(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-01
(45)【発行日】2024-07-09
(54)【発明の名称】無機構造体、電気化学デバイス及び無機構造体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C25B 11/097 20210101AFI20240702BHJP
B01J 23/46 20060101ALI20240702BHJP
B01J 37/02 20060101ALI20240702BHJP
C01G 55/00 20060101ALI20240702BHJP
C25B 1/04 20210101ALI20240702BHJP
C25B 9/00 20210101ALI20240702BHJP
C25B 11/031 20210101ALI20240702BHJP
D06M 11/49 20060101ALI20240702BHJP
【FI】
C25B11/097
B01J23/46 301M
B01J37/02 301P
C01G55/00
C25B1/04
C25B9/00 A
C25B11/031
D06M11/49
(21)【出願番号】P 2022009238
(22)【出願日】2022-01-25
【審査請求日】2023-02-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000017
【氏名又は名称】弁理士法人アイテック国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】東 相吾
(72)【発明者】
【氏名】荒川 理恵
【審査官】隅川 佳星
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-273791(JP,A)
【文献】特表2007-514520(JP,A)
【文献】特表2016-503723(JP,A)
【文献】特開2020-153000(JP,A)
【文献】特開2021-072268(JP,A)
【文献】特開2021-143442(JP,A)
【文献】特表2021-507998(JP,A)
【文献】特表2022-501511(JP,A)
【文献】国際公開第2019/049996(WO,A1)
【文献】S. Siracusano, N. Van Dijik, E. Payne-Johnson, V. Baglio, A.S. Arico,Nanosized IrOx and IrRuOx electrocatalysts for the O2 evolution reaction in PEM water electrolysers,Applied Catalysis B: Environmental,2015年,Vol. 164,p. 488-495,http://dx.doi.org/10.1016/j.apcatb.2014.09.005
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00 - 38/74
C25B 1/00 - 15/08
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水を電気分解する電気化学デバイスに用いられる無機構造体であって、
Ir及びRuを含みナノワイヤーが3次元的に連結した柔軟性を有する自立構造体であ
り、
Irの単位面積あたりの質量I(μg/cm
2
)に対するRuの単位面積あたりの質量R(μg/cm
2
)の比R/Iが0.75以上2.5以下の範囲であり、
半チューブ型の不織布構造体である、無機構造体。
【請求項2】
Irを25μg/cm
2以上300μg/cm
2以下の範囲で含み、Ruを25μg/cm
2以上300μg/cm
2以下の範囲で含む、請求項1に記載の無機構造体。
【請求項3】
水を電気分解する電気化学デバイスであって、
請求項1
又は2に記載の無機構造体である酸素生成触媒、
を備えた電気化学デバイス。
【請求項4】
水を電気分解する電気化学デバイスに用いられる無機構造体の製造方法であって、
溶媒に溶解可能なポリマーを含む不織布構造を有する基材表面にIr原料とRu原料とを用いて物理蒸着し、Ir及びRuを含みナノワイヤーが3次元的に連結した柔軟性を有する自立構造体を形成する形成工程と、
前記基材の全部又は一部を溶媒に溶解させて除去し無機構造体を得る除去工程と
、を含
み、
