(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-28
(45)【発行日】2024-07-08
(54)【発明の名称】健全性評価解析システム及び方法
(51)【国際特許分類】
G01N 23/05 20060101AFI20240701BHJP
G21C 17/00 20060101ALI20240701BHJP
G21D 1/02 20060101ALI20240701BHJP
【FI】
G01N23/05
G21C17/00 600
G21D1/02 Z
(21)【出願番号】P 2020079409
(22)【出願日】2020-04-28
【審査請求日】2023-02-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】317015294
【氏名又は名称】東芝エネルギーシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001380
【氏名又は名称】弁理士法人東京国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】林 貴広
(72)【発明者】
【氏名】田中 重彰
(72)【発明者】
【氏名】小川 琢矢
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 利之
(72)【発明者】
【氏名】板谷 雅雄
【審査官】中尾 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-092292(JP,A)
【文献】特開平11-023776(JP,A)
【文献】特開2001-324497(JP,A)
【文献】特開2004-219180(JP,A)
【文献】特表2004-503790(JP,A)
【文献】特開2014-062780(JP,A)
【文献】特開2020-016542(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2001/0053965(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/05
G21C 17/00
G21D 1/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラント設備における機器あるいは構造物の健全性を評価する健全性評価解析システムにおいて、
前記機器あるいは構造物の材料または環境媒体をそれぞれサンプリングしてその特性や状態量を測定し、または前記特性や状態量を直接計測して測定し測定データを取得するサンプリング・計測装置と、
前記機器あるいは構造物に発生する亀裂や腐食を含む欠陥を検出してサイジングし、前記欠陥に関する検査データを取得する検査装置と、
前記機器あるいは構造物の状態量、運転履歴を含む運転管理情報、補修や保全対策の実績データ、前記サンプリング・計測装置からの前記測定データ、並びに前記検査装置からの前記検査データを記憶する運転履歴記憶装置と、
前記サンプリング・計測装置、前記検査装置及び前記運転履歴記憶装置の少なくとも1つからの実際のデータに基づき、健全性の評価に用いるために解析または設計により設定された欠陥評価パラメータを適正化するデータ解析装置と、
前記データ解析装置により適正化された前記欠陥評価パラメータを用いて前記機器あるいは構造物の健全性を評価する健全性評価解析装置と、を有して構成され
、
前記データ解析装置は、前記サンプリング・計測装置により実際に測定された前記機器あるいは構造物の材料の放射能量データから中性子束データを求め、この中性子束データに基づき、適正化曲線を作成する関数を用いて、解析により設定された前記欠陥評価パラメータとしての中性子照射量または中性子束の値、その分布及びその時刻歴を適正化するよう構成されたことを特徴とする健全性評価解析システム。
【請求項2】
前記データ解析装置は、機器あるいは構造物に対してサンプリング・計測装置により破壊的または非破壊的な方法で実際に直接測定された残留応力データに基づき、適正化曲線を作成する関数を用いて、解析により設定された欠陥評価パラメータとしての残留応力の値、その分布及びその緩和挙動の時刻歴を適正化するよう構成されたことを特徴とする請求項1に記載の健全性評価解析システム。
【請求項3】
前記データ解析装置は、予め準備された微小硬さを含む物性値データと残留応力データとの相関を用いて、機器あるいは構造物の対象部位または類似の構造物に対して、サンプリング・計測装置により実際に直接あるいは採取サンプルを用いて測定された前記物性値データから前記残留応力データを求め、この残留応力データに基づき、適正化曲線を作成する関数を用いて、解析により設定された欠陥評価パラメータとしての残留応力の値、その分布及びその緩和挙動の時刻歴を適正化するよう構成されたことを特徴とする請求項1に記載の健全性評価解析システム。
【請求項4】
前記データ解析装置は、機器あるいは構造物から採取されたサンプルに対して、サンプリング・計測装置により実際に直接測定された材料データに基づき、設計により設定された欠陥評価パラメータとしての亀裂進展速度、強度及び破壊靱性を含む材料特性パラメータの値、前記材料特性パラメータに関する関数、前記材料特性パラメータの分布及びその変化の時刻歴を適正化するよう構成されたことを特徴とする請求項1に記載の健全性評価解析システム。
【請求項5】
前記データ解析装置は、予め準備された微小硬さを含む物性値データと材料データとの相関を用いて、機器あるいは構造物の対象部位または類似の構造物に対して、サンプリング・計測装置により実際に直接あるいは採取サンプルを用いて測定された前記物性値データから前記材料データを求め、この材料データに基づき、設計により設定された欠陥評価パラメータとしての亀裂進展速度、強度及び破壊靱性を含む材料特性パラメータの値、前記材料特性パラメータに関する関数、前記材料特性パラメータの分布及びその変化の時刻歴を適正化するよう構成されたことを特徴とする請求項1に記載の健全性評価解析システム。
【請求項6】
前記データ解析装置は、機器あるいは構造物が晒される環境媒体に対して、サンプリング・計測装置により実際に測定された温度、圧力、導電率、溶存酸素濃度を含む環境データに基づき、設計により設定された欠陥評価パラメータとしての環境パラメータの値、前記環境パラメータに関する関数、前記環境パラメータの分布及びその変化の時刻歴を適正化するよう構成されたことを特徴とする請求項1に記載の健全性評価解析システム。
【請求項7】
