(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-01
(45)【発行日】2024-07-09
(54)【発明の名称】電動車両
(51)【国際特許分類】
B60L 15/20 20060101AFI20240702BHJP
B60L 9/18 20060101ALI20240702BHJP
【FI】
B60L15/20 J
B60L9/18 J
(21)【出願番号】P 2020141220
(22)【出願日】2020-08-24
【審査請求日】2023-02-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小寺 広明
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 良雄
(72)【発明者】
【氏名】天野 浩之
(72)【発明者】
【氏名】今村 達也
(72)【発明者】
【氏名】江渕 弘章
(72)【発明者】
【氏名】西峯 明子
(72)【発明者】
【氏名】勇 陽一郎
【審査官】佐々木 淳
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/025860(WO,A1)
【文献】特開2020-068549(JP,A)
【文献】特開2019-086021(JP,A)
【文献】特開2011-213273(JP,A)
【文献】国際公開第2019/187518(WO,A1)
【文献】特開2020-114173(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60L 1/00-58/40
B60W 10/00-20/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
走行用の電動機と、
運転者により操作され、前記電動機から車輪に対するトルク量を変更可能なクラッチ装置と、
前記電動機の回転数に対するトルク特性が段階的に異なる複数の変速段モードのうちのいずれか一つの変速段モードを選択するシフト装置と、
前記運転者による前記クラッチ装置および前記シフト装置の操作により選択された前記変速段モードに応じたトルク特性となるように前記電動機のトルクを制御する手動変速走行モードを実行可能なトルク制御部を有する制御装置と、
を備え、
前記電動機と前記車輪とが常時接続され、
エンジンを備えず、マニュアルトランスミッション車両が備えるような変速機およびクラッチ機構を備えない電動車両であって、
前記クラッチ装置は、前記マニュアルトランスミッション車両が備えるクラッチペダルを模擬した構造を有するクラッチペダルであり、
前記制御装置は、前記手動変速走行モードで走行中、現在選択されている前記変速段モードのトルク特性で出力可能な駆動力と要求駆動力を比較して、前記要求駆動力に対する駆動力不足が生じるか否かを判定する判定部を有し、
前記変速段モードのトルク特性は、前記マニュアルトランスミッション車両のギヤ段を模擬したトルク特性に設定され、前記変速段モードごとに前記電動機の駆動力に上限値が設けられ、
前記トルク制御部は、前記判定部により前記要求駆動力に対する駆動力不足が生じると判定された場合に、
前記現在選択されている変速段モードよりも低変速段側の変速段モードのトルク特性に近づくように、前記現在選択されている変速
段モードにおける駆動力の上限値を
変更する
ことを特徴とする電動車両。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動車両に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、電動機を動力源とする電動車両において、変速感を演出するために、車速、アクセル開度、ブレーキ踏み込み量に応じて、電動機のトルクを変動させる制御を実行することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載された構成では、運転席にクラッチペダルやシフトレバーが存在しないため、運転者自身による変速操作が介在しない疑似的な変速制御となる。そのため、MT車両を操作するような運転の楽しさを求める運転者に対しては違和感を与えてしまう。そこで、運転者が求める運転感覚を実現するために、クラッチペダルとシフトレバーとを電動車両に設けることが考えられる。この電動車両では、クラッチペダルおよびシフトレバーの操作に応じて変速制御を実行する手動変速走行モードに選択可能である。
