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特許7515148構造色を呈する無機加飾品、その製造方法、及びそれに用いる分散液
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-04
(45)【発行日】2024-07-12
(54)【発明の名称】構造色を呈する無機加飾品、その製造方法、及びそれに用いる分散液
(51)【国際特許分類】
   C04B 41/85 20060101AFI20240705BHJP
   B05D 7/00 20060101ALI20240705BHJP
   B44C 5/08 20060101ALI20240705BHJP
   B44F 1/08 20060101ALI20240705BHJP
   C01B 33/12 20060101ALI20240705BHJP
【FI】
C04B41/85 J
B05D7/00 D
B44C5/08 Z
B44F1/08
C01B33/12 Z
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2019201988
(22)【出願日】2019-11-07
(65)【公開番号】P2020147484
(43)【公開日】2020-09-17
【審査請求日】2022-10-26
(31)【優先権主張番号】P 2019041130
(32)【優先日】2019-03-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)令和元年10月4日にKISTEC Innovation Hub 2019 in EBINAの予稿集のウェブサイトにて公開 (2)令和元年10月31日にKISTEC Innovation Hub 2019 in EBINAにて発表
(73)【特許権者】
【識別番号】317006683
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100152250
【弁理士】
【氏名又は名称】峰松 勝也
(72)【発明者】
【氏名】小野 洋介
【審査官】小川 武
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-025648(JP,A)
【文献】特開昭58-041740(JP,A)
【文献】特開2013-241315(JP,A)
【文献】特開2011-073948(JP,A)
【文献】特開平01-192785(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 41/80-41/91
A44C 27/00
B05D 7/00
B44C 5/08
B44F 1/08
C01B 33/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
略球状の酸化ケイ素の無機微粒子の粒径及び規則的配列に由来する構造色が発現している領域を有する無機加飾品であって、
前記構造色が発現している領域が、前記無機微粒子、基体である無機基材及びこれらを接合する無機接合材からなり、
前記無機接合材が、ガラス相の酸化ケイ素であり、前記無機微粒子と同一の化学組成を有しており、
前記無機微粒子が前記無機基材表面に略規則的に配列して、その隙間に介在する前記無機接合材により接合され、多層の無機微粒子集合体が形成されており、
該無機微粒子集合体が、前記無機微粒子と前記無機基材との隙間に介在する前記無機接合材により、前記無機基材表面の一部又は全部の領域に接合されており、
前記無機接合材の重量が、前記無機微粒子の重量の半分~等量の範囲であり、
記構造色が、0.2mm以上の面積にわたって連続して発現しており、
前記無機微粒子集合体が、その一部を表面に露出した状態で前記無機基材に接合されており、
前記無機微粒子が多孔質であり、その窒素ガス吸着法による比表面積の測定値が、酸化ケイ素の密度及び走査型電子顕微鏡観察による粒径から算出される計算値と比較して2倍以上の値である、前記無機加飾品。
【請求項2】
同一領域に構造色を発現する複数種の無機微粒子集合体が形成され、同一の観察角度において、前記無機微粒子集合体に由来する複数の色が発色している領域を有する、請求項1に記載の無機加飾品。
【請求項3】
無機基材が曲面部分を有し、該曲面部分の一部又は全部の領域に無機微粒子集合体が接合されている、請求項1又は2に記載の無機加飾品。
【請求項4】
無機微粒子の1次粒子の個数平均径が、150~370nmである、請求項1乃至の何れかに記載の無機加飾品。
【請求項5】
無機基材が陶磁器である、請求項1乃至の何れかに記載の無機加飾品。
【請求項6】
無機加飾品が、食器類及びその部品、装飾品及びその部品、筆記具の部品、携帯型情報通信機器の筐体及び部品、内装及び外装用の建材、輸送機器の車体及び部品、並びに庭園及び墓地用の石材加工品からなる群より選ばれる1種である、請求項1乃至の何れかに記載の無機加飾品。
【請求項7】
ケイ素のアルコキシドを原料に用いるアルコキシド法により略球状の酸化ケイ素の無機微粒子を析出させる反応において、前記アルコキシドを完全に反応させずに未反応成分を残存させて、前記無機微粒子及び前記未反応成分を含有し、前記未反応成分の重量が前記無機微粒子の重量の半分~3倍量である分散液を調製する工程と、
無機基材表面の一部又は全部の領域に、前工程で得られた分散液をコーティングして乾燥させ、前記無機微粒子が略規則的に配列した多層の無機微粒子集合体を前記無機基材表面に形成する工程と、
前記無機微粒子集合体が形成された前記無機基材を焼成して、残存する前記未反応成分を反応させ無機接合材を形成して、前記無機微粒子間及び前記無機微粒子と前記無機基材との間を前記無機接合材により接合して、前記無機微粒子集合体を前記無機基材表面の一部又は全部の領域に接合する工程と、を含む、
前記無機微粒子の粒径及び規則的配列に由来する構造色が発現している領域を有する無機加飾品の製造方法。
【請求項8】
無機微粒子及び未反応成分を含有する分散液を調製する工程において、さらに、非晶質酸化ケイ素を主成分とする無機接合剤を添加して混合し、前記無機微粒子、前記未反応成分及び前記無機接合剤を含有し、前記未反応成分及び前記無機接合剤の重量が前記無機微粒子の重量の半分~3倍量である分散液を調製して
無機微粒子集合体を無機基材表面の一部又は全部の領域に接合する工程において、焼成により、さらに、前記無機接合剤を融解させ無機接合材を形成する、請求項に記載の無機加飾品の製造方法。
【請求項9】
略球状の酸化ケイ素の無機微粒子と、該無機微粒子の原料であるケイ素のアルコキシドが完全に反応せずに残存した未反応成分とを含有する分散液であって、
前記未反応成分の重量が、前記無機微粒子の重量の半分~3倍量の範囲であり、
