(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-01
(45)【発行日】2024-07-09
(54)【発明の名称】質量分析方法及び質量分析装置
(51)【国際特許分類】
H01J 49/16 20060101AFI20240702BHJP
H01J 49/02 20060101ALI20240702BHJP
H01J 49/00 20060101ALI20240702BHJP
【FI】
H01J49/16 500
H01J49/02 200
H01J49/00 310
(21)【出願番号】P 2023549269
(86)(22)【出願日】2021-09-24
(86)【国際出願番号】 JP2021035161
(87)【国際公開番号】W WO2023047546
(87)【国際公開日】2023-03-30
【審査請求日】2023-11-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】磯 圭祐
(72)【発明者】
【氏名】福井 航
(72)【発明者】
【氏名】小寺澤 功明
(72)【発明者】
【氏名】向畑 和男
【審査官】右▲高▼ 孝幸
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2020/0203141(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料液体を噴霧するノズルとイオン化電極とを有し、大気圧イオン化法によって前記試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記ノズルからの噴霧流に向けて、該噴霧流の進行方向前方又は側方から乾燥ガスを吹き付ける乾燥ガス吹き付け部と、
前記乾燥ガス吹き付け部に供給される前記乾燥ガスを加熱する加熱部と、
前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、
前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、
を備えた質量分析装置において、前記加熱部による加熱温度を設定する方法であって、
前記加熱部による加熱温度を予め定められた初期温度とし、且つ前記ノズルから一定組成の試料液体を噴霧している状態において、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流を監視し、
前記出力信号又は前記電流の変動幅が予め定められた閾値以上であった場合に、前記加熱温度を前記初期温度よりも低い値に設定する質量分析方法。
【請求項2】
試料液体を噴霧するノズルとイオン化電極とを有し、大気圧イオン化法によって前記試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記ノズルからの噴霧流に向けて、該噴霧流の進行方向前方又は側方から乾燥ガスを吹き付ける乾燥ガス吹き付け部と、
前記乾燥ガス吹き付け部に供給される前記乾燥ガスを加熱する加熱部と、
前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、
前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、
前記加熱部による加熱温度を予め定められた初期温度とした状態で、試料液体の質量分析を実行すべく前記イオン化部、前記加熱部、前記質量分離器、及び前記イオン検出器を制御する制御部と、
前記初期温度での質量分析の実行中に、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流の変動幅が予め定められた閾値以上であるか否かを判定する判定部と、
前記判定部によって前記変動幅が予め定められた閾値以上であると判定された場合に、前記加熱温度を前記初期温度よりも低い値に設定するようユーザに通知する通知部と、
を有する質量分析装置。
【請求項3】
試料液体を噴霧するノズルとイオン化電極とを有し、大気圧イオン化法によって前記試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記ノズルからの噴霧流に向けて、該噴霧流の進行方向前方又は側方から乾燥ガスを吹き付ける乾燥ガス吹き付け部と、
前記乾燥ガス吹き付け部に供給される前記乾燥ガスを加熱する加熱部と、
前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、
前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、
前記加熱部による加熱温度を予め定められた初期温度とした状態で、試料液体の質量分析を実行すべく前記イオン化部、前記加熱部、前記質量分離器、及び前記イオン検出器を制御する制御部と、
前記初期温度での質量分析の実行中に、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流の変動幅が予め定められた閾値以上であるか否かを判定する判定部と、
前記判定部によって前記変動幅が予め定められた閾値以上であると判定された場合に、前記加熱温度を前記初期温度よりも低い値に設定する設定部と、
を有する質量分析装置。
【請求項4】
試料液体を噴霧するノズルとイオン化電極とを有し、大気圧イオン化法によって前記試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記ノズルに前記試料液体を連続的に供給する試料液体供給部と、
前記ノズルから噴霧された前記試料液体を加熱する加熱部と、
前記イオン化電極に電圧を印加する高電圧電源と、
前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、
前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、
を備えた質量分析装置において、前記イオン化部におけるイオン化パラメータを設定する方法であって、
前記加熱部による加熱温度を予め定められた初期温度とし、前記高電圧電源から前記イオン化電極に予め定められた初期電圧を印加し、且つ前記ノズルから一定組成の試料液体を噴霧している状態において、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流を監視し、
前記出力信号又は前記電流の変動幅が予め定められた閾値以上であった場合に、
前記加熱温度、前記試料液体の流量、及び前記試料液体中の有機溶媒比率のうちの少なくとも1つに基づいて前記試料液体が沸騰している可能性が高いか低いかを判断し、
前記可能性が高いと判断した場合には、前記加熱温度を前記初期温度よりも低い値に設定し、
前記可能性が低いと判断した場合には、前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧の絶対値を前記初期電圧よりも小さい値に設定する質量分析方法。
【請求項5】
試料液体を噴霧するノズルとイオン化電極とを有し、大気圧イオン化法によって前記試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記ノズルに前記試料液体を連続的に供給する試料液体供給部と、
前記ノズルから噴霧された前記試料液体を加熱する加熱部と、
前記イオン化電極に電圧を印加する高電圧電源と、
前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、
前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、
前記加熱部による加熱温度を予め定められた初期温度とし、且つ前記高電圧電源から前記イオン化電極に予め定められた初期電圧を印加した状態で、試料液体の質量分析を実行すべく前記イオン化部、前記試料液体供給部、前記加熱部、前記高電圧電源、前記質量分離器、及び前記イオン検出器を制御する制御部と、
前記初期温度且つ前記初期電圧での質量分析の実行中に、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流の変動幅が予め定められた閾値以上であるか否かを判定する第1の判定を行い、前記第1の判定において前記変動幅が前記閾値以上であると判定した場合には、更に、前記加熱温度、前記試料液体の流量、及び前記試料液体中の有機溶媒比率のうちの少なくとも1つに基づいて前記試料液体が沸騰している可能性が高いか低いかを判定する第2の判定を行う判定部と、
前記可能性が高いと判断された場合には、前記加熱温度を前記初期温度よりも低い値に設定するようユーザに通知し、前記可能性が低いと判断された場合には、前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧の絶対値を前記初期電圧よりも小さい値に設定するようユーザに通知する通知部と、
を有する質量分析装置。
【請求項6】
試料液体を噴霧するノズルとイオン化電極とを有し、大気圧イオン化法によって前記試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記ノズルに前記試料液体を連続的に供給する試料液体供給部と、
前記ノズルから噴霧された前記試料液体を加熱する加熱部と、
前記イオン化電極に電圧を印加する高電圧電源と、
前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、
前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、
