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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-05
(45)【発行日】2024-07-16
(54)【発明の名称】摺動部材及び摺動部材の駆動方法
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/10 20060101AFI20240708BHJP
   F16C 17/02 20060101ALI20240708BHJP
   F16C 9/02 20060101ALI20240708BHJP
【FI】
F16C33/10 Z
F16C17/02 Z
F16C9/02
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021127009
(22)【出願日】2021-08-02
(65)【公開番号】P2023021869
(43)【公開日】2023-02-14
【審査請求日】2023-09-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100159499
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 義典
(74)【代理人】
【識別番号】100120329
【弁理士】
【氏名又は名称】天野 一規
(74)【代理人】
【識別番号】100159581
【弁理士】
【氏名又は名称】藤本 勝誠
(74)【代理人】
【識別番号】100106264
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 耕治
(72)【発明者】
【氏名】松田 真理子
(72)【発明者】
【氏名】高川 優作
(72)【発明者】
【氏名】沖田 圭介
(72)【発明者】
【氏名】白藤 司
(72)【発明者】
【氏名】上田 大
【審査官】松江川 宗
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-161003(JP,A)
【文献】特表2016-532835(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 3/00-9/06,
17/00-17/26,33/00-33/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸径Dが0.18m以上の軸部材と、
上記軸部材の外周面を摺動可能に支持する軸受部材と、
上記軸部材の外周面と上記軸受部材の内周面との間の隙間に供給され、この隙間に油膜を形成する潤滑油と
を備える摺動部材であって、
上記軸部材の外周面の算術平均粗さRaが0.23μm以下であり、かつ上記軸部材の外周面の突出山部高さRpkが0.19μm以下であり、
上記軸受部材の内周面の軸方向における幅をL[m]とした場合に、L/Dで算出される幅径比が1未満であり、
上記油膜の状態を表す下記式1で算出されるパラメータCが、下記式2を基に算出される基準値γ(ε)以上である摺動部材。
【数1】
但し、上記式1において、αは上記軸部材と上記軸受部材との接触率を意味し、ηは上記潤滑油の粘度[Pa・秒]を意味し、Nは上記軸部材を駆動した際の定常駆動時の回転速度[rps]を意味し、Wは上記軸部材の外周面から上記軸受部材の内周面にかかる最大荷重[N]を意味し、cは上記軸部材と上記軸受部材との間の半径隙間[m]を意味し、上記式2のγ(ε)は、偏心率εの関数として表される上記軸部材の外周面及び上記軸受部材の内周面の粗さパラメータであり、εは、上記軸受部材の内周面の算術平均粗さをRa[μm]とし、上記油膜が流体潤滑状態を維持する最小の油膜パラメータの値をΛlimとした場合に、下記式3で算出される値を意味する。
【数2】
【請求項2】
上記軸部材の外周面及び上記軸受部材の内周面の硬度が相違し、上記軸部材の外周面及び上記軸受部材の内周面のうち硬度の高い方の算術平均粗さをRa[μm]とした場合に、上記式3でRa=Ra=Raとする請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
上記接触率αが0.6以上である請求項1又は請求項2に記載の摺動部材。
【請求項4】
上記パラメータCが、下記式4で算出される偏心率εを用いて、上記式2を基に算出される値γ(ε)未満である請求項1、請求項2又は請求項3に記載の摺動部材。
【数3】
【請求項5】
摺動部材の駆動方法であって、
軸径Dが0.18m以上の軸部材と、上記軸部材の外周面を摺動可能に支持する軸受部材と、上記軸部材の外周面と上記軸受部材の内周面との間の隙間に供給され、この隙間に油膜を形成する潤滑油とを備える摺動部材を用いて、上記軸部材を回転させる駆動工程を備え、
上記軸部材の外周面の算術平均粗さRaが0.23μm以下であり、かつ上記軸部材の外周面の突出山部高さRpkが0.19μm以下であり、
上記軸受部材の内周面の軸方向における幅をL[m]とした場合に、L/Dで算出される幅径比が1未満であり、
上記駆動工程の定常駆動時において、上記油膜の状態を表す下記式1で算出されるパラメータCを、下記式2を基に算出される基準値γ(ε)以上に制御する摺動部材の駆動方法。
【数4】
但し、上記式1において、αは上記軸部材と上記軸受部材との接触率を意味し、ηは上記潤滑油の粘度[Pa・秒]を意味し、Nは上記軸部材の回転速度[rps]を意味し、Wは上記軸部材の外周面から上記軸受部材の内周面にかかる最大荷重[N]を意味し、cは上記軸部材と上記軸受部材との間の半径隙間[m]を意味し、上記式2のγ(ε)は、偏心率εの関数として表される上記軸部材の外周面及び上記軸受部材の内周面の粗さパラメータであり、εは、上記軸受部材の内周面の算術平均粗さをRa[μm]とし、上記油膜が流体潤滑状態を維持する最小の油膜パラメータの値をΛlimとした場合に、下記式3で算出される値を意味する。
【数5】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動部材及び摺動部材の駆動方法に関する。
【背景技術】
【0002】
船用の摺動部材は、例えばクランク軸、中間軸、推進軸等の軸部材と、この軸部材を摺動可能に支持するすべり軸受等の軸受部材とを備える。また、軸部材及び軸受部材の間の隙間には、潤滑油が供給されている。この潤滑油は、軸部材と軸受部材との間に油膜を形成することで、両部材の間の摩擦抵抗を抑制する。
【0003】
上述の油膜の厚さが摺動面の表面粗さに比べて十分な場合(流体潤滑状態である場合)、主に油膜の粘度が摩擦抵抗の要因となるため、摩擦抵抗が低く維持されやすい。一方で、油膜の厚さが摺動面の表面粗さに比べて不十分な場合、油膜の粘度に加え、軸部材及び軸受部材の固体接触も摩擦抵抗の要因となり得るため、摩擦抵抗が高まりやすい。また、油膜の厚さが不十分な場合、摺動面で焼き付きが生じやすい。したがって、良好な油膜を形成することによって、摺動面での摩擦損失及び焼き付きを効果的に抑制し得る。
