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特許7514542酸素還元触媒、燃料電池、空気電池及び酸素還元触媒の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-03
(45)【発行日】2024-07-11
(54)【発明の名称】酸素還元触媒、燃料電池、空気電池及び酸素還元触媒の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 27/14 20060101AFI20240704BHJP
   B01J 35/61 20240101ALI20240704BHJP
   B01J 37/02 20060101ALI20240704BHJP
   H01M 4/88 20060101ALI20240704BHJP
   H01M 4/90 20060101ALI20240704BHJP
   H01M 12/08 20060101ALI20240704BHJP
【FI】
B01J27/14 M
B01J35/61
B01J37/02 301P
H01M4/88 K
H01M4/90 X
H01M12/08 K
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2021526101
(86)(22)【出願日】2020-06-09
(86)【国際出願番号】 JP2020022723
(87)【国際公開番号】W WO2020250898
(87)【国際公開日】2020-12-17
【審査請求日】2023-02-02
(31)【優先権主張番号】P 2019109815
(32)【優先日】2019-06-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「固体高分子形燃料電池利用高度化技術開発事業/普及拡大化基盤技術開発」に係わる委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504182255
【氏名又は名称】国立大学法人横浜国立大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】石原 顕光
(72)【発明者】
【氏名】永井 崇昭
【審査官】森坂 英昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-181696(JP,A)
【文献】国際公開第2008/007708(WO,A1)
【文献】特開2018-195516(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00 - 38/74
H01M 4/88
H01M 4/90
H01M 12/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Zrを含み、且つ、P、Nb、TaまたはVのいずれかが1~10質量%の濃度でドープされている導電性酸化スズで構成された複合酸化物を含み、
前記Zrを含む導電性酸化スズは、酸化数が+3.0以上+4.0未満であるジルコニウムを含み、
前記酸化スズが組成式:SnOx1で表される酸素還元触媒。
(上記式中、x1は1~2である。)
【請求項2】
前記複合酸化物のBET比表面積が10~200m2/gである請求項1に記載の酸素還元触媒。
【請求項3】
前記複合酸化物において、質量%比で、Zr/Sn=0.001~0.095である請求項1またはに記載の酸素還元触媒。
【請求項4】
前記複合酸化物の体積抵抗率が10,000Ωcm以下である請求項1~3のいずれか一項に記載の酸素還元触媒。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の酸素還元触媒を空気極として用いた燃料電池。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか一項に記載の酸素還元触媒を空気極として用いた空気電池。
【請求項7】
