(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-03
(45)【発行日】2024-07-11
(54)【発明の名称】導電性ダイヤモンド電極を用いたギ酸製造方法及び装置
(51)【国際特許分類】
C25B 3/25 20210101AFI20240704BHJP
C25B 9/00 20210101ALI20240704BHJP
C25B 15/08 20060101ALI20240704BHJP
C07C 53/02 20060101ALI20240704BHJP
C07C 51/00 20060101ALI20240704BHJP
C25B 11/073 20210101ALI20240704BHJP
【FI】
C25B3/25
C25B9/00 G
C25B15/08 302
C07C53/02
C07C51/00
C25B11/073
(21)【出願番号】P 2020115713
(22)【出願日】2020-07-03
【審査請求日】2023-04-20
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「ダイヤモンド電極の物質科学と応用展開」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】長島 紳一
(72)【発明者】
【氏名】栄長 泰明
【審査官】長谷部 智寿
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-184655(JP,A)
【文献】特表平06-501748(JP,A)
【文献】特開2015-005331(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B 1/00-9/77
C25B 13/00-15/08
C25B 11/04
H01M 10/05ー10/0587
C07C 53/02
C07C 51/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
二酸化炭素を還元することによりギ酸を製造する方法であって、
導電性ダイヤモンド電極を有するカソード電極を使用し、アノード電極を使用し、
二酸化炭素を含む電解質溶液を間欠的に送液し、
間欠的に送液された電解質溶液をカソード電極に接触させ、
電解質溶液を間欠的に送液しつつ、カソード電極により、電解質溶液に電圧を印加してギ酸を生成する工程を含
み、
電解質溶液を間欠的に送液することが、送液の流動と停止を交互に繰り返すことを含み、
送液の流動と停止を交互に繰り返すことが、カソード電極への送液とアノード電極への送液との位相を同期させることを含む、
前記方法。
【請求項2】
導電性ダイヤモンド電極を有するアノード電極を使用する、請求項
1に記載の方法。
【請求項3】
電解質溶液を間欠的に送液することが、蠕動ポンプによるものではない、請求項
1又は2に記載の方法。
【請求項4】
二酸化炭素を還元することによりギ酸を製造する装置であって、
導電性ダイヤモンド電極を有するカソード電極を有し、アノード電極を有し、
二酸化炭素を含む電解質溶液を間欠的に送液するための送液部を有し、
間欠的に送液された電解質溶液がカソード電極に接触可能であるように送液流路が構成されており、
電解質溶液を間欠的に送液しつつ、カソード電極により、電解質溶液に電圧を印加してギ酸を生成することができる
よう送液流路が構成されており、
電解質溶液を間欠的に送液するための送液部が、送液の流動と停止を交互に繰り返すことができるものであり、
電解質溶液を間欠的に送液するための送液部が、カソード電極への送液とアノード電極への送液との位相を同期させることができるものである、
前記装置。
【請求項5】
導電性ダイヤモンド電極を有するアノード電極を使用する、請求項
4に記載の装置。
【請求項6】
電解質溶液を間欠的に送液するための送液部が、蠕動ポンプを有しない、請求項
4又は5に記載の装置。
【請求項7】
ギ酸生成装置のギ酸生成効率を改善する方法であって、
(i)ギ酸生成装置の初期状態のギ酸生成効率を測定する工程、
(ii
)送液ポンプを間欠的な送液が可能な送液ポンプに置き換え
る改変を行う工程、
(iii)前記改変を行った後
、間欠的な送液を行いつつ、カソード電極により、電解質溶液に電圧を印加して、装置のギ酸生成効率を測定する工程、
(iv)初期状態のギ酸生成効率と改変後のギ酸生成効率とを比較する工程、並びに
(v)改変後のギ酸生成効率が初期状態のギ酸生成効率よりも高い場合、当該改変を採用する工程、
を含む、前記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、導電性ダイヤモンド電極を用いたギ酸の製造方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
地球温暖化と気候変動の原因とされる大気中二酸化炭素濃度の上昇を抑制するため化石燃料から排出される二酸化炭素の再利用技術が求められている。一方でギ酸は重要な工業原料であるが、従来はギ酸は、ギ酸ソーダの酸分解法、炭化水素の酸化法、ギ酸メチルの直接加水分解法などにより製造されてきた。
【0003】
特許文献1は二酸化炭素の電解還元装置を記載している。特許文献1の方法では7M程度の高濃度の炭酸カリウム水溶液に二酸化炭素を飽和させて、電解還元を行っている。生成物は酢酸やギ酸と記載されている。
【0004】
特許文献2は、ダイヤモンド電極を用いる電気化学的還元装置を記載している。特許文献2の方法では、高圧下で二酸化炭素をメタノール溶液に飽和させて、電解還元を行っている。
【0005】
非特許文献1は鉛電極を用いて、二酸化炭素の電解還元を行っている。
【0006】
特許文献3はギ酸生成装置及び方法を記載している。使用されている電極は酸化ガリウム電極である。実施例における電解時間は6934秒(約115分)であり、ギ酸の生成量は168.3μmolである。
【0007】
特許文献4は電解質溶液にアルカリ金属イオンを使用し、ダイヤモンド電極を用いる二酸化炭素の還元によるギ酸生成方法を記載している。
【0008】
大規模生産に適したギ酸の製造方法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2011-174139号公報(特許第5368340号公報)
【文献】特開2014-167151号公報(特許第6042749号公報)
【文献】特開2015-129343号公報
【文献】特開2018-141220号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】S. Kaneko, R. Iwao, K. IIba, K. Ohta and T. Mizuno, Energy, 23 (1998) No. 12, pp. 1107-1112
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従来の方法として、例えば特許文献4に記載の導電性ダイヤモンド電極を用いたギ酸生成方法のファラデー効率は高効率であるが、電極面積が小さく、生成量はさほど大きくない。
【0012】
本開示は、上記の問題点に鑑み、大規模化が可能である又は大規模化に適した、導電性ダイヤモンド電極を用いたギ酸の生成方法及び装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記の問題を解決するために、大規模生産に適した導電性ダイヤモンド電極を用いたギ酸製造方法及び装置の開発に鋭意取り組んだ。そして、単位時間当たりの二酸化炭素還元量を増大させるために、二酸化炭素還元セルを大型化し、効率を維持した上で電極面積を拡大すると同時に電流密度を高めることを試みた。
【0014】
還元セルの大型化にあたり、2インチシリコンウエハを用いた電極を複数枚実装できるようにし、またセル内容量の拡大にあわせポンプの大型化を図った。比較用の小型セルを容量10ミリリットル、流量毎分数百ミリリットルとしたのに対し、大型化した還元セルではセル容量を100ミリリットル、ポンプは最大流量毎分2リットルの遠心ポンプを採用した。しかし新たなセルでの還元量は同様の電解液を用いた小型装置での還元量を大きく下回る結果となった。
【0015】
すなわち、大型セルに用いた電極と同条件で成膜した電極を、形状の異なる小型のセルに実装し実験を行うと、時間当たりの還元量が12ミリグラムであり、ファラデー効率も72%であった。この結果から、本発明者らは、電極、電解質、溶液濃度などの条件が同じであっても、用いるセルの構造やポンプなどの周辺環境の違いによって二酸化炭素の還元量ならびに還元効率が大きく左右されることを新たに見出した。
【0016】
