(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-01
(45)【発行日】2024-07-09
(54)【発明の名称】ステアリング装置
(51)【国際特許分類】
B62D 6/00 20060101AFI20240702BHJP
B62D 5/04 20060101ALI20240702BHJP
B62D 119/00 20060101ALN20240702BHJP
B62D 113/00 20060101ALN20240702BHJP
B62D 101/00 20060101ALN20240702BHJP
【FI】
B62D6/00
B62D5/04
B62D119:00
B62D113:00
B62D101:00
(21)【出願番号】P 2020158288
(22)【出願日】2020-09-23
【審査請求日】2023-08-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】100109210
【氏名又は名称】新居 広守
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 一樹
(72)【発明者】
【氏名】山本 章吾
【審査官】菅 和幸
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-059362(JP,A)
【文献】特表2017-524593(JP,A)
【文献】特開2021-146916(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0350777(US,A1)
【文献】韓国公開特許第10-2019-0070523(KR,A)
【文献】独国特許発明第102016209833(DE,B3)
【文献】特開2002-154450(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00
B62D 5/04
B62D 119/00
B62D 113/00
B62D 101/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
転舵輪と操作部材とを複数の機械要素の組み合わせにより転舵可能に接続するステアリング装置であって、
前記転舵輪を転舵するトルクを発生させる駆動装置と、
前記機械要素に発生するトルクを検出するトルクセンサと、
前記操作部材に運転者が把持していない非把持状態か否かを取得する把持状態取得部と、
非把持状態において、前記駆動装置によるトルクの付与により発生したトルクを前記トルクセンサから取得し、トルク係数を導出するトルク係数導出部と、
前記トルクセンサから取得したトルクに基づき運転者が前記操作部材を操作するドライバトルクを非線形モデルに基づき推定するドライバトルク推定部と、
前記トルク係数導出部により導出されたトルク係数に基づき前記ドライバトルク推定部の前記非線形モデルに適用される係数を更新する更新部と、
前記駆動装置に転舵トルクを発生させる自動転舵情報に基づく前記ステアリング装置の挙動を挙動閾値に基づき判断し、所定の状態の際に前記トルク係数導出部にトルク係数の導出を実行させる実行判断部と、
を備えるステアリング装置。
【請求項2】
転舵輪と操作部材とを複数の機械要素の組み合わせにより転舵可能に接続するステアリング装置であって、
前記転舵輪を転舵するトルクを発生させる駆動装置と、
前記機械要素に発生するトルクを検出するトルクセンサと、
前記操作部材に運転者が把持していない非把持状態か否かを取得する把持状態取得部と、
非把持状態において、前記駆動装置によるトルクの付与により発生したトルクを前記トルクセンサから取得し、トルク係数を導出するトルク係数導出部と、
前記トルクセンサから取得したトルクに基づき運転者が前記操作部材を操作するドライバトルクを非線形モデルに基づき推定するドライバトルク推定部と、
前記トルク係数導出部により導出されたトルク係数に基づき前記ドライバトルク推定部の前記非線形モデルに適用される係数を更新する更新部と、
前記駆動装置に転舵トルクを発生させる自動転舵情報に従い前記トルクセンサの入力軸に発生する入力軸角度、および入力軸角速度に基づき、クーロン摩擦が支配的か、粘性摩擦が支配的か、重力が支配的かを判断する係数特定部と、を備え、
前記トルク係数導出部は、
前記係数特定部の判断結果に基づき、導出したトルク係数をクーロン摩擦係数、粘性摩擦係数、または重力摩擦係数であると特定する
ステアリング装置。
【請求項3】
前記トルク係数導出部は、
前記係数特定部がクーロン摩擦係数と特定したトルク係数を所定数導出後に特定された粘性摩擦係数、または重力摩擦係数の少なくとも一方を導出する
請求項
2に記載のステアリング装置。
【請求項4】
転舵輪と操作部材とを複数の機械要素の組み合わせにより転舵可能に接続するステアリング装置であって、
前記転舵輪を転舵するトルクを発生させる駆動装置と、
