(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-04
(45)【発行日】2024-07-12
(54)【発明の名称】筋肉幹細胞培養用架橋型ハイドロゲルの調製方法及びその使用
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20240705BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20240705BHJP
【FI】
C12M1/00 A
C12N5/071
(21)【出願番号】P 2023526244
(86)(22)【出願日】2021-12-20
(86)【国際出願番号】 CN2021139539
(87)【国際公開番号】W WO2022156456
(87)【国際公開日】2022-07-28
【審査請求日】2023-07-31
(31)【優先権主張番号】202110080342.9
(32)【優先日】2021-01-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】514262886
【氏名又は名称】江南大学
【氏名又は名称原語表記】JIANGNAN UNIVERSITY
【住所又は居所原語表記】No. 1800 Lihu Avenue, Bin Hu District, Wuxi, Jiangsu, China
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】胡静
(72)【発明者】
【氏名】尹健
(72)【発明者】
【氏名】汪翔
【審査官】吉門 沙央里
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第102688525(CN,A)
【文献】特表2006-500953(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第109464700(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
C12M 1/00-3/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の順序で、以下のステップ:
(1)コラーゲンと酢酸水溶液を均一に混合・溶解してコラーゲン溶液を得るコラーゲン溶液の調製ステップと、
(2)ステップ(1)で調製して得られたコラーゲン溶液にアルギン酸塩を加えて、前記アルギン酸塩が溶解するまで撹拌し、コラーゲン/アルギン酸塩溶液を得るコラーゲン/アルギン酸塩溶液調製ステップと、
(3)ステップ(2)で調製して得られたコラーゲン/アルギン酸塩溶液にヘパラン硫酸プロテオグリカンを加えて、溶解するまで撹拌し、コラーゲン/アルギン酸塩/ヘパラン硫酸プロテオグリカン溶液を得るコラーゲン/アルギン酸塩/ヘパラン硫酸プロテオグリカン溶液調製ステップと、
(4)ステップ(3)で調製して得られたコラーゲン/アルギン酸塩/ヘパラン硫酸プロテオグリカン溶液に、ε-PLを加えて均一に撹拌し、物理架橋により第1のスラリーを得る、物理架橋による第1のスラリー調製ステップと、
(5)ステップ(4)で調製して得られた第1のスラリーにTG酵素を加えて均一に撹拌し、酵素架橋により第2のスラリーを得る、酵素架橋による第2のスラリー調製ステップと;
(6)ステップ(5)で調製して得られたスラリーを鋳型に入れて、12~36時間架橋させ、型から出し、筋肉幹細胞増殖用ハイドロゲルを得るハイドロゲルの調製ステップと、
を含むことを特徴とする、筋肉幹細胞培養用架橋型ハイドロゲルの調製方法。
【請求項2】
ステップ(1)において、酢酸水溶液の濃度が、0.02~0.05mol/Lであり、コラーゲンの質量が、水の質量に対して10~15%であることを特徴とする、請求項1に記載の筋肉幹細胞培養用架橋型ハイドロゲルの調製方法。
【請求項3】
ステップ(2)において、アルギン酸塩の質量が、水の質量に対して15~25%であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の筋肉幹細胞培養用架橋型ハイドロゲルの調製方法。
