IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 清水建設株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-健全性評価システム及び健全性評価方法 図1
  • 特許-健全性評価システム及び健全性評価方法 図2
  • 特許-健全性評価システム及び健全性評価方法 図3
  • 特許-健全性評価システム及び健全性評価方法 図4
  • 特許-健全性評価システム及び健全性評価方法 図5
  • 特許-健全性評価システム及び健全性評価方法 図6
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-28
(45)【発行日】2024-07-08
(54)【発明の名称】健全性評価システム及び健全性評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01M 99/00 20110101AFI20240701BHJP
   G01H 17/00 20060101ALI20240701BHJP
【FI】
G01M99/00 Z
G01H17/00 Z
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020099580
(22)【出願日】2020-06-08
(65)【公開番号】P2021193359
(43)【公開日】2021-12-23
【審査請求日】2023-03-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000002299
【氏名又は名称】清水建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100161506
【弁理士】
【氏名又は名称】川渕 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(72)【発明者】
【氏名】岡田 敬一
【審査官】中村 圭伸
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-116021(JP,A)
【文献】特開2019-060884(JP,A)
【文献】特開2010-276518(JP,A)
【文献】特開2017-150887(JP,A)
【文献】特開2015-004526(JP,A)
【文献】特開2015-161657(JP,A)
【文献】特開2019-144031(JP,A)
【文献】特開2018-077104(JP,A)
【文献】特開2016-017846(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0220718(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01H 1/00 - 17/00
G01M 7/00 - 7/08
G01M 99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
建物の応答推定を行うための建物モデルに基づいて前記建物の健全性を評価する健全性評価システムであって、
前記建物の加速度を検出する複数のセンサと、
前記複数のセンサの検出値に基づいて、前記建物の1次固有周期を算出し、前記1次固有周期に基づいて、前記建物モデルに含まれる質量及び剛性の分布に関するパラメータを更新する演算部と、を備え
前記演算部は、算出した前記1次固有周期に基づいて前記建物の減衰定数を算出し、前記減衰定数に基づいて前記建物モデルを更新し、
前記演算部は、日常的な前記検出値を用いて前記建物の微動波形を算出し、前記微動波形のスペクトル解析に基づいて前記1次固有周期を算出し、
前記演算部は、前記建物の上部における前記微動波形からパワースペクトルを計算し、前記パワースペクトルのうち周波数が最も低いスペクトルのピーク近傍の1周期分の周波数範囲を切り出して自己相関関数を算出し、カーブフィット法を用いて前記自己相関関数に基づいて算出される減衰波形を非線形にカーブフィットするように前記1次固有周期を算出すると共に、前記減衰定数を算出する、
健全性評価システム。
【請求項2】
建物の応答推定を行うための建物モデルに基づいて前記建物の健全性を評価する健全性評価システムであって、
前記建物の加速度を検出する複数のセンサと、
前記複数のセンサの検出値に基づいて、前記建物の1次固有周期を算出し、前記1次固有周期に基づいて、前記建物モデルに含まれる質量及び剛性の分布に関するパラメータを更新する演算部と、を備え
前記演算部は、算出した前記1次固有周期に基づいて前記建物の減衰定数を算出し、前記減衰定数に基づいて前記建物モデルを更新し、
前記演算部は、地震時に検出された前記検出値を用いて前記建物の地震時の応答波形を算出し、前記地震時の応答波形のスペクトル解析に基づいて前記1次固有周期を算出し、