前記形成工程では、Ir原料としてのIr酸化物のターゲットとRu原料としてのRu酸化物のターゲットとを用い、共スパッタ処理を行う、無機構造体の製造方法。
【請求項5】
前記形成工程では、Irを25~300μg/cm
2の範囲で含み、Ruを25~300μg/cm
2の範囲で含む前記自立構造体を形成する、請求項
4に記載の無機構造体の製造方法。
【請求項6】
前記形成工程では、Irの単位面積あたりの質量Iに対するRuの単位面積あたりの質量Rの比R/Iが0.75以上2.5以下の範囲で含む前記自立構造体を形成する、請求項
4又は
5に記載の無機構造体の製造方法。
【請求項7】
前記形成工程では、前記基材の片面側から
前記Ir原料と前記Ru原料とを物理蒸着させ、半チューブ型のナノワイヤーが3次元的に連結した柔軟性を有する不織布構造体を前記自立構造体として形成する、請求項
4~
6のいずれか1項に記載の無機構造体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書では、無機構造体、電気化学デバイス及び無機構造体の製造方法を開示する。
【背景技術】
【0002】
従来、無機構造体としては、無機構造体は、金属及び/又は無機材料を含む繊維体及び/又はシェルが3次元的に連結しており、基材としての不織布や多孔膜に基づく自立構造を有しているものが提案されている(例えば、特許文献1参照)。この無機構造体は、例えば、ポリマーからなる基材表面に金属を物理蒸着し、基材表面に多数のナノ粒子の核を生成させ、その結果、繊維体が形成されたものであり、基材を除去しても自立構造は維持される。この無機構造体は、例えば、触媒層に適用すると、触媒金属の利用率を向上することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、触媒としては、水の電気分解を行う酸素生成触媒などが挙げられるが、特許文献1では、触媒金属の利用率の向上を図ることができるが、まだ十分でなく、例えば、触媒の継続使用における性能低下をより抑制することが求められていた。
【0005】
本開示は、このような課題に鑑みなされたものであり、性能低下をより抑制することができる新規な無機構造体、電気化学デバイス及び無機構造体の製造方法を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述した目的を達成するために鋭意研究したところ、本発明者らは、Ru及びIrを含む自立構造体を形成すると、性能低下をより抑制することができる新規な無機構造体が得られることを見出し、本開示の無機構造体、電気化学デバイス及び無機構造体の製造方法を完成するに至った。
【0007】
即ち、本開示の無機構造体は、水を電気分解する電気化学デバイスに用いられる無機構造体であって、Ir及びRuを含みナノワイヤーが3次元的に連結した柔軟性を有する自立構造体であるものである。
【0008】
本開示の電気化学デバイスは、上述の無機構造体である酸素生成触媒を備えたものである。
【0009】
本開示の無機構造体の製造方法は、
水を電気分解する電気化学デバイスに用いられる無機構造体の製造方法であって、
溶媒に溶解可能なポリマーを含む不織布構造を有する基材表面にIr原料とRu原料とを用いて物理蒸着し、Ir及びRuを含みナノワイヤーが3次元的に連結した柔軟性を有する自立構造体を形成する形成工程と、
前記基材の全部又は一部を溶媒に溶解させて除去し無機構造体を得る除去工程と、
を含むものである。
【発明の効果】
【0010】
本開示では、性能低下をより抑制することができる新規な無機構造体、電気化学デバイス及び無機構造体の製造方法を提供することができる。このような効果が得られる理由は以下のように推察される。例えば、Ir及びRuを含みナノワイヤーが3次元的に連結した柔軟性を有する自立構造体では、ナノ粒子により触媒反応をより促進することが考えられる。また、例えば、Ru単独の無機構造体では、Ruがイオン化して溶出する問題が生じうるが、周囲により安定なIrが存在することで、結合をつくりイオン化されにくくなるものと推察される。また、溶出したRuのIrへの再吸着によるトラップ効果により、Ruの溶出が抑制されるものとも考えられる。その結果、性能低下をより抑制することができ、高効率での水電解が可能となるものと推察される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】無機構造体20の構成の概略の一例を示す説明図。
【
