(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-03
(45)【発行日】2024-07-11
(54)【発明の名称】細胞外小胞におけるタンパク質複合体解析に基づく肺がんの検査法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/574 20060101AFI20240704BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20240704BHJP
C07K 14/47 20060101ALN20240704BHJP
C12N 9/50 20060101ALN20240704BHJP
【FI】
G01N33/574 A ZNA
G01N33/53 Y
C07K14/47
C12N9/50
(21)【出願番号】P 2020092609
(22)【出願日】2020-05-27
【審査請求日】2023-05-19
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 Cancer Sci.2019;110:2607-2619. 発行日 令和1年6月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】504013775
【氏名又は名称】学校法人 埼玉医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小谷 典弘
(72)【発明者】
【氏名】村越 隆之
(72)【発明者】
【氏名】中野 貴成
(72)【発明者】
【氏名】井田 唯
【審査官】倉持 俊輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-190883(JP,A)
【文献】Norihiro KOTANI et al.,“Biochemical visualization of cell surface molecular clustering in living cells”,Proceedings of the National Academy of Sciences,2008年05月27日,Vol.105, No.21,pp.7405-7409,DOI: 10.1073/pnas.0710346105
【文献】小谷典弘,"がん診断法への応用を企図した細胞外小胞上に発現する分子会合体の解析",2018年度実施状況報告書,2019年12月27日,https://kaken.nii.ac.jp/report/KAKENHI-PROJECT-18K06663/18K066632018hokoku/
【文献】Aleksander CVJETKOVIC et al.,“Detailed Analysis of Protein Topology of Extracellular Vesicles Evidence of Unconventional Membrane Protein Orientation”,Scientific Reports,2016年11月08日,Vol.6, No.1,Article No.36338,DOI: 10.1038/srep36338
【文献】Hsin-Yuan FANG et al.,“Caspase-14 is an anti-apoptotic protein targeting apoptosis-inducing factor in lung adenocarcinomas”,Oncology Reports,2011年04月29日,Vol.26,pp.359-369,DOI: 10.3892/or.2011.1292
【文献】Andrej GORBATENKO et al.,“Regulation and roles of bicarbonate transporters in cancer”,Frontiers in Physiology,2014年04月16日,Vol.5,Article No.130,DOI: 10.3389/fphys.2014.00130
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/574,33/53,
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN),
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検者の血液試料中に存在する細胞外小胞の膜に存在するCHL1と
、当該膜に存在するCHL1パートナータンパク質との
、当該膜において形成された複合体を解析する工程を含む、肺がんの検査方法。
【請求項2】
CHL1パートナータンパク質がCaspase-14、SLC4A1(Solute Carrier Family 4 Member 1)
、Thrombospondin 1、Desmoplakin、Lactotransferrin、14-3-3 protein sigma、Heat shock protein beta-1、Annexin A2、Calmodulin-like protein 3、Galectin-7、Desmocollin-1、Fatty acid-binding protein 5、Transgelin-2、Annexin A1、Alpha-enolase、Glutathione S-transferase P、Tubulin beta-2A chain、14-3-3 protein zeta/delta、Tubulin alpha-4A chain、Epiplakin、Polymeric immunoglobulin receptor、Tubulin alpha-1B chain、Serpin B3、Tubulin beta-4B chain、Triosephosphate isomerase、Protein S100-A14、Protein S100-A11、Zymogen granule protein 16 homolog B、Calmodulin-like
protein 5、Prelamin-A/C、Elongation factor 1-alpha 1、またはHeat shock cognate 71 kDa proteinである、請求項1に記載の肺がんの検査方法。
【請求項3】
CHL1パートナータンパク質がCaspase-14である、請求項1に記載の肺がんの検査方法。
【請求項4】
解析をEMARS(Enzyme-Mediated Activation of Radical Sources)法で行う、請求項1~3のいずれか一項に記載の肺がんの検査方法。
【請求項5】
抗CHL1抗体およびCHL1パートナータンパク質検出試薬を含む、
血液試料を対象とする肺がん検査用キット
であって、
前記血液試料中に存在する細胞外小胞の膜に存在するCHL1と、当該膜に存在するCHL1パートナータンパク質との、当該膜において形成された複合体を解析するものである、キット。
【請求項6】
前記抗CHL1抗体が西洋わさびペルオキシダーゼ(HRP)結合抗体であり、前記キットはEMARS試薬を含む、請求項5に記載の肺がん検査用キット。
【請求項7】
さらに細胞外小胞を分離する試薬を含む、請求項5または6に記載の肺がん検査用キット
