IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 大阪富士工業株式会社の特許一覧 ▶ 冨士レジン工業株式会社の特許一覧

特許7515130封孔処理剤、硬化物、溶射加工品、及び溶射加工品の製造方法
<>
  • 特許-封孔処理剤、硬化物、溶射加工品、及び溶射加工品の製造方法 図1
  • 特許-封孔処理剤、硬化物、溶射加工品、及び溶射加工品の製造方法 図2
  • 特許-封孔処理剤、硬化物、溶射加工品、及び溶射加工品の製造方法 図3
  • 特許-封孔処理剤、硬化物、溶射加工品、及び溶射加工品の製造方法 図4
  • 特許-封孔処理剤、硬化物、溶射加工品、及び溶射加工品の製造方法 図5
  • 特許-封孔処理剤、硬化物、溶射加工品、及び溶射加工品の製造方法 図6
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-04
(45)【発行日】2024-07-12
(54)【発明の名称】封孔処理剤、硬化物、溶射加工品、及び溶射加工品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 4/18 20060101AFI20240705BHJP
   C23C 4/10 20160101ALI20240705BHJP
   C23C 4/08 20160101ALI20240705BHJP
【FI】
C23C4/18
C23C4/10
C23C4/08
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2023021170
(22)【出願日】2023-02-14
(65)【公開番号】P2023118127
(43)【公開日】2023-08-24
【審査請求日】2023-05-15
(31)【優先権主張番号】P 2022020775
(32)【優先日】2022-02-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】390001801
【氏名又は名称】大阪富士工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】390029067
【氏名又は名称】冨士レジン工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002527
【氏名又は名称】弁理士法人北斗特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】南 孝男
(72)【発明者】
【氏名】山口 学
(72)【発明者】
【氏名】土井 茂生
(72)【発明者】
【氏名】平山 晃
(72)【発明者】
【氏名】石橋 修
(72)【発明者】
【氏名】吉田 誠
(72)【発明者】
【氏名】辻村 初葉
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-035647(JP,A)
【文献】国際公開第2021/112069(WO,A1)
【文献】特開2021-147697(JP,A)
【文献】特開2010-210158(JP,A)
【文献】特開2015-052172(JP,A)
【文献】特開昭63-282247(JP,A)
【文献】特開2006-325553(JP,A)
【文献】特開2015-209565(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶射皮膜における開口気孔を封孔するための封孔処理剤であって、
ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)と、活性炭(C)、ボロン(B)、アルミナ(A)、及び鱗片状ガラス(G)からなる群から選択される少なくとも一種の無機成分と、を含有する、
封孔処理剤。
【請求項2】
有機過酸化物を更に含有する、
請求項1に記載の封孔処理剤。
【請求項3】
前記ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)の重量平均分子量は、500以上5000以下である、
請求項1又は2に記載の封孔処理剤。
【請求項4】
前記ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)に対する前記活性炭(C)の割合は、0質量%超15質量%以下である、
請求項1又は2に記載の封孔処理剤。
【請求項5】
前記ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)に対する前記ボロン(B)の割合は、0質量%超15質量%以下である、
請求項1又は2に記載の封孔処理剤。
【請求項6】
前記ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)に対する前記アルミナ(A)の割合は、0質量%超15質量%以下である、
請求項1又は2に記載の封孔処理剤。
【請求項7】
前記ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)に対する前記鱗片状ガラス(G)の割合は、0質量%超15質量%以下である、
請求項1又は2に記載の封孔処理剤。
【請求項8】
請求項1又は2に記載の封孔処理剤の硬化物。
【請求項9】
基材と、前記基材上に重なる溶射皮膜と、請求項8に記載の封孔処理剤の硬化物と、を備える、
溶射加工品。
【請求項10】
前記溶射皮膜の開口気孔内に、前記封孔処理剤の硬化物が含まれている、
請求項9に記載の溶射加工品。
【請求項11】
前記溶射皮膜が、炭化タングステン、クロム、ニッケル、モリブデン、及びコバルトからなる群より選ばれた少なくとも1種を含む、
請求項9に記載の溶射加工品。
【請求項12】
前記溶射皮膜が、炭化タングステン、クロム、ニッケル、モリブデン、及びコバルトからなる群より選ばれた少なくとも1種を含む、
請求項10に記載の溶射加工品。
【請求項13】
基材に溶射材料を吹き付けて溶射皮膜を形成する溶射工程と、
前記溶射皮膜に請求項1又は2に記載の封孔処理剤で封孔処理を施す封孔処理工程と、を含む、
溶射加工品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、封孔処理剤、硬化物、及び溶射加工品に関する。詳細には、溶射皮膜の開孔を封孔する封孔処理剤、及びこの封孔処理剤を硬化させて得られる硬化物、並びにこの封孔処理剤の硬化物を含有する溶射加工品に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、金属板、鋼板等の基材の表面の耐摩耗性を向上させるために、溶融状態の金属粉末、セラミックス粉末等の溶射材料を基材の表面に溶射することで、基材表面を被覆し溶射皮膜材を作製することが行われている。これにより、基材の耐摩耗性を向上させることができる。ところが、溶射皮膜は、溶射材料の微細な粒子の堆積により形成されるため、粒子同士の間には隙間ができることがあり、すなわち微小な孔(開口気孔)が存在する。
【0003】
そこで、溶射皮膜材の開口気孔を埋めるために、溶射皮膜に対し封孔処理が行われることがある。溶射皮膜における開口気孔を封孔するための封孔処理することにより、基材と溶射皮膜とを備える溶射加工品が雨水等の環境に曝されても、基材に腐食が生じにくくできる。そのため、溶射皮膜に対して封孔処理を行うことで、溶射加工品の劣化を抑制することが提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、バインダー樹脂として疎水性液状エポキシ樹脂と水溶性アミン樹脂硬化剤とを含有する封孔処理剤が開示されている。被溶射基材(基材)に金属溶射皮膜を形成してから、金属溶射皮膜上に前記封孔処理剤を塗装することで封孔処理するにあたり、この封孔処理剤によれば、金属溶射皮膜との密着性、耐水性及び防食性に優れることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2010-053374号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1の封孔処理剤では、溶射皮膜における開口気孔を封孔処理剤で封孔したとしても、比較的高い温度に曝される等、過酷な条件下に曝されると封孔処理剤にもクラックが生じうるため、耐食性を長期に亘って確保することは難しい。このため、封孔処理剤の硬化物における厚み方向のクラックの長さ(クラック深さ)が大きくなり、溶射皮膜に破損を生じやすくなる。
【0007】
本開示の目的は、クラックを生じてもクラック深さが大きくなりにくい封孔処理剤及びこの硬化物を提供することにある。
【0008】
また、本開示の他の目的は、クラック深さが大きくなりにくい溶射加工品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示の一態様に係る封孔処理剤は、ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)と、活性炭(C)、ボロン(B)、アルミナ(A)、及び鱗片状ガラス(G)からなる群から選択される少なくとも一種の無機成分と、を含有する。
【0010】
本開示の一態様に係る硬化物は、前記封孔処理剤を硬化させることで得られる。
