(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-28
(45)【発行日】2024-07-08
(54)【発明の名称】大腸がんマーカー、及びこれを用いた検査方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/574 20060101AFI20240701BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20240701BHJP
【FI】
G01N33/574 A
G01N27/62 V
(21)【出願番号】P 2021544049
(86)(22)【出願日】2020-09-04
(86)【国際出願番号】 JP2020033576
(87)【国際公開番号】W WO2021045189
(87)【国際公開日】2021-03-11
【審査請求日】2023-05-26
(31)【優先権主張番号】P 2019161726
(32)【優先日】2019-09-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000173588
【氏名又は名称】公益財団法人がん研究会
(74)【代理人】
【識別番号】100179431
【氏名又は名称】白形 由美子
(72)【発明者】
【氏名】植田 幸嗣
(72)【発明者】
【氏名】池田 篤志
(72)【発明者】
【氏名】長山 聡
【審査官】倉持 俊輔
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/004430(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/167969(WO,A1)
【文献】特表2019-502101(JP,A)
【文献】特開2017-133831(JP,A)
【文献】国際公開第2018/079689(WO,A1)
【文献】LU, Ying et al.,Overexpression of Arginine Transporter CAT-1 is Associated with Accumulation of L-Arginine and Cell Growth in Human Colorectal Cancer Tissue,PLOS ONE,2013年09月06日,8(9),e73866(1-8)
【文献】ROTMANN, Alexander et al.,Protein Kinase C Activation Promotes the Internalization of the Human Cationic Amino Acid Transporter hCAT-1,The Journal of Biological Chemistry,2004年12月24日,279(52),54185-54192
【文献】IINO, Ichirota et al.,Effect of miR-122 and its target gene cationic amino acid transporter 1 on colorectal liver metastasis,Cancer Science,2013年05月,104(5),624-630
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/574
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
バイオマーカーとして細胞外小胞に含まれるHigh affinity cationic amino acid transporter 1(CAT1)を検出することを特徴とする大腸がんの検査方法。
【請求項2】
前記バイオマーカーの検出は、
血液試料中の細胞外小胞に含まれる量を検出するものである請求項1記載の大腸がんの検査方法。
【請求項3】
前記血液試料が血漿、又は血清であることを特徴とする請求項2記載の大腸がんの検査方法。
【請求項4】
前記バイオマーカーの検出は、質量分析によって行う請求項1~3いずれか1項記載の大腸がんの検査方法。
【請求項5】
前記バイオマーカーの検出は、抗体を用いて行う請求項1~3いずれか1項記載の大腸がんの検査方法。
【請求項6】
前記バイオマーカーの検出
は、ELISAによって行う請求項5記載の大腸がんの検査方法。
【請求項7】
さらに、Guanylyl cyclase C(GCC)を検出することを特徴とする請求項1~6いずれか1項記載の大腸がんの検査方法。