。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は肺がんの検査方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体試料中、特に血清中の腫瘍マーカーは、がんのスクリーニングといったがんの補助的な診断方法や、手術後の予後判断材料や治療効果の判断材料として使用されている。肺がんマーカーとしては、CYFRA21-1、CEA、SCC、SLX、CA125などが使用されてきたが、感
度や特異性が高いとは言えず、より優れた感度及び特異性を有する肺がんマーカーが望まれていた。
【0003】
一方、本発明者らは、細胞接着分子であるCHL1(Close homolog of L1)のレベルが肺
がん患者において増加しており、CHL1を肺がんマーカーとして使用できることを報告した(特許文献1および非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Biochem Biophys Res Commun. 2018 Jul 2;501(4):982-987.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように、CHL1をマーカーとした検査が肺がん診断に有用であることが明らかにされたが、より正確な診断指標を得るには改善の余地があった。
したがって、本発明は、より正確に肺がんを検査するための方法および検査キットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討を行った。その結果、肺がん患者由来の血液試料中に含まれる細胞外小胞(EV)の膜においてCHL1とそのパートナータンパク質との複合体が有意に増加していることを見出し、被検者の血液試料を用いて当該複合体を解析することで肺がんの検査を正確に行うことができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
[1]被検者の血液試料に含まれる細胞外小胞の膜におけるCHL1とCHL1パートナータンパク質との複合体を解析する工程を含む、肺がんの検査方法。
[2]CHL1パートナータンパク質がCaspase-14、SLC4A1 (Solute Carrier Family 4 Member 1)、Thrombospondin 1、Desmoplakin、Lactotransferrin、14-3-3 protein sigma、Heat shock protein beta-1、Annexin A2、Calmodulin-like protein 3、Galectin-7、Desmocollin-1、Fatty acid-binding protein 5、Transgelin-2、Annexin A1、Alpha-enolase、Glutathione S-transferase P、Tubulin beta-2A chain、14-3-3 protein zeta/delta、Tubulin alpha-4A chain、Epiplakin、Polymeric immunoglobulin receptor、Tubulin alpha-1B chain、Serpin B3、Tubulin beta-4B chain、Triosephosphate isomerase、Protein S100-A14、Protein S100-A11、Zymogen granule protein 16 homolog B、Calmodulin-like protein 5、Prelamin-A/C、Elongation factor 1-alpha 1、またはHeat shock co
gnate 71 kDa proteinである、[1]の肺がんの検査方法。
[3]CHL1パートナータンパク質がCaspase-14である、[1]の肺がんの検査方法。
[4]解析をEMARS法で行う、[1]~[3]のいずれかの肺がんの検査方法。
[5]抗CHL1抗体およびCHL1パートナータンパク質検出試薬を含む、肺がん検査用キット。
[6]前記抗CHL1抗体が西洋わさびペルオキシダーゼ(HRP)結合抗体であり、前記キッ
トはEMARS試薬を含む、[5]の肺がん検査用キット。
[7]さらに細胞外小胞を分離する試薬を含む、[5]または[6]の肺がん検査用キット。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、より正確に肺がんを検査することができ、医療や診断分野に貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】血清EVの細胞外小胞に分子会合体(BiEV)解析の概略図。標的EV(tEV)とは、検出及び調査対象のEVを表す。EMARS反応を行う前に、ポリマー沈殿およびサイズ排除クロマトグラフィーを組み合わせて血清EVを精製した。BiEV量を測定してサンプルに含まれるtEVの量を求めるために、フルオレセインで標識された適切なBiEVパートナー分子をサンドイッチELISAで測定した。
【
図2A】EML4-ALK遺伝子導入マウス由来血清EVのSephacryl S-500を用いたクロマトグラフィーによる分画。ブルーデキストラン(空隙容量の指標)及びマウス血清(タンパク質溶出の指標)を使用して予備実験を行った。点線はブルーデキストランの吸光度を表す。実線はBCAタンパク質キットを用いて測定したタンパク質の濃度を表す。
【
図2B】クライオ電子顕微鏡法を用いた血清EVの形態観察(写真)。画分No.6の右の図は左の図の一部を拡大したものである。スケールバー;200 nm(左図)及び50 nm(右図)。
【
図2C】EML4-ALK遺伝子導入マウス由来の血清EVから得られたEMARS産物(写真)。実験結果を各群毎に平均化するために、(WT)群、大きな肺腫瘍を担持したマウス(TL)群及び小さな肺腫瘍を担持したマウス(TS)群からそれぞれ10匹の血清を分取し(各10 μl)、等しい比率で混合し、EV精製及びEMARSに供した。EMARS産物を、抗フルオレセイン抗体Sepharoseを用いた免疫沈降により精製濃縮した。得られたサンプルを、蛍光検出を用いたSDS-PAGE解析に供した。“IP”は免疫沈降させたサンプルを表し、“Lys”は免疫沈降を行う前のライセートサンプルを表す。右のカラムは左のカラムと同一ゲルであるが、露光時間をより長くしたものである。
【
図2D】MSプロテオミクスで同定されたCHL1のパートナー分子の確認(写真)。WT、TL及びTSのEMARS産物を、抗SLC4A1抗体を用いた免疫沈降及びウェスタンブロット解析に供した(左カラム)。ストリッピング後、抗THBS1抗体を用いてメンブレンを再染色した(右カラム)。矢印は検出されたSLC4A1及びTHBS1のバンドを表す(予想された二量体を含む)。アスタリスクは不明なバンドを表す(非特異的又は部分画分と予想される)。
【
図3A】血清EV中CHL1-SLC4A1 BiEVの測定において、サンドイッチELISAを用いたフルオレセイン標識SLC4A1の測定を行った。12匹の野生型マウス(白抜きの棒グラフ)及び18匹の小腫瘍担持EML4-ALK遺伝子導入マウス(黒塗りの棒グラフ)由来の血清EVをそれぞれEMARS反応させた後、ELISA測定に供した。フルオレセイン標識SLC4A1を含むEMARS産物を、抗SLC4A1抗体をコーティングしたELISAプレートに添加した。基準サンプルのフルオレセイン標識SLC4A1の値に基づき、BiEV指標値(SLC4A1)を算出した。
【
図3B】WT及びTSのBiEV指標値の比較。Mann-Whitney検定において、TSのBiEV指標値はWTのBiEV指標値よりも有意に高かった(p = 8.9 × 10
-3)。
【
