(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-28
(45)【発行日】2024-07-08
(54)【発明の名称】摩擦係数を測定する方法
(51)【国際特許分類】
G01N 19/02 20060101AFI20240701BHJP
G01M 17/08 20060101ALI20240701BHJP
【FI】
G01N19/02 A
G01M17/08
(21)【出願番号】P 2020182069
(22)【出願日】2020-10-30
【審査請求日】2023-07-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000173784
【氏名又は名称】公益財団法人鉄道総合技術研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000220435
【氏名又は名称】株式会社ファインシンター
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】狩野 泰
(72)【発明者】
【氏名】阪井 章悟
(72)【発明者】
【氏名】辻 貴史
(72)【発明者】
【氏名】西森 久宜
(72)【発明者】
【氏名】西川 真
(72)【発明者】
【氏名】池田 誠
(72)【発明者】
【氏名】島添 功
【審査官】福田 裕司
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-286735(JP,A)
【文献】国際公開第2018/185944(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/159341(WO,A1)
【文献】特開2005-024005(JP,A)
【文献】西森久宜,松岡耕作,高温摩擦試験装置を用いたブレーキ摩擦材の評価手法,鉄道総研報告,2018年08月,Vol.32,No.8,41-46頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 19/02
G01M 17/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属を母材と
し、窒化ホウ素を11~14質量%含む摩擦材の摩擦係数
の測定
を、前記摩擦材が室温から1000℃の間の複数の温度条件下で実施することにより、各温度条件下の摩擦材の摩擦係数を得る工程を有する、摩擦材の摩擦係数の温度依存性評価方法。
【請求項2】
前記摩擦材がさらに硬質粒子を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記窒化ホウ素は、六方晶窒化ホウ素である、請求項1又は2に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摩擦係数を測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ブレーキ性能の評価項目の一つとして、摩擦材の広い温度領域における摩擦係数の安定性を挙げることができる。
【0003】
中でも、新幹線等の高速鉄道車両用ブレーキに使用されるブレーキライニング摩擦材は、最高時速250km以上から減速する際には1000℃程度もの高温となる。したがって、広い温度域での摩擦係数の安定性が必要である。
【0004】
摩擦材の摩擦係数の温度依存性は、ブレーキ初速度及び押付力などの条件により摩擦材温度を調整することにより評価されることが一般的である。かかる試験には多くの時間とコストとが必要である。
【0005】
このような、摩擦材の摩擦係数温度依存性を簡便に実施する方法として、非特許文献1では、スラストシリンダ式と高周波誘導加熱とを組み合わせた高温摩擦試験装置を使用する試験方法が紹介されている。
【0006】
しかしながら、非特許文献1に記載された方法では、摩擦材の摩擦係数の温度依存性を評価する際に、急激に不自然に摩擦係数が変動する温度域が存在しており、摩擦材の摩擦係数を正確に反映できていない懸念がある。そこで、金属母材及び硬質粒子自体の摩擦係数の温度依存性をより正確に評価可能な方法が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】鉄道総研報告 Vol. 32, No. 8 41~46頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のような事情に鑑み、本発明の目的とするところは、金属母材及び硬質粒子自体の摩擦係数の温度依存性をより正確に評価可能な、摩擦係数の測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記課題を解決すべく研究を重ねた結果、上記課題点は、摩擦材に含まれる固体潤滑剤が熱変化を起こしていることが原因であることを突き止めた。そして、固体潤滑剤として窒化ホウ素を採用することにより、摩擦材の摩擦係数の測定に際して、固体潤滑剤の影響を顕著に抑制可能であることを見出した。本発明者らは、かかる知見に基づきさらに研究を重ね、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明は、以下の摩擦材の摩擦係数の測定方法を提供する。
項1.
金属を母材とする摩擦材の摩擦係数を測定する方法であって、前記摩擦材が窒化ホウ素を含むことを特徴とする、方法。
項2.