導電性酸化スズに、アークプラズマ蒸着法を用いてZrをドープする工程を備えた請求項1~4のいずれか一項に記載の酸素還元触媒の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水溶液中における酸素還元反応を促進する酸素還元触媒に関し、特に燃料電池、空気電池等の電気化学デバイスの空気極に用いられる酸素還元触媒、燃料電池、空気電池及び酸素還元触媒の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池や空気電池は、空気中の酸素等を酸化剤とし、燃料となる化合物と負極活物質との化学反応により発生するエネルギーを電気エネルギーとして取り出す電気化学エネルギーデバイスである。燃料電池や空気電池は、Liイオン電池等の2次電池よりも高い理論エネルギー容量を有し、自動車車載用電源、家庭や工場等の定置式分散電源、又は、携帯電子機器用の電源等として利用することができる。
【0003】
燃料電池や空気電池の酸素極側では、酸素が還元される電気化学反応が起きる。酸素還元反応は比較的低温では進行し難く、一般的には白金(Pt)等の貴金属触媒により反応を促進させることができる。しかしながら、燃料電池や空気電池のエネルギー変換効率は未だ十分でない。また、酸素還元反応は高い電位領域で起こるためPt等の貴金属でも溶解劣化してしまい、長期安定性及び信頼性確保に問題がある。さらに、Pt等の貴金属を主成分とする触媒は高価であり、燃料電池や空気電池のシステム全体の価格を押し上げその広範な普及を阻んでいる。したがって、白金等の貴金属を用いない安価な触媒であって、高い酸素還元能を有する触媒の開発が望まれている。
【0004】
Ptを含まない触媒としては有機金属錯体や、窒素化カーボン、遷移金属カルコゲナイド、遷移金属炭素化物、遷移金属窒素化物等が知られているが、いずれも触媒活性や耐久性の面において不十分であり、Pt系触媒を上回る性能は得られていない。
【0005】
その中でも、4族、5族元素の遷移金属酸化物の一部が酸素還元反応に対して活性を有することが非特許文献1、2に開示されている。また、非特許文献3、特許文献1においては、構造欠陥の一部が酸素還元反応の活性点として機能する可能性が指摘されている。さらに、非特許文献4、5及び特許文献1には、電極構成時に導電性カーボン等を付与することが開示されている。
【0006】
燃料電池や空気電池の空気極触媒上での酸素還元反応は、電極からの電子移動を伴う反応であるため、良好な酸素還元触媒性能を得るためには、電子が電極から触媒上の反応活性点近傍まで速やかに移動する必要がある。また、反応物質である酸素やプロトンが速やかに反応活性点まで届けられることが必要である。しかしながら、非特許文献1から3、特許文献1に記載の4族、5族元素の遷移金属酸化物は、一般的に絶縁体的な電子状態を有するため導電性が乏しく、速やかに反応を行うことが難しい。そのため、低い電流値で電池を動作させる場合には比較的高性能を示すものの、高い電流領域では動作電圧が低下してしまう問題がある。
【0007】
また、非特許文献4、5及び特許文献1に記載の方法でも活性点近傍に有効な電子伝導経路をナノレベルで構築・制御することが難しく、性能は低い状態にとどまっている。また、多量の導電性カーボンの導入は、触媒活性点への酸素の供給を阻害するものであり、導電性の付与と酸素の効果的輸送を両立することにより、酸素還元性能を向上させることが求められている。
【0008】
このような問題に対し、特許文献2では、導電性酸化物と、導電性酸化物の少なくとも表面に設けられた、酸素空孔を有する、Ti、Zr、Nb及びTaからなる群から選択された少なくとも1種以上の遷移金属の酸化物とを含む酸素還元触媒が開示されている。そして、このような構成によれば、良好な安定性及び高い酸素還元性能を有する酸素還元触媒を提供することができると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2009-148706号公報
【文献】国際公開第2015/146490号
【非特許文献】
【0010】
【文献】K Lee, et al., Electrochim. Acta, 49, 3479 (2004)
【文献】A. Ishihara, et al., Electrochem. Solid-State Lett., 8, A201 (2005)
【文献】H. Imai et al., APPLIED PHYSICS LETTERS 96, 191905 2010
【文献】2007年電気化学秋季大会講演要旨集、p.12 (2007)