前記演算部は、前記建物の上部における前記地震時の応答波形からパワースペクトルを計算し、前記パワースペクトルのうち周波数が最も低いスペクトルのピーク近傍の1周期分の周波数範囲を切り出して自己相関関数を算出し、カーブフィット法を用いて前記自己相関関数に基づいて算出される減衰波形を非線形にカーブフィットするように前記1次固有周期を算出すると共に、前記減衰定数を算出する、
健全性評価システム。
【請求項3】
建物の応答推定を行うための建物モデルに基づいて前記建物の健全性を評価する健全性評価方法であって、
前記建物の加速度を複数のセンサにより検出する工程と、
前記複数のセンサの検出値に基づいて、前記建物の1次固有周期を算出する工程と、
前記1次固有周期に基づいて、前記建物モデルに含まれる質量及び剛性の分布に関するパラメータを更新する工程と、を備え
前記パラメータを更新する工程において、
算出した前記1次固有周期に基づいて前記建物の減衰定数を算出し、前記減衰定数に基づいて前記建物モデルを更新し、
日常的な前記検出値を用いて前記建物の微動波形を算出し、前記微動波形のスペクトル解析に基づいて前記1次固有周期を算出し、
前記建物の上部における前記微動波形からパワースペクトルを計算し、前記パワースペクトルのうち周波数が最も低いスペクトルのピーク近傍の1周期分の周波数範囲を切り出して自己相関関数を算出し、カーブフィット法を用いて前記自己相関関数に基づいて算出される減衰波形を非線形にカーブフィットするように前記1次固有周期を算出すると共に、前記減衰定数を算出する、
健全性評価方法。
【請求項4】
建物の応答推定を行うための建物モデルに基づいて前記建物の健全性を評価する健全性評価方法であって、
前記建物の加速度を複数のセンサにより検出する工程と、
前記複数のセンサの検出値に基づいて、前記建物の1次固有周期を算出する工程と、
前記1次固有周期に基づいて、前記建物モデルに含まれる質量及び剛性の分布に関するパラメータを更新する工程と、を備え
前記パラメータを更新する工程において、
算出した前記1次固有周期に基づいて前記建物の減衰定数を算出し、前記減衰定数に基づいて前記建物モデルを更新し、
地震時に検出された前記検出値を用いて前記建物の地震時の応答波形を算出し、前記地震時の応答波形のスペクトル解析に基づいて前記1次固有周期を算出し、
前記建物の上部における前記地震時の応答波形からパワースペクトルを計算し、前記パワースペクトルのうち周波数が最も低いスペクトルのピーク近傍の1周期分の周波数範囲を切り出して自己相関関数を算出し、カーブフィット法を用いて前記自己相関関数に基づいて算出される減衰波形を非線形にカーブフィットするように前記1次固有周期を算出すると共に、前記減衰定数を算出する、
健全性評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建物の健全性を評価するための健全性評価システム及び健全性評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
構造物に地震動等の外力が加わった後に、構造物に生じた損傷の位置や程度を把握し、構造物の健全性を診断するヘルスモニタリングが研究されている。建物のヘルスモニタリングは、例えば、構造物に設けられたセンサの情報に基づいて、建物に損傷が生じているか否か、損傷の位置、損傷の程度が評価される。建物全体に多数のセンサを設けてモニタリングすることは現実的ではない。そこで、限られた数のセンサ情報に基づいて、地震時の建物全体の地震応答を推定する構造ヘルスモニタリングシステムがある。
【0003】
地震の揺れは、加速度センサを有する地震計により検知される。地震計は、加速度センサの検出値に基づいて、通常は建物に生じる微弱な加速度を計測している。地震計が設置された建物は、地震時が発生した場合には地震時の揺れがモニタリングされる。地震計により記録された加速度の波形情報を解析すると、建物の構造体としての健全性や室内被害(損傷、安全性)などを判断することができる。
【0004】
このような地震時建物健全性を判定するシステムは、「学習型応答推定機能を持つ構造ヘルスモニタリングシステム」として既に特許文献1、2、非特許文献1において提案されている(図4参照)。学習型応答推定機能は、例えば、ベイズ更新に基づいて建物をモデル化した建物モデルのパラメータを更新するものである。ベイズ更新は、検出値等の情報を得る度に建物モデルのパラメータを更新し推定値の精度を高めていく手法である。
【0005】
このシステムを構築する場合、建物の動的応答をモデル化した建物モデルが初期情報として設定される。この建物モデルは、地震応答解析に用いる質点系応答解析モデルのパラメータに基づいて設定される。一般に、建物モデルにおいて、質量および剛性の分布がパラメータとして用いられており、専門家による高度な設計により設定されている(図5参照)。
【0006】