図2】本開示の無機構造体(不織布構造)の製造方法の模式図。
【
図3】IrO
2ナノワイヤー不織布(参考例1)の作製手順を示す説明図。
【
図5】水電解試験に用いる電解セル30の一例を示す説明図。
【
図6】実施例1及び比較例1の経過時間に対するセル電圧の関係図。
【
図7】実施例2及び比較例2の経過時間に対するセル電圧の関係図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[無機構造体]
本開示の無機構造体は、水を電気分解する電気化学デバイスに用いられるものである。この無機構造体は、Ir及びRuを含みナノワイヤーが3次元的に連結した柔軟性を有する自立構造体である。また、この無機構造体は、半チューブ型の不織布構造体であるものとしてもよい。また、この無機構造体は、Ir及びRuを含むナノ粒子の凝集体が3次元的に連結している自立構造を有するものとしてもよい。ここで、「自立構造」とは、ハンドリングが可能な程度の強度を持つ構造をいうものとする。また、「不織布構造体」とは、基材としての不織布と近似した構造を有するものとする。また、「ナノ粒子」とは、粒径が1nm以上10nm以下である粒子をいう。ナノ粒子は、結晶質であってもよく、あるいは、非晶質であってもよい。
【0013】
この無機構造体は、Irを25μg/cm2以上300μg/cm2以下の範囲で含み、Ruを25μg/cm2以上300μg/cm2以下の範囲で含むものとしてもよい。この範囲では、例えば、高効率での水電解が可能であり、好ましい。ここで、Irは、50μg/cm2以上としてもよいし、100μg/cm2以上としてもよい。また、Irは、250μg/cm2以下としてもよいし、200μg/cm2以下としてもよい。また、Ruは、50μg/cm2以上としてもよいし、100μg/cm2以上としてもよい。また、Ruは、250μg/cm2以下としてもよいし、200μg/cm2以下としてもよい。IrやRuの単位面積あたりの量は、無機構造体を利用する電気化学デバイスの仕様や規模に応じて適宜選択すればよい。
【0014】
また、無機構造体は、Irの単位面積あたりの質量I(μg/cm2)に対するRuの単位面積あたりの質量R(μg/cm2)の比R/Iが0.75以上2.5以下の範囲であることが好ましい。この範囲では、例えば、水電解の性能低下をより抑制することができ、好ましい。この質量比R/Iは、1以上がより好ましく、2以下がより好ましい。質量比R/Iが1以上では、Ruの溶出をより抑制でき好ましい。また、質量比R/Iが2以下では、相対的にRuが多く、高効率での水電解が可能であり、好ましい。
【0015】
この無機構造体は、IrO2とRuO2とが共スパッタされて形成されているものとしてもよい。共スパッタによれば、比較的簡便な処理で、より均一に2元素を含む無機多孔体を作製することができる。この無機構造体は、ポリマーを含む基材表面にIr及びRuを形成することにより作製されるものとしてもよい。この無機構造体では、基材の表面形状に倣うように、繊維体が形成される。また、無機構造体は、基材表面にIr及びRuを物理蒸着させることにより形成されるものとしてもよい。この無機構造体は、表面に直径が3nm以上10nm以下のIr及びRuの突起構造を備えているものとしてもよい。例えば、ポリマーの基材表面にIrやRuを物理蒸着すると、基材表面に多数のナノ粒子の核が生成し、粒成長する。物理蒸着をさらに続行すると、繊維体の表面において、さらにナノ粒子の核生成及び粒成長が繰り返される。その結果、繊維体の表面にナノ粒子からなる突起構造が形成される。
【0016】
この無機構造体は、その少なくとも一部を支持する支持部をさらに備えていてもよい。支持部は、例えば、導電性を有する集電体としてもよい。この支持部は、水電解の原料である水や生成物である酸素を透過できるものが好ましい。また、支持部は基材の一部であるものとしてもよい。この無機構造体において、ポリマーからなる基材表面にIr及びRuを形成させたあと、通常、基材は完全に除去される。一方、繊維体の一部を支持する基材を部分的に残してもよい。但し、必要以上に基材が残存していると、基材/ナノ粒子の界面が相対的に多量に残存し、ナノ粒子の利用率が低下する場合がある。高い利用率を得るためには、基材残存率は、より低いことが好ましく、20質量%以下が好ましく、10質量%以下がより好ましく、5質量%以下が更に好ましい。
【0017】