【請求項4】
ステップ(3)において、コラーゲン/アルギン酸塩/ヘパラン硫酸プロテオグリカン溶液中のヘパラン硫酸プロテオグリカンの濃度が、200~500μg/Lであることを特徴とする、請求項1又は2に記載の筋肉幹細胞培養用架橋型ハイドロゲルの調製方法。
【請求項5】
ステップ(3)において、コラーゲン/アルギン酸塩/ヘパラン硫酸プロテオグリカン溶液中のヘパラン硫酸プロテオグリカンの濃度が、200~500μg/Lであることを特徴とする、請求項3に記載の筋肉幹細胞培養用架橋型ハイドロゲルの調製方法。
【請求項6】
ステップ(4)において、アルギン酸塩のカルボキシル基とε-PLのアミノ基とのモル比が、1:1~1:2であり、ステップ(5)において、TG酵素の用量が、コラーゲンの質量に対して1~10%であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の筋肉幹細胞培養用架橋型ハイドロゲルの調製方法。
【請求項7】
ステップ(4)において、アルギン酸塩のカルボキシル基とε-PLのアミノ基とのモル比が、1:1~1:2であり、ステップ(5)において、TG酵素の用量が、コラーゲンの質量に対して1~10%であることを特徴とする、請求項3に記載の筋肉幹細胞培養用架橋型ハイドロゲルの調製方法。
【請求項8】
請求項1に記載の筋肉幹細胞培養用架橋型ハイドロゲルの調製方法を含むことを特徴とする、筋肉幹細胞培養用架橋型ハイドロゲルを含
む培地
の調製方法。
【請求項9】
請求項1に記載の筋肉幹細胞培養用架橋型ハイドロゲルの調製方法により調製される筋肉幹細胞培養用架橋型ハイドロゲルを培地として用いることを特徴とする、筋肉幹細胞の培養方法。
【請求項10】
請求項1に記載の筋肉幹細胞培養用架橋型ハイドロゲルの調製方
法の、培養肉分野における使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、筋肉幹細胞培養用架橋型ハイドロゲルの調製方法及びその使用に関し、特に、新規な酵素法・物理的方法によるダブルネットワーク型架橋ハイドロゲルの調製方法及びその使用に関し、バイオ食品材料の技術分野に属する。
【背景技術】
【0002】
世界人口の90%以上が肉を食べている中、肉の大量消費は大きな環境負荷となっている。幹細胞培養肉は、筋肉細胞を用いて体外で肉を培養する新たな技術である。現在、培養肉は、持続可能な生産が可能であることから、その開発プロセスは加速し続けている。幹細胞培養肉は、従来の食肉生産に比べて、動物の苦しみを軽減するだけでなく、畜産による環境汚染も軽減する(Food & Agriculture Organization of the United Nations、 2006)。同時に、畜産業界では抗生物質の乱用が続いている。明らかに、培養肉はこの問題の解決策となり得る。しかしながら、スケーラブルな細胞培養基材(ブラケット)の欠如が、幹細胞培養肉が制限される主な課題の一つとなっている。
【0003】
今頃、多糖系材料(ヒアルロン酸、キトサン、アルギン酸塩など)やタンパク質系材料(コラーゲン、ゼラチンなど)などの天然バイオマテリアルから抽出されたハイドロゲルは、その生体適合性及び生分解性が良いため、幹細胞ブラケットに幅広く用いられている(Small、 2020、16、1-17)。アルギン酸塩は、広く入手可能で安価であり、且つ生体適合性など多くの優れた特性を具備している。しかも、アルギン酸塩は、プラスイオンと相互作用して緻密な三次元「エッグボックス」構造を形成したことにより、機械的特性を向上させることができる。ポリリジン(ε-PL)は、約25個のリジンの繰り返し単位を含む代表的な天然ポリアミノ酸系バイオマテリアルであり、豊富な正電荷、豊富な生体適合性、生分解性、及び優れた水溶性などを有している。天然タンパク質系材料であるコラーゲンは、生理活性配列(RGDなど)を豊富に保持していることにより、細胞の接着及び増殖を促進できる。しかしながら、天然ハイドロゲルは、架橋が不十分で、機械的特性が低いという問題が存在している。グルタルアルデヒドやエポキシ樹脂などのほとんどの架橋剤は毒性があり、ハイドロゲルの生体適合性に影響を及ぼす。したがって、無毒で、機械的安定性が良く、細胞接着性が強い天然ハイドロゲルブラケットは、依然として課題となっている。
