(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-04
(45)【発行日】2024-07-12
(54)【発明の名称】抗菌剤のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/02 20060101AFI20240705BHJP
A61K 31/166 20060101ALI20240705BHJP
A61K 31/18 20060101ALI20240705BHJP
A61K 31/196 20060101ALI20240705BHJP
A61K 31/222 20060101ALI20240705BHJP
A61K 31/235 20060101ALI20240705BHJP
A61K 31/26 20060101ALI20240705BHJP
A61K 31/536 20060101ALI20240705BHJP
A61P 31/04 20060101ALI20240705BHJP
C07D 265/26 20060101ALN20240705BHJP
【FI】
C12Q1/02
A61K31/166
A61K31/18
A61K31/196
A61K31/222
A61K31/235
A61K31/26
A61K31/536
A61P31/04
C07D265/26
(21)【出願番号】P 2017201889
(22)【出願日】2017-10-18
【審査請求日】2020-10-05
【審判番号】
【審判請求日】2022-11-25
(73)【特許権者】
【識別番号】307014555
【氏名又は名称】北海道公立大学法人 札幌医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100102842
【氏名又は名称】葛和 清司
(74)【復代理人】
【識別番号】100168918
【氏名又は名称】杉江 顕一
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 豊孝
(72)【発明者】
【氏名】横田 伸一
【合議体】
【審判長】上條 肇
【審判官】加々美 一恵
【審判官】福井 悟
(56)【参考文献】
【文献】特表2003-502353(JP,A)
【文献】TATEDA,Kazuhiro, et al.,Effects of sub-MICs of erythromycin and other macrolide antibiotics on serum sensitivity of Pseudomonas aeruginosa, Antimicrobial agents and chemotherapy, 1993年, Vol.37, No.4, pp.675-680, https://doi.org/10.1128/AAC.37.4.675
【文献】Bruno,J.G., et al., In vitro antibacterial effects of antilipopolysaccharide DNA aptamer-C1qrs complexes, Folia microbiologica, 2008年, Vol.53, No.4, pp295-302, https://link.springer.com/article/10.1007%2Fs12223-008-0046-6
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q1/00-1/70
PUBMED
Google Scholar
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS/EMBASE(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
感染症を予防および治療するための治療薬のスクリーニング方法であって、
(a)体液存在下の培地において、微生物の発育を阻害する被検物質(ただし、抗LPSアプタマーと補体の第一成分(C1qrs)との複合体の場合を除
く)を選択する工程、
(b)(a)の工程において選択された被検物質において、体液非存在下の培地においては微生物の発育を阻害しない被検物質を選択する工程、
を含み、微生物が感染部位において発育に必須となる因子の機能もしくは発現を阻害、抑制する、前記方法。
【請求項2】
微生物が、細菌である、請求項1に記載の治療薬のスクリーニング方法。
【請求項3】
細菌が、抗菌剤耐性菌である、請求項2に記載の治療薬のスクリーニング方法。
【請求項4】
微生物が、腸内細菌科細菌、ブドウ糖非発酵菌、ブドウ球菌属、レンサ球菌属および腸球菌属からなる群から選択される、請求項1または2に記載の治療薬のスクリーニング方法。
【請求項5】
体液が、血液、血清、尿、気管支粘液、肺胞粘液、髄液、涙、鼻汁、唾液または消化液である、請求項1~4のいずれか一項に記載の治療薬のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は抗菌剤のスクリーニング方法および当該スクリーニングで得られた抗菌剤に関する。
【背景技術】
【0002】