図1は、無機構造体20の構成の概略の一例を示す説明図である。この無機構造体20は、繊維体21が3次元的に連結している自立構造を備えている。この繊維体21には、基材の繊維が除去されたあとの基材空間22が形成されている。また、繊維体21を拡大すると、その表面に直径が3nm以上10nm以下の突起構造23が形成されている。この繊維体21や突起構造23は、貴金属、典型金属及び遷移金属のうち少なくとも1以上を含むナノ粒子24の凝集体により構成されている。このような構造を有する無機構造体20では、柔軟性を有し、取り扱いしやすく、更に表面積が大きくナノ粒子の利用率をより高めることができる。
【0018】
繊維体21の平均直径は、例えば、10nm以上であることが好ましく、50nm以上であることがより好ましく、100nm以上であるものとしてもよい。この繊維体21の平均直径は、例えば、200nm以下であることが好ましく、150nm以下であることがより好ましく、100nm以下であるものとしてもよい。このとき、基材空間22の直径、即ち、基材繊維の平均直径は、例えば、5nm以上であることが好ましく、40nm以上であることがより好ましく、80nm以上であるものとしてもよい。この基材空間22の平均直径は、例えば、180nm以下であることが好ましく、120nm以下であることがより好ましく、80nm以下であるものとしてもよい。あるいは、繊維体21の平均直径は、例えば、200nm以上であることが好ましく、300nm以上であることがより好ましく、500nm以上であるものとしてもよい。この繊維体21の平均直径は、例えば、800nm以下であることが好ましく、600nm以下であることがより好ましく、500nm以下であるものとしてもよい。このとき、基材空間22の平均直径は、例えば、180nm以上であることが好ましく、280nm以上であることがより好ましく、480nm以上であるものとしてもよい。この基材空間22の平均直径は、例えば、780nm以下であることが好ましく、580nm以下であることがより好ましく、480nm以下であるものとしてもよい。基材繊維の平均直径は、繊維体21の平均直径を決定する主因子であり、より細ければ無機構造体20の表面積を増加することができる。基材繊維の平均直径や繊維体21の平均直径は、使用する用途に応じて適宜選択することができる。例えば、触媒として利用する場合はより質量を減らすべく、より薄くより細いものが好ましく、電池材料として利用する場合は、より厚くより太いものが好ましい。繊維体21を構成するナノ粒子24の大きさが3nm~4nmとすると、繊維体21は、基材繊維(基材空間22)に対して6nm以上を加えた平均直径とすることができる。なお、繊維体の断面が三日月形状など、一部欠けた形状である場合、繊維体の直径は、欠けた部分を含めて円形状にした疑似円の直径をいうものとする(
図1の直径D参照)。この平均直径は、SEMで所定視野(例えば5視野)観察し、各繊維の直径を求め、その平均値から求めるものとする。
【0019】
[電気化学デバイス]
本開示の電気化学デバイスは、上述した無機構造体である酸素生成触媒を備え、水を電気分解するものである。例えば、上記無機構造体を水電解装置のような電気化学デバイスの触媒層に使用する場合、集電体やセル構成は一般的なものを用いることができる。この場合、イオン伝導媒体の表面に無機構造体を転写してもよく、あるいは、金属多孔体などからなるガス拡散層の表面に転写してもよい。この無機構造体では、平均径が200nm以上であることが好ましく、300nm以上であることがより好ましく、400nm以上であることが更に好ましい。また、この平均径は、800nm以下であることが好ましく、700nm以下であることがより好ましく、600nm以下であることが更に好ましい。平均径が200nm以上800nm以下の範囲では、水電解の電位をより低減することができ好ましい。この電気化学デバイスは、無機構造体を配設した作用極と、作用極に対向する対極と、水溶液を収容する収容部とを備えるものとしてもよい。収容部は、水を収容するものとしてもよい。また、この電気化学デバイスは、作用極と対極との間にイオン伝導媒体を有するものとしてもよい。このイオン伝導媒体は、絶縁部材であり、プロトン伝導体としてもよい。ナノ構造布である無機構造体では、作用極への取り付け、取り外しが容易であり、取り扱いやすく好ましい。
【0020】
[無機構造体の製造方法]
本開示の無機構造体の製造方法は、基材表面にIr及びRuの自立構造を形成する形成工程と、基材の全部又は一部を除去する除去工程と、を含む。この製造方法は、水を電気分解する電気化学デバイスに用いられる無機構造体の製造方法としてもよい。
