(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-03
(45)【発行日】2024-07-11
(54)【発明の名称】胆道がん治療薬
(51)【国際特許分類】
A61K 31/409 20060101AFI20240704BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20240704BHJP
【FI】
A61K31/409
A61P35/00
(21)【出願番号】P 2020087434
(22)【出願日】2020-05-19
【審査請求日】2023-05-02
(73)【特許権者】
【識別番号】504150461
【氏名又は名称】国立大学法人鳥取大学
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【氏名又は名称】冨田 憲史
(72)【発明者】
【氏名】杉原 誉明
【審査官】工藤 友紀
(56)【参考文献】
【文献】特表2018-505223(JP,A)
【文献】国際公開第2019/104038(WO,A1)
【文献】特表2019-519533(JP,A)
【文献】特表2021-504342(JP,A)
【文献】Anonymous,PubChem CID 10462660,PubChem,2006年
【文献】Anonymous,PubChem CID 12010491,PubChem,2007年
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-31/80
A61P 35/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(I):
[式中、
R
1
~R
8
はメチルであり、2つのmは2である]で示される化合物、またはその塩もしくは溶媒和物を含む、Yes-associated protein(YAP)発現がんの治療用医薬組成物。
【請求項2】
がんが胆道がん、肝がん、胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん、前立腺がん、神経膠腫からなる群より選択されるものである、請求項
1記載の医薬組成物。
【請求項3】
がんが胆道がんである、請求項
2記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Yes-associated protein(YAP)を発現しているがんの治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
難治がんである胆道がん(胆管がん、胆のうがん)は、日本を含むアジア地域に多く発生するがんで、我が国ではがん種別で6番目に死亡者数が多い。我が国では、年間約2万3000人が胆道がんと診断され、約1万8000人が亡くなっている。胆道がん標準化学治療は、現在ゲムシタビンとシスプラチンの併用療法のみである。
【0003】
本発明者らは、YAPのチロシン残基のリン酸化を抑制するだけで胆道がんの増殖が抑制されることを報告し、YAPが新たな治療ターゲットとなることを提唱した(非特許文献1)。また、光線力学療法(PDT)で使用するベルテポルフィン(Verteporfin)は光線とは無関係にYAP阻害剤としても作用することが知られている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Sugihara et al. Mol Cancer Res DOI: 10.1158/1541-7786.MCR-18-0158 Published October 2018
【文献】Genes Dev. 26:1350-5, 2012
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
胆道がんをはじめとするYAP発現がんに有効な治療薬が望まれている。ゲムシタビンとシスプラチンの併用以外の有効な胆道がんの治療薬も望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決せんと鋭意研究を重ね、ベルテポルフィンが胆道がん細胞株においてYAP自体の発現を抑制し、細胞死をもたらすことを明らかにした。本発明者らは、YAP阻害剤について検索し、ある種のベルテポルフィン類似構造体がベルテポルフィンよりも高いYAP発現抑制活性およびがん細胞増殖抑制活性を有することを見いだし、本発明を完成させるに至った。
【0007】
すなわち、本発明は以下のものを提供する:
(1)式(I):
[式中、R
1~R
4はそれぞれ独立して水素またはC
1-6アルキルであり、R
5~R
8はそれぞれ独立して水素、C
1-6アルキル、OHまたはハロゲンであり、2つのmはそれぞれ独立して0~4の整数である]で示される化合物、またはその塩もしくは溶媒和物を含む、Yes-associated protein(YAP)発現がんの治療用医薬組成物。
(2)R
1~R
4がそれぞれ独立してC
1-3アルキルであり、R
5~R
8がそれぞれ独立してC
1~3アルキルであり、2つのmがそれぞれ独立して1~3の整数である、(1)記載の医薬組成物。
(3)R
1~R
4がメチルであり、R
5~R
8がメチルであり、2つのmが2である、(2)記載の医薬組成物。
(4)がんが胆道がん、肝がん、胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん、前立腺がん、神経膠腫からなる群より選択されるものである、(1)~(3)のいずれかに記載の医薬組成物。