前記摩擦材がさらに硬質粒子を含む、項1に記載の方法。
項3.
前記窒化ホウ素は、六方晶窒化ホウ素である、項1又は2に記載の方法。
項4.
前記摩擦材100質量%中に、前記窒化ホウ素が10~20質量%含まれる、項1~3の何れかに記載の方法。
項5.
項1~4の何れかに記載の測定方法を、前記摩擦材が室温から1000℃の間の複数の温度条件下で実施することにより、各温度条件下の摩擦材の摩擦係数を得る工程を有する、摩擦材の摩擦係数の温度依存性評価方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、固体潤滑剤の影響が抑制され、金属母材及び硬質粒子自体の摩擦係数の温度依存性をより正確に評価可能な、摩擦係数の測定方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の摩擦係数の測定方法に使用する装置の一例の概略図。
【
図2】実施例1~4の摩擦係数の温度依存性評価結果。
【
図3】比較例1~5の摩擦係数の温度依存性評価結果。
【
図4】実施例1~4の室温を基準とした各温度での摩擦係数の変化率。
【
図5】比較例1~4の室温を基準とした各温度での摩擦係数の変化率。
【
図6】黒鉛の示差熱-熱重量同時分析結果と重量変化開始温度(変化開始温度)。
【
図7】WS
2の示差熱-熱重量同時分析結果と重量変化開始温度(変化開始温度)。
【
図8】MoS
2の示差熱-熱重量同時分析結果と重量変化開始温度(変化開始温度)。
【
図9】六方晶窒化ホウ素の示差熱-熱重量同時分析結果と重量変化開始温度(変化開始温度)。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.摩擦係数を測定する方法
本発明の摩擦材の摩擦係数の測定方法は、金属を母材とする摩擦材の摩擦係数の測定に適用される。また、当該摩擦材は、窒化ホウ素を含む。
【0014】
摩擦材に対し、その摩擦係数を測定・評価する方法としては従来公知の手法を採用することが可能であり、特に限定はない。具体的には、上記非特許文献1(鉄道総研報告 Vol. 32, No. 8 41~46頁)で言及されているような、スラストシリンダ式と高周波誘導加熱とを組み合わせた高温摩擦試験装置を用いて評価することが好ましい。
【0015】
例えば、
図1に示すように、誘導加熱コイルを利用して測定対象となる摩擦材を加熱しつつ、相手材をこれに押し付けることにより摩擦係数の測定を行うことが好ましい。
【0016】
母材とする金属としては、ブレーキ用の摩擦材の母材として使用される公知の金属を挙げることが可能であり、特に限定はない。具体的には、Cu、Sn、Ni及びZn、並びにこれらの二種以上を含む合金を挙げることができる。
【0017】
摩擦材中の母材の含有量としては、母材と相手材の摺動面との凝着摩擦を発生させつつ、摩擦材の強度を確保するために、摩擦材100質量%中に55~80質量%とすることが好ましく、60~75質量%とすることがより好ましい。
【0018】
摩擦材は、窒化ホウ素を含有する。かかる窒化ホウ素は固体潤滑剤として機能するものであり、摩擦係数測定時に摩擦材に押し付ける部材と摩擦材の凝着を抑えることができ、安定した摩擦係数の測定が行うことが可能となる。
【0019】
従来の摩擦材の摩擦係数の測定においては、特にその温度依存性を評価する際に、摩擦係数が急激に変化する温度域が存在していた。本発明者らは、かかる温度域は摩擦材に使用する固体潤滑剤が高温に曝されることにより熱変化を起こし、その結果として上記したような所定の温度域において急激な摩擦係数の変化が発生すると推察した。そこで1000℃以下の温度域では熱変化が殆ど発生しない固体潤滑剤、つまり、窒化ホウ素を使用した結果、かかる急激な摩擦係数の変化が発生しないことを見出した。
