IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ ボーズ・コーポレーションの特許一覧

<>
  • 特許-能動騒音低減を使用した聴覚支援の改善 図1
  • 特許-能動騒音低減を使用した聴覚支援の改善 図2
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-28
(45)【発行日】2024-07-08
(54)【発明の名称】能動騒音低減を使用した聴覚支援の改善
(51)【国際特許分類】
   H04R 25/00 20060101AFI20240701BHJP
   G10K 11/178 20060101ALI20240701BHJP
   H04R 1/10 20060101ALI20240701BHJP
   H04R 3/00 20060101ALI20240701BHJP
【FI】
H04R25/00 K
H04R25/00 H
G10K11/178 120
H04R1/10 104Z
H04R3/00 320
【請求項の数】 9
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2021124346
(22)【出願日】2021-07-29
(62)【分割の表示】P 2019521423の分割
【原出願日】2017-10-20
(65)【公開番号】P2021185674
(43)【公開日】2021-12-09
【審査請求日】2021-08-27
(31)【優先権主張番号】62/411,044
(32)【優先日】2016-10-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(31)【優先権主張番号】15/789,085
(32)【優先日】2017-10-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】591009509
【氏名又は名称】ボーズ・コーポレーション
【氏名又は名称原語表記】BOSE CORPORATION
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【弁理士】
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【弁理士】
【氏名又は名称】実広 信哉
(74)【代理人】
【識別番号】100133400
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】ヤーン・ドミトリ・アイヒフェルト
(72)【発明者】
【氏名】ダニエル・エム・ゴーガー・ジュニア
(72)【発明者】
【氏名】ライアン・シー・シルヴェストリ
(72)【発明者】
【氏名】ライアン・ターミューレン
【審査官】渡邊 正宏
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2015/0230026(US,A1)
【文献】特表2009-532926(JP,A)
【文献】特開2000-089799(JP,A)
【文献】特開2013-051624(JP,A)
【文献】特開2014-030254(JP,A)
【文献】特開2000-059876(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G10K 11/00-13/00
H04R 1/10
H04R 1/20- 1/40
H04R 3/00- 3/14
H04R 25/00-25/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
装置であって、
指向性感度を有するマイクロフォンと、耳を封止するイヤーチップと、を各々が備える、2つのイヤフォンと、能動騒音低減(ANR)回路と、を備え、前記ANRはフィードバックANRであり、
前記イヤーチップ及び前記ANR回路が、組み合わせで、前記装置を通して外耳道に到達する音を第1の量だけ減衰させて残留音が得られ、
前記マイクロフォンが、所望の方向から生じる提供された音に対して第2の量だけ減衰された非所望の方向から生じる音を、外耳道に提供し、
前記イヤフォンは、装着時にそれぞれのマイクロフォンを内側に向けるように配置されており、前記2つのイヤフォンのそれぞれのマイクロフォンを通る線は、ユーザの1メートルから2メートル前方で集束し、