【0005】
しかしながら、手動変速走行モードでは、複数の変速段を疑似的に再現するために、変速段モードごとにモータの駆動力に制限値を設けている。そのため、手動走行モードで走行中、車両に要求される駆動力(要求駆動力)が大きい場合には、その変速段モードにおける駆動力の制限値よりも大きな駆動力が必要になり、要求駆動力に対する駆動力不足が生じる虞がある。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、運転者が求める運転感覚を実現しつつ、要求駆動力に対する駆動力不足を抑制することができる電動車両を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、走行用の電動機と、運転者により操作されるクラッチ装置と、前記電動機の回転数に対するトルク特性が段階的に異なる複数の変速段モードのうちのいずれか一つの変速段モードを選択するシフト装置と、前記運転者による前記クラッチ装置および前記シフト装置の操作により選択された前記変速段モードに応じたトルク特性となるように前記電動機のトルクを制御する手動変速走行モードを実行可能なトルク制御部を有する制御装置と、を備えた電動車両であって、前記制御装置は、前記手動変速走行モードで走行中、現在選択されている前記変速段モードのトルク特性で出力可能な駆動力と要求駆動力を比較して、前記要求駆動力に対する駆動力不足が生じるか否かを判定する判定部を有し、前記トルク制御部は、前記判定部により前記要求駆動力に対する駆動力不足が生じると判定された場合に、前記現在選択されている変速走行モードにおける駆動力の上限値を引き上げることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明では、手動変速走行モードで走行中に、現在の変速段モードのトルク特性で出力可能な駆動力では要求駆動力に対して駆動力不足を生じると判定された場合には、その変速段モードにおける駆動力の上限値を引き上げることができる。これにより、運転者が求める運転感覚を実現しつつ、駆動力不足が生じることを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、実施形態における電動車両を模式的に示すスケルトン図である。
【
図2】
図2は、制御装置の構成を説明するための機能ブロック図である。
【
図3】
図3は、仮想エンジン出力トルクの算出マップを示す図である。
【
図4】
図4は、トルク伝達ゲインの算出マップを示す図である。
【
図5】
図5は、ギヤ比の算出マップを示す図である。
【
図6】
図6は、運転者によって実行される疑似的な手動変速操作の手順を示す操作フロー図である。
【
図7】
図7は、複数の変速段モードに対応するモータのトルク特性の一例を示す図である。
【
図8】
図8は、手動変速走行モードで走行中に実施される駆動力判定フローを示すフローチャート図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態における電動車両について具体的に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではない。
【0011】
図1は、実施形態における電動車両を模式的に示すスケルトン図である。
図1に示すように、電動車両10は、走行用の動力源として、モータ2を備えている。モータ2は、例えば三相交流モータである。モータ2の出力軸3は、ギヤ機構4を介してプロペラシャフト5の一端に接続されている。プロペラシャフト5の他端は、デファレンシャルギヤ6を介して車両前方のドライブシャフト7に接続されている。電動車両10は、前車輪としての駆動輪8と後車輪としての従動輪12を備えている。駆動輪8は、ドライブシャフト7の両端にそれぞれ設けられる。また、プロペラシャフト5には、シャフト回転速度Npを検出するためのシャフト回転速度センサ40が配置されている。駆動輪8には、車輪回転速度Nwを検出するための車輪回転速度センサ42が配置されている。シャフト回転速度センサ40および車輪回転速度センサ42により検知された信号は、それぞれ制御装置50に出力される。