前記データ解析装置は、機器あるいは構造物に対して検査装置により実際に検査された欠陥の分布、その密度及びその寸法を含む欠陥検査データに基づき、設計により設定された欠陥評価パラメータとしての初期欠陥モデルの値及びその分布を適正化するよう構成されたことを特徴とする請求項1に記載の健全性評価解析システム。
【請求項8】
前記データ解析装置は、サンプリング・計測装置または検査装置により測定または検査されたデータに基づき、ベイズ更新機能を用いて、解析または設計により設定された欠陥評価パラメータの確率密度関数を適正化するよう構成されたことを特徴とする請求項1に記載の健全性評価解析システム。
【請求項9】
前記データ解析装置は、サンプリング・計測装置により各種データが測定される際に、測定される場所、測定される範囲及び測定点数を実験計画法により予め設定するよう構成されたことを特徴とする請求項1乃至
6のいずれか1項に記載の健全性評価解析システム。
【請求項10】
前記データ解析装置は、機器あるいは構造物の補修、交換、応力改善、水質改善を含む保全対策の施工により更新される欠陥評価パラメータであって、解析または設計により設定された前記欠陥評価パラメータの値及びその分布を、前記施工の実績に関わる実際の運転履歴データを用いて、前記施工の実施時期に、前記施工の内容及びその条件に応じて再設定するよう構成されたことを特徴とする請求項1乃至
6のいずれか1項に記載の健全性評価解析システム。
【請求項11】
プラント設備における機器あるいは構造物の健全性を評価する健全性評価解析方法において、
サンプリング・計測装置により、前記機器あるいは構造物の材料または環境媒体をそれぞれサンプリングしてその特性や状態量を測定し、または前記特性や状態量を直接計測して測定し測定データを取得するステップと、
検査装置により、前記機器あるいは構造物に発生する亀裂や腐食を含む欠陥を検出してサイジングし、前記欠陥に関する検査データを取得するステップと、
運転履歴記憶装置により、前記機器あるいは構造物の状態量、運転履歴を含む運転管理情報、補修や保全対策の実績データ、前記サンプリング・計測装置からの前記測定データ、並びに前記検査装置からの前記検査データを記憶するステップと、
データ解析装置により、前記サンプリング・計測装置、前記検査装置及び前記運転履歴記憶装置の少なくとも1つからの実際のデータに基づき、健全性の評価に用いるために解析または設計により設定された欠陥評価パラメータを適正化するステップと、
健全性評価解析装置により、前記データ解析装置により適正化された前記欠陥評価パラメータを用いて前記機器あるいは構造物の健全性を評価するステップと、を有
し、
前記データ解析装置によって更に、前記サンプリング・計測装置により実際に測定された前記機器あるいは構造物の材料の放射能量データから中性子束データを求め、この中性子束データに基づき、適正化曲線を作成する関数を用いて、解析により設定された前記欠陥評価パラメータとしての中性子照射量または中性子束の値、その分布及びその時刻歴を適正化することを特徴とする健全性評価解析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、プラント設備における機器あるいは構造物の健全性を評価する健全性評価解析システム及び健全性評価解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
原子力発電設備の高経年化に伴い、健全性評価の精度や信頼性の向上は、発電設備全体の有効活用や安全性の向上において重要である。従来の健全性評価では、機器や構造物で想定される経年劣化事象に対して事象の進展解析を行い、評価期間における破壊や機能喪失に至る損傷の発生あるいはその確率を指標に健全性が評価される。
【0003】
例えば、原子力発電設備の中でも特徴的な経年劣化事象として、原子炉圧力容器内に設けられた炉内構造物である炉心シュラウドの健全性評価で扱われる照射誘起応力腐食割れ(IASCC)がある。この例では、原子炉内の核燃料の反応により発生する中性子の照射の蓄積により材料に劣化が発生して進行し、IASCCの発現可能性の増大や破壊靭性の低下等が生じる。
【0004】
従来のIASCCの評価は、予め取得した材料特性データと照射量との関係式や、設計条件に基づいて解析等により保守的に設定した評価条件を用いて行われる。このとき、種々の条件に含まれるバラつきや不確かさを保守的に見積もることにより、実際の設備の供用実績等の実態とかけ離れた、過度に保守的な評価結果になる場合も考えられる。また、最終的な評価結果や各プロセスにどの程度の保守性ないし非保守性が含まれているかを定量的に把握することは、評価の適正化に繋がることに加え、発電設備全体の効率や安全性の観点で、その発電設備を最適に運用し管理し、そのための適切な保全対策の方法やタイミング、更に必要なリソース配分等を決定する上でも有効な判断材料となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2014-62780号公報
【文献】特開2005-345421号公報
【文献】特開2015-81901号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の構造物の健全性に係る欠陥評価では、評価に必要な条件、評価対象の欠陥の寸法及び密度など、並びに欠陥(亀裂)進展速度、強度及び破壊靭性値などの材料特性は、試験データや解析等により予め設定された値または関数を用いて行われている。この方法では、試験データの拡充や評価手法の合理化、解析の精緻化等により精度の向上を期待できる。ところが、一般にこのような改善には時間や費用がかかる上に、実際の挙動に対する機構論上の類似性または同等性、更に条件またはデータに対する代表性や包絡性を前提とするために、評価の保守性ないし非保守性の把握及び適正化に限界がある。
【0007】
