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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-02
(45)【発行日】2024-07-10
(54)【発明の名称】建設機械のエンジン診断装置
(51)【国際特許分類】
   E02F 9/26 20060101AFI20240703BHJP
【FI】
E02F9/26 Z
E02F9/26 B
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020177641
(22)【出願日】2020-10-22
(65)【公開番号】P2022068776
(43)【公開日】2022-05-10
【審査請求日】2023-10-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000005522
【氏名又は名称】日立建機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山本 純司
(72)【発明者】
【氏名】宇田川 勉
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 幸仁
(72)【発明者】
【氏名】柴森 一浩
【審査官】湯本 照基
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-159280(JP,A)
【文献】特開2018-189029(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0377014(US,A1)
【文献】特開2016-151086(JP,A)
【文献】特開2020-051110(JP,A)
【文献】特開2005-226493(JP,A)
【文献】国際公開第2021/040038(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E02F 9/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
建設機械に組み込まれた油圧ポンプと機械的に接続されたエンジンの始動性能を診断する建設機械のエンジン診断装置であって、
エンジンの回転数を計測する回転数センサにより計測されたエンジンの回転数に基づいて、エンジンの回転数が予め設定された閾値に到達するまでの時間を演算する演算部と、
前記演算部により演算された前記時間に基づいて、予め設定された基準値と比較することでエンジンの始動性能を診断する診断部と、
を備え
前記閾値は、エンジン始動モード制御の目標回転数に基づいて設定された第1閾値と、エンジンのアイドル回転数に基づいて設定された第2閾値とを有することを特徴とする建設機械のエンジン診断装置。
【請求項2】
前記演算部は、前記回転数センサにより計測されたエンジンの回転数に基づいて、エンジンの回転数が前記第1閾値及び前記第2閾値に到達するまでの時間をそれぞれ演算する請求項に記載の建設機械のエンジン診断装置。
【請求項3】
前記油圧ポンプは、斜板の傾転角により容量を変化させる斜板式可変容量油圧ポンプであり、
前記第1閾値及び前記第2閾値に到達するまでの時間は、前記油圧ポンプの傾転角を計測する傾転角センサにより計測された前記エンジンの始動時の傾転角を基に演算された補正時間によって補正される請求項に記載の建設機械のエンジン診断装置。
【請求項4】
前記演算部は、エンジンの回転数が前記第1閾値に到達するまでの時間を演算する際に該第1閾値前後の任意の2点の回転数を使用し、エンジンの回転数が前記第2閾値に到達するまでの時間を演算する際に該第2閾値前後の任意の2点の回転数を使用する請求項又はに記載の建設機械のエンジン診断装置。
【請求項5】
