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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-05
(45)【発行日】2024-07-16
(54)【発明の名称】転がり軸受
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/62 20060101AFI20240708BHJP
   F16C 19/06 20060101ALI20240708BHJP
   F16C 33/66 20060101ALI20240708BHJP
   C08L 79/08 20060101ALI20240708BHJP
   C08K 3/30 20060101ALI20240708BHJP
   C08L 27/18 20060101ALI20240708BHJP
   C08K 3/04 20060101ALI20240708BHJP
【FI】
F16C33/62
F16C19/06
F16C33/66 A
C08L79/08 C
C08K3/30
C08L27/18
C08K3/04
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020217269
(22)【出願日】2020-12-25
(65)【公開番号】P2022102497
(43)【公開日】2022-07-07
【審査請求日】2023-11-30
(73)【特許権者】
【識別番号】592065058
【氏名又は名称】エスティーティー株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】滝沢 真一
(72)【発明者】
【氏名】中村 均
(72)【発明者】
【氏名】川口 隼人
(72)【発明者】
【氏名】増田 俊樹
【審査官】松江川 宗
(56)【参考文献】
【文献】実開平06-080025(JP,U)
【文献】特開2019-023509(JP,A)
【文献】特開2009-068676(JP,A)
【文献】特開2007-002912(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/00-19/56,33/30-33/66
C08L 1/00-101/14
C08K 3/00-13/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軌道輪である内輪および外輪と、この内・外輪間に介在する複数の転動体とを備え、前記外輪が固定ハウジングに嵌合されるか、または前記内輪が固定軸に嵌合される軸受であって、
前記転がり軸受は、前記固定ハウジングまたは前記固定軸との嵌め合い面となる外輪外径面または内輪内径面に表面被膜を有し、
前記表面被膜は、平均分子量が異なる2種以上の熱硬化性樹脂を含むバインダーと固体潤滑剤とを含み、前記固体潤滑剤は、二硫化モリブデン、ポリテトラフルオロエチレン樹脂、および黒鉛を含み、
前記2種以上の熱硬化性樹脂が、重量平均分子量10000以上30000以下のポリアミドイミド樹脂Aと、重量平均分子量5000以上10000未満のポリアミドイミド樹脂Bからなることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記ポリアミドイミド樹脂Aと前記ポリアミドイミド樹脂Bの質量比が、20:80~50:50であることを特徴とする請求項記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記固体潤滑剤は、前記黒鉛の含有量を1とした場合に、前記ポリテトラフルオロエチレン樹脂を質量比2~6で含み、前記二硫化モリブデンを質量比7~12で含むことを特徴とする請求項1または請求項2記載の転がり軸受。
【請求項4】
前記バインダーの含有量に対する前記固体潤滑剤の含有量の割合が0.2~0.6であることを特徴とする請求項1から請求項までのいずれか1項記載の転がり軸受。
【請求項5】