このような建物モデルの初期情報を一般化することで質量および剛性の分布を簡便に自動で作成する方法が提案されている(例えば、特許文献3参照)。この方法では特別な動的解析モデルを必要とせず、建物階数と構造種別の情報から初期モデルを容易に自動作成できる(図6照)。以上までに示したシステムでは、実際に発生した地震応答の計測値に基づいて、建物モデルを初期情報として与え、全層での応答を推定している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2013-195354号公報
【文献】特開2015-001483号公報
【文献】特開2017-125742号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】「建物モデルのベイズ更新を用いた地震応答推定と確率的被災度評価」 斎藤 知生 日本建築学会構造系論文集 78(683), 61-70, 2013
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
この応答推定に用いられる建物モデルを初期情報として実際の建物に適用する場合、実際の建物の応答に比して誤差が生じ、精度の高い応答推定を行っていない場合があり得る。そのため、なるべく建物モデルによる推定値を現実の建物の応答に近いものにするように建物モデルのパラメータを設定する必要がある。学習型応答推定機能(ベイズ更新)においても、この建物モデルを自動修正しているが、補正可能なモデル範囲を設定し収束計算しているため、初期モデルのパラメータの設定の乖離が大きいと補正できないという課題がある。そのため、設定される建物モデルはなるべく現実と近いものであることが望ましい。
【0010】
本発明は、建物の応答を推定する建物モデルに基づく建物の応答を示す推定値の精度を向上することができる健全性評価システム及び健全性評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達するために、本発明は、建物の応答推定を行うための建物モデルに基づいて前記建物の健全性を評価する健全性評価システムであって、前記建物の加速度を検出する複数のセンサと、前記複数のセンサの検出値に基づいて、前記建物の1次固有周期を算出し、前記1次固有周期に基づいて、前記建物モデルに含まれる質量及び剛性の分布に関するパラメータを更新する演算部と、を備えることを特徴とする、健全性評価システムである。
【0012】
本発明によれば、地震応答推定の算出において、センサの日常的な検出値を用いて建物モデルの1次固有周期を算出することができ、算出した1次固有周期を用いて初期の建物モデルの初期剛性分布を補正し、建物モデルの応答推定の精度を向上させることができる。
【0013】
また、本発明の前記演算部は、算出した前記1次固有周期に基づいて前記建物の減衰定数を算出し、前記減衰定数に基づいて前記建物モデルを更新するように構成されていてもよい。
【0014】
本発明によれば、検出値に基づいて算出した1次固有周期を用いて建物の減衰定数を算出することにより、初期に設定された建物モデルのパラメータを修正し、建物モデルを更新することができる。
【0015】
また、本発明の前記演算部は、日常的な前記検出値を用いて前記建物の微動波形を算出し、前記微動波形のスペクトル解析に基づいて前記1次固有周期を算出するように構成されていてもよい。
【0016】
本発明によれば、建物に生じている日常的な微振動の検出値に基づく微動波形をスペクトル解析することで、建物の1次固有周期を算出でき、算出した1次固有周期を用いて初期に設定された建物モデルのパラメータを修正し、建物モデルを更新することができる。
【0017】
また、本発明の前記演算部は、前記建物の上部における前記微動波形からパワースペクトルを計算し、前記パワースペクトルのうち最も低いスペクトルのピーク近傍の1周期分の周波数範囲を切り出して自己相関関数を算出し、カーブフィット法を用いて前記自己相関関数に基づいて算出される減衰波形を非線形にカーブフィットするように前記1次固有周期を算出すると共に、前記減衰定数を算出するように構成されていてもよい。
【0018】
本発明によれば、建物に生じている日常的な微振動の検出値に基づく微動波形をスペクトル解析して得られた周波数成分のうち、最も低い周波数スペクトルのピークを含む1山を切り出して1周期とみなし、自己相関関数を算出できる。カーブフィット法を用いて算出した自己相関関数を誤差が最小となるように1次固有周期を算出することで、減衰定数を算出できる。
【0019】
また、本発明の前記演算部は、地震時に検出された前記検出値を用いて前記建物の地震時の応答波形を算出し、前記地震時の波形のモード解析に基づいて前記1次固有周期を算出するように構成されていてもよい。
【0020】
本発明によれば、大きな振動が観測される地震時に検出された検出値を用いて応答波形を算出し、応答波形をモード解析することで現実に近い建物の1次固有周期を算出することができる。
【0021】