あらかじめ定められた前記油圧ポンプの傾転角と作動油流量の関係を、作動油の粘性抵抗力と補正時間の関係に換算して、所定の傾転角における前記補正時間を取得し、取得した前記補正時間を用いて前記時間の補正処理を行う補正部を、更に備える請求項に記載の建設機械のエンジン診断装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建設機械のエンジン診断装置に関し、特に建設機械に用いられるエンジンの始動性能を診断する建設機械のエンジン診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、このような技術分野として、例えば特許文献1に記載のように、エンジン始動時における電源投入からエンジンの回転開始まで、そしてエンジンの回転開始から自立運転(スタータによる補助駆動なしに燃焼のみで安定した運転を維持する最低回転数:アイドル回転数)開始までといった動作状態毎の動作継続時間やその動作状態毎の時間内のバッテリの電圧平均値を演算することにより、スタータ、バッテリ、オルタネータなどの電気系部品の異常を診断するエンジン診断装置が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特許第3816047号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述のエンジン診断装置は、一般車両用エンジンを想定しており、その対象車両はエンジン動力をクラッチを介してトランスミッションに伝達する構造である。一般車両では、エンジンを車両に組み込んでいてもエンジンの始動時にはクラッチがエンジン出力軸から切り離されているため、無負荷のエンジン単体としての始動特性を評価していることになる。一方、常にエンジン出力軸が油圧ポンプに直接接続されている油圧ショベルなどの建設機械においては、始動時から出力軸に油圧ポンプ内の作動油の粘性抵抗による負荷が常にかかっており、しかもエンジンの回転数が上昇するにつれ、作動油の流速が大きくなり粘性抵抗は大きくなる。そのため、建設機械に組み込まれた状態においてエンジン単体の始動特性を得ることは難しく、一般車両用のエンジンと同じ基準での始動特性評価はできない。
【0005】
上述の事情に鑑みて、本発明は、建設機械に用いられるエンジンとして油圧ポンプに接続されて組み込まれた状態で容易に始動特性を診断することができるとともに、診断精度を高めることができる建設機械のエンジン診断装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述課題を解決するため、本発明者らは、エンジン部品の異常に起因してエンジン始動時における回転数の上昇時間が正常時と比較して長くなることに着目し、鋭意研究を重ねた。そして、エンジン始動モード制御の目標回転数及びエンジンのアイドル回転数を基に閾値を設定し、エンジン回転数が設定された閾値に到達するまでの到達時間を演算し、さらに油圧ポンプに搭載された傾転角計測部により得られた傾転角データから、エンジン始動時の作動油流速を算出し、その作動油流速の粘性抵抗力に応じた補正を加えることで、エンジン以外の要因を除外でき、エンジンの始動性能を正確にかつ容易に診断できることを見出し、本発明の完成に至った。
【0007】
すなわち、本発明に係るエンジン診断装置は、建設機械に組み込まれた油圧ポンプと機械的に接続されたエンジンの始動性能を診断する建設機械のエンジン診断装置であって、エンジンの回転数を計測する回転数センサにより計測されたエンジンの回転数に基づいて、エンジンの回転数が予め設定された閾値に到達するまでの時間を演算する演算部と、前記演算部により演算された前記時間に基づいて、予め設定された基準値と比較することでエンジンの始動性能を診断する診断部と、を備えることを特徴としている。
【0008】
本発明に係るエンジン診断装置では、回転数センサにより計測されたエンジンの回転数に基づいてエンジンの回転数が予め設定された閾値に到達するまでの時間を演算する演算部と、演算部により演算された時間に基づいて予め設定された基準値と比較することでエンジンの始動性能を診断する診断部とを備えるので、エンジンの始動性能を容易に診断することができるとともに、診断精度を高めることができる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、エンジンの始動性能を容易に診断することができるとともに、診断精度を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施形態に係る建設機械のエンジン診断装置が搭載される建設機械を示す概略構成図である。
図2】建設機械のエンジン診断装置を示す構成図である。
図3】エンジン始動時のデータ収集手順を示すフローチャートである。
図4図3中のデータ収集の詳細を示すフローチャートである。
図5図3中のデータ処理の詳細を示すフローチャートである。
