(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-05
(45)【発行日】2024-07-16
(54)【発明の名称】スクリーニング用培地及びスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/16 20060101AFI20240708BHJP
C12Q 1/04 20060101ALI20240708BHJP
【FI】
C12N1/16 E
C12Q1/04
(21)【出願番号】P 2020017999
(22)【出願日】2020-02-05
【審査請求日】2023-01-30
(73)【特許権者】
【識別番号】399086263
【氏名又は名称】学校法人帝京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100206999
【氏名又は名称】萩原 綾夏
(72)【発明者】
【氏名】槇村 浩一
(72)【発明者】
【氏名】田村 俊
【審査官】伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/208691(WO,A1)
【文献】臨床と微生物,2019, Vol.46, No.5, pp.441-443
【文献】Journal of Clinical and Diagnostic Research,2017, Vol.11, No.4, pp.DC01-DC03
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00
C12Q 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵素基質を含有し、前記酵素基質の分解能によ
り、ラフィノースに対する分解能が陽性かつキシロースに対する分解能が陰性であるカンジダ・アウリス菌のスクリーニングに用いるスクリーニング用培地であって、
前記酵素基質が、ラフィノース及びキシロースを含
み、
前記ラフィノース及び前記キシロースは、分解された際にそれぞれ別々の色に呈色するように標識されている、スクリーニング用培地。
【請求項2】
前記カンジダ・アウリス菌が、カンジダ・アウリス菌のEast Asian株であって、
前記酵素基質が、N-アセチルグルコサミンをさらに含む、請求項1に記載のスクリーニング用培地。
【請求項3】
前記カンジダ・アウリス菌が、カンジダ・アウリス菌のEast Asian株であって、
前記酵素基質が、グルコン酸カリウムをさらに含む、請求項1又は2に記載のスクリーニング用培地。
【請求項4】
前記酵素基質が、グリセロールをさらに含む、請求項1から3のいずれか1項に記載のスクリーニング用培地。
【請求項5】
前記酵素基質が、D-グルコサミン塩酸塩をさらに含む、請求項1から4のいずれか1項に記載のスクリーニング用培地。
【請求項6】
微生物を酵素基質に対する分解能によりスクリーニングするスクリーニング方法であって、
前記酵素基質を含むスクリーニング用培地に検体を接種する工程と、
前記スクリーニング用培地において検体に含まれる微生物を培養する工程と、
前記スクリーニング用培地における前記微生物を検出する工程とを含み、
前記スクリーニング用培地は、前記微生物の前記酵素基質に対する分解能を、それぞれの酵素基質に対して別々の色の呈色により分解能の存在を検出できるスクリーニング用培地を用い、
前記酵素基質がラフィノースを含み、前記微生物のラフィノースに対する分解能が陽性であり、
前記酵素基質がキシロースを含み、前記微生物のキシロースに対する分解能が陰性であるとき、
前記微生物がカンジダ・アウリス菌であると判定する、スクリーニング方法。
【請求項7】
前記酵素基質がN-アセチルグルコサミンをさらに含み、前記微生物のN-アセチルグルコサミンに対する分解能が陰性であるとき、
前記微生物がカンジダ・アウリス菌のEast Asian株であると判定する、請求項
6に記載のスクリーニング方法。
【請求項8】
前記酵素基質がグルコン酸カリウムをさらに含み、前記微生物のグルコン酸カリウムに対する分解能が陰性であるとき、
前記微生物がカンジダ・アウリス菌のEast Asian株であると判定する、請求項
6に記載のスクリーニング方法。
【請求項9】
前記酵素基質がグリセロールをさらに含み、前記微生物のグリセロールに対する分解能が0%を超え20%以下となり陰性であるとき、
前記微生物がカンジダ・アウリス菌のEast Asian株であると判定する、請求項