前記無機微粒子が略規則的に配列して前記未反応成分から形成される無機接合材により接合されて形成される多層の無機微粒子集合体が、前記無機微粒子の粒径及び規則的配列に由来して構造色を発現する、前記分散液。
【請求項10】
無機微粒子の1次粒子の個数平均径が150~370nmである、請求項に記載の分散液。
【請求項11】
ケイ素のアルコキシドを原料に用いるアルコキシド法により略球状の酸化ケイ素の無機微粒子を析出させる反応において、前記アルコキシドを完全に反応させずに未反応成分を残存させて、前記無機微粒子及び前記未反応成分を含有し、前記未反応成分の重量が前記無機微粒子の重量の半分~3倍量である分散液を調製する工程を含む、請求項又は10に記載の分散液の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、構造色を呈する無機加飾品とその製造方法に関する。より詳しくは、無機材料からなり耐熱性、機械的強度、耐摩耗性等に優れ、構造色を広い面積にわたって連続して発現することができる無機加飾品に関する。また、多層にわたる周期構造を速やかに形成でき、構造色を呈する無機加飾品を短時間で得ることができる、コストが低く環境負荷の少ないその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光は電磁波の一種であり、光の波長のうちヒトの可視域はおよそ380~780nmと言われている。可視光の波長と同程度のスケールである数百ナノメートルオーダーの周期構造を形成した場合に、周期構造による光の反射や屈折等の作用によって可視域の特定の波長の光が重なり合い強く反射され、色を発現することが知られている。このような微構造に由来して発現した色は構造色や遊色と呼ばれ、オパールのような天然宝石や、モルフォチョウやクジャクのような生物にみられる。
【0003】
構造色を発現する物質を人工的に得ることも可能である。例えば、直径が数百ナノメートルに揃った球状粒子を作製し、これを高度に規則的に配列させると、粒子集合体は周期構造を形成して構造色を呈する。このような粒子集合体は、天然宝石のオパールと似た構造と発色であることから、オパールの主成分である酸化ケイ素とは異なる材質で作製されたものも含めて、人工オパールと呼ばれている。人工オパールの研究開発では、粒径を揃え周期構造を形成しやすいラテックスなどのポリマー粒子が作製され用いられることが多い。
【0004】
例えば、粒径が揃ったポリマー粒子をシリカゾル中に分散させた液を、陶磁器又はガラスにコーティングして500℃で焼成すると、構造色を呈するセラミックス製品が得られることが報告されている(非特許文献1)。ポリマー粒子の高度に揃った粒径に由来して、分散液の溶媒が蒸発する際にポリマー粒子が自己組織化的に規則的に配列するため、分散液をセラミック基材に直接コーティングして構造色を発現させることが可能である。
【0005】
セラミックスや金属等の無機製品は、耐熱性、機械的強度、耐摩耗性、耐候性等に優れる特長を活かして、日用品、建築材料、構造材料等として広く用いられている。その用途によっては、美観を向上させるために様々な技法による加飾が求められている。特に、陶芸の分野において構造色を発現させることは、国宝「曜変天目」様の美観が得られるため、強いニーズがある。
【0006】
一方、非特許文献1に用いられている、有機物であるポリマー粒子は、耐熱性が低い、機械的強度が弱い、摩耗しやすい、経年劣化するなどの欠点がある。有機材料からなる人工オパールをセラミックスや金属等の無機製品の表面にコーティングすることは、本体と比べて性能が劣る表面コーティング層を形成することになり、無機製品の利用分野を限定することになるため望ましくない。安定な無機材料からなる人工オパールであれば、600℃以上の温度で焼成してもポリマー粒子のように消失することがなく、原子間を3次元的に結合する共有結合、イオン結合、金属結合に由来する、高い強度、硬度、耐摩耗性、化学的安定性、耐食性、耐候性等を示す。
【0007】
例えば、酸化ケイ素微粒子からなる人工オパールとして、京セラ(株)製の「クリエイテッドオパール」などが知られており(例えば、非特許文献2)、天然宝石のオパールと同様の美しい構造色を呈するため宝飾品の分野において利用されている。
【0008】
また、クリエイテッドオパールのように予め作製した酸化ケイ素微粒子からなる人工オパール粒(バルク体)を、釉薬層すなわちガラス層に分散させて素地に装着したボーンチャイナが知られている(特許文献1)。この技術を用いれば、表面ガラス層を透明とすることで、宝石様の人工オパールを素地に固定して、人工オパール特有の構造色を示す美観に優れた陶磁器を得ることができる。
【0009】
その他にも、表面に微構造を形成させ構造色や干渉色を発現させた無機製品として、還元焼成により鉛や銀の重金属類の薄膜を表面に形成させた陶磁器 (特許文献2) 、塩素系ガスやフッ素系ガス存在下で焼成することで、化学反応に伴う微細な化合物の析出やガスのエッチング作用により表面に微構造を形成させた陶磁器(例えば、特許文献3)が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2011-73948号公報
【文献】特開2005-82438号公報
【文献】特開2011-6290号公報
【非特許文献】
【0011】
【文献】表面技術, 表面技術協会, 2010, vol.61, No.11, p.754-756
【文献】セラミックス, 日本セラミックス協会, 2009, vol.44, No.7, p.540-542
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかし、天然宝石のオパールと同様の美しい構造色を呈し、耐熱性、機械的強度、耐摩耗性等の特性に優れているにもかかわらず、無機材料の人工オパールが宝飾品以外の分野において積極的に利用されてきたとは必ずしも言えない。その理由として、無機微粒子の粒径や微構造のコントロールが困難であることが挙げられる。構造色を発現するためには、数百ナノメートルオーダーの微細な粒子を、粒径を揃えて作製し、これを高度に規則的に配列させ周期構造を形成する必要がある。
【0013】
乳化重合により生成するラテックスなどのポリマー粒子については、核生成と粒成長それぞれをコントロールしやすく、微粒子であっても粒径を揃える技術が確立している。一方、無機材料については、粒径をコントロールする技術が比較的確立している酸化ケイ素微粒子であっても、特殊な技術と長時間とを必要とする。例えば、非特許文献2には、京セラ(株)製の「クリエイテッドオパール」は、全製造工程に13ヶ月を要し、商業ベースで合成に成功しているのは同社のみと記されている。
【0014】