図6図3中のデータ評価の詳細を示すフローチャートである。
図7】傾転角から補正時間を算出するまでの換算過程を示す模式図である。
図8】エンジン回転数が所定回転数となる時刻を算出する外挿処理の概念図である。
図9】正常品と異常品の始動特性の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照して本発明に係る建設機械のエンジン診断装置の一実施形態について説明する。本実施形態に係る建設機械のエンジン診断装置2は、例えば建設機械1に搭載され、建設機械1に組み込まれたエンジン3の始動性能を診断するための装置である。ここでは、建設機械の例を挙げて説明するが、本発明は、建設機械のほか、エンジンに機械的に接続された油圧ポンプを動力源として稼働する他の機械にも適用される。
【0012】
図1は実施形態に係る建設機械のエンジン診断装置が搭載される建設機械を示す概略構成図である。図1に示すように、建設機械1は主に、エンジン3と、エンジン3の始動性能を診断するエンジン診断装置2とを備えている。また、建設機械1には、エンジン3に燃料を供給する燃料ポンプ5と、エンジン3の始動時に稼働するスタータ6と、スタータ6に電力を供給するバッテリ4と、エンジン3の稼働時に発電してバッテリ4を充電させるオルタネータ7とが設けられている。そしてエンジン3の出力軸9には、油圧ポンプ8がスプライン接続により機械的に接続されている。油圧ポンプ8は、斜板の傾転角により容量を変化させる斜板式可変容量油圧ポンプである。
【0013】
バッテリ4、スタータ6及びオルタネータ7は、エンジン3の始動に関連する部品であって、エンジン3の電気系部品を構成する。一方、燃料ポンプ5は、エンジン3への燃料供給に関連する部品であって、エンジン3の燃料系部品を構成する。なお、燃料系部品は燃料ポンプ5のほか、例えばインジェクタ、燃料フィルタなどが挙げられる。
【0014】
図2は建設機械のエンジン診断装置を示す構成図である。エンジン診断装置2は、コントローラ21から成り、回転数センサ22、電流センサ23、電圧センサ24、燃料流量センサ25、作動油温度センサ26及び傾転角センサ27と接続されている。
【0015】
回転数センサ22は、エンジン3の回転数を計測し、その計測した結果をコントローラ21に出力する。回転数センサ22は、例えばフライホイールに加工された歯の通過歯数を検知することにより、エンジンの回転数を計測する構成になっている。また、回転数センサ22は、エンジン3を介してバッテリ4により駆動されるようになっている。
【0016】
電流センサ23は、エンジン3の始動時におけるスタータ6の電流を計測し、その計測結果をコントローラ21に出力する。電圧センサ24は、エンジン3の始動時におけるバッテリ4の電圧を計測し、その計測した結果をコントローラ21に出力する。燃料流量センサ25は、エンジン3に供給される燃料の流量を計測し、その計測した結果をコントローラ21に出力する。作動油温度センサ26は、エンジン3に接続された油圧ポンプ8の作動油の温度を計測し、その計測した結果をコントローラ21に出力する。傾転角センサ27は、油圧ポンプ8において容量を変化させる斜板の傾転角を計測し、その計測した結果をコントローラ21に出力する。
【0017】
コントローラ21は、例えば、演算を実行するCPU(Central Processing Unit)と、演算のためのプログラムを記録した二次記憶装置としてのROM(Read Only Memory)と、演算経過の保存や一時的な制御変数を保存する一時記憶装置としてのRAM(Random Access Memory)、そしてCPUの演算サイクルと時間計測の基準となるマスタークロックとを組み合わせてなるマイクロコンピュータにより構成されており、記憶されたプログラムの実行によってエンジン3を含む建設機械1の各構成部品の制御を行う。
【0018】
具体的には、このコントローラ21は、演算部211、補正部212、診断部213及びメモリ214を有する。演算部211は、制御に関する各演算を行うものである。例えば、この演算部211は、回転数センサ22により計測されたエンジン回転数に基づいて、エンジン回転数が予め設定された閾値に到達までの時間を演算する。補正部212は、制御に関する各補正を行うものである。例えば、この補正部212は、あらかじめ定められた油圧ポンプの傾転角と作動油流量の関係を作動油の粘性抵抗力と補正時間の関係に換算することで、所定の傾転角における補正時間を取得し、更に取得した補正時間を用いて演算部211により演算された結果(例えば上述の閾値に到達するまでの時間)に対して補正処理を行う。