前記演算部は、地震時に検出された前記検出値を用いて前記建物の地震時の応答波形を算出し、前記地震時の波形のシステム同定手法に基づいて前記1次固有周期を算出するように構成されていてもよい。
【0022】
本発明によれば、入出力データから建物モデルのパラメータを推定するシステム同定手法を用いることで、現実に近い建物の1次固有周期を算出することができる。
【0023】
また、本発明の前記演算部は、地震時に検出された前記検出値を用いて地震時における前記建物に入力される加速度と前記建物に生じる応答加速度との関係を示す伝達関数を算出し、前記伝達関数に基づいて1次固有周期を算出するように構成されていてもよい。
【0024】
本発明によれば、地震時に検出された検出値を用いて伝達関数を算出することで、現実に近い建物の1次固有周期を算出することができる。
【0025】
建物の応答推定を行うための建物モデルに基づいて前記建物の健全性を評価する健全性評価方法であって、前記建物の加速度を複数のセンサにより検出する工程と、前記複数のセンサの検出値に基づいて、前記建物の1次固有周期を算出する工程と、前記1次固有周期に基づいて、前記建物モデルに含まれる質量及び剛性の分布に関するパラメータを更新する工程と、を備えることを特徴とする、健全性評価方法である。
【0026】
本発明によれば、地震応答推定の算出において、センサの日常的な検出値を用いて建物モデルの1次固有周期を算出することができ、算出した1次固有周期を用いて初期の建物モデルの初期剛性分布を補正し、建物モデルの応答推定の精度を向上させることができる。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、建物の応答を推定する建物モデルに基づく建物の応答を示す推定値の精度を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】本発明の実施形態に係る健全性評価システムの構成を示す図である。
図2】検出値に基づいて建物の1次固有周期を算出する手法を示す図である。
図3】検出値に基づいて建物の1次固有周期を算出する他の手法を示す図である。
図4】構造ヘルスモニタリングシステムによる全層応答推定の手法を示す図である。
図5】建物モデルの質量・剛性の分布と全層の応答推定の波形例を示す図である。
図6】建物階数と構造種別の情報から自動作成される初期モデル情報を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、図面を参照しつつ、本発明に係る健全性評価システム及び健全性評価方法の実施形態について説明する。健全性評価システムは、建物の応答推定に用いられる建物モデルの推定値を現実の応答に近いものにするように、初期情報として設定された建物モデルの質量および剛性の分布のパラメータを補正するものである。
【0030】
図1に示されるように、健全性評価システム1は、建物に設けられた検出部2と、検出部2により検出された検出値に基づいて、建物Bの健全性を評価する評価装置と、を備える。建物Bは、例えば、複数の階を有する高層建築物である。検出部2は、例えば、複数のセンサS1、S2、…Sn(nは自然数)を備える。以下複数のセンサを代表して適宜センサSp(pは1からnの自然数)と呼ぶ。
【0031】
センサSpは、例えば、加速度センサである。複数のセンサSpは、建物Bの加速度を検出する。センサSpは、建物Bの全ての階に取り付けられているわけではなく、所定の複数の階に取り付けられている。センサSpの出力値は、評価装置10に出力される。
【0032】
評価装置10は、建物の応答推定を行うための建物モデルに基づいて建物Bの健全性を評価する情報処理端末である。評価装置10は、例えば、パーソナルコンピュータ、タブレット型端末、スマートフォン等により実現される。評価装置10は、検出部2と電気的に接続されている。評価装置10は、ネットワーク(不図示)を通じて検出部2と接続されていてもよい。評価装置10は、例えば、検出部2から検出値のデータを取得する取得部12と、検出値に基づいて建物の健全性に関する演算を行う演算部14と、演算に関するデータを記憶する記憶部16とを備える。
【0033】
取得部12は、ローカルネットワーク又は公衆ネットワークに接続された通信インタフェースである。記憶部16は、ハードディスクドライブ(HDD)、フラッシュメモリ等の記憶媒体を有する。記憶部16は、評価装置10に必ずしも内蔵され、又は外部接続されているわけではなく、ネットワークを通じてデータを提供するサーバ(不図示)に設けられていてもよい。
【0034】
演算部14は、例えば、建物Bの動的な応答を示す建物モデル(応答推定モデル)に基づいて、建物Bの健全性の評価に関する演算を行う。演算部14は、複数のセンサSpの検出値に基づいて、学習型の応答推定に関する演算を行い、演算結果に基づいて初期設定された建物モデルのパラメータを補正する。
【0035】
