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特許7513827オーステナイト系ステンレス鋼板及び携帯電子機器用部品
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-01
(45)【発行日】2024-07-09
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼板及び携帯電子機器用部品
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240702BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240702BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240702BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20240702BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C22C38/60
C21D9/46 Q
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2023187977
(22)【出願日】2023-11-01
【審査請求日】2023-12-07
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】原 卓司
(72)【発明者】
【氏名】西村 泰司
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2022/210918(WO,A1)
【文献】特開昭62-020855(JP,A)
【文献】国際公開第2014/133058(WO,A1)
【文献】特開2016-183396(JP,A)
【文献】国際公開第2023/228821(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量基準で、C:0.030~0.120%、Si:0.20~1.00%、Mn:2.00~12.50%、P:0.050%以下、S:0.0350%以下、Ni:4.50~14.50%、Cr:16.50~21.00%、Cu:0.01~0.50%、Mo:0.01~0.70%、N:0.100~0.500%を含み、残部がFe及び不純物からなり、
以下の式(1)で表されるNi当量が18.0以上、比透磁率が1.007以下、引張強さが1500MPa以上、及びビッカース硬さが400HV以上であるオーステナイト系ステンレス鋼板。
Ni当量=Ni+0.60Mn+0.18Cr+9.69(C+N)-0.11Si2 ・・・(1)
式中、各元素記号は、各元素の含有量(質量%)を表す。
【請求項2】
質量基準で、Al:0.080%以下、Ti:0.050%以下、Co:0.50%以下、B:0.0100%以下、Nb:0.060%以下、Ca:0.0100%以下、V:0.200%以下、Sn:0.050%以下、W:0.100%以下、Pb:0.009%以下、Mg:0.0030%以下から選択される1種以上を更に含む、請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
厚みが0.01~0.30mmである、請求項1又は2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項4】
破断伸びが1.0%以上である、請求項1又は2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項5】
携帯電子機器用部品に用いられる、請求項1又は2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項6】
請求項1又は2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板を有する部材を備える携帯電子機器用部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼板及び携帯電子機器用部品に関する。
【背景技術】
【0002】
