(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-02
(45)【発行日】2024-07-10
(54)【発明の名称】変位検出装置
(51)【国際特許分類】
G01D 5/244 20060101AFI20240703BHJP
G01D 5/245 20060101ALI20240703BHJP
【FI】
G01D5/244 J
G01D5/245 E
(21)【出願番号】P 2023503649
(86)(22)【出願日】2022-02-02
(86)【国際出願番号】 JP2022004142
(87)【国際公開番号】W WO2022185825
(87)【国際公開日】2022-09-09
【審査請求日】2023-08-04
(31)【優先権主張番号】P 2021031408
(32)【優先日】2021-03-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006297
【氏名又は名称】村田機械株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118784
【氏名又は名称】桂川 直己
(72)【発明者】
【氏名】清水 哲也
(72)【発明者】
【氏名】大友 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】木戸 崚平
【審査官】榮永 雅夫
(56)【参考文献】
【文献】特開平9-311762(JP,A)
【文献】特開平2-251720(JP,A)
【文献】特開2013-200141(JP,A)
【文献】特開2013-205100(JP,A)
【文献】特開2008-309736(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01D 5/00 - 5/252
G01D 5/39 - 5/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
変位検出方向における測定対象物の変位を検出する変位検出装置であって、
変位検出方向に所定の検出ピッチで磁気応答部と非磁気応答部とが交互に配列されたスケールと、
励磁信号が印加される励磁素子と、出力信号のそれぞれがサイン関数、コサイン関数、マイナスサイン関数及びマイナスコサイン関数である少なくとも4つの磁気検出素子と、を有するセンサヘッドと、
前記磁気検出素子の出力信号が入力され、前記センサヘッドに対する前記スケールの相対変位情報を演算して出力する信号処理演算装置と、
を備え、
前記信号処理演算装置は、
前記コサイン関数及びマイナスコサイン関数を合成して得られた第1交流信号を出力する第1差動増幅器と、
前記サイン関数及び前記マイナスサイン関数を合成して得られた第2交流信号を出力する第2差動増幅器と、
少なくとも当該変位検出装置の使用開始時に、前記励磁信号と前記第1交流信号及び前記第2交流信号との位相ズレ量を実質的に示す値を決定し、測定対象物の変位の検出時に、決定された前記値に基づくタイミングで前記第1交流信号の値及び前記第2交流信号の値を取得し、得られた前記第1交流信号の値及び前記第2交流信号の値を用いてarctan演算を行って、前記相対変位情報を出力する演算処理部と、
を含
み、
少なくとも当該変位検出装置の使用開始時に、前記励磁信号から互いに異なる位相シフト量だけ位相をシフトさせて生成された複数の同定用励磁信号が前記励磁素子に印加され、
それぞれの前記同定用励磁信号が前記励磁素子に印加されるのに伴って、前記演算処理部は、元の励磁信号に対して一定となるタイミングで前記第1交流信号の値及び前記第2交流信号の値を取得して、前記第1交流信号の値及び前記第2交流信号の値がゼロから乖離している度合いの合計を取得し、
前記演算処理部は、複数の前記同定用励磁信号の中で、前記合計が最大であった前記同定用励磁信号の位相シフト量を求め、この位相シフト量に基づいて、前記位相ズレ量を実質的に示す値を求める
ことを特徴とする変位検出装置。
【請求項2】
変位検出方向における測定対象物の変位を検出する変位検出装置であって、
変位検出方向に所定の検出ピッチで磁気応答部と非磁気応答部とが交互に配列されたスケールと、
励磁信号が印加される励磁素子と、出力信号のそれぞれがサイン関数、コサイン関数、マイナスサイン関数及びマイナスコサイン関数である少なくとも4つの磁気検出素子と、を有するセンサヘッドと、
前記磁気検出素子の出力信号が入力され、前記センサヘッドに対する前記スケールの相対変位情報を演算して出力する信号処理演算装置と、
を備え、
前記信号処理演算装置は、
前記コサイン関数及びマイナスコサイン関数を合成して得られた第1交流信号を出力する第1差動増幅器と、
前記サイン関数及び前記マイナスサイン関数を合成して得られた第2交流信号を出力する第2差動増幅器と、
少なくとも当該変位検出装置の使用開始時に、前記励磁信号と前記第1交流信号及び前記第2交流信号との位相ズレ量を実質的に示す値を決定し、測定対象物の変位の検出時に、決定された前記値に基づくタイミングで前記第1交流信号の値及び前記第2交流信号の値を取得し、得られた前記第1交流信号の値及び前記第2交流信号の値を用いてarctan演算を行って、前記相対変位情報を出力する演算処理部と、
を含み、
少なくとも当該変位検出装置の使用開始時に、前記演算処理部は、前記第1交流信号の値及び前記第2交流信号の値を、信号周期よりも短いサンプリング周期で反復して取得し、複数のサンプリングタイミングのそれぞれについて、前記第1交流信号の値及び前記第2交流信号の値がゼロから乖離している度合いの合計を取得し、
前記演算処理部は、前記合計が取得された複数のサンプリングタイミングの中で、当該合計が最大であったサンプリングタイミングを求め、このサンプリングタイミングに基づいて、前記位相ズレ量を実質的に示す値を求めることを特徴とする変位検出装置。
【請求項3】
請求項1
又は2に記載の変位検出装置であって、
前記第1差動増幅器が出力する前記第1交流信号の振幅、及び、前記第2差動増幅器が出力する前記第2交流信号の振幅を調整する振幅調整部を備えることを特徴とする変位検出装置。
【請求項4】
請求項
3に記載の変位検出装置であって、
前記振幅調整部は、前記励磁素子に流れる交流電流の振幅を調整することを特徴とする変位検出装置。
【請求項5】
請求項
3に記載の変位検出装置であって、
前記振幅調整部は、前記第1差動増幅器及び前記第2差動増幅器の増幅ゲインを調整することを特徴とする変位検出装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、測定対象物の変位を検出する変位検出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、電磁誘導現象を利用して測定対象物の変位を測定する変位検出装置が知られている。特許文献1は、この種の変位検出装置である回転レゾルバを開示する。
【0003】