6に記載のスクリーニング方法。
【請求項10】
前記酵素基質がグリセロールをさらに含み、前記微生物のグリセロールに対する分解能が陽性であるとき、
前記微生物がカンジダ・アウリス菌のSouth America, African又はSouth Asian株であると判定する、請求項
6に記載のスクリーニング方法。
【請求項11】
前記酵素基質がD-グルコサミン塩酸塩であり、前記微生物のD-グルコサミン塩酸塩に対する分解能が陰性であるとき、
前記微生物がカンジダ・アウリス菌のEast Asian株であると判定する、請求項
6に記載のスクリーニング方法。
【請求項12】
前記酵素基質がD-グルコサミン塩酸塩であり、前記微生物のD-グルコサミン塩酸塩に対する分解能が80%を超え100%未満となり陽性であるとき、
前記微生物がカンジダ・アウリス菌のSouth America株であると判定する、請求項
6に記載のスクリーニング方法。
【請求項13】
前記酵素基質がD-グルコサミン塩酸塩であり、前記微生物のD-グルコサミン塩酸塩に対する分解能が陽性であるとき、
前記微生物がカンジダ・アウリス菌のAfrican又はSouth Asian株であると判定する、請求項
6に記載のスクリーニング方法。
【請求項14】
前記微生物を培養する工程では、35℃以上で培養を行う、請求項
6に記載のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カンジダ・アウリス菌を識別しスクリーニングすることができるスクリーニング用培地及びスクリーニング方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
カンジダ症の原因菌として知られるカンジダ菌には、400種を超える種が存在し、そのうち臨床的に重要な菌種は20種類に及んでいる。それらの多くは形態学的及び生化学的な性情が近似しているため、一般に判別が困難である。
【0003】
カンジダ菌のうち既存の種には、他の種と識別する方法の研究が行われている。例えば、特許文献1には、色素を添加したサブロー培地に、2,3,5-トリフェニルテトラゾリウムクロリド(TTC)及び酵母エキスを添加したカンジダ簡易鑑別用培地が開示されている。このカンジダ簡易鑑別用培地は、カンジダ・アルビカンス菌とカンジダ・グラブラータ菌について、これらの菌種の培地上での酸化還元能の差を利用して、コロニーの色調で両種のカンジダ菌を判別しようとするものである。
【0004】
特許文献2には、培地中の特定の微生物菌株の存在を検出する方法であり、前記菌株の酵素に対する基質である少なくとも1種の色原体、および高濃度の、炭水化物から選ばれた少なくとも1種の化合物を培地中に添加し、色原体の加水分解後に発色団の基本色とは異なる誘導された色を得る方法が開示されている。この方法は、カンジダ・アルビカンス菌及びカンジダ・トロピカリス菌を含む菌のそれぞれが産生する酵素について、その酵素の基質である2種の色原体を培地中に添加し、色原体の加水分解後に発色団の基本色とは異なる色を得て、両者を区別しようとするものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平06-78793号公報
【文献】特表平09-500790号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
カンジダ菌のうちでも、本発明者らが発見し命名したカンジダ・アウリス菌は、多剤耐性化しかつ致死率も高く、世界的な脅威となっている。カンジダ菌のうちでもこの菌種が、ある特定の環境(例えば、病室の中などの一定の閉鎖空間)に存在するか否かを、簡便かつ迅速に調べる手段が特に求められている。
【0007】
カンジダ・アウリス菌を他の菌、例えばカンジダ菌の他の菌種に対して識別するには、例えば菌の遺伝子を解析することで識別ができるが、この解析には設備が必要であり、簡便ではなく時間やコストも必要としている。
【0008】
前述の特許文献2等の酵素基質に対する分解能を利用した検出技術では、比較的簡便な設備、操作や短い培養時間において検出することができるが、前記技術やそれを応用した検出法では、カンジダ・アルビカンス菌やカンジダ・トロピカリス菌といった他のカンジダ菌については検出できるが、カンジダ・アウリス菌は他のカンジダ菌と区別する方法が見つかっておらず、この技術では検出することができない。
そのため、カンジダ・アウリス菌の存在を簡便かつ迅速に調べる技術はいまだ見つかっていない。