スマートフォンなどの通信機器やパソコンなどの精密機器の小型化及び高性能化に伴い、これらの機器に用いられる構造部品や機能性部品などの各種部品の薄肉軽量化が進んでいる。そのため、これらの部品の素材として用いられるステンレス鋼板には、厚みが小さくても高強度であることが求められる。例えば、折りたたみ式のスマートフォン(フォルダブルフォン)などの携帯電子機器では、画面の折曲げ機能を支えるバックプレートにばね材(板ばね)が用いられており、折曲げの繰返しに曝されるばね材には、折曲げの繰返しに耐え得る強度(疲労特性)を有するステンレス鋼板が求められている。また、携帯電子機器の筐体、ディスプレイの補強板などの部品においても、それらの機能を確保し得る強度を有するステンレス鋼板が求められている。
【0003】
ばね材に用いられるステンレス鋼板として、例えば、特許文献1には、断面視における非金属介在物の円相当径の最大値が3μm未満であるステンレス鋼箔が提案されている。このステンレス鋼箔は、冷間圧延時に生成する加工誘起マルテンサイト組織によって高強度化するとともに、非金属介在物の低減によって割れの発生を抑制して疲労強度を向上させている。
また、特許文献2には、厚さが0.1mm以下、引張強度が1800MPa以上、引張方向と同じ方向に測定した表面の粗さ曲線から求めた最大高さ粗さRzが0.35μm以下であるステンレス鋼箔が提案されている。このステンレス鋼箔は、冷間圧延時に生成する加工誘起マルテンサイト組織によって高強度化するとともに、最大高さ粗さRzを制御することによって疲労強度を向上させている。
【0004】
近年、携帯電子機器の高性能・高信頼性を十分に担保するために、電磁波による干渉を最小限に抑えることが重要となっている。磁性を有する材料を携帯電子機器の各種部品に用いると、電磁波に起因してその材料に生じた磁界が隣接する電子回路に影響を及ぼし、機器の性能低下や誤動作を誘発する要因となるため、電磁波による干渉を抑制する観点から、非磁性の材料を使用することが有効である。したがって、携帯電子機器の各種部品は、磁性材料が必要となるセンサーやモーターなどの部品を除き、できるだけ非磁性材料で構成することが望まれる。非磁性のレベルとしては、従来は比透磁率が1.010以下であればよいとされることが多かった。しかし、最近では携帯電子機器の小型化、性能及び信頼性の向上のニーズが高まり、民生用の携帯電子機器の各種部品においても比透磁率が1.007以下、特に1.005以下である非磁性材料に対するニーズが増えている。
【0005】
しかしながら、特許文献1及び2のステンレス鋼箔は、高強度化するために生成させた加工誘起マルテンサイト組織が強磁性であるため、比透磁率を1.007以下にすることは難しい。
非磁性であり、強度及び疲労特性を向上させたステンレス鋼板として、特許文献3には、質量%で、C:0.040~0.080%、Si:0.30~1.00%、Mn:2.00~4.00%、P:0.050%以下、S:0.005%以下、Ni:11.00~14.00%、Cr:18.00~20.00%、Cu:0.50%以下、Mo:0.50%以下、Ti:0.015%以下、Co:0.10~2.00%、N:0.100~0.300%、Al:0.010%以下、B:0.0100%以下、O:0.0030~0.0100%、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有する鋼板であって、鋼板表面に観察される非金属介在物の平均粒子径DM5が15.0μm以下であり、圧延方向の引張強さが1000N/mm2以上であり、比透磁率μrが1.005以下である携帯電子機器用ステンレス鋼板が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2022/014307号
【文献】国際公開第2022/210918号
【文献】特許第7215938号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記したように、携帯電子機器の小型化のニーズの高まりにより、厚みを小さくしても高強度であるステンレス鋼板が要求されている。しかしながら、特許文献3のステンレス鋼板は、厚みを小さくした場合に、携帯電子機器用部品として適した特性を有しているとは必ずしもいえない。例えば、特許文献3のステンレス鋼板は、厚みを小さくした場合に、強度が十分であるとはいえない。例えば、ばね材に要求される疲労特性は、強度(特に、引張強さ)が大きいほど優れるため、疲労特性を向上させる手法として、更なる高強度化が求められている。
【0008】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、非磁性且つ高強度のオーステナイト系ステンレス鋼板を提供することを目的とする。
