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特許7514546心筋細胞の成熟方法、心筋細胞の成熟度評価方法、成熟心筋細胞の純化方法、心筋細胞成熟度評価装置、心筋細胞成熟度評価プログラム、及び心筋細胞成熟キット
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-03
(45)【発行日】2024-07-11
(54)【発明の名称】心筋細胞の成熟方法、心筋細胞の成熟度評価方法、成熟心筋細胞の純化方法、心筋細胞成熟度評価装置、心筋細胞成熟度評価プログラム、及び心筋細胞成熟キット
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/077 20100101AFI20240704BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20240704BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20240704BHJP
【FI】
C12N5/077
C12M1/34 A
C12Q1/02
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021562680
(86)(22)【出願日】2020-12-02
(86)【国際出願番号】 JP2020044816
(87)【国際公開番号】W WO2021112115
(87)【国際公開日】2021-06-10
【審査請求日】2022-03-04
(31)【優先権主張番号】P 2019218998
(32)【優先日】2019-12-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「事業名:再生医療実現拠点ネットワーク」「研究開発課題名:未成熟心筋細胞の成熟心筋細胞へのリプロミングとその分子メカニズムの解明」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】505246789
【氏名又は名称】学校法人自治医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100097113
【弁理士】
【氏名又は名称】堀 城之
(74)【代理人】
【識別番号】100162363
【弁理士】
【氏名又は名称】前島 幸彦
(74)【代理人】
【識別番号】100194283
【弁理士】
【氏名又は名称】村上 大勇
(72)【発明者】
【氏名】魚崎 英毅
【審査官】市島 洋介
(56)【参考文献】
【文献】特表2019-511492(JP,A)
【文献】特表2013-524837(JP,A)
【文献】国際公開第2016/104614(WO,A1)
【文献】Cell Rep.,2015年,Vol. 13,pp.1705-1716
【文献】J. Mol. Cell. Cardiol.,2019年,Vol. 132,pp.120-135,Available online 11 May 2019
【文献】PLOS ONE,2016年,Vol. 11, Issue 11, e0166574
【文献】J. Thorac. Cardiovasc. Surg.,2020年,Vol. 159, Issue 6,pp.2260-2271.e7,Available online 10 July 2019
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
未成熟の心筋細胞に、特定の核内受容体アゴニスト及び成熟促進化合物を加え、成熟させ、
前記特定の核内受容体アゴニストは、甲状腺ホルモンと、RXRアゴニストと、
PPARアゴニスト及びRORアゴニストのいずれかとを含み、
前記成熟促進化合物は、HIF1a阻害剤である
ことを特徴とする心筋細胞の成熟方法。
【請求項2】
前記心筋細胞の成熟を促進する転写因子も含んでもよく、
前記転写因子は、Ahr、Atf6、Cebpa、Cebpb、Crebbp、Crebl2、Ctcf、E2F6、Esrra、Esrrg、Foxc2、Foxo3、Gata3、Gmnn、Klf15、Hnf4a、Irf3、Irf4、Mta1、Mterf2、Nacc2、Nfe2l1、Nostrin、Nr1i3、Nr3c1、Nr4a3、Nupr1、Ppargc1a、Ppargc1b、Rbck1、Rbl1、Rnf141、Rora、Smrcb1、Zbtb20、及びZbtb7aのからなる群の一種又は任意の組み合わせである
ことを特徴とする請求項1に記載の心筋細胞の成熟方法。
【請求項3】
発達段階にあるマウスの心臓のRNA-seqによるトランスクリプトームのデータを参照として、
請求項1又は2に記載の心筋細胞の成熟方法により成熟させたヒトの前記心筋細胞の成熟度を定量的に評価する
ことを特徴とする心筋細胞の成熟度評価方法。
【請求項4】
前記トランスクリプトームのデータのうち、共通の遺伝子についての参照により、他の種の前記心筋細胞の前記成熟度を定量的に評価する
ことを特徴とする請求項3に記載の心筋細胞の成熟度評価方法。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の心筋細胞の成熟方法により成熟させた前記心筋細胞、及び/又は
請求項3又は4に記載の心筋細胞の成熟度評価方法により前記成熟度を評価した前記心筋細胞を純化する
ことを特徴とする成熟心筋細胞の純化方法。
【請求項6】
マウスの心臓の発達段階に対応したRNA-seqによるトランスクリプトームについてのデータと、
請求項1又は2に記載の心筋細胞の成熟方法により成熟させたヒトの心筋細胞のトランスクリプトーム解析の結果データとを格納する記憶部と、
前記トランスクリプトームのデータを参照として、前記結果データから前記心筋細胞の成熟度を評価する評価部とを備える
ことを特徴とする心筋細胞成熟度評価装置。
【請求項7】
記憶部と制御部とを備えるコンピュータにより実行されるプログラムであって、
マウスの心臓の発達段階に対応したRNA-seqによるトランスクリプトームについてのデータと、
請求項1又は2に記載の心筋細胞の成熟方法により成熟させたヒトの心筋細胞のトランスクリプトーム解析の結果データとを格納し、
格納された前記トランスクリプトームのデータを参照として、前記結果データから前記心筋細胞の成熟度を評価する
ことを特徴とする心筋細胞成熟度評価プログラム。
【請求項8】
特定の核内受容体アゴニスト及び成熟促進化合物を含み、未成熟の心筋細胞を成熟させ、
前記特定の核内受容体アゴニストは、甲状腺ホルモンと、RXRアゴニストと、
PPARアゴニスト及びRORアゴニストのいずれかとを含み、
前記成熟促進化合物は、HIF1a阻害剤である
ことを特徴とする心筋細胞成熟キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に、分化誘導した心筋細胞の成熟方法、心筋細胞の成熟度評価方法、成熟心筋細胞の純化方法、創薬支援方法、心疾患の治療方法、成熟心筋細胞マーカー、レポーター細胞、成熟心筋細胞、心筋細胞成熟度評価装置、心筋細胞成熟度評価プログラム、心筋細胞成熟キット、及び心筋細胞純化キットに関する。
【背景技術】
【0002】
日本生活習慣病予防協会(JPALD)の統計調査によると、特に成人以降に発症する心筋症等である心疾患の総患者数は172万9000人(2016年4月19日)、虚血性心疾患の年間死亡数、「急性心筋梗塞」3万7222人、「その他虚血性心疾患」3万4451人、心疾患による死亡数は年間19万6113人(2016年10月13日)と報告されている。また、心筋梗塞が含まれる虚血性心疾患の医療費は7,503億円、このうち65歳以上で5630億円を占める(2015年11月10日)。高齢化が進むことによりさらに増加することが予想されている。
【0003】
このような心疾患の治療のために、再生医療を用いることが検討されている。たとえば、ES細胞(Embryonic Stem Cell)やiPS細胞(induced Pluripotent Stem cells)等の多能性幹細胞を分化誘導して心筋細胞を作成し、これを移植することで、十度の心疾患を治療可能になると考えられる。さらに、このような分化誘導して作成した心筋細胞を用いることで、心疾患の解析や薬剤の毒性評価を行う技術も期待されている。
【0004】
たとえば、特許文献1を参照すると、幹細胞を原料細胞として培養し、分化成熟した心筋細胞を製造する方法であって、培養細胞中においてSall1遺伝子及びMesp1遺伝子を一過性に共発現させることを含む、心筋前駆細胞又は分化成熟した心筋細胞を製造する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2017-60422号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載された技術等を用いて、多能性幹細胞等から分化誘導して作成された心筋細胞は、胎児型~新生児型となり、完全に成熟した大人(成人、成体)の心臓の心筋細胞と同様にはならなかった。
【0007】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、上述の課題を解消することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の心筋細胞の成熟方法は、未成熟の心筋細胞に、特定の核内受容体アゴニスト及び成熟促進化合物を加え、成熟させ、前記特定の核内受容体アゴニストは、甲状腺ホルモンと、RXRアゴニストと、PPARアゴニスト及びRORアゴニストのいずれかとを含み、前記成熟促進化合物は、HIF1a阻害剤であることを特徴とする。
本発明の心筋細胞の成熟方法は、前記心筋細胞の成熟を促進する転写因子も含んでもよく、前記転写因子は、Ahr、Atf6、Cebpa、Cebpb、Crebbp、Crebl2、Ctcf、E2F6、Esrra、Esrrg、Foxc2、Foxo3、Gata3、Gmnn、Klf15、Hnf4a、Irf3、Irf4、Mta1、Mterf2、Nacc2、Nfe2l1、Nostrin、Nr1i3、Nr3c1、Nr4a3、Nupr1、Ppargc1a、Ppargc1b、Rbck1、Rbl1、Rnf141、Rora、Smrcb1、Zbtb20、及びZbtb7aのからなる群の一種又は任意の組み合わせであることを特徴とする。
本発明の心筋細胞の成熟度評価方法は、発達段階にあるマウスの心臓のRNA-seqによるトランスクリプトームのデータを参照として、前記心筋細胞の成熟方法により成熟させたヒトの前記心筋細胞の成熟度を定量的に評価することを特徴とする。
本発明の心筋細胞の成熟度評価方法は、前記トランスクリプトームのデータのうち、共通の遺伝子についての参照により、他の種の前記心筋細胞の前記成熟度を定量的に評価することを特徴とする
本発明の成熟心筋細胞の純化方法は、前記心筋細胞の成熟方法により成熟させた前記心筋細胞、及び/又は前記心筋細胞の成熟度評価方法により前記成熟度を評価した前記心筋細胞を純化することを特徴とする
本発明の心筋細胞成熟度評価装置は、マウスの心臓の発達段階に対応したRNA-seqによるトランスクリプトームについてのデータと、前記心筋細胞の成熟方法により成熟させたヒトの心筋細胞のトランスクリプトーム解析の結果データとを格納する記憶部と、前記トランスクリプトームのデータを参照として、前記結果データから前記心筋細胞の成熟度を評価する評価部とを備えることを特徴とする。
本発明の心筋細胞成熟度評価プログラムは、記憶部と制御部とを備えるコンピュータにより実行されるプログラムであって、マウスの心臓の発達段階に対応したRNA-seqによるトランスクリプトームについてのデータと、前記心筋細胞の成熟方法により成熟させたヒトの心筋細胞のトランスクリプトーム解析の結果データとを格納し、格納された前記トランスクリプトームのデータを参照として、前記結果データから前記心筋細胞の成熟度を評価することを特徴とする。
本発明の心筋細胞成熟キットは、特定の核内受容体アゴニスト及び成熟促進化合物を含み、未成熟の心筋細胞を成熟させ、前記特定の核内受容体アゴニストは、甲状腺ホルモンと、RXRアゴニストと、PPARアゴニスト及びRORアゴニストのいずれかとを含み、前記成熟促進化合物は、HIF1a阻害剤であることを特徴とする
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、多能性幹細胞等に由来する未成熟の心筋細胞に、特定の核内受容体アゴニスト、成熟促進化合物、及び、前記心筋細胞の成熟を促進する転写因子からなる群の一種又は任意の組み合わせを加え、成熟させることで、従来より成熟した成熟心筋細胞を得ることが可能な心筋細胞の成熟方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1A】本発明の実施の形態に係る心筋細胞(マウスPSC-CMs、分化10日目)の写真である。
図1B】本発明の実施の形態に係る心筋細胞(マウスPSC-CMs、分化2ヶ月)の写真である。
図1C】本発明の実施の形態に係る心筋細胞(マウス新生仔由来)の写真である。
図1D】本発明の実施の形態に係る心筋細胞(マウス成体由来)の写真である。
図2】本発明の実施例1に係る心筋細胞成熟度評価装置の概略構成を示すブロック図である。
図3】本発明の実施例1に係るマウス心臓の発達段階のトランスクリプトームの主成分分析の散布図である。
図4A】本発明の実施例1に係るマウス心臓の発達段階別の成熟度スコアの例を示すグラフである。
図4B】本発明の実施例1に係るマウスPSC-CMsの成熟度スコアの例を示すグラフである。
図5A】本発明の実施例1に係るマウス心臓の発達段階別の成熟度スコアの例を示すグラフである。
図5B】本発明の実施例1に係るヒトの成熟度スコアの例を示すグラフである。
図6A】本発明の実施例2に係る成熟心筋細胞マーカーの候補遺伝子の成熟における発現量変化を示すグラフである。
図6B】本発明の実施例2に係る成熟心筋細胞マーカーの候補遺伝子の成熟における発現量変化を示すグラフである。
図6C】本発明の実施例2に係る成熟心筋細胞マーカーの候補遺伝子の成熟における発現量変化を示すグラフである。
図7A】本発明の実施例2に係る心臓の発達段階におけるMyom2の発現を示すグラフである。
図7B】本発明の実施例2に係る心臓の発達段階におけるサルコメア中のMyom2の局在の概念図である。
図8A】本発明の実施例2に係るMyom2-RFP陰性細胞の写真である。
図8B】本発明の実施例2に係るMyom2-RFP陽性細胞の写真である。
図9A】本発明の実施例2に係るMyom2-RFP株の心筋細胞分化過程および成熟過程における、経時的なRFP陽性率をFACSにより解析した結果を示すグラフである。
図9B】本発明の実施例2に係るMyom2-RFP株のRFP陽性細胞中のRFPの蛍光輝度を経時的にFACSにより解析した結果を示すグラフである。
図9C】本発明の実施例2に係るMyom2-RFP株のRFP陽性細胞におけるα-アクチニンおよびRFPのラインスキャン結果を示すグラフである。