【0019】
診断部213は、制御に関する各診断を行うものである。例えば、この診断部213は、演算部211により演算された結果に基づいて、予め設定された基準値と比較することでエンジンの始動性能を診断する。メモリ214は、例えば演算や補正されたデータなどを一時格納するものである。
【0020】
図2に示すように、エンジン診断装置2は、モニタ28を更に備えている。モニタ28は、例えば建設機械1の運転室に取り付けられており、診断部213からの出力内容などを表示する。これによって、建設機械1のオペレータや作業員などは、該モニタ28を介して診断結果等を容易に確認することができる。
【0021】
以下、図3を参照してエンジン3の始動性能診断に係る、エンジン始動時のデータ収集手順を説明する。ここでのデータ収集は、主にエンジン回転数、燃料流量、作動油温度、及び傾転角のデータを対象に行われる。
【0022】
まず、エンジン3がキーオンされる(ステップS11参照)。続いて、コントローラ21は、キーポジション信号とエンジン状態信号が予め設定された閾値以上であるか否かを判定する(ステップS12参照)。
【0023】
キーポジション信号は、例えば0~3の整数で表示され、0が「OFF」、1が「アクセサリ状態」、2が「ON状態」、3が「スタート(クランキング)状態」をそれぞれ示す。エンジン状態信号は、例えば0~1の整数で表示され、0が「停止状態」、1が「エンジン稼働状態」をそれぞれ示す。また、閾値は、例えばキーポジション信号が「2」、エンジン状態信号が「0」と設定されている。
【0024】
そして、閾値よりも小さいと判定された場合、ステップS12の判定は繰り返し行われる。一方、キーポジション信号とエンジン状態信号が閾値以上であると判定された場合、バッテリ4から回転数センサ22に電力が供給される(すなわち、回転数センサ22に通電される)。また、回転数センサ22に通電されたと同時に、燃料流量センサ25、作動油温度センサ26及び傾転角センサ27にも通電される。これによって、メモリ214へのデータ収集が実施される(ステップS13参照)。
【0025】
ステップS13に続くステップS14では、収集されたデータに対して、後述する一連のプロセスによるデータ処理が行われる。そして処理されたデータを用いて、ステップS15においてデータ評価が行われる。ステップS15でデータ評価を終えた後は、続くステップS16以降においてエンジン停止シーケンスを開始する。ステップS13からステップS15の詳細については、後程説明する。
【0026】
ステップS15に続くステップS16において、アイドル回転数が所定時間継続したかを判定する。本実施形態では、アイドル回転数到達後所定時間、例えば30秒経過したかを判定条件とするが、これはエンジン始動時のデータが収集できたかを確認するためである。判定に使用するエンジン始動時のエンジン回転数、燃料流量、作動油温度、傾転角のデータが収集できていれば良く、30秒に限定されずに、実際の状況などに応じてその時間を適宜変更しても良い。
【0027】
エンジン回転数がアイドル回転数に到達してから30秒経過していないと判定された場合、ステップS16の判定処理は、アイドル回転数に到達してから30秒経過するまで繰り返し行われる。一方、アイドル回転数に到達してから30秒経過したと判定された場合、エンジンを停止するため、作業を継続するか否かを判定する(ステップS17参照)。
【0028】
ステップS16に続くステップS17では、診断部213は、作業を継続するか否かを判定する。判定方法としては、エンジン回転数がアイドル回転数から作業時の回転数への増速を検知する方法もあるが、作業の際には、油圧ポンプ8から図示しない走行用油圧モータや同じく図示しないフロント装置用油圧シリンダへの作動油の供給量を増やすため、油圧ポンプの傾転角を増大させるので、この際の傾転角変化を傾転角センサ27で計測することで、作業を継続するか否かを判定できる。作業を引き続き行う場合(言い換えれば、作業が継続すると判定された場合)、再度判定が繰り返される。一方、作業が継続しないと判定された場合、ステップS17の判定ループから抜けて、エンジン3の回転数がアイドル回転まで落とされる(ステップS18参照)。その後、エンジンが停止される(ステップS19参照)。これによって、エンジン始動時のデータ収集が終了となる。