図3C】BiEV指標値のROC曲線。AUCは0.782と算出された。
【
図3D】腫瘍量対BiEV指標値の散布図。BiEV指標値及びTSの肺癌腫瘍量の相関関係をSpearmanの順位相関係数を用いて評価した(0.389:p = 0.111)。
【
図3E】WT及びTS由来の血清EV全体のSLC4A1のウェスタンブロット解析(写真)。野生群のマウス12匹及び小肺腫瘍担持EML4-ALK遺伝子導入マウス18匹から分取した血清を等しい比率で混合した後、EV精製に供した。矢印は検出されたSLC4A1のバンドを表す。アスタリスクは不明なバンドである(非特異的又は部分画分と予想される)。
【
図4A】肺癌患者由来血清EV中のCHL1-Caspase-14 BiEVの測定(写真)。健康な人(H)及び肺癌(LC)患者の血清EVから得られたEMARS産物を精製した。血清50 μlをH及びLC群から回収し、EV精製に利用し、EMARS反応に供した。実験結果を各群毎に平均化するために、5人のH及び5人のLCから得た血清を分取(各10 μl)してそれぞれ等量ずつ混合した。EMARS産物を、蛍光検出を用いるSDS-PAGE解析に供した。
【
図4B】MSプロテオミクスで同定したCHL1のパートナー分子の確認(写真)。H及びLCサンプルをそれぞれ免疫沈降(抗フルオレセイン抗体Sepharose)及び抗Caspase-14抗体を用いたウェスタンブロット解析に供した。矢印は検出されたCaspase-14タンパク質のバンドを示す(予想された二量体を含む)。
【
図4C】サンドイッチELISAを用いたフルオレセイン標識Caspase-14の測定。12人のH(白抜きの棒グラフ)及び12人のLC(黒塗りの棒グラフ)から得た血清EVをそれぞれEMARS反応させた後、ELISA測定を行った。フルオレセイン標識されたCaspase-14を含むEMARS産物を、抗Caspase-14抗体でコーティングしたELISAプレートに添加した。フルオレセイン標識試薬を用いて作製したフルオレセイン標識組換えCaspase-14の値に基づき、“BiEV指標値(Caspase-14)”を算出した。これらの値を、同一サンプルを用いて別々に行った3回のELISA実験の平均値として示す。アスタリスクはサンプルが検出限界を下回ったことを示す。
【
図4D】H及びLC間のBiEV指標値の比較。Mann-Whitney検定において、LCのBiEV指標値はHのBiEV指標値と比較して有意に高かった(p = 0.019)。
【
図4E】BiEV指標値のROC曲線。AUCは0.811と算出された。
【
図4F】H及びLCから得た血清EV全体のCaspase-14のウェスタンブロット解析(写真)。12人のH及びLC由来の分取した血清(各2 μl)を等しい比率で混合した後、沈殿プロトコルを用いてEVを精製した。矢印は検出されたCaspase-14のバンドを表す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の肺がんの検査方法は、被検者の血液試料に含まれる細胞外小胞の膜におけるCHL1とCHL1パートナータンパク質との複合体を解析する工程を含む。
【0012】
被検者とは、肺がんを起こす可能性のある動物であれば何でもよいが、好ましくは哺乳類動物であり、さらに好ましくはヒトである。
【0013】
肺がんは、組織型により非小細胞肺がん及び小細胞肺がんに分類される。そして、非小細胞がんは、さらに腺がん、扁平上皮がん、大細胞がんに分類される。本発明において肺がんとは、上記いずれの分類でもよい。さらには、肺がんは、肺における疾患部位、病期等において特に限定されることはなく、何れの疾患部位、病期等をも包含するものである。
【0014】
肺がんはEML4-ALK変異肺がんであってもよい。EML4-ALK変異肺がんとは非小細胞肺がんの一種であり、ヒトの場合は、2番染色体短腕内に微少な逆位が生じ、その結果受容体型チロシンキナーゼALKの細胞内領域が微少管結合タンパクEML4と融合した新しい活性型融
合キナーゼEML4-ALKが生じることを特徴とする肺がんである(参考:日本内科学会雑誌第99巻第4号p155-159)。ここで、EML4-ALK変異肺がんは、非小細胞肺がんの一種であり、非小細胞肺がん患者の約4~5%に見られる。
【0015】
血液試料には、血清、血漿等が含まれる。なお、血清や血漿はそのまま使用してもよい
が、沈殿画分(細胞外小胞含有画分)と上清画分に分け、沈殿画分を使用してもよい。
【0016】
細胞外小胞(EV)は、さまざまな種類の細胞から分泌される、膜構造を有する微小な小胞である。細胞外小胞としては、例えば、エクソソーム、エクトソーム、マイクロベシクルおよびアポトーシス小体などが挙げられる。好ましくは、細胞外小胞はエクソソームである。細胞外小胞はまた、そのサイズにより規定することができる。細胞外小胞のサイズは、例えば、30~1000nmであり、好ましくは50~300nm、より好ましくは80~200nmである。細胞外小胞のサイズの測定は、例えば、細胞外小胞のブラウン運動に基づく方法、光散乱法、および電気抵抗法などにより行うことができる。例えば、細胞外小胞のサイズの測定は、NanoSight(Malvern Instruments社製)により行われる
。
【0017】
EVは、当分野で公知の任意の方法、例えば、密度勾配遠心分離、ショ糖勾配などを利用した超遠心分離、精密濾過、イムノクロマトグラフィー、細胞外小胞の外膜に存在する物質に結合する抗体が固定化された担体を用いた分離方法及び市販キット(例えば、ExoQuick(商標))により分離することができる。
【0018】
CHL1(Close homolog of L1)タンパク質は、細胞接着分子L1であるCALL(cell adhesion L1-like)とも呼ばれる一回膜貫通型の細胞接着分子(CAM)であり、神経細胞での機
能が示唆されている。
【0019】
CHL1タンパク質は、被検対象に由来するタンパク質であればよいが、被検対象がヒトである場合は、配列番号1のアミノ酸配列が例示され、被検対象がマウスである場合は、配列番号2のアミノ酸配列が例示される。また、CHL1タンパク質の機能を保持し、EV膜上でパートナータンパク質との複合体を形成する限り、配列番号1または2のアミノ酸配列において、1または数個(例えば1~20個)のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質や、配列番号1または2と90%以上または95%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質でもよい。また、被検対象として異なる動物を使用する場合は、該動物由来のホモログタンパク質が測定対象となる。
【0020】
CHL1パートナータンパク質としては、CHL1とEVの膜上で複合体を形成し、該複合体が肺がんで増加するタンパク質であればよいが、例えば、後述の表1に記載のタンパク質が挙げられる。表1には、各パートナータンパク質のヒトタンパク質の配列の一例(GenBank
登録配列)を挙げた。ただし、表1に参考文献を記載したように、各パートナータンパク質は公知であり、これらの配列以外にも様々な配列のバリエーションを有するタンパク質が知られており、これら特定の配列のタンパク質には限定されない。好ましくは、各パートナータンパク質は、表1に記載のアミノ酸配列と90%以上または95%以上の配列同一性を有する。
【0021】