【0004】
摺動部材の摩擦損失を抑制する技術として、例えば特許文献1には、クランクシャフトの摩擦損失を低減するクランク潤滑システムが記載されている。摺動部材の摩擦損失及び焼き付きを抑制する技術として、特許文献2には、潤滑油保持機能を有する回転軸の簡潔な加工方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平8ー121485号公報
【文献】特開平7ー116958号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載されているクランク潤滑システムは、クランクピンの表面粗度が大きいことによって潤滑油の温度が上昇しやすいため、焼き付きを十分に抑制できないおそれがある。
【0007】
船用の大型の摺動部材を製造するに当たっては、機械加工のみで十分な寸法精度を実現することが困難となる場合がある。特に船用のクランク軸を有する摺動部材である場合、クランクピンがジャーナルに対して偏心しているため、機械加工後の摺動面の寸法精度が不十分となりやすい。このため、船用の大型の摺動部材では、仕上げ加工として軸部材の摺動面を手動で研磨することを要しやすい。一方で、特許文献2に記載されている加工方法は、仕上げ加工としてロールバニッシュ加工を要するため、船用の大型の摺動部材に適用できない可能性がある。
【0008】
本発明は、このような事情に基づいてなされたものであり、軸部材と軸受部材との間の摩擦損失及び焼き付きを抑制できる摺動部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するためになされた本発明の一態様に係る摺動部材は、軸径Dが0.18m以上の軸部材と、上記軸部材の外周面を摺動可能に支持する軸受部材と、上記軸部材の外周面と上記軸受部材の内周面との間の隙間に供給され、この隙間に油膜を形成する潤滑油とを備える摺動部材であって、上記軸部材の外周面の算術平均粗さRaが0.23μm以下であり、かつ上記軸部材の外周面の突出山部高さRpkが0.19μm以下であり、上記軸受部材の内周面の軸方向における幅をL[m]とした場合に、L/Dで算出される幅径比が1未満であり、上記油膜の状態を表す下記式1で算出されるパラメータCが、下記式2を基に算出される基準値γ(ε)以上である。
【0010】
【数1】
但し、上記式1において、αは上記軸部材と上記軸受部材との接触率を意味し、ηは上記潤滑油の粘度[Pa・秒]を意味し、Nは上記軸部材の回転速度[rps]を意味し、Wは上記軸部材の外周面から上記軸受部材の内周面にかかる最大荷重[N]を意味し、cは上記軸部材と上記軸受部材との間の半径隙間[m]を意味し、上記式2のγ(ε)は、偏心率εの関数として表される上記軸部材の外周面及び上記軸受部材の内周面の粗さパラメータであり、εは、上記軸受部材の内周面の算術平均粗さをRa[μm]とし、上記油膜が流体潤滑状態を維持する最小の油膜パラメータの値をΛlimとした場合に、下記式3で算出される値を意味する。
【0011】
【数2】
【発明の効果】
【0012】
本発明の一態様に係る摺動部材は、軸部材と軸受部材との間の摩擦損失及び焼き付きを抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、本発明の一実施形態に係る摺動部材における軸部材の中心軸と垂直な切断面を示す模式的断面図である。
図2図2は、本発明の一実施形態に係る摺動部材の駆動方法を示すフロー図である。
図3図3は、軸部材の算術平均粗さと焼き付きの発生した時点における軸部材の回転速度との関係を表すグラフである。
図4図4は、軸部材の突出山部高さと焼き付きの発生した時点における軸部材の回転速度との関係を表すグラフである。
図5図5は、軸部材の算術平均粗さと焼き付きの発生した時点におけるC/γ(ε)との関係を表すグラフである。
図6図6は、軸部材を研磨したサンドペーパーの番手と軸部材の算術平均粗さとの関係を表すグラフである。
図7図7は、軸部材を研磨したサンドペーパーの番手と軸部材の突出山部高さとの関係を表すグラフである。
図8図8は、軸受部材に対する軸部材の硬度比と、摺動試験後における軸受部材及び軸部材の算術平均粗さの差との関係を表すグラフである。
図9図9は、軸受部材に対する軸部材の硬度比と、摺動試験後における軸受部材及び軸部材の突出山部高さの差との関係を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[本発明の実施形態の説明]
最初に本発明の実施態様を列記して説明する。
【0015】
上記課題を解決するためになされた本発明の一態様に係る摺動部材は、軸径Dが0.18m以上の軸部材と、上記軸部材の外周面を摺動可能に支持する軸受部材と、上記軸部材の外周面と上記軸受部材の内周面との間の隙間に供給され、この隙間に油膜を形成する潤滑油とを備える摺動部材であって、上記軸部材の外周面の算術平均粗さRaが0.23μm以下であり、かつ上記軸部材の外周面の突出山部高さRpkが0.19μm以下であり、上記軸受部材の内周面の軸方向における幅をL[m]とした場合に、L/Dで算出される幅径比が1未満であり、上記油膜の状態を表す下記式1で算出されるパラメータCが、下記式2を基に算出される基準値γ(ε)以上である。
【0016】
【数3】
但し、上記式1において、αは上記軸部材と上記軸受部材との接触率を意味し、ηは上記潤滑油の粘度[Pa・秒]を意味し、Nは上記軸部材の回転速度[rps]を意味し、Wは上記軸部材の外周面から上記軸受部材の内周面にかかる最大荷重[N]を意味し、cは上記軸部材と上記軸受部材との間の半径隙間[m]を意味し、上記式2のγ(ε)は、偏心率εの関数として表される上記軸部材の外周面及び上記軸受部材の内周面の粗さパラメータであり、εは、上記軸受部材の内周面の算術平均粗さをRa[μm]とし、上記油膜が流体潤滑状態を維持する最小の油膜パラメータの値をΛlimとした場合に、下記式3で算出される値を意味する。
【0017】
【数4】
【0018】
当該摺動部材は、以下の理由により軸部材と軸受部材との間の摩擦損失及び焼き付きを抑制できる。一般に、軸部材と軸受部材との間の油膜が流体潤滑状態を維持するための条件は、上記幅径比が1未満である場合に、Dubois―Ocvirkの近似式を用いて下記式5で表される。大径の軸部材を有する摺動部材では、寸法精度を高めにくいため軸部材と軸受部材との間の接触率は1未満である。また、機械構造物の設計においては安全率を設定することが一般的である。このため、当該摺動部材は、下記式5の左辺に上記軸部材と上記軸受部材との接触率α(<1)を掛けて求められる上記パラメータCが、下記式5の右辺に安全率3を掛けて求められる上記基準値γ(ε)以上であることによって、上記油膜が流体潤滑状態を維持することが容易となる。また、当該摺動部材は、上記軸部材の算術平均粗さRa及び突出山部高さRpkが一定値以下に制御されているため、上記基準値γ(ε)を小さくできる。このため、例えば、上記最大荷重Wが大きい場合にも、上記パラメータCが上記基準値γ(ε)以上となりやすいため、上記油膜が流体潤滑状態を維持しやすい。また、上記粘度η、上記回転速度N、上記幅L及び上記軸径Dを小さく制御した場合であっても、同様に上記油膜が流体潤滑状態を維持しやすい。したがって、当該摺動部材は摩擦損失及び焼き付きを抑制できる。