そして、本発明者らは、一連の実験条件の違いや、装置の構成の違いについて検証を進めた。その結果、驚くべきことに、実験に用いるポンプの形態から生ずる溶液の脈動が反応に大きく寄与していることを見出した。また、二酸化炭素還元によるギ酸生成反応においては、驚くべきことに、フローセル内での溶液の流れ方が極めて重要な要素であり、セルに送り込まれる溶液は一様に流れていたのではギ酸は生成されず或いはさほど生成されず、脈動を有し、流動と停止を交互に繰り返すことが効率的なギ酸生成に必要であることを見出した。特定の理論に拘束されることを望む物ではないが、溶液流動により電極表面に反応種を送り込むと同時に、電子を受け取りアニオンラジカルとなった二酸化炭素を、一時的に溶液流動を停止させることでその位置に保持しギ酸への変化を待つ必要があると考えられる。したがって本開示は、溶液流動により電極表面に反応種を送り込むのみならず、電子を受け取りアニオンラジカルとなった二酸化炭素を、一時的に溶液流動を停止させることで電極表面上に保持しギ酸に効率的に変化させる方法を提供する。この方法または装置を用いて二酸化炭素の電気的還元を行うことにより、効率を維持した上でギ酸の生成量を増大させることができる。本発明者らの知る限り、電気的還元において溶液流動を制御することにより生成量を増大させ得ることは前例がなく、この結果は予想外であり、大変な驚きであった。
【0017】
特定の実施形態では、溶液流動を積極的に制御し、間欠流動(intermittent flow)とすることでギ酸生成を実現することから、当該特定の実施形態における本開示の方法を便宜上、「間欠還元法」と呼ぶことがある。ただし本開示の方法は何らその名称により限定されるものではない。
【0018】
本開示は、以下の実施形態を包含する:
[1] 二酸化炭素を還元することによりギ酸を製造する方法であって、
導電性ダイヤモンド電極を有するカソード電極を使用し、アノード電極を使用し、
二酸化炭素を含む電解質溶液を間欠的に送液し、
間欠的に送液された電解質溶液をカソード電極に接触させ、
カソード電極により、電解質溶液に電圧を印加してギ酸を生成する工程を含む、
前記方法。
[2] 電解質溶液を間欠的に送液することが、送液の流動と停止を交互に繰り返すことを含む、実施形態1に記載の方法。
[3] 送液の流動と停止を交互に繰り返すことが、カソード電極への送液とアノード電極への送液との位相を同期させることを含む、実施形態2に記載の方法。
[4] 電解質溶液を間欠的に送液することが、カソード電極表面をメッシュで覆うことによるものである、実施形態1に記載の方法。
[5] 電解質溶液を間欠的に送液することが、電解質溶液の流路に設けられたハザードによるものである、実施形態1に記載の方法。
[6] 導電性ダイヤモンド電極を有するアノード電極を使用する、実施形態1~5のいずれかに記載の方法。
[7] 電解質溶液を間欠的に送液することが、蠕動ポンプによるものではない、実施形態1~6のいずれかに記載の方法。
[8] 二酸化炭素を還元することによりギ酸を製造する装置であって、
導電性ダイヤモンド電極を有するカソード電極を有し、アノード電極を有し、
二酸化炭素を含む電解質溶液を間欠的に送液するための送液部を有し、
送液された電解質溶液がカソード電極に接触可能であるように送液流路が構成されており、
カソード電極により、電解質溶液に電圧を印加してギ酸を生成することができる、
前記装置。
[9] 電解質溶液を間欠的に送液するための送液部が、送液の流動と停止を交互に繰り返すことができるものである、実施形態8に記載の装置。
[10] 電解質溶液を間欠的に送液するための送液部が、カソード電極への送液とアノード電極への送液との位相を同期させることができるものである、実施形態9に記載の装置。
[11] 電解質溶液を間欠的に送液するための送液部が、カソード電極表面を覆ったメッシュを含む、実施形態8に記載の装置。
[12] 電解質溶液を間欠的に送液するための送液部が、電解質溶液の流路に設けられたハザードを含む、実施形態8に記載の装置。
[13] 導電性ダイヤモンド電極を有するアノード電極を使用する、実施形態8~12のいずれかに記載の装置。
[14] 電解質溶液を間欠的に送液するための送液部が、蠕動ポンプを有しない、実施形態8~13のいずれかに記載の装置。
[15] ギ酸生成装置のギ酸生成効率を改善する方法であって、
(i)ギ酸生成装置の初期状態のギ酸生成効率を測定する工程、
(ii)カソード電極表面をメッシュで覆うこと、送液ポンプを間欠的な送液が可能な送液ポンプに置き換えること、及びカソード電極の近傍にハザードを設けること、からなる群より選択される改変を行う工程、
(iii)前記改変を行った後の装置のギ酸生成効率を測定する工程、
(iv)初期状態のギ酸生成効率と改変後のギ酸生成効率とを比較する工程、並びに
(v)改変後のギ酸生成効率が初期状態のギ酸生成効率よりも高い場合、当該改変を採用する工程、
を含む、前記方法。
【発明の効果】
【0019】
本開示によれば、二酸化炭素水溶液を電解質として利用しギ酸を生成することができる。また本開示によれば、ギ酸の大規模生産が可能となる。また本開示によれば、大規模生産に適したギ酸の生成方法及び装置が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】二相同期型複動シリンジポンプの構造を示す。
【
図2-1】
図2-1から2-3は、二相同期型複動シリンジポンプでの、ステッピングモータ動作と溶液流動の関係である。
図2-1にステッピングモータへの指令信号を示す。
【
図3-1】小型セルを用いた装置構成の一例を示す。0.5M KCl溶液槽は50mlとしうる。0.5M K
2SO
4溶液槽は50mlとしうる。太い矢印の方向からの矢視図が
図3-2である。
【
図3-2】小型セルの矢視図である。側壁中央部から供給された溶液がセルの内部で渦を巻き、最終的には槽外に排出される。
【
図4】大型化セルと遠心ポンプを組み合わせた装置構成を示す。CO
2添加速度は250ml/minであり得る。0.5M KCl溶液槽は1,000mlとし得る。0.5M K2SO4溶液槽は1,000mlとし得る。参照電極はAg Rodとしうる。作用電極は0.1% BDDとしうる。対極は0.1% BDDとしうる。
【
図5】大型化セルと間欠ポンプを組み合わせた装置構成を示す。
【
図6-1】大型セル/遠心ポンプを用いた際の流量を示す。
【
図6-2】大型セル/遠心ポンプを用いた際の溶液圧力を示す。
【
図7-1】大型セル/間欠ポンプを用いた際の流量を示す。
【
図7-2】大型セル/間欠ポンプを用いた際の溶液の圧力変動を示す。
【
図8-1】遠心ポンプ、間欠ポンプによるギ酸濃度の推移である。
【
図8-2】遠心ポンプ、間欠ポンプによるファラデー効率の推移である。
【
図10-1】流速依存性を示す図である。還元電流の流量依存性を示す。
【
図11-1】間欠周波数1.04Hzの場合のセル内圧力の変化を示す。上段が圧力変動であり、下段が圧力変動FFT(正規化後)である。
【
図11-2】間欠周波数1.82Hzの場合のセル内圧力の変化を示す。上段が圧力変動であり、下段が圧力変動FFT(正規化後)である。
【
図11-3】間欠周波数2.44Hzの場合のセル内圧力の変化を示す。上段が圧力変動であり、下段が圧力変動FFT(正規化後)である。
【
図11-4】間欠周波数3.43Hzの場合のセル内圧力の変化を示す。上段が圧力変動であり、下段が圧力変動FFT(正規化後)である。
【
図12-3】間欠周波数とファラデー効率の関係を示す。
【
図13-1】Dutyによるセル内圧力変化を示す。Duty 98.1%の結果である。
【
図13-2】Dutyによるセル内圧力変化を示す。Duty 90.9%の結果である。
【
図13-3】Dutyによるセル内圧力変化を示す。Duty 76.9%の結果である。
【
図13-4】Dutyによるセル内圧力変化を示す。Duty 57.1%の結果である。
【
図14-1】間欠流動Dutyと還元電流の関係を示す。
【
図14-2】間欠流動Dutyとギ酸濃度の関係を示す。
【
図14-3】間欠流動Dutyとファラデー効率の関係を示す。
【
図16-1】
図15の装置において、エアーチャンバーを装着する前の圧力波形を示す。
【
図16-2】
図15の装置において、エアーチャンバーを装着した後の圧力波形を示す。エアーチャンバーは50mlである。
【
図17-1】エアーチャンバーの有無による還元電流の違いを示す。
【
図17-2】エアーチャンバーの有無によるギ酸濃度の違いを示す。
【
図17-3】エアーチャンバーの有無によるファラデー効率の違いを示す。
【
図18-1】間欠ポンプ、遠心ポンプ、及び間欠ポンプ+エアーチャンバーで電解還元を行ったときのギ酸濃度を示す。
【
図18-2】間欠ポンプ、遠心ポンプ、及び間欠ポンプ+エアーチャンバーで電解還元を行ったときのファラデー効率を示す。
【
図18-3】間欠ポンプを用いた場合のKCl流入圧力を示す。
【
図18-4】遠心ポンプを用いた場合のKCl流入圧力を示す。
【
図18-5】エアーチャンバー有りの間欠ポンプを用いた場合のKCl流入圧力を示す。
【
図19-1】A:電極表面にメッシュを施した電極上面図である。B:メッシュ繊維を施した電極側面図である。C:メッシュを装着した電極表面の拡大図を示す。流路全体の平均的流れとは別に、メッシュ繊維と繊維との間に、窪み内の流れが生じている。
【
図20-1】遠心ポンプ連続流動の圧力変動を示す。
【
図20-2】遠心ポンプ連続流動の流量変動を示す。
【
図21-1】遠心ポンプ連続流動下での、電極表面メッシュの有無によるギ酸生成の違いを示す。