【請求項8】
CAT1の検出と表1記載のCAT1以外の少なくとも1つのバイオマーカーを併せて検出することを特徴とする請求項1~7いずれか1項記載の大腸がんの検査方法。
【請求項9】
がん胎児性抗原(CEA)を併せて検出することを特徴とする請求項1記載の検査方法。
【請求項10】
細胞外小胞に含まれるCAT1からなる大腸がんのバイオマーカー。
【請求項11】
前記細胞外小胞は血液試料から得られるものである請求項10記載の大腸がんのバイオマーカー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大腸がんを検出する新規マーカー、及びこれを用いた検査方法に関する。
【背景技術】
【0002】
大腸がんは罹患率第3位のがんであり、がん死亡率第2位のがんであることが報告されている(非特許文献1)。日本対がん協会の統計においても、大腸がんによる死亡数は女性ではトップ、男性でも3位であり、男女合わせて年間約5万人が大腸がんにより死亡している(2016年統計)。大腸がんは早期に発見し治療を開始すれば、比較的治癒率の高いがんであることから、早期に検出し、治療を開始することが死亡数を低下させるためには重要であると考えられている。
【0003】
大腸がんは出血を伴うことが多いため、便の中の血液を検出する便潜血検査や大腸内視鏡検査が行われている。便潜血検査は、企業や自治体の検査に組み込まれていることが多いが、大腸がんでも出血を伴わない場合もあり、また、大腸の部位によっては、出血を検出できないなど、偽陰性が多いことが問題となっている。大腸内視鏡検査は、検出感度に優れているが、腸管洗浄の必要性があり肉体的負担が大きいこと、検査費用がかかることなど被験者の負担が大きいことが問題となっている。
【0004】
近年、細胞外小胞が精力的に研究され、機能の解明が進んでいる。細胞外小胞は、その大きさによって、エクソソーム(exosomes)、微小小胞体(micorovesicles)、アポトーシス小体(apototic bodies)に分類されているが、いずれも、血液、尿などの体液中に安定に存在する。エクソソーム、微小小胞体には、タンパク質、miRNA、mRNAなどが内包されており、由来する細胞の性質を反映すると言われている。したがって、がんなどの疾患細胞から分泌されたエクソソーム、微小小胞体には疾患特異的なマーカーが含有されている。そのため、細胞外小胞を解析することによって、疾患、特にがんの診断には有用であると考えられている。
【0005】
がん細胞から分泌された細胞外小胞は、がん発症に関与する分子が内包されているだけではなく、がんの浸潤、転移、免疫抑制、血管新生などを介在することが知られている。すなわち、細胞外小胞は、分泌した細胞と取り込んだ細胞との間のコミュニケーションツールとしても機能している。
【0006】
また、上述のように、細胞外小胞は血液、尿などの体液に含まれていることから、低侵襲的、非侵襲的に調製し、診断を行うことができる。これは、手術後、定期的に検査が必要な場合、あるいは疾患部位の採取が困難な場合など、組織生検の代替になり得ることから患者にとって大きいメリットとなる。また、早期がんであっても、がん細胞は特徴的な細胞外小胞を分泌していると考えられることから、細胞外小胞は早期がん診断のための有用なリソースとなる可能性がある。すでに種々の疾患の診断において細胞外小胞の利用が提唱されているが、大腸がんのバイオマーカーとしても細胞外小胞に包含されるタンパク質を利用することがすでに開示されている(特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2017-133831号公報
【文献】国際公開第2014/167969号
【文献】国際公開第2018/079689号
【非特許文献】
【0008】
【文献】Bray F. et al. CA Cancer J Clin 2018; 68(6):394-424; doi 10.3322/caac.21492.
【文献】Jingushi K. et al. Int. J. Cancer 2018; 142(3):607-617; e-pub ahead of print 2017/10/05; doi 10.1002/ijc.31080.
【文献】Saigusa D. etal. PLoS One 2016; 11(8): e0160555; e-pub ahead of print 2016/09/01; doi 10.1371/journal.pone.0160555.