図10A】本発明の実施例2に係るMyom2-RFP株の心筋細胞分化誘導後21日目と28日目におけるRFP陽性細胞と陰性細胞について、サルコメア長の比較を示すグラフである。
図10B】本発明の実施例2に係るMyom2-RFP株の心筋細胞分化誘導後21日目と28日目におけるRFP陽性細胞と陰性細胞について、細胞サイズの比較を示すグラフである。
図10C】本発明の実施例2に係るMyom2-RFP株の心筋細胞分化誘導後21日目と28日目におけるRFP陽性細胞と陰性細胞について、細胞周囲長の比較を示すグラフである。
図10D】本発明の実施例2に係るMyom2-RFP株の心筋細胞分化誘導後21日目と28日目におけるRFP陽性細胞と陰性細胞について、細胞の長さの比較を示すグラフである。
図10E】本発明の実施例2に係るMyom2-RFP株の心筋細胞分化誘導後21日目と28日目におけるRFP陽性細胞と陰性細胞について、細胞の幅の比較を示すグラフである。
図10F】本発明の実施例2に係るMyom2-RFP株の心筋細胞分化誘導後21日目と28日目におけるRFP陽性細胞と陰性細胞について、細胞の縦横比(Aspect Ratio)の比較を示すグラフである。
図11】本発明の実施例2に係るMyom2-RFP株の心筋細胞分化誘導後21日目と28日目におけるRFP陽性細胞と陰性細胞について、二核化の程度を示すグラフである。
図12A】本発明の実施例2に係るMyom2-RFP株の心筋細胞分化誘導後28日目におけるRFP陽性細胞と陰性細胞について、カルシウムトランジェント測定の結果を示す写真である。
図12B】本発明の実施例2に係るMyom2-RFP株の心筋細胞分化誘導後28日目におけるRFP陽性細胞と陰性細胞について、カルシウムトランジェント測定の結果を示すグラフである。
図12C】本発明の実施例2に係るMyom2-RFP株の心筋細胞分化誘導後28日目におけるRFP陽性細胞と陰性細胞について、カルシウムトランジェント測定の結果を示すグラフである。
図13A】本発明の実施例2に係るMyom2-RFP陽性細胞のサルコメア短縮アッセイの結果を示す写真である。
図13B】本発明の実施例2に係るMyom2-RFP陽性細胞のサルコメア短縮アッセイの結果を示すグラフである。
図13C】本発明の実施例2に係るMyom2-RFP陽性細胞のサルコメア短縮アッセイの結果を示すグラフである。
図13D】本発明の実施例2に係るMyom2-RFP陽性細胞のサルコメア短縮アッセイの結果を示すグラフである。
図13E】本発明の実施例2に係るMyom2-RFP陽性細胞のサルコメア短縮アッセイの結果を示すグラフである。
図14】本発明の実施例2に係るMyom2-RFP株の分化、成熟過程におけるトランスクリプトーム分析を行った結果のヒートマップである。
図15A】本発明の実施例2に係るMyom2-RFP株の分化、成熟過程におけるトランスクリプトーム分析を行った結果のグラフである。
図15B】本発明の実施例2に係るMyom2-RFP株の分化、成熟過程におけるトランスクリプトーム分析を行った結果のグラフである。
図16】本発明の実施例2に係るMyom2-RFP株の分化、成熟過程における成熟度スコアを示すグラフである。
図17】本発明の実施例3に係るMyom2-RFP株にホルモン又はアゴニストを加えた際のRFP陽性率を示すグラフである。
図18】本発明の実施例3に係るマウスPSC-CMsにホルモン又はアゴニスト(単剤)を加えた際の成熟度スコアを示すグラフである。
図19】本発明の実施例3に係るマウスPSC-CMsにホルモン又はアゴニスト(2剤)を加えた際の成熟度スコアを示すグラフである。
図20A】本発明の実施例3に係るマウスPSC-CMsにホルモン又はアゴニスト(3剤)を加えた際の成熟度スコアを示すグラフである。
図20B】本発明の実施例3に係るマウスPSC-CMsにホルモン又はアゴニスト(3剤)を加えた際の成熟度スコアを示すグラフである。
図21】本発明の実施例3に係るマウスPSC-CMsにHIF1a阻害剤を加えた際の成熟度スコアを示すグラフである。
図22】本発明の実施例3に係るマウスPSC-CMsにホルモン・アゴニストを加えた際の細胞内カルシウムのトランジェント現象を示す写真及びグラフである。
図23】本発明の実施例3に係るヒトのPSC-CMsにホルモン又はアゴニスト(3剤)を加えた際の成熟度スコアを示すグラフである。
図24】本発明の実施例3に係る転写因子を導入した際の解析結果を示すグラフである。
図25A】本発明の実施例4に係るヒトTCAP-GFP KI レポーター細胞のGFP発現量のプロット(d14)である。
図25B】本発明の実施例4に係るヒトTCAP-GFP KI レポーター細胞のGFP発現量のプロット(d21)である。
図25C】本発明の実施例4に係るヒトTCAP-GFP KI レポーター細胞のGFP発現量のプロット(d35)である。
図26A】本発明の実施例4に係るヒトTCAP-GFP KI レポーター細胞の写真である。
図26B図26Aに示す写真を拡大した写真である。
図27A】本発明の実施例4に係るマウス心臓の発達段階別のTnni3発現のグラフである。
図27B】本発明の実施例4に係るAnti-Tnni3のフローサイトメトリーの結果を示すグラフである。
図27C】本発明の実施例4に係るAnti-Tnni3のフローサイトメトリーの結果を示すグラフである。
図27D】本発明の実施例4に係るAnti-Tnni3のフローサイトメトリーの結果を示すグラフである。
図27E】本発明の実施例4に係るAnti-Tnni3のフローサイトメトリーの結果を示すグラフである。
図27F】本発明の実施例4に係るAnti-Tnni3のフローサイトメトリーの結果を示すグラフである。
図27G】本発明の実施例4に係るAnti-Tnni3のフローサイトメトリーの結果を示すグラフである。
図28】本発明の実施例4に係るマウスPSC-CMsのミトコンドリア形態を示す写真である。
図29図28に示すコントロールの写真とT3+SR+GWの写真とを拡大した写真である。
図30A】本発明の実施例4に係るマウスPSC-CMsのミトコンドリア機能を示すグラフである。
図30B】本発明の実施例4に係るマウスPSC-CMsのミトコンドリア機能を示すグラフである。
図30C】本発明の実施例4に係るマウスPSC-CMsのミトコンドリア機能を示すグラフである。
図30D】本発明の実施例4に係るマウスPSC-CMsのミトコンドリア機能を示すグラフである。
図30E】本発明の実施例4に係るマウスPSC-CMsのミトコンドリア機能を示すグラフである。
図31A】本発明の実施例4に係るヒトPSC-CMsのカルシウムトランジェントの結果を示すグラフである。
図31B】本発明の実施例4に係るヒトPSC-CMsのカルシウムトランジェントの結果を示すグラフである。
図31C】本発明の実施例4に係るヒトPSC-CMsのカルシウムトランジェントの結果を示すグラフである。
図31D】本発明の実施例4に係るヒトPSC-CMsのカルシウムトランジェントの結果を示すグラフである。
図31E】本発明の実施例4に係るヒトPSC-CMsのカルシウムトランジェントの結果を示すグラフである。
図31F】本発明の実施例4に係るヒトPSC-CMsのカルシウムトランジェントの結果を示すグラフである。
図31G】本発明の実施例4に係るヒトPSC-CMsのカルシウムトランジェントの結果を示すグラフである。
図31H】本発明の実施例4に係るヒトPSC-CMsのカルシウムトランジェントの結果を示すグラフである。
図31I】本発明の実施例4に係るヒトPSC-CMsのカルシウムトランジェントの結果を示すグラフである。
図31J】本発明の実施例4に係るヒトPSC-CMsのカルシウムトランジェントの結果を示すグラフである。
図32】本発明の実施例4に係るヒトPSC-CMsのミトコンドリア形態を示す写真である。
図33A】本発明の実施例4に係るヒトPSC-CMsのミトコンドリア機能を調べる実験の概念図である。
図33B】本発明の実施例4に係るヒトPSC-CMsのミトコンドリア機能を示すグラフである。
図33C】本発明の実施例4に係るヒトPSC-CMsのミトコンドリア機能を示すグラフである。
図34】本発明の実施例4に係るヒトPSC-CMsのミトコンドリア機能を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
<実施の形態>
図1A図1Dに、多能性幹細胞から分化誘導して得られる心筋細胞(以下、「PSC-CMs」という。)の例を示す。PSC-CMsは、胎児型~新生児型となり、完全に成熟した心臓の心筋細胞と同様にはならないことが分かっている。たとえば、図1Aの例に示すように、マウスのES細胞のような多能性幹細胞から分化誘導した心筋細胞は、分化10日目では胎児型の未熟な形態である。図1Bに示す、分化後2ヶ月の状態のように、長期培養することで、より長い形態となる。しかし、それでも、図1Cに示すような、マウス新生仔から単離した細胞と同程度にしかならず、図1Dに示すようなマウス成体の細胞とは形態的にも大きな差がある。さらに、各図右上に示すような、細胞内のカルシウム量の変化を見るカルシウムトランジェントでも、その未成熟パターンであることは明らかであった。
このため、PSC-CMsをより成熟させる成熟方法が求められていた。この際、得られた心筋細胞全体の成熟度を定量的に評価するのは難しいことも、より効果的な成熟方法の開発を困難としていた。また、成熟した心筋細胞と未成熟な心筋細胞が混在している状態から、成熟した心筋細胞のみを純化する方法はなかった。
【0012】
このため、本発明者らは、鋭意実験を繰り返し、まず、発達の各段階(ステージ)にあるマウス心臓のトランスクリプトームデータ110(図2)を参照とすることで、ヒトの心筋細胞であっても、どれぐらい未成熟であるか又は成熟しているかを定量的に評価するための心筋細胞の成熟度評価方法、及び、これを実現するための心筋細胞成熟度評価装置並びにプログラムを開発した。この上で、その成熟度評価方法を用いて、心筋細胞が成熟するのに合わせて発現が増加する遺伝子座に対し、蛍光タンパク質を挿入した多能性幹細胞株(レポーター細胞)を樹立した。このレポーター細胞により、成熟させた心筋細胞を精製して純化させる純化方法を確立も確立させることができた。これらを用いて、成熟を促進する可能性を見出した転写因子、ホルモン、核内受容体アゴニスト、低分子化合物のスクリーニングを行い、至適組み合わせの決定及び転写因子を同定した。これにより、心筋細胞を成熟させる成熟方法を確立することで、本発明を完成させるに至った。
【0013】
〔心筋細胞の成熟度評価方法〕
本実施形態の心筋細胞の成熟度評価方法は、発達段階にある動物の心臓のトランスクリプトームのデータを参照として、心筋細胞の成熟度を定量的に評価することを特徴とする。
【0014】
このうち、本実施形態の動物は、特に限定されるものではなく、心臓のある脊椎動物及び無脊椎動物を広く含む。脊椎動物としては、魚類、両生類、は虫類、鳥類、及び哺乳類を含む。具体的には、例えば、哺乳類は、例えば、マウス、ラット、フェレット、ハムスター、モルモット、又はウサギ等のげっ歯類、イヌ、ネコ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、又は、アカゲザル、チンパンジー、オランウータン、ヒト等を含む霊長類等であってもよい。また、哺乳類の他にも、魚類、家禽を含む鳥類、爬虫類等を含む。また、無脊椎動物等であっても、脊索動物、軟体動物、環形動物、節足動物等、心臓を備える動物も広く含む。
【0015】
本実施形態に係る発達段階にある動物の心臓のトランスクリプトームのデータは、例えば、次世代シーケンサーによる大規模RNAシークエンス(以下、「RNA-seq」という。)、複数の遺伝子を設定した評価パネル(Targeted RNA-seq、又はqPCR)、DNAチップ、その他の複数の遺伝子発現を測定したものを解析したデータを用いることが可能である。このデータは、例えば、受精からの日数に対応した胎児又は胎仔~出生後の新生児~成熟の各段階(ステージ)において、各遺伝子の発現量のデータを含んでいる。RNA-seqの場合、発現量は、転写産物の量であるTranscript per million(以下、「TPM」という。)のデータとなる。
【0016】
本実施形態に係る多能性幹細胞は、例えば、ヒトを含む霊長類、霊長類以外のほ乳類、その他の脊椎動物等の生物で各種細胞に分化可能な、多分化能を備える幹細胞(Stem Cell)を含む。ここで、本実施形態の多能性幹細胞は、継代可能であり、継代しても分化が進まない状態を保ち、核型等が変化しにくく、又はエピジェネティックな表現型が変化しにくい性質を有することが好適である。また、本実施形態の多能性幹細胞は、これに関連して、生体外(in vitro)又は生体内(in vivo)で十分な増殖能力を備えていることが好適である。このような本実施形態の多能性幹細胞の具体例としては、胚性幹細胞(Embryonic Stem Cell、以下、「ES細胞」という。)、人工多能性幹細胞(Induced Pluripotent Stem Cell、以下、「iPS細胞」という。)、その他の人工的に生成され若しくは選択された多能性を備える幹細胞等が挙げられる。本実施形態の多能性幹細胞は、特定の遺伝子を含むレトロウイルスやアデノウイルスやプラスミド等の各種ベクター、RNA、低分子化合物等により、体細胞を再プログラミングして作成された幹細胞であってもよい。
なお、本実施形態の多能性幹細胞としては、必ずしも全能性に近い多分化能を備えている細胞である必要はないものの、通常より多分化能が高いナイーブ(Naive)な細胞を用いることも可能である。また、本実施形態の多能性幹細胞は、疾患の患者から得られた細胞から作成された細胞、その他の疾患のモデルとなる細胞、レポーター遺伝子が組み込まれた細胞、コンディショナルノックアウトが可能な細胞、その他の遺伝子組み換えされた細胞等であってもよい。この遺伝子組み換えは、染色体内の遺伝子の追加や修飾や削除、各種ベクターや人工染色体による遺伝子等の付加、エピジェネティック制御の変更、PNA等の人工遺伝物質の付加、その他の遺伝子組み換えを含む。
【0017】
本実施形態に係る心筋細胞は、各種の中胚葉系への分化誘導因子等を用いた手法により多能性幹細胞から分化されたPSC-CMsであってもよい。加えて、本実施形態の心筋細胞は、患者等の線維芽細胞や血液細胞に転写因子を導入して誘導されるinduced cardiomyocyte(iCM)であってもよい。さらに加えて、本実施形態の心筋細胞は、患者等の心臓から得られた初代培養(Primary Cell Culture)心筋細胞であってもよい。
さらに、本実施形態の心筋細胞は、心筋細胞に分化誘導された細胞を、各種マーカーや目視等によりコロニー等の形式で選択したものであってもよい。また、本実施形態の心筋細胞は、各種細胞の混合細胞集団、組織、臓器等(以下、「組織等」という。)であってもよい。これらの心筋細胞は、後述する成熟度スコアで示されるような様々な状態のものを混合して含んでいてもよい。すなわち、各細胞は、十分分化していなかったり、未成熟であったり、成体の細胞程、成熟していなかったりしてもよい。