感染症は、細菌、真菌、ウイルス等の微生物への感染により引き起こされる疾患であり、その治療のためこれまで数多くの抗菌剤が開発され、医療現場に大きく貢献してきた。しかしながら高齢化に加えたこれらの抗菌剤に対する耐性菌の出現により、感染症による死亡者数は年々増加し続けており、医療現場からは早急な対策が望まれている。この深刻な現況から耐性菌を国際的脅威ととらえ、2015年5月の世界保健総会において、「薬剤耐性(AMR)に関するグローバル・アクション・プラン」が採択された。この枠組みにおいて、日本では「薬剤耐性の研究や、薬剤耐性微生物に対する予防、診断、治療手段を確保するための研究開発を促進する」ことを目標の1つとし、感染症を予防および治療するための新規な治療薬の開発が推奨されている。
【0003】
感染症による疾患としては、敗血症、尿路感染症、呼吸器感染症、消化管感染症等、あらゆる臓器における疾患が存在し、特に敗血症は死亡率の高い疾患である。敗血症は現在、世界で年間約800万人、日本では年間約12000人、米国では年間23000人という死亡者数をもたらしており、死亡者数がこの10年で約2倍に増加している深刻な疾患である。敗血症は免疫力の低下に伴い引き起こされることが多く、典型的には肺炎、外傷、侵襲度の高い手術、栄養不良、がんまたはAIDS等に起因して引き起こされることが多い。またその症状は、通常、発熱、血圧低下、呼吸促迫、頻脈等に始まり、数時間のうちに、播種性血管内凝固症候群、急性呼吸窮迫症候群、多臓器不全、ショックを引き起こし、最終的には死にいたるというものである。これらの症状は、サイトカイン、白血球および補体などの宿主防御反応、すなわち炎症反応が全身で過剰に活性化されることで引き起こされることが知られている。
【0004】
この敗血症は、微生物の感染、特に細菌(グラム陰性もしくはグラム陽性細菌)の感染に起因して引き起こされることが多く、特にグラム陰性細菌の感染によって引き起こされることが多い。また、薬剤耐性化に関連して、臨床現場では、例えばクロストリジウム・ディフィシル、カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)、多剤耐性アシネトバクター、薬剤耐性カンピロバクター、基質特異性拡張型βラクタマーゼ(ESBL)産生腸内細菌科細菌、バンコマイシン耐性エンテロコッカス(VRE)、多剤耐性緑膿菌、薬剤耐性非チフス性サルモネラ菌、薬剤耐性サルモネラ・チフィ、薬剤耐性赤痢菌、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、薬剤耐性肺炎球菌、バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)、エリスロマイシン耐性A群レンサ球菌、およびクリンダマイシン耐性B群レンサ球菌など、多くの耐性菌が全世界で問題になっている現状である。さらに、臨床現場では、多剤耐性菌などの耐性菌による感染症治療の最終手段として、コリスチンやチゲサイクリンが承認されているが、近年、これらの抗菌剤に対しても耐性を示す菌の存在が確認され始めており、例えばコリスチンに対しては、耐性遺伝子mcrを有する細菌が世界中で確認されており、チゲサイクリンの耐性菌の存在もまた確認されはじめている。
【0005】
多剤耐性菌に対する治療の最終手段と位置づけられているこれらの抗菌剤への耐性菌の出現により、臨床現場では新しい抗菌剤の迅速な開発が期待されている。本発明による抗菌剤のスクリーニング方法は、そのような多剤耐性菌に対する抗菌剤を探索するための新たな手法として期待される。
【0006】
非特許文献1には、チゲサイクリン(TGC)に耐性を有する大腸菌の臨床分離株について記載されており、TGC耐性株がフルオロキノロン耐性株のなかからのみ見出されたこと、TGC耐性株は、感受性分離株と比較して薬剤排出ポンプをより高度に発現していること、細胞内のTGC濃度がより低いこと、さらに薬剤排出ポンプの発現調節因子に遺伝子変異を有することが記載されている。また、結果としてフルオロキノロン耐性大腸菌分離株は、排出ポンプの過剰発現を起こすことでTGCの細胞内濃度が低下し、TGC感受性が低下することが記載されている。
【0007】
また、非特許文献2には、尿路感染症から分離された大腸菌の血清感受性について記載されている。この中では、大腸菌が産生する抗菌タンパク質コリシンを用いた研究により、抗菌剤耐性と血清耐性が必ずしも関連しないこと、血清耐性とコリシン生産性の相関関係も明らかでないこと、およびヘモリシンが血清耐性と深く関連していることが記載されている。
【0008】
非特許文献3では、尿路感染症や血流感染の原因となっている大腸菌の多剤耐性クローンST131において、血清耐性の分子メカニズムが検討され、血清耐性に関与する遺伝子、特にLPS生合成遺伝子群について記載されている。この中で、LPS生合成遺伝子群についてO抗原生合成に関与するオペロン、リピドAおよびコア多糖生合成に関与するwaa遺伝子群を含むオペロン、腸内細菌共通抗原の生合成に関与するオペロン、およびwaa遺伝子群の発現調節に関与する遺伝子rfaHなどがその機能と共に記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【文献】Antimicrob. Agents Chemother. 2017 Jan 24;61(2).