また、本発明は、小型化とともに性能及び信頼性の向上が可能な携帯電子機器用部品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、オーステナイト系ステンレス鋼板について鋭意研究を行なった結果、組成、Ni当量、比透磁率及び引張強さを制御することにより、上記の課題を解決し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、質量基準で、C:0.030~0.120%、Si:0.20~1.00%、Mn:2.00~12.50%、P:0.050%以下、S:0.0350%以下、Ni:4.50~14.50%、Cr:16.50~21.00%、Cu:0.01~0.50%、Mo:0.01~0.70%、N:0.100~0.500%を含み、残部がFe及び不純物からなり、
以下の式(1)で表されるNi当量が18.0以上、比透磁率が1.007以下、引張強さが1500MPa以上、及びビッカース硬さが400HV以上であるオーステナイト系ステンレス鋼板である。
Ni当量=Ni+0.60Mn+0.18Cr+9.69(C+N)-0.11Si2 ・・・(1)
式中、各元素記号は、各元素の含有量(質量%)を表す。
【0011】
また、本発明は、前記オーステナイト系ステンレス鋼板を有する部材を備える携帯電子機器用部品である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、非磁性且つ高強度のオーステナイト系ステンレス鋼板を提供することができる。
また、本発明によれば、小型化とともに性能及び信頼性の向上が可能な携帯電子機器用部品を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、以下の実施形態に対し変更、改良などが適宜加えられたものも本発明の範囲に入ることが理解されるべきである。
なお、本明細書において成分に関する「%」表示は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0014】
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼板は、C:0.030~0.120%、Si:0.20~1.00%、Mn:2.00~12.50%、P:0.050%以下、S:0.0350%以下、Ni:4.50~14.50%、Cr:16.50~21.00%、Cu:0.50%以下、Mo:0.70%以下、N:0.100~0.500%を含み、残部がFe及び不純物からなる。
【0015】
ここで、本明細書において「ステンレス鋼板」とは、ステンレス鋼から形成された板状(帯状を含む)の材料のことを意味する。ステンレス鋼板には、厚みが小さい箔状の材料も含まれる。ステンレス鋼板の厚みは、特に限定されないが、好ましくは0.30mm以下、より好ましくは0.20mm以下、更に好ましくは0.01~0.10mmである。
また、本明細書において「オーステナイト系」とは、常温で金属組織が主にオーステナイト相、好ましくはオーステナイト単相であるものを意味する。したがって、「オーステナイト系」には、オーステナイト相以外の相(例えば、極微小なマルテンサイト相)、金属間化合物などの析出物、介在物などが僅かに含まれるものも包含される。オーステナイト相以外の相、析出物、介在物などが含まれる場合、本発明の効果を阻害しない範囲であれば、その量は特に限定されない。
さらに、本明細書において「不純物」とは、ステンレス鋼板を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップなどの原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。例えば、不純物には、O(酸素)などの不可避的不純物も含まれる。Oが不純物として含まれる場合、O含有量は0.0150%以下である。
なお、各元素の含有量に関して、「xx%以下」を含むとは、xx%以下であるが、0%超(特に、不純物レベル超)の量を含むことを意味する。
【0016】
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼板は、必要に応じて、Al:0.080%以下、Ti:0.050%以下、Co:0.50%以下、B:0.0100%以下、Nb:0.060%以下、Ca:0.0100%以下、V:0.200%以下、Sn:0.050%以下、W:0.100%以下、Pb:0.009%以下、Mg:0.0030%以下から選択される1種以上を更に含むことができる。
以下、各成分について詳細に説明する。
【0017】
<C:0.030~0.120%>
Cは、高強度化及びオーステナイト相の安定化に寄与する元素である。これらの効果を確保する観点から、C含有量の下限値は、0.030%、好ましくは0.040%、より好ましくは0.070%、更に好ましくは0.080%に制御される。一方、C含有量が多すぎると加工性が低下するため、C含有量の上限値は、0.120%、好ましくは0.110%、より好ましくは0.100%に制御される。