【0012】
電動車両10は、バッテリ14と、インバータ16と、制御装置50と、を備えている。バッテリ14は、モータ2の駆動に利用する電気エネルギを蓄える。インバータ16は、例えばパルス幅変調処理(PWM:Pulse Width Modulation)を行うことによってバッテリ14に蓄えられている直流電流を三相交流電流に変換する。このインバータ16は、制御装置50から入力される目標駆動トルクに基づいて、モータ2の駆動トルクを制御する機能を有している。つまり、モータ2は制御装置50によって制御される。
【0013】
また、電動車両10は、運転者が電動車両10に対する動作要求を入力するための動作要求入力装置として、加速要求を入力するためのアクセルペダル22と、制動要求を入力するためのブレーキペダル24と、を備えている。アクセルペダル22には、アクセル開度Pap(%)を検出するためのアクセルポジションセンサ32が設けられている。また、ブレーキペダル24には、ペダル踏込量を検知するブレーキポジションセンサ34が設けられている。アクセルポジションセンサ32およびブレーキポジションセンサ34により検知された信号は、それぞれ制御装置50に出力される。
【0014】
さらに、電動車両10は、変速用の動作要求入力装置として、シフトレバー26と、クラッチペダル28と、を備えている。ただし、この電動車両10は、モータ2により駆動される車両であり、動力源としてのエンジンを備えていないため、MT車両が備える変速機およびクラッチ機構を備えていない。そのため、シフトレバー26およびクラッチペダル28には、実際の変速機およびクラッチ機構を機械的に操作する機能に換えて、以下の機能が与えられている。
【0015】
シフトレバー26は、モータ2の回転速度に対するトルク特性が段階的に規定された複数の変速段モードの中から運転者が1つの変速段モードを選択するためのシフト装置として機能する。ここでの複数の変速段モードは、MT車両のギヤ段(変速段)を模擬したシフトモードであり、例えば1速(1st),2速(2nd),3速(3rd),4速(4th),5速(5th),6速(6th),およびニュートラル(N)の各変速段モードを含んでいる。各変速段モードのトルク特性は、例えば
図7に示すように、MT車両のギヤ段を模擬したトルク特性にプリセットされている。すなわち、変速段モードごとにモータ2の駆動力に制限値(上限値)が設けられている。ただし、これらの各変速段モードは、あくまでもMT車両のギヤ段を模擬的に再現したものであるため、実際の固定ギヤ比に対応させるためのトルク特性の制約はない。つまり、複数の変速段モードのそれぞれのトルク特性は、モータ2の出力範囲内であれば自由にプリセットすることができる。
【0016】
シフトレバー26は、MT車両が備えるシフトレバーを模擬した構造を有している。シフトレバー26の配置および操作感は、実際のMT車両と同等である。シフトレバー26は、トルク特性の異なる複数の変速段モードに対応した各ポジションが設けられている。シフトレバー26には、変速段モードの位置を表すシフトポジションGpを検知するシフトポジションセンサ36が設けられている。シフトポジションセンサ36により検知された信号は、制御装置50に出力される。
【0017】
クラッチペダル28は、MT車両が備えるクラッチペダルを模擬した構造を有したクラッチ装置として機能する。クラッチペダル28は、運転者がシフトレバー26を操作する際に踏み込まれる。クラッチペダル28の配置および操作感は、実際のMT車両と同等である。クラッチペダル28には、クラッチペダル28の操作量であるクラッチペダル踏込量Pc(%)を検出するためのクラッチポジションセンサ38が設けられている。クラッチポジションセンサ38により検知された信号は、制御装置50に出力される。
【0018】
