(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-03
(45)【発行日】2024-07-11
(54)【発明の名称】回折環による応力解析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 23/2055 20180101AFI20240704BHJP
G01L 1/25 20060101ALI20240704BHJP
【FI】
G01N23/2055 310
G01L1/25
(21)【出願番号】P 2019075758
(22)【出願日】2019-04-11
【審査請求日】2022-03-03
【審判番号】
【審判請求日】2023-05-30
(73)【特許権者】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】100114074
【氏名又は名称】大谷 嘉一
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 敏彦
【合議体】
【審判長】石井 哲
【審判官】樋口 宗彦
【審判官】▲高▼見 重雄
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-99145(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N23/00-G01N23/2276
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
計測対象物にX線を照射し、当該計測対象物にて回折したX線により形成される回折環の計測に基づいて前記計測対象物の応力を解析する応力解析方法であって、
前記回折環の計測データに回折環全体の4/9~8/9のデータが欠落しており、
θ:Bragg角,α:回折環の中心角,ε
α:中心角αに対応するひずみ,η:θの余角,ψ
0:計測対象物の表面の法線と入射X線ビームとのなす角,Ε:回折ヤング率,ν:回折ポアソン比とすると、
中心角αにおけるひずみε
αを一次式で近似した下記式(1-1)
から係数a’
1を求め、
応力のσ
xを下記式(2)にて求めることを特徴とする応力解析方法。
【数1】
(a’
0:定数、a’
1:係数)
【数2】
【請求項2】
計測対象物にX線を照射し、当該計測対象物にて回折したX線により形成される回折環の計測に基づいて前記計測対象物の応力を解析する応力解析方法であって、
前記回折環の計測データに回折環全体の4/9~8/9のデータが欠落しており、
θ:Bragg角,α:回折環の中心角,ε
α:中心角αに対応するひずみ,η:θの余角,ψ
0:計測対象物の表面の法線と入射X線ビームとのなす角,Ε:回折ヤング率,ν:回折ポアソン比とすると、
中心角αにおける、ひずみε
αを一次式で近似した下記式(3-1)
から係数b’
1を求め、
せん断応力τ
xyを下記式(4)にて求めることを特徴とするせん断応力の解析方法。
【数3】
(b’
0:定数、b’
1:係数)
【数4】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、計測対象物にX線を照射することで発生する回折環から得られるひずみ情報に基づいて、応力を解析する応力解析方法に関し、特に回折環の一部に欠落が生じた場合にも有効な応力解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
X線の照射によって測定サンプルから発生する回折環から得られるひずみ情報を利用することで、有効なX線応力測定が可能になることが平らによって提案され、cosα法と命名された(非特許文献1)。
当初は、回折環の測定に必要な検出器には写真フィルムしか無かったため、十分な性能が発揮できず事実上埋もれた技術となっていた。
その後、高精度で実用性が高い検出器であるイメージングプレートが開発されたのを契機にして、cosα法用の専用装置が開発され(2012年)、急速にその普及が進んだ。
cosα法では、回折環上の4カ所のひずみを組み合わせることで応力に関する直線関係が導出でき、従来法のsin2ψ法と類似したデータ処理によって応力を決定することができる。
また、1方向のみからのX線の照射方向で十分であることから(単一入射法)、装置の小型化や測定の高速化が大幅に進んだ。
その後、さらに宮崎らはcosα法と同様な装置から得た回折環の測定データをフーリエ級数に展開することで、cosα法と等価な解析が可能になることを示し、フーリエ解析法と命名した(非特許文献2)。
フーリエ解析法の特長は、cosα法のように回折環上の4カ所のひずみを組み合わせたパラメータを用いる必要がなく、1カ所ずつのひずみと回折環の中心角αとの関係を利用して応力が決定できる点である。
その結果、回折環の一部が欠けた場合にも残りの部分のひずみを有効に活用できるようになり、応力値の精度が確保しやすくなる利点がある。
応力測定を必要とする工業部品では、歯車の歯底や歯面、軸受の軌道面などのように、狭い箇所に対する測定ニーズが少なくない。
しかし、これらの場合には回折X線が周囲に遮られることで回折環全体が完全に計測できなくなることがある。
このようなとき、従来法のsin2ψ法はもとより、cosα法によっても十分な測定が困難となる可能性が生じる。
これに対し、フーリエ法では回折環の1/4~2/5程度が欠落した場合にも実用上十分な応力測定が可能になることが実証されている。(非特許文献3)
しかし、さらに広い範囲(回折環の2/5以上)が欠落した場合にはフーリエ法でも十分な測定精度が得られにくくなることが、本発明者の予備検証により判明している。
そこで、より広範囲の回折環の欠落にも有効なX線応力解析法を検討した結果、本発明に至った。
非特許文献4では、cosα法により応力を求める際にスポッティ化した回折環から精度よく応力を求める方法を提案しているが、本発明は回折環の一部欠落を補うものである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】平修二,田中啓介,山▲崎▼利春「細束X線応力測定の一方法とその疲労き裂伝ぱ問題への応用」,「材料」第27巻 第294号,(37)-(42)
【文献】T.Miyazaki,T.Sasaki「X-ray stress measurement with two-dimensional detector on Fourier analysis」IJMR105(2014)E,1-6 (MK111101)
【文献】T. Miyazaki and T. Sasaki「X-ray residual stress measurement of austenitic stainless steel based on Fourier analysis」、Nuclear Technology, vol.194, No.1, pp.111-116 (2016).