CHL1パートナータンパク質の好ましい例としては、Caspase-14が挙げられる。Caspase-14はケラチノサイトの分化に関与するカスパーゼファミリーのメンバーであり(J Cell Biol 180(3):451-458. 2008、Cancer Res. 58 (22), 5201-5205. 1998)、表1に記載の通り、GenBank P31944(ヒト)(配列番号3)またはO89094(マウス)(配列番号4)の配列を有する。Caspase-14は配列番号3または4のアミノ酸配列において、1または数個(例えば1~20個)のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質や配列番号3または4と90%以上または95%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質でもよい。
【0022】
CHL1パートナータンパク質の他の好ましい例としては、SLC4A1が挙げられる。SLC4A1は陰イオンの細胞内外の輸送を担う膜タンパク質であり(Biochem. J. 256 (3), 703-712 (
1988)、Nature 316 (6025), 234-238 (1985))、例えば、GenBank P02730(ヒト)(配列番号5)またはP04919(マウス(配列番号6))の配列を有する。SLC4A1は配列番号5または6のアミノ酸配列において、1または数個(例えば1~20個)のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質や配列番号5または6と90%以上または95%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質でもよい。
【0023】
CHL1パートナータンパク質の他の好ましい例としては、Thrombospondin 1 (THBS1)が挙げられる。THBS1は細胞接着に関与する糖タンパク質であり(J. Cell Biol. 103 (5), 1635-1648 (1986)、Genomics 11 (3), 587-600 (1991))、例えば、GenBank P07996(ヒト
)(配列番号7)またはP35441(マウス)(配列番号8)の配列を有する。THBS1は配列
番号7または8のアミノ酸配列において、1または数個(例えば1~20個)のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質や配列番号7または8と90%以上または95%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質でもよい。
【0024】
複合体の解析方法
複合体の解析法は特に制限されず、生化学分野および遺伝子工学分野で公知の手法を使用することができるが、例えば、血液試料から精製されたEVもしくはその膜画分またはそれらの処理物を抗CHL1抗体で処理してCHL1とCHL1パートナータンパク質との複合体を分離し、さらに、抗CHL1パートナータンパク質抗体などのCHL1パートナータンパク質検出試薬で検出する方法が例示される。フローサイトメトリーや共免疫沈降などの方法も例示される。
【0025】
使用される各抗体は、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体のいずれでもよいし、Fabなどの抗体断片でもよい。また、各抗体は一般的に用いられているマウス、ラット、
ウサギ、ヤギ、ヒツジ、トリ由来のもの等が使用できるがこれらに限定されず、CHL1やCHL1パートナータンパク質に特異的に結合する抗体であれば何れも使用できる。抗体は、市販されているものを使用することもできるし、当業者に周知慣用の抗体作製方法により入手したものを使用してもよい。
なお、EV膜上のCHL1を測定するためには、CHL1の細胞外ドメインを認識する抗体が好ましい。具体的には、ヒトCHL1においては配列番号1の1~1096番目のアミノ酸で表される細胞外ドメインの一部を認識する抗体が好ましい。
【0026】
抗CHL1抗体や抗CHL1パートナー抗体は酵素や色素で標識されていてもよい。
標識物質は、酵素、放射線同位元素、蛍光物質、発光物質、金コロイド等が挙げられる。酵素としては、西洋わさびペルオキシダーゼ(HRP)、アルカリフォスファターゼ(AP
)、グルコースオキシダーゼ(GOD)等がより好ましく、後述のEMARS法を行うためにはラジカルを生じさせる酵素を用いることが好ましく、HRPが特に好ましい。
また、標識物質としては、他にFITC、ローダミン等の蛍光色素等も使用することができる。
【0027】
より特異的にCHL1とCHL1パートナータンパク質の複合体を検出するためには、複合体の解析においてEMARS(Enzyme-Mediated Activation of Radical Sources method)法を使
用することが好ましい。
EMARS法は以下の文献に記載されている。
Jiang,S., Kotani,N., Honke,K., et.al., A proteomics approach to the cell-surface
interactome using the enzyme-mediated activation of radical sources reaction. Proteomics 2012,12,54-62
Kotani N, Gu J, Isaji T, Udaka K, Taniguchi N, Honke K. Biochemical visualizatio
n of cell surface molecular clustering in living cells.
Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 105(21):7405-9 (2008).
Taniguchi,N.,Commentary-Searching for partners, Proteomics 2012,12,9-10
特許5773405号明細書
特許4929462号明細書
【0028】
EMARS法としては、具体的には以下のような方法が例示される。
(1)EVに、HRP標識された認識分子(抗CHL1抗体)を添加し、さらにアリールアジドな
どのラジカル源と蛍光物質などの標識物質を含む化合物であるEMARS試薬を添加する。
(2)EMARS試薬を構成するアリールアジドなどのラジカル源が、HRPの存在下でラジカル化され、EV膜上の限られた範囲(HRPの近傍300nm以内)に集まっている分子を攻撃し、CHL1と会合する分子(パートナータンパク質)を標識する。
(3)EMARS反応の後、 EMARS試薬で標識された分子(パートナータンパク質)を抗体や
その他のタンパク解析の手法で同定する。
【0029】
EMARS試薬は、市販のEMARS試薬(東京未来スタイル)を使用することもできる。
【0030】
EMARS反応により、標識物質でラベルされたCHL1パートナータンパク質(CHL1と複合体
を形成したタンパク質)は免疫沈降、ウェスタンブロッティング、ELISA、質量分析等公
知の方法で検出すればよい。
CHL1パートナータンパク質の検出のために使用する検出試薬はCHL1パートナータンパク質に特異的に結合する物質が使用でき、抗CHL1パートナータンパク質抗体が好適に使用できる。
なお、CHL1に結合したCHL1パートナータンパク質については、ウェスタンブロットのバンド強度、ELISA、蛍光測定などにより定量を行うこともできる。
【0031】
本発明の方法においては、「CHL1とCHL1パートナータンパク質との複合体を解析」は、複合体の検出および/または定量を含む。