【
図21-2】遠心ポンプ連続流動下での、電極表面メッシュの有無によるファラデー効率の違いを示す。
【
図22】A~Cにハザードの例を示す。Aはハザード高さ1mm(流動隙間5mm)であり、Bハザード高さ3mm(流動隙間3mm)であり、Cはハザード高さ5mm(流動隙間1mm)である。
【
図23】作用極、対極ともに2枚の電極を流れに沿って直列に、正対する位置に装着した反応セルを示す。Aは上面図であり、Bは側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
ある実施形態において、本開示は、二酸化炭素を還元することによりギ酸を製造する方法を提供する。この方法は、カソードに導電性ダイヤモンド電極を使用し、アノードを使用し、二酸化炭素を含む電解質溶液を間欠的に送液し、間欠的に送液された電解質溶液をカソード電極に接触させ、カソード電極により、電解質溶液に電圧を印加してギ酸を生成する工程を含む。
【0022】
本明細書において「間欠的」とは、特に断らない限り、送液が脈動を有し、流動と停止とを交互に繰り返すことをいう。送液の停止は、流量計や圧力計により計測しうる明確な停止であってもよく、また、計測機器の計測限界未満の瞬間的な停止であってもよい。このような送液の瞬間的な停止を本明細書において擬似的な(quasi)停止ということがある。すなわち、本明細書にいう送液の停止は、計測機器により計測される明確な停止のみならず、擬似的な(quasi)停止をも包含するものとする。ここで、擬似的な停止とは、圧力センサで測定したときに、例えば1秒毎の圧力サンプリングのような条件下では、必ずしも圧力がゼロとなる瞬間(ゼロクロス)が観察されるわけではないが、当該流動と疑似的な停止を行わない条件と比較して、生成するギ酸の量が増大しており、圧力センサのサンプリング頻度未満の頻度で送液が停止しているか、送液が瞬間的に停止しているか、又は局所的な停止が電極表面で少なくとも部分的に生じていると考えられる場合をいう。
【0023】
ある実施形態において、電解質溶液を間欠的に送液することは、送液の流動と停止を交互に繰り返すことを含み得る。ある実施形態において、送液の流動と停止を交互に繰り返すことは、カソード電極への送液とアノード電極への送液との位相を同期させることを含み得る。別の言い方をすると、カソード電極への送液とアノード電極への送液との位相を同期させて、送液の流動と停止を交互に繰り返すことができる。ある実施形態において、カソード電極表面をメッシュで覆うことにより、電解質溶液を間欠的に送液することができる。メッシュを用いた還元方法を本明細書において層分離還元法と呼ぶことがある。ある実施形態において、電解質溶液の流路にハザードを設けることにより、電解質溶液を間欠的に送液することができる。ハザードを用いた還元方法を本明細書において撹拌子還元法と呼ぶことがある。また、ハザードを、障害物または撹拌子と呼ぶことがある。ある実施形態において、アノード電極として導電性ダイヤモンド電極を使用し得るが、電極材料はこれに限らない。別の実施形態では、アノード電極として金属電極を使用することも可能であり、例えば銀、金、白金、炭素、ステンレス鋼、イリジウム、パラジウム、オスミウム、ロジウム、ルテニウム、グラファイト等を使用しうる。ある実施形態において、カソードとアノードとの間には固体電解質膜を挟みうる。固体電解質膜は、例えばナフィオン(登録商標)膜(THE CHEMOURS COMPANY FC LLC)等のスルホン酸基を持ったフッ素系ポリマー膜、スルホ系イオン交換樹脂膜、Flemion(商標)イオン交換膜、Aciplex(商標)イオン交換膜等でありうるがこれに限らない。
【0024】
ある実施形態において、本開示は、二酸化炭素を還元することによりギ酸を製造する装置を提供する。この装置は、導電性ダイヤモンド電極を有するカソード電極を有し、アノード電極を有し、二酸化炭素を含む電解質溶液を間欠的に送液することができる送液部を有し、送液された電解質溶液がカソード電極に接触可能であるように送液流路が構成されており、カソード電極により、電解質溶液に電圧を印加してギ酸を生成することができる。ある実施形態においてこの装置はさらに、電解質溶液に二酸化炭素を供給するための二酸化炭素供給部を有し得る。
【0025】
ある実施形態において、電解質溶液を間欠的に送液することができる送液部(送液機構)は、溶液流動を制御し、流動と停止を交互に繰り返すことができる。ある実施形態において、電解質溶液を間欠的に送液するための送液部は、カソード電極への送液とアノード電極への送液の位相を同期させることができるものである。ある実施形態において、二相同期型複動シリンジポンプを用いてカソード電極への送液とアノード電極への送液との位相を同期させることができる。すなわち、電解質溶液を間欠的に送液するための送液部は二相同期型複動シリンジポンプを備えうる。ある実施形態において、電解質溶液を間欠的に送液することができる送液部は、チューブポンプ(蠕動ポンプ)を備え得る。別の実施形態において、電解質溶液を間欠的に送液することができる送液部からはチューブポンプ(蠕動ポンプ)は除かれる。すなわち特定の実施形態において電解質溶液を間欠的に送液することができる送液部はチューブポンプ(蠕動ポンプ)を有しない。ある実施形態において、電解質溶液を間欠的に送液するための送液部は、カソード電極表面を覆ったメッシュを含む。ある実施形態において、電解質溶液を間欠的に送液するための送液部は、電解質溶液の流路に設けられたハザードを含む。ある実施形態において、アノード電極は導電性ダイヤモンド電極を備えうる。ある実施形態において、カソードとアノードとの間には固体電解質膜を挟みうる。カソード電極への送液とアノード電極への送液の位相を同期させると、間欠的な送液によりギ酸生成効率を高めることができるのみならず、カソード電極とアノード電極の間に挟まれた固体電解質膜の破損を回避することができる。
【0026】
ある実施形態において、本開示の装置は、カソード電極とアノード電極との間に電圧を印加するための外部電源機構を備えてなる。外部電源機構はポテンシオ・ガルバノスタット機構等でありうる。
【0027】
ある実施形態において、導電性ダイヤモンド電極は0.1~1.0%のホウ素ドープダイヤモンド電極であり得る。
【0028】
本開示において、カソード電極側の電解質溶液を第一電解質溶液といい、アノード電極側の電解質溶液を第二電解質溶液と呼ぶことがある。ある実施形態において、第一電解質溶液は二酸化炭素を含む。二酸化炭素を含む電解質溶液の調製は、炭酸ガスの気泡を水溶液に供給するバブリング工程により行うことができる。第一電解質溶液は二酸化炭素の飽和溶液とすることができる。二酸化炭素のバブリングは、電解還元中に継続して行ってもよい。ある実施形態では、電解質溶液の酸素を除くために予め窒素をバブリングしてもよい。その後、二酸化炭素をバブリングしてもよい。
【0029】
ある実施形態において第一電解質溶液はKCl溶液とすることができるがこれに限らない。ある実施形態においてKClは0.1M~1M、0.2M~0.9M、0.3~0.8M、0.4~0.7M、0.4~0.6M、例えば0.5Mとすることができるがこれに限らない。
【0030】
本開示において、第二電解質溶液は、第一電解質溶液と同一の水溶液とすることができ、例えば同一の水酸化物溶液、又は同一の塩化物溶液とすることができる。また、第二電解質溶液はpHを調整してもよく、又は調整せずともよい。ある実施形態において第二電解質溶液はK2SO4溶液とすることができるがこれに限らない。ある実施形態においてK2SO4は0.1M~1M、0.2M~0.9M、0.3~0.8M、0.4~0.7M、0.4~0.6M、例えば0.5Mとすることができるがこれに限らない。
【0031】
電解還元を行う部材は反応セルともいう。ある実施形態において反応セルはカソード電極、アノード電極、カソード槽、アノード槽、カソード槽とアノード槽を仕切る固体電解質膜、第一電解質溶液流入口及び排出口、並びに第二電解質溶液流入口及び排出口を有する。電解質溶液を間欠的に送液することができる送液部が二相同期型複動シリンジポンプである場合には、二相同期型複動シリンジポンプを反応セルに連結し得る。電解質溶液を間欠的に送液することができる送液部がメッシュである場合には、カソード電極表面をメッシュで覆う。電解質溶液を間欠的に送液することができる送液部がハザードである場合には、ハザードを反応セル内のカソード電極付近、例えばカソード電極の上流付近に配置し得る。ある実施形態では、固体電解質膜の破損を防ぐために、アノード電極側にもカソード電極側と同じ形状のハザードを配置し得る。ある実施形態ではアノード電極表面にもカソード電極表面と同じメッシュを施し得る。
【0032】
二相同期型複動シリンジポンプ
二相同期型複動シリンジポンプ(以下、間欠ポンプ、或いは間欠送液ポンプともいう)の構造とその動作について説明する。このポンプはステッピングモータ、ボールねじ、及びシリンジポンプ部で構成されており、ステッピングモータへの入力信号に基づき様々な間欠流動を作り出すことができる。
図1に二相同期型複動シリンジポンプを示す。
【0033】
