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特許7514353三次元ラインに沿った走査方法及び複数三次元ラインの走査による関心領域の走査方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-02
(45)【発行日】2024-07-10
(54)【発明の名称】三次元ラインに沿った走査方法及び複数三次元ラインの走査による関心領域の走査方法
(51)【国際特許分類】
   G02B 21/06 20060101AFI20240703BHJP
   G02F 1/33 20060101ALI20240703BHJP
【FI】
G02B21/06
G02F1/33
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2023055085
(22)【出願日】2023-03-30
(62)【分割の表示】P 2022148663の分割
【原出願日】2017-08-31
(65)【公開番号】P2023100612
(43)【公開日】2023-07-19
【審査請求日】2023-03-31
(31)【優先権主張番号】P1600519
(32)【優先日】2016-09-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】HU
(73)【特許権者】
【識別番号】519075373
【氏名又は名称】フェムトニクス・カーエフテー
(74)【代理人】
【識別番号】100081352
【弁理士】
【氏名又は名称】広瀬 章一
(72)【発明者】
【氏名】ロージャ,バーラージュ
(72)【発明者】
【氏名】カトナ,ゲルゲイ
(72)【発明者】
【氏名】マアーク,パール
(72)【発明者】
【氏名】ヴェレッシュ,マーテー
(72)【発明者】
【氏名】フェヘール,アンドラーシュ
(72)【発明者】
【氏名】サライ,ゲルゲイ
(72)【発明者】
【氏名】マーチャーシュ,ペーテル
【審査官】瀬戸 息吹
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-506497(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2006/0067459(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 19/00 - 21/36
A61B 6/00 - 6/58
G02F 1/00 - 1/125
G02F 1/21 - 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
3Dレーザー走査型顕微鏡により複数の細胞体を走査することによるin vivo蛍光測定の動きアーチファクトを補正する方法であって、当該顕微鏡は、顕微鏡の対物レンズ(18)により発生したレーザービームの焦点を、この顕微鏡の対物レンズの光学軸(z)と、この光学軸に対して垂直、かつ互いに対して垂直のx軸及びy軸とにより規定される3D空間内部で偏向させるための複数の音響光学偏向器を備え、これら複数の音響光学偏向器は、レーザービームの焦点をx-z面内で偏向させるためのx軸偏向器を形成する第1の対の音響光学偏向器と、該レーザービームの焦点をy-z面内で偏向させるためのy軸偏向器を形成する第2の対の音響光学偏向器とを備え、下記を含む方法:
-各細胞体内部で1つの走査点を選択し、
-選択した各走査点を、その走査点が実質的に中心にくる直方体、好ましくはその細胞体に直径に適合したサイズの直方体、を規定する複数の平行な実質的にまっすぐなドリフトラインに伸長し、
-各ドリフトラインの走査を、そのドリフトラインの一端で前記レーザービームを集束させ、そのドリフトラインに沿って焦点を連続的に移動させるために前記x軸偏向器内及び前記y軸偏向器内の音響周波数に対して線形又は非線形チャープ信号を付与することにより行い、
-前記測定を反復して、前記走査された直方体の時系列を得、そして
-この時系列を用いて動きアーチファクトを補正する。
【請求項2】
走査された複数の直方体を互いに隣り合わせで配列し、そして各時点で走査された直方体の正味変位ベクトルを算出して体積下位置を補正することにより動きアーチファクトを補正することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ドリフトラインの方向をx-y面と平行になるように選択し、そして、各ドリフトラインの走査を、そのドリフトラインの一端で前記レーザービームを集束させ、そのドリフトラインに沿って焦点を連続的に移動させるために前記x軸偏向器内及び前記y軸偏向器内の音響周波数に対して線形チャープ信号を付与することにより行うことを含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
平均動きベクトルを持つ生きている組織を走査し、そしてドリフトラインの方向をこの平均動きベクトルと平行になるように選択することを含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
3Dレーザー走査型顕微鏡により関心領域を走査することによるin vivo蛍光測定の動きアーチファクトを補正する方法であって、当該顕微鏡は、顕微鏡の対物レンズ(18)により発生したレーザービームの焦点を、この顕微鏡の対物レンズの光学軸(z)と、この光学軸に対して垂直、かつ互いに対して垂直のx軸及びy軸とにより規定される3D空間内部で偏向させるための複数の音響光学偏向器を備え、これら複数の音響光学偏向器は、レーザービームの焦点をx-z面内で偏向させるためのx軸偏向器を形成する第1の対の音響光学偏向器と、該レーザービームの焦点をy-z面内で偏向させるためのy軸偏向器を形成する第2の対の音響光学偏向器とを備え、下記を含む方法:
-前記関心領域に沿って複数のガイド点を選択し、
-選択したガイド点に対して或る1つの3D軌道をフィットさせ、
-この3D軌道の各走査点を、複数の平行で実質的にまっすぐなドリフトラインに伸長し、これらの伸長されたドリフトラインは、一緒になって、実質的に連続している1つの体積を、前記3D軌道がこの体積内部に位置するように規定しており、
-各ドリフトラインの走査を、そのドリフトラインの一端で前記レーザービームを集束させ、そのドリフトラインに沿って焦点を連続的に移動させるために前記x軸偏向器内及び前記y軸偏向器内の音響周波数に対して線形又は非線形チャープ信号を付与することにより行うことで、前記実質的に連続している体積を走査し、
-前記実質的に連続している体積を1つの規則的な直方体に変換し、
-前記測定を反復して、引き続く複数の前記規則的な直方体から時系列を得、そして
-この時系列を用いて動きアーチファクトを補正する。
【請求項6】
対応する走査点において前記3D軌道に対して横断方向でz軸に対して垂直方向のドリフトラインを付与し、かつこれらのドリフトラインを走査するためにx軸偏向器内及びy軸偏向器内の音響周波数に対して線形チャープ信号を付与することを含む、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
対応する走査点において前記3D軌道に平行で光学軸(z)に沿って0ではない寸法を持つドリフトラインを付与し、かつこれらのドリフトラインを走査するためにx軸偏向器内及びy軸偏向器内の音響周波数に対して非線形チャープ信号を付与することを含、請求項5に記載の方法。
【請求項8】
光学軸(z)に沿って0ではない寸法を持つ複数のドリフトラインを付与し、かつこれらのドリフトラインの走査を下記により行うことを含む、請求項1又は5に記載の方法:
-そのドリフトラインの起点として作用する一端の座標x(0)、y(0)、z(0)を定め、
-走査速度ベクトル成分vx0、vy0、vzx0(=vzy0)を、この走査速度ベクトルの大きさがある所定の走査速度に一致し、かつこの走査速度ベクトルの方向が前記ドリフトラインの方向に一致するように定め、
-焦点を前記速度ベクトル成分vx0、vy0、vzx0により規定される速度で前記起点から移動させるように、該x軸偏向器に非線形チャープ信号を付与し、かつ該y軸偏向器に非線形チャープ信号を付与しながら、レーザービームをx軸偏向器及びy軸偏向器内を通過させる。
【請求項9】
前記x軸偏向器に非線形チャープ信号を付与し、かつ前記y軸偏向器に非線形チャープ信号を付与することが、下記工程を含んでいる、請求8に記載の方法:
下記関数に従って該x軸偏向器に非線形チャープ信号を付与し
【数96】
式中、i=1は第1のx軸偏向器を、i=2は第2のx軸偏向器をそれぞれ示し、Dはその音響光学偏向器の直径であり、そしてvは偏向器内部の音波の伝播速度であり、そして下記関係が成立し:
【数97】
そして、下記関数に従って前記y軸偏向器に非線形チャープ信号を付与する:
【数98】
式中、i=1は第1のy軸偏向器を、i=2は第2のy軸偏向器をそれぞれ示し、そして下記関係が成立する:
【数99】
上記式中、Δf0x、bx1、bx2、cx1、cx2、Δf0y、by1、by2、cy1及びcy2は、焦点の初期位置(x(0)、y(0)、z(0))及びベクトル速度(vx0、vy0、vzx0=vzy0)の関数として表されるパラメータである。
【請求項10】
音響光学偏向器における音響周波数に対する偏向角の依存率をKとし、3Dレーザー走査型顕微鏡が、音響光学偏向器の下流に位置するそれぞれ焦点距離F及びFの第1及び第2のレンズと、この第1及び第2のレンズの下流に位置する焦点距離Fobjの顕微鏡対物レンズとを備え、パラメータΔf0x、bx1、bx2、cx1、cx2、Δf0y、by1、by2、cy1及びcy2が次式により表される、請求項9に記載の方法:
【数100-1】
【数100-2】
式中、M=F/Fである。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、3Dレーザー走査型顕微鏡を用いて所定速度で3D空間内に任意方向に位置する1本の実質的に直線のライン(3Dライン)に沿って走査する方法に関する。
本発明はまた、3D空間内部でレーザービームを集束(焦点合わせ)させるための音響光学(acousto-optic,AO)偏向器(デフレクタ)を有する3Dレーザー走査型顕微鏡による関心領域の走査方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
神経系の多様性、情報処理の層特異性、神経メカニズムの区画的な専門化、内部発生パターン、及び動的ネットワーク特性のどれもが、神経演算処理(ニューロコンピューティング)を理解するには、1平面又は1点からのみならず、大きな3D体積内に位置する大きな神経細胞(ニューロン)集団のレベルで、すばやい情報フローの読出しと処理が必要であることを示している。さらに、神経回路網(neuronal networks)内でのコーディング及び演算処理は、細胞体統合ドメインによるのだけでなく、ほとんどの場合には細胞体記録から隠れたままである高度に非直線的な樹状突起の統合中心によっても組立てられている。そのため、神経活動の読出しを集団と単一細胞の両レベルで同時に行うことが望ましいであろう。さらに、目覚めた動物と行動している動物とでは神経シグナリングが完全に異なることが最近示された。従って、行動している動物の脳内の大きな走査体積内でニューロン、樹状突起、スパイン(棘)及びアキソン(軸索)アセンブリの活動パターンを、高い空間的及び時間的分解能で同時に記録することができる新規な方法が必要になっている。
【0003】
3Dでの神経回路活動の迅速な読出しのための新規な光学的方法が最近いくつか開発された。多光子顕微鏡法のための利用可能な3D走査解決策として、3D AO走査法は、3Dランダムアクセス有感点走査(ポイントスキャニング)を実施することにより、古典的なラスタースキャン法に比べて数桁の大きさで測定速度及び信号収集効率を増大させることができる(Katona G, Szalay G, Maak P, Kaszas A, Veress M, Hillier D, Chiovini B, Vizi ES, Roska B, Rozsa B (2012); Fast two-photon in vivo imaging with three-dimensional random-access scanning in large tissue volumes(大きな組織体積内の三次元ランダムアクセス走査による高速二光子in vivoイメージング)Nature methods 9:201-208)。これは、予め選択した関心領域(ROI,regions of interest)を、不必要なバックグラウンド体積のための無駄な測定時間を使わずに、正確かつ迅速に標的化することができるためである。より定量的には、3D AO走査法は、測定速度と信号/雑音比の二乗との積を、予め選択された走査点によりカバーされる体積に対する全画像体積の比で増大させる。この比は、同じ検体体積の従来のラスタースキャン法に比べて、ROI当たりで約106~108と非常に大きくなりうる。
【0004】
3DランダムアクセスAO顕微鏡法の明白な利点にもかかわらず、この方法は次の2つの大きな技術的制約に直面している:i)in vivo記録中に蛍光データが大きな振幅の動きアーチファクト(movement artifact又はmotion artifact)により消失若しくは汚染される;及びii)AO偏向器の大きな光学的開口サイズ(これは所定の走査点に向けるために音波で充満させなければならない)によりサンプリング速度が制限される。前記の最初の技術的制約は、記録されたROIの実際の位置が、心臓拍動、近くの血管内の血流、呼吸及び生理学的動きにより生じた組織の動きのためにin vivo測定中に常に変化しているために起こる。その結果、あらゆる種類の蛍光標識化のベースライン蛍光信号における空間的不均等性のために蛍光アーチファクト(不自然な結果)を生ずることとなる。さらに、記録された区画内の相対的な蛍光変化の空間的不均等性も加わる。そのため、1つの細胞体又は樹状突起区画内部の測定部位も同等ではない。また、動きにより誘起された過渡信号(transients)の振幅は、遺伝子工学的にコードされたカルシウムセンサー(genetically encoded calcium indicators, GECI)により検出された1又はいくつかの活動電位により誘起されたものより一層大きいこともありうる。さらに、Ca2+過渡信号と動きアーチファクトの動力学的挙動は非常に似ている場合がある。従って、脳の動きにより生じたアーチファクトから神経活動に伴う真の蛍光変化を事後に分離することは極めて困難である。3Dポイントごと走査手法(3D point-by-point scanning)に伴う前記第2の技術的問題点は、切替(スイッチング)時間が比較的長いことであり、これにより測定速度又はROI数のいずれかが制限される。これは、高い空間分解能で大きな走査体積を達成するために大きなAO偏向器開口が必要となるためである。しかし、これらの大きな開口を音響信号で満たすにはかなりの時間を要する。従って、生じた長時間のAO切替時間のため、体積又は面エレメントを妥当な時間内に個々の単独ポイントから発生させることができなくなる。