複合体の存在または存在量に基づいて肺がんを検査することができる。すなわち、本発明の方法では、肺がんを診断するためのデータを提供することができる。
【0032】
例えば、複合体が検出された場合、例えば、CHL1に結合したCaspase-14が検出された場合に、被検者は肺がんに罹患しているまたは肺がんのリスクが高いと判定することができる。また、肺がんの予後予測も可能である。
また、複合体の量が一定量以上の場合、例えば、健常者の1.5倍以上または2倍以上の場合に、被検者は肺がんに罹患しているまたは肺がんのリスクが高いと判定することができる。カットオフ値をあらかじめ定め、その値より高いときに、被検者は肺がんに罹患しているまたは肺がんのリスクが高いと判定することができる。
【0033】
本発明の方法による検査結果は他の肺がんマーカー検査や画像検査などと組み合わせてもよい。
医師は本発明の測定結果をもとに肺がんを診断することができ、その結果をもとに、肺がん治療薬の投与や肺がん手術の施術等、治療方針を策定することができる。
【0034】
本発明の他の態様は、抗CHL1抗体およびCHL1パートナータンパク質検出試薬を含む、肺がんの検査用キットを提供する。
抗CHL1抗体およびCHL1パートナータンパク質検出試薬(好ましくは抗CHL1パートナータンパク質抗体)は上述したとおりである。
【0035】
EMARS法を行う場合には、HRP等のラジカル発生酵素で標識した抗CHL1抗体およびEMARS
試薬を含んでもよい。
【0036】
さらに、本発明のキットは被検者の血液試料からEVを分離するための試薬を含んでもよい。
また、標準物質、標識化二次抗体、標識が酵素である場合その基質、BSA等のブロッキ
ング剤等の試薬を含めることもできる。さらに、手順や診断基準を記載した添付文書を含んでもよい。
【実施例】
【0037】
以下実施例により、本発明をより詳細に説明するが、本発明の範囲は下記実施例には限定されない。
【0038】
<材料と方法>
動物
野生型マウスとして使用したC57BL/6Jマウスは、日本クレア株式会社(Japan CLEA Co.)(日本国東京)より購入したマウスのペアを自家繁殖させ、20~25℃の、特定の病原体を保有しない状態(SPF)で飼育維持した。
EML4-ALK遺伝子導入マウス(Proc Natl Acad Sci 105(50):19893-19897.2008)につい
ても室温のSPF状態で飼育維持した。
動物は全て、明期12時間/暗期12時間の環境下に維持し、餌および水は自由摂取とした。
【0039】
ヒト血清サンプル
健康な人及び肺癌患者の血清サンプルは、メディカルゲノムセンターバイオバンク(Medical Genome Center Biobank)、国立長寿医療研究センター(National Center for Geriatrics and Gerontology)及び日本医療研究開発機構(Japan Agency for Medical Research and Development)(AMED)の支援下にあるバイオバンク・ジャパン・プロジェクト(BioBank Japan Project)(J Epidemiol 27(3):S2-S21,2017)より入手したものを使用した。
【0040】
細胞培養及びEV単離
LK2ヒト扁平細胞肺癌細胞株(理研細胞バンク(RIKEN CELL BANK))を、5%ウシ胎児血清(FBS; GIBCO)を添加したRPMI 1640培地(和光純薬(Wako Chemicals))を用いて5% CO2を含む37℃の加湿空気中で培養した。LK2細胞から分泌されたEVを回収するために、培地を新たに無血清培地であるASF培地104(味の素(Ajinomoto))と交換した後、細胞を2
日間連続培養した。培養により得られた培地画分を、ExoQuick-TC Exosome Precipitation Solution(20 μl/100 μl血清;System Biosciences)を使用して4℃で一晩処理する
ことにより、分泌されたEVを部分精製した。EVを含む沈殿をPBS 100 μlで可溶化した後
、さらなる解析に使用した。
【0041】
EMARS反応用HRP結合抗体の作製
マウス及びヒト抗CHL1抗体(AF2147及びMAB2126;R&D systems)を一部還元し、ペルオキシダーゼ標識キットSH(同仁化学研究所(Dojindo))を使用してHRPに結合させた。HRP標識した抗体の結合能を既報に従い評価した(Cancer Sci 110(8):2607-2619,2019)。
【0042】
血清EVの精製及びEMARS反応
マウス及びヒト血清由来の血清EVを、ポリマー沈殿及びサイズ排除クロマトグラフィーを組み合わせて精製した。サイズ排除クロマトグラフィーにおいてどの画分をEV精製用に回収すべきかを決定するために、マウス血清及びブルーデキストラン(Sigma-Aldrich)
を、Sephacryl S-500樹脂(GE Healthcare Life Sciences)2 mlを充填しPBSで平衡化し
たショートカラムにかけた。EVの樹脂への非特異的結合を回避するために、樹脂を酵母エキス溶液で前処理(BD Biosciences;0.1 g/100 ml H2O、1時間)した。次いで、サンプ
ルの画分を100 μL PBS/画分で溶出させた。各画分のタンパク質濃度を、micro BCAタン
パク質アッセイキット(Thermo Fisher Scientific)を使用し、VarioSkan Flashマイク
ロプレートリーダー(Thermo Fisher Scientific)を用いて562 nmで測定した。ブルーデキストランはVarioSkan Flash マイクロプレートリーダーを用いて300 nmで測定した。
【0043】
血清(50~100 μl)をExoQuick Exosome Precipitation Solution(25.2 μl/100 μl血清;System Biosciences)を用いて氷上で30分間処理した。沈殿(以後、沈殿したEVと称する)を100 μlのPBSで可溶化した後、0.25 μgのHRP結合抗マウス又はヒトCHL1抗体
を穏やかに撹拌しながら添加した。室温で20分間インキュベートした後、沈殿したEVの混合物を、PBSで平衡化した、2mlのSephacryl S-500を充填したショートカラムにかけた。PBSを重力落下によって送流することにより段階溶出させた(100 μl PBS/画分)。HRP結
合CHL1抗体を有するEVを含む画分No. 6~8を各実験毎に回収し、Nanosep(登録商標)遠
心デバイス(30K)に添加した後、8,000 gで5分間遠心することによりEV粒子を濃縮した
。フィルタ上に濃縮されたEV粒子を100 μl PBSで1回遠心することにより洗浄し、次い
でEMARS反応試薬であるフルオレセイン-チラミド(FT)試薬(Cancer Sci 110(8):2607-2619,2019)を穏やかに撹拌しながらフィルタ上に加えた。室温で10分間インキュベート
した後、残留FT試薬を8,000 gで5分間遠心することにより除去し、次いでPBSと1回遠心
することにより洗浄した。フィルタ上のEMARS反応したEVタンパク質に1% SDSを含む50 mM
Tris-HCl(pH 7.4)30 μlを加えて穏やかにピペッティングし、新しいチューブに移し
て回収した。過剰のFT試薬を除去するために、回収したサンプルを、1% SDSを含む50 mM Tris-HCl(pH 7.4)で平衡化したSephadex G-50(GE Healthcare Life Sciences)約1ml