【0011】
本開示の一態様に係る溶射加工品は、基材と、前記基材上に重なる溶射皮膜と、を備える。前記溶射皮膜は、前記封孔処理剤の硬化物を含む。
【0012】
本開示の一態様に係る溶射加工品の製造方法は、基材に溶射材料を吹き付けて溶射皮膜を形成する溶射工程と、前記溶射皮膜に前記封孔処理剤で封孔処理を施す封孔処理工程と、を含む。
【発明の効果】
【0013】
本開示の一態様によれば、クラックを生じてもクラック深さが大きくなりにくい封孔処理剤及びこの硬化物が得られる。
【0014】
また、本開示の他の一態様によれば、クラック深さが大きくなりにくい溶射加工品が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1Aは、本開示の一実施形態における溶射加工品における封孔処理剤で封孔処理する前の状態の例を示す概略の断面図である。図1Bは、本開示の一実施形態における溶射加工品における封孔処理剤で封孔処理した後の状態の例を示す概略の断面図である。
図2図2Aは、本開示の一実施形態における溶射加工品における封孔処理前の状態の第二例を示す概略の断面図である。図2Bは、本開示の一実施形態における溶射加工品における封孔処理後の状態の第二例を示す概略の断面図である。
図3図3Aは、比較例1において封孔処理剤の硬化物を230℃で3時間加熱した後の硬化物の状態を示す図である。図3Bは、実施例1-1において封孔処理剤の硬化物を230℃で3時間加熱した後の硬化物の状態を示す図である。図3Cは、実施例1-2において封孔処理剤の硬化物を230℃で3時間加熱した後の硬化物の状態を示す図である。図3Dは、実施例1-3において封孔処理剤の硬化物を230℃で3時間加熱した後の硬化物の状態を示す図である。
図4図4Aは、比較例2において封孔処理剤の硬化物を230℃で30時間加熱した後の硬化物の状態を示す図である。図4Bは、実施例2-1において封孔処理剤の硬化物を230℃で30時間加熱した後の硬化物の状態を示す図である。図4Cは、実施例2-2において封孔処理剤の硬化物を230℃で30時間加熱した後の硬化物の状態を示す図である。図4Dは、実施例2-3において封孔処理剤の硬化物を230℃で30時間加熱した後の硬化物の状態を示す図である。
図5図5Aは、比較例3において封孔処理剤の硬化物を230℃で100時間加熱した後の硬化物の状態を示す図である。図5Bは、実施例3-1において封孔処理剤の硬化物を230℃で100時間加熱した後の硬化物の状態を示す図である。図5Cは、実施例3-2において封孔処理剤の硬化物を230℃で100時間加熱した後の硬化物の状態を示す図である。図5Dは、実施例3-3において封孔処理剤の硬化物を230℃で100時間加熱した後の硬化物の状態を示す図である。
図6図6は、実施例における(3-4)の評価試験について、上段は、左から順に、塩酸に浸漬する前の比較例1、実施例1-1、実施例1-2、実施例1-3の試験片の状態を撮影したものを示す図であり、下段は、左から順に、塩酸浸漬後の比較例1、実施例1-1、実施例1-2、実施例1-3の試験片の状態を撮影したものを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
1.概要
本実施形態に係る封孔処理剤は、ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)と、活性炭(C)、ボロン(B)、アルミナ(A)、及び鱗片状ガラス(G)からなる群から選択される少なくとも一種の無機成分と、を含有する。本実施形態によれば、基材1に溶射材料を溶射して作製された溶射皮膜における開口気孔を封孔処理剤で封孔すると、クラックを生じてもクラック深さが大きくなりにくい。このため、本実施形態の封孔処理剤で、金属板等の基材に溶射して形成した溶射皮膜における開口気孔を封孔処理すると、溶射皮膜に破損を生じにくくすることができ、溶射皮膜の耐腐食性を向上させやすい。このため、溶射加工品が長期に比較的高い温度で加熱される等、厳しい環境に曝されて、封孔処理剤にクラックが生じたとしても、基材にまでクラックを到達させにくい。そのため、封孔処理された溶射皮膜、及びこの溶射皮膜を備える溶射加工品は、高い耐食性を有し、かつ高い耐腐食性を有しうる。
【0017】
したがって、本実施形態の封孔処理剤は、好適に溶射加工品に用いることができる。
【0018】
なお、本開示において、「クラック深さ」とは、封孔処理剤から作製される硬化物の表面から内部に向かって生じるクラック(亀裂)の深さの程度を意味する。具体的には、後掲の実施例における「[2]平均クラック深さ及びクラック評価」記載の方法で測定される。
【0019】
また、本開示において、「封孔処理」は、溶射皮膜における開口気孔を封孔処理剤で充填する処理を含む。「開口気孔」とは、例えば溶射材料から作製される溶射皮膜内に形成されうる孔(空隙)4であり、「孔(空隙)」には、単に窪みによる孔41だけでなく、溶射皮膜内における溶射材料粒子間の亀裂42(例えば筋状の隙間)も含まれる(図1A参照)。溶射加工品5は、溶射皮膜材10の溶射皮膜2における開口気孔4(41,42)に、封孔処理剤が塗布等されて硬化されることで封孔処理剤の硬化物20(処理後皮膜201)を形成することにより得られる(図1B参照)。
【0020】
本実施形態の封孔処理剤が、その硬化物においてクラックが生じてもクラック深さが大きくなりにくい理由は、正確には明らかにはされていないが、次のような理由によると推察される。
【0021】
封孔処理剤がノボラック型ビニルエステル樹脂(R)を含有することで、耐熱性の高い硬化物を作製することができ、溶射皮膜材に耐腐食性を付与しうる。このため、開口気孔4が封孔された溶射皮膜材10は、比較的高い温度(例えば200℃以上)に加熱されて、封孔処理剤の硬化物に分解が生じ始めても、分解の程度を低く抑えやすい。すなわち、封孔処理剤の硬化物は、高い耐熱性を有するともいえる。
【0022】
また、溶射皮膜及び封孔処理剤の硬化物には、温度変化による熱膨張及び熱収縮により変形が生じうる。例えば、加熱されることで、溶射皮膜及び硬化物は熱膨張しうる。そのため、封孔処理剤で封孔された溶射皮膜において、性質の異なる封孔処理剤(の硬化物)と溶射皮膜との間で膨張係数が異なるため、応力が生じることがある。これにより、溶射皮膜内及び封孔処理剤にクラックが生じうる。特に、封孔処理剤の硬化物内にクラックが生じて、そのクラック深さが大きくなると、溶射皮膜材の耐食性を損ないやすい。
【0023】
ところが、本実施形態の封孔処理剤は、活性炭(C)、ボロン(B)、アルミナ(A)、及び鱗片状ガラス(G)からなる群から選択される少なくとも一種の無機成分を含有することにより、封孔処理剤中で上記特定の無機成分が分散しうる。これにより、ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)と上記特定の無機成分との界面強度が低下しうる、と考えられる。
【0024】
また、ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)のみの硬化物と、ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)に活性炭(C)を配合した組成の硬化物、ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)にボロン(B)を配合した組成の硬化物、ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)にアルミナ(A)を配合した組成の硬化物、及びノボラック型ビニルエステル樹脂(R)に鱗片状ガラス(G)を配合した組成の硬化物との、ヤング率を比較すると、ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)のみの硬化物は、約3800MPaであったのに対し、特定の無機成分(すなわち活性炭(C)、ボロン(B)、アルミナ(A)、及び鱗片状ガラス(G)からなる群からなる少なくとも一種の無機成分)を配合した組成の硬化物はいずれも、ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)のみの硬化物よりも小さい(なお、ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)に活性炭(C)10質量%を配合した組成の硬化物のヤング率は、約1800MPa、ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)にボロン(B)7質量%を配合した組成の硬化物のヤング率は約3200MPaであった)。このため、特定の無機成分を配合した組成の硬化物は、ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)のみの硬化物よりも、掛かる応力が小さくなると考えられる。これにより、ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)と、活性炭(C)、ボロン(B)、アルミナ(A)、及び鱗片状ガラス(G)からなる群から選択される少なくとも一種の無機成分とを含有する封孔処理剤から作製される硬化物に発生しうる応力が小さくなるため、亀裂の進展が小さくなりやすい、と考えられる。これにより、硬化物を比較的高い温度、例えば200~300℃に加熱した場合において、硬化物の表面に割れが生じても大きな表面割れ(表面におけるクラック)とはなりにくく、表面割れによる厚み方向におけるクラックが伸長しにくい。