また、特許文献1のボーンチャイナでは、人工オパールのバルク体を用いており、人工オパールが点在するため広い面積にわたり連続する発色領域を形成できなかった。同文献には、人工オパールバルク体の好ましい径は0.5mmまでと記され、点在する各面積は最大でも0.2mm未満であった。さらに、構造色のグラデーションを表現できず、同一領域に異なる構造色の人工オパールを重ねて装着できなかった。そのため、構造色による表現技法が極めて限定されることに課題があった。加えて、厚みのある人工オパールを釉薬層に分散させて保持するために多量の釉薬と高温焼成を要するため、製造コストと環境負荷が高いことにも課題があった。
【0015】
さらに、特許文献2の重金属を用いて表面に薄膜を形成させた陶磁器では、重金属の人体有害性や環境負荷が高い、材料コストが高い、干渉作用や金属元素による光吸収をメカニズムとする発色しか発現できない、酸化による経年劣化があるなどの課題があった。また、特許文献3のガスとの気相反応を用いて表面に微構造を形成させた陶磁器では、多色の意図する色を意図する領域に発色させること及び構造色を発現する周期構造に厚みを持たせることが困難である、再現が至難であるなどの課題があった。これらの技術を用いれば芸術品としては美観に優れた最上級のものが得られるかもしれないが、製品の安全性や安定性、生産の再現性が求められる工業製品としては適さない。
【0016】
本発明は、以上の背景技術とその課題を鑑みてなされたものであり、無機材料からなり耐熱性、機械的強度、耐摩耗性等の特性に優れ、多層の周期構造からなる美観に優れる構造色を、広い面積にわたり連続的に発現できる無機加飾品を提供することを目的とする。また、無機微粒子を高度に規則的に配列させて多層にわたる周期構造を速やかに形成でき、構造色を呈する無機加飾品を短時間で得ることができる、コストが低く環境負荷の少ない製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者は、前記課題を解決すべく鋭意研究した結果、無機微粒子を高度に規則的に配列させた集合体を無機基材表面に直接形成し、これをガラス相で接合する手法が最適であることを究明した。また、無機微粒子の核生成と粒成長に好適な条件下での液相合成により無機微粒子を析出させ、無機微粒子とそれを接合するためのガラス相となる成分を含む分散液を調製して、これを無機基材に直接コーティングすることにより、数十秒の乾燥時間で広い面積にわたり無機微粒子が規則的に配列する周期構造を連続して形成できることを究明した。そして、その構造や製法についてさらに研究を進めた結果、本発明を完成するに至った。
【0018】
すなわち、本発明は、略球状の無機微粒子からなる集合体と、基体となる無機基材と、接合材となるガラス相と、を含む無機加飾品であって、前記無機微粒子が前記無機基材表面に略規則的に配列して集合体が形成されており、該無機微粒子集合体が前記ガラス相により前記無機基材表面の任意の領域に接合されており、前記無機微粒子の粒径及び規則的配列に由来する構造色が発現している領域を有する、前記無機加飾品である。
【0019】
本発明の無機加飾品は、無機材料から構成され、耐熱性、機械的強度、硬度、耐摩耗性、化学的安定性、耐食性、耐候性に優れ、多層にわたる周期構造に由来した美観に優れる構造色を呈する。この構造色は、無機微粒子が形成する周期構造に由来して発現するため、薄膜による干渉色とは異なり、基材の凹凸の影響を受けず広い面積にわたって均質な色を発現することができる。また、地殻に最も豊富に存在する固体材料である酸化ケイ素等を用いて発現させることができ、従来用いられてきた顔料のようにレアメタルなどの遷移金属を含む必要が無く、材料コスト、人体有害性、環境負荷の低減が可能である。
【0020】
また、本発明は、無機微粒子と接合材となるガラス相とが、同一の化学組成を有する、前記無機加飾品である。無機微粒子とガラス相とを、同一の原料から形成させ同一の化学組成とすることにより、無機微粒子の長周期にわたる規則的配列が形成され、“見る角度によって色が変わる”構造色特有のユニークな発色をより顕著に安定して発現することができる。
【0021】
さらに、本発明は、無機微粒子からなる集合体が、その一部を表面に露出した状態で無機基材に接合されている、前記無機加飾品である。この構造により、液体に濡れると構造色が変化又は消失し、蒸発等により液体が除去されると元の構造色を発現するというユニークな特徴を示すことが可能である。この現象は、無機微粒子が形成する周期構造内や多孔質な無機微粒子の内部に液体が浸透することにより、光の屈折、反射、回折、散乱等の作用が変化するメカニズムに由来しており、光吸収を原理とする一般的な顔料では発現できない、構造色であるからこそ発現可能な現象である。
【0022】
また、本発明は、構造色が0.2mm以上の面積にわたって連続して発現している、同一領域に構造色を発現する複数種の無機微粒子集合体が形成され同一角度の目視観察において前記無機微粒子集合体に由来する複数の色が発色している、無機基材が曲面部分を有し該曲面部分の任意の領域に無機微粒子集合体が接合されている、前記無機加飾品である。本発明の構造色は、曲面を含む広い面積にわたって連続して発現すること、観察角度によって異なる色を発現すること、無機微粒子が形成する周期構造の厚みによってグラデーションを表現すること、無機加飾品の同一領域に複数の色を重ねて発色することもできる。
【0023】
さらに、本発明は、無機微粒子の1次粒子の個数平均径が150~350nmである、無機微粒子が多孔質であり該無機微粒子の窒素ガス吸着法による比表面積の測定値が密度及び走査型電子顕微鏡観察による粒径から算出される計算値と比較して2倍以上の値である、無機微粒子が酸化ケイ素である、無機基材が陶磁器である、前記無機加飾品である。これらの構造により、本発明の無機加飾品とその構造色の上記特長をさらに高めることができる。
【0024】
また、本発明は、無機加飾品が、食器類及びその部品、装飾品及びその部品、筆記具の部品、携帯型情報通信機器の筐体及び部品、内装及び外装用の建材、輸送機器の車体及び部品、並びに庭園及び墓地用の石材加工品からなる群より選ばれる1種である、前記無機加飾品である。本発明のこれらの製品又は半製品は、美観と諸特性に優れる上記構造色を備えており商品価値が高い。
【0025】
さらに、本発明は、液相合成により無機微粒子を析出させて該無機微粒子及び未反応状態の原料成分を含む分散液を調製する工程と、無機基材表面の任意の領域に前記分散液をコーティングして乾燥及び焼成する工程と、を含む前記無機加飾品の製造方法である。この製造方法では、“見る角度によって色が変わる”構造色の特徴を強調した発色の無機加飾品を安定して得ることができる。これにより、従来にない新たな加飾技法として、美術工芸品や装飾品等の他にも、高い装飾性やデザイン性が求められる用途への活用が期待できる。
【0026】