【0029】
上述したように、本実施形態に係るエンジン診断装置2は、始動時におけるエンジン回転数データ及び傾転角データに基づいて、エンジン回転数が予め設定された閾値までの(後述する手法により外乱を除いた)到達時間を演算することにより、エンジン3の始動性能を診断するように構成されている。従って、本実施形態では、クランキング開始時点(すなわち、エンジン回転数が0rpm)からエンジン始動モード制御の目標回転数付近までと、上記エンジン始動モード制御の目標回転数付近からアイドル回転数付近までの2区間に分けられ、エンジン回転数のそれぞれ上昇時間が演算され、演算された値を使ってエンジンの始動性能の診断(例えば、異常か否かの判定)が行われる。
【0030】
そして、判定に使用する閾値として、燃料を噴射する一方でスタータによる補助駆動を停止するエンジン始動モード制御(すなわち、初爆回転数)に到達する前の例えば75~90%の範囲であらかじめ設定した閾値(以下、第1閾値と称す)と、エンジン自立回転数(すなわち、アイドル回転数)の75~90%の範囲であらかじめ設定した閾値(以下、第2閾値と称す)との2つが設定されている。初爆回転数もアイドル回転数も、実際には多少の変動はあるが、公称値はエンジンによりほぼ決まっているので、第1閾値及び第2閾値をそれぞれ初爆回転数及びアイドル回転数の公称値の75~90%の範囲であらかじめ設定しても、後述する外挿処理には問題ない。各閾値の設定範囲に幅(すなわち、数値範囲)を持たせた理由は、第1閾値から第2閾値への移り変わり時、すなわちアイドル回転数到達時前後には、スタータによる補助駆動が停止することでエンジン回転数の時間的変化に変曲点が発生する可能性があり、しかもその変曲点は初爆回転数とは一致しない可能性もあるためである。上述の初爆回転数及びアイドル回転数ちょうどの値をそれぞれ取ると、この変曲点前後の変化を拾ってしまい、後述する外挿処理に関して正確な判定ができなくなる可能性がある。そして、このように数値範囲を設定することで、エンジン回転数の直線性の良いより安定した領域で閾値を設定することが可能になり、診断精度の向上を図ることができる。なお、診断データに不安定なデータが含まれるのを回避できる手法であれば良く、各閾値は上述した数値範囲に限定されない。
【0031】
また、上記の閾値設定時に、エンジン始動モード制御を使っても良い。エンジン始動モード制御とは、エンジン始動時に作動するエンジンの制御方法の一つであり、外気温や冷却水温度に対応して、燃料噴射量及び噴射タイミングが制御されるものであり、車両ごとに固有の値を有する。本実施形態では、燃料流量センサ25により計測した燃料流量データを使って、燃料流量の数値が0よりも大きい値になった時点のエンジン回転数をエンジン始動モード制御における初爆回転数と定義する。燃料流量を利用することにより、機種毎に閾値を設定する必要がなくなるというメリットがある。
【0032】
以下、図4図5及び図6を参照して、図3により全体の概略を説明したエンジン診断装置2によるエンジン始動性能の診断手順における3つの重要なプロセスである、データ収集を図4により、データ処理を図5により、そしてデータ評価を図6により、詳細に説明する。
【0033】
まず、図4のステップS1301において、データカウントのためのパラメータnについて、初期値n=0が設定される。それとともに、マスタークロックを基準に所定のサイクルでカウントが開始され、カウントに同期して燃料流量センサ25、作動油温度センサ26及び傾転角センサ27で計測データが生成される度に、データカウントパラメータに1が加算される(n=n+1)、これらの算出値はデータカウントパラメータnとともにグループ化され、メモリ214に格納される。
【0034】
次に、エンジンが始動される(ステップS1302参照)。このとき、キーポジション信号は「3」から「2」となり、且つエンジン状態信号は「1」である。コントローラ21は、これらの信号を受信することで、エンジン3が始動したことを検知する。エンジンで消費する燃料は燃料流量センサ25により計測され、メモリ214に格納される。メモリ214に格納された燃料流量データが呼び出され(ステップS1303参照)、燃料が流れているか否か(言い換えれば、燃料流量が0よりも大きいか否か)が更に判定される(ステップS1304参照)。