【文献】Journal of The Electrochemical Society, 155(4), B400-B406 (2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献2に開示された酸素還元触媒は、カーボンに対してより安定性の高い導電性酸化物を母材として用い、当該導電性酸化物の酸素還元反応の活性点として機能すべき表面に、遷移金属の酸化物を設ける構成である。しかしながら、当該酸素還元触媒は、母材が酸化物であり、酸素還元反応の活性点として機能する表面にさらに酸化物を設けた構成であるため、酸素還元触媒の粒子において、酸化物と酸化物との界面が存在している。このような酸化物同士の界面には電気が流れ難くなる。このため、安定性を保ちつつ、導電性も良好な高い酸素還元性能を有する新規な酸素還元触媒の開発が望まれている。
【0012】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、良好な安定性及び高い酸素還元性能を有する新規な酸素還元触媒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、鋭意検討の結果、導電性を有する母材として導電性酸化スズを用い、当該母材にZrを所定の方法でドープすると、Zrを含む導電性酸化スズで構成された複合酸化物を作製することができることを見出した。そして、当該複合酸化物を含む酸素還元触媒によれば、母材にカーボンを使用せず安定性が高くなることを見出した。また、従来のように酸化物導電体の表面に酸化物触媒が設けられたものとは異なり、酸化物同士の界面が生じることなく、それによって導電性を改善し、酸素還元性能をより向上させることができることを見出した。
【0014】
すなわち、本発明は一側面において、Zrを含む導電性酸化スズで構成された複合酸化物を含む酸素還元触媒である。
【0015】
本発明に係る酸素還元触媒は、一実施形態において、前記導電性酸化スズは、酸化数が+3.0以上+4.0未満であるジルコニウムを含み、前記酸化スズが組成式:SnOx1で表される。
(上記式中、x1は1~2である。)
【0016】
本発明に係る酸素還元触媒は、別の一実施形態において、前記複合酸化物のBET比表面積が10~200m2/gである。
【0017】
本発明に係る酸素還元触媒は、更に別の一実施形態において、前記複合酸化物において、質量%比で、Zr/Sn=0.001~0.095である。
【0018】
本発明に係る酸素還元触媒は、更に別の一実施形態において、前記複合酸化物の体積抵抗率が10,000Ωcm以下である。
【0019】
本発明は、別の一側面において、本発明の酸素還元触媒を空気極として用いた燃料電池である。
【0020】
本発明は、更に別の一側面において、本発明の酸素還元触媒を空気極として用いた空気電池である。
【0021】
本発明は、更に別の一側面において、導電性酸化スズに、アークプラズマ蒸着法を用いてZrをドープする工程を備えた本発明の酸素還元触媒の製造方法である。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、良好な安定性及び高い酸素還元性能を有する新規な酸素還元触媒を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】試験例1に係るSTEM像である。
図2】試験例1に係るEDXスペクトルである。
図3】試験例2に係るSTEM像である。
図4】試験例2に係るEDXスペクトルである。
図5】試験例1及び試験例2に係るTEM像である。
図6】試験例1及び比較例1の触媒の担体を含む単位質量当たりのORR(酸素還元反応)の電流と電位との関係を示すグラフである。
図7】試験例2及び比較例1の触媒の担体を含む単位質量当たりのORR(酸素還元反応)の電流と電位との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
(酸素還元触媒の構成)
本実施形態に係る酸素還元触媒は、Zrを含む導電性酸化スズで構成された複合酸化物を含む。当該「Zr」は元素としてのジルコニウムを意味している。本実施形態に係る酸素還元触媒において、導電性酸化スズは母材として機能することができ、導電性を有しつつ、カーボンのような材料に対して安定性が良好である。また、導電性酸化スズ内に、Zrを含むため、Zrが酸素還元反応の活性点として有効に機能する。このとき、当該活性点であるZrの周囲に上記導電性酸化物である導電性酸化スズが存在するため、導電性酸化物が伝導経路となり、酸素還元性能を向上させることができる。また、従来のように酸化物導電体の表面に活性点として機能する遷移金属の酸化物を設ける必要がないため、酸化物同士の界面が形成されず、酸素還元触媒における電気の流れが良好となる。
【0025】