【文献】佐々木敏彦,広瀬幸雄,安川昇一「イメージングプレートを用いた粗大結晶粒材料のX線マクロ応力測定」、日本機械学界論文集(A編)、63、P533~541
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、X線の照射によって計測対象物から得られる回折環の一部に欠落があった場合にも有効なεα(ひずみ)直線近似法による応力解析方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、垂直応力σ
xの解析に関しては、計測対象物にX線を照射し、当該計測対象物にて回折したX線により形成される回折環の計測に基づいて前記計測対象物の応力を解析する応力解析方法であって、θ:Bragg角,α:回折環の中心角,ε
α:中心角αに対応するひずみ,η:θの余角,ψ
0:計測対象物の表面の法線と入射X線ビームとのなす角,Ε:回折ヤング率,ν:回折ポアソン比とすると、中心角αにおけるひずみε
αを一次式で近似した下記式(1-1)又は(1-2)から係数a’
1を求め、応力のσ
xを下記式(2)にて求めることを特徴とする。
【数1】
又は、
(a’
0:定数、a’
1:係数)
【数2】
【0006】
本発明は、せん断応力τ
xyの解析に関して、計測対象物にX線を照射し、当該計測対象物にて回折したX線により形成される回折環の計測に基づいて前記計測対象物の応力を解析する応力解析方法であって、θ:Bragg角,α:回折環の中心角,ε
α:中心角αに対応するひずみ,η:θの余角,ψ
0:計測対象物の表面の法線と入射X線ビームとのなす角,Ε:回折ヤング率,ν:回折ポアソン比とすると、中心角αにおける、ひずみε
αを一次式で近似した下記式(3-1)又は(3-2)から係数b’
1を求め、せん断応力τ
xyを下記式(4)にて求めることを特徴とする。
【数3】
又は、
(b’
0:定数、b’
1:係数)
【数4】
【発明の効果】
【0007】
本発明に係る応力の解析方法は、ひずみεαを直接cosαに関して直線に近似し、その傾きから垂直応力σxを求めることができ、ひずみεαを直接sinαに関して直線に近似し、その傾きからせん断応力τxyを決定することができるので、フーリエ法に比べてデータ処理過程において誤差が発生しにくい特徴を有する。
これにより、測定誤差の混入やデータの欠落が生じても、実用範囲内の精度で応力を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図2】鋼高応力試験片の測定データ(ε
αとαの関係)を示す。
【
図3】鋼高応力試験片の測定データにおけるε
α-cosαの関係を示す。
【
図4】鋼高応力試験片の測定データにおけるε
α-sinαの関係を示す。
【
図6】鋼高応力試験片のε
αをフーリエ級数成分ごとに表し、測定データε
αと比較した結果を示す。
【
図7】鋼高応力試験片のa
1-cosα線図を示す。
【
図8】鋼高応力試験片の測定データに対するε
α直線近似法、フーリエ法、cosα法の比較を示す。
【
図9】鋼応力試験片に対するcosα法と本ε
α直線近似法の比較を示す。(a)はε
α直線近似法とcosα法の比較、(b)はフーリエ法とcosα法の比較を示す。
【
図10】鋼ゼロ応力試験片から得られたひずみε
αの分布結果を示す。
【
図11】鋼ゼロ応力試験片から得られたε
α-cosα関係を示す。
【
図12】鋼ゼロ応力試験片から得られたa
1-cosα線図の結果を示す。
【
図13】仮定した応力状態(σ
1=500、σ
2=1500[MPa]の場合)を示す。(a)は任意の傾斜面に作用する応力(σ、τ)、(b)は傾斜角φによる応力の変化を表すMohr円、(c)は座標回転角2φに対する応力成分σ
x、σ
y、τ
xyの変化を示す。
【
図14】σ
1=500、σ
2=1500[MPa]の場合における回転角2φの作用面に対する回折環上のε
αの変化を示す。
【
図15】
図7のε
αをcosα、sinαに関して表示した結果を示す。(a)は
図7のε
αをcosαに関して表示した結果、(b)はε
