(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-01
(45)【発行日】2024-07-09
(54)【発明の名称】輸送機用圧縮機部品及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 1/04 20230101AFI20240702BHJP
B22F 3/20 20060101ALI20240702BHJP
C22C 21/00 20060101ALI20240702BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20240702BHJP
B22F 9/08 20060101ALN20240702BHJP
【FI】
C22C1/04 C
B22F3/20 C
C22C21/00 M
B22F1/00 N
B22F9/08 A
(21)【出願番号】P 2020171791
(22)【出願日】2020-10-12
【審査請求日】2023-01-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000003218
【氏名又は名称】株式会社豊田自動織機
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】野口 将人
(72)【発明者】
【氏名】杉山 知平
(72)【発明者】
【氏名】小鉄 泰生
(72)【発明者】
【氏名】荒山 卓也
【審査官】池田 安希子
(56)【参考文献】
【文献】特開平1-316433(JP,A)
【文献】国際公開第2019/069651(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 1/04 - 1/059
C22C 33/02
B22F 1/00 - 8/00
B22F 9/00 - 9/30
C22C 21/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱間押出が施されたアルミニウム合金材からなる輸送機用圧縮機部品であって、
前記アルミニウム合金材は、
Fe:
8.0質量%、Mg
:1.0質量%、V:
2.0質量%、Mo:
2.0質量%、Zr:
1.0質量%及びTi:
0.1質量%を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有し、
密度が2.96g/cm
3
である、輸送機用圧縮機部品。
【請求項2】
請求項1に記載の輸送機用圧縮機部品の製造方法であって、
前記化学成分を有するアルミニウム合金粉末を押し固めて圧粉体を作製し、
前記圧粉体に熱間押出を行ってアルミニウム合金材を作製し、
前記アルミニウム合金材を所望の形状に成形する、輸送機用圧縮機部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、輸送機用圧縮機部品及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の輸送機には、ターボチャージャ等の圧縮機が組み込まれることがある。この種の圧縮機は、150℃程度の高い温度で作動するため、圧縮機部品には高温における機械的特性に優れていることが求められる。特に、圧縮機部品の中でも、例えばインペラなどの回転する部分に用いられる部品は、作動時に10000rpmを超える高速回転が与えられるため、高温における剛性に優れていることに加え、高速回転に耐え得る強度を有することが求められている。
【0003】
圧縮機部品に適用するためのアルミニウム合金材の例として、特許文献1には、Cu(銅):3.4~5.5%(質量%、以下同じ)、Mg(マグネシウム):1.7~2.3%、Ni(ニッケル):1.0~2.5%、Fe(鉄):0.5~1.5%、Mn(マンガン):0.1~0.4%、Zr(ジルコニウム):0.05~0.3%、Si(シリコン):0.1%未満、Ti(チタン):0.1%未満を含み、残部Al(アルミニウム)及び不可避不純物からなることを特徴とする高温強度及び高温疲労特性に優れた耐熱アルミニウム合金押出材が記載されている。
【0004】
しかし、特許文献1の耐熱アルミニウム合金押出材のように、溶製法、つまり、所望の化学成分を有するアルミニウム合金の溶湯を鋳造する方法により得られるアルミニウム合金材では、実現し得る化学成分の範囲に限界がある。そこで、近年では、粉末冶金法、つまり、所望の化学成分を有するアルミニウム合金の粉末を用いてアルミニウム合金材を作製する方法により圧縮機部品の素材となるアルミニウム合金材を作製することが検討されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