前記表面被膜が形成される面の算術平均粗さRaが0.5μm以下であり、かつ、尖り度Skuが1以上であることを特徴とする請求項1から請求項までのいずれか1項記載の転がり軸受。
【請求項6】
前記ポリアミドイミド樹脂Aと前記ポリアミドイミド樹脂Bの質量比が、20:80~50:50であり、
前記固体潤滑剤は、前記黒鉛の含有量を1とした場合に、前記ポリテトラフルオロエチレン樹脂を質量比2~6で含み、前記二硫化モリブデンを質量比7~12で含み、
前記バインダーの含有量に対する前記固体潤滑剤の含有量の割合が0.2~0.6であり、
前記表面被膜が形成される面の算術平均粗さRaが0.5μm以下であり、かつ、尖り度Skuが1以上であることを特徴とする請求項1記載の転がり軸受。
【請求項7】
前記表面被膜が形成される面がリン酸マンガン処理またはリン酸亜鉛処理された面であることを特徴とする請求項または請求項記載の転がり軸受。
【請求項8】
前記表面被膜の膜厚をh[単位:μm]、前記表面被膜が形成される軌道輪の径方向における最小肉厚をH[単位:mm]としたとき、膜厚比(h/H)が1.54以上であることを特徴とする請求項1から請求項までのいずれか1項記載の転がり軸受。
【請求項9】
自動車用トランスミッションに用いられることを特徴とする請求項1から請求項までのいずれか1項記載の転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は転がり軸受に関し、特に、自動車用トランスミッションのシャフトやモータ軸などの支持に適用される自動車用転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車分野などの産業分野においては、省エネルギー化のために回転機械の小型・軽量化が進められている。このような要求から転がり軸受の軌道輪を薄肉にする傾向がある。そのため、転がり軸受の仕様や荷重条件によって、転がり軸受の固定輪が、ハウジングに対して相対的に回転するクリープが発生するおそれがある。クリープが生じると、固定輪とハウジングが擦れ、ハウジングに摩耗が生じる結果、回転機械の不具合などに繋がるおそれがある。
【0003】
上記のようなクリープを防止する対策として、種々の手段が提案されている。例えば特許文献1では、ハウジングの嵌め合い面となる外輪の外径面などに所定の被膜が形成されている。この被膜は、ベース材と硬化剤からなる有機バインダーと、固体潤滑剤粉末と、摩擦摩耗調整剤とを含む焼成膜である。この被膜は、一般的なハウジングの材料(例えばアルミニウム合金など)よりも柔らかいため、クリープの発生により、固定輪がハウジングと擦れる場合であってもハウジングの摩耗が防止される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第6338035号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、上記特許文献1の被膜には、ハウジングを摩耗させずに耐久性・耐摩耗性を得るため、摩擦摩耗調整剤として酸化アンチモンが用いられている。しかし、酸化アンチモンはその有害性から、2017年に特定化学物質障害予防規則の第2類に指定され、作業環境測定の実施や、発散抑制装置の設置、特殊健康診断が義務化されるなど、非常に取り扱いにくい物質である。そのため、上記被膜は取り扱い性の面で改善の余地がある。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、取り扱い性に優れるとともに、優れた耐クリープ性を有する転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の転がり軸受は、軌道輪である内輪および外輪と、この内・外輪間に介在する複数の転動体とを備え、上記外輪が固定ハウジングに嵌合されるか、または上記内輪が固定軸に嵌合される軸受であって、上記転がり軸受は、上記固定ハウジングまたは上記固定軸との嵌め合い面となる外輪外径面または内輪内径面に表面被膜を有し、上記表面被膜は、平均分子量が異なる2種以上の熱硬化性樹脂を含むバインダーと固体潤滑剤とを含み、上記固体潤滑剤は、二硫化モリブデン、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)樹脂、および黒鉛を含むことを特徴とする。