αをsinαに対して表示した結果を示す。
【
図16】式(7)におけるフーリエ係数(a
0、a
1、a
2、b
1、b
2)と作用面の回転角2φの関係(σ
1=-500、σ
2=-1500[MPa]の場合)を示す。
【
図17】回転角2φによるa
1-cosα線図の変化を示す。
【
図18】ε
α直線近似法によるσ
x、τ
xyの決定精度を示す。(a)はε
α直線近似法によるσ
xの決定精度、(b)はε
α直線近似法によるτ
xyの決定精度を示す。
【
図19】(a)は完全な回折環、(b)は一部が欠けた回折環(欠落範囲:120°)の例を示す。
【
図20】応力計算に使用したε
αの範囲と応力解析結果を本発明とフーリエ法とを比較したグラフを示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明に係る解析方法を検証したので、以下説明する。
【0010】
<回折環からひずみを求める方法>
特性X線を測定サンプルに照射すると、X線照射領域中に存在する結晶格子の内、以下のBraggの法則を満足するものから回折X線が発生する(
図1参照)。
【数5】
ここで、
d : 格子面間隔
θ : Bragg角
λ : X線の波長
n : 回折次数 (以下,n=1)
X線照射領域中には、通常、微細な結晶粒が多数存在するため、Braggの法則を満たす結晶格子は多数存在する。
この結果、回折した各X線ビームはX線照射点を頂点とする円錐の側面を形成することになる(
図1参照)。
そのため、2次元X線検出器を入射X線ビームに対して垂直にセットすると、計測される回折X線は円環を描く。
この円環を回折環またはDebye-Svherrerリングと呼ぶ。
【0011】
次に、回折環の各点における半径Rを求めると,次式からθが計算できる。
【数6】
ここで、CLはX線検出器とサンプル間の距離を表す。
次に、Braggの法則の微分により、ひずみεに関する次式の関係が得られる。
【数7】
ここで、
Δd : dの変化量(i.e.d-d
0)
d
0 : 無ひずみ時のd
Δθ : θの変化量(i.e.θ-θ
0)
θ
0 : 無ひずみ時のBragg角θ
式(7)のεは、入射X線ビームと回折X線ビームとを二等分する方向を方位とし、回折に与る結晶格子面の法線方向に関する垂直ひずみである。
通常、このεと測定者が求めたい試料座標系のひずみ成分とは一致しない。
そこで、次にεから試料座標系のひずみを導くために必要な関係式を導出する。
まず、試料座標系をS系とし,この座標系のひずみ成分をε
S
ijと表す(i,j=1,2,3)。
また,式(7)のεの方位(結晶格子面の法線方向)にL
3軸が来るように実験座標系を定義し、これをL系と書く。
そうすると、εはL
3方向のひずみと一致する。
以降では、εをε
L
33と書く。その結果、両座標系のひずみ成分同士には次式の関係が成り立つ。
【数8】
ここで、ω
3iはS系からL系への座標変換マトリクスを表す。
また、
図1のような光学系のとき、ω
3iは次式で与えられる。
【数9】
ここで、
η : θの余角
α : 回折環の中心角
次に、S系の応力をσ
S
ij、回折環上の中心角αに対応するひずみをε
αと書くと、等方弾性体の場合に対して次式の関係が得られる。
【数10】
上式に対して、σ
S
11→σ
x,σ
S
22→σ
y,σ
S
33→σ
z,σ
S
12→τ
xy,σ
S
13→τ
xzand σ
S
23→τ
yzと一般的な表記に書き直すと,式(8)~(10)より、次式が得られる。
【数11】
ここで、
E: 回折ヤング率
ν: 回折ポアソン比
上式は、三軸応力成分が全て存在しているときの一般式である。
一方、X線法は測定サンプルの表面の測定であることを考慮し、平面応力状態を仮定できるとすると、式(11)は次式のように簡略化できる。
【数12】
なお、上式にα=180°を代入すると従来の標準法(sin
2ψ法)の基礎式と完全に一致する関係式が得られる。
換言すると、式(12)はsin
2ψ法の基礎式を回折環上におけるα=180°以外の任意のαに対しても有効となるように一般化した関係式であると言うことができる。