前記機械要素に発生するトルクを検出するトルクセンサと、
前記操作部材に運転者が把持していない非把持状態か否かを取得する把持状態取得部と、
非把持状態において、前記駆動装置によるトルクの付与により発生したトルクを前記トルクセンサから取得し、トルク係数を導出するトルク係数導出部と、
前記トルクセンサから取得したトルクに基づき運転者が前記操作部材を操作するドライバトルクを非線形モデルに基づき推定するドライバトルク推定部と、
前記トルク係数導出部により導出されたトルク係数に基づき前記ドライバトルク推定部の前記非線形モデルに適用される係数を更新する更新部と、
前記ステアリング装置が搭載される車両が停車状態か否かを判断する停車判断部と、
前記停車判断部により前記車両が停車状態であると確認し、かつ前記把持状態取得部により非把持状態であると確認した状態において、前記駆動装置を動作させ前記機械要素に所定のトルクを付与する駆動制御部と、
を備えるステアリング装置。
【請求項5】
前記駆動制御部は、
前記トルクセンサの入力軸に発生する入力軸角度、または出力軸に発生する出力角度が一連の動作において最大、最小、0となるように前記駆動装置を動作させる
請求項
4に記載のステアリング装置。
【請求項6】
前記操作部材が中立位置であることを取得する中立取得部を備え、
前記駆動制御部は、
前記転舵輪が中立位置であると確認した状態において、前記駆動装置を動作させ前記機械要素に所定のトルクを付与する
請求項
4または
5に記載のステアリング装置。
【請求項7】
前記駆動制御部は、
前記中立取得部により前記転舵輪が中立位置にないと確認した場合、前記駆動装置を動作させ前記操作部材を中立位置に配置する
請求項
6に記載のステアリング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、運転者によって操作部材に加えられるドライバトルクを推定することができるステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
複数の機械要素が連結されることにより操作部材と転舵輪とが接続されるステアリング装置において、ステアリング装置に発生するトルクをセンシングするためにトーションバーが連結される場合がある。前記トーションバーの捩れ量に基づき導出されるトルクには、運転者が操作部材を操作することにより発生するドライバトルク、アシストモーターから入力されるアシストトルク、転舵輪から入力される路面反力トルクなどが含まれる。
【0003】
従来、センシングされたトルクからドライバトルクを推定するために、種々の方法が提案されている(例えば特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、ステアリング装置周辺の温度などの環境の変化によってステアリング装置の特性が変動してしまうと、ドライバトルクを推定するために採用されているモデルに使用されている係数と実際の係数とが乖離し、ドライバトルクの推定精度が低下するという課題が存在している。
【0006】
本発明は、上記課題に鑑みなされたものであり、環境の変化によってドライバトルクを推定するモデルの係数が変動したとしても、係数の変動に柔軟に対応してドライバトルクを高精度に推定することができるステアリング装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明の1つであるドライバトルク推定装置は、転舵輪と操作部材とを複数の機械要素の組み合わせにより転舵可能に接続するステアリング装置であって、前記転舵輪を転舵するトルクを発生させる駆動装置と、前記機械要素に発生するトルクを検出するトルクセンサと、前記操作部材に運転者が把持していない非把持状態か否かを取得する把持状態取得部と、非把持状態において、前記駆動装置によるトルクの付与により発生したトルクを前記トルクセンサから取得し、トルク係数を導出するトルク係数導出部と、前記トルクセンサから取得したトルクに基づき運転者が前記操作部材を操作するドライバトルクを非線形モデルに基づき推定するドライバトルク推定部と、前記トルク係数導出部により導出されたトルク係数に基づき前記ドライバトルク推定部の前記非線形モデルに適用される係数を更新する更新部と、を備える。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、環境の変化などによって挙動が変化するステアリング装置において、ドライバトルクを推定するモデルの係数を適宜導出し、現状の環境に合致した係数を用いてドライバトルクを推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実施の形態1、2に係るステアリング装置を示す図である。
【
図2】実施の形態1に係るドライバトルク推定装置の機能構成を示すブロック図である。
【
図3】実施の形態1に係る実行判断部の処理の流れを示すフローチャートである。
【