【文献】Hishinuma E. etal. Drug Metab Dispos 2018; 46(8): 1083-1090; e-pub ahead of print 2018/05/18;doi 10.1124/dmd.118.081737.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1に記載されているのは、エクソソーム試料を用いて大腸がんの転移を検出する方法である。転移がんを検出することも重要な課題ではあるが、早期に大腸がんを検出することができれば、治癒の確率が高くなることから、早期に大腸がんを検出できるマーカーを得ることは、より優先的な課題であると考えられる。
【0010】
特許文献2には、CD147を発現しているエクソソーム量を測定することにより、大腸がんを検出する方法である。CD147は、大腸がんだけではなく、種々のがん細胞やストローマ細胞で発現が認められるタンパク質である。したがって、大腸がんを特異的に検出する方法としては期待することができない。本発明は、エクソソームに含まれる大腸がんの新規マーカーを検出することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
以下に示す細胞外小胞に含まれる大腸がんマーカーは新規のマーカーであり、これを用いて大腸がんを感度良く検査することができる。
(1)表1記載のバイオマーカーを少なくとも1つ検出することを特徴とする大腸がんの検査方法。
(2)前記バイオマーカーの検出は、血液試料中の細胞外小胞に含まれる量を検出するものである(1)記載の大腸がんの検査方法。
(3)前記血液試料が血漿、又は血清であることを特徴とする(2)記載の大腸がんの検査方法。
(4)前記バイオマーカーの検出は、質量分析によって行う(1)~(3)いずれか1つ記載の大腸がんの検査方法。
(5)前記バイオマーカーの検出は、抗体を用いて行う(1)~(3)いずれか1つ記載の大腸がんの検査方法。
(6)前記バイオマーカーの検出は、組織染色、又はELISAによって行う(5)記載の大腸がんの検査方法。
(7)前記バイオマーカーが、High affinity cationic amino acid transporter 1(CAT1)及び/又はGuanylyl cyclase C(GCC)であることを特徴とする(1)~(6)いずれか1つ記載の大腸がんの検査方法。
(8)前記バイオマーカーの検出と他のがんマーカーの検出結果を併せて判定することを特徴とする(1)~(7)いずれか1つ記載の大腸がんの検査方法。
(9)他のがんマーカーががん胎児性抗原(CEA)である(8)記載の検査方法。
(10)細胞外小胞に含まれる表1記載の大腸がんのバイオマーカー。
(11)前記バイオマーカーが、CAT1及び/又はGCCである(10)記載の大腸がんを検出するバイオマーカー。
(12)前記細胞外小胞は血液試料から得られるものである(10)、又は(11)記載の大腸がんのバイオマーカー。
(13)患者から血液試料を採取し、表1記載のバイオマーカーを少なくとも1つ検出し、バイオマーカーの量を定量することによって、大腸がんを検出することを特徴とする大腸がんの診断方法。
(14)前記バイオマーカーが、CAT1及び/又はGCCであることを特徴とする(13)記載の大腸がんの診断方法。
(15)前記バイオマーカーの検出が、質量分析、又は抗体によるものであることを特徴とする(13)、又は(14)記載の大腸がんの診断方法。
(16)前記血液試料が血漿、又は血清であることを特徴とする(13)~(15)いずれか1つ記載の大腸がんの診断方法。
(17)前記バイオマーカーとCEAによる結果を併せて判断することを特徴とする(13)~(16)いずれか1つ記載の大腸がんの診断方法。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】大腸がんマーカーの探索方法を模式的に示した図。
【
図2a】組織から滲出する細胞外小胞(tissue-exudative extracelluar vesicles、Te-EVs)と組織タンパク質のプロファイリングを示す。組織、及びTe-EVsで同定されたタンパク質の数の内訳を示す図。
【
図2b】組織、及びTe-EVsにおいて同定されたタンパク質について、組織、及びTe-EVsにおける存在量を散布図として示した図。
【
図2c】がん部、非がん部(正常組織)Te-EVsにおいて同定されたタンパク質の数の内訳を示す図。
【