【0009】
本発明は上記のような事情を鑑みてなされたものであり、その目的は、カンジダ・アウリス菌の存在を簡便かつ迅速に調べることのできる、スクリーニング用培地、及びそれを用いたスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、本発明は以下の態様を有する。
[1] 酵素基質を含有し、前記酵素基質の分解能によるカンジダ・アウリス菌のスクリーニングに用いるスクリーニング用培地であって、前記酵素基質が、ラフィノース及びキシロースを含む、スクリーニング用培地。
[2] 前記カンジダ・アウリス菌が、カンジダ・アウリス菌のEast Asian株であって、
前記酵素基質が、N-アセチルグルコサミンをさらに含む、上記いずれかに記載のスクリーニング用培地。
[3] 前記カンジダ・アウリス菌が、カンジダ・アウリス菌のEast Asian株であって、
前記酵素基質が、グルコン酸カリウムをさらに含む、上記いずれかに記載のスクリーニング用培地。
[4] 前記酵素基質が、グリセロールをさらに含む、上記いずれかに記載のスクリーニング用培地。
[5] 前記酵素基質が、D-グルコサミン塩酸塩をさらに含む、上記いずれかに記載のスクリーニング用培地。
[6] 前記酵素基質は、分解された際にそれぞれ別々の色に呈色するように標識されている、上記いずれかに記載のスクリーニング用培地。
[7] 微生物を酵素基質に対する分解能によりスクリーニングするスクリーニング方法であって、前記酵素基質がラフィノースを含み、前記微生物のラフィノースに対する分解能が陽性であり、前記酵素基質がキシロースを含み、前記微生物のキシロースに対する分解能が陰性であるとき、前記微生物がカンジダ・アウリス菌であると判定する、スクリーニング方法。
[8] 前記酵素基質がN-アセチルグルコサミンをさらに含み、前記微生物のN-アセチルグルコサミンに対する分解能が陰性であるとき、前記微生物がカンジダ・アウリス菌のEast Asian株であると判定する、上記いずれかに記載のスクリーニング方法。
[9] 前記酵素基質がグルコン酸カリウムをさらに含み、前記微生物のグルコン酸カリウムに対する分解能が陰性であるとき、前記微生物がカンジダ・アウリス菌のEast Asian株であると判定する、上記いずれかに記載のスクリーニング方法。
[10] 前記酵素基質がグリセロールをさらに含み、前記微生物のグリセロールに対する分解能が0%を超え20%以下となり陰性であるとき、前記微生物がカンジダ・アウリス菌のEast Asian株であると判定する、上記いずれかに記載のスクリーニング方法。
[11] 前記酵素基質がグリセロールをさらに含み、前記微生物のグリセロールに対する分解能が陽性であるとき、前記微生物がカンジダ・アウリス菌のSouth America, African又はSouth Asian株であると判定する、上記いずれかに記載のスクリーニング方法。
[12] 前記酵素基質がD-グルコサミン塩酸塩であり、前記微生物のD-グルコサミン塩酸塩に対する分解能が陰性であるとき、前記微生物がカンジダ・アウリス菌のEast Asian株であると判定する、上記いずれかに記載のスクリーニング方法。
[13] 前記酵素基質がD-グルコサミン塩酸塩であり、前記微生物のD-グルコサミン塩酸塩に対する分解能が80%以上100%未満となり陽性であるとき、前記微生物がカンジダ・アウリス菌のSouth America株であると判定する、上記いずれかに記載のスクリーニング方法。
[14] 前記酵素基質がD-グルコサミン塩酸塩であり、前記微生物のD-グルコサミン塩酸塩に対する分解能が陽性であるとき、前記微生物がカンジダ・アウリス菌のAfrican又はSouth Asian株であると判定する、上記いずれかに記載のスクリーニング方法。
[15] 前記酵素基質を含むスクリーニング用培地に検体を接種する工程と、前記スクリーニング用培地において検体に含まれる微生物を培養する工程と、前記スクリーニング用培地における前記微生物を検出する工程とを含む、上記いずれかに記載のスクリーニング方法。
[16] 前記微生物の前記酵素基質に対する分解能を、それぞれの酵素基質に対して別々の色の呈色により検出できるスクリーニング用培地を用いる、上記いずれかに記載のスクリーニング方法。