前記装置は、前記残留音と前記マイクロフォンからの非所望の音との組み合わせが前記所望の方向からの音に対して外耳道で減衰する量よりも低いレベルで、前記マイクロフォンが提供する音に利得を提供する、
装置。
【請求項2】
前記装置がユーザの耳に装着されているとき、前記マイクロフォンが、前記ユーザの耳介の前方に位置する、請求項1に記載の装置。
【請求項3】
指向性感度を有する前記マイクロフォンのうちの少なくとも1つもまた、周囲音を検出するために、前記ANR回路によって使用される、請求項に記載の装置。
【請求項4】
高騒音下では、前記ANRが自動的に作動する、請求項1に記載の装置。
【請求項5】
測定された音響ノイズレベルと所定のオン/オフ閾値との比較により、前記ANRが自動的に作動する、請求項に記載の装置。
【請求項6】
ユーザの発話時に、前記ANRが自動的に作動する、請求項1に記載の装置。
【請求項7】
バッテリレベルが低いときに、前記ANRを自動的に無効にする、請求項1に記載の装置。
【請求項8】
オーディオが補助経路レベルよりも高いレベルでストリーミングしているときに、前記ANRを自動的に無効にする、請求項1に記載の装置。
【請求項9】
前記マイクロフォンにより前記外耳道に提供される前記所望の方向からの音は、前記残留音と前記マイクロフォンからの前記非所望の音との組み合わせよりも少なくとも18dB大きい、請求項に記載の装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
優先権の主張
本出願は、2016年10月21日に出願された仮特許出願第62/411,044号の優先権を主張し、その全内容が参照により本明細書に援用される。
【0002】
本開示は、能動騒音低減を使用することによる聴覚支援デバイスの改善に関する。
【背景技術】
【0003】
補聴器及び個人用音声増幅製品(personal sound amplification product、PSAP)などの聴覚支援デバイス、並びにいくつかの従来の又は専用ヘッドフォンは、ユーザの環境内の音を検出して増幅することにより、ユーザが音を聞き取る能力を改善する。補聴器は、特に、ユーザの固有の聴力損失プロファイルに基づいて、増幅された音の特性を調整することができる。PSAP及びヘッドフォンもまた、パーソナライズされ得る。大抵の場合、補聴器とPSAPとの違いは、市場によって部分的に決まる意図された使用の1つであり、PSAP及び補聴器の特徴部は、内部又は外部ソフトウェアを介して、又はハードウェアを介して、慣用ヘッドフォン、又はタクティカルヘッドフォンなどの専用ヘッドフォンに追加され得る。本開示における「聴覚支援デバイス」、「ヘッドセット」、「イヤフォン」、及び「ヘッドフォン」という用語は、製品の規制ステータス又は市場ポジションとは無関係に、任意のそのような製品のことを指す。当該用語はまた、製品の物理的フォームファクタを制限することを意味するものではないが、特定の実施例は、いくつかのフォームファクタにのみ適用され得る。
【0004】
能動騒音低減(active noise reduction、ANR)ヘッドセットは、典型的には、フィードバック若しくはフィードフォワードANRのいずれか、又はその両方を利用する。フィードバックANRは、制御ループを通して外耳道に結合されたマイクロフォンからの信号をフィルタリングし、次いで、その信号をラウドスピーカ(典型的には、補聴器の文脈で「レシーバ」と称される)を通して出力することによって達成される。フィードフォワードANRは、フィルタを通してイヤフォンの外部のマイクロフォンから信号をフィルタでフィルタリングし、次いで、その信号をラウドスピーカを通して出力することによって達成される。いずれの構成でラウドスピーカにより出力される信号も、受動経路を通して、すなわちヘッドを通して、ヘッドフォンを通して、又はヘッドフォンの周囲を通して、外耳道に到達する音響信号と弱め合うように干渉し、鼓膜に到達する総音響エネルギーを低減する。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0005】
一般に、一態様では、補聴器は、能動騒音低減(ANR)回路と、耳を音響的に閉塞するイヤフォンと、を有する。このような封止された補聴器は、通気されたイヤーチップを有する同じ補聴器において安定しているであろう利得よりも大きい利得を、音に提供する。