を充填したミニカラムにかけた。溶出したサンプル(約30 μl)を、後述する免疫沈降、ウェスタンブロッティング、ELISA等のEMARS産物の解析に使用した。EMARS産物をSDS-PAGEゲルで直接検出する場合は、ゲルをChemiDoc MP画像解析装置(BIO-RAD)を用いてゲル
蛍光検出モード(フルオレセイン用青色光フィルタ)で直接測定した。ローディングコントロール用として、露光後のゲルをCoomassie Brilliant Blue溶液で染色した。
【0044】
クライオ電子顕微鏡法
EVをクライオ電子顕微鏡法で画像化するために、グロー放電処理された孔開きカーボン膜付きグリッド(glowdischarged holey carbon grid)(Quantifoil Mo 2/2、200メッシュ)にサンプル3 μlを載せることによりグリッドを作製した。サンプルをLEICA EM GP2
を用いて湿度100%、10℃で氷包埋した。Falcon III検出器を搭載したFEI Talos Arctica 顕微鏡(200 kV)を使用し、リニアモードで、ボルタ位相板を用いて画像を取得した。線量率(dose rate)を10e-/pixel/secとし、4秒間で総照射電子線量(total accumulated dose)を約40 e-/Å2として各データを取得した。
【0045】
EMARS産物の精製及び濃縮
EMARS産物を、抗フルオレセイン抗体を結合させたSepharoseを用いて既報に従い精製及び濃縮した(Cancer Sci 110(8):2607-2619,2019)。具体的には、上に述べたG-50カラムの素通り画分をNP-40溶解バッファー300 μLで希釈した。次いで、抗フルオレセイン抗体(600101096;Rockland又は6400-01;Southern Biotech)とNHS活性化Sepharose 4 Fast Flow(GE Healthcare Life Sciences)とを結合反応させることにより作製した抗フルオ
レセイン抗体Sepharose 20 μlをサンプルに添加し、4℃で一晩回転させながら混合した
。樹脂を洗浄した後、適切な溶液(ウェスタンブロッティング用還元SDSサンプルバッフ
ァー又はMS解析用MPEX PTS試薬(GL Science)含有1 % SDS 溶液)をSepharoseビーズに
添加し、95℃で5分間加熱することにより、フルオレセイン標識分子を樹脂から溶出させ
た。
【0046】
質量分析を用いたEMARS産物のプロテオミクス解析
ナノ液体クロマトグラフィー/エレクトロスプレーイオン化質量分析(nano LC-ESI-MS/MS)を用いてプロテオミクス解析を実施した。具体的には、血清EVから得られたEMARS産物のペプチドサンプルを、上述の手順と同様にして精製し、ナノUHPLC装置(Bruker Daltonics)に注入した。質量分析にはナノESI源を備えたmaXis-4G-CPR(Bruker Daltonics)質量分析計を使用した。Magic C18AQ UHPLC NanoTrapカラム(粒子径5 μm、細孔径200
Å)を上流に接続したL-column ODS(0.1×150 mm、粒子径3 μm、Ceri)を使用した。ペ
プチドをアセトニトリルを用いて10%~35%の勾配をかけて50分間でカラムから溶出させた。溶出したペプチドを直接エレクトロスプレーして分光装置に導入し、MS/MSスペクトル
をデータ依存モードで取得した。
【0047】
ヒト血清 EV中のBiEVのプロテオミクス解析にあたっては、マウスサンプルと同様にし
て調製したEMARS産物のペプチドサンプルをUltimate 3000 RSLCnano(Thermo Fisher Scientific)に注入した。ナノESI源を備えたLTQ Orbitrap XL質量分析計(Thermo Fisher Scientific)を用いて質量分析を行った。C18 PepMap100カラム(300 μm I.D × 5 mm; Thermo Fisher Scientific)を上流に接続したNIKKYOナノHPLCキャピラリーカラム(3 μm C18、75 μm I.D.×120 mm;日京テクノス株式会社(Nikkyo Technos))を使用した。ペ
プチドを、アセトニトリルを使用して4%~35%の勾配をかけて97分間で溶出させた。溶出
されたペプチドを直接エレクトロスプレーして分光装置に導入し、前駆イオンスキャン及びデータ依存MS/MSスキャンを行った。
【0048】
生データをProteome Discoverer ver. 2.2 ソフトウェア(Thermo Fisher Scientific
)を用いて解析した。パラメータは次の通りである:Cys alkylation:iodoacetamide Digestion:Trypsin、Species:Homo sapiens又はMus musculus、FDR(偽発見率):strict
1%、relaxed 5%。
【0049】
ウェスタンブロット解析
ウェスタンブロット解析を行うために、還元SDSサンプルバッファーで可溶化したサン
プル(精製EV等)又は上に述べた濃縮精製樹脂から溶出したサンプルを、各候補タンパク質の分子量に合わせて調整するように、典型的なSDS泳動バッファー又はRapid Running Buffer Solution(Nacalai tesque)を用いて6~12%のSDS-PAGEに供した。次いでゲルをImmobilon(登録商標)-P PVDF Membrane(Millipore)にブロッティングした。5%スキムミルク溶液でブロッキングした後、転写したメンブレンを次に示す一次抗体と反応させた:抗フルオレセイン抗体(600101096;Rockland;0.2 μg/ml)、抗マウス及びヒトCHL1抗
体(AF2147及びMAB2126;R&D systems;1 μg/ml)、HRP結合抗マウス及びヒトCHL1抗体
(上述)、抗α2インテグリン抗体(ab133557;Abcam;1 μg/ml)、抗β1インテグリン
抗体(610467;BD transduction laboratories;0.25 μg/ml)、抗FGFR3抗体(c-15;Santa cruz;0.2 μg/ml 5% BSA-PBS)、抗TSG101抗体(EXOABTSG101-1;System Biosciences;1:500)、抗CD63抗体(EXOAB-CD63A-1;System Biosciences;1:500)、抗CD5L抗体
(AF2834;R&D systems;0.4 μg/ml)、抗Pregnancy Zone Protein(PZP)抗体(PAG324Ra01;CLOUD-CLONE;0.5 μg/ml)、抗SLC4A1抗体(18566-1-AP;PROTEINTECH;0.6 μg/ml)、抗トロンボスポンジン1(THBS1)抗体(PAA611Hu01;CLOUD-CLONE;0.5 μg/ml)
及び抗Caspase-14抗体(MAB8215;R&D systems;0.5 μg/ml)。一次抗体との反応は室温で1時間~一晩行った。次いで適切な二次抗体である、HRP結合抗マウスIgG(Promega;1:3000-5000)、HRP結合抗ウサギIgG(Promega;1:3000-5000)、HRP結合抗ヤギIgG(Santa Cruz;1:3000-5000)、Rabbit若しくはMouse TrueBlot(登録商標):抗ウサギ若しくは
