(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-08
(45)【発行日】2024-07-17
(54)【発明の名称】燃料電池用触媒粉及び触媒インク
(51)【国際特許分類】
H01M 4/86 20060101AFI20240709BHJP
H01M 4/88 20060101ALI20240709BHJP
B01J 23/42 20060101ALI20240709BHJP
H01M 8/10 20160101ALN20240709BHJP
【FI】
H01M4/86 M
H01M4/88 K
B01J23/42 M
H01M4/86 B
H01M8/10 101
(21)【出願番号】P 2020077684
(22)【出願日】2020-04-24
【審査請求日】2023-01-31
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】吉宗 航
(72)【発明者】
【氏名】原田 雅史
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-172098(JP,A)
【文献】特開2006-049244(JP,A)
【文献】特開2006-344553(JP,A)
【文献】特開2012-069276(JP,A)
【文献】国際公開第2011/114783(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/86
H01M 4/88
B01J 23/42
H01M 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の構成を備えた燃料電池用触媒粉。
(1)前記燃料電池用触媒粉は、
導電性材料からなる担体と、
前記担体の表面に担持された触媒粒子と、
前記担体の表面に形成されたシランカップリング剤に由来する被膜と
を備えている。
(2)前記被膜は、末端官能基としてアミノ基を含む。
(3)前記燃料電池用触媒粉に含まれる前記シランカップリング剤の自己縮合物の含有量は、20mass%以下である。
但し、前記「自己縮合物の含有量(mass%)」とは、前記燃料電池用触媒粉の総質量(W
A)に対する、前記自己縮合物の質量(W
B)の割合(=W
B×100/W
A)をいう。
【請求項2】
前記シランカップリング剤は、アミノアルキルシランである請求項1に記載の燃料電池用触媒粉。
【請求項3】
以下の構成を備えた触媒インク。
(1)前記触媒インクは、
前記触媒インク中において正に帯電する触媒粉と、
前記触媒インク中において負に帯電するアイオノマと、
前記触媒粉及び前記アイオノマを分散させるための溶媒と
を備えている。
(2)前記溶媒は、50mass%以上90mass%以下の水を含み、残部が水と相溶性のある有機溶媒及び不可避的不純物からなる。
(3)前記触媒インクは、
固形分濃度(x)が5mass%以上34mass%以下であり、
せん断速度:100s
-1での粘度(y)が100mPa・s以下である。
但し、前記「固形分濃度(x)」とは、(W
c+W
i)×100/W
total(但し、W
cは前記触媒粉の質量、W
iは前記アイオノマの質量、W
totalは前記触媒インクの全質量)で表される値をいう。
(4)前記触媒粉は、請求項1又は2に記載の燃料電池用触媒粉からなる。
【請求項4】
y≦0.17x
2-1.2xの関係式をさらに満たす請求項3に記載の触媒インク。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池用触媒粉及び触媒インクに関し、さらに詳しくは、低粘度かつ高固形分濃度の触媒インクを製造することが可能な燃料電池用触媒粉、及び、これを用いた触媒インクに関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池は、固体高分子電解質膜の両面に電極(触媒層)が接合された膜電極接合体(MEA)を基本単位とする。また、固体高分子形燃料電池において、触媒層の外側には、一般に、ガス拡散層が配置される。ガス拡散層は、触媒層に反応ガス及び電子を供給するためのものであり、カーボンペーパー、カーボンクロス等が用いられる。また、触媒層は、電極反応の反応場となる部分であり、一般に、白金等の電極触媒を担持したカーボンと固体高分子電解質(触媒層アイオノマ)との複合体からなる。