【文献】Infect. Immun. Vol.35, 1982, 270-275.
【文献】PLOS Genetics 2013 Oct. Vol.9, Issue 10, e1003834.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、新たなアプローチによる病原微生物、特に抗菌剤耐性菌を対象とした感染症の治療および予防薬の探索のためのスクリーニング方法を提供することにある。さらに、本発明の別の課題は、細菌、特に抗菌剤耐性菌に有効な抗菌剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、細菌、特に抗菌剤耐性菌に有効な抗菌剤を得るためのスクリーニングにおいて、既存の抗菌剤の探索において見落とされてきた化合物を対象とすることで上記目的を達成するスクリーニング方法を開発すべく検討を開始した。かかる目的を達成するため鋭意検討を重ねたところ、一般的な培養方法では微生物の発育に影響を与えないが、感染部位などの生体内の特定部位において微生物の発育に必須となる因子(in vivo Essential factor=vivoEF)に着目し、さらに研究を進めた結果、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は以下に関する。
[1]抗菌剤のスクリーニング方法であって、
(a)体液存在下の培地において、微生物の発育を阻害する被検物質を選択する工程、
(b)(a)の工程において選択された被検物質において、体液非存在下の培地においては微生物の発育を阻害しない被検物質を選択する工程、
を含む、前記方法。
[2]微生物が、細菌である、[1]に記載の抗菌剤のスクリーニング方法。
[3]細菌が、抗菌剤耐性菌である、[2]に記載の抗菌剤のスクリーニング方法。
[4]微生物が、腸内細菌科細菌、ブドウ糖非発酵菌、ブドウ球菌属、レンサ球菌属および腸球菌属からなる群から選択される、[1]または[2]に記載の抗菌剤のスクリーニング方法。
[5]体液が、血液、血清、尿、気管支粘液、肺胞粘液、髄液、涙、鼻汁、唾液または消化液である、[1]~[4]のいずれかに記載の抗菌剤のスクリーニング方法。
[6]式(I)
【化1】
式中、
Aは、COOH、CH
2-N=C=SまたはCH
2-S-C≡Nであり、
R
1、R
2、R
3、R
4およびR
5は、それぞれ独立して、水素、ハロゲン、OH、OR
6、NH
2、NHR
6、N(R
6)
2、COOH、COOR
6、アルキル、アルケニル、アルキニルまたはOCOR
6であり、
R
6は、アルキル、アルケニルまたはアルキニルである、
で表される化合物、あるいはそれらの薬学的に許容し得る塩、溶媒和物、プロドラッグを含む、大腸菌のための抗菌剤。
[7]プロドラッグが、式(II)
【化2】
式中、
R
2、R
3、R
4およびR
5は、それぞれ独立して、水素、ハロゲン、OH、OR
6、NH
2、NHR
6、N(R
6)
2、COOH、COOR
6、アルキル、アルケニル、アルキニルまたはOCOR
6であり、
R
6は、アルキル、アルケニルまたはアルキニルである、
で表される化合物である、[6]に記載の大腸菌のための抗菌剤。
【発明の効果】
【0013】
本発明のスクリーニング方法により、従来知られていたものとは異なる新たな作用機序によって抗菌活性を示す、新規な抗菌剤が提供される。すなわち本発明により提供される化合物が、体液に存在する生体内成分に対する微生物の感受性を高めて抗菌活性を示すものと考えられる。したがって、かかるスクリーニング方法により選択された被検物質は従来の抗菌剤にはない新たな作用機序を有し、多剤耐性菌感染症にも対応できる抗菌剤となることが期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、左図では、野生型菌株およびwaa遺伝子群プロモーター欠損菌株について、LB培地における発育の時間経過を測定した結果を示し、右図では、両菌株の懸濁液に血清の存在下および血清非存在下の菌の生残数をコロニー形成法で測定した結果を示した図である。