【0021】
[形成工程]
この工程では、溶媒に溶解可能なポリマーを含む不織布構造を有する基材表面にIr原料とRu原料とをターゲットとして物理蒸着し、Ir及びRuを含みナノワイヤーが3次元的に連結した柔軟性を有する自立構造体を形成する。Ir原料としては、例えば、Ir金属やIrO2などが挙げられる。また、Ru原料としては、例えば、Ru金属やRuO2などが挙げられる。スパッタを行い基材上へ形成するIr及びRuの量は、上述した無機構造体で説明した範囲をすることができる。例えば、形成工程では、Irを25~300μg/cm2の範囲で含み、Ruを25~300μg/cm2の範囲で含む自立構造体を形成するものとしてもよい。また、形成工程では、Irの単位面積あたりの質量Iに対するRuの単位面積あたりの質量Rの比R/Iが0.75以上2.5以下の範囲で含む自立構造体を形成するものとしてもよい。
【0022】
基材には、ポリマーが用いられる。基材としてポリマーを用いると、自立構造体の形成時に基材表面において、ナノ粒子の核生成及び粒成長が比較的容易に進行する。基材に用いられるポリマーの組成は、特に限定されない。但し、基材の除去を容易化するためには、基材は、溶媒可溶性のポリマーが好ましい。溶媒可溶性のポリマーとしては、例えば、ポリエーテルスルホン(PES)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリビニルピロリドン(PVP)、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリエステル、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリアクリロニトリル(PAN)、ポリエチレンオキシド(PEO)、ポリアクリレート、ポリプロピレンオキシドなどが挙げられる。基材の構造は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な構造を選択することができる。本開示の無機構造体は、基材の表面形状が転写された構造を持つ。そのため、ナノサイズの構造を有するポリマーを基材に用いると、ナノサイズの構造を有する自立膜を製造することができる。基材としては、例えば、エレクトロスピニングなどにより作製したナノワイヤー不織布などが挙げられる。基材に用いるポリマー製の不織布は、電界紡糸により作製することができる。この基材不織布の繊維径は、例えば、上述した基材空間の直径の範囲とすることができる。基材不織布の繊維径は、例えば、電界紡糸に用いる溶液のポリマー濃度、電場、溶液の供給速度などにより調節することができる。
【0023】
この工程において、Ir及びRuの形成方法は、特に限定されないが、物理蒸着としてもよい。物理蒸着法としては、例えば、スパッタリング法、パルスレーザーデポジション(PLD)法などがある。基材表面にIr及びRuの物理蒸着を行う場合、物理蒸着は基材の両面から行ってもよいが、片面から行うことが好ましい。例えば、基材としてポリマー製のナノワイヤー不織布を用いる場合において、ナノワイヤー不織布の片面のみから物理蒸着を行うと、半チューブ型のナノワイヤーからなる不織布構造が得られる。半チューブ型のナノワイヤーは、チューブ型のナノワイヤー又はロッド型のナノワイヤーに比べて比表面積が大きい。このため、例えば、これを電気化学デバイスの酸素生成触媒に適用した場合には、Ir及びRuの利用率を高めることができる。また、半チューブ型のナノワイヤーでは、基材の除去がより容易であり好ましい。この工程では、Ir原料のターゲットとRu原料のターゲットとを用い、共スパッタ処理を行うことが好ましい。物理蒸着の条件は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な条件を選択することができる。一般に、蒸着時間が長くなるほど、繊維体の厚さを厚くすることができる。また、物理蒸着法は、蒸着量を原子レベルで制御可能である。そのため、蒸着条件を最適化すると、構造体の表面に直径が3nm以上10nm以下である突起構造を形成することもできる。
【0024】
水電解に用いる無機構造体では、基材に用いる繊維体の平均径は、200nm以上とすることが好ましく、300nm以上とすることがより好ましく、400nm以上とすることが更に好ましい。また、繊維体の平均径を800nm以下とすることが好ましく、700nm以下とすることがより好ましく、600nm以下とすることが更に好ましい。平均径が200nm以上800nm以下の範囲では、水電解の電位をより低減することができ好ましい。