【0018】
<Si:0.20~1.00%>
Siは、高強度化に寄与する元素である。この効果を確保する観点から、Si含有量の下限値は、0.20%、好ましくは0.30%に制御される。一方、Si含有量が多すぎると加工性が低下するため、Si含有量の上限値は、1.00%、好ましくは0.90%、より好ましくは0.75%、更に好ましくは0.60%に制御される。
【0019】
<Mn:2.00~12.50%>
Mnは、高強度化及びオーステナイト相の安定化に寄与する元素である。これらの効果を確保する観点から、Mn含有量の下限値は、2.00%、好ましくは2.70%、より好ましくは9.00%、更に好ましくは11.30%に制御される。一方、Mn含有量が多すぎると加工性が低下するため、Mn含有量の上限値は、12.50%、好ましくは12.00%、より好ましくは11.70%に制御される。
【0020】
<P:0.050%以下>
P含有量は多すぎると、耐食性を低下させる要因となる。そのため、耐食性を確保する観点から、P含有量の上限値は、0.050%、好ましくは0.045%、より好ましくは0.040%、更に好ましくは0.030%に制御される。一方、P含有量の下限値は、特に限定されないが、P含有量の過度の低減は、製鋼負荷や原材料コストの増大につながる。そのため、P含有量の下限値は、一般的に0.001%、好ましくは0.005%、より好ましくは0.010%である。
【0021】
<S:0.0350%以下>
Sは、MnS系の非金属介在物を形成する。MnS系介在物は圧延方向に伸ばされるが、細かく分断されずに圧延方向に細長く伸びた介在物として鋼板中に存在し易い。この種の介在物は圧延平行方向を曲げ軸とする曲げ応力に対し、疲労破壊の起点となり易い。そのため、疲労特性を確保する観点から、S含有量の上限値は、0.0350%、好ましくは0.0300%、より好ましくは0.0030%、更に好ましくは0.0010%に制御される。一方、S含有量の下限値は、特に限定されないが、S含有量の過度の低減は、製鋼負荷や原材料コストの増大につながる。そのため、S含有量の下限値は、一般的に0.0001%、好ましくは0.0002%、より好ましくは0.0003%である。
【0022】
<Ni:4.50~14.50%>
Niは、オーステナイト相の安定化及び耐食性の向上に寄与する元素である。これらの効果を確保する観点から、Ni含有量の下限値は、4.50%、好ましくは5.50%、より好ましくは6.50%に制御される。一方、Niは高価であるため、Ni含有量が多すぎると製造コストの上昇につながる。そのため、Ni含有量の上限値は、14.50%、好ましくは14.00%、より好ましくは13.50%、更に好ましくは7.00%に制御される。
【0023】
<Cr:16.50~21.00%>
Crは、耐食性の確保に必要な元素である。この効果を確保する観点から、Cr含有量の下限値は、16.50%、好ましくは17.00%、より好ましくは17.50%、更に好ましくは17.70%に制御される。一方、Cr含有量が多すぎると、金属間化合物(σ相)の生成が促進されるため、オーステナイト系ステンレス鋼材の加工性が低下してしまう。そのため、Cr含有量の上限値は、21.00%、好ましくは20.00%、より好ましくは18.00%に制御される。
【0024】
<Cu:0.50%以下>
Cuは、オーステナイト相の加工硬化を抑制する元素である。そのため、プレス成形による加工度が大きい場合や、冷間鍛造を施す場合にはCuを含有させることが有利である。ただし、Cu含有量が多すぎると、耐食性の低下を引き起こす要因となる。そのため、Cu含有量の上限値は、0.50%、好ましくは0.35%、より好ましくは0.30%に制御される。一方、Cu含有量の下限値は、特に限定されないが、Cuによる効果を確保する観点から、好ましくは0.01%、より好ましくは0.02%である。
【0025】
<Mo:0.70%以下>
Moは、耐食性の向上に有効な元素である。ただし、Moは高価であるため、Mo含有量が多すぎると、製造コストの上昇につながる。そのため、Mo含有量の上限値は、0.70%、好ましくは0.50%、より好ましくは0.30%に制御される。一方、Mo含有量の下限値は、特に限定されないが、Moによる効果を確保する観点から、好ましくは0.01%、より好ましくは0.02%である。
【0026】
<N:0.100~0.500%>