【
図2】
図2は、化合物ライブラリーのスクリーニングにより選択された化合物について、濃度の異なる血清の存在下および血清非存在下の各LB培地における大腸菌の発育をOD600により測定した結果、およびIC
50値を示した図である。
【
図3】
図3は、化合物ライブラリーのスクリーニングにより選択された化合物について、濃度の異なる血清の存在下および血清非存在下の各LB培地における大腸菌の発育をOD600により測定した結果、およびIC
50値を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明について、詳細に説明する。
本発明において、「抗菌剤」とは、微生物により引き起こされる感染症の治療もしくは予防のために用いられる物質であり、好ましくは低分子もしくは高分子の有機化合物であり、より好ましくは低分子有機化合物である。
本発明の抗菌剤は、これらに限定するものではないが、例えば全身性感染症(敗血症、髄膜炎を含む)、泌尿器感染症(尿路感染症を含む)、呼吸器感染症(肺炎を含む)、消化器感染症、皮膚感染症、腹腔内感染症、性感染症に用いることができ、好ましくは敗血症、尿路感染症、肺炎、髄膜炎に用いることができ、最も好ましくは敗血症に用いることができる。
【0016】
本発明において、「体液」とは、生体内成分を含む体液を意味する。体液の例としては、これらに限定するものではないが、例えば血液、血清、尿、気管支粘液、肺胞粘液、髄液、涙、鼻汁、唾液、消化液などを用いることができ、好ましくは血清、尿、気管支粘液、肺胞粘液、特に好ましくは血清である。また、本発明における抗菌効果において重要な役割を担う各「体液に存在する生体内成分」は、これらに限定するものではないが、例えば、血清においては補体、唾液、涙および鼻汁においてはリゾチーム、尿、消化液においては免疫グロブリンである。
本発明において、「血液」とは、有形成分である赤血球、白血球、血小板等および液体成分である血漿からなる体液であり、血漿はさらに血清と血餅からなる。
本発明において、「抗菌剤耐性菌」とは、1系統以上の抗菌剤に対して抵抗性を有する微生物であって、当該1系統以上の抗菌剤が効かない微生物のことである。また、本明細書において、用語「抗菌剤耐性」と「薬剤耐性」は同義で用いられる。
【0017】
「補体」とは、微生物の侵入により活性化されて感染に対する重要な防御系を形成する一連の約20種のタンパク質に与えられた名称である。一般に微生物の細胞の内膜、外膜または莢膜の成分は、補体酵素カスケードの複雑で連係した経路を誘発し、その結果、補体は、例えば、浸透圧溶解による微生物の殺傷および/または食作用へのオプソニン化、炎症部位への白血球の走化性の誘引、白血球の活性化、及び免疫複合体のプロセシングを引き起こす。微生物の殺傷における補体の役割としては膜侵襲複合体(membrane attack complex、以下MACという)がある。補体が活性化されるとMACが形成され、微生物の細胞膜を破壊するなどして感染性生物を殺傷する。
「リゾチーム」とは、細菌の細胞壁のペプチドグリカンを破壊することにより溶菌を引き起こす加水分解酵素であり、唾液、涙および鼻汁などに存在する。
「免疫グロブリン」とは、血液、組織液等の体液中に存在し、リンパ系細胞によって作り出されるタンパク質(抗体)である。免疫グロブリンには、IgG、IgA、IgM、IgDおよびIgEがあり、細菌やウイルスの働きを阻害するものもある。特にIgG、IgA、IgMのいずれかが本発明の抗菌効果に寄与しているものと考えられる。