【0003】
固体高分子形燃料電池に用いられる触媒層は、一般に、
(a)電極触媒及びアイオノマを含み、固形分濃度が約10%の触媒インクを作製し、
(b)種々の方法を用いて、触媒インクを基材表面に塗布し、塗膜中の溶媒を揮発させることにより基材表面に触媒層を形成し、
(c)基材表面の触媒層を電解質膜に転写する
ことにより製造されている。
また、基材の代わりに固体高分子電解質膜に触媒インクを直接塗布する方法もある。
【0004】
基材表面への触媒インクの塗布方法としては、例えば、スプレー法、ドクターブレードやアプリケーターを用いたブレードコート法、ダイコート法、リバースロールコータ法、間欠ダイ塗工法などが知られている。いずれの方法を用いる場合であっても、触媒インクの性状は、触媒層の健全性や生産性に影響を与える。
【0005】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、電極触媒及びアイオノマを含む分散液を乾燥させ、乾燥粉を熱処理することにより得られるアイオノマコート触媒が開示されている。
同文献には、
(A)分散液の水比率を0.8以上とし、かつ、乾燥粉の熱処理温度を130℃以上200℃以下とすると、電極触媒表面にアイオノマが強固に吸着したアイオノマコート触媒が得られる点、及び、
(B)このようなアイオノマコート触媒を用いると、低粘度、かつ、高固形分濃度の触媒インクを製造することが可能となる点
が記載されている。
【0006】
特許文献2には、触媒インクの性状の改善を目的とするものではないが、
(a)2-(トリデカフルオロヘキシル)エチルトリエトキシシランを用いてスルホン化ピッチの表面にフルオロアルキル基を導入し、
(b)フルオロアルキル基が導入されたスルホン化ピッチと、PVDFとを含む分散液をポリプロピレンシートに塗布し、溶媒を除去する
ことにより得られる水素イオン伝導性複合体膜が開示されている。
同文献には、
(A)PVDFは疎水性であるのに対し、スルホン化ピッチは親水性であるために、PVDFとスルホン化ピッチとを複合化させると、相分離が起きやすい点、及び、
(B)スルホン化ピッチの表面にフルオロアルキル基を導入すると、PVDFに対する親和性及び分散性が向上し、PVDFとスルホン化ピッチの相分離が抑制される点
が記載されている。
【0007】
さらに、特許文献3には、触媒インクの性状の改善を目的とするものではないが、
(a)エチルトリエトキシシランを溶解させたジクロロメタン溶液にカーボンブラックを投入し、減圧状態下で加熱することによりカーボン担体の表面にエチルトリエトキシシランを付与し、
(b)エチルトリエトキシシランが付与されたカーボンブラックの表面にPtRu粒子を担持させる
ことにより得られる電極触媒が開示されている。
同文献には、
(A)未処理のカーボンブラックの表面にPtRu粒子を担持させた場合、金属活性表面積が67m2/gとなる点、及び、
(B)エチルトリエトキシシランで処理したカーボンブラックの表面にPtRu粒子を担持させた場合、金属活性表面積が135m2/gとなる点
が記載されている。
【0008】
燃料電池車を普及させるためには、燃料電池のさらなる量産化が必要である。量産性を向上させるためには、ライン搬送のスピードを上げる必要がある。しかし、触媒層を製造する工程は、触媒インクに含まれる溶媒を揮発させる工程を含んでいるため、単にライン搬送のスピードを上げると、触媒インクを乾燥させるための炉長が伸びてしまい、設備コストとエネルギーコストが増加する。そこで、触媒インクの乾燥コストを低減するために、触媒インクの高固形分濃度化が望まれる。しかしながら、単に触媒インクの固形分濃度を高くすると、触媒インクの粘度が高くなり、触媒インクの塗工が困難となる。
【0009】
この問題を解決するために、特許文献1には、熱処理によりアイオノマを触媒粉の表面に吸着させる方法が提案されている。この方法を用いると、触媒インクの粘度を増大させることなく、触媒インクの固形分濃度を高くすることができる。
しかしながら、熱処理により得られたアイオノマコート触媒を溶媒に分散させると、アイオノマの一部が溶媒中に再溶出する。アイオノマの再溶出は、触媒インクの粘度を増大させる原因となる。そのため、特許文献1に記載の方法では、触媒インクの高固形分濃度化に限界があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2018-152333号公報