Nは、高強度化及びオーステナイト相の安定化に寄与する元素である。これらの効果を確保する観点から、N含有量の下限値は、0.100%、好ましくは0.130%、より好ましくは0.250%、更に好ましくは0.290%に制御される。一方、N含有量が多すぎると加工性が低下するため、N含有量の上限値は、0.500%、好ましくは0.400%、より好ましくは0.320%に制御される。
【0027】
<Al:0.080%以下>
Alは、強力な脱酸剤として作用する元素である。ただし、Al含有量が多すぎると、Al23系介在物の生成量が増加し、品質が低下する恐れがある。そのため、Al含有量の上限値は、0.080%、好ましくは0.070%、より好ましくは0.060%に制御される。一方、Al含有量の下限値は、特に限定されないが、Alによる効果を確保する観点から、好ましくは0.003%、より好ましくは0.005%、更に好ましくは0.010%である。
【0028】
<Ti:0.050%以下>
Tiは、Cを固定して耐粒界腐食性を向上させるのに有効な元素である。ただし、Ti含有量が多すぎると、粗大な介在物の生成量が増えてしまい、疲労特性が低下する要因となる。そのため、Ti含有量の上限値は、0.050%、好ましくは0.040%、より好ましくは0.030%に制御される。一方、Ti含有量の下限値は、特に限定されないが、Tiによる効果を確保する観点から、好ましくは0.001%、より好ましくは0.002%、更に好ましくは0.003%である。
【0029】
<Co:0.50%以下>
Coは、耐食性の向上に寄与する元素である。ただし、Co含有量が多すぎると、加工性が低下するとともに製造コストの上昇につながる。そのため、Co含有量の上限値は、0.50%、好ましくは0.40%に制御される。一方、Co含有量の下限値は、特に限定されないが、Coによる効果を確保する観点から、好ましくは0.01%、より好ましくは0.02%、更に好ましくは0.03%である。
【0030】
<B:0.0100%以下>
Bは、表面疵発生の抑制、製造性の改善、溶接性の改善に有効な元素である。ただし、B含有量が多すぎると、これらの特性が逆に悪化するため、B含有量の上限値は、0.0100%、好ましくは0.0060%に制御される。一方、B含有量の下限値は、特に限定されないが、Bによる効果を確保する観点から、好ましくは0.0001%、より好ましくは0.0002%、更に好ましくは0.0003%である。
【0031】
<Nb:0.060%以下>
Nbは、C及びNとの親和力の高い元素であり、熱間圧延時に炭化物又は窒化物として析出し、母相中の固溶C及び固溶Nを低減させ、加工性を向上させる効果がある。ただし、Nb含有量が多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼板が硬質化して延性が低下する。そのため、Nb含有量の上限値は、0.060%、好ましくは0.050%に制御される。一方、Nb含有量の下限値は、特に限定されないが、Nbによる効果を確保する観点から、好ましくは0.001%、より好ましくは0.005%である。
【0032】
<Ca:0.0100%以下>
Caは、熱間加工性を向上させる元素である。ただし、Ca含有量が多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼板の靭性が低下する。そのため、Ca含有量の上限値は、0.0100%、好ましくは0.0070%、より好ましくは0.0050%に制御される。一方、Ca含有量の下限値は、特に限定されないが、Caによる効果を確保する観点から、好ましくは0.0001%、より好ましくは0.0003%である。
【0033】
<V:0.200%以下>
Vは、時効硬化性を高める作用を有する元素である。ただし、V含有量が多すぎると、製造コストの上昇につながる。そのため、V含有量の上限値は、0.200%、好ましくは0.150%に制御される。一方、V含有量の下限値は、特に限定されないが、Vによる効果を確保する観点から、好ましくは0.001%、より好ましくは0.003%である。
【0034】
<Sn:0.050%以下>
Snは、圧延時における変形帯生成の促進によって加工性を向上させる元素である。ただし、Sn含有量が多すぎると、Snによる効果が飽和するとともに、加工性が低下してしまう。そのため、Sn含有量の上限値は、0.050%、好ましくは0.040%に制御される。一方、Sn含有量の下限値は、特に限定されないが、Snによる効果を確保する観点から、好ましくは0.001%、より好ましくは0.003%である。
【0035】
<W:0.100%以下>