【0006】
一般に、一態様では、補聴器は、能動騒音低減(ANR)回路と、耳を音響的に閉塞するイヤフォンと、ユーザの耳介の前方に配置される補助経路マイクロフォンと、を含む。補聴器は、同じマイクロフォン位置と、通気されたイヤフォンと、を有する、類似の補聴器において安定しているであろう利得よりも、少なくとも500Hz~12kHzの範囲の周波数で、より大きな利得を、音に提供する。
【0007】
実装形態は、以下の1つ以上を任意の組み合わせで含むことができる。補聴器は、同様の補聴器において安定しているであろう利得よりも少なくとも6dB高い利得を提供し得る。補聴器は、同様の補聴器において安定しているであろう利得よりも少なくとも12dB高い利得を提供し得る。
【0008】
一般に、一態様では、補聴器は、指向性感度を有するマイクロフォンと、能動騒音低減(ANR)回路と、耳を封止するイヤフォンと、を含む。イヤフォン及びANR回路は、組み合わせで、補聴器を通して外耳道に到達する音を減衰させ、得られる残留音は第1の量だけ減衰する。マイクロフォンは、所望の方向から生じる提供された音に対して第2の量だけ減衰した非所望の方向から生じる音を、外耳道に提供する。第1の減衰量は、所望の方向からの音が、組み合わされた残留音及びマイクロフォンからの非所望の音によって著しく変更されない、十分な高さである。
【0009】
実装形態は、以下の1つ以上を任意の組み合わせで含むことができる。補聴器は、組み合わされた残留音及びマイクロフォンからの非所望の音が、所望の指向性音に対して外耳道で減衰する量よりも低いレベルで、マイクロフォンからの音に利得を提供し得る。ANR回路による減衰量は、1kHz未満の周波数でマイクロフォンによって提供される指向性減衰量の少なくとも2倍であり得る。装置がユーザの耳に装着されているとき、マイクロフォンは、ユーザの耳介の前方に位置し得る。指向性感度を有するマイクロフォンのうちの少なくとも1つもまた、周囲音を検出するために、ANR回路によって更に使用され得る。
【0010】
一般に、一態様では、補聴器は、残留音と相互作用する増幅された音から生じるスペクトルコーミングを防止しながら、耳に増幅された音を提供する。補聴器は、能動騒音低減(ANR)回路と、耳を封止するイヤフォンと、を含む。イヤフォン及びANR回路は、組み合わせで、補聴器を通して外耳道に到達する音を第1の利得量だけ減衰させて、残留音を生じる。ANR回路は、装置が装着されているときに外耳道に音響的に結合される内部マイクロフォンを含み、外耳道の封止によって引き起こされる外耳道の閉塞効果を低減する。補聴器は、外部マイクロフォンに到着する音を検出し、第2の利得量だけそれらの音を増幅し、残留音がイヤフォンを通して外耳道に到着するよりも後の時間に、増幅された音を外耳道に提供する。第2の利得量による検出された音の増幅は、増幅された音が外耳道の残留音よりも少なくとも14dB大きい増幅された音を生じる。
【0011】
実装形態は、以下の1つ以上を任意の組み合わせで含むことができる。補聴器は、外部マイクロフォンに到着する音に、14dB未満の利得を提供し得る。第2の利得量は、増幅された音であって、音が外部マイクロフォンに到着するレベルよりも低い外耳道におけるレベルを有する増幅された音を生じ得る。第2の利得量は、増幅された音であって、装置が存在しない場合に、音が耳に到着するであろうレベルよりも低い外耳道におけるレベルを有する増幅された音を生じ得る。増幅された音は、残留音がイヤフォンを通して外耳道に到着するよりも少なくとも1ms後の時間に外耳道に提供され得る。装置がユーザの耳に装着されているとき、外部マイクロフォンは、ユーザの耳介の前方に位置し得る。ANR回路は、外部マイクロフォンからの信号を使用して、フィードバックANRを提供することと組み合わせて、フィードフォワードANRを提供し得る。ANR回路によって提供される第1の利得量は、周囲ノイズレベルの関数として制御され得る。
【0012】