図4】実施の形態1に係る係数特定部の処理の流れを示すフローチャートである。
【
図5】実施の形態1に係るトルク係数導出部を詳細に示すブロック図である。
【
図6】実施の形態2に係るドライバトルク推定装置の機能構成を示すブロック図である。
【
図7】実施の形態2に係るトルク係数導出部を詳細に示すブロック図である。
【
図8】実施の形態2に係る駆動制御部が発生させたトルクによるステアリング装置の動作状態を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明に係るステアリング装置の実施の形態について、図面を参照しつつ説明する。なお、以下の実施の形態は、本発明を説明するために一例を挙示するものであり、本発明を限定する主旨ではない。例えば、以下の実施の形態において示される形状、構造、材料、構成要素、相対的位置関係、接続状態、数値、数式、方法における各段階の内容、各段階の順序などは、一例であり、以下に記載されていない内容を含む場合がある。また、平行、直交などの幾何学的な表現を用いる場合があるが、これらの表現は、数学的な厳密さを示すものではなく、実質的に許容される誤差、ずれなどが含まれる。また、同時、同一などの表現も、実質的に許容される範囲を含んでいる。
【0011】
また、図面は、本発明を説明するために適宜強調、省略、または比率の調整を行った模式的な図となっており、実際の形状、位置関係、および比率とは異なる。
【0012】
また、以下では複数の発明を一つの実施の形態として包括的に説明する場合がある。また、以下に記載する内容の一部は、本発明に関する任意の構成要素として説明している。
【0013】
(実施の形態1)
図1は、実施の形態1に係るステアリング装置を示す図である。ステアリング装置100は、転舵輪210と操作部材200とを複数の機械要素の組み合わせにより転舵可能に接続し、操作部材200の操作に応じて転舵輪210を転舵する装置であって、転舵機構110と、伝達機構120と、ドライバトルク推定装置130と、駆動装置140と、トルクセンサ152と、把持検知手段154と、を備えている。
【0014】
転舵機構110は、転舵輪210を転舵する機構であり、実施の形態1の場合、ラックシャフト111と、タイロッド112と、を備えている。
【0015】
ラックシャフト111は、車両の左右方向に沿って直線状に延在配置されている。ラックシャフト111の周面の一部には、伝達機構120の一部であるピニオンシャフト121の先端部に設けられたピニオン124に噛み合うラック113が形成されており、ピニオンシャフト121の回転がラックシャフト111の軸方向の移動に変換されるラック・アンド・ピニオン機構が構成されている。ラックシャフト111は、軸方向に移動することによって、タイロッド112、ナックルアーム(不図示)などを介して転舵輪210を転舵することができる。
【0016】
伝達機構120は、運転者による操作部材200の操作を転舵機構110に伝達する機構である。実施の形態1の場合、伝達機構120は、ユニバーサルジョイント125を介して連結されるピニオンシャフト121と、インタミディエイトシャフト122と、コラムシャフト123と、を備えている。
【0017】
操作部材200が操作(回転)されると、この回転が、コラムシャフト123、およびインタミディエイトシャフト122を介して、ピニオンシャフト121に伝達される。そして、ピニオンシャフト121の回転は、ピニオン124とラック113との噛み合いによって、ラックシャフト111の軸方向移動に変換される。これにより、運転車による操作部材200に対する操作が転舵輪210に伝達され、転舵輪210が転舵される。
【0018】
操作量センサ151は、操作部材200の操作量を取得するセンサである。実施の形態1の場合、操作部材200は、環状のステアリングホイールであり、操作部材200の操作は、回転により行われる。操作量センサ151は、操作部材200の回転に伴って回転するコラムシャフト123の回転量を操作量として取得する回転角センサである。操作量センサ151が取得する回転角は、トルクセンサ152の入力軸側の回転角として把握される。
【0019】
トルクセンサ152は、複数の機械要素の組み合わせで構成された伝達機構120に発生するトルクを情報として取得する。トルクセンサ152の取り付け位置は、特に限定されるものではないが、実施の形態1の場合、トルクセンサ152は、伝達機構120のピニオンシャフト121に取り付けられている。トルクセンサ152の種類は、特に限定されるものではないが、実施の形態1の場合、ピニオンシャフト121に介在配置されているトーションバー153の捩れ量に基づきトルクを取得する。トーションバー153の操作部材200側は、入力軸であり、トーションバー153のピニオン124側の端部は出力軸となる。入力軸も出力軸も共に回転するため、トルクセンサ152は、入力軸の回転量と出力軸の回転量の差分に基づきトルクを取得する。
【0020】
