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特許7515880鉄スクラップ中のトランプエレメントの電気化学的分離方法
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  • 特許-鉄スクラップ中のトランプエレメントの電気化学的分離方法 図1
  • 特許-鉄スクラップ中のトランプエレメントの電気化学的分離方法 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-05
(45)【発行日】2024-07-16
(54)【発明の名称】鉄スクラップ中のトランプエレメントの電気化学的分離方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 7/00 20060101AFI20240708BHJP
   C25C 1/06 20060101ALI20240708BHJP
   C21C 5/52 20060101ALN20240708BHJP
【FI】
C22B7/00 F
C25C1/06
C21C5/52
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021028310
(22)【出願日】2021-02-25
(65)【公開番号】P2022129591
(43)【公開日】2022-09-06
【審査請求日】2023-09-15
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002631
【氏名又は名称】弁理士法人クオリオ
(74)【代理人】
【識別番号】100076439
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 敏三
(74)【代理人】
【識別番号】100161469
【弁理士】
【氏名又は名称】赤羽 修一
(74)【代理人】
【識別番号】100118809
【弁理士】
【氏名又は名称】篠田 育男
(72)【発明者】
【氏名】夏井 俊悟
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 丘郭
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 昭久
(72)【発明者】
【氏名】埜上 洋
(72)【発明者】
【氏名】植田 滋
【審査官】中西 哲也
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-287574(JP,A)
【文献】特開2020-029581(JP,A)
【文献】米国特許第04451289(US,A)
【文献】中国特許出願公開第104611720(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00-61/00
C25C 1/00- 7/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄スクラップ溶融物をアノード電極として用いて、電気化学反応により該鉄スクラップ溶融物中のトランプエレメントと鉄溶融物とを分離することを含む、鉄スクラップ中のトランプエレメントの電気化学的分離方法。
【請求項2】
前記電気化学的分離方法を、アノード電極とカソード電極と参照電極とを用いた三電極法により行う、請求項1に記載の電気化学的分離方法。
【請求項3】
アノード電極として作用する鉄スクラップ溶融物と、カソード電極と、電解液とを含み、電気化学反応により前記鉄スクラップ溶融物中のトランプエレメントと鉄溶融物とを分離する、鉄スクラップ中のトランプエレメントの電気化学的分離システム。
【請求項4】
前記電気化学的分離システムが参照電極を含む、請求項3に記載の電気化学的分離システム。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の電気化学的分離方法により鉄スクラップ溶融物中のトランプエレメントと鉄溶融物とを分離し、該トランプエレメントを除去することを含む、鉄鋼材の製造方法。
【請求項6】
請求項1又は2に記載の電気化学的分離方法により鉄スクラップ溶融物中のトランプエレメントと鉄溶融物とを分離し、該トランプエレメントを取り出すことを含む、トランプエレメントの抽出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄スクラップ中のトランプエレメントの電気化学的分離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