【0008】
上記2種以上の熱硬化性樹脂が、重量平均分子量10000以上30000以下のポリアミドイミド(PAI)樹脂Aと、重量平均分子量5000以上10000未満のPAI樹脂Bからなることを特徴とする。
【0009】
上記PAI樹脂Aと上記PAI樹脂Bの質量比が、20:80~50:50であることを特徴とする。
【0010】
上記固体潤滑剤は、上記黒鉛の含有量を1とした場合に、上記PTFE樹脂を質量比2~6で含み、上記二硫化モリブデンを質量比7~12で含むことを特徴とする。
【0011】
上記バインダーの含有量に対する上記固体潤滑剤の含有量の割合が0.2~0.6であることを特徴とする。
【0012】
上記表面被膜が形成される面の算術平均粗さRaが0.5μm以下であり、かつ、尖り度Skuが1以上であることを特徴とする。
【0013】
上記2種以上の熱硬化性樹脂が、重量平均分子量10000以上30000以下のPAI樹脂Aと、重量平均分子量5000以上10000未満のPAI樹脂Bからなり、上記PAI樹脂Aと上記PAI樹脂Bの質量比が、20:80~50:50であり、上記固体潤滑剤は、上記黒鉛の含有量を1とした場合に、上記PTFE樹脂を質量比2~6で含み、上記二硫化モリブデンを質量比7~12で含み、上記バインダーの含有量に対する上記固体潤滑剤の含有量の割合が0.2~0.6であり、上記表面被膜が形成される面の算術平均粗さRaが0.5μm以下であり、かつ、尖り度Skuが1以上であることを特徴とする。
【0014】
上記表面被膜が形成される面がリン酸マンガン処理またはリン酸亜鉛処理された面であることを特徴とする。
【0015】
上記表面被膜の膜厚をh[単位:μm]、上記表面被膜が形成される軌道輪の径方向における最小肉厚をH[単位:mm]としたとき、膜厚比(h/H)が1.54以上であることを特徴とする。
【0016】
自動車用トランスミッションに用いられることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明の転がり軸受は、固定ハウジングまたは固定軸との嵌め合い面となる外輪外径面または内輪内径面に表面被膜を有し、表面被膜は、平均分子量が異なる2種以上の熱硬化性樹脂を含むバインダーと固体潤滑剤とを含み、固体潤滑剤は、二硫化モリブデン、PTFE樹脂、および黒鉛を含むので、相手材である固定ハウジングや固体軸への攻撃性が低減されるとともに、表面被膜自身の低摩擦性、耐摩耗性を両立させることができる。また、上記表面被膜は取り扱いがしにくい酸化アンチモンを含まないので、取り扱い性に優れるとともに、優れた耐クリープ性を発揮できる。
【0018】
上記2種以上の熱硬化性樹脂が、重量平均分子量10000以上30000以下のPAI樹脂Aと、重量平均分子量5000以上10000未満のPAI樹脂Bからなるので、焼成温度150℃以下、焼成時間30分以内の条件で硬化させることができ、軸受の寸法変化などを防止できる。
【0019】
さらに、PAI樹脂AとPAI樹脂Bの質量比が、20:80~50:50であるので、相手材の攻撃性の低減や表面被膜自身の耐摩耗性の向上を図ることができる。
【0020】
表面被膜が形成される面の算術平均粗さRaが0.5μm以下であり、かつ、尖り度Skuが1以上であるので、表面被膜の剥離を抑制しやすく、ひいては、耐クリープ性の向上に繋がる。
【0021】
表面被膜の膜厚をh[単位:μm]、表面被膜が形成される軌道輪の径方向における最小肉厚をH[単位:mm]としたとき、膜厚比(h/H)が1.54以上であるので、例えば、一般的な荷重条件で使用される軸受において、クリープ自体の発生を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明の転がり軸受の一例を示す拡大断面図である。
図2】表面被膜を説明するための図である。
図3】本発明における表面被膜の膜厚比を説明するための図である。
図4】膜厚比とクリープ速度との関係を示す図である。