【0005】
AO顕微鏡により行われた3Dポイントごと走査の堅牢な性能は、切片プレパラート又は麻酔した動物における初期の研究において既に実証された。これらの検討において、3D走査は2群のx及びy偏向器を用いて実施された。集束(フォーカシング)中、第2のx(及びy)偏向器の駆動(ドライバ)関数は、焦点の横方向変位(横ずれ)を完全に補償するようにプログラミングされた、線形に増大する周波数(チャープ波、chirped frequency)を持つ逆方向伝播型の音波で補足された(そうしないと、この横ずれが、チャープ波の連続的に増大する平均音響周波数により生じてしまうだろう)。このように、有感点走査法(ポイントスキャニング)は高いポインティング安定性を生ずるが、3D内の新たな点にアドレスするたび毎に、大きなAO偏向器開口を充満させることが必要であることから、比較的長い切替時間を必要とする。
【0006】
別の連続軌道走査法(Katona G, Szalay G, Maak P, Kaszas A, Veress M, Hiller D,Chiovini V, Vizi ES, Roska B, Rozsa B (2012); ); Fast two-photon in vivo imaging with three-dimensional random-access scanning in large tissue volumes, Nature methods 9:201-208))は、より短いピクセル滞留時間(pixel dwell times)を可能にするが、この場合には、高速横方向走査が二次元に制限される。この場合もなお、z方向に移動する時に時間のかかるジャンプにより3D軌道走査を中断する必要がある。換言すると、z軸方向の走査はやはりポイントごと走査と同じ制約を受けることになる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Katona G, Szalay G, Maak P, Kaszas A, Veress M, Hillier D, Chiovini B, Vizi ES, Roska B, Rozsa B (2012); Fast two-photon in vivo imaging with three-dimensional random-access scanning in large tissue volumes, Nature methods 9:201-208)
【発明の概要】
【0008】
本発明の目的は、従来技術に伴う問題点を克服することである。具体的には、本発明の目的は、走査体積の任意の点から出発して、水平面内のみならず、任意の3Dラインに沿っても、焦点(フォーカルスポット)での高速走査ドリフト(変位、ずれ)を可能にするように、焦点座標及び速度と、4つのAO偏向器のチャープパラメータとの間で1:1の関係を導き出すことにより既存の方法を一般化することである。
【0009】
これらの目的は、レーザービームを3Dで集束させるために該レーザービームをx-z面内で偏向させる第1の対の音響光学偏向器(x軸偏向器)と該レーザービームをy-z面内で偏向させる第2の対の音響光学偏向器(y軸偏向器)とを有する3Dレーザー走査型顕微鏡を用いて、所定速度で3D空間内の任意の方向に通る実質的にまっすぐなライン(3Dライン)に沿って走査する方法であって、下記を含むことを特徴とする方法により達成される:
-起点(出発点)として作用する該3Dラインの一端の座標x(0)、y(0)、z(0)を定め、
-走査速度ベクトル成分vx0、vy0、vzx0(=vzy0)を、この走査速度ベクトルの大きさが前記所定の走査速度に一致し、かつこの走査速度ベクトルの方向が前記3Dラインの方向に一致するように定め、
-下記2つの関数に従ってx軸偏向器に非線形チャープ信号を付与し、
【0010】
【数1】
【0011】
式中、i=1若しくは2とは、それぞれ第1及び第2のx軸偏向器を示し、Dは当該AO偏向器の直径であり、そしてvは該偏向器内部の音波の伝播速度である;及び
【0012】
【数2】
【0013】
そして、
-下記2つの関数に従ってy軸偏向器に非線形チャープ信号を付与する。
【0014】
【数3】
【0015】
式中、i=1若しくは2とは、それぞれ第1及び第2のx軸偏向器を示す;及び
【0016】
【数4】
【0017】
式中、Δf0x、bx1、bx2、cx1、cx2、Δf0y、by1、by2、cy1、及びcy2は焦点の初期位置(x(0)、y(0)、z(0))及びベクトル速度(vx0、vy0、vzx0(=vzy0)の関数として表される。
【0018】
本発明の文脈において、3Dラインとは、顕微鏡の光学軸(z軸)に沿ってゼロではない寸法をもち、この光学軸に垂直な平面(x-y面)に沿ってゼロではない寸法をもつ線である。従って、光学軸に平行な線は3Dラインと考えられず、また、純粋にx-y面内に位置する線も同様である。該ラインの方程式は、そのライン行路のパラメータが3Dで次の一般式に従って選択される一組の線形方程式により記述することができる。
【0019】
【数5】
【0020】
偏向器はx-z面及びy-z面内で偏向させているので、上記方程式は、次に示すように、x-z面及びy-z面上への線投影を記述する方程式に変換することができる。
【0021】
【数6】
【0022】
これらの式で、初期速度値vzx0=vzy0=vz0並びにパラメータm、n、k、lは、次式に示すように、x、y、zの各軸方向の初期速度値vx0、vy0、vz0により決定されることを含意する。
【0023】
【数7】
【0024】
好ましくは、パラメータΔf0x、bx1、bx2、cx1、cx2、Δf0y、by1、by2、cy1、及びcy2は次のように表される。
【0025】
【数8-1】
【0026】
【数8-2】
【0027】
本発明は、同じ走査位置を保持するのではなく、サンプリング速度の制限なしに蛍光データを連続的に記録しながら、励起スポットを3D空間内で任意の所望速度で任意の方向にドリフト(変位)させる新規な方法である3DドリフトAO顕微鏡法を提供する。これを実現するために、放物線型の周波数プロファイルでAO偏向器内に非線形チャープを使用する。これらの放物線型周波数プロファイルで実現された部分ドリフト補償により、チャープさせた音波信号の時間的形状により決定される任意速度で任意方向への焦点の有向の連続移動が可能となる。焦点のこれらの高速3Dドリフト中、蛍光収集は中断されず、従来より用いられてきた有感点走査のピクセル滞留時間の制限を解除する。こうして、予め選択された個々の走査点は、予め選択されたROIのみならず、隣接したバックグラウンド面積又は体積エレメントをも覆うように、小さい3Dライン、面又は体積エレメントに広げることができる。
【0028】
別の側面によると、本発明は、使用する顕微鏡の光学軸(Z)とこの光学軸に対して垂直、かつ互いに対して垂直のX軸、Y軸とにより規定される3D空間内部でレーザービームを集束させるための音響光学偏向器を備えた3Dレーザー走査型顕微鏡で関心領域を走査する方法を提供する。この方法は下記を含んでいる:
-前記関心領域に沿って複数のガイド点(guiding points)を選択し、
-選択したガイド点に対して或る1つの3D軌道をフィットさせ、
-前記3D軌道の各走査点を、前記光学軸の方向に部分的に拡張するように、前記3D空間内に位置する実質的にまっすぐなライン(3Dライン)に拡張(=伸長)し、この3Dラインは所定の走査点で前記3D軌道に対して横断方向であり、前記まっすぐなラインは一緒になって実質的に連続した面を規定し、
-前記3Dラインの一端でレーザービームを集束させ、3Dラインに沿って焦点を連続的に移動させるために偏向器内の音響周波数に対して非線形チャープ信号を付与することにより各3Dラインを走査する。
【0029】
前記3Dラインは例えば長さ5~20μmのものでよい。
好ましくは、前記3Dラインは前記3D軌道に対して実質的に垂直である。
好ましくは、本方法は、前記3D軌道の各走査点を、所定走査点で3D軌道に対して実質的に横断方向の複数の面を規定する、5~20μm長さの複数の平行な実質的にまっすぐのラインに伸長することを含む。
【0030】
好ましくは、本方法は、前記3D軌道の各走査点を5~20μm長さの複数の平行な実質的にまっすぐのラインに伸長することを含み、これらのまっすぐな線は一緒になって、実質的に連続している1つの体積を、前記3D軌道がこの体積内部に位置するように規定している。
【0031】
好ましくは、本方法は、前記3D軌道の各走査点を、所定走査点で3D軌道上に実質的に中心をもつ複数の直方体を規定する、5~20μm長さの複数の平行な実質的にまっすぐのラインに伸長することを含む。
【0032】
単独の個々の走査点を面積及び体積エレメントに伸長するための方法はいくつかあるが、3Dライン、面積及び体積の組合わせはほぼ無制限であり、本発明者らは特に有利な下記6種類の新たな走査方法を見出した:3Dリボン走査法、チェス盤(chessboard)走査法、多層多フレームイメージング法、スネーク走査法、マルチキューブ走査法、及びマルチ3Dライン走査法。これらはそれぞれ、異なる神経生物学的目的に最適である。
【0033】
これらの方法に用いた体積又は面積走査は、精細な空間スケールで動きアーチファクトの補正を可能にし、従って、行動している動物内の微細構造物のin vivo測定を可能にする。そのため、個々のROIで神経活動を分析するのに必要な10~1000Hzのサンプリング速度を保持しながら、行動している動物の脳内でさえも3D測定中の予め選択した複数のROIから蛍光情報を保存することができる。これらの方法は、1桁以上の大きさで動きアーチファクトの振幅を減少させることができ、従って、動いている行動している動物においてさえも650μm以上のz走査範囲内で3Dで樹状突起スパイン及び樹状突起といった、ニューロン細胞体及び精密な神経細胞プロセスの迅速な機能測定を可能にする。
【0034】
本発明のさらに有利な態様は特許請求の範囲の従属請求項に記載されている。
本発明のさらなる詳細は、以下添付図面及び例示の態様の説明から明らかとなろう。
【図面の簡単な説明】
【0035】
図1図1Aは、レーザー走査型音響光学顕微鏡による縦/横方向走査の概略説明図である。図1Bは、挿入図中に白三角で示した1つの樹状突起ROIと1つのスパインROIとからの運動中(淡色)及び休息中(濃色)の3Dランダムアクセス有感点走査を用いて記録した例示の樹状突起及びスパインの過渡信号を示す図である。図1Cは、選択したGCaMP6f標識したニューロンの樹状突起セグメントと、この樹状突起セグメントの周囲の選択したリボン(点線で示す)の3D画像である。図1Dは、、縦方向(左)及び横方向(右)走査モードを用いて自発活動中の図1Cのリボンに沿った平均Ca2+応答を示す色コード付きの図を示す。
図2図2Aは、脳動きの記録図。図2Bは、記録された脳動きの正規化された振幅ヒストグラムを示す。挿入図は、休息期間及びランニング期間における平均変位及び平均ピーク間(peak-to-peak)変位を示す。図2Cは、距離に対する相対蛍光振幅の正規化された変化を示す。挿入図は、樹状突起セグメント例を示す。図2Dは、GCaMP6f標識ニューロンの細胞体の画像(左)及び信号/雑音比の正規化された増大(右)である。図2E図2Dと同様であるが、樹状突起の記録についてである。図2Fは、動き補正の前後での脳動きの記録図を示す。図2Gは、動きアーチファクト補正の別の例を示す。図2Hは、動き補正をした、及びしない細胞体の過渡信号を示す。
図3図3Aは、複数の樹状突起セグメントの概略透視図である。図3Bは、12個の棘状樹状突起セグメントを同時記録するために用いた12個の3Dリボンを示すx-y面内及びx-z面内の番号つきフレームを示す。図3Cは、図3Bに示した12個の樹状突起領域に沿って同時になされた蛍光記録の結果を示す。図3Dは、図3Cでハイライトされた132の番号付き領域から得られたCa2+過渡信号を示す。図3Eは、図3Cに示した樹状突起スパインの活動パターンのラスタープロットを示す。図3Fは、図3Cの番号により示した5つの例示の樹状突起スパインからのCa2+過渡信号を示す。図3Gは、図3Fからの5つの樹状突起スパインの活動パターンのラスタープロットを示す。
図4図4Aは、チェス盤走査法の概略透視図を示す。図4Bは、選択された走査領域の概略透視図である。図4Cは、視覚刺激中の136の細胞体の概略画像を示す。図4Dは、動きアーチファクト補償後の図4Cの色コードつき領域から得られた代表的な細胞体Ca2+応答を示す。図4Eは、図4Cに示した色コード付きニューロンから異なる8方向への移動グレーティング刺激(moving grating stimulation)により誘導された平均Ca2+応答のラスタープロットを示す。図4Fは、多フレーム走査法の概略透視図である。図4Gは、まばらに標識した(sparsely labelled)V1回路網から選択された、1個の特定のGCaMP6f標識した第V層錐体ニューロンの樹状突起画像である。図4Hは、図4Gに示したニューロンのx-z投影図であって、同時イメージングされた樹状突起及び細胞体Ca2+応答を示す。図4Iは、各ROIについての誘導されたCa2+過渡信号である。
図5図5Aは、GCaMP6fセンサーで標識した第II/III層ニューロンの3D図であり、ここで四角形は4つの同時イメージングされた層を示す。図5Bは、図5Aに示した同時測定された4層における平均ベースライン蛍光を示す。図5Cは、動きアーチファクト消去後の図5Bに示した番号つき黄色サブ領域から得られた細胞体Ca2+応答を示す。図5Dは、図5Bからの平均化したベースライン蛍光画像を示す。