粉末冶金法によるアルミニウム合金材の作製方法は、例えば、所望の化学成分を備えたアルミニウム合金粉末を押し固めて圧粉体を作製する工程と、圧粉体に熱間押出を行う工程と、を有している。しかしながら、アルミニウム合金は、大気中の酸素等によって比較的容易に酸化される。そのため、アルミニウム合金粉末を構成する個々のアルミニウム合金粒子の表面には酸化皮膜が形成される。
【0007】
アルミニウム合金粒子の表面に酸化皮膜が存在すると、得られるアルミニウム合金材の内部に粒子同士の結合が不十分となる領域が形成され、アルミニウム合金材の伸びの低下や疲労特性の悪化の原因となりやすい。特に、粉末冶金法により得られるアルミニウム合金材においては、押出方向に対して直角な方向における伸びや疲労特性が押出方向に対して平行な方向における疲労特性に比べて低くなりやすい。
【0008】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、優れた伸び及び疲労特性を有する輸送機用圧縮機部品及びその製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一参考態様は、熱間押出が施されたアルミニウム合金材からなる輸送機用圧縮機部品であって、
前記アルミニウム合金材は、
Fe(鉄):5.0質量%以上9.0質量%以下、Mg(マグネシウム):0.7質量%以上3.0質量%以下、V(バナジウム):0.1質量%以上3.0質量%以下、Mo(モリブデン):0.1質量%以上3.0質量%以下、Zr(ジルコニウム):0.1質量%以上2.0質量%以下、Ti(チタン):0.02質量%以上2.0質量%以下を含有し、残部がAl(アルミニウム)及び不可避的不純物からなる化学成分を有し、
密度が2.96g/cm3以上である、輸送機用圧縮機部品にある。
【0010】
本発明の他の態様は、前記の態様の輸送機用圧縮機部品の製造方法であって、
前記化学成分を有するアルミニウム合金粉末を押し固めて圧粉体を作製し、
前記圧粉体に熱間押出を行ってアルミニウム合金材を作製し、
前記アルミニウム合金材を所望の形状に成形する、輸送機用圧縮機部品の製造方法にある。
【発明の効果】
【0011】
前記輸送機用圧縮機部品(以下、「圧縮機部品」という。)は、前記特定の化学成分および密度を有するアルミニウム合金材から構成されている。化学成分および密度が前記特定の範囲であるアルミニウム合金材は、その作製過程においてアルミニウム合金粒子同士が十分に接合されている。それ故、前記アルミニウム合金材から構成された圧縮機部品は、優れた伸び及び疲労特性を有している。
【0012】
前記圧縮機部品の製造方法において用いられるアルミニウム合金粉末には、Mgが含まれている。アルミニウム合金粉末中のMgは、アルミニウムの酸化物からなる皮膜を破壊する作用を有している。それ故、前記特定の化学成分を有するアルミニウム合金粉末を用いることにより、アルミニウム合金材の製造過程において、アルミニウム合金粉末を構成する個々の粒子同士をより容易に接合することができる。その結果、アルミニウム合金粒子同士が十分に接合されたアルミニウム合金材を容易に得ることができる。そして、かかるアルミニウム合金材を用いて圧縮機部品を作製することにより、優れた伸び及び疲労特性を有する圧縮機部品を容易に得ることができる。
【0013】
以上のように、前記の態様によれば、優れた伸び及び疲労特性を有する輸送機用圧縮機部品及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、実施例における輸送機用圧縮機部品の斜視図である。
【
図2】
図2は、実施例において用いるアルミニウム合金粉末を模式的に示した説明図である。
【
図3】
図3は、実施例及び比較例1におけるS-N曲線を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(輸送機用圧縮機部品)
前記圧縮機部品を構成するアルミニウム合金材の化学成分、金属組織及び機械的特性について説明する。
【0016】
・Fe(鉄):5.0質量%以上9.0質量%以下
前記圧縮機部品を構成するアルミニウム合金材には、5.0質量%以上9.0質量%以下のFeが含まれている。アルミニウム合金材中のFeの含有量を前記特定の範囲とすることにより、アルミニウム合金材内に、高い融点を備え、高温においても安定して存在するAl-Fe系金属間化合物を形成することができる。その結果、例えば200℃以上350℃以下の温度範囲における静的強度やクリープ特性等の、前記圧縮機部品の高温における機械的特性を向上させることができる。
【0017】