【文献】特開2011-023185号公報
【文献】特開2006-344553号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、低粘度かつ高固形分濃度の触媒インクを製造することが可能な燃料電池用触媒粉を提供することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、このような燃料電池触媒粉を用いた触媒インクを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために本発明に係る燃料電池用触媒粉は、以下の構成を備えている。
(1)前記燃料電池用触媒粉は、
導電性材料からなる担体と、
前記担体の表面に担持された触媒粒子と、
前記担体の表面に形成されたシランカップリング剤に由来する被膜と
を備えている。
(2)前記被膜は、末端官能基としてアミノ基を含む。
(3)前記燃料電池用触媒粉に含まれる前記シランカップリング剤の自己縮合物の含有量は、20mass%以下である。
【0013】
本発明に係る触媒インクは、以下の構成を備えている。
(1)前記触媒インクは、
前記触媒インク中において正に帯電する触媒粉と、
前記触媒インク中において負に帯電するアイオノマと、
前記触媒粉及び前記アイオノマを分散させるための溶媒と
を備えている。
(2)前記溶媒は、50mass%以上90mass%以下の水を含み、残部が水と相溶性のある有機溶媒及び不可避的不純物からなる。
【発明の効果】
【0014】
担体表面がアミノ基を含むシランカップリング剤で修飾された触媒粉は、高比誘電率の溶媒中において正に帯電する。一方、パーフルオロカーボンスルホン酸ポリマのような酸基を持つアイオノマは、高比誘電率の溶媒中において負に帯電する。そのため、このような触媒粉とアイオノマとを高比誘電率の溶媒中に分散させると、静電引力により触媒粉の表面がアイオノマでコートされた状態となり、溶媒中に遊離しているアイオノマの体積分率が低下する。その結果、触媒インクの粘度を増加させることなく、触媒インクの固形分濃度を増加させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】触媒インク中に分散している触媒粉の模式図である。
【
図2】カーボン/アイオノマ界面構造の模式図である。
【
図4】非吸着アイオノマ濃度の評価治具の模式図である。
【
図5】
図5(A)は、実施例1で得られた触媒粉の光学顕微鏡像である。
図5(B)は、比較例6で得られた触媒粉の光学顕微鏡像である。
【
図6】実施例1及び比較例1で得られた触媒インクの固形分濃度とせん断粘度との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 燃料電池用触媒粉]
本発明に係る燃料電池用触媒粉は、
導電性材料からなる担体と、
前記担体の表面に担持された触媒粒子と、
前記担体の表面に形成されたシランカップリング剤に由来する被膜と
を備えている。
【0017】
[1.1. 担体]
担体は、その表面に触媒粒子を担持するためのものである。触媒粒子表面において電極反応を進行させるためには、触媒粒子と外部負荷との間で電子の授受を行う必要がある。そのため、担体は、導電性材料である必要がある。
また、本発明において、担体表面は、シランカップリング剤により修飾される。そのため、担体は、表面にシランカップリング剤と反応することが可能な官能基(以下、これを「親水性基」ともいう)を持つもの、又は、表面に親水性基を導入可能なものである必要がある。親水性基としては、例えば、OH基、COOH基などがある。
【0018】
本発明において、担体の材料は、上述した条件を満たす限りにおいて特に限定されない。担体としては、例えば、
(a)カーボンブラック、カーボンナノチューブ、カーボンナノホーン、活性炭、天然黒鉛、メソカーボンマイクロビーズ、ガラス状炭素粉末などのカーボン担体、
(b)酸化インジウム、酸化スズ、酸化チタンなどを基体とした導電性酸化物、
などがある。
【0019】
[1.2. 触媒粒子]
担体の表面には、触媒粒子が担持される。本発明において、触媒粒子の材料は、特に限定されない。触媒粒子としては、
(a)貴金属(Pt、Au、Ag、Pd、Rh、Ir、Ru、Os)、
(b)2種以上の貴金属元素を含む合金、