図6図6Aは、スネーク走査法の概略透視図を示す。図6Bは、まばら標識を用いてGCaMP6fセンサーにより標識したV1領域内の錐体ニューロンのz投影図であり、拡大スケールで選択された樹状突起セグメントを示す。図6Cは、図6Bに示した選択された樹状突起領域における10Hzで行われた高速スネーク走査の結果を示す。図6Dは、図6Cに示したのと同じ樹状突起セグメントであるが、3D体積をx-y面及びz-y面投影図として示す。図6Eは、3Dマルチキューブ走査法の概略透視図を示す。図6Fは、同時3D体積イメージングのための個々のニューロン細胞体を選択している10個の代表的キューブのボリュームレンダリングされた(volume-rendered)画像を示す。図6Gは、3D動き補正後の図6Fに示した10個のキューブから得られたCa2+過渡信号を示す。
図7図7Aは、マルチ3Dライン走査法の概略透視図を示す。図7Bは、脳動きの振幅を示し、平均動き方向を矢印で示す。図7Cは、GCaMP6fで標識された第2/第3層錐体細胞のz投影図であり、白い線は164の予め選択されたスパインを通過する走査線を示す。図7Dは、マルチ3Dライン走査法を用いて14のスパインに沿って記録した1個の未加工のCa2+応答を示す。図7Eは、異なる4方向での移動グレーティング刺激により誘導された例示のスパインCa2+過渡信号を示す。図7Fは、有感点走査法(左)及びマルチ3Dライン走査法(右)を用いて測定された、選択されたCa2+過渡信号を示す。
図8】本発明に係る各種の高速3D走査方法の概略透視図を示す。
図9】3Dスキャナー及び集束システムの光学的幾何学形状の略図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0036】
図1Aには、本発明に係る方法を実施するのに使用することができる、例示となるレーザー走査型音響光学(AO)顕微鏡10が示されている。このAO顕微鏡10は、レーザービーム14を発生させるレーザー光源12、レーザービーム14を検体(サンプル)上に集束させるための音響光学偏向器16及び対物レンズ18、並びに後方散乱光及び/若しくは検体が発する蛍光を検出するための1若しくは2以上の検出器20を備えている。本技術分野で知られているように、AO偏向器16の他の構成も可能である。レーザービーム14をAO偏向器16及び対物レンズ18に導き、また後方散乱光及び/若しくは発生した蛍光を検出器20に導くために、本技術分野で知られているように、さらなる光学要素(例、ミラー、ビーム・スプリッタ、ファラデイ・アイソレータ、分散補償モジュール、レーザービーム安定化モジュール、ビーム・エキスパンダ、角分散補償モジュール等)を設けてもよい(例えば、Katona et al.「大きな組織体積内の三次元ランダムアクセス走査による高速二光子in vivoイメージング」Nature methods 9:201-208, 2012を参照)。もちろん、異なる構造のレーザー走査型顕微鏡10を用いることもできる。
【0037】
二光子励起に使用するレーザー光源12は、レーザービーム14を生ずるフェムト秒パルスレーザー、例えば、モード周期(mode-locked)Ti:Sレーザーでよい。このような場合、レーザービーム14は、不連続のレーザーパルスからなり、このパルスはフェムト秒のパルス振幅とMHz範囲内の繰り返し周波数を有する。
【0038】
好ましくは、レーザービーム14の光路内にファラデイ・アイソレータを配置する。これは、レーザービームの反射を防止することにより、よりスムースな出力性能を助ける。ファラデイ・アイソレータを通過した後、レーザービーム14は、好ましくは分散補償モジュール内に入り、ここで既知方法によりプリズムを用いて予備分散補償が行われる。この後、レーザービーム14は、好ましくはビーム安定化モジュールとビーム・エキスパンダとを通過してから、AO偏向器16に到達する。
【0039】
AO偏向器16により偏向されたレーザービーム14は、好ましくは本技術分野で知られているように、ビーム14の角分散を補償するために角分散補償モジュールを通過する。対物レンズ18が、この対物レンズ18の後ろに置かれた検体26上にレーザービーム14を集束させる。好ましくは、角分散補償モジュールと対物レンズ18との間にビーム・スプリッタが配置される。これは、本技術分野で知られているように、検体26から反射され、及び/又は検体26が発し、対物レンズ18が捕集したレーザービーム14の部分を、光電子増倍管(PMT)検出器20に送る。
【0040】
本発明の方法によれば、信号/雑音比を実質的に増大させ、それにより、例えば動いている脳内といったin vivoでの測定を可能にするために、走査点を3Dライン及び/又は面及び/又は体積エレメントに伸長する。
【0041】
本発明による3DドリフトAO走査法は、個々のポイント(点)の走査を可能にするだけでなく、走査体積全体の中の任意の位置にある任意の3Dラインの任意のセグメントに沿って走査することも可能にする。従って、例えば、図1Aに示したように、任意の折られた面(又は体積)エレメントを、例えば横方向又は縦方向のラインから発生させることができる。このようにして、ポイントごと走査モードにおける単独有感点走査に必要となるのと同じような短時間(≒20μs)で3Dライン全体を走査し、その間に蛍光情報を連続して収集することができる。データ収集速度はPMT検出器20の最大サンプリング速度によってのみ制限される。
【0042】
従って、3D内で3DドリフトAO走査技法により折られた面エレメントを発生させて、それらのエレメントをいかなる任意走査軌道に、例えば、長い蛇行した樹状突起セグメント及び脳動き中の蛍光損失を低減させる向きの枝分かれポイント、にフィットさせることが可能である。この技法を3Dリボン走査法と称する(図1Cを参照)。
【0043】
3Dリボン走査法を実施するための第1工程は、関心領域(例、1つの樹状突起セグメント又は任意の他の細胞構造)に沿って複数のガイド点を選択することである。
第2工程は、これらのガイド点に、例えば、区分的三次エルミート内挿(piecewise cubic Hermite interpolation)を用いて、ある3D軌道をフィットさせることである。この選択された3D軌道に沿ってリボンを形成するための2つの好ましい方策は、図1Aに示すように、複数回のドリフト(焦点が連続的に動く間の短いスキャン)を、該軌道に平行(縦方向ドリフト)又は該軌道に直交(横方向ドリフト)のいずれかの方向で発生させることである。どちらの場合も、これらの面エレメントが脳動きの面又は対物レンズの公称焦点面に対していかに平行に位置するかを最大限にすることが好ましい。後者の後ろにある基本的アイディアは、点広がり関数をz軸に沿って拡張することである:そのため、蛍光測定値はz軸に沿った動きへの感受性が低くなる。従って、この第2の方策に従って、神経回路網及び神経線維網(ニューロピル)測定値のための複数x-yフレームを発生させることも可能となる(後出を参照)。
【0044】
以下に、本発明に係る3DドリフトAO走査方法により達成することができるいくつかの異なる走査技法の実施と有効性について実証する。
実施例1:in vivo動きアーチファクトを補償するための3Dリボン走査
3Dリボン走査を実証するため、視覚野のV1領域内の錐体ニューロンの小部分を、導入用にAAVベクターを用いて、Ca2+センサーのGCaMP6fで標識した。次いで、事前に取ったz-スタックに従ってガイド点を選択し、これらの点を、標識した椎体細胞の棘状(有棘)樹状突起セグメントをカバーする3D軌道にフィットさせた(図1C)。図1Cは、ある選択したGCaMP6f標識ニューロンの樹状突起セグメントの3D画像を示す。Cre依存性GCaMP6fを発現するAAVベクターを用いて、まばら標識を誘起させた。生じた直方体内部の高速3DドリフトAO走査のために、ある3Dリボン(図に点線で示す)を選択した。
【0045】
この選択した3Dリボンに沿って走査するために、横方向ドリフトを使用して、選択した140μmの樹状突起セグメント及び複数のスパインを70.1Hzで測定した(図1D)。未加工の生の蛍光データ(raw)は、選択した3Dリボンに沿って測定され、動きアーチファクトの消去後にリボンの縦軸及び横軸に沿って2Dに投影されたものである。自発的活動中のリボンに沿った平均Ca2+応答(syn)は色コード付けされた。縦方向ドリフトを用いると、同じROIをカバーするのに必要な3Dラインの数がより少なく(但し、より長く)なるため、同じ樹状突起セグメントをずっと高速(139.3Hzから417.9Hzの範囲内)で測定することがが可能となった。次の工程では、3D記録したデータを、リボン面に沿った垂直及び横断方向距離の関数として2Dに投影した。こうすることで、樹状突起セグメントが1つのフレームに整直化されて(図1D)、その活動が2D動画に記録されたことに留意されたい。この投影はまた、2D走査における動きアーチファクト消去のために開発された従来技術の方法の適応版の使用を可能にした(Greenberg DS, Kerr JN (2009) Automated correction of fast motion artifacts for two-photon imaging of awake animals(覚醒動物の二光子イメージングのための高速動きアーチファクトの自動化補正), Journal of neuroscience methods 176:1-15を参照)。
【0046】
動きアーチファクト消去のために周囲蛍光情報を保存するには単独の個々の走査点を面又は体積エレメントに拡張する必要があることはまた、有感点走査方法の使用時には行動している動物の動きの間に蛍光情報が完全に失われることがあることによっても示唆される。図1Bは、挿入図中に白三角で示した1つの樹状突起及び1つのスパインの関心領域(ROI)から運動中(淡色)及び休息中(濃色)の3Dランダムアクセス有感点走査を用いて記録した、例示の樹状突起及びスパインの過渡信号を示す図である。淡色のランニング(運動)期間中には蛍光情報がバックグラウンドレベルに到達することがある点に留意されたい。このことは、動いている行動している動物の活動を観測するのに個々の単独点では十分でないことを意味している。
【0047】
図2A~2Hは、3DドリフトAO走査法がもつ動きアーチファクト消去の可能性についての定量的解析を実証する。
リボン走査中の動きに誘発された誤差と動きアーチファクト補正の有効性とを定量化するために、本発明者らはまず、より暗いバックグラウンド領域で包囲された1つの明るいコンパクトな蛍光物体を素早く走査することにより、脳の動きを測定した。これを行うため、その蛍光物体上に1つの小さな走査体積であるキューブ(立方体)を中心合わせして配置し、試験したマウスが直線仮想迷路中を走っている間にx-y、x-z及びy-z投影から変位を計算した。同時に記録した移動情報に従って休息期間と動いている期間とを分離した(図2A及び2B)。図2Aの場合、より暗い領域で包囲された1つの明るいコンパクトな蛍光物体を体積イメージングすることにより脳の動きを12.8Hzで記録した。図2Aは、マウスが直線迷路内を走っている時(淡色)及び休息している時(濃色)に225秒の測定期間からx軸上に投影された脳変位の例示的な過渡信号を示す。頭部拘束されたマウスの動き期間を、この仮想現実システムの光学的エンコーダーを用いて検出した。
【0048】
変位データを、記録された移動情報(淡色の走り<ランニング>と濃色の休息)に従って2つの間隔に分け、この2つの期間について脳動きの正規化された振幅ヒストグラムを算出した(図2B)。挿入図は、休息及び走り期間時の平均変位と平均ピーク間変位を示す。
【0049】
図2Cは、GCaMP6f標識樹状突起セグメントの中心からの距離の関数としての相対的蛍光振幅の正規化した変化(ΔF/F(x)、平均±SEM、n=3)を示す。点線は、それぞれ休息期間及び走り期間について算出された平均ピーク間変位値を示す。走り時の平均変位値についてΔF/F振幅に80%を超える低下があることに留意されたい。挿入図は樹状突起セグメントの1例を示す。ΔF/Fを点線に沿って平均化した後、線をシフトさせ、平均化を繰り返してΔF/F(x)を算出した。
【0050】
脳動きは、ベースライン蛍光及び相対的蛍光信号も空間的な不均等性があるため、蛍光アーチファクトを誘起しうる(図2C)。動きで発生した蛍光の過渡信号の振幅は、相対的蛍光変化のヒストグラムに平均ピーク間動き誤差を代入することにより算出することができる(図2C)。平均ΔF/F(x)のヒストグラムは樹状突起(n=3、100μm長さの樹状突起セグメント、図2C)について比較的シャープであった。従って、走り時の平均動き振幅は蛍光振幅の比較的大きな(80.1±3.1%、150断面の平均)低下に対応し、これは、単一のAP誘起Ca2+応答の平均振幅より約34.4±15.6倍高い値である。これらのデータは動きアーチファクト補償の必要性を示唆している。
【0051】
図2Dの左側には、GCaMP6f標識したニューロンの細胞体の画像が見られる。点と点線矢印はぞれぞれ走査点と走査線とを示している。右側で、図2Dは、左側に示したように細胞体記録において走査点を走査線に拡張した時に覚醒動物における休息(濃色)及び走り(淡色)期間について計算した信号/雑音比の正規化された増大を示す。ポイントごと走査による信号/雑音比を点線で示している。
【0052】
図2Eは、図2Dと同様の計算を樹状突起記録について実証する。樹状突起スパインのポイントごと走査の信号/雑音比が、休息(濃色)及び走り(淡色)時間中の3Dリボン走査に対して比較された。3Dリボンを使用した時には10倍以上の改善があることに留意されたい。
【0053】
次に、本発明者らはin vivo測定中の動き補正に対する本発明の方法の有効性を分析した。前と同様に、ニューロン及びそれらのプロセスをGCaMP6fセンサーで標識し、3Dリボン走査を使用し、記録された蛍光データを動画フレームに投影した。3Dリボンに沿って記録された動画の各フレームを、引き続くフレーム間の蛍光クロス相関を最大にするようにサブピクセル分解能でフレームをシフトすることにより補正した時に最も良い結果が得られた(図2F)。図2Fの左側には、行動しているマウスの49.2μm棘状樹状突起セグメントに沿った3Dリボン走査で記録された動画から誘導された、単一の樹状突起スパインからの例示の個々のCa2+過渡信号が見られる(未加工トレース)。ピクセル分解能及びサブピクセル分解能で行った動きアーチファクト補正後にCa2+過渡信号を誘導すると、動き誘起アーチファクトは解消し、信号/雑音比が改善された。
【0054】