アルミニウム合金材中のFeの含有量が5.0質量%未満の場合には、前記圧縮機部品の強度の低下を招くおそれがある。一方、アルミニウム合金材中のFeの含有量が9.0質量%よりも多い場合には、前記圧縮機部品の延性の低下を招くおそれがある。前記圧縮機部品の強度と延性とをバランスよく向上させる観点からは、アルミニウム合金材中のFeの含有量を7.0質量%以上8.0質量%以下とすることが好ましい。
【0018】
・Mg(マグネシウム):0.7質量%以上3.0質量%以下
前記圧縮機部品を構成するアルミニウム合金材には、0.7質量%以上3.0質量%以下のMgが含まれている。アルミニウム合金材中のMgの含有量を前記特定の範囲とすることにより、前記アルミニウム合金材の作製過程において、アルミニウム合金粒子の表面に存在する酸化皮膜を容易に破壊し、アルミニウム合金粒子同士をより容易に接合することができる。その結果、前記圧縮機部品の伸び及び疲労特性を向上させることができる。
【0019】
アルミニウム合金材中のMgの含有量が0.7質量%未満の場合には、アルミニウム合金材中に、アルミニウム合金粒子同士の結合が不十分となる部分が形成されやすい。そのため、この場合には、前記圧縮機部品の伸びの低下や疲労特性の悪化を招くおそれがある。一方、アルミニウム合金材中のMgの含有量が3.0質量%よりも多い場合には、アルミニウム合金材の作製過程において、アルミニウム合金粒子の表面が酸化されやすくなる。そのため、この場合にもアルミニウム合金材中にアルミニウム合金粒子同士の結合が不十分となる部分が形成されやすくなり、圧縮機部品の伸びの低下や疲労特性の低下を招くおそれがある。
【0020】
Mgによる前述した作用効果をより高める観点からは、アルミニウム合金材中のMgの含有量は、0.7質量%以上2.5質量%以下であることが好ましく、0.8質量%以上2.0質量%以下であることがより好ましく、0.9質量%以上1.5質量%以下であることが特に好ましい。
【0021】
・V(バナジウム):0.1質量%以上3.0質量%以下
前記圧縮機部品を構成するアルミニウム合金材には、0.1質量%以上3.0質量%以下のVが含まれている。アルミニウム合金材中のVの含有量を前記特定の範囲とすることにより、アルミニウム合金材内に、Al-Fe系金属間化合物としてのAl-Fe-V-Mo系金属間化合物を形成することができる。その結果、例えば200℃以上350℃以下の温度範囲における静的強度やクリープ特性等の、前記圧縮機部品の高温における機械的特性を向上させることができる。
【0022】
アルミニウム合金材中のVの含有量が0.1質量%未満の場合には、前記圧縮機部品の強度の低下を招くおそれがある。一方、アルミニウム合金材中のVの含有量が3.0質量%よりも多い場合には、前記圧縮機部品の延性の低下を招くおそれがある。前記圧縮機部品の強度と延性とをバランスよく向上させる観点からは、アルミニウム合金材中のVの含有量を1.0質量%以上2.0質量%以下とすることが好ましい。
【0023】
・Mo(モリブデン):0.1質量%以上3.0質量%以下
前記圧縮機部品を構成するアルミニウム合金材には、0.1質量%以上3.0質量%以下のMoが含まれている。アルミニウム合金材中のMoの含有量を前記特定の範囲とすることにより、アルミニウム合金材内に、Al-Fe系金属間化合物としてのAl-Fe-V-Mo系金属間化合物を形成することができる。その結果、例えば200℃以上350℃以下の温度範囲における静的強度やクリープ特性等の、前記圧縮機部品の高温における機械的特性を向上させることができる。
【0024】
アルミニウム合金材中のMoの含有量が0.1質量%未満の場合には、前記圧縮機部品の強度の低下を招くおそれがある。一方、アルミニウム合金材中のMoの含有量が3.0質量%よりも多い場合には、前記圧縮機部品の延性の低下を招くおそれがある。前記圧縮機部品の強度と延性とをバランスよく向上させる観点からは、アルミニウム合金材中のMoの含有量を1.0質量%以上2.0質量%以下とすることが好ましい。
【0025】
・Zr(ジルコニウム):0.1質量%以上2.0質量%以下
前記圧縮機部品を構成するアルミニウム合金材には、0.1質量%以上2.0質量%以下のZrが含まれている。Zrは、アルミニウム合金材内に形成されるAl-Fe系金属間化合物を微細化する作用を有している。また、Zrは、Alマトリクス中でのAlの自己拡散を抑制し、クリープ特性を向上させる作用を有している。アルミニウム合金材中のZrの含有量を前記特定の範囲とすることにより、アルミニウム合金材の内部にAl-Fe系金属間化合物を微細に析出させ、Al-Fe系金属間化合物による析出強化及び分散強化の効果をより高めることができる。また、アルミニウム合金材中のZrの含有量を前記特定の範囲とすることにより、前記圧縮機部品のクリープ特性をより向上させることができる。