(c)1種又は2種以上の貴金属元素と、1種又は2種以上の卑金属元素(例えば、Fe、Co、Ni、Cr、V、Tiなど)とを含む合金、
などがある。
【0020】
これらの中でも、触媒粒子は、Pt又はPt合金が好ましい。これは、燃料電池の電極反応に対して高い活性を有するためである。
Pt合金としては、例えば、Pt-Fe合金、Pt-Co合金、Pt-Ni合金、Pt-Pd合金、Pt-Cr合金、Pt-V合金、Pt-Ti合金、Pt-Ru合金、Pt-Ir合金などがある。
【0021】
[1.3. 被膜]
「被膜」とは、担体の表面に形成されたシランカップリング剤に由来する膜をいう。換言すれば、「被膜」とは、担体表面の親水性基と、シランカップリング剤のアルコキシ基とが縮合することにより形成された膜をいう。シランカップリング剤と担体とは、シラノール結合(-Si-O-)を介して結合している。
【0022】
[1.3.1. シランカップリング剤]
シランカップリング剤は、一般式:R4-nSi(-OR")nで表される。但し、Rは疎水性基、-OR"はアルコキシ基、nは1以上3以下の整数である。また、Si原子に2個以上の疎水性基(R)が結合している場合、各Rは同一であっても良く、あるいは、互いに異なっていても良い。
また、Si原子に2個以上の-OR"が結合している場合、シランカップリング剤は、1個の-Si-O-結合を介して担体と結合していても良く、あるいは、2個以上の-Si-O-結合を介して結合していても良い。
【0023】
本発明において、被膜は、触媒インク中において触媒粉の表面を正に帯電させる機能を持つ。そのためには、被膜を形成するためのシランカップリング剤は、疎水性基の末端官能基としてアミノ基を含んでいる必要がある。
シランカップリング剤が2個以上の疎水性基を持つ場合、少なくとも1つの疎水性基の末端官能基がアミノ基であれば良い。
【0024】
本発明において、担体の表面を修飾するためのシランカップリング剤の種類は、上述した条件を満たすものである限りにおいて、特に限定されない。
シランカップリング剤としては、例えば、アミノアルキルシランなどがある。
また、アミノアルキルシランとしては、例えば、3-アミノプロピルジメトキシメチルシラン、3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-アミノプロピルジエトキシメチルシラン、3-(2-アミノエチルアミノ)プロピルジメトキシメチルシラン、[2-(6-アミノヘキシルアミノ)プロピル]トリメトキシシランなどがある。
【0025】
[1.3.2. 自己縮合物の含有量]
「自己縮合物」とは、シランカップリング剤のアルコキシ基同士が縮合することにより得られる化合物をいう。
「自己縮合物の含有量(mass%)」とは、触媒粉の総質量(WA)に対する、自己縮合物の質量(WB)の割合(=WB×100/WA)をいう。
【0026】
担体とシランカップリング剤とを反応させる場合、通常、シランカップリング剤のすべてが担体の表面修飾に消費されることはなく、その一部は自己縮合する。自己縮合物は、触媒インクの低粘度化及び高固形分濃度化にはほとんど寄与しないので、自己縮合物の含有量は少ないほど良い。後述する方法を用いると、自己縮合物の含有量は、20mass%以下となる。製造条件を最適化すると、自己縮合物の含有量は、15mass%以下、あるいは、10mass%以下となる。
【0027】
[1.3.3. 被膜の含有量]
「被膜の含有量(mass%)」とは、担体及び担体表面を修飾するシランカップリング剤の総質量(WC)に対する、担体表面を修飾するシランカップリング剤の質量(WD)の割合(=WD×100/WC)をいう。
【0028】
本発明において、被膜の含有量は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な含有量を選択することができる。一般に、被膜の含有量が少なくなりすぎると、担体表面の正電荷の量が過度に少なくなる。そのため、これを用いて触媒インクを作製した時に、触媒インク中に遊離しているアイオノマ(非吸着アイオノマ)が増大し、触媒インクの粘度が増大する。一方、被膜の含有量が多くなりすぎると、担体の電子伝導性が低下する。
最適な被膜の含有量は、シランカップリング剤の種類により異なる。被膜の含有量は、通常、1mass%~15mass%程度、好ましくは、5mass%~10mass%である。