マウスIgG HRP(Rockland;1:1000)又はHRP結合抗ラットIgG(Santa Cruz;1:3000-5000)を室温で1時間反応させた。抗体で処理した後、メンブレンをImmobilon Western Chemiluminescent HRP Substrate(Millipore)と反応させた。メンブレンを露光し、ChemiDoc
MP Image analyzer (BIO-RAD)で解析した。分子量マーカーとしてPre-stained Protein
Markers, Broad Range(ナカライテスク(Nacalai Tesque))を使用した。ローディング
コントロールとしてSDS-PAGEゲルをCoomassie Brilliant Blue溶液で染色した。メンブレンをストリッピングする場合は、ストリッピング溶液(和光純薬(Wako Chemicals))を
用いてメンブレンを室温で20分間処理し、再ブロッキングし、適切な抗体で再染色した。
【0050】
血清又はEV中のCHL1タンパク質のELISA
マウス血清のCHL1量を、既報に従い、HRP結合抗マウス及びヒトCHL1抗体を用いて直接ELISA法で測定した(Biochem Biophys Res Commun 501(4):982-987, 2018)。血清及び血
清EV中のヒトCHL1量をサンドイッチELISAで測定する場合は、上述の希釈血清又は沈殿し
た血清EVを、補足抗体としての抗ヒトCHL1抗体(10143-MM05;Sino Biological)でコー
ティングしたELISAプレートに添加した後、HRP結合抗ヒトCHL1抗体(上述)で検出した。マウス血清のCHL1量を測定するための相対的な指標値(CHL1)を、先に述べた基準サンプルの値に基づき決定した(Biochem Biophys Res Commun 501(4):982-987, 2018)。ヒトCHL1のELISAの場合は、組換えヒトCHL1部分タンパク質(10143-H08H;Sino Biological)
を基準として使用した。
【0051】
フルオレセイン標識されたタンパク質のELISA
サンドイッチELISAを用いてフルオレセイン標識SLC4A1又はCaspase-14を測定するため
に、96 well ELISAプレート(#3369;CORNING)に抗マウス及びヒトSLC4A1抗体(18566-1-AP;PROTEINTECH;1 μg/ml PBS)又は抗ヒトCaspase-14抗体(H00023581-M01;Abnova
;0.6 μg/ml PBS)を4℃で一晩かけてコーティングした。1% BSA-PBS(Caspase-14の場
合は5%スキムミルク-PBS)溶液を用いて37℃で1時間ブロッキングした後、フルオレセイ
ン標識SLC4A1又はフルオレセイン標識Caspase-14を含む対応するEMARS産物を添加し、37
℃で1時間インキュベートした。各ウェルをPBST(0.05 % tween-PBS溶液)で穏やかに洗
浄し、次いで、ペルオキシダーゼ標識キットNH2(同仁化学研究所(Dojindo))を使用し
て製造業者の指示に従い、抗フルオレセイン抗体(600101096;Rockland)から作製したHRP結合抗フルオレセイン抗体(1 μg/ml)で、37℃で1時間処理した。SLC4A1分子自体を検出する場合は、組換えヒトSLC4A1ポリペプチド(CSBEP021663HU;CAUABIO THECHNOLOGY)及びZenonウサギIgG HRP標識キット(Thermo Fisher Scientific)を用いて製造業者の指示に従い作製したHRP結合抗SLC4A1抗体を使用した。SureBlue/TMBペルオキシダーゼ基質
(100 μl/各ウェル;Sera care)を室温で適切な時間(3~10分間)反応させることにより発色させた。2M HCl溶液で反応を停止した後、Varioskan Flashマイクロプレートリー
ダー(Thermo Fisher Scientific)を使用して吸光度(O.D. 450 nm)を測定した。フル
オレセイン標識SLC4A1(100 μl)の基準サンプルは、大腫瘍担持EML4-ALK遺伝子導入マ
ウス(30週齢雄)の血清100 μlから得られたEMARS産物として調製した。ELISAプレート
間の差を相殺するために、基準サンプルの値に基づく相対値を“BiEV指標値”として求めた。本研究に用いた“BiEV指標値(SLC4A1)”は、何マイクロリットルが上述の基準サンプルに相当するかを示したものである。フルオレセイン標識Caspase-14の場合、NHS-フルオレセイン(Thermo Fisher Scientific)で標識された、フルオレセイン標識組換えCaspase-14タンパク質(11856-H07E;Sino Biological)を基準とする“BiEV指標値(Caspase-14)”を使用した。Caspase-14タンパク質(2.5 μg)及びNHS-フルオレセイン(8 μg
)を20 μl PBS中で混合した後、室温で50分間インキュベートした。過剰のNHS-フルオレセインを除去するために、反応混合物をSephadex G-50(GE Healthcare Life Sciences)約0.5 mlを充填したミニカラムにかけた。
【0052】
<結果と考察>
EML4-ALK遺伝子導入マウス由来血清EVのEMARS反応
マウス血清からEVを粗精製することができたことはCD63(EV膜に発現するタンパク質)を用いたウェスタンブロット解析により確認した(図は示さず)。EML4-ALK遺伝子導入マウス由来血清EV中にはCHL1が多量に検出された(図は示さず)。
【0053】
血清EV中のBiEV解析の典型的な概要を
図1に示す。CHL1プローブ(+)のサンプル中には
、沈殿した血清EV(粗精製EV)に由来するEMARS産物が検出されたが、EMARSプローブ(-)
のサンプル中には検出されなかった。これは、CHL1プローブが十分にEMARS反応すること
と、血清因子が非特異的EMARS反応を誘発しなかったこととを示唆している。しかしなが
ら、フルオレセイン標識したEMARS産物には非常に多くの血清タンパク質が含まれていた
ため、サイズ排除クロマトグラフィーも行った。Sephacryl S-500樹脂で分画した画分No.
6~8は、血清タンパク質の混入量が限られており、血清EVの回収に最も適していた(
図2A)。クライオ電子顕微鏡観察では、画分No. 6~8のサンプルには、数十ナノメートルの
大きさの多数の球状粒子が脂質二重層と共に認められ(
図2B)、それぞれの画分は直径約20~100 nmのEVを含んでいた。明らかな血清タンパク質の混入は見られないようであった(
図2B)。
【0054】
血清が由来するマウス:野生型(WT)マウス、大腫瘍(TL;腫瘍重量が0.15 g超)を有するEML4-ALK遺伝子導入マウス及び小腫瘍(TS;腫瘍重量が0.1 g以下)を有するEML4-ALK遺伝子導入マウス、に応じて血清を3群に分けた。複数匹のマウスで平均化した実験結
果を得るために、各群につき10匹から分取した血清10 μlを等しい比率で混合し、次の実験に使用した。
TLマウス由来のサンプルにおいてはEMARS産物が検出されたが、WT及びTSマウスでは検
出されなかった(
図2C)。WTサンプルのバンドパターンはTSサンプルのパターンと類似していた(
図2C)。TLサンプル中には、TSG101及びCD63分子が他の2種のサンプルと比較す