シリンダ内径は40mm、ストローク50mmとし、最大流量を毎分約3.5リットルとすることができるが、寸法はこれに限らない。ピストンの前進、後退時に同じ流動波形が得られるようシリンジの各ポートに逆止弁を設けることができる。ピストン前進時(図でモーターから遠ざかる方向に移動)は上のシリンジから溶液が吐出されると同時に下のシリンジに溶液が補給される。モータの制御は専用ソフトウエアで作成する任意の波形で行い、ピストン動作を通じて溶液の吐出や停止を行うことができる。
【0034】
反応セル
反応セル(還元セルともいう)は透明アクリルで作製しうるが材料はこれに限らない。流路は幅50mm、長さはおよそ200mmとし、流路高さは還元側も酸化側も各々10mmとしうるが、寸法はこれに限定されない。ある実施形態において、流路中、還元側の作用極、及び酸化側の対極が流れに沿って、正対する位置に装着できるようにしうる。参照極は還元電極の上流に配置され得る。別の実施形態において、流路中、還元側の作用極、酸化側の対極ともに2枚の電極が流れに沿って直列に、正対する位置に装着できるようにしうる。このとき、便宜上、上流側1組の電極を第1組の電極といい、下流側1組の電極を第2組の電極ということがある。ある実施形態では第1組の電極のみを使用してもよく、又は別の実施形態では第1組及び第2組の電極の両方を使用してもよい。参照極は第1組、第2組それぞれにおける還元電極の上流に配置され得る。構成の例を
図23に示す。このとき、便宜上、第1組の電極の上流の参照極を第1参照極といい、第2組の電極の上流の参照極を第2参照極ということがある。ある実施形態では、第1組における還元電極及び第2組における還元電極を、第1参照極により制御し得る。別の実施形態では、第1組における還元電極を第1参照極により制御し、第2組における還元電極を第2参照極により制御し得る。あるいは作用極、対極、参照極を電気的に短絡させ、回路上同一電極として制御し得る。還元セルは
図4及び
図5に装置の一部として例示されている。なお
図4及び
図5ではカソード電極及びアノード電極はBDD電極である。また、
図4及び
図5では第2組以降の作用極及び対極は図示していない。反応セルにさらに、第2組目の作用極、対極、及び場合により参照極を有してもよく、第3組目の作用極、対極、及び場合により参照極を有してもよく、以下、同様に第n組目の作用極、対極、及び場合により参照極を有してもよい(nは自然数)。またn組目の作用極をn番目の参照極により制御してもよい。
【0035】
図3に小型セルとチューブポンプを用いた装置構成例を示す。また、
図4に大型化セルと遠心ポンプを組み合わせた装置構成を示す。ポンプと反応セルの間には流量計を配置し、流量を計測しうる。セル内には圧力センサを配置して、セル内圧力を計測し得る。
【0036】
図5に大型化セルと間欠ポンプ(二相同期型複動シリンジポンプ)を組み合わせた装置構成を示す。二酸化炭素は二酸化炭素供給部から供給される。固体電解質膜(ナフィオン(登録商標)膜)はカソード槽とアノード槽との間に挟まれている。固体電解質膜がカソード槽とアノード槽とを仕切っているため、カソード電極で生成したギ酸はアノード電極で酸化されない。カソード槽は、二酸化炭素を含有し得る第一電解質溶液を収容する。アノード槽は第二電解質溶液を収容する。BDD電極は第一電解質溶液に接触するようにカソード槽に設置される。アノード電極は第二電解質溶液に接触するようにアノード槽に設置される。二相同期型複動シリンジポンプの往復運動により、位相が同期した電解質溶液がポンプからカソード側及びアノード側に送り出される。ポンプと反応セルの間には流量計を配置し、流量を計測しうる。セル内には圧力センサを配置して、セル内圧力を計測し得る。
【0037】
二相同期型複動シリンジポンプを制御して、間欠的な送液を行うことができる。送液は、最大流速をセル内電極部流速に換算して、10~1,000mm/s、10~500mm/s、例えば20~400mm/s、25~300mm/s、30~200mm/s、40~150mm/s、例えば25~127mm/sとし得るがこれに限らない。ある実施形態では、液の流速を直接測定する代わりに、シリンジポンプのピストン速度から換算された流速値を用いることもできる。送液は、流動と停止を含む区画を1つの周期として、周波数を適宜設定しうる。ある実施形態において間欠的な送液の周波数を、0.1~5Hz、例えば0.2~4.5Hz、0.3~4Hz、0.4~3.5Hz、0.5~3.43Hz、0.6~3Hz、0.7~2.5Hz、0.8~2.44Hz、0.9~2Hz、例えば1~1.82Hzとし得るがこれに限らない。送液は流動時間と停止時間の比を変化させることもできる。本明細書では便宜上、流動時間と停止時間の比をdutyということがある。例えば1秒周期において、停止時間を0.01秒、0.02秒、0.1秒、0.33秒、0.5秒、0.75秒とすると、流動時間の割合は、それぞれ99%、98%、90%、66%、50%、25%となる。dutyは10~99.9%、20~99.5%、30~99%、40~98.5%、50~98.1%、57.1~98%としうるがこれに限らない。
【0038】
メッシュ
メッシュは、ギ酸の生成効率を改善しうるものであれば、その厚さ、編模様、目の間隔等は特に限定されない。メッシュの素材としては、ナイロン、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリ塩化ビニル、ポリテトラフルオロエチレン等が挙げられるがこれに限らない。メッシュの厚さは例えば10μm~1mm、20μm~0.5mm、30μm~0.4mm、40μm~0.3mm、50μm~0.2mm、例えば160μmであり得るがこれに限らない。特定の実施形態においてメッシュは規則的な編み目を有し得る。別の実施形態においてメッシュは不織布のような不規則な材料であり得る。
【0039】
ハザード
ある実施形態において、本開示の装置はハザードを1以上、有しうる。ハザードは電解質溶液の流路に設けることができる。特定の理論に拘束されることを望むものではないが、ハザードを設けることにより電極表面の溶液が撹拌され、部分的に溶液が停止している状態が発生し、ギ酸生成効率が改善され得る、と考えられる。ハザードの形状はギ酸の生成効率を改善しうるものであればどのようなものでもよく、例えば多面体、立方体、直方体、多角柱、三角柱、四角柱、多角錐、三角錐、四角錐等の形状が挙げられるが、これに限らない。
【0040】
間欠的な送液の流量は特に制限されず、10 mL/sec以上、100 mL/sec以上、1 L/sec以上、10 L/sec以上、100 L/sec以上、例えば1,000 L/sec以上、例えば10 mL/sec~1,000 L/sec、100 mL/sec~100 L/sec、例えば1 L/sec~10 L/secであり得るがこれに限らない。例えば間欠還元法の場合、二相同期型複動シリンジポンプを駆動するモーターの出力を高めることにより、及び/又は、シリンジの直径を大型化することにより、送液の流量を増大させ得る。また、層分離還元法や撹拌子還元法の場合、ポンプとして遠心ポンプや渦巻きポンプなど、大型ポンプや産業用ポンプを使用することにより送液の流量を増大させ得る。
【0041】
本開示において、電解還元は、定電位電解でもよく、定電圧電解でもよく、電流密度を一定としてもよい。電流は直流でありうる。
【0042】
ある実施形態において、本開示のギ酸生成反応における、導電性ダイヤモンド電極の印加電位は、参照電極に対して-5.0~-0.5Vの範囲内の所定の電位、例えば-4.5~-1V、-4.0~-1.5V、-3.0~-2V、例えば-2.7~-2.5Vとすることができる。
【0043】
ある実施形態において、本開示のギ酸生成反応における、導電性ダイヤモンド電極の電流を-500mA~-0.1mA、-400mA~-0.5mA、-300mA~-1mA、-200mA~-2mA、例えば-150mA、-100mA、-50mA又は-20mAとすることができる。
【0044】
ある実施形態において、本開示のギ酸生成反応における、導電性ダイヤモンド電極の電流密度を-0.1mA/cm2~-50mA/cm2、-0.2mA/cm2~-40mA/cm2、-0.3mA/cm2~-30mA/cm2、-0.4mA/cm2~-25mA/cm2、-0.5mA/cm2~-20mA/cm2、-1mA/cm2~-15mA/cm2、-2mA/cm2~-10mA/cm2、例えば-2mA/cm2、-5mA/cm2、-10mA/cm2、又は-15mA/cm2とすることができる。
【0045】
本開示の方法又は装置におけるカソードには導電性ダイヤモンド電極を用いる。この導電性ダイヤモンド電極には微量の不純物をドープすることが好ましい。不純物をドープすることにより、電極として望ましい性質が得られる。不純物としては、ホウ素(B)、硫黄(S)、窒素(N)、酸素(O)、ケイ素(Si)等が挙げられる。例えば炭素源を含む原料ガスに、ホウ素を得るためにはジボラン、トリメトキシボラン、酸化ホウ素を、硫黄を得るためには酸化硫黄、硫化水素を、酸素を得るためには酸素若しくは二酸化炭素を、窒素を得るためにはアンモニア若しくは窒素を、ケイ素を得るためにはシラン等を加えることができる。特に高濃度でホウ素をドープした導電性ダイヤモンド電極は広い電位窓と、他の電極材料と比較してバックグランド電流が小さいといった有利な性質を有することから好ましい。そこで本開示では以下にホウ素ドープダイヤモンド電極について例示的に記載する。他の不純物をドープした導電性ダイヤモンド電極を用いてもよい。本明細書では、特に断らない限り、電位と電圧は同義に用い相互に置き換え可能とする。また本明細書では導電性ダイヤモンド電極を単にダイヤモンド電極と記載することがあり、ホウ素ドープダイヤモンド電極をBDD電極と記載することがある。