本発明の実施形態は、上述の事情を考慮してなされたものであり、プラント設備における測定データや実績データ等を用いることで、プラント設備の実態に即した高精度で且つ信頼性の高い健全性評価を実現できる健全性評価解析システム及び健全性評価解析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の実施形態における健全性評価解析システムは、プラント設備における機器あるいは構造物の健全性を評価する健全性評価解析システムにおいて、前記機器あるいは構造物の材料または環境媒体をそれぞれサンプリングしてその特性や状態量を測定し、または前記特性や状態量を直接計測して測定し測定データを取得するサンプリング・計測装置と、前記機器あるいは構造物に発生する亀裂や腐食を含む欠陥を検出してサイジングし、前記欠陥に関する検査データを取得する検査装置と、前記機器あるいは構造物の状態量、運転履歴を含む運転管理情報、補修や保全対策の実績データ、前記サンプリング・計測装置からの前記測定データ、並びに前記検査装置からの前記検査データを記憶する運転履歴記憶装置と、前記サンプリング・計測装置、前記検査装置及び前記運転履歴記憶装置の少なくとも1つからの実際のデータに基づき、健全性の評価に用いるために解析または設計により設定された欠陥評価パラメータを適正化するデータ解析装置と、前記データ解析装置により適正化された前記欠陥評価パラメータを用いて前記機器あるいは構造物の健全性を評価する健全性評価解析装置と、を有して構成され、前記データ解析装置は、前記サンプリング・計測装置により実際に測定された前記機器あるいは構造物の材料の放射能量データから中性子束データを求め、この中性子束データに基づき、適正化曲線を作成する関数を用いて、解析により設定された前記欠陥評価パラメータとしての中性子照射量または中性子束の値、その分布及びその時刻歴を適正化するよう構成されたことを特徴とするものである。
【0009】
本発明の実施形態における健全性評価解析方法は、プラント設備における機器あるいは構造物の健全性を評価する健全性評価解析方法において、サンプリング・計測装置により、前記機器あるいは構造物の材料または環境媒体をそれぞれサンプリングしてその特性や状態量を測定し、または前記特性や状態量を直接計測して測定し測定データを取得するステップと、検査装置により、前記機器あるいは構造物に発生する亀裂や腐食を含む欠陥を検出してサイジングし、前記欠陥に関する検査データを取得するステップと、運転履歴記憶装置により、前記機器あるいは構造物の状態量、運転履歴を含む運転管理情報、補修や保全対策の実績データ、前記サンプリング・計測装置からの前記測定データ、並びに前記検査装置からの前記検査データを記憶するステップと、データ解析装置により、前記サンプリング・計測装置、前記検査装置及び前記運転履歴記憶装置の少なくとも1つからの実際のデータに基づき、健全性の評価に用いるために解析または設計により設定された欠陥評価パラメータを適正化するステップと、健全性評価解析装置により、前記データ解析装置により適正化された前記欠陥評価パラメータを用いて前記機器あるいは構造物の健全性を評価するステップと、を有し、前記データ解析装置によって更に、前記サンプリング・計測装置により実際に測定された前記機器あるいは構造物の材料の放射能量データから中性子束データを求め、この中性子束データに基づき、適正化曲線を作成する関数を用いて、解析により設定された前記欠陥評価パラメータとしての中性子照射量または中性子束の値、その分布及びその時刻歴を適正化することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の実施形態によれば、プラント設備における測定データや実績データ等を用いることで、プラント設備の実態に即した高精度で且つ信頼性の高い健全性評価を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本実施形態に係る健全性評価解析システムを示すブロック図。
【
図2】
図1の健全性評価解析システムにおける健全性の評価手順等を示すフローチャート。
【
図3】
図1の機器あるいは構造物としての炉心シュラウドを示し、(A)はその炉心シュラウドの水平断面図、(B)は
図3(A)の一部を、発生した亀裂と共に示す部分断面図。
【
図4】
図3の炉心シュラウドにおける厚さ方向の中性子束分布を適正化する一例を示すグラフ。
【
図5】
図2の炉心シュラウドにおける周方向の中性子束分布を適正化する一例を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための形態を、図面に基づき説明する。
図1は、本実施形態に係る健全性評価解析システムを示すブロック図である。この
図1に示す健全性評価解析システム100は、プラント設備、例えば原子力発電プラント設備における機器あるいは構造物10の健全性を評価するものであり、健全性評価解析装置200、データ解析装置300、サンプリング・計測装置400、検査装置500及び運転履歴記憶装置600を有して構成される。
【0013】
サンプリング・計測装置400は、評価対象のプラント設備における機器あるいは構造物10の材料、または原子炉冷却水等の環境媒体30をそれぞれサンプリングして、それらの特性や状態量を測定し、健全性の評価に活用可能な測定データを取得するステップを行う。このとき、例えば機器あるいは構造物10の材料の特性、または原子炉冷却水等の温度や導電率などの状態量をそれぞれ連続的もしくは定期的に直接計測できる場合には、サンプリングによらず、その計測による測定データを取得してもよい。
【0014】
検査装置500は、機器あるいは構造物10に発生する亀裂や腐食などの欠陥20を検出してサイジングし、欠陥20の分布、密度、寸法を含む欠陥に関する検査データを取得するステップを行う。検査装置500においても、設備供用中の欠陥の状態値(分布、密度、寸法等)を連続的あるいは断続的に直接計測できる場合には、定期的な検査データによらず、その計測データを用いてもよい。この検査装置500は欠陥20以外の検査データを取得してもよい。
【0015】
運転履歴記憶装置600は、機器あるいは構造物10の温度や圧力等の状態量、起動・停止などの運転履歴を含む運転管理情報、補修や保全対策の実績データ、サンプリング・計測装置400による各種測定データ、並びに検査装置500による検査データを記憶するステップを行う。
【0016】
データ解析装置300は、サンプリング・計測装置400、検査装置500及び運転履歴記憶装置600の少なくとも1つの装置からの実際のデータに基づき、機器あるいは構造物10の健全性の評価に用いるために解析または設計により設定された欠陥評価パラメータを適正化するステップを行う。ここで、欠陥評価パラメータは、例えば初期欠陥モデル(即ち初期欠陥の位置、形状、寸法、密度など)、環境パラメータ、中性子照射量(中性子束を含む)、残留応力、材料特性パラメータ(材料の亀裂進展速度、強度、破壊靭性など)等である。
【0017】
健全性評価解析装置200は、本実施形態では、データ解析装置300により適正化された欠陥評価パラメータを用いて、機器あるいは構造物10の健全性を評価するステップを行うものであるが、まず、本来の機能について
図2を用いて説明する。ここで、
図2は、健全性評価解析システム100による健全性評価の一例として、照射誘起応力腐食割れ(IASCC)に対する健全性の評価手順等を示すフローチャートである。
【0018】