【0025】
[除去工程]
この工程では、基材表面にIr及びRuを形成したあと、基材の全部又は一部を除去する処理を行う。基材は、その全部を除去してもよく、あるいは、一部を除去してもよい。基材/ナノ粒子界面の量を低減するためには、基材の全部を除去するのが好ましい。基材の除去方法は、特に限定されるものではなく、基材の種類に応じて最適な方法を選択することができる。例えば、基材として溶媒可溶性のポリマーを用いた場合、溶媒を用いて基材を除去するのが好ましい。各種ポリマーを溶解可能な溶媒としては、例えば、ジメチルホルムアミド(DMF)、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、NaBH4溶液(溶媒:水とエタノールの1対1混合液)、クロロホルム、アセトン、メタノール、エタノール等のアルコール類、水、2-メチルテトラヒドロフラン、ジオキサン、ジメチルスルホキシド、スルホラン、ニトロメタンなどが挙げられる。
【0026】
図2は、本開示の無機構造体(不織布構造)の製造方法の模式図であり、
図2Aが直径100~200nmであるPVPナノワイヤーからなる不織布の模式図である。このような不織布を基材として用い、例えば、触媒として機能する金属又は無機材料(以下、「触媒材料」ともいう)を基材表面に物理蒸着させると、
図2Bに示すように、基材の表面に触媒材料からなるシェルが形成された複合体が得られる。さらに、得られた複合体からPVPナノワイヤーを除去すると、
図2Cに示すように、実質的に触媒材料のみからなるナノワイヤーが3次元的に連結している不織布(ピュアな触媒不織布)が得られる。この時、物理蒸着の条件を最適化すると数ナノサイズの突起がナノワイヤー表面に形成される。
【0027】
ポリマーからなる基材表面にIr及びRuを物理蒸着すると、基材表面に多数のナノ粒子の核が生成し、粒成長する。その結果、基材表面に、ナノ粒子の凝集体からなる繊維体が形成される。物理蒸着をさらに続行すると、繊維体の表面において、さらにナノ粒子の核生成及び粒成長が繰り返される。その結果、繊維体の表面に、直径が1~10nmであるナノ粒子からなる突起構造が形成される。得られた繊維体は、3次元的に連結しているため、基材を除去しても自立構造は維持される。このようにして得られた無機構造体は、実質的に基材/ナノ粒子界面が存在しない。そのため、これを例えば水電解の酸素生成触媒に適用すると、触媒金属の利用率が向上する。また、ナノ粒子の回収、洗浄、及び乾燥の工程が不要であり、またナノ粒子を液相合成する場合のようなナノ粒子を安全に取り扱う設備が不要であるので、従来の方法に比べて容易に作製することができる。
【0028】
従来のナノ触媒材料はナノ粒子と支持体との界面が存在しており、界面近傍に存在するナノ粒子は触媒反応に寄与しない。これに対し、本開示の無機構造体は、支持体がなくともそれ自体で自立しているため、ナノ粒子と支持体との界面が存在しない。このため、これを触媒として用いると、反応面積のロスが少ない。また、細孔の曲率半径が20~200nmのポリマーメンブレーン、又は、直径が20~200nmのナノワイヤーを鋳型として使用することで、このような構造が転写された無機構造体を得ることができる。また、スパッタなどの物理成膜プロセスは、蒸着量を原子レベルで制御可能であることから、最表面に直径3~10nm程度の突起構造を形成することもできる。更に、得られた無機構造体は均質性が高く、その製造プロセスもインクプロセスに比べて非常に簡便である。また、基材を除去することによって、得られた無機構造体は、高い比表面積、すなわち高い反応面積を有する表面を提供できる。
【0029】
以上詳述したように、本開示では、性能低下をより抑制することができる新規な無機構造体、電気化学デバイス及び無機構造体の製造方法を提供することができる。このような効果が得られる理由は以下のように推察される。例えば、Ir及びRuを含みナノワイヤーが3次元的に連結した柔軟性を有する自立構造体では、ナノ粒子により触媒反応をより促進するものと推察される。また、例えば、Ru単独の無機構造体では、Ru金属は、酸素生成触媒活性が高い一方で、PEM型水電解セルでの動作中に水に溶出して性能を維持できないという問題があった。本開示の無機構造体では、RuとIrとを共スパッタなどの方法で合金化することによって、周囲により安定なIrが存在することで、結合をつくりRuがイオン化されにくくなるものと推察される。また、溶出したRuのIrへの再吸着によるトラップ効果により、溶出が抑制されるものとも考えられる。その結果、性能低下をより抑制することができ、高効率での水電解が可能となるものと推察される。