導電性酸化スズ内に含まれるZrとしては、ジルコニウムの陽イオンであることが好ましい。ジルコニウムの陽イオンは、例えばZrOxの固まり(クラスター)として独立した粒子として含まれていてもよく、また、例えば原子レベルで導電性酸化スズに固溶した状態で含まれていてもよい。当該ジルコニウムの酸化数は+3.0以上+4.0未満が好ましい。ジルコニウムの酸化数+4.0は、絶縁体のZrO2の酸化数に相当する。それ以外のZrの酸化物は存在せず、還元状態としては酸化数ゼロの金属ジルコニウムが存在する。酸化数ゼロの金属ジルコニウムは導電性を有するが酸素還元触媒に用いた場合、すぐに酸素と反応し、反応がそこで終了してしまうため、酸素還元反応が起こらない。すなわち、金属ジルコニウムでは酸素還元活性が低い。そこで、本実施形態では、酸化数+4.0のZrO2を還元した、酸化数が+3.0以上+4.0未満に相当する酸化物が導電性酸化スズに含まれるのが好ましい。当該酸化数が+3.0以上+4.0未満に相当する酸化物は、高い導電性を有しないが、導電性酸化スズに固溶した状態であるため、周囲からの電子供給が行われ、酸素還元反応の活性点として機能し、酸素還元反応性が良好となる。
【0026】
母材を構成する導電性酸化スズにおける酸化スズは、組成式がSnOx1で表されるのが好ましい。上記式中、x1は1~2である。導電性酸化スズは、当該酸化スズが導電性を示すものであれば特に限定されないが、例えば、Pドープ酸化スズ、Nbドープ酸化スズ、Taドープ酸化スズ、Vドープ酸化スズなどが挙げられる。ここで、P、Nb、Ta、Vの濃度は所望の導電性を示すものであれば特に限定されないが、例えば、1~15質量%であるのが好ましく、5~10質量%であるのがより好ましい。
【0027】
母材を構成する導電性酸化スズを成形する形態は特に限定されず、例えば、板状、球状、繊維状、層状、多孔質状等であってもよい。
【0028】
本実施形態に係る酸素還元触媒は、複合酸化物において、所望の酸素還元性能を妨げない程度に不純物を含んでいてもよい。不純物としては、例えばF、Na、Si、S、Fe、Cu、CoまたはAu等が挙げられる。不純物の含有量は微量であるのが好ましく、例えば、100ppm以下であるのが好ましく、10ppm以下であるのがより好ましく、不純物を全く含まないのが更により好ましい。
【0029】
複合酸化物において、Zrは酸素還元反応の活性点として機能するが、母材を構成する導電性酸化スズのSnに対して含有量が多すぎると、酸素還元反応の活性が低下し、また粉体としての導電性が減少する傾向にある。このような観点から、本実施形態に係る酸素還元触媒は、複合酸化物において、質量%比で、Zr/Sn=0.001~0.095であるのが好ましく、Zr/Sn=0.005~0.09であるのがより好ましく、Zr/Sn=0.01~0.085であるのが更により好ましい。
【0030】
本実施形態に係る酸素還元触媒は、複合酸化物のBET比表面積を大きくすると、触媒活性が良好となる。一方、複合酸化物のBET比表面積を小さくすると、燃料電池又は空気電池の起動及び停止の繰り返しに対する耐久性が良好となる。このような観点から、本実施形態に係る酸素還元触媒は、複合酸化物のBET比表面積が10~200m2/gであるのが好ましく、20~150m2/gであるのがより好ましく、30~100m2/gであるのが更により好ましく、50~100m2/gであるのが更により好ましい。複合酸化物のBET比表面積は、市販のBET比表面積測定装置で測定することができる。
【0031】
本実施形態に係る酸素還元触媒は、複合酸化物の体積抵抗率が大きすぎると、酸素還元触媒を用いた燃料電池又は空気電池のエネルギー効率が低下する。このような観点から、本実施形態に係る酸素還元触媒は、複合酸化物の体積抵抗率が10,000Ωcm以下であるのが好ましく、1,000Ωcm以下であるのがより好ましく、100Ωcm以下であるのが更により好ましい。複合酸化物の体積抵抗率は、例えば、複合酸化物の粉末を圧縮成形し、4端針法により測定することができる。これは、成形体試料の表面に4本の針状の電極(4端針プローブ)を直線状に配置し、外側の2本の針間に一定電流を流し、内側の2本の針間に生じる電位差を測定して、抵抗を求めるものである。
【0032】
(酸素還元触媒の製造方法)
次に、本実施形態に係る酸素還元触媒の製造方法について説明する。
まず、母材を構成する導電性酸化スズを準備する。P、Nb、TaまたはVがドープされた導電性酸化スズを用いる場合、P、Nb、TaまたはVのドープ量は適宜調製することができる。
【0033】