また、本発明は、液相合成により無機微粒子を析出させた後に無機接合剤を添加して前記無機微粒子及び前記無機接合剤の分散液を調製する工程と、無機基材表面の任意の領域に前記分散液をコーティングして乾燥及び焼成する工程と、を含む前記無機加飾品の製造方法である。この製造方法では、“見る角度によって色が変わらない”従来顔料に類似した発色の無機加飾品を得ることができる。これにより、従来顔料の代替技術として、例えば、酸化ケイ素のような資源豊富な物質を原料とすることができ、レアメタルフリー化を図ることができる。
【0027】
上記本発明の製造方法は、数十秒の乾燥時間で広い面積にわたり無機微粒子が規則的に配列した周期構造を連続して速やかに形成することができ、無機接合剤の添加量が少なく、焼成条件も比較的低温で大気中焼成が可能である。
【発明の効果】
【0028】
本発明の無機加飾品は、無機材料から構成され、耐熱性、機械的強度、耐摩耗性等の特性に優れ、多層の周期構造に由来した美観に優れる構造色を、広い面積にわたって連続して発現することができる。
また、本発明の無機加飾品の製造方法は、無機微粒子が規則的に配列した周期構造を短時間で形成することができ、美観に優れる構造色を呈する無機装飾品を低廉なコストで製造することができる。
本発明の無機加飾品が発現する構造色は、構造色特有の見る角度によって色が変わる発色とすることも、従来顔料のように見る角度によって色が変わらない発色とすることもでき、製造方法により構造色の発色をコントロールすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】実施例1においてスプレーコーティングにより作製した陶磁器の外観像である。
図2】実施例1においてスプレーコーティングにより作製した陶磁器表面の走査型電子顕微鏡による拡大観察像である。
図3】実施例2において筆塗りにより作製した陶磁器を水に濡らし乾燥させたときの色調の変化を示す外観像である。
図4】実施例3において筆塗りにより作製した陶磁器の外観像である。
図5】実施例3において筆塗りにより作製した陶磁器を水に濡らしたときの色調の変化を示す外観像である。
図6】実施例4においてアンモニア水の添加量を変えて作製した試験片表面の走査型電子顕微鏡による拡大観察像である。
図7】実施例5において筆塗りにより作製した陶磁器の外観像1である。
図8】実施例5において筆塗りにより作製した陶磁器の外観像2である。
図9】実施例6において作製した酸化ケイ素微粒子がガラス相で完全に覆われた試験片表面の観察像である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明の無機加飾品及びその製造方法について詳細に説明する。なお、説明が省略されている構造、特性、組成、製法等については、当該技術分野の当業者に知られているものと同一又は実質的に同一のものとすることができる。
【0031】
また、本発明において「略」とは、厳密に同一である場合に限られず、同一性を失わない程度の誤差や変形を含む概念である。例えば、略球状とは厳密に球状の場合に限られず、球状と同一視できる場合を含むものとする。
【0032】
本発明で用いる無機微粒子の化学組成としては、酸化ケイ素、酸化アルミニウム、酸化チタン、酸化鉄、酸化マグネシウム、酸化カルシウム、酸化マンガン、酸化コバルト、酸化銅、酸化亜鉛、酸化イットリウム、酸化ジルコニウム、酸化パラジウム、酸化銀、及びこれらの複合酸化物、窒化ケイ素、窒化アルミニウム、窒化チタン、炭化ケイ素、サイアロンセラミックス、炭酸カルシウム、リン酸カルシウム、アパタイト化合物、カーボン、アルカリ長石や斜長石等の長石、カオリナイト、モンモリロナイト、スメクタイト、アロフェン、ゼオライト、層状複水酸化物等の粘土、プラチナ、金、銀、銅、鉄、チタン、鉄鋼、各種合金等の金属が挙げられる。
【0033】
これらの中でも、大気中の安定性から酸化物または表面が酸化物で覆われた金属が好ましく、コストや環境調和の観点から酸化ケイ素、酸化アルミニウム、ケイ酸アルミニウム、又はこれらに少量のアルカリやアルカリ土類金属を含む化学組成のものがより好ましい。粒径のコントロール性及び屈折率の均質性の観点から、単一組成の酸化物である酸化ケイ素、酸化アルミニウムがさらに好ましい。オパールと同じ材質である酸化ケイ素を用いることは天然宝石と同じ材質であることを特長として表記でき、また資源が豊富であることから最も好ましい。
【0034】
無機微粒子は、無機基材表面に略規則的に配列して集合体を形成している。この無機微粒子集合体は、複数の無機微粒子が略規則的に配列して一定の形状を保っている集合体であればよく、無機微粒子が物理化学的な力で集合した集合体である。具体的には、後述する製造方法において、高分散の無機微粒子の分散液を無機基材表面にコーティングした後に乾燥する工程において、自己組織化的に無機微粒子が規則的に配列した集合体が例示される。
【0035】
本発明では、拡大観察により無機微粒子集合体に部分的な亀裂、欠陥、微粒子の脱落等が認められる場合であっても、目視観察により所望の構造色を連続して発現できる集合体であれば、略規則的に配列しているものとみなして、正確に規則的に配列している集合体と同一視できるものとする。
【0036】
無機微粒子集合体は、後述する製造方法において、分散液をコーティングする形状や面積を調整することにより、無機基材表面の任意の領域に形成することができる。本発明において「任意の領域」とは、無機基材表面の一部又は全部の範囲にあり、製作者の自由な意思により分散液をコーティングして形成することができる、平面視方向の全ての形態を含むものとする。無機微粒集合体が形成される領域は1箇所でも複数箇所でもよい。構造色を広い面積にわたって連続して発現させるために、無機微粒集合体が形成される各領域の面積は、好ましくは0.2mm以上である。
【0037】
無機微粒子集合体の厚みは、同様にコーティングの方法、液量、回数を調整することにより、任意の厚みに形成することができる。多層にわたる周期構造を構成し、目視で明らかに認識できる構造色を発現するために、焼成後の厚みで800nm以上が好ましく、1000nm以上がより好ましい。層数では2~3層以上が好ましく、4~5層以上がより好ましい。厚いほど構造色が鮮明になり、薄いと重ね塗りやコスト面で有利となる。耐摩耗性、耐剥離性等も考慮して設定される。
【0038】
無機微粒子集合体は、その隙間に介在するガラス相により無機基材表面の任意の領域に接合されている。後述する製造方法において、無機微粒子と未反応状態の原料成分を含む分散液を用いる場合には、焼成に伴い残存する未反応状態の原料成分が反応し化学結合が形成されることにより、無機微粒子が接合される。この場合には、無機微粒子と接合材となるガラス相とが、同一の出発原料から形成され同一の化学組成を有することになる。本発明において「同一の化学組成を有する」とは、無機微粒子と接合材となるガラス相とを形成する無機化合物の構成元素の種類が一致していることを意味する。
【0039】
未反応状態の原料成分を接合材として利用することにより、無機微粒子の周期配列を乱す添加剤を分散液に加える必要がなくなるため、無機微粒子の長周期にわたる規則的配列が形成されやすくなることで、散乱反射光よりも正反射光による発色が支配的となり、“見る角度によって色が変わる”構造色特有のユニークな発色を強めることができる。