【0019】
【数5】
【0020】
さらに、上記油膜が流体潤滑状態にある条件下における上記軸部材と上記軸受部材との間の摩擦係数μは、下記式6で表される。下記式6を参照すると、この摩擦係数μは、上記粘度η、上記回転速度N、上記幅L及び上記軸径Dを小さくすることによって低減される。上述の通り、当該摺動部材は、上記粘度η、上記回転速度N、上記幅L及び上記軸径Dを小さく制御しやすいため、上記油膜が流体潤滑状態にある条件下における摩擦損失を低減しやすい。
【0021】
【数6】
【0022】
上記軸部材の外周面及び上記軸受部材の内周面の硬度が相違し、上記軸部材の外周面及び上記軸受部材の内周面のうち硬度の高い方の算術平均粗さをRa[μm]とした場合に、上記式3でRa=Ra=Raとするとよい。上記軸部材の外周面と上記軸受部材の内周面とが継続的に接触した場合、両面のうち硬度の高い方の表面における微視的な突起が維持されやすい。これに対して、両面のうち硬度の低い方の表面は、両面のうち硬度の高い方の表面に研磨されることで、この表面の表面粗さに近づくものと考えられる。このため、上記軸部材の外周面及び上記軸受部材の内周面のうち硬度の高い方の算術平均粗さRaを用いて上記式3でRa=Ra=Raとすることによって、より容易に上記基準値γ(ε)を算出することができる。
【0023】
上記接触率αが0.6以上であることが好ましい。大径の軸部材を有する摺動部材では、機械加工のみによって軸部材と軸受部材との間の接触率を十分に高めることは困難であり、仕上げ加工として軸部材の外周面を手動で研磨することによって、上記接触率を向上させている。このように上記接触率αを高めることによって、上記軸部材の外周面と上記軸受部材の内周面とが均一に接触しやすい。この結果、上記最大荷重Wが低減されることによって、上記流体潤滑状態を維持しやすい。
【0024】
上記パラメータCが、下記式4で算出される偏心率εを用いて、上記式2を基に算出される値γ(ε)未満であることが好ましい。このように上記パラメータCがγ(ε)未満であることによって、上記軸部材と上記軸受部材との間の摩擦損失を十分に抑制できる。
【0025】
【数7】
【0026】
本発明の他の一態様に係る摺動部材の駆動方法は、軸径Dが0.18m以上の軸部材と、上記軸部材の外周面を摺動可能に支持する軸受部材と、上記軸部材の外周面と上記軸受部材の内周面との間の隙間に供給され、この隙間に油膜を形成する潤滑油とを備える摺動部材を用いて、上記軸部材を回転させる駆動工程を備え、上記軸部材の外周面の算術平均粗さRaが0.23μm以下であり、かつ上記軸部材の外周面の突出山部高さRpkが0.19μm以下であり、上記軸受部材の内周面の軸方向における幅をL[m]とした場合に、L/Dで算出される幅径比が1未満であり、上記駆動工程の定常駆動時において、上記油膜の状態を表す上記式1で算出されるパラメータCを、上記式2を基に算出される基準値γ(ε)以上に制御する。
【0027】
当該摺動部材の駆動方法は、上記駆動工程の定常駆動時において、上記パラメータCを上記基準値γ(ε)以上に制御するため、上記軸部材と上記軸受部材との間の摩擦損失及び焼き付きを抑制できる。
【0028】
なお、本発明において、「軸径」とは軸部材の外周面の直径を意味し、「算術平均粗さ」とはJIS―B0601(2013)に準拠して、低域カットオフ値(λc)2.5mm、高域カットオフ値(λs)0.8μmで測定される値を意味し、「突出山部高さ」とはJIS―B0671―2(2002)に準拠して測定される値を意味し、「軸部材及び軸受部材の接触率」とは潤滑油を供給しない状態で軸部材と軸受部材とを摺動させた際に全摺動面積のうち両部材が固体接触する部分の割合を意味し、「半径隙間」とは軸受部材の半径から軸部材の半径を引いた値を意味し、「流体潤滑状態」とはストライベック曲線を用いて分類される流体潤滑の状態にあることを意味し、「偏心率」とは軸部材に荷重が負荷された場合の軸部材の中心軸と軸受部材の中心軸との偏心量を半径隙間で除した値を意味し、「硬度」とはJIS―Z2244(2009)に準拠して測定されるビッカース硬さを意味し、「定常駆動時」とは軸部材の回転の開始時及び回転の終了時を除き、軸部材の回転が一定に保たれている時点を意味する。
【0029】
本発明において、潤滑油の粘度η[Pa・秒]は、潤滑油の密度ρ[g/cm]及び潤滑油の温度T[K]における動粘度ν(T)[mm/秒]を用いて下記式7によって算出される。潤滑油の密度ρは、温度に依存することが知られているが、後述する温度依存による動粘度νの変化に比べて影響が小さい。このため、本発明では、計算を容易化するため、潤滑油の密度ρは15℃における値で一定とする。
η=ρν(T)×10-3 ・・・7
【0030】
上記式7において、上記動粘度ν(T)は潤滑油の温度Tに依存し、粘度温度特性数mを用いて下記式8で算出される。
【0031】
【数8】
【0032】
上記式8において、上記粘度温度特性数mは、温度T[K]における潤滑油の既知の動粘度ν及び温度T[K](T<T)における潤滑油の既知の動粘度νを用いて、JIS―K2283(2000)の「動粘度及び混合比の推定方法」に示される下記式9で算出される。なお、動粘度ν及び動粘度νとしては、カタログに記載された値等を用いることができる。
m={loglog(ν+0.7)-loglog(ν+0.7)}/(logT-logT)・・・9
【0033】
上記式8において、bは、温度T[K]における潤滑油の既知の動粘度νを用いて、下記式10で算出される。なお、動粘度νとしては、カタログに記載された値等を用いることができる。
b=loglog(μ+k)+mlogT・・・10
【0034】
本発明において、「油膜パラメータ」とは、油膜厚さをh[μm]とした場合に下記式11により算出されるΛの値を意味する。
【0035】
【数9】
【0036】
[本発明の実施形態の詳細]
以下、図面を参照しつつ、本発明の実施の形態を詳説する。
【0037】
[摺動部材]