【0025】
このため、溶射皮膜2における開口気孔4を封孔していた封孔処理剤の硬化物は、その硬化物中に活性炭(C)、ボロン(B)、アルミナ(A)、及び鱗片状ガラス(G)からなる群から選択される少なくとも一種の無機成分が分散されていることで、これらの無機成分が存在しない場合に比べて、硬化物が更に熱を受けて、応力が発生した場合にクラックが生じても、クラックの起因となる起点が多く存在するため、クラック同士の間隔が狭くなり、その結果、クラックは深くまで大きく成長しにくい、と推察される。
【0026】
これにより、本実施形態の封孔処理剤は、溶射皮膜の開口気孔を封孔でき、かつクラックが生じても、クラック深さが大きくなりにくい。
【0027】
2.詳細
[封孔処理剤]
本実施形態の封孔処理剤は、既に述べたとおり、ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)と、活性炭(C)、ボロン(B)、アルミナ(A)、及び鱗片状ガラス(G)からなる群から選択される少なくとも一種の無機成分と、を含有する。
【0028】
以下、本実施形態の封孔処理剤に含まれうる好ましい成分について、説明する。
【0029】
<ノボラック型ビニルエステル樹脂>
本実施形態の封孔処理剤は、上述のとおりノボラック型ビニルエステル樹脂(R)を含有する。ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)は、ノボラック骨格及びビニルエステル基を有し、かつビニルエステル基は、ノボラック骨格に結合している。
【0030】
ノボラック骨格は、例えば芳香環に水酸基を有するフェノール誘導体であり、例えばホルムアルデヒドとフェノール誘導体との酸縮合反応により得られる。ノボラック骨格における芳香環は、フェノール、フェノール誘導体(例えばクレゾール)に由来する構造を含む。例えば、ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)は、クレゾールノボラック型ビニルエステル樹脂とフェノールノボラック型ビニルエステル樹脂とのうち少なくとも一方を含みうる。なお、ノボラック骨格は、前記に限らず、芳香環に適宜の置換基を有していてもよい。
【0031】
ビニルエステル基は、例えばエポキシ基と(メタ)アクリル酸とを反応させて得られる官能基を含む。すなわち、ビニルエステル基は、不飽和二重結合を有する。このため、ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)は、熱硬化性、及び/光硬化性を有する。
【0032】
ただし、ノボラック骨格の形成、及びビニルエステル基の形成は前記に限定されない。
【0033】
ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)における、ビニルエステル基の数は、特に限定されないが、例えば2以上であると好ましい。この場合、封孔処理剤の硬化物の分子量を高めやすく、封処理剤の硬化物の強度を高く維持することができる。なお、ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)は、単官能であってもよい。ビニルエステル基の数の上限は特に制限されないが、例えば10である。
【0034】
本実施形態の封孔処理剤は、ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)を含有するため、加熱することにより硬化しうる。言い換えれば、封孔処理剤は、加熱されることにより硬化することができるため、熱硬化性の樹脂組成物ともいえる。ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)は、例えば加熱されることで、架橋し、三次元的に結合され、高分子化しうる。なお、本実施形態の封孔処理剤の硬化物の作製方法は、加熱による方法に限られない。例えば、封孔処理剤が後述の硬化剤を含有する場合、加熱しなくても、ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)を硬化させることもできうる。また、ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)は、上記のとおりビニルエステル基を有するため、光硬化性も有しうる。そのため、封孔処理剤は、光硬化性の樹脂組成物ともいえる。
【0035】
ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)の具体的な製品の例としては、昭和電工株式会社製の「リポキシ(登録商標)」シリーズ(例えば品名H-600、H-630、H-610、H-6008等)、日本ユピカ株式会社製の「ネオポール(登録商標)」シリーズ(例えば品名8411L、8411H、8450等)等を挙げることができる。
【0036】
ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)の重量平均分子量は、500以上5000以下であることが好ましい。この場合、封孔処理剤の硬化物が適度な強度を有しうる。ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)の重量平均分子量は1000以上4000以下であればより好ましく、1500以上2000以下であれば更に好ましい。重量平均分子量は、例えば(Mw)は、ゲル・パーミエーション・クロマトグラフィ(GPC)による分子量測定結果から算出可能である。ゲル・パーミエーション・クロマトグラフィによる分子量測定における条件は適宜調整可能である。
【0037】
封孔処理剤は、樹脂成分として、ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)以外の樹脂を含有してもよい。ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)以外の樹脂としては、例えば適宜の熱硬化性の成分、例えばエポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ポリウレタン樹脂、メラミン樹脂、及びユリア樹脂からなる群から選択される熱硬化性の樹脂を挙げることができる。ただし、ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)以外の樹脂は前記に限定されない。
【0038】
なお、上記で説明した作製方法は、一例として示したものであり、本開示のノボラック型ビニルエステル樹脂(R)の製造方法は前記に限定されない。例えば、封孔処理剤の物性に応じて、原料、配合割合、加熱条件等は、適宜調整すればよい。
【0039】
<無機成分>
本実施形態の封孔処理剤は、上記のとおり特定の無機成分、すなわち活性炭(C)、ボロン(B)、アルミナ(A)、及び鱗片状ガラス(G)からなる群から選択される少なくとも一種の無機成分を含有する。以下、これらの無機成分について説明する。
【0040】
(活性炭)
本実施形態の封孔処理剤は、上述のとおり、活性炭(C)を含有する。本実施形態では、活性炭(C)は、封孔処理剤において、ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)中で均一に分散しうる。このため、溶射皮膜の開口気孔を、封孔処理剤により封孔し、封孔処理剤を硬化されると、開口気孔の全体に亘って均一に存在することができる。
【0041】
活性炭(C)の平均粒径は、1.5μm以上250μm以下であることが好ましい。この場合、溶射皮膜の開口気孔を封孔でき、かつクラックが生じても、クラック深さを更に小さく維持しやすい。活性炭(C)の平均粒径は6.0μm以上150μm以下であればより好ましく、15μm以上110μm以下であれば更に好ましい。本開示における活性炭(C)の平均粒径は、レーザー光回折法による粒度分布測定の結果から算出される、積算体積頻度が50%である値のメジアン径D50である。
【0042】
活性炭(C)の形状は、特に限定されないが、例えば粉体状、粒状、又はこれらの混合物であってよい。
【0043】
活性炭(C)は、適宜の炭素質の材料から作製することができるが、例えばおがくず、木材チップ、木炭、草炭、ヤシ殻、石炭、フェノール樹脂、レーヨン、及びアクリルニトリルからなる群から選択される少なくとも一種の材料から作製可能である。なお、活性炭(C)を作製するための材料は、前記に限られない。
【0044】
ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)全量に対する活性炭(C)の質量割合は、0質量%超15質量%以下であることが好ましい。この場合、封孔処理剤の硬化物におけるクラックの深さを低めることができる。ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)全量に対する活性炭(C)の質量割合が0質量%超であれば、封孔処理剤の硬化物を高い温度(例えば200℃~300℃)に加熱した場合の表面割れを小さくしやすい。また、この質量割合が15質量%以下であれば、硬化物を加熱した場合における表面割れの数を大きくすることができ、これにより硬化物の奥深くまでクラックが生じにくくできる。ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)全量に対する活性炭(C)の質量割合の下限は、0.05質量%以上であればより好ましく、0.08質量%以上であれば更に好ましく、0.1質量%以上であれば特に好ましい。ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)全量に対する活性炭(C)の質量割合の上限は、12質量%以下であることがより好ましく、7質量%以下であることが更に好ましい。
【0045】
(ボロン)
本実施形態の封孔処理剤は、ボロン(B)を含有しうる。ボロン(B)は、封孔処理剤の硬化物を比較的高い温度で加熱した場合に生じうるクラックを特に生じにくくすることに寄与できる。本実施形態において、ボロン(B)も、活性炭(C)と同様に、封孔処理剤の硬化物のヤング率の低下に寄与し、応力を低下することに寄与しうるためである。また、封孔処理剤は、活性炭(C)を含有する場合に比べて、ボロン(B)を含有する場合の方が、硬化物を比較的高い温度で加熱しても硬化物の表面の割れを特に抑制しやすい。このため、ボロン(B)は、硬化物において特に内部応力を低減させやすいものと推察される。
【0046】
ボロン(B)は、単体のホウ素からなる。ボロン(B)は、例えばホウ素の粉末状物である。なお、ボロン(B)の性状は、前記に限られず、例えば粒子状であってもよい。
【0047】
ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)全量に対するボロン(B)の質量割合は、0質量%超15質量%以下であることが好ましい。この場合、封孔処理剤の硬化物における表面割れの発生を特に生じにくくでき、クラックを特に生じにくくできる。ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)全量に対するボロン(B)の質量割合の下限は、0.01質量%以上であればより好ましく、0.05質量%以上であれば更に好ましく、0.1質量%以上であれば特に好ましい。また、ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)全量に対するボロン(B)の質量割合の上限は特に制限されないが、15質量%以下であれば好ましい。
【0048】
(アルミナ)
本実施形態の封孔処理剤は、アルミナ(A)を含有しうる。アルミナ(A)も封孔処理剤の硬化物を比較的高い温度で加熱した場合に生じうるクラックを生じにくくすることに寄与できる。本実施形態において、アルミナ(A)も、活性炭(C)及びボロン(B)と同様に、封孔処理剤の硬化物のヤング率の低下に寄与し、応力を低下することに寄与しうるためである。
【0049】
アルミナ(A)は、化学式Alで表される金属酸化物である。アルミナ(A)の性状は、特に制限されないが、粉末状、粒子状、又はこれらの混合物等であってよい。
【0050】
アルミナ(A)の平均粒径は、15μm以上180μm以下であることが好ましく、18μm以上135μm以下であることがより好ましく、22μm以上110μm以下であることが更に好ましい。なお、前記平均粒径とは、レーザー光回折法による粒度分布測定の結果から算出される、積算体積頻度が50%である値のメジアン径D50を意味する。
【0051】
ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)全量に対するアルミナ(A)の質量割合は、0質量%超15質量%以下であることが好ましい。この場合、封孔処理剤の硬化物における表面割れの発生をより生じにくくでき、クラックをより生じにくくできる。ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)全量に対するアルミナ(A)の質量割合の下限は、0.05質量%以上であればより好ましく、0.1質量%以上であれば更に好ましく、0.2質量%以上であれば特に好ましい。ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)全量に対するアルミナ(A)の質量割合の上限は、12質量%以下であればより好ましい。
【0052】
(鱗片状ガラス)
本実施形態の封孔処理剤は、鱗片状ガラス(G)を含有しうる。鱗片状ガラス(G)も封孔処理剤の硬化物を比較的高い温度で加熱した場合に生じうるクラックを生じにくくすることに寄与できる。本実施形態において、鱗片状ガラス(G)も、活性炭(C)、ボロン(B)及びアルミナ(A)と同様に、封孔処理剤の硬化物のヤング率の低下に寄与し、応力を低下することに寄与しうるためである。
【0053】
本開示において、鱗片状ガラス(G)とは、平均厚さtが3μm以上5μm以下の範囲内であることが好ましい。鱗片状ガラス(G)の粒子径aは、粒度分布45μm以上300μm以下の範囲内であることが好ましい。鱗片状ガラス(G)の平均厚さtは、以下の方法で測定される。すなわち、走査型電子顕微鏡(SEM)を用い、100枚の鱗片状ガラス(G)につき、それぞれの厚さtを測定し、その測定値を平均することにより求める。鱗片状ガラス(G)の断面(厚さ方向に見た面の断面)が走査型電子顕微鏡の照射電子線軸に垂直となるように、走査型電子顕微鏡の試料台を試料台微動装置により調整する。
【0054】
鱗片状ガラス(G)の具体的な市販品の例は、日本板硝子株式会社製の品番RCF-140(平均粒径140μm)等を挙げることができるがこれに制限されない。
【0055】
ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)全量に対する鱗片状ガラス(G)の質量割合は、0質量%超15質量%以下であることが好ましい。この場合、封孔処理剤の硬化物における表面割れの発生をより生じにくくでき、クラックをより生じにくくできる。ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)全量に対する鱗片状ガラス(G)の質量割合の下限は、0.05質量%以上であればより好ましく、0.1質量%以上更に好ましく、0.2質量%以上であれば特に好ましい。ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)全量に対する鱗片状ガラス(G)の質量割合の上限は、12質量%以下であればより好ましい。
【0056】
なお、本実施形態の封孔処理剤は、上記で説明した無機成分を少なくとも一種含有すればよいが、二種以上を組み合わせて含有してもよい。
【0057】
<添加剤>
封孔処理剤は、本開示の効果を阻害しない限りにおいて、適宜の添加剤を含有してもよい。封孔処理剤が含有しうる添加剤の例は、硬化剤、硬化促進剤、溶剤、前記特定の無機成分以外の無機充填材、着色剤、表面調整剤、消泡剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、及び粘度調整剤等を挙げることができる。
【0058】
封孔処理剤は、有機過酸化物を含有することが好ましい。この場合、有機過酸化物は、封孔処理剤の硬化に寄与する。すなわち、有機過酸化物は、硬化剤としての機能を有する。より具体的には、有機過酸化物は、ラジカル重合開始剤としての機能を有する。このため、封孔処理剤の硬化性を向上させることができる。
【0059】
有機過酸化物は、例えばメチルエチルケトンペルオキシド等のジアルキルパーオキシド;ジアシルペルオキサイド、ペルオキシジカーボネート、及びベンゾイルペルオキシドからなる群から選択される少なくとも一種の化合物を含む。
【0060】
封孔処理剤は、硬化剤とともに、硬化促進剤を含有することが好ましい。封孔処理剤が硬化剤と硬化促進剤とを含有すると、加熱により硬化促進剤が硬化剤を活性化させることで、封孔処理剤の硬化性を更に向上させうる。
【0061】
硬化促進剤は、例えばオクテン酸コバルト、ナフテン酸コバルト、ナフテン酸マンガン、等からなる群から選択される少なくとも一種の化合物を含む。
【0062】
封孔処理剤は、溶剤を含有してもよい。封孔処理剤が溶剤を含有する場合、溶射皮膜2に対し封孔処理するにあたって、封孔処理剤の粘度を調整しやすい。このため、溶射皮膜2における開口気孔4に封孔処理剤3を充填しやすい。溶剤は、封孔処理剤に含まれうる成分と相溶する適宜の有機溶剤であってよい。封孔処理剤の塗工性をより高める観点から、封孔処理剤は、溶剤を含有することが好ましい。
【0063】
(封孔処理剤の特性・物性)
本実施形態の封孔処理剤は、25℃において液状であることが好ましい。この場合、溶射皮膜2の開口気孔4を、封孔処理剤で封孔する際の成形性をより向上させることができる。封孔処理剤の25℃における粘度は、適宜調整可能であるが、例えば100mPa・s以下であることが好ましい。この場合、封孔処理剤の成形性を良好に維持しやすく、対象となる基材1等に封孔処理剤を良好に塗布して浸透させやすい。なお、封孔処理剤の25℃における粘度は、例えばビスコテック株式会社製のデジタル回転式粘度計(型番ビスコベーシック+H)で測定できる。封孔処理剤の25℃における粘度は、35mPa・s以下であればより好ましく、25mPa・s以下であれば更に好ましく、15mPa・s以下であれば特に好ましい。