【0046】
ある実施形態において、本開示のBDD電極の電極部は、基板表面に0.01~8%w/wホウ素原料混入ダイヤモンドを蒸着したダイヤモンド層を有する。基板はSi基板、SiO2等のガラス基板や石英基板、Al2O3等のセラミックス基板、タングステン、モリブデン等の金属でありうる。基板表面の全部又は一部をダイヤモンド層とすることができる。別の実施形態において、BDD電極の電極部は、バルク状のダイヤモンドを有し得る。
【0047】
本開示の導電性ダイヤモンド電極の電極部の大きさは特に限定されないが、1cm2以上、5cm2以上、10cm2以上、15cm2以上、20cm2以上、30cm2以上、40cm2以上、例えば50cm2以上の面積とすることができる。また、作製した導電性ダイヤモンド電極を複数並べて、装置が有する電極の実効面積を大きくすることもできる。導電性ダイヤモンド電極を複数並べる場合は、電極を直列及び/又は並列に並べることができる。ダイヤモンド層の全部又は一部をカソード溶液に接触させてギ酸生成反応に用いることができる。電極部の面積や形状は装置の構成に応じて適宜決定することができる。
【0048】
ある実施形態において、本開示のBDD電極の電極部は、Si基板表面が高ホウ素原料混入(原料仕込みとして0.01~8%w/wホウ素原料)ダイヤモンドで蒸着されたダイヤモンド層を有する。ホウ素原料混入率は例えば0.01~5%w/w、0.02~4%w/w、0.03~3%w/w、0.04~2%w/w、0.05~1%w/w、例えば0.1~1.0%w/w程度である。特に断らない限り、本開示の導電性ダイヤモンド電極は、sp3構造を保った導電性ダイヤモンド電極である。ある実施形態において、本開示の導電性ダイヤモンド電極は、sp3構造を保ったホウ素をドープした導電性ダイヤモンド電極である。
【0049】
基板へのホウ素原料混入ダイヤモンドの蒸着処理は、例えば700~900℃で2~12時間行うことができる。導電性ダイヤモンド薄膜は化学気相成長法(CVD)、例えばマイクロ波プラズマ化学気相成長法(MPCVD)で作製されうる。例えばシリコン単結晶(100)等の基板を成膜装置内にセットし、高純度水素ガスを担体ガスとした成膜用ガスを流す。成膜用ガスには、炭素、ホウ素が含まれている。炭素、ホウ素を含む高純度水素ガスを流している成膜装置内にマイクロ波を与えてプラズマ放電を起こさせると、成膜用ガス中の炭素源から炭素ラジカルが生成し、Si単結晶上にsp3構造を保ったまま、かつホウ素を混入しながら堆積してダイヤモンドの薄膜が形成される。
【0050】
ダイヤモンド薄膜の膜厚は成膜時間の調整により制御することができる。ダイヤモンド薄膜の厚さは、例えば100nm~1mm、1μm~0.1mm、1μm~100μm、2μm~20μm等とすることができる。
【0051】
基板表面へのホウ素ドープダイヤモンドの蒸着処理の条件は基板材料に応じて決定すればよい。一例としてプラズマ出力は500~7000W、例えば3kW~5kWとすることができ、好ましくは5kWとしうる。プラズマ出力がこの範囲であれば、合成が効率よく進行し、副生成物の少ない、品質の高い導電性ダイヤモンド薄膜が形成される。
【0052】
BDD電極の製造方法としては、公知のあらゆる手法を用いることができ、CVD手法(ホットフィラメント法を用いるものを含む)の他に、真空蒸着法、イオンプレーティング法、イオン注入法等の方法を用いることもできる。
【0053】
ある実施形態において、本開示のBDD電極は、水素終端化又は陰極還元されていてもよい。ある実施形態において、本開示のBDD電極は、酸素終端化又は陽極酸化されていてもよい。水素終端化の具体的な方法としては、導電性ダイヤモンド電極を水素雰囲気下でアニーリング(加熱)又は水素プラズマ処理することが挙げられる。陰極還元の具体的な方法としては、例えば、0.1M過塩素酸ナトリウム溶液中で-3Vの電位を5~10分間印加して水素を連続発生させること、などが挙げられる。酸素終端化の具体的な方法としては、前記導電性ダイヤモンド電極を酸素雰囲気下(空気中)でアニーリング(加熱)又は酸素プラズマ処理することが挙げられる。陽極酸化の具体的な方法としては、例えば、0.1M過塩素酸ナトリウム溶液中で+3Vの電位を5~10分間印加して酸素を連続発生させること、などが挙げられる。
【0054】
上記の電極は、特開2006-98281号公報、特開2007-139725号公報、特開2011-152324号公報、特開2015-172401号公報又は特開2018-141220号公報等に開示されており、これらの公報の記載に従って作製することができる。
【0055】
本開示の導電性ダイヤモンド電極は、熱伝導率が高く、硬度が高く、化学的に不活性であり、電位窓が広く、バックグラウンド電流が低く、電気化学的安定性に優れている。
【0056】
ある実施形態において、本開示の装置は場合により、電流を一定に制御する手段(ガルバノスタット、アンペロスタットともいう)をさらに備え得る。ガルバノスタット等により、ギ酸生成反応時に電流を一定に制御することができる。ある実施形態において、本開示の装置は、さらに参照電極を有し得る。参照電極としては、銀-塩化銀電極等があげられる。この場合において、本開示の装置は、さらにポテンショスタットを有し得る。
【0057】
二酸化炭素の電解還元は次の手順にて行うことができる:
(1) 作用電極をBDD電極とし、電解セルにBDD電極及び対極を設ける。また必要に応じて参照電極を設ける。
(2) 電解質溶液を反応装置内に注入する。アノード用の電解質溶液とカソード用の電解質溶液とは同一でも異なってもよい。
(3) 場合により、水溶液中の酸素を除去するために窒素をバブリングする。
(4) 水溶液中に二酸化炭素をバブリングする。
(5) 二酸化炭素を含む電解質溶液を間欠的に送液し、カソード電極に接触させる。
(6) カソード電極に電位を印加し、炭酸ガスの電解還元を行う。
【0058】
電解還元は低温、常温又は室温で行うことができる。また、電解還元は常圧又は高圧で行うことができる。
【0059】
ある実施形態において、本開示の装置は使用説明書を有しうる。使用説明書は、電解還元を行う反応条件(例えば間欠条件、duty、流速、セル内圧力、周波数等)を本明細書に記載の条件とする説明を含みうる。本開示の装置は、そのような条件でギ酸生成反応を運転するよう制御するプログラム又は該プログラムを実装するソフトウェアを備え得る。プログラム又はソフトウェアは、記録媒体に格納されていてもよい。
【0060】
本開示の方法又は装置により高いファラデー効率にてギ酸を生成することができる。ファラデー効率は、全反応電荷量に対する反応生成物の生成に用いられた電荷量の割合(パーセンテージ)である:
ファラデー効率(%)=100×(反応生成物の生成に用いられた電荷量)/(全反応電荷量)
本明細書においてギ酸の生成効率と言う場合、特に断らない限り、これは生成するギ酸についてのファラデー効率をいう。
【0061】
ある実施形態においてギ酸生成装置はスケールアップ可能である。別の実施形態においてギ酸生成装置はスケールアップされている。別の実施形態においてギ酸生成装置は大規模生産用である。別の実施形態においてギ酸生成装置は工業生産用である。
【0062】
ある実施形態において本開示は、ギ酸生成装置のギ酸生成効率を高める方法を提供する。ある実施形態においてこの方法は、カソード電極表面をメッシュで覆う工程を含む。別の実施形態においてこの方法は、送液ポンプを、間欠的な送液が可能な送液ポンプに置き換える工程を含む。送液ポンプとしては二相同期型複動シリンジポンプが挙げられるがこれに限らない。別の実施形態においてこの方法は、カソード電極の近傍にハザードを設ける工程を含む。
【0063】
ある実施形態において本開示は、ギ酸生成装置のギ酸生成効率を評価する方法、及び/又はギ酸生成装置のギ酸生成効率を改善する方法を提供する。装置は本明細書に記載の装置であり得るが、従来のギ酸生成装置であってもよい。ある実施形態においてこの方法は、ギ酸生成装置のギ酸生成効率を測定し(初期状態)、次いでカソード電極表面をメッシュで覆い(改変)、改変後のギ酸生成効率を測定し、初期状態のギ酸生成効率と改変後のギ酸生成効率とを比較する工程を含む。別の実施形態においてこの方法は、ギ酸生成装置のギ酸生成効率を測定し(初期状態)、次いで送液ポンプを、間欠的な送液が可能な送液ポンプに置き換え(改変)、改変後のギ酸生成効率を測定し、初期状態のギ酸生成効率と改変後のギ酸生成効率とを比較する工程を含む。別の実施形態においてこの方法は、ギ酸生成装置のギ酸生成効率を測定し(初期状態)、次いでカソード電極の近傍にハザードを設け(改変)、改変後のギ酸生成効率を測定し、初期状態のギ酸生成効率と改変後のギ酸生成効率とを比較する工程を含む。比較の結果、ギ酸生成効率が向上していれば、当該改変を採用し得る。これによりギ酸生成装置のギ酸生成効率を改善し得る。