[17] 前記微生物を培養する工程では、35℃以上で培養を行う、上記いずれかに記載のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、カンジダ・アウリス菌の存在を簡便かつ迅速に調べることのできる、スクリーニング用培地、及びそれを用いたスクリーニング方法が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明に係るスクリーニング培地及びスクリーニング方法について、実施形態を示して説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0013】
(スクリーニング用培地)
(RAF,XYLを含む培地)
本実施形態のスクリーニング用培地は、酵素基質を含有し、前記酵素基質の分解能によるカンジダ・アウリス菌のスクリーニングに用いるスクリーニング用培地であって、酵素基質が、ラフィノース及びキシロースを含む。
【0014】
スクリーニングとは、微生物を選別する操作を広く指す。スクリーニングの対象とする微生物を含む検体について、一定の微生物の存在又は非存在について、その可能性の有無の段階から選別する操作を広く指す。スクリーニングには、検体に一定の微生物が含まれる可能性を判別するためのさらに情報を得る(例えば、複数のスクリーニングの結果から可能性を判別する)段階も指す。
スクリーニング操作は1回又は複数行うこともあり、また同じスクリーニング操作を複数回数行い、この一連の操作を総合してスクリーニングと呼ぶこともある。
【0015】
本実施形態のスクリーニング用培地は、カンジダ・アウリス(Candida auris)菌のスクリーニングに用いる。
カンジダ・アウリス菌には起源によりSouth America, African, East Asian (Japan及びKorea), South Asian (India)などの系統(clade)に分類される株(strain)が存在する。本実施形態のスクリーニング用培地は、カンジダ・アウリス菌であれば、いずれの系統に属するいずれの株もスクリーニングすることができる。
【0016】
本実施形態のスクリーニング用培地は、具体的には、ある微生物が特定の化合物を基質として分解する酵素を有するか、すなわち特定の酵素基質に対する分解能を有するか否かで、一定の菌の存在、非存在、又は菌の分類(ある微生物が該一定の菌であるか否か)をスクリーニングする。分解能は、微生物が酵素基質を栄養素として利用する場合、資化性とも呼ぶ。菌が分解する酵素基質としては、例えば本実施形態で使用するような各種の炭水化物(糖)などが含まれる。
【0017】
このようなスクリーニング用培地としては、例えば、酵素基質培地として既知のものが使用できる。酵素基質培地は、目的とする微生物(菌種)が特異的に代謝(分解、資化)する基質に対して、色原体(発色物質)を標識した酵素基質を含ませた培地である。目的とする菌種が酵素基質を取り込んで代謝すると、色原体が解離し、縮合した色原体が発色(呈色)するので、酵素基質の分解能を有する菌種をスクリーニングすることができる。
酵素基質に対して標識する色原体としては、例えばカップリング反応を生じうる2種の異なる発色団を加水分解により遊離する化合物などが使用できる。このような化合物としては、例えばインドキシル誘導体などが使用できる。培地が複数の酵素基質を含む場合、それぞれの酵素基質に対してはそれぞれ別の色を呈する色原体、例えば異なる化合物の色原体を用いることが好ましい。
【0018】
本実施形態のスクリーニング用培地は、酵素基質のうち、ラフィノース(RAF)とキシロース(XYL)とを含有する。
カンジダ・アウリス菌は、ラフィノースに対して陽性、キシロースに対して陰性の分解能を示す。具体的には、上述の各系統を含む44株のカンジダ・アウリス菌のすべての株が、ラフィノースに対しては陽性を示し(陽性率が100%)、キシロースに対しては陰性を示す(陽性率が0%)。そのため、本実施形態のスクリーニング用培地で培養した微生物がラフィノースに対して陽性、キシロースに対して陰性の分解能を示したとき、その微生物はカンジダ・アウリス菌である可能性が極めて高い。また、カンジダ・アウリス以外の主要な病原菌には、ラフィノースに対して陽性、キシロースに対して陰性の分解能の組み合わせは見られない。したがって、本実施形態の培地をカンジダ・アウリス菌のスクリーニングに用いることができる。
【0019】
スクリーニング用培地が酵素基質培地であるとき、ラフィノースとキシロースとを、それぞれ分解時に別の色を呈する色原体を標識したものを、培地に含むことが好ましい。