さらに加えて、本実施形態の心筋細胞は、本実施形態の心筋細胞の成熟方法で成熟されたPSC-CMs、及び/又は、本実施形態の成熟心筋細胞の純化方法で純化されたレポーター細胞を含んでいてもよい。これらの細胞については後述する。
また、以下、これらの心筋細胞のうち、成熟した心筋細胞を、単に「成熟心筋細胞」という。
【0018】
具体的には、本実施形態の心筋細胞の成熟度評価方法は、トランスクリプトームデータ110(図2)のうち、共通の遺伝子についての参照により、他の種の前記心筋細胞の前記成熟度を定量的に評価することも可能である。
本実施形態においては、例えば、後述する実施例で示すように、発達の各段階にあるマウスの心臓のRNA-seqによるトランスクリプトームデータ110のうち、マウスとヒトで共通の遺伝子を参照として、ヒトのiPS細胞から分化誘導されたPSC-CMsのRNA-seqの結果データ120から、成熟度を評価することが可能である。すなわち、特にヒトPSC-CMsについて、どの程度成熟しているかを定量的に評価することが可能である。
【0019】
これにより、本実施形態に係る成熟心筋細胞は、他の手法で成熟させたものであるかを区別させることが可能となる。さらに、後述する実施例4に示すように、ミトコンドリアがパックされた形状を備えることで、従来の手法よりも成熟していることで、区別することが可能となる。加えて、上述のレポーター細胞としてクローニングすることで、当業者にとって、他の心筋細胞と区別することが可能である。
加えて、本実施形態に係る成熟心筋細胞の更なる特性を特定する作業を行うためには、特許出願の性質上、迅速性等を必要とすることに鑑みて、生物学的な実験、試験を行う為には著しく過大な経済的支出や時間を要する作業を行う必要があり、いわゆる不可能、非実際的事情が存在する。
なお、定量的評価の詳細については、後述する。
【0020】
〔心筋細胞成熟度評価装置、心筋細胞成熟度評価プログラム〕
次に、図2により、本実施形態の心筋細胞成熟度評価装置1について説明する。
心筋細胞成熟度評価装置1は、例えば、PC(Personal Computer)、ワークステーション、汎用機、専用機等のコンピュータである。心筋細胞成熟度評価装置1は、図示しないRNA-seqを行うシーケンサー、フローサイトメトリー装置等の外部装置やネットワークと接続され、又は、これらからのデータが入力される。そして、心筋細胞成熟度評価装置1は、解析用の心筋細胞成熟度評価プログラム130が実行されることで、心筋細胞の成熟度を評価する装置として機能する。
本実施形態の心筋細胞成熟度評価装置1は、例えば、制御部10、記憶部11、入力部12、及び表示部13を含んで構成される。
【0021】
制御部10は、CPU(Central Processing Unit、中央処理装置)、MPU(Micro Processing Unit)、DSP(Digital Signal Processor)、GPU(Graphics Processing Unit)、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)等の情報処理部である。
制御部10は、記憶部11のROMやHDDに記憶されている心筋細胞成熟度評価プログラム130を含む制御プログラムを読み出して、この制御プログラムをRAMに展開させて実行することで、後述する評価部100として動作させられる。また、制御部10は、入力部12からの指示に応じて、装置全体の制御を行う。
【0022】
記憶部11は、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)等の半導体メモリーやHDD(Hard Disk Drive)等の一時的でない記録媒体である。記憶部11には、ファームウェア、OS(Oprating System)を含む各種データ及びプログラムが格納されている。
【0023】
入力部12は、キーボード、マウスやタッチパネル等のポインティングデバイス、カメラ、各種I/Oインターフェイス等を含む。入力部12により、心筋細胞成熟度評価装置1の使用者(ユーザー)の指示を取得することが可能である。
【0024】
表示部13は、LCD(Liquid Crystal Display)、有機ELディスプレイ、プロジェクター、プリンター(印刷手段)等を含む。表示部13は、心筋細胞成熟度についての出力情報を表示、印刷等して出力することが可能である。
【0025】
この他にも、心筋細胞成熟度評価装置1は、インターネットやイントラネット等の各種ネットワーク、及び/又は、フローサイトメトリー装置、RNA抽出装置、次世代シーケンサー、外部のサーバー等の外部機器に接続されていてもよい。外部機器は、USB(Universal Serial Bus)、RS-232C、専用インターフェイス等で接続されていてもよい。
【0026】
次に、心筋細胞成熟度評価装置1の制御構成について説明する。
制御部10は、評価部100を備えている。
記憶部11は、トランスクリプトームデータ110、結果データ120、及び心筋細胞成熟度評価プログラム130を格納する。
【0027】
評価部100は、トランスクリプトームデータ110を参照として、結果データ120から、ヒトの心筋細胞の成熟度を評価する。具体的には、評価部100は、後述する心筋細胞の成熟度評価方法により、結果データ120から成熟度スコアを算出し、表示部13に出力させる。このため、評価部100は、例えば、トランスクリプトームデータ110から、成熟度スコアを算出するための各遺伝子に対応する係数を算出することも可能である。この係数については、下記で説明する。
【0028】
トランスクリプトームデータ110は、心筋細胞の成熟度を評価するための成熟度スコアを算出するための参照用のトランスクリプトームのデータである。本実施形態においては、この参照用のデータとして、動物の心臓の発達上の各ステージの細胞を取得し、RNA-seqを用いる例について説明する。このRNA-seqの解析のデータは、例えば、受精からの発達段階の各ステージ(日数)と各遺伝子のTPMとを含むデータを主成分分析し、第一主成分(PC1軸)に対応する係数をかけたものについて、概ね0~100になるよう調整した値を用いることが可能である。すなわち、参照用のデータは、例えば、各遺伝子における係数データを含んだテーブルであってもよい。さらに、本実施形態においては、RNA-seqのデータとして、例えば、3’-mRNAのみを扱うQUANT-seq(Lexogen社製)の等のデータを用いることが可能である。
さらに、トランスクリプトームデータ110は、種の異なる心筋細胞について成熟度スコアを算出するために、例えば、マウスとヒトのように、種の違う場合の参照を行うための相同遺伝子(オーソログ)を指定したデータを含んでいてもよい。
【0029】
結果データ120は、成熟度スコアを評価するためのトランスクリプトームのデータである。本実施形態においては、例えば、後述する実施例1等で示すように、マウスのPSC-CMsやヒトの心筋細胞について、RNA-seqを行った結果のデータを用いることが可能である。この結果のデータは、例えば、各遺伝子についてのTPMを含んでいてもよい。この結果のデータのTPMは、オーソログについてのデータのみを含んでいてもよい。
【0030】
心筋細胞成熟度評価プログラム130は、本実施形態の心筋細胞の成熟度評価方法を実現するためのプログラムである。このプログラムが記憶部の補助記憶部にインストールされ、主記憶部に読み出されて実行されることで、制御部10を評価部100として機能させ、ハードウェア資源を用いて、心筋細胞成熟度評価装置1を実現することが可能となる。心筋細胞成熟度評価プログラム130は、例えば、統計解析用のプログラムである「R」等で実行させるコードを用いて作成することが可能である。
【0031】
〔心臓細胞の純化方法、レポーター細胞、心筋細胞純化キット〕
本実施形態の心臓細胞の純化方法は、成熟心筋細胞マーカーを指標として、PSC-CMsから、成熟心筋細胞を純化することを特徴とする。
【0032】
このうち、本実施形態に係る成熟心筋細胞マーカーは、心筋細胞の成熟に伴い発現が増加するAcadvl、Acsl1、Acss1、Ankrd23、Aqp1、Atp1a2、Casq2、Cd36、Cep85l、Ckmt2、Clu、Cmya5、Coq10a、Cox7a1、Cox8b、Cryab、Dcn、Ech1、Ephx2、Fndc5、Gsn、Gstm1、Hfe2、Hrc、Hspb6、Hspb8、Kcnip2、Klf9、Lpi1、Lrrc2、Lrtm1、Mb、Mgp、Myom2、Myoz2、Myzap、Nfix、Pdk2、Perm1、Pink1、Ptgds、Rgs5、Rpl3l、S100a1、Sgcg、Slc2a4、Sparcl1、Tcap、Tmem182、Tuba4a、Txlnb、Xirp2、及びYipf7からなる群の一種又は任意の組み合わせを含む。
このうち、Myom2は、成人の心筋で発現し、Mバンド構造を含むタンパク質の3次元配列を安定化するタンパクの遺伝子である。Acss1は、ミトコンドリアacetyl-CoA synthetase enzymeの遺伝子である。Atp1a2は、P-type cation transport ATPases、Na+/K+ -ATPasesのサブファミリーの遺伝子である。Ckmt2は、Mitochondrial creatine kinase (MtCK)の遺伝子である。Gsnは、actin monomersとfilamentsを安定化させるタンパクの遺伝子である。Hrcは、Histidine Rich Calcium Binding Proteinである。Hspb8は、Heat Shock Protein Family B (Small) Member 8である。Tcapは、Titin Cap Proteinである。Cox7a1は、Cytochrome C Oxidase Subunit 7A1である。Xirp2は、Xin Actin Binding Repeat Containing 2である。Cd36は、Class Bスカベンジャー受容体に属する膜糖タンパクである。
【0033】
具体的には、本実施形態に係る心臓細胞の純化方法では、上述の成熟心筋細胞マーカーの遺伝子座にレポーター遺伝子をノックインした多能性幹細胞を作成し、これをレポーター細胞として用いることが可能である。すなわち、レポーター遺伝子をノックインした多能性幹細胞としてレポーター細胞を用意することが可能である。この上で、このレポーター細胞を分化誘導してPSC-CMsを作成し、レポーター遺伝子が活性化(発現)したものを指標としてフローサイトメトリーで選択して取得することで、成熟心筋細胞を純化することが可能である。本実施形態では、例えば、赤色蛍光タンパク質(Red Fluorescent Protein、以下「RFP」という。)やGFP緑色蛍光タンパク質(Green Fluorescent Protein、以下「GFP」という。)等の蛍光タンパク質の遺伝子を上述の遺伝子座にノックインし、これをレポーター細胞として作成可能である。また、Cd36については、表面抗原に対応する、蛍光色素結合した抗体を指標とすることも可能である。この表面抗原は、Cd36の転写産物の細胞膜外の部分である。この上で、フローサイトメトリーを用いた蛍光活性化セルソーティング(Fluorescence Activated Cell Sorting、以下、「FACS」という。)により、蛍光を発する成熟した心筋細胞を取得し、純化することが可能である。
なお、蛍光タンパク以外にも、薬剤耐性遺伝子を導入することで、成熟することで薬剤耐性を獲得した心筋細胞を純化することも可能である。すなわち、広義の「レポーター」細胞として用いることが可能である。
【0034】
このように、本実施形態に係るレポーター細胞は、上述の成熟心筋細胞マーカーの遺伝子座にレポーター遺伝子をノックインした多能性幹細胞として提供可能である。以下の実施例2、3では、Myom2に、レポーター遺伝子としてRFP遺伝子をノックインしたレポーター細胞を作成する例を示している。さらに、本発明者らは、既にCkmt2、Hspb8、Tcapについてもレポーター細胞を作成し、予備的な実験で同様な結果を得られている。
さらに、本実施形態に係るレポーター細胞は、例えば、マウスES細胞を用いる場合、キメラマウスを作成することが可能であってもよい。これにより、レポーター細胞を、動物の心臓の発達段階に対する実験等に広く用いることが可能となる。具体的には、本実施形態のレポーター細胞は、心筋細胞の成熟をより進めるための、細胞外マトリックス(Extracellular Matrix、以下、「ECM」という。)、ホルモン等の心筋細胞の成熟に関連する外部刺激のスクリーニング、成熟の最適化等に関するツールとして使用可能である。より具体的には、本実施形態のレポーター細胞は心臓病のモデリングや、後述する本実施形態の創薬支援方法において、治療薬の候補(候補薬物)、心疾患を治療するための候補薬物等のスクリーニングに用いることが可能である。
【0035】
ここで、本実施形態に係る心臓細胞の純化方法は、レポーター細胞を下記で説明する心筋細胞の成熟方法により成熟させたPSC-CMsについても純化可能である。または、Cd36については、レポーター遺伝子をノックインしていないPSC-CMsについても、純化することが可能である。
さらに、本実施形態の心臓細胞の純化方法は、心筋細胞の成熟度評価方法により成熟度を評価した心筋細胞を純化することも可能である。これは、例えば、生体組織やPSC-CMsのコロニーの一部等を取得して、成熟度を評価し、残りの心筋細胞を純化するような構成で対応可能である。
【0036】
本実施形態に係る心筋細胞純化キットは、本実施形態の心臓細胞の純化方法に必要な各種試薬を含むことを特徴とする。これらの試薬には、例えば、培養用の培地、FACS用の試薬、抗体、容器等を含む。加えて、上述のレポーター細胞自体も本実施形態の心筋細胞純化キットに加えられていてもよい。この場合、レポーター細胞を保存したり維持したりするための特別の培地、分化誘導や成熟に必要な薬剤等も含んでいてもよい。
【0037】
〔心筋細胞の成熟方法、心筋細胞成熟キット、成熟心筋細胞〕
次に、本実施形態に係る心筋細胞の成熟方法について説明する。
本実施形態に係る心筋細胞の成熟方法は、PSC-CMsに、特定の核内受容体アゴニスト、成熟促進化合物、及び、前記心筋細胞の成熟を促進する転写因子からなる群の一種又は任意の組み合わせ(以下、「心筋細胞成熟剤」という。)を加え、成熟させることを特徴とする。
【0038】
この本実施形態に係る心筋細胞の成熟方法におけるPSC-CMsは、上述のレポーター細胞を含む、多能性幹細胞を分化誘導した任意の心筋細胞を用いることが可能である。つまり、本実施形態のレポーター細胞及びレポーター細胞以外のPSC-CMsを用いることも可能である。さらに、多能性幹細胞の分化誘導を行う際に、心筋細胞成熟剤を同時に用いることも可能である。または、心筋細胞成熟剤を多能性幹細胞の分化誘導のために用いてもよい。
【0039】
本実施形態に係る心筋細胞成熟剤のうち、特定の核内受容体アゴニストは、ホルモン、RXR(Retinoic acid receptor)アゴニスト、PPAR(Peroxisome proliferator activated receptor)アゴニスト、及びROR(Retioid related Orphan Receptor)アゴニストからなる群の一種又は任意の組み合わせを用いることが可能である。