【0026】
アルミニウム合金材中のZrの含有量が0.1質量%未満の場合には、析出強化及び分散強化の効果が低下するおそれがある。一方、アルミニウム合金材中のZrの含有量が2.0質量%よりも多い場合には、アルミニウム合金材内にZrを含む粗大な金属間化合物が形成されやすくなり、機械的特性の悪化を招くおそれがある。粗大な金属間化合物の形成を回避しつつZrによる作用効果をより高める観点からは、アルミニウム合金材中のZrの含有量を0.5質量%以上1.5質量%以下とすることが好ましい。
【0027】
・Ti(チタン):0.02質量%以上2.0質量%以下
前記圧縮機部品を構成するアルミニウム合金材には、0.02質量%以上2.0質量%以下のTiが含まれている。Tiは、アルミニウム合金材中にZrとともに存在することにより、Alマトリクス中にL12構造のAl-(Ti,Zr)系金属間化合物を形成することができる。そして、アルミニウム合金材中のTiの含有量を前記特定の範囲とすることにより、Al-(Ti,Zr)系金属間化合物による析出強化及び分散強化の効果を得ることができる。また、Tiは、Alマトリクス中での拡散係数が小さいため、アルミニウム合金材中のTiの含有量を前記特定の範囲とすることにより、圧縮機部品のクリープ特性を向上させることができる。
【0028】
アルミニウム合金材中のTiの含有量が0.02質量%未満の場合には、Al-(Ti,Zr)系金属間化合物による析出強化及び分散強化の効果が低くなるおそれがある。一方、アルミニウム合金材中のTiの含有量が2.0質量%よりも多い場合には、前記圧縮機部品の延性の低下を招くおそれがある。前記圧縮機部品の強度と延性とをバランスよく向上させる観点からは、アルミニウム合金材中のTiの含有量を0.5質量%以上1.0質量%以下とすることが好ましい。
【0029】
・B(ホウ素):0.0001質量%以上0.03質量%以下
前記圧縮機部品を構成するアルミニウム合金材には、任意成分として、B:0.0001質量%以上0.03質量%以下が含まれていてもよい。この場合には、アルミニウム合金材における結晶粒をより微細化することができる。その結果、前記圧縮機部品の機械的特性をより向上させることができる。
【0030】
・金属組織
前記圧縮機部品を構成するアルミニウム合金材は、Al母相中に、第二相粒子としてのAl-Fe系金属間化合物が分散した金属組織を有していてもよい。前述したAl-Fe系金属間化合物とは、Al及びFeを含む金属間化合物をいう。Al-Fe系金属間化合物は、例えば、AlとFeとからなる二元化合物であってもよいし、Al及びFeに加えて、VやMo等の元素を含む三元以上の化合物であってもよい。
【0031】
前記アルミニウム合金材に含まれる前記Al―Fe系金属間化合物の平均円相当径は、0.1μm以上3.0μm以下であることが好ましい。この場合には、Al-Fe系金属間化合物による析出強化及び分散強化の効果をより高めることができる。その結果、前記圧縮機部品の機械的特性をより向上させることができる。圧縮機部品の機械的特性をより向上させる観点からは、Al―Fe系金属間化合物の平均円相当径は、0.3μm以上2.0μm以下であることがより好ましく、0.4μm以上1.5μm以下であることがさらに好ましい。
【0032】
前記アルミニウム合金材に含まれるAl―Fe系金属間化合物の平均円相当径の算出方法は、具体的には以下の通りである。まず、圧縮機部品の中心部から、一辺10mmの立方体状を呈し、6枚の表面のうち一対の表面が押出方向に垂直な面である試料を採取する。断面試料作成装置(例えば、クロスセクションポリッシャ(登録商標))を用いてこの試料の表面を研磨した後、SEM(走査型電子顕微鏡)を用いて試料の表面を観察し、SEM像を取得する。なお、SEM観察における視野面積や観察位置、取得するSEM像の数は特に限定されることはない。
【0033】
その後、SEM像に現れたAl―Fe系金属間化合物のそれぞれについて、SEM像におけるAl―Fe系金属間化合物の面積と等しい面積を有する円の直径を算出し、この値を個々のAl―Fe系金属間化合物の円相当径とする。このようにして得られた個々のAl―Fe系金属間化合物の円相当径の算術平均値を、アルミニウム合金材におけるAl―Fe系金属間化合物の平均円相当径とする。より精確な平均円相当径を算出する観点からは、平均円相当径の算出に用いるAl-Fe系金属間化合物の数を十分に多くすることが好ましい。より具体的には、例えば、10個以上のAl-Fe系金属間化合物の円相当径を算出し、これらの算術平均値をアルミニウム合金材におけるAl―Fe系金属間化合物の平均円相当径とすることが好ましい。
【0034】