固形培地上に培養される微生物のコロニーのうち、ラフィノースが分解された際の色を呈し、キシロースが分解された際の色は呈さないコロニーをカンジダ・アウリス菌である(キシロースが分解された際の色のみ、又はラフィノースとキシロースが分解された際の両方の色を呈するコロニーは、カンジダ・アウリス菌ではない)とスクリーニングすることができる。
【0020】
(他の基質を含む培地)
本実施形態のスクリーニング用培地が含む酵素基質は、ラフィノースとキシロースとに加えて、さらに他の酵素基質を含んでいてもよい。酵素基質としては、従来菌種の識別に用いられていたものを適宜選択できる。好ましい例として、スクリーニング用培地は、N-アセチルグルコサミン(NAG)、グルコン酸カリウム(GNT)、グリセロール(GLY)又はD-グルコサミン塩酸塩(GLN)を含んでいてもよい。スクリーニング方法について後述するように、スクリーニング用培地がラフィノースとキシロースとに加えて、これらの酵素基質をさらに含んでいることで、微生物がカンジダ・アウリス菌であるかに加えて、いずれの系統の株であるかの情報を得ることができる。
【0021】
スクリーニング用培地が上述する酵素基質培地であり、ラフィノース及びキシロースとは他の酵素基質を含む場合、さらに他の酵素基質は、ラフィノース及びキシロースとは別の色を呈色するように標識されていることが好ましい。ラフィノース、キシロース、他の酵素基質(N-アセチルグルコサミンなど)の分解能を示すそれぞれの呈色によって、培養された微生物がカンジダ・アウリス菌であるか否かと同時に、いずれの系統の株であるかの情報を得ることができる。
【0022】
(その他の構成)
本実施形態のスクリーニング用培地が酵素基質培地である場合、その他の構成は既存の培地に用いられるのものであってもよい。例えば、成分は既知の酵素基質培地、例えば発色培地の構成から適宜選択できる。酵素基質培地には、ペプトン、酵母エキス、糖、ミネラルやビタミンといった栄養素が含まれていてもよい。栄養素としては、ペプトンが好適に用いられる。酵素基質培地には、増粘剤、pH調整剤などが含まれていてもよい。また、酵素基質の発色を向上させるための添加物、例えば酸化還元試薬等が含まれていてもよい。
酵素基質培地には、スクリーニングの目的とする微生物以外の繁殖を抑制するための抗菌剤が含まれていてもよい。抗菌材としては、アミノグリコキシド系抗生物質、クロラムフェニコール若しくはテトラサイクリンなどの広範囲抗生物質、セファロスポリン若しくはペニシリンなどが挙げられる。カンジダ・アウリス菌のスクリーニングに用いる抗生物質としては、クロラムフェニコールが好適に用いられる。
酵素基質培地は、液体、半流動、固形など、適宜既存の形態をとってもよいが、例えば固形培地、特に平板固形培地(プレート状)とした場合は、培養及び検出が容易である。固形培地を形成するためには、寒天、カラギーナン又はローカストビーンガムなど従来使用されている固化剤を使用することができ、本実施形態では寒天が用いられる。
【0023】
なお、スクリーニング用培地が複数の酵素基質を含むとは、1つの培地が全ての酵素基質を含む場合の他に、複数の酵素基質のうち1以上を含む培地の複数の組み合わせであってもよい。例えば、あらかじめ1種の微生物が単離されていて、検体がその微生物のみを含む場合に、その微生物がカンジダ・アウリス菌であるか、また、その微生物についてその他の系統等の情報を得る場合は、それぞれ別の酵素基質を含む別の培地で検体を培養し、それぞれの酵素基質に対する分解能の情報を得るという態様も本実施形態には含まれる。
【0024】
(スクリーニング方法)
(RAF,XYLを含む培地によるカンジダ・アウリス菌のスクリーニング)
本実施形態のスクリーニング方法は、微生物を酵素基質に対する分解能によりスクリーニングするスクリーニング方法であって、前記酵素基質がラフィノースを含み、前記微生物のラフィノースに対する分解能が陽性であり、前記酵素基質がキシロースを含み、前記微生物のキシロースに対する分解能が陰性であるとき、前記微生物がカンジダ・アウリス菌であると判定する。具体的には、上述のスクリーニング用培地を用いて対象となる微生物を培養することでスクリーニングを行う。
【0025】
本実施形態のスクリーニング方法は、複数の微生物が含まれる検体について、その検体にカンジダ・アウリス菌が含まれるかをスクリーニングすることも、又はある1種の微生物について、カンジダ・アウリス菌である可能性が高いかをスクリーニングすることもできる。
複数の微生物が含まれる検体としては、微生物の存在する可能性のある特定の空間から採取した検体が考えられる。