特許文献1の回転レゾルバは、モータの回転角度を得るために使用される。この回転レゾルバは、AD変換部と、補正部と、を備える。AD変換部は、位相が異なる複数相の信号波をアナログ/デジタル変換する。AD変換された信号波の位相は、励磁信号の位相に対して遅れる。補正部には、基準位相位置を励磁周期内に有する励磁信号が入力されるとともに、AD変換部からの複数相の信号波が入力される。補正部は、複数相の信号波の2乗和平均信号のゼロクロス位相を検出し、励磁周期の等分割による位相区間における、ゼロクロス位相の位置及び位相ズレの補正方向に基づいて、励磁信号の位相を遅延させるように補正する。励磁信号の位相の遅延は、この位相及び前記信号波の位相間の位相差分である、前記基準位相位置からのズレ量だけ行われる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1の構成では、AD変換部からの複数相の信号波が、最終的には、モータの回転角度に応じて位相が変化する信号に変換される。この信号の位相を求めることで、モータの回転角度を得ることができる。
【0006】
特許文献1の構成でモータの回転角度を正確に検出するためには、信号の位相を正確に求める必要がある。信号の位相の検出は、通常、励磁信号における基準のタイミングから、信号波形に特徴的な点(例えば、ゼロクロス点)が現れたタイミングまで、カウンタを用いて反復的にカウントすることで行われる。信号の位相を高精度で検出するには、カウンタの時間分解能を上げる必要がある。しかし、電子回路の動作クロックを高くするのも限界があるため、カウンタの時間分解能を高めることが難しい場合がある。
【0007】
モータの回転角度を検出する分解能は、励磁周期を長くすることによっても向上できる。しかし、励磁周期が長くなると、モータの回転角度が高速で変化した場合の検出追従性が低下してしまう。このように、特許文献1の構成は、高速応答性と高分解能の両方を同時に実現することが難しく、改善の余地があった。
【0008】
本発明は以上の事情に鑑みてされたものであり、その目的は、温度等の外部要因で変化する誤差を計算によりその場で解消可能な、高速応答性と高分解能を実現できる変位検出装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段及び効果】
【0009】
本発明の解決しようとする課題は以上の如くであり、次にこの課題を解決するための手段とその効果を説明する。
【0010】
本発明の観点によれば、以下の構成の変位検出装置が提供される。即ち、この変位検出装置は、変位検出方向における測定対象物の変位を検出する。前記変位検出装置は、スケールと、センサヘッドと、信号処理演算装置と、を備える。前記スケールには、変位検出方向に所定の検出ピッチで磁気応答部と非磁気応答部とが交互に配列される。前記センサヘッドは、励磁素子と、少なくとも4つの磁気検出素子と、を有する。前記励磁素子には、励磁信号が印加される。4つの前記磁気検出素子の出力信号は、それぞれ、サイン関数、コサイン関数、マイナスサイン関数及びマイナスコサイン関数である。前記信号処理演算装置には、前記磁気検出素子の出力信号が入力される。前記信号処理演算装置は、前記センサヘッドに対する前記スケールの相対変位情報を演算して出力する。前記信号処理演算装置は、第1差動増幅器と、第2差動増幅器と、演算処理部と、を含む。前記第1差動増幅器は、前記コサイン関数及びマイナスコサイン関数を合成して得られた第1交流信号を出力する。前記第2差動増幅器は、前記サイン関数及び前記マイナスサイン関数を合成して得られた第2交流信号を出力する。前記演算処理部は、少なくとも当該変位検出装置の使用開始時に、前記励磁信号と前記第1交流信号及び前記第2交流信号との位相ズレ量を実質的に示す値を決定する。測定対象物の変位の検出時に、前記演算処理部は、決定された前記値に基づくタイミングで前記第1交流信号の値及び前記第2交流信号の値を取得し、得られた前記第1交流信号の値及び前記第2交流信号の値を用いてarctan演算を行って、前記相対変位情報を出力する。少なくとも当該変位検出装置の使用開始時に、前記励磁信号から互いに異なる位相シフト量だけ位相をシフトさせて生成された複数の同定用励磁信号が前記励磁素子に印加される。それぞれの前記同定用励磁信号が前記励磁素子に印加されるのに伴って、前記演算処理部は、元の励磁信号に対して一定となるタイミングで前記第1交流信号の値及び前記第2交流信号の値を取得して、前記第1交流信号の値及び前記第2交流信号の値がゼロから乖離している度合いの合計を取得する。前記演算処理部は、複数の前記同定用励磁信号の中で、前記合計が最大であった前記同定用励磁信号の位相シフト量を求め、この位相シフト量に基づいて、前記位相ズレ量を実質的に示す値を求める。
【0011】
これにより、第1交流信号及び第2交流信号がゼロから十分に乖離したタイミングで、各信号の値を取得することができる。従って、信号の値の除算によって、精度の高いtanの値を得ることができる。このtanの値に対してarctan演算を行うことで、正確な変位を取得することができる。また、arctan演算で変位を求めているので、励磁信号の1周期あたりに複数回、変位を求めることも可能である。従って、高分解能に加えて、検出の高速応答性も容易に実現することができる。位相の異なる同定用励磁信号で励磁素子を励磁して調べることで、第1交流信号及び第2交流信号がゼロから十分に乖離しているタイミングを得ることができる。
本発明の別の観点によれば、以下の構成の変位検出装置が提供される。即ち、この変位検出装置は、変位検出方向における測定対象物の変位を検出する。前記変位検出装置は、スケールと、センサヘッドと、信号処理演算装置と、を備える。前記スケールには、変位検出方向に所定の検出ピッチで磁気応答部と非磁気応答部とが交互に配列される。前記センサヘッドは、励磁素子と、少なくとも4つの磁気検出素子と、を有する。前記励磁素子には、励磁信号が印加される。4つの前記磁気検出素子の出力信号は、それぞれ、サイン関数、コサイン関数、マイナスサイン関数及びマイナスコサイン関数である。前記信号処理演算装置には、前記磁気検出素子の出力信号が入力される。前記信号処理演算装置は、前記センサヘッドに対する前記スケールの相対変位情報を演算して出力する。前記信号処理演算装置は、第1差動増幅器と、第2差動増幅器と、演算処理部と、を含む。前記第1差動増幅器は、前記コサイン関数及びマイナスコサイン関数を合成して得られた第1交流信号を出力する。前記第2差動増幅器は、前記サイン関数及び前記マイナスサイン関数を合成して得られた第2交流信号を出力する。前記演算処理部は、少なくとも当該変位検出装置の使用開始時に、前記励磁信号と前記第1交流信号及び前記第2交流信号との位相ズレ量を実質的に示す値を決定する。測定対象物の変位の検出時に、前記演算処理部は、決定された前記値に基づくタイミングで前記第1交流信号の値及び前記第2交流信号の値を取得し、得られた前記第1交流信号の値及び前記第2交流信号の値を用いてarctan演算を行って、前記相対変位情報を出力する。少なくとも当該変位検出装置の使用開始時に、前記演算処理部は、前記第1交流信号の値及び前記第2交流信号の値を、信号周期よりも短いサンプリング周期で反復して取得する。前記演算処理部は、複数のサンプリングタイミングのそれぞれについて、前記第1交流信号の値及び前記第2交流信号の値がゼロから乖離している度合いの合計を取得する。前記演算処理部は、前記合計が取得された複数のサンプリングタイミングの中で、当該合計が最大であったサンプリングタイミングを求め、このサンプリングタイミングに基づいて、前記位相ズレ量を実質的に示す値を求める。