経済の成熟に伴い市中における鉄スクラップの蓄積量は増加している。例えば日本国内では、蓄積した鉄鋼資源のうち年間約2%が鉄スクラップとなり、鉄スクラップの累計蓄積量は10億トンを超えると言われる。鉄スクラップは、電気炉および転炉製鋼の鉄源として再利用され、鉄鋼生産の省エネルギー化や鉄資源循環に貢献する。スクラップ市場の約80%はヘビー屑といわれる建築等から生じる。ヘビー屑の大部分を占める老廃スクラップから高品位な鉄鋼材を生産できれば、高位の鉄資源循環が実現する。
【0003】
鉄スクラップの鉄鋼材としての利用に当たり、濃化したトランプエレメントを除去することが求められる。トランプエレメントとは、合金元素として、あるいは各種の製品、部品等に由来して鉄スクラップ中に混じり込んだ元素のうち、酸化除去したり蒸発除去したりすることが困難なものを指す。典型的なトランプエレメントとしては、銅(Cu)やスズ(Sn)などが挙げられる。トランプエレメントは鉄スクラップを再利用するたびに濃化し、鉄スクラップ由来の鉄鋼材の特性や加工性を劣化させる。それゆえ、トランプエレメントの濃化により、将来的な鉄資源の再資源化率に制約が生じることが危惧されている。
鉄鋼材へのトランプエレメントの混入を極力避けるために、近年では鉄スクラップの分別回収など、電気炉等で処理する前段階において徹底した品質管理の作り込みがなされてきた。しかし、今後の電気自動車の普及などに伴い、モーター類を構成する銅線などの鉄スクラップ中への混入が増加することは避けられない。分別回収など、固体状態でトランプエレメントを除去する試みでは、鉄スクラップ表面ないしその近傍に存在するトランプエレメントの除去に限られ、循環使用に伴って鋼材中へ濃縮するトランプエレメントへの対処は困難である。
【0004】
電気炉においては、1500℃程度の高温で鉄スクラップを溶融させ、酸化精錬によって不純物を酸化し、比重分離して溶融酸化物(溶融スラグ)を排出することにより、溶鉄(Fe)の純度を向上させている。この酸化精錬及び比重分離は、非鉄元素の除去に有効な手段といえる。しかし、溶融Fe中において、より貴な金属であるCuやSnは酸化精錬で酸化されずに溶融鉄中に残留することが熱力学的にわかっている。酸化精錬以外の原理で溶融FeからCuを除去することを目的として、高真空状態又はプラズマを用いて行う蒸発除去法や、反応性ガス吹き付けによる脱銅法などが提案されてきた。しかし、これらの手法は設備の複雑さやコスト面から実用化が困難である。また、Fe中のCuが優先的に硫化する性質を利用した硫化物系フラックスによる脱銅法なども提案されている(例えば特許文献1)。硫化物系フラックスを用いた脱銅法は、大量処理を想定した場合にも設計が比較的容易で工業的に有望だが、フラックス中へのCuの溶解度はそれほど高くはなく、大量の硫化物を消費するバッチ処理となる問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2013-119666号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、鉄スクラップにおける鉄とトランプエレメントとの分離を、従来技術の発想とは異なる視点から実現する技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題に鑑み検討を重ね、超高温状態(1500℃程度)にある鉄スクラップ溶融物に電気化学的手法を適用するという着想に至った。すなわち、鉄スクラップ溶融物にアノード反応(酸化反応)を生じさせてトランプエレメントを優先的にあるいは鉄とともにイオン化することができれば、溶融鉄からトランプエレメントを分離できる可能性に着想するに至った。この着想の下で本発明者らが鋭意検討を重ねた結果、溶融スラグなどを電解液として用い、また、アノード電極としては耐熱性に優れたカーボン材料を導電材として鉄スクラップの溶融物と組合せることにより、スラグや鉄が溶融状態にある超高温下においても、鉄スクラップ溶融物それ自体がアノード電極として機能し得ること、さらに、鉄スクラップ溶融物中のトランプエレメントは電気化学反応によって内部から表面へと優先的に移行することを見出した。本発明は、これらの知見に基づきさらに検討を重ねて完成されるに至ったものである。
【0008】
すなわち、本発明の課題は以下の手段によって解決された。
〔1〕
鉄スクラップ溶融物をアノード電極として用いて、電気化学反応により該鉄スクラップ溶融物中のトランプエレメントと鉄溶融物とを分離することを含む、鉄スクラップ中のトランプエレメントの電気化学的分離方法。