【0026】
さらに具体的には、本実施形態のスクリーニング方法は、酵素基質を含むスクリーニング用培地に検体を接種する工程と、スクリーニング用培地において検体に含まれる微生物を培養する工程と、スクリーニング用培地における前記微生物を検出する工程とを含む。
【0027】
例えば、上述の酵素基質培地を用いて、複数の微生物が含まれる検体にカンジダ・アウリス菌が含まれるかをスクリーニングする方法を説明する。
まず、酵素基質を含むスクリーニング用培地に、検体を接種する工程を行う。接種は従来の細胞培養法に応じて、適宜行ってよい。
【0028】
ついで、前記検体に含まれる微生物を培養する工程を行う。具体的には、検体が接種された酵素基質培地で微生物を培養することで、酵素基質培地上に微生物のコロニーを形成させる。
酵素基質培地を培養する条件は、従来知られた微生物培養の条件から適宜選択できる。本実施形態では、35℃以上で培養することが好ましい。35℃以上で培養することにより、ヒトの体温に近い条件で生育する病原菌が培養され、より低い温度では生育しない微生物を除くことができる。また、40℃を超え42℃未満で培養することも好ましい。カンジダ・アウリス菌は41℃でも生育できるので、この温度条件で培養することにより40℃まで生育する他の微生物を除くことができる。
【0029】
培養時間は、従来知られた微生物培養の条件から適宜選択できるが、例えば24時間以上、好ましくは48時間以上培養を行う。上記時間の培養によって、呈色を確認できる程度に充分にコロニーを形成させることができる。
【0030】
ついで、スクリーニング用培地における前記微生物を検出する工程を行う。本実施形態では、前記酵素基質培地に形成された微生物のコロニーの呈色を確認することで、そのコロニーの微生物がカンジダ・アウリス菌であるかをスクリーニングする。呈色の確認は、微生物のコロニーごとに、酵素基質に標識した発色体の色が呈色しているかどうかを目視すればよい。
上述の酵素基質培地では、微生物の酵素基質に対する分解能を、それぞれの酵素基質に対して別々の色の呈色により検出できるスクリーニング用培地を用いている。すなわち、本実施形態の酵素基質培地では、酵素基質のラフィノースとキシロースについて、それぞれ分解された際に別々の色を呈色するように標識されている。前述するように、カンジダ・アウリス菌はラフィノースに対する分解能を示し、キシロースに対する分解能を示さない。したがって、前記培地で培養した微生物のコロニーのうち、ラフィノースが分解された際に呈色する色を呈し、キシロースが分解された際に呈する色を呈していない微生物のコロニーを、カンジダ・アウリス菌と判断することができる。複数の微生物が含まれる検体について酵素基質培地に接種していた場合、培養されたコロニーにこの呈色をするものが含まれていれば、その検体にはカンジダ・アウリス菌が含まれると判断することができる。
【0031】
(他の基質を含む培地による菌系統のスクリーニング)
本実施形態のスクリーニング用培地が、グルコサミン(NAG)をさらに含んでいる場合、カンジダ・アウリス菌のうち、East Asian系統の株はN-アセチルグルコサミンに対して陰性を示し、South America, African, South Asianの系統の株は陽性を示す。そのため、この培地を用いることによりカンジダ・アウリス菌のEast Asian系統の株をスクリーニングすることができる。
【0032】
カンジダ・アウリス菌の系統のうち、このうち、East Asianの系統よりも、他の系統が病原性が高いことが知られている。East Asianの系統では、基本的に内耳及び外耳に限局した局所感染にとどまるため、必ずしも致命的な感染を生じないと考えられる。
すなわち、ある微生物がカンジダ・アウリス菌であるか否かと共に、East Asianの系統に属するか否かをスクリーニングすることで、その微生物、又はその微生物が含まれる検体、検体を採取した環境の危険性についての情報を得ることができる。
【0033】
また、本実施形態のスクリーニング用培地が、グルコン酸カリウム(GNT)を含んでいる場合、カンジダ・アウリス菌のうち、East Asian系統の株はN-アセチルグルコサミンに対して陰性を示し、South America, African, South Asianの系統の株は陽性を示す。そのため、この培地を用いることによりカンジダ・アウリス菌のEast Asian系統の株をスクリーニングするための情報を得ることができる。
【0034】