(5)がんが胆道がんである、(4)記載の医薬組成物。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、YAP発現がんに有効な治療薬が提供される。ゲムシタビンとシスプラチンの併用以外の胆道がんの新たな化学療法も提供される。本発明の治療薬は、ベルテポルフィンよりもYAP発現抑制活性が高く、がん細胞増殖抑制活性も高い。YAPは成熟した細胞ではほとんど発現しておらず、がん細胞特異的な予後マーカーとして知られている。本発明により提供されるがん治療薬はYAPをターゲットとした阻害剤であるため、正常細胞に与える影響が極めて小さいという優位性がある。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、ベルテポルフィンおよびその類似構造体の胆道がん細胞増殖抑制効果を調べたMTSアッセイの結果を示す。VPはベルテポルフィン、VWはVWN38241、OZはOZN38434、LZはLZN86178である。CNTはコントロールを表す。横軸は試験化合物を示し、数字はμMである。
【
図2】
図2は、ベルテポルフィンおよびその類似構造体の胆道がん細胞への取り込みを調べた蛍光顕微鏡観察の結果を示す。上段は通常光による明視野観察、下段は励起光によりVerteporfinの取り込みを観察している。VPはベルテポルフィン、VWはVWN38241、OZはOZN38434、LZはLZN86178である。CNTはコントロールを表す。数字はμMである。
【
図3】
図3上段は、ベルテポルフィンおよびその類似構造体の培養胆道がん細胞数に対する影響を調べたクリスタルバイオレット染色の結果を示す。
図3下段は、培養プレート上のクリスタルバイオレット染色の写真である。VPはベルテポルフィン、VWはVWN38241、OZはOZN38434、LZはLZN86178を表す。CNTはコントロールを表す。数字はμMである。
【
図4】
図4上パネルは、ベルテポルフィンおよびその類似構造体の胆道がん細胞におけるYAP発現抑制効果を調べたウエスタンブロット法の結果を示す。
図4下パネルは、デンシトメトリーで、YAPとβ-アクチンの比を計算し、コントロールを1として相対的な発現を示したグラフである。VPはベルテポルフィン、VWはVWN38241、OZはOZN38434を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、1の態様において、ベルテポルフィン類似構造体、またはその塩もしくは溶媒和物を含む、YAP発現がんの治療用医薬組成物を提供する。本発明の医薬組成物に用いられるベルテポルフィン誘導体は式(I):
[式中、R
1~R
4はそれぞれ独立して水素またはC
1-6アルキルであり、R
5~R
8はそれぞれ独立して水素、C
1-6アルキル、OHまたはハロゲンであり、2つのmはそれぞれ独立して0~4の整数、nは0~4の整数である]で示される化合物である。
【0011】
式(I)の化合物において、C1-6アルキルは、炭素数1~6個のアルキル基を意味し、メチル、エチル、プロピル、ブチル、ペンチルおよびヘキシル基、ならびにそれらの構造異性体を包含する。
【0012】
好ましい式(I)の化合物は、R1~R4がそれぞれ独立してC1-3アルキルであり、R5~R8がそれぞれ独立してC1~3アルキルであり、2つのmがそれぞれ独立して1~3の整数である化合物である。C1-3アルキルは、炭素数1~3個のアルキル基を意味し、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル基を包含する。式(I)において、C1-6アルキルおよびC1-3アルキルは、1個またはそれ以上の水素がハロゲンで置換されていてもよい。ハロゲンはフッ素、塩素、臭素またはヨウ素である。
【0013】
より好ましい式(I)の化合物は、R1~R4がメチルであり、R5~R8がメチルであり、2つのmが2である化合物である。本明細書において、この化合物を「OZN38434」、「OZN」、「VPS-OZN」または「OZ」と称することがある。
【0014】
式(I)の化合物の塩は、医薬上許容されるものであればいかなる塩であってもよい。例えば式(I)の化合物がカルボキシル基を有する場合は、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩などの金属塩を形成してもよい。式(I)の化合物の塩は上記のものに限定されない。式(I)の化合物の溶媒和物は、医薬上許容されるものであればいかなる溶媒和物であってもよい。溶媒和物の例としては水和物が挙げられるが、水和物に限定されない。
【0015】
本発明の医薬組成物は、あらゆる種類のがんに使用することができる。本発明の医薬組成物は、特にYAP発現がんに対して有効である。YAP発現がんの例としては、胆道がん、肝がん、胃がん、頭頚部がん、食道がん、大腸がん、膵臓がん、肺がん、乳がん、前立腺がん、神経膠腫、悪性黒色腫、膀胱がん、子宮・卵巣がん、肉腫などが挙げられるが、これらに限定されない。本発明の医薬組成物を用いて好適に治療されるがんの例としては、胆道がん、胃がん、膀胱がん、子宮がん、乳がん、神経膠腫などが挙げられるが、これらに限定されない。本発明の医薬組成物は胆道がんの治療に特に好適である。
【0016】
YAP発現がんは一般的に難治性であり、転移しやすく、予後悪化するものが多い。本発明の医薬組成物は、このような難治性のがんの治療に使用することができる。また、式(I)の化合物、その塩または水和物はYAP阻害剤であり、YAPは成熟した細胞ではほとんど発現しておらず、がん細胞特異的に発現しているので、本発明の医薬組成物は、正常細胞に与える影響が極めて小さいという利点を有する。
【0017】
本明細書において、YAP発現がんは、対応する正常組織と比較して、YAP発現量が増加しているがんをいう。YAP発現量の増加は、対応する正常組織の2倍以上、好ましくは4倍以上、さらに好ましくは10倍以上である。YAP発現量は公知の方法、例えば組織免疫染色、リアルタイムPCRで測定することができる。
【0018】