【0030】
なお、本開示は上述した実施形態に何ら限定されることはなく、本開示の技術的範囲に属する限り種々の態様で実施し得ることはいうまでもない。
【実施例】
【0031】
以下には自立構造を有する無機構造体を具体的に作製した例を実施例として説明する。
【0032】
[無機構造体の作製]
[参考例1]
図3は、IrO
2ナノワイヤー不織布(参考例1)の作製手順を示す説明図である。まず、PVPの8質量%メタノール溶液を1kV/cmで電界紡糸することで、直径が100~200nmのPVPポリマーナノワイヤーからなる不織布を作製した。
図3Aは、作製したPVPナノワイヤー不織布の写真である。次に、このPVPナノワイヤー不織布の表面に、スパッタ法を用いてIrO
2膜を形成した。IrO
2膜は、酸素5%-アルゴン95%雰囲気下において、Irをスパッタすることにより形成した。
図3Bは、IrO
2をスパッタしたPVPナノワイヤー不織布の写真である。また、
図3C及び
図3Dは、それぞれ、IrO
2膜を形成したPVPナノワイヤーのSEM写真及び模式図である。
【0033】
次に、得られた不織布を0.5MのNaBH
4溶液(溶媒:水とエタノールの1対1混合液)に入れ、80℃で30分間攪拌することでPVPを除去し、IrO
2ナノワイヤー不織布を得た。
図3Eは、脱PVP処理のための攪拌過程を撮影した写真である。
図3Fは、脱PVP処理後のIrO
2ナノワイヤー不織布を水溶液に浮かべた様子を撮影した写真である。
図3Gは、脱PVP処理後のIrO
2ナノワイヤーの模式図である。脱PVP処理後、Ti板を用いてIrO
2ナノワイヤー不織布を水面からすくい上げた。
図3Hは、このようにして得られたIrO
2/Ti板の写真である。
【0034】
[評価]
作製した参考例1の無機構造体に対して、走査型電子顕微鏡(SEM,HITACHI社製FE5500)を用いて微細構造の観察を行った。
図4は、参考例1の観察結果であり、
図4AがIrO
2ナノワイヤー不織布(参考例1)の低倍率SEM像、
図4Bが参考例1のスパッタ面及のSEM像であり、
図4Cがスパッタ面の裏面のSEM像、
図4Dが断面のSEM像を示す。また、
図4Eが参考例1の低倍率STEM像であり、
図4Fが参考例1の高倍率STEM像(拡大図)である。
図4A~
図4Dより、以下のことがわかった。上記作製方法によれば、ポリマーからなるメンブレーンフィルタの細孔構造がそのまま転写され、柔軟性があるIrO
2ナノワイヤーからなる自立構造を有する無機構造体が得られた。参考例1では、ポリマー不織布の一方の面からIrO
2をスパッタしていることから、IrO
2ナノワイヤーは、半チューブ状となっていた(
図4C、D参照)。また、このIrO
2ナノワイヤー不織布構造は、直径が3~10nmのIrO
2ナノ粒子の凝集体からなることがわかった(
図4E、F参照)。
【0035】
[酸素生成触媒としての無機構造体の作製]
小型電界紡糸装置を用いてポリマー製不織布を作製し、小型卓上スパッタ装置(HITACHI社製MC1000イオンスパッタ装置)を用いてこのポリマー製不織布の表面に金属の自立構造を形成したのち、ポリマー製不織布を除去し、無機構造体を得た。スパッタには、RuO2単体のターゲット、又はIrO2単体のターゲット、あるいはRuO2及びIrO2のターゲットを用い、無機構造体を得た。テンプレートとして用いた直径100~200nmのポリビニルピロリドン(PVP)ナノファイバー不織布は、PVPの10質量%メタノール溶液を1kV/cmの電場及び1mL/hの液供給速度で電界紡糸することで作製した。この表面に上記金属ターゲットでスパッタ蒸着したのち、鋳型として用いたPVPナノファイバー不織布を、0.5MのNaBH4溶液(溶媒:水とエタノールの1対1混合液)の中で30分撹拌することで除去した。なお、スパッタは、不活性雰囲気(Arガス)中で行った。蒸着レートを水晶振動子で見積もり、スパッタ時間と蒸着レートとの積から、無機構造体の単位面積あたりのIr量及びRu量を求めた。
【0036】
(比較例1)