走り運動中の動物においてリボン走査とサブピクセル分解能での引き続くフレームのシフトにより、3Dランダムアクセス有感点走査に比べて、7.56±3.14倍(p>0.000015、n=10)も信号/雑音比が増大した(図2G)。図2Gは、動きアーチファクト補正についてのさらなる例を示す。最上段には、覚醒マウスからの3Dリボン走査で記録された動画からの単一フレームを見ることができる。下段には、色コードされた領域からの記録された動画フレームから得られた例示のCa2+過渡信号を見ることができる。これに見られるように、サブピクセル分解能で動きアーチファクト補正を行った後にデータを得た時に、過渡信号の信号/雑音比が改善した。右側には、計算されたスパインCa2+過渡信号(100過渡信号、n=5/5 スパイン/マウス)の信号/雑音比が見られる。過渡信号はサブピクセル分解能での動き補正の有無別に示してある。
【0055】
次に、本発明者らは、リボン走査後の信号/雑音比に対する事後(post hoc)フレームシフトの効果を別々に検討した。低振幅スパインCa2+過渡信号は、過渡信号が生(未加工)動画から得られた場合にはほとんど見えなかった。正確な解析的分析のために、棘状樹状突起セグメント及び細胞体の画像に同じ1、2、5及び10個の活動電位誘導した平均過渡信号を加えた。その後、予め記録された脳の動きの振幅で各フレームをシフトさせることにより(図2Aと同様)、フレームのシリーズを発生させた。最後に、同じ領域についてポイントごと走査と動き補正した3Dリボン走査の信号/雑音比を比較するために、同じサイズのROIを用いて、動き補正アルゴリズムの採用の有り、無しで、これらのフレームシリーズからCa2+過渡信号を再計算した。得られたデータは、ポイントごと走査とは異なり、3Dリボン走査は、動き補正を可能にし、in vivo測定中に最も高頻度で記録された、小さな1~5APの付随信号の場合に信号/雑音比を大きく改善させることができる(11.33±7.92倍、p>0.025、n=4細胞体;1APについてn=100繰り返し)ことを示したが、本方法はバースト付随(burst-associated)及び樹状突起応答の信号/雑音比も著しく向上させた。最後に、本発明者らは本方法の有効性を「古典的な」行動実験プロトコルで定量化した。同時に、条件刺激及び無条件刺激中のバソプレシン発現性介在ニューロン(VIP, vasopressin-expressing interneurons)の複数の細胞体を記録した。見返りは、そのCa2+信号が行動誘発動きと一時的にオーバーラップし、従ってCa2+過渡信号が大きな動きアーチファクトを伴ったGCaMP6f標識ニューロンに大きな応答を誘発したことであり、負の振幅をもつ過渡信号さえ発生したことがあった(図2H)。図2Hの左側は、条件刺激(水罰、water reward)と無条件刺激(空気吹きつけ、図示せず)を2つの異なる音について付与した古典的行動実験中におけるVIPニューロン細胞体の同時3Dイメージングを見ることができる。例示の細胞体過渡信号が、サブピクセル分解能での動き補正の有り(淡色)及び無し(濃色)で示されている。下部の図は動き振幅を示している。動き誘発されたものとニューロン性のCa2+過渡信号とがオーバーラップしていることに留意されたい。さらに、動き補正がないと過渡信号は負の振幅をとりうることがあった。右側には、過渡信号の信号/雑音比を、動き補正の有り(淡色)及び無し(濃色)で示してある(平均±SEM、n=3)。
【0056】
実施例2:複数3Dリボン走査による棘状樹状突起セグメントの記録
近年、多くの皮質ニューロンについて、シナプス統合が、軸策起始セグメントのみならず、尖端及び基底樹状突起ツリー内部でも起こることが報告されている。ここで、樹状突起セグメントは、非線形計算性の(non-linear computational)サブユニットを形成し、それらは、例えば、非線形の電位依存性イオンチャネルにより発生した局部的再生能を通して、互いに相互作用もする。しかし、多くの場合、局部的樹状突起計算性事象の直接的な結果は細胞体記録内に隠れたままである。従って、ニューロン(神経)回路網におけるコンピューテーション(計算モデル)を理解するには、複数の棘状樹状突起セグメントの同時測定のための新規な方法も必要となる。既存の研究ではin vitro条件下での複数の樹状突起セグメントの同時記録は実証されていたが、大きなz-走査範囲に及ぶin vivo記録は、心臓拍動、呼吸又は物理的な動きにより発生した脳の動きがこれら微細構造物の3D測定を阻害するため、未解決の問題として残ったままであった。そのため、本発明者らは、図3Aに示すように、樹状突起の複数セグメントの活動を同時記録するために3Dリボン走査を実施した。
【0057】
個々の単独樹状突起セグメントの3D測定の場合と同様に、事前にz-スタックをとり、複数樹状突起セグメントに沿って3Dでガイド点を選択し、3D軌道にフィットさせ、最後に、選択した複数の樹状突起セグメントのそれぞれに3Dリボンを作成した(図3B)。上述したように、リボン面は、動きアーチファクトの影響を最小限にするために脳の平均動きベクトルに平行となるように設定した。本発明者らは、高速3Dリボン走査のためにGCaMP6f標識V1錐体ニューロンから12の樹状突起セグメントを選択した(図3B)。図3Bは、GCaMP6f標識した第II/III層錐体ニューロンのx-y面及びx-z面における最大強度投影を示す。番号を付した各フレームは、3Dリボン走査を用いて12の棘状樹状突起セグメントを同時記録するのに用いた12の3Dリボンを示している。白いフレームは同じ棘状樹状突起セグメントを、但しx-z投影で示す。
【0058】
次の工程では、各リボンに沿って記録された3Dデータを、その所定リボンの軌道に垂直方向及び軌道と平行方向の距離の関数として2D投影した。次に、これらの樹状突起セグメントの2D投影図をそれらの長さの関数として(長さ順に)配列し、並列に並べて配置した(図3C)。上段には、図3Bに示した12の樹状突起領域に沿って蛍光を同時に記録した。蛍光データは、各リボンの縦方向及び横方向に沿った距離の関数として2D画像に投影された後、全画像を並列に配列した。この変換により、12の選択された樹状突起領域の活動の同時記録、引き続く動きアーチファクトの解消及び2D動画としての可視化が可能になった。上段の画像は、18.4Hzで記録された動画からの単独フレームである。挿入図は、保存された二光子分解能を示す樹状突起スパインの拡大図である。下段には、数字が132個のROIを表示している:これらはビデオから選択された樹状突起セグメント及びスパインである。こうすることで、全ての樹状突起セグメントがまっすぐにされて、並列して可視化されることに留意されたい。このようにして、3D機能データをリアルタイムで標準的なビデオ動画として変換及び可視化することができる。ここで用いた2D投影は、高速の動きアーチファクト消去を可能にし、データ保存、データ可視化及び手動のROI選択を単純化する。
【0059】
各リボンは3D空間内で異なるいろいろな方向に向きうるので、測定結果の局所座標系は、ある所定リボンに沿った距離の関数として、また異なる樹状突起セグメントをカバーするリボン間の距離の関数として変動する。そのため、脳の動きが各リボンで異なる相対的な方向でアーチファクトを発生させるので、これまで用いられてきた2Dの動き補正方法は、リボンから発生させた平坦化させた2D動画には使用することができない。この問題を解決するために、本発明者らは各樹状突起領域の記録を短いセグメントに分割した。次に、各3Dリボンセグメントの変位を、最も明るい画像を参照基準として用いた相互相関により算出した。各セグメントの最初の3D方位がわかれば、各リボンセグメントに対する変位ベクトルを計算することができた。次に、これらの変位ベクトルの中央値(メジアン)を算出して、記録された樹状突起ツリーの正味の変位を推定した。次に、この正味変位ベクトルを各リボンセグメントに投影し直して、動き消去のために各リボンセグメントの各画像に対して必要なバックシフトを算出した。最後に、それぞれ及び全てのセグメントにおいて前記アルゴリズムを別々に繰り返して、変位の局所不均質性に対してアルゴリズムを正した。これにより、例えば、変位における深さ、血管及び距離に依存する不均質さを解消することができた。この3Dから2Dへの変換及び動きアーチファクト消去に続いて、本発明者らは、既に開発されている2D方法を本発明の3DのCa2+データに適用して、例えば、130以上のスパイン及び樹状突起領域から、規則的なCa2+過渡信号を算出することができた(図3C及び3D)。本方法を用いて、本発明者らは自発的及び視覚的刺激誘発活動を検出した(図3D及び3F)。図3Fでは、移動グレーティング刺激により過渡信号が誘導された。個々のスパインの空間及び時間タイミングの可変性に留意されたい。最後に、樹状突起スパインアセンブリの同期及び非同期の両方の活動を、行動し、動いている動物内で記録することができることを実証するために、スパインアセンブリパターンから2つのラスタープロットを発生させた(図3E及び3G)。図3Gでは、8つの異なる方向における移動グレーティング刺激の時間が灰色の棒状領域で示されている。
【0060】
実施例3:神経回路網の多層多フレームイメージング:チェス盤走査法
神経計算モデルを理解するには、スパインと樹状突起の組合わせ(アセンブリ)の記録のみならず、細胞体の集団を記録することも重要である。ランダムアクセス有感点走査法は、in vitro測定及び麻酔下のマウスモデルにおける集団イメージングには良好な信号/雑音比を与える迅速な方法であるが、有感点走査法は覚醒した行動している動物の記録中には、次の2つの理由で大きな動きアーチファクトを発生させる。第1に、動きアーチファクトの振幅がその細胞体の直径のレベルであることである。第2に、特に標識にGECIを使用した場合、ベースライン及び相対蛍光が空間内で均質とはならない(図2C)。そのため、動いている間の細胞体の蛍光情報を保存するためには、蛍光情報を、各細胞体由来の単独点からのみならず、周囲の隣接したROIからも検出することが必要となる。これを達成するため、本発明者らは、各走査点を小さな四角形及び別セットの測定では(下記参照)小さなキューブに拡張した。四角形の向きを動き補正に最適となるように設定するには、上述した2種類の主な方策を採用することができる。即ち、該四角形を動きの方向と平行になるか、又は対物レンズの公称焦点面と平行になる(図4A)、のいずれかに設定することができる。この第2の方策を本書に実証する。図4Bは、選択した走査領域の概略透視図である。V1領域におけるマウス由来のニューロンをGCaMP6fセンサーで標識した。ニューロン細胞体及び周囲のバックグラウンド部分(小さい水平フレーム)を、測定開始時にとったz-スタックに従って選択した。図4Bのスケール棒は50μmである。
【0061】
3Dリボン走査法と同様に、多層多フレーム記録中に、画像獲得中であっても、良好な可視化と動画記録のために、全ての四角形、従って各細胞体を「チェス盤」パターンに単に配列させることにより、得られた3Dデータの2D投影を発生させることができる(このバージョンの多層多フレームイメージングを「チェス盤」走査法と呼ぶ)。3Dリボン走査法と同様に、この場合も、平均脳変位ベクトルを時間の関数として算出し、それを動きアーチファクト補正のために全フレームから差し引いた。最後に、本発明者らは、この2D投影からサブ領域を選択して、上述のように対応するCa2+過渡信号を計算し(図4C~4D)、移動グレーティング刺激により方位及び方向感受性ニューロンを検出(図4E)することができた。図4Cでは、選択されたフレームが、2D「チェス盤」に「変換」されており、ここで個々の「四角形」はそれぞれ単独の細胞体に対応する。従って、活動を2D動画として記録することができる。図4Cに示した画像は、視覚的刺激中の136の細胞体のビデオ記録からの単独フレームである。図4Dは、動きアーチファクト補償後の図4Cにおける色コード付けした領域から誘導された代表的な細胞体Ca2+応答を示す。図4Eは、図4Cに示した色コード付けしたニューロンから異なる8方向への移動グレーティング刺激により誘導された平均Ca2+応答のラスタープロットを示す。
【0062】
多層多フレーム走査法は、レゾナントスキャニング法(resonant scanning)よりは大きな速度で走査体積内の任意位置に配置された複数の小フレームに沿った同時イメージングを可能にすることによって、低出力時間的オーバーサンプリング(LOTOS, low-power temporal oversampling)の低い光子毒性という利点に、AO顕微鏡測定法の3D走査能力の特別な融通性を結びつける。
【0063】
長い神経細胞プロセスの多層多フレームイメージング
多層多フレーム走査法は、神経細胞プロセス(ニューロンプロセス)の測定にも使用することができる(図4F)。図4Fは測定の概要を示す。走査体積中の異なるサイズ及び任意の位置での複数フレームを用いて、活動を捕捉することができる。GECIによる全z-走査範囲が650μm以上に拡張されたために、例えば、第II/III層又は第V層ニューロンをの尖端及び基底の樹状突起アーバー(dendritic arbors)を同時にイメージングすることができ、又はこのz-走査範囲内で樹状突起ツリーの活動を追跡することができる。この大きな樹状突起イメージング範囲を実証するために、まばらに標識したV1回路網からGCaMP6f標識した第V層ニューロンを選択した(図4G)。図4Hは、図4Gに示したニューロンのx-z投影を示す。覚醒動物において500μm以上のz範囲内で異なる41の深さレベルに位置する複数フレーム内で視覚的刺激により誘導した樹状突起及び細胞体のCa2+応答を同時にイメージングした(図4H)。図4Gに示した色コード付けしたフレームは、同時イメージングされた四角形の位置を示す。動きアーチファクトは、上述したように、サブピクセル分解能での動き補正を与える時間依存性の正味変位ベクトルを減ずることにより、フレームから消去した。最後に、各ROIについてCa2+過渡信号を誘導した(図4I)。過渡信号は、灰色で示した時間期間での移動グレーティング刺激により誘導された。
【0064】