具体的に、演算部14の処理においては、まず、建物モデルの質量行列M、減衰係数行列C、剛性行列Kが与えられ、式(1)に示す一般固有値問題を解いてj次の固有角振動数wと刺激関数φを得る。
【0036】
【数1】
【0037】
ここで、従来の学習型応答推定機能を有する構造ヘルスモニタリングシステムでは、剛性分布kを修正する関数△k(θ)を導入する。これにより、剛性分布がk’=k+△k(θ)に修正され、これに対応して剛性行列KがK’(θ)に修正される。このとき、モデルパラメータは、式(2)に示すように確率変数により表される(nはパラメータ数)。
【0038】
【数2】
【0039】
一方、センサ設置階(観測層)の建物応答絶対加速度y(θ)は式(3)で表され、この建物応答絶対加速度の確率モデルは式(4)で表せる。
【0040】
【数3】
【0041】
【数4】
【0042】
は、建物に設置されたセンサの数(地動計測用のものを除く)、y(上に^(ハット))(θ)は、M、C、K’(θ)で規定される修正設計モデルに観測された地動uを入力したときの各時刻におけるセンサ設置階の応答絶対加速度であり、その値を期待値として等しい分散σ で独立に正規分布していることを示している。
【0043】
そして、地震時に、式(5)で表す観測データDが得られると、ベイズの定理によってθの事後分布が式(6)で求められる。
【0044】
【数5】
【0045】
【数6】
【0046】
ここで、p(θ)は、事前分布で、式(7)のような互いに独立で平均が0の一様分布である。また、p(D|θ)は、尤度関数で、式(8)で求められる。
【0047】
【数7】
【0048】
【数8】
【0049】
このようにして得られる事後分布p(θ|D)を最大化するθをθMAP(上に^(ハット))とすると、θMAP(^)によって修正された剛性行列K’( θMAP(^))から、式(1)と同様の固有値問題を解いて、対応する刺激関数φ’が得られる。
【0050】
これは、事前情報である設計モデルを実際の観測データに基づいて、より現実に近づけるように更新したことを意味する。なお、この更新した事後分布p(θ|D)を次回の地震に対する事前分布として用いることにより継続的な学習を行うようにしてもよい。
【0051】
そして、建物の応答に支配的な影響を与えるモードを1~n次とすると、センサ設置階の応答絶対加速度は、式(9)で近似できる。
【0052】
【数9】
【0053】
Dは、D=[1・・・1]T∈Rnsであり、Фは、Ф=[φ1’・・・φnm’]からセンサ設置階に対応した行を抜き出した行列であり、qは、q=[q1(t)・・・qnm(t)]で表される1~n次のモード応答相対加速度ベクトルである。すると、観測応答加速度波形y(上に~(チルダ))からモード応答相対加速度の推定値q(^)が式(10)で得られる。
【0054】
【数10】
【0055】
Ф+はФの一般化逆行列である。これにより、全層の応答y∈Rnf(nfは建物層数)が式(11)で推定できる。
【0056】
【数11】
【0057】
なお、D’=[1・・・1]T∈Rnfである。また、式(10)で一般化逆行列を用いていることにより、推定に使用する主要モードの数を任意に設定することが可能になっている。
【0058】
本実施形態では、上記の建物のベイズ更新に基づく健全性確認方法を利用し、下記の処理に基づいて、建物モデルの初期情報として設定されているパラメータを補正する。建物モデルの補正を簡便にするため、演算部14は、下記に示す各工程における処理を行う。演算部14は、建物Bの1次固有周期を実際の応答の検出値に基づいて算出する。演算部14は、初期の建物モデルにおける1次固有周期に算出した1次固有周期を適用し、1次固有周期に基づいて、建物モデルに含まれる質量及び剛性の分布に関するパラメータを更新する。演算部14は、更新したパラメータに基づいて建物モデルを補正し更新する。建物モデルの更新により、建物Bの動的な応答の推定値をより現実の応答に近付けることができる。
【0059】
図2に示されるように、演算部14は、複数のセンサSpから取得された日常的な検出値を用いて建物Bの微動波形を算出する。演算部14は、微動波形のスペクトル解析に基づいて建物Bの1次固有周期を算出する。演算部14は、例えば、建物Bの上部における微動波形からパワースペクトルを算出する。パワースペクトルは、パワーの周波数上での分布を表すものであり、逆離散時間フーリエ変換を行うと、パワースペクトルから自己相関関数に変換される。
【0060】
演算部14は、例えば、パワースペクトルのうち最も低いスペクトルのピーク近傍の山の1周期分の周波数範囲を切り出して、切り出した周波数範囲を1次固有周期とみなして自己相関関数を算出する。演算部14は、カーブフィット法を用いて、1次固有周期を算出する。カーブフィット法は、検出値に良く合うようなパラメータを算出する手法である。カーブフィット法により、最小2乗法を用いて周波数軸又は時間軸上で関数フィッティングさせ、最適関数を推定し近似曲線が得られる。
【0061】