一般に、一態様では、システムは、直接聞こえる音と相互作用する増幅された音から生じるスペクトルコーミング及びエコーを防止しながら、リモートマイクロフォンから耳に増幅された音を提供する。システムは、能動騒音低減(ANR)回路、及び耳を封止するイヤフォンを有する補聴器と、補聴器に対してリモートのマイクロフォンと、を含み、無線リンクを介して補聴器にオーディオ信号を提供する。イヤフォン及びANR回路は、組み合わせで、補聴器を通して外耳道に到達する音を第1の利得量だけ減衰させて、直接聞こえる残留音を生じる。ANR回路は、装置が装着されているときに外耳道に音響的に結合される内部マイクロフォンを含み、外耳道の封止によって引き起こされる外耳道の閉塞効果を低減する。補聴器は、リモートマイクロフォンによって送信された音信号を受信し、第2の利得量だけそれらの音を増幅し、直接聞こえる残留音がイヤフォンを通して外耳道に到着するよりも後の時間に、増幅された音を外耳道に提供する。第2の利得量だけの送信された音の増幅は、外耳道の直接聞こえる残留音よりも少なくとも14dB大きい増幅された送信された音を生じる。
【0013】
実装形態は、以下の1つ以上を任意の組み合わせで含むことができる。補聴器は、リモートマイクロフォンから受信した音に14dB未満の利得を提供し得る。第2の利得量は、増幅された送信された音であって、補聴器が存在しない場合に、音が耳に到着するであろうレベルよりも低い外耳道におけるレベルを有する増幅された送信された音を生じ得る。増幅された送信された音は、直接聞こえる残留音がイヤフォンを通して外耳道に到着するよりも少なくとも1ms後の時間に外耳道に提供され得る。
【発明の効果】
【0014】
利点としては、閉塞効果を低減すること、指向性聴覚支援オーディオの可聴性を改善すること、オーディオ忠実度を改善すること、適用することができる最大安定利得を増加させること、許容可能な信号処理に課せられた遅延を増加させること、及びハードウェア設計を簡素化することが挙げられる。
【0015】
上記の全ての例及び特徴は、技術的に可能な任意の方法で組み合わせることができる。他の特徴及び利点は、明細書及び特許請求の範囲から明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】一組のヘッドフォンを示す。
図2図1のヘッドフォンの概略ブロック図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
多くの耳内デバイス、特に外耳道を封止することを試みるものは、閉塞効果に悩まされる。閉塞効果は、外耳道の音響遮断に起因して、ユーザ自身の声の低域周波数成分を増幅する。ユーザの声に起因する圧力は、頭部を通って外耳道内に放射する。耳が閉塞されていない場合、圧力は、耳から逃れ、耳が閉塞されて圧力が逃げることができない場合、低周波数成分は、ユーザの耳の内部で全体的に増幅される。耳を閉塞することにより、更なる問題が生じ、外耳道の遮断が、ユーザの声の高域周波数成分が頭部の周囲を移動して耳に戻ることを阻害する。これらの2つの問題は、典型的には、ユーザの声が「ブーミー」又は「くぐもっている」と知覚される望ましくない自声品質を生じる。「自声」は、発話中にユーザがユーザ自身の声を知覚することを指す。聴覚機器におけるこの問題に対する典型的な解決策は、デバイスを通る音響ベントを提供し、ベントを通して耳内の圧力(音圧を含む)を逃がし、それによって閉塞効果を低減することである。補聴器の補助経路は、自声全体がより自然に響くように、ユーザの声の高域周波数成分を復元する(ユーザの聴力損失に伴い、必要に応じてそれらを増幅する)。閉塞効果を緩和するために使用されるベントはまた、高周波数の声コンテンツが耳に入ることを可能にすることに寄与し得る。しかしながら、ベントは、他の問題を招来する。
【0018】
第1に、ベントは、ラウドスピーカ出力とデバイスの外部のマイクロフォンとの間に音響フィードバック経路を生成し、これは、増幅のためにユーザの周囲の音を検出することを意味する。ラウドスピーカ出力とマイクロフォン入力との間の音響結合の増大により、システムは、音響発振、すなわち、可聴フィードバック又はスクイーリングをより受けやすくなる。発振は、いくつかの対策によって防止されるが、最も効果的には、発振が生じる点にそれが到達しないように、デバイスが適用し得る最大利得量を低減することによって防止される。このことは、不安定性を防止するが、増幅結果がその目的の機能を提供する能力を損なう。本発明者らは、いかなる周波数でも発振を引き起こさずに適用することができる最大利得を、最大安定利得と称する。
【0019】