この電動車両10では、制御装置50の制御によって複数の走行モードを実現することが可能である。複数の走行モードには、手動変速走行モードと電動走行モードとが含まれる。手動変速走行モードには、運転者によるシフトレバー26およびクラッチペダル28の操作に応じてモータ2の駆動トルクが制御される走行モードである。電動走行モードは、シフトレバー26とクラッチペダル28の操作によらずにモータ2の駆動トルクが制御される走行モードである。つまり、手動変速走行モードは、MT車両のような操作感を実現する。電動走行モードは、AT車両のような操作感を与えるものであり、運転者によるシフトレバー26およびクラッチペダル28の操作を必要とせず、運転者によるアクセルペダル22およびブレーキペダル24の操作に応じてモータ2の駆動トルクを制御する。
【0019】
制御装置50はECU(Electronic Control Unit)である。制御装置(以下、ECUという)50の処理回路は、入出力インタフェース52と、メモリ54と、CPU56とを備えている。入出力インタフェース52は、電動車両10に取り付けられた各種センサからセンサ信号を取り込むとともに、電動車両10が備える各種アクチュエータに対して操作信号を出力する。ECU50が信号を取り込むセンサには、上述した各種センサのほか、電動車両10の制御に必要な各種のセンサが含まれる。ECU50が操作信号を出すアクチュエータには、上述したモータ2等の各種アクチュエータが含まれる。メモリ54には、電動車両10を制御するための各種の制御プログラム、最新のシフトポジションGp、マップ等が記憶されている。CPU56は、制御プログラム等をメモリ54から読み出して実行し、取り込んだセンサ信号に基づいて操作信号を生成する。
【0020】
ECU50により行われる電動車両10の制御には、駆動輪8に伝達されるトルクを制御するトルク制御が含まれる。ここでのトルク制御では、プロペラシャフト5に伝達されるモータ駆動トルクTpがモータ要求駆動トルクTpreqとなるように、モータ2の駆動トルクを制御する。
【0021】
つまり、ECU50は、運転者から電動車両10に要求される駆動力(要求駆動力)を算出する要求駆動力算出部と、モータ2の駆動力が要求駆動力となるようにモータ2から出力されるトルクを制御するトルク制御部と、を有する。
【0022】
要求駆動力算出部は、アクセル開度Papと車速とに基づいて要求駆動力を算出する。例えば、ECU50は車輪回転速度センサ42からの車輪回転速度Nwを用いて車速を検出する。そして、要求駆動力算出部は、所定のマップを用いて、アクセル開度Papと車速とに基づいて要求駆動力を算出する。このマップはECU50が備える記憶部に予め記憶されている。また、トルク制御部は、要求駆動力算出部により算出された要求駆動力を満たせる駆動力となるようにモータ2の駆動トルクを算出する。なお、ECU50は、車速を検出する際、車輪回転速度センサ42からの車輪回転速度Nwを用いて車速を検出する構成に限らず、シャフト回転速度センサ40からのシャフト回転速度Npを用いて車速を算出してもよい。
【0023】
また、ECU50は、モータ2のトルク制御において、手動変速走行モード中には、電動車両10の走行状態が仮想のエンジンおよび変速機を搭載したMT車両により実現されていると仮定した演算を行う。そして、ECU50は、変速機から出力される変速機出力トルクTgoutを算出し、算出された変速機出力トルクTgoutをモータ要求駆動トルクTpreqとして使用する。なお、以下の説明では、電動車両10に仮想的に搭載されたエンジンを「仮想エンジン」と記載し、仮想エンジンのエンジン出力トルクを「仮想エンジン出力トルクTeout」と記載し、仮想エンジンの回転速度を「仮想エンジン回転速度Ne」と記載する。
【0024】
図2は、制御装置の構成を説明するための機能ブロック図である。ECU50は、モータ2のトルク制御に関連する機能ブロックとして、仮想エンジン回転速度算出部500と、仮想エンジン出力トルク算出部502と、トルク伝達ゲイン算出部504と、クラッチ出力トルク算出部506と、ギヤ比算出部508と、変速機出力トルク算出部510と、判定部512とを備えている。
【0025】