【0018】
本発明の「微生物」は、細菌、真菌、ウイルスであり、好ましくは細菌である。
本発明の「細菌」は、グラム陽性菌またはグラム陰性菌であり、特に好ましくは腸内細菌科細菌、ブドウ糖非発酵菌、ブドウ球菌属、レンサ球菌属、腸球菌属である。
本発明の「被検物質」は、これらに限定するものではないが、天然または合成の有機または無機の低分子または高分子物質等の任意の物質であってよく、典型的には、低分子有機化合物である。
【0019】
本発明の「多剤耐性菌」とは、2系統以上の抗菌剤に対して抵抗性を有する微生物であって、当該2系統以上の抗菌剤が効かない微生物のことである。
本発明におけるvivoEFとしては、これらに限定するものではないが、例えばLPS合成遺伝子である。本発明者らは、LPS合成遺伝子群に関してwaaオペロン、waaプロモーターおよびrfaH遺伝子の欠損菌株を用いて、LPS合成遺伝子がvivoEFとなり得ること、すなわち、一般的な培養方法では細菌の発育に必須ではないが、生体内で細菌が発育する上で必須となる因子であることを見出した(実施例1)。
「LPS」とは、グラム陰性菌の細胞壁表面に存在するリピドAという脂質部分、コア多糖部分およびO抗原部分からなる糖脂質である。waaオペロンは、LPS合成に関与するLPS合成遺伝子群の転写単位であり、これを欠損している菌株は細胞壁表面にコア多糖、O抗原、莢膜を有さない。
【0020】
本発明者らは、大腸菌を用いて、LPS合成遺伝子群のうち、上記waaオペロン、またはLPSの発現の調節に関与する遺伝子rfaHが欠損した菌株は血清存在下で発育できないことを確認し、LPS合成遺伝子がvivoEFとなり得ることを見出した。
【0021】
本発明におけるスクリーニング方法により得られた被検物質が抗菌活性を示すメカニズムは明らかではないが、当該被検物質が上記タンパク質を含む体液中成分に対して微生物を感受性にする働きをもたらすと考えられ、例えば血清を用いた場合、当該被検物質が微生物を血清感受性にするものと考えられる。すなわち、実施例2における大腸菌を用いた場合、当該被検物質はLPS生合成遺伝子群のいずれかの働きを抑制することにより、微生物を血清感受性にし、補体の働きにより抗菌活性を示したものと考えられる。ただし、当該被検物質は、必ずしもLPS生合成遺伝子群のいずれかの働きを抑制するものに限らない。
【0022】
本明細書において微生物が血清感受性であるとは、血清中の生体内成分であるタンパク質、特に補体が、MACを形成し、微生物の細胞膜を破壊できる状態のこと、微生物が細菌である場合、菌体表面において血清殺菌能が働き得る状態になっていることである。しかし、本成分は自然免疫に関与するタンパク質に限らない。
本明細書に記載する抗菌剤は、微生物感染に関連する疾患を治療または予防するために使用することができる。
【0023】
本発明の1つの態様において、本発明の微生物を血清感受性にする抗菌剤としては、例えば、以下の構造を有する化合物、その薬学的に許容される塩、またはプロドラッグを含む抗菌剤耐性大腸菌のための抗菌剤が挙げられる。
【0024】
式(I)
【化3】
において、
Aは、COOH、CH
2-N=C=SまたはCH
2-S-C≡Nを示し、
R
1、R
2、R
3、R
4およびR
5は、それぞれ独立して、水素、ハロゲン、OH、OR
6、NH
2、NHR
6、N(R
6)
2、COOH、COOR
6、アルキル、アルケニル、アルキニルまたはOCOR
6であり、
R
1は、好ましくはH、OH、OR
6、OCOR
6またはR
6であり、特に好ましくはH、OH、CH
3またはOCOCH