【実施例】
【0064】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明の技術的範囲は、それらの例により何ら限定されるものではない。
【0065】
[実施例1]
以前のギ酸生成実験に用いられていたセルは容量10ミリリットル、流量毎分数百ミリリットルであった。これに対し、還元セルを大型化するために、今回、セル容量を100ミリリットルとし、ポンプは最大流量毎分2リットルを送液可能な遠心ポンプを採用した。また、還元セルの大型化に当たり、2インチシリコンウエハを用いた電極を複数枚実装できるようにした。
【0066】
ホウ素ドープダイヤモンド電極の成膜にあたっては、時間当たり還元量十数ミリグラム、還元効率(ファラデー効率)90%以上が得られている成膜条件を用いた。具体的にはホウ素ドープダイヤモンド電極はCVD法により作製した。前処理としてシリコン基板Si(100)表面をダイヤモンドパウダーで核付けし、次に炭素源としてアセトン50 mLとトリメトキシボラン(ホウ素濃度1%)4 mLを用いて、プラズマ出力5000Wで6時間、圧力110Torrの条件で基板上に製膜した(コーンズテクノロジー社製、モデルA×5400)。
【0067】
参照電極はAg-Rod電極とした。また対極は作用極と同様0.1%BDDとした。還元反応は常温及び常圧にて行った。特に断らない限り、電解質溶液のpH調整は行わなかった。電解還元の状況確認には、ポテンショスタットを用いた。電解生成物の測定は、液体クロマトグラフィー(島津製作所製、Prominence HPLC装置)により行った。
【0068】
電極形状は大型化セル専用に2インチウエハから大小2種、各2枚の短冊型に切り出し、実効面積を13.5cm2と小型セルに用いた電極と比較して1.3倍としたにも拘わらず、新たなセルでの時間当たり還元量は1ミリグラム未満、還元効率は0.01~0.08%と低かった。
【0069】
しかしながら、用いた電極と同条件で成膜した0.1%ホウ素ドープした導電性ダイヤモンド電極を小型セルに実装し、二酸化炭素の電解還元を行うと時間当たりの還元量は12ミリグラムであり、還元効率は72%であった。これらの結果から、電極、電解質、溶液濃度などの条件が同じであっても、用いるセルの構造やポンプなどといった周辺環境の違いにより還元量ならびに還元効率が大きく左右されることを今回、新たに見出した。
【0070】
実験環境
二酸化炭素還元によるギ酸生成は酸化側、還元側をイオン交換膜で分離したフローセルを用いて行う。ホウ素ドープダイヤモンド(BDD)電極は上記の条件にて成膜した。作用電極として、還元側、酸化側ともにホウ素濃度0.1%のBDDを用いた。作用電極の実効表面積は16cm2であった。参照極には直径0.2mmの銀棒(Ag-Rod)を用いた。Ag表面は還元側KCl溶液によりAg/AgClとなり、塩素を含む溶液に用いる場合標準電極として作用することが知られている。なお、市販Ag/AgCl電極と塩橋という構成を採用しなかったのは、溶液の流動により塩橋端部の摩滅が生じ、基準電位が正しく把握されなくなる事態を避けるためである。用いたイオン交換膜はナフィオン(登録商標)膜(アルドリッチ:カタログ番号676470-1EA)であった。
【0071】
還元側電解液は0.5M KCl、酸化側電解液は0.5M K2SO4を用い、イオン交換膜は厚さ0.002インチのナフィオン膜を用いた。溶液量はKCl、K2SO4ともに各々1000mlとし、還元側KCl溶液への二酸化炭素溶解にはベンチュリー管と、流量により回転する攪拌羽を備えた独立した配管系統を設け、専用の小型ポンプを用い循環させることで溶液中二酸化炭素濃度の均一性確保に留意した。
【0072】
溶液制御
溶液の流動と停止を定量的に制御しその影響を調べるために、二相同期型複動シリンジポンプを開発した。このポンプは電気的パルス信号による間欠制御を正確に溶液流動に変換できることと、還元側で用いるKCl溶液と酸化側で用いるK2SO4溶液に同相の脈動を与え(すなわち位相が揃った脈動を与え)、両者の圧力差によるナフィオン膜の破損を防ぐためのものである。また脈動は連続的に継続させる必要があるため、ポンプ構造を複動とし、ピストンの往復運動いずれの状態でも同じ溶液吐出が継続できるように構成した。ポンプ駆動の動力源にはステッピングモータとボールねじを用いた市販アクチュエータを採用し専用ソフトウエアの制御信号により起動速度、加速度、定速運転速度、移動距離、停止時間など様々なパラメータで駆動パターンが構成でき、ピストンの移動は距離1μm、時間は1msec単位で制御できるようになっている。
【0073】
反応セル
反応セルは透明アクリルで製作した。流路は幅50mm、長さおよそ200mmで、流路高さは還元側も酸化側も各々10mmとした。流路中、還元側の作用極、酸化側の対極ともに2枚の電極が流れに沿って直列に、正対する位置に装着できるようになっているが、本実施例での実験にあたっては上流側1組のみ使用した。参照極は上流側還元電極のさらに上流に配置した。
【0074】
二相同期型複動シリンジポンプ構造と動作
溶液流動の差異による影響を調べるため開発した、二相同期型複動シリンジポンプ(以下、間欠ポンプともいう)の構造とその動作について説明する。このポンプは前述のようにステッピングモータ、ボールねじ、及びシリンジポンプ部で構成されており、ステッピングモータへの入力信号に基づき様々な間欠流動を作り出すことができる。
図1にポンプの構成を示す。
【0075】
シリンダ内径は40mm、ストローク50mmであり、最大流量は毎分約3.5リットルである。ピストンの前進、後退時に同じ流動波形が得られるようシリンジの各ポートに逆止弁を設け、ピストン前進時(図でモーターから遠ざかる方向に移動)は上のシリンジから溶液が吐出されると同時に下のシリンジに溶液が補給される。モータの制御は専用ソフトウエアで作成する任意の波形で行い、ピストン動作を通じて溶液の吐出や停止を行うことができる。
【0076】
図2-1はステッピングモータに対する指令信号であり、
図2-2はステッピングモータの応答信号であり、
図2-3はセル内に設けた圧力センサから検出された圧力信号である。運転開始0.98秒後のトリガー信号で同期を図っている。指令信号、応答信号はともに正側がピストン前進、負側が後退の指示となり圧力グラフの前半5パルスは前進時、後半3パルスは後退時に観測されたものである。この時のモータ運転速度毎秒150rpm(ピストン速度で毎秒10mm)、1秒毎に0.1秒間の停止を繰り返している。指令信号、応答信号、検出圧力ともに正確に同期していることが確認できた。
【0077】
図3に小型セルとチューブポンプを有する装置構成例を示す。
図4に大型化した反応セルと遠心ポンプを組み合わせた装置構成を示す。また、
図5に大型化セルと間欠ポンプを組み合わせた装置構成を示す。
【0078】
実験方法
特定の理論に拘束されることを望むものではないが、セル構造によりもたらされるギ酸生成効率の相違は、主に槽内の溶液流動パターンが原因であると考えられる。
図3に示した例では円形断面をもつセル内に側壁中央部から送液が供給され、溶液はセルの内部で渦を巻き、最終的には槽外に排出される。槽内の流速は場所により異なり、また時間とともに変化していると考えられる。さらに溶液の槽内滞留時間もある時間範囲に分布していると考えられる。一方、大型化を目指し準備したセル内の溶液流動は直線的で、いわゆる先入れ、先出しが行われ、液は管内を一様に通過している。
【0079】
溶液供給機構に着目すると、チューブポンプを用いた構成は、本開示において見出された知見に鑑みれば、構造的に間欠的な流動を生じさせていたと言える。一方で、遠心ポンプによる流動はモーターの回転数とインペラと呼ばれる回転羽の枚数による多少の脈動は持つものの、平滑化された連続流動とみることができる。
【0080】
実験は同一セルにおける溶液流動の違いに着目し、その影響を調べるため3つの段階を踏んで実施した。まず
図4で示したセルと遠心ポンプを用い、連続した溶液流動における還元量ならびに還元効率と、
図5で示した間欠ポンプを用いた場合の還元量ならびに還元効率とを比較した。
【0081】
次に間欠流動における様々なパラメータ、最大流速、間欠周波数、間欠Duty(流動と停止の比率)を変化させ、還元反応への影響を調べた。
【0082】
最後に還元反応において間欠流動自体が主たる因子であることを確認するために、上記の間欠流動時に、その配管中にエアーチャンバを追加し、間欠ポンプが発生させる溶液の脈動を意図的に減衰させて疑似的に連続流動を再現し、遠心ポンプ使用時と比較した。
【0083】
各実験で変動させたパラメータ以外は、いずれの実験においても下記の条件を用いた:
・電極:作用極 0.1%BDD 実効面積16.4cm2
対極 0.1%BDD 実効面積16.4cm2
参照極 Φ0.2 Ag-Rod
・電解液:還元側 0.5M KCl 1000ml