健全性評価解析装置200は、まず、評価対象及び評価部位を選定する評価対象・部位設定ステップ201を行う。評価対象となる原子力発電プラント設備の機器あるいは構造物10は、例えば、沸騰水型軽水炉では再循環系配管等の圧力バウンダリを構成する構造物や、炉心シュラウドなどの炉内構造物である。評価対象は、その他の原子力発電プラント設備の機器や構造物の部位でも良く、また、原子力発電プラント設備に限定されるものではなく、他の発電プラント設備の機器あるいは構造物とすることも可能である。
【0019】
次に、健全性評価解析装置200は、想定する初期欠陥の分布や寸法、密度等をモデル化する初期欠陥モデル設定ステップ202を行う。この例において想定される初期欠陥は、機器あるいは構造物10の内周面に発生しその機器あるいは構造物10の周方向に延びる半楕円形状の亀裂であり、その最小寸法は、例えば炉内構造物の目視試験による検査での検査限界寸法を考慮して、深さ1mm×長さ10mmである。
図3に、機器あるいは構造物10としての炉心シュラウド11の内周面11Aに生じた欠陥20としての亀裂21を示す。この亀裂21の深さaは、炉心シュラウド11の厚さ方向に設定され、亀裂21の長さ2cは、炉心シュラウド11の周方向に設定される。
【0020】
上述の想定される初期欠陥の最小寸法は、技術的に明確な設定理由がある場合には異なった寸法であってもよい。あるいは、実際の検査で検出された亀裂を対象とする場合にはサイジングした亀裂の寸法、検出された亀裂が複数で隣接する場合には1つの亀裂としてモデル化された亀裂の寸法としてもよい。設定した最小の初期欠陥寸法を基準に、深さ(a)、長さ(2c)、アスペクト比(a/c)等をパラメータとして、適切な初期欠陥寸法が適切な寸法間隔で設定される。
【0021】
次に、健全性評価解析装置200は、温度や水質条件などの環境パラメータを設定する温度・圧力・水質条件設定ステップ203を行う。例示したIASCC評価では、中性子による照射を伴うため、引き続いて照射量分布設定ステップ204を行う。次に、健全性評価解析装置200は、評価対象部に付与される応力分布を評価する応力分布評価ステップ205を行う。
【0022】
次に、健全性評価解析装置200は、亀裂に作用する応力拡大係数を評価する応力拡大係数評価ステップ206を行う。亀裂に作用する応力拡大係数は、初期欠陥モデル設定ステップ202における亀裂の寸法と、応力分布評価ステップ205における外荷重や残留応力の分布から算出される。応力拡大係数の算出方法として、日本機械学会維持規格もしくはASME Boiler&Pressure Vessel Code Section XIなどの規格基準にそれぞれ掲載されている簡易評価式、またはRaju&Newmanの式もしくは影響関数法などの広く知られている簡易評価式を用いてもよく、あるいは有限要素法(FEM)解析を用いて直接評価してもよい。
【0023】
次に、健全性評価解析装置200は、亀裂進展速度を算出する亀裂進展速度評価ステップ207を行う。この亀裂進展速度評価ステップ207では、応力拡大係数評価ステップ206で算出された応力拡大係数や、その他の材料特性パラメータで記述される亀裂進展速度の評価式を用いて、亀裂先端における亀裂進展速度を算出する。引き続き、健全性評価解析装置200は、その亀裂進展速度を用いて、一定の刻み時間あたりの亀裂進展量を算出する亀裂進展量評価ステップ208を行う。このときの刻み時間は任意としてよい。
【0024】
次に、健全性評価解析装置200は、亀裂進展量評価ステップ208で算出した亀裂進展量の分だけ進展した後の亀裂(欠陥)をモデル化する進展後欠陥モデル設定ステップ209を行う。健全性評価解析装置200は、次に、進展後欠陥モデル設定ステップ209でモデル化した亀裂に対して、亀裂寸法、亀裂を除く断面積に付与される荷重、あるいは応力拡大係数等を評価すると共に、判定基準となる材料強度や破壊靭性値等の破壊評価パラメータを評価する破壊評価パラメータ評価ステップ210を行う。
【0025】
健全性評価解析装置200は、次の欠陥許容判定ステップ211において、欠陥(亀裂)が許容判定基準を上回らない場合には温度・圧力・水質条件設定ステップ203に戻り、上述の各ステップ203~210を繰返し計算することにより、亀裂進展計算を実施する。最終的に、健全性評価解析装置200は、健全性評価ステップ212において、欠陥許容判定ステップ211で亀裂(欠陥)が許容判定基準を上回る時点または評価終了時点での余寿命、及び上記許容判定基準に対する裕度を評価する。
【0026】
上述の健全性評価解析装置200による健全性評価手法では、簡易解やFEM解析による決定論的な手法に限らず、欠陥(亀裂)寸法、中性子照射量、残留応力、亀裂進展速度、破壊靭性値などの欠陥評価パラメータのバラつきを考慮した確率論的破壊力学(PFM)手法を用いることもできる。
【0027】
このPFM手法では、これらのバラつきを有する欠陥評価パラメータを正規分布やワイブル分布などの確率密度関数で設定し、モンテカルロ法などのサンプリング方法によりサンプリングして、欠陥許容判定ステップ211により、対象とする機器あるいは構造物10について、破壊や漏洩、機能喪失に至る許容判定基準に基づき評価を行う。そして、ステップ202~211までの計算を繰り返し行い、破壊や漏洩などの上記許容判定基準を超えると判定されたサンプル数を全体のサンプル数で除することにより、欠陥が破壊や漏洩などに至る確率を求めることが一般的な手法である。従って、本実施形態においてPFM手法を用いる場合も、
図2に示したフローと本質的な手順は変わらない。以下に記す本実施形態の特徴であるサンプリング・計測装置400、検査装置500及び運転履歴記憶装置600の少なくとも1つからの各種データの健全性評価への取込みは、むしろPFM手法においてより効果的に活用できる場合がある。
【0028】
上述の健全性評価解析装置200では、前述のように、サンプリング・計測装置400、検査装置500及び運転履歴記憶装置600の少なくとも1つにより取得されたデータを用いて、データ解析装置300により、機器もしくは構造物10の健全性評価(即ち欠陥評価)に用いるために適正化された欠陥評価パラメータが生成され、この適正化された欠陥評価パラメータが健全性評価解析装置200により健全性の評価に取り込まれる。そのための具体的な構成と手順を以下に示す。
【0029】
サンプリング・計測装置400は、前述のように、評価対象である機器あるいは構造物10の材料または環境媒体(原子炉冷却水等)30をそれぞれサンプリングしてその特性や状態量を測定し、またはその特性や状態量を直接計測して測定し、測定データを取得する。このサンプリング・計測装置400は、照射量データ取得部401、残留応力データ取得部402、材料データ取得部403及び環境データ取得部404を有する。