Wは、室温における延性を損なわずに、高温強度を向上させる元素である。ただし、W含有量が多すぎると、粗大な共晶炭化物が生成し、延性の低下を引き起こす。そのため、W含有量の上限値は、0.100%、好ましくは0.080%に制御される。一方、W含有量の下限値は、特に限定されないが、Wによる効果を確保する観点から、好ましくは0.001%、より好ましくは0.003%である。
【0036】
<Pb:0.009%以下>
Pbは、快削性を向上させる元素である。ただし、Pb含有量が多すぎると、粒界の融点を下げるとともに粒界の結合力を低下させ、粒界溶融に基づく液化割れなど、熱間加工性の劣化をまねく懸念がある。そのため、Pb含有量の上限値は、0.009%、好ましくは0.008%に制御される。一方、Pb含有量の下限値は、特に限定されないが、Pbによる効果を確保する観点から、好ましくは0.001%である。
【0037】
<Mg:0.0030%以下>
Mgは、溶鋼中でAlとともにMg酸化物を形成し、脱酸剤として作用する元素である。ただし、Mg含有量が多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼板の靭性が低下する。そのため、Mg含有量の上限値は、0.0030%、好ましくは0.0020%に制御される。一方、Mg含有量の下限値は、特に限定されないが、Mgによる効果を確保する観点から、好ましくは0.0001%、より好ましくは0.0003%である。
【0038】
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼板は、以下の式(1)で表されるNi当量が18.0以上、好ましくは18.5以上、より好ましくは19.0以上である。
Ni当量=Ni+0.60Mn+0.18Cr+9.69(C+N)-0.11Si2 ・・・(1)
式中、各元素記号は、各元素の含有量を表す。
ここで、Ni当量は、非磁性の安定度と関係する指標である。Ni当量の数値が大きいほど冷間圧延時に加工誘起マルテンサイト組織の生成が抑制され、強磁性を有する加工誘起マルテンサイト組織の生成量を少なくできる。Ni当量を上記の範囲に制御することにより、非磁性のオーステナイト系ステンレス鋼板を得ることができる。なお、Ni当量の上限値は、特に限定されないが、一般的に30.0である。
【0039】
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼板は、比透磁率が1.007以下、好ましくは1.005以下である。このような範囲の比透磁率であれば、非磁性のオーステナイト系ステンレス鋼板ということができる。なお、比透磁率の下限値は、1に近いほど非磁性であるといえるため、1.000である。
ここで、比透磁率は、透磁率を真空の透磁率で除することによって算出される。透磁率は、市販の磁力計を用いて測定される磁場-磁化曲線の傾きを求めることによって得ることができる。
【0040】
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼板は、引張強さ(TS)が1500MPa以上、好ましくは1600MPa以上、より好ましくは1800MPa以上である。このような範囲に引張強さを制御することにより、厚みを小さくしても良好な強度を確保できる。なお、引張強さの上限値は、特に限定されないが、典型的に3000MPaである。
ここで、オーステナイト系ステンレス鋼材の引張強さは、JIS Z2241:2022に準拠して測定することができる。
【0041】
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼板は、ビッカース硬さが、好ましくは400HV以上、より好ましくは420HV以上、更に好ましくは450HV以上である。このような範囲にビッカース硬さを制御することにより、厚みを小さくしても良好な強度を確保できる。なお、ビッカース硬さの上限値は、特に限定されないが、典型的に800HVである。
ここで、オーステナイト系ステンレス鋼板のビッカース硬さは、JIS Z2244-1:2020に準拠して測定することができる。
【0042】
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼板は、破断伸び(EL)が、好ましくは1.0%以上、より好ましくは1.2%以上、更に好ましくは1.3%以上である。このような範囲に破断伸びを制御することにより、オーステナイト系ステンレス鋼板の延性を確保することができる。なお、破断伸びの上限値については、特に限定されないが、典型的に15.0%である。
ここで、オーステナイト系ステンレス鋼板の破断伸びは、JIS Z2241:2022に準拠して測定することができる。
【0043】