前記加熱部による加熱温度を予め定められた初期温度とし、且つ前記高電圧電源から前記イオン化電極に予め定められた初期電圧を印加した状態で、試料液体の質量分析を実行すべく前記イオン化部、前記試料液体供給部、前記加熱部、前記高電圧電源、前記質量分離器、及び前記イオン検出器を制御する制御部と、
前記初期温度且つ前記初期電圧での質量分析の実行中に、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流の変動幅が予め定められた閾値以上であるか否かを判定する第1の判定を行い、前記第1の判定において前記変動幅が前記閾値以上であると判定した場合には、更に、前記加熱温度、前記試料液体の流量、及び前記試料液体中の有機溶媒比率のうちの少なくとも1つに基づいて前記試料液体が沸騰している可能性が高いか低いかを判定する第2の判定を行う判定部と、
前記可能性が高いと判断された場合には、前記加熱温度を前記初期温度よりも低い値に設定し、前記可能性が低いと判断された場合には、前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧の絶対値を前記初期電圧よりも小さい値に設定する設定部と、
を有する質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析方法に関し、特に質量分析装置におけるイオン化パラメータの設定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置において試料をイオン化する手法として様々なイオン化法が知られている。こうしたイオン化法は、真空雰囲気の下でイオン化を行う手法と、略大気圧雰囲気の下でイオン化を行う手法とに大別でき、後者は一般に、大気圧イオン化法(API:atmospheric pressure ionization)と総称される。
【0003】
大気圧イオン化法としては、エレクトロスプレーイオン化法(ESI:electrospray ionization)、又は大気圧化学イオン化法(APCI:atmospheric pressure chemical ionization)が広く用いられている。これらのイオン化法は、いずれも試料液体(例えば分析対象試料と溶媒との混合物)をノズルから大気圧雰囲気中に噴霧するものであり、ESIでは、前記ノズルに設けられた金属細管に高電圧を印加し、これにより前記試料液体を帯電させて噴霧することによって、試料分子をイオン化する。一方、APCIでは、前記ノズルの近傍に設けられた針状の放電電極に高電圧を印加することによってコロナ放電を生成する。そして、前記ノズルから噴霧された試料液体中の溶媒分子を前記コロナ放電によってイオン化し、生成した溶媒イオンと試料分子とのイオン-分子反応によって前記試料分子をイオン化する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のような大気圧イオン化法では、ノズルの先端部にヒータを設けたり、ノズルからの噴霧流に高温のガスを吹き付けたりすることで、ノズルから噴霧された前記試料液体を加熱し、これにより試料液体中の溶媒の気化を促進している(例えば、特許文献1を参照)。しかしながら、このときの加熱温度が高すぎると、試料液体が沸騰してしまい、その結果、試料分子のイオン化が不安定となって、安定した分析結果が得られなくなる場合があった。
【0006】
本発明は、上記の点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、大気圧イオン化法による試料のイオン化を行うイオン源を備えた質量分析装置において、イオン源における試料液体の沸騰を防止して安定した分析結果を得られるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析方法は、
試料液体を噴霧するノズルとイオン化電極とを有し、大気圧イオン化法によって前記試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記ノズルから噴霧された前記試料液体を加熱する加熱部と、
前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、
前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、
を備えた質量分析装置において、前記加熱部による加熱温度を設定する方法であって、
前記加熱部による加熱温度を予め定められた初期温度とし、且つ前記ノズルから一定組成の試料液体を噴霧している状態において、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流を監視し、
前記出力信号又は前記電流の変動幅が予め定められた閾値以上であった場合に、前記加熱温度を前記初期温度よりも低い値に設定するものである。
【0008】
上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析装置は、
試料液体を噴霧するノズルとイオン化電極とを有し、大気圧イオン化法によって前記試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記ノズルから噴霧された前記試料液体を加熱する加熱部と、
前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、
前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、
前記加熱部による加熱温度を予め定められた初期温度とした状態で、試料液体の質量分析を実行すべく前記イオン化部、前記加熱部、前記質量分離器、及び前記イオン検出器を制御する制御部と、
前記初期温度での質量分析の実行中に、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流の変動幅が予め定められた閾値以上であるか否かを判定する判定部と、
前記判定部によって前記変動幅が予め定められた閾値以上であると判定された場合に、前記加熱温度を前記初期温度よりも低い値に設定するようユーザに通知する通知部と、
を有するものである。
【0009】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析装置は、
試料液体を噴霧するノズルとイオン化電極とを有し、大気圧イオン化法によって前記試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記ノズルから噴霧された前記試料液体を加熱する加熱部と、
前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、
前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、
前記加熱部による加熱温度を予め定められた初期温度とした状態で、試料液体の質量分析を実行すべく前記イオン化部、前記加熱部、前記質量分離器、及び前記イオン検出器を制御する制御部と、
前記初期温度での質量分析の実行中に、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流の変動幅が予め定められた閾値以上であるか否かを判定する判定部と、
前記判定部によって前記変動幅が予め定められた閾値以上であると判定された場合に、前記加熱温度を前記初期温度よりも低い値に設定する設定部と、
を有するものであってもよい。
【0010】
また、本発明に係る質量分析方法は、
試料液体を噴霧するノズルとイオン化電極とを有し、大気圧イオン化法によって前記試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記ノズルに前記試料液体を連続的に供給する試料液体供給部と、
前記ノズルから噴霧された前記試料液体を加熱する加熱部と、
前記イオン化電極に電圧を印加する高電圧電源と、
前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、
前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、
を備えた質量分析装置において、前記イオン化部におけるイオン化パラメータを設定する方法であって、
前記加熱部による加熱温度を予め定められた初期温度とし、前記高電圧電源から前記イオン化電極に予め定められた初期電圧を印加し、且つ前記ノズルから一定組成の試料液体を噴霧している状態において、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流を監視し、
前記出力信号又は前記電流の変動幅が予め定められた閾値以上であった場合に、
前記加熱温度、前記試料液体の流量、及び前記試料液体中の有機溶媒比率のうちの少なくとも1つに基づいて前記試料液体が沸騰している可能性が高いか低いかを判断し、
前記可能性が高いと判断した場合には、前記加熱温度を前記初期温度よりも低い値に設定し、
前記可能性が低いと判断した場合には、前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧の絶対値を前記初期電圧よりも小さい値に設定するものであってもよい。
【0011】
また、本発明に係る質量分析装置は、
試料液体を噴霧するノズルとイオン化電極とを有し、大気圧イオン化法によって前記試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記ノズルに前記試料液体を連続的に供給する試料液体供給部と、