図2d】同定されたTe-EVsタンパク質の主成分解析の結果を示す図。
【
図2e】テトラスパニンファミリータンパク質であるCD9、CD63、CD151の組織、及びTe-EVsでの存在量を示す図。
【
図2f】Vacuolar protein sorting(VPS)ファミリータンパク質の組織、及びTe-EVsでの存在量を示す図。
【
図3a】正常組織、がん部から得られたTe-EVsに含まれるタンパク質の発現プロファイルをvolcano plotで示した図。
【
図3b】患者毎に、正常組織、がん部から得られたTe-EVsのHigh affinity cationic amino acid transporter 1(CAT1)の質量分析における信号強度を示した図。
【
図3c】患者毎に、正常組織(非がん部)、がん部のCAT1発現をウェスタンブロッティングにより解析した図。
【
図3d】透過型電子顕微鏡により、細胞外小胞におけるCAT1の存在を示した図。
【
図3e】免疫化学染色により、組織中のCAT1発現を解析した図。
【
図3f】免疫化学染色により、組織中のCAT1発現の強度を解析した図。
【
図4a】CAT1の細胞外小胞における存在量をELISAにより解析した図。
【
図4b】細胞外小胞におけるCAT1の存在量から、大腸がん検出感度、特異度をROC曲線によって解析した図。
【
図5a】GCCの細胞外小胞における存在量を定量する解析方法を示した図。
【
図5b】患者血漿中の細胞外小胞におけるGCC量を定量した結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は細胞外小胞に含まれる新規大腸がんマーカーに関する。以下に開示するマーカーは、血液中に含まれる細胞外小胞を検査することにより大腸がんを検出できるので、低侵襲の検査方法となる。さらに、既存のがんマーカーであるCEAと組み合わせて検査することによって、早期であってもより精度よく大腸がんを検出することが可能となる。
【0014】
[細胞外小胞の単離方法]
本願発明者のグループは、腎細胞がんにおいて、手術で切除したがん部(がん組織)、がん組織の周囲の正常組織(非がん部)を培養液中に静置し、がん組織、正常組織から細胞外小胞を分泌させ、これらを回収、解析することによって、腎細胞がんに特異的なマーカーを探索する方法、及びマーカーについて開示している(特許文献3、非特許文献2)。この方法を大腸がんに適用し、新規マーカーを見出した。最初に、マーカーの探索方法について説明する(
図1)。
【0015】
手術により切除した大腸がんの部位、及びがん部周辺の正常部位から組織を得て、組織から滲出する細胞外小胞(tissue-exudative extracelluar vesicles、以下、Te-EVsと記載する。)を以下のようにして単離精製した。
【0016】
手術により切除した1cm3程度の組織は、さらに数個の組織片に切断し、PBSで洗浄し、1.5mlの無血清RPMI1640に浸漬し、37℃、5%CO2条件下、ローテーター上で3時間細胞外小胞を滲出させた。培養液は、3,000×g、30分、次いで12,000×g、30分の遠心により、組織片や細胞片など大きな断片を除き、100,000×g、1時間の遠心で細胞外小胞を単離した。単離した細胞外小胞は、1ml PBSに懸濁し、100,000×g、1時間の遠心による洗浄を行った(洗浄工程)。洗浄工程は2回繰り返し、細胞外小胞を単離、精製した。
【0017】
[LC/MSによる大腸がんマーカーの解析]
Te-EVタンパク質10μgはSDS Sample buffer、25mM tris(2-carboxyethyl)phosphine(TECP)中で、37℃、30分静置後、50mMヨードアセトアミド、50mM炭酸水素アンモニウム、室温、遮光条件下で45分アルキル化処理を行った後、電気泳動を行った。分離ゲル中をタンパク質が2mmほど移動した後、CBB染色を行い、タンパク質のバンドを切り出し、脱色後、Trypsin/Lys-C MiX(Promega)で消化した。得られたペプチドは、質量分析により解析した。
【0018】
また、Te-EVsを得た原組織からタンパク質を直接抽出し、同様にトリプシン消化、LC/MS解析を行い、得られたデータの検討に用いた。組織サンプルは、3mm3程度の組織を400μlのPTS緩衝液(2.5mM HEPES(pH7.6)、12mM sodium deoxycolate、12mM N-Lauroylsarcosinate sodium salt)中でホモジナイズし、プローブソニケーターでソニケーションし、15,000gで15分遠心後、上清をトリプシン消化、LC/MS解析を行った。原組織は、がん部、非がん部を合わせて解析に用いている。