【0064】
[硬化物]
本実施形態の封孔処理剤の硬化物は、上記で説明した封孔処理剤を、加熱等することによって硬化されることで得られる。
【0065】
封孔処理剤は、上述のとおり、例えば加熱することにより硬化させることができる。すなわち、封孔処理剤の硬化物は、上記の封孔処理剤を硬化させることにより得られる。封孔処理剤は、例えば加熱温度100℃以上150℃以下で加熱することにより硬化しうる。ただし、封孔処理剤の硬化条件は、加熱することに限られない。例えば、封孔処理剤は、適宜の硬化剤等と組み合わせることで、常温(約25℃)で硬化させてもよいし、常温で一部硬化させた後、更に加熱することで、反応をより進行させてもよい。
【0066】
[溶射加工品]
本実施形態に係る溶射加工品5は、基材1と、基材1上に形成された溶射皮膜2と、を備える。溶射皮膜2は、上記で説明した封孔処理剤3で封孔処理されている。このため、溶射加工品5は、高い耐腐食性を有する。
【0067】
本開示では、基材1を溶射材料20で被覆することで作製され、基材1上に溶射皮膜2を備える材料を溶射皮膜材10ともいう。また、溶射皮膜2は、開口気孔4を有している。開口気孔4は、例えば基材1に溶射した溶射皮膜2を備える溶射皮膜材10を切断した切断面を、光学顕微鏡で観察することにより確認できる。また溶射皮膜2が封孔処理剤3で封孔処理されていることも、同様にして確認可能である。
【0068】
なお、溶射皮膜材10は、溶射加工品5に含まれうるが、本実施形態では、溶射皮膜2(又は溶射皮膜材10)における開口気孔4が封孔処理剤3で封孔処理されたものが溶射加工品5である。すなわち、封孔処理されていない溶射皮膜材10は、本実施形態の溶射加工品5とは区別され、溶射皮膜材10は、溶射皮膜2を封孔処理剤3による封孔処理を施す前の状態の材料をいう。以下の説明では、溶射皮膜2に対して封孔処理が施された処理後の溶射皮膜2を、処理後皮膜201ということもある。言い換えれば、処理後皮膜201は、溶射皮膜2と、封孔処理剤3とを備えている。
【0069】
以下、本実施形態の溶射加工品5について、図1A,B及び図2A,Bを参照して、より詳細に説明する。
【0070】
基材1は、溶射材料20が溶射される母材である。基材1は、被溶射皮膜材ともいう。以下、基材1において、溶射材料20が被覆される面を素地(被溶射面)ともいう。
【0071】
基材1の材質は、特に制限されないが、基材1は、例えば金属製、合金製、鉄鋼製(炭素鋼を含む)、及びセラミック製からなる群から選択される少なくとも一種の材料であってよい。基材1の具体的な例としては、例えば炭素鋼板、及びステンレス鋼板等を挙げることができる。
【0072】
基材1の形状は、特に制限されず、溶射加工品5の用途に応じて適宜設定すればよいが、例えば平板状である。
【0073】
溶射皮膜2は、溶射材料20を溶射することで作製される。例えば、溶射皮膜2は、基材1における素地に、粒子状の溶射材料20、又は加熱溶融させた溶射材料20等を溶射することで作製される。
【0074】
溶射皮膜2は、開口気孔4を有する。図1Aでは、溶射皮膜2は、孔状の空隙の開口気孔4(以下、孔41ともいう)と、筋状の隙間の開口気孔4(以下、亀裂42ともいう)とを有している。そして、溶射皮膜2における孔41及び亀裂42に封孔処理剤3が充填
されている。開口気孔4の寸法は、特に制限されない。
【0075】
溶射皮膜2の形状は、膜状又は層状には限らず、図1A及び図1Bに示すように、複数の粒子状の溶射材料20が重なって形成された石積み状の形状であってもよい。なお、図1A及び図1Bは、溶射加工品5の断面を模式的に示したものであって、開口気孔4の存在を示すために誇張して表現されているが、粒子状の溶射材料20の形状及び寸法、並びに開口気孔4の形状及び寸法等を制限する意図ではない。また、図1A及び図1Bにおける溶射皮膜2における複数の粒子状の溶射材料20間の境界は、一例として示したものであり、溶射皮膜2は、基材1の素地を覆うように形成されていればよい。
【0076】
図1A及び図1Bでは、溶射加工品5における溶射皮膜2は、1層で作製されているが、溶射加工品5における溶射皮膜2は、複数有していてもよい。例えば、図2A及び図2Bに示すように、溶射加工品5は、基材1と、基材1上に重なる第一の溶射皮膜21と、第一の溶射皮膜21に重なる第二の溶射皮膜22と、溶射皮膜2(第一の溶射皮膜21及び第二の溶射皮膜22)の開口気孔4を封孔する封孔処理剤3とを備えてもよい。図2A及び図2Bにおいても粒子状の溶射材料20の形状及び寸法、並びに開口気孔4の形状及び寸法等を制限する意図ではないことは、既に説明した図1A及び図1Bと同様である。
【0077】
第一の溶射皮膜21及び第二の溶射皮膜22は、いずれも溶射材料20から作製することができるが、第一の溶射皮膜21を作製する溶射材料211(第一の溶射材料211ともいう)と、第二の溶射皮膜22を作製する溶射材料221(第二の溶射材料221ともいう)とは同じであってもよく、異なってもよい。
【0078】
溶射材料20は、例えば金属、セラミック、及びサーメットからなる群から選択される少なくとも一種の材料であってよい。具体的には、金属としては、例えばアルミニウム、ニッケル、コバルト、モリブデン、銅、クロム、タングステン、亜鉛からなる群から選択される少なくとも一種を挙げることができ、又はアルミニウム合金、銅-ニッケル合金、ステンレス鋼などといった複数金属の合金又は合金鋼であってもよい。セラミックとしては、アルミナ(酸化アルミ)、チタニア(酸化チタン)、クロミア(酸化クロム)、イットリア(酸化イットリウム)、及びジルコニア(酸化ジルコニウム)からなる群から選択される少なくとも一種を挙げることができる。なお、一般に金属、合金は、金属材料に分類される。また、サーメットとしては、例えば炭化タングステンサーメット、炭化クロムサーメット、ホウ化物サーメット、アルミナ-ニッケルアルミニウムサーメット、及びジルコニア-ニッケルクロムサーメットからなる群から選択される少なくとも一種を挙げることができる。なお、セラミック及びサーメットは、一般に非金属材料に分類される。溶射材料20は、前記に限られず複数金属を含む複合酸化物等であってもよい。
【0079】
溶射材料20は、特に炭化タングステンサーメットを含むことが好ましい。この場合、溶射加工品5の耐腐食性の向上に特に良好に寄与することができる。炭化タングステンサーメットとは、炭化タングステンに、コバルト、ニッケル、クロム、又はイットリア(酸化イットリウム)からなる群から選択される少なくとも一種を含有する焼結材料である。なお、炭化クロムサーメットとは、炭化クロムにニッケル,クロム,アルミニウム又はイットリウムからなる群から選択される少なくとも一種を含有する焼結材料である。
【0080】
溶射材料20は、ステライト(登録商標)を含んでもよい。ステライトとは、コバルトを主成分とし約30%のCr(クロム)、4~15%のタングステン等からなる合金である。
【0081】
溶射材料20の形状は、適宜の形状であってよく、例えば棒状、線状、粉末状、粒子状、又は溶融状液体であってよい。
【0082】
溶射皮膜2は、炭化タングステン、クロム、ニッケル、モリブデン、及びコバルトからなる群より選ばれた少なくとも1種を含むことが好ましい。この場合、溶射加工品5の耐腐食性の向上に更に良好に寄与することができる。
【0083】
溶射皮膜2の膜厚は、50μm以上500μm以下であることが好ましい。溶射皮膜2の膜厚が50μm以上であれば、溶射皮膜2を均一に形成しやすく、かつ基材1との密着性に優れる。また、膜厚が500μm以下であれば、剥離しにくくすることができ、溶射皮膜2の熱膨張を生じにくくできる。また、この範囲内であれば、溶射加工品5の製造コストを低減しやすい。
【0084】
封孔処理剤3は、上記で説明したとおり、ノボラック型ビニルエステル樹脂と、メタノールとを含有する。溶射加工品5における処理後皮膜201が、溶射皮膜2と封孔処理剤3とから作製可能である。
【0085】
処理後皮膜201における封孔処理剤3は、硬化されていることが好ましい。すなわち、溶射加工品5において、溶射皮膜2の開口気孔4内に、封孔処理剤3の樹脂成分の硬化物が含まれていることが好ましい。さらに言い換えれば、溶射加工品5は、封孔処理剤3における樹脂成分の硬化物を含有することが好ましい。この場合、溶射加工品5の溶射皮膜2における開口気孔4に封孔処理剤3の樹脂成分が良好に充填された状態を維持できる。これにより、溶射加工品5は耐腐食性を更に向上しうる。なお、本実施形態では、封孔処理剤3に硬化処理を施した溶射皮膜2を、硬化処理後皮膜(不図示)ということもある。封孔処理剤3の硬化の態様は、特に制限されないが、封孔処理剤3は、常温で一部又は全部を硬化させてから、更に加熱することで完全硬化させることが好ましい。もちろん、封孔処理剤3は、加熱のみによって硬化させてもよい。
【0086】
封孔処理剤3を備えない溶射皮膜材10は、例えば600~700℃程度に加熱されると、溶射皮膜2の表面が空気中の酸素と結合することにより、亀裂等の溶射皮膜2の内部が酸化物(金属酸化物を含む)で塞がることで、防腐食性を高めることはできるが、長期耐食性までは向上させることは難しい。
【0087】