前記ノズルから噴霧された前記試料液体を加熱する加熱部と、
前記イオン化電極に電圧を印加する高電圧電源と、
前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、
前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、
前記加熱部による加熱温度を予め定められた初期温度とし、且つ前記高電圧電源から前記イオン化電極に予め定められた初期電圧を印加した状態で、試料液体の質量分析を実行すべく前記イオン化部、前記試料液体供給部、前記加熱部、前記高電圧電源、前記質量分離器、及び前記イオン検出器を制御する制御部と、
前記初期温度且つ前記初期電圧での質量分析の実行中に、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流の変動幅が予め定められた閾値以上であるか否かを判定する第1の判定を行い、前記第1の判定において前記変動幅が前記閾値以上であると判定した場合には、更に、前記加熱温度、前記試料液体の流量、及び前記試料液体中の有機溶媒比率のうちの少なくとも1つに基づいて前記試料液体が沸騰している可能性が高いか低いかを判定する第2の判定を行う判定部と、
前記可能性が高いと判断された場合には、前記加熱温度を前記初期温度よりも低い値に設定するようユーザに通知し、前記可能性が低いと判断された場合には、前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧の絶対値を前記初期電圧よりも小さい値に設定するようユーザに通知する通知部と、
を有するものであってもよい。
【0012】
また、本発明に係る質量分析装置は、
試料液体を噴霧するノズルとイオン化電極とを有し、大気圧イオン化法によって前記試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記ノズルに前記試料液体を連続的に供給する試料液体供給部と、
前記ノズルから噴霧された前記試料液体を加熱する加熱部と、
前記イオン化電極に電圧を印加する高電圧電源と、
前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、
前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、
前記加熱部による加熱温度を予め定められた初期温度とし、且つ前記高電圧電源から前記イオン化電極に予め定められた初期電圧を印加した状態で、試料液体の質量分析を実行すべく前記イオン化部、前記試料液体供給部、前記加熱部、前記高電圧電源、前記質量分離器、及び前記イオン検出器を制御する制御部と、
前記初期温度且つ前記初期電圧での質量分析の実行中に、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流の変動幅が予め定められた閾値以上であるか否かを判定する第1の判定を行い、前記第1の判定において前記変動幅が前記閾値以上であると判定した場合には、更に、前記加熱温度、前記試料液体の流量、及び前記試料液体中の有機溶媒比率のうちの少なくとも1つに基づいて前記試料液体が沸騰している可能性が高いか低いかを判定する第2の判定を行う判定部と、
前記可能性が高いと判断された場合には、前記加熱温度を前記初期温度よりも低い値に設定し、前記可能性が低いと判断された場合には、前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧の絶対値を前記初期電圧よりも小さい値に設定する設定部と、
を有するものであってもよい。
【発明の効果】
【0013】
上記本発明に係る質量分析方法又は質量分析装置によれば、大気圧イオン化法による試料のイオン化を行うイオン源(イオン化部)を備えた質量分析装置において、イオン源における試料液体の沸騰を防止して安定した分析結果を得られるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の一実施形態に係る質量分析装置を含むLC-MSの概略構成図。
【
図2】前記質量分析装置におけるイオン化室周辺の概略構成図。
【
図3】前記実施形態におけるイオン化パラメータの設定手順の第1の例を示すフローチャート。
【
図4】前記実施形態におけるイオン化パラメータの設定手順の第2の例を示すフローチャート。
【
図5】前記実施形態におけるイオン化パラメータの設定手順の第3の例を示すフローチャート。
【
図6】前記実施形態におけるイオン化パラメータの設定手順の第4の例を示すフローチャート。
【
図7】同実施形態における質量分析装置の別の構成例を示す模式図。
【
図8】同実施形態における質量分析装置の更に別の構成例を示す模式図。
【
図9】同実施形態における質量分析装置の更にまた別の構成例を示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の一実施形態に係る質量分析装置及びそのイオン化パラメータ設定方法について、図面を参照しつつ説明を行う。
図1は、本実施形態に係る質量分析装置を含む液体クロマトグラフ質量分析装置(LC-MS)の概略構成図であり、
図2は、前記質量分析装置のイオン化室周辺の構成を示す概略図である。本実施形態に係る質量分析装置は、液体クロマトグラフ(以下、LCとよぶ)180のカラムから溶出する試料液体に対して質量分析を行うものであって、質量分析を実行してデータを収集する測定部110と、測定部110で収集されたデータを処理するデータ処理部170と、測定部110を制御する制御部150と、を備えている。LC180が、本発明における試料液体供給部に相当する。また、制御部150には、ユーザ(分析担当者)が操作するマウスなどのポインティングデバイス又はキーボードである入力部161と、液晶ディスプレイ等の表示部162とが接続されている。
【0016】
図1に示すように、LC180は、第1送液ポンプ183、第2送液ポンプ184、混合器185、インジェクタ186、及びカラム187を備えており、第1送液ポンプ183は第1移動相容器181から移動相A(例えば有機溶媒)を吸引して所定流量で送出し、第2送液ポンプ184は第2移動相容器182から移動相B(例えば水)を吸引して所定流量で送出する。移動相Aと移動相Bとは混合器185で混合され、インジェクタ186を経てカラム187に送出される。インジェクタ186では分析対象の試料がマイクロシリンジなどを用いて移動相中に注入され、該試料は、移動相の流れに乗ってカラム187に送り込まれる。試料中の各種成分はカラム187を通過する際に分離され、時間差がついてカラム187の出口端から溶出する。
【0017】
カラム187からの溶出液は検出器としての質量分析装置に送られる。質量分析装置の測定部110は、略大気圧雰囲気であるイオン化室111(本発明におけるイオン化部に相当)と、図示しない高性能の真空ポンプにより高真空雰囲気に維持される分析室114と、それらイオン化室111と分析室114との間にあって真空度が段階的に高くなっている第1中間真空室112及び第2中間真空室113と、を備えている。すなわち、本実施形態における測定部110は、多段差動排気系の構成を有している。イオン化室111と第1中間真空室112とは細径のイオン導入管129を通して連通している。
【0018】
本実施形態におけるイオン化室111は、エレクトロスプレーイオン化(ESI)と、大気圧化学イオン化(APCI)とを同時に行うものであって、イオン化室111の壁面には、試料液体をイオン化室111内に静電噴霧するスプレーノズルであるESIプローブ121と、イオン化室111内にコロナ放電を発生させる針状の放電電極(コロナニードル)125とが配設されている。ESIプローブ121は、
図2に示すように、試料液体が供給されるキャピラリ122と、該キャピラリ122が挿通される金属細管123と、キャピラリ122及び金属細管123と略同軸円筒状であるネブライズガス管124と、を含んでいる。なお、キャピラリ122としては、例えばガラス製の細管が用いられ、その後端は、LC180に設けられたカラム187の出口端に接続されている。また、ネブライズガス管124の後端は、窒素ガス発生装置又はガスボンベなどのガス源130に接続されている。キャピラリ122の先端はネブライズガス管124の先端より所定長さだけ突出している。金属細管123にはESI用高電圧電源131が接続されている。
【0019】
ESIプローブ121からの噴霧流の進行方向前方には、上述の放電電極125が配置され、放電電極125にはAPCI用高電圧電源132が接続されている。以下、ESIプローブ121の金属細管123、及び放電電極125を、「イオン化電極」と総称することがある。なお、本実施形態においては、ESI用高電圧電源131及びAPCI用高電圧電源132が本発明における高電圧電源に相当する。
【0020】
ESIプローブ121からの噴霧流の進行方向前方には、イオン導入管129の入口端も配置されている。イオン化室111と第1中間真空室112との境界には、イオン導入管129及び後述する乾燥ガス供給管115を加熱するブロックヒータ128(本発明における加熱部に相当)が設けられている。更に、イオン化室111と第1中間真空室112との境界には、板状の対電極126が配設されており、対電極126の中央には、乾燥ガス噴出口127が設けられている。乾燥ガス噴出口127からは、ガス源130より供給され、乾燥ガス供給管115を通過する過程でブロックヒータ128により加熱された乾燥ガス(加熱乾燥ガス)が、ESIプローブ121からの噴霧流に向けて噴出される。更に、測定部110には、ブロックヒータ128の温度を制御するための温度制御部191が設けられている。温度制御部191は、ブロックヒータ128の近傍に設けられた温度センサ(図示略)で計測される温度が所定の値となるように、ブロックヒータ128の出力を制御する。