図5】ブロックオンリング試験の概要図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の転がり軸受の一例について、図1を用いて説明する。図1の転がり軸受1は、例えば、自動車のトランスミッションに使用される。転がり軸受1は、軌道輪である内輪2および外輪3と、この内・外輪間に介在する複数の玉(転動体)4とを備える。玉4は、保持器5によって一定間隔に整列して保持されている。玉4周囲の軸受空間にはグリース7が充填されており、シール部材6によって軸受空間が密封されている。
【0024】
転がり軸受1において、内輪2および外輪3はいずれも鋼材からなっている。上記鋼材には、軸受材料として一般的に用いられる任意の材料を用いることができる。例えば、高炭素クロム軸受鋼(SUJ1、SUJ2、SUJ3、SUJ4、SUJ5など;JIS G 4805)、浸炭鋼(SCr420、SCM420など;JIS G 4053)、ステンレス鋼(SUS440Cなど;JIS G 4303)、冷間圧延鋼などを用いることができる。また、玉4には、上記の鋼材やセラミックス材料を用いることができる。
【0025】
図1に示すように、内輪内径面2aで形成される転がり軸受1の軸孔には回転軸9(例えばトランスミッションに備わる回転軸)が挿入される。また、外輪外径面3aがハウジング10(例えばトランスミッションのケースの一部)に嵌合される。ハウジング10は、例えばアルミニウム合金製やアルミニウム製である。転がり軸受1は外輪3が固定ハウジングに嵌合された内輪回転型の軸受であり、内輪2が回転輪、外輪3が固定輪である。内輪回転型の軸受の場合、ハウジング10との嵌め合い面となる外輪外径面3aで滑りが生じ、外輪3が回転するおそれがある。本発明の転がり軸受1は、外輪外径面3aに後述の表面被膜8が形成されているので、優れた耐クリープ性を有する。この表面被膜8には酸化アンチモンが含まれていない。本発明において、耐クリープ性とは、相手材の摩耗および被膜自身の摩耗を抑制するという意味を含む。
【0026】
図2は、外輪外径面の断面概略図を示す。図2において、表面被膜8は、外輪外径面3aに形成されており、表面被膜8が形成される外輪外径面3aが下地処理されている。図2に示すように、表面被膜8は、平均分子量が異なる2種以上の熱硬化性樹脂を含むバインダー(B)と、固体潤滑剤とを含み、特に、固体潤滑剤として二硫化モリブデン(MoS)、PTFE樹脂、および黒鉛(C)の3つの成分を必須にしている。PTFE樹脂を加えることで摩擦係数を低減し、さらに二硫化モリブデンおよび黒鉛との相乗効果により大きな荷重条件においても低摩擦性および耐摩耗性の実現を可能としている。
【0027】
固体潤滑剤の上記3つの成分の含有量は特に限定されないが、質量比で、黒鉛、PTFE樹脂、二硫化モリブデンの順に大きくなることが好ましい。さらに、黒鉛の含有量を1とした場合に、PTFE樹脂を質量比2~6で含み、二硫化モリブデンを質量比7~12で含むことがより好ましい。二硫化モリブデンは、その潤滑機構として、層状格子構造を持ち、滑り運動により薄層状に容易にせん断して、摩擦抵抗を低下させることが知られており、二硫化モリブデンを質量比で最も多く含むことで、低摩擦性をより向上できる。
【0028】
固体潤滑剤の各成分の平均粒子径は、表面被膜の膜厚や耐摩耗性などを考慮して20μm以下であることが好ましい。より好ましくは、二硫化モリブデンの平均粒子径が1μm~20μm、PTFE樹脂の平均粒子径が1~10μm、黒鉛の平均粒子径が1~10μmである。なお、平均粒子径は、例えば、レーザー光散乱法を利用した粒子径分布測定装置などを用いて測定することができる。
【0029】
PTFE樹脂としては、-(CF-CF)n-で表される一般のPTFE樹脂を用いることができ、また、一般のPTFE樹脂にパーフルオロアルキルエーテル基(-C2p-O-)(pは1-4の整数)あるいはポリフルオロアルキル基(H(CF-)(qは1-20の整数)などを導入した変性PTFE樹脂も使用できる。これらのPTFE樹脂および変性PTFE樹脂は、一般的なモールディングパウダーを得る懸濁重合法、ファインパウダーを得る乳化重合法のいずれを採用して得られたものでもよい。また、PTFE樹脂としては、PTFE樹脂をその融点以上で加熱焼成したものを使用できる。また、加熱焼成した粉末に、さらにγ線または電子線などを照射した粉末も使用できる。