【0035】
ここで、燃料流量が0以下であると判定された場合、制御処理はステップS1303に戻り、燃料流量データの呼び出しが再度行われる。一方、燃料流量が0よりも大きいと判定された場合、エンジン回転数データが呼び出され(ステップS1305参照)、呼び出されたエンジン回転数が、初爆回転数f(x)として設定される(ステップS1306参照)。
【0036】
ステップS1307において、現在のエンジン回転数f(n)が初爆回転数f(x)に達したか否かを判定する。現在のエンジン回転数f(n)が初爆回転数f(x)より大きいと判定されるまで、判定処理は繰り返される。現在のエンジン回転数f(n)が初爆回転数f(x)より大きいと判定されると、次のステップS1308に進む。
【0037】
続いて、呼び出されたエンジン回転数データについて、現在のエンジン回転数データf(n)がその一つ前のエンジン回転数データf(n-1)以下であるか否かが判定される(ステップS1308参照)。現在のエンジン回転数f(n)が一つ前のデータf(n-1)より大きいと判定された場合、現在のエンジン回転数f(n)はまだアイドル回転数に達していないと判定され、ステップS1305に戻り、回転数データの呼び出しが再度行われる。そして、現在のエンジン回転数データf(n)が一つ前のデータf(n-1)以下であると判定された場合、アイドル回転数に到達したと判定される。
【0038】
ステップS1308において、現在のエンジン回転数f(n)がアイドル回転数に達していると判定された場合、現在より後のエンジン回転数f(n+1)以降のデータは削除され(ステップS1309参照)、ステップS14に移行する。ステップS14において、エンジン回転数f(n)到達までに得られたデータにより、データ処理を行う。
【0039】
データ収集ステップS13に続くデータ処理ステップS14について、図5を用いて詳細に説明する。まず、メモリ214から傾転角センサ27により計測された傾転角データが呼び出される(ステップS1401参照)。ステップS1401に続くステップS1402~ステップS1405において、呼び出した傾転角データを、最終的には油圧ポンプに満たされた作動油の影響による始動特性の遅れ時間に換算する。
【0040】
ここで、図7を用いて傾転角から補正時間を算出するまでの過程を説明する。図7に示す各相関曲線又は相関直線は、油圧ポンプごとにあらかじめ決まっている。図7に示すように、まず傾転角と作動油流量の関係(A)に基づいて、エンジン始動時(回転数=0の時)の傾転角E0における油圧ポンプの流量E2が算出される(ステップS1402参照)。次に、作動油流量と作動油流速の関係(B)に基づいて、流量E2から流速E4に換算された(ステップS1403参照)後、作動油流速と粘性抵抗力の関係(C)に基づいて、流速E4から粘性抵抗力E6に換算される(ステップS1404参照)。なお、関係(C)において、粘性抵抗力を流速から換算する際には作動油温度センサ26で取得した作動油温度も用いる。そして最後に、粘性抵抗力と補正時間の関係(D)に基づいて、粘性抵抗力E6から補正時間E8に換算される(ステップS1405参照)。
【0041】
換算された補正時間E8は、油圧ポンプ内で回転するシリンダブロックの始動時に作動油が及ぼす遅延を示すものである。この補正時間E8を用いて、始動時における粘性抵抗力による遅延時間を補正することで、作動油の粘性抵抗によるエンジン回転数の立ち上がりの遅れを除去したエンジン単体の始動特性を模擬することができる。具体的には、この補正時間E8をデータカウントパラメータに換算し、エンジン回転数f(n)のカウントnから差し引くことで、補正処理が行われる(ステップS1406参照)。なお、傾転角はアイドル回転数に到達した後も、油圧ポンプが作動油の増大を必要とするまで、つまり建設機械が走行や作業を開始するまで、始動時の傾転角から変化することはない。
【0042】
次に、ステップS1407で行われる0点補正について説明する。図8は、エンジン回転数が所定回転数となる時刻を算出する外挿処理の概念図である。0点補正処理は、補正部212により行われる。まずステップS1406で時間補正した傾転角データを、図8に示すように、データカウントパラメータの順(すなわち時系列に従って)に配置する。次に、回転数0以上の所定の2点(P1とP2)を使って外挿処理を行い、時間軸(エンジン回転数=0)と重なる点を0点(P0)とする。このP0を、以降のデータ処理におけるエンジンの始動点とし、P0を以降で説明する時間計測の基準とする。