前記圧縮機部品は、少なくとも熱間押出が施されたアルミニウム合金材から構成されている。前記圧縮機部品が、熱間押出が施されたアルミニウム合金材から構成されているか否かは、例えば、前記圧縮機部品の種々の断面を観察した際に、押出方向に沿って延在している筋状の模様が存在しているか否かによって判断することができる。
【0035】
また、前記圧縮機部品は、粉末冶金法により作製されたアルミニウム合金材、つまり、前記特定の化学成分を有するアルミニウム合金粉末から作製された圧粉体に熱間加工を施してなるアルミニウム合金材から構成されていることが好ましい。前記圧縮機部品が、粉末冶金法により作製されたアルミニウム合金材から構成されているか否かは、例えば、前記圧縮機部品の種々の断面を観察した際の平均結晶粒径によって判断することができる。より具体的には、前記圧縮機部品の任意の断面における平均結晶粒径が3μm以下である場合には、前記圧縮機部品は、粉末冶金法によって作製されたアルミニウム合金材から構成されていると判断することができる。
【0036】
前記圧縮機部品を構成するアルミニウム合金材の内部には、製造過程において形成された空隙が存在していてもよい。例えば、前記圧縮機部品が粉末冶金法により作製されたアルミニウム合金材から構成されている場合、圧縮機部品の内部には、アルミニウム合金粉末同士の隙間に由来する空隙が存在している。
【0037】
粉末冶金法によるアルミニウム合金材の作製過程では、アルミニウム合金粉末の圧粉体に熱間押出を行う際に、圧粉体が押出方向に引き伸ばされると同時に、径方向、つまり、押出方向に対して直角な方向の寸法が縮小される。圧粉体の内部に存在する空隙は、この熱間押出中のメタルフローにより、押出方向に引き伸ばされると同時に径方向に縮小される。それ故、粉末冶金法により作製されたアルミニウム合金材から構成された圧縮機部品の内部には、押出方向に沿って延在する、細長い形状の空隙が形成されやすい。
【0038】
前記アルミニウム合金材の押出方向に対して平行な断面における空隙の円相当径は、400μm以下であることが好ましく、300μm以下であることがより好ましく、200μm以下であることがさらに好ましい。前記アルミニウム合金材は、押出方向に対して平行な断面における空隙の円相当径を前記特定の範囲とすることにより、押出方向に対して直角な方向における機械的特性を向上させ、押出方向に対して平行な方向における機械的特性との差を小さくすることができる。それ故、かかるアルミニウム合金材を用いて前記圧縮機部品を作製することにより、圧縮機部品の機械的特性を向上させることができる。
【0039】
前述した作用効果が得られる理由としては、例えば、以下の理由が考えられる。圧縮機部品に応力が加わった場合、応力の向きに対して垂直な断面における空隙の断面積が小さいほど、空隙を起点とする亀裂等の発生を抑制することができる。一方、熱間押出が施されたアルミニウム合金材においては、前述したように、熱間押出時のメタルフローにより、内部に存在する空隙が押出方向に引き伸ばされやすい。そのため、押出方向に対して平行な断面における空隙の断面積は、押出方向に対して垂直な断面における空隙の断面積よりも大きくなりやすいと考えられる。
【0040】
これに対し、押出方向に対して平行な断面、つまり、空隙の断面積が最も大きくなるような断面における空隙の円相当径を前記特定の範囲とすることにより、押出方向に平行な断面における亀裂等の発生を効果的に抑制することができる。その結果、圧縮機部品の内部に空隙が存在する場合であっても、押出方向に平行な方向における機械的特性と、押出方向に直角な方向における機械的特性との差を小さくすることができると考えられる。
【0041】
圧縮機部品内に存在する空隙の円相当径の算出方法は、例えば以下の通りである。まず、前述したAl―Fe系金属間化合物の平均円相当径の算出方法と同様の方法により、圧縮機部品から試料を採取する。そして、SEMを用いて試料における押出方向に平行な面を観察し、SEM像を取得する。
【0042】
その後、SEM像に現れた空隙のそれぞれについて、SEM像における空隙の面積と等しい面積を有する円の直径を算出し、この値を個々の空隙の円相当径とする。SEM観察における視野面積や観察位置、取得するSEM像の数は特に限定されることはないが、空隙の円相当径のより精確な最大値を算出する観点からは、SEM像中に現れる空隙の数を十分に多くすることが好ましい。より具体的には、例えば、SEM像の視野面積の合計が1mm2以上となるように、SEM像を取得することが好ましい。
【0043】
前記圧縮機部品を構成するアルミニウム合金材の表面硬さは140HV以上であることが好ましく、150HV以上であることがより好ましい。この場合には、圧縮機部品の耐久性を向上させることができる。なお、前述したアルミニウム合金材の表面硬さは、ビッカース硬度計を用いて圧縮機部品の表面を測定することにより得られるビッカース硬さである。