例えば電動車両10の走行中、ECU50は、運転状態に基づいて仮想エンジン回転速度Neを動的に演算している。具体的には、ECU50は、プロペラシャフト5のシャフト回転速度Npと、シフトポジションGpに対応するギヤ比(変速比)rと、クラッチペダル踏込量Pc等から演算されるクラッチ機構のスリップ率slipとを用いた下式(1)から、走行中の仮想エンジン回転速度Neを逆算する。
Ne=Np×(1/r)×slip・・・(1)
【0026】
なお、仮想エンジンから出力されたエネルギのうち、プロペラシャフト5へのトルク伝達に使用されない運動エネルギが、仮想エンジン回転速度Neの上昇に使用されたと仮定することができる。そこで、仮想エンジン回転速度Neは、運動エネルギをベースとした運動方程式に基づいて動的に算出する方法でもよい。
【0027】
また、MT車両を想定した際、MT車両のアイドリング中は、エンジン回転速度を一定回転速度に維持するアイドルスピードコントロール制御(ISC制御)が行われる。そこで、ECU50は、仮想エンジンでのISC制御を考慮して、例えばシャフト回転速度Npが0(ゼロ)であり、かつアクセル開度Papが0%であるときは、仮想エンジンがアイドリング中であることを想定して、仮想エンジン回転速度Neを所定のアイドリング回転速度(例えば1000rpm)として出力する。算出された仮想エンジン回転速度Neは、仮想エンジン出力トルク算出部502に出力される。
【0028】
仮想エンジン出力トルク算出部502は、仮想エンジン出力トルクTeoutを算出する処理を実行する。仮想エンジン出力トルク算出部502には、アクセル開度Papと仮想エンジン回転速度Neが入力される。ECU50のメモリ54は、仮想エンジン回転速度Neに対する仮想エンジン出力トルクTeoutがアクセル開度Pap毎に規定されたマップを記憶している。そのマップの一例が
図3に示されている。仮想エンジン出力トルク算出部502では、
図3に示すマップを用いて、入力されたアクセル開度Papと仮想エンジン回転速度Neに対応する仮想エンジン出力トルクTeoutが算出される。算出された仮想エンジン出力トルクTeoutは、クラッチ出力トルク算出部506に出力される。
【0029】
トルク伝達ゲイン算出部504は、トルク伝達ゲインkを算出する処理を実行する。トルク伝達ゲインkは、仮想エンジンに接続されたクラッチ機構を操作するためのクラッチの踏込量に応じたトルク伝達度合を演算するためのゲインである。トルク伝達ゲイン算出部504には、クラッチペダル踏込量Pcが入力される。ECU50のメモリ54は、クラッチペダル踏込量Pcに対するトルク伝達ゲインkが規定されたマップを記憶している。そのマップの一例が
図4に示されている。トルク伝達ゲインkは、
図4に示すように、クラッチペダル踏込量Pcがpc0からpc1の範囲では1となり、クラッチペダル踏込量PcがPc1からPc2の範囲では、クラッチペダル踏込量Pcが増大するほど0に向かって徐々に減少し、クラッチペダル踏込量PcがPc1からPc2の範囲では0となるように規定されている。ここで、Pc0はクラッチペダル踏込量Pcが0%の位置に対応し、Pc1はPc0からの踏み込み時の遊び限界の位置に対応し、Pc3はクラッチペダル踏込量Pcが100%の位置に対応し、Pc2はPc3からの戻し時の遊び限界の位置に対応している。トルク伝達ゲイン算出部504では、
図4に示すマップを用いて、入力されたクラッチペダル踏込量Pc対応するトルク伝達ゲインkが算出される。算出されたトルク伝達ゲインkは、クラッチ出力トルク算出部506に出力される。
【0030】
クラッチ出力トルク算出部506は、クラッチ出力トルクTcoutを算出する処理を実行する。クラッチ出力トルクTcoutは、仮想エンジンに接続されたクラッチ機構から出力されるトルクである。トルク伝達ゲイン算出部504には、仮想エンジン出力トルクTeoutとトルク伝達ゲインkが入力される。クラッチ出力トルク算出部506では、仮想エンジン出力トルクTeoutにトルク伝達ゲインkを乗算する下式(2)を用いて、クラッチ出力トルクTcoutが算出される。算出されたクラッチ出力トルクTcoutは、変速機出力トルク算出部510に出力される。
Tcout=Teout×k・・・(2)