もちろん、多層多フレーム走査法は、単一のニューロンの単一の樹状突起に制限されるものではなく、それぞれ樹状突起(又は軸索)アーバーをもつ多数のニューロンの同時イメージングも当然可能である。図5Aは、GCaMP6fセンサーで標識された第II/III層ニューロンの3D図を示す。矩形は4つの同時イメージングされた層(ROI1~4)を示す。数字は、脳軟膜からの距離を示す。ニューロンは、まばら標識を用いてV1領域内で標識された。同じ走査体積中に位置する別の3つのGCaMP6f標識されたニューロンの細胞体及び神経細胞プロセスは、明確さのためにz-スタックから除去された。非特異性AAVベクターを用いて4層の神経線維網を選択し、4層内を同時に101Hzで活動の記録を行った。図5Bは、図5Aに示した同時測定された4層の平均ベースライン蛍光を示す。右上角の数字は脳軟膜からのイメージング深さを示す。図5Cには、図5Bに示した数字つき黄色サブ領域から動きアーチファクト消去後に得られた代表的なCa2+過渡信号を示す。応答は、灰色の影で表示した時間間隔で異なる3方向への移動グレーティング刺激により誘導された。図5Dには、図5Bからの平均化ベースライン蛍光画像が、グレイスケールで示されており、これらは色コード付けされた相対Ca2+変化(ΔF/F)と重ねられている。代替となる別の定量的分析を示すために、いくつかの例証的な細胞体及び樹状突起ROI(図5B)からのCa2+過渡信号も算出した(図5C)。
【0065】
マルチキューブ及びスネーク走査法による体積走査(ボリュームスキャニング)
本発明者らのデータは、脳が空間的三次元の全てに沿って動いていても、3Dで少ない次元の面エレメントに沿って走査することにより、蛍光情報をなお保存して、動きアーチファクトを効果的に消去できることを実証した。しかし、状況によっては、例えば、より大きい動物、又は手術若しくは行動プロトコルに応じて、動きの振幅がより大きくなることがあり、見えない第3の走査次元を補償することができない場合がある。このような場合であっても蛍光情報を十分に保存するために、測定のための必要なノイズ消去効率を達成するまで自動アルゴリズムを用いて面エレメントを体積エレメントに拡張することにより見えない走査次元を取り戻すことができる。これを2つの例で実証するために、本発明者らは、3Dリボンを折り曲げられた直方体(キューボイド)に拡張し(「スネーク走査法」と呼ばれる)、多フレームを多キューボイドに拡張した。図6Aは、この3D測定の概要を示す。3D走査のために選択した複数の3Dリボンを、樹状突起スパイン、親の樹状突起及び隣接するバックグラウンド体積を完全に含むように3D体積エレメント(3D「スネーク」)に拡張して、覚醒した行動している動物の脳の動き時の蛍光情報を完全に保存することができる。図6Bは、スネーク走査のために皮質のまばら標識したV1領域から選択されたGCaMP6f標識第II/III層ニューロンの棘状樹状突起セグメントのz投影である(図6B)。選択された樹状突起セグメントが拡大スケールで示されている。開始時にとったz-スタックに従って、本発明者らは多数のガイド点を選択し、3D軌道を内挿し、全セグメントをカバーする3Dリボンを発生させた(上述の通り)。その後、得られたリボンを体積に拡張し、選択された折り曲げられたキューボイドから3Dスネーク走査を実施した(図6A~6D)。図6Cでは、移動グレーティング刺激により三次元Ca2+応答が誘導され、樹状突起に沿った距離及び垂直方向の1つに沿った距離の関数として2Dに投影された。図6Bに示した選択された樹状突起領域において10Hzで高速スネーク走査を実施した。蛍光データを、縦方向及び横方向に沿った距離に関数として投影した後、データを第2の(そして直交)垂直軸に沿って最大値投影して、3つの移動方向についての平均応答を、別々に、そして一緒に、動き補正後に示した。別の方法として、折り曲げられたスネーク形態を規則的なキューブに変換することにより、単一面への最大値投影を避けることができた。図6Dは、図6Cと同じ樹状突起セグメントを示すが、本図では3D体積をx-y面及びz-y面投影図として示している。代表的な自発Ca2+応答が、樹状突起スパイン及び2つの樹状突起領域に対応するコーディングされたサブ体積エレメントから誘導された。これらのサブ体積エレメントからサブピクセル分解能での3D動き補正後に過渡信号が誘導された。この表示では、異なるサブ体積からCa2+過渡信号が算出できた(図6D)。保存された良好な空間分解能のために、動いている動物において各スパインを、他のスパインから、そして根元の樹状突起から、明確に分離することができることに留意されたい。その結果、複数のスパインが隠れた位置やオーバーラップする位置にある場合であっても、それらのスパインからの過渡信号を同時に記録して分離することが可能となり、これは樹状突起コンピューテーションを正確に理解するのに必要である(図6D)。
【0066】
図6Eは、3Dマルチキューブ走査法の概略透視図である。マルチキューブ・イメージングを実証するために、複数フレームを単に小さなキューブに拡張し、細胞体のz方向直径と最大z方向移動(peak z movement)の合計より僅かに大きいz方向寸法を付加して、動き時の全ての細胞体蛍光点を保存した。図6Fは、同時3D体積イメージングのための個々のニューロン細胞体を選択している10個の代表的キューブのボリュームレンダリングされた画像を示す。10個のGCaMP6f標識された細胞体の同時測定は、そのサイズが細胞体の直径に整列されている比較的大きなキューブを用いて8.2Hzから25.2Hzまでで実施された(各キューブは46×14×15ボクセルから46×32×20ボクセルまでの範囲内であり、1ボクセルは1.5μm×3μm×4μm及び1.5μm×1.5μm×4μmであった)。この空間的及び時間的分解能のために、細胞下レベルのCa2+ダイナミクスを解像することが可能となった。キューブを発生させるのに用いた3Dドリフトの数と逆比例して、走査速度又は記録細胞の数をさらに増大させることができる。例えば、50×10×5ボクセルからなるキューブを用いた場合には、50Hzで50個の細胞体を記録することができる。多フレーム記録と同様に、ROIを可視化のために互いに隣り合わせで配列することができる(図6F)。図6Gでは、図6Fに示した10個のキューブからCa2+過渡信号が誘導された。上と同様に、ここでも動きを消去するために、Ca2+過渡信号の計算中の各時点で、正味変位ベクトルを算出して、体積下(サブボリューム)位置を補正した。本発明者らは、ボリュームスキャニングの使用によって、行動している動物の大振幅の動きの間のCa2+過渡信号における動きアーチファクトの振幅が19.28±4.19倍も低減することを見出した。これらのデータは、マルチキューブ及びスネーク走査法を、全走査体積にわたって分布した多数のサブボリューム内で神経回路網及び棘状樹状突起セグメントの3D測定に効果的に使用できることを実証した。さらに、これらの方法は、大きな振幅の動きアーチファクトを完全に消去することができる。
【0067】
マルチ3Dライン走査法
前章では、本発明者らは一次元の走査点を二次元又は三次元の物体に拡張した。本章では、走査点を一次元だけに拡張して、より高速での測定を実施する。多くの実験では、検体の動きが小さく、脳の動きは単一の3D軌道に沿った動きで近似できることを本発明者らは見出した(図7B)。図7Aは、マルチ3Dライン走査法の概略透視図を示す。各走査線は、1つのスパインと関連する。この場合、3Dランダムアクセス有感点走査法の各点を、多数の面積及び体積エレメントの代わりに、多数の短い3Dラインだけに拡張することができる(図7A)。第1工程では、z-スタックからいくつかの点を選択した。第2工程では、脳の動きを記録して、動きの平均軌道を算出した。図7Bでは、脳の動きの振幅を、図2Aと同様に3つの垂直イメージング面と明るい蛍光物体とを用いて3Dで記録した。平均動き方向を動き軌道のz投影画像で示す。第3工程では、予め選択した各点に対して、3DドリフトAO走査で短い3Dラインを、それらのラインの中心が当該予め選択した点と一致するようにして発生させ、これらのラインを動きの平均軌道に平行に設定した(図7B及び7C)。図7Cは、GCaMP6fで標識した2/3層錐体細胞のz投影を示す。これら3Dラインに沿って169のスパインの活動を同時検出した(図7C及び7E)。白い線は、164の予め選択されたスパインを通過して通る走査線を示す。全ての走査線が図7Bに示した平均動きに平行に設定された。対応する3D-Ca2+応答がこの164のスパインに沿って同時記録された。図7Dには、単一の生(未加工)のCa2+応答がマルチ3Dライン走査法を用いて14のスパインに沿って記録されている。生の蛍光における動きアーチファクトに留意されたい。図7Eは、下部に表示された異なる4方向での移動グレーティング刺激により誘導された、例証のスパインCa2+過渡信号を示し、これらはポイントごと走査法(左)及びマルチ3Dライン走査法(右)を用いて記録された。
【0068】
図7Fは、ポイント走査法(左)及びマルチ3Dライン走査法(右)を用いて測定された選択されたCa2+過渡信号を示す。マルチ3Dライン走査モードから古典的な3Dポイントごと走査モードに切り換えて戻すと、心臓の拍動、呼吸及び物理的な動きにより誘導された振動が過渡信号に直ちに現れた(図7F)。これらのデータは、マルチ3Dライン走査法を使用した場合の信号/雑音比の改善を示していた。動きの振幅が小さく、ほとんど或る1つの3D軌道に制限されている場合には、行動している動物において160以上の樹状突起スパインを迅速に記録するのにマルチ3Dライン走査法を効果的に使用することができる。
【0069】
各種走査モードの利点
上で本発明者らは新規な二光子顕微鏡技法である3DドリフトAO走査法を提示した。この技法を用いて、本発明者らは図8に示した次の6つの新規な走査方法を発生させた:3Dリボン走査法、チェス盤走査法、多層多フレームイメージング法、スネーク走査法、マルチキューブ走査法、及びマルチ3Dライン走査法。図中の点、線、面積及び体積エレメントは、測定に選択したROIを示している。
【0070】
これらの走査方法はそれぞれ異なる神経生物学的目的に最適であり、大きな走査体積内の移動する検体の3Dイメージングに、単独で又は任意の組合わせで使用することができる。本発明の方法は、物理的動きにより大振幅の動きアーチファクトが発生する条件下にあっても、覚醒した行動している動物において棘状樹状突起セグメントのような微細な神経細胞プロセスのレベルで神経回路網を高分解能で3D測定することを初めて可能にするものである。
【0071】
ドリフトAO走査方法を用いた3Dイメージングのための上述した新規なレーザー走査法は、それらが異なる各種の脳構造物にいかに適しているか、及び測定速度に基づいて、適用分野はさまざまである。最も速い方法はマルチ3Dライン走査法であり、これはランダムアクセスポイントごと走査法と同様の高速であり(ROI当たり53kHzで1000ROIまで)、スパイン又は細胞体の測定に使用することができる(図8)。第2の群では、多層多フレームイメージング、チェス盤走査法、及び3Dリボン走査法が、長い神経細胞プロセス及び細胞体に沿ってROI当たり5.3kHzで500ROIまでを測定することができる。最後に、2種類の体積走査方法であるマルチキューブ走査法及びスネーク走査法は、体積エレメント当たり約1.3kHzまでで50~100体積エレメントの測定が可能であり、それぞれ細胞体及び棘状樹状突起セグメントの測定に理想的である。この2種類の体積走査方法は、蛍光情報を最大限に保存することができるので、最良のノイズ消去能力を与える。最後に、これらの新たな走査技法の改善された信号/雑音比が、行動している動物の動いている脳内で多数のニューロンを同時記録した時の個々のCa2+過渡信号からの単独のAP分解能をいかに改善するかについて定量化した。行動している動物において、チェス盤走査法、マルチキューブ走査法、又は多層多フレームイメージング法は、3Dランダムアクセス有感点走査法に比べて、Ca2+応答の標準偏差をそれぞれ14.89±1.73、14.38±1.67及び5.55±0.65倍だけ改善した(n=20)。従って、動きアーチファクト補正されたCa2+応答の標準偏差は単独のAPの平均振幅より小さくなった。これにより、単独の活動電位の検出が、行動している動物における神経回路網測定において利用可能となった。このことは、3DランダムアクセスAO顕微鏡法では、動物が走っている時にはCa2+応答の標準偏差が単独APの振幅より4.85±0.11倍高くなっていたことから、可能ではなかった。
【0072】
実験手順
外科的手順
上述した全ての方法についての実験プロトコルはマウスで実施した。外科的方法は、既述のもの(Katona et al.「大きな組織体積内の三次元ランダムアクセス走査による高速二光子in vivoイメージング」Nature methods 9:201-208, 2012)と同様であったが、いくつかの瑣末な変更を加えた。概略を述べると、マウスをミダゾラム、フェンタニル及びメデトミジンの混合物(それぞれ体重1kg当たり5mg、0.05mg及び0.5mg)で麻酔し;視覚野のV1領域を固有イメージング(intrinsic imaging)により位置特定し(平均でラムダ構造物に対して、横方向に1.5mm、前方に0.5mm);既述のように(Goldey GJ, Roumis DK, Glickfeld LL, Kerlin AM, Reid RC, Bonin V, Schafer DP, Andermann ML (2014); Removabl cranial windows for long-term imaging in awake mice (覚醒マウスにおける長期イメージング用の取り外し可能な頭蓋窓) Nature protocols 9:2515-2538参照)、歯科用ドリルを用いてV1周囲を円形に開頭して、ダブルカバーグラスで完全に覆った。二光子記録のために、ネキソダール(nexodal)、レベトール(revetol)及びフルマゼニルの混合物(それぞれ体重1kg当たり1.2mg、2.5mg及び2.5mg)でマウスをフェンタニル麻酔から覚醒させ、実験まで2~12分間、温度制御された穏やかな条件下に保持した。イメージングのセッション前に、実験装置に適応させるためマウスを少なくとも1時間にわたり3D顕微鏡下で暗所にて頭部拘束状態に保持した。一部の動物においては、第2又は第3のイメージングのセッションをそれぞれ24又は48時間後に実施した。
【0073】
AAV標識