これにより、第1交流信号及び第2交流信号がゼロから十分に乖離しているタイミングを、短時間で得ることができる。
【0012】
前記の変位検出装置は、前記第1差動増幅器が出力する前記第1交流信号の振幅、及び、前記第2差動増幅器が出力する前記第2交流信号の振幅を調整する振幅調整部を備えることが好ましい。
【0013】
これにより、例えば、磁気検出ヘッドのトランス比が変化するのに対応して振幅を変更することができる。この結果、変位の検出のために好適な波形を安定して得ることができる。
【0014】
前記の変位検出装置においては、前記振幅調整部は、前記励磁素子に流れる交流電流の振幅を調整することが好ましい。
【0015】
これにより、第1差動増幅器及び第2差動増幅器のゲイン設定処理を省略することができる。従って、簡素な処理を実現できる。
【0016】
前記の変位検出装置においては、前記振幅調整部は、前記第1差動増幅器及び前記第2差動増幅器の増幅ゲインを調整することが好ましい。
【0021】
これにより、第1交流信号及び第2交流信号がゼロから十分に乖離しているタイミングを、短時間で得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明の一実施形態に係る変位検出装置の構成を示すブロック図。
【
図2】励磁信号、第1交流信号及び第2交流信号の波形を示す図。
【
図3】第1実施形態において、元の励磁信号と位相が同じ同定用励磁信号を説明する図。
【
図4】元の励磁信号から位相を40°遅らせて生成した同定用励磁信号を説明する図。
【
図5】元の励磁信号から位相を340°遅らせて生成した同定用励磁信号を説明する図。
【
図6】第2実施形態において、第1交流信号及び第2交流信号の値の取得を説明する図。
【
図7】第3実施形態において、第1交流信号及び第2交流信号の値の取得を説明する図。
【
図8】第4実施形態において、振幅調整処理の第1例を示すフローチャート。
【
図9】第4実施形態において、振幅調整処理の第2例を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0023】
次に、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係る変位検出装置100の構成を示すブロック図である。
図2は、励磁信号、第1交流信号y1及び第2交流信号y2の波形を示す図である。
【0024】
図1に示す変位検出装置100は、測定対象物の所定の方向での変位を検出するために用いられる。以下の説明では、測定対象物の変位が検出される方向を変位検出方向と呼ぶことがある。
【0025】
変位とは、基準位置(例えば、初期位置)と比較して、現在の位置がどれだけ変化しているかを表す値である。基準位置を適宜の方法で定義することにより、測定対象物の位置そのものを変位から計算することもできる。従って、変位検出装置100は、位置検出装置として使用可能である。
【0026】
変位検出装置100は、主として、スケール1と、磁気検出ヘッド(センサヘッド)2と、検出信号処理装置(信号処理演算装置)3と、を備える。
【0027】
スケール1及び磁気検出ヘッド2のうち何れかが、測定対象物に取り付けられる。例えば、スケール1が図略の可動部材に取り付けられ、磁気検出ヘッド2が、測定対象物である図略の固定部材に取り付けられる。可動部材は、変位検出方向と平行な経路に沿って直線的に移動可能である。
【0028】
また、測定対象物である固定部材にスケール1が取り付けられ、可動部材に磁気検出ヘッド2が取り付けられても良い。更に、スケール1と磁気検出ヘッド2の両方が、互いに相対変位する可動部材にそれぞれ取り付けられても良い。この場合、変位検出装置100は、測定対象物(即ち、スケール1及び磁気検出ヘッド2)の相対変位を検出する。
【0029】
スケール1は、測定対象物が当該スケール1の長手方向における変位を検出するための目盛として用いられる。スケール1は、可動部材の移動に伴う磁気検出ヘッド2の移動ストロークを含むように、当該移動ストロークと平行な方向に細長く形成されている。スケール1は、細長いブロック状に形成されても良いし、細長い棒状に形成されても良い。
【0030】
スケール1は、非磁気応答部11と、磁気応答部12と、を備える。非磁気応答部11は、例えば、顕著な磁性を有しない金属、又は、磁性を有しないプラスチック等の材料から構成されている。磁気応答部12は、例えば、強磁性を有する金属等から構成されている。非磁気応答部11及び磁気応答部12は、スケール1の長手方向において、交互に配列されている。
【0031】
磁気応答部12は、予め定められた検出ピッチC0毎に、スケール1の長手方向に並べて設けられている。磁気応答部12は、所定の間隔を形成しながら並べて配置されているので、互いに隣接する2つの磁気応答部12の間には、磁性がない(又は、相対的に弱い)部分である非磁気応答部が形成される。従って、磁気応答部12においては、スケール1の長手方向で検出ピッチC0毎に、磁気応答性の有無又は強弱が交互に繰返し現れる。
【0032】
磁気検出ヘッド2は、
図1に示すように、磁気応答部12と所定の間隔をあけて配置されている。スケール1が細長い棒状に形成されている場合、磁気検出ヘッド2は例えば筒状に形成され、その筒孔にスケール1が差し込まれる構成とすることができる。ただし、磁気検出ヘッド2の形状は限定されない。磁気検出ヘッド2は、1次コイル(励磁素子)21と、複数の2次コイル(磁気検出素子)22と、を備える。2次コイル22は、本実施形態においては4つ設けられている。
【0033】
1次コイル21は、交流磁界を発生するために用いられる。
図1に示すように、1次コイル21は、磁気検出ヘッド2において、2次コイル22よりもスケール1から遠い側の部分に配置されている。
【0034】
1次コイル21に適宜の周波数の交流電流を流すと、その周囲に、向き及び強さが周期的に変化する磁界が発生する。本実施形態においては、
図1に示すように、後述の検出信号処理装置3に含まれるFPGA等の装置により生成された励磁波をDA変換して得られた励磁信号(A・sinωt)が、当該1次コイル21に印加されている。FPGAは、Field Programmable Gate Arrayの略称である。
【0035】
4つの2次コイル22は、
図1に示すように、スケール1の長手方向と平行な方向に並べて配置されている。2次コイル22は、磁気検出ヘッド2において、1次コイル21よりもスケール1に近い側の部分に配置されている。4つの2次コイル22には、磁気応答部12で強められた磁界によって誘起された誘導電流が流れる。磁気検出ヘッド2は、この誘導電流に基づく電気信号(例えば電圧信号)を検出して出力する。
【0036】