【0029】
[2. 触媒粉の製造方法]
本発明に係る触媒粉は、
(a)表面に親水性基を備えた担体を準備し、
(b)シランカップリング剤を含むエタノール溶液に担体を添加し、シランカップリング剤を加水分解及び縮重合させる
ことにより得られる。
【0030】
[2.1. 第1工程]
まず、表面に親水性基を備えた担体を準備する(第1工程)。
担体が既に親水性基を備えている場合、そのまま次工程に供すれば良い。一方、担体が親水性基を備えてない場合、担体表面に親水性基を導入する。
本発明において、担体表面に親水性基を導入する方法は、特に限定されない。親水性基を導入する方法としては、例えば、
(a)酸素プラズマやオゾンによる酸化処理、
(b)硝酸、硫酸、過酸化水素による液相酸化処理、
(c)電解酸化処理、
などがある。
【0031】
[2.2. 第2工程]
次に、シランカップリング剤を含むエタノール溶液に担体を添加し、シランカップリング剤を加水分解及び縮重合させる(第2工程)。これにより、担体表面の親水性基とシランカップリング剤のアルコキシ基とが縮合し、担体の表面に、シランカップリング剤に由来する被膜が形成される。
【0032】
被膜は、具体的には、以下のようにして形成される。すなわち、シランカップリング剤を含むエタノール溶液にイオン交換水を滴下すると、アルコキシ基が加水分解し、シランカップリング剤がシラノール化する。次の式(1)に、シランカップリング剤がR-Si(OCH3)3である場合の加水分解反応の一例を示す。
R-Si(OCH3)3+3H2O → R-Si(OH)3+3CH3OH …(1)
【0033】
次に、シランカップリング剤のシラノール基(-Si-OH)と、担体の表面にある親水性基(例えば、ヒドロキシ基、カルボキシル基)とが縮合する。次の式(2)に、担体がR'-OHである場合の縮合反応の一例を示す。
R-Si(OH)3+3R'-OH → R-Si-(OR')3+3H2O …(2)
【0034】
なお、シランカップリング剤を含むエタノール溶液にイオン交換水を滴下すると、上述した式(1)及び式(2)の反応以外に、次の式(3)で表される反応(自己縮合)が起こる場合がある。自己縮合物は、触媒インクの低粘度化及び高固形分濃度化にはほとんど寄与しないので、自己縮合を抑制するのが好ましい。このような自己縮合は、溶液中のpHを調整することにより抑制することができる。
2R-Si(OH)3 → R-Si(OH)2-O-Si(OH)2-R+H2O …(3)
【0035】
[3. 触媒インク]
本発明に係る触媒インクは、
触媒インク中において正に帯電する触媒粉と、
触媒インク中において負に帯電するアイオノマと、
触媒粉及びアイオノマを分散させるための溶媒と
を備えている。
【0036】
[3.1. 触媒粉]
本発明において、触媒粉は、触媒インク中において正に帯電するものからなる。触媒粉は、触媒インク中において正に帯電可能なものである限りにおいて、特に限定されない。例えば、触媒粉は、触媒粒子のみからなるものでも良く、あるいは、触媒粒子が担体表面に担持されているものでも良い。
本発明に係る燃料電池用触媒粉は、担体表面がアミノ基を持つ被膜で修飾されているので、比誘電率の高い溶媒中においてプロトン化され、正に帯電する(-NH2→-NH3
+)。そのため、本発明に係る燃料電池触媒粉は、触媒インクに添加する触媒粉として好適である。
【0037】
[3.2. アイオノマ]
アイオノマは、触媒粒子表面にプロトンを供給するためのものである。本発明において、アイオノマは、触媒インク中において負に帯電するものからなる。アイオノマは、触媒粒子表面にプロトンを供給することができ、かつ、触媒インク中において負に帯電可能なものである限りにおいて、特に限定されない。カチオン交換基を持つアイオノマは、比誘電率の高い溶媒中において解離し、負に帯電する(例えば、カチオン交換基がスルホン酸基の場合、-SO3H→-SO3
-)。
【0038】
アイオノマとしては、例えば、
(a)ナフィオン(登録商標)、フレミオン(登録商標)、アクイヴィオン(登録商標)、アシプレックス(登録商標)などのパーフルオロカーボンスルホン酸ポリマ、
(b)分子構造内に酸基及び環状構造を含む高酸素透過アイオノマ(参考文献1~4)、
などがある。
[参考文献1]特開2003-036856号公報
[参考文献2]国際公開第2012/088166号
[参考文献3]特開2013-216811号公報