V1領域を固有イメージングにより位置特定した:概略を述べると、皮膚を切開し、皮質の右半球にわたる頭骨をきれいにした。後で二光子イメージングのセッション中に使用するのと同じ視覚刺激プロトコルを用いて固有信号を記録した。注入手順は既述(Chen TW, Wardill TJ, Sun Y, Pulver SR, Renninger SL, Baohan A, Schreiter ER, Kerr RA, Orger MB, Jayaraman V, Looger LL, Svoboda K, Kim DS (2013); Ultrasensitive fluorescent proteins for imaging neronal activity (ニューロン活動イメージング用超高感度蛍光タンパク質)、 Nature 499:295-300)のようにして若干の変更を加えて実施した。歯科用ドリルのチップを用いてV1皮質領域にわたり頭骨に0.5mmの穴をあけた(ブレグマ(前頂)に対して1.5mm側方で1.5mm後方を中心にして)。注入に用いるガラスマイクロピペット(先端径≒10μm)に0.5mlのベクター溶液(≒6×1013粒子/ml)を逆充填した後、軟膜下400μmの深さで、皮質にゆっくり(最初の50nlは20nl/s、残りの量については2nl/s)注入した。集団イメージングのために、本発明者らは、AAV9.Syn.GCaMP6s.WPRE.SV40又はAAV9.Syn.Flex.GCaMP6f.WPRE.SV40(Thy-1-Cre及びVIP-Cre動物の場合)を使用した。どちらもウイルスも米国ペンシルバニア州フィラデルフィアのPenn Vector Core社から入手した。まばら標識(sparse labeling)用には、10,000倍に希釈されたAAV9.Syn.Flex.GCaMP6f.WPRE.SV40とAAV1.Syn.Cre.WPRE.hGHとの1:1混合物を注入した。外科的手順の項目で述べた通りにして、注入から2週間後に頭蓋窓を注入部位を覆うように移植した。
【0074】
考察
本発明の新規な3DドリフトAO走査方法の神経科学における利点は数多くある。i)空間的分解能を維持したまま、既存の実現可能なものより2桁以上も大きな、GECIによる走査体積を可能にする;ii)サンプリング・レートの制限なしに、任意の速度で任意方向の高速3D走査の方法を提供する;iii)高速の記録を保持しながら面積及び体積エレメントを追加することを可能にする;iv)行動している動物においても3D面走査及び体積走査中に二光子顕微鏡法に特有の高い空間分解能を維持するために3Dですばやい動きアーチファクトを補償する;そしてv)光毒性を低減させるため、高速3D AO測定において2Dラスター走査の低出力時間的オーバーサンプリング(LOTOS)技法の普遍化を可能にする。
【0075】
これらの技術的な達成により、行動し、動いている動物における下記の高速3D測定及び分析方法の実現が可能になった:i)150以上のスパインの同時機能的記録;ii)12以上の棘状樹状突起セグメントの活動の高速並列イメージング;iii)記録された体積からのそれぞれ個々のスパイン(及び樹状突起セグメント)由来の空間及び時間の高速信号の精確な分離(これらの信号は、現在利用可能な方法ではオーバーラップする);iv)650μm以上のz走査範囲内での樹状突起アーバー及び神経回路網の大きな部分の同時イメージング;v)3Dランダムアクセス有感点走査法より1桁以上大きな信号/雑音比で500μm×500μm×650μmまでの走査体積内で細胞下レベルの分解能で100以上のニューロンの大きな回路網をイメージングする;及びvi)神経回路網の測定において10倍以上良好な単独AP分解能でAPをデコーディングする。
【0076】
神経細胞プロセスの理解の制限は、現在のところ、3Dで生きている組織内で起こる高速の樹状突起及びニューロン活動パターンとより大きな回路網体積にわたるそれらの統合に存する。これまで、神経回路機能のこれらの側面は、覚醒した行動している動物において測定されたことはなかった。高い空間的及び時間的分解能が維持される本発明の新規な3D走査方法は、これらの活動測定に対して、既存には欠けていたツールを提供する。別の利点として、本発明の方法は次のような研究に使用することができる:スパイクタイミングに依存性の神経可塑性及びその根元をなすメカニズム、樹状突起再生活動の起源、樹状突起スパイクの伝搬、受容野構造、多数の棘状及び無棘樹状突起セグメント間の樹状突起コンピューテーション、異なるインプットアセンブリの時空間クラスタリング、連合学習、多感覚統合、スパインの活動の空間的及び時間的構造、樹状突起と細胞体のアセンブリ、並びにパルブアルブミン、ソマトスタチン及び血管作動性腸管ポリペプチドを発現するニューロンのような、まばらに分布するニューロン集団の機能及び相互作用。本発明の3D走査方法はまた、局所的かつ大規模に神経回路により媒介される同期化プロセスを理解する手掛かりも提供しうる。これらのプロセスは、神経系の統合機能又は各種疾患において重要であると考えられている。重要なことは、これらの複雑な機能上の疑問が、細胞レベル及び細胞下レベルで、多数の棘状(又は無棘)樹状突起セグメントで同時に、かつ行動している動物中の神経回路網レベルで、本発明の方法により対処できることである。
【0077】
動き中の脳活動のイメージング
スパインCa2+応答の二次元in vivo記録は、麻酔した動物や、さらには走っている動物においても既に実現されてきたが、これらの論文では、わずか数個のスパインだけを比較的低い信号/雑音比で記録したにすぎなかった。しかし、覚醒し、走り、そして行動している動物中の大きなスパインアセンブリや棘状樹状突起セグメントの高速2D及び3Dイメージングは挑戦すべき難題のままであった。それでも、その必要性は、ニューロン発火速度は運動中はほとんどのニューロンで2倍以上になることを示し、ニューロン機能は動いて行動している動物では完全に変化することを示唆している最近の研究によって、明らかにされている。さらに、ニューロンのコンピューテーションの大部分は、脳内で複雑な3Dアーバーを形成している、多数の離間した尖端及び基底樹状突起セグメント内で起こる。しかし、従来の2D及び3Dイメージング法はいずれも、複雑な行動実験が神経科学の分野で急速に広がっている事実にもかかわらず、走っている期間中又は異なる行動実験において、これらの複雑かつ細い(棘状)樹状突起セグメントに接近することが可能ではなかった。1つの理由は、典型的な行動実験では、動きで誘導された過渡信号が行動関連のCa2+過渡信号に類似する振幅及び速度変化を持っていることである。さらに、これらの過渡信号が、典型的にはタスク中に同時に現れるため、それらの分離が困難となる。従って、本書において実証した3D走査方法は、単独又は各種の組合わせで、行動している動物における樹状突起活動を記録するためのニューロフォトニクス(神経光通信学)のツールキットから長らく欠落していた新たなツールを加えるものとなろう。
【0078】
脳の動きの補償
3自由度での閉ループ動きアーチファクト補償は低速(≒10Hz)では既に開発されているが、その方法の有効性は、覚醒した動物においては、又は樹状突起スパイン測定においては、又は動きアーチファクトに特有のものより高速では、いずれも実証されていなかった。さらに、脳の複雑なクモ膜腔懸架(arachnoidal suspension)のために、また血管がそれらの局所的環境における空間的に不均質な拍動を発生させていることのために、脳もまた著しい変形(単なる移行性の動きではない)を示し、従って、変位の振幅はイメージングしたそれぞれの、そして全てのサブ領域(下位領域)において異なりうるものである。このことは、小振幅の細胞体応答(例えば、単一又は数個のAP付随応答)を測定する場合、又は樹状突起スパインのような小さな構造物を測定したい場合には、非常に重要である。幸いにも、本発明の3Dイメージング及び対応する解析方法は、イメージングした各サブ領域において可変の振幅及び方向での補償も可能にする。このことは、不均質な変位分布を3Dで測定して効果的に補償できることを意味する。
【0079】
本発明の3D走査及び動きアーチファクト補償方法の有効性はまた、特にマルチキューブ又はチェス盤走査法を使用した場合、個々の細胞体Ca2+過渡信号の標準偏差が大きく低減し(14倍まで)、単一APの振幅よりも小さくなったことによっても証明される。これにより、現在好まれているGECIであるGCaMP6fを用いて、行動している動物の動いている脳における単一APの解像が可能になる。神経回路網イメージングに対して単一AP解像を提供することの重要性は、多くの系でニューロン集団はバースト(群発)ではなく単独のAPで情報をコーディングしていることを実証している最近の研究によっても証明された。
【0080】
尖端及び基底樹状突起アーバーの同時3Dイメージング
最近のデータは、皮質錐体ニューロンの尖端樹状突起房状分枝(tuft)がフィードバック入力の主要なターゲットであり、そこではそれらが局所NMDAスパイクにより増幅されて、遠位樹状突起Ca2+に、そして最終的には細胞体ナトリウム統合点に到達し、そこでそれらは、やはり局所NMDAスパイクにより増幅された基底入力と出会う。そのため、トップダウンとボトムアップの入力統合が、数百μmの距離で離間している局所統合計算サブユニット(local integrative computational subunits)で同時に起こり、このことは数百μmのz-範囲での神経細胞プロセスの同時3Dイメージングを必要とする。AO顕微鏡法の最大1000μm以上のz-走査範囲(これは、現在利用可能なレーザーの最大有効電流によってGECIによるin vivo測定時には約650μmに制限されている)により、500μm以上の範囲内で第II/III層ニューロンの尖端及び基底樹状突起セグメント並びに第V層ニューロンの樹状突起セグメントの同時測定が既に可能となっている。
【0081】
麻酔下の動物における2Dイメージングは長い神経細胞プロセスを捕捉することができるが、水平方向に向かう長いセグメントの位置は数層(例えば、第I層)だけにほぼ制限されてしまい、他の全ての領域は、典型的には断面又は斜め若しくは直交方向を向いた樹状突起の短いセグメントのみを見るだけである。さらに幸運にも単一の焦点面で複数の短いセグメントを捕捉した場合であっても、空間時間統合の複雑さを理解するためにイメージングされた領域を樹状突起や分岐点に沿って移動させることは不可能である。マルチ3Dリボン及びスネーク走査方法の主な利点は、任意のROIを全く制約なしに柔軟に選択し、シフトさせ、傾斜させ、そしてROIに整列させることができることである。従って、複雑な樹状突起統合プロセスを空間的にも時間的にも精確なやり方で記録することが可能となる。
【0082】
深い走査(ディープスキャニング)
高速3D記録に対していくつかの優れたテクノロジーが開発されているが、深層のニューロンのイメージングは、機械的な創傷を生じさせるか、又は収集すべき深さから蛍光光子を散乱させてしまう単独点二光子又は三光子励起を用いるか、のいずれでしか可能ではない。補償光学系及び再生増幅器を用いると、深部での分解能及び信号/雑音比を改善することができる。さらに、対物レンズアームに直接設置されたGaAsP光電子増倍管を使用すると、in vivo走査範囲を800μm以上に広げることができる。本書で実証した各種3D走査方法の主な展望の1つは、1.6mm以上の最大走査範囲に到達するための主な制限が、4つのAO偏向器の固有損失を補償することができない現在利用可能なレーザーの相対的に低いレーザー強度であることである。3mmのz走査範囲にわたってこれを裏付けることが、強度と組織散乱が制限的ではない透明検体における3D AOイメージングでは既に実証されてきた。従って、将来的には、新たな高出力レーザーを高速の補償光学系及び新たな赤方偏移センサーと組合わせることによって、ずっと大きな3D走査範囲が利用可能となり、皮質からどんな部分も除去せずに、例えば、深層ニューロンのアーバー全体の測定や3D海馬イメージングが可能となるかもしれない。
【0083】
高速3D走査用の顕微鏡を実現することができる受動光学素子と4つのAO偏向器の配置にはいくつか異なる種類があるが、これらの顕微鏡はどれも第2群の偏向器で反対方向に伝播するAO波によるドリフト補償を採用しており、従って、本書で実証した走査方法は全ての3D AO顕微鏡で容易に実施することができる。さらに、走査体積の減少を犠牲にすれば、3D AO顕微鏡を単純化して、任意の二光子システムでアップグレードとして使用することができよう。そのため、本発明者らは、我々の新たな方法が、行動している動物における高分解能in vivoイメージングに新たな地平を開くものであると予想する。
【0084】
3DドリフトAO走査
以下に、走査体積内の任意の地点から出発して、焦点を任意の3Dラインに沿って移動させるための4つのAO偏向器のチャープ・パラメータと焦点座標及び速度との間の1:1関係の操縦のやり方について簡単に説明する。
【0085】
4つのAO偏向器の駆動周波数と焦点のx、y及びz座標との間の関係を決定するために、3D顕微鏡の単純化された伝達行列(transfer matrix)モデルが必要となる。本発明で用いた3D AOシステムは、x-z面及びy-z面に対称的に配置されている2つのx筒形レンズと2つのy円筒形レンズに基づいているため、x座標及びy座標に沿って対称である。そのため、1つの面、例えばx-z面についての伝達行列を計算することが必要となる。本発明で用いた3Dスキャナーの第1及び第2のx偏向器は、これらが2つのアクロマティック(色消し)レンズからなる無限焦点投影レンズに連結されていることから、共役焦点面内にある。従って、単純化のために、それらを光学計算中は並列で使用することができる。
【0086】
図9に示すように、ここで使用した近軸モデルでは、焦点距離がそれぞれFとFの2つのレンズをF+Fの距離で用いて(無限焦点投影)、対物レンズに2つのAO偏向器(AODx及びAODx)をイメージングする。Fobjectiveは対物レンズの焦点距離であり、zはz軸に沿った対物レンズからの焦点の距離を規定し、そしてt及びtは、それぞれAO偏向器と無限焦点投影の第1のレンズとの間の距離、及び第2のレンズと対物レンズとの間の距離である。
【0087】
本光学系の幾何学的光学記述はABCD行列法により行うことができる。任意の光学系の出射(出力)レーザービームの角度(α)及び位置(x)は、該系のABCD行列(式1)を用いて、入射レーザービームの角度(α)及び位置(x)から計算することができる。
【0088】
【数9】
【0089】
x方向及びy方向に沿って偏向させる偏向器も、やはりこのABCD行列系を用いて近軸的にモデル化することができる光学系によりリンクされている。スキャナーと検体(サンプル)との間の光学系から区別するため、それを小文字(abcd)で表示することができる。こうして、第1の結晶(x軸に沿って偏向させる)内の座標xで通過する各光線について、第2の結晶内で取られる座標x及び角度αを決定することができる。
【0090】
【数10】
【0091】