図1の摺動部材は、軸径Dが0.18m以上の軸部材1と、軸部材1の外周面11を摺動可能に支持する軸受部材2と、潤滑油3とを備える。軸部材1の中心軸Pは水平方向(図1のY方向)に延びている。軸受部材2の内周面21は、軸部材1の外周面11を周方向に沿って取り囲んでいる。潤滑油3は、軸部材1の外周面11と軸受部材2の内周面21との間の隙間に供給されている。また、潤滑油3は油膜31を形成している。このように軸受部材2は、その内周面21が油膜31を介して外周面11に対向して配置されることで、軸部材1を摺動可能に支持している。軸部材1の外周面11の算術平均粗さRaは0.23μm以下であり、かつ軸部材1の外周面11の突出山部高さRpkは0.19μm以下である。また、軸受部材2の内周面21の軸方向(図1のY方向)における幅をL[m]とした場合に、L/Dで算出される幅径比が1未満である。さらに、上記油膜の状態を表す下記式1で算出されるパラメータCが、下記式2を基に算出される基準値γ(ε)以上である。
【0038】
【数10】
【0039】
但し、上記式1において、αは軸部材1と軸受部材2との接触率を意味し、ηは潤滑油3の粘度[Pa・秒]を意味し、Nは軸部材1の回転速度[rps]を意味し、Wは軸部材1の外周面11から軸受部材2の内周面21にかかる最大荷重[N]を意味し、cは軸部材1と軸受部材2との間の半径隙間[m]を意味し、上記式2のγ(ε)は、偏心率εの関数として表される軸部材1の外周面11及び軸受部材2の内周面21の粗さパラメータであり、εは、軸受部材2の内周面の算術平均粗さをRa[μm]とし、油膜31が流体潤滑状態を維持する最小の油膜パラメータの値をΛlimとした場合に、下記式3で算出される値を意味する。なお、軸部材1の外周面11の算術平均粗さRa及び軸受部材2の内周面21の算術平均粗さRaとしては、軸部材1と軸受部材2とが摺動する前の値を用いることができる。上記回転速度Nとしては、軸部材1を駆動した際の定常駆動時の回転速度を適用することができる。Λlimとしては、軸部材1及び軸受部材2の材料特性に応じて2.0以上4.0以下を設定できる。特に、軸部材1の外周面11及び軸受部材2の内周面21の表面粗さがそれぞれ正規分布に従うとみなせる場合、最小の油膜パラメータの値Λlimを、3.0とすることができる。また、Λlimとしては、3.0よりも小さい値でも油膜31が流体潤滑状態を維持できると想定される場合には、例えば2.5とすることもできる。
【0040】
【数11】
【0041】
内周面21は、外周面11から油膜31を介して面圧を受ける。すなわち、内周面21は上記面圧を受ける領域(面圧分布)を有する。面圧分布は、例えば内周面21の軸方向(図1のY方向)に延び、かつ中心軸Pと垂直な切断面においては内周面21に沿って円弧状に形成される。上記面圧分布の範囲及び位置は、軸部材1の回転及び振動の状態によって変動し得る。上記最大荷重Wは、内周面21の上記面圧分布における面圧の合計として算出される。
【0042】
上記パラメータCが、下記式4で算出される偏心率εを用いて、上記式2を基に算出される値γ(ε)未満であることが好ましい。γ(ε)は、軸部材の外周面における算術平均粗さ及び軸受部材の内周面における算術平均粗さがいずれも0.40μmである、標準的な表面粗さを有する摺動部材における偏心率εを基に算出されている。このため、上記パラメータCがγ(ε)未満であることによって、上記パラメータCを小さく制御できる。上記パラメータCを小さく制御することによって、外周面11と内周面21との間の摩擦損失をさらに抑制できる。
【0043】
【数12】
【0044】
上記パラメータCとしては、下記式12で算出される偏心率εを用いて、上記式2を基に算出される値γ(ε)未満がより好ましく、下記式13で算出される偏心率εを用いて、上記式2を基に算出される値γ(ε)未満がさらに好ましい。γ(ε)は、軸部材の外周面における算術平均粗さ及び軸受部材の内周面における算術平均粗さがいずれも0.35μmである摺動部材における偏心率εを基に算出されており、γ(ε)は、軸部材の外周面における算術平均粗さ及び軸受部材の内周面における算術平均粗さがいずれも0.30μmである摺動部材における偏心率εを基に算出されている。
【0045】
【数13】
【0046】
<軸部材>
軸部材1は、軸受部材2に対して周方向に回転する回転体である。軸部材1としては、例えば船に配置される船用のクランク軸、中間軸、推進軸等が挙げられる。軸部材1の材質としては、例えば炭素鋼、低合金鋼、アルミニウム合金等が挙げられる。
【0047】
軸部材1の外周面11には、例えば潤滑膜等のコーティング層は形成されていないことが好ましい。このように外周面11にコーティング層が設けられていないことによって、外周面11と内周面21との間における不純物の混入及びコストの増大を抑制できる。
【0048】
軸部材1の軸径Dの下限としては、上述の通り0.18mであり、0.28mであってもよく、0.33mであってもよく、0.36mであってもよい。軸部材1の軸径Dが上記下限値以上の場合に軸部材1の外周面11等にコーティング層が設けられていると、コーティング層が損傷して不純物が発生するおそれが高い。これに対し、当該摺動部材は、外周面11にコーディング層を設けることを要しないので、上記摺動域における不純物の混入を抑制できる。
【0049】
軸部材1の軸径Dの上限としては、特に限定されるものではないが、例えば1.5mが好ましく、1.3mがより好ましく、1.2mがさらに好ましい。軸部材1の軸径Dが上記上限値を超えると、外周面11と内周面21との間の摩擦損失を十分に抑制できないおそれがある。
【0050】
上記接触率αの下限としては、0.6が好ましく、0.7がより好ましく、0.8がさらに好ましい。軸部材1の軸径Dが上記下限値以上であるような大径の軸部材1にあっては、機械加工のみによって軸部材と軸受部材との間の接触率を十分に高めることは困難である。この場合、仕上げ加工として軸部材における軸受部材との接触部分をサンドペーパー等を用いて手動で研磨することによって、上記接触率αを上記下限以上に向上させることができる。上記接触部分及び上記接触率αを判定する方法としては、例えばストレッチを用いる手法、シェル形状の軸受模範材を用いる手法等が挙げられる。上記ストレッチは軸部材の軸方向に延びる平面を有する。この手法では、上記平面にインクを塗布した後、上記平面を軸部材の外周面に押し付けてインクを転写する。その後、インクの転写部分によって上記接触部分を判定し、インクの転写率によって上記接触率αを判定する。一方で、シェル形状の軸受模範材は、軸部材の外周面を部分的に取り囲む内周面を有する。上記軸受模範材を用いる手法も、上記ストレッチを用いる手法と同様に、上記内周面にインクを塗布した後、上記内周面を軸部材の外周面に押し付けてインクを転写することによって、上記接触部分及び上記接触率αを判定する。上記接触率αが上記下限に満たないと、軸部材1の外周面11と軸受部材2の内周面21とが均一に接触し難くなる可能性がある。この結果、上記最大荷重Wによる外周面11から内周面21への面圧が高まりやすくなるため、油膜31が流体潤滑状態を維持し難くなるおそれがある。
【0051】