[参考文献4]特開2006-152249号公報
【0039】
[3.3. 溶媒]
溶媒は、触媒粉及びアイオノマを分散させるためのものである。本発明において、溶媒は、50mass%以上90mass%以下の水を含み、残部が水と相溶性のある有機溶媒及び不可避的不純物からなる。
「水と相溶性のある有機溶媒」としては、例えば、エタノール、プロパノール、イソプロピルアルコール、メタノール、アセトンなどがある。
【0040】
静電引力により触媒粉とアイオノマとを吸着させるためには、触媒粉及びアイオノマの末端官能基は、プロトン化及び解離(例えば、-NH2→NH3
+/-SO3H→-SO3
-)している必要がある。一般に、溶媒の比誘電率が高くなるほど、末端官能基のプロトン化及び解離が起きやすくなる。そのため、溶媒中の水の含有量が少なくなりすぎると、溶媒の比誘電率が低くなり、静電引力の効果が期待できなくなる。従って、水の含有量は、50mass%以上が好ましい。水の含有量は、さらに好ましくは、60mass%以上である。
一方、水の含有量が過剰になると、アイオノマ自身が凝集してしまい、触媒粉の表面をアイオノマでコートすることができなくなる。従って、水の含有量は、90mass%以下が好ましい。水の含有量は、さらに好ましくは、80mass%以下である。
【0041】
[3.4. 固形分濃度及び粘度]
触媒インクの固形分濃度(x)は、これを用いて製造される触媒層の性能及び製造効率に影響を与える。固形分濃度(x)が低くなりすぎると、溶媒の乾燥工程が高コスト化する。従って、固形分濃度(x)は、5mass%以上が好ましい。固形分濃度(x)は、好ましくは、10mass%以上、さらに好ましくは、15mass%以上である。
一方、固形分濃度(x)が高くなりすぎると、触媒インクの粘度が過度に増大し、触媒インクの塗工が困難となる。従って、固形分濃度(x)は、34mass%以下が好ましい。固形分濃度(x)は、好ましくは、30mass%以下、さらに好ましくは、25mass%以下である。
【0042】
触媒インクの塗工を容易化するためには、触媒インクの粘度は、低いほど良い。具体的には、せん断速度:100s-1での粘度(y)は、100mPa・s以下が好ましい。粘度(y)は、好ましくは、80mPa・s以下、さらに好ましくは、60mPa・s以下である。
【0043】
一般に、触媒インクの固形分濃度(x)が高くなるほど、触媒インクの粘度(y)は高くなる。しかしながら、本発明に係る触媒インクは、アイオノマの一部が触媒粉の表面に吸着しているために、従来の触媒インク比べて非吸着アイオノマの割合が少ない。そのため、固形分濃度(x)が高いにもかかわらず、粘度(y)が低いという特徴がある。具体的には、触媒インクの組成及び製造条件を最適化すると、次の式(4)の関係式を満たす触媒インクが得られる。
y≦0.17x2-1.2x …(4)。
【0044】
[4. 作用]
図1に、触媒インク中に分散している触媒粉の模式図を示す。触媒インクの粘度は、触媒粉の体積分率と、溶媒中に遊離している非吸着アイオノマの体積分率で決まる。触媒インク中のアイオノマの一部は、
図1に示すように、触媒粉表面に吸着し、吸着しきれなかったアイオノマは溶媒中に遊離する。触媒粉とアイオノマの添加量が同じである場合、溶媒中に遊離したアイオノマが少ないほど、粘度が低くなる。しかしながら、一般的に触媒インク中の非吸着アイオノマ量は多く、アイオノマの添加量が相対的に少量であっても、触媒インクの粘度は高くなりやすい。
【0045】
図2に、カーボン/アイオノマ界面構造の模式図を示す。従来の触媒インクにおいて非吸着アイオノマ量が多くなるのは、触媒粉製造過程で副次的にカーボン担体表面にヒドロキシ基などの親水性基が形成されるためである。触媒インク中において、親水性基が残存しているカーボン担体の表面電荷は負となり、負電荷を有するアイオノマと静電反発が起こる。そのため、アイオノマは、カーボン担体表面に吸着しにくくなる。
なお、静電反発が起こるにもかかわらず、アイオノマの一部がカーボン担体に吸着する理由は、疎水性相互作用よる吸着が起こるためである。「疎水性相互作用による吸着」とは、カーボン表面と溶媒との親和性が低い場合に、より親和性の高いアイオノマがカーボン表面に吸着する現象をいう。
【0046】