【0030】
黒鉛の形状としては、りん片状、粒状、球状などがあるが、いずれも使用できる。
【0031】
上記表面被膜には上記3つの成分に加えて、二硫化タングステンなどの他の固体潤滑剤を含んでいてもよい。
【0032】
図2に示す表面被膜8のバインダーBは平均分子量が異なる2種以上の熱硬化性樹脂を含み、必要に応じて硬化剤を含む。2種以上の熱硬化性樹脂のうち、平均分子量が大きい熱硬化性樹脂(例えば、重量平均分子量が10000以上30000以下)は、特に密着性の強化に寄与し、平均分子量が小さい熱硬化性樹脂(例えば、重量平均分子量が5000以上10000未満)は、特に相手材の摩耗低減に寄与する。バインダーBに含まれる各熱硬化性樹脂は、平均分子量が互いに異なっていればよく、PAI樹脂、ポリイミド(PI)樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂などをそれぞれ使用できる。これらの中でも、高い強度を有する観点から、PAI樹脂またはPI樹脂を用いることが好ましい。
【0033】
バインダーBとしては、特に、重量平均分子量が異なる2種のPAI樹脂と硬化剤を組み合わせることが好ましい。硬化剤としては、特に限定されないが、例えばPAI樹脂のベースバインダーにおいては、硬化剤としてエポキシ樹脂を用いることが好ましい。2種のPAI樹脂として、例えば、重量平均分子量が10000以上30000以下(好ましくは10000以上25000以下)のPAI樹脂Aと、重量平均分子量が5000以上10000未満のPAI樹脂Bとの組み合わせが挙げられる。この場合、分子量が大きいPAI樹脂Aは、靭性の付与による密着性の強化に寄与し、分子量が小さいPAI樹脂Bは、相手材の摩耗低減に寄与する。これらの含有量は、質量比でPAI樹脂A:PAI樹脂B:硬化剤=1~10:1~6:1が好ましい。さらに、PAI樹脂AとPAI樹脂Bの質量比は20:80~80:20が好ましく、耐クリープ性の観点から20:80~50:50がより好ましい。
【0034】
ところで、熱硬化性樹脂を使用した表面被膜をコーティングする場合、硬化のために焼成が必要になり、焼成温度が高くなったり、焼成時間が長くなることで不具合が生じるおそれがある。これに対して、例えばエポキシ樹脂などの硬化剤を用いることで、比較的低温、短時間で熱硬化性樹脂を硬化させることができる。例えば、焼成条件を150℃以下、30分以内という条件に設定でき、軸受の焼き戻し温度付近の温度で焼成が可能になることから、軸受の変形などを防ぐことができる。
【0035】
なお、上述の重量平均分子量が異なる2種のPAI樹脂に、さらに、重量平均分子量が異なる熱硬化性樹脂(例えばPAI樹脂)を組み合わせてもよい。また、硬化剤を、重量平均分子量が異なる2種以上のPI樹脂と組み合わせてもよい。
【0036】
表面被膜8において、バインダーの含有量に対する固体潤滑剤の含有量の割合(固体潤滑剤/バインダー)が質量比で0.2~1であることが好ましい。質量比が0.2未満であると、表面被膜8の耐摩耗性が低下するおそれがあり、質量比が1より大きいと、固体潤滑剤の保持性の低下や相手材への攻撃性が増大するおそれがある。上記質量比は、耐クリープ性の観点から0.2~0.6がより好ましい。なお、バインダーの含有量にはエポキシ樹脂などの硬化剤も含まれる。
【0037】
なお、表面被膜8には、上記のバインダーおよび固体潤滑剤以外にも、本発明の効果を損なわない範囲で各種充填材を配合できる。例えば、PTFE樹脂の分散を促進させるためにフッ素系界面活性剤などを配合してもよい。
【0038】
図2に示すように、表面被膜8が形成される面は、表面被膜8と軌道輪との密着性強化のため、下地処理されていることが好ましい。下地処理として、例えばリン酸マンガン処理、リン酸亜鉛処理、リン酸カルシウム処理などのリン酸化成処理が施される。なお、リン酸マンガン処理に用いる処理液には、亜鉛やカルシウムなどの他の元素が含まれていてもよい。例えば、リン酸化成処理では、基材となる軌道輪を処理液に浸漬したり、軌道輪の表面に処理液をスプレーすることなどが行われる。リン酸化成処理により得られたリン酸塩被膜の膜厚は、例えば1μm~5μmである。