図1に示すように、当該4つの2次コイル22は、変位検出方向において予め定められた単位ピッチC1毎に並べて配置されている。当該単位ピッチC1は、前述の検出ピッチC0との間で所定の関係を有するように、検出ピッチC0に基づいて定められている。具体的に説明すると、以下の式で示すように、単位ピッチC1は、検出ピッチC0の整数倍と、検出ピッチC0の1/4と、の和となるように設定される。
C1=(n+1/4)・C0
ただし、nは整数である。本実施形態においては、n=0であるが、これに限定されない。
【0037】
以下の説明においては、当該4つの2次コイルのそれぞれを特定するために、
図1に示す左側から順に、第1コイル22a、第2コイル22b、第3コイル22c、及び第4コイル22dと呼ぶことがある。
【0038】
ここで、各2次コイル22で出力する信号(例えば、電圧信号)について、簡単に説明する。1次コイル21に適宜の周波数の交流電流を流すと、1次コイル21には、向き及び強さが周期的に変化する磁界が発生する。一方、2次コイル22には、コイルの磁界の変化を妨げる向きの誘導電流が発生する。1次コイル21の近傍に強磁性体が存在すると、この強磁性体は、1次コイル21が発生させる磁界を強めるように作用する。この作用は、強磁性体が1次コイル21に近づく程大きくなる。
【0039】
磁気応答部12に着目すると、磁気検出ヘッド2がスケール1の長手方向一側から他側へ相対移動するにつれて、1次コイル21及び2次コイル22が当該磁気応答部12に近づいていくが、最も近づいた後は離れていく。2次コイル22に発生する誘導電流は交流電流であるが、その振幅の大きさは、当該2次コイル22と、磁気応答部12と、の位置関係に応じて異なる。
【0040】
磁気応答部12は実際には検出ピッチC0ごとに並べて配置されるので、振幅の大きさの変化は、検出ピッチC0ごとの繰り返しになる。即ち、横軸に磁気検出ヘッド2の位置をとり、縦軸に振幅の大きさをとると、振幅と位置との関係は、検出ピッチC0を周期とする周期曲線(具体的には、正弦曲線y=sinθ)となる。このθを求めることができれば、繰返し単位である検出ピッチC0の中でスケール1が磁気検出ヘッド2に対してどの位置にあるかを取得することができる。
【0041】
しかし、正弦曲線y=sinθの1周期分を考えると、特別な場合を除いてyに対応するθの値は2つ考えられ、ただ1つに定まらない。そこで、本実施形態では、2次コイル22を、最も近い磁気応答部12との位置関係が検出ピッチC0の1/4ずつ実質的にズレるように、上述の単位ピッチC1で定められる間隔をあけて4つ配置している。
【0042】
図1に示すように、第1コイル22a、第2コイル22b、第3コイル22c、第4コイル22dのそれぞれは、互いに検出ピッチC0の1/4だけ離れているので、互いに位相が90°ズレている電圧信号を出力する。即ち、第1コイル22aが出力する電圧信号をcos+相と表現した場合、第2コイル22bはsin+相の電圧信号を出力し、第3コイル22cはcos-相の電圧信号を出力し、第4コイル22dはsin-相の電圧信号を出力することとなる。
【0043】
検出信号処理装置3は、第1コイル22a、第2コイル22b、第3コイル22c、第4コイル22dから出力された電圧信号を処理し、磁気検出ヘッド2に対するスケール1の相対変位を算出して出力する。
【0044】
検出信号処理装置3は、例えば、
図1に示すように、第1差動増幅器31と、第2差動増幅器32と、演算処理部35と、を備える。
【0045】
本実施形態において、第1差動増幅器31及び第2差動増幅器32は、検出信号処理装置3が備えるアナログ回路を構成する一部の回路(又は電子部品)から構成される。演算処理部35は、検出信号処理装置3に備えられたFPGA等がプログラムを実行することにより実現されている。
【0046】
第1差動増幅器31は、第1コイル22a及び第3コイル22cの出力の差分を増幅するために用いられる。第1差動増幅器31は、第1コイル22a及び第3コイル22cから出力された電圧信号の差分を増幅して、第1交流信号y1として出力する。
【0047】
磁気検出ヘッド2に対するスケール1の変位を表す位相をθとしたとき、上記第1交流信号y1は、以下の式で表すことができる。
y1=acosθ・sinωt
【0048】
当該第1交流信号y1は、フィルタにより処理された後、AD変換器によりアナログ信号からデジタル信号に変換され、演算処理部35に入力される。
【0049】
第2差動増幅器32は、第2コイル22b及び第4コイル22dの出力の差分を増幅するために用いられる。第2差動増幅器32は、第2コイル22b及び第4コイル22dから出力された電圧信号の差分を増幅して、第2交流信号y2として出力する。
【0050】
磁気検出ヘッド2に対するスケール1の変位を表す位相をθとしたとき、上記第2交流信号y2は、以下の式で表すことができる。
y2=asinθ・sinωt
【0051】
当該第2交流信号y2は、上記第1交流信号y1と同じように、フィルタにより処理された後、AD変換器によりアナログ信号からデジタル信号に変換され、演算処理部35に入力される。
【0052】
演算処理部35は、デジタル信号の第1交流信号y1及び第2交流信号y2に対して、arctan演算を行う。具体的には、演算処理部35は、デジタル信号の第2交流信号y2を第1交流信号y1で除算する。この結果は、tanθの値に相当する。その後、演算処理部35は、計算結果のarctanの値を求める。これにより、磁気検出ヘッド2に対するスケール1の変位を表す位相θを、スケール1の相対変位情報として得ることができる。θは厳密には位相であるが、実質的には、磁気検出ヘッド2に対するスケール1の相対変位を示している。従って、以下ではθを変位と呼ぶことがある。
【0053】
演算処理部35により求められた変位θは、高周波成分を除くためにフィルタに入力される。これにより、ノイズ等を除去することができる。フィルタ処理後の値は、直線性較正等の後処理を経た後、位置情報として検出信号処理装置3から出力される。
【0054】
次に、1次コイル21と2次コイル22の間に生じる位相ズレについて詳細に説明する。
【0055】
知られているように、1次コイル21に印加された励磁信号と、2次コイル22の出力(第1交流信号y1及び第2交流信号y2)の間には、
図2に示すように、位相ズレ量dが発生する。具体的には、第1交流信号y1及び第2交流信号y2の位相が、励磁信号に対して、位相ズレ量dだけ遅れる。この位相ズレ量dは、コイル設計の違い、配線部の抵抗要因(配線の種類、長さ、引き回し)等に基づいて生じるものである。位相ズレ量dの大きさは、温度等の周辺環境によって様々に変化する。
【0056】
本実施形態の演算処理部35においては、磁気検出ヘッド2に対するスケール1の変位を検出するために第1交流信号y1の値及び第2交流信号y2の値を取得するタイミングを、上記の位相ズレ量dを考慮しつつ、それぞれの信号がゼロから十分に乖離した値となるように予め定めている。このタイミングは、励磁信号のタイミングとの間で相対的に定まるものである。
【0057】