【0021】
第1中間真空室112内及び第2中間真空室113内にはそれぞれ、イオンを収束させつつ後段へ輸送するイオンガイド141、143が設置され、第1中間真空室112と第2中間真空室113との間は、頂部に小孔を有するスキマー142で隔てられている。また、分析室114内には、イオンをm/zに応じて分離する四重極マスフィルタ144(本発明における質量分離器に相当)と、四重極マスフィルタ144を通り抜けたイオンを検出するイオン検出器145と、が配置されている。なお、四重極マスフィルタ144を直交加速式飛行時間型質量分析器に置き換える等、各部の構成は適宜に変更可能である。
【0022】
制御部150は、分析制御部151と、表示制御部152とを機能ブロックとして含んでおり、更に、各種分析条件の設定値を記憶する設定値記憶部153を備えている。分析制御部151は、ESI用高電圧電源131、APCI用高電圧電源132、及び図示しないその他の電源(例えば、イオンガイド141、143又は四重極マスフィルタ144等に電圧を印加するもの)、温度制御部191、並びにLC180の第1送液ポンプ183及び第2送液ポンプ184などをそれぞれ制御することによってLC-MSによる試料の分析を遂行する。表示制御部152は、ユーザが入力設定した情報、質量分析の結果、及び各種の通知などを表示部162に表示させる。
【0023】
データ処理部170は、本発明に特徴的な機能ブロックとして、判定部171を備えている。
【0024】
なお、制御部150及びデータ処理部170の機能の少なくとも一部は、CPUと、メモリと、ハードディスクドライブ(HDD)又はソリッドステートドライブ(SSD)等の大容量記憶装置と、を備えた、汎用のパーソナルコンピュータをハードウエア資源とし、該コンピュータに予めインストールされた専用のソフトウェアを該コンピュータ上で実行することにより実現されるようにすることができる。
【0025】
まず、本実施形態に係る質量分析装置における基本的な分析動作について説明する。ESIプローブ121に設けられたキャピラリ122の後端には、試料液体として、LC180からの溶出液、すなわち、LC180に設けられたカラム187によって分離された試料成分と、溶媒(移動相)との混合液が導入される。また、ESI用高電圧電源131で発生した高電圧がESIプローブ121の金属細管123に印加されると共に、APCI用高電圧電源132で発生した高電圧が放電電極125に印加される。金属細管123は試料液体が流通するキャピラリ122を囲んでいるため、キャピラリ122内を通過する試料液体は、金属細管123に印加された高電圧によって強く帯電し、キャピラリ122の外管であるネブライズガス管124から噴出するネブライズガスの助けを受けて、ESIプローブ121の先端から帯電液滴として噴霧される。
【0026】
このとき、ブロックヒータ128によって加熱され、乾燥ガス噴出口127から噴出する乾燥ガス(加熱乾燥ガス)が、ESIプローブ121からの噴霧流に吹き付けられる。これにより前記帯電液滴中の溶媒が急速に蒸発して液滴サイズが小さくなり、それに伴って、クーロン反発力によって気体イオンが発生する。なお、このとき発生するイオンは、主に試料中の中~高極性の成分に由来するものである。
【0027】
更に、放電電極125の先端部の周囲では、APCI用高電圧電源132による電圧印加によってコロナ放電が発生する。このコロナ放電によって、前記噴霧流中の溶媒分子がイオン化されて反応イオンが生成される。そして、この反応イオンが前記噴霧流中の試料分子と反応(イオン-分子反応)することによって、該試料分子がイオン化される。このとき発生するイオンは、主に、試料中の低~中極性の成分に由来するものである。
【0028】
こうして発生した試料由来のイオン(試料イオン)は、イオン化室111と第1中間真空室112との圧力差により、イオン導入管129を介して第1中間真空室112内に吸い込まれる。また、イオン化室111において蒸発しきらずに残った微小な液滴の一部もイオン導入管129に吸い込まれ、管内でブロックヒータ128に加熱されて溶媒が蒸発し、イオン化が促進される。第1中間真空室112に到達したイオンは、イオンガイド141により収束されると共に、後段の第2中間真空室113及び分析室114へと送られる。
【0029】
分析室114では、四重極マスフィルタ144が、特定のm/zを有するイオンのみを通過させるか、あるいは通過させるイオンのm/zを所定の範囲内で繰り返し走査する。そして、四重極マスフィルタ144を通過したイオンがイオン検出器145に到達する。イオン検出器145では、到達したイオンの数に応じた電流がイオン検出信号として取り出される。前記イオン検出信号はA/D変換器146によってデジタル化されて、データ処理部170に送られる。データ処理部170は、前記イオン検出信号をデジタル化して得られたデータを処理することにより、例えばマススペクトル、マスクロマトグラム、又はトータルイオンクロマトグラムなどを作成したり、未知化合物の定性又は目的化合物の定量などを実施したりする。
【0030】
続いて、本実施形態に係る質量分析装置の特徴的な動作について説明する。本実施形態に係る質量分析装置では、本分析(分析対象試料の最終的な分析結果を得るための質量分析)の実行に先立って、イオン化パラメータを最適化するための設定作業が行われる。なお、以下では、イオン化パラメータとしてブロックヒータ128の温度設定を行うものとし、他のイオン化パラメータ(例えば、イオン化電極への印加電圧)は、既に最適な値に設定されているものとする。
【0031】
この設定作業は、既知成分を含む一定組成の標準試料を、LC180からESIプローブ121のキャピラリ122に連続的に供給しつつ行われる。前記標準試料は、前記本分析で使用する溶媒を含むものとすることが望ましく、実質的な試料成分を含まない溶媒のみから成る試料液体、例えばLC180で使用される移動相を、前記標準試料として使用する。なお、前記イオン化パラメータの設定作業において、分析制御部151は、ESI用高電圧電源131及びAPCI用高電圧電源132、並びに図示しない電源を制御することにより、ESIプローブ121の金属細管123、放電電極125、及びイオンガイド141、143に前記本分析の実行時と同様の電圧(すなわち予め求められた最適な値の電圧)を印加させる。また、前記既知成分に由来するイオンが四重極マスフィルタ144を通過するように、四重極マスフィルタ144を構成するロッド電極への印加電圧を制御する。また、前記印加電圧の設定作業において、ガス源130からネブライズガス管124及び乾燥ガス噴出口127へ供給するガスは、本分析の実行時に使用するガスと同様の組成を有するものとする。
【0032】
前記イオン化パラメータの設定作業(すなわちブロックヒータ128の温度設定作業)の実行手順について、
図3のフローチャートを参照しつつ説明する。
【0033】
まず、ユーザが入力部161で所定の操作を行うことにより、分析制御部151に標準試料の分析開始を指示する。これにより、分析制御部151の制御の下で、LC180からESIプローブ121への前記標準試料の供給が開始されると共に、金属細管123及び放電電極125への電圧印加、ガス源130からのネブライズガス及び乾燥ガスの供給、及びブロックヒータ128による前記乾燥ガスの加熱が開始される(ステップ11)。このときのブロックヒータ128による加熱温度としては、予め定められた初期温度が適用される。該初期温度としては、例えば、試料の分析に適用される温度として一般的な値を、予め質量分析装置のメーカ又はユーザが設定して設定値記憶部153に記憶させておく。上記により標準試料の分析が開始されると、イオン化室111内で標準試料がイオン化され、発生したイオンがイオンガイド141、143を経て四重極マスフィルタ144に送られる。ESIプローブ121に導入される標準試料の組成は時間によらず一定であるため、このときイオン検出器145から出力させる信号(イオン検出信号)もほぼ一定となるはずである。しかしながら、イオン化室111で試料液体の沸騰が生じた場合には、イオン化室111におけるイオン化の状態が不安定となるため、イオン検出信号が大きく変動する。そこで、本実施形態に係る質量分析装置では、判定部171が、イオン検出器145からのイオン検出信号を監視し、標準試料の分析開始から所定の時間が経過した時点で、イオン検出信号の変動幅が予め定められた閾値以上であるか否かを判定する(ステップ12)。このとき、イオン検出信号の変動幅が前記閾値を下回っていた場合(すなわちステップ12でNoの場合)には、このときのブロックヒータ128の設定温度(すなわち初期温度)を本分析に適用する温度として決定し、その値を設定値記憶部153に記憶させる(ステップ14)。
【0034】
一方、イオン検出信号の変動幅が前記閾値以上であった場合(すなわちステップ12でYesの場合)には、判定部171が、イオン化室111において試料液体の沸騰が生じていると判定し、その旨を示す信号を分析制御部151に出力する。前記信号を受けた分析制御部151は、ブロックヒータ128による加熱温度を予め定められた温度幅だけ低くする(ステップ13)。その後は、ステップ12に戻り、イオン検出信号の変動幅が閾値を下回っていると判定されるまで(すなわちステップ12でNoとなるまで)ステップ12~13の処理を繰り返し実行する。そして、イオン検出信号の変動幅が閾値を下回ったと判定されたら、そのときのブロックヒータ128の設定温度を本分析に適用する温度として決定し、その値を設定値記憶部153に記憶させる(ステップ14)。すなわち、本実施形態においては、分析制御部151及び設定値記憶部153が本発明における設定部に相当する。