本発明の医薬組成物の投与経路の例としては経静脈投与、局所注入などが挙げられる本発明の医薬組成物の好ましい投与経路は経静脈投与などが例示される。本発明の医薬組成物の投与経路は上記経路に限定されない。
【0019】
式(I)の化合物またはその塩の投与量は、対象の体重、年齢、性別、がんの状態、健康状態、既往症などを考慮して、医師が適宜定めうる。例えば輸液で成人に投与する場合、1日当たり6mg/m2、好ましくは6mg/m2~60mg/m2であるが、これらの量に限定されない。
【0020】
本発明の医薬組成物はいずれの剤形であってもよく、投与経路、治療部位、患者の状態などに応じて選択することができる。剤形の例としてはカプセル剤、注射剤、点滴などが挙げられる。本発明の医薬組成物の好ましい剤形の例としては注射剤、点滴などが挙げられる。本発明の医薬組成物の剤形は上記のものに限定されない。
【0021】
本発明の医薬組成物は、医薬上許容される担体または賦形剤を用いて公知の方法にて製造することができる。
【0022】
本明細書において、がんの治療はがんの予防を包含する。
【0023】
本発明は、もう1つの態様において、上記式(I)の化合物、またはその塩もしくは溶媒和物を、YAP発現がんを有する対象に投与することを含む、YAP発現がんの治療方法を提供する。
【0024】
本発明は、もう1つの態様において、YAP発現がんを治療するための、上記式(I)の化合物、またはその塩もしくは溶媒和物の使用を提供する。
【0025】
本発明は、もう1つの態様において、YAP発現がんを治療するための医薬の製造における、上記式(I)の化合物、またはその塩もしくは溶媒和物の使用を提供する。
【0026】
本明細書中の用語は、医学、薬学、生物学、化学、生化学などの分野において通常に理解されている意味に解される。
【0027】
以下に実施例を示して本発明をより詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明の範囲を限定するものと解してはならない。
【実施例1】
【0028】
胆管細胞がん細胞株(HuCCT-1)の細胞増殖能に対するベルテポルフィンとその類似構造体(OZN38434、VWN38241、LZN86178)の影響を検討するため、HuCCT-1を96-ウェルプレートに、1x10
4個/ウェルの密度で播種し、培地交換1日目より、各種薬剤を15μMと20μMの濃度で投与開始し48時間後にCell Titer 96 Aqueous One Solution Cell Proliferation assay kit 8(Promega, Madision, MI, USA)を用いて、MTSアッセイ法により評価した。結果を
図1に示す。ベルテポルフィンとOZN38434は20μMでHuCCT-1の増殖能の低下を認めた。OZN38434はベルテポルフィンよりも約2割増殖抑制効果が強かった。
【実施例2】
【0029】
HuCCT-1に対するベルテポルフィンとその類似構造体(VWN38241、OZN38434、LZN86178)の取り込みを検討するため、HuCCT-1を6-ウェルプレートに、3x10
5個/ウェルの密度で播種し、培地交換1日目より、各種薬剤を15μMと20μMの濃度で投与開始し48時間後に、蛍光顕微鏡(BZ-X710; Keyence, Osaka, Japan)で露出を固定し撮影した。結果を
図2に示す。ベルテポルフィンとOZN38434、VWN38241はいずれの濃度でも取り込みを認めたが、LZN86178は取り込まれなかった。
【実施例3】
【0030】
胆管細胞がん(HuCCT-1)のコロニー形成に対するベルテポルフィンとその類似構造体(VWN38241、OZN38434、LZN86178)の影響を検討するため、HuCCT-1を96-ウェルプレートに、1x10
4個/ウェルの密度で播種し、培地交換1日目より、各種薬剤を15μMと20μMの濃度で投与開始し48時間後にクリスタルバイオレットにより評価した。結果を
図3に示す。ベルテポルフィンとOZN38434は20μMでHuCCT-1の増殖能の低下を認めた。OZN38434はベルテポルフィンよりも増殖抑制効果が強かった。
【実施例4】
【0031】
HuCCT-1に対するベルテポルフィンと
図2で取り込みのあったその類似構造体2種類(VWN38241、OZN38434)のYAP阻害作用を検討するため、HuCCT-1を10cmのプレートに播種し、70%コンフルエンシーを確認した後、各種薬剤を20μMの濃度で投与開始した。48時間後にタンパクを回収し、電気泳動法(SDS-PAGE)により発現を確認した(
図4上パネル)。一次抗体は、抗YAP抗体(sc-101199; Santa Cruz Biotechnology, Santa Cruz, Ca, USA)を1:1000に希釈し使用した。ローディングコントロールとして抗β-アクチン抗体(#8457; Cell Signaling Technology, Danvers, MA,USA)を1:5000に希釈し使用した。デンシトメトリーで、YAPとβ-アクチンの比を計算し、コントロールを1として相対的な発現をグラフにしたところ、OZN38434によるYAPの発現抑制が最も強かった(
図4下パネル)。
【0032】
以上の実験結果から、OZN38434は、試験したベルテポルフィンとその類似構造体(OZN38434、VWN38241、LZN86178)のなかで、YAP発現抑制能およびYAP発現がん細胞増殖抑制能が最も高く、YAP発現がん細胞への取り込みも良好であることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明によれば、YAP発現がんに有効な治療薬が提供される。ゲムシタビンとシスプラチンの併用以外の胆道がんの新たな化学療法も提供される。したがって、本発明は、抗がん剤、がんの研究などの分野において利用可能である。