把持検知手段154は、ドライバが操作部材200に把持しているか否かを検知する装置である。把持検知手段154の種類は、特に限定されるものではなく、例えば、操作部材200の表面に設けられ、ドライバの把持を直接検知するタッチセンサを例示することができる。また、把持検知手段154は、操作部材200を含む像を車内カメラが撮像し、得られた画像を解析することにより操作部材200への把持を検知するもの等でも良い。
【0021】
駆動装置140は、転舵輪210を転舵するトルクを発生させる装置であって、自動運転の際は、転舵輪210を転舵する転舵トルクを発生させ、手動運転の際は、操作部材200を操作する運転者をアシストするアシストトルクを発生させる。実施の形態1の場合、駆動装置140は、電動モータ141と、電動モータ141の出力トルクを増幅して転舵機構110に伝達するための減速機142とを備えている。電動モータ141の種類は、特に限定されるものではないが、例えば三相ブラシレスモータを例示することができる。また、電動モータ141の出力軸の回転量は、レゾルバなどのモータ角度センサ144(
図2参照)により出力されている。
【0022】
減速機142の種類は、特に限定されるものではなく、ベルトとプーリーを用いた減速機や、ギアを用いた減速機を例示することができる。実施の形態1の場合、減速機142は、電動モータ141の出力軸に連結されるウォームギヤと、ウォームギヤと噛み合うウォームホイールとを備えるウォーム減速機である。ウォームホイールは第二ピニオンシャフト143が取り付けられており、第二ピニオンシャフト143は、ラックシャフト111に設けられた第二ラック114と噛み合う。
【0023】
電動モータ141は、運転者の操作状態に応じて駆動され、減速機142、および第二ピニオンシャフト143を介してトルクがラックシャフト111に付与される。これにより、自動運転中は、駆動装置140が転舵輪210を転舵し、手動運転中は、運転車から操作部材200を介して加えられるドライバトルクと電動モータ141からのトルクに基づき転舵輪210を転舵させることができるため、少ないドライバトルクで転舵輪210を転舵することが可能となる。
【0024】
図2は、ドライバトルク推定装置の機能構成を示すブロック図である。
【0025】
ドライバトルク推定装置130は、ピニオンシャフト121、コラムシャフト123や、これを保持する軸受などの機械要素の組み合わせにより操作可能に保持される操作部材200の操作に応じて転舵輪210を転舵するステアリング装置100に適用され、運転者が操作部材200に入力するドライバトルクを推定する装置である。ドライバトルク推定装置130は、プログラムをコンピュータに実行させることにより実現される処理部として、トルク取得部131と、把持状態取得部133と、トルク係数導出部135と、ドライバトルク推定部132と、更新部134と、を備えている。実施の形態1の場合、ドライバトルク推定装置130は、さらに出力軸角度取得部136と、実行判断部137と、係数特定部138と、を備えている。
【0026】
トルク取得部131は、操作部材200と転舵輪210とを連結する機械要素に発生するトルクを取得する。実施の形態1の場合、トルク取得部131は、機械要素の一つであるピニオンシャフト121に発生するトルクをトルクセンサ152から取得する。トルクセンサ152から取得したトルクには、運転者が操作部材200を操作することにより発生するドライバトルク、駆動装置140の電動モータ141から入力されるトルク、転舵輪210から入力される路面反力トルクなどが含まれる場合がある。
【0027】
実施の形態1の場合、トルク取得部131は、ドライバトルク推定装置130の制御周期毎にトルクセンサ152から一つの値としてトルクを取得する。
【0028】
出力軸角度取得部136は、トルクセンサ152の出力軸側の角度をドライバトルク推定部に入力する入力変数として取得する。実施の形態1の場合、出力軸角度取得部136は、電動モータ141の出力軸の角度をモータ角度センサ144から取得し、減速機142のギア比、第二ピニオンシャフト143と第二ラック114とのギア比、ピニオンシャフト121とラック113とのギア比などに基づき出力軸角度を算出する。
【0029】
ドライバトルク推定部132は、トルク取得部131が取得したトルクを用いて非線形演算に基づきドライバトルクを推定する。ドライバトルク推定部132が採用しうる非線形の演算は、例えば非線形オブザーバ、パーティクルフィルタ、Moving Horizon推定器などを例示することができる。実施の形態1の場合、ドライバトルク推定部132は、トルク取得部131が取得したトルク、および出力軸角度取得部136がモータ角度センサ144から得られた情報を演算処理して取得した出力軸角度を入力とし、非線形カルマンフィルタを用いてドライバトルクを推定している。
【0030】
コラムシャフト123において、ドライバトルクを推定するための以下のモデルが成立する。
【0031】
【0032】