【0030】
照射量データ取得部401は、中性子照射量の評価に用いるデータを取得する。IASCC評価においては、亀裂進展解析または破壊評価に必要な亀裂進展速度、強度、破壊靭性値、応力緩和などの物理パラメータの計算に中性子照射量が用いられる。この物理パラメータでは中性子照射量が強く影響するため、中性子照射量の適切な評価と設定は、機器あるいは構造物10の健全性評価の精度や信頼性に対して極めて重要になる。従来、中性子照射量の評価に必要な中性子束(単位時間当たりの中性子照射量(n/m2/s)は、中性子線輸送コードによる解析に基づき保守的に設定されている。照射量データ取得部401は、評価対象の機器あるいは構造物10の放射化量を直接計測あるいは微小サンプルを用いて採取することで、中性子照射量の測定データを得る。
【0031】
照射量データ取得部401で得られた測定データを用いて、データ解析装置300の照射量評価部301は、照射量分布設定ステップ204での照射量分布の設定に用いる中性子束を適正化する。つまり、照射量評価部301は、サンプリング・計測装置400により実際に測定された機器あるいは構造物10の材料の放射能量データから中性子束データを求め、この中性子束データに基づき、適正化曲線P1、P2(後述)を作成する関数を用いて、解析により設定された欠陥評価パラメータとしての中性子照射量または中性子束の値、その分布及びその時刻歴を適正化する。
【0032】
機器あるいは構造物10が内面側から中性子照射を受ける場合、機器あるいは構造物10の内外両表面で中性子束を測定し、この測定データを用いて照射量評価部301が中性子束分布を適正化することで、中性子束分布をより精確に設定することが可能になる。
【0033】
測定データを用いた中性子束の適正化では、例えば、構造物内部の亀裂深さ方向に対する中性子束の減衰挙動を考慮した中性子束の関数、例えば式(1)の一次関数や、式(2)の指数関数が用いられる。
【数1】
【数2】
ここで、T:亀裂深さ方向の機器あるいは構造物の寸法(厚さ)
t:機器あるいは構造物の内表面からの亀裂深さ方向距離
φ
0:機器あるいは構造物の内表面(t = 0)における中性子束
φ
T:機器あるいは構造物の外表面(t = T)における中性子束
φt:機器あるいは構造物の内表面からの距離tにおける中性子束
【0034】
中性子束分布の適正化の方法は、亀裂深さ方向(機器あるいは構造物の厚さ方向)の中性子束の減衰挙動を考慮する場合、式(1)や式(2)における関数の係数や定数を調整し、
図4に示すように、機器あるいは構造物10の内外表面の測定データを、適正化曲線P1を作成する上記関数で連続して、元の解析による中性子束分布A1を適正化し、適正化された中性子束分布B1を求める。この場合の中性子束分布の適正化における他の方法として、元の中性子束解析コードのパラメータを調整してもよいし、また、中性子束を構造物の内外表面間で保守的に一定値とし、その値を調整することで中性子束を適正化してもよい。
【0035】
また、中性子束のバラつきを考慮する場合には、この中性子束のバラつきを中性子束の確率密度関数のパラメータ設定に反映して、健全性評価解析装置200でのPFM手法による健全性評価に用いてもよいし、中性子束のバラつきを、保守的に包絡する関数や一定値を設定して健全性評価解析装置200による健全性評価に用いてもよい。
【0036】
更に、
図5に示すような亀裂長さ方向(機器あるいは構造物の周方向)に対する中性子束の分布を考慮する場合には、照射量評価部301は、亀裂深さ方向の中性子束の減衰挙動を考慮する場合(
図4)と同様にして、亀裂長さ方向の中性子束を測定し、その測定データを、適正化曲線P2を作成する所定の関数で連続して、元の解析による中性子束分布A2を適正化する。この適正化された中性子束分布B2を用いることで、健全性評価解析装置200は、より精確な健全性評価が実施可能になる。
【0037】
ここで、特許文献2では、実際の構造物から取得したサンプリング材を用い、放射能量を測定して中性子照射量を得て、亀裂進展速度、材料の強度、破壊靭性などの欠陥評価パラメータを評価する方法が記載されている。しかしながら、特許文献2の方法では、サンプリングから求めた中性子照射量の値を、予め設定した照射量と欠陥評価パラメータとの関係式に代入することで亀裂進展速度等の欠陥評価パラメータを求める方法であるため、本実施形態における中性子束自体の分布、バラつきを考慮した評価、または同一の中性子照射量でも中性子束が異なる条件の評価に対応できない本質的な課題がある。
【0038】
上述の照射量評価部301は、運転履歴記憶装置600の運用・保全データ記憶部603に記憶された運用・保全データを用いることで、燃料の燃焼度の増大やシャッフリング、機器あるいは構造物10の補修や保全対策、更に出力調整運転等により、中性子束またはその分布が供用期間中に変化する場合に受ける影響を加味した詳細な評価にも対応することが可能になる。
【0039】
このような照射量評価部301による評価では、データ解析装置300の補修・交換時期設定部307によるデータ解析と組み合わせることにより、実際の運転履歴に対応したタイミングで中性子束を切り替える、あるいは中性子束を連続的な時間の関数として設定して時間積分することで、中性子束またはその分布が供用期間中に変化する場合の中性子照射量を評価することが可能になる。
【0040】
残留応力データ取得部402は、残留応力の評価に用いるデータを取得する。残留応力分布は、応力拡大係数の評価に簡易解を用いる場合には一般に3次や4次の多項式にて入力される。残留応力の評価に用いるデータの取得方法としては、例えば、X線残留応力測定装置などの可搬型の測定装置を用いて、実際の機器あるいは構造物10の表面の残留応力を非破壊的に測定する方法がある。このように機器あるいは構造物10の残留応力を直接測定する方法としては、非破壊に限らず、リングコア法やDHD(Deep Hole Drilling)法などの部分破壊による測定法、または切断法などの完全破壊による測定法でサンプルを採取し測定する方法でもよい。
【0041】
また、評価対象となる機器あるいは構造物10の測定が困難である場合には、材料や製造方法が類似する構造物などからサンプルを採取して、構造物などの残留応力を間接的に測定する方法でもよい。また、機器あるいは構造物10の表面の微小硬さなどの物性値と残留応力との相関が分かる場合には、間接的な測定データ(微小硬さ測定データ)を用いて、機器あるいは構造物10の残留応力を評価してもよい。なお、このような健全性評価に用いる荷重条件として、残留応力は特に溶接構造物の評価において重要な影響を及ぼすが、本実施形態では残留応力以外の荷重条件、例えば内圧や繰り返し荷重等について、上述と同様に測定または計測する方法を含んでもよい。