〔2〕
電解液として溶融スラグを用いる、〔1〕に記載の電気化学的分離方法。
〔3〕
アノード反応により前記鉄スクラップ溶融物中のトランプエレメントの少なくとも一部をイオン化し、電解液中に溶出させる、〔1〕又は〔2〕に記載の電気化学的分離方法。
〔4〕
前記の電解液中に溶出したトランプエレメントをカソード電極に電析させる、〔3〕に記載の電気化学的分離方法。
〔5〕
前記電気化学的分離方法を、アノード電極とカソード電極と参照電極とを用いた三電極法により行う、〔1〕~〔4〕のいずれかに記載の電気化学的分離方法。
〔6〕
前記鉄スクラップ溶融物中に前記トランプエレメントとして少なくとも銅が含まれる、〔1〕~〔5〕のいずれかに記載の電気化学的分離方法。
〔7〕
アノード電極として作用する鉄スクラップ溶融物と、カソード電極と、電解液とを含み、電気化学反応により前記鉄スクラップ溶融物中のトランプエレメントと鉄溶融物とを分離する、鉄スクラップ中のトランプエレメントの電気化学的分離システム。
〔8〕
電解液として溶融スラグを用いる、〔7〕に記載の電気化学的分離システム。
〔9〕
前記電気化学的分離システムが参照電極を含む、〔7〕又は〔8〕に記載の電気化学的分離システム。
〔10〕
〔1〕~〔6〕のいずれかに記載の電気化学的分離方法により鉄スクラップ溶融物中のトランプエレメントと鉄溶融物とを分離し、該トランプエレメントを除去することを含む、鉄鋼材の製造方法。
〔11〕
〔1〕~〔6〕のいずれかに記載の電気化学的分離方法により鉄スクラップ溶融物中のトランプエレメントと鉄溶融物とを分離し、該トランプエレメントを取り出すことを含む、トランプエレメントの抽出方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の電気化学的分離方法及び電気化学的分離システムによれば、鉄スクラップ溶融物中のトランプエレメントと鉄溶融物とを電気化学反応により分離することができ、結果、鉄スクラップ中からトランプエレメントを分離・除去することが可能になる。
本発明の鉄鋼材の製造方法によれば、鉄スクラップを原料として、電気化学的手法により鉄スクラップ溶融物中のトランプエレメントを分離・除去して、トランプエレメントの含有量が低減された鉄鋼を得ることができる。
本発明のトランプエレメントの抽出方法によれば、電気化学的手法により、鉄スクラップ中のトランプエレメントを分離して取り出すことができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の電気化学的分離システムの一実施形態を示す説明図(部分断面図)である。
図2】本発明の電気化学的分離方法により、Fe-Cu合金(疑似鉄スクラップ)中の銅が表面ないしその近傍に濃縮されたことを示す図面代用写真である。図2は電気化学反応後のFe-Cu合金を斜め上方から撮影した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[電気化学的分離方法]
本発明に係る鉄スクラップ中のトランプエレメントの電気化学的分離方法(以下、単に「本発明の電気化学的分離方法」とも称す)は、鉄スクラップの溶融物をアノード電極として用いて、アノード電極(正極)とカソード電極(負極)との間に電圧を印加したときに生じるアノード電極における酸化反応(アノード反応)を利用して、鉄スクラップ溶融物の主成分である鉄溶融物と、鉄スクラップ溶融物中に混じり込んでいるトランプエレメントとを分離する方法である。鉄スクラップを溶融状態で使用するため、この電気化学反応は1500℃程度の超高温下で行われるものである。
より詳細には、本発明の電気化学的分離方法は、鉄スクラップの溶融物中のトランプエレメントがアノード反応により酸化されてイオン化し、アノード電極を構成する鉄スクラップ溶融物の内部から表面側(電解液側)へと移動してくる現象を利用して、鉄スクラップ溶融物中のトランプエレメントと鉄溶融物とを分離するものである。
本発明において「鉄スクラップ溶融物中のトランプエレメントと鉄溶融物とを分離する」とは、アノード電極を構成する鉄スクラップ溶融物中のトランプエレメントの少なくとも一部を、電気化学反応を介して当該鉄スクラップ溶融物の表面に向けて移行させることを意味する。この移行により、電気化学反応前に比べて電気化学反応後の鉄スクラップ溶融物において、鉄溶融物の濃度が高められた内部部分と、トランプエレメントの濃度が高められた表層部分とが形成される。なお、鉄スクラップ溶融物中にトランプエレメント以外の成分が含まれる場合、当該成分はトランプエレメントと同様に鉄スクラップ溶融物の表層部分に移行してもよく、鉄溶融物内部に留まっていてもよく、また、トランプエレメントと鉄溶融物との中間的な挙動を示すこともある。