このうち、ホルモンとしては、甲状腺ホルモンであるトリヨードサイロニン(Triiodothyronine、T3)とサイロキシン(Thyroxin、T4)、エストロゲンであるEstradiol(E2)、アンドロゲンであるTestosterone、ステロイドホルモンであるHydroxycortisoneやその誘導体dexamethasone等を用いることが可能である。RXRアゴニストとしては、例えば、SR11237等を用いることが可能である。PPARアゴニストとしては、例えば、GW7647、GW0742、GW1929、WY14643等を用いることが可能である。RORアゴニストとしては、例えば、SR1078、SR1001等を用いることが可能である。
【0040】
本実施形態に係る心筋細胞成熟剤のうち、成熟促進化合物は、HIF1a阻害剤であり、例えば、Chetomin(CTM)を用いることが可能である。
【0041】
本実施形態に係る心筋細胞成熟剤のうち、転写因子は、Ahr、Atf6、Cebpa、Cebpb、Crebbp、Crebl2、Ctcf、E2F6、Esrra、Esrrg、Foxc2、Foxo3、Gata3、Gmnn、Klf15、Hnf4a、Irf3、Irf4、Mta1、Mterf2、Nacc2、Nfe2l1、Nostrin、Nr1i3、Nr3c1、Nr4a3、Nupr1、Ppargc1a、Ppargc1b、Rbck1、Rbl1、Rnf141、Rora、Smrcb1、Zbtb20、及びZbtb7aのからなる群の一種又は任意の組み合わせを用いることが可能である。
これらの転写因子は、例えば、適当な核内移行するウイルスベクター、各種プラスミド、PNA等を用いて加えることが可能である。このウイルスベクターは、例えば、レンチウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、レトロウイルス等の当業者に一般的なウイルスを用いて構成されてもよい。
【0042】
本実施形態に係る心筋細胞成熟剤において、特定の核内受容体アゴニスト、成熟促進化合物のうち、2剤の組み合わせとしては、T3とGW0742の組み合わせ、又はT3とSR11237の組み合わせが好適である。また、3剤の組み合わせとしては、T3又はSR11237と、GW0742、Estradiol(E2)、WY14643、及びGW1929のいずれか、又は、HIF1a阻害剤であるCTMを組み合わせることが可能である。
【0043】
さらに、これらの核内受容体アゴニスト、成熟促進化合物、及び、前記心筋細胞の成熟を促進する転写因子は、適切なDDS(Drug Delivery System)、エレクトロポーション、その他の当業者に用いられる手法で細胞内、核内に導入することが可能である。
【0044】
本実施形態に係る心筋細胞成熟キットは、本実施形態の心臓細胞の成熟方法に必要な各種試薬を含むことを特徴とする。これらの試薬には、例えば、心筋細胞成熟剤、培地、FACS用の試薬、抗体、容器等を含む。心筋細胞成熟剤は、例えば、各種ホルモンやアゴニスト、転写因子を含むベクター等として提供されてもよい。加えて、上述のレポーター細胞自体、特別の培地や薬剤についても、本実施形態の心筋細胞成熟キットに加えられていてもよい。さらに、本実施形態の心筋細胞成熟キットは、本実施形態の心筋細胞純化キットと合わせて、心筋細胞成熟純化キットとして提供されてもよい。
【0045】
本実施形態に係る心筋細胞の成熟方法にて成熟させたPSC-CMs(成熟心筋細胞)は、集合し線維状のサルコメア構造を形成することが可能である。本実施形態の成熟方法にて成熟させたPSC-CMsが培養された細胞塊中にサルコメア構造が認められる場合、心筋細胞が機能性の心筋を構成していると判定することが可能である。または、本実施形態の成熟方法にて成熟させたPSC-CMsの細胞塊の一部を取得し、本実施形態の成熟度評価方法にて成熟度スコアを評価することも可能である。
【0046】
ここで、本実施形態に係る心筋細胞の成熟方法にて成熟させた成熟心筋細胞は、生体内に存在する成人の心筋細胞と機能的及び形態的に近似した心筋細胞となる。すなわち、本実施形態の成熟心筋細胞は、細胞内カルシウムのトランジェント現象及びサルコメア短縮が観察され、ミトコンドリア活性が高くなる。さらに、イオンチャネル機能が発達し、例えば、静止膜電位、ピーク電圧、振幅等も、より生体内の成人の心筋細胞に類似した細胞となる。さらに、本実施形態の心筋細胞の成熟度評価方法で評価した場合、マウスの成体の心筋細胞の成熟度スコアはP28で70~80、P56で80~90になるのに対し、本実施形態のマウスの成熟心筋細胞は、実施例3の図20Bに示すように、成熟度スコアが60以上、70程度と高スコアになる。さらに、本実施形態のレポーター細胞由来の成熟心筋細胞を、本実施形態の成熟心筋細胞の純化方法により純化させることにより、更に成熟度スコアが高い成熟心筋細胞を得ることも可能である。このため、従来の分化誘導方法において分化誘導した心筋細胞と、製造物として区別することが可能である。
【0047】
本実施形態に係る心筋細胞の成熟方法にて成熟させた成熟心筋細胞、及びこれを本実施形態の成熟心筋細胞の純化方法により純化させた成熟心筋細胞は、下記で説明するように、本実施形態の創薬支援方法や治療方法に用いることが可能である。このため、本実施形態の心筋細胞の成熟方法及び本実施形態の成熟心筋細胞の純化方法は、成熟心筋細胞の製造方法ともなる。
なお、生物基礎医学分野において、特定の時点において、数万の遺伝子の発現と、生体細胞内において実際に進行している物質的、化学的変化、動作の関係とを完全に知ることは不可能である。よって、本実施形態のように遺伝子の発現レベル(トランスクリプトーム)を用いた成熟度スコア以上に、定量的に心筋細胞の成熟度を測定することは、当業者にとって非常に難しいため、本実施形態の成熟心筋細胞をその構造又は特性により直接特定することは困難であるという特段の事情が存在する。
【0048】
〔創薬支援方法〕
本実施形態の創薬支援方法は、上述の心筋細胞の成熟方法により成熟させたPSC-CMs(成熟心筋細胞)、及び/又は上述の成熟心筋細胞の純化方法により純化されたレポーター細胞のPSC-CMs(成熟心筋細胞)を培養し、培養された成熟心筋細胞に対して、創薬のための毒性及び/又は疾患に関する薬物を投与し、成熟心筋細胞の状態を評価することを特徴とする。
【0049】
本実施形態の創薬のための毒性及び/又は疾患に関する薬物としては、心毒性を調べる必要のある薬剤スクリーニングの候補薬物、心疾患を治療するための候補薬物等を用いることが可能である。本実施形態の候補薬物は、例えば、低分子化合物、ペプチド、タンパク質、細胞の抽出物や上清や発酵産物、その他の合成化合物や天然化合物等が挙げられる。これらの候補薬物は、純度や精製度等が任意であってもよい。また、本実施形態の薬剤スクリーニングが対象とする疾患は、心疾患以外の任意の疾患を含む。
【0050】
本実施形態の心毒性としては、患者に重篤な不整脈を引き起こす疾患である、薬物誘発性(後天性)QT延長症候群を、下記で説明する生理学的特性の解析により評価してもよい。薬物誘発性QT延長症候群は、薬物の投与後に心電図上のQT間隔の延長が起こり、TdP(Torsades de pointes、トルサード・ド・ポアンツ、非持続性多形性心室頻拍)から、しばしば心室細動が起こり、失神や突然死をきたす、重篤な疾患である。
【0051】
本実施形態の成熟心筋細胞の状態の評価としては、生理学的特性の解析、毒性マーカー遺伝子の発現解析等を行うことで評価が可能である。このうち、生理学的特性の解析は、例えば、得られたPSC-CMsを1個の細胞又は細胞塊として、電気生理学的特性をパッチクランプ試験等でフィールドポテンシャル(細胞外活動電位)を測定して解析することが可能である。この細胞外活動電位は、多数の電極を有するディッシュ上に、サンプルを載せて測定することが可能である。細胞外活動電位の測定により、QTインターバル、拍動(BPM)解析、Naピーク解析等を行うことが可能である。QTインターバルは、心室筋の収縮から拡張期に入るまでの時間であり、Naチャネルによる脱分極からKチャネルによる再分極が起こり、静止膜電位となるまでの時間をいう。このQTインターバルが長くなるQT延長が認められる場合、Kチャンネルの阻害による薬物誘導性の不整脈の原因となり得るので、スクリーニングにて不適なものとして候補薬物から除くような評価をすることが可能である。
【0052】
この他にも、各種、毒性マーカー遺伝子の発現解析を行うことで、心毒性の評価が可能である。さらに、臨床試験のプロトコルに合わせたり、当業者に任意の方法を用いたりして、スクリーニングを行うことが可能である。
これらの解析において、候補薬物を投与した成熟心筋細胞において、正常な機能が維持された場合に、当該候補薬物が心毒性の少ないものと推定可能である。
【0053】
〔心疾患の治療方法〕
本実施形態に係る心疾患の治療方法は、多能性幹細胞由来の未成熟の心筋細胞に、上述の心筋細胞成熟剤を加え、成熟させた成熟心筋細胞を移植することを特徴とする。
【0054】
具体的には、本実施形態の治療方法においては、心臓の再生医療として、ヒトを含む動物の心臓疾患(心臓病、心疾患)を治療するために、本実施形態の成熟心筋細胞を用いることが可能である。たとえば、本実施形態の成熟心筋細胞は、当該患者から取得して作成又は生成された多能性幹細胞、又は、HLA等の型が近い多能性幹細胞のライブラリーから取得され、分化誘導され、その後、心筋細胞成熟剤を加えて特定期間培養されて成熟させる。そして、成熟させた成熟心筋細胞は、分離された細胞又は細胞塊の状態で心疾患等の患者の疾病の心臓に注入、心筋シートや心筋組織や心臓臓器(以下、「心筋シート等」という。)を形成しての移植等の治療に用いることができる。この心筋シート等は、当業者に用いられる培養器材を用いて単層又は多層のシートを作成し、心疾患患者の心臓に移植してもよい。さらに、本実施形態の成熟心筋細胞を、サルコメア構造をもつ心臓の筋繊維や組織の状態にして、心疾患患者の心臓に移植してもよい。さらに、適切な担体を用いて培養したり、3Dプリンター等を用いて積層したりして、より組織化された培養物を心疾患患者の心臓に移植することも可能である。この心疾患としては、心筋梗塞、虚血性心疾患、心筋炎、その他の心不全等が挙げられる。
なお、本実施形態の成熟心筋細胞は、再生医療以外の治療用途、例えば、バイオリアクター、人工臓器の製造、クローン個体の作成等、各種用途に使用可能である。
また、本発明を日本で実施する場合、培養物の提供より後の治療は医師により行われるため、本発明の治療方法の「動物」は、ヒト(Homo sapiens)を含まないものとする。一方、それ以外の国においては、「動物」「治療法」の定義は、限定されない。
【0055】
本発明の実施の形態に係る成熟心筋細胞を上述の治療に用いる際に、投与(導入)間隔及び投与量は、疾患の状況、さらに対象の状態等の種々の条件に応じて適宜選択及び変更することが可能である。
本発明の実施の形態に係る成熟心筋細胞の1回の投与量及び投与回数は、投与の目的により、更に、患者の年齢及び体重、症状及び疾患の重篤度等の種々の条件に応じて適宜選択及び変更することが可能である。
投与回数及び期間は、1回のみでもよいし、1日1回~数回、数週間程度投与し、疾患の状態をモニターし、その状態により再度又は繰り返し投与を行ってもよい。
【0056】
加えて、本発明の成熟心筋細胞は、他の組成物や薬剤等と併用することも可能である。また、他の組成物と同時に本発明の組成物を投与してもよく、また間隔を空けて投与してもよいが、その投与順序は特に問わない。
また、本発明の実施の形態において、疾患が改善または軽減される期間は特に限定されないが、一時的な改善または軽減であってもよいし、一定期間の改善または軽減であってもよい。
【0057】
さらに、本実施形態に係る心筋細胞成熟剤を、そのまま心筋細胞成熟用医薬として用いることも可能である。この医薬としては、例えば、未成熟の心筋細胞が存在することが原因となっている疾病、心筋シート等を移植された際の最終的な成熟等に用いることが可能である。
【0058】
また、本発明の実施の形態に係る心筋細胞成熟用医薬は、任意の製剤上許容しうる担体を含んでいてもよい。この担体は、例えば、リポソーム担体、コロイド金粒子、ポリペプチド、リポ多糖類、多糖類、脂質膜等であってもよい。これらの中で、機能活性調整剤の発現調整効果を向上させる担体を用いることが好適である。
【0059】
さらに、製薬上許容される担体としては、例えば生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液、例えばD-ソルビトール、D-マンノース、D-マンニトール、塩化ナトリウム等を含んでいてもよい。さらに、適当な溶解補助剤、例えばアルコール、具体的にはエタノール、ポリアルコール、例えばプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、非イオン性界面活性剤、例えばポリソルベート80(TM)、HCO-50等と共に投与することが可能である。また、適切な賦形剤等を更に含んでもよい。
【0060】
また、本実施形態の心筋細胞成熟用医薬は、製剤上許容しうる担体を調製するために、適切な薬学的に許容可能なキャリアを含んでいてもよい。このキャリアは、シリコーン、コラーゲン、ゼラチン等の生体親和性材料を含んでもよい。また、キャリアは、乳濁液として提供されてもよい。さらには、例えば、希釈剤、香料、防腐剤、賦形剤、崩壊剤、滑沢剤、結合剤、乳化剤、可塑剤等の製剤用添加物のいずれか又は任意の組み合わせを含有させてもよい。
【0061】
本実施形態に係る心筋細胞成熟用の投与経路は、特に限定されず、非経口的又は経口的に投与を行うことが可能である。非経口投与としては、例えば、静脈内、動脈内、皮下、真皮内、筋肉内、腹腔内の投与、又は、腎臓等への直接投与が可能である。
本発明の実施の形態に係る心筋細胞成熟用医薬は、非経口的又は経口的の投与に適した投与形態において、当該分野で周知の製剤上許容しうる担体を用いて処方され得る。
【0062】
以上のように構成することで、以下のような効果を得ることができる。
従来、患者から得られた初代培養の心筋細胞は、ディッシュで維持することが困難であった。このため、多能性幹細胞に成長因子又は小分子を順次添加することにより、心臓分化誘導させるプロトコルが開発された。これにより生成された多能性幹細胞由来の心筋細胞(PSC-CMs)は、疾患モデリング及び薬物スクリーニングのために用いられることが期待されている。しかしながら、これらのPSC-CMsは、その構造と機能に関して、胎児又は新生児の心筋細胞に近い未成熟の状態であり、典型的なin vivoの出生後の成熟した心筋細胞とは異なることが知られていた。そのため、特に成人以降に発症する心筋症等の心疾患の病態の再現や解析、薬剤の毒性評価を行う用途では不十分であった。この制限により、特にin vitroモデル及び創薬のための医療目的でのPSC-CMsの有用性が毀損されていた。したがって、PSC-CMsを、成体の細胞に近いレベルまで成熟させるための方法が求められていた。