るとある程度多く存在しており、このことは、大腫瘍組織がCHL1を発現しているcEV(が
んEV)をある程度多く分泌したことにより、TLサンプル中にEMARS産物のシグナルが見ら
れたことを示唆している。
【0055】
血清cEVにおけるCHL1のパートナー分子の同定
小腫瘍担持マウスの血清cEV中には、標識された分子の量が少ないため、血清cEVから特定のBiEVを検出することが困難な可能性がある。EML4-ALK遺伝子導入マウスの腫瘍スクリーニングに適したCHL1のBiEVパートナーの候補を、TL及びTSの両方のEMARS産物を用いて
、質量分析(MS)によるプロテオミクスによって調査し、4種の候補分子(CD5L、PZP、THBS1及びSLC4A1)を選定した。
【0056】
抗CD5L抗体を用いたウェスタンブロット解析から、TLサンプルでは約60 kDaに中程度のバンドが認められたが、他の2種のサンプルには明確なバンドは検出されなかった。スト
リッピングを行った後、同じメンブレンを抗PZP抗体で再染色した。WTサンプルにおいてPZP(約130 kDa)が高濃度で検出された。この結果は、一部のCHL1 BiEVはWTマウス由来の血清EVにおいても発現していることを示唆している。
【0057】
対照的に、抗SLC4A1抗体及び抗トロンボスポンジン1(THBS1)抗体を用いたウェスタンブロット解析では、TL及びTSサンプルの両方に中程度のバンドが確認されたが、WTサンプルには認められなかった(
図2D)。したがって、血清EV中のCHL1-SLC4A1 BiEVの測定がEML4-ALK遺伝子導入マウスのcEVスクリーニングにおける有効な指標となり得ると考えられ
た。
【0058】
サンドイッチELISAを用いたCHL1-SLC4A1 BiEVの測定
血清のCHL1量は、ある程度大きな肺癌を担持したEML4-ALK遺伝子導入マウスの重要な指標となることが同定されている(非特許文献1)。しかしながら、これは、小さな癌腫瘍を担持したEML4-ALK遺伝子導入マウスの指標とするには不十分であった。
血清EV中のCHL1-SLC4A1 BiEVが、EML4-ALK遺伝子導入マウス、特にTSマウスで上昇しているか否かを確認するために、サンドイッチ酵素免疫測定法(ELISA)を用いて、CHL1-SL
C4A1 BiEVの量を示すフルオレセイン標識SLC4A1の測定を行った。
【0059】
WTマウス及びEML4-ALK遺伝子導入マウスのBiEV指標値(SLC4A1)を
図3Aにまとめた。小腫瘍担持マウスの血清中CHL1量はWTマウスと比較して有意差は見られなかったが、EML4-ALK遺伝子導入マウスのBiEV指標値(SLC4A1)は全体としてWTマウスよりも高くなる傾向にあった(
図3A)。WTマウスのBiEV指標値(SLC4A1)の平均値は0.1457(標準偏差[SD] = 0.0679)であり、EML4-ALK遺伝子導入マウスの平均値は0.3162(SD = 0.1979)であった。p値の8.9 × 10
-3は、WTマウス及びEML4-ALK遺伝子導入マウス間のCHL1-SLC4A1 BiEV量の差が有意であることを示している(
図3B)。各BiEV指標値(SLC4A1)のROC曲線に基づく
曲線下面積(AUC)及びカットオフ値は、それぞれ0.782及び0.238と算出された(
図3C)
。また、Spearmanの順位相関係数から、BiEV指標値(SLC4A1)と腫瘍体積との間に相関が認められた(
図3D)。これは、CHL1-SLC4A1 BiEVを発現するcEVは、小腫瘍状態ではさほ
ど多く分泌されず、その結果として、腫瘍サイズにある程度比例する相関関係が見られたことを示唆している。EML4-ALK遺伝子導入マウスにおいてCHL1-SLC4A1 BiEVが増加したこととは対照的に、EML4-ALK遺伝子導入マウスの血清EV全体(whole-serum EV)のSLC4A1タンパク質発現量の平均は低下していることが認められた(
図3E)。
【0060】
肺がん患者におけるBiEV解析及び測定
BiEVがマウスの血清EVのスクリーニングに有用であることが判明したため、健康な人及び肺がん(LC)患者から得た血清EVについても同様の解析を行った。モデルマウス実験と同様に、健康な人(H)及びLC患者から分取した血清を等しい比率で混合し、次の実験に
使用した。CHL1 EMARSプローブを使用して得られたEMARS産物が両方の血清EV中で検出さ
れた(
図4A)。モデルマウス実験で同定されたフルオレセイン標識SLC4A1をヒトLCサンプル中でも検出することができるか否かを確かめるために、H及びLCから得られたEMARS産物についてSLC4A1のウェスタンブロット解析及びELISAによる定量化を行った。ヒトのサン
プルにおいて好適なBiEVの同定が可能であることを示唆していた。
【0061】
肺がん患者で増加するCHL1のBiEVパートナーの候補をMSプロテオミクスにより同定した。結果を表1に示す。
【0062】
【0063】
免疫沈降及びウェスタンブロット解析から、ケラチノサイトの分化に関与するカスパーゼファミリーのメンバーであるCaspase-14(J Cell Biol 180(3):451-8. 2008)がLC由来の血清EVにおけるCHL1 BiEV のパートナーとして多量に検出されたことが判明した(
図4B:二量体及び単量体)。LK2 LC細胞から分泌されたEVのEMARS産物においてもフルオレセ
イン標識Caspase-14が検出されており、CHL1-Caspase-14 BiEVが、LC細胞から分泌されたEVの典型的な指標となることを示唆している。これに従い、血清EV中のCHL1-Caspase-14 BiEVの測定が、LC中のcEVスクリーニングに好適な指標となると考えられた。
【0064】
EMARS産物中のフルオレセイン標識Caspase-14をサンドイッチELISAを使用して測定するために、組換えCaspase-14を用いて、フルオレセイン標識されたCaspase-14の基準物質を作製した。Caspase-14のELISAシステムはフルオレセイン標識されたCaspase-14基準物質
を高感度で測定するのに適しており、検量線の相関係数は0.9878であった。ELISAの各実
験結果を異なるプレート間で比較するために、フルオレセイン標識されたCaspase-14基準物質の測定値(ng/mL)に基づきBiEV指標値(Caspase-14)を設定した。
【0065】
H及びLC血清のEVから得られたBiEV指標値(Caspase-14)を
図4Cにまとめた。LCのEVは
全体としてHのEVよりも高くなる傾向が見られた。HのEVのBiEV指標値(Caspase-14)の平均値は1.065(SD = 1.168)であり、LCのEVの平均値は3.707(SD = 2.829)であった。p
値が0.019であったことは、HのEV及びLCのEV間のCHL1- Caspase-14 BiEV量の差が有意で
あったことを示している(
図4D)。各BiEV指標値のROC曲線に基づき求められたAUC及びカットオフ値はそれぞれ0.811及び1.889であった(
図4E)。H及びLC血清EV間で、血清EV全
体のCaspase-14分子の総タンパク質発現量の増加は認められなかった(
図4F)。
【0066】
以上のように、本発明の方法においてCHL1とCHL1パートナータンパク質の複合体を解析することにより肺がんを効率よく検出することができ、特に、血清EV膜におけるCHL1とCaspase-14の複合体は肺がん診断のための指標として非常に優れることが分かった。
【配列表】