また、本実施形態のスクリーニング用培地が、グリセロール(GLY)を含んでいる場合、グリセロールに対して、カンジダ・アウリス菌のうち、East Asian系統の株のうち一部のみ(目安として、0%を超え20%未満)が陽性を示し、South America, African, South Asianの系統の株は陽性を示す。そのため、この培地を用いることによりカンジダ・アウリス菌のEast Asian系統の株と他の株をスクリーニングするための情報を得ることができる。
【0035】
また、本実施形態のスクリーニング用培地が、D-グルコサミン塩酸塩(GLN)を含んでいる場合、D-グルコサミン塩酸塩に対して、カンジダ・アウリス菌のうち、East Asian系統の株が陰性を示し、African, South Asianの系統の株は陽性を示し、South America,の系統の株のうち多く(目安として、80%を超え100%未満)が陽性を示す。そのため、この培地を用いることによりカンジダ・アウリス菌のEast Asian系統の株と他の株スクリーニングするための情報を得ることができる。
【0036】
スクリーニング用培地が上述する酵素基質培地であり、ラフィノース及びキシロースとは他の酵素基質を含む場合、さらに他の酵素基質は、ラフィノース及びキシロースとは別の色を呈色するように標識されている場合、ラフィノース、キシロース、他の酵素基質(N-アセチルグルコサミンなど)の分解能を示すそれぞれの呈色によって、培養された微生物がカンジダ・アウリス菌であるか否かと同時に、East Asian系統であるか否かをスクリーニングすることができる。
【0037】
このような呈色によるスクリーニングは、2以上の基質及びそれぞれ異なる呈色について、適宜組み合わせて行うこともできる。例えば、スクリーニング対象が2以上の基質について陽性である場合、2以上の呈色を示し、微生物のコロニーはこれらが混色した色を示すので、コロニーの色彩や濃淡によっていずれの基質に反応するか、すなわちカンジダ・アウリス菌のうちどの系統の株が含まれるかの情報を得ることもできる。
【0038】
(本実施形態の効果)
本実施形態のスクリーニング用培地及びスクリーニング方法は、カンジダ・アウリス菌の存在を簡便かつ迅速にスクリーニングすることができる。具体的には、複数の微生物が含まれる検体、例えば特定の空間から採取された検体に対して、カンジダ・アウリス菌の存在を、平板固形培地に対して検体を接種し培養するのみの簡便な操作と、24~48時間程度の短時間でスクリーニングすることができる。接種と培養には平板固形培地を培養できる設備があればよく、微生物のスクリーニングも呈色を目視するのみで特殊な設備や機器は必要としない。平板固形培地によるスクリーニングは、遺伝子解析等と比べると非常に低いコストで行うことができる。
【0039】
(本実施形態の応用例)
本実施形態でスクリーニングを行う検体としては、例えば屋内又は屋外の特定の空間から採取した検体が考えられる。特定の空間としては、カンジダ・アウリス菌を検出すべき場所が挙げられ、例えば病院内の各部屋、特に手術室、病室などが挙げられる。また、各施設、高齢者や病弱者のいる福祉施設などに用いることもできる。空港や税関などで検出を行うと、いわゆる水際対策に用いることができる。
【0040】
本実施形態のスクリーニング培地及び方法は、複数回のスクリーニングの操作を組み合わせて、カンジダ・アウリス菌、又はいずれかの系統の菌の存在・非存在に関する情報を得るために用いることができる。
また、本実施形態のスクリーニング培地及び方法を他の手段と組み合わせて用いることができる。例えば、本実施形態のスクリーニング培地及び方法を、より詳細な遺伝子解析を行う対象を絞り込むための、前段階のスクリーニングとして用いることができる。本実施形態のスクリーニング方法は、簡便かつ迅速に行うことができるため、スクリーニングの対象となる検体(存在を調査する特定の空間)や系統の数などが多い場合に特に有効である。
【0041】
(その他の実施形態)
本実施形態のスクリーニング方法は、1種の微生物について、その菌がカンジダ・アウリス菌であるかをスクリーニングするにも用いることができる。その場合、上述したラフィノース及びキシロースを含み、又はその他の酵素基質を含む酵素基質培地を用いてスクリーニングすることもできる。また、それぞれ別の酵素基質を含む別の培地で培養し、それぞれの酵素基質に対する分解能の情報を得るという態様も本実施形態には含まれる。
【0042】