【0042】
残留応力データ取得部402で得られた測定データを用いて、データ解析装置300の応力分布等評価部302は、応力分布評価ステップ205での応力分布の設定に用いる応力分布の適正化を行う。
【0043】
つまり、応力分布等評価部302は、機器あるいは構造物10に対してサンプリング・計測装置400により破壊的または非破壊的な方法で実際に直接測定された残留応力データに基づき、適正化曲線を作成する関数を用いて、解析により設定された欠陥評価パラメータとしての残留応力の値、その分布及びその緩和挙動の時刻歴を適正化する。また、応力分布等評価部302は、予め準備された微小硬さを含む物性値データと残留応力データとの相関を用いて、機器あるいは構造物10の対象部位または類似の構造物に対して、サンプリング・計測装置400により実際に直接あるいは採取サンプルを用いて測定された物性値データから残留応力データを求め、この残留応力データに基づき、適正化曲線を作成する関数を用いて、解析により設定された欠陥評価パラメータとしての残留応力の値、その分布及びその緩和挙動の時刻歴を適正化する。
【0044】
応力分布等評価部302は、評価対象のプラント設備における供用期間中の熱や中性子照射に伴う残留応力の緩和を考慮する場合には、その評価も行う。応力分布の適正化の方法としては、
図4に示した中性子束分布に対する方法と同様に、残留応力の測定データを所定の関数に基づく適正化曲線で連続させて、解析により設定された残留応力分布を適正化し、適正化された残留応力分布を得る。
【0045】
材料データ取得部403は、亀裂進展速度、強度、破壊靭性などの材料特性に関連した材料特性パラメータの評価に用いる材料データを取得する。この材料データの取得方法としては、実際の機器あるいは構造物10から材料を採取して測定する方法が最も直接的である。ところが、このような測定には種々の大規模な困難が伴うため、比較的簡便に測定が可能な微小硬さなどの物性値と材料データとの相関を予め構築することで、例えば微小硬さの測定値から材料データを間接的に取得することが可能である。
【0046】
材料データの測定は、機器あるいは構造物10の表面を直接測定してもよいし、採取可能なサイズのサンプルを採取して測定する方法でもよい。対象となる機器あるいは構造物10の測定が困難である場合には、材料や製造方法が類似する機器あるいは構造物などからサンプルを採取して、材料データを間接的に測定する方法でもよい。特許文献3には、材料データの採取において、実環境に晒された材料の局部腐食を評価するために予めサンプルを装荷する方法が記載されている。本実施形態は、材料データの取得において、上述した方法に制限するものではなく、特許文献3に記載のような、実環境や類似の環境に予めサンプルを装荷し測定する方法を除外するものでもない。
【0047】
材料データ取得部403で得られた測定データを用いて、データ解析装置300の亀裂進展速度評価部303は亀裂進展速度評価ステップ207での亀裂進展速度の評価を、また、データ解析装置300の強度・破壊靭性評価部304は破壊評価パラメータ評価ステップ210での破壊評価パラメータ(強度や破壊靭性値)の評価を、それぞれ行うためにデータの適正化処理を行う。
【0048】
つまり、亀裂進展速度評価部303は、機器あるいは構造物10から採取されたサンプルに対して、サンプリング・計測装置400により実際に直接測定された材料データに基づき、
図4に示した中性子束分布に対する方法と同様の考え方で、設計により設定された欠陥評価パラメータとしての亀裂進展速度を含む材料特性パラメータの値、及びその材料特性パラメータに関する関数を適正化する。更に、上記亀裂進展速度を含む材料特性パラメータの分布及びその変化の時刻歴を考慮する場合には、それらを適正化する。また、この亀裂進展速度評価部303は、予め準備された微小硬さを含む物性値データと材料データとの相関を用いて、機器あるいは構造物10の対象部位または類似の構造物に対して、サンプリング・計測装置400により実際に直接あるいは採取サンプルを用いて測定された物性値データから材料データを求め、この材料データに基づき、設計により設定された亀裂進展速度を含む材料特性パラメータの値、及びその材料特性パラメータに関する関数を適正化する。更に、上記亀裂進展速度を含む材料特性パラメータの分布及びその変化の時刻歴を考慮する場合には、それらを適正化する。
【0049】
強度・破壊靭性評価部304は、機器あるいは構造物10から採取されたサンプルに対して、サンプリング・計測装置400により実際に直接測定された材料データに基づき、設計により設定された欠陥評価パラメータとしての強度及び破壊靱性を含む材料特性パラメータの値、及びその材料特性パラメータに関する関数を適正化する。更に、上記強度及び破壊靱性を含む材料特性パラメータの分布及びその変化の時刻歴を考慮する場合には、それらを適正化する。また、この強度・破壊靭性評価部304は、予め準備された微小硬さを含む物性値データと材料データとの相関を用いて、機器あるいは構造物10の対象部位または類似の構造物に対して、サンプリング・計測装置400により実際に直接あるいは採取サンプルを用いて測定された物性値データから材料データを求め、この材料データに基づき、設計により設定された強度及び破壊靱性を含む材料特性パラメータの値、及びその材料特性パラメータに関する関数を適正化する。更に、上記強度及び破壊靱性を含む材料特性パラメータの分布及びその変化の時刻歴を考慮する場合には、それらを適正化する。
【0050】
一般に、材料特性パラメータとしての強度や破壊靭性などの材料の機械的特性は、機器あるいは構造物10の材料の表面近傍とその内部において、材料の製造過程で受ける機械的及び熱的な履歴の相違により、材料の厚さ方向に対して分布を示すことが知られている。このような材料内部での材料特性の変化を考慮する場合、強度・破壊靭性評価部304は、材料内部の位置に対して材料特性の変化を表す分布関数を設定し、材料データ取得部403にて取得された実測の材料データを用いて、設計により設定された材料特性の分布を適正化し、適正化された材料特性分布を得ることができる。
【0051】
特に、中性子照射量に依存した材料特性の場合には、照射量分布設定ステップ204で設定した照射量分布を考慮することで、このように適正化された材料内部での材料特性分布を健全性の評価に精度よく取り込むことができる。
【0052】
同様に、残留応力に依存する亀裂進展速度のような材料特性の場合には、応力分布評価ステップ205で設定された応力分布を考慮して材料内部での材料特性の分布を適正化し、この適正化された材料特性の分布を用いて、応力拡大係数評価ステップ206での応力拡大係数の評価と、亀裂進展速度評価ステップ207での亀裂進展速度の評価を行うことで、健全性の評価をより精確にできる。