【0012】
<鉄スクラップ>
本発明の電気化学的分離方法に用いる鉄スクラップとしては、市中スクラップと自家発生スクラップなどを、特に制限なく用いることができ、そのグレードも特に制限されない。鉄スクラップはそのまま本発明の電気化学的分離方法に用いてもよく、鉄以外の成分を極力分別して除去したものを本発明の電気化学的分離方法に用いてもよい。また、酸化精錬や還元精錬に付したものを本発明の電気化学的分離方法に用いてもよい。
【0013】
-トランプエレメント-
本発明においてトランプエレメントとは、鉄スクラップから酸化除去したり蒸発除去したりすることが困難な元素を意味する。典型的なトランプエレメントとして銅(Cu)が知られており、それ以外にも、錫(Sn)、アンチモン(Sb)、ヒ素(As)、亜鉛(Zn)などがトランプエレメントとして知られている。本発明において電気化学反応に供する鉄スクラップは、トランプエレメントとして少なくとも銅を含むことが好ましい。
【0014】
本発明の電気化学的分離方法の好ましい実施形態について図面を参照して説明するが、本発明は本発明で規定すること以外は、下記で説明する形態に限定されるものではない。
【0015】
<電気化学的分離システム>
本発明の電気化学的分離方法を実施するのに好適な、鉄スクラップ中のトランプエレメントの電気化学的分離システム(以下、「本発明の電気化学的分離システム」とも称す。)の一例を、部分断面図として図1に示す。図1は、三電極法による電気化学的分離システムを示すものである。この形態において、本発明の電気化学的分離システムは、アノード電極3として機能させる鉄スクラップ溶融物1と、カソード電極4と、参照電極5とを有している。鉄スクラップ溶融物1は炭素棒などの導電性材2を介して電気化学装置6に導通している。アルミナ製るつぼのような耐熱性容器8を支持体9上に固定して、その内部に電解液7を満たし、上記三電極(アノード電極3、カソード電極4、参照電極5)を電解液7中に浸漬させる。
この状態で、電気化学装置6によりアノード電極3(正極)とカソード電極4(負極)との間に電圧を印加すると、アノード電極3において鉄スクラップ溶融物1中のトランプエレメントが酸化されてイオン化し、カソード電極4に向けて移行していく。つまり、鉄スクラップ溶融物1の内部から表面側へとトランプエレメントが移行し、鉄スクラップ溶融物1の内部では鉄の純度が高まり、表面側に向けてトランプエレメント濃度が高められる。このようにして、鉄スクラップ溶融物1をアノード電極3として機能させながら、鉄スクラップ溶融物1中のトランプエレメントと鉄溶融物とを分離することができる。
【0016】
上記のように、鉄スクラップ溶融物1中のトランプエレメントと鉄溶融物とが分離された状態を作り出し、鉄スクラップ溶融物1ないしその固化物の表層を削り取るなどして除去すれば、トランプエレメントの量が低減された鉄鋼材を得ることができる。また、トランプエレメントそれ自体も工業的利用価値のある元素であるため、鉄スクラップ溶融物1の表層を削り取るなどして得られたトランプエレメントもまた、工業的に再利用することができる。
つまり、本発明の電気化学的分離方法ないしシステムを用いることにより、トランプエレメントが所望のレベルに低減された鉄鋼材を得ることができる。また、トランプエレメントの高濃度品を得ること(トランプエレメントの抽出)も可能となる。
【0017】
アノード反応により酸化されてイオン化したトランプエレメントは、その少なくとも一部は鉄スクラップ溶融物1表面から電解液7中へと溶出し、カソード電極4側へと向かう。電気化学反応を最適化することにより、イオン化したトランプエレメントを高効率に電解液7中に溶出させることも可能となる。この場合には、上述のように鉄スクラップ溶融物1ないしその固化物の表層を削り取るなどの操作を経ずに、トランプエレメントの量が低減された鉄鋼材を得ることができる。
【0018】
また、電解液7中に溶出したイオン化されたトランプエレメントは、カソード電極4に到達すれば還元されて電析する。この場合には、上述のように鉄スクラップ溶融物1ないしその固化物の表層を削り取るなどの操作を経ずに、トランプエレメントをカソード電極に得ること(トランプエレメントをカソード電極に抽出すること)ができる。
【0019】
続いて、本発明の電気化学的分離システムを構成する各部材の好ましい形態について説明する。
【0020】
-アノード電極3-