【0040】
一方、無機微粒子と無機接合剤を含む分散液を用いる場合には、無機微粒子を接合するガラス相は、添加した無機接合剤の焼成に伴う融解により形成される。ガラス相は無色透明であることが最も好ましい。なお、暗色のガラス相も、無機微粒子の周期構造の間に介在させ、無機微粒子集合体が発現する構造色を背景色として強調する観点からは好ましい。無機接合剤を添加すると、無機接合剤が融解して生成するガラス相が無機微粒子の規則的配列を部分的に乱すことで、正反射光よりも散乱反射光による発色が支配的となり、“見る角度によって色が変わらない”従来顔料に類似する発色とすることができる。
【0041】
ガラス相で無機微粒子集合体の全部を覆うことなく、一部が表面に露出した状態で接合することにより、前述のように液体に濡れると色が変化又は消失し、液体が除去されると元の構造色を発現するというユニークな特性を付与することができる。この形態では、微粒子間の隙間にガラス相が介在して互いに接合されており、最表面にはガラス相で覆われた部分が島状に少数点在していると推定される。ガラス相で覆われた部分が島状に多数点在すると、光を散乱し外観が白っぽくなり美観を損ねるため、接合強度と美観とのバランスを考慮してガラス相を形成する無機接合剤の添加量を調整する。
【0042】
一方、ガラス相で無機微粒子集合体の全部を覆った状態で接合することにより、上記液体浸透による構造色の変化や消失等の特性を喪失し、散乱及び吸収による光エネルギーのロスが生じるが、耐摩耗性、耐剥離性、防汚性等の特性を高めることができる。
【0043】
本発明では、無機微粒子集合体が多層にわたる周期構造を構成し、無機微粒子の粒径及び規則的配列に由来する構造色を、広い面積にわたって連続して発現させることができる。本発明において「連続」とは、ヒトの目視において認識される連続性を意味し、対象領域に目視で認識できない不連続領域が存在していても連続とする。構造色が連続して発現している領域の面積は、好ましくは0.2mm以上である。後述する製造方法において、分散液をコーティングする形状や面積を調整することにより、任意の領域に構造色を発現させることができる。構造色を発現させる領域は1箇所でも複数箇所でもよい。
【0044】
ここで、周期構造によって発現する構造色の光の波長は、次のBragg-Snellの式を用いて予想することができる。
λ=2(d/m)(n-sinθ)0.5
上記Bragg-Snellの式を本発明の無機加飾品に当てはめると、λは無機微粒子が接合された無機加飾品の表面層と光の相互作用によって強め合う光の波長(nm)、dは無機微粒子の直径により決まる周期構造の周期間距離(nm)、mは整数、nは表面層の屈折率、θは無機加飾品表面の法線からの観察角度である。すなわち、無機加飾品に発現し観察される構造色は、無機微粒子の粒径、無機微粒子集合体の屈折率及び観察角度に依存する。
【0045】
なお、本明細書において「粒径」の用語は、1次粒子を球状に近似した時の直径を意味するものとする。球状粒子は、粒子が密に充填し周期間距離の短さに特徴のある周期構造を形成するため、上記Bragg-Snellの式を満たす可視域の光の波長が複数存在する可能性が高くなる。換言すると、球状粒子が密充填して形成された周期構造においては、観察角度θの違いによって、異なる色が観察されうる。観察角度によって異なる色が観察される特徴は、光吸収を原理とする一般的な顔料にはみられない構造色に特有のユニークな特徴であり、この理由から球状粒子を用いることが好ましい。
【0046】
粒子表面に超微細な凹凸がある場合であっても、電子顕微鏡による拡大観察像での外観が球状と近似できるものであれば略球状とみなし、本発明の対象とする。一方、長球状の粒子は、規則的な配列ひいては周期構造に由来する構造色の発現が困難であるため、本発明の対象外とする。本発明における球と長球の境は長径÷短径の値が1.3とし、この値が1.3以下のものを略球状とする。
【0047】
無機微粒子は中実、中空、多孔質のいずれであっても、その屈折率に応じて構造色を発現することが可能であるため、いずれでもよい。無機微粒子が中実または中空であると、その集合体の一部が無機加飾品の表面に露出した状態であるとき、水等の液体が無機微粒子の配列の隙間に浸透することにより光の屈折、反射、回折、散乱等の作用が変化し、無機微粒子と液体の屈折率の差に応じて、構造色の色が変化したり色が消失したりするユニークな特徴を示すことができる。また、無機微粒子が多孔質である場合は、液体が無機微粒子の配列の隙間に浸透すると同時に、無機微粒子の孔の内部まで浸透することにより、どのような屈折率の液体を用いても構造色の色が消失する特徴を示すことができる。
【0048】
液体浸透による色の変化は、蒸発等により液体が除去されると元の色に戻る。この特徴は、光吸収を原理とする一般的な顔料にはみられない特徴であり、構造色に特有のものである。無機微粒子の多孔性の程度は、比表面積を測定することにより評価できる。窒素ガス吸着法による比表面積の測定値が、密度及び走査型電子顕微鏡観察による粒径から算出される計算値と比較して大きい場合に多孔質と判断でき、大きいほど多孔性が高いと評価できる。多孔性であるほど液体浸透による構造色の消失の特徴を顕著に示すため、比表面積の測定値は計算値の2倍以上が好ましく、3倍以上がより好ましい。
【0049】
周期構造によって発現する構造色の色は、多孔質酸化ケイ素微粒子の場合、直径約150nmで紫色であり、粒径が大きくなるにつれ、長波長側の青紫色、青色、青緑色、緑色、黄緑色、黄色、橙色、赤色を呈する。これより粒径が大きくなると、m=1の条件下で強め合う色と、m=2の条件下で強め合う色とが混ざり赤紫色、さらには青紫色を呈する。
【0050】
さらに粒径が大きくなると、m=1の条件下で強め合う色は近赤外領域に入り、ヒトの視細胞では検知できず、m=2の条件下で強め合う紫色や青色を呈し、これに続いて青緑色、緑色と繰り返す。m=2の条件下で強め合う色は、上記Bragg-Snellの式からわかるように、屈折の影響等を長さに換算した光路差が、光の波長の2倍と一致して強め合う波長の色である。無機微粒子の化学組成や多孔性によって屈折率は異なるが、m=1の条件下である方が美しい色が発色されるため、無機微粒子の粒径は、美しい構造色が発色される150~350nmの範囲が好ましく、150~300nmの範囲がより好ましい。
【0051】
本発明に用いる無機基材としては、陶磁器、各種タイル、ガラス、カーボン、シリコンなどのセラミックス、大理石、大谷石、御影石等の天然石材、鉄、鋼、アルミ、チタン、金、銀、銅、プラチナ、各種合金等の金属が挙げられる。これらの無機材料を複数組み合わせた複合材料でもよい。カーボンのように大気中焼成で消失してしまう基材、シリコンや金属のように大気中焼成で酸化してしまう基材の場合は、焼成を不活性雰囲気、真空雰囲気、又は還元雰囲気で行う。