第2に、ベントは、ラウドスピーカの効率及び帯域幅を低減する。ベントの音響衝撃は、ラウドスピーカがより大きい有効音響ボリュームを駆動しなければならないようなものである。これは、特に低域周波数で音響システム効率を著しく低下させる。このことは、ひいては帯域不足を招く可能性があり、例えば、システムの低周波数カットオフは、音楽はもちろんのこと、発話の最低周波数を再生するのに不十分であり得る。耳内デバイスのための2mmの直径のベントは、例えば、典型的なラウドスピーカの出力を、約500Hzより低く、発話の最低周波数よりも高く、かつ音楽の最低周波数よりもかなり高く、制限する。
【0020】
第3に、ベントは、ベントが存在しない場合よりも、多くの音が環境からデバイスを通過して耳に入ることを可能にする。デバイスを通るこの「受動経路」は、ラウドスピーカを通した聴力関連信号処理の出力、例えば外部音の増幅された表現である、「補助経路」と耳内で結合する。本発明者は、イヤフォンの存在に起因する、受動経路を通して耳に到達する音の低減を、受動挿入損失と称する。ベントは、受動挿入損失を低くし、組み合わされた(能動+受動)信号に対する受動経路の寄与の大きさを増加させる。増加した受動経路の寄与に起因して、いくつかの問題が生じる。
【0021】
受動経路及び補助経路からの音響信号について、大きさは類似しているが、鼓膜における到着時間が同一でない場合、スペクトルコーミングが生じる。これは、補助経路が受動経路と相関しているが、信号処理により、より大きい遅延(遅延した到着時間)を含むからである。いくつかの実施例では、遅延量は、5msに及び、1msの遅延でさえも不快である場合がある。音を整形している補聴器は、単にそれらを増幅しているPSAPよりも大きい遅延を有し得るが、指向性を制御するために複数のマイクロフォンからの信号をフィルタリングするなどの他の処理もまた、遅延を追加する。効果的には、いかなる量の信号処理を有するいかなるデバイスも、遅延を導入することになる。この相互作用により、「甲高い」、「コーミーな」、「チューブライクな」、又は他の望ましくなく、かつ不正確な忠実度である、環境音の知覚スペクトルを生じる可能性がある。この効果の知覚性は、補助経路に実質的な利得を加えることによって低減することができる。コーミング効果を大幅に抑制するには、補助経路上に最大20dBの利得が必要とされ得る、すなわち受動経路の寄与を大幅に超えることによるが、この利得の大きさは、デバイスの最大安定利得を超え得る。そのような大きな利得は、環境音レベルが既に高くかつ受動経路を通して可聴であるとき、又はユーザが軽度の障害のみを有する場合に、ユーザにとっては不快に大きな音にもなり得る。
【0022】
低受動挿入損失を有することによって引き起こされる別の問題は、外部マイクロフォンが高度に指向性である場合に生じる。指向性感度を有するマイクロフォンを通した、又はビーム形成パターン内のマイクロフォンのアレイをフィルタリングすることによる指向性処理は、聴覚支援デバイスに典型的である。例えば、全内容が参照により本明細書に組み込まれている、米国特許第9,560,451号を参照されたい。このような処理は、補助経路で行われ、その結果、特定の角度での音は、所望の角度から来る音に対して減衰する。これは、周波数依存性であり、マイクロフォン間隔及び他の実用上の懸念事項の物理的制約により、より低い周波数の方が、減衰はより小さい。補助経路を介して到着する所望の角度における音のレベルが、受動経路を通して到着する不所望の角度における音における音のレベルと同様であって、ベントによって悪化する場合、マイクロフォンにおける指向性処理による減衰は行われない。換言すれば、受動経路は、補助経路の減衰を「穴埋めする」。受動経路と補助経路信号との加算は、非減衰方向から来る音のレベルを増加させるが、減衰された方向からの音をもたらすことは、非減衰音と減衰音との比を減少させる。これにより、補助経路が受動経路に対して低い出力を有する場合、指向性処理は、効果的に指向性を低下させる。典型的なアプローチにおける低域周波数では、補助経路が(例えば、指向性の欠如に起因して)低周波数ノイズを元から有する場合、補助経路を残留経路と組み合わせることは、明瞭性に役立つものではない。典型的なアプローチにおける補助経路では、高域周波数での指向性処理に起因する減衰が、いくつかの角度で顕著であり得る。例えば、ハイパーカージオイドの零点における減衰は、理論上、無限である。実際上の問題は、この減衰を18dB程度に制限する。この場合、補助経路であれば、完全に利用可能な指向性を提供するためには、受動経路の寄与よりも18+dB大きい出力を必要とするであろう。しかしながら、やはり、この追加の利得は、特に当該ユーザが軽度又は中程度の聴力損失を有する場合に、ユーザに不快に大きい音である信号を生じ得るか、又は最大安定利得を超え得る。