【0035】
以上によりブロックヒータ128の温度設定作業が完了した後は、LC180のインジェクタ186から分析対象試料を注入して、該分析対象試料のカラム187による分離と測定部110による質量分析(本分析)を行う。このとき、分析制御部151は、設定値記憶部153に記憶されているブロックヒータ128の温度設定値(上記のステップ14で決定されたもの)を読み出し、該温度設定値に基づいてブロックヒータ128を制御する。これにより、前記設定作業によって設定された最適な加熱温度で分析対象試料のイオン化を行うことができる。その結果、イオン化室111における試料液体の沸騰が抑制され、イオン化室111内でのイオン化の状態を安定させてSN比の高い質量分析結果(すなわち、マススペクトル、マスクロマトグラム、又はトータルイオンクロマトグラム等)を得ることができる。
【0036】
なお、上記の例では、判定部171において試料液体の沸騰が検知された場合に、自動的にブロックヒータ128の設定温度を下げるものとしたが、これに代えて、ユーザに前記設定温度を下げるように通知する構成としてもよい。このような場合における制御部150及びデータ処理部170の動作を
図4に示す。なお、
図4のフローチャートにおいて、イオン検出信号の変動幅が閾値以上であるかを判定するまでの処理(すなわちステップ21~22)は、上記の
図3のフローチャートにおけるステップ11~12と同様であるため、ここでは説明を省略する。
【0037】
図4のフローチャートのステップ22において、イオン検出信号の変動幅が閾値以上である(したがって試料液体が沸騰している可能性が高い)と判定部171が判定すると、表示制御部152が所定の通知画面を表示部162に表示させる(ステップ23)。この通知画面には、ブロックヒータ128による加熱温度を下げるようユーザに促すメッセージを表示するものとする。すなわち、この例においては、表示制御部152及び表示部162が本発明における通知部に相当する。該通知画面を確認したユーザは、入力部161を操作して、ブロックヒータ128による加熱温度を、前記初期温度よりも低い値とするよう制御部150に指示する。該指示を受けた制御部150は、前記初期温度よりも予め定められた温度幅だけ低い値を本分析に適用する設定温度として設定値記憶部153に記憶させる。あるいは、ユーザが前記初期温度よりも低い温度を入力部161から入力し、制御部150が、前記温度を本分析に適用する設定温度として設定値記憶部153に記憶させるようにしてもよい。
【0038】
また、本発明に係る質量分析装置のイオン化パラメータ設定方法は、上記のような判定部171を備えない質量分析装置にも適用することができる。その場合、
図3のステップ11において標準試料の分析を開始した後は、データ処理部170がイオン検出信号の時間変化を示す波形(すなわちマスクロマトグラム又はトータルイオンクロマトグラム)を生成し、表示制御部152が該波形を表示部162に表示させる。そして、ユーザが所定時間に亘って該波形を視認し、イオン検出信号の変動幅が予め定めた閾値以上である(したがって、試料液体が沸騰している可能性が高い)と判断した場合(すなわちステップ12でYes)には、入力部161を操作して、ブロックヒータ128による加熱温度を現在の値よりも低い所定の値とするよう分析制御部151に指示する(ステップ13)。その後は、表示部162に表示されるイオン検出信号の変動幅が前記閾値を下回ったとユーザが判断するまでステップ12~13を繰り返し行い、イオン検出信号の変動幅が前記閾値を下回った(したがって、試料液体が沸騰している可能性が低くなった)と判断した時点で、ユーザが入力部161を操作して、そのときのブロックヒータ128による加熱温度を、本分析に適用する温度として設定するよう制御部150に指示する(ステップ14)。該指示を受けた制御部150は、その値を設定値記憶部153に記憶させる。
【0039】
なお、
図3又は
図4のフローチャートで示したイオン化パラメータの設定方法においては、予め、ブロックヒータ128の温度以外のイオン化パラメータが最適化されているものとしたが、本発明に係るイオン化パラメータの設定方法はこれに限定されるものではなく、ブロックヒータ128の温度に加えて、イオン化電極(すなわち、ESIプローブ121の金属細管123、及び放電電極125)への印加電圧の最適化を行うものとしてもよい。このような場合におけるイオン化パラメータの設定方法について以下に説明する。
【0040】
図2に示したような大気圧イオン化による試料のイオン化を行うイオン源では、試料をイオン化する際にイオン化電極に高電圧が印加されるが、このときの電圧値が大きすぎると、イオン源にて望ましくない放電(異常放電)が発生して試料分子のイオン化が不安定となることがある。そこで、以下の例では、イオン検出信号の変動幅に基づいて、試料分子のイオン化が不安定になっていると判定した場合に、その原因がブロックヒータ128の加熱温度が高いことによるものか、イオン化電極への印加電圧が大きいことによるものかを判断し、その結果に応じて加熱温度を下げるか、あるいは印加電圧を小さくする。なお、本明細書において、印加電圧の値が大きい(又は小さい)とは、印加電圧の絶対値が大きい(又は小さい)ことを意味し、印加電圧の値を小さくするとは、印加電圧の正負を変更することなくその絶対値を小さくすることを意味する。
【0041】
具体的な設定作業の手順について、
図5のフローチャートを参照しつつ説明する。まず、ユーザが入力部161で所定の操作を行うことにより、分析制御部151に標準試料の分析開始を指示する。これにより、分析制御部151の制御の下で、標準試料の分析が開始される(ステップ31)。具体的には、分析制御部151によってLC180の第1送液ポンプ183及び第2送液ポンプ184が制御され、第1移動相容器181から移動相A(有機溶媒)が所定の流量で送出されると共に、第2移動相容器182から移動相B(水系溶媒)が所定の流量で送出される。移動相Aと移動相Bは、混合器185において、第1送液ポンプ183の流量と第2送液ポンプ184の流量によって定まる所定の混合比で混合され、カラム187に送出される。このときの第1送液ポンプ183の流量及び第2送液ポンプ184の流量としては、それぞれ、本分析に適用する流量として予めユーザが設定値記憶部153に記憶させておいた値が適用される。また、測定部110では、分析制御部151の制御の下で、ESI用高電圧電源131からESIプローブ121の金属細管123への電圧印加、APCI用高電圧電源132から放電電極125への電圧印加、ガス源130からのネブライズガス及び乾燥ガスの供給、及びブロックヒータ128による前記乾燥ガスの加熱が開始される。このときのブロックヒータ128による加熱温度としては予め定められた初期温度が適用され、ESI用高電圧電源131からの印加電圧及びAPCI用高電圧電源132からの印加電圧としては、予め定められた初期電圧が適用される。ここで、ESI用高電圧電源131の初期電圧と、APCI用高電圧電源132の初期電圧は、同一の値であってもよく、異なる値であってもよい。該初期温度及び初期電圧としては、例えば、試料の分析に適用される温度及び電圧として一般的な値を、予め質量分析装置のメーカ又はユーザが設定して設定値記憶部153に記憶させておく。
【0042】
以上により、初期温度及び初期電圧の下での標準試料の質量分析が開始された後は、判定部171が、イオン検出器145からのイオン検出信号を監視し、前記質量分析の開始から所定の時間が経過した時点で、イオン検出信号の変動幅が予め定められた閾値以上であるか否かを判定する(ステップ32)。このとき、イオン検出信号の変動幅が前記閾値を下回っていた場合(すなわちステップ32でNoの場合)には、このときのブロックヒータ128の設定温度(すなわち初期温度)の値と、ESI用高電圧電源131及びAPCI用高電圧電源132による印加電圧(すなわち初期電圧)の値とを、それぞれ本分析に適用する値として決定し、それらの値を設定値記憶部153に記憶させる(ステップ40)。
【0043】
一方、イオン検出信号の変動幅が前記閾値以上であった場合(すなわちステップ32でYesの場合)には、判定部171が、イオン化室111における試料分子のイオン化が不安定になっていると判定し、まず、その原因が試料液体の沸騰によるものであるか否かを判断する。試料液体の沸騰は、ブロックヒータ128による加熱温度が高いとき(例えば、移動相溶媒の沸点以上の温度のとき)、移動相の有機溶媒比率が高いとき(例えば、50%以上のとき)、及び移動相の流量が低いとき(例えば、1mL/min以下のとき)に発生しやすいことが分かっている。そこで、判定部171は、設定値記憶部153に記憶されているLC180の各種設定値を参照し、前記初期温度が予め定められた閾値以上であるか(ステップ33)、移動相中の有機溶媒比率(上記の例では「第1送液ポンプ183の流量と第2送液ポンプ184の流量の和」に対する「第1送液ポンプ183の流量」の比率)が予め定められた閾値以上であるか(ステップ34)、移動相の流量(上記の例では第1送液ポンプ183の流量と第2送液ポンプ184の流量の和)が閾値以下であるか否か(ステップ35)を判断し、ステップ33~35のいずれか1つでもYesとなった場合には、その時点で試料液体が沸騰している可能性が高いと判断してその旨を示す信号を分析制御部151に送出する。なお、ステップ33~35は、上記に限らず、いかなる順番で行ってもよい。該信号を受け取った分析制御部151は、ブロックヒータ128による加熱温度を予め定められた温度幅だけ低下させる(ステップ38)。そして、再びイオン検出信号の変動幅が予め定められた閾値以上であるか否かを判定する(ステップ39)。その後は、ステップ39において、イオン検出信号の変動幅が閾値を下回っていると判定されるまで(すなわちステップ39でNoとなるまで)ステップ38~39の処理を繰り返し実行する。そして、イオン検出信号の変動幅が閾値を下回ったと判定されたら、そのときのブロックヒータ128の設定温度の値、並びにESI用高電圧電源131及びAPCI用高電圧電源132による印加電圧の値を、本分析に適用する温度として決定し、それらの値を設定値記憶部153に記憶させる(ステップ40)。