上記式1の右辺の3項目は、クーロン摩擦トルク、4項目は、粘性摩擦トルク、5項目は、重力トルクを示している。実施の形態1の場合、クーロン摩擦係数、粘性摩擦係数、重力係数を適宜導出し、式1のモデルを更新することでドライバトルクの推定精度の向上を図る。なお、クーロン摩擦トルク、粘性摩擦トルク、重力トルクを総称して外乱トルクと総称する場合がある。
【0033】
把持状態取得部133は、操作部材200に運転者が把持していない非把持状態か否かを把持検知手段154から取得する。実施の形態1の場合、把持状態取得部133は、把持検知手段154から把持を示す情報を所定の時間取得していない場合、オフを示す把持フラグを出力する。
【0034】
実行判断部137は、パラメータの推定を実行するのに適した状態にあるか否かを判定する処理部であって、駆動装置140に自動運転用の転舵トルクを発生させるための情報である自動転舵情報を、自動運転全体を統括する自動運転ECU(Electronic Control Unit)(不図示)などから取得し、自動転舵情報に基づくステアリング装置100の挙動を挙動閾値に基づき判断し、所定の状態の際にトルク係数導出部135にトルク係数の導出を実行させる。
【0035】
実施の形態1の場合、実行判断部137は、以下に示す判断条件1、判断条件2、および判断条件3を全て満たした場合にオンを示す実行フラグを出力する。
図3は、実行判断部137の処理の流れを示すフローチャートである。
【0036】
(判断条件1)自動運転ECUから自動転舵情報を取得している。つまり、車両が自動運転で走行しており、ステアリング装置100が動作している状態である。自動運転ECUなどから電動モータ141に指示値が入力され、転舵輪210が転舵している状態において、各係数を導出する。
【0037】
(判断条件2)把持状態取得部133から取得した把持フラグがオフである。つまり、ドライバトルクが0の状態。これにより、式1(状態遷移方程式)中の未知数を一つ無くすことができ、各係数の導出の簡易化が図れる。
【0038】
(判断条件3)転舵状態が緩やかである。具体例としては、所定の期間内の入力軸角速度の変化量の絶対値の総和が所定の角速度閾値以下である。これにより慣性トルク(角加速度項)の影響を除外することができ、外乱トルクであるクーロン摩擦、粘性摩擦、重力のそれぞれの係数をより正確に導出することができる。なお、所定の期間とは、例えば、0.5sである。入力軸角速度は実測値でも良く、自動転舵情報等に基づく推定値であってもよい。角速度閾値は、例えば、2rad/sである。
【0039】
係数特定部138は、駆動装置140の電動モータ141に転舵トルクを発生させる自動転舵情報に従いトルクセンサ152の入力軸に発生する入力軸角度、および入力軸角速度に基づき、クーロン摩擦が支配的か、粘性摩擦が支配的か、重力が支配的かを判断し、判断結果をトルク係数導出部135に出力する。これにより、トルク係数導出部135がクーロン摩擦係数、粘性摩擦係数、重力係数を同時に推定するのではなく、状況に応じて各係数が異なる時間に推定される。
【0040】
実施の形態1の場合、係数特定部138は、クーロン摩擦係数を導出した後に粘性摩擦係数、または重力係数を推定する。具体的な方法を以下に例示する。
図4は、係数特定部138の処理の流れを示すフローチャートである。
【0041】
(1)実行判断部137から取得した実行フラグがオンの場合に推定を実行する。実行フラグがオフの場合は、後述の各フラグカウンタを0にリセットする。
【0042】
(2)以下の各クーロン摩擦条件を満たした場合、クーロン摩擦フラグをオンにする。
(クーロン摩擦条件1)推定した入力軸角度のsinの値の絶対値が第一閾値(例えば、0.7)以下。
(クーロン摩擦条件2)推定した入力軸角速度の絶対値が第二閾値(例えば、5e-2)以上、第三閾値(例えば、5e-1)以下。
【0043】
(3)以下の各粘性摩擦条件を満たした場合、粘性摩擦フラグをオンにする。
(粘性摩擦条件1)推定した入力軸角度のsinの値の絶対値が第四閾値(例えば、第一閾値と同じ0.7)以下。
(粘性摩擦条件2)推定した入力軸角速度の絶対値が所定の第五閾値(例えば、第二閾値と同じ5e-2)よりも大きい。
【0044】
(4)以下の重力条件を満たした重力フラグをオンにする。
(重力条件1)推定した入力軸角度のsinの値の絶対値が第六閾値(例えば、第一閾値と同じ0.7)よりも大きい。
【0045】
(順序)推定を正確、かつ安定なものにするため、以下の順序に従って各種フラグをオンにする。
(順序1)クーロン摩擦の推定を最優先で実行する。具体的には、オンを示すクーロン摩擦フラグが所定の回数(例えば、100回)オンになるまでは、粘性摩擦係数と、重力摩擦係数の推定を行わない、または行っても採用しない。
(順序2)クーロン摩擦フラグが所定の回数に達し、クーロン摩擦係数の推定が安定した後のオンを示す粘性摩擦フラグを採用し、所定の回数(例えば、100回)の粘性摩擦フラグがオンなるまでは、重力摩擦係数の推定を行わない、または行っても採用しない。
