くなっているため、写真の画像では非常に薄い色になっている。
【0028】
上記の試験結果から、二硫化タングステン粉末の含有割合が少ないほど液状の潤滑剤の広がりは大きくなるが、含有割合が、1.0〔重量%〕というように少ないサンプルMでも、二硫化タングステン粉末は液体とともに十分に広がることが分かった。
【0029】
[走行試験]
次に、上記実施形態の潤滑剤の効果を確認するため、潤滑剤を注入した自転車の走行試験を行なった。
図9に示すチェーン6は、走行試験に使用した自転車のチェーンの構造になる。チェーン6は、外プレート7,7、内プレート8,8、ローラー9、ブッシュ10、及びピン11で構成されている。
そして、外プレート7と内プレート8との隙間g1、内プレート8とローラー9の端面との隙間g2、ローラー9の内周面とブッシュ10の外周面との隙間g3、ブッシュ10の内周面とピン11の外周面との隙間g4は、それぞれ約60〔μm〕である。
【0030】
試験方法は以下のとおりである。
上記隙間g1,g2,g3のほか、ハブベアリング、フリーホイルラチェットに、実施形態の潤滑剤と、自転車チェーン用のオイルを注入して、一定距離の走行時間を比較する。なお、隙間g4には、隙間g1を通して潤滑剤が浸透することを想定している。
実施形態の潤滑剤は、溶媒がイソプロピルアルコールで、二硫化タングステン粉末の含有割合を12.5〔重量%〕にしたサンプルEで、比較例の自転車チェーン用のオイルは、株式会社エーゼット社のロードレースSP/BIc-004である。これらを、ピン11の両端側の隙間g1,g1付近に1滴ずつ注入した。
また、使用した自転車用チェーンは、シマノ製DURA-ACE CN-M9100である。
【0031】
それぞれの潤滑剤を注入して、国道134号線の同じ個所の距離21.01〔km〕を複数回実走した。
なお、使用した機材、使用部品、自転車、タイヤの空気圧、自転車の運転者は全て同一にし、走行距離及び時間は、GPS情報を用いたアプリ(Strava)を用いて計測した。
【0032】
[走行試験結果]
走行試験の結果を
図10に示す。
走行時間は、
図10のとおり、二硫化タングステン粉末を12.5〔重量%〕含有した本発明の実施形態の潤滑剤(サンプルE)を注入した場合は47分50秒であり、一般的な自転車チェーン用オイルを注入した場合は48分40秒だった。
上記のように、実施形態の潤滑剤を用いた場合には、オイルを用いた場合と比べて平均で50秒、約1.71〔%〕速かった。
【0033】
なお、上記実施形態の潤滑剤を用いた場合の試験結果は23回の計測値の平均値であり、オイルを用いた場合の試験結果は22回の平均値である。いずれも20回以上の平均値であり、有意差は認められる。
このことから、イソプロピルアルコールに二硫化タングステン粉末を含有した実施形態の潤滑剤は、自転車チェーン用オイルよりも低摩擦抵抗を実現し、パワーロスが少ないことが確認できた。
【0034】
また、実施形態の潤滑剤は、イソプロピルアルコールを溶媒とした液体で、二硫化タングステン粉末の含有割合が25〔重量%〕未満なので、微小隙間への浸透性及び拡散性が高く、隙間g1,g2,g3,g4などに行き渡りやすい。
また、イソプロピルアルコールは揮発性溶媒なので、液状の潤滑剤が注入された後に比較的短時間で蒸発する。そのため、微小隙間内には、二硫化タングステン粉末のみが残留して、固形潤滑剤としての効果を存分に発揮する。
【0035】
しかも、実施形態の潤滑剤には、オイルやワックスなどの粘着物質が含まれていない。そのため、粘着物質が砂や塵などを付着させて塊になったり、その塊を飛散させてしまったりすることもない。
上記したように、実施形態の潤滑剤は、溶媒が蒸発した後、二硫化タングステン粉末のみが摺動面に残留し潤滑機能を発揮するので、その低摩擦効果が安定している。
さらに、この実施形態の潤滑剤は、粘度が低く微小隙間に注入が可能な液状なので、ワックスを含んだ潤滑剤を使用する場合と違って、ワックスの溶解や、自転車からのチェーンの取り外し、再取り付けなどの手間が不要である。
【0036】
上記実施形態では、揮発性溶媒としてイソプロピルアルコールを使用しているが、隙間への注入後に適当な時間で蒸発するような液体であれば、溶媒はイソプロピルアルコールに限らない。
但し、揮発性が高すぎて瞬時に蒸発してしまうような溶媒を用いた場合には、容器から出した潤滑剤の液状を維持しにくくなり、取り扱いも難しくなるので、適度な揮発性の液体を選択することが好ましい。
【0037】
なお、イソプロピルアルコールやエチルアルコール、メチルアルコールなどの低級アルコールは、粘度が低く微小隙間に浸透しやすいうえ、水性なので、隙間の外にはみ出した液体を拭取る必要がないというメリットもある。さらに、イソプロピルアルコール、エチルアルコール、メチルアルコールなどは、一般的な溶媒で入手しやすいため、これらを用いる潤滑剤の製造コストを押さえることもできる。
【0038】
また、上記潤滑剤における二硫化タングステン粉末の含有割合は、25〔重量%〕未満で、注入個所に応じて適宜選択することが好ましい。さらに時間経過によって、溶媒が蒸発して粉末濃度が高くなり過ぎた場合には、同一溶媒によって希釈して使用することも可能である。
【0039】
例えば、
図9に示すような自転車用チェーン(シマノ製DURA-ACE CN-M9100)において、摺動面となる、隙間g1,g2,g3,g4の対向面、及びローラー9の外周面の、1リンク当たりの合計面積は、約215〔mm
2〕である。この面積を少なくとも一層の二硫化タングステン粉末で覆うことができる二硫化タングステン粉末を、2滴に含む潤滑剤の濃度を算出したところ、約3.9〔重量%〕であった。言い換えれば、二硫化タングステン粉末の含有割合が3.9〔重量%〕であれば、2滴の潤滑剤で1リンク当たりの全摺動面をコーティングできる量の二硫化タングステン粉末を供給できるということである。
【0040】
そして、上記走行試験で用いた12.5〔重量%〕(サンプルE)の潤滑剤は、上記した3.9[重量%]の3倍以上の二硫化タングステン粉末を含有している。したがって、走行試験では、1リンク当たりに2滴の注入で、全摺動面を覆うのに十分な二硫化タングステン粉末を供給できたと考えられる。
なお、ここでは、1滴の体積を0.013〔cm3〕、二硫化タングステン粉末を直径0.5〔μm〕の球形とて演算した。
【0041】
本発明の注入用潤滑は、自転車用チェーン以外の微小隙間を有する摺動面を潤滑にする場合も、上記と同様である。
そして、二硫化タングステン粉末の含有割合が、25〔重量%〕未満なら微小隙間への浸透性は十分であるが、含有割合をより少なくして浸透性を上げた場合には、潤滑が必要な摺動面積に応じて注入量を増やせばよい。
【産業上の利用可能性】
【0042】
様々な微小隙間の潤滑に適している。
【要約】
【課題】 微小隙間に浸透して、外部にはみ出したり、周囲に異物を付着させたりすることなく、低摩擦を実現する注入用潤滑剤を提供すること。
【解決手段】 二硫化タングステン粉末及び揮発性溶媒のみからなり、二硫化タングステン粉末の含有割合を、25重量%以下とする。
【選択図】
図2