これに対し、担体表面がアミノ基を含むシランカップリング剤で修飾された触媒粉は、高比誘電率の溶媒中において正に帯電する。一方、パーフルオロカーボンスルホン酸ポリマのような酸基を持つアイオノマは、高比誘電率の溶媒中において負に帯電する。そのため、このような触媒粉とアイオノマとを高比誘電率の溶媒中に分散させると、静電引力により触媒粉の表面がアイオノマでコートされた状態となり、溶媒中に遊離しているアイオノマの体積分率が低下する。その結果、触媒インクの粘度を増加させることなく、触媒インクの固形分濃度を増加させることができる。
【実施例】
【0047】
(実施例1、比較例1~6)
[1. 試料の作製]
[1.1. 触媒粉の作製]
[1.1.1. 実施例1]
図3に示す手順に従い、触媒粉の表面をシランカップリング剤で処理した。すなわち、ビーカーに、市販品の触媒粉(田中貴金属工業(株)製、TEC10V30E)、酢酸、及びイオン交換水を入れ、触媒粉に酢酸及びイオン交換水を含浸させた。次に、ビーカーに、シランカップリング剤を含むエタノール溶液を添加した。シランカップリング剤には、末端官能基がアミノ基である3-アミノプロピルトリメトキシシランを用いた。また、溶液のpH=3となるように、酢酸の量を調節した。
ビーカーに蓋をして、60℃で4時間加熱した後、濾過及び水による洗浄を行い、シランカップリング剤で修飾された触媒粉を得た。
【0048】
[1.1.2. 比較例1]
未処理の触媒粉をそのまま試験に供した。
[1.1.3. 比較例2]
シランカップリング剤として、トリメトキシ(メチル)シランを用いた以外は、実施例1と同様にしてシランカップリング剤で修飾された触媒粉を作製した。
[1.1.4. 比較例3]
シランカップリング剤として、トリメトキシ(3,3,3,-トリフルオロプロピル)シランを用いた以外は、実施例1と同様にしてシランカップリング剤で修飾された触媒粉を作製した。
【0049】
[1.1.5. 比較例4]
酢酸を添加することなく、pH=7の条件下で処理を行った以外は、実施例1と同様にして、シランカップリング剤で修飾された触媒粉を作製した。
[1.1.6. 比較例5]
酢酸の添加量を少なくし、pH=5の条件下で処理を行った以外は、実施例1と同様にして、シランカップリング剤で修飾された触媒粉を作製した。
【0050】
[1.1.7. 比較例6]
特許文献3に記載の方法を用いて、シランカップリング剤で修飾された触媒粉を作製した。すなわち、市販品の触媒粉(田中貴金属工業(株)製、TEC10V30E)を少量の水で湿らせた後、3-アミノプロピルトリメトキシシランを20g/Lの濃度で溶解させたジクロロメタン溶液を添加した。60℃で減圧乾燥させた後、さらに150℃で17時間加熱することで、シランカップリング剤で修飾された触媒粉を得た。
【0051】
[1.2. 触媒インクの作製]
触媒粉、イオン交換水、エタノール、及びアイオノマ溶液(ケマーズ社製、ナフィオン(登録商標)D2020)を所定の比率で混合した。この混合溶液を超音波分散させ、触媒インクを得た。触媒インク全体のI/C比は、0.75とした。また、固形分濃度は、10~25mass%(実施例1、比較例1)、又は、10mass%(比較例2~6)とした。触媒インクの溶媒中に含まれる水の含有量は、70mass%とした。
ここで、「I/C比」とは、触媒粉の質量(Wc)に対するアイオノマの質量(Wi)の比(=Wi/Wc)をいう。
「固形分濃度」とは、(Wc+Wi)×100/Wtotalで表される値をいう。但し、Wtotalは、触媒インクの全質量である。
【0052】
[2. 試験方法]
[2.1.自己縮合物の含有量の評価]
シランカップリング剤の自己縮合物を溶解させることができる有機溶媒(例えば、テトラヒドロフラン)中に、水で湿らせた触媒粉を分散させることにより、触媒粉から自己縮合物を取り除いた。所定時間経過後、触媒粉を濾過した。処理前後の触媒粉の質量変化から、自己縮合物の含有量を算出した。
【0053】
[2.2. 非吸着アイオノマ濃度の評価]
図4に、非吸着アイオノマ濃度の評価治具の模式図を示す。シリンジの先端にフィルターを装着し、アイオノマが吸着した触媒粉及び非吸着アイオノマを含む触媒インクをシリンジに入れた。ピストンでシリンジ内の触媒インクを押圧し、触媒粉をフィルターで濾過した。フィルターを通過した濾液を秤量瓶で捕集し、濾液を80℃で一晩乾燥させた。
【0054】