(順序3)オンを示す粘性摩擦フラグが所定の回数に達し、粘性摩擦係数の推定が安定した後に重力フラグをオンにし、重力摩擦係数の推定を行う。
【0046】
図5は、トルク係数導出部を詳細に示すブロック図である。トルク係数導出部135は、把持状態取得部133がオフの把持フラグを出力している非把持状態において、駆動装置140によるトルクの付与により発生したトルクをトルクセンサ152から取得し、トルク係数を導出する。
【0047】
実施の形態1の場合、トルク係数導出部135は、各係数をそれぞれ推定する線形の推定部を別々に備えている。具体的にトルク係数導出部135は、クーロン摩擦係数を推定する線形カルマンフィルタ部1と、粘性摩擦係数を推定する線形カルマンフィルタ部2と、重力係数を推定する線形カルマンフィルタ部3と、を備えている。線形カルマンフィルタ1、2、3はいずれも非線形カルマンフィルタから取得するドライバトルクの推定値、及びドライバトルクの推定値以外の推定値(入力軸角度や角速度)を入力してパラメータを推定している。また、推定される係数の誤差を抑制するためにそれぞれの推定部にはパラメータ制約部が設けられている。
【0048】
それぞれの線形カルマンフィルタ部は、クーロン摩擦係数、粘性摩擦係数、および重力係数を個別に推定する。それぞれの線形カルマンフィルタ部は、係数特定部138が出力するフラグの種類に応じて推定を実行する。
【0049】
状態遷移方程式(離散化)は、ランダムウォークモデルを用いる。システムノイズの分散は、事前の試験でチューニングした固定値、もしくは、測定値や推定値を判断基準に適応的に変動させた値を用いる。観測方程式は、パラメータ誤差モデルを用いる。非線形カルマンフィルタから取得したドライバトルクの推定値は、パラメータ誤差を含んだ推定値となっている。もし、パラメータ推定処理が実行されるハンズオフ運転時にドライバトルクの推定値が0よりも大きくなる場合、ドライバトルクの推定値は、パラメータ誤差値そのものになる。このパラメータ誤差値を観測値として観測方程式を以下のように定式化する。
【0050】
非線形カルマンフィルタから取得したドライバトルクの推定値(パラメータ誤差値)=パラメータの真値-非線形カルマンフィルタのモデルで使用しているパラメータ値、観測ノイズの分散については、事前の試験でチューニングした固定値、もしくは、測定値や推定値を判断基準に適応的に変動させた値を用いる。
【0051】
また、推定精度を高めるために後述の制約を課した推定値をフィードバックして事後推定値として逐次計算をする。
【0052】
それぞれのパラメータ制約部は、個別に推定した係数に大きな誤差が生まれないように制約条件を課す。係数特定部138は、1つのパラメータの影響が支配的になる領域を選んで各フラグを出力しているが、その他のパラメータの影響を完全に排除できているわけではない。よって、推定値に多少なりとも誤差が生まれる。パラメータ制約部は、係数特定部138からのフラグによる選択的な推定で大きな誤差が生まれる場合に、制約条件を課し推定値の取り得る範囲を限定する。
【0053】
パラメータ保存部は、制約を課して推定された各係数を保存する。具体的には、制約を課したクーロン摩擦係数、粘性摩擦係数、重力係数の最新の推定値を保存する。
【0054】
更新部134は、トルク係数導出部135により導出されたトルク係数に基づきドライバトルク推定部の非線形モデルに適用される各係数を更新する。具体的には、トルク係数導出部135のパラメータ保存部に保存されている各係数を用いてドライバトルク推定部132の非線形カルマンフィルタの各係数を更新する。
【0055】
ドライバトルク推定部132は、更新部134により更新された係数に基づきドライバトルクを推定し、例えば運転者が操作部材200に触れているか否か、車両を操向するために積極的に操作部材200に触れているか否かなどを判定する操作状態判定装置等に推定したドライバトルクを提供する。
【0056】
実施の形態1に係るステアリング装置100によれば、自動運転中であって、操作部材200を把持していない状態において、各係数の推定に適した転舵状態で導出されたクーロン摩擦係数、粘性摩擦係数、重力係数を用いてドライバトルク推定部を更新することで、ステアリング装置100の現状に応じたドライバトルクを正確に推定することが可能となる。
【0057】
(実施の形態2)
続いて、ステアリング装置100の他の実施の形態について説明する。なお、前記実施の形態1と同様の作用や機能、同様の形状や機構や構造を有するもの(部分)には同じ符号を付して説明を省略する場合がある。また、以下では実施の形態1と異なる点を中心に説明し、同じ内容については説明を省略する場合がある。
【0058】
実施の形態2のステアリング装置100は、実施の形態1のステアリング装置100(