酸化側 0.5M K2SO4 1000ml
・電解方法:定電位電解 -2.5V vs. Ag/AgCl
【0084】
遠心ポンプ/間欠ポンプの比較
遠心ポンプによる溶液流動
図6-1及び
図6-2は遠心ポンプ使用時の溶液流量と圧力変動を還元開始直後の10秒間、1msec毎に測定した結果を示している。流量、圧力ともに変動が小さく、安定した連続流動が得られている。圧力グラフに認められる数kPaの揺らぎはKCl側とK
2SO
4側、独立した2台のポンプの回転数差によるナフィオン膜を介したうねりが観測されたものと思われる。
【0085】
間欠ポンプによる溶液流動
図7-1及び
図7-2に間欠ポンプ使用時の溶液流量と圧力変動を示す。遠心ポンプ使用時と同じく、還元開始直後の10秒間、1msec毎に測定した結果である。このときのポンプ駆動条件は、ピストン速度毎秒50mm、セル内電極部流速に換算すると毎秒127mmとなる。1秒毎に0.02秒の停止を繰り返している。なお、流量グラフにみられる振幅は流量センサーの応答速度が1Hzのためであり、平均流量は毎分3.1リットルである。間欠ポンプの停止時間0.02秒の間、セル内圧力は0kPaを示しており、セル内溶液の流動は停止しているものと判断した。
【0086】
結果
これら条件で行った4時間の還元実験の結果を下記の表及び
図8-1及び8-2に示す。遠心ポンプを用いた実験では毎時のギ酸生成量は15~20mgであり、ファラデー効率は開始後1時間は20%を示したが、それ以降はおよそ10%で推移した。4時間でのギ酸生成量は73.36mgだった。これに対して、本開示の間欠ポンプを用いた実験でのギ酸生成量は、開始後1時間で81.66mg、それ以降は130~158mgで推移し、4時間での生成量は516.08mgであった。すなわち間欠ポンプでのギ酸生成量は遠心ポンプ使用時の約7倍となった。また、ファラデー効率も、2時間目以降は90%を超え、極めて高い効率を示した。
【0087】
【0088】
間欠ポンプによる間欠流動パターンの検証
溶液の間欠流動によりギ酸生成が促されたという結果を受けて、どのような間欠流動がより還元効率に寄与するか、間欠流動パターンを変化させ、それぞれの影響を調べた。本実施例ではパラメータとして、流動時の流速、間欠の周波数、および間欠Duty(流動と停止の時間比率)を選定した。
【0089】
流速(圧力変化)の影響
ピストンの移動速度を変化させ、セル内電極部の流速を3つのパターンで比較した。間欠の周波数は1.03Hz、停止時間は0.02秒と上記の実験と条件を揃えた。流速は直接測定することができないため、流速の違いを圧力変化として捉えた。また各図に表示した流速は電極表面における流速であり、これはピストン速度、ポンプ断面積、及びセル断面積から算出した値である。圧力の変化を
図9に示す。電極部流速の計算値は、速い方から毎秒127mm、76mm、25mmであり、比率に換算すると5:2:1である。円形断面内を流れる液体の場合、その圧力は流速の二乗に比例する。使用したセルの流路断面は場所による違いはあるが、概ね長方形であり、今回観測された圧力値から流速の比率は概ね計算値に則っているものと考えられる。
【0090】
この流速を用いて行った還元結果を
図10-1から
図10-3に示す。
図10-1は還元電流を示しており、
図10-2はギ酸濃度変化を示しており、
図10-3はファラデー効率を示している。流速が大きいほど還元電流も大きくなり、その結果がギ酸生成量に反映されている。これはファラデー効率のグラフからも矛盾なく説明される。なお、本開示において、流速はセル内圧力変化と解釈してもよい。
【0091】
間欠周波数の影響
次に間欠ポンプを用いた場合の周波数の影響を調べた。上記の流速評価時の周波数は1.04Hzであった。本実験では流速を変えずに、周波数(停止頻度)を1.82、2.44、及び3.43Hzと変化させた。これは間欠流動における停止頻度との関係を調べるもので、周波数が高くなれば、それだけ時間内停止回数も増える。各周波数とも流速は毎秒127mm、停止時間は0.02秒に固定した。
【0092】
結果を
図11-1から
図11-4に示す。上段が各周波数における圧力変動であり、下段は圧力変動の周波数分布を最大値を1とした正規化グラフとして示している。流動時圧力が一定を保ったまま停止頻度が変化している様子と、周波数分布が設定に従い変化していることがわかる。
【0093】
還元結果を
図12-1から
図12-3に示す。本条件では、周波数が低いほど、言い換えると流動時間が長いほど、還元電流は大きくなり、ギ酸生成量も増加した。ファラデー効率への影響は前出の流速変化ほど大きいわけではなく、2時間目以降は一様に90%台後半の極めて高い値を示した。
【0094】
間欠Dutyの影響
次に間欠流動のパラメータとして、Dutyの影響を調べた。この実験では電極表面に供給する反応種の量が一定となるよう、セル内溶液入替の時間を固定し、停止時間を変化させることでDutyを変化させている。停止時間をそれぞれ0.02、0.10、0.30、0.75秒とし、流動時間の割合は98.1%、90.9%、76.9%、57.1%とした。流動時流速はこれまでと同様に毎秒127mmに固定している。
【0095】
溶液の流動パターンを、圧力グラフをもって
図13-1から
図13-4に示した。これらの図から、流動時に観測されるパルス幅が変化していないこと、及び流動時圧力が変化していないことがわかる。
【0096】
結果を
図14-1から
図14-3に示す。本条件では、Dutyが下がると還元電流が減少し、ギ酸生成量も減少した。一方でファラデー効率への影響は流速依存性評価時よりは小さいものの、Dutyとともにやや減少する傾向が見受けられた。
【0097】
エアーチャンバを用いた間欠ポンプ脈動減衰の影響
次に、ギ酸生成の量や効率の違いが、ポンプ自体の違いに起因するのか、溶液流動パターンの違いに起因するのかを確認するために、間欠ポンプを用いた上で配管中にエアーチャンバを装着し、意図的に溶液の脈動を減衰させその影響を確かめた。明確な差異が確認されれば、還元量の多寡は、構成するシステム上の機器の問題ではなく、溶液の流動パターンに支配されていることが確認できる。これはギ酸生成装置の大型化及び実用化に向けた普遍的指針となる。
【0098】
エアーチャンバは電子回路におけるローパスフィルタの役目を果たし、その容量、チャンバへの流入と排出に伴う圧力損失および圧力吸収材の剛性により、様々な周波数特性を示すことになる。今回の実験ではチャンバとして50mlのガラスバイアル瓶を使用し、セルへの溶液供給配管部にPT1/4ポートを介して、ガラスバイアル瓶を逆さまにして接続し、バイアル瓶下部から溶液の圧力が加わるようにした。この構成では、バイアル内部の空気がそのまま圧力吸収体となる。チャンバーの設置を
図15に示す。
【0099】
間欠ポンプから吐出された溶液は、一部がエアーチャンバ内に入り込むと同時にバイアル瓶内の空気を圧縮する。間欠ポンプが停止すると瓶内の圧力により溶液が押し出され、これがセルに供給され、脈動を減衰する。バイアル瓶から押し出される溶液がポンプ側に逆流しないのは、ポンプ側に設けられた逆止弁の働きによるものである。
【0100】
間欠ポンプ脈動の減衰
エアーチャンバ装着による間欠ポンプ脈動の変化を
図16-1及び
図16-2に示す。間欠ポンプの駆動制御は流速毎秒102mm、周波数1.04Hz、停止時間0.02秒(Duty98.1%)で行っている。流速は耐圧容器でないバイアル瓶の破損を懸念し、流速を上記の条件と比較して80%に減少させている。
【0101】
結果を
図17-1から
図17-3に示す。電極、溶液、セルに加えポンプまで同じものを用い、流量まで揃えたが、エアーチャンバーの有無によるポンプ脈動の変化で、全く異なる結果がもたらされた。
【0102】
流速に差はあるものの、今回の結果に遠心ポンプを用いた際の結果を重ねると、
図18-1及び
図18-2のようになる。また、
図18-1及び
図18-2に示した間欠ポンプ、遠心ポンプ、及びエアーチャンバー有りの間欠ポンプを用いた場合のKCl流入圧力を、
図18-3、
図18-4、及び
図18-5にそれぞれ示す。ギ酸の生成効率に大きく影響し、反応の差を生じさせている要因は、用いているポンプの種類ではなく、溶液の流動パターンそのものであることが明確に示された。
【0103】
[実施例2]
層分離還元法
セル内を流れる溶液の平均的流れに対し、電極表面をメッシュで覆うと、電極表面は個々に独立した「窪み」となり一様でない溶液流動となると考えられる。窪み内では渦や溶液同士の衝突等が起こり、部分的に流速が著しく低下する場所や局所的には流速がゼロとなる場所が発生し、絶えずその位置も変化すると考えられる。窪み内の溶液は平均的流れと接触する部分において入替が生じると同時に、この流速が著しく低下した部分で擬似的な間欠還元となり、ギ酸生成が行われると考えられる。
【0104】
そこで、電極表面をメッシュで覆った装置を構成した。層分離還元法に用いるメッシュは電極表面を覆い、セル内溶液流動が直接電極表面を洗い流すのを妨げる役割を果たす。容器に液体を入れ、容器全体を左右に揺らすと、液体の上部は波打つが底の方の液体は殆ど動くことはない。この現象をスロッシングと呼ぶ。メッシュを用いて電極表面を細かく区切り、個々の容器として独立させ、メッシュの上を流れる溶液と電極表面の間にスロッシング状態を生じさせると、電極表面の流速を少なくとも部分的に抑えることができると考えられる。