しかしながら、本実施形態の封孔処理剤3を備える溶射加工品5では、充填された封孔処理剤3の樹脂成分が開口気孔4の孔41及び亀裂42に入り込みやすい。このため、溶射加工品5の耐食性が更に高められると考えられる。その結果、溶射加工品5は、長期に亘る耐腐食性を向上できる、と考えられる。
【0088】
このように、封孔処理剤3は、既に説明したとおり、溶射皮膜2における開口気孔4を封孔するために用いることができる。
【0089】
封孔処理剤3を塗布することで形成される膜(封孔処理膜ともいう)の形態であってもよい。封孔処理膜が形成される場合、封孔処理剤3が溶射皮膜2における開口気孔4に充填され、かつ溶射皮膜2の表面を覆うように封孔処理膜が形成されていてもよい。封孔処理膜の厚さは、1μm以上であってよいが、封孔処理の条件(例えば硬化処理の温度など)に応じて、適宜調整可能であり、例えば数十μm(例えば20μm)以上1mm以下である。
【0090】
溶射加工品5は、本開示の効果を阻害しない限りにおいて、上記で説明した構成以外の構成を備えてもよい。図1A,B及び図2A,Bでは、溶射加工品5は、基材1に溶射皮膜2が重なって形成されているが、これに限られず、例えば基材1と溶射皮膜2との間に、基材1の防食効果の更なる向上を指向して、下地皮膜(不図示)を備えていてもよい。また、溶射加工品5は、基材1と溶射皮膜2との間に合金層(不図示)を備えてもよい。
【0091】
また、溶射材料20から作製された溶射皮膜2からなる複数の層を備える場合、例えば第一の溶射皮膜21と第二の溶射皮膜22とを備える場合、第一の溶射皮膜21と第二の溶射皮膜22との密着性を向上するために、アンダーコート層(不図示)を備えてもよい。なお、第一の溶射皮膜21が基材1と第二の溶射皮膜22との密着性を向上させるためのアンダーコート層として機能してもよい。
【0092】
本実施形態の溶射加工品5は、次のようにして作製可能である。上記でした説明と重複する説明は、適宜省略する。
【0093】
基材1と、溶射材料20と、封孔処理剤3とを用意し、基材1に溶射材料20を吹き付けて溶射皮膜2を形成してから、溶射皮膜2に上記で説明した封孔処理剤3で封孔処理を施す。これにより、基材1と、溶射皮膜2と、封孔処理剤3とを備える溶射加工品5が得られる。すなわち、本実施形態の溶射加工品5の製造方法は、溶射工程と、封孔処理工程とを含む。溶射工程は、基材1に溶射材料20を吹き付けて溶射皮膜2を形成する工程である。封孔処理工程は、溶射皮膜2に封孔処理剤3で封孔処理を施す工程である。このため、得られる溶射加工品5は、高い耐腐食性を有する。
【0094】
溶射工程では、溶射材料20を基材1に吹き付けることで溶射皮膜2を形成する。具体的には、用意した基材1に、溶射材料20を適宜の溶射方法で溶射する。溶射の方法は、特に制限されず、溶射材料の形状、及び性質、並びに溶射加工品の目的に応じて適宜設定すればよい。溶射の方法は、例えばフレーム溶射、高速フレーム溶射、ガス溶射、プラズマ溶射、水プラズマ溶射、及びアーク溶射等といった適宜の方法であってよい。
【0095】
なお、溶射加工品5を作製するにあたり、溶射工程の前に基材1に適宜の前処理を施してもよい。前処理としては、粗面処理、及びブラスト処理などといった基材1を素地調整するための処理が挙げられる。例えば、素地調整では、基材1表面に付着している油分(油脂)及び酸化物等を除去することができる。例えば、粗面処理では、基材1表面に不規則な凹凸を付すことができる。この場合、基材1と溶射皮膜2との密着性を向上できる。また、例えばブラスト処理では、基材1表面に金属粉等のブラスト材を吹き付けることで、基材1表面の酸化物及び黒皮等を除去することができる。この場合、基材1の素地を洗浄でき、かつ素地を粗面化することができる。
【0096】
溶射皮膜材10における溶射皮膜2からなる複数の層を備える場合、例えば溶射皮膜2として、第一の溶射皮膜21と第二の溶射皮膜22とを備える場合、基材1上に第一の溶射材料211を溶射してから、第一の溶射皮膜21上に第二の溶射材料221を溶射すればよい。第一の溶射皮膜21を作製する溶射方法と、第二の溶射皮膜22を作製する溶射方法とは、互いに同じであってもよいし、異なっていてもよい。また、この場合において、第一の溶射皮膜21と、第二の溶射皮膜22との間には、アンダーコート層を作製するための材料を塗布してもよい。
【0097】
封孔処理工程における封孔処理は、硬化処理を含むことが好ましい。硬化処理は、溶射皮膜2の開口気孔4内で封孔処理剤3を硬化させて硬化物とする処理である。
【0098】
封孔処理は、具体的には、まず基材1上に溶射された溶射皮膜2における開口気孔4に、封孔処理剤3を塗工等をすることで充填する。封孔処理剤3の塗工法は、例えば、スプレー、刷毛等により塗布する方法等が挙げられる。また、封孔処理剤3を開口気孔4に充填するためには、封孔処理剤3の液浴内に、溶射皮膜材10を浸漬させる浸漬処理を施してもよい。浸漬処理の条件は、適宜調整すればよいが、例えば液浴の温度を10℃以上35℃以下とし、10分以上3時間以下とすることができる。なお、液浴の温度は、前記に限られない。
【0099】
本実施形態では、封孔処理剤3が溶射皮膜2の開口気孔4の奥の方まで、すなわち溶射皮膜材10における基材1と溶射皮膜2との界面付近まで、良好に浸透しうるため、開口気孔4に良好に充填されうる。ここでいう「界面付近まで」とは、溶射皮膜2からなる複数の層を備える場合は、より内側の層にある、基材1上の溶射皮膜2(第一の溶射皮膜21)の付近までであることを意味する。
【0100】
これにより、基材1と、溶射皮膜2と、封孔処理剤3の硬化物とを備える溶射加工品5が得られる。
【0101】
なお、上記では、硬化処理にあたり、加熱することで、封孔処理剤3を硬化させる場合について説明したが、これに限られず、封孔処理剤3は、紫外線などの光を照射することにより硬化させてもよい。また、例えば、封孔処理にあたっては、例えば封孔処理剤3は、常温で一部又は全部を硬化させてから、更に加熱温度80℃、数時間の条件で加熱処理をすることで硬化させてもよい。
【0102】
また、溶射加工品5は、封孔処理を施した後に、更に適宜の処理を施してもよい。
【0103】
このように本実施形態の封孔処理剤3は、製紙工場、製鉄工場、化学工場等における大型装置及びこれら装置に用いる機器及び機械等における各種の材料、また航空機、船舶、車両といった乗物における材料として用いられる溶射皮膜材10に適用可能である。そして、本実施形態の溶射加工品5は、上記の各種装置の一部又は全部として適用できる。
【実施例
【0104】
以下、本開示の具体的な実施例を提示する。ただし、本開示は実施例のみに制限されない。
【0105】
(1)封孔処理剤の調製
樹脂成分と、無機成分とを各表に示す割合で混合した。次いで、各表に示す割合で添加剤、及び溶剤を添加することで、封孔処理剤を調製した。
【0106】
なお、各表に示す成分の詳細は下記のとおりである。各表において「組成」の欄に示す数値は、樹脂成分100質量部に対する質量割合を示す。
―樹脂成分-
・ノボラック型ビニルエステル樹脂(昭和電工株式会社製 品番H-600。重量平均分子量1500~2000)。
―無機成分-
・活性炭:富士フイルム和光純薬株式会社製の品名 活性炭素粉末(平均粒径35.4μm。なお、平均粒径は、レーザー回折散乱式の粒度系分布測定装置LS13 3200XR(ベックマン・コールター株式会社製)を用いて測定することにより得られたメジアン径D50である。)。
・ボロン:Goodfellow Cambridge Limited社製の型番 B006020。平均粒径1μm。
・アルミナ1:Saint-Gobain KK.製の品名 WAF18(平均粒径63μm)。
・アルミナ2:昭和電工株式会社製の品名 K-16T(平均粒径26.6μm。なお、平均粒径は、レーザー回折散乱式の粒度系分布測定装置LS13 3200XR(ベックマン・コールター株式会社製)を用いて測定することにより得られたメジアン径D50である。)
・鱗片状ガラス:日本板硝子株式会社製の品名 RCF-140(平均粒径140μm、厚さ5μm)。
-添加剤-
・有機過酸化物:メチルエチルケトンペルオキシド(MEKPO)。
・硬化促進剤:オクテン酸コバルト(日本化学産業株式会社製 品名 ニッカオクチックスコバルト8%溶液)。
【0107】
(2)封孔処理剤のサンプル(硬化物)の作製
各実施例及び比較例において、上記(1)で調製した封孔処理剤を以下の手順で硬化させることにより、硬化物を作製した。
【0108】
上記(1)で調製した封孔処理剤を平板状の注型に注入し、室温で静置した。24時間静置した後、加熱炉に入れ、加熱温度80℃で、2時間保持した。これにより、適宜の寸法の平板状の硬化物の試験片を作製した。
【0109】
(3)評価試験
(3-1)硬化物の外観(硬化物の色)
活性炭を配合していない封孔処理剤(比較例1)、活性炭を1%配合した封孔処理剤(実施例1-1)、活性炭を5%配合した封孔処理剤(実施例1-2)、及び活性炭を7%配合した封孔処理剤(実施例1-3)の各々の硬化物のサンプルについて、硬化後の外観を目視により観察した。
【0110】
比較例1では、浸漬前の色は、黄褐色であった。一方、実施例1-1~1-3では、浸漬前の色は、上述のとおり黒色であった(図5参照)。また、活性炭を10%配合した封孔処理剤の硬化物のサンプルも、実施例1-1~1-3と同様に浸漬前の色は黒色であった。