【0004】
さらに、培養肉に用いられる筋肉幹細胞の幹性の維持と接着性の向上は、ハイドロゲル材料に対する新たな課題となっており、ハイドロゲルの特性に対して新たな要求を提出した。成長因子bFGFの添加により、筋肉幹細胞を活性化・増殖させることができる。しかしながら、成長因子は培地の中での保持時間が短い。したがって、無毒で、機械的安定性が良く、筋肉幹細胞接着性が強く、筋肉幹細胞の幹性維持を促進できる天然ハイドロゲルブラケットについて、まだ良い解決策はない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、無毒で、機械的安定性が高く、細胞接着性が強く、筋肉幹細胞の幹性を維持できる天然ハイドロゲルを如何に調製するかという上記課題を解決するために、強い吸着力を有して崩壊しにくい、新規な酵素法・物理的方法による幹細胞培養用ダブルネットワーク型架橋ハイドロゲルを提案する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、まず、酵素法と物理的方法とを組み合わせることにより、TG酵素を用いて、酵素法・物理的方法による、コラーゲン/ε-PL/ヘパラン硫酸プロテオグリカン/アルギン酸塩に基づくダブルネットワーク型ハイドロゲルを調製する。これらの修飾基により、細胞に接着し成長因子の放出を制御する能力をハイドロゲルに具備させている。また、ダブルネットワーク型架橋構造によって、ハイドロゲルが大量の水にて膨潤した後、2つのネットワークの相乗作用によりハイドロゲルの機械的特性も増強し、且つハイドロゲルの完全性を維持することができる。同時に、このハイドロゲルは、化学的架橋ネットワークに必要な有毒な化学架橋剤による細胞毒性を改善できるという特徴を有している。
【0007】
本発明は、まず、筋肉幹細胞培養用架橋型ハイドロゲルの調製方法を提供するものである。前記方法は、まず、コラーゲンを溶解して溶液とした後、この溶液に一定量のアルギン酸塩及びヘパラン硫酸プロテオグリカンを加えて均一に混合するステップと、その後、混合溶液にポリリジンε-PLとTG酵素を加えて均一に撹拌してスラリーを得るステップと、当該スラリーを鋳型に入れて架橋させることで、ハイドロゲルを得るステップと、を含む。
【0008】
好ましくは、前記方法は、具体的に以下のステップを含む:
(1)コラーゲンと酢酸水溶液を均一に混合・溶解してコラーゲン溶液を得るコラーゲン溶液の調製ステップと、
(2)ステップ(1)で調製して得られたコラーゲン溶液にアルギン酸塩を加えて、前記アルギン酸塩が溶解するまで撹拌し、コラーゲン/アルギン酸塩溶液を得るコラーゲン/アルギン酸塩溶液調製ステップと、
(3)ステップ(2)で調製して得られたコラーゲン/アルギン酸塩溶液にヘパラン硫酸プロテオグリカンを加えて、溶解するまで撹拌し、コラーゲン/アルギン酸塩/ヘパラン硫酸プロテオグリカン溶液を得るコラーゲン/アルギン酸塩/ヘパラン硫酸プロテオグリカン溶液調製ステップと、
(4)ステップ(3)で調製して得られたコラーゲン/アルギン酸塩/ヘパラン硫酸プロテオグリカン溶液に、ポリリジンε-PLを加えて均一に撹拌し、物理架橋により第1のスラリーを得る、物理架橋による第1のスラリー調製ステップと、
(5)ステップ(4)で調製して得られた第1のスラリーにTG酵素を加えて均一に撹拌し、酵素架橋により第2のスラリーを得る、酵素架橋による第2のスラリー調製ステップと、
(6)ステップ(5)で調製して得られたスラリーを鋳型に入れて、12~36時間架橋させ、型から出し、筋肉幹細胞増殖用ハイドロゲルを得るハイドロゲルの調製ステップ。
【0009】
好ましくは、前記方法における水は、好ましくは脱イオン水又は超純水である。
【0010】
好ましくは、前記コラーゲンは、牛、羊、豚、ロバ、禽類、水産動物等の皮膚、牛アキレス腱、骨組織等の部位から抽出されたコラーゲン、ゼラチン、加水分解コラーゲン、コラーゲンポリペプチド等のうちの1種又は2種以上の混合物を含む。
【0011】
好ましくは、ステップ(1)において、前記酢酸水溶液の濃度は、0.02~0.05mol/Lである。