上述のように、第2交流信号y2を第1交流信号y1で除算することにより、tanθが計算される。従って、2つの信号の値がゼロ付近であると、tanθの精度が低下する。これを考慮すれば、第1交流信号y1の値及び第2交流信号y2の値が取得されるタイミングは、2つの信号の値が正又は負のピークとなるタイミングと一致することが最も好ましい。ただし、2つの信号の値がゼロからある程度乖離していればtanθの精度を十分に確保できるので、信号の値が厳密にピークとなるタイミングで取得される必要はない。
【0058】
励磁信号をA・sinωtと表す場合、第1交流信号y1及び第2交流信号y2は、下記の式で表される。
y1=a・cosθ・sin(ωt+d)
y2=a・sinθ・sin(ωt+d)
この式におけるdが、上記の位相ズレを表す。
【0059】
第1交流信号y1の値及び第2交流信号y2の値が正又は負のピークを示すタイミングとは、ωt+dの位相が90°又は270°となるタイミングを意味する。一方、ωt+dの位相が0°又は180°となるタイミングでは、第1交流信号y1の値及び第2交流信号y2の値が何れもゼロ付近となってしまう。
【0060】
従って、本実施形態では、変位θの測定にあたって、第1交流信号y1の値及び第2交流信号y2は、例えば、ωt+dが0°又は180°となるタイミングに対して十分に異なるタイミングで取得される。位相ズレ量dをある程度の精度で求めることができれば、arctan演算で用いられる第1交流信号y1及び第2交流信号y2の値の取出しタイミングを適切に生成することができる。
【0061】
位相ズレ量dは、例えば、
図3から
図5までに示すような励磁信号の逐次位相シフト手法を用いて決定することができる。
【0062】
以下、具体的に説明する。演算処理部35は、前述の励磁信号に基づいて複数の同定用励磁信号を生成し、順次、同定用励磁信号を1次コイル21に印加する。複数の同定用励磁信号は、元の励磁信号に対して互いに異なるシフト量だけ位相をシフトすることにより生成される。同定用励磁信号の例が、
図3から
図5までに示されている。
【0063】
同定用励磁信号に関し、
図3は位相シフト量Dが0°の場合、
図4は40°の場合、
図5は340°の場合を示している。このように、複数の同定用励磁信号の中に、位相シフトなし、即ち、元の励磁信号に対して位相が同一であるものが含まれていても良い。
【0064】
逐次位相シフト手法を詳細に説明する。元の励磁信号をA・sinωtとしたときに、同定用励磁信号は、遅れ方向の位相シフト量をDとして、A・sin(ωt+D)と表すことができる。Dの値を、0°,10°,20°,・・・,というように逐次変化させることで、複数の同定用励磁信号を生成することができる。
【0065】
演算処理部35は、同定用励磁信号を生成する毎に、同定用励磁信号を実際に1次コイル21に印加する。それぞれの同定用励磁信号は、十分な時間、例えば励磁信号の1周期分以上にわたって、1次コイル21に印加される。
【0066】
演算処理部35は、それぞれの同定用励磁信号が1次コイル21に印加される毎に、元の励磁信号A・sinωtが振幅ピーク位置となるタイミングで、第1交流信号y1及び第2交流信号y2の値を取得する。振幅ピーク位置に関して、ωtの位相は90°及び270°の何れでも良いが、
図3から
図5の例では、90°のタイミングで取得する例を示している。
【0067】
このように、どの同定用励磁信号が印加される場合でも、第1交流信号y1及び第2交流信号y2の値が取得されるタイミングは一定である。しかし、同定用励磁信号の位相が10°間隔で変化するので、それに応じて、第1交流信号y1及び第2交流信号y2の値の位相も、10°間隔で変化する。従って、
図3から
図5までに示すように、同定用励磁信号が異なれば、取得される第1交流信号y1及び第2交流信号y2の値も異なることになる。
【0068】
演算処理部35は、それぞれの同定用励磁信号が1次コイル21に印加される毎に、上記のタイミングで取得した第1交流信号y1及び第2交流信号y2の値がゼロから乖離している度合いの合計を実質的に示す値を算出する。以下、この値を信号乖離合計値と呼ぶことがある。本実施形態では、信号乖離合計値として、以下の式のように、第1交流信号y1及び第2交流信号y2の2乗和の平方根を求めている。
信号乖離合計値=√((第1交流信号y1)^2+(第2交流信号y2)^2)
【0069】
ただし、以下の式のように、信号乖離合計値として、第1交流信号y1及び第2交流信号y2の値の絶対値の和が求められても良い。
信号乖離合計値=|第1交流信号y1|+|第2交流信号y2|
この場合、前記の2乗和の平方根よりも演算の負担を軽減することができる。
【0070】
演算処理部35は、それぞれの同定用励磁信号について信号乖離合計値を算出した後、信号乖離合計値同士を比較する。これにより、信号乖離合計値が最大値となった同定用励磁信号に対応する位相シフト量Dを求めることができる。今回の例では、位相シフト量Dを340°とした
図5の同定用励磁信号に対して、信号乖離合計値が最大となる。演算処理部35は、この位相シフト量Dである340°を360°から減算して、位相ズレ推定量d
eを求める。今回の例では、位相ズレ推定量d
eは20°となる(d
e=360°-340°=20°)。
【0071】
今回の例で、同定用励磁信号の位相シフト量Dは10°刻みで変化するので、位相ズレ推定量deの精度は高くない。しかし、位相ズレ推定量deは、位相ズレ量dの近傍の値となる。従って、位相ズレ推定量deは、位相ズレ量dを実質的に示す値ということができる。決定された位相ズレ推定量deが適宜の記憶部に記憶されると、初期処理が完了する。
【0072】
その後の変位θの測定では、得られた位相ズレ推定量deに基づいて、第1交流信号y1の値及び第2交流信号y2の値を取得するタイミングが定められる。具体的には、第1交流信号y1の値及び第2交流信号y2の値は、ωt+deが0°又は180°となるタイミングとは十分に異なるタイミングで取得される。取得タイミングは、ωt+deが90°又は270°となるタイミングとすることが好ましい。以上により、tanθ(ひいては、変位θ)を良好な精度で取得することができる。
【0073】
本実施形態では、第2交流信号y2を第1交流信号y1で除算した値に対してarctanを求めることで、変位θを得る。従って、1周期分の第1交流信号y1及び第2交流信号y2に関して、信号の値がゼロ付近となるタイミングを避けるようにすれば、任意のタイミングで変位θを得ることができる。変位θを取得する頻度は、励磁信号の1周期分あたり1回であっても良いし、2回以上であっても良い。励磁信号の1周期あたり複数回にわたって変位θを取得すれば、磁気検出ヘッド2に対してスケール1が高速で移動する場合であっても、高速で追従して変位を検出することができる。
【0074】