【0052】
無機基材表面が多孔性で、コーティングした無機微粒子分散液が内部に浸透してしまう場合には、下処理をして無機基材表面に下地層を設けてもよい。例えば、後述する無機接合剤を含む釉薬をコーティングして焼成することにより、ガラス質の下地層を設けてもよい。また、下地層を暗色にして背景色とすることで、無機微粒子集合体が発現する構造色を強調してもよい。なお、基体となる無機基材は、内製又は外製のいずれでもよい。例えば、無機材料を混練及び成形した後に乾燥及び焼成するなどして無機基材を内製してもよく、外製の完成品又は半完成品を別途用意してもよい。
【0053】
本発明の無機加飾品は、その任意の領域に構造色を発現する無機加飾層が積層された、無機材料からなる無機製品である。それ自体が美観に優れ鑑賞の対象となる陶芸品、装飾品等の製品と、他の物品や構造物を装飾するために組み込まれる部品、建材等の半製品の両方を含む。具体的には、食器類、花瓶、調理器具、筆記具、工具等の日用品とその部品、ジュエリー、アクセサリー、時計等の装飾品とその部品、携帯電話、スマートフォンなどの携帯型情報通信機器、及び電化製品のディスプレイパネル、筐体や部品、テーブル、机、棚等の家具の部材、屋根、壁、床、窓、ドアなどの建具や建材、風呂、便器、キッチン、洗面台等の住宅設備の部材、自転車、二輪車、自動車、電車、飛行機等の輸送機器のフレーム、ボディや内外装部品、記念碑、灯籠、墓石等の石材加工品、陶芸品や工芸品等が挙げられる。
【0054】
次に、本発明の製造方法は、従来技術とは異なり、無機微粒子とそれを接合するガラス相となる成分を含む分散液を調製して、この分散液を無機基材表面に直接コーティングして乾燥させ、無機基材表面に無機微粒子が規則的に配列した周期構造を直接形成した後に焼成する。高分散の分散液を得るために、無機微粒子は液相合成で調製し、凝集の工程を経ずにそのまま用いることが好ましく、高分散の状態でコーティングすることが好ましい。
【0055】
例えば、気相合成によっても粒度の揃った粒子を得ることはできるが、気相合成で回収される粒子はいくらか凝集しており、液中でこの凝集を完全に解いて単分散とすることや、凝集の程度を制御することが困難であることから、本発明においては液相合成を採用する。液相合成としては、アルコキシドを原料に用いるアルコキシド法、溶液から粒子を沈殿析出させる沈殿法、難溶性の塩を高温・高圧条件下で溶解させ粒子を析出させる水熱合成法が挙げられる。
【0056】
これらの中でもアルコキシド法は、粒径の制御性に優れるため好ましい。原料に用いるアルコキシドとして、ケイ素、チタン、アルミニウム、マグネシウムやジルコニウムなどのアルコキシドが挙げられる。これらの中でも、反応速度の制御が容易であることと、原料が安価であることから、オルトケイ酸テトラメチルとオルトケイ酸テトラエチルが好ましい。
【0057】
上記液相合成にあたり、粒径の揃った無機微粒子の分散液を得るためには、無機微粒子の核をすばやく均質に生成させる必要がある。そのため、液相合成時の攪拌速度及び触媒添加速度は速いほど好ましい。液相合成の核生成や粒成長の工程において、超音波や加振機により外部からエネルギーを加えて合成反応を促してもよく、粒子を析出させる液の加熱あるいは冷却により合成速度をコントロールしてもよい。
【0058】
液相合成において無機微粒子を形成する原料を完全に反応させず、意図的に一部未反応状態の原料成分を残し、無機微粒子と未反応状態の原料成分を含む分散液を調製してもよい。この場合には、焼成に伴い、無機微粒子の隙間に残存する未反応状態の原料成分が化学結合を形成し、無機微粒子を接合するガラス相を形成する。液相合成における反応率のコントロールは、例えば、試薬濃度、触媒の配合比、温度、圧力、濃度、撹拌速度、溶解度パラメータ、反応時間の調節により、無機微粒子の出発原料の核生成反応と粒子成長反応の速度を調節して行う。前述の通り、この製法では“見る角度によって色が変わる”構造色の特徴を強調した発色の無機加飾品を安定して得ることができる。
【0059】
一方、液相合成において無機微粒子を形成する原料を十分に反応させた後に、無機接合剤を適量添加して、無機微粒子と無機接合剤を含む分散液を調製してもよい。この場合には、無機微粒子を接合するガラス相は、添加した無機接合剤の焼成に伴い、これが融解して形成される。この製法では“見る角度によって色が変わらない”従来顔料に類似した発色の無機加飾品を得ることができる。
【0060】
無機接合剤には、焼成に伴い融解し無機微粒子を接合するガラス相を形成するものを用いる。微細な非晶質酸化ケイ素を主成分とし、これにアルミニウム、ホウ素、鉛、リンなどの固溶元素や、リチウム、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウムなどのアルカリ、アルカリ土類金属を含む物質を用いることができる。構造色の発色を妨げない限りは、鉄、銅、マンガン、コバルト、クロム、ニッケル、金、錫、チタン、ジルコニウムなどの有色の金属元素を含んでいてもよい。無機接合剤が形成するガラス相は無色透明であることが最も好ましいが、構造色を背景色として強調する観点からは暗色のガラス相も好ましい。
【0061】
無機接合剤は無機微粒子の高分散の分散液に添加するため、コーティング液中において十分に混合して調製する必要がある。これにより、少量の無機接合剤かつ比較的低い焼成温度であっても、無機微粒子を無機基材表面に接合することが可能となる。用いる無機接合剤の種類、焼成温度、接合する無機微粒子の粒径等によって条件は異なるが、最適条件下であれば無機微粒子の重量の半分の無機接合剤を添加すれば、900℃の大気中焼成であっても無機微粒子を無機基材表面に接合することができる。ここで接合とは、指で擦過しても剥がれない状態をいう。
【0062】
無機接合剤の添加量が増すほど、接合強度は強くなるが、最表面に不連続にガラス相が存在する場合は、光を散乱し外観が白っぽくなるため美観を損ねる。無機接合剤の添加量は、無機微粒子集合体の一部を表面に露出した状態で無機基材に接合し、前述した液体浸透による構造色の変化や消失等の特徴を示す形態では、無機微粒子の重量の半分~等量が好ましい。なお、接合強度を重視して、無機微粒子の重量の2倍~3倍量としてもよい。
上記製法において、無機基材表面に無機微粒子を規則的に配列させ周期構造を形成した後、その上から無機接合剤を含むトップコート液を塗布して焼成することにより、無機微粒子集合体の全部がガラス相で覆われた形態とすることもできる。
【0063】