【0012】
好ましくは、ステップ(1)において、コラーゲンの質量は、水の質量に対して10~15%である。
【0013】
好ましくは、ステップ(2)において、アルギン酸塩の質量は、水の質量に対して15~25%である。
【0014】
好ましくは、ステップ(2)において、前記アルギン酸塩の粘度は、4~12cPである。
【0015】
好ましくは、ステップ(3)において、コラーゲン/アルギン酸塩/ヘパラン硫酸プロテオグリカン溶液中のヘパラン硫酸プロテオグリカンの濃度は、200~500μg/Lである。
【0016】
好ましくは、ステップ(4)において、アルギン酸塩のカルボキシル基とポリリジンε-PLのアミノ基とのモル比は、1:1~1:2である。
【0017】
好ましくは、ステップ(5)において、TG酵素の用量は、コラーゲンの質量に対して、1~10%である。
【0018】
好ましくは、ステップ(6)における架橋の温度は、37~50℃である。
【0019】
本発明は、上記調製方法により調製して得られた筋肉幹細胞培養用架橋型ハイドロゲルを提供する。
【0020】
本発明は、上記筋肉幹細胞培養用架橋型ハイドロゲルを含む培地を提供する。
【0021】
本発明は、上記筋肉幹細胞培養用架橋型ハイドロゲルを培地として用いる、筋肉幹細胞の培養方法を提供する。
【0022】
好ましくは、上記筋肉幹細胞は、特に限定されていないが、ブタ筋肉幹細胞、ウシ筋肉幹細胞などを含む。
【0023】
本発明は、上記調製方法又は上記筋肉幹細胞培養用架橋型ハイドロゲルの、培養肉分野における使用を提供する。
【0024】
本発明により得られる有利な効果
1.本発明に係るハイドロゲルの調製に用いるスラリーによれば、コラーゲンとアルギン酸塩をベースとし、ポリリジンとヘパラン硫酸プロテオグリカンを加え、TG酵素によってコラーゲン、ポリリジン及びヘパラン硫酸プロテオグリカンを連結して共有結合による架橋を形成し、さらにポリリジンとアルギン酸塩との物理的静電相互作用によって緻密な三次元「エッグボックス」構造を形成した。酵素法と物理的方法による架橋により、内外とも、緻密なダブルネットワーク型架橋ハイドロゲルを形成した。
2.本発明は、ハイドロゲル系内にポリリジンとTG酵素が導入されているため、酵素法・物理的方法による二重架橋の実施に有利であり、より高い機械的強度を有するハイドロゲルを得ることができる。
3.本発明は、ハイドロゲル系内にコラーゲンが導入されているため、幹細胞への接着に有利であり、ハイドロゲルの生体適合性を向上させることができる。
4.本発明は、ハイドロゲル系内にヘパラン硫酸プロテオグリカンが導入されているため、幹細胞成長因子の固定・保持に有利であり、成長因子の長期的放出が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】酵素法・物理的方法による、コラーゲン/ε-PL/ヘパラン硫酸プロテオグリカン/アルギン酸塩に基づくダブルネットワーク型ハイドロゲルの調製フローチャートである。
【
図2】3種のヘパリン及びその誘導体とbFGFとの、in vitroでの結合の効率を示すグラフである。
【
図3】3種のヘパリン及びその誘導体とbFGFとの、in vitroでの放出の曲線を示すグラフである。
【
図4】実施例1で調製して得られたハイドロゲルを用いて初代ブタ筋肉幹細胞を培養した顕微鏡画像であり、a)は分化前の初代ブタ筋肉幹細胞の顕微鏡画像(4X)であり、b)は72時間分化後の初代ブタ筋肉幹細胞の顕微鏡画像(4X)である。
【
図5】実施例1で調製して得られたハイドロゲルのSEM画像であり、a)は500μmでのSEM画像であり、b)は200μmでのSEM画像である。
【
図6】比較例1で調製して得られたハイドロゲルを用いて初代筋肉幹細胞を培養した顕微鏡画像である。
【
図7】比較例2で調製して得られたハイドロゲルを用いて初代筋肉幹細胞を培養した顕微鏡画像である。
【
図8】比較例3で調製して得られたハイドロゲルを用いて初代筋肉幹細胞を培養した顕微鏡画像である。
【
図9】比較例4で調製して得られたハイドロゲルを用いて初代筋肉幹細胞を培養した顕微鏡画像である。
【