【0023】
図1に示す新たなヘッドフォンアーキテクチャでは、2つのイヤフォン102、104は、それぞれ、2つのマイクロフォンアレイ106及び108を含む。この特定の実施例では、2つのイヤフォン102、104は、ユーザの首の周りに装着される中央ユニット110に接続されている。イヤフォンは、ユーザの外耳道への入口を封止するイヤーチップ103、105を含む。図2に概略的に示されるように、中央ユニットは、プロセッサ112と、無線通信システム114と、バッテリ116と、を含む。イヤフォンはまた、それぞれ、スピーカ118、120と、フィードバック型能動騒音低減を提供するために使用される更なるマイクロフォン122、124と、を含む。2つのアレイ106及び108内のマイクロフォンは、126、128、130、及び132として標識されている。これらのマイクロフォンは、複数の目的を果たし、それらの出力信号は、フィードフォワードノイズキャンセレーションにおいてキャンセルされる周囲音として、聴覚支援又は会話支援のために強化される周囲音(ローカルの対話相手の声を含む)として、無線通信システムを介してリモートの対話相手に送信される音声音として、及びユーザが発話しながらユーザ自身の声を聞くために再生される側音の音声音として、用いられる。ヘッドフォンが典型的なユーザによって着用された場合に、マイクロフォンの各ペアを通る線が概して前方を向くことによって、ユーザが見ている方向からの音の検出を最適化する。イヤフォンは、装着時にマイクロフォンのそれぞれのペアをわずかに内側に向けるように配置されているため、マイクロフォンアレイを通る線は、ユーザの1又は2メートル前で集束する。これは、ユーザに面している誰かの声の受信を最適化するという特定の利益を有する。
【0024】
ANRを聴覚支援デバイスに組み込むことは、上述の問題に対処し、同時に更なる利益も提供する。フィードバックANRは、外耳道に存在する任意の信号が望ましくない励起として処理され、フィードバック制御ループが最小化を試みるという点で、固有の利点を有する。これにより、環境ノイズの低減だけでなく、発話時のユーザ自身の声の低減も生じる。具体的には、フィードバックANRは、低域周波数で最も効果的であり、当該低域周波数は、閉塞効果がユーザの声を増幅する傾向がある周波数を有する帯域幅において実質的に重なる。外耳道を封止するイヤーチップ(すなわち、ベントを有さず高い受動挿入損失を有するイヤーチップ)を完全に閉塞することは、外部音の受動的分離を最大化するために、典型的にはANR製品に使用される。これらのイヤーチップはまた、閉塞効果を大きく励起するが、上述のように、閉塞効果はフィードバックANRによって相殺される。フィードバックANRを有するヘッドフォンを閉塞する際の閉塞効果の低減は、典型的には、ユーザがユーザ自身の声の品質に対する不服を少なくして発話することができるほど十分である。
【0025】
この結果、フィードバックANRによって、ユーザ自身の声を不快にすることなく、聴覚支援デバイス内で封止されたイヤーチップを使用することが可能になる。これは、以前に論じたいくつかの問題に対処する。1つには、ラウドスピーカと外部マイクロフォンとの間の音響結合(補助経路に使用される)は、通気されたイヤーチップに対して低減される。これにより、補助経路の最大安定利得が高くなり、より大きな利得範囲及びより大きな難聴の補正を可能にする。第2に、周囲ノイズを克服するために、補助経路では、より少ない利得が必要とされる。フィードバックANRの追加により受動挿入損失を改善し、正味の低域非補助経路又は残留経路の挿入損失を生成することにより、補助経路のスペクトル応答が改善され、その結果、(遅延した)補助経路との破壊的干渉を引き起こす残留経路からのエネルギーは小さくなる。また、マイクロフォン応答の減衰が存在する角度からの音もまた、残留経路を通して減衰され、そして目標方向の音がマスクされない点で、指向性マイクロフォン処理の利益を実現することができる。より低い利得を伴うこれらの利益を有効にすることにより、更に、耳内のより快適な音圧レベルをもたらすことができる。ラウドスピーカの効率及び帯域幅はまた、ラウドスピーカがはるかに小さい音響ボリューム(すなわち、外耳道のみ)を駆動することから、通気されたイヤーチップに対しても改善される。加えて、低周波数出力の増加は、問題となり得る過剰なコントローラ利得を必要とすることなく、より大きなフィードフォワード騒音低減を可能にする。更に別の利点は、封止材の音響インピーダンスの増加に起因して、封止されたイヤーチップが、有効なANR帯域幅を超える受動経路信号レベルを低減することである。