軸部材1の外周面11には、以下の手順で算出される複数の粗さ突起頂点が存在していてもよい。まず、JIS―B0601(2013)に準拠してカットオフ値0.25mmで測定される測定長4.0mmの粗さ曲線を基に、粗さ曲線の平均線をJIS―B0601(2013)に準じて設定する。この平均線を基準にこの平均線よりも上部に位置する測定点の高さを正の値とし、この平均線よりも下部に位置する測定点の高さを負の値として定義する。高さが正となるすべての測定点の高さの平均値をThr0とする。次に、粗さ曲線上の各測定点うち、両側に隣接する測定点よりも高く、かつ高さが-Thr0よりも大きい測定点を仮の頂点とする。隣接する仮の頂点の間に位置する測定点のうち高さが最小となる(隣接する仮の頂点からの深さが最大となる)測定点を谷とする。そして、すべての仮の頂点について、仮の頂点と、その仮の頂点の両側に隣接する谷との高低差をそれぞれ求め、この高低差の大きい方の値が0.2×Thr0未満の頂点を除外する。この結果、残った仮の頂点を粗さ突起頂点として求める。
【0052】
軸部材1の外周面11に上記粗さ突起頂点が存在している場合、外周面11における粗さ突起の曲率半径βの下限としては、55μmであってもよく、58μmであってもよい。上述の仕上げ加工として外周面11を手動で研磨すると、粗さ突起の曲率半径βが大きくなりやすい。粗さ突起の曲率半径βが大きいと、外周面11と内周面21との間で焼き付きが発生しやすくなる。当摺動部材は、このような構成においても、上記摺動域における焼き付きを容易に抑制できる。
【0053】
なお、上記「粗さ突起の曲率半径」とは、以下の手順で算出される値を意味する。まず、上記粗さ突起頂点とその粗さ突起頂点の両側に隣接する谷との間に位置する全ての測定点からその粗さ突起頂点に向かって直線を引き、その直線の勾配が最大となる測定点をその粗さ突起の端部と定める。各粗さ突起の両端部間の粗さ曲線を最小2乗法によって近似して得られた2次関数の2次係数をaとし、各粗さ突起の曲率半径を―0.5/aによって求める。上記粗さ曲線上における全ての粗さ突起の曲率半径の中央値を粗さ突起の曲率半径として求める。
【0054】
軸部材1は、上述の仕上げ加工として外周面11を手動で研磨すると、粗さ突起の曲率半径βが大きくなりやすい。また、外周面11の他の粗さ特性についても粗度が増大する傾向にある。この場合、番手の十分大きいサンドペーパーを用いて研磨することによって、軸部材1の外周面11の算術平均粗さRaを0.23μm以下に、かつ外周面11の突出山部高さRpkを0.19μm以下に低減できる。例えば、粗さが200番手以上のサンドペーパーを用いて研磨することによって、算術平均粗さRa及び突出山部高さRpkを上記範囲内にまで低減することができる。上記サンドペーパーの番手としては、500番手超であってもよく、600番手超であってもよい。なお、軸部材1の外周面11の算術平均粗さRa及びこの外周面11の突出山部高さRpkは、上述のサンドペーパーによる研磨後かつ軸部材1と軸受部材2とが摺動する前の値とすることができる。
【0055】
外周面11の算術平均粗さRaの上限としては、上述の通り0.23μmであり、0.16μmが好ましく、0.12μmがより好ましく、0.08μmがさらに好ましい。外周面11の算術平均粗さRaが上記上限を超えると、油膜31が流体潤滑状態を維持することが困難となるおそれがある。外周面11の算術平均粗さRaの下限としては、特に限定されないが、0.01μmとすることができる。なお、外周面11の算術平均粗さRaとしては、軸部材1と軸受部材2とが摺動する前の値を用いることができる。
【0056】
外周面11の突出山部高さRpkの上限としては、上述の通り0.19μmであり、0.18μmが好ましく、0.14μmがより好ましく、0.10μmがさらに好ましい。外周面11の突出山部高さRpkが上記上限を超えると、油膜31が流体潤滑状態を維持することが困難となるおそれがある。外周面11の突出山部高さRpkの下限としては、特に限定されないが、0.01μmとすることができる。なお、外周面11の突出山部高さRpkとしては、軸部材1と軸受部材2とが摺動する前の値を用いることができる。
【0057】
<軸受部材>
軸受部材2としては、例えば船に配置される船用のクランク軸受、中間軸受、推進軸受等が挙げられる。軸受部材2の材質としては、例えばホワイトメタル、アルミニウム合金、トリメタル、ケルメット等が挙げられる。
【0058】
軸受部材2の内周面21には、例えば潤滑膜等のコーティング層は形成されていないことが好ましい。このように内周面21にコーティング層が設けられていないことによって、外周面11と内周面21との間における不純物の混入及びコストの増大を抑制できる。
【0059】
軸受部材2の内周面21の軸方向における幅Lの上限としては、0.350mが好ましく、0.300mがより好ましく、0.220mがさらに好ましい。上記幅Lが上記上限を超えると、外周面11と内周面21との間の摩擦損失を十分に抑制できないおそれがある。逆に上記幅Lの下限としては、軸受部材2の強度を確保する観点から、例えば0.010mとすることができる。
【0060】
L/Dで算出される上記幅径比の上限としては、上述の通り1未満であり、0.8が好ましく、0.6がより好ましく、0.4がさらに好ましい。上記幅径比が上記上限を超えると、上述のパラメータCの算出値と油膜31の状態とが一致し難くなることによって、上記外周面11と内周面21との間の摩擦損失を十分に抑制できないおそれがある。逆に、上記幅径比の下限としては、軸受部材2の強度を確保する観点から、例えば0.1とすることができる。
【0061】
上記半径隙間cの上限としては、特に限定されないが、例えば1.0×10-3mとすることができる。上記半径隙間cの下限としては、上記油膜を形成しやすくする観点から例えば1.0×10-4mとすることができる。
【0062】
外周面11及び内周面21の硬度は相違している。当該摺動部材は、外周面11及び内周面21の硬度が相違しているため、外周面11と内周面21とが接触した場合に、両摺動面のうち硬度の高い方の表面における微視的な突起は維持されやすい。これに対し、外周面11及び内周面21のうち硬度の低い方の表面は、摺動面同士の回転接触によって容易に塑性変形する。このため、外周面11及び内周面21のうち硬度の低い方を、硬度の高い方と実質的に同等の粗さ突起を有する面、又は実質的に粗さ突起のない平滑面とみなすことができる。換言すると、外周面11及び内周面21のうち硬度の高い方の算術平均粗さをRa[μm]とした場合に、上述の式3でRa=Ra=Raに換算してもよく、外周面11及び内周面21のうち硬度の低い方の算術平均粗さを0に換算してもよい。このように外周面11及び内周面21のうち硬度の低い方の摺動面を、硬度の高い方と同等の粗さ突起を有する面、又は粗さ突起のない平滑面とみなすことによって、より容易に上述の式3のεを算出することができる。
【0063】