図10】比較例5で調製して得られたハイドロゲルを用いて初代筋肉幹細胞を培養した顕微鏡画像である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施形態を実施例と併せて詳細に説明するが、以下の実施例は本発明を説明することのみを目的としており、本発明の範囲を限定するものと考えるべきではないことは、当業者であれば理解できるであろう。実施例において具体的な条件が示されていない場合、当該実施例は従来の条件、又は製造者によって推奨される条件に従って実施される。使用される試薬又は装置について製造者が明記されていない場合、当該試薬又は装置はいずれも市販で入手できる通常の製品である。
【0027】
TG酵素は、中国安徽大唐生物工程有限公司から購入し、酵素活性は109U/gである。
【0028】
アルギン酸塩は、Sigma-Aldrich社から購入し、粘度は8cPである。
【0029】
実施例1:酵素法・物理的方法による、コラーゲン/ε-PL/ヘパラン硫酸プロテオグリカン/アルギン酸塩に基づくダブルネットワーク型ハイドロゲルの調製
図1のフローチャートに従って以下の通りハイドロゲルを調製した。コラーゲン10gを0.02mol/L酢酸溶液100mLに加え、撹拌して溶解させ、コラーゲン溶液を得た。コラーゲン溶液にアルギン酸塩を15g加え、アルギン酸塩が溶解するまで撹拌して、コラーゲン/アルギン酸塩溶液を得た。続いて、調製して得られた溶液にヘパラン硫酸プロテオグリカンを20μg加え、コラーゲン/アルギン酸塩/ヘパラン硫酸プロテオグリカン溶液を得た。当該溶液に、ε-PLを、そのアミノ基と、アルギン酸塩のカルボキシル基とのモル比が1:1となるように加え、均一に撹拌して、物理架橋による第1のスラリーを調製した。第1のスラリーにTG酵素を0.1g加え、均一に撹拌して、酵素架橋により第2のスラリーを調製した。このスラリーを鋳型に入れ、37℃で12時間架橋させ、型から出し、酵素法・物理的方法による、コラーゲン/ε-PL/ヘパラン硫酸プロテオグリカン/アルギン酸塩に基づくダブルネットワーク型ハイドロゲルを得た。ハイドロゲルでブタ筋肉幹細胞を7日間培養した後、ブタ筋肉幹細胞が大量に確認された。ハイドロゲルを真空凍結乾燥機で凍結乾燥(-80℃)した後、走査型電子顕微鏡で観察したところ、ハイドロゲルは複数の孔径を有する多孔質結構であった。
【0030】
実施例2:酵素法・物理的方法による、コラーゲン/ε-PL/ヘパラン硫酸プロテオグリカン/アルギン酸塩に基づくダブルネットワーク型ハイドロゲルの調製
図1のフローチャートに従って以下の通りハイドロゲルを調製した。コラーゲン15gを0.05mol/L酢酸溶液100mLに加え、撹拌して溶解させ、コラーゲン溶液を得た。コラーゲン溶液にアルギン酸塩を25g加え、アルギン酸塩が溶解するまで撹拌して、コラーゲン/アルギン酸塩溶液を得た。続いて、調製して得られた溶液にヘパラン硫酸プロテオグリカンを50μg加え、コラーゲン/アルギン酸塩/ヘパラン硫酸プロテオグリカン溶液を得た。当該溶液に、ε-PLを、そのアミノ基と、アルギン酸塩のカルボキシル基とのモル比が2:1となるように加え、均一に撹拌して、物理架橋により第1のスラリーを調製した。第1のスラリーにTG酵素を1.5g加え、均一に撹拌して、酵素架橋により第2のスラリーを調製した。このスラリーを鋳型に入れ、37℃で36時間架橋させ、型から出し、酵素法・物理的方法による、コラーゲン/ε-PL/ヘパラン硫酸プロテオグリカン/アルギン酸塩に基づくダブルネットワーク型ハイドロゲルを得た。ハイドロゲルでブタ筋肉幹細胞を7日間培養した後、ブタ筋肉幹細胞が大量に確認された。ハイドロゲルを真空凍結乾燥機で凍結乾燥(-80℃)した後、走査型電子顕微鏡で観察したところ、ハイドロゲルは複数の孔径を有する多孔質結構である。
【0031】
実施例3:ハイドロゲルの、成長因子に対する吸着
成長因子に対する吸着実験:
酵素法・物理的方法により架橋されたダブルネットワーク型ハイドロゲル(実施例1及び実施例2のハイドロゲル)をPBSで洗浄し、得られたハイドロゲルを75%エタノールに20分間浸漬した。その後、無菌脱イオン水に5分間浸漬して無菌水でエタノールを洗浄する操作を、3回繰り返することにより、残ったエタノールをすべて除去した(Food Hydrocolloids、2017、72、210-218)。その後、成長因子であるビタミンC(0.05μg/mL)及びbFGF(10ng/mL)を含む溶液にハイドロゲルを移し、24時間膨潤させた。最後に、残った溶液中のbFGF(450nm)及びビタミンC(536nm)の含有量を、酵素結合免疫測定法(ELISA)により測定し、前記溶液中のbFGF及びビタミンCの初期濃度と、残った溶液中のbFGF及びビタミンCの濃度との差から、ハイドロゲルの成長因子に対する吸着を算出した。
【0032】
その結果、実施例1及び実施例2のハイドロゲルは、成長因子をすべて吸着することができ、本発明に係る方法により調製したハイドロゲルは、成長因子の吸着に役立っていると判明した。
【0033】
実施例4:ハイドロゲルからの成長因子の放出
成長因子の放出試験:
実施例3において成長因子を吸着したハイドロゲルを1mLの無菌PBS溶液に入れ、24時間毎に、実験中のPBS液をピペットで採集するとともに等量の新たな無菌PBS溶液を補充した。ウェルプレートに採集した前記液体を、EP管で保存し、-20℃の冷蔵庫に入れて測定用とした。採集した液体中のbFGF濃度(450nm)及びビタミンC(536nm)の含有量は、酵素結合免疫測定法(ELISA)により測定した。
【0034】
成長因子の放出試験から分かるように、実施例1のハイドロゲルに吸着されたbFGF及びビタミンCは、12日目の時点でも検出され、実施例2のハイドロゲルに吸着されたbFGF及びビタミンCは、12日目の時点でも検出され、しかも、実施例1と実施例2とで結果に有意差はなかった。この結果から、本発明により調製して得られたハイドロゲルは、幹細胞成長因子の固定・維持に有利であり、成長因子の長期的放出も可能であることが分かった。
【0035】
実施例5:ダブルネットワーク型ハイドロゲルを用いるブタ筋肉幹細胞の培養
実施例1のハイドロゲルを用いて実施例3の実験を経て得られた成長因子含有ハイドロゲルを用い、調製された酵素法・物理的方法によるダブルネットワーク型ハイドロゲルに細胞を1500個/mm
2の密度で接種し、成長培地(79%DMEM、10%FBS、1%二重抗体、79%DMEM)中で24時間培養した。その後、前記培地を分化培地(97%DMEM、2%ウマ血清、1%二重抗体)に変更し、前記細胞をさらに7日間培養した。培養7日後、有意に増殖した細胞が大量に確認された。その結果を
図4に示す。
【0036】
実施例6:ハイドロゲルに対する機械的試験
ハイドロゲルについて、インストロン社製メカニカルテストのフレーム(モデル5565A)を用いて一軸圧縮試験を行った。応力は、力曲線σ=F/A0に従って計算した。FとA0は試料を圧縮するための力、及び試料の初期面積である。ゲルの弾性率は、G(t)=σ(t)/γに従って計算した。試料について、試験を少なくとも3回繰り返した。試験の前に、ハイドロゲルに亀裂や変形がないかどうかをよく検査した。ゲルをステンレス製圧縮板の中央に揃えた。ゲルは非常に滑りやすいので、圧縮される際にゲルが自由に膨張するようにした。初期クロスヘッド速度を4%ひずみ/秒とし、それぞれ5%、10%、20%ひずみとなる圧縮により、試料の応力緩和を調べた。
【0037】
調べた結果、本発明により調製して得られた実施例1のハイドロゲルは、その緩和時の応力応答が290秒にも及び、実施例2のハイドロゲルは、その緩和時の応力応答が300秒にも及んだことが分かった。
【0038】
実施例7:走査型電子顕微鏡観察用のハイドロゲル試料の調製
ハイドロゲルの形態について、Hitachi S-4800 SEM(日立、日本)を用いて、凍結乾燥されたハイドロゲルに対して5kVの加速電圧をかけてイメージングした。試験の前に、ハイドロゲルの断面を導電性テープで金属基材に固定し、金でスパッタリングメッキを行った。この観察の結果、本発明により調製されたハイドロゲルは、複数の孔径を有する多孔質構造であり、当該構造は成長因子に関する膨潤に有利であり、ハイドロゲル内部への成長因子の拡散を促進できることが判明した。さらに、これらの孔は、大きな比表面積を提供し、筋肉幹細胞の接着に有利である。
【0039】
比較例1