【0026】
聴覚支援デバイスにおけるANRの使用は、聴覚支援デバイスの典型的なベントによって引き起こされる問題に対抗することに加えて、固有の利益を提示する。1つの利益は、耳に到達する全音レベルの減少である。能動騒音低減は、低周波数であっても、30dBを超える総減衰(受動挿入損失と組み合わせた能動騒音低減)を生じ得る。この更なる減衰は、上述したように指向性減衰がより低い、特に低域周波数で、指向性処理を更により効率的にする。典型的には、補聴器は数百Hz未満の有意な指向性利得を提供するように設計されておらず、これは、補助経路利得が、その周波数範囲において、より一般的な、大部分の高周波難聴に対して必要とされないためである(すなわち、サイズ及びコストを節約するために、難聴を補正するのに利得が必要とされない場合に利得を提供しないハードウェアが使用される)。したがって、補助経路及び残留経路は、低周波数での大きさが類似しており、補助経路信号は、別の角度であれば指向性処理による実質的な減衰が存在するであろう角度で、残留経路によってマスクされる。これは上記と同じ問題であるが、低周波数では、利得が安定しており、かつ許容可能であろう場合であっても、典型的な非閉塞補聴器は、利得を伴って問題に対処することができない。ANRの使用は、残留経路からの音のレベルを低周波数で低減し、補助経路信号が所望の方向からの音に対して相対的に高いままであることを可能にする。加えて、マスキングの上方への広がりに起因して、発話の明瞭性を潜在的に低下させる可能性があるサブ発話帯域ノイズも減衰する。
【0027】
また、耳における環境からの全音の減少はまた、ユーザが、指向性処理を依然として利用しながら、デバイスを使用せずに所望の音が聞こえるレベルよりも低い可能性がある、大音量環境におけるデバイスの所望の信号出力を低減することを可能にする。これは、例えば、通常の聴力を有するユーザが、更なる快適性のために環境レベルを減衰させながらも、ノイズの明瞭性を改善するのに役立つであろう。また、ユーザが、明瞭性を放棄することさえせずに、そのような高い信号レベルで(聴覚支援に起因するか、他の供給源に起因するかにかかわらず)、所望のコンテンツを聴く必要がないため、更なる難聴を防止することもまた有益であり得る。
【0028】
上述したように、信号処理における遅延に起因するコーミング効果を著しく抑制するために、補助経路に20dBに及ぶ利得が必要とされ得る。ANRを用いると、この差は減衰と利得との組み合わせを介して実現することができ、したがって総ゲインは小さくなる。一般に、ゲインとノイズ低減との組み合わせからの、補助経路と残留経路との間の14dBの差は、コーミングを許容レベルに低減する。
【0029】
ANRの他の利点としては、外部マイクロフォンを配置する際のより多くの柔軟性が挙げられる。ベントがないことによって、おそらくはラウドスピーカのより近くにマイクロフォンを配置する自由度が増加し、そうでなければベントを通して外耳道の内側と外側との間の音響結合が過度に大きくなり得る。具体的には、マイクロフォンは、従来の補聴器のように、耳の後ろではなく、ユーザの耳介の前方、すなわち甲介の近くに配置することができる。ここにマイクロフォンを配置することによって、ユーザに補助経路を通して聞こえる音の供給源を位置特定する能力を改善することができる。マイクロフォンを耳介の前方に配置することは、同じマイクロフォンをANR回路のフィードフォワード部に使用することを可能にする更なる利点を有する。
【0030】