分散液のコーティング方法として、無機基材を分散液につけるディップコート、刷毛や筆によるコーティング、噴霧によるスプレーコーティングの他、無機基材の形状が平滑である場合は、バーコートやスピンコートが挙げられる。従来技術とは異なり、本発明では分散液を無機基材に直接コーティングして周期構造を形成することができるため、任意の広い面積にわたって連続的に構造色を発現させることができる。また、無機基材が曲面を含んでいても均一にコーティングすることができ、無機基材の全面にコーティングすることも、噴霧によるコーティングで構造色の発色領域を点在させることも可能である。意図する発色表現に適したコーティング方法を上記方法から任意に選ぶことができ、複数のコーティング方法を組み合わせてもよい。
【0064】
粒径や屈折率の異なる無機微粒子分散液を無機基材の同一領域に噴霧等の方法により重ねてコーティングすると、同一の観察角度であっても同一領域に複数の構造色を発現させることができる。重ね塗りする構造色の種類と数に制限はなく、その組み合わせは任意である。例えば、無機微粒子の粒径差が大きく異なる組み合わせでも、粒径差が10nm程度と小さい組み合わせでも、異なる構造色を発現させて塗り分けることが可能である。また、コーティングする無機微粒子集合体の厚みをコントロールして構造色による色のグラデーションを表現することも可能である。厚みのコントロールは、コーティングする方法、液量、回数によって調整でき、表現したい構造色の濃淡にあわせてコーティング層の厚みを任意に選択することができる。
【0065】
本発明の製造方法は、分散液中の溶媒が蒸発する工程で、無機微粒子が規則的に配列し周期構造を形成することにより構造色の発現を可能とする。室温で溶媒を蒸発させてもよく、50~300℃で加熱してもよい。風を当てることにより蒸発を促進してもよく、無機基材を予め加熱しておくことにより蒸発を促進してもよい。分散液の溶媒は水及びアルコールを含むものであり、本発明に用いるアルコールとして、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、エチレングリコール、グリセリンの他、ラウリルアルコール、オレイルアルコール、リノリルアルコールなどの高級アルコールが挙げられる。これらのアルコールを組み合わせて用いてもよい。
【0066】
蒸発速度をコントロールするためにアセトン、メチルエチルケトン、トルエン、キシレン、ベンゼン、フェノール、n-ヘキサン、ギ酸、酢酸、酢酸メチル、酢酸エチル、ジブチルフタレート、アセトニトリル、ジメチルホルムアミドなどを加えてもよく、これらを組み合わせて加えてもよい。また、無機微粒子の分散安定性向上または無機基材表面への濡れ性向上を目的として、界面活性剤を添加してもよい。用いる界面活性剤は、アニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、両性界面活性剤、ノニオン界面活性剤のいずれであってもよい。複数のイオン性界面活性剤を組み合わせてもよく、イオン性界面活性剤とノニオン界面活性剤を組み合わせてもよい。
【0067】
さらに、無機基材に無機微粒子や無機接合剤を接着させるため、または分散液の粘度を調整するために、カルボキシメチルセルロース、メチルセルロースやこれらの塩、ラテックス、天然ゴム、にかわ、デキストリンなどを添加してもよい。これらを組み合わせて用いてもよい。
【実施例
【0068】
以下、本発明の無機加飾品及びその製造方法について、実施例及び比較例を参照して具体的に説明する。また、色彩や発色の説明を補足するために、図1、3、4、5、7、8及び9に相当するカラー写真を、本出願と同日付の物件提出書に添付して提出する。なお、本発明はこれらの実施例等によって限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。
【0069】
[実施例1]
オルトケイ酸テトラエチル5.0~6.5gをエタノール水溶液(エタノール20g、水5g)中に混ぜ、攪拌しながら1mol/Lアンモニア水を加えて室温で攪拌して酸化ケイ素微粒子の分散液を得た。アンモニア水の添加量は、オルトケイ酸テトラエチルの量に対応して、5.0~6.5mLとした。この分散液5gに対し、酸化ケイ素を主成分としAl、K、Feなどの成分を微量含有する無機接合剤を0.125g添加し、攪拌して超音波洗浄機で分散させた後、スプレーを用いて陶磁器表面にコーティングした。厚みを調整するために部分的に複数回コーティングした。また、オルトケイ酸テトラエチルの配合量が異なる条件で作製した分散液を、陶磁器表面の同一領域に重ねてコーティングした。これを80℃で数十秒間乾燥した後、大気雰囲気にて900℃で1時間焼成した。
【0070】
得られた陶磁器のデジタルカメラによる外観写真を図1に示す。曲面を含む数cmオーダーの広い面積にわたって連続する構造色の発色が確認され、同一領域に2色を重ねて発色することも可能であった。その色は、酸化ケイ素微粒子の合成条件によってコントロールでき、オルトケイ酸テトラエチル配合量5.0gは紫色、5.5gは青色、6.5gは黄緑色を呈した。コーティング層は指でこすっても剥離することはなかった。厚くコーティングした領域では観察角度によって色が明らかに異なった。
【0071】
次に、得られた陶磁器表面の走査型電子顕微鏡観察による拡大観察像を図2(a)及び(b)に示す。(a)の観察箇所では、直径215nm程度の球状微粒子が充填して規則的に配列し、周期構造を形成していることが分かった。また、(b)の観察箇所では、ガラス相で覆われた部分が島状に少数点在しており、球状微粒子の配列が部分的に乱れていた。電子線照射により主に表面凹凸を観察する走査型電子顕微鏡像において球状粒子が観察されたことから、無機微粒子集合体の最上層は無機接合剤が形成するガラス層で覆われることなく陶磁器の表面に露出した状態であることが分かった。
【0072】
[実施例2]
筆を用いて分散液を部分的に塗布したこと以外は、実施例1と同一の条件で、表面に模様を描いた陶磁器を得た。図3(a)~(d)に示すように、得られた陶磁器を水で濡らすと構造色が消失し、乾くと元の構造色を発現するという特徴がみられた。この現象は、陶磁器表面に露出する微粒子集合体及び微粒子の内部まで水が浸透したことに由来すると考えられる。
【0073】
その裏付けとして、得られた試料の酸化ケイ素微粒子の窒素吸着法による比表面積の測定値が、非晶質酸化ケイ素の密度2.2g/cm、及び走査型電子顕微鏡観察による粒径から算出される計算値と比較して、約3倍であったことから、酸化ケイ素微粒子が多孔質であることが示されている。なお、酸化ケイ素微粒子の粒径は、高倍率の観察において比較的境界が鮮明な10個の粒子の観察像から平均値を算出して用いた。
【0074】
[実施例3]
オルトケイ酸テトラエチル(TEOS)の量を5.5~8.0g、アンモニア水の添加量を5.5~8.0mLとし、筆を用いて分散液を部分的に塗布したこと以外は、実施例1と同一の条件で、表面にローマ字を描いた陶磁器を得た。図4(a)及び(b)に示すように、TEOS5.5g条件で合成した酸化ケイ素微粒子により描いたKの発色は青色であった。同様に、6.0gのIは緑色、6.5gのSは黄緑色、7.0gのTは赤色、7.5gのEは紫色、8.0gのCは青色が確認された。7.5gのEと8.0gのCはやや白っぽい色であった。