【0019】
質量分析は0.075×150mmのC18 tip-column(Nikkyo Technos)を備えたUltiMate 3000 RLSC nano-flow HPLC(Thermo Scientific)を接続したOrbitrap Fusion Lumos質量分析計(Thermo Scientific)によって行った。分析条件は以下のとおりである。
【0020】
250 nl/minで0.1%ギ酸入りアセトニトリル濃度2~35% 95分間、35~95% 15分間からなる2ステップグラジェントを使用してペプチドの分離を行った。HPLC溶出液を2kVのスプレー電圧でイオン化し、350~1500m/z範囲のスペクトルをフルMSイオンスキャンモードにより分解能60,000で解析した。CID MS/MSスキャンは、Dynamic exclusion機能を有効にしたData dependent acquisition(DDA)モードで取得した。
【0021】
タンパク質の同定は、Proteome Discovererソフトウェア(Thermo Scinentific)においてSEQUEST(Thermo Scinentific)、Mascot(Matrix Science)検索エンジンで解析し、ペプチド同定閾値としてFalse Discovery Rate 1%未満と設定した。タンパク質の定量には、MaxQuantソフトウェアを使用した。タンパク質定量値は各サンプル間で全タンパク質定量値の合計値が一定になるよう標準化した。
【0022】
[Te-EVs、及び組織のプロテオーム解析]
大腸がん部位、周辺の正常組織から滲出させて得たTe-EVs、及び切除した原組織のプロテオーム解析を行った。質量分析の結果、原組織から直接抽出した試料では、8370種のタンパク質が同定され、Te-EVsからは6307種のタンパク質が同定された。両者に共通して認められたタンパク質は4942種、両者合わせて9735種のタンパク質が同定された(
図2a)。
【0023】
Te-EVs、及び原組織で同定されたタンパク質の存在量を散布図とし解析を行った。Te-EVsで存在が確認されたタンパク質、組織で存在が確認されたタンパク質の相関係数は、0.185であった(
図2b)。この結果は、組織で発現しているタンパク質と、細胞外小胞の中に内包されるタンパク質との間の相関が非常に低いことを示している。
【0024】
次に、がん部、がん部周辺の正常組織から得たTe-EVsで同定されたタンパク質の結果を解析した。がん部、及び正常組織から得たTe-EVsでは、合計6307種のタンパク質が同定された。内訳はがん部から得たTe-EVsで同定されたタンパク質は6166種、正常組織から得たTe-EVsで同定されたタンパク質は5800種であり、両者に共通したタンパク質は5659種、がん部に特異的なタンパク質は507種、正常組織に特異的なタンパク質は141種であった。同定されたTe-EVsタンパク質の主成分分析の結果から、発現プロファイルはがん部から得られたTe-EVsと、正常組織から得られたTe-EVsの2つの明らかに異なるグループに分類することが可能であった(
図2d)。
【0025】
膜タンパク質テトラスパニンファミリーに属するCD9、CD63、CD151は細胞外小胞、特にエクソソームマーカーとして知られている。これらタンパク質の原組織由来のタンパク質量、Te-EVs由来のタンパク質量を比較定量した。その結果、CD9、CD63、CD151は有意にTe-EVsに多量に存在していた(
図2e)。また、新たにTe-EVsに多量に含まれているタンパク質としてVacuolar protein sorting(VPS)ファミリータンパク質を同定した。VPSファミリータンパク質の存在量は、組織由来のタンパク質とTe-EVs由来のタンパク質で明らかに差が認められた(
図2f)。VPSファミリータンパク質は、エクソソームなどの細胞外小胞の新しいマーカーとして使用することができる。
【0026】
組織から直接得たタンパク質のプロファイリングとTe-EVsのタンパク質のプロファイリングの結果(
図2b)は、各タンパク質の組織中での発現量と、細胞外小胞に含まれる量の相関関数も低いことを示している。また、テトラスパニンファミリー、VPSファミリータンパク質の量の違い(