聴覚デバイスにおいてANRを使用する更なる利益は、いわゆるリモートマイクロフォンの使用に関連する。リモートマイクロフォンは、いくつかの聴覚デバイスと共に使用され、この場合にユーザは、聴覚デバイスに配置されたマイクロフォンに頼るのではなく、話者付近にマイクロフォンを置く。マイクロフォンの話者への近接は、有意な信号対雑音比(SNR)利得を生成し、デバイスユーザに対するその話者の理解を助ける。一般に無線リンクを使用してデバイスユーザに話者信号を送信する。一般的なデジタル無線技術の副作用は、遅延の増大である。遅延の増大は、リモートマイクロフォン信号に加えて話者からの直接経路発話が聴覚デバイスユーザに聞こえることが可能であって、マイクロフォン信号が直接経路発話に対して著しく遅延するという問題を提示する。これらの2つの経路は、可聴エコーをもたらし、これは発話の明瞭性を低下させ、リスナを苛立たせる可能性がある。ANRが聴覚デバイスにおいて使用される場合、直接経路発話は、補助経路全体を縮小することによって、又はビーム形成による話者の受け取りを低減することによって、又はその両方によって大幅に減衰させることができる。これにより、エコーが効果的に低減され、ユーザに、遅延にもかかわらず、直接経路からエコー成分を伴わない高SNRリモートマイクロフォン信号が聞こえることを可能にする。
【0031】
聴覚デバイス内のANRを利用することによって、課題が提示され得る。特に、1つは、システム電力消費が増加することである。デジタルANRに要求されるDSP内の高い方のデータレートは、例えば、著しい電力を消費し得る。電力消費の増加は、バッテリのサイズ、したがってデバイス全体のサイズを増加させ得る。これは、例えば、デバイスフォームファクタの消費者受容性に悪影響を及ぼし得る。この問題を回避するために、ANRは、便益を提供するときに選択的に作動することができ、その一方で、便益が必要とされない場合、又は実現されないであろうときは、非作動にすることができる。一実施例では、ANRは、環境ノイズの減衰による改善された快適性が有益である高ノイズ環境において有効にすることができ、このことは、測定された音響ノイズレベルと所定のオン/オフ閾値との比較を通じて製品内で自動的に行うことができる。別の実施例では、ANRは、指向性が有効であるときに有効にすることができる。別の実施例では、ANRを、ユーザの発話時に、有効にすることができ、これは、米国特許出願第15/609,297号に含められているように、自動的に検出することもできる。ANRは、上記の実施例とは反対に、及び他の場合に、無効にすることができる。一実施例では、バッテリレベルが低いときに、ANRを無効にすることができる。別の実施例では、オーディオが補助経路レベルよりも高いレベルでストリーミングしているときに、ANRを無効にすることができる。多くの他の実施例が、上記の非限定的な実施例を越えて存在する。
【0032】
上述のシステム及び方法の実施形態は、当業者には明白であろうコンピュータ構成要素及びコンピュータ実装ステップを含む。例えば、コンピュータ実装ステップが、例えば、ハードディスク、光ディスク、ソリッドステートドライブ、フラッシュROM、不揮発性ROM及びRAMなどのコンピュータ可読媒体上にコンピュータ実行可能命令として記憶され得ることが当業者によって理解されるはずである。更に、コンピュータ実行可能命令は、例えば、マイクロプロセッサ、デジタル信号プロセッサ、ゲートアレイなどの様々なプロセッサ上で実行され得ることを当業者は理解するはずである。プロセッサへの言及は、協働する、任意の数のプロセッサ若しくはサブプロセッサ、又は同じ若しくは異なるタイプのことを指し得る。説明の容易さのために、上に説明されたシステム及び方法の全てのステップ又は要素が、コンピュータシステムの一部として本明細書に説明されないが、当業者は、各テップ又は要素が、対応するコンピュータシステム又はソフトウェア構成要素を有し得ることを理解するであろう。したがって、このようなコンピュータシステム及び/又はソフトウェアの構成要素は、それらの対応するステップ又は要素(即ち、それらの機能性)を記載することによって有効化されるものであり、また本開示の範囲内にある。
【0033】
複数の実装形態を説明してきた。それにもかかわらず、本明細書に記載される本発明の概念の範囲から逸脱することなく、追加の改変を行うことができ、したがって、他の実施形態も、以下の特許請求の範囲内にあることが理解される。
【符号の説明】
【0034】
102 イヤフォン
103 イヤーチップ
104 イヤフォン
105 イヤーチップ
106 マイクロフォンアレイ
108 マイクロフォンアレイ
110 中央ユニット
126 マイクロフォン
128 マイクロフォン
130 マイクロフォン
132 マイクロフォン
図1
図2