【0063】
これに対して、本実施形態に係る心筋細胞の成熟方法でPSC-CMsを成熟させることで、従来の手法で得られるよりも明らかに成熟した成熟心筋細胞が得られた。たとえば、本実施形態の心筋細胞の成熟度評価方法で成熟度を評価したところ、成体の心筋から取得した心臓細胞の成熟度スコア80以上に対し、本実施形態の心筋細胞の成熟方法で得られたマウスの成熟心筋細胞は、成熟度スコアで60以上70程度と、成体の細胞に近い程度の好スコアの成熟度を示すことが可能である。本発明者らの予備実験では、ヒトにおいても、同様の成熟度を得ることができている。
この本実施形態の成熟心筋細胞を疾患のモデルとなるiPS細胞等に応用することで、これまで病態が再現できなかったものであっても、再現できるようになる可能性がある。具体的には、心筋梗塞等、虚血性心疾患を原因とする特発性心疾患等についても候補薬物を選択可能になる。また、QT延長について、子供では症状がないものの大人では症状が出るといった状態に対応して、候補薬物をふるい分けることが可能となる。このため、心筋症治療に向けた再生医療への応用に資することができる。
【0064】
さらに、従来、これまでの心筋細胞の成熟度評価のために用いられる手法は、活動電位パターンの変化や目視での細胞形態の観察等、定性的であり、どの程度の成熟が得られているのか不明であった。加えて、従来のDNAマイクロアレイを用いた場合、例えば、NCBI GEO(Gene Expression Omnibus)に登録されているマウス心臓に関するマイクロアレイでは、最も成熟に重要な生後の情報が少ない。また、直接、発現量を比較することができないため、ヒトに応用が困難であった。さらに、マイクロアレイは、高コストであった。
これに対して、本実施形態に係る心筋細胞の成熟度評価方法では、発達段階にあるマウス心臓のトランスクリプトームデータ110を参照とすることで、ヒトの心筋細胞であっても、定量的にその成熟度を評価することが可能となる。すなわち、マウス心臓を参照(リファレンス)とし、RNA-seqを行って情報量を増加させることで、ヒトに応用可能となった。これにより、マウス及びヒトの心筋細胞の成熟度を定量的に評価することができる。その結果、これまででは検出することができないような成熟の差を明らかにすることが可能となった。加えて、3’-mRNAのみを扱うようなRNA-seqを用いることで、マイクロアレイより低コストで、精密なデータセットを取得することが可能になる。
【0065】
また、従来、PSC-CMsにおいて、成熟した心筋細胞と未成熟な心筋細胞が混在している培養物から、成熟した心筋細胞のみを純化する方法はなかった。
これに対して、本実施形態では、成熟に伴い発現が増加する成熟心筋細胞マーカーの遺伝子座に、レポーター遺伝子として蛍光タンパク質の遺伝子をノックインした多能性幹細胞であるレポーター細胞を樹立した。この成熟心筋細胞(群)から、レポーター細胞におけるレポーター、又は、Cd36の表面抗原を指標として、FACS等で分離することにより、高純度な成熟心筋細胞を得ることができる。すなわち、成熟心筋細胞を純化することが可能となる。
蛍光タンパク質を利用したレポーターは、分化及び生物学的プロセスを研究するための発達及び幹細胞生物学でしばしば使用される。したがって、本実施形態の蛍光レポーター細胞は、心筋細胞成熟をin vitroで研究するための効果的なツールとして役立つ。さらに、本実施形態のレポーター細胞から作成した成熟心筋細胞は、病態モデルの作成が可能となり、心筋症の治療に向けた再生医療への応用に近づく可能性がある。たとえば、大人になって発症する心筋症の治療法開発に役立つ可能性がある。
【0066】
より具体的には、本実施形態においては、実施例に示すように、Myom2遺伝子座にRFPをノックインした多能性幹細胞株を樹立し、より成熟が進んだ心筋細胞が純化可能となった。Myom2はニワトリ、マウス、ヒトの間で、強く保存されていることが知られている。このため、心筋細胞の成熟のレポーター細胞として、病態解析等に、より適切に使用可能となる。
【0067】
なお、本発明者らは、Myom2以外にも、Ckmt2、Hspb8、Tcapについてノックイン細胞を作成済みであり、予備実験にて同様の結果を示した。これらでは、キメラマウスの作成も可能であり、胎仔~成熟したマウスの心臓を取得して、成熟した細胞を取得することが可能である。また、それ以外の成熟心筋細胞マーカーの遺伝子についても、各遺伝子座にノックインを行うと同様の結果を示すものと考えられる。
【0068】
また、上述の実施形態においては、心筋細胞の成熟度評価方法、装置、及びプログラムとして、発達段階の各ステージにおけるトランスクリプトームのデータを主成分分析し、その第一主成分(係数)を参照として用いる例について記載した。しかしながら、他の統計手法、人工知能手法等についても、心筋細胞の成熟度評価方法に用いることが可能である。たとえば、発達段階の各ステージにおけるトランスクリプトームのデータを、ディープラーニング等の人工ニューラルネット、ベイジアンネットワーク、HMM等に導入して学習させて成熟度のモデルを作成し、これに結果データを入力して、成熟度スコアを求めるように構成することも可能である。これにより、より実際の心筋細胞の発達段階に則した成熟度スコアを算出できる可能性が高まる。
【0069】
また、上述の実施形態においては、セルソーティングにFACSを用いる例について記載したものの、FACS以外のセルソーティングも使用可能である。
【0070】
また、後述の実施例4で示すように、本実施形態の成熟心筋細胞は、マウスでもヒトでも、ミトコンドリアがサルコメア内にパックされたような形態まで成熟させることができる。このような成熟度の高い細胞は、従来には存在せず、上述の各種用途において、いわゆる技術的ブレークスルーとして、成熟心筋細胞の実用性を高めることが期待できる。さらに、本実施形態のホルモン、アゴニスト処理を利用して、更なる添加物を加えたり、培養法を改良することで、より成熟した心筋細胞を得る技術を当業者によりが開発することが期待でき得る。
【0071】
以下で、本発明の実施の形態に係る多能性幹細胞から分化した心筋細胞の成熟方法、心筋細胞の成熟度評価方法、成熟心筋細胞の純化方法について、具体的な実験を基にして、実施例としてさらに具体的に説明する。しかしながら、この実施例は一例にすぎず、これに限定されるものではない。
【実施例1】
【0072】
まず、実施例1として、心筋細胞の成熟度評価方法についての実験を行った。以下、その材料と方法、結果について説明する。
【0073】
〔材料と方法〕
(マウスES細胞の培養と分化誘導、成熟処理)
Ncxプロモーター下にPuromycin耐性遺伝子を発現するトランスジェニックマウスES細胞(syNP4)を、LIF、CHIR00021、PD0325901、及び血清存在下で未分化維持培養を行い、週3回継代を行った。
分化誘導は、血清の代わりにB27サプリメント(Vitamin A不含),N2サプリメント存在下で浮遊培養にて胚様体を形成させた。分化2日目からはActivin A,BMP4,VEGFを加え、分化を継続した。分化4日目に胚様体をTrypleにより単離し、高密度平面培養(250k cells/cm2程度)をbFGF,FGF10,VEGF存在下で行った。分化7日目頃より拍動する心筋細胞が観察される。Puromycinを加えることにより、心筋細胞へと分化しなかった細胞を死滅させ、純度の高い心筋細胞を得た。また、この手法は以下で記載するノックイン細胞でも同様であった。
分化10日目にはTrypleを用いて細胞を単離し、50k/cm2で播種し直した。播種する際には培養プレートを0.1%ゼラチンでコートしたものを用い、上記分化培地に10%の血清を加えた(分化11日目まで)。ウイルス感染は分化11日目~12日目にかけて行った。分化12日目~14日目はPuromycinによる心筋細胞の純化を継続した。アゴニスト等を加えるアゴニスト処理については、分化11日目~14日目までPuromycin処理を行った後、分化14日目から最大4週間アゴニスト等を添加する処理を行った。
【0074】
(RNAサンプルの調製とRNA-sequence(RNA-seq))
マウスの心臓を胎生11日~生後10ヶ月から摘出し、心房及び心室に分離、TRIzolを用いて溶解した。また、PSC-CMsは、分化10日目のものを0.1% Gelatin上に播種し、分化14日目からアゴニスト処理を行い、2週後にTRIzolにて溶解した。RNAの抽出は、マウス心臓についてはフェノールクロロホルム抽出、又はDirect-zol RNA kit(ザイモリサーチ社製)、PSC-CMsについてはDirect-zol RNA kitにより抽出した。RNAは、Nanodrop(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)又はQubit Fluorometer(Invitrogen社製)を用いて定量した。また、Bioanalyzerを用いて、RNAが分解されていないことを確認した。それぞれ500ngのRNAを100ng/uLに調製し、QUANT-seq 3’ mRNA-Seq Library Prep Kit(Lexogen社製)を用いて、RNA-seq用のライブラリーを作成した。得られたライブラリーサイズはBioanalyzer(アジレント・テクノロジー株式会社製)を用いて確認し、その濃度はBioanalyzerの結果ないしQubit Fluorometerを用いて定量した。それぞれのサンプルについて同量ずつになるよう混合し、Next-seq high output 75SE(イルミナ株式会社製)を用いて、超並列シーケンスを行った。なお、心臓サンプルは48サンプルずつ、PSC-CMsは96サンプルずつ混合した。追加で行った心臓サンプル生後10日目、30週、10ヶ月のものは96サンプルずつシーケンスを行った。
【0075】
RNA-seqで得られたサンプルごとのFastqファイルは、BBtoolsのBBDukを用いてpoly A配列及びシーケンス末端の配列、アダプター配列、シーケンスクオリティの低い配列などをトリミングした。続いて、STAR RNA-seq alignerを用いて、マウスゲノム(GRC mm10)へとマッピングを行った。最後にSubread packageに含まれるfeature Countsを用いてそれぞれの遺伝子ごとのカウントデータを得た。カウントデータは更に、心筋細胞成熟度評価プログラム130と、統計解析用のプログラム「R」とを用いて解析を行った。まず、100万カウント以下のサンプルを除外し、遺伝子ごとのカウントを総カウント数で除した、Transcript per million(TPM)を各サンプル、各遺伝子ごとに算出した。2019年8月末時点で実験済みの全ての実験データ(マウス)を用いて、平均して、1TPM以上ある遺伝子を発現遺伝子と定義し、以下の解析では発現遺伝子のみを用いて解析を行った。
【0076】
(定量的成熟度評価法(マウス))
マウスの胎仔(E)11~生後(P)56まで、さらに10ヶ月までの各段階(Stages)の心臓サンプルについてRNA-seqを行った結果のデータについて、主成分分析を行い、成熟度スコア(Maturation Score)を算出する基準(以下、「参照」という。)となる各遺伝子の固有ベクトル(係数)を算出した。この際、TPMに1を加えた数字に、10を底とする対数に変換した上で、主成分分析を行った。成熟度スコアは、各遺伝子発現に第一主成分に対応する係数を掛けたものの総和を用い、一定のオフセット値(32)を加え、係数(1.5)を掛けることで得た。この計算により、成熟度スコアは、概ね0~100の幅となった。
【0077】
(定量的成熟度評価法(ヒト))
biomaRt(RからBioMartを利用するパッケージ)を用いて、ヒトとマウスで対応する遺伝子リストを得た。この際、hsapiens_gene_ensemblと、mmusculus_gene_ensemblの2つのデータセットを用いた。同一遺伝子名を持つものに加えて、orthologueとして単一の遺伝子が登録されている遺伝子を、対応リストとして設定した。
ヒト心筋細胞の定量的成熟度評価は、これらの遺伝子のRNA-seqのデータをマウスのデータへと投写することで行った。ヒト胎児心臓RNAサンプル、ヒト成人心臓RNAサンプル、及び、in houseで分化誘導を行ったヒトPSC-CMsを用いて分化誘導後18日目、32日目、46日目のサンプルについてRNA-seqを行い、マウスのデータへ投写した。また、ヒトPSC-CMsについては、成熟を促進するホルモン処理として、Hydrocortisone(HC)と甲状腺ホルモンT3の処理を行ったものも作成した。
具体的には、対応リストに含まれる遺伝子のみを用いて、上述の各サンプルについてのRNA-seqのデータの主成分分析を行い、成熟度スコアを算出する基準となる各遺伝子ごとの固有ベクトル(係数)を算出した。同様に、概ね0~100の幅となるように、第一主成分得点に対し、オフセット値(30)、係数(1.5)を算出した。
【0078】
〔結果〕
(マウスの定量的成熟度評価法)
本実施例の心筋細胞の成熟度評価方法について説明する。本実施例においては、次世代型トランスクリプトームとして、RNA-seqを用いた定量的成熟度評価法を検証した。具体的には、胎仔の11日目(E11)から出生後10ヶ月までの各発達段階(ステージ)においてRNA-seqを行い、これにより得られた結果データ120を主成分分析した。
【0079】
図3は、発達段階にあるマウスの発達段階のトランスクリプトームのデータから主成分分析にて心筋細胞の成熟度評価を行った例を示す。具体的には、各点の三角(V)は心室(Ventricule)、丸(A)は心房(Atrium)について、各ステージの結果を主成分分析したものをプロットした。横軸はPC1軸(寄与率42%)、縦軸はPC2軸(寄与率16%)を示す。また、各点の大きさはそのステージに対応する。このように、PC1軸に沿って成熟が進むことが明らかとなった。
【0080】
図4Aは、結果データ120のうち、マウスの心室の心臓サンプルでのデータについて、成熟度スコアを算出した例を示す。図4Aの横軸は各ステージを示し、縦軸は、成熟度スコア(0~100)を示す。上述したように、本実施形態の成熟度スコアは、PC1軸の点数に対して、補正(オフセット、係数)を掛けることで、概ね0~100となるように調整したものである。各バーは、それぞれのステージにおける成熟度の平均、各サンプルの値(点)、及びエラーバーを示す。すなわち、例えば、この発達段階にあるマウスのトランスクリプトームのデータが、参照用のトランスクリプトームデータ110として、記憶部11に格納される。
成熟度スコアは、胎仔の11日目(E11)から出生後30日目(P30)まで単調増加した。その間生後1日から7日まで増加が鈍化し、30週と10ヶ月では、ほぼ同等の成熟度スコアとなった。
【0081】