次に、導電性酸化スズに、アークプラズマ蒸着法を用いてZrをドープする。ここで、「Zr」は元素としてのジルコニウムを意味しており、具体的にはイオン状態(陽イオン)のZrがドープされていることを意味する。ジルコニウムの陽イオンは、例えばZrOxのナノサイズ以下のクラスターとして独立した粒子として担体の導電性酸化スズに埋め込まれていてもよく、また、例えば原子レベルで導電性酸化スズに固溶した状態で含まれていてもよい。アークプラズマ蒸着法は、アーク放電により、電極(カソード電極)又はその近くで、Zr蒸着源であるZr材料を蒸発させてZrプラズマを発生させることで、導電性酸化スズにZrをドープする方法である。当該アークプラズマ蒸着法は、市販のアークプラズマ蒸着装置を用いて行うことができる。当該アークプラズマ蒸着法において、1ショットあたりの放電電圧及びコンデンサ容量は適宜調製することができ、例えば、放電電圧が10V以上200V以下で、コンデンサ容量が30μF以上1800μF以下の条件で、Zrプラズマを発生させることができる。
【0034】
このようにして、アークプラズマ蒸着法を用いてZr材料を蒸発させてZrプラズマを発生させることで、導電性酸化スズにZrをドープする。これにより、本実施形態に係る、酸化数が+3.0以上+4.0未満であるジルコニウムを含む導電性酸化スズで構成された複合酸化物を含む酸素還元触媒を作製することができる。また、アークプラズマ蒸着法を用いてZr材料を蒸発させてZrプラズマを発生させることで、導電性酸化スズ内に含まれる酸化数が+3.0以上+4.0未満であるジルコニウムを、例えばZrOxのナノサイズ以下のクラスターとして独立した粒子として担体の導電性酸化スズに埋め込む、また、例えば原子レベルで導電性酸化スズに固溶した状態で含めることができる。
【0035】
また、本発明の実施形態において、アークプラズマ蒸着法では、使用する蒸着装置内に、微量の酸素ガスを導入しながら、Zr材料を蒸発させてZrプラズマを発生させることで、導電性酸化スズにZrをドープする。酸素ガスが全く含まれていないと、Zrが金属状態で蒸着されてしまい、燃料電池の環境で酸化物になり、活性を示す酸化物の状態に至らないおそれがある。また、このときの酸素分圧は0.1~1.5Paに制御するのが好ましい。
【0036】
アークプラズマ蒸着法を用いてZr材料を蒸発させてZrプラズマを発生させると、当該Zrプラズマは、雰囲気内に存在する酸素と結合して、酸素空孔を有する酸化ジルコニウムとなる。当該酸素空孔を有する酸化ジルコニウムは、Zrが還元状態となっている。通常の液相法によるZrのドープでは、先に母材のSnが還元されてしまうが、本実施形態のように、アークプラズマ蒸着法を用いることで、還元状態のZrを導電性酸化スズにドープすることができる。このため、導電性酸化スズ内において、Zrが活性点としてより良好に機能する。
【0037】
また、アークプラズマ蒸着法を用いてZr材料を蒸発させてZrプラズマを発生させることで、導電性酸化スズにZrをドープすると、Zrを導電性酸化スズの粒子の表面付近により多く存在させることができる。このため、Zrが導電性酸化スズの粒子の中心付近まで均一に分布しているものに比べて、内部抵抗の増加をより低下させながら、活性点としてより良好に機能させることができる。
【0038】
アークプラズマ蒸着法を、アークプラズマ蒸着装置を用いて実施すると、当該アークプラズマ蒸着装置の構成部材に起因する不純物が、導電性酸化スズに混入する場合がある。本実施形態に係る酸素還元触媒は、このようなアークプラズマ蒸着装置の構成部材に起因する不純物、例えばF、Na、Si、S、Fe、Cu、CoまたはAu等について、微量であるが、含有していることがある。
【0039】
(燃料電池、空気電池)
本実施形態に係る酸素還元触媒を用いて空気極を作製することができる。当該空気極は、燃料電池や空気電池に用いることができる。該燃料電池の電解液としては、酸性溶液、アルカリ溶液、中性溶液、有機系溶媒のいかなる性質をもつ電解液も使用することができる。燃料電池の燃料としては特に制限されず、水素、メタノール又は水素化合物等を用いることができる。空気電池の場合も同様に電解液や負極活物質は特に限定されない。また、Liを含む物質を負極とするLi空気電池の空気極として利用することもできる。
【実施例
【0040】
以下に本発明を実施例でさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0041】
(試験例1、2)
まず、試験例1及び試験例2について、それぞれ母材を構成するPドープSnO2を準備した。このとき、Pのドープ量は1質量%であった。