【0020】
使用する窒化ホウ素の結晶構造としては、六方晶系又は菱面体晶系といった、如何なる結晶構造であってもよい。但し、とりわけ六方晶系の結晶構造を有する窒化ホウ素を使用することにより、固体潤滑剤の摩擦係数に対する影響を顕著に抑制することが可能である。
【0021】
特に、従来の摩擦材に使用されてきた黒鉛、二硫化タングステン、又は二硫化モリブデンといった固体潤滑剤は、昇華及び酸化などの熱的変化が比較的低温で生じてしまう。したがって、これらを固体潤滑剤として含有する摩擦材が有する摩擦係数の温度依存性を評価しようとする際には、固体潤滑剤の熱的変化が、摩擦係数に影響を与える要素として入ってくることから、正確な評価を行うことが困難であった。本発明者らは、窒化ホウ素を固体潤滑剤として採用することにより、驚くべきことに、上記した摩擦係数への影響を顕著に抑制することが可能であることを見出した。
【0022】
摩擦材に含まれる窒化ホウ素量は、摩擦材100質量%中に、10~20質量%とすることが好ましく、11~15質量%とすることがより好ましい。摩擦材100質量%中の窒化ホウ素量を10質量%以上とすることにより、測定時における摩擦材と相手材との焼き付き又は凝着の発生を抑制することができる。一方、摩擦材100質量%中の窒化ホウ素量を20質量%以下とすることにより、摩擦材中の母材等の含有量を充分に確保することにより、摩擦材の充分な強度を得ることができる。
【0023】
摩擦材は、さらに硬質粒子を含んでいてもよい。摩擦材に硬質粒子を含有させることにより、摩擦材における酸化被膜の形成を阻害すると共に、摩擦材の優れた耐熱性を得ることが可能となる。
【0024】
かかる硬質粒子としては、ブレーキ用の摩擦材に使用される公知の硬質粒子を広く採用することが可能であり、特に限定はない。具体的には、マグネシア(MgO)、ジルコンサンド(ZrSiO4)、シリカ(SiO2)、ジルコニア(ZrO2)、ムライト(3Al2O3・2SiO2~2Al2O3・SiO2)、窒化珪素、炭化珪素、Mo、Wを例示することが可能である。これらは一種のみを単独で使用してもよいし、二種以上を併用してもよい。
【0025】
硬質粒子の平均粒子径としては、特に制限はなく、例えば、1~300μmが好ましく、2~200μmがより好ましい。
【0026】
摩擦材中における硬質粒子の含有量は、摩擦材100質量%中に、5~25質量%とすることが好ましく、10~20質量%とすることがより好ましい。かかる構成を採用することにより、相手材の摺動面を硬質粒子が引っ掻くことにより、摺動面に生成する酸化膜を除去し、母剤の摩擦係数を安定して維持することができる。また、優れた耐熱性を有する硬質粒子を含むことにより、摩擦材の高温下における変形が抑制される。
【0027】
摩擦材は、本発明の効果及び目的を損なわない範囲内で、さらにFe、フェロクロム、フェロタングステン、フェロモリブデン、ステンレス鋼及びバナジウム炭化物からなる群より選択される少なくとも一種を適宜含んでいてもよい。
【0028】
かかる摩擦材は、例えば、母材となる金属粉、窒化ホウ素、そして必要に応じて硬質粒子等のその他の成分を混合した後、所定の形状に成形して圧粉体を形成し、さらに加圧焼結することにより得ることができる。
【0029】
圧粉体形成の際にかける圧力としては、例えば100~1000N/mm2とすることが好ましい。また、加圧焼結における温度としては、800~1100℃とすることが好ましく、焼結時の圧力としては0.5~4.0N/mm2とすることが好ましい。焼結温度の保持時間としては、10~120分間が好ましい。また、加圧焼結工程は不活性ガス雰囲気下又は還元性ガス雰囲気下で実施することが好ましい。
【0030】