3であり、
R
2は、好ましくはH、R
6、OH、OR
6、OCOR
6、NH
2、NHR
6またはN(R
6)
2であり、特に好ましくはH、CH
3、OCOCH
3またはNH
2であり、
R
3は、好ましくはH、R
6、OH、OR
6、OCOR
6、NH
2、NHR
6またはN(R
6)
2であり、特に好ましくはHまたはNH
2であり、
R
4は、好ましくはH、R
6、OH、OR
6またはOCOR
6であり、特に好ましくはHであり、
R
5は、好ましくはH、R
6、OH、OR
6またはOCOR
6であり、特に好ましくはHであり、
R
6は、アルキル、アルケニルまたはアルキニルであり、好ましくはアルキルまたはアルケニルであり、特に好ましくはアルキルである、
で表される化合物、あるいはそれらの薬学的に許容し得る塩、溶媒和物、プロドラッグを含む、大腸菌のための抗菌剤。
【0025】
また、ある態様において、プロドラッグは、式(II)
【化4】
において、
R
2、R
3、R
4およびR
5は、それぞれ独立して、水素、ハロゲン、OH、OR
6、NH
2、NHR
6、N(R
6)
2、COOH、COOR
6、アルキル、アルケニル、アルキニルまたはOCOR
6であり、
R
2は、好ましくはH、R
6、OH、OR
6またはOCOR
6であり、特に好ましくはHであり、
R
3は、好ましくはH、R
6、OH、OR
6またはOCOR
6であり、特に好ましくはHであり、
R
4は、好ましくはH、R
6、OH、OR
6またはOCOR
6であり、特に好ましくはHであり、
R
5は、好ましくはH、R
6、OH、OR
6またはOCOR
6であり、特に好ましくはHであり、
R
6は、アルキル、アルケニルまたはアルキニルであり、好ましくはアルキルまたはアルケニルであり、特に好ましくはアルキルである、
で表される化合物であり得る。
【0026】
本明細書において、アルキルは直鎖状、分枝状、環状、またはそれらの組み合わせからなるアルキル基のいずれであってもよい。アルキル基の炭素数は、これらに限定するものではないが、例えば炭素数1~10個、好ましくは炭素数1~5個であり、特に好ましくはメチル、エチルまたはプロピルである。また、アルキル基は任意の置換基を1個以上有していてもよい。上記置換基としては、これらに限定するものではないが、例えば、アルコキシ基、ハロゲン、アミノ基、モノもしくはジ置換アミノ基、カルボキシル基、カルボキシエステル基、置換シリル基、またはアシルなどを挙げることができる。アルキル基が2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。アルキル部分を含む他の置換基(例えばアルコシ基、アリールアルキル基など)のアルキル部分についても同様である。
【0027】
本明細書において、アルケニルは、少なくとも1つの二重結合を有している直鎖または分枝鎖のアルケニル基であり、これらに限定するものではないが、例えば、ビニル、アリル、1-プロペニル、イソプロペニル、1-ブテニル、2-ブテニル、3-ブテニル、1,3-ブタンジエニル、1-ペンテニル、2-ペンテニル、3-ペンテニル、4-ペンテニル、1,3-ペンタンジエニル、1-ヘキセニル、2-ヘキセニル、3-ヘキセニル、4-ヘキセニル、5-ヘキセニルおよび1,4-ヘキサンジエニルを含む。アルケニル基の炭素数は、これらに限定するものではないが、例えば炭素数1~10個、好ましくは炭素数1~5個である。アルケニル基は任意の置換基を1個以上有していてもよい。上記置換基としては、これらに限定するものではないが、例えば、アルコキシ基、ハロゲン原子、アミノ基、モノもしくはジ置換アミノ基、置換シリル基、またはアシルなどを挙げることができる。アルキルケニル基が2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。