図2e、2f)などを鑑みると、細胞外小胞には選択的にタンパク質が移行しており、細胞外小胞に含まれるタンパク質の種類は限定されているものであると結論付けられる。したがって、細胞外小胞に含まれるタンパク質をバイオマーカーとする場合には、組織での発現ではなく、細胞外小胞に移行したタンパク質を解析する必要がある。
【0027】
[大腸がんに特異的なマーカーの解析]
Te-EVsでの存在が確認されたタンパク質のうち、5332種のタンパクが正常組織から得たTe-EVs、がん部から得たTe-EVs両者で同定され、定量することができた。正常組織、がん部から得られた5332種のタンパク質量をvolcano plotとして表示した(
図3a)。その結果、正常組織Te-EVsと比較して、544種のタンパク質が有意に(p<0.05)に、がん部Te-EVsに多量に内包されていた。544種のタンパク質のうち、74種のタンパク質がUniPlotデータベースの解析から、膜タンパク質であり、細胞膜に局在し、バイオマーカーとして有用であることが示唆された。
【0028】
【0029】
表1に記載した74種のタンパク質はいずれも膜タンパク質として細胞外小胞に表出していると考えられることから、ELISAなど従来から臨床に用いられている方法によって、簡単に検出することができる。これら膜タンパク質のうち、大腸がんとの関連がすでに報告されている(非特許文献3、4)、High affinity cationic amino acid transporter 1(CAT1、以下、CAT1と記載する。)、及びGuanylyl cyclase C(以下、GCCと記載する。表1中には、Heat-stable enterotoxin receptorと記載。)を細胞外小胞において検出可能なバイオマーカーとして利用可能か検討を行った。
【0030】
[CAT1のバイオマーカーとしての利用可能性]
手術によって得られた大腸がん切除サンプルから調製したTe-EVsを用いてCAT1存在量を検討した。10人の患者の手術サンプルから、がん部、正常組織Te-EVsにおけるCAT1タンパク量の比較を行った(
図3b)。10人の患者すべてにおいて、がん部から得たTe-EVsのCAT1の存在量の方が有意に高かった(p=5.0×10
-3、fold change=6.2)。
【0031】
さらに、組織中に含まれるCAT1の量をウェスタンブロッティングにより解析した。正常組織(N、非がん部)、がん部(T)に含まれるCAT1タンパク質は、がん部で明らかに発現が高かった(
図3c)。CD9の発現量で正規化し、CAT1の発現量を定量したところ、CAT1のがん部での発現量は、正常組織と比較して、有意に(p=0.025)高発現であることが認められた(
図3c、右グラフ)。
【0032】
次に、CAT1が細胞外小胞の表面に表出しているか解析を行った。正常組織、がん部から得られたTe-EVsを常法により固定し、CAT1抗体(ウサギポリクローナル抗体)と反応させ、40nm金粒子で標識された抗ウサギIgG抗体を二次抗体として使用し、透過電子顕微鏡観察を行った(
図3d)。その結果、がん部から得られたTe-EVsの膜表面に抗CAT1抗体の結合を確認することができた。なお、CAT1抗体は、ウサギにCAT1の145~160位のペプチドを免疫して作製した。
【0033】
次に、組織染色によってCAT1が検出可能か検討を行った(
図3e、f)。免疫化学染色は、パラフィン切片を抗CAT1抗体(Proteintech)、及び抗CD31抗体(DAKO)を一次抗体として、BOND-III全自動IHC染色装置(Leica Biosystems)を使用して行われた。CAT1の発現は、周囲の正常組織と比較して、明らかにがん部で高い発現が見られた。
図3eに示すように、染色強度を0~+2まで分類し、ステージI~IVまでに分類された大腸がん患者のがん部を免疫組織染色を行い解析した(
図3f)。その結果、周辺正常部(N)と比較して、がん部で明らかに染色強度が高いことが認められた。
【0034】
大腸がんは早期発見が重要である。血漿中の細胞外小胞に内包されるCAT1量によって、がんを検査することができれば、早期発見につながる可能性が高い。また、臨床現場では、がんの検査などでELISAが多用されている。そこで、25名の健常者、ステージI~IVの大腸がん患者(ステージI:23名、II:25名、III:25名、IV:21名)の血漿中の細胞外小胞におけるCAT1量を、サンドイッチELISAによって解析を行った(