軸部材1の硬度H[HV]は軸受部材2の硬度H[HV]よりも大きいことが好ましい。一般に、軸受部材2は硬度Hが小さいため、内周面21の表面粗さを機械加工等によって意図的に制御することは困難である。このような場合でも、軸部材1の硬度Hを軸受部材2の硬度Hよりも大きくすることで、軸部材1との摺動に起因して軸受部材2の内周面21を研磨することができる。その結果、軸受部材2の内周面21の表面粗さを低下させ、外周面11と内周面21との間の摩擦抵抗及び焼き付きを抑制しやすい。軸受部材2の硬度Hに対する軸部材1の硬度Hの比(H/H)の下限としては、4.1が好ましく、5.0がより好ましく、6.0がさらに好ましく、8.0が特に好ましい。上記比が上記下限に満たないと、軸部材1の回転によって内周面21の表面粗さを低下させることが困難となるおそれがある。逆に、上記比の上限としては、特に限定されないが、軸部材1及び軸受部材2の材質の選定を容易にする観点等から、例えば20とすることができる。
【0064】
<潤滑油>
潤滑油3としては、例えばパラフィン系ベースオイル等が挙げられる。潤滑油3は、油膜31を形成することによって、外周面11と内周面21との間を流体潤滑状態に維持することを容易にする。
【0065】
潤滑油3の上記粘度ηの上限としては、7.7×10-3Pa・秒が好ましく、6.2×10-3Pa・秒がより好ましい、5.2×10-3Pa・秒がさらに好ましい。上記粘度ηが上記上限を超えると、外周面11と内周面21との間の摩擦損失を十分に抑制できないおそれがある。逆に、上記粘度ηの下限としては、外周面11と内周面21との間の焼き付きを抑制する観点から、例えば1.0×10-3Pa・秒とすることができる。
【0066】
<利点>
当該摺動部材は、油膜31が流体潤滑状態を維持することが容易となるため、外周面11と内周面21との間の摩擦損失及び焼き付きを抑制できる。さらに、当該摺動部材は、上記粘度η、上記回転速度N、上記幅L及び上記軸径Dを小さく制御しやすいため、油膜31が流体潤滑状態である条件において摩擦損失を低減しやすい。
【0067】
[摺動部材の駆動方法]
図2の摺動部材の駆動方法は、図1の摺動部材を用いて、軸部材1を回転させる駆動工程S1を備える。
【0068】
<駆動工程>
駆動工程S1では、軸部材1と軸受部材2との間の隙間に潤滑油3を供給しつつ、軸部材1を回転させる。潤滑油3の供給方法としては、例えば軸受部材2の内周面21に潤滑油3を供給するための供給口を設け、軸部材1及び軸受部材2の間の摺動域において潤滑油3が循環するようにこの供給口から潤滑油3を供給する方法が挙げられる。
【0069】
駆動工程S1の定常駆動時において、油膜31の状態を表す上述の式1で算出されるパラメータCは、上述の式2を基に算出される基準値γ(ε)以上に制御されている。
【0070】
駆動工程S1の定常駆動時において、上記回転速度Nの下限としては、0.30rpsが好ましく、0.56rpsがより好ましい。上記回転速度Nが上記下限に満たないと、油膜31が流体潤滑状態を維持し難くなるおそれがある。上記回転速度Nの上限としては、30rpsが好ましく、20rpsがより好ましい。上記回転速度Nが上記上限を超えると、外周面11と内周面21との間の摩擦損失を十分に抑制できないおそれがある。
【0071】
<利点>
当該摺動部材の駆動方法は、駆動工程S1の定常駆動時において、上記パラメータCを上記基準値γ(ε)以上に制御するため、軸部材1と軸受部材2との間の摩擦損失及び焼き付きを抑制できる。
【0072】
[その他の実施形態]
上記実施形態は、本発明の構成を限定するものではない。したがって、上記実施形態は、本明細書の記載及び技術常識に基づいて上記実施形態各部の構成要素の省略、置換又は追加が可能であり、それらは全て本発明の範囲に属するものと解釈されるべきである。
【0073】
上記実施形態において、軸部材の中心軸は水平方向に延びているが、この軸部材の中心軸は水平方向に対して傾斜していてもよい。
【0074】
上記実施形態において、軸部材の外周面及び軸受部材の内周面の硬度は相違しているが、上記外周面及び上記内周面の硬度は実質的に同一であってもよい。この場合、上述の式3で上記外周面及び上記内周面のそれぞれの算術平均粗さを用いてεを算出するとよい。
【0075】
上記実施形態の駆動工程では、軸部材と軸受部材との間の隙間に潤滑油を供給しつつ、軸部材を回転させているが、軸部材を回転させる前に潤滑油を上記隙間に滴下してもよい。また、軸部材を回転させる前に潤滑油を上記隙間に滴下する場合に、潤滑油を軸部材の回転中に滴下しなくてもよい。
【実施例
【0076】
以下、実施例に基づき本発明を詳述するが、この実施例の記載に基づいて本発明が限定的に解釈されるものではない。
【0077】
本実施例では、焼き付きが発生する条件を調べる焼き付き試験、軸部材の外周面を手動で研磨する研磨試験及び軸部材を回転させる摺動試験を行った。
【0078】
[焼き付き試験]
焼き付き試験では、千穂田精衡(株)製の軸受寿命試験機を用いて、粗度の異なる軸部材を回転させた。軸部材としては、外周面を手動で研磨したものを用いた。また、軸部材の外周面を全周に亘って取り囲む軸受部材の内周面を、上記軸部材に一定荷重で押し付けながら軸部材を回転させた。軸部材の軸径は39.96mm(公差が±0.01mm)であり、軸受部材の内径は40.20mm(公差が+0.025mmから+0.050mm)であり、軸受部材の内周面の軸方向における幅は35.00mmである。軸受部材から軸部材への荷重は10kNとした。軸部材の回転速度は、初期回転速度を3000rpmとし、1分以上10分以下の間隔で段階的に250rpmずつ、最小回転速度250rpmまで減少させた。軸部材の外周面と軸受部材の内周面との間で焼き付きが発生した時点で、軸部材の回転を停止させた。軸部材としてはマンガン鋼を、軸受部材としてはJIS―H5401(1958)で規定されるWJ1のホワイトメタルを用いた。潤滑油としては、ENEOS(株)製の「FBKオイルRO32」を用いた。潤滑油は初期温度70℃で軸部材の外周面及び軸受部材の内周面の間の摺動域に供給し、この摺動域を上記潤滑油で浸漬させつつ上記潤滑油を循環させた。図3に軸部材の外周面の算術平均粗さRaと焼き付きの発生した時点における軸部材の回転速度との関係を、図4に軸部材の外周面の突出山部高さRpkと焼き付きの発生した時点における軸部材の回転速度との関係を示す。さらに、図5に軸部材の算術平均粗さと焼き付きの発生した時点におけるC/γ(ε)との関係を表す。図3図4及び図5において、白丸は焼き付きが発生しなかったことを、黒丸は焼き付きが発生したことを意味する。また、図5のCは、軸受部材の内周面にかかる荷重Wを1.0×10N、接触率αを1、軸部材の回転速度Nを軸部材の回転を停止させた時点の回転数として上述の式1によって算出し、図5のγ(ε)は、軸受部材の内周面の算術平均粗さが軸部材の外周面の算術平均粗さと一致しているものとみなし、かつΛlimを2.5として上述の式3によって算出されるεを基に上述の式2によって算出した。上記接触率αは、試験用に軸径の非常に小さい軸部材を用いていることを考慮し、1とみなしている。なお、軸部材の外周面及び軸受部材の内周面における算術平均粗さRa及び突出山部高さRpkは、(株)ミツトヨ製の小型表面粗さ測定機(「SJ-310」)を用いて測定した。