すなわち、従来の主要なX線応力解析法は、いずれも式(12)に基づいて応力を求めている。それらのデータ解析手順とその特徴を簡単にまとめると以下の通りである。
【0012】
(a)sin2ψ法
回折環のうち、α=180°の部分のみを利用する方法であり、X線入射角ψ0を複数変えてデータ数を増やす必要がある。
こうして得られたデータとsin2ψとの関係を利用して応力を決定する。
現在、世界の標準法として普及している。
しかし、測定サンプルから発生する回折環の一部しか利用しない方法であるため、回折X線データを無駄なく活用する方法とは言い難い。
回折環を2次元計測することが技術的に困難であった時代には必要かつ有効な方法であったが、X線検出器技術の進歩した今日の方法としては必ずしも最適とは言い難い。
【0013】
(b)cosα法
回折環の全体のα=0°から360°までのすべてのデータを利用する方法であり、回折環上の4カ所ずつから得られるデータを組み合わせて1組のパラメータとすることでcosαに対する直線関係を利用できるようになり、その傾きから応力を決定する方法である。
基本的に、回折環全体を計測することが前提となる方法であり、X線発生部に組み込み可能な小型化された2次元X線検出器が普及した2012年以降に注目されるようになった。
なお、回折環上の4個のデータを1組として用いるため、どこか1カ所が欠けたり、計測精度が悪い部分があると測定精度に悪影響が生じる。
このため、回折環の1/4以上が欠落した場合には応力が決定できなくなる場合がある。
【0014】
(c)フーリエ解析法
cosα法と同様に回折環の全体のデータを利用する方法であるが、4カ所ずつのデータを組み合わせることはせずに、1カ所ずつのデータの関係から応力を決定することが可能である。
応力計算を行う際、データをフーリエ級数に表し、その係数を利用する。
cosα法のように、4カ所のデータを組み合わせる必要が無いため、回折環の一部分が欠けた場合にも有効に応力解析が可能である。
ただし、回折環の2/5程度以上が欠けると測定精度が著しく低下する傾向が見られる。
【0015】
(d)εα直線近似法(本発明に係る方法をこのように表現し、本法という。)
cosα法、フーリエ解析法と同様に回折環全体を利用する。
また、フーリエ解析法と同様に回折環上の1カ所ずつのデータを用いて応力を決定する。
ただし、データをフーリエ級数に近似せず、直接、直線式に最小自乗近似する点が特徴である。
応力は直線近似式の傾きから得られる。
データ処理が簡潔なため、回折環の5/6が欠けても実用範囲内の精度で応力が得られるという結果が得られている。
【0016】
<ε
α直線近似法による応力の決定理論>
回折環の中心角αから得られるひずみε
αを、次式のようにcosαに対し一次式に近似する。
【数13】
又は、
ここで、右辺の係数は、それぞれ、次式で与えられると仮定する。
【数14】
【数15】
式(13-1),(13-2)~(15)は近似的なものであるが、後述する検証結果で明らかになるように種々の応力状態に対して実用的な結果を与えるものである。
なお、応力σ
xは次式により計算する。
【数16】
同様に、ε
αを次式のようにsinαに関して直線近似することでせん断応力τ
xyを得ることができる。
【数17】
又は、
ここで、b
0’は式(14)と同様であり、b
1’は次式で表されると仮定する。
【数18】
a
1’と同様に、b
1’は式(13-1),(13-2)に対する最小二乗法によって得ることができる。
これより、τ
xyは次式のように計算することができる。
【数19】
以上のように、本発明に係るε
α直線近似法ではε
αをcosαに関して直線に近似し、その傾きから垂直応力σ
xを決定し、同様に、ε
αを直接sinαに関して直線に近似して得られる傾きからせん断応力τ
xyを決定する。
いずれにおいても、基礎式が最も簡単な直線式であるためデータ処理過程において誤差が発生しにくいという特長がある。
このため、測定誤差の混入やデータの欠落が生じても実用範囲内の精度で応力を得ることが可能になる。
【0017】
<検証(1.測定データの場合)>