【0053】
また、このような材料特性が必然的に有するバラつきを考慮する場合には、このばらつきを材料特性値の確率密度関数のパラメータ設定に反映して、PFM手法による健全性評価に用いてもよいし、バラつきを、保守的に包絡する関数や一定値を設定して健全性評価に用いてもよい。
【0054】
サンプリング・計測装置400は、環境データ取得部404が例えば原子炉冷却水のサンプリングや計測を行い、原子炉冷却水の実際の温度、圧力、導電率、溶存酸素濃度、溶存水素濃度、水質改善のための注入剤濃度等の環境データを取得する。これらの環境データは、運転履歴記憶装置600における環境データ記憶部601に環境データとして保存される。この環境データは、環境パラメータ評価部306で、欠陥評価パラメータとしての環境パラメータ(温度、圧力、水質など)の適正化が行われることで、温度・圧力・水質条件設定ステップ203による温度、圧力、水質の時刻歴の設定に用いられる。
【0055】
つまり、環境パラメータ評価部306は、機器あるいは構造物10が晒される原子炉冷却水等の環境媒体に対して、サンプリング・計測装置400により実際に測定された温度、圧力、導電率、溶存酸素濃度を含む環境データに基づき、設計により設定された欠陥評価パラメータとしての環境パラメータの値、及びその環境パラメータに関する関数を適正化する。更に、上記環境パラメータの分布及びその変化の時刻歴を考慮する場合には、それらを適正化する。
【0056】
上述のようなサンプリング・計測装置400によるサンプリングや計測では、時間やコストの制約、あるいは測定における物理的な制約が生じる場合が想定される。これを回避してより効果的に測定と適正化を行うために、データ解析装置300は、測定する場所、測定する範囲及び測定点数を実験計画法により予め設定する。また、データ解析装置300での中性子照射量や残留応力等の適正化には、例えば、後述のベイズ更新機能により、限定されたデータを用いて確率密度関数のパラメータの最適化が図られる。
【0057】
検査装置500は、前述のように、評価対象のプラント設備の機器あるいは構造物10に発生する亀裂21や腐食等の欠陥20を検出しサイジングして、その欠陥20の分布、密度、寸法などの検査データを取得する。この検査装置500は欠陥データ取得部501を有する。なお、検査装置500は、欠陥20以外の検査データを取得してもよい。
【0058】
欠陥データ取得部501では、亀裂21等の欠陥20の寸法、分布及び密度等の評価に用いる欠陥分布データ及び欠陥寸法データを取得する。亀裂21等の欠陥20の寸法及び分布は評価の初期値として最も重要なパラメータであり、それらの適切な設定は、機器あるいは構造物10の健全性評価全体の精度や信頼性に対して極めて重要になる。
【0059】
例えば、亀裂21が単一の場合には、検査で特定した位置や寸法のデータを用いて、欠陥モデル評価部305が亀裂21の位置及び寸法の条件を直接的に設定することが可能である。一方、亀裂21が複数検出され、かつ、亀裂21同士が近接するような場合には、欠陥モデル評価部305は、日本機械学会維持規格またはASME Boiler&Pressure Vessel Code Section XIなどの規格基準にそれぞれ掲載されている亀裂の合体条件等に基づき、複数の亀裂21を合体させた欠陥(亀裂)モデルに適切に置き換える。
【0060】
また、亀裂面22(
図3(B))が評価モデルの評価断面に対して傾斜するような場合には、欠陥モデル評価部305は、亀裂面22が傾斜した亀裂21を上記評価断面に投影した亀裂に適切に置き換える。更に、応力腐食割れの中には、亀裂21が複雑に分岐し放射状に発達するような事例も報告されている。このような場合、欠陥モデル評価部305は、上述した亀裂21の合体や評価断面への投影などにより、亀裂21が適切な形状や寸法になるようにモデル化を行う。
【0061】
欠陥モデル評価部305は、上述のようにして検査装置500による検査データから直接的に初期亀裂(欠陥)の分布、寸法及び密度等を設定するほか、検査データを用いて、設計により設定した初期亀裂(欠陥)寸法を適正化する。つまり、欠陥モデル評価部305は、機器あるいは構造物10に対して検査装置500により実際に検査された欠陥20(亀裂21)の分布、その密度及びその寸法を含む欠陥検査データに基づき、
図3または
図4の場合と同様の考え方で、設計により設定された欠陥評価パラメータとしての初期欠陥モデル(即ち、初期欠陥の位置、形状、寸法及び密度など)の値及びその分布を適正化する。
【0062】
また、決定論による評価での初期亀裂(欠陥)寸法の適正化としては、例えば検査で検出された亀裂(欠陥)寸法から逆解析により評価開始時点での初期亀裂(欠陥)寸法を求めて適正化する方法がある。一方、確率論的破壊力学(PFM)手法による評価を用いて欠陥モデル評価部305が行う初期亀裂(欠陥)寸法の確率分布(確率密度関数)の適正化について、以下に例示する。
【0063】
まず、欠陥モデル評価部305は、評価開始時点に評価対象の構造物が有する初期亀裂(欠陥)寸法の確率分布(確率密度関数)を設定する。次に、欠陥モデル評価部305は、評価対象のプラント設備の供用期間中に非破壊検査により測定された亀裂(欠陥)寸法を用いて検査結果X(後述)を求め、欠陥寸法評価において最初に設定した初期亀裂(欠陥)寸法の確率分布(確率密度関数)を更新する。この初期亀裂(欠陥)寸法の確率分布(確率密度関数)の更新は、ベイズ推定によるベイズ更新である。初期亀裂(欠陥)の深さaをベイズ推定の対象となる確率変数とし、非破壊検査の結果をXとすると、ベイズ推定の公式は式(3)で与えられる。
【数3】
【0064】
ここで、aは初期亀裂(欠陥)の深さ、Xは検査結果(亀裂(欠陥)未検出/亀裂(欠陥)検出)、P(a)は最初に設定した初期亀裂(欠陥)寸法の確率密度関数である確率分布(事前分布)、P(X|a)は尤度関数(初期亀裂(欠陥)深さがaの場合に検査結果Xが得られる確率)、P(a|X)は更新された初期亀裂(欠陥)寸法の確率密度関数である確率分布(事後分布)である。
【0065】
上記尤度関数は、例えば亀裂進展計算で得られる検査時点での亀裂(欠陥)深さが反映された検査結果Xを用いて、亀裂(欠陥)検出確率関数により評価される。この検査結果Xが反映された尤度関数を用いて事前分布(事前の確率密度関数)が適正化されて、事後分布(事後の確率密度関数)が求められる。
【0066】