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法は、上記の特徴を有するオーステナイト系ステンレス鋼板を製造可能な方法であれば特に限定されない。以下、本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法の一例について説明する。
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼板の典型的な製造方法は、中間圧延焼鈍工程及び調質圧延工程を含む。また、この製造方法は、必要に応じて、調質圧延工程後にテンションアニール工程を更に含んでもよい。
【0044】
中間圧延焼鈍工程は、上記の組成を有する熱延焼鈍板に対して、冷間圧延及び焼鈍を順次行うステップを2回以上繰り返して行う工程である。中間圧延焼鈍工程を行うことにより、結晶粒を微細化できるため強度を向上させることができる。
熱延焼鈍板は、上記の組成を有するステンレス鋼を溶製して鍛造又は鋳造した後、熱間圧延し、次いで焼鈍することによって製造することができる。熱間圧延及び焼鈍の条件は、ステンレス鋼の組成に応じて適宜調整すればよく特に限定されない。なお、焼鈍後は、必要に応じて酸洗などを適宜行ってもよい。
【0045】
冷間圧延及び焼鈍を順次行うステップは、2回以上繰り返して行われる。例えば、このステップを3回行う場合、冷間圧延-焼鈍-冷間圧延-焼鈍-冷間圧延-焼鈍の順で行われる。したがって、このステップは回数が増えたとしても、最初が冷間圧延、最後が焼鈍となる。このステップの回数の上限値は、特に限定されないが、例えば、10回である。
【0046】
各ステップにおける冷間圧延の条件は、ステンレス鋼の組成に応じて適宜調整すればよく特に限定されないが、2回以上の冷間圧延の総圧延率が50%以上であることが好ましく、55%以上であることがより好ましく、60%以上であることが更に好ましい。このような範囲に総圧延率を制御することにより、結晶粒を微細化させ易くなる。なお、総圧延率の上限値は、特に限定されないが、例えば、99%である。
【0047】
各ステップにおける焼鈍の条件も同様に、ステンレス鋼の組成に応じて適宜調整すればよく特に限定されないが、各焼鈍温度が900℃以上であることが好ましく、950℃以上であることがより好ましく、1000℃以上であることが更に好ましい。このような温度範囲に制御することにより、結晶粒を微細化させ易くなる。また、各ステップにおける焼鈍温度は同一でも異なっていてもよい。なお、各焼鈍温度の上限値は、特に限定されないが、例えば、1200℃又は1300℃である。
また、各焼鈍時間は、各焼鈍温度に応じて適宜調整すればよいが、例えば1~10秒である。
【0048】
調質圧延工程は、中間圧延焼鈍工程で得られた冷延焼鈍板に対して、50%以上の圧延率で調質圧延を行い、厚みを0.30mm以下に調整する工程である。調質圧延工程を行うことにより、オーステナイト相に歪を蓄積させ、強度を向上させることができる。
調質圧延の圧延率は、上記の効果を安定して得る観点から、好ましくは55%以上、より好ましくは60%以上である。この圧延率の上限値は、特に限定されないが、例えば、80%又は90%である。
【0049】
テンションアニール工程は、調質圧延工程で得られた調質圧延板に対して数kgf/mm2(例えば、5kgf/mm2)の張力を加えた状態にて、450~600℃の温度で数秒程度の熱処理を行う工程である。テンションアニール工程を行うことにより、残留応力の除去及び形状矯正を行うことができる。なお、テンションアニール工程後は強制的に冷却してもよいし、自然に冷却してもよい。
【0050】
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼板は、非磁性であり、強度及び疲労特性に優れているため、当該特性が要求される各種用途で用いることができる。その中でも、このオーステナイト系ステンレス鋼板は、小型化、性能及び信頼性の向上が要求されている携帯電子機器用部品に用いるのに好適である。特に、このオーステナイト系ステンレス鋼板は、折りたたみ式のスマートフォン(フォルダブルフォン)などの携帯電子機器において、折曲げ機能を支えるバックプレートとして用いられるばね材(板ばね)、筐体、ディスプレイの補強板などの部品として用いるのに適している。
【0051】
本発明の実施形態に係る携帯電子機器は、上記のオーステナイト系ステンレス鋼板を有する部材を備える。上記のオーステナイト系ステンレス鋼板は、非磁性であり、強度及び疲労特性に優れているため、この携帯電子機器用部品は、小型化とともに性能及び信頼性を向上させることができる。
【実施例
【0052】