なお、実際のクラッチ機構は、バネやダンパ等の減衰装置を含むことが多い。このため、クラッチ出力トルクTcoutは、各々の特性を加味して動的な伝達トルクを算出してもよい。
【0031】
ギヤ比算出部508は、ギヤ比rを算出する処理を実行する。ギヤ比rは、複数の変速段モードに対応するモータ2のトルク特性であり、変速機のギヤ比を模擬したものである。ギヤ比算出部508には、シフトポジションGpが入力される。ECU50のメモリ54は、シフトポジションGpに対するギヤ比rが規定されたマップを記憶している。そのマップの一例が
図5に示されている。ギヤ比rは、
図5に示すように、シフトポジションGpがハイギヤであるほどギヤ比rが低くなるように規定されている。ギヤ比算出部508では、
図5に示すマップを用いて、入力されたシフトポジションGp対応するギヤ比rが算出される。算出されたギヤ比rは、変速機出力トルク算出部510に出力される。
【0032】
変速機出力トルク算出部510は、変速機出力トルクTgoutを算出する処理を実行する。変速機出力トルクTgoutは、変速機から出力されるトルクである。変速機出力トルク算出部510には、クラッチ出力トルクTcoutとギヤ比rが入力される。変速機出力トルク算出部510では、クラッチ出力トルクTcoutにギヤ比rを乗算する下式(3)を用いて、変速機出力トルクTgoutが算出される。
Tgout=Tcout×r・・・(3)
【0033】
このようにECU50は、手動変速走行モード中のトルク制御において、仮想エンジン出力トルク算出部502、トルク伝達ゲイン算出部504、クラッチ出力トルク算出部506、ギヤ比算出部508、および変速機出力トルク算出部510における処理を順に実行する。そして、算出された変速機出力トルクTgoutは、モータ要求駆動トルクTpreqとしてインバータ16へ出力される。インバータ16では、モータ駆動トルクTpが算出されたモータ要求駆動トルクTpreqに近づくように、モータ2への指令値を制御する。トルク制御では、このような処理が所定の制御周期で繰り返し実行されることにより、モータ駆動トルクTpがモータ要求駆動トルクTpreqに制御される。
【0034】
電動車両10の運転者は、手動変速走行モードを選択した状態で、運転中の任意のタイミングで手動変速動作を行う。
図6は、運転者によって実行される疑似的な手動変速動作の手順を示す動作フロー図である。
図6に示すように、電動車両10において運転者が疑似的な手動変速動作を行う場合、運転者は、まずクラッチペダル28踏み込む(ステップS101)。クラッチペダル踏込量PcがPc1を超えると、クラッチペダル踏込量Pcが大きくなるにつれてクラッチ出力トルクTcoutが0に向かって変化する。そして、クラッチペダル踏込量PcがPc2を超えると、クラッチ出力トルクTcoutが0になる。このようなクラッチペダル28の踏み込み動作によれば、クラッチペダル28の踏み込み動作に対応してモータ駆動トルクTpが0に向かって変化するので、運転者は、MT車両のクラッチペダルを踏み込んだときにトルクが抜ける感覚を実感することができる。
【0035】
次に、運転者は、クラッチペダル28を踏み込んだ状態でシフトレバー26を操作する(ステップS102)。例えば、シフトレバー26の変速段モードが1速から2速に操作される。このようなクラッチペダル28の踏み込みを伴うシフトレバー26の操作によれば、運転者は、MT車両の手動変速動作に近い感覚を得ることができる。
【0036】
その後、運転者は、クラッチペダル28を戻す(ステップS103)。クラッチペダル踏込量PcがPc3を下回ると、クラッチペダル踏込量Pcが小さくなるにつれてクラッチ出力トルクTcoutが仮想エンジン出力トルクTeoutに向かって変化する。そして、クラッチペダル踏込量PcがPc1を下回ると、クラッチ出力トルクTcoutが仮想エンジン出力トルクTeoutになる。このようなクラッチペダル28の戻し動作によれば、クラッチペダル28の戻し動作に対応してモータ駆動トルクTpが現在のモードが反映されたモータ駆動トルクTpに向かって変化するので、運転者は、MT車両のクラッチペダルを戻したときのトルクが繋がる感覚を実感することができる。
【0037】