【0079】
図3に示す通り、軸部材の算術平均粗さRaが0.23μm以下に制御されていると、焼き付きが発生にくい。また、図4に示す通り、軸部材の突出山部高さRpkが0.19μm以下に制御されていると、焼き付きが発生にくい。したがって、軸部材の算術平均粗さRaが0.23μm以下にかつ軸部材の突出山部高さRpkが0.19μm以下に制御されていることによって、摺動面が流体潤滑状態を維持しやすいものと考えられる。
【0080】
また、図5に示す通り、C/γ(ε)が1未満の場合に焼き付きが発生しやすい。このため、上述の式1で算出されるパラメータCが上述の式2で算出される基準値γ(ε)以上を満たしていることによって、焼き付きをより抑制しやすいものと考えられる。
【0081】
[研磨試験]
研磨試験では、軸部材の外周面を、サンドペーパーを用いて研磨した。軸部材の材質は、JIS―G4051(2016)で規定されるS45C相当の鋼材とした。研磨部分における軸部材の軸径は600mmとした。研磨はサンドペーパーの番手を除々に大きくしながら繰り返し行った。サンドペーパーの番手ごとに、研磨後の上記外周面における算術平均粗さRa及び突出山部高さRpkを、(株)ミツトヨ製小型表面粗さ測定機(「SJ-310」)を用いて測定した。この測定では、上記外周面の周方向に沿って90deg間隔で4つの周方向位置を決め、これらの周方向位置ごとに軸方向に位置の異なる2つの測定箇所で上記外周面における算術平均粗さRa及び突出山部高さRpkを測定した。また、上記測定箇所における評価長さを4mmとした。図6に算術平均粗さRaの測定結果を、図7に突出山部高さRpkの測定結果を示す。ただし、図6及び図7におけるプロットは平均値を、エラーバーは平均値に対する誤差範囲を示している。
【0082】
図6に示すように、サンドペーパーの番手の大きさが200番手以上になると、算術平均粗さRaが0.23μm以下の範囲に低減されている。また、図7に示すように、サンドペーパーの番手の大きさが200番手以上になると、軸部材の外周面の突出山部高さRpkが0.19μm以下の範囲に低減されやすい。さらに、サンドペーパーの番手の大きさが500番手超になると、軸部材の外周面の突出山部高さRpkが0.19μm以下の範囲に低減されている。したがって、サンドペーパーの番手の大きさを200番手以上にすることによって、軸部材の外周面の粗度を上述の焼き付き試験における焼き付きの発生しにくい範囲に制御できる。
【0083】
[摺動試験]
摺動試験では、装置A(千穂田精衡(株)製の摩擦摩耗試験機)、装置B(千穂田精衡(株)製の軸受寿命試験機)及び装置C(神鋼造機(株)製の摩擦摩耗試験機)を用いて、下記のNo.1からNo.20の条件で軸部材を回転させた。軸部材としては、外周面を手動で研磨したものを用いた。装置Aでは、平板上の軸受部材を上記軸部材に一定荷重で押し付けながら軸部材を回転させた。装置B及び装置Cでは、軸部材の外周面を全周に亘って取り囲む軸受部材の内周面を、上記軸部材に一定荷重で押し付けながら軸部材を回転させた。装置Bは、上述の焼き付き試験で用いた軸受寿命試験機と同一である。また、No.1からNo.20のそれぞれについて、軸部材及び軸部材の硬度、並びに軸部材及び軸部材の摺動試験前後の算術平均粗さ及び突出山部高さを測定した。表1にNo.1からNo.20における測定結果を示す。ただし、表1において、Ra1Aは軸部材の摺動試験前の算術平均粗さを意味し、Ra1Bは軸部材の摺動試験後の算術平均粗さを意味し、Ra2Aは軸受部材の摺動試験前の算術平均粗さを意味し、Ra2Bは軸受部材の摺動試験後の算術平均粗さを意味する。また、表1において、Rpk1Aは軸部材の摺動試験前の突出山部高さを意味し、Rpk1Bは軸部材の摺動試験後の突出山部高さを意味し、Rpk2Aは軸受部材の摺動試験前の突出山部高さを意味し、Rpk2Bは軸受部材の摺動試験後の突出山部高さを意味する。なお、この摺動試験において、硬度は、軸部材については(株)フューチュアテック製のビッカース硬度計(「FV-310」)を用いて、軸受部材については(株)明石製作所製のビッカース硬度計(「MVK-E」)を用いて測定した。また、算術平均粗さ及び突出山部高さは、(株)ミツトヨ製の小型表面粗さ測定機(「SJ-310」)を用いて測定した。また、算術平均粗さ及び突出山部高さの測定においては、評価長さを4mmとした。
【0084】
(No.1からNo.3)
No.1からNo.3では、軸受部材から軸部材への荷重を10kNとした。軸部材の回転速度は、初期回転速度を3000rpmとし、10分間間隔で段階的に250rpmずつ、最小回転速度250rpmまで減少させた。軸部材としてはマンガン鋼を、軸受部材としてはJIS―H5401(1958)で規定されるWJ1のホワイトメタルを用いた。潤滑油としては、ENEOS(株)製の「FBKオイルRO32」を用いた。潤滑油は初期温度70℃で軸部材の外周面及び軸受部材の内周面の間の摺動域に供給し、この摺動域を上記潤滑油で浸漬させつつ上記潤滑油を循環させた。
【0085】
(No.4からNo.12)
No.4からNo.12では、軸部材の回転速度を3500rpmで一定とした。軸受部材から軸部材への荷重は、初期荷重を0kNとし、5分間間隔で段階的に0.5kNずつ、最大20kNまで増大させた。軸部材としてはマンガン鋼を、軸受部材としてはJIS―H5401(1958)で規定されるWJ1相当のホワイトメタルを用いた。潤滑油としては、ENEOS(株)製の「FBKオイルRO32」を用いた。潤滑油は初期温度70℃で軸部材の外周面及び軸受部材の内周面の間の摺動域に供給し、この摺動域を循環させた。
【0086】
(No.13)
No.13では、軸部材の回転速度を、400rpmとした。軸受部材から軸部材への荷重は、初期荷重を0kNとし、1分間間隔で段階的に0.1kNずつ1kNまで増大させた。軸部材としてはJIS―G4051(2016)で規定されるS45Cの鋼材を、軸受部材としてはJIS―H5401(1958)で規定されるWJ2のホワイトメタルを用いた。潤滑油としては、ENEOS(株)製の「FBKオイルRO32」を用いた。潤滑油は軸部材の外周面及び軸受部材の内周面の間の摺動域に室温で供給し、この摺動域を循環させた。
【0087】
(No.14及びNo.17)
No.14及びNo.17では、軸部材の回転速度を50rpm、軸受部材から軸部材への荷重を1kNとして一定に保ち、軸部材を240分間回転させた。No.14及びNo.17では、軸部材の回転速度、荷重及び回転時間以外は、No.13と同様の構成及び同様の駆動条件とした。
【0088】
(No.15及びNo.18)