以下に、実施例を挙げて本発明の内容を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定して解釈されるものではない。
【0053】
表1に示す組成を有するステンレス鋼を溶製し、成分調整後、連続鋳造を行って140mm~200mmの連続鋳造スラブとし、熱間圧延工程、焼鈍工程及び酸洗工程を行って、厚みが3~6mmの熱延焼鈍板を得た。次に、熱延焼鈍板に対して、中間圧延焼鈍工程、調質圧延工程及びテンションアニール(以下、「TA」と略す)工程(ただし、TA工程を行っていないものもある)を順次行うことにより、オーステナイト系ステンレス鋼板を得た。中間圧延焼鈍工程及び調質圧延工程の条件、並びにTA工程の実施の有無を表2に示す。なお、中間圧延焼鈍工程における各焼鈍条件は、1050℃×5秒とした。また、TA工程は、5kgf/mm2の張力を加えた状態にて、500℃の温度で1秒の熱処理を行った。
【0054】
【表1】
【0055】
【表2】
【0056】
上記のようにして得られたオーステナイト系ステンレス鋼板について以下の評価を行った。
【0057】
<引張強さ(TS)及び破断伸び(EL)>
オーステナイト系ステンレス鋼板からJIS 13B号試験片を切り出し、この試験片を用いてJIS Z2241:2022に準拠し、圧延方向のTS及びELを測定した。
この評価において、TSが1500MPa以上であれば強度が良好であるといえる。また、ELが1.0%以上であれば延性が良好であるといえる。
【0058】
<ビッカース硬さ>
オーステナイト系ステンレス鋼板の表面(圧延面)について、JIS Z2244-1:2020に準拠し、ビッカース硬さ試験機(株式会社明石製作所製MVK-G2)を用いてビッカース硬さを測定した。
この評価において、ビッカース硬さが400HV以上であれば強度が良好であるといえる。
【0059】
<比透磁率>
オーステナイト系ステンレス鋼板から、幅7mm×長さ7mmのサンプルを切り出し、電解研磨を実施した後、振動試料型磁力計(理研電子株式会社製BHV-525)を用い、掃引速度1kOe/分で5kOe(397.9kA/m)の磁場を加えて磁化させ、そこで得られた磁場-磁化曲線の傾きより透磁率を求め、真空の透磁率(4π×10-7H/m)で除することによって比透磁率を算出した。比透磁率の算出は、試験数n=3で測定を行い、3個の平均値を比透磁率の結果とした。
この評価において、比透磁率が1.007以下であれば非磁性であるということができる。
上記の各評価結果を表3に示す。
【0060】
【表3】
【0061】
表3に示されるように、実施例1~9のオーステナイト系ステンレス鋼板は、組成、Ni当量、比透磁率及び引張強さ(TS)が適切な範囲内であり、非磁性及び高強度であることが確認された。また、実施例1~9のオーステナイト系ステンレス鋼板は、EL及びビッカース硬さの結果も良好であった。
これに対して比較例1及び2のオーステナイト系ステンレス鋼板は、TSが十分でなかった。
比較例3及び4のオーステナイト系ステンレス鋼板は、N含有量が少なく、Ni当量が低すぎたため、TS及びビッカース硬さが十分でなかった。また、比較例3のオーステナイト系ステンレス鋼板は、比透磁率も高かった。
比較例5のオーステナイト系ステンレス鋼板は、Mn及びNの含有量が少なく、Ni当量が低すぎたため、比透磁率が高く、TSが十分でなかった。
比較例6のオーステナイト系ステンレス鋼板は、C、Mn及びNの含有量が少なく、Ni当量が低すぎたため、比透磁率が高く、TS及びビッカース硬さが十分でなかった。
【0062】
以上の結果からわかるように、本発明によれば、非磁性且つ高強度のオーステナイト系ステンレス鋼板を提供することができる。また、本発明によれば、小型化とともに性能及び信頼性の向上が可能な携帯電子機器用部品を提供することができる。
【要約】
【課題】非磁性且つ高強度のオーステナイト系ステンレス鋼板を提供する。
【解決手段】質量基準で、C:0.030~0.120%、Si:0.20~1.00%、Mn:2.00~12.50%、P:0.050%以下、S:0.0350%以下、Ni:4.50~14.50%、Cr:16.50~21.00%、Cu:0.50%以下、Mo:0.70%以下、N:0.100~0.500%を含み、残部がFe及び不純物からなるオーステナイト系ステンレス鋼板である。このオーステナイト系ステンレス鋼板は、以下の式(1)で表されるNi当量が18.0以上、比透磁率が1.007以下、及び引張強さが1500MPa以上である。
Ni当量=Ni+0.60Mn+0.18Cr+9.69(C+N)-0.11Si2 ・・・(1)
式中、各元素記号は、各元素の含有量を表す。
【選択図】なし