摩擦係数の測定に際しての相手材の材質としては、従来公知のものを広く採用することが可能であり、特に限定はない。具体的には、鋳鉄、合金鋼鋼材(JIS G4053)、又は炭素鋼鍛鋼材(JIS G3201)を例示することができる。
【0031】
相手材の形状としても特に限定はなく、平板形状、又は円盤形状などを採用することができる。
【0032】
摩擦係数の測定に際し、摩擦材に相手材を押し付ける力(面圧)としては、例えば0.1~5MPaとすることが好ましく、0.5~2MPaとすることがより好ましい。
【0033】
測定における摩擦材と相手材との摩擦速度についても、例えば、0.05~0.3m/sとすることが好ましく、0.05~0.15m/sとすることがより好ましい。
【0034】
2.摩擦係数の温度依存性評価方法
さらに、本発明は、摩擦係数の温度依存性評価方法に関する発明を包含する。
【0035】
本発明の摩擦係数の温度依存性評価方法においては、室温から1000℃の間の複数の温度条件下において、上述した本発明の摩擦係数の測定を実施し、各温度条件下における摩擦材の摩擦係数を得る工程を有する。
【0036】
尚、本明細書において「室温」とは、-10~50℃の温度領域を意味すると定義される。
【0037】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はこうした例に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々なる形態で実施し得ることは勿論である。
【実施例】
【0038】
以下、実施例に基づき、本発明の実施形態をより具体的に説明するが、本発明がこれらに限定されるものではない。
【0039】
(実施例及び比較例)
下記表1の配合に基づき母材となる金属粉、固体潤滑剤、及び硬質粒子を混合し、得られた混合粉体を300N/mm2の圧力条件で成形して圧粉体を成形した。得られた圧粉体に台金を組み合わせ、AXガスとN2ガスの混合ガス(5%H2ガスと、残部:N2ガスとの混合ガス)雰囲気下、950℃、1.5N/mm2の条件で60分間加圧焼結し、摩擦材と台金との接合体を得た。
【0040】
【0041】
(摩擦係数の測定及び摩擦係数の温度依存性評価)
図1に示すような、スラストシリンダ式と高周波誘導加熱とを組み合わせた高温摩擦試験機を使用し、摩擦材の摩擦係数の測定を行った。例えば200℃の温度条件下での摩擦係数の測定に際しては、摩擦材の温度を200℃まで昇温させディスク(相手材)に摩擦材を押し付け、ディスクを回転させ測定を行った。その後、60秒程度回転させ摩擦係数を測定した。測定終はディスクを停止し、その後再度ディスクを回転させ摩擦係数を測定した。複数回測定し平均値をその温度での摩擦係数とした。200℃での測定が終了後、摩擦材及びディスクを室温まで冷却した。同様にして、各実施例及び比較例に対して、種々の温度条件下での摩擦係数の測定を行った。
【0042】
(示差熱-熱重量同時分析)
黒鉛、二硫化タングステン、及び六方晶窒化ホウ素に対して、差動型高温示差熱天秤(ブルカー・エイエックスエス製 TG-DTA 2200SA型)を使用し、昇温速度5℃/分、空気200mL/分の条件にて、示差熱-熱重量同時分析を行った。
【0043】
図6~8から解るように、各比較例で使用した固体潤滑剤は、熱変化の生じる温度が実施例で使用した六方晶窒化ホウ素と対比して低いことが確認された。そして、
図2~5から、各比較例の摩擦材を使用した場合、上記
図6及び7で確認された熱変化の生じる温度域で摩擦係数の大幅な変動が生じており、摩擦係数の温度依存性評価において、固体潤滑剤の存在に起因する、摩擦係数への影響が確認された。これに対して、各比較例の摩擦材を使用した評価においては、このような摩擦係数への影響が確認されなかった。