<鋼高応力試験片(公称値-430±30MPa)からの測定データの場合>
イメージングプレートを用いて回折環測定を行い、ε
α直線近似法、cosα法、フーリエ法による応力値をそれぞれ比較した。
なお、cosα法、フーリエ法については付録1、同2にそれぞれ示した。
試験片として、PROTO社の鋼高応力試験片を使用した。その残留応力値は、公称値で-430±30MPaである。
X線回折環測定条件は、以下の通りである。
特性X線:CrKα(30kV、1mA、照射時間60s、照射面積φ2mmの円形、X線入射角35°)、回折線:フェライトの211回折線、X線検出器:イメージングプレート(IP)、X線装置:Pulstec製μ-X360。
X線測定は、試験片の中央部について行った。
以上の条件によって得られた測定結果から求めたε
α-α分布とε
α-cosα関係、ε
α-sinα関係を
図2~4に示す。
その結果、まず、ε
α-α分布はcos型の下に凸の分布形状を示しており、またε
α-cosα関係はわずかにスプリットを呈する直線的な分布、さらに、ε
α-sinα関係は比較的顕著なスプリットを有する楕円分布形状を示した。
図5は、フーリエ法の適用によって得られた各フーリエ係数(非特許文献4の式(6)~(10))の計算結果を示している。
また、
図6はこれらのフーリエ係数を基に、各フーリエ項ごとの分布を、測定されたひずみε
αと併記して示している。両図から、フーリエ係数に関してはa
1が顕著であり、また、ε
αの分布においてはa
1cosαが支配的であることが窺える。
図7は、cosα法の適用において重要なa
1とcosα法との関係である。
その結果、cosα線図は正の勾配を持つ良好な直線分布を示していることから、測定部が圧縮応力状態にあることが分かる。
以上の各応力測定方法によって得られた残留応力値を
図8に比較して示す。
図8より、ε
α直線近似法(
図8のεα-cosα)、フーリエ法(
図8のFourier)の応力値は実用上の観点からほぼ一致したと言えることが分かる。
なお、フーリエ級数展開して求めたa
1係数と、式(13-1),(13-2)によって近似計算して求めた係数a’
1はよく一致することも判明する。
各方法による残留応力値の関係を更に詳細に比較した結果を
図9に示す。
これより、ε
α直線近似法はcosα法に対して、1:0.994の関係となり、相関係数R
2=0.99992が得られた。
また、同様に、フーリエ法はcosα法に対して、1:0.994の関係となり、相関係数R
2=0.99992が得られ、ε
α直線近似法と同様な結果となった。
以上のように、ε
α直線近似法とフーリエ法の応力値は本実験範囲において互いに一致し、更にcosα法に対しても1%以内の精度で一致した。
以上の結果より、5個の未知の係数を持つフーリエ級数展開や、cosα法による4個のひずみを組み合わせたデータ解析を経ずに、ε
α直線近似法を適用することで回折環から得られるひずみε
αを直接cosαに対して直線近似することによっても、他の2種類の方法と同様な応力測定結果を得ることができることが分かる。
なお、以上の結果は測定されたデバイリングが比較的良好であり、デバイリングには欠落が無く、中心角αに対するデータの使用範囲がデバイリング全体について十分広く取れていたことが背景にある。
このため、デバイリングの一部に欠落がある場合等の不具合が生じた測定データの場合についても、更なる検証が必要と考えられる。
<鋼ゼロ応力試験片(公称値0±14MPa)からの測定データの場合>
次に、無応力状態のサンプルについて前節と同様に各方法に対する比較検証を行った。
使用した測定サンプルは、同じPROTO社の鋼ゼロ応力試験片である。その残留応力値の公称値は0±14MPaである。また、X線測定条件は前節と同様である。
まず、
図10、11に測定された回折環データから計算されたひずみε
αと中心角αの関係、及び、ε
αとcosαの関係を示す。
図10より、ひずみε
αは回折環の全体に渡って値がほぼゼロで一定となっていることが分かる。また、
図11より、ε
αとcosαの関係は勾配がほぼゼロの直線分布であり、