【0043】
ステップS1407に続くステップS1408において、エンジン回転数が第1閾値に到達するまでの時間が演算される。第1閾値には、エンジン始動モード制御(すなわち、初爆回転数)に到達する前の例えば75~90%の範囲であらかじめ定められた、初爆回転数f(x)に近いエンジン回転数として、たとえば250rpmを設定し、250rpmに到達する点をP250とする(図8参照)。このとき、演算部211は、第1閾値を超えたと判定された点(P2)とその一つ前の2点(P1)を使って、P250、すなわち第1閾値に到達する時間を演算する。なお、P1は第1閾値より前の任意点であり、P2は第1閾値より後の任意点である。更に、演算部211は、演算した値と0点補正点との差分を算出し、その値(時間)をt1とする。このような外挿処理によりエンジン回転数データを求めるのは、サンプリング時間毎に収集される回転数データが、データ転送遅れなどのようなエンジン以外の原因で時間誤差を生じる場合があるためである。そして、算出されたt1はメモリ214に格納される。
【0044】
ステップS1408に続くステップS1409において、エンジン回転数が第1閾値から第2閾値に到達するまでの時間の演算が行われる。上述したように、第1閾値に到達する時間t1が既に演算されているため、演算部211はt1を用いて第2閾値までの到達時間t2を演算する。具体的には、第2閾値が、上述したようにエンジンアイドル回転数の75~90%の範囲であらかじめ設定されており、演算部211は、まず、エンジンアイドル回転数の75~90%の範囲で設定された第2閾値前後の2点(アイドル回転数の75~90%以下で最大点及び最小点)を抽出する。第2閾値が、上述したようにエンジンアイドル回転数の75~90%と設定されているのは、該第2閾値をエンジンアイドル回転数と設定すると、アイドル回転数に達した最初の時刻ちょうどの測定点を得ることは困難であるため、外挿処理に適した直線性の良い領域を選択したことによる。次に、演算部211は、抽出した2点(P3とP4)を内挿処理して、エンジン回転数が第2閾値に到達する時間を演算する。なお、P3は第2閾値より前の任意点であり、P4は第2閾値より後の任意点である。そして演算部211は、先に演算したt1と第2閾値に到達する時間の差分により、t2を算出する。そして、算出されたt2がメモリ214に格納される。
【0045】
上記の手順で得られたt1及びt2を用いて、回転数0から初爆回転数f(x)までの到達時間T1及び初爆回転数からアイドル回転数に到達するまでの時間T2を算出する過程を説明する。まず、回転数0(P0)から250rpm(P250)に到達するまでの時間t1に基づいて、P0から初爆回転数f(x)までの時間T1を外挿により算出する(ステップS1410参照)。
【0046】
次に、P0からアイドル回転数f(n)に到達するまでの時間を外挿して求め、得られた時間とT1との差分から、初爆回転数からアイドル回転数に到達するまでの時間T2を算出する(ステップS1411参照)。そして、T1及びT2は、メモリ214に格納される(ステップS1412参照)。上記の一連の処理により、ステップS14は終了する。ステップS14に続くステップS15において、処理されたデータに基づいてエンジンの始動特性を評価し、異常の有無を診断する。
【0047】
図9は正常品と異常品の始動特性の一例を示す図である。縦軸はエンジン回転数(rpm)、横軸は経過時間(sec)をそれぞれ示し、実線で示すのは正常品であり、破線で示すのは異常品である。また、図9の破線で示した異常品は、電気系部品及び燃料系部品の両方に異常があったケースを示す。その他、電気系部品及び燃料系部品のいずれか一方に異常があったケースや両方ともに正常なケースもある。なお、正常品のデータは例えば事前に準備され、メモリ214に格納される。
【0048】