No.15及びNo.18では、軸部材の回転速度を100rpm、軸受部材から軸部材への荷重を1kNとして一定に保ち、軸部材を240分間回転させた。また、潤滑油は軸部材の外周面及び軸受部材の内周面の間の摺動域に、摺動試験の開始時に室温で一度滴下したのみとした。No.15及びNo.18では、軸部材の回転速度、荷重、回転時間及び潤滑油の供給方法以外は、No.13と同様の構成及び同様の駆動条件とした。
【0089】
(No.16)
No.16では、軸部材の回転速度を、400rpmとした。No.16では、軸部材の回転速度以外は、No.13と同様の構成及び同様の駆動条件とした。
【0090】
(No.19及びNo.20)
No.19及びNo.20では、軸部材としてニッケルクロムモリブデン合金鋼を用いたこと以外は、No.1からNo.3と同様の構成とした。また、No.19及びNo.20では、軸部材の回転速度を1分間間隔で減少させた以外は、No.1からNo.3と同様の駆動条件とした。
【0091】
【表1】
【0092】
表1に示す通り、軸部材の算術平均粗さ及び突出山部高さは摺動試験の前後で大きく変化していない。一方で、軸受部材の算術平均粗さ及び突出山部高さは摺動試験後に低減される傾向があった。
【0093】
No.1からNo.20について、軸受部材の硬度H[HV]に対する軸部材の硬度H[HV]の比(H/H)を横軸とし、摺動試験後における算術平均粗さの差Ra2B―Ra1Bを縦軸としたグラフを図8に示す。また、H/Hを横軸とし、突出山部高さの差Rpk2B―Rpk1Bを縦軸としたグラフを図9に示す。また、図8及び図9におけるプロットは平均値を、エラーバーは平均値に対する誤差範囲を意味する。なお、No.13からNo.15については、H/Hの値の平均値をとり、H/Hの値が5.2のデータとして示している。
【0094】
図8及び図9から、硬度比H/Hが4.1以上になると、算術平均粗さの差Ra2B―Ra1B及び突出山部高さの差Rpk2B―Rpk1Bが0に近づく傾向を示すことが分かる。このことから硬度比H/Hを4.1以上とすることで、軸受部材が研磨され、その結果、軸受部材の算術平均粗さ及び突出山部高さがそれぞれ軸部材の算術平均粗さ及び突出山部高さに近づくことがわかる。
【0095】
さらに、以下では、軸部材の外周面及び軸受部材の内周面の算術平均粗さを低減することによって、摩擦損失を低減し得ることを示す。表2では、No.21からNo.32の摺動条件を仮定した。表2において、No.21、No.27及びNo.30の摺動条件が、従来の摺動部材と同等である。表2では、さらにそれぞれの摺動条件について偏心率ε、偏心率ε、基準値γ(ε)に対するパラメータCの比、γ(ε)に対するパラメータCの比、限界油膜厚さhlim[μm]、摩擦係数μを算出した値を示している。ここで、パラメータCは上述の式1によって、偏心率εは上述の式3によって、偏心率εは上述の式4によって、基準値γ(ε)及びγ(ε)は上述の式2に偏心率ε及び偏心率εを適用することによって、限界油膜厚さhlimは下記式14によって、摩擦係数μは上述の式6によって算出した。なお、ε及びεを上述の式3及び上述の式4によって算出する際は油膜パラメータΛlimを3.0とした。また、「限界油膜厚さ」とは油膜が流体潤滑状態を維持できる最小の油膜厚さを意味する。
【0096】
【数14】
【0097】
【表2】
【0098】
(No.21からNo.26)
表2に示す通り、No.21からNo.26は、いずれも軸径Dが0.90mである。No.22は従来の摺動部材(No.21)よりも回転速度Nを小さく制御しているが、軸部材の外周面及び軸受部材の内周面の算術平均粗さがいずれもNo.21と同等の0.40μmである。これにより、No.22はC/γ(ε)が1未満であるため、流体潤滑状態を維持できないおそれがある。一方で、軸部材の外周面及び軸受部材の内周面の算術平均粗さがいずれも従来の摺動部材(No.21)よりも低減されたNo.23からNo.26は、C/γ(ε)が1以上を満たしている。これにより、No.23からNo.26は流体潤滑状態を維持できる可能性が高い。また、No.23については回転速度を小さくすることによって、No.24からNo.26については軸受部材の内周面の軸方向における幅L(軸受幅L)を小さく、かつ接触率αを大きくすることによっていずれもC/γ(ε)が1未満である。これにより、No.23からNo.26はNo.21よりも摩擦係数が低減されている。
【0099】
(No.27からNo.29)
表2に示す通り、No.27からNo.29は、いずれも軸受幅Lが0.200mである。No.28は従来の摺動部材(No.27)よりも軸径D及び潤滑油の粘度ηを小さく制御しているが、軸部材の外周面及び軸受部材の内周面の算術平均粗さがいずれもNo.27と同等の0.40μmである。これにより、No.28はC/γ(ε)が1未満であるため、流体潤滑状態を維持できないおそれがある。一方で、軸部材の外周面及び軸受部材の内周面の算術平均粗さがいずれもNo.27よりも低減されたNo.29は、C/γ(ε)が1以上を満たしている。これにより、No.29は流体潤滑状態を維持できる可能性が高い。また、No.29は軸径D及び潤滑油の粘度ηを小さくすることによってC/γ(ε)が1未満である。これにより、No.29はNo.27よりも摩擦係数が低減されている。
【0100】
(No.30からNo.32)
表2に示す通り、No.30からNo.32は、いずれも軸径Dが0.18mである。No.31は従来の摺動部材(No.30)よりも軸受幅Lを小さく制御しているが、軸部材の外周面及び軸受部材の内周面の算術平均粗さがいずれもNo.30と同等の0.40μmである。これにより、No.31はC/γ(ε)が1未満であるため、流体潤滑状態を維持できないおそれがある。一方で、軸部材の外周面及び軸受部材の内周面の算術平均粗さがいずれもNo.30よりも低減されたNo.32は、C/γ(ε)が1以上を満たしている。これにより、No.32は流体潤滑状態を維持できる可能性が高い。また、No.32はNo.30よりも軸受幅Lを小さくすることによってC/γ(ε)が1未満である。これにより、No.32はNo.30よりも摩擦係数が低減されている。
【0101】
No.21からNo.26の比較、No.27からNo.29の比較及びNo.30からNo.32の比較から、γ(ε)≦C<γ(ε)を満たす摺動部材は、流体潤滑状態を維持しつつ、従来の摺動部材に比べて摩擦損失を抑制し得る。
【産業上の利用可能性】
【0102】
本発明の一態様に係る摺動部材は、軸部材及び軸受部材の間の摩擦抵抗及び焼き付きを抑制できるため、例えば船用の摺動部材に適用できる。
【符号の説明】
【0103】
1 軸部材
11 外周面
2 軸受部材
21 内周面
3 潤滑油
31 油膜
D 軸径
P 中心軸
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9