【0044】
押出方向に対して直角な方向における前記アルミニウム合金材の比疲労強度は、45MPa/(g/cm3)以上であることが好ましく、50MPa/(g/cm3)以上であることがより好ましい。この場合には、前記圧縮機部品の機械的特性をより向上させることができる。なお、前述した比疲労強度は、常温環境下におけるアルミニウム合金材の疲労強度を密度で除した値である。また、アルミニウム合金材の疲労強度の値は、JIS Z2273:1978に準じた方法により引張圧縮疲労試験を行った結果得られる両振り引張圧縮疲れ限度σwの値とする。
【0045】
前述した引張圧縮疲労試験の具体的な試験条件は以下の通りとする。
・繰返し周期:40Hz
・疲労試験中の応力の繰返し数n:1×107回
・試験片形状:長手方向が押出方向に対して直角になるようにして圧縮機部品から採取した、標点間距離7mm、平行部直径4mmのダンベル試験片
【0046】
押出方向に対して直角な方向における前記アルミニウム合金材の伸びは、1%以上であることが好ましく、2%以上であることがより好ましい。この場合には、圧縮機部品の機械的特性をより向上させ、ひいては耐久性をより向上させることができる。なお、前述したアルミニウム合金材の伸びは、常温環境下において、JIS Z2241:2011に規定された方法により引張試験を行った結果得られる引張破断伸びの値とする。
【0047】
前記圧縮機部品は、例えば、ターボチャージャにおける圧縮機のインペラとして構成されていてもよい。前述したように、前記圧縮機部品は、押出方向に直角な方向における機械的特性を向上させ、押出方向に平行な方向における機械的特性と押出方向に平行な方向における機械的特性との差を小さくすることができる。そのため、前記アルミニウム合金材は、インペラ等の、使用中に高速回転によって遠心力が加わる回転体に好適である。
【0048】
(輸送機用圧縮機部品の製造方法)
前記圧縮機部品は、例えば、粉末冶金法によって得られたアルミニウム合金材から作製することができる。例えば、前記圧縮機部品は、
前記化学成分を有するアルミニウム合金粉末を押し固めて圧粉体を作製し、
前記圧粉体に熱間押出を行って押出材を作製し、
前記押出材を所望の形状に成形することにより作製されていてもよい。
【0049】
・圧粉体の作成
前記製造方法においては、まず、前記特定の化学成分を有するアルミニウム合金粉末を押し固めることにより、圧粉体を作製する。圧粉体に用いられるアルミニウム合金粉末の平均粒子径は、30μm以上70μm以下であることが好ましい。
【0050】
アルミニウム合金粉末は、例えば、アトマイズ法などにより作製されていてもよい。アトマイズ法においては、前記化学成分を有するアルミニウム合金の溶湯に窒素ガス等のガスを吹き付け、アルミニウム合金溶湯の微細な液滴を作製しつつ急冷して凝固させることによりアルミニウム合金粉末を得ることができる。液滴の冷却速度は、例えば、102℃/秒以上105℃/秒以下の範囲とすることができる。
【0051】
圧粉体の作製は、具体的には、例えば以下のようにして行うことができる。まず、アルミニウム合金粉末を250℃以上300℃以下の温度に加熱し、230℃以上270℃以下の温度を有する金型に充填する。次いで、金型内のアルミニウム合金粉末に、例えば0.5トン/cm2以上3.0トン/cm2以下(つまり、49MPa以上290MPa以下)の圧力を加えて圧縮することにより、圧粉体を作製する。金型の形状は特に限定されることはないが、押出工程における加工性等の観点から、金型は、円柱状または円盤状の圧粉体を作製可能な形状を有していることが好ましい。また、圧粉体の相対密度は、60%以上90%以下であることが好ましい。
【0052】
・熱間押出
前記圧縮機部品の製造方法においては、アルミニウム合金粉末を押し固めて圧粉体を作製した後、圧粉体に熱間押出を行ってアルミニウム合金材を作製する。熱間押出に供する圧粉体としては、アルミニウム合金粉末を押し固めた圧粉体をそのまま用いてもよいし、アルミニウム合金粉末を押し固めた後、面削等の機械加工が施された圧粉体を用いてもよい。
【0053】
アルミニウム合金材を作製するに当たっては、まず、圧粉体に脱ガス処理を施す。次いで、予め300℃以上450℃以下の温度に加熱した圧粉体を、300℃以上400℃以下の温度を有するコンテナ内に配置する。その後、コンテナ内の圧粉体をラムで加圧し、ダイスから押し出すことによりアルミニウム合金材を得ることができる。押出工程における押出圧力は、例えば、10MPa以上25MPa以下の範囲から適宜設定することができる。また、アルミニウム合金材の形状は、例えば、円柱状とすることができる。