図1参照)と同様であり、転舵輪210と操作部材200とを複数の機械要素の組み合わせにより転舵可能に接続し、操作部材200の操作に応じて転舵輪210を転舵する装置であって、転舵機構110と、伝達機構120と、ドライバトルク推定装置130と、駆動装置140と、トルクセンサ152と、把持検知手段154と、を備えている。
【0059】
図6は、ドライバトルク推定装置の機能構成を示すブロック図である。
【0060】
ドライバトルク推定装置130は、運転者が操作部材200に入力するドライバトルクを推定する装置であり、プログラムをコンピュータに実行させることにより実現される処理部として、トルク取得部131と、把持状態取得部133と、トルク係数導出部135と、ドライバトルク推定部132と、更新部134と、を備えている。実施の形態2の場合、ドライバトルク推定装置130は、さらに停車判断部157と、駆動制御部155と、中立取得部156と、を備えている。
【0061】
中立取得部156は、転舵輪210が中立位置であることを取得する。転舵輪210が中立位置であるとは、転舵輪210がほぼ切れていないぐらいの状態である。具体的に例えば、直進走行する際の転舵輪210の角度に対して±10度の角度である。
【0062】
中立取得部156が転舵輪210の角度を取得する方法は、特に限定されるものではなく、例えば転舵輪210の角度を直接検出するセンサから取得してもよい。また、中立取得部156は、トルクセンサ152の出力軸の角度から転舵輪210の角度を算出しても構わない。
【0063】
停車判断部157は、ステアリング装置100が搭載される車両が停車状態か否かを判断する。停車判断部157が停車状態か否かを判断する方法は特に限定されるものではなく、例えば車速センサから取得した車速が0の場合、シフトレバーのポジションがパーキングである、パーキングブレーキがかけられている、エンジン・車両駆動用モータが停止状態であるなどの少なくとも1つに基づき停車状態を判断しても良い。
【0064】
駆動制御部155は、停車判断部157により車両が停車状態であると確認し、かつ把持状態取得部133により非把持状態であると確認した状態において、駆動装置140を動作させステアリング装置100の機械要素に所定のトルクを付与する。
【0065】
実施の形態2の場合、駆動制御部155は、トルクセンサ152の入力軸に発生する入力軸角度、または出力軸に発生する出力角度が周期的な一連の動作において最大、最小、0となるように前記駆動装置140を動作させる。具体的に駆動制御部155は、次のような条件のトルクを駆動装置140に発生させる。
【0066】
(1)発生させるトルクが1周期分の正弦波となるように設定する。例えば、θ=Asin(2πft)、θ:出力軸の回転角、A:振幅、f:周波数、t:時間
(2)振幅Aは、なるべく小さな値(例えば、出力軸の回転角度が5度以下となるように設定する。出力軸の回転角度が大きくなると、操舵部材200の重力の影響が無視できなくなる。また、ドライバが乗車中の場合、ドライバに不安をあたえる可能性がある。
(3)周波数fは、なるべく小さな値(例えば、1Hz以下)に設定する。周波数が大きくなると操舵部材200の慣性の影響が無視できなくなる。また、乗車中のドライバなどに気づかれる可能性が高まる。
【0067】
なお、事前の試験結果から計測の成功率が高い振幅と周波数のペアをリスト化して保存しておき、駆動制御部155が制御を実行する際に、リストからランダムにペアを選択してトルクを発生させても構わない。さらに、選択されたペアで所定の回数(例えば、3回)トルクを発生させ、前記所定の回数内に有効な係数が得られない場合は、リストからペアを削除する、またはそのペアを採用しない処理を行っても構わない。
【0068】
駆動制御部155は、次の制御実行条件の全てを満たした場合にトルクを発生させる。
(制御実行条件1)停車判断部157がオンの停車フラグを出力している。
(制御実行条件2)中立取得部156が中立フラグを出力している。
(制御実行条件3)トルクセンサから取得したトーションバートルクの絶対値が所定の閾値より小さい。(閾値は、想定される入力軸に発生する外乱トルクにマージンを持たせた値であり、トーションバーがほぼ捩じれていないぐらいの値(例えば、1Nm)とする。
(制御実行条件4)把持状態取得部133から取得した把持フラグがオフ。
【0069】
図7は、トルク係数導出部を詳細に示すブロック図である。
【0070】
実施の形態2の場合、トルク係数導出部135は、駆動制御部155の制御により駆動装置140発生させた1周期のトルクの変化において導出に必要となるデータをサンプリングし、サンプリングしたデータからクーロン摩擦係数と粘性摩擦係数を導出する。トルク係数導出部135は、2つのローパスフィルタ部と、サンプリング部と、係数導出部を備えている。
【0071】
ローパスフィルタ部は、データに含まれる高周波数帯域のノイズを除去する。具体的には、トルク取得部131から取得したトーションバートルクをローパスフィルタ部1が処理し、ドライバトルク推定部132で推定した入力軸角度をローパスフィルタ部2が処理する。ローパスフィルタ部のカットオフ周波数は、ドライバの操舵周波数(数Hz程度)に設定する。