アルギン酸塩を添加しないこと以外は、各ステップを実施例1と同様にして、酵素法により架橋されたハイドロゲルを得た。
【0040】
実施例3に従って成長因子の吸着実験を行ったところ、成長因子を24時間吸着した後、ハイドロゲルは崩壊しており、崩壊の割合は8%を占めたことが確認された。また、調製されたハイドロゲルに対して応力試験を行ったところ、応力応答はわずか150秒であった。ハイドロゲルでブタ筋肉幹細胞を7日間培養した後、少量のブタ筋肉幹細胞が確認された。
【0041】
結果として、アルギン酸塩が存在していない場合、調製して得られたハイドロゲルは、成長因子に対する吸着性が著しく悪くなり、膨潤性及び機械的特性がいずれも著しく悪くなり、筋肉幹細胞の培養に不利であることがわかった。
【0042】
比較例2
コラーゲンとTG酵素を添加しないこと以外は、各ステップを実施例1と同様にして、ハイドロゲルを調製した。
【0043】
調製したハイドロゲルに対して、実施例3に従って成長因子の吸着実験を行ったところ、成長因子を24時間吸着した後、ハイドロゲルは崩壊しており、崩壊の割合は5%を占めたことが分かった。また、調製されたハイドロゲルに対して応力試験を行ったところ、応力応答はわずか180秒であった。ハイドロゲルでブタ筋肉幹細胞を7日間培養した後、少量のブタ筋肉幹細胞が確認された。
【0044】
結果として、コラーゲンとTG酵素が存在していない場合、調製して得られたハイドロゲルは、成長因子に対する吸着性が著しく悪くなり、膨潤性及び機械的特性がいずれも著しく悪くなり、筋肉幹細胞の培養に不利であることがわかった。
【0045】
比較例3
ヘパラン硫酸プロテオグリカンを添加しないこと以外は、各ステップを実施例1と同様にして、ハイドロゲルを調製した。
【0046】
調製したハイドロゲルに対して、成長因子の吸着実験を行ったところ、成長因子を24時間吸着した後、ハイドロゲルは少量の成長因子しか吸着しないことが分かった。また、その後、成長因子の放出試験を行ったところ、2日後の時点でハイドロゲルからの成長因子が検出できなくなった。また、調製されたハイドロゲルに対して応力試験を行ったところ、応力応答は285秒であった。ハイドロゲルでブタ筋肉幹細胞を7日間培養した後、少量のブタ筋肉幹細胞が確認された。
【0047】
比較例4
アルギン酸塩15gを脱イオン水50mLに加え、撹拌してアルギン酸塩溶液を得た。この溶液にε-PLを、そのアミノ基と、アルギン酸塩のカルボキシル基とのモル比が1:1となるように加え、均一に撹拌し、物理架橋により第1のスラリーを調製した。次に、0.04mol/Lの酢酸溶液50mLで、コラーゲン10gを溶解し、コラーゲン溶液を得た。コラーゲン溶液にヘパラン硫酸プロテオグリカンを20μg加え、均一に撹拌して溶液を得た。当該溶液を第1のスラリーに注ぎ、第1のスラリーと混合して均一に撹拌し、さらにTG酵素を0.1g加え、均一に撹拌し、酵素架橋により第2のスラリーを調製した。このスラリーを鋳型に入れ、37℃で12時間架橋させ、型から出し、ハイドロゲルを得た。ハイドロゲルでブタ筋肉幹細胞を7日間培養した後、少量のブタ筋肉幹細胞が確認された。
【0048】
比較例5
0.04mol/Lの酢酸溶液50mLに、コラーゲン10gを加え、溶解するまでように撹拌し、コラーゲン溶液を得た。コラーゲン溶液にTG酵素を0.1g添加し、均一に撹拌してゲル状のものを得た。アルギン酸塩15gを脱イオン水50mLに加え、撹拌してアルギン酸塩溶液を得た。この溶液にヘパラン硫酸プロテオグリカンを20μg加え、均一に撹拌した。続いて、ε-PLを、そのアミノ基と、アルギン酸塩のカルボキシル基とのモル比が1:1となるように加え、均一に撹拌し、物理架橋によりスラリーを調製した。このスラリーとゲル状のものとを混合して、ゲル料を鋳型に入れ、37℃で12時間架橋させ、型から出し、ハイドロゲルを得た。ハイドロゲルでブタ筋肉幹細胞を7日間培養した後、少量のブタ筋肉幹細胞が確認された。
【0049】
以上、本発明が好ましい実施例により開示されたが、本発明を限定するためのものではない。当業者であれば、本発明の思想及び範囲から逸脱しない限り、様々な変更及び修正を行うことができるので、本発明の権利範囲は、請求の権利範囲に規定されているものに準じるべきである。