アノード電極3は、鉄スクラップ溶融物1と、鉄スクラップ溶融物1と電気化学装置6とを導通する導電性材2とにより構成される。鉄スクラップ溶融物1や電解液7は1500℃程度の超高温であるため、導電性材2としてはこの温度に耐える耐熱性が要求される。また、高温の電解液や溶融鉄に化学的に溶解しない材料であることが求められる。このような導電性材2としては、カーボン材(単体炭素材)、固体鉄線/棒、白金線などが挙げられる。導電性材2を熱から保護するために、カーボン材の周囲をアルミナ、ムライト、マグネシアなどの保護管で覆うこともできる。
【0021】
-カソード電極4-
カソード電極もまた、1500℃程度の超高温に耐える材料を適用する必要があり、また、高温の電解液に化学的に溶解しない材料であることが求められる。例えばカーボン材、白金線などが用いられる。導電性材2を熱から保護するために、カーボン材の周囲をアルミナ、ムライト、マグネシアなどの保護管で覆うこともできる。
【0022】
-参照電極5-
参照電極もまた、1500℃程度の超高温に耐える材料を適用する必要があり、極力短時間で平衡電位に達することが求められる。例えば、白金線、モリブデン線などが用いられる。参照電極材を熱から保護し、かつ電解液との液絡を確保するために、底部を薄く加工したアルミナ、ムライト、マグネシアなどの保護管で覆うこともできる。また、参照電極の平衡反応を決定するために、参照電極材と同一の元素から成る物質を電解質とともに保護管中に充填することもできる。充填する物質としては酸化白金(IV)、酸化モリブデン(VI)などが挙げられる。
【0023】
-電気化学装置6-
電気化学装置は、アノード電極とカソード電極との間に電圧を印加できればその形態は特に制限されない。電気化学測定に用いられている機器を広く適用することができる。例えば、ポテンショスタット、ガルバノスタット、関数発生器等が挙げられる。電気化学装置6は、これらの機器から得られたデータを処理して表示するコンピュータ(情報処理装置)を備えていてもよい。また電気化学的分離システムのスケールに合わせて、電気化学装置6の出力も適宜に設計することができる。
【0024】
-電解液7-
電解液7としては、1500℃程度の高温下において電解液をして作用するものを広く適用できる。例えば、溶融スラグ、硫化物系フラックス、塩化物系フラックス、フッ化物系フラックスなどが挙げられ、これらの1種又は2種以上を組合せて用いることができる。硫化物系フラックスは、アルカリ金属の硫化物及びアルカリ土類金属の硫化物の1種又は2種以上からなることが好ましい。また、塩化物系フラックスとしては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウムなど、フッ化物系フラックスとしては、フッ化ナトリウム、フッ化カリウム、フッ化カルシウムなどが挙げられる。
コスト面を考慮すると、溶融スラグ(好ましくは製鉄用高炉スラグ(SiO-CaO-Al系スラグ)の溶融物)を電解液7として用いることが好ましい。例えば、電解液7の50質量%以上、好ましくは70質量%以上、より好ましくは80質量%以上を前記溶融スラグとすることが好ましい。
なお、耐熱性容器などにアルミナが含まれる場合には、電解液はAl飽和の状態として、アルミナの電解液中への溶解を抑えることが好ましい。
【0025】
-耐熱性容器8-
耐熱性容器8としては、1500℃程度の超高温に耐える材料で構成された容器であり、また、高温の電解液や溶融鉄に化学的に溶解しない材料であれば特に制限なく用いることができる。例えば、アルミナるつぼ、カーボンるつぼ、マグネシアるつぼ、ムライトるつぼ等を用いることができる。
【0026】
-支持体9-
支持体9は、耐熱性容器8の安定的な設置のために必要により設けられる。支持体9の材質は、例えば、アルミナ、マグネシア、ムライト等を用いることができる。
【0027】
続いて、本発明の電気化学的分離システムの運転条件の一例を説明する。
本発明の電気化学的分離システムを用いた鉄スクラップ溶融物中のトランプエレメントと鉄溶融物との分離は、鉄スクラップを溶融状態として電気化学反応を行わせるため、その温度は1500~1600℃が好ましい。
電気化学反応を行わせる雰囲気については特に制限されない。高温融体は反応性が高く周囲気相の影響を受けるおそれがあるため、反応不活性雰囲気で行うことも好ましい。反応不活性ガスとして、希ガス(アルゴンガスなど)、窒素ガスなどを用いることができる。
電気化学反応におけるアノード電極とカソード電極との間の電位差は、電解液が分解反応を生じない範囲(電位窓)内とすることが好ましい。