【0072】
サンプリング部は、駆動制御部155による周期的に変化するトルクに基づき得られるデータから係数導出に適したデータをサンプリングする。具体的には、推定した入力軸角度、もしくは、出力軸角度が最大、および最小になる瞬間(
図8における(a)(b)(c)の段中の実線の丸印)のトーションバートルクをサンプリングする。
図8中の(b)の段に示すように、軸角度が最大、および最小になる瞬間は、入力軸角速度が0になり、粘性摩擦が0になる。よって、クーロン摩擦のみが支配的になる。推定した入力軸角度、もしくは、出力軸角度が0になる瞬間(
図8中の点線の丸印)のトーションバートルクもサンプリングする。
図8中の(b)の段に示すように、軸角度が0になる瞬間は、入力軸角速度が最大、または最小になり、粘性摩擦が最大になる。
【0073】
係数導出部は、サンプリングしたデータからクーロン摩擦係数と粘性摩擦係数を導出する。
【0074】
具体的には、
図8中の(c)の段中の実践の丸印で示すように、角速度の符号の正負反転時のTtb,maxと負正反転時のTtb,minの絶対値の平均を取ってクーロン摩擦係数を導出する。
【0075】
【数2】
もしくは、計測用制御入力の振幅Aと周波数fを利用して(Ttb,zero2-Ttb,max)/2πfA
【数3】
もしくは、計測用制御入力の振幅Aと周波数fを利用して(Ttb,zero1-Ttb,min)/2πfAの絶対値の平均を取って粘性摩擦係数を導出する。
【0076】
更新部134は、具体的には、トルク係数導出部135の係数導出部により導出された各係数を用いてドライバトルク推定部132の非線形カルマンフィルタの各係数を更新する。
【0077】
ドライバトルク推定部132は、更新部134により更新された各係数に基づきドライバトルクを推定し、例えば運転者が操作部材200に触れているか否か、車両を操向するために積極的に操作部材200に触れているか否かなどを判定する操作状態判定装置等に推定したドライバトルクを提供する。
【0078】
実施の形態2に係るステアリング装置100によれば、車両が停止中であって、操作部材200を把持していない状態において、ステアリング装置100を動作させて得られた各係数の推定に適した転舵状態で導出されたクーロン摩擦係数、粘性摩擦係数を用いてドライバトルク推定部を更新することで、ステアリング装置100の現状に応じたドライバトルクを正確に推定することが可能となる。
【0079】
なお、本発明は、上記実施の形態に限定されるものではない。例えば、本明細書において記載した構成要素を任意に組み合わせて、また、構成要素のいくつかを除外して実現される別の実施の形態を本発明の実施の形態としてもよい。また、上記実施の形態に対して本発明の主旨、すなわち、請求の範囲に記載される文言が示す意味を逸脱しない範囲で当業者が思いつく各種変形を施して得られる変形例も本発明に含まれる。
【0080】
例えば、駆動装置140は、ラックシャフト111を移動させるトルクを発生するものとして説明したが、駆動装置140は、伝達機構120を回転させるトルクを発生させても構わない。
【0081】
また、実施の形態2のステアリング装置100において、各係数を導出するにあたり駆動制御部155は、中立取得部156により転舵輪210が中立位置にないと確認した場合、例えば駐車場で駐車中など車両の周辺の状況を基に安全と判断できた場合に駆動装置140を動作させ転舵輪210を中立位置に配置するように制御しても構わない。
【0082】
また、導出した各係数を用いて更新した非線形カルマンフィルタにより推定したドライバトルクの絶対値が所定の閾値(例えば、0.1Nm)より大きい場合、各係数導出のリトライを実行しても構わない。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明は、転舵輪と操作部材とが機械的に接続されたステアリング装置であって、自動運転に対応したステアリング装置に利用可能である。
【符号の説明】
【0084】
100…ステアリング装置、110…転舵機構、111…ラックシャフト、112…タイロッド、113…ラック、114…第二ラック、120…伝達機構、121…ピニオンシャフト、122…インタミディエイトシャフト、123…コラムシャフト、124…ピニオン、125…ユニバーサルジョイント、130…ドライバトルク推定装置、131…トルク取得部、132…ドライバトルク推定部、133…把持状態取得部、134…更新部、135…トルク係数導出部、136…出力軸角度取得部、137…実行判断部、138…係数特定部、140…駆動装置、141…電動モータ、142…減速機、143…第二ピニオンシャフト、144…モータ角度センサ、151…操作量センサ、152…トルクセンサ、153…トーションバー、154…把持検知手段、155…駆動制御部、156…中立取得部、157…停車判断部、200…操作部材、210…転舵輪、ECU…自動運転