図4Bは、図4Aのトランスクリプトームデータ110を参照として投写し、マウス多能性幹細胞から成熟させたPSC-CMsの成熟度スコアを得た例を示す。すなわち、新たに得た結果データ120について、上述のマウス心室での心臓サンプルと同様の計算方法を適応して、成熟度を評価することが可能となる。図4の横軸は培養日時(d)、縦軸は成熟度スコアを示す。各バーは、それぞれのステージにおける成熟度の平均、各サンプルの値(点)、及びエラーバーを示す。
結果として、PSC-CMsの成熟はd10からd17までは進み、それ以降も進むものの、非常に鈍化し、成熟度スコア40~50程度に留まっていた。これは、上述の図1で示したような目視やカルシウムトランジェントの測定結果等と一致していた。
【0082】
(定量的成熟度評価法(ヒト))
図5は、ヒト心筋細胞のRNA-seqの結果データ120から定量的な成熟度の評価をした例を示す。すなわち、マウスのトランスクリプトームデータ110を参照として、ヒトのトランスクリプトームのデータを投写することで、成熟度スコアを得ることができる。
【0083】
図5Aは、ヒトの成熟度スコアの算出用に、参照用のトランスクリプトームデータ110を作成した例を示す。これは、ヒトの成熟度スコアの指標となるものである。具体的には、図5Aは、マウスとヒトにて同一遺伝子名で単一オーソログである共通の遺伝子を用い、マウスの心臓について主成分分析を行い、概ね0~100になるようにオフセット、係数を補正した参照用のトランスクトリームデータを示すグラフである。ほぼ、図4Aと同様の値となる。
【0084】
図5Bは、図5Aの参照を用いて、ヒトのデータについて同様に計算を行い、ヒトの成熟度スコアを算出した例を示す。各バーは、ヒトの胎児心臓RNAサンプル(fetal)、ヒト成人心臓RNAサンプル(adult)、ヒトPSC-CMsの18日目(d18)をベースラインとし、そこから更に2週間目(2w)、4週間目(4w)の成熟度スコアを示す。
結果として、ヒト胎児心臓RNAサンプル、ヒト成人心臓RNAサンプルでは、ヒト胎児はマウスの胎仔相当、ヒト成人はマウスの成体相当の成熟度スコアが得られた。
また、分化誘導後18日目から、更に2週間(2w)、4週間(4w)培養することで、培養期間に伴い、ヒトPSC-CMsのサンプルは、徐々に成熟度スコアが増加した。また、成熟を促進するホルモン処理として、Hydrocortisone(HC)と甲状腺ホルモンT3(T3)の処理を行うと、2wの時点で、大幅に成熟度が増加した。なお、このホルモンの組み合わせは、マウスの実験でも同様の効果が得られている。
このように、マウス心臓をリファレンスとし、RNA-seqを行うことで、マウス及びヒトPSC-CMsの成熟度を定量的に評価することが可能となった
【実施例2】
【0085】
次に、実施例2として、成熟心筋細胞マーカーの探索、成熟心筋細胞の純化方法、及びレポーター細胞についての実験を行った。以下、その材料と方法、結果について説明する。なお、以下、実施例1と同様の用語、材料、実験方法等については記載を省略する。
【0086】
〔材料と方法〕
(ノックインES細胞株(レポーター細胞)の樹立)
心筋細胞の成熟度レポーター細胞は、マウスES細胞であるsyNP4細胞に対し、ゲノム編集を行うことで樹立した。Myom2は骨格筋細胞でも発現しているため、sodium-calcium exchanger 1 promoterによって駆動されるピューロマイシン耐性カセットを含んでいるsyNP4株の細胞を用いることで、in vitroで心筋細胞を、確実に純化することが可能となる。また、ゲノム編集はCRISPR/Cas9によりゲノムを切断し、ノックインベクターを目的部位に挿入することで行った。Cas9タンパク及びsingle guide RNAを一つのベクターから発現するpx330のguide RNA cloning位置に、Myom2のストップコドン直上となるguide RNAを設計し、挿入したpx330-Myom2を作成した。ノックインベクターはgRNA標的部位より約1000bpのホモロジーアームを持ち、Myom2遺伝子と同一フレームでTagRFPが挿入されている。また、TagRFPより下流にFRT-Blastcidin耐性遺伝子-FRTというカセットを持つ(Myom2-TagRFP-Blast)。Px330-Myom2、及びMyom2-TagRFP-BlastをSynp4にリポフェクションで導入し、blastcitidin処置を行うことで、ノックイン細胞を得た。ノックイン細胞はクロナール密度から培養することで、単一細胞由来のコロニーを得た。それぞれのコロニーについて、ノックインが正しく行われていることをPCR及びシーケンスで確認し、心筋細胞分化能が維持されていることを合わせて確認した。このようにして得られたMyom2-RFPノックインマウスES細胞を、SMM18と名付けた。さらに、pCAG-Flpe-IRES-puroプラスミドをリポフェクションにより導入し、短期間のpuromycynセレクションを行うことで、FRT-Blast-FRTカセットを喪失した、別のMyom2-RFP株を樹立し、SMM-B2と名付けた。カセットの喪失は薬剤の感受性試験及びPCRにより確認した。本研究では、SMM18又はSMM-B2(以下、これらを単に「Myom2-RFP株」という。)を用いて実験を行った。
【0087】
(免疫染色)
CellCarrier 96ウェルブラックポリスチレンマイクロプレート(PerkinElmer)で培養したPSC-CMを4%パラホルムアルデヒドで一晩固定した。次に、細胞をPBSで洗浄し、0.2%Triton X-10を含むPBS中を使用して、室温で15分間透過処理した。透過処理後、細胞をPBS中の2%FBSでブロックした後、抗α-アクチニン抗体(1:500、Sigma-Aldrich社製)又は抗カーディアックトロポニンT抗体(1:500、Thermo Fisher Scientific社製)、及び抗tRFP抗体(1:500、エブロゲン)で一晩処理した。細胞を洗浄し、二次抗体、抗マウスIgG(1:500、Thermo Fisher Scientific社製)及び抗ウサギIgG(1:500、Thermo Fisher Scientific社製)で染色し、それぞれAlexa Fluor 488及び555と重合させた。核は、DAPI溶液で染色された。共焦点レーザー走査顕微鏡(オリンパス社製、FluoView FV1200)又は倒立蛍光顕微鏡(オリンパス社製、IX83)により免疫蛍光画像を収集した。サルコメアの長さ、細胞の大きさ、真円度、周囲、及び細胞の形状は、ImageJソフトウェアによって分析された。
【0088】
(カルシウムトランジェントとサルコメア短縮)
細胞内カルシウムトランジェントを測定するために、PSC-CMsを、ガラス底の24ウェルプレート(MatTek Corporation社製)で28日間培養した。次に、細胞をPBSで洗浄し、カルシウム指示薬Calbryte 520-AM(AAT Bioquest社製)を含むタイロード液(140mM NaCl、5.4mM KCl、0.5mM MgCl2、0.33mM NaH2PO4、2 mMCaCl2、5mM HEPES、及び11mM D-グルコース、NaOHでpHを7.4に調整)で30分間、処理された。細胞は、1Hzの電界刺激された(C-Pace、IonOptics社製)。倒立蛍光顕微鏡(オリンパス社製IX83、ORCA-Flash 4.0 V3搭載)により、40倍の対物レンズ、露出10ミリ秒、20ミリ秒の間隔で細胞内カルシウムのトランジェント現象を記録した。ImageJを使用して、細胞内カルシウムトランジェントを定量化した。サルコメア短縮については、生細胞イメージング用のタイムラプス記録で細胞収縮を継続的に記録した。タイムラプス記録は、ImageJに対してSarcOptiMによって分析された。
【0089】
(フローサイトメトリー)
Myom2-RFP株から生成されたPSC-CMsを、TrypLE(Thermo Fisher Scientific社製)にて10分、37℃で処理して、単一細胞に解離した。PBSで洗浄した後、細胞を、DAPI(1:2000)を含むPBS中の2%FBSで懸濁した。RFP+及びRFP強度の割合の測定と細胞選別は、SH800(SONY社製)を使用して実行された。
【0090】
(統計分析)
データは、少なくとも3つの繰り返しサンプルの平均±標準偏差(SD)として表示された。トランスクリプトームデータ等、それ以下のサンプル数の実験については、すべてのデータ点を示した。スチューデントのt検定、デネットの検定、カイ2乗検定、又は一元配置分散分析は、適切な場所で使用された。統計分析はすべて、統計プログラム「R」を使用して行った。0.05未満のp値(p<0.05)は有意と見なされた。
【0091】
〔結果〕
(成熟心筋細胞マーカー)
成熟心筋細胞の精製方法とそれを応用したスクリーニング法の開発のため、上述のRNA-seqの結果から、成熟に伴い発現が増加する遺伝子(成熟心筋細胞マーカー)の候補を選択した。
図6A図6B図6Cは、E11~P56、30週(30w)、10ヶ月(10M)までの範囲で一定以上の遺伝子発現に変化が見られた遺伝子群のRNA-seqによる発現量を示す。これらのうち、Acadvl、Acsl1、Acss1、Ankrd23、Aqp1、Atp1a2、Casq2、Cd36(CD36)、Cep85l、Ckmt2、Clu、Cmya5、Coq10a、Cox7a1、Cox8b、Cryab、Dcn、Ech1、Ephx2、Fndc5、Gstm1、Hfe2、Hspb6、Kcnip2、Klf9、Lpi1、Lrrc2、Lrtm1、Mb、Mgp、Myom2、Myoz2、Myzap、Nfix、Pdk2、Perm1、Pink1、Ptgds、Rgs5、Rpl3l、S100a1、Sgcg、Slc2a4、Sparcl1、Tcap、Tmem182、Tuba4a、Txlnb、Xirp2、及びYipf7と、図にないものの、Gsn、Hrc、及びHspb8とを含めたものを本実施例の成熟心筋細胞マーカーとして選択した。なお、Mhrt、Neat1、RP~のものはノンコーディングRNAと考えられるため、マーカー候補から除外した。
【0092】
(レポーター細胞の作成)
これらの成熟心筋細胞マーカーの代表例としてMyom2を用いて、分化時に成熟度を測定(評価)可能なレポーター細胞を作成した。Myom2の発現は、新生児から成人の心臓に向かって連続的に増加するためである。具体的には、赤色蛍光タンパク(RFP)のMyom2へのCRISPR/Cas9媒介ノックインを行って、Myom2-RFP株を作成した。
【0093】
図7Aは、マウスの心臓の発達段階、胎仔11日目(E11)~生後56日目(P56)の各ステージにおけるMyom2の発現を示すグラフである。3’mRNA-seqの結果は、100万リードあたりの転写産物の量として示されている。青い線は、局所的に推定された散布図平滑化(LOESS)を用いた局所回帰曲線を示す。胎仔(Embryo)、新生時(Neonate)、成熟(Adult)で発現が増加していることが分かる。
図7Bは、サルコメアの細いフィラメント(Thin Filament)における、Myom2-RFPのM-band、α-アクチニンのZ-line、及び心筋トロポニンT(cTnT)の局在化の概念を示す。すなわち、Myom2遺伝子によってコードされるMタンパク質は、サルコメアのMラインにのみ局在している。
【0094】
ここで、Myom2-RFP株を心筋細胞(PSC-CMs)へと分化誘導し、培養を行った。この心筋細胞成熟レポーター細胞の特性について説明する。
図8Aは、分化誘導後28日目(d28)の時点で免疫染色を行ったRFP陰性(以下、「RFP-」と称する。)の代表的なPSC-CMsの蛍光を示す。スケールバーは20μmである。
図8Bは、同様に、RFP陽性(以下「RFP+」と称する。)の代表的なPSC-CMsの蛍光を示す。M-bandに局在するRFPとZ-lineに局在するα-アクチニンが交互に見られるので、Myom2-RFPが正しくノックインされ、且つ、融合タンパクとして発現していることが分かる。細胞の大きさやα-actininで染色されているサルコメアのパターンが異なっており、RFP陽性の細胞の方が整列していることが分かる。
【0095】
図9A図9Bは、長期培養中のMyom2-RFP株のRFPの発現をFACSでの定量した結果を示す。図9AはRFP陽性率(Myom2-RFP+ cell(%))、図9BはRFP陽性細胞中のRFP蛍光輝度(Mean Fluorescence Intensity(a.u.))を示す。各バーは、平均値±SD(n=4)を示す。「§」「†」は、One-way ANOVAと事後テューキーHSD検定の結果を示し、「§」は、P<0.01、「†」はP<0.0001を示す。RFP蛍光強度は、任意単位(a.u.)として示される。このように、RFP陽性率が培養期間に伴い増加する。また、RFP陽性細胞中のRFP蛍光輝度も増加する。
図9Cは、サルコメア内のMyom2-RFP及びα-アクチニンのラインスキャンの例を示す。Myom2-RFP及びα-アクチニンが交互に出現するパターンを呈し、RFPがM-bandに局在していることを示している。
【0096】
図10A図10Fは、Myom2-RFP株を使用したPSC-CMsにおける構造と形態の比較を、分化誘導後21日目(d21)及び28日目(d28)に行った結果である(n>65)。図10Aはサルコメア長(α-アクチニン間の長さ)、図10Bは細胞面積、図10Cは細胞周囲長(perimeter)、図10Dは細胞長、図10Eは細胞幅、図10Fはアスペクト比をそれぞれ調べた。バイオリンプロットの場合、白いボックスの黒い線は中央値を示し、ボックスの制限は25パーセンタイルと75パーセンタイルを示し、ウィスカーは25パーセンタイルと75パーセンタイルの四分位範囲の1.5倍に伸び、多角形はデータの密度推定値を示し、極値まで伸びている。スチューデントのt検定において、「*」はP<0.05、「§」はP<0.01、「#」はP<0.001、「†」はP<0.0001をそれぞれ示す。
【0097】
図11は、図10と同じRFP+及びRFP-の細胞の二核化の程度を調べた結果である。分化誘導後21日目(d21)及び28日目(d28)(n>65)の単核細胞及び二核細胞の割合を示す。カイ二乗検定において、「#」は、P<0.001、「†」は、P<0.0001を示す。
【0098】
次に、RFP+及びRFP-の細胞の構造及び形態学的分析に加えて、心臓分化の28日目にRFP-及びRFP+のPSC-CMsのカルシウムトランジェントを測定することにより、生理学的特徴も調べた。カルシウム感知色素であるCalbryte 520-AMをPSC-CMsにロードし、タイムラプスイメージングを使用してカルシウムトランジェントを取得した。
【0099】
図12Aは、RFP-及びRFP+のPSC-CMsのカルシウムトランジェントの代表的なタイムラプス画像である。スケールバーは20μmである。これらの写真では、RFP+のPSC-CMsがRFP-のPSC-CMsよりも生理学的により成熟した表現型を示した。
図12Bは、RFP-及びRFP+のPSC-CMsのPSC-CMsについて、それぞれ、28日目(d28)に、1Hzの電界刺激により誘発されたサイトゾルカルシウムトランジェントの空間平均プロファイルを示す。RFP+のPSC-CMsは、1Hzの電界刺激によって、大きな細胞内カルシウム濃度の増加を示した。