【0111】
(3-2)摩耗試験
株式会社安田精機製作所製の型番101のテーパー摩耗試験機の円盤回転台に、硬化物のサンプル(寸法:幅100mm×長さ100mm×厚さ5mm)を配置し、荷重1000gf(9.8N)で1000回回転した。試験前の質量と試験後の質量との差を算出し摩耗量[mg]を求めた。また、摩耗量と試験片の比重から、摩耗体積[cm3]を求めた。同様の操作を、異なるサンプルで計3回行い、摩耗量と摩耗体積の平均値を求めた。その値を表の対応する欄に示す。
【0112】
(3-3)塩酸腐食試験
以下では、硬化後に加熱処理を行っていない硬化物のサンプル(寸法:幅50mm×長さ100mm×厚さ5mm(表面積:115cm2))を、塩酸(10%)水溶液の塩酸浴に浸漬させ、加熱温度80℃で保持しながら、浴中で静置し、適宜の時間、浸漬した後での変化について、各試験[1]~[3]を行い評価した。なお、塩酸腐食試験の浸漬時間は、7日間、14日間、及び3か月間である。
【0113】
[1]塩酸浸漬後の色変化
比較例1、実施例1-1~1-3の各々の硬化物のサンプルについて、浸漬前後の外観を目視により観察した(図6参照)。なお、浸漬前は、上記「(3-1)硬化物の外観(硬化物の色)」で行った試験のことである。
【0114】
比較例1では、浸漬前の色は、黄褐色であったが、浸漬後は全体的に赤褐色に変色した。また、一部に白色がかった靄状に変化した箇所も見られた。
【0115】
一方、実施例1-1~1-3では、浸漬前の色は、上述のとおり黒色であり、浸漬後も変化(変色)は見られなかった。また、硬化物に膨れや割れなどの不良も見られなかった。なお、活性炭を10%配合した封孔処理剤の硬化物のサンプルも、実施例1-1~1-3と同様に浸漬後に色の変化はみられなかった。
【0116】
[2]強度保持率
塩酸浸漬前及び塩酸浸漬後の比較例1及び実施例1-1~1-3の硬化物のサンプルに対し、3点曲げ強度を測定した。3点曲げ試験は、JIS K7171に準拠して行った。塩酸浸漬前後の強度の測定結果に基づき、強度の保持率を算出し、表1に示した。強度の保持率は、浸漬後の強度を浸漬前の強度で除した値に100を掛けた値として算出した。
【0117】
活性炭を配合しない場合に比べて、活性炭を配合した場合には、塩酸浸漬後にも強度が維持できることが示された。
【0118】
[3]バーコール硬度
BARBER-COLMAN COMPANY LTD.製の型番GYZJ934-1のバーコール硬度計により、塩酸浸漬前及び塩酸浸漬後の比較例1及び実施例1-1~1-3の硬化物のサンプルに対し、その表面のバーコール硬度を測定した。バーコール硬度の測定結果に基づき、硬度の保持率を算出した。試験前後の硬度及び硬度の保持率を表1に示す。硬度の保持率は、浸漬後のバーコール硬度を浸漬前のバーコール硬度で除した値に100を掛けた値として算出した。
【0119】
活性炭を配合しない場合も、活性炭を配合する場合も、塩酸の浸漬後に硬度の保持率が上昇することが示されたが、活性炭を配合する場合には、活性炭の割合が高いほど、保持率の上昇が顕著となることが示された。これは、封孔処理剤の硬化物中に活性炭が存在することにより、塩酸が浸漬しやすくなり、未硬化で存在し得る封孔処理剤中の樹脂成分の硬化がされやすくなったため、と推察される。
【0120】
なお、後述の実施例2-1~9-22の硬化物のサンプルについても、上記(3-1)~(3-3)の評価に関し、実施例1-1~1-3と同様の傾向が見られ、また比較例2~8の硬化物のサンプルについても、上記(3-1)~(3-3)の評価に関し、比較例1と同様の傾向が見られた。
【0121】
【表1】
【0122】
(3-4)加熱試験(耐熱試験)
以下、各実施例及び比較例の硬化物のサンプル(寸法:幅20mm×長さ18mm×厚さ5mm)を、各表に記載の加熱条件(加熱温度及び加熱時間)で再加熱し、各表に記載の加熱時間経過後のサンプルに対し、以下[1]~[3]の評価を行った。
【0123】
[1]加熱後の硬化物の外観変化(樹脂割れの状態)
各温度で、適宜の時間加熱した場合の、外観を観察し、硬化物に生じうる割れ(図3A図5D参照)等を観察した。
【0124】
なお、図3A図5Dには、各実施例及び比較例の硬化物のサンプルを230℃の表面状態を撮影した写真を示している。図3A図3Dは、順に比較例1(活性炭0質量%)、実施例1-1(活性炭1質量%)、実施例1-2(活性炭5質量%)、実施例1-3(活性炭7質量%)について、230℃で3時間加熱した後の硬化物の状態を示す図である。図4A図4Dは、順に比較例2(活性炭0質量%)、実施例2-1(活性炭1質量%)、実施例2-2(活性炭5質量%)、実施例2-3(活性炭7質量%)について、230℃で30時間加熱した後の硬化物の状態を示す図である。図5A図5Dは、順に比較例3(活性炭0質量%)、実施例3-1(活性炭1質量%)、実施例3-2(活性炭5質量%)、実施例3-3(活性炭7質量%)について、230℃で100時間加熱した後の硬化物の状態を示す図である。
【0125】
比較例1~3では、加熱時間が経過するにつれて大きな表面割れが生じ、割れの間隔も大きかった。これに対し、実施例1-1~3-3では、加熱時間が経過するにつれて表面割れが生じたものの、比較例1~3よりも割れの間隔は狭くなった。また、実施例1-1~3-3において、活性炭の配合量を増加させると、表面割れは細かくなり、割れ同士の間隔が狭くなる傾向がみられた。
【0126】
[2]平均クラック深さ及びクラック評価
各実施例及び比較例において、各表に示す時間、加熱した各サンプルの硬化物について、その表面から発生したクラックの深さを確認するため、硬化物の断面を光学顕微鏡装置により観察し、クラックにおける深さを測定した。クラックは、表面から鉛直方向での深さを有するクラックのうち最大のものと認められるものから3点ピックアップし、その平均を算出することで平均クラック深さを求め、得られた平均クラック深さを各表に示した。具体的には、測定するサンプルの硬化物(試験片)をマイクロカッターで切断した後、試験片をポリエステル樹脂(ストルアス社製)で被覆、充填し固めた。続いて測定する試験片のポリエステル樹脂で形成された外周を、エンドレス研磨機で細かく研磨し、その後バフ研磨した。研磨後の試験片を光学顕微鏡装置により、クラック深さを測定した。
【0127】
平均クラック深さを評価するため、同じ加熱条件(加熱温度・加熱時間)である比較例の平均クラック深さを基準に、各実施例の平均クラック深さの値を、対象となる比較例の平均クラック深さで除した値を各表の「クラック評価」の欄に示した。
【0128】
【表2】
【0129】
【表3】
【0130】
【表4】
【0131】
なお、表3及び表4に示す実施例及び比較例は、無機成分として活性炭を配合した場合のものであり、表2に示す実施例及び比較例と同じ条件で硬化させ、同様の評価を行ったものである。
【0132】
【表5】
【0133】
【表6】
【0134】
【表7】
【0135】
なお、表6及び表7に示す実施例及び比較例は、無機成分としてボロンを配合した場合のものであり、表5に示す実施例及び比較例と同じ条件で硬化させ、同様の評価を行ったものである。
【0136】
【表8】
【0137】
【表9】
【0138】
【表10】
【0139】
なお、表9及び表10に示す実施例及び比較例は、無機成分としてアルミナ(アルミナ1)を配合した場合のものであり、表8に示す実施例及び比較例と同じ条件で硬化させ、同様の評価を行ったものである。
【0140】
【表11】
【0141】
【表12】
【0142】
【表13】
【0143】
なお、表12及び表13に示す実施例及び比較例は、無機成分として鱗片状ガラスを配合した場合のものであり、表11に示す実施例及び比較例と同じ条件で硬化させ、同様の評価を行ったものである。
【0144】
いずれの実施例においても、ほぼ同じ加熱条件での比較例よりも、クラック深さが小さくなる、すなわち「クラック評価」が1未満となることがわかった。
【0145】
つまり、上記結果からも明らかなとおり、樹脂成分に活性炭、ボロン、アルミナ、及び鱗片状ガラスからなる群から選択される少なくとも一種の無機成分を配合した実施例では、これを配合しない比較例に比べて、クラック深さが大きくなりにくいことが示された。特に、活性炭を配合する場合、活性炭を0.08質量%~12.0質量%添加すると、クラックの伸長が有効に抑えられ、すなわちクラック評価に顕著な効果が得られることがわかった。
【0146】
さらに、活性炭に代えてボロンを配合した場合、活性炭を配合する場合に比べて、硬化物表面にもクラックが生じにくく、特に高い効果が得られることが示された。すなわち、ボロンを配合した場合、0.10質量%と少量でも高いクラック低減の効果がみられ、5質量%程度でも十分に高いクラック低減の効果が得られた。さらに、ボロンの量を増加させ、10質量%配合した場合や15質量%配合した場合において、硬化物の表面からクラックが発生しない場合(つまりクラック評価が0)もあり、特に顕著な効果が得られることがわかった。
【0147】
また、活性炭に代えてアルミナ、又は鱗片状ガラスを配合した場合にも同様に、クラック深さが大きくなりにくく、12質量%程度配合しても高い効果が得られることがわかった。
【0148】
(5)溶射加工品の作製