【0028】
本明細書において、アルキニルは、少なくとも1の三重結合を有している直鎖または分枝鎖のアルキニル基であり、これらに限定するものではないが、例えば、エチニル、1-プロピニルおよびプロパルギルを含む。
本明細書において、ハロゲンは、F、Cl、BrまたはIのいずれかである。
本明細書において、薬学的に許容される塩は、慣用的な方法によって製造される。式Iで表される化合物がカルボキシル基を含む場合は、これらに限定するものではないが、アルミニウム、アンモニウム、カルシウム、銅、鉄(III)、鉄(II)、リチウム、マグネシウム、マンガン(III)、マンガン(II)、カリウム、ナトリウムおよび亜鉛塩などの金属を含む塩、第一、第二および第三アミン類、また天然に存在する置換アミン類を含む置換アミン類、環状アミン類を含み、好ましくはカリウム、ナトリウム、アンモニウム塩であり、特に好ましくはカリウム、ナトリウム塩である。また、これらの塩は、当該化合物を好適な塩基と反応させて対応する塩基付加塩を得ることによって生成することができ、塩基としては、例えば、水酸化カリウム、水酸化ナトリウムおよび水酸化リチウムを含むアルカリ金属水酸化物;アルカリ土類金属水酸化物、例えば水酸化バリウムおよび水酸化カルシウム;アルカリ金属アルコキシド類、例えばカリウムエトキシドおよびナトリウムプロポキシド;ならびに種々の有機塩基、例えばトリエチルアミン、ピペリジン、ジエタノールアミンおよびN-メチルグルタミンを用いることができる。
【0029】
本明細書において、プロドラッグとは、水に対する溶解性、安定化、バイオアベイラビリティーの改善等を目的とした式Iで表される化合物の誘導体であって、生物学的条件下において、加水分解、酸化等により、式Iで表される化合物を提供することができるあらゆるものを意味する。プロドラッグの例としては、これらに限定するものではないが、式Iで表される化合物の誘導体および代謝物であって、加水分解可能部分を含むもの、例えば生体内で加水分解可能なカルボン酸エステル、カルバメート、カルボナート、ウレイド、ホスファートおよびエーテルがあり、好ましくはカルボン酸エステル、エーテルであり、カルボン酸エステルの場合、体内でエステラーゼにより加水分解され活性化される。カルボキシル基を有する化合物のプロドラッグとしては、これらに限定するものではないが、例えばカルボン酸エステル、アミド、イミドなどがある。また、エーテルとしては、これらに限定するものではないが、例えばアルキルエーテル、シリルエーテルがある。また、本発明の1つの態様において、プロドラッグは式IIで表される化合物であってよい。
【0030】
本発明の大腸菌のための抗菌剤は、上述のとおり、従来の抗菌剤とは異なる新たな作用機序により大腸菌を攻撃し死滅させるものである。したがって、本発明の好ましい態様において、本発明の抗菌剤は、従来の抗菌剤が有効でなくなった対象における大腸菌による感染症の治療、予防に用いることができる。
【0031】
以上、本発明について好適な実施態様に基づき詳細に説明したが、本発明はこれらに限定されず、各構成は、同様の機能を発揮し得る任意のものと置換でき、または任意の構成を付加することもできる。
【実施例】
【0032】
実施例1
野生型株、waaオペロン欠損株(△waa)およびrfaH遺伝子欠損株(△rfaH)のLB培地における大腸菌の増殖を血清の有無により比較した結果を以下に示す。
【表1】
表中の増殖の評価において、「+」はOD600が0.3以上、「-」はOD600が0.1以下を表す。
上記表に記載のとおり、waaオペロン欠損株およびrfaH遺伝子欠損株は、血清非存在下では大腸菌の発育を阻害しないが、血清存在下ではその発育が阻害されることを確認した。