【0039】
下地処理された面8aは、軌道輪と表面被膜8の密着性を向上させるため、結晶粒が小さく、緻密で均一化しやすく、さらに表面の尖り度が比較的高いことが好ましい。この面8aの表面粗さについて、具体的には、算術平均粗さRaが0.1μm~1.0μmであることが好ましく、0.1μm~0.5μmであることがより好ましい。算術平均粗さRaは、JIS B 0601に準拠して算出される数値であり、接触式または非接触式の表面粗さ計などを用いて測定される。
【0040】
また、下地処理された面8aは、尖り度Skuが1~10であることが好ましく、尖り度Skuが3を超え10以下であることがより好ましい。Skuは、ISO25178に規定された表面性状パラメータであり、測定された領域の高さの平均の面を基準表面とした時の、基準表面に対する高さを示すパラメータである。Sku=3の場合は、表面凹凸は正規分布であることを示し、Sku>3の場合は表面に鋭い山や谷が多いことを示し、Sku<3の場合は、表面が平坦であることを示す。尖り度Skuを3を超え10以下にすることで、表面被膜の密着性をより向上できる。
【0041】
図2では下地処理としてリン酸化成処理を施し、表面被膜8と外輪3との間にリン酸塩被膜が介在しているが、これに限らず、外輪外径面3aに下地処理として粗面化処理などを施し、その表面に直接、表面被膜8を形成してもよい。この場合も、上述の算術平均粗さRaや尖り度Skuは各数値範囲を満たすことが好ましい。粗面化処理としては、ショットブラスト法などの機械的粗面化法、グロー放電やプラズマ放電処理などの電気的粗面化法、アルカリ処理などの化学的粗面化法などが採用できる。なお、リン酸塩被膜を介在させる場合であっても、必要に応じて、外輪外径面3aに上記の粗面化処理を施してもよい。
【0042】
図3において、表面被膜8の膜厚hは、例えば10μm~50μmに設定される。特に、膜厚h[単位:μm]は、表面被膜8が形成される軌道輪の径方向における最小肉厚をH[単位:mm]としたとき、膜厚比(h/H)が所定の閾値以上になるように設定されることが好ましい。後述の実施例で示すように、本発明では、膜厚比とクリープ速度との間に線形の関係が成り立つことを見出し、さらに膜厚比が大きくなるほどクリープ速度が低下することを見出した。この知見に基づいて、クリープ速度がゼロになる膜厚比以上、つまり膜厚hを所定の閾値以上に設定することで、クリープ自体の発生を抑えることができる。
【0043】
上記の閾値は、軸受の基本動定格荷重(C)に対する負荷荷重(P)の割合(P/C)に応じて設定される。例えば、P/C=0.1の場合、該閾値は1.54に設定され、P/C=0.4の場合、該閾値は7.05に設定される。このような観点より、例えばP/C=0.1以下で使用される軸受であって、該軸受の外輪の径方向における最小肉厚Hが4.04mmの場合には、膜厚hが6.3μm以上に設定されることが好ましい。
【0044】
本発明の転がり軸受は、優れた耐クリープ性を有するので、クリープの発生が懸念されるような軸受に好適である。例えば、自動車用トランスミッションに用いられる軸受やモータ軸の軸受などに適用される。
【0045】
本発明の転がり軸受の構成は、上記図1の構成に限らない。例えば、図1では玉軸受を示したが、本発明の転がり軸受は、円すいころ軸受、円筒ころ軸受、自動調心ころ軸受、針状ころ軸受、スラスト円筒ころ軸受、スラスト円すいころ軸受、スラスト針状ころ軸受、スラスト自動調心ころ軸受などにも適用できる。
【0046】
また、図1では、転がり軸受として内輪回転型の軸受を示したが、外輪回転型の軸受にも適用できる。この外輪回転型の場合には、固定軸との嵌め合い面となる内輪内径面に上述の表面被膜が形成される。
【実施例
【0047】
<クリープ摩耗試験>