【0075】
コーティング層は指でこすっても剥離が認められなかった。また、観察角度によって色は変わらなかった。実施例1と同様に微粒子の粒径を測定したところ、TEOS5.5g条件の青色は230nm、6.0gの緑色は270nm、6.5gの黄緑色は290nm、7.0gの赤色は310nm、7.5gの紫色は350nm、8.0gの青色は370nmであった。本実施例のように、無機接合剤を添加した単一の分散液のみを用いると、見る角度によって色が変わらず一定の色である従来の顔料に類似する発色となることが分かった。
【0076】
また、実施例2と同様に表面を水で濡らしたところ、図5(a)及び(b)に示すように、TEOS5.5g条件のKの青色は緑色に変色し、8.0g条件のCの青色は色が消失した。両者とも、水が蒸発し乾くと元の色に戻った。さらに、実施例2と同様の方法で焼成後の比表面積値を測定したところ、5.5g条件の微粒子では11.9m/gであり、密度及び粒径から算出される計算値と一致した。8.0g条件の微粒子では16.0m/gであり、計算値と比較して約2.2倍大きな値であった。
【0077】
5.5g条件では比表面積の測定値と計算値が一致したため、中実な球が形成されたと考えらえる。水に濡れた時に微粒子周囲の屈折率が空気の1.00から水の1.33に変わり、すなわち微粒子とその周囲の屈折率差が変わり、変色したと考えられる。一方、8.0g条件の微粒子は多孔性が高く粒子の内部まで水が浸透し、コーティング層における屈折率が一様となったために色が消失したと考えられる。
【0078】
[実施例4]
オルトケイ酸テトラエチル7.0gに対し、アンモニア水の添加量を5.0~7.0mLとし、無機接合剤を添加することなく、酸化ケイ素微粒子の分散液を調製した。この分散液を筆で陶磁器片に塗布して、アンモニア水の添加量を変えた3種類の試験片を得た。他の条件は実施例1と同一とした。
【0079】
図6(a)~(c)に示す試験片表面の走査型電子顕微鏡像から、アンモニア水の添加量が少ないほど、微粒子の直径が小さく粒子間を埋めるようにガラス相が形成されることが分かった。各コーティング層を指でこすったところ、アンモニア水添加量7.0mL条件の試験片では弱い力には耐えたが強い力でこすると剥離し、6.0mLと5.0mL条件の試験片では強い力でこすっても剥離が認められなかった。
【0080】
[比較例1]
オルトケイ酸テトラエチル7.0gに対し、アンモニア水の添加量を8.0mLとした以外は、実施例4と同一の条件で試験片を得た。このコーティング層は、弱い力でこすった場合でも明らかに剥離が認められた。
実施例4及び比較例1の結果より、完全に反応を進めず未反応状態のTEOS成分を残した酸化ケイ素微粒子の分散液を調製し、これを基材表面に塗布した後に焼成することにより、無機接合剤を添加しなくても、酸化ケイ素微粒子をガラス相で基材表面に規則的かつ強固に接合できることが分かった。
【0081】
[実施例5]
オルトケイ酸テトラエチル7.0gに対し、アンモニア水の添加量を7.0mLとし、無機接合剤を添加することなく、酸化ケイ素微粒子の分散液を調製した。この分散液を筆で陶磁器表面に塗布し、950℃1時間の条件で焼成して、表面に模様を描いた陶磁器を得た。他の条件は実施例1と同一とした。
【0082】
図7及び8に示す外観写真のように、単一の分散液を用いたにもかかわらず、黄緑、黄、橙、赤と異なる色が確認された。また、陶磁器を傾けながら同一領域を観察したところ、垂直に近い観察角度では赤色が確認され、これを傾けると橙色や黄色になり、さらに傾けると黄緑色も見られた。すなわち“見る角度によって色が変わる”構造色の特徴を顕著に示した。このコーティング層を指で強くこすっても剥離は認められなかった。構造色の特徴が強く現れるのは、未反応状態のTEOS成分を接合剤として利用することにより、酸化ケイ素微粒子の配列を乱す余分な添加剤を加える必要が無く、微粒子が長周期にわたって規則的に配列して、正反射光による発色が支配的となるためと考えられる。
【0083】
[実施例6]
実施例5と同じ条件で調製した酸化ケイ素微粒子の分散液を、筆で陶磁器片に塗布して80℃で数十秒間乾燥した。この塗布面の上から、実施例1で用いた無機接合剤0.8gを1%メチルセルロース水溶液6gに添加して調製した分散液1滴(約0.03g)を滴下し、900℃1時間の条件で焼成して、酸化ケイ素微粒子からなる発色層がガラス相で完全に覆われた試験片を得た。図9に示すデジタルマイクロスコープによる拡大写真のように、表面がガラス相で完全に覆われた部分にも青紫色の構造色の発現が認められた。このコーティング層を強い力でこすっても剥離は認められなかった。
【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明の無機加飾品は、無機材料から構成され、耐熱性、機械的強度、硬度、耐摩耗性、化学的安定性、耐食性、耐候性に優れ、多層の周期構造に由来した美観に優れる構造色を呈する。また、用途やデザインに応じて、構造色特有の“見る角度によって色が変わる”発色とすることも、一般的な顔料のような“見る角度によって色が変わらない”発色とすることも可能であり、これをコントロールすることができる。本発明の構造色は、遷移金属による光吸収を原理とした一般的な顔料とは異なり微構造に由来して発色するため、レアメタルフリーで、価格、人体有害性、環境負荷が低い、酸化ケイ素や酸化アルミニウムなどの無機微粒子を用いて発現することも可能である。
【0085】
また、本発明の構造色は、液体に濡れると色が変化又は消失し、蒸発等により液体が除去されると元の色に戻るというユニークな特徴を示すことも可能である。さらに、本発明の製造方法は、広い面積にわたり無機微粒子が規則的に配列した周期構造を連続して速やかに形成することができ、無機接合剤の添加量が少なく、比較的低温で大気中焼成が可能であり、製造コストが低く環境負荷が少ない。
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すなわち、本発明の無機加飾品とその製造方法は、食器類、花瓶、調理器具、筆記具、工具等の日用品とその部品、ジュエリー、アクセサリー、時計等の装飾品とその部品、携帯電話、スマートフォンなどの携帯型情報通信機器、及び電化製品のディスプレイパネル、筐体や部品、テーブル、机、棚等の家具の部材、屋根、壁、床、窓、ドアなどの建具や建材、風呂、便器、キッチン、洗面台等の住宅設備の部材、自転車、二輪車、自動車、電車、飛行機等の輸送機器のフレーム、ボディや内外装部品、記念碑、灯籠、墓石等の石材加工品、陶芸品や工芸品等に用いることができ、様々な産業分野において産業の発展に寄与することが期待される。
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