欠陥モデル評価部305は、運転履歴記憶装置600の検査データ記憶部604に記憶された過去の検査データ、及び補修もしくは交換された機器あるいは構造物を含む供用前の検査データを用いて、データ解析装置300の検査データ評価部308により行われるデータ解析と組み合せることにより、初期欠陥寸法のより詳細な適正化を行うことが可能になる。なお、上記検査データ記憶部604は、検査装置500による検査データ、、及び補修もしくは交換された機器あるいは構造物を含む供用前の検査データを記憶するものである。
【0067】
運転履歴記憶装置600は、前述のように、機器あるいは構造物10の温度及び圧力、起動・停止などの運転履歴を含む運転管理情報、補修及び保全対策の実績に関するデータ、サンプリング・計測装置400による測定データ、並びに検査装置500による検査データをそれぞれ格納する。この運転履歴記憶装置600は、環境データ記憶部601、補修・交換データ記憶部602、運用・保全データ記憶部603、検査データ記憶部604を有する。
【0068】
従来の欠陥評価では、一般に温度、圧力、水質などの条件は、評価期間全体に亘り保守的な包絡条件が設定される場合が多い。ところが、例えば、高経年化対策または寿命延長対策として実施される保全対策(水質改善や応力改善等)による欠陥の発生リスクの抑制及び亀裂進展速度の抑制、更に補修もしくは交換による経年劣化のリフレッシュまたは特性改善を欠陥評価に反映することにより、実態に即したより精度の高い健全性評価が可能になる。
【0069】
つまり、データ解析装置300において、例えば環境パラメータ評価部306、応力改善評価部309のそれぞれは、機器あるいは構造物10の水質改善、応力改善の施工により更新される欠陥評価パラメータであって解析または設計により設定された上記欠陥評価パラメータ(水質等の環境パラメータ、残留応力)の値及びその分布を、施工の実績に関わる実際の運転履歴データを用いて、施工の実施時期に、施工の内容及びその条件に応じて再設定する。
【0070】
環境データ記憶部601は、環境データ取得部404で取得された原子炉冷却水等の温度、圧力、導電率、溶存酸素濃度、溶存水素濃度、水質改善のための注入剤濃度等の環境データを格納する。この環境データを用いて、環境パラメータ評価部306が前述のように環境パラメータの適正化を行うことで、温度・圧力・水質条件設定ステップ203で温度、圧力及び水質の時刻歴の設定が行われる。
【0071】
補修・交換データ記憶部602は、補修、交換または応力改善等の保全対策が施された機器あるいは構造物10に関する記録情報を、補修・交換データとして格納する。補修・交換時期設定部307は、補修・交換データ記憶部602に格納された補修・交換データを用いて、保全対策が施された時期に、評価対象である機器あるいは構造物10の一部もしくは全体の欠陥評価パラメータを初期条件にリセットする。例えば
図2では、照射量分布設定ステップ204の照射量分布の設定をリセットする例を示している。
【0072】
運用・保全データ記憶部603には、補修または交換された評価部位に関する運用・保全データが格納される。この運用・保全データは、補修・交換時期設定部307によるデータ処理を経て、初期欠陥モデル設定ステップ202での初期欠陥モデルの設定と、応力改善評価部309でのデータ処理を経て、応力分布評価ステップ205での応力分布の評価とにそれぞれ用いられる。更に、材料の特性改善がなされるような場合には、運用・保全データ記憶部603に格納された運用・保全データは、亀裂進展速度評価ステップ207における亀裂進展速度の評価の再設定と、破壊評価パラメータ評価ステップ210における破壊評価パラメータの評価の再設定とにそれぞれ用いられる。
【0073】
検査データ記憶部604は、検査装置500による検査データ、及び、補修もしくは交換された機器あるいは構造物を含む供用前の検査データを格納する。この検査データを取り込んだ検査データ評価部308は、前述のように、欠陥モデル評価部305のデータ解析との組み合せにより、初期欠陥寸法のより詳細な適正化を可能とする。
【0074】
以上のように構成されたことから、本実施形態によれば、次の効果(1)~(3)を奏する。
(1)データ解析装置300は、健全性の評価に用いるために解析または設計により設定された欠陥評価パラメータ(初期欠陥モデル、中性子照射量(中性子束を含む)、環境パラメータ、残留応力、材料特性パラメータ(亀裂進展速度、強度、破壊靭性など))を、サンプリング・計測装置400、検査装置500及び運転履歴記憶装置600の少なくとも1つからの実際のデータに基づいて、例えば適正化曲線P1、P2などを作成する関数を用いて適正化する。このため、解析または設計より設定された欠陥評価パラメータに含まれる、プラント設備の実態とは異なる種々の不確実性を低減して、プラント設備における機器あるいは構造物10の健全性を評価できる。この結果、プラント設備の実態に即した高精度で且つ信頼性の高い健全性評価を実現できる。
【0075】
(2)データ解析装置300は、サンプリング・計測装置400によるサンプリングまたは計測が行われる際に、測定する場所、測定する範囲及び測定点数を実験計画法等により予め設定している。このため、サンプリング・計測装置400によるサンプリングまたは計測では、時間やコストの制約、あるいは測定における物理的な制約を回避して、より効果的に測定を実施できる。
【0076】
(3)データ解析装置300における環境パラメータ評価部306、応力改善評価部309のそれぞれでは、解析または設計により設定された欠陥評価パラメータ(水質等の環境パラメータ、残留応力)が、評価対象のプラント設備における機器あるいは構造物10の水質改善、応力改善の施工により更新される場合には、その欠陥評価パラメータの値及びその分布を、施工の実績に関わる実際の運転履歴データを用いて、施工の実施時期に、施工の内容及びその条件に応じて再設定している。その結果、評価対象のプラント設備の実態に即したより精度の高い健全性評価を実施できる。
【0077】
以上、本発明の実施形態を説明したが、この実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。この実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができ、また、それらの置き換えや変更は、発明の範囲や要旨に含まれると共に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0078】
10…機器あるいは構造物、20…欠陥、30…環境媒体、100…健全性評価解析システム、200…健全性評価解析装置、300…データ解析装置、400…サンプリング・計測装置、500…検査装置、600…運転履歴記憶装置、P1、P2…適正化曲線