診断の手順を、図6を用いて説明する。まずメモリ214より、T1が呼び出される(ステップS1501参照)。ステップS1501に続くステップS1502において、診断部213は、呼び出されたT1をあらかじめ定めた所定の基準値、すなわち第1基準値と比較して異常又は正常の判定を行う。本実施形態では、T1に対応する第1基準値が0.2秒と設定されている。T1が第1基準値以上である場合は、異常と判定してステップS1506に進み、異常報知を行う。具体的な報知内容は、始動後の初爆回転数への到達時間が正常品より遅いことから、スタータなどの電気系部品が異常であるとの診断結果を報知する。T1が第1基準値より小さい場合は、電気系部品が正常であると診断され、ステップS1503に進み、T2をメモリ214から呼び出す。ステップS1503に続くステップS1504において、診断部213は、呼び出されたT2をあらかじめ定めた所定の基準値、すなわち第2基準値と比較して異常又は正常の判定を行う。本実施形態では、T2に対応する第2基準値が0.3秒と設定されている。T2が第2基準値以上である場合は、異常と判定してステップS1506に進み、異常報知を行う。具体的な報知内容は、初爆回転数からアイドル回転数への到達時間が正常品より遅いことから、燃料供給に問題があることが推定され、燃料系部品が異常であるとの診断結果を報知する。T2が第2基準値より小さい場合は、燃料系部品が正常であると診断結果を報知する。
【0049】
具体的には、異常がなく、ステップ1505において評価を終了した後は、引き続きステップS16以降に進み、すなわち前述したエンジン停止判定シーケンスに移行し、最終的にはエンジン停止する(ステップS19参照)。これによって診断が終了する。またステップS1506において異常報知した後は、そのまま診断を終了する。
【0050】
本実施例において、異常報知は、例えばモニタ28への表示により行われるが、報知方法については、信号、アラームなどを介して行われて良く、オペレータや作業員が認識できるものであれば特に限定されない。また、電気系部品や燃料系部品が正常(言い換えれば、異常なし)の場合、その正常であることをモニタ28に表示させることで、オペレータや作業員に知らせるようにしても良い。
【0051】
また、図示しないが、始動時の作動油温度が低い場合、作動油の粘度が高くなり、エンジン始動の際に生じる引き摺りトルクが大きくなるので、エンジン部品の異常以外の要因で、エンジン部品の正確な診断に影響を及ぼすことがある。しかし、一度エンジンがかかると、作動油温度は、感度の低い常温付近まで上昇するため、必ずしも低温域で診断を行う必要はなく、常温域での計測や診断を実施すれば良い。従って、例えば0℃未満では、引き摺りの影響が顕著になるので、作動油温度センサ26で計測した作動油温度が0℃未満の条件では判定せず、0℃以上で作動油の粘性が安定した領域での診断のみ実施するようにしても良い。これは、建設機械においてはエンジンが油圧ポンプに常に接続されていることから、油圧ポンプ内の作動油の粘性が特に増大して始動特性の判定に影響を与える低温での判定を避けるためである。
【0052】
本実施形態に係るエンジン診断装置2では、回転数センサ22により計測されたエンジン回転数に基づいて、まずエンジンに接続された油圧ポンプの影響による始動特性の遅延を補正してから、エンジン回転数が第1閾値に到達するまでの時間と第2閾値に到達するまでの時間とを演算する演算部211と、演算部211により演算された結果に基づいて予め設定された第1基準値又は第2基準値と比較することでエンジンの始動性能を診断する診断部213とを備えるので、建設機械に搭載されたエンジン3の始動性能を容易に診断することができるとともに、診断精度を高めることができる。
【0053】
また、本実施形態に係るエンジン診断装置2は、エンジンの型式や搭載機種などに左右されることなく、全機種で共通して適用することができる。
【0054】
以上、本発明の実施形態について詳述したが、本発明は、上記の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の精神を逸脱しない範囲で、種々の設計変更を行うことができるものである。
【符号の説明】
【0055】
1 建設機械
2 エンジン診断装置
3 エンジン
4 バッテリ
5 燃料ポンプ
6 スタータ
7 オルタネータ
8 油圧ポンプ
9 出力軸
21 コントローラ
22 回転数センサ
23 電流センサ
24 電圧センサ
25 燃料流量センサ
26 作動油温度センサ
27 傾転角センサ
20 モニタ
211 演算部
212 補正部
213 診断部
214 メモリ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9