図12Cは、左から、振幅のピークまでの時間、ピーク振幅(ΔF/F0)、及びCa2+トランジェントの減衰時間をそれぞれ示すグラフである(n>30)。「#」は、スチューデントt検定においてP<0.001、「†」は、P<0.0001であることをそれぞれ示す。RFP+のPSC-CMsのトランジェント電流は、RFP-のPSC-CMsよりも高い振幅と、ベースラインまでの速い減衰時間を示した。
【0100】
次に、Myom2-RFP株を使用したPSC-CMsについて、RFP+の心筋細胞についてサルコメア短縮アッセイを行った。
【0101】
図13Aは、RFP+のPSC-CMsにおいて、黄色のバーで示される測定領域でのサルコメア短縮の代表的な写真を示している。
図13Bは、当該黄色のバーの箇所に対応するサルコメア長のラインスキャンの結果を示す。
図13Cは、RFP+のPSC-CMsのサルコメア短縮の長さ(μm)のプロファイルを示す。
図13Dは、正規化されたサルコメアの長さのバイオリンプロット、図13Eは、サルコメアのRFP+のPSC-CMsの短縮率(n=38)を示す。RFP+のPSC-CMsは一定の収縮を示し、サルコメア短縮は約6.8%(約2.03±0.19μm~1.89±0.20μm程度)であった。
【0102】
次に、RFP+のPSC-CMsは、RFP-のPSC-CMsよりも成熟しているか否かをさらに確認するために、トランスクリプトーム分析を行った。具体的には、RNA-seqを行った。このため、FACSにて、分化誘導後10日目(d10)、17日目(d17)、24日目(d24)、及び38日目(d38)のRFP+及びRFP-のPSC-CMsを取得した。
【0103】
図14は、トランスクリプトーム分析を行った結果のヒートマップを示す。分化誘導後10日目(d10)~24日目(d38)において、RFP+のPSC-CMsで発現量が変化した遺伝子のRlog値を濃い色で示す。心筋細胞の成熟に関連する既知の遺伝子において、サルコメア遺伝子(Myh7、Myl2、Myl3、Myoz2、及びMypn)、カルシウム処理遺伝子(Casq2)、及び筋細胞膜のイオン輸送体(Kcna4)等の発現が、RFP+のPSC-CMsにて上昇した。
【0104】
図15Aは、分子機能のGO(gene ontology)分析を行った結果を示す。GOタームにおいて、RFP+及びRFP-のPSC-CMsで際のある遺伝子が特定された。横軸は、調整されたp値の対数を示す。GO分析により、構造及び筋肉の発達に関与するGOタームが、RFP+のPSC-CMsで頻出することが明らかになった。一方、ECM組織のGOタームが、RFP-のPSC-CMsで頻出した。
図15Bは、発現に差異がある遺伝子の機能的特性を調べるために、生物学的プロセスにおけるGO用語で選択された遺伝子の全体的な発現レベルを調べた結果である。図15Bは、RFP+(ポジティブ)及びRFP-(ネガティブ)の各細胞について、生物学的プロセスで選択された8つのGOタームの平均遺伝子発現を示すグラフである。両方とも未熟な心筋細胞の状態に関連するグルコース代謝と細胞周期関連の遺伝子は、RFP+及びRFP-細胞の両方で、d10ですぐに発現低下していた。このうち、RFP+のPSC-CMsは、少しだけ発現低下されていた。一方、上述の各実験結果と関連するように、脂質代謝プロセス、脂肪酸β酸化、及びミトコンドリアの遺伝子は、RFP-心筋細胞と比較して、RFP+心筋細胞で発現が上昇していた。これは、代謝スイッチがRFP+のPSC-CMsで発生し、生後、in vivoで発生することを示唆している。さらに、マイオフィブリルアセンブリ、心筋組織の発達、及びT細管組織の遺伝子は、RFP+心筋細胞で発現が上昇していた。
これらの結果は、RFP+のPSC-CMsが、RFP-のPSC-CMsよりも成熟していることを示している。
【0105】
図16は、分化誘導後10日目(d10)、及び17日目(d17)~38日目(d38)までのRFP-及びRFP+のPSC-CMsをフローサイトメトリーでセルソーティングして取得した後、実施例1と同様の手法で、成熟度スコアを測定したものを示す。結果として、RFP+の細胞のみがより成熟していくことがわかる。すなわち、RFP+のPSC-CMsを取得することで、成熟した心筋細胞を取得(純化)することが可能となる。
【0106】
まとめると、Myom2-RFP株を分化したRFP+のPSC-CMsは、サルコメア短縮が観察され、RFP-のPSC-CMsよりも形態的、構造的、機能的に成熟していた。よって、Myom2-RFP株は、心筋細胞の成熟度の指標となる心筋細胞成熟のレポーター細胞として使用できる。また、Myom2-RFP株のRFP+のPSC-CMsを取得することで、成熟心筋細胞を純化することが可能となる。
【実施例3】
【0107】
次に、実施例3として、心筋細胞を成熟させる成熟方法を実現するため、ホルモン、転写因子、転写因子のアゴニスト等を用いた実験を行った。
以下、その材料と方法、結果について説明する。なお、以下、実施例1、2と同様の用語、材料、実験方法等については記載を省略する。
【0108】
〔材料と方法〕
(使用したホルモン、アゴニストの一覧)
T3(Tri-iod-thyronine、甲状腺ホルモン),0.1μM、Hydrocortisone(HC),0.1μM、Estradiol(E2),0.1μM、Testosterone,0.1μM、GW7647(PPAR(Peroxisome proliferator activated receptor)αアゴニスト),0.1μM、GW0742(PPARδ/βアゴニスト),0.1μM、GW1929(PPARγアゴニスト),0.1μM、DY131(ERR(estrogen-related receptor)β/γアゴニスト),20μM、GSK4716(ERRβ/γアゴニスト),20μM、SR1078(ROR(Retinoic acid receptor-related orphan receptor)α/γアゴニスト),1μM、SR1001(RORα/γアトニスト),1μM、SR11237(RXR(Retinoic acid receptor)アゴニスト),10μM、GSK4112(REV-ERB(nuclear heme receptor)αアゴニスト),1μM、SR10067(REV-ERBアゴニスト),0.1μM、27-OHC(LXR(Liver X receptor)アゴニスト),1μM、WAY252623(LXRアゴニスト),1μM、TCPOBOP(mCAR(Androstane receptor)アゴニスト),1μM、DLPC(LRH-1 (liver receptor homolog-1,NR5A2)アゴニスト),10μM、PQQ,0.1μM、WY14643(PPARアゴニスト),0.1μM。同様に、HIF1α阻害剤Chetomin(CTM)を、5nMで使用した。いずれもフナコシ社から入手した。
【0109】
(使用した転写因子の一覧)
Ahr、Arntl、Atf3、Atf6、Bcl6、Calr、Cebpa、Cebpb、Creb1、Crebbp、Crebl2、Csdc2、Ctcf、E2f6、Ep300、Esr2、Esrra、Esrrg、Foxc2、Foxo3、Foxp3、Gata3、Gmnn、Hdac1、Hdac2、Hdac3、control1、Hipk2、Hmg20b、Hnf4a、Hopx、Hoxa9、Ifi204、Irf3、Irf4、Irf8、Irf9、Junb、Kdm5b、Klf15、Mafk、Med1、Men1、Mkl2、Mta1、Mterf2、Nacc2、Ncoa2、Nfatc2、Nfe2l1、Nostrin、Npas2、Nr1d1、control2、Nr1h3、Nr1i3、Nr2c2、Nr3c1、Nr4a3、Nr5a2、Nupr1、Pax6、Ppara、Ppard、Pparg、Ppargc1a、Ppargc1b、Prdm1、Rb1、Rbck1、Rbl1、Rbpj、Rnf141、Rora、Rxrg、Sirt1、Smrcb1、Sox2、Spdef、Spi1、control3、Srebf1、Stat5a、Stat5b、Taf1a、Tcf7l2、Tfam、Tob1、Tp53、Trim21、Usf1、Vhl、Wt1、Zbtb20、Zbtb7a
【0110】
(レンチウイルスの作成)
転写因子を導入するためのレンチウイルスの作成は、まず、24ウェルディッシュに105/ウェルでHEK293T細胞を播種し、24時間程度培養する。HEK293T細胞はDMEM high glucose培地にFBS(終濃度10% v/v)、Glutamax(終濃度1% v/v)、Sodium Pyruvate(終濃度1% v/v)、NEAA(終濃度1% v/v)を混合した培地で培養した。播種翌日夕方にLipofectamine LTXを用いてプラスミドをトランスフェクションした。この際、24ウェルであればOPTI-MEM 50μL、Lipofectamine LTX 2μL、Plus Reagent 0.4uL、pxPAX2 0.1μg、pMD2.G 0.3μg、Transfer vector 0.3μgを混合する。なお、Transfer vectorはpLenti6/V5-DESTベクターに対し、各種転写因子を持つpENTRベクターをLR反応により作成した。Titerの測定、PSC-CMsへの感染効率の推定のために、GFPを発現するpLenti6-GFPをコントロールとして用いた。混合後、20分間、室温でインキュベートした後、HEK293T細胞にトランスフェクションを行った。トランスフェクションを行ったHEK293T細胞は、37℃のCO2インキュベーターで一晩培養を行い、翌朝(18から20時間後)に培養液を交換し(500μL/w)、さらに2日間培養を行うことでレンチウイルスを培養上清中へと産生した。培養上清を回収後、2000RPMで遠心することで、残存しているHEK293細胞を除去した。新しく24ウェルにHEK293T細胞を105/ウェルで播種し、そこに、1,5,10μLのGFP発現ウイルスを含む培養上清を加えることで、レンチウイルスの感染能(Titer)を測定した。感染3日目にGFPを測定することでinfectious units(IFU)を計算した(播種細胞数(105)×GFP%/100×1000(1μLの場合))。概ね1x107 IFU/mL以上のTiterであった。
【0111】
(PSC-CMsへの感染)
マウスMyom2-RFP株を分化誘導して作成したPSC-CMsへの感染は、産生したレンチウイルスを凍結せずそのまま用いた。分化10日目に播種したPSC-CMsは、11日目に通常の分化培地500μLへと交換した。そこに、200μLのウイルスを含む培養上清を加えた。約24時間感染を行った後、分化培地(Puromycinを含む)500μLへと交換した。この際、甲状腺ホルモン処理を行う条件ではT3 0.1μMを添加した。分化14日目以降は分化培地のみ、あるいは分化培地+T3にて培養を行った。分化18日目に、上述の実施例2と同様のRFP+の解析を行い、分化21日目にRNA-seq用のサンプルを回収した。
【0112】
〔結果〕
(転写因子の候補)
まず、本発明者らは、上述の実施例1のトランスクリプトーム解析から、心筋細胞の成熟を促進しうる転写因子として、上述の92転写因子を推定していた。
このうち、20個の転写因子はアゴニストが既知の核内受容体であったため、実施例2のMyom2-RFP株を用いて、実際に成熟を促進するアゴニストを検索した。
【0113】
(アゴニストの組み合わせ)
図17は、Myom2-RFP株を用いたアゴニストのスクリーニングをした結果を示す。具体的には、各種ホルモン、アゴニストがMyom2-RFPに与える影響を分化誘導後14日目から2週間処理を行い、RFP陽性率をFACSで評価した。各バーは、各化合物において、RFP陽性率として、RFP+となった細胞の割合(%)を示す。t検定において「*」はP<0.05、「**」はP<0.01で有意であったものを示す。なお、各薬剤の濃度は、RFP陽性率及び高濃度での毒性を勘案し、有効な範囲で最も高濃度を選択した。
【0114】
図18は、Myom2-RFP株から分化誘導させたPSC-CMs全体(RFP+及びRFP-の細胞)について、実施例1の成熟度評価法を用いた解析を行い、効果の高いホルモン、アゴニストを決定した結果を示す。図18は、単剤で上述のアゴニストを加えたものについて、成熟度スコアを用いて評価したものである。単剤ではT3が最も高い成熟度スコアとなった。
【0115】
図19は、2剤の組み合わせを示すグラフである。具体的には、効果の高かったT3に残りのアゴニストを加えて、アゴニストの組み合わせを調べた結果を示す。ここでは、T3に他のアゴニストを加え、成熟度スコアで評価したものを示す。結果として、T3+SR11237の組み合わせが好適であり、T3+GW0742の組み合わせ、又はT3+GSK4716の組み合わせも良好な結果であった。
【0116】
図20A及び図20Bは、同様に、3剤の組み合わせを示すグラフである。T3+SR11237の組み合わせに、残りのアゴニストを加えて、アゴニストの組み合わせを調べた結果を示す。結果として、T3+SR11237+GW0742の組み合わせを筆頭に、SR1001、E2、GW1929、WY14643の組み合わせも効果があった。P14程度と同様の成熟を示した。
【0117】
図21は、分化誘導後14日目から1週間(1w)又は2週間(2w)について、T3にHIF1a阻害剤であるChetominを加えて、成熟度を評価した結果を示す。図21は、T3にChetomin(CTM)を加え、成熟度スコアで評価したものを示す。それぞれ、「no tx」はコントロール、「T3」はT3のみ加えたもの、「CTM」はChetominのみ加えたもの、「T3+CTM」は、T3とChetominとを添加したものについて示す。結果として、T3にChetominを加えると、PSC-CMsの成熟が促進された。
【0118】
まとめると、心筋細胞の成熟を促進しうる、推定された92転写因子の候補のうち20は、アゴニスト既知の核内受容体であったため、好適なアゴニストの組み合わせを決定した。
具体的には、3アゴニストの組み合わせとして、T3(Thyroid hormone)又はSR11237(Pan RXRアゴニスト)と、GW0742(選択的PPARδアゴニスト)、SR1001(RORアゴニスト)、Estradiol(E2)、WY14643(PPARαアゴニストで、PPARγも活性化する)、及びGW1929(選択的PPARγアゴニスト)のいずれか、又は、HIF1aの阻害剤(CTM)を組み合わせることで、心筋細胞を成熟させることができる。これは、上述の実施例1のトランスクリプトームにおいて、PSC-CMsでは、HIF1aを阻害するVHL(von Hippel-Lindau)病の原因遺伝子産物)の活性が低く、更に、生後の心筋細胞ではHIF1aの活性が低下することからも裏付けられる。
【0119】
(カルシウムトランジェント)
図22は、本実施例のPSC-CMsをT3、T3+SR11237(SR)、T3+SR+GW(GW0742)についてのカルシウムトランジェント解析の結果を示す。コントロールの何も加えないものに比べて、シャープな波形となり、いずれも明らかに成熟していることが分かる。