実施例1および比較例2~3について、表2に示す配合割合で、バインダーおよび固体潤滑剤の各成分などをN-メチル-2-ピロリドンに分散させ、塗工液を調製した。表2中の硬化剤にはエポキシ樹脂を用いた。表2中のPAI樹脂Aの重量平均分子量(Mw)は20000であり、PAI樹脂Bの重量平均分子量(Mw)は5600であった。試験軸受の外輪外径面に、下地処理としてリン酸マンガン処理を施した後、上記塗工液を塗布した。その後、120℃で30分焼成して、外輪外径面に表面被膜を形成した。該表面被膜の膜厚は20μm程度であった。
【0048】
比較例1には、試験軸受として表面被膜を形成していない軸受(標準軸受)を用いた。
【0049】
上記で得た試験軸受の外輪をアルミニウム合金製のハウジングに嵌合して、表1に示す条件でクリープ摩耗試験を実施し、摩耗量を評価した。結果を表2に示す。表2中のハウジング摩耗深さは、軸受との嵌め合い面となるハウジング内径面の形状から測定した。また、軸受摩耗量は、軸受の試験前後の外径の変化から測定した。摩耗総和は両者を合算した値である。
【0050】
【表1】
【0051】
【表2】
【0052】
表2に示すように、3つの成分の固体潤滑剤を含む表面被膜が形成された実施例1は、被膜が形成されていない比較例1よりも、耐摩耗性が格段に向上した。また、実施例1は、酸化アンチモンを含む表面被膜を有する比較例2~3と比較しても、同等もしくはそれ以上の結果が得られた。実施例1の表面被膜は、酸化アンチモンを含まないことから、比較例2~3に比べて取り扱い性に優れる。
【0053】
続いて、下地処理された面の表面粗さの影響を評価するべく、表1で示した条件でクリープ摩耗試験を実施した。この試験では、試験終了後に目視により表面被膜の剥離の有無を観察した。なお、実施例2~3の表面被膜の組成は、上述の実施例1と同じである。結果を表3に示す。
【0054】
【表3】
【0055】
表3に示すように、実施例2では表面被膜の剥離が確認されなかったのに対して、実施例3では表面被膜の剥離が一部確認された。この結果より、表面被膜が形成される面のRaは1以下(好ましくは0.5以下)に設定することが好ましい。
【0056】
<クリープ速度試験>
上述した実施例1と同じ組成の表面被膜を、膜厚を変えて試験軸受の外輪外径面に形成した。得られた試験軸受の外輪をアルミニウム合金製のハウジングに嵌合して、表4に示す条件でクリープ速度試験を実施した。この試験では、外輪の所定の周方向位置にマーキングし、その位置をビデオカメラで撮影することで、一分間に外輪がどれだけ回転したかを測定した。クリープ速度は、その移動量を1秒あたりに換算して算出した。結果を表5に示す。なお、比較例1は、表面被膜が形成されていない軸受を用いた結果である。また、深溝玉軸受軸受6208の外輪の径方向における最小肉厚Hは4.04mmであった。
【0057】
【表4】
【0058】
【表5】
【0059】
表5に示すように、表面被膜が形成された実施例4~5は、被膜が形成されていない比較例1よりも、クリープ速度が大幅に低減した。また、実施例4および5の結果から、同寸法の転がり軸受の場合、表面被膜の膜厚が厚くなるほどクリープ速度が低下することが分かった。つまり、膜厚比(h/H)の値が大きくなるほどクリープ速度が低下することになる。得られた膜厚比とクリープ速度との関係について図4を用いて説明する。
【0060】
図4は、横軸に膜厚比をとり、縦軸にクリープ速度をとったグラフである。図4に示すように、クリープ速度と膜厚比の関係は線形関係(一次関数)になる。得られた実験結果からクリープ速度をy、膜厚比をxとして近似式を算出すると、下記の式(1)で表すことができる。
y=-0.156x+1.10・・・(1)
上記の式(1)から、クリープ速度がゼロとなる膜厚比を算出すると7.05になる。この場合、P/C=0.4の高荷重条件下でクリープを抑制するためには、膜厚比7.05以上が必要になるといえる。
【0061】
ところで、市場ではP/C=0.4のような高負荷条件で使用される環境下は限られている。また、膜厚比が7.05以上になるように塗工液を塗布するのは高コストになり、過剰スペックになるおそれがある。そのため、トランスミッションなどで頻繁に使用される条件としてP/C=0.1を考慮する。P/C=0.1(試験荷重2.91kN)とした条件で、表面被膜が形成されていない軸受(膜厚比:ゼロ)を用いてクリープ速度試験を実施したところ、クリープ速度は0.24mm/secであった。その結果を、図4のグラフにプロットした。