演算部14は、算出した自己相関関数に基づいて算出される減衰波形を非線形にカーブフィットするように1次固有周期を算出すると共に、減衰定数を算出する。ここで得られた1次固有周期などは、応答推定に利用する初期の建物モデルの剛性分布の補正に利用することで、精度の高い応答推定ができる。
【0062】
センサSpから検出される検出値は、日常的な微振動の他に、地震時に検出されるものがある。地震時に検出値が検出された場合、この検出値を利用して建物Bの1次固有周期を算出できる。
【0063】
演算部14は、上記と同様に地震時に検出された検出値を用いて建物Bの地震時の応答波形を算出する。演算部14は、地震時の応答波形のスペクトル解析に基づいて1次固有周期を算出する。演算部14は、例えば、建物Bの上部における地震時の応答波形からパワースペクトルを計算する。演算部14は、パワースペクトルのうち最も低いスペクトルのピーク近傍の1周期分の周波数範囲を切り出してこれを1次固有周期として用い、自己相関関数を算出する。
【0064】
演算部14は、カーブフィット法を用いて自己相関関数に基づいて算出される減衰波形を非線形にカーブフィットするように誤差が最小となる1次固有周期を算出すると共に、減衰定数を算出する。演算部は、算出した1次固有周期及び減衰定数に基づいて、建物モデルに含まれる質量及び剛性の分布に関するパラメータを更新する。
【0065】
演算部14は、地震時に検出された検出値を用いて建物Bの地震時の応答波形を算出し、地震時の波形のモード解析に基づいて1次固有周期を算出してもよい。演算部14は、地震時に検出された検出値を用いて建物Bの地震時の波形を算出する。演算部14は、地震時の波形のARX(Auto Regressive with eXogenous)モデルなどのシステム同定手法に基づいて1次固有周期を算出する。システム同定手法は、入出力データから建物モデルのパラメータを推定するものである。演算部14は、算出した1次固有周期に基づいて建物Bの減衰定数を算出し、減衰定数に基づいて建物モデルを更新する。
【0066】
図3に示されるように、演算部14は、地震時に検出された検出値を用いて伝達関数を算出することで、1次固有周期を算出してもよい。伝達関数は、地震時における建物Bに入力される加速度と建物Bに生じる応答加速度との関係を示すものである。演算部14は、伝達関数を算出し、伝達関数に基づいて1次固有周期を算出する。演算部14は、上記の各処理により算出した1次固有周期に基づいて建物Bの減衰定数を算出し、減衰定数に基づいて建物モデルを更新する。算出した伝達関数に示される1次のピークを同定することで、上記処理と同様に初期の建物モデルの補正に利用することができる。
【0067】
上述した演算部14は、CPU(Central Processing Unit)、GPU(Graphics Processing Unit)等のプロセッサがプログラム(ソフトウェア)を実行することで実現される。これらの各機能部のうち一部または全部は、LSI(Large Scale Integration)やASIC(Application Specific Integrated Circuit)、FPGA(Field-Programmable Gate Array)等のハードウェアによって実現されてもよいし、ソフトウェアとハードウェアの協働によって実現されてもよい。プログラムは、予めHDD(Hard Disk Drive)やフラッシュメモリなどの記憶装置に格納されていてもよいし、DVDやCD-ROMなどの着脱可能な記憶媒体に格納されており、記憶媒体がドライブ装置に装着されることで記憶装置にインストールされてもよい。
【0068】
上述したように、健全性評価システム1によれば、地震応答推定の算出において、センサSpの日常的な検出値を用いて建物モデルの1次固有周期を算出することができ、算出した1次固有周期を用いて初期の建物モデルの初期剛性分布を補正し、建物モデルの応答推定の精度を向上させることができる。
【0069】
更に、健全性評価システム1によれば、学習型応答推定機能(ベイズ更新)における、初期の建物モデルに現実に近い情報として算出した減衰定数を与えることで、更新された建物モデルの応答推定の精度を高めることができる。健全性評価システム1によれば、初期の建物モデルを補正することで、設計で想定したモデルを現実に近いものにすることができ、結果として応答推定の精度を向上させることができる。
【0070】
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明は上記の一実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。例えば、健全性評価システムは、建物だけでなく、他の構造物の応答推定に適用してもよい。
【符号の説明】
【0071】
1 健全性評価システム
2 検出部
10 評価装置
12 取得部
14 演算部
16 記憶部
B 建物
S1―Sn センサ
図1
図2
図3
図4
図5
図6