【0044】
一方、ステップ33~35の全てがNoとなった場合、イオン検出信号の変動幅が大きくなっている(すなわち試料分子のイオン化が不安定になっている)原因は、試料溶液の沸騰ではなく、イオン化室111における異常放電の発生によるものであると考えられる。したがって、その場合には、判定部171がその旨を示す信号を分析制御部151に送出し、該信号を受けた分析制御部151が、ESI用高電圧電源131及びAPCI用高電圧電源132による印加電圧をそれぞれ予め定められた電圧幅だけ小さくする(ステップ36)。前記電圧幅は、ESI用高電圧電源131とAPCI用高電圧電源132とで異なっていてもよく、同じであってもよい。そして、再びイオン検出信号の変動幅が予め定められた閾値以上であるか否かを判定する(ステップ37)。その後は、ステップ37において、イオン検出信号の変動幅が閾値を下回っていると判定されるまで(すなわちステップ37でNoとなるまで)ステップ36~37の処理を繰り返し実行する。そして、イオン検出信号の変動幅が閾値を下回ったと判定されたら、そのときのESI用高電圧電源131及びAPCI用高電圧電源132による印加電圧の値及びブロックヒータ128の設定温度の値を、本分析に適用する値として決定し、それらの値を設定値記憶部153に記憶させる(ステップ40)。
【0045】
以上によりイオン化パラメータの設定作業が完了した後は、LC180のインジェクタ186から分析対象試料を注入した該分析対象試料の質量分析(本分析)を行う。このとき、分析制御部151は、前記イオン化パラメータの設定時と同じ流量で移動相A及び移動相Bの送液を行うよう第1送液ポンプ183及び第2送液ポンプ184を制御する。また、分析制御部151は、設定値記憶部153に記憶されている加熱温度の設定値及び印加電圧の設定値(上記のステップ40で決定されたもの)を読み出し、該設定値に基づいてブロックヒータ128、ESI用高電圧電源131、及びAPCI用高電圧電源132を制御する。これにより、前記設定作業によって設定された最適な加熱温度及び印加電圧によって分析対象試料のイオン化を行うことができる。その結果、イオン化室111における溶媒の沸騰及び異常放電の発生が抑制され、イオン化室111内でのイオン化の状態が安定してSN比の高い質量分析結果(すなわち、マススペクトル、マスクロマトグラム、又はトータルイオンクロマトグラム等)を得ることが可能となる。
【0046】
なお、上記
図5の例では、判定部171による判定結果に応じて、自動的にブロックヒータ128の設定温度を下げたり、イオン化電極への印加電圧を小さくしたりするものとしたが、これに代えて、ユーザに前記設定温度を下げたり、印加電圧を小さくしたりするように通知する構成としてもよい。このような場合における制御部150及びデータ処理部170の動作を
図6に示す。なお、
図6のフローチャートにおいて、イオン検出信号の変動幅が閾値以上であるかを判定するまでの処理(すなわちステップ41~42)は、上記の
図5のフローチャートにおけるステップ31~32と同様であるため、ここでは説明を省略する。
【0047】
図6のフローチャートのステップ42において、イオン検出信号の変動幅が前記閾値を下回っていた場合(すなわちステップ42でNoの場合)には、このときのブロックヒータ128の設定温度(すなわち初期温度)の値と、ESI用高電圧電源131及びAPCI用高電圧電源132による印加電圧(すなわち初期電圧)の値とを、それぞれ本分析に適用する値として決定し、それらの値を設定値記憶部153に記憶させる(ステップ47)。
【0048】
一方、ステップ42において、イオン検出信号の変動幅が閾値以上であると判定した場合(すなわちステップ42でYesの場合)、判定部171は、まず、前記初期温度が予め定められた閾値以上であるか(ステップ43)、移動相中の有機溶媒比率が予め定められた閾値以上であるか(ステップ44)、移動相の流量が閾値以下であるか否か(ステップ45)を順番に判断し、ステップ43~45のいずれか1つでもYesとなった場合には、その時点で試料液体が沸騰している可能性が高いと判断してその旨を示す信号を表示制御部152に送出する。なお、ステップ33~35は、上記に限らず、いかなる順番で行ってもよい。前記信号を受け取った表示制御部152は、所定の通知画面を表示部162に表示させる(ステップ48)。この通知画面には、少なくともブロックヒータ128の設定温度を下げるようユーザに促すメッセージを表示するものとする。該通知画面を確認したユーザは、入力部161を操作して、ブロックヒータ128の設定温度を、前記初期温度よりも小さい値とするよう制御部150に指示する。該指示を受けた制御部150は、前記初期温度よりも予め定められた温度幅だけ低い値を本分析に適用する設定温度として設定値記憶部153に記憶させる。あるいは、ユーザが前記初期温度よりも低い温度を入力部161から入力し、制御部150が、前記温度を本分析に適用する設定温度として設定値記憶部153に記憶させるようにしてもよい。
【0049】
一方、ステップ43~45の全てがNoとなった場合には、判定部171がその旨を示す信号を表示制御部152に送出し、該信号を受けた表示制御部152が、所定の通知画面を表示部162に表示させる(ステップ46)。この通知画面には、少なくともESIプローブ121の金属細管123への印加電圧、放電電極125への印加電圧、又はその両方を下げるようユーザに促すメッセージを表示するものとする。該通知画面を確認したユーザは、入力部161を操作して、ESIプローブ121の金属細管123への印加電圧の設定値、放電電極125への印加電圧の設定値、又はその両方を前記初期電圧よりも小さい値とするよう制御部150に指示する。該指示を受けた制御部150は、前記初期電圧よりも予め定められた電圧幅だけ小さい値を本分析に適用する電圧値として設定値記憶部153に記憶させる。あるいは、ユーザが前記初期電圧よりも小さい電圧値を入力部161から入力し、制御部150が、前記電圧値を本分析に適用する電圧値として設定値記憶部153に記憶させるようにしてもよい。
【0050】
なお、
図5及び
図6のフローチャートで示した例においては、ステップ32及びステップ42が本発明における「第1の判定」に相当し、ステップ33~35及びステップ43~45が本発明における「第2の判定」に相当する。
【0051】
また、
図5に示したようなイオン化パラメータの設定方法は、上記のような判定部171を備えない質量分析装置にも適用することができる。その場合、
図5のステップ31において標準試料の分析を開始した後は、データ処理部170がイオン検出信号の時間変化を示す波形を生成し、表示制御部152が該波形を表示部162に表示させる。そして、ユーザが所定時間に亘って該波形を視認し、イオン検出信号の変動幅が予め定めた閾値以上であると判断した場合(すなわちステップ32でYes)には、入力部161を操作して本実施形態のLCーMSに関する各種設定事項を表示するよう制御部150に指示する。該指示を受けた制御部150では、設定値記憶部153に記憶されている各種設定事項を参照し、それに基づいて、ブロックヒータ128による加熱温度、移動相の有機溶媒比率、及び移動相の流量の値を表示部162に表示させる。なお、有機溶媒比率及び移動相の流量の値は、例えば、設定値記憶部153に記憶されている第1送液ポンプ183の流量の設定値及び第2送液ポンプの流量の設定値から求めることができる。ユーザは、表示部162に表示されたこれらの値を確認し、ブロックヒータ128の加熱温度が予め定められた閾値以上であるか、移動相の有機溶媒比率が予め定められた閾値以上であるか、移動相流量が予め定めた閾値以下であると判断した場合(すなわちステップ33~35のいずれかがYesの場合)に、イオン化室111において試料液体の沸騰が生じていると判断してブロックヒータ128の加熱温度を現在の値よりも低い所定の値とするよう分析制御部151に指示する(ステップ38)。その後は、表示部162に表示されるイオン検出信号の変動幅が前記閾値を下回ったとユーザが判断するまで(すなわちステップ39でYesとなるまで)ステップ38~39を繰り返し行い、前記変動幅が閾値を下回ったと判断した時点で、ユーザが入力部161を操作することによって、そのときのブロックヒータ128の加熱温度の値及びイオン化電極への印加電圧の値を、それぞれ本分析に適用する値として設定するよう制御部150に指示する(ステップ40)。該指示を受けた制御部150は、その値を設定値記憶部153に記憶させる。一方、ステップ33~35の全てがNoであるとユーザが判断した場合には、イオン化室111において異常放電が発生していると判断して、ESI用高電圧電源131及びAPCI用高電圧電源132による印加電圧をそれぞれ予め定められた電圧幅だけ小さくする(ステップ36)。その後は、イオン検出信号の変動幅が閾値を下回っていると判定されるまで(すなわちステップ37でNoとなるまで)ステップ36~37を繰り返し行い、前記変動幅が閾値を下回ったと判断した時点で、ユーザが入力部161で所定の操作を行うことにより、そのときのブロックヒータ128の加熱温度の値及びイオン化電極への印加電圧の値を、それぞれ本分析に適用する値として設定するよう制御部150に指示する(ステップ40)。該指示を受けた制御部150は、その値を設定値記憶部153に記憶させる。