以上に説明したように、本実施形態の変位検出装置100は、変位検出方向における測定対象物の変位を検出する。変位検出装置100は、スケール1と、磁気検出ヘッド2と、検出信号処理装置3と、を備える。スケール1には、変位検出方向に所定の検出ピッチで磁気応答部12と非磁気応答部11とが交互に配列されている。磁気検出ヘッド2は、励磁信号が印加される1次コイル21と、出力信号のそれぞれがサイン関数、コサイン関数、マイナスサイン関数及びマイナスコサイン関数である少なくとも4つの2次コイル22を有する。検出信号処理装置3には、2次コイル22の出力信号が入力される。検出信号処理装置3は、磁気検出ヘッド2に対するスケール1の相対変位情報を演算して出力する。検出信号処理装置3は、第1差動増幅器31と、第2差動増幅器32と、演算処理部35と、を備える。第1差動増幅器31は、コサイン関数及びマイナスコサイン関数を合成して得られた第1交流信号y1を出力する。第2差動増幅器32は、サイン関数及びマイナスサイン関数を合成して得られた第2交流信号y2を出力する。演算処理部35は、少なくとも当該変位検出装置100の使用開始時に、励磁信号と第1交流信号y1及び第2交流信号y2との位相ズレ量dを実質的に示す値(位相ズレ推定量de)を決定する。磁気検出ヘッド2に対するスケール1の変位を検出する場合、演算処理部35は、決定された位相ズレ推定量deに基づくタイミングで、第1交流信号y1の値及び第2交流信号y2の値を取得する。演算処理部35は、求められた第1交流信号y1の値及び第2交流信号y2の値を用いてarctan演算を行い、相対変位情報を出力する。
【0075】
これにより、第1交流信号y1及び第2交流信号y2がゼロから十分に乖離したタイミングで、各信号の値を取得することができる。従って、信号の値の除算によって、精度の高いtanθの値を得ることができる。このtanθの値に対してarctan演算を行うことで、正確な変位θを取得することができる。また、arctan演算で変位を求めているので、各信号の値がゼロに近くなるタイミングを避けるようにして、励磁信号の1周期当たりに複数回、変位を求めることが可能である。従って、高分解能に加えて、検出の高速応答性も容易に実現することができる。
【0076】
また、本実施形態の変位検出装置100においては、励磁信号に基づく複数の同定用励磁信号が1次コイル21に印加される。複数の同定用励磁信号は、元の励磁信号から互いに異なる位相シフト量Dだけ位相をシフトさせて生成される。それぞれの同定用励磁信号が1次コイル21に印加されるのに伴って、演算処理部35は、元の励磁信号に対して一定となるタイミングで第1交流信号y1の値及び第2交流信号y2の値を取得して、2つの信号の値がゼロから乖離している度合いの合計(信号乖離合計値)を取得する。演算処理部35は、複数の同定用励磁信号の中で、前記合計が最大であった同定用励磁信号の位相シフト量Dを求める。演算処理部35は、この位相シフト量Dに基づいて位相ズレ推定量deを求める。
【0077】
これにより、位相が様々に異なる同定用励磁信号で1次コイル21を励磁して調べることで、第1交流信号y1の値及び第2交流信号y2の値がゼロから十分に乖離しているタイミングを得ることができる。
【0078】
次に、第2実施形態を説明する。なお、本実施形態の説明においては、前述の実施形態と同一又は類似の部材には図面に同一の符号を付し、説明を省略する場合がある。
【0079】
本実施形態において、演算処理部35は、励磁信号の逐次位相シフト手法の代わりに、2次コイル22からの出力信号(即ち、第1交流信号y1及び第2交流信号y2)の波形トレース手法を用いて、上記位相ズレ量決定処理を行って、同定処理に用いられる位相ズレ量を決定している。
【0080】
具体的に説明する。演算処理部35は、初期処理において、第1交流信号y1及び第2交流信号y2の波形を写し取るように、第1交流信号y1及び第2交流信号y2の値を、信号周期よりも十分に短いサンプリング周期で取得する。このとき、1次コイル21には、前述の同定用励磁信号ではなく、通常の励磁信号A・sinωtが印加される。サンプリング周期を短くするために、AD変換器によるAD変換が高速に行われることが好ましい。
【0081】
演算処理部35は、各サンプリングタイミングにおける第1交流信号y1及び第2交流信号y2の組について、前述の信号乖離合計値を算出する。信号乖離合計値は、前述と同様に、2つの信号値の2乗和の平方根としても良いし、絶対値の和としても良い。演算処理部35は、それぞれのサンプリングタイミングについて信号乖離合計値を算出した後、信号乖離合計値同士を比較する。これにより、信号乖離合計値が最大値となったサンプリングタイミングを求めることができる。
図6に示すように、位相ズレ推定量d
eは、信号乖離合計値が最大値となったサンプリングタイミングに基づいて容易に得ることができる。その後に測定対象物の変位θを求める処理は、第1実施形態と実質的に同様であるので、説明を省略する。
【0082】
以上に説明したように、本実施形態の変位検出装置100において、演算処理部35は、第1交流信号y1の値及び第2交流信号y2の値を、信号周期よりも短いサンプリング周期で反復して取得する。演算処理部35は、複数のサンプリングタイミングのそれぞれについて、信号の値がゼロから乖離している度合いの合計を取得する。演算処理部35は、前記合計が取得された複数のサンプリングタイミングの中で、当該合計が最大であったサンプリングタイミングを求める。演算処理部35は、当該合計が最大であったサンプリングタイミングに基づいて、位相ズレ推定量deを求める。
【0083】
これにより、第1交流信号y1の値及び第2交流信号y2の値がゼロから十分に乖離しているタイミングを、例えば励磁信号の1周期分等、短時間の波形を調べることで得ることができる。
【0084】
次に、第3実施形態を説明する。なお、本実施形態の説明においては、前述の実施形態と同一又は類似の部材には図面に同一の符号を付し、説明を省略する場合がある。
【0085】
本実施形態は、AD変換器の処理能力等の関係で、波形をサンプリングする際に1周期あたりのサンプリング回数を第2実施形態のように多くできない場合に適している。サンプリング対象の波形は、2次コイル22からの出力信号、即ち、第1交流信号y1及び第2交流信号y2を意味する。
【0086】
以下、励磁信号の1周期あたりでサンプリングできる回数が3回である場合を例として、具体的に説明する。演算処理部35は、初期処理において、1周期分ではなく2周期分のサンプリング波形を用いて、交流信号の値を取得する。第1周期目(第1回目)の測定では、
図7の上側に示すように、励磁信号の波形に対して位相が0°、120°、240°となるタイミングで、第1交流信号y1及び第2交流信号y2の値が取得される。第2周期目(第2回目)の測定では、
図7の下側に示すように、励磁信号の波形に対して位相が60°、180°、300°となるタイミングで、第1交流信号y1及び第2交流信号y2の値が取得される。
【0087】
その後は、第2実施形態と同様に、それぞれのサンプリングタイミングにおける信号乖離合計値が求められる。演算処理部35は、2周期分(計6回)のサンプリングタイミングの中で、信号乖離合計値が最大値となったサンプリングタイミングを求める。
【0088】
このように、それぞれの周期でサンプリングタイミングの位相を異ならせることで、第1交流信号y1及び第2交流信号y2を実際よりも短い周期でサンプリングして位相ズレ推定量d
eを決定するのと同じことになる。
図7の例では、1周期あたりに6回サンプリングして位相ズレ推定量d
eを求めるのと同等の効果が得られる。
【0089】
本実施形態では2周期分の波形がサンプリングされているが、1周期ごとに少しずつ位相をズラしながら、3周期分以上の波形をサンプリングしても良い。