【0062】
図4において、P/C=0.1の場合もP/C=0.4と同様に、クリープ速度と膜厚比とが線形関係になり、また同じ傾きになると仮定し、標準軸受を用いた試験結果をy切片として、直線を引くと図示のようになる。この直線は、下記の式(2)で表すことができる。
y=-0.156x+0.24・・・(2)
上記の式(2)から、クリープ速度がゼロとなる膜厚比を算出すると1.54になる。この場合、P/C=0.1の低荷重条件下でクリープを抑制するためには、膜厚比1.54以上が必要になるといえる。
【0063】
上記の試験では、特定の型番の軸受を用いたが、他の型番であっても、軌道輪の径方向の最小肉厚が既知であれば、クリープ速度と膜厚比の関係から低荷重(P/C=0.1程度)の場合には膜厚比1.54以上、高荷重(P/C=0.4程度)の場合には7.05以上といったように、クリープの発生を防止するための必要な膜厚を設定することができる。なお、表面被膜の膜厚は、厚くなるほど耐クリープ性の効果は大きくなるが、製造面やコストなどを考慮して決定される。
【0064】
<ブロックオンリング試験>
以下では、参考例としてブロックオンリング試験を実施して、表面被膜の組成について評価した。ブロックオンリング試験では、図5に示すように、リング外径面に表面被膜13が形成されたリング14を回転させながらブロック12に摺動させた。試験条件は表6に示すとおりである。なお、リングとして、表7の試験ではSCM420を用い、表8の試験ではSUJ2を用いた。試験終了後、10000回後の表面被膜の摩耗量およびブロック摩耗量を測定した。
【0065】
【表6】
【0066】
ブロックオンリング試験における表面被膜の各組成を表7および表8に示す。表7および表8中のPAI樹脂A、PAI樹脂Bの重量平均分子量(Mw)は、表2と同じであり、表7および表8中のPAI樹脂Cの重量平均分子量(Mw)は22000であった。なお、各表面被膜とリングとの間には表面粗さが同程度のリン酸マンガン被膜が介在している。結果を表7および表8に併記する。
【0067】
【表7】
【0068】
表7に示す参考例1の表面被膜の組成は、上述の実施例1とほぼ同じである。一方、参考例2の表面被膜は、バインダーの熱硬化性樹脂として1種類のPAI樹脂Cを用いている。結果より、参考例2の方が参考例1よりもブロック摩耗量が多くなり、相手材への攻撃性が高くなる傾向があった。
【0069】
【表8】
【0070】
表8に示す参考例3の表面被膜の組成は、上述の参考例1と同じである。参考例4の結果より、表面被膜において固体潤滑剤の比率が高くなると、ブロック摩耗量が多くなり、相手材への攻撃性が高くなる傾向があった。また、参考例5(PAI樹脂AとPAI樹脂C)、参考例8(PAI樹脂A単独)、および上述の参考例2(PAI樹脂C単独)の結果を踏まえると、相手材への攻撃性の観点からは、熱硬化性樹脂としてPAI樹脂AとPAI樹脂Bを組み合わせることが好ましいといえる。さらに、参考例3、6、7の結果を踏まえると、耐摩耗性の観点から、重量平均分子量5000以上10000未満のPAI樹脂Bの含有量が重量平均分子量10000以上30000以下のPAI樹脂Aの含有量よりも多いことが好ましい。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明の転がり軸受は、取り扱い性に優れるとともに、優れた耐クリープ性を有するので、クリープの発生が懸念される軸受に好適であり、例えば自動車用トランスミッションの軸受に適用される。
【符号の説明】
【0072】
1 転がり軸受
2 内輪
2a 内輪内径面
3 外輪
3a 外輪外径面
4 玉
5 保持器
6 シール部材
7 グリース
8 表面被膜
8a 下地処理された面
9 回転軸
10 ハウジング(固定ハウジング)
11 ブロックオンリング試験機
12 ブロック
13 表面被膜
14 リング
図1
図2
図3
図4
図5