【0054】
・アルミニウム合金材の成形
前述した熱間押出において得られたアルミニウム合金材を所望の形状に成形することにより、圧縮機部品を得ることができる。アルミニウム合金材の加工方法は特に限定されることはなく、所望する圧縮機部品の形状に応じて、旋盤加工、切削加工などの種々の機械加工を採用することができる。
【実施例】
【0055】
(実施例)
前記圧縮機部品及びその製造方法の実施例を以下に説明する。本例の輸送機用圧縮機部品1は、具体的には
図1に示すようなインペラ10である。
【0056】
圧縮機部品1は、熱間押出が施されたアルミニウム合金材から構成されている。圧縮機部品1を構成するアルミニウム合金材は、Fe:5.0質量%以上9.0質量%以下、Mg:0.7質量%以上3.0質量%以下、V:0.1質量%以上3.0質量%以下、Mo:0.1質量%以上3.0質量%以下、Zr:0.1質量%以上2.0質量%以下、Ti:0.02質量%以上2.0質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有している。また、アルミニウム合金材の密度は2.96g/cm3以上である。以下、本例の圧縮機部品1の詳細な構成を、製造方法と共に説明する。
【0057】
本例の圧縮機部品1を構成するアルミニウム合金材は、Fe:8.0質量%、Mg:1.0質量%、V:2.0質量%、Mo:2.0質量%、Zr:1.0質量%及びTi:0.1質量%を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有している。また、アルミニウム合金材の密度は2.96g/cm3である。なお、アルミニウム合金材の密度は、アルキメデス法により得られる値である。
【0058】
圧縮機部品1を作製するに当たっては、まず、前述した化学成分を有し、温度が1000℃であるアルミニウム合金の溶湯を準備する。次いで、このアルミニウム合金溶湯からガスアトマイズ法、つまり、アルミニウム合金溶湯にガスを吹き付け、アルミニウム合金の微細な液滴を形成しつつ急冷して凝固させる方法によってアルミニウム合金粉末を作製する。アルミニウム合金粉末の平均粒子径は、例えば50μmである。
【0059】
このようにして得られたアルミニウム合金粉末は、液滴を凝固する途中や凝固した後に、大気中の酸素等によって酸化される。そのため、アルミニウム合金粉末を構成する個々のアルミニウム合金粒子4は、
図2に示すように、アルミニウム合金からなる合金部41と、アルミニウムの酸化物を含み、合金部41の表面に形成された酸化皮膜42とを有していると考えられる。
【0060】
得られたアルミニウム合金粉末を加熱して温度を280℃とした後、温度280℃の金型内にアルミニウム合金粉末を充填する。そして、金型内のアルミニウム合金粉末を1.5トン/cm2(つまり、145MPa)の圧力で押し固めることにより、直径210mm、長さ250mmの円柱状を呈する圧粉体を作製する。その後、金型から取り出した圧粉体の側周面を面削し、圧粉体の直径を203mmとする。
【0061】
次に、内径83mmのダイスを内径210mmのコンテナに取り付け、コンテナを400℃まで加熱する。その後、予め400℃の温度まで加熱した圧粉体をコンテナ内に配置する。そして、間接押出法によって圧粉体をダイスから押し出すことにより、アルミニウム合金材を得ることができる。
【0062】
圧粉体の作製や熱間押出においては、アルミニウム合金粉末や圧粉体が高温下で圧縮される。アルミニウム合金粒子4の合金部41は、Alよりも酸化されやすいMgを含有している。そのため、アルミニウム合金粉末や圧粉体が高温下で圧縮されると、酸化皮膜42中の酸素原子がMgによって引き抜かれ、酸化皮膜42の還元反応が進行する。その結果、アルミニウム合金粉末の圧縮や熱間押出の際に酸化皮膜42が分解し、合金部41同士の間に接合が形成されやすくなると考えられる。
【0063】
このようにして得られたアルミニウム合金材に旋盤加工及び切削加工を施すことにより、輸送機用圧縮機部品1としてのインペラ10(
図1参照)を得ることができる。本例のインペラ10は、略円錐台状を呈するハブ部2と、ハブ部2における側周面に設けられた複数の翼部3とを有している。ハブ部2は、その回転軸を貫通する貫通孔21を有している。貫通孔21は、圧縮機のシャフト(図示略)を挿入することができるように構成されている。また、インペラ10は、ハブ部2の回転軸がアルミニウム合金材の押出方向と平行になるように作製されている。
【0064】
インペラ10の比耐力、比引張強さ、伸び及び疲労強度特性は、以下の方法により評価することができる。
【0065】