【0090】
次に、第4実施形態について説明する。なお、本実施形態の説明においては、前述の実施形態と同一又は類似の部材には図面に同一の符号を付し、説明を省略する場合がある。
【0091】
本実施形態の検出信号処理装置3は、第1差動増幅器31からADコンバータへ入力される波形(a・cosθ・sinωt)の振幅a、及び、第2差動増幅器32からADコンバータへ入力される波形(a・sinθ・sinωt)の振幅aを、調整可能である。本実施形態は、上述の第1実施形態から第3実施形態までの何れに対しても組み合わせることができる。
【0092】
上述のように、第1実施形態から第3実施形態までの構成では、第1交流信号y1及び第2交流信号y2がゼロから十分に乖離したタイミングで各信号の値を取得し、arctan演算を行う。しかし、第1差動増幅器31及び第2差動増幅器32が出力する波形の振幅が、ADコンバータの入力電圧範囲に対して適切でない場合も考えられる。
【0093】
以下、波形の振幅が大き過ぎたり小さ過ぎたりする具体的な例について説明する。磁気検出ヘッド2として許容される物理的な大きさは、測定対象物、周囲のスペースの大きさ等に応じて変化する。このような事情等を考慮して、変位検出装置100の汎用性を高めるために、大きさが異なる複数種類の磁気検出ヘッド2から、状況に応じて1つのヘッドを選択して用いることが可能に構成される場合がある。1次コイル21と2次コイル22のトランス比は、ヘッドの種類に応じて異なる。磁気検出ヘッド2のトランス比が、検出信号処理装置3で想定しているトランス比と異なっていると、第1差動増幅器31及び第2差動増幅器32から出力される波形の振幅が過大又は過小となってしまう。
【0094】
信号が流れる方向において第1差動増幅器31及び第2差動増幅器32よりも下流側には、AD変換器が配置されている。AD変換器の信号入力範囲に対して、第1差動増幅器31及び第2差動増幅器32の出力信号の振幅が大き過ぎると、AD変換器において波形が飽和し、変位θの誤検出が生じてしまう。一方、第1差動増幅器31及び第2差動増幅器32の出力信号の振幅が小さ過ぎると、SN比が悪化し、変位θの検出精度の低下を招く。
【0095】
そこで、本実施形態においては、演算処理部35が出力する励磁信号(A・sinωt)の振幅Aを変更可能に構成されている。前述の実施形態で説明した位相ズレの推定を行った後、演算処理部35は、第1交流信号y1及び第2交流信号y2波形のピークが、予め定められた範囲に入っているか否かを調べる。第1交流信号y1及び第2交流信号y2の値(ピークを含む)は、2つのADコンバータのそれぞれから取得することができる。
【0096】
第1実施形態の逐次位相シフト手法を用いる場合、決定された位相ズレ推定量deに基づくタイミングで取得した第1交流信号y1の値及び第2交流信号y2の値を、それぞれの波形のピークであるとみなすことができる。第2実施形態の波形トレース手法を用いる場合、第1交流信号y1及び第2交流信号y2のピークは容易に求めることができる。
【0097】
本実施形態では、このように実質的に波形のピークのタイミングで取得された第1交流信号y1の値及び第2交流信号y2の値から、前述のように、2乗和の平方根として定義された信号乖離合計値が計算される。この信号乖離合計値は、第1交流信号y1及び第2交流信号y2の振幅aの大きさを実質的に示す。信号乖離合計値は、前述のように絶対値の和として定義されても良い。この場合も、信号乖離合計値は、第1交流信号y1及び第2交流信号y2の振幅aの大きさを概略的に示している。
【0098】
計算された信号乖離合計値が所定範囲よりも大きい場合、演算処理部35は、励磁波出力の振幅(前述の振幅A)を、例えば1/2倍となるように変更する。これにより、第1差動増幅器31が出力する波形(a・cosθ・sinωt)の振幅aが1/2倍となり、第2差動増幅器32が出力する波形(a・sinθ・sinωt)の振幅aが1/2倍となる。
【0099】
計算された信号乖離合計値が所定範囲よりも小さい場合、演算処理部35は、励磁波出力の振幅(前述の振幅A)を、例えば2倍となるように変更する。これにより、第1差動増幅器31が出力する波形(a・cosθ・sinωt)の振幅aが2倍となり、第2差動増幅器32が出力する波形(a・sinθ・sinωt)の振幅aが2倍となる。
【0100】
以上の調整により、AD変換器に対して適度な振幅の信号が入力されるので、変位θを高い精度で検出することができる。
【0101】
以下、具体的な処理の例について、
図8のフローチャートを参照して説明する。
【0102】
図8に示す振幅の自動調整処理が開始されると、最初に、検出信号処理装置3は、励磁信号の振幅Aの値を最大値で初期化する(ステップS101)。
【0103】
次に、検出信号処理装置3は、例えば逐次位相シフト手法によって、位相ズレ量を求める(ステップS102)。
【0104】
続いて、検出信号処理装置3は、ステップS102で求めた位相ズレ推定量deに基づくタイミングで第1交流信号y1及び第2交流信号y2の値を取得する。検出信号処理装置3は、前述の信号乖離合計値を2つの値から計算し、その信号乖離合計値が所定の閾値以下であるか否かを調べる(ステップS103)。
【0105】
ステップS103の判断で、上述の信号乖離合計値が所定の閾値以下であった場合、調整処理は終了し、現在設定されている励磁信号の振幅Aが以降の処理で使われる。
【0106】
ステップS103の判断で、上述の信号乖離合計値が所定の閾値を上回っていた場合、検出信号処理装置3は、励磁信号の振幅Aを、例えば現在の設定値の1/2となるように変更する(ステップS104)。その後、処理はステップS102に戻る。
【0107】
以上の処理により、第1交流信号y1及び第2交流信号y2の振幅aが、閾値の1/2よりも大きくかつ閾値以下となるように、励磁信号の振幅Aを調整することができる。
【0108】
励磁信号の振幅Aを変更することに代えて、又はそれに加えて、第1差動増幅器31及び第2差動増幅器32の増幅ゲインを変更することもできる。この方法によっても、第1差動増幅器31からADコンバータへ入力される波形(a・cosθ・sinωt)の振幅a、及び、第2差動増幅器32からADコンバータへ入力される波形(a・sinθ・sinωt)の振幅aを、変更することができる。
【0109】
位相ズレ量を実質的に示す値を決定する処理と、振幅を調整する処理と、の順序は逆であっても良い。以下、振幅を調整する処理を先行して行う処理の例について、
図9のフローチャートを参照して説明する。
【0110】
図9に示す振幅の自動調整処理が開始されると、最初に、検出信号処理装置3は、位相ズレを示す位相ズレ推定量d
eとして、適当な値を設定する(ステップS201)。ステップS201で設定される値は任意であり、例えばランダムとすることができる。この位相ズレ推定量d
eの設定は暫定的なものであって、後に、実際に推定した値に変更される。
【0111】
次に、検出信号処理装置3は、励磁信号の振幅Aを最大値で初期化する(ステップS202)。
【0112】