【0052】
以上の
図3~
図6のフローチャートで示した例では、ステップ12、22、32、又は42において、イオン検出器145からの出力信号(イオン検出信号)に基づいて、試料分子のイオン化が不安定になっているか否かを判別するものとしたが、これに代えて、イオン化室111に設けられたイオン化電極、すなわちESIプローブ121の金属細管123又は放電電極125に流れる電流(以下、これをイオン化電極電流とよぶ)に基づいて、試料分子のイオン化が不安定になっているか否かを判定する構成としてもよい。このような場合におけるイオン源の概略構成について
図7~
図9を参照しつつ説明する。なお、これらの図において、
図1に示したものと同一又は対応する構成要素については、下2桁が共通する符号を付し、適宜説明を省略する。また、
図7~
図9では簡略化のため一部の構成要素を示しているが、省略されている構成要素は、
図1とほぼ同一構成を有している。
【0053】
図7に示す質量分析装置におけるイオン源は、
図1で示したものと同様に、ESIとAPCIの両方によるイオン化を行うものであるが、ESIプローブ221の金属細管223と、放電電極225とが、単一の高電圧電源281に接続されている。すなわち、この高電圧電源281は、分岐部284を有する給電線283によって金属細管223と放電電極225の両方に接続されている。また、イオン化室211と第1中間真空室(
図7では省略)との間に設けられた対電極226は接地されており、これにより、高電圧電源281によって、ESIプローブ221の金属細管223と対電極226の間、及び放電電極225と対電極226との間に高電圧を印加することができる。更に、給電線283の分岐部284と高電圧電源281との間には、金属細管223及び放電電極225を流れる電流(すなわち、これらの金属細管223、放電電極225、高電圧電源281、及び対電極226を含む電気回路を流れる電流)を検出する電流検出部282が設けられている。更に、本構成例に係る質量分析装置は、各部を制御する制御部250と、イオン検出器(図示略)で得られたデータ及び電流検出部282で得られたデータを処理するデータ処理部270と、を備えている。電流検出部282による検出信号はA/D変換器285でデジタルデータに変換されてデータ処理部270に入力される。制御部250は、分析制御部251及び表示制御部252を機能ブロックとして含んでおり、更に各種分析条件の設定値等を記憶する設定値記憶部253を備えている。データ処理部270は機能ブロックとして判定部271を有している。本構成例における制御部250及びデータ処理部270の実態もCPU、メモリ、及び大容量記憶装置等を備えたコンピュータであり、該コンピュータに予めインストールされた専用のソフトウェアを実行することにより前記機能ブロックの機能が達成される。
【0054】
図8は、ESIのみによるイオン化を行うものであり、イオン化室311には上記と同様のESIプローブ321が設けられているが、APCI用の放電電極は設けられていない。同図の構成では、ESIプローブ321の金属細管323が高電圧電源381に接続されると共に、対電極326が接地されており、高電圧電源381によって、ESIプローブ321の金属細管323と対電極326との間に高電圧が印加される。更に、金属細管323と高電圧電源381との間の給電線383上には、金属細管323を流れる電流(すなわち、金属細管323、高電圧電源381、及び対電極326を含む電気回路を流れる電流)を検出する電流検出部382が設けられている。更に、この例では、
図1に示した構成のように、対電極326に設けられた乾燥ガス噴出口327から噴霧流に向けて加熱乾燥ガスを吹き付ける代わりに、ESIプローブ321の近傍に設けられたガスポート392から前記噴霧流に向けて加熱乾燥ガスを吹き付ける構成となっている。ガスポート392はガス供給管393と、ガス供給管393を囲繞する筒状のヒータであるガスポートヒータ394(本発明における加熱部に相当)と、を備えている。ガス供給管393の先端はESIプローブ321の噴霧口の前方空間に向けられており、ガス供給管393の基端は窒素ガス発生装置又はガスボンベ等のガス源(図示略)に接続されている。その他の構成は
図7と同様である。
【0055】
図9は、APCIのみによるイオン化を行うものであり、イオン化室411にはAPCI用の放電電極425が設けられているが、試料液体を噴霧するためのスプレーノズル421は、上記のような金属細管を備えていない。同図の構成では、放電電極425が高電圧電源481に接続されると共に、対電極426が接地されており、高電圧電源481によって、放電電極425と対電極426との間に高電圧が印加される。更に、放電電極425と高電圧電源481との間の給電線483上には、放電電極425を流れる電流(すなわち、放電電極425、高電圧電源481、及び対電極426を含む電気回路を流れる電流)を検出する電流検出部482が設けられている。また、
図9の構成では、
図1で示したようなブロックヒータ128に代えて、スプレーノズル421の噴霧口の前方空間を筒状に囲むヒータであるノズルヒータ495(本発明における加熱部に相当)が設けられている。試料液体は、スプレーノズル421の噴射口からノズルヒータ495で囲まれた空間に噴霧され、これによって試料液体中の溶媒の蒸発が促進される。その他の構成は
図7と同様である。
【0056】
図7~
図9のいずれの構成を有する質量分析装置においても、電流検出部282、382、482で検出された電流(以下、「イオン化電極電流」とよぶ)を判定部271、371、471が監視し、該電流の変動幅に基づいて、イオン化室211、311、411内において試料分子のイオン化が不安定となっているか否かを判別する。
【0057】
図7~
図9の構成におけるイオン化パラメータの設定方法は、
図3~
図6のフローチャートで示した手順とほぼ同様である。但し、この場合、
図3~
図6のフローチャート及びその説明における「イオン検出信号」は、「イオン化電極電流」と読み替えることとする。また、ブロックヒータ128に代えて、
図8のようなガスポートヒータ394又は
図9のようなノズルヒータ495を備えた構成とする場合、
図3~
図6のフローチャートの説明における「ブロックヒータ128」は、「ガスポートヒータ394」又は「ノズルヒータ495」と読み替えることとする。
【0058】
更に、本発明に係る質量分析装置のイオン化パラメータ設定方法は、
図7~
図9のような電流検出部282、382、482を備え、且つ判定部271、371、471を有しない質量分析装置にも適用することができる。その場合、表示制御部252、352、452が、イオン化電極電流の時間変化を表す波形を表示部262、362、462に表示させ、ユーザが、該波形に基づいてイオン化室211、311、411内において試料分子のイオン化が不安定となっているか否かを判断する。
【0059】
以上、本発明を実施するための形態について具体例を挙げて説明を行ったが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨の範囲で適宜変更が許容される。例えば、上記ではイオン化電極の構成及び加熱部の構成として種々の例を挙げたが、それらの組み合わせは、
図1~
図2及び
図7~
図9に例示したものに限らず、いかなる組み合わせとしてもよい。
【0060】
また、上記実施形態では、本発明に係るイオン化パラメータの設定方法を実行するためのプログラムがコンピュータに予めインストールされているものとしたが、当該プログラムを、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に格納して提供することも可能である。
【0061】
[態様]
上述した複数の例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0062】
(第1項)一態様に係る質量分析方法は、
試料液体を噴霧するノズルとイオン化電極とを有し、大気圧イオン化法によって前記試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記ノズルから噴霧された前記試料液体を加熱する加熱部と、
前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、
前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、
を備えた質量分析装置において、前記加熱部による加熱温度を設定する方法であって、
前記加熱部による加熱温度を予め定められた初期温度とし、且つ前記ノズルから一定組成の試料液体を噴霧している状態において、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流を監視し、