酵素基質培地は、プレート状の培地がそのまま微生物の培養が容易であるが、その他の形態であってもよい。例えば、培地が薄くフィルム状に成形されていてもよい。フィルム状の培地は簡易に様々な箇所に設置し、そのまま培養してスクリーニングを行うことも難しくないため、上述したカンジダ・アウリス菌を検出すべき特定の空間に設置することができる。
【実施例】
【0043】
以下、実施例を示す。なお、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0044】
(カンジダ・アウリス菌に特異的な酵素基質の検証)
カンジダ・アウリス菌を含む複数の菌株について、各酵素基質の分解能を調べた。カンジダ・アウリス菌としては、表1に示す44株(系統としてSouth Americaに属する菌種を10株、Africanを10株、East Asianを10株、South Asianを14株)を用いた。他の菌株としては、国内において代表的な病原酵母菌株のうちから選択した。用いた菌株は表2にカンジダ・アウリス菌(Candida auris)以外として示す。
【0045】
酵素基質のうち、ラフィノース(RAF)、キシロース(XYL)、N-アセチルグルコサミン(NAG)、グルコン酸カリウム(GNT)、グリセロール(GLY)、D-グルコサミン塩酸塩(GLN)を含む各種酵素基質について、分解能を陽性率として同定できるキットとして、培養同定・真菌キットID32C アピ(シスメックス・ビオメリュー(株))のプレートを用いた。
表1、表2の各株の菌液を、プロトコールに従ってサスペンションメディウム(液体培地)で調整し、ID32Cアピのプレートの各酵素基質の陽性率検出カップに摂取し、48時間培養した。培養後、目視判定でコントロールと同様に透明なウェルを陰性(-)、コントロールよりも不透明なウェルを陽性(+)と判断し、陽性のデータをID32Cアピ付属のデータベースソフトウェア4.0を用いて解析した。
【0046】
【0047】
表1に示すように、カンジダ・アウリス菌の4系統44株の全てが、RAF分解能が陽性で、XYL分解能は陰性となっていた。
表2において、カンジダ・アウリス菌(表の最下行)は44株の全ての株においてRAF分解能が陽性(100%)、XYL分解能が陰性(0%)であることを示している。一方、表2の他の行に示すように、カンジダ・アウリス菌以外の病原菌株では、RAF分解能が100%陽性かつXYL分解能は陰性(陽性が0%)という組み合わせは見られなかった。
すなわち、主要な病原菌株のうち、RAF分解能が100%陽性で、XYL分解能は100%陰性であるのはカンジダ・アウリス菌のみで、RAF分解能とXYL分解能を検出することで、カンジダ・アウリス菌の存在、非存在をスクリーニングできることが示された。
【0048】
カンジダ・アウリス菌の44株のうちでは、表1に示すように、East Asian株はRAF陽性とXYL陰性の結果に加えて、NAGが100%陰性であった。
すなわち、RAFとXYLに加えてNAGの分解能を検出することで、そのカンジダ・アウリス菌がEast Asian株であるか、他の株かをスクリーニングすることができることが示された。
【0049】
また、表1に示すように、East Asian株はGNTが0%陽性であるのに対して、East Asian以外の株では100%陽性であった。
East Asianの系統はGLYが10%陽性(すなわち、East Asianの10株のうちの1株のみが陽性を示した)を示した。ここから、East Asianの系統に属する株は、GLYに対しておよそ0~20%の範囲で陽性を示す株が含まれると考えられる。一方、East Asian以外の株では100%陽性であった。
East Asianの系統はGLNが0%陽性であるのに対して、African, South Asianでは100%陽性、South Americaでは90%陽性であった。ここから、South Asianの系統に属する株は、GLYに対しておよそ80~100%の範囲で陽性を示す株が含まれると考えられる。
すなわち、GLYの陽性率が低い株、GLNが陰性である株をEast Asianの系統の株として他の株と区別できることがあり、これらの組み合わせで各株のスクリーニングの判断に用いることができると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明によれば、カンジダ・アウリス菌の存在を簡便かつ迅速に調べることのできる、スクリーニング用培地、及びそれを用いたスクリーニング方法が得られる。