第2の偏向器と検体面との間のリンクは次式により与えられる。
【0092】
【数11】
【0093】
ここで、α’は偏向後に結晶を出る光線の角度である。αとα’との関係は、第2の偏向器の偏向規則により決まる。最も単純な近似は単に次式を与える。
【0094】
【数12】
【0095】
従って、第2の行列変換形式を当てはめると、次式が得られる。
【0096】
【数13】
【0097】
第1の行列伝達を当てはめると、2つの偏向器の間で次式が成立する。
【0098】
【数14】
【0099】
偏向器1の偏向規則を当てはめると、次式が与えられる。
【0100】
【数15】
【0101】
標的とする検体座標について次式を得る。
【0102】
【数16】
【0103】
最後のステップで式からxを消去する。
【0104】
【数17】
【0105】
2つの偏向器の周波数のx及びt依存性は次の2式により記述することができる。
【0106】
【数18】
【0107】
これらにより、x座標は次式となる。
【0108】
【数19】
【0109】
周波数を代入すると次のようになる。
【0110】
【数20】
【0111】
こうしてx及びtのみに依存する式の形態を得る。
次にxを含んでいる項の係数の式を次のように収集することができる。
【0112】
【数21】
【0113】
これは、係数ax1及びax2がtに依存していないなら全く単純にゼロとなしうる。この場合、パラメータax1及びax2が次式で規定される条件を満たす時には、両方の偏向器における単純な線形周波数掃引と一定速度でのドリフトする焦点とを持つことになる。
【0114】
【数22】
【0115】
座標は次式の時間変化を有するであろう。
【0116】
【数23】
【0117】
ここで
【0118】
【数24】
【0119】
及び
【0120】
【数25】
【0121】
上の式を逆転させて、所望のv及びx(0)値から始めることによりパラメータを決定することもできる。しかし、一定の線形速度だけではなく、加速も含んでいる曲線に沿ってスポット(焦点)を移動させたい場合には、それはより複雑になる。これを達成するには、この場合ax1及びax2パラメータはtに依存している筈である。最も単純な依存性は、次式のように線形である。
【0122】
【数26】
【0123】
第2の偏向器については次式。
【0124】
【数27】
【0125】
この場合もxとxとの関係を使用すると、次式になる。
【0126】
【数28】
【0127】
これをxの式に代入すると、次式を得る。
【0128】
【数29】
【0129】
ここで、xはx及びtだけに依存する。コンパクトな焦点を得るには、全てのx依存項をゼロにしなければならない。一次、二次、三次及び四次の依存性を持つ4項があり、全てが一般事例ではtに依存している。この一般事例はあまりに複雑であるので、解析的に記述することができる解決策を見出すために特殊な場合を選択する必要がある。
【0130】
上の一般式22を、行列要素に対して特定の適用可能な変数を用いて異なる各種の光学的構成(セットアップ)に当てはめることができる。
例証となる具体例において、全ての偏向器は異なる焦点距離のレンズにより構成されるテレスコープにより光学的に連結されている。
【0131】
それぞれ焦点距離がf及びfを持ち、互いに距離tだけ離間して配置された2枚のレンズ(レンズ1及びレンズ2)から構成される2つの偏向器1及び2(レンズ1は偏向器1から距離dの位置に、レンズ2は偏向器2から距離dの位置に配置)を連結するテレスコープに対する一般行列は次式になる。
【0132】
【数30】
【0133】
テレスコープの理想的な場合に、2枚のレンズが、光学イメージングのために互いからf+fの距離で配置されているなら、行列は次のように縮小する。
【0134】
【数31】
【0135】
言及した参照の系では、偏向器は全て中間テレスコープの共役イメージ面に置かれている。テレスコープでの最も効率的なイメージングは第1レンズの第1焦点面(f=dを意味する)と第2レンズの第2焦点面(f=d)との間で行われる。
【0136】
この場合、行列は次式のように縮小する。
【0137】
【数32】
【0138】
2つの焦点距離が等しい場合、下記の最も単純な関係が得られる。
【0139】
【数33】
【0140】
解析されている系の各偏向器の間で、式23~26からの行列のいずれかを当てはめて、式22を記述する適当な行列要素を得ることができる。x軸及びy軸に沿って偏向させる偏向器が交互に配置されている(例、1つのxの後に1つのyを配置)なら、2つのx方向(x及びx)とy方向(y及びy)の偏向器を連結する複数のテレスコープは、それぞれx及びx偏向器並びにy及びy偏向器を記述する行列の乗算によって記述される。ここで、偏向器(d、fなどの距離に比べて無視できる長さ)を通る伝播は無視した。また、y方向の偏向器はx-z面における伝播角度を変化させず、逆もまた同じで、x方向の偏向器はy-z面に影響しないと考える。その結果、例えば、式24を用いて、x偏向器とy偏向器とを連結する焦点距離f及びfのレンズにより形成されるテレスコープと、y偏向器とx偏向器とを連結する焦点距離f及びfのレンズにより形成されるテレスコープについて次式を得る。
【0141】
【数34】
【0142】
焦点距離f=fかつf=fであるなら、下記の最も単純な行列を得る。
【0143】
【数35】
【0144】
最後の偏向器と標的の検体面との間の光学伝達は、x及びyに沿って偏向させる偏向器について異なるであろう。最後のx偏向器を検体面に連結する光学系は、焦点距離f’及びf’を持つレンズから作られたx及びy偏向器間のテレスコープをも含んでいる。偏向器xとレンズf’との間の距離はd’であり、レンズf’とf’との間の距離はf’+f’であり、レンズf’と偏向器yとの間の距離はd’である。偏向器yと標的検体面との間の光学系は焦点距離F、F及びFobjの3枚のレンズからなり、これらの要素間の距離は、偏向器yから出発して、それぞれt、F+F、t、z=zである。その結果、xと検体面との間の完全な伝達は次式により記述される。
【0145】
【数36】
【0146】
また、yと検体面とのそれは次式により記述される。
【0147】
【数37】
【0148】
後者は閉形式では次のように記述することができる。
【0149】
【数38】
【0150】
上の行列のa、b、c、d及びA、B、C、Dの値を式22と似た方程式に用いて、焦点のx及びy座標の時間変動を求めることができる。
別の態様では、偏向器は中間のテレスコープ又はレンズを介在させずにx-x-y-yの順に配置する。偏向器間の距離は、偏向器xから出発して、それぞれd、d及びdである。ここで、各偏向器の厚みはそれらの間の距離に対して無視することができないので、それらの光学的厚み(屈折率×物理的厚み)を、それぞれtx、tx、ty、tyと表示する。偏向器xとxとを連結する光学的伝達行列は次式である。
【0151】
【数39】
【0152】
そして、偏向器yとyとを連結する光学的伝達行列は次式である。
【0153】
【数40】
【0154】
偏向器yと検体面との間の光学系は前に解析した顕微鏡と同じで、前記と同じ間隔で配置された焦点距離F、F及びFobjの3枚のレンズにより形成されている。
従って、y-z面におけるABCD行列は式31に示したものの乗算であって、そして偏向器yの半分を通る伝播である。
【0155】
【数41】
【0156】
しかし、通常はtyがF、F等よりずっと小さいため、上の乗算される行列は通常は無視することができる。
x-z面のABCD行列は偏向器y及びyを通る伝播及びそれらの間の距離を考慮に入れる必要がある。
【0157】
【数42】
【0158】
これらの行列要素はx-z面とy-z面とにおいて非対称であり、従って焦点のx及びy座標を決定するパラメータは別々に計算する必要があろう。
本発明者らは、Reddy et alの顕微鏡より少ない要素を含んでいるシステム (Katona et al) を実現したが、式34及び35で表されたTomas et alの系に現れる非対称性を避けるために、偏向器x、yとx、yとの間にテレスコープを使用する。2つの偏向器対の間のテレスコープは、焦点距離の等しい2枚のレンズを互いから焦点距離の2倍で離間させて配置することにより形成される。このテレスコープはそれぞれ偏向器xとx及び偏向器yとyの間で完全なイメージングを行う。
【0159】
各偏向器の厚みは、中間テレスコープのレンズの焦点距離に比べて、また焦点距離F、F及び距離t、tに比べて無視することができる。
これらの近似により、理想的なイメージングを仮定して、両方の偏向器対について下記の(abcd)行列を得る。
【0160】
【数43】
【0161】
第2の偏向器の出力面から対物レンズの焦点面に光線を伝達する図9に示したシステム部分のABCD伝達行列は、光学系が同じであることから、式31に従って計算することができる。
【0162】
【数44】
【0163】
これらの行列の積はその一般形態では極めて複雑であって、式31におけるのと同じであるが、z=zではx及びy座標について同じである。
【0164】
【数45】
【0165】
しかし、理想的テレスコープイメージングでは、無限焦点(アフォーカル)光学系は対物レンズの開口上で偏向器出力面のイメージを生ずることを考慮すると、下記の単純化を使用することができる。この場合、t=F及びt=Fである。この単純化により次式を得る。
【0166】
【数46】
【0167】
この式36及び39の行列を用いて、最後のAO偏向器の面内でとった角度(α)及び位置(x)から対物レンズからの或るz距離(z)でx-z面内における任意の出力光線の角度(α)及び座標(x)を計算することができる。同じ計算をy-z面に対しても使用できる。x座標は式22により一般形式で与えられ、ここで、今度は式36からの(abcd)行列要素を挿入し、xを、第1偏向器のx座標を表すxで置換する。
【0168】
【数47】
【0169】
式39から行列要素A及びBも置換する。
【0170】
【数48】
【0171】
同じ変換及び単純化の後で次式を得る。
【0172】
【数49】
【0173】
カッコ内の項を拡張して、別個のx依存性部分とt依存性部分とを得る。
【0174】
【数50】
【0175】
理想的集束を得るために、第1の仮定において、x座標のx依存性部分における時間依存性の項と非依存性の項は全てのt値に対して別々にゼロになるべきである。ビームを集束させるため、任意のx値についてx及びxを含んだ項はゼロにならなければならない。これは、1つだけではなく下記の2つの式を含意する。
【0176】
【数51】
【0177】
第2の仮定はbx1=bx2=bを含意する。これはまた、式43の右側の第1項、tに依存する項を含んでいるシングル項がゼロになることも含意する。そのため、一定速度で動いているx座標を持つことになる。これが時間依存性ではない一定のzで起こり、そしてbx1=bx2=0であれば、音響周波数の単純な線形時間スロープに戻る。
【0178】
式44からz座標の時間依存性を次のように表すことができる。
【0179】
【数52】
【0180】
本発明者らは、z座標が一定であって、従って焦点が水平x-y面内でドリフトする場合(下記実施例Iを参照)と、焦点が、任意の3Dラインに沿って、恐らくは測定される構造物(例、軸索、樹状突起等)の軸を追って移動する場合(実施例II)とを別々に取り扱う。
【0181】
実施例I:z座標が時間に依存しない
この場合、式4及び46(上記)から見られるようにbx1=bx2=0である。
式46から、焦点面が一定であることもわかる。
【0182】
【数53】
【0183】
所望のz面を設定すれば、必要となるcx1及びcx2パラメータ間の下記の関係について次式を得る。
【0184】
【数54】
【0185】
この場合のx座標の時間変動は次式により与えられる。
【0186】
【数55】
【0187】
を式47からのその表式で置換すると、x座標について次式が得られる。
【0188】
【数56】
【0189】
単純化後に次式になる。
【0190】
【数57】
【0191】
座標に沿った焦点の初期速度及び加速は次のように表される。
【0192】
【数58】
【0193】
さらに単純化する。
【0194】
【数59】
【0195】
そして
【0196】
【数60】
【0197】
最後の式は、x-z面内では焦点は加速され得ず、一定速度vx0でドリフトし、この速度は周波数チャープの持続中は同じであることを示している。下記パラメータ:開始時のx座標x、対物レンズからの距離z、x軸に沿った速度vx0、により特徴づけられる移動する焦点を得るために必要な周波数傾斜の値を算出したい場合、cx1+cx2(式48)及びcx1-cx2(式53)についての表式を使用する必要がある。
【0198】
x1及びcx2については次式を得る。
【0199】
【数61】
【0200】
上記2つの式の加算及び減算により、下記の結果が得られる。
【0201】
【数62】
【0202】
要約すると、焦点を水平面(対物レンズ軸に対して垂直)内に位置する線に沿って一定速度でドリフトさせることは可能であり、焦点距離zはAO偏向器内で音響周波数チャープにより設定することができると言うことができる。利用可能なz及びvx0の範囲はこの解析からは導き出すことはできない。それらは、所定傾斜のチャープシーケンスの時間長さを制限するAO偏向器の周波数バンド幅により制限される。
【0203】
実施例II:z座標が時間に依存する
1つのAO切替時間の期間内にz軸に沿って検体空間内で焦点をドリフトさせたい場合、z座標の時間変化を可能にしなければならない。次の式が、AOセルから発する全ての光線を対物レンズ後の単一焦点上に集束させるための制約から生ずる(時間非依存性のzについては式47を参照)。
【0204】
【数63】
【0205】
式59からは次式が得られる。
【0206】
【数64】
【0207】
その結果、次式になる。
【0208】
【数65】
【0209】
しかし、この式は時間依存性が非線形である。従って、その後の計算を単純化するためにそのテイラー級数が必要となる。
【0210】
【数66】
【0211】
速度をほぼ一定とするために、上記テイラー級数における二次及びより高次の項を小さくするか、又はほぼゼロにすべきである。これは、bx1、bx2、cx1及びcx2の値に制約を課す。最も単純な推定は、一次形式(線形)部分が二次形式部分を凌いで時間依存性を支配しているとすることであり、これはそれらの係数の比が小さくなるべきであることを意味する。
【0212】
【数67】
【0213】
しかし、上記総和式の第2の構成要素では、z-x面のz軸に沿った速度(vzx)も同様に表される。