その後、検出信号処理装置3は、ステップS201で暫定的に設定された位相ズレ推定量deに基づくタイミングで第1交流信号y1及び第2交流信号y2の値を取得する。検出信号処理装置3は、2つの値から信号乖離合計値(言い換えれば、第1交流信号y1及び第2交流信号y2の振幅a)を計算し、その信号乖離合計値が所定の閾値以下であるか否かを調べる(ステップS203)。
【0113】
ステップS203の判断で、上述の信号乖離合計値が所定の閾値以下であった場合、処理は後述のステップS205に進む。
【0114】
ステップS203の判断で、上述の信号乖離合計値が所定の閾値を上回っていた場合、検出信号処理装置3は、励磁信号の振幅Aを、例えば現在の設定値の1/2となるように変更する(ステップS204)。その後、処理はステップS203に戻る。
【0115】
ステップS202~ステップS204の処理により、ステップS201で設定された位相ズレ推定量deに基づくタイミングで取得された第1交流信号y1及び第2交流信号y2の値を基準として、第1交流信号y1及び第2交流信号y2の値が所定範囲となるように、励磁信号の振幅Aが変更される。
【0116】
次に、検出信号処理装置3は、ステップS202~ステップS204の処理により決定された振幅Aで励磁信号を発生させ、例えば逐次位相シフト手法によって、位相ズレ推定量deを求める(ステップS205)。
【0117】
続いて、検出信号処理装置3は、ステップS205で求めた位相ズレ推定量deに基づくタイミングで第1交流信号y1及び第2交流信号y2の値を取得する。検出信号処理装置3は、2つの信号値から信号乖離合計値を計算し、その信号乖離合計値が所定の範囲内であるか否かを調べる(ステップS206)。所定の範囲とは、ステップS203の閾値の1/2よりも大きく、閾値以下である範囲に相当する。
【0118】
ステップS206の判断で、上述の信号乖離合計値が所定の範囲内であった場合、調整処理は終了し、現在設定されている励磁信号の振幅A及び位相ズレ推定量deが以降の処理で使われる。
【0119】
ステップS206の判断で、上述の信号乖離合計値が所定の範囲を外れていた場合、ステップS201で仮設定された位相ズレ推定量deが適切でなかったと考えられる。従って、処理はステップS202に戻り、励磁信号の振幅Aの調整がやり直される。振幅Aの再調整の過程で、ステップS203では、ステップS205で取得された位相ズレ推定量de(言い換えれば、最も直近に取得された位相ズレ推定量de)に基づくタイミングで、第1交流信号y1及び第2交流信号y2の値が取得される。この結果、ステップS202~ステップS204の処理で、より適切な振幅Aの値が得られる。
【0120】
ステップS202~ステップS206のループを反復すると、やがて、ステップS206の条件を満たす、励磁信号の振幅Aと位相ズレ推定量d
eの組合せが得られる。その時点で、
図9に示す一連の処理が終了する。
【0121】
以上に説明したように、本実施形態の変位検出装置100は、第1差動増幅器31が出力する第1交流信号y1の振幅、及び、第2差動増幅器32が出力する第2交流信号y2の振幅aを調整する振幅調整部を備える。
【0122】
これにより、例えば、磁気検出ヘッド2のトランス比が変化するのに対応して、第1交流信号y1及び第2交流信号y2の振幅aを自動的に変更することができる。この結果、変位の検出のために好適な波形を安定して得ることができる。
【0123】
上述の振幅aの調整は、検出信号処理装置3の「励磁波出力」のブロックが、1次コイル21に流れる交流電流の振幅Aを調整することで行うことができる。この構成では、「励磁波出力」を実現する部分が、振幅調整部に相当する。
【0124】
この場合、第1差動増幅器31及び第2差動増幅器32のゲイン設定処理を省略することができる。従って、簡素な処理を実現できる。
【0125】
上述の振幅aの調整は、第1差動増幅器31及び第2差動増幅器32の増幅ゲインを調整することで行うこともできる。この構成では、検出信号処理装置3が備える、図示しない「ゲイン変更」のブロックが、振幅調整部に相当する。
【0126】
この場合、波形の振幅aを、より直接的に調整することができる。
【0127】
以上に本発明の好適な実施の形態を説明したが、上記の構成は例えば以下のように変更することができる。
【0128】
スケール1は、上述の構成に限定されず、互いに異なる磁気的な性質(磁性の強弱、発生する磁界の方向等)が繰り返されるのであれば、適宜の構成とすることができる。例えば、磁気応答部12が、強磁性体と弱磁性体/非磁性体を、当該スケール1の長手方向に交互に並べることで構成されても良い。磁石のN極とS極を並べることで、磁気的な性質の変化の繰返しを実現しても良い。
【0129】
2次コイル22がスケール1(磁気応答部12)からの変位に応じた変化を捉えることが可能であれば、1次コイル21がスケール1に近い側に配置され、2次コイル22がスケール1から遠い側に配置されても良い。
【0130】
磁気検出素子は、2次コイル22の代わりに、プリント基板の導電パターン、ホール素子等から構成されても良い。
【0131】
演算処理部35における位相ズレ推定量deの決定は、変位検出装置100の使用開始時に加えて、変位検出装置100の使用に影響しない他の適宜のタイミングで行われても良い。
【0132】
第1実施形態において、同定用励磁信号の位相シフト量Dを異ならせる間隔は、10°に限定されず、例えば20°、45°等としても良い。
【0133】
第1実施形態において、同定用励磁信号の位相シフト量Dを増加させていくに従って、算出された信号乖離合計値が増大した後減少する傾向となり、信号乖離合計値の最大値を更新する見込みが薄いと判断した場合、処理を打ち切っても良い。同様に、第2実施形態において、サンプリングを反復して行うのに従って、算出された信号乖離合計値が増大した後減少する傾向となった場合は、処理を打ち切っても良い。
【0134】
図1に示す直線性較正、高速予測演算は、使用される条件に応じて適宜省略されても良い。
【0135】
第4実施形態において、励磁信号の振幅Aの変更は1/2を乗じることで行われているが、1より小さい別の任意の数が乗じられても良い。振幅は、等比的に変更することに代えて、等差的に変更されても良い。
図8及び
図9に示すように振幅の変更が複数回行われても良いが、1回だけ行われても良い。差動増幅器31,32の増幅ゲインの変更も、上記と同様に、様々な方法で行うことができる。
【0136】
図8及び
図9の例では、励磁信号の振幅Aの初期値として最大値が設定され、必要に応じて減少するように変更されている。これに代えて、励磁信号の振幅Aの初期値として最小値が設定され、必要に応じて増大するように変更されても良い。この場合、励磁信号の振幅の変更は、例えば、1より大きい任意の数(例えば、2)を乗じることで行うことができる。差動増幅器31,32の増幅ゲインの変更も、上記と同様に、様々な方法で行うことができる。
【符号の説明】
【0137】
1 スケール
2 磁気検出ヘッド(センサヘッド)
3 検出信号処理装置(信号処理演算装置)
11 非磁気応答部
12 磁気応答部
22 2次コイル(磁気検出素子)
31 第1差動増幅器
32 第2差動増幅器
100 変位検出装置