【0120】
(ヒトPSC-CMsの結果)
図23に、ヒトのPSC-CMs(Takara社MiraCell Cardiomyocytes)を上述のホルモン又はアゴニストを加え、4週間(4w)培養した際の成熟度スコアを示す。T3とSR11237(SR)のいずれを加えても、成熟度スコアは上がった。上述の3剤の組み合わせを用いることで、成熟度スコアをより高めることが期待できる。また、ヒトのレポーター細胞株を樹立し、これを用いて純化することで、更に成熟度スコアを高められると考えられる。
【0121】
(心筋細胞の成熟を促進する転写因子の探索)
次に、実際に、推定された92の転写因子の候補から、実際に心筋細胞の成熟を促進する転写因子をスクリーニングした。
具体的には、92の各転写因子を発現するレンチウイルスをそれぞれ作成し、上述の実施例2のMyom2-RFP株を分化誘導させ、分化誘導後11日目(d11)のPSC-CMsに感染させ、T3を加え又は加えず、18日目(d18)でFACSを行って選択し、21日目(d21)にRNAを抽出してRNA-seqを行った。
【0122】
図24は、発達段階の各ステージのマウスに転写因子を導入した際の成熟度スコアによる解析の結果を示す。それぞれの転写因子を導入したものについて、X軸は各転写因子のみで甲状腺ホルモン(T3)を加えないもの、Y軸は各転写因子及びT3を添えものを示す。
大きな黒丸で示すCrebl2、Gata3、Nr4a3、Zbtb20、Ppagc1b、Cebpb、及びPpagc1aは、T3の有無に寄らず成熟度スコアが高かったものを示す。三角で示すArntl、Atf6、Hnf4a、Irf4、Rnf141、E2f6、Crebbp、Gmnn、Srebf1、Rbl1、Mterf2、Zbtb7a、及びRbck1はいずれかでのみ成熟度スコアが高かったものを示す。それ以外の灰色の点は、いずれでも成熟度スコアが高くないものを示し、小さな黒丸はコントロールを示す。
【0123】
この他にも、Ahr、Cebpa、Ctcf、E2f6、Esrra、Esrrg、Foxc2、Foxo3、Klf15、Irf3、Mta1、Mterf2、Nacc2、Nfe2l1、Nostrin、Nr1i3、Nr3c1、Nupr1、Ppargc1a、Ppargc1b、Rora、及びSmrcb1についても、T3の添加の有無にかかわらず、成熟度スコアは上がっていた。
【0124】
以上のように、ホルモン、核内受容体アゴニスト、HIF1a阻害剤、及び転写因子のいずれか及び/又は任意の組み合わせを用いて、心筋細胞を成熟させることができた。
【実施例4】
【0125】
(ヒトTCAP-GFP KI レポーター)
次に、上述のMyom2以外の成熟心筋細胞マーカーとして、実施例2の図6Cで示したTcapについてより詳細に試験した。
具体的には、ヒトiPS細胞のTCAP遺伝子座にGFPをノックインし、心筋細胞へと分化誘導した(以下、「ヒトTCAP-GFP KI レポーター細胞」という。)。
ノックインの元細胞として、理研バイオリソースセンターより分与を受けた610B1ヒトiPS細胞に対して、TNNT2遺伝子座3’-UTRにinternal ribosomal entry site(IRES)とpuromycin耐性遺伝子をノックインしたTNNT2-IRES-Puro株を用いた。
分化誘導はiMatrix-511に未分化iPSCを播種後、分化誘導の基礎培地としてRMPI1640培地にB27 minus insulinサプリメントを添加した培地に、分化0日目から2日目まで、CHIR99021 6μMを添加し、分化2日目から4日目までWnt-C59 2μMを添加した。分化4日目から7日目まで基礎培地のみで培養した後、分化7日目より基礎培地をRPMI16040にB27サプリメントを添加した培地とし、Puromycin 10μg/mLを分化7日目、9日目、11日目に添加することでPSC-CMsを純化した。分化14日目にPSC-CMsを継代し、iMatrix-511上で再播種した。
【0126】
図25A図25Cは、それぞれ、この細胞の分化誘導後14日目(d14)、21日目(d21)、35日目(d35)のGFPの発現量を示すRQ(Relative Quantitation)プロットの例である。陽性値(R)は、それぞれ、0.10%、0.26%、1.46%である。分化誘導後14日目~21日目ではGFP陽性細胞はみられず、35日目に、初めてGFP陽性の心筋細胞が認められた。なお、この細胞は、クローニング化されていないため、陽性率自体は低くなっている。
図26Aは、分化誘導後5週間程度の状態を示すヒトTCAP-GFP KI レポーター細胞の写真である。
図26Bは、図26Aの四角で示す箇所を拡大したものである。サルコメアに局在するGFPが確認できた。
このように、ヒトPSC-CMsの成熟レポーターとして、TCAP-GFP KI レポーター細胞を用いることが可能であった。また、TCAPは生体内で成熟に伴い増加する遺伝子であることから、成熟心筋細胞マーカーとして有用であると考えられる。
【0127】
(ホルモン、アゴニスト処理におけるPSC-CMsの成熟心筋細胞マーカーTnni3発現)
Tnni3は、従来から成熟心筋細胞マーカーとして知られている、心筋に含まれるTroponin Iタンパクをコードする遺伝子である。
図27Aは、実施例2と同様の手法にして取得したRNA-seqによる発達段階別のTnni3の発現量を示す。このように、Tnni3も、成熟に伴い発現量が変化する。
【0128】
ここでは、マウスPSC-CMsを心筋細胞へと分化誘導し、10日目に再播種し、14日目より2週間、上述の実施例3で記載したホルモン、アゴニストであるT3、T3+SR11237(SR)、T3+SR+GW0742(GW)、T3+SR+Estradiol(E2)+Hydrocortisone(HC)でそれぞれ処理した際の例である。その後、Anti-Tnni3抗体で染色し、フローサイトメトリーを行った。
図27B図27Gは、各このフローサイトメトリーの結果を示すプロットである。図27Bはコントロール、図27CはT3のみ、図27DはSRのみ、図27EはT3+SR、図27FはT3+SR+GW、図27GはT3+SR+GW+HCの結果を示す。結果として、コントロールでは22%程度がTnni3で染色されたが、T3+SRで61%、T3+SRにE2およびHCを追加することで、68%がTnni3陽性となった。
このように、本実施例のホルモン、アゴニスト処理では、従来の成熟心筋細胞マーカーにおいても成熟度が高くなることが示された。
【0129】
(マウスPSC-CMsのミトコンドリア形態)
次に、マウスPSC-CMsのミトコンドリアの形態について観察した。ここでは、ホルモン、アゴニストで処理したマウスPSC-CMsのミトコンドリアの形態を観察した。具体的には、マウスPSC-CMsを心筋細胞へと分化誘導し、10日目に再播種し、14日目より2週間、ホルモン、アゴニストであるT3、SR、GW、HCとこれらの組み合わせでそれぞれ処理した。
【0130】
図28は、この処理後の細胞について、Mitotracker及びHeochsestにより、ミトコンドリア及び核をそれぞれ染色した例である。各写真において、左上枠は小さい枠内を拡大したものである。結果として、コントロールでは未熟な心筋細胞で、特徴的な網目状のミトコンドリアが観察された。一方、T3+SR+GWにより、ミトコンドリアがサルコメア内にパックされた形態となった。
図29に、コントロールとT3+SR+GWとを更に拡大した写真を示す。この写真においても、左上枠は小さい枠内を拡大したものである。
サルコメア内にパックされた形態は、成熟した心筋細胞で認められるミトコンドリア形態である。すなわち、ホルモン、アゴニスト処理により、成熟した心筋細胞らしいミトコンドリア形態となることが示された。
【0131】
(マウスPSC-CMsのミトコンドリア機能)
さらに、マウスPSC-CMsのミトコンドリア機能について調べた。ここでは、ホルモン、アゴニストで処理したマウスPSC-CMsのミトコンドリアの機能として、酸素消費量、酸素消費速度(Oxygen Consumption Rate、以下、「OCR」という。)について調べた。具体的には、マウスPSC-CMsを心筋細胞へと分化誘導し、10日目に再播種し、14日目より2週間、ホルモン、アゴニストであるT3、SR、GWで処理を行った。酸素消費量は、Agilent社製のSeahorseを用いて評価した。
【0132】
図30A図30Eにより、この結果について説明する。図30Aは、抽出されたミトコンドリアに、阻害剤であるオリゴマイシン(Oligomycin)、FCCP、ロテノン(Rotenone)及びアンチマイシンA(Antimycin A)をそれぞれ添加しながら、継続的にOCRを計測し、ミトコンドリア機能の評価を行ったグラフである。横軸は時間、縦軸はOCR(pmol/分)を示す。また、図30BはBasal Respiration、図30CはATP-linked Respiration、図30DはProton leak、図30Eは、Maximal Respirationをそれぞれ示す。このアッセイの阻害剤(脱共役剤)であるFCCPを投与した後に見られるMaximal Respirationがミトコンドリア機能の最大能と考えられる。すなわち、結果として、T3+SR(+GW)により、OCRやMaximal Respirationが増加、マウスPSC-CMsでミトコンドリア機能の向上がみられた。
【0133】
(ヒトPSC-CMsのカルシウムトランジェント)
次に、ヒトPSC-CMsの心筋細胞の生理学的な機能について、まずはカルシウムトランジェントを調べた。ここでは、上述した通り、ヒトiPS細胞を心筋細胞へと分化誘導、純化した後、分化誘導後10日目に再播種し、14日目より2週間、上述のホルモン、アゴニストで処理を行った。その後、上述の実施例2と同様に、細胞内カルシウムに応答し、蛍光を発するCalbryte 520を用いて、細胞内のカルシウム動態を評価した。本実施例では、1秒ごとに心筋細胞へ電気刺激を加え、Calbryte 520による蛍光輝度の変化を測定、評価した。
【0134】
図31A図31Jにより、この結果について説明する。図31Aはコントロールの無処理、図31BもコントロールのDMSOのみ、図31CはT3、図31DはSR、図31EはGW、図31FはT3+SR、図31GはT3+GW、図31HはSR+GW、図31IはT3+SR+GW、図31JはT3+HCでそれぞれ処理した結果を示す。各グラフは、横軸が時間(秒)、縦軸がピーク振幅(F/F0)の値を示す。
結果として、コントロールでは僅かな変動しか示さないのに対して、T3+SR処理、あるいはT3+SRにGWを加えた条件で大幅なカルシウム濃度の変動が認められた。これは成熟した心筋細胞に特徴的な変化であった。すなわち、T3+SR(+GW)の処理により、心筋細胞の生理学的な機能が向上したことが示された。
【0135】
(ヒトPSC-CMsのミトコンドリア形態)
さらに、ホルモン、アゴニストで処理したヒトPSC-CMsのミトコンドリアの形態を観察した。具体的には、ヒトiPS細胞を心筋細胞へと分化誘導した後、分化誘導後10日目に再播種し、14日目より2週間、上述のホルモン、アゴニストで処理を行った。
【0136】
図32は、この処理後の細胞を、Mitotracker(緑)及びHeochsest(青)により、ミトコンドリア及び核を染色したものを示す。T3+SR、T3+GW、T3+SR+GWの条件で、コントロールに対して大幅なミトコンドリア量の増加が認められた。
【0137】
(ヒトPSC-CMsのミトコンドリア機能)
また、ヒトiPS細胞を心筋細胞へと分化誘導した後、分化誘導後10日目に再播種し、14日目より2週間、上述のホルモン、アゴニストで処理を行った。ここでは、脂質(Chemically Defined Lipid、Thermo Fisher Scientific社製、カタログ番号11905、以下「CD lipid」という。)を加えた条件と、加えない条件とて培養した。その後、JC-1色素を用いて、活性型ミトコンドリア量の評価を行った。
【0138】
図33Aに、このJC1色素による蛍光の概念を示す。JC-1色素は、活性型のミトコンドリアで赤色蛍光を、不活性型のミトコンドリアでは緑色の蛍光を発する。
図33Bにこの結果を示す。脂質(CD lipid)を添加していない培養条件では、いずれの条件であっても、活性型ミトコンドリアの割合が少なかった。一方、CD lipidを培地の1/100量、10時間添加することで、活性型:不活性型ミトコンドリア比は逆転し、多くが活性型ミトコンドリアとなった。
図33Cは、図33BのT3+HCの結果を示す結果のプロットである。「G」が活性型JC-1、「I」が不活性型JC-1の割合を示す。
【0139】
次に、これらの各処理後の細胞について、上述のマウスPSC-CMsと同様にOCRを調べた。ここでは、ヒトiPS細胞を心筋細胞へと分化誘導した後、分化誘導後10日目に再播種し、14日目より2週間、記載のホルモン・アゴニストに加えてCD lipid(1/100量)を添加し培養した。
【0140】
図34にこの結果を示す。T3+SR+GW+脂質の組み合わせにより、酸素消費量(OCR、特にMax Respiration)が増大した。このように、ホルモン、アゴニストの処理に加えて脂質を加えることで、ヒトのPSC-CMsでも心筋細胞の生理学的な機能をより向上させることが可能となった。すなわち、ヒト細胞でも、十分な成熟度が得られた。
【0141】
なお、上記実施の形態の構成及び動作は例であって、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更して実行することができることは言うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0142】
本発明によれば、心筋細胞の成熟方法により実際に成熟した心筋細胞を提供し、これを移植医療や創薬支援等に用いることができ、産業上利用可能である。
【符号の説明】
【0143】
1 心筋細胞成熟度評価装置
10 制御部
11 記憶部
12 入力部
13 表示部
100 評価部
110 トランスクリプトームデータ
120 結果データ
130 心筋細胞成熟度評価プログラム
図1A
図1B
図1C
図1D
図2
図3
図4A
図4B
図5A
図5B
図6A
図6B
図6C
図7A
図7B
図8A
図8B
図9A
図9B
図9C
図10A
図10B
図10C
図10D
図10E
図10F
図11
図12A
図12B
図12C
図13A
図13B
図13C
図13D
図13E
図14
図15A
図15B
図16
図17
図18
図19
図20A
図20B
図21
図22
図23
図24
図25A
図25B
図25C
図26A
図26B
図27A
図27B
図27C
図27D
図27E
図27F
図27G
図28
図29
図30A
図30B
図30C
図30D
図30E
図31A
図31B
図31C
図31D
図31E
図31F
図31G
図31H
図31I
図31J
図32
図33A
図33B
図33C
図34