図3に見られたスプリットは生じていないことが分かる。
次に、cosα法の解析に用いるa
1とcosαの関係を
図12に示す。
図より、cosα=1の付近で若干非線形が見られるものの、全体としては良好な直線関係となっており、cosαに対する勾配はほぼゼロであることが分かる。
以上の結果より、ε
α-cosα線図、a
1-cosα線図ともに良好な直線分布を示していることが確認された。
既に呈示済みの
図5には、本鋼ゼロ応力試験片から得られたひずみε
αとαの関係に対するフーリエ係数が併記されている。前節で説明した鋼高応力試験の結果と比較すると、鋼ゼロ応力試験片ではすべてのフーリエ係数の値が小さく、一方、鋼高応力試験片の場合はa
1の値が最も大きく、他のフーリエ係数と比較してa
1項が支配的であることが分かる。
続いて、これらの結果を用いて残留応力の計算を行った結果、まずε
α直線近似法による解析結果からは、σ
x=1.4MPaが得られ、cosα法からはσ
x=2.9MPaがそれぞれ得られた。
また、フーリエ法からはε
α直線近似法と同様なσ
x=1.4MPaが得られた。
以上のように、計算された応力値は実用的な精度でほぼゼロ応力を示しており、各方法共に有効な応力測定結果となっていると判断できる。
既に呈示済みの
図9は、鋼高応力試験片及び鋼ゼロ応力試験片から得られた応力値をプロットし、各方法の関係を応力解析法ごとに比較した結果である。
これらより、ε
α直線近似法とcosα法との関係は、傾きが0.995、R
2値が0.99992となり、非常に相関性が高く、実用範囲内において両者はほぼ一致しているということができる。
また、フーリエ法の結果も同図(b)に示す通り、cosα法に対して同様の傾きとR
2値を示している。
以上の結果より、本ε
α直線近似法は、今回示した測定結果の場合のように欠落の無い比較的良好なデバイリングが得られる場合には、フーリエ法及びcosα法と同様の結果を与えることが、鋼高応力試験の場合と同様に鋼ゼロ応力試験に対しても確認することができた。
【0018】
<検証(2.シミュレーションの場合)>
<主応力σ
1=+500、σ
2=+1500[MPa]の場合(作用面の傾斜角φが任意の場合)>
前節で検証に用いた各応力試験片は、応力状態がほぼ等二軸応力状態であり、せん断応力がほぼゼロの状態であった。
このため、σ
xとσ
yが異なる応力状態の場合や、せん断応力τ
xyが存在する場合に対する測定精度の検証が必要と考えられる。
本節では、応力成分の影響を広範囲に検証することが可能な数値的なシミュレーションによって検討を行った。
まず、一例として主応力成分がそれぞれσ
1=500、σ
2=1500[MPa]を仮定し、作用面の傾斜角φを変化させて各応力成分σ
x、σ
y、τ
xyが種々変化する場合にについて応力測定精度を検証した。
なお、回転角は2φに関しては0<2φ<180°の範囲で30°間隔ずつ異なる7種類について検討した。
図13に、以上の応力状態に対する作用面、Mohr円、及び、座標の回転角2φによる試料座標系における各応力値の変化を示す。
それぞれの応力状態に対してε
α直線近似法を適用し、σ
x、τ
xyを決定した。
図14に、種々の回転角2φに対する回折環上のひずみε
αの変化を、中心角αに対して示す。
これより、2φ=0°と180°ではε
αはαに関して左右対称の分布となるが、それ以外の2φでは対称性が失われる。
これは、2φの変化によるσ
yやτ
xyが変化することに起因すると考えられる(
図13(c)参照)。
図15に、ε
αを、横軸にcosαまたはsinαを取って図示した結果を示す。
これより、ε
αはcosαに対してやや楕円状のループを描き、sinαに対してはより顕著な楕円状のループを描くことが分かる。
図15に、
図14に示したε
αの分布に対するフーリエ係数の計算結果を示す。
フーリエ係数については、a
0及びa
1が大きく、a
2とb
2は小さい傾向がある。b
1はそれらの中間的な大きさを示している。
図17に、a
1-cosα線図を示す。cosα線図は直線的であり、正の勾配を示している。
次に、2章に示したε