評価に用いた細菌は、患者より分離された薬剤耐性大腸菌であり、実施例2の評価に用いた菌株と同一である。本株はβ-ラクタム系抗菌薬(ペニシリン系および第3世代セファロスポリン系抗菌薬)およびフルオロキノロン系抗菌薬に耐性を示す。
評価に用いたLB培地は、Becton,Dickinson and Company(Franklin Lakes,NJ)から購入したDifco
TM LB Broth,Lennox粉末20gを蒸留水1Lに加え、オートクレーブ滅菌したものからなる。
【0033】
野生型株およびLPS合成遺伝子のwaaプロモーター欠損株について、LB培地における増殖の時間による変化を血清の有無により測定した結果を
図1に示す。OD600は、600nmにおける吸光度であり、菌体量を示す数値として用いられる。OD600の測定には、Infinite M200 PRO (TECAN,Maennedorf,Switzerland)を用いた。
図1より、waaプロモーター欠損株は血清非存在下でのLB培地では発育するが、血清存在下では発育しないことが示された。この結果より、LPS合成遺伝子は、vivoEFとなり得ることが示された。
【0034】
実施例2
化合物はジメチルスルホキシドで100mMに溶解したものから滅菌済みの精製水で40μMに希釈し、10μLずつ384 well polypropylene plate(Greiner Japna,Tokyo)に加えた。
評価に用いた細菌は、患者より分離された薬剤耐性大腸菌であり、実施例1の野生株と同一である。本株はβ-ラクタム系抗菌薬(ペニシリン系および第3世代セファロスポリン系抗菌薬)およびフルオロキノロン系抗菌薬に耐性を示す。
評価に用いた2x MHB-II培地は、Becton,Dickinson and Company(Franklin Lakes,NJ)から購入したBBLTM Mueller-Hinton II broth,Lennox粉末44gを蒸留水1Lに加え、オートクレーブ滅菌したものからなる。滅菌後本培地に0%、4%または8%(vol/vol)になるように血清を加えた。血清は、CEDARLANE(Burlington,Canada)から購入したHuman Complement,Pooled,Frozenを用いた。本液に薬剤耐性大腸菌を5x103cfu/mLになるように菌液を加えた。本液を各10μLずつ、化合物添加済み(最終濃度,20μM)の384 well polypropylene plateに加え、37℃で16時間培養した。培養後、OD600を測定した。本方法で4%,8%のいずれかの血清存在下で抗菌活性を示し(OD600が1.0以下)、血清0%で抗菌活性を示さなかった(OD600が3.0以上)化合物に対しては、化合物濃度を調整し(7.8、15.6、31.3、62.5、125、250、500、1000μM)した上記の方法でIC50を算出した。
【0035】
化合物ライブラリーを用いたスクリーニング結果を
図2および
図3に示す。
図2および
図3に記載のとおり、式Iおよび式IIに記載の化合物が血清非存在下では大腸菌の発育を阻害しないが、血清存在下においては血清濃度依存的に大腸菌の発育を阻害するという結果が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明のスクリーニング方法は、従来知られていたものとは異なる新たな作用機序によって抗菌活性を示す、新規な抗菌剤を選択する方法である。すなわち本発明により選択される化合物は、体液中の生体内物質を介して微生物を感受性にすることにより抗菌活性を示すという作用機序により抗菌活性を示すものと考えられ、細菌、特に抗菌剤耐性菌に対する抗菌剤となり得る。