触媒インク中の遊離アイオノマはフィルターを通過するが、触媒粉に吸着したアイオノマはフィルターを通過しない。そのため、濾液中に含まれるアイオノマ量を調べることで、触媒インクの非吸着アイオノマ濃度を評価することができる。非吸着アイオノマ濃度(R)は、次の式(5)で表される。
R(mass%)=(W2-W0)×100/(W1-W0) …(5)
ここで、
W0は、秤量瓶の質量(g)、
W1は、濾液と秤量瓶の質量(g)、
W2は、濾液を乾燥して得られた個体と秤量瓶の質量(g)。
【0055】
[2.3. 触媒インクの粘度の評価]
各触媒インクについて、せん断速度:100s-1時におけるせん断粘度を測定した。
【0056】
[3. 結果]
[3.1.自己縮合物の含有量の評価]
比較例4(pH=7)の自己縮合物の含有量は、50%であった。比較例5(pH=5)の自己縮合物の含有量は、42%であった。これに対し、実施例1(pH=3)の自己縮合物の含有量は、16%であった。これらの結果から、pH値をさらに下げると、さらに自己縮合物の含有量を低減できると期待される。
【0057】
特許文献3の方法を用いて作製した触媒粉(比較例6)の場合、自己縮合物の含有量は、42%であった。
図5(A)に、実施例1で得られた触媒粉の光学顕微鏡像を示す。
図5(B)に、比較例6で得られた触媒粉の光学顕微鏡像を示す。
実施例1では、黒い触媒粒子のみが観察された。一方、比較例6では、黒い触媒粒子に加えて、白い粒子(
図5(B)中、白い矢印で表示)が散見された。実施例1の自己縮合物の含有量が16%であるのに対し、比較例6のそれが42%であることから、白い粒子は自己縮合物であると考えられる。実施例1では、溶液中のpHを調整し、自己縮合による副生成物の形成を抑制しているのに対し、比較例6では自己縮合を抑制する対策を施していない。そのため、比較例6の副生成物が多くなったと考えられる。
【0058】
[3.2. 非吸着アイオノマ濃度の評価]
各触媒インクの非吸着アイオノマ濃度を式(5)を用いて算出し、これを比較例1の値で規格化した。その結果、比較例2の規格化された非吸着アイオノマ濃度は0.95、比較例3のそれは0.99、実施例1のそれは0.65となった。
【0059】
比較例2、3は、末端官能基がアルキル基又はフルオロアルキル基であるシランカップリング剤で触媒粉を処理することで、触媒粉とアイオノマとの親和性(すなわち、疎水性相互作用)を高めている。触媒粉の表面を疎水的にし、アイオノマとの親和性を高めることで、アイオノマ吸着を促進させることができた。しかしながら、その効果は、1割以下と限定的である。
一方、実施例1では、比較例1~3に比べて、非吸着アイオノマ濃度を大きく低減させることができた。これは、触媒粉の表面にアミノ基を導入することにより、触媒インク中において触媒粉の表面電荷が正になり、負電荷を有するアイオノマとの静電引力の効果によりアイオノマをより多く吸着できたためと考えられる。
【0060】
[3.3. 触媒インクの粘度の評価]
固形分濃度が10mass%である場合、比較例1の触媒インクの粘度は8.5mPa・s、比較例2のそれは8.4mPa・s、比較例3のそれは7.4mPa・sであった。一方、実施例1の触媒インクの粘度は、3.0mPa・sであった。実施例1の触媒インクの粘度が大きく低減したのは、非吸着アイオノマ濃度が大きく低減したためである。
【0061】
図6に、実施例1及び比較例1で得られた触媒インクの固形分濃度(x)とせん断粘度(y)との関係を示す。実用上の観点から、触媒インクの粘度は、100mPa・s以下が好ましい。未処理の触媒粉(比較例1)を用いた触媒インクの場合、固形分濃度が25mass%の時の粘度は、130mPa・sとなった。そのため、粘度を100mPa・s以下にするには、固形分濃度を25mass%未満にする必要がある。
【0062】
一方、3-アミノプロピルトリメトキシシランで処理した触媒粉(実施例1)を用いた触媒インクの場合、固形分濃度が25mass%の時の粘度は、わずか35.7mPa・sであった。そのため、固形分濃度をさらに高めても、粘度を100mPa・s以下に維持できることが分かった。
図6より、粘度を100mPa・s以下にするためには、固形分濃度を34mass%以下にすれば良いことが分かる。
【0063】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明に係る燃料電池用触媒粉は、固体高分子形燃料電池のカソード触媒又はアノード触媒として用いることができる。