α直線近似法の原理式に従ってσ
x、τ
xyを決定した結果を
図18に初期応力値と比較して示す。
得られた結果より、σ
xは、初期値に対して0.975の傾きを持つ直線上に並び、切片は-29.6[MPa]となった。
なお、相関係数はR
2=1.0となった。
また、τ
xyは、初期値に対して1.0の傾きを持つ直線上に並び完全な直線関係を示し(相関係数はR
2=1.0)、切片は0[MPa]となり、高い応力決定精度が得られた。
σ
xの計算においては、
図15に示したε
αとcosαとの関係に見られるループ状の分布に対して直線近似を行っており、このことによる近似誤差が
図18に見られる傾きと切片の誤差の原因と考えられる。
ただし、ループ状の分布はε
α-sinα関係の方が顕著であり、ループの開き幅と応力測定精度には相関性が必ずしも見られない。
このように、ε
α-cosα関係とε
α-sinα関係は共に同様なループ状の分布を示したにもかかわらず、σ
xの精度がτ
xyに比べてやや低くなった理由については現段階では特定することが困難であり、今後、種々の応力状態に対する検証を通して検討することが必要である。
いずれにしても、ε
α直線近似法によって、3種類の応力成分(σ
x、σ
y、τ
xy)が種々の変化を示した場合においても実用範囲内の精度で応力が決定可能であることが確認できた。
【0019】
<考察>
ここでは、回折環の一部が欠落した測定データに対して、ε
α直線近似法の応力解析精度がどのような影響を受けるか検討した。
比較のため、フーリエ解析法についても検討した。
検討に使用した測定データとして、上記で示した鋼高応力試験片から測定された結果を利用した。
まず、回折環全周を測定し、得られたデータから人為的に一部分を抽出して応力解析を行った。一例を
図19に示す。このような計算を、順次、抽出範囲を変化させて実施した。
こうして、データ使用範囲と応力の計算結果の関係を調べた。
図20に、データの抽出範囲が異なる場合に対して算出された各応力値の変化を図示する。
横軸の値は、応力計算に用いたαの範囲を示している。
すなわち、横軸の値が360°の場合は、回折環の全周を応力計算に使用したことを意味する。
同様に、横軸が180°では回折環の1/2のデータを使用しており、同90°では回折環の1/4のデータを使用したことをそれぞれ意味している。
その結果、図より、フーリエ法では横軸が200°付近以上(回折環の欠落範囲が160°/360°=4/9以下)の場合には良好な応力値の精度が得られているが、それ以下では大きな誤差が発生していることが分かる。
一方、ε
α直線近似法の場合はα=40°(回折環の欠落範囲が320°/360°=8/9)においても実用的な範囲の精度が得られている。
以上の結果より、ε
α直線近似法は回折環の欠けに対して極めて強靭な応力解析手法であることが確認できる。
【0020】
<結論>
(1)εαとcosαとの直線関係の傾きからσxを決定する方法を示し、鋼製の応力試験片から測定された欠けが無い回折環の場合に本方法を適用した結果、本法はcosα法の測定値に対して99.4%の値を示すことが確認できた。
また、数値的シミュレーションによる検討の結果、本法はcosα法の測定値に対して97.5%の値を示すことが確認できた。いずれも実用上十分な精度であることを確認した。
(2)εαとsinαとの直線関係の傾きからτxyを決定する方法を示し、鋼製の応力試験片から測定された欠けが無い回折環の場合に本方法を適用した結果、本法はcosα法の測定値に対して99.4%の値を示すことが確認できた。
また、数値的シミュレーションによる検討の結果、本法はcosα法の測定値に対して100.0%の値を示すことが確認できた。いずれも実用上十分な精度であることを確認した。
(3)回折環の一部分のデータが欠落した場合について調べた結果、本方法は回折環全体の8/9の320°が失われても実用範囲内の応力値を与えることが確認できた。比較のために行ったフーリエ法では、回折環全体の4/9の160°が失われると解析誤差が拡大することが判明し、本法に比べると回折環の欠けに脆弱であることが確認された。