電気化学反応の反応時間は特に制限されず、目的とする分離の程度、スケールなどに応じて適宜に設定することができる。カソード電極にトランプエレメントを電析させる場合には、電析させたトランプエレメントを連続的に取り出すシステムとすることにより、溶融鉄とトランプエレメントとの分離を連続的に行うこともできる。
本発明の電気化学的分離システムのスケールについては、小規模システム~工業的な大規模システムまで、目的に応じて適宜に設計することができる。工業的な大規模システムを想定した場合、例えば、アノード電極を構成する鉄スクラップ溶融物の量は、10~1000kgとすることができる。
本発明の電気化学的分離システムにおいて、鉄スクラップ溶融物と電解液との量比は電気化学反応が生じれば特に制限されず、システムの形態に応じて適宜に設定される。例えば、鉄スクラップ溶融物/電解液=5/1~1/20(質量比)とすることができる。
【実施例
【0028】
実施例に基づき本発明について更に詳細に説明するが、本発明は本発明で規定すること以外は、実施例の形態に限定して解釈されるものではない。
【0029】
[装置・材料]
<電気化学装置6>
電気化学装置6としてポテンショスタット(商品名:電気化学測定システムHZ-7000、北斗電工社製)を用いて三電極法を適用した。
【0030】
<アノード電極3>
トランプエレメントを含有する鉄スクラップの疑似物としてFe-Cu合金を用いた。Fe-Cu合金の組成は、Fe:83質量%、Cu:13質量%であり、残部には炭素等が含まれている。このFe-Cu合金の溶融物1(溶融Fe-Cu合金)を、アルミナ保護管で先端1mm以外を被覆したカーボン棒2(φ3mm、長さ30cm)を差し込むことで、周囲の溶融スラグとカーボンとの接触を防ぎ、電気化学装置6と溶融Fe-Cu合金1とを導通させた。溶融Fe-Cu合金の溶融物1へカーボン棒2が化学溶解するため、Fe-Cu合金はあらかじめ炭素飽和させた。
【0031】
<カソード電極4>
ガラス状炭素(グラッシーカーボン)をカソード電極4として用いた。
【0032】
<参照電極5>
Pt線(φ1mm、長さ55cm)を、底部を薄く加工したアルミナ保護管(外径φ6mm、内径φ4mm、長さ55cm)に挿入し、保護管中に後述する電解質7を0.5g分充填した。なお、この電解質7にはPtOを0.05mol%濃度となるよう添加した。
【0033】
<電解液7>
27.5wt%CaO-27.5wt%SiO-45wt%Alの組成からなる製鉄用高炉スラグの溶融物(溶融スラグ)にCaSを1mol%濃度となるように添加したものを電解液7として用いた。
【0034】
<耐熱性容器8>
アルミナ製るつぼ(容積:75mL)を耐熱性容器8として用いた。
【0035】
<支持体9>
マグネシア製の支持体9を用いた。
【0036】
[電気化学的分離システムの運転]
図1に示すように、アルミナ製るつぼに各電極と電解液を入れて、アルゴンガス雰囲気とし、電気化学分離システムを構築した。この電気化学的分離システムにおいて、使用した溶融Fe-Cu合金は25g、電解液(溶融スラグ)は55gであり、溶融Fe-Cu合金ないし電解液の温度は1500℃に制御した。
この電気化学分離システムにおいてポテンショスタットから電圧を印加し、溶融Fe-Cu合金の電位を参照電極に対して2Vに設定し、1時間、電気化学反応を制御した。
その後、システムを冷却してからFe-Cu合金を取り出した。取り出したFe-Cu合金を斜め上方(カーボン棒を差し込んでいた側がFe-Cu合金の上側とする)から撮影した写真を図2に示す。図2に示す電気化学反応後のFe-Cu合金は、上方からの平面視において、直径が27mmほどの略円形であった。電気化学反応に付す前のFe-Cu合金は全体が均一な薄い赤橙色であったのに対し、電気化学反応後においては、表面に銅が移行していることがわかる(図2において表面に輝いて見えるのはすべて銅が富化された相である)。また、図2に示すFe-Cu合金を割って内部を観察したところ、均一な銀白色をしており、内部から表層に向けて銅が濃縮され、銅と鉄とが分離できていることがわかった。
また、電気化学反応後に冷却した電解液(スラグ)の状態を観察したところ、スラグに黄金色の銅が混じっていることを目視にて確認することができた。
【0037】
以上の結果から、鉄スクラップ溶融物をアノード電極として用いて、アノード反応により鉄スクラップ溶融物中のトランプエレメントと鉄溶融物とを分離できることが裏付けられた。
【符号の説明】
【0038】
1 鉄スクラップ溶融物
2 導電性材(炭素棒)
3 アノード電極(正極)
4 カソード電極(負極)
5 参照電極
6 電気化学装置
7 電解液(溶融スラグ)
8 耐熱性容器
9 支持体
図1
図2