厚さ6mm、幅50mm、長さ50mmの被溶射材(基材:SUS316製)を用意し、被溶射材を脱脂洗浄することにより、被溶射材の素地に付着している油脂性の汚れを除去し、続いてアルミナ粉末(#24)を用いてブラスト処理を施し、素地面の粗さを調整した。
【0149】
続いて、上記の被溶射材に、プラズマ溶射機により、溶射材料(Ni合金:ハステロイC276)を吹き付けることで溶射皮膜(厚さ200μm)を形成した。これにより、基材と溶射皮膜とを備える溶射皮膜材を得た。溶射材料の吹付は、アルゴンガス約55L/min、水素約9L/minの流量、電圧約70Vの条件下でプラズマ放電させながら行った。
【0150】
本実施例及び比較例で用いた被溶射材(基材)、溶射材料は、以下のとおりである。
・被溶射材:SUS316鋼板(組成・・・C:0.008質量%、Si:0.22質量%、Mn:1.66質量%、P:0.34質量%、S:0.0012質量%、NI:12.32質量%、Cr:16.76質量%、Mo:2.01質量%、残部Fe。ビッカ-ス硬さ183HV(荷重条件0.3Kg))。
・溶射材料:KENNAMETAL Stellite製(Ni基合金/NISTELLE C)。(組成・・・C:0.01質量%、Si:0.3質量%、Mn:0.7質量%、P:0.004質量%、S:0.006質量%、Cr:16.4質量%、Mo:16.1質量%、Fe:6.0質量%、W:4.24質量%、V:0.31質量%、Co:0.6質量%、B:0.002質量%、残Ni。粒径は45μm~106μmの範囲内)。
【0151】
続いて、作製した溶射皮膜材の溶射皮膜を形成した面全体に、上記(1)に記載のノボラック系ビニルエステル樹脂100質量部に対し硬化促進剤(日本化学産業株式会社製の品名 ニッカオクチックスコバルト8%をスチレンで3%に希釈)を2質量%、及び硬化遅延剤(昭和電工株式会社製の品名 リポキシFC用硬化遅延剤)を1質量%添加し、実施例10,11では更に無機成分としてアルミナ(アルミナ1)をノボラック系ビニルエステル樹脂100質量部に対して3.8質量%添加し、また実施例12,13ではアルミナに代えて無機成分として鱗片状ガラスをノボラック系ビニルエステル樹脂100質量部に対して5.0質量%添加して封孔処理剤を調整した。なお、比較例10、11は、無機成分を加えていない。
【0152】
このようにして上記の溶射被膜材を、調整した封孔処理剤の各々に2時間、常温(約25℃)下で浸漬し、準試験片(加工前サンプル)を用意した。上記の封孔処理剤を、溶射加工品のサンプルの溶射面に刷毛で3回塗布することにより、封孔処理剤を浸透させながら溶射面が滑らかになるように塗布し、続いて、熱処理炉(電気炉)内で180℃、3時間の条件で加熱した。これにより、塗布した封孔処理剤に熱衝撃を与えた。これにより、基材と、溶射皮膜と、封孔処理剤の硬化物と、を備える溶射加工品(加工後サンプル)を得た。
【0153】
(6)評価試験
・腐食試験(塩酸腐食試験)
塩酸10質量%溶液を用意し、温度80℃となるよう調節してから、上記の(5)で作製した実施例10~13、及び比較例10,11の加工後サンプル(試験片)を上記の塩酸溶液に浸漬し、16時間、40時間、64時間、及び84時間が経過したタイミングでサンプルを取り出して、打音検査(打診棒(ハンマー)により溶射面を軽く叩くこと)により、溶射被膜の剥離の程度を評価した。打音検査により、高い音が生じたものは「合格」、低い音(鈍い音)が生じたものは「不合格」としている。なお、比較例10,11については、40時間経過後の評価試験を行っていない。これらの結果を、下記の表に示す。
【0154】
【表14】
【0155】
上記表に示すとおり、実施例10~13のように、無機成分を添加し、溶射皮膜に封孔処理剤を浸漬することにより、180℃、30時間の条件で加熱処理を行うと、10%塩酸溶液中での溶射被膜の剥離は認められず、84時間以上晒しても溶射皮膜が剥離しないことがわかった。一方、比較例10~11のように、無機成分を添加せず、溶射皮膜に封孔処理剤を浸漬することにより、180℃、30時間の条件で加熱処理を行うと、10%塩酸溶液中に16時間晒した場合は溶射被膜の剥離は認められないが、16時間以上(具体的には28時間程度)晒すと、剥離することがわかった。したがって、封孔処理剤として、樹脂成分に無機成分を添加すると、約3倍以上の耐食性を有することがわかった。
【0156】
これは、ノボラック系ビニルエステル樹脂に無機成分を添加することで、溶射被膜の微細な割れや亀裂(開口気孔)に封孔処理剤が浸透し、溶射加工品の基材にまで、塩酸溶液が浸透しにくくできるためと考えられる。これに対し、無機成分を添加しない場合は、樹脂成分(ノボラック系ビニルエステル樹脂)が加熱処理の段階(180℃、30時間)で、樹脂成分の硬化物自身に亀裂や割れが生じやすくなり、その結果、基材が塩酸溶液により腐食したものと考えられる。
【0157】
[まとめ]
以上の実施形態、及び実施例から明らかなように、本開示の第1の態様の封孔処理剤は、ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)と、活性炭(C)、ボロン(B)、アルミナ(A)、及び鱗片状ガラス(G)からなる群から選択される少なくとも一種の無機成分と、を含有する。
【0158】
この態様によれば、溶射皮膜の開口気孔を封孔でき、かつクラックが生じても、クラック深さが大きくなりにくい。
【0159】
第2の態様の封孔処理剤では、第1の態様において、有機過酸化物を更に含有する。
【0160】
この態様によれば、封孔処理剤の硬化性を向上させることができる。
【0161】
第3の態様の封孔処理剤では、第1又は第2の態様において、前記ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)の重量平均分子量は、500以上5000以下である。
【0162】
この態様によれば、封孔処理剤の硬化物が適度な強度を有しうる。
【0163】
第4の態様の封孔処理剤では、第1から第3のいずれか一の態様において、前記ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)に対する前記活性炭(C)の割合は、0質量%超15質量%以下である。
【0164】
この態様によれば、封孔処理剤の硬化物を高い温度(例えば200℃~300℃)に加熱した場合の表面割れを小さくしやすく、硬化物を加熱した場合における表面割れの間隔(密度)を大きくすることができ、これにより硬化物の奥深くまでクラックが生じにくくできる。
【0165】
第5の態様の封孔処理剤では、第1から第4のいずれか一の態様において、前記ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)に対する前記ボロン(B)の割合は、0質量%超15質量%以下である。
【0166】
この態様によれば、封孔処理剤の硬化物における表面割れの発生を特に生じにくくでき、クラックを特に生じにくくできる。
【0167】
第6の態様の封孔処理剤では、第1から第5のいずれか一の態様において、前記ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)に対する前記アルミナ(A)の割合は、0質量%超15質量%以下である。
【0168】
この態様によれば、封孔処理剤の硬化物における表面割れの発生をより生じにくくでき、クラックをより生じにくくできる。
【0169】
第7の態様の封孔処理剤では、第1から第6のいずれか一の態様において、前記ノボラック型ビニルエステル樹脂(R)に対する前記鱗片状ガラス(G)の割合は、0質量%超15質量%以下である。
【0170】
この態様によれば、封孔処理剤の硬化物における表面割れの発生をより生じにくくでき、クラックをより生じにくくできる。
【0171】
第8の態様の硬化物は、第1から第7のいずれか一の態様の封孔処理剤の硬化物である。
【0172】
この態様によれば、溶射加工品(5)の溶射皮膜(2)における開口気孔(4)を封孔するために用いることができる。
【0173】
第9の態様の溶射加工品(5)は、基材(1)と、前記基材(1)上に重なる溶射皮膜(2)と、第8の態様の封孔処理剤の硬化物と、を備える。
【0174】
この態様によれば、クラック深さが大きくなりにくい溶射加工品(5)が得られる。
【0175】
第10の態様の溶射加工品(5)は、第9の態様において、前記溶射皮膜(2)の開口気孔(4)内に、前記封孔処理剤の硬化物が含まれている。
【0176】
この態様によれば、クラック深さが大きくなりにくい溶射加工品(5)が得られる。
【0177】
第11の態様の溶射加工品(5)は、第9又は第10の態様において、前記溶射皮膜が、炭化タングステン、クロム、ニッケル、モリブデン、及びコバルトからなる群より選ばれた少なくとも1種を含む。
【0178】
第12の態様の溶射加工品(5)の製造方法は、溶射工程と、封孔処理工程と、を含む。前記溶射工程では、基材(1)に溶射材料を吹き付けて溶射皮膜(2)を形成する。封孔処理工程では、前記溶射皮膜(2)に第1から第7のいずれか一の態様における封孔処理剤で封孔処理を施す。
【0179】
この態様によれば、クラック深さが大きくなりにくい溶射加工品(5)が得られる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6