200μg/cm2のRuを含むRuO2不織布触媒をパーフルオロアルキルスルホン酸系ポリマー膜(Nafion212;登録商標)の片側に設置し、また反対側の面にPt不織布を設置して120℃で30MPa(約306kgf/cm2)で5分間プレスして転写して作製したCCM(Catalyst Coated Membrane:触媒コート膜)を用いた水電解セルを作製し、性能評価を行った。
【0037】
(実施例1)
200μg/cm2のRuと100μg/cm2のIrとを含むIrRuO2不織布触媒をパーフルオロアルキルスルホン酸系ポリマー膜の片側に設置し、また反対側の面にPt不織布(300μg/cm2)を設置して120℃で30MPaで5分間プレスして転写して作製したCCMを用いた水電解セルを作製し、性能評価を行った。
【0038】
(比較例2)
50μg/cm2のIrを含むIrO2不織布触媒をパーフルオロアルキルスルホン酸系ポリマー膜の片側に設置し、また反対側の面にPt不織布(300μg/cm2)を設置して120℃で30MPaで5分間プレスして転写して作製したCCMを用いた水電解セルを作製し、性能評価を行った。
【0039】
(実施例2)
50μg/cm2のRuと100μg/cm2のIrとを含むIrRuO2不織布触媒をパーフルオロアルキルスルホン酸系ポリマー膜の片側に設置し、また反対側の面にPt不織布(300μg/cm2)を設置して120℃で30MPaで5分間プレスして転写して作製したCCMを用いた水電解セルを作製し、性能評価を行った。
【0040】
(評価)
図6に示す電気化学デバイスとしての電解セルを用いて水電解試験を行った。電解セル30は、作用極31と、集電体32と、対極33と、集電体34と、イオン伝導媒体35と、セルを収容する収容部36とを備えている。また、作用極31側の収容部36には、水を導入する導入管41と、生成した酸素を排出する排出管42とが配設されている。また、対極33側の収容部36には、生成した水素を排出する排出管43が配設されている。作用極31は、上述したRu及びIrを含有する無機構造体を含む。対極33は、化学的に安定なPt又はAuの無機構造体を含む。集電体32,34は、通気性及び導電性を有する部材を用いることができ、例えば、カーボンペーパーなどを用いることができる。イオン伝導媒体は、例えば、プロトン伝導膜などを用いることができる。上記作製した不織布触媒をそれぞれ用い、触媒面積を0.2cm
2又は1cm
2とし、水電解セルを80℃に保持し、水を0.2mL/分の供給速度で供給し、1Acm
2の電流を印可して200時間の水電解処理を継続し、そのときのセル電圧を測定した。
【0041】
(結果と考察)
図6は、実施例1及び比較例1の経過時間に対するセル電圧の関係図である。
図7は、実施例2及び比較例2の経過時間に対するセル電圧の関係図である。
図6に示すように、比較例1のRuO
2不織布触媒が1Acm
2の電流を印可して8時間経過後に電圧が上昇してしまったのに対し、実施例1の共蒸着したIrRuO
2不織布触媒では、性能を維持した。また、
図7に示すように、比較例2のIrO
2不織布触媒が1Acm
2の電流を印可して水の電気分解を行うと、300μV/hの傾きで電圧が上昇してしまったのに対し、実施例2の共蒸着したIrRuO
2不織布触媒では、電圧上昇が10μV/hの傾きに抑制されることがわかった。
【0042】
図6、7に示すように、IrO
2とRuO
2とが共スパッタされ半チューブ型の不織布構造体で形成された無機構造体では、高度な水電解処理を実行でき、性能低下が抑制されることがわかった。また、無機構造体は、例えば、Irを25~300μg/cm
2の範囲で含み、Ruを25~300μg/cm
2の範囲で含むものが良好であると推察された、更に、無機構造体は、例えば、IrO
2の単位面積あたりの質量Iに対するRuO
2の単位面積あたりの質量Rの比R/Iが0.75以上2.5以下の範囲であることが良好であると推察された。
【0043】
以上、本開示の実施例について詳細に説明したが、本発明は上記実施例に何ら限定されるものではなく、本開示の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本開示の無機構造体、電気化学デバイス及び無機構造体の製造方法は、各種デバイスの触媒層やフィルタ、導電部材として用いることができる。
【符号の説明】
【0045】
20 無機構造体、21 繊維体、22 基材空間、23 突起構造、24 ナノ粒子、30 電解セル、31 作用極、32 集電体、33 対極、34 集電体、35 イオン伝導媒体、36 収容部、41 導入管、42 排出管、43 排出管。