【0105】
電極表面にメッシュを施した電極上面図を
図19-1のAに示す。また、
図19-1のBにメッシュ繊維を施した電極側面図を示す。また、
図19-1のCに、メッシュを装着した電極表面の拡大図を示す。使用したメッシュは、厚さ160μmであり、亀甲目であった。また目の間隔は約1.2mmであった。
図19-2に使用したメッシュの写真を示す。メッシュの有無以外の実験条件は上記の実施例1における遠心ポンプ評価時と同じである。
【0106】
遠心ポンプを使用して連続流動をもたらし、かつ、電極表面メッシュを使用しなかった場合、及び電極表面メッシュを使用した場合の、遠心ポンプ内の圧力変動を
図20-1に示し、流量変動を
図20-2に示す。圧力サンプリングが1秒毎のため、1秒未満の詳細な波形は必ずしも明らかではないが、0kPa付近の測定値が全く観測されていないことから、溶液は停止していないと判断した。
【0107】
遠心ポンプでの連続流動と電極表面メッシュを組み合わせた場合のギ酸生成を
図21-1に示す。またファラデー効率を
図21-2に示す。溶液停止(ゼロクロス)を伴わない流動でもギ酸生成が行われていることが確認された。メッシュを用いた層分離還元法では、ポンプの構成を変更することなく、電極の表面にメッシュを施すだけで、ギ酸生成効率を高めることができる、という利点を有する。なお、本開示の知見に鑑みれば、この効果は、BDD電極に限られず、各種金属電極でも電極表面にメッシュを施すことで同様にもたらされる、と当業者であれば合理的に理解する。
【0108】
[実施例3]
電極表面撹拌子
上記のとおり、電極表面にメッシュを施すことにより、ギ酸生成量及びファラデー効率に大幅な改善が得られた。そこで本発明者らは、電極表面の溶液を撹拌する障害物、すなわちハザードを溶液の流路に設けることにより、電極表面の溶液が撹拌され、部分的に溶液が停止している状態が発生し、同様にギ酸生成の改善がもたらされると考えた。
図22のA~Cにハザードの例を示す。A、B、Cのハザードの高さはそれぞれ1mm、3mm、及び5mmである。これらの構成で二酸化炭素の電解還元を行ったところ、1mmのハザードを設置した場合と比較して、3mm及び5mmのハザードを設けた場合の方が、1時間目のファラデー効率に大幅な改善が見られた。また、3mmのハザードを設けた場合と比較して5mmのハザードを設けた場合の方が、ギ酸生成濃度が向上した。
【0109】
考察
溶液流動の脈動に焦点を当て還元反応との関係を調べた。結果から明らかなように、この両者には強い相関が存在し、少なくともBDDを用いたフローセルで二酸化炭素からギ酸を効率的に得るには、溶液の脈動が不可欠である。また、脈動に含まれる「流動」と「静止」を積極的に制御することで還元効率を飛躍的に向上させることが可能となる。
【0110】
ギ酸生成量は還元電流と強い相関を有し、還元電流は流速や流動時間との相関を有していた。さらに、連続流動でのギ酸生成のファラデー効率が10%程度に留まるのに対し、間欠流動では何れも90%近傍もしくは90%台後半の高い効率を示した。特定の理論に拘束されることを望むものではないが、本発明者らは上記の結果について下記のように考察する。二酸化炭素がギ酸に変化する過程では、変換は中間生成物を介して行われるとの報告がある。今回の結果から、溶液流動時に攪拌されながら電極近傍に送り込まれた二酸化炭素が電子を受け取って中間物質のアニオンラジカルとなり、そのアニオンラジカルとなった二酸化炭素が溶液を停止させることによりほぼ全量、ギ酸に変化する、と考えられる。
【0111】
過去に行われていた、BDDを用いた二酸化炭素還元におけるギ酸生成においてはセルの構造またはポンプ、配管などの組合せから意図しないまま、自然に脈動が生じていたのではないかと想像される。
図3に示したチューブポンプを用いた系では、チューブ内の溶液を複数個のローラーが回転しながら順次送り出す構造となっており、送り出される液は、自然に脈動をもつと考えられる。事実、
図3に示したチューブポンプを用いた場合のセルの圧力波形を本発明者らが確認したところ、脈動を有し、かつ溶液が停止していると思われる圧力ゼロの瞬間が含まれていた。測定時の流量は毎分100mlであった。さらにセル内は円形流動となっており、様々な位置で流速が相殺されている瞬間もあると考えられる。特定の理論に拘束されることを望むものではないが、チューブポンプを用いたセルでギ酸が生成するのは、溶液が停止し圧力がゼロである瞬間があることによる、と考えられる。一方、二酸化炭素還元を大規模プラントで行おうとする際には、大量の溶液流動が必要となり適用できるポンプはおのずと限られてしまい、チューブポンプのような微小流量用のポンプを用いることはできない。これに対して本開示のギ酸生成装置は、積極的に溶液流動を制御し脈動させ、また「流動」と「静止」を制御することができ、大規模化を可能にする。
【0112】
また、溶液流動を停止させなかった場合、アニオンラジカルとなった二酸化炭素はギ酸に変化することなく流されてしまい、時間とともにまた元の二酸化炭素に戻ってしまうと考えられる。結果として供給された電流はギ酸生成に寄与せず、これがファラデー効率を低下させている、という可能性が示唆された。例えば本開示の電解セル、電極、電解液での比較において、間欠流動を用いた還元では4時間でのギ酸生成量が838.3mgでありファラデー効率が95.3%であったのに対して、平準化流動を用いた還元では4時間でのギ酸生成量はわずか76.58mgに過ぎずファラデー効率も8.5%と低かった。
【0113】
[実施例4]
複数の組の電極の直列的構成
次に2組の作用極及び対極を有する反応セルを使用した。また、第1組、第2組それぞれにおける還元電極の上流に参照極を配置した。1つの作用極の面積は16cm2であった。まず、第1組の作用極、対極及び参照極のみを使用し、ギ酸の生成量を測定した。この生成量を100%とする。次に、第1組の作用極、対極及び参照極を使用し、かつ、第2組の作用極及び対極を使用しギ酸生成を行った。このとき、第2組の作用極及び対極を、第1参照極により制御したところ、ギ酸生成量は200%に達しなかった。次に、第1組の作用極、対極及び参照極を使用し、第2組の作用極、対極及び参照極を使用しギ酸生成を行った。このとき、第1組の作用極及び対極は第1参照極により制御し、第2組の作用極及び対極は第2参照極により制御したところ、ギ酸生成量は約200%となった。これにより、1組、2組、3組、・・・n組(nは自然数)の作用極及び対極を直列的に使用することによりギ酸生成量を1倍、2倍、3倍・・・n倍と増大させうることが原理的に実証された。
【0114】
[実施例5]
印加電位
2組の三極電極を使用し、印加電位を-2.5Vから-2.7Vに変更しても水素発生は見られず、4時間後のギ酸生成のファラデー効率は90%であった。また、ギ酸生成量は1組の三極電極で-2.5Vの電位を印加した場合と比較して、2組の三極電極で-2.7Vの電位を印加した場合に3.1倍に増大した。
【0115】
本発明者らは、溶液流動の制御により二酸化炭素のギ酸への還元の量ならびに還元効率が左右される、という驚くべき知見をここに見出した。この知見に基づき、大型反応セルを用いて効率的にギ酸を生成し得る。
【産業上の利用可能性】
【0116】
本開示のギ酸生成装置及び方法により、効率的にギ酸を生成することができる。
【符号の説明】
【0117】
1 ステッピングモータ
2 ボールねじ
3 ピストン連結棒
4 A槽ピストン
5 B槽ピストン
6 A槽シリンジ(後部)
7 A槽シリンジ(前部)
8 B槽シリンジ(後部)
9 B槽シリンジ(前部)
10 逆止弁
11 吸入口
12 吐出口
13 セル酸化側への送液線
14 溶液タンクからの送液線
15 溶液タンクからの送液線
16 セル還元側への送液線
20 固体電解質膜
21 チューブポンプ
22 0.5M KCl溶液槽
23 0.5M K2SO4溶液槽
24 CO2添加
25 作用電極セル
26 対極セル
27 チューブポンプからの送液線
28 電解質溶液槽への送液線
30 二酸化炭素溶解用専用配管系統
31 CO2添加
32 ベンチュリー管撹拌羽
33 ポンプ
34 0.5M KCl溶液槽
35 0.5M K2SO4溶液槽
36 遠心ポンプ
37 流量計
38 還元セル
39 圧力センサ
40 参照電極
41 作用電極
42 対極
43 温度センサ
50 2相同期型複動シリンジポンプ
60 エアーチャンバ
61 空気
62 PT 1/4ポート
63 間欠ポンプからの送液線
64 0.5M KCl溶液槽への送液線
65 0.5M K2SO4溶液槽への送液線
66 間欠ポンプから吐出された溶液の一部
70 電極
71 メッシュ繊維
72 平均的流れ
73 窪み内の流れ
80 ハザード
81 撹拌された流れ
90 第1作用極
91 第2作用極
92 第1参照極
93 第2参照極
94 K2SO4流入口
95 KCl流入口
96 第1対極
97 第2対極
98 K2SO4排出口
99 KCl排出口