図4a)。ELISAは基板に上述のウサギに免疫して得られた抗CAT1抗体を固定し、細胞外小胞と反応させた。検出は、ビオチン標識キット(Biotin Labeling Kit-NH
2、DOJINDO)によりビオチン標識した抗CD81抗体(COSMO BIO)、次にストレプトアビジンpoly-HRP40(Fitzgerald)を反応させ、1-Step Ultra TMB-ELISA Substrate Solution(Thermo Fisher Scientific)で発色させ、プレートリーダーで測定を行った。その結果、すべてのステージの大腸がん患者で、健常者に対するCAT1発現量に有意な差が認められた(ステージI:p=2.0×10
-6、 II:6.4×10
-6、III:1.4×10
-7、IV:1.4×10
-3)。
【0035】
細胞外小胞のCAT1量のELISAによる測定結果をROC曲線により解析した。CAT1のカットオフ値を0.015(μg/μl)と設定すると、感度48.1%、特異度92%であった。既存のマーカーとして用いられているがん胎児性抗原(Carcinoembrionic antigen、CEA)と比較すると、感度はCEAが31.5%であるのに対し、CAT1では48.1%とより高い値を示した(
図4b)。また、area under curve(AUC)はCAT1では0.774、CEAでは0.770であったが、CAT1、CEAを組み合わせて用いるとAUCは0.874とより高い値を示した。
【0036】
以上の結果から、CAT1は血漿中の細胞外小胞表面に表出しており、ELISAで測定可能であることから、大腸がんのマーカーとして有用であることが示された。また、早期の大腸がんでも測定可能であり、既存のマーカーと組み合わせることによって、より感度よく大腸がんを検出することができる。
【0037】
[GCCのバイオマーカーとしての利用可能性]
次に、GCCについて解析を行った。血漿中のエクソソーム上のGCCを定量するためのサンドイッチELISAの系を構築した(
図5a左)。エクソソーム上のGCCを選択的に検出するために、捕捉抗体として抗GCC抗体を用い、検出抗体としてエクソソームマーカーである抗CD81抗体を用いた。抗GCC抗体(Atlas Antibodies社)を固相化し、GCCタンパク質を結合させ、ビオチン標識抗CD81抗体(コスモバイオ社)を結合させ、ストレプトアビジンpoly-HRP40(Fitzgerald)を反応させ、1-Step Ultra TMB-ELISA Substrate Solution(Thermo Fisher Scientific)で発色させ、プレートリーダーで測定を行った。
【0038】
定量的な解析が可能であることは、CD81フラグメント(36-54位)とGCCフラグメント(174-189位)が融合したGSTタンパク質を作製し、確認を行った。GCC-CD81融合体タンパク質を用いて、構築した系によりELISAを行い、標準曲線とした(
図5a右)。感度良くGCCを定量できる系が構築されている。
【0039】
健常者72名、大腸がん患者285名(ステージI:72名、ステージII:70名、ステージIII:72名、ステージIV:71名)の血漿サンプル中のGCC量を測定した(
図5b)。その結果、健常者と全大腸がん患者間で有意にGCC量に差が認められただけではなく、ステージ毎の比較においても、ステージI、II、IVで有意にGCC発現量に差が認められた。以上の結果から、GCCも大腸がんを検出するエクソソーム上のマーカーとして有用であることが示された。
【0040】
ここでは、CAT1及びGCCを例に示したが、表1に記載した74種の膜タンパク質はいずれも大腸がん患者のがん部より抽出したTe-EVに特異的に発現が認められるタンパク質である。したがって、表1のいずれのタンパク質もここで例示した方法、あるいは通常用いられている方法により細胞外小胞上に表出しているタンパク質として検出することにより、感度良く大腸がんを検査することができる。また、ここでは血漿を用いた検出例を示したが、血清を用いることができることは自明である。
【0041】
また、表1に記載したマーカーを複数用いたり、CEAなど周知のマーカーと併せて使用することにより、より感度、特異度の高い大腸がんのマーカーとすることができる。上記実施例で示したように、血液試料を使用する低侵襲な方法であり、早期に大腸がんを発見することが可能であることから、非常に有用な検査方法である。