次に、アークプラズマ蒸着装置(アドバンス理工社製APD-P)を用いて、PドープSnO2に、Zrをドープした。ここで、Zr蒸着源であるZr材料として、金属Zrロッドを用い、これを蒸発させてZrプラズマを発生させ、蒸着装置内に微量の酸素ガスを導入しながら、PドープSnO2にイオン状態のZrをドープした。アークプラズマ蒸着装置における蒸着条件を以下に示す。
・1ショットあたりの放電電圧を100V、コンデンサ容量を1080μF
・酸素分圧0.89Pa
・周波数6Hz
・撹拌機構:加振方式
・合計ショット数:8,700ショット(試験例1)、87,000ショット(試験例2)
【0042】
(STEM-EDX分析)
試験例1及び試験例2の酸素還元触媒について、日本電子社製JEM-ARM200FにてSTEM-EDX分析を行い、試験例1及び試験例2に示すSTEM像及びEDXスペクトルが得られた。図1は試験例1に係るSTEM像である。図2は試験例1に係るEDXスペクトルである。図3は試験例2に係るSTEM像である。図4は試験例2に係るEDXスペクトルである。STEM像によれば、試験例1及び試験例2の酸素還元触媒では、それぞれZrとP及びSnとの分布がほぼ一致していることがわかった。また、EDXスペクトルによって、酸素還元触媒におけるSnとZrとは、質量%比で、Sn:Zr=99:1(試験例1)、Sn:Zr=91:9(試験例2)であることがわかった。
【0043】
(TEM分析)
試験例1及び試験例2の酸素還元触媒について、日本電子社製JEM-ARM200FにてTEM分析を行い、図5に示すTEM像が得られた。図5によれば、試験例1及び試験例2のいずれも、粒径は10nm程度で、互いに顕著な違いは見られず、また、ZrOx1とSnO2との判別はつかず、ZrOx1はSnO2に固溶していることが推測された。
【0044】
(酸素還元能評価)
試験例1及び試験例2の酸素還元触媒について、それぞれ酸素還元能評価を以下の通り行った。すなわち、まず、酸素還元触媒を10mg採取し、5質量%ナフィオン(登録商標)16.6μLと1-ヘキサノール溶液428.4μLの混合溶液に加えて、触媒インクを調製した。次に、触媒インクを超音波処理により分散した後、鏡面処理したグラッシーカーボン(GC、φ5.2mm、東海カーボン社製)に担体を含んだ触媒担体量0.15mgを目安に滴下し、60℃の恒温槽で乾燥して作用極とした。次に、電解質を0.1mol/dm3のH2SO4とし、温度を30±5℃とし、窒素で飽和した三電極式セルを準備した。参照極を可逆水素電極(RHE)、対極をグラッシーカーボンプレートとした。前処理として酸素雰囲気でCyclic Voltammetry(CV)を走査速度150mV/s、0.05~1.2Vvs.RHEの範囲で300サイクル行った。その後、Slow Scan Voltammetry (SSV)を走査速度5mV/s、0.2~1.2Vvs.RHEの範囲で酸素、窒素雰囲気にてそれぞれ3サイクル行った。3サイクル目のSSVから得た酸素雰囲気の電流密度から窒素雰囲気でのバックグラウンドの電流密度を引いて酸素還元電流密度iORRを算出した。
また、比較例1として、試験例1で用いた母材であるPドープSnOx1そのもの(Zrはドープしていない)を酸素還元触媒として、同様の手順で酸素還元電流密度iORRを算出した。
上記算出結果に基づき、図6に、試験例1及び比較例1の触媒の担体を含む単位質量当たりのORR(酸素還元反応)の電流と電位との関係を示す。図6によれば、試験例1は、0.9Vvs.RHEから既に酸素還元し始めており、活性が高いことがわかる。
また、図7に、試験例2及び比較例1の触媒の担体を含む単位質量当たりのORR(酸素還元反応)の電流と電位との関係を示す。図7によれば、試験例2は、0.75Vvs.RHEから既に酸素還元し始めており、活性が高いことがわかる。
【0045】
(BET比表面積の評価)
試験例1及び試験例2の酸素還元触媒について、マイクロトラックベル社製BELSORP-miniにてBET比表面積の評価を行った。その結果、複合酸化物のBET比表面積が91m2/g(試験例1)、95m2/g(試験例2)であった。
【0046】
(体積抵抗率)
試験例1及び試験例2の酸素還元触媒について、複合酸化物の粉末を圧縮成形し、三菱ケミカルアナリテック社製ロレスタ-GXにて4端針法により測定した。その結果、複合酸化物の体積抵抗率が80Ωcm(試験例1)、80,000Ωcm(試験例2)であった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7