【0214】
【数68】
【0215】
式35から、bx1=bx2=bとなり、この値はこの場合はゼロではない。bを表すための他の制約と、さらなる定数が必要となる。
座標に対する式(式43から)は次の通りとなる。
【0216】
【数69】
【0217】
x軸に沿ったドリフト速度を見出すため、上記関数をtに対して微分すべきである。
【0218】
【数70】
【0219】
t=0にとると、x軸に沿ったドリフト速度成分の初期値vx0を求めることができる。
【0220】
【数71】
【0221】
zxの表式(式64)からbをとり、それを式67に導入すると、cx1及びcx2の選択に対する制約を与える式(式68)が得られよう。この制約はcx1及びcx2をvx0及びvzxに関連づける。
【0222】
【数72】
【0223】
ここで、下記の記号法を導入した。
【0224】
【数73】
【0225】
式68からpを表すことができ、その結果、pとqとの関係が得られる。
【0226】
【数74】
【0227】
ここで、下記の記号法を導入した。
【0228】
【数75】
【0229】
これらは全ての可能な軌道にあてはまる一般方程式である。実際的には、異なる軌道に沿った(焦点)スポットの動きは別々に解析することができる。
3Dラインに沿った空間内の動き
実用的に重要な可能性は、例えば測定された樹状突起の軸又は軸索に追随して、ドリフトするスポットに対して線形軌道を設定することであろう。これは軸に対して任意角度を持った一般3Dラインである。この3Dラインのx-z面及びy-z面への投影図も、別々に処理することができるラインである。ここではx-z面上の投影図を取り扱うこととする。y-z面上の投影図も同様に取り扱うことができる。しかし、後で示されるように、それらは完全に独立してはいない。スポットが軌道上で加速される場合、加速及び初期速度もx-z面及びy-z面上に投影される。x-z面内における初期速度の2つの直交する成分をvx0及びvzx0と名付ける。これらは、それぞれx軸及びz軸に対して平行である。従って、x-z面内ではライン軌道の投影に対して次式を持つ。
【0230】
【数76】
【0231】
チャープパラメータを計算するため、それぞれ式62及び式65で表されるz(t)及びx(t)関数の時間依存性を挿入しなければならない。
下記の記号法を導入する。
【0232】
【数77】
【0233】
これらの記号法及び式62及び65からの時間依存性を式75に導入すると、次のように3Dラインの投影が得られる。
【0234】
【数78】
【0235】
いくらかの単純化後に、次式が得られる。
【0236】
【数79】
【0237】
この式は各時間ポイントt’について満たされなければならない。各t’に対して有効であるために、次式を課さなければならない。
【0238】
【数80】
【0239】
第1の式(式82)は、次式を与える。
【0240】
【数81】
【0241】
式76から▲u▼(uの上に波線)を導入すると次式が得られる。
【0242】
【数82】
【0243】
この式から、p(式72により規定)を次のように表すことができる。
【0244】
【数83】
【0245】
x1=bx2=b及びq=cx1-cx2を表すために、初期速度vzx0の所望値から設定することができる別の制約を必要とする。
式76及び77の記号法を用いて、初期速度値を見出すためにt=0でのz(t)の導関数(式62)をとる。
【0246】
【数84】
【0247】
式S58からBを表す。
【0248】
【数85】
【0249】
式77からこのBの表式を導入すると、パラメータbを生ずることができる。
【0250】
【数86】
【0251】
q(式71により規定)を表すために、式83及び88を使用する。
【0252】
【数87】
【0253】
最後に、q及びp(式86及び90)の加算及び減算によりcx1及びcx2を表すことができる。
【0254】
【数88】
【0255】
t’=0での最初に設定したx(0)から、極めて重要なパラメータΔf0xを算出することができる。その後、次式を得る。
【0256】
【数89】
【0257】
1好適態様において、AOデバイスの固有パラメータは次の通りである:K=0.002rad/MHz、v=650×10μm/s、倍率M=1、初期周波数差Δf=10MHz、並びに動きパラメータ:m=2、vz0=1μm/μs、n=fobjective-4μm。これらの値に対して、cx1値は3kHz/μsとなるのに対して、cx2=17KHz/sである。
【0258】
z方向における加速azxはこれらのパラメータでは約0.1m/sである。
最後に、本発明者らは我々の結果をまとめる。本書において本発明者らは、x-z面においてあるラインパスに沿って所定の初期速度で所定地点から焦点を動かすために、非線形チャープされたドライバー関数についてのパラメータをどのように計算することができるかを実証している。このラインパスのパラメータは3Dで下記一般式に従って選択される。
【0259】
【数90】
【0260】
偏向器はx-z面及びy-z面内で偏向させているので、式S65をこれらの面上でのライン投影を記述する式に変換する。
【0261】
【数91】
【0262】
これらでは、vzx0=vzy0=vz0、かつ下記を含意する。
【0263】
【数92】
【0264】
偏向器を操縦するため、x-z面内でのΔf0x、bx1、bx2、cx1及びcx2パラメータを、軌道及びドリフトの選択されたx(0)、z(0)、vx0及びvzx0パラメータの関数として求める必要がある。同じことがy-z面についても当てはまる。この場合は、軌道の所望のy(0)、z(0)、vy0及びvzy0パラメータに対して、Δf0y、by1、by2、cy1、及びcy2を求める。
【0265】
スポット(焦点)はその後もドリフト中はその形状を保持しよう。なぜなら、対応する制約が両方の面内で満たされるからである。x及びy座標に沿った初期速度vx0及びvy0は、zに対して設定された初期側樋vzx=vzyと一緒に、m及びkパラメータを決定し(式96及び97)、加速値もこれらのパラメータにより求められる。得られた加速値は通常は実際のパラメータセットの範囲内で低く、従って、スポットの速度はあまり長くない軌道については急激には変化しないであろう。
【0266】
光学計算のために、その向き(方位)がAO偏向器の偏向方向によって設定される2つの垂直面内で適用されたAO顕微鏡全体の近軸近似を使用する(図9)。必要となるのは下記の3群の式である:i)x-z面(及びy-z面)内のAO顕微鏡の単純化された行列式(式2~3);ii)AO偏向器の基本的方程式(式7);並びにiii)x-z面(及びy-z面)内で偏向させる偏向器内の音響周波数についての時間的に非線形の(temporally non-linear)チャープ(f)。
【0267】
【数93】
【0268】
上の式において、i=1又はi=2とは第1及び第2のx軸偏向器を表示し、Dは該AO偏向器の直径であり、そしてvは該偏向器内部の音波の伝播速度である。
この式は式10、11、19及び20から導出された。本節においては全てをx-z面内で計算する。x軸は一方の偏向器対の偏向方向であり(yはもう一方のそれである)、zは円筒形対物レンズの対称軸と一致する光学軸である。同じ計算がy-z面内でも適用されるべきである(上の詳細な計算を参照)。これら3群の式(i~iii)から、焦点のx座標を計算することができる(式22、65)。すべての光線を対物レンズの焦点内で集束させるために、x座標のx及びx依存性の部分はゼロにしなければならない(偏向器開口内の任意のx材料から出発する全ての光線が焦点面内で同じx座標を通過しなければならない)。このことは、それからz座標のt依存性を表すことができる(式61)、2つの方程式(式44、45)を含意する。
【0269】
しかし、式61は非線形の時間依存性を持つ。従って、その後の計算を単純化するためにそのテイラー級数が必要となる。本発明者らの最も単純な推定は、一次(線形)部分について時間依存性が二次部分を越えて支配的であることであり、従ってz-x面におけるz軸に沿った速度はほぼ一定(vzx)であり、そして式64を用いて、x軸に沿った速度(v)を求めることができる(式66を参照)。
【0270】
最終段階において、異なる3D軌道に沿った焦点の動きを解析したい。単純化のために、軸に対して任意の角度及び任意の速度での一般3Dラインに沿ったドリフトを計算する。上と同様にx-z面とy-z面とを別々に取り扱うことができる。x-z面では3Dラインの投影を下記のように表すことができる。
【0271】
【数94】
【0272】
(t)の表式をx(t)と組合わせ、同様に計算されたz(t)とy(t)とを用い、必要な焦点の初期位置(x、y、z)及び速度パラメータ値(vx0、vy0、vzx0=vzy0)を加入すると、4つのAO偏向器における式100に従った非線形チャープを計算するのに必要な全てのパラメータ(Δf0x、bx1、bx2、cx1、cx2並びにΔf0y、by1、by2、cy1、cy2)を明示することができる。
【0273】
【数95-1】
【0274】
【数95-2】
【0275】
Δf0xとΔf0yは完全には決定されないことに留意されたい。ここでは、AO偏向器の第1群(f)と第2群(f)の周波数範囲から選択して、それらを3D走査中にバンド幅の中位に保持するするのに余分な自由度がある。要約すれば、本発明者らは、AO偏向器の焦点座標及び速度とチャープパラメータとの間に1:1関係を引き出すことができた。それにより、走査体積内の任意の地点で出発して任意の3Dラインに沿った速い動きを発生させることができる。
【0276】
3D二光子顕微鏡
下記の例証的な具体例において、より以前に用いたエレクトロニクスシステムで実施された新規AO信号合成カードを用いることにより3D AOイメージング法を改良した。この新規なカードは、FPGA(Xilinx Spartan-6)で供給された高速DAチップ(AD9739A)を使用する。このカードはその通電状態で一次及び二次時間依存性を付与する周波数チャープを持つ変動振幅の10~140MHz信号の発生を可能にする。このカードの同期及び命令により、焦点を任意の位置に位置させ、それを全(10~30μs)AOサイクルについて任意の3Dラインに沿ってドリフトさせることが可能であった。AO偏向器のそれぞれで無線周波数(RF)ドライバー信号の後方反射を直接測定し、RFエネルギーを偏向器間でより均質に分布させるために、このRF反射及び損失を補償した。これにより、結晶上でより高い絶対音響エネルギーが可能となって、より高いAO効率を与え、従って、対物レンズ下でのより高いレーザー出力と走査体積のより均質な照度を付与した。
【0277】
また、空間分解能を向上させ、視野を広げ、全透過光強度を増大させるために、本発明者らは下記の光学機械的な変更を加えた。Mai Tai eHPフェムト秒レーザー(875~880nm、SpectraPhysics)のDeepSeeユニットを取り外し、光路の二次及び三次の物質分散(72,000fs及び40,000fs)の大部分を補償するために電動の外部4プリズムコンプレッサだけを使用した。コヒーレント後方反射をファラデイアイソレータ(Electro-Optics Technology)を用いて排除した。熱ドリフトにより誘起される光学誤差を排除するために、電動4プリズムシーケンスの前方及び後方の閉ループ回路内に電動ミラー(AG-M100N, Newport)及び象限検出器(PDQ80A, Thorlabs)を配置した。Zフォーカシング及び横方向走査を2つの別個のAO偏向器対により達成した。これらの偏向器対は2つのアクロマティック(色消し)レンズ(NT32-886, Edmund Optics)に結合されていた。最後に、Edmund Optics(47319、f=200mm)及び Linos (QIOPTIQ, G32 2246 525, f=180mm)レンズからなるテレセントリックリレーを用いて、正立型二光子顕微鏡(Femto2D, Femtonics Ltd.)に光を結合した。励起レーザー光を検体に投じ、蛍光信号を収集した。これには、集団イメージング用には20×オリンパス製対物レンズ(XLUMPlanFI20×/1.0レンズ、20×、NA1.0)、又はスパインイメージング用には25×ニコン製対物レンズ(CFI75アクロマート25×W MP、NA1.1)のいずれかを用いた。蛍光は、フィルターとダイクロイックミラーにより2つのスペクトルバンドにスペクトルにより分離された後、対物レンズアームに直接固定されたGaAsP光電子増倍管(Hamamatsu) に送りこまれた。これは2Dガルバノスキャニングで800μm以上のの範囲の深いイメージングを可能にする。AO偏向器の無線周波数ドライブの効率の向上と光学的改善のために、空間分解能及び走査体積はそれぞれ約15%及び36倍だけ増大した。新たなソフトウェアモジュールが高速3D樹状突起測定と検体ドリフトの補償のために開発された。
【0278】
3Dにおける動き補正
3Dリボン走査法、多層多フレーム走査法及びチェス盤走査法から得られたデータを2Dフレームの時系列として3Dアレイ内に保存する。これらの2Dフレームは、本発明の動き補正方法の基本ユニットを形成するために、AOドリフトにマッチしたバーに区分される。本発明者らは、参照フレームとして、その時系列において最高の平均強度を持つフレームを選択した。次に、各フレーム及びバー及び参照フレームの対応するバーの間の相互相関を計算して、そのデータ空間内の一組の変位ベクトルを得た。各フレーム及び各バーの変位ベクトルを、その検体のデカルト座標系(カルテシアン又は直交座標系)に変換して、各バーについての走査方位を知る。1つのフレームの変位ベクトルを、その複数バーの動きベクトルの中央値(メジアン)として算出することによりノイズバイアスを避ける。この単一フレームの共通変位ベクトルをデータ空間に逆変換する。次に、全フレームの各バーについて得られた変位ベクトルを用いて、サブピクセル精度に対する線形補間を使用し、バーのデータをシフトさせる。ギャップは可能なら常に、隣りのバーからのデータで埋める。
【0279】
上に開示した態様に対する各種の変更が、この後の特許請求の範囲により決まる保護範囲から逸脱せずに、当業者には明らかであろう。
【符号の説明】
【0280】
10:顕微鏡
12:レーザー光源
14:レーザービーム
16:音響光学偏向器
18:対物レンズ
20:検出器
26:検体(サンプル)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9