・比耐力、比引張強さ及び伸び
インペラ10のハブ部2から、長手方向がハブ部2の回転軸方向(つまり、アルミニウム合金材の押出方向)に対して直角になるようにして、標点間距離20mm、平行部直径4mmのダンベル状を呈する試験片を採取する。
【0066】
この試験片を用い、25℃の環境下においてJIS Z2241:2011に規定された方法により引張試験を行い、得られた応力-ひずみ曲線に基づいて0.2%耐力、引張強さ及び伸びの値を決定する。そして、0.2%耐力をアルミニウム合金材の密度で除した値を比耐力とし、引張強さをアルミニウム合金材の密度で除した値を比引張強さとする。表1に、引張試験により得られた比耐力、比引張強さ及び伸びの値を示す。なお、表1に示した比耐力、比引張強さ及び伸びの値は、複数個の試験片の測定結果を算術平均した値である。
【0067】
・疲労強度特性
インペラ10のハブ部2から、長手方向がハブ部2の回転軸方向(つまり、アルミニウム合金材の押出方向)に対して直角になるようにして、標点間距離7mm、平行部直径4mmのダンベル状を呈する試験片を採取する。この試験片を用い、JIS Z2273:1978に準じた方法により、200℃の環境下において引張圧縮疲労試験を行った。
【0068】
引張圧縮疲労試験における具体的な試験条件は以下の通りである。
・繰返し周期:40Hz
・応力比R:-1
【0069】
図3に試験片のS-N曲線をそれぞれ示す。なお、
図3の縦軸は比応力振幅σ
a/ρ(単位:MPa/(g/cm
3))であり、横軸は応力の繰り返し数Nである。横軸の目盛は対数目盛である。
【0070】
(比較例1)
本例は、Mgを含まないアルミニウム合金材からなる輸送機用圧縮機部品の例である。本例の圧縮機部品は、アルミニウム合金材がFe:8.0質量%、V:2.0質量%、Mo:2.0質量%、Zr:1.0質量%及びTi:0.1質量%を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有している点、及び、アルミニウム合金材の密度が2.97g/cm3である点を除き、実施例の圧縮機部品と同様の構成を有している。また、本例の圧縮機部品の製造方法は、アルミニウム合金粉末が前述した化学成分を有している点を除き、実施例の圧縮機部品の製造方法と同様である。
【0071】
本例の圧縮機部品としてのインペラの比耐力、比引張強さ、伸び及び疲労強度特性の評価方法は、実施例と同様である。表1に、引張試験により得られる試験片の比耐力、比引張強さ及び伸びの値を示す。また、
図3に試験片のS-N曲線を示す。
【0072】
(比較例2)
本例は、実施例に比べてMgの含有量が少ないアルミニウム合金材からなる輸送機用圧縮機部品の例である。本例の圧縮機部品は、アルミニウム合金材がFe:8.0質量%、Mg:0.5質量%、V:2.0質量%、Mo:2.0質量%、Zr:1.0質量%及びTi:0.1質量%を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有している点を除き、実施例の圧縮機部品と同様の構成を有している。また、本例の圧縮機部品の製造方法は、アルミニウム合金粉末が前述した化学成分を有している点を除き、実施例の圧縮機部品の製造方法と同様である。
【0073】
本例の圧縮機部品としてのインペラの比耐力、比引張強さ及び伸びの評価方法は、実施例と同様である。表1に、引張試験により得られる試験片の比耐力、比引張強さ及び伸びの値を示す。なお、本例の圧縮機部品については、疲労特性の評価を行っていない。
【0074】
【0075】
表1において実施例と比較例1及び比較例2とを比較すると、実施例の圧縮機部品は比較例1及び比較例2の圧縮機部品に比べて押出方向に対して直角な方向における伸びが大きいことが理解できる。また、
図3に示すように、実施例の圧縮機部品は、比較例1の圧縮機部品に比べて、同一の比応力を印加した場合の破断までの繰り返し数が多く、疲労特性に優れていることが理解できる。
【0076】
これらの結果から、前記特定の範囲の化学成分および密度を備えたアルミニウム合金材からなる輸送機用圧縮機部品は、優れた伸び及び疲労特性を有していることが理解できる。
【0077】
本発明に係る輸送機用圧縮機部品及びその製造方法の具体的な態様は、前述した実施例に記載した態様に限定されるものではなく、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜構成を変更することができる。例えば、前述した実施例においては、圧縮機部品としてのインペラ10の例を示したが、圧縮機部品は、インペラ以外であってもよい。
【符号の説明】
【0078】
1 輸送機用圧縮機部品
10 インペラ
2 ハブ部
21 貫通孔
3 翼部