このように、電動車両10によれば、クラッチペダル28の操作に応じてトルクが変化するので、運転者は手動変速動作によるMT車両の独特の変速感を疑似的に体感することができる。また、仮想エンジン出力トルク算出部502、トルク伝達ゲイン算出部504、クラッチ出力トルク算出部506、ギヤ比算出部508、および変速機出力トルク算出部510は、手動変速走行モードを実行可能にするトルク制御部として機能する。
【0038】
判定部512は、電動車両10が走行中に、要求駆動力に対する駆動力不足が生じるか否かを判定する処理を実行する。この判定部512は、手動変速走行モードで走行中に、現在選択されている変速段モードで出力可能な駆動力と、運転者が電動車両10に要求する要求駆動力とを比較して、要求駆動力に対する駆動力不足が生じるか否かを判定する。
【0039】
図8は、手動変速走行モードで走行中に実施される駆動力判定フローを示すフローチャート図である。なお、
図8に示す制御は、走行モードが手動変速走行モードに選択されている最中にECU50によって繰り返し実行される。
【0040】
ECU50は、手動変速走行モードで走行中、現在選択されている変速段モードで出力可能な駆動力と要求駆動力とを比較して、要求駆動力に対する駆動力不足が生じるか否かを判定する(ステップS201)。ステップS201では、判定部512による判定処理が実施される。例えば、電動車両10が斜度の大きな登坂路を走行する際に、要求駆動力が大きくなる。
【0041】
このステップS201において判定部512は、例えば現在選択中の変速段モードが3速である場合、3速の変速段モードにおけるトルク特性で出力可能な駆動力と、要求駆動力とを比較する。すなわち、3速の変速段モードで設定されたモータ2の駆動力の上限値を用いて、その駆動力の上限値と要求駆動力とを比較する。そして、要求駆動力のほうが大きい場合には、現在選択されている3速の変速段モードでは駆動力不足が生じると判定される。
【0042】
要求駆動力に対する駆動力不足が生じないと判定された場合(ステップS201:No)、この制御ルーチンは終了する。
【0043】
要求駆動力に対する駆動力不足が生じると判定された場合(ステップS201:Yes)、ECU50は、現在の変速段モードにおける駆動力の上限値を引き上げる(ステップS202)。ステップS202では、現在選択されている変速段モードとしてプリセットされているトルク特性(例えば
図7に示す)について、そのトルク特性における駆動力の上限値がより大きな値となるように、駆動力の上限値が変更される。
【0044】
このステップS202の処理においてECU50は、選択中の変速段モードにおけるトルク特性について、モータ2の出力範囲内で、その変速段モードの駆動力の上限値を引き上げることが可能である。例えば、3速の変速段モードにおける駆動力の上限値を引き上げる場合、2速の変速段モードのトルク特性に近い大きさまで駆動力の上限値を変更することができる。このように、現在設定中の変速段よりも低変速段側のトルク特性に近づくように、駆動力の上限値を変更するができる。あるいは、モータ2の出力範囲の最大限まで上限値を変更することも可能である。要するに、要求駆動力を満たすことができる駆動力、あるいは駆動力の不足分を最小限にすることができる駆動力まで上限値を変更可能である。これにより、斜度の大きな登坂路であっても駆動力の上限値が上昇することにより、選択中の変速段モードのまま走行することが可能になる。その結果、ドライバビリティが向上する。このステップS202の処理を実施すると、この制御ルーチンは終了する。
【0045】
以上説明した通り、実施形態によれば、手動変速走行モードで走行中に、要求駆動力に対する駆動力不足が生じると判定された場合、現在の変速段モードにおける駆動力の上限値を引き上げることができる。これにより、駆動力不足を抑制することができる。さらに、手動変速走行モードを選択することによって、MT車両のような運転感覚を運転者に与えることが可能になる。
【符号の説明】
【0046】
2 モータ
10 電動車両
22 アクセルペダル
24 ブレーキペダル
26 シフトレバー(シフト装置)
28 クラッチペダル(クラッチ装置)
50 制御装置(ECU)
512 判定部