前記出力信号又は前記電流の変動幅が予め定められた閾値以上であった場合に、前記加熱温度を前記初期温度よりも低い値に設定するものである。
【0063】
(第2項)一態様に係る質量分析装置は、
試料液体を噴霧するノズルとイオン化電極とを有し、大気圧イオン化法によって前記試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記ノズルから噴霧された前記試料液体を加熱する加熱部と、
前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、
前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、
前記加熱部による加熱温度を予め定められた初期温度とした状態で、試料液体の質量分析を実行すべく前記イオン化部、前記加熱部、前記質量分離器、及び前記イオン検出器を制御する制御部と、
前記初期温度での質量分析の実行中に、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流の変動幅が予め定められた閾値以上であるか否かを判定する判定部と、
前記判定部によって前記変動幅が予め定められた閾値以上であると判定された場合に、前記加熱温度を前記初期温度よりも低い値に設定するようユーザに通知する通知部と、
を有するものである。
【0064】
(第3項)一態様に係る質量分析装置は、
試料液体を噴霧するノズルとイオン化電極とを有し、大気圧イオン化法によって前記試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記ノズルから噴霧された前記試料液体を加熱する加熱部と、
前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、
前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、
前記加熱部による加熱温度を予め定められた初期温度とした状態で、試料液体の質量分析を実行すべく前記イオン化部、前記加熱部、前記質量分離器、及び前記イオン検出器を制御する制御部と、
前記初期温度での質量分析の実行中に、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流の変動幅が予め定められた閾値以上であるか否かを判定する判定部と、
前記判定部によって前記変動幅が予め定められた閾値以上であると判定された場合に、前記加熱温度を前記初期温度よりも低い値に設定する設定部と、
を有するものであってもよい。
【0065】
第1項に記載の質量分析方法、又は第2項若しくは第3項に記載の質量分析装置によれば、大気圧イオン化法による試料のイオン化を行うイオン源(イオン化部)を備えた質量分析装置において、イオン源における試料液体の沸騰を防止して安定した分析結果を得られるようになる。
【0066】
(第4項)一態様に係る質量分析方法は、
試料液体を噴霧するノズルとイオン化電極とを有し、大気圧イオン化法によって前記試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記ノズルに前記試料液体を連続的に供給する試料液体供給部と、
前記ノズルから噴霧された前記試料液体を加熱する加熱部と、
前記イオン化電極に電圧を印加する高電圧電源と、
前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、
前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、
を備えた質量分析装置において、前記イオン化部におけるイオン化パラメータを設定する方法であって、
前記加熱部による加熱温度を予め定められた初期温度とし、前記高電圧電源から前記イオン化電極に予め定められた初期電圧を印加し、且つ前記ノズルから一定組成の試料液体を噴霧している状態において、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流を監視し、
前記出力信号又は前記電流の変動幅が予め定められた閾値以上であった場合に、
前記加熱温度、前記試料液体の流量、及び前記試料液体中の有機溶媒比率のうちの少なくとも1つに基づいて前記試料液体が沸騰している可能性が高いか低いかを判断し、
前記可能性が高いと判断した場合には、前記加熱温度を前記初期温度よりも低い値に設定し、
前記可能性が低いと判断した場合には、前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧の絶対値を前記初期電圧よりも小さい値に設定するものであってもよい。
【0067】
(第5項)一態様に係る質量分析装置は、
試料液体を噴霧するノズルとイオン化電極とを有し、大気圧イオン化法によって前記試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記ノズルに前記試料液体を連続的に供給する試料液体供給部と、
前記ノズルから噴霧された前記試料液体を加熱する加熱部と、
前記イオン化電極に電圧を印加する高電圧電源と、
前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、
前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、
前記加熱部による加熱温度を予め定められた初期温度とし、且つ前記高電圧電源から前記イオン化電極に予め定められた初期電圧を印加した状態で、試料液体の質量分析を実行すべく前記イオン化部、前記試料液体供給部、前記加熱部、前記高電圧電源、前記質量分離器、及び前記イオン検出器を制御する制御部と、
前記初期温度且つ前記初期電圧での質量分析の実行中に、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流の変動幅が予め定められた閾値以上であるか否かを判定する第1の判定を行い、前記第1の判定において前記変動幅が前記閾値以上であると判定した場合には、更に、前記加熱温度、前記試料液体の流量、及び前記試料液体中の有機溶媒比率のうちの少なくとも1つに基づいて前記試料液体が沸騰している可能性が高いか低いかを判定する第2の判定を行う判定部と、
前記可能性が高いと判断された場合には、前記加熱温度を前記初期温度よりも低い値に設定するようユーザに通知し、前記可能性が低いと判断された場合には、前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧の絶対値を前記初期電圧よりも小さい値に設定するようユーザに通知する通知部と、
を有するものであってもよい。
【0068】
(第6項)一態様に係る質量分析装置は、
試料液体を噴霧するノズルとイオン化電極とを有し、大気圧イオン化法によって前記試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記ノズルに前記試料液体を連続的に供給する試料液体供給部と、
前記ノズルから噴霧された前記試料液体を加熱する加熱部と、
前記イオン化電極に電圧を印加する高電圧電源と、
前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、
前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、
前記加熱部による加熱温度を予め定められた初期温度とし、且つ前記高電圧電源から前記イオン化電極に予め定められた初期電圧を印加した状態で、試料液体の質量分析を実行すべく前記イオン化部、前記試料液体供給部、前記加熱部、前記高電圧電源、前記質量分離器、及び前記イオン検出器を制御する制御部と、
前記初期温度且つ前記初期電圧での質量分析の実行中に、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流の変動幅が予め定められた閾値以上であるか否かを判定する第1の判定を行い、前記第1の判定において前記変動幅が前記閾値以上であると判定した場合には、更に、前記加熱温度、前記試料液体の流量、及び前記試料液体中の有機溶媒比率のうちの少なくとも1つに基づいて前記試料液体が沸騰している可能性が高いか低いかを判定する第2の判定を行う判定部と、
前記可能性が高いと判断された場合には、前記加熱温度を前記初期温度よりも低い値に設定し、前記可能性が低いと判断された場合には、前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧の絶対値を前記初期電圧よりも小さい値に設定する設定部と、
を有するものであってもよい。
【0069】
第4項に記載の質量分析方法、又は第5項若しくは第6項に記載の質量分析装置によれば、大気圧イオン化法による試料のイオン化を行うイオン源(イオン化部)を備えた質量分析装置において、イオン源における試料液体の沸騰及び異常放電の発生を防止して、安定した分析結果を得られるようになる。
【符号の説明】
【0070】
111…イオン化室
121…ESIプローブ
123…金属細管
125…放電電極
126…対電極
128…ブロックヒータ
131…ESI用高電圧電源
132…APCI用高電圧電源
144…四重極マスフィルタ
145…イオン検出器
150…制御部
151…分析制御部
152…表示制御部
153…設定値記憶部
161…入力部
162…表示部
170…データ処理部
171…判定部
180…LC
191…温度制御部
421…スプレーノズル
282、382、482…電流検出部
281、381、481…